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車輪の国、悠久の少年少女 璃々子シナリオ【2】

 

・・・

今朝の食事風景は、いつもと同じようで違った。

 

 

 

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「おかずに、昨日の山菜を使うの?」
「採りすぎたからね」


昨夜の食事で消化しきれなかったものを、朝食に使うことにした。


「作りおきのカレーを、次の日の朝にとるのと同じだね」
「食べ飽きた」


ぶっきらぼうに言うと、山の幸には手を付けず、納豆にしょうゆをかけグルグルグル・・・。


「もらうよ」
「食べたいだけ食べるといいわ」


納豆をご飯にかける。


「日本人は、やっぱりこれよねー」
「お姉ちゃんは日本ファンなの?」
「ぶっちゃけ、気分よ」


味噌汁を飲み、豆腐とワカメを口へ運ぶ。


「この大豆攻め、健康的ねー」
「なんだか今日のお姉ちゃん、まったりしてるね」
「そんなことないわよ」


湯呑茶碗を両手で持ち、コクコクと音を鳴らしながらお茶を飲んでいる。


「・・・ほっ・・・」
「うーむ・・・」


まったりだぁ~。


・・・・・・。

 

・・・。

 


朝食を取ってから、一時間が経った。

そんなとき、お姉ちゃんが本格的に動き出す。

 

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「今日もっ・・・えと、なんだっけ・・・。
あっ、そうそう。 ヴィヴィっと行こーっ!」
「なに、ソレ?」
「さちちゃんが毎朝言ってたじゃない」
「ちなみに、『今日もビリッと頑張るぞーっ』だけど」
「個性を出してみたの」
「元ネタを改造して?」
「そっそ」


あまり変わらないと思うんだけどな。


「それはそうと、今日はなにをしようか」
「お姉ちゃんが計画を立ててみたわよ」
「どんな?」
「聞きたいの? 璃々子先生が教えてあげるわよっ」


なぜそんなに嬉しそうなのか。


「計画ってなに?」
「家内の掃除よ」


しかも、大したことじゃなかった。


「家を出る前に、一度くらいは掃除しないとね」
「大掃除か・・・」
「なにか予定ある?」
「ないから、大いに頑張らせていただく」
「健ならそう言ってくれると思ったわ」
「お姉ちゃんは?」
「健のチアガールになってあげる?」


・・・おれ一人でしろってことか。


「チェックは入念にしてあげるから、気合入れてね」


こうして、樋口宅の大掃除が始まることになった。


・・・・・・。


・・・。

 

 

水の入ったバケツと雑巾、その他一式を持って室内へ。


「ガンガンやっちゃっていいわよ」


なにをどうガンガンするのかは問わない。

とりあえず、目につくものから片付けることにした。

ちゃぶ台、障子、床の間の埃を取り除き、雑巾がけもする。

お姉ちゃんは廊下から、おれの働きぶりをずっと観察していた。


「掃除をすると、気分も爽やかになってくるわね」
「掃除してるのは、おれだけなんだけど・・・」
「細かいことに、いちいち突っ込まなくていいの」


そう言うと、お姉ちゃんが居間に入ってきた。

そして障子の桟を、人差し指ですすっと滑らせる。

 

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「コレコレ。これがやりたかったのよっ」


笑顔でこちらに向き直る。

いや、もう・・・なんだかなぁ。


「満足した?」
「うんっ。 埃が残ってるから、もう一回ね」
「・・・・・・」
「天井に張ってあるクモの巣も、ついでに取っちゃいましょ」
「取っちゃダメでしょ」
「なんでよ、気持ち悪いじゃない」
「害虫を取ってくれるんだよ」
「クモ自体が害虫でしょ。
しかも足八本だから威張ってるし、お前はタコか? って話よね」
「・・・威張ってるの?」
「ああいうのは、自然界にいてはならない存在なのよ」
「そんなことないって」
「虫でもないのに害虫宣言してるところが許せないわ」
「宣言したのはお姉ちゃんでしょ」
「とにかく! あいつらは人類の敵なのっ」
「彼らは、普段おとなしいよ」
「彼らって・・・うわっ、キモッ」
「他にもヤモリとか、アオダイショウもいるね」
「この家に!? 何匹ッ?」
「知らないよ」
「見つけたら即、猟銃でミンチの刑よ」
「クモも?」
「とーぜんじゃない」
「かわいそ・・・」
「・・・カワウソ」
「え?」
「えっ?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」


・・・。



「・・・なにがカワウソなのよ」
「言ったのお姉ちゃんじゃん!」
「しかもミンチって・・・食えるワケないじゃない」
「そりゃあね・・・」
「ヤモリとアオダイショウも『害虫だーっ』て気取っちゃってるしさ」
「爬虫類だよ、彼らは」
「そんなこと、この際どうだっていいのよっ」
「自分から話し出したんじゃん」
「掃除は終わったの?」
「もうすぐ終わるよ」
「終わったら、次は商店街に行って買い物ね」
「なにを買うの?」
「食事を中心に、日用品も買いましょ」
「食材なら、昨日大量に採った山菜が残ってるから・・・」
「捨てましょ」
「横暴だよ」
「健が取ったものだと思ったら、ムシャクシャしてきた」
「え? おれのせいなんだ」
「害虫の味方なんかするからよ」
「おれは、お姉ちゃんの味方だよ」
「まっ、上手いこと言っちゃって」


上機嫌に、ふふっと微笑んだ。


「時間があるうちに、商店街に行きましょ。
そして買った食材で、昼食を作るの」
「おれがね」
「雑巾とバケツを片して、すぐ出発よ」
「やれやれ」


次は買い物か。

今日はなんだか忙しいな。


・・・・・・。


・・・。

 


姉妹仲良く、商店街のスーパーへとやって来た。

買い物かごを片手に、各コーナーを歩き回る。

 

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「田舎町なのに二十四時間営業って、珍しいじゃない」
「客はまばらだけどね」


利益が出ているのか、他人事ながら気になるところではある。


「今日のお昼はなににしようかしら」
「それは、おれが言うべき台詞だと思うんだよね」
「お姉ちゃんの食べたいものを、健が作ればいいのよ」
「おれは、お姉ちゃん専属のシェフじゃないよ」
「これも修行のうちよ」
「料理人になろうとは思ってないよ」
「あんたは大統領になりなさい」
「・・・マジかよ」
「こうしてお姉ちゃんが鍛えてあげてるんだからね」
「なにを?」
「山で木登りしたり、川で泳いだり、洞窟を探検したり・・・」
「最後のは迷子になったり・・・の間違いでしょ」
「余計なツッコミを入れないっ」


ピシャリと言い放つ。


「ここまで成長できたのも、お姉ちゃんのおかげよ」
「ありがとう」
「感謝するついでに称えて、銅像も作りなさい」
「それはやりすぎ・・・」
「でも、まだまだ足りないわ。
だから、お姉ちゃんがバシビシしごいてあげる」
「バシビシねぇ・・・」


結局、それが目的だったか。


「ささっ、そんなことより買い物を済ませるわよ」


まずは、昼ごはんの食材からだったな。


「お姉ちゃんは、なにが食べたい?」
「そうねぇ~・・・昨日は山だったから、今日は海に行きましょう」
「・・・海に行くの?」
「海『で』行きましょう!」
「怒ってない?」
「怒ってないっ、腹が立ってるの」


一緒じゃん。


「今日は海の幸よ」


やたら幸にこだわるな。


「田舎町では珍しいからね」
「じゃあ、なんにする?」
「魚と貝」


今日の献立が、一瞬にして決まってしまった。

焼き魚と貝の味噌汁。

うん、これでいこう。


「夜の分も買いだめしておきましょ」
「山、海・・・ときたら、次は?」
「そんなループは関係なしに、外食ね」
「いま、買いだめしておこうって言ったよね?」
「気が変わったの」
「早っ!」
「たまにはいいじゃない、そういうのも」
「どこで外食するかにもよるけど」
「言っとくけど、屋台のおでん屋じゃないからね」
「もしかして、行くつもりだった?」
「候補には挙がっていたわよ」
「なんてジジくさいものを候補に挙げるんだ・・・」
「酒を飲みつつ、将来を語り合うのよっ」
「将来もなにも、これから、都会に行って、地下組織と接触して・・・やることは決まってるじゃないか」
「子供は何人欲しい、一戸建ての家に住みたい・・・とかね」


普通の将来だった。


「サッカーができるくらい欲しいかなぁ」


自問自答してるし。

 

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「やんっ、健ったら、頑張りすぎ。
いくらお姉ちゃんでも、そこまで頑張れないわよ~」


頬に両手を沿え、一人で勝手に悶えている。


「・・・お姉ちゃん、次行こ、次」


お目当ての食材を買い物かごに入れ、日用品売り場へと移動する。


・・・・・・。


・・・。

 


日用品・雑貨コーナーへ到着。


「日用品でなにか不足してたものあったっけ?」
「おしゃぶりとベビー服は必須ね」
「もういいってば」
「適当にうろついてれば、なにか思い出すかもしれないわ」
「なにを買うか、決めてなかったの?」
「ぜ~んぜん、これっぽっちも」


ただ歩き回りたかっただけか。


「だべりながら、うろちょろしてみましょ」
「宝の地図でも落ちてないかな~」
「唐突になに言うのよ」
「なんか、毎日が退屈な気がしてきた」
「お姉ちゃんと一緒にいたら、マンネリっちゃう?」
「いや、そうじゃなくて・・・ビックリドッキリな展開を期待してるんだ」
「ビックリドッキリねぇ・・・」
「お姉ちゃんは、なにかない?」
「健の頭をスイカに見立てて、スイカ割りっ」
「おれを殺す気!?」
「それがイヤなら、スイカを持ったまま逃げるといいわ」
「なんでそうなるのっ?」
「バットを持って、健を追いかけて叩き割るって寸法だから」
「怖いって・・・」
「まさに、ビックリドッキリな展開ねっ」
「・・・犠牲者にとってはね・・・。
他に、なにかない?」
「なにかない?」
「あっと驚くような出来事とか」
「出来事?」
「そうそう」
「そう?」
「・・・お姉ちゃん」
「なぁに?」
「おれを使って遊んでない?」
「退屈なんでしょ」
「まあ・・・」
「健って、ウサギの親戚なんでしょ?」
「いきなり、なにを言うの?」
「退屈すぎると死んじゃうとか・・・」
「あ~・・・そんなこと言ってたな」
「今もそうなの?」
「そりゃあ人間だもん」
「あのときはお姉ちゃんがいたのに、なにか不満があるわけ?」
「いや、ないけどさ・・・」


お姉ちゃんは立ち止まって、腕を組んだ。

凛とした瞳は、ひたすら地面を凝視している。


「お姉ちゃん、どうしたの?」
「ん? 早く家に帰りたいなぁ~って」
「なんで?」


ぐぅ~・・・


口ではなく、お腹で答えた。


「・・・・・・」

 

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「レディーに恥をかかせて、なにが楽しいのよ」
「いきなりなにを言うの!?」
「わからない?
はしたない姿を男性に見られたのよ・・・。
一人の女性として、悲しむべきところなのっ」
姉弟だから、今はいいんじゃない?」
「健はお姉ちゃんを、一人の女性として見てくれないのね」
「えっ?」
「乙女心・・・分かってくれないの?」
「あ・・・と、んー・・・ゴメン・・・」
「健が早く帰ろうとしないから・・・あ~あ」
「だって、お姉ちゃんが日用品を買おうって・・・」
「気のせいよ」
「いや、はっきりと聞いたんだけど?」
「それもきっと気のせいよ」
「そうなんだ?」
「姉だからって、いつまでも甘えてちゃダメよ」
「ご、ごめんよ・・・。
だってお姉ちゃん、いつもと同じ調子で話してたからさ、そういうのつい忘れてて・・・。
でも、お姉ちゃんがもっと早くそういうこと言ってくれたら、おれもそれなりの対処を用意して・・・」
「・・・くくっ・・・」
「ぅん?」
「・・・・・・っぷ!
あっはははははっ・・・健ったら、サイコーッ!」
「・・・え? え?」
「からかってみただけよ、そう落ち込まないのっ」


背中をバンバンと叩いてくる。


「趣味悪いよ」
「たまにはこういうシリアスな展開もあった方が、健も退屈しないでしょっ」
「お姉ちゃん・・・」
「少しは元気出た? なら、帰るわよ」


大股で出口へと向かうお姉ちゃん。

足取りは軽く、機嫌が良さそうだ。


「って、清算まだ終わってないってば」


レジで清算を済ませ、外で待っているお姉ちゃんと一緒に帰途へ着いた。

帰ったら、急いで昼ごはんの準備をしないと・・・。


・・・・・・。


・・・。

 


正午を過ぎた辺りで、昼ご飯の準備を終えた。

おかずとして、焼き魚と貝の味噌汁が用意されている。


「魚介類の料理は、苦労するよ」


難なくやってのける灯花の腕前を、改めて思い知った。

 

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「料理と家事ができる大統領なんて、そういないわよ」
「何度も言うけど、料理人にはならないよ」
「んん~っ、この味噌汁おいしいじゃないっ」


・・・聞いちゃいない。


「あさり貝の味噌汁かぁ~・・・殻はこっちね」


空いた皿に、貝殻をどんどん積み上げていく。


「ねえねえ、お姉ちゃん」
「ん? なに?」
「残った貝柱の上手な取り方、知ってる?」
「そんなみみっちいことして、どこが楽しいのよ」
「誰も楽しもうなんて言ってない・・・」
「余興として見ててあげるから、やってみなさい」
「余興というほどのものでもないんだけどな・・・」


貝柱のついている裏面を、箸でこすった。


「へぇ~・・・」
「ほらっ、きれいに取れた」

 

 

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「みみっちいわね・・・」
「・・・・・・」
「それができただけでテクニシャン気取り?」
「いや、そんなことは・・・」
「満足したら、健も食べなさいよ」


続けて貝を口に運ぶ。


・・・が、お姉ちゃんの動きが止まった。


まるで、電源供給が突然絶たれたロボットのようだ。


「・・・・・・」
「・・・ゴメン。
まだ貝の中に砂が残ってたみたい」
「・・・・・・」


お姉ちゃんは黙って立ち上がり、居間を出て行く。

口内に残っている砂を処分するためだろう。

しばらく待つ。


・・・・・・。


・・・。

 

 

帰ってきた。

 

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「健のばか! 健のバカ! 健の馬鹿!」
「あっ! たっ! いっ!」


ぽこぽこと、華奢な拳で叩かれた。


「やっぱり、一晩水につけておかないとダメみたい」
「今ごろ気づいてどうすんのよっ。
砂、ちょっとお腹の中に入っちゃったじゃないっ」
「大丈夫。 胃液で溶け・・・ないか」
「あれって、消化されずに盲腸に入っちゃうのよ!
腸炎にでもなったらどうするのっ?」
「どうって・・・摘出するしかないね」
「お姉ちゃんを傷物にしたいワケ?」
「したくないけど・・・しょうがないよ」
「しょうがないの一言で済ますの?」
「責任は取るよ」
できちゃった婚とは、レヴェルが違うのよ!」
「レヴェルねぇ・・・」
「もう食べない、いらない、ごちそーさまっ」
「焼き魚も残ってるのに・・・お腹すくよ?」
「駄菓子でなんとかするわよッ」


作った側としてはショックな言葉だ。


「焼き魚なら塩の塊が入ってるのよ、きっと。
いえ、絶対にそう! この焼き魚を賭けてもいいわ!」


目の前に置いてある、焼き魚を指差す。


「賭ける目的が分からない・・・。
でもさ、一口だけ食べてみてよ」
「そんな悪徳商法にはかからないっ」


身を箸でほじくり出し、お姉ちゃんの口へと持っていく。


「ほら? あーん」


こちらから、あーんに挑戦。


「た、食べないからねっ・・・」


ぷいっとそっぽを向く。


「一口だけでいいから、食べてみてよ」
「・・・・・・」
「自分で言うのもなんだけど、今回のは自信作だから」
「・・・ホントに?」
「ホントにホント。 マジもマジ」
「なら・・・一口だけね」


小さな口をわずかに開け、おれの箸にくらいつく。


「あむっ・・・んっ、んっ・・・」
「・・・どう?」


緊張気味に尋ねる。


「美味しい・・・けど」
「けど?」
「他の部分にも、塩の塊なんて入ってないでしょうね」
「試してみたら?」
「・・・しょうがないわね」


丁寧に魚の身をほぐし、それを口に運ぶ。


「うんっ、OK」


ついでに、真っ白に炊けたご飯にも手をつける。

おれもお姉ちゃんにならった。


「この組み合わせ、バッチシね」
「そう言ってくれると、こちらとしても嬉しいよ」


互いに箸が進むようになった。

こういう雰囲気の中にいると、自然と心が温まる。


「・・・・・・」
「・・・あ、やべ、骨噛んだんじゃない? おっきい骨とり忘れてたかも・・・」

 

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「バカ! おバカ! 特盛おバカ!」
「てぇっ! いっ!? ぃだっ!」
「極上のバカよ! 金魚すくいでもすくえないくらいに!」


色んな意味で、返す言葉がない。


「砂じゃなかったから、よかっ・・・づぅっ!?」


鍋ぶたで頭を叩かれた。


「こんなんじゃ、料理人になれないわよ」
「なれなくていいよ」
「そう、健は大統領になるの。
だから、こんな些細なミスは、今のうちから無くしていきなさい」
「料理じゃん」
「料理するにしても、集中力が足りてないから、こんなことになっちゃったんでしょ?
いついかなるときでも、小さなミスを許さないこと、いいわね?」


なんか説教されてしまったぞ。


「お姉ちゃんの私情が入ってない?」
「入ってないっ、ぜ~んぜん入ってない」
「・・・ホントかなぁ?」
「ホントホント」


カクカクと頭を上下に振った。


「わかったけど、ホントにご飯食べないの?」
「ふりかけがあったでしょ、それでいいわ」
「ふりかけ・・・」


おれの料理より、ふりかけのほうがいいってのか・・・。


「次からは気をつけなさいね」
「うぅ・・・」


この日の夕食も細心の注意を払い、お姉ちゃんに指摘されないような料理を作った。

今日一日、嫁と姑みたいな関係だったな。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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「ふぅらっ!」


ぼふっ、ぼふっ、ばふっ。


「んん~?」


体をねじり、不意打ちから逃れる。

 

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「もっと強めにやっちゃうわよ」


ばんっ! ばふっ! べしっ!


「ん~・・・」
「もう、しょうがないわね」


体に柔らかい圧力がかかる。

程よい重みと感触が、とても心地よい。


「・・・ぐうぅ~・・・」
「ちょっ、なんで寝るの!?」


ユッサユッサユッサ。


「・・・・・・」
「いい加減にしなさいよっ」


ぎゅううぅ~~っ!


「あだっ? あだだだだっ!」
「くのっ! このっ!」
「~~~~っ!」


おれのムスコがっ・・・!


・・・・・・。

 

・・・。

 


現在、朝の五時。


メチャクチャ早い。


「ったく、なんてことしてくれるんだよ・・・」


掴んであちこちに動かしたりさ・・・。

 

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「大きくて熱かったわよ」
「車のギアじゃないよ、おれのは」
「遊び心がね、ちょっと・・・うふふっ」
「・・・で、今日早めに起こしにきたのは、なんで?」
「起こした覚えはないけど?」
「枕で叩いたりしてたじゃん」
「寝顔が可愛かったから、いじめてみたかっただけ」
「最後の方とか、意地になってなかった?」
「抵抗されたから、強い刺激を与えたくなったのよ」


普通に寝かせてよ。


「早起きしたからには、なにかした方が得よね」
「夏休み思考になっちゃってるよ・・・」
「夏休みといったら、ラジオ体操があるじゃない」
「あー、そんなのもあったね」
「ちゃんと覚えてる?」
「手を振ったりしてたね」
「あと、首とか腰とか回して・・・」
「うんうん」
「手首とか足首も回して・・・」
「うんうん・・・ん?」
「指も一本一本、丁寧にこねくり回して・・・」
「え? え?」
「足から順序よく浸かって、中略、そして最後にドボーンッ!」
「水泳前の準備体操だよ、それ」
「体操には変わりないのよ」
「正論だ・・・」
「ラジオ体操と準備運動って、どう違うのかしらね?」
「ラジオがあるかないかだよ」
「えっ? たったそれだけ?」
「なんだと思ってたの?」
「肉体改造計画みたいな運動をするのが、ラジオ体操じゃないの?」
「肉体改造?」
「だって、いちいち動きを解説してくるじゃない」
「体操しやすいようにだよ」
「洗脳の一種かと思ったわ」
「もっとノーマルに考えてよ・・・」
「・・・というわけで、一人でいってらっしゃい」
「いつもそうやって、傍観に徹するよね」
「健がなにかしているところを見るのが、私の娯楽なのよ」
「不気味・・・」
「弟を見守ってるの。 わかった?」
「じっと見られると、やっぱ不気味」
「だから、たまにスキンシップするんじゃない」
「さっきみたいに?」

 

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「うん、あんなことやこんなことね」
「一方的ないやがらせじゃないか」
「一方的? 直流?」
「そ、直流」
「直流ねぇ・・・」
「うん、直流」
「・・・・・・」


・・・・・・。

 

「ねぇ、健」
「ん?」
「直流ってなに?」

 

・・・・・・。


・・・。

 


しばらくはなにもせず、ただぼーっと過ごしていた。

 

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「あ~っ、海ぃぃ~~っ!」


先ほどから誰に話しかけるでもなく、海海と連呼していた。


「夏といえば海、海といえば夏なのよ」
「ふ~ん・・・」
「健、連想ゲームでもしましょ」
「いいよ」


読んでいたSF小説のページを進める。


「小説を読みながらで、私に勝てると思ってるの?」
「どうだろね」
「真面目にやんないと、食事抜きよ」


料理を作らないお姉ちゃんが言っても、怖くもなんともない。

むしろ、その権限はおれが握っているようなものだ。


「夏といえば?」
「海」
「私が言ったばかりでしょ」
「んー・・・向日葵」
「花火にしときなさいよ」
「おれの勝手だからいいじゃん」
「じゃあ、花火で続けるわね」
「おれの意見を尊重してよ」


ゲームにならないから。


「花火といったら・・・花っ。
花といったら?」
「向日葵」
「しつこいわよ」
「だって、それしかないもん」
「他に思い浮かばないの?」
「・・・・・・朝顔
「ときたら・・・・・・」
「・・・・・・」
「??」
「・・・・・・」

 

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「こんなんやって、なにが楽しいのよ」
「お姉ちゃんが始めたんでしょ」
「あーもー、テーマ変えましょ」
「自分が不利になると、すぐそうする」
「言ってなさいよ。
この勝負でぎゃふんと言わせてあげるから」
「・・・次のテーマは?」
「冬といえば雪、雪といえば?」
「冬」
「ちょっとぉ、それじゃループになっちゃうじゃない」
「じゃあ、かき氷」
「なんでかき氷なのよ」
「雪とかき氷・・・似てない?」
「似てるけど、連想はできないわね」
「充分できるとおもうけど・・・」
「しょうがないわね、かき氷で進めてあげる」
「はいはい、どうぞ」
「かき氷といったら・・・雪」
「・・・ワザと?」
「雪でなにが悪いのよっ!?」
「いいんじゃない? 別に」
「あーあ、つまんな~い」
「無駄にカロリーを消費したよ」
「って、ホントにそんなことは、どうだっていいのよ」


お姉ちゃんは寝転がり、ごろごろと回り始めた。


ゴンッ!


「イタッ! チョー痛いんだけどっ!? コブコブッ!」


額をさすりながら、ちゃぶ台の足を睨みつけていた。


「どのくらい痛いかってゆーとねっ、家の柱に頭をぶつけるくらいよっ」
「まんまじゃん」
「突っ込まなくて結構よっ」
「退屈なの?」
「健の気持ちも分かるわ」
「そりゃ良かった」
「こんな気分を共有するのもバカらしい」
「どこか、遊びに出かける?」
「うーん・・・洞窟行って、リベンジしましょ」
「リベンジするものなんてあったっけ?」
「そっちになくても、こっちにはあるのよ」
「ああ・・・」


迷ってたね。

おれがいなかったら、今ごろどうなっていたことか・・・。


「ちょっと、健」
「なに?」
「今、スカしてたでしょ」
「スカしてないよ」
「おれがいなかったら今ごろ・・・みたいな」
「そんなこと・・・」
「背が低いから、胸もぺったんこなんだ・・・とか」
「やめてったら!」
「そんな残念そうな顔しないでよ」
「・・・してない」
「朝からHなことしちゃったから、ピンクな妄想に走っちゃうのね」
「走ってるのは、お姉ちゃんでしょ」
「むしろピンクを通り越して、レッドゾーンかしら?」
「お姉ちゃん、からかってるでしょ」
「んーん。 してないわよ」
「ったく・・・」
「一体、誰の世話を受けたのかしら」
「お姉ちゃんだよ」
「エロティックねぇ」
「・・・リベンジって、なにをどうリベンジするの?」
「洞窟で?」
「うん」
「あらゆる状況で、健が生還できるかどうかを試すの」
「・・・リベンジなの? それ?」
「ナイスなアイディアでしょっ?」
「リベンジなのかね?」
「ワクワクしてこない?」
「お姉ちゃんだけでしょ」
「とにかく、行くわよ」
「今から?」
「当然でしょ」


なに言ってんの、とでも言いたげな表情で見返してきた。


「数々の試練を乗り越えてこそ、人間と言えるのよ」
「でも・・・」
「デモもパレードもないわよ、わかったわね?」
「おれは完全超人なのに」
「自称でしょ」


一蹴された。


「ほらほら、立って立って」


おれの腕をつかみ、無理やり立たせようとする。


「あらゆる状況って言っても、どうせお姉ちゃんが色々と仕掛けてくるんでしょ」
「知ったかぶっちゃって」
「似たような経験を、過去に何度も受けてきたからね」
「期待してるわよんっ」


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

お姉ちゃんに連れられて、再び洞窟へとやってきた。

灯花と一緒に来たときと同じ状況で、装備はライトだけ。

シンプルにも程がある。

 

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「準備万端、天気良好、言うことナシねッ」
「先に言っておくけど、洞窟内は危険だからほどほどにね」


ふざけないで、とは言わない。


「ほどほどがいいのね、了解っ」


言ってもムダだろうから。


「死地に旅立つ覚悟はできた?」
「笑えない冗談はやめてよ・・・」
「健なら、大丈夫でしょ」
「なにが?」
「迷ったり、竪穴に落ちたりしても」
「後者は、さすがにヤバイでしょ」


竪穴に落ちると同時に、命も落としてしまう。


「健、時間、稼ごうとしてるでしょ」
「そんなことない」
「怖い?」
「怖くない」
「じゃあ、行きましょ」
「うん、行こうか」
「・・・・・・」
「どしたの?」

 

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「やる気満々じゃない」
「パッパと終わらせたいからね」
「・・・ありえない・・・」
「えっ?」
「昔と、全然違う・・・」
「当たり前だよ」
「・・・お姉ちゃんがいなかったのに」
「どういう意味?」
「以前はダメダメなチキン小僧だったじゃない、違うッ?」
「チキンて・・・」
「健が健じゃない気がする」
「おれはおれだよ」


色々と変わったけど。


「チンケな根性を叩き直そうと思ってたのに」
「どこがチンケなんだよ・・・」
「・・・・・・」


やにわに、険しい表情で睨んできた。


「え・・・なに?」
「健のためを思って言ってるのに、口答え?」
「してないよ」
「今したっ! 口答え、プラスワン」
「は?」
「お姉ちゃんに反抗しちゃダメでしょ」
「なんで?」
「健のことを思って、世話をしてるんだから」
「世話になろうとは思ってないよ」
「えっ? なに・・・世話になりたいの?」
「言ってないから」
「そうなの・・・しょうがないわね、健は。
って展開が欲しかったのに、この子ったらもう・・・キィーッ!」
「うわっ? うるさいよ、お姉ちゃんっ」
「近所迷惑じゃないからいいのよ」
「誰もいないけどね」
「問題点は、そこじゃないわっ」
「どこにあるの?」


周囲を見渡す。


「ふざけないでよ」
「ふざけてないよ」
「プラス、ワンッ!」
「だからなんなの、そのプラスワンって」
「口答えするとカウントされるの」
「今、いくつ?」
「永遠のハタチって言ってるでしょ!」
「歳は、聞いてないから!」
「しつこいわね、ハイエナみたいっ」
「ハイエナ?」
「なにそれ」
「おれのセリフだよ」
「もう・・・健なんて知らないッ、ふーんだっ」


わざとらしく、顔を背けた。


「ねえ、お姉ちゃん」


横目で睨んできた。


「えっと、その・・・怒ってる?」
「ええ、怒ってないわよ」
「目は?」
「見ての通り」


怒ってる。


「だからなんだって言うのよ」
「悪いこと言ったようなら謝るよ・・・ゴメン」
「無意味に謝る人って、チョー嫌い!」
「おれのこと?」
「胸に手を当てて、よーく考えてごらんなさい」


実際にやってみた。


「わからないや」
「私は謝らないからねっ」
「なにを謝るの?」
「健の財布からお金をスッたとしても、謝らないからね」
「いやっ、謝ろうよ・・てか、しちゃダメッ」
「事実、スッちゃったんだけど」
「あれ、お姉ちゃんの仕業だったの!?」
「なんで気づかないのよ」
「私じゃないって言ってたから・・・」
「・・・スッたんじゃなくて借りたんだから、私じゃないわよ?」
「今、スッたって言ったじゃん! あべこべだよ」
「どうも、アベコベ璃々子です」
「紹介いらないからっ」
「シスコンな弟くん、シスコン健です」
「紹介されちゃったよ」
「もう帰る、ついてこないで」
「帰る家は一緒じゃんか」
「けど、あんたは犬小屋でしょ?」
「犬小屋なんてないけど・・・」
「作って入りなさいよっ」
「なんでそこまでしないといけないワケ?」
「なんでもいいじゃない! さよならっ」
「ちょっ・・・さよならじゃないよっ・・・」


慌ててお姉ちゃんの後を追いかける。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

夕食後のまったりとした雰囲気の中で、おれとお姉ちゃんは居間でくつろいでいた。

 

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「・・・・・・」


静かだ。

時計の針の音が、はっきりと耳に届いてくる。

いつもなら、お姉ちゃんの声が部屋中に響き渡るというのに・・・。

意を決し、お姉ちゃんに声をかけてみた。


「お姉ちゃん・・・」
「・・・・・・」


洞窟から帰ってきて、ずっとこの調子だ。

沈黙を守り続けている。


「お姉ちゃんったら・・・」
「・・・・・・」
「なにか言ってくれよ・・・」
「ツーンッ」
「やっぱ、怒ってる・・・」
「怒ってないも~んっ」
「スーツ似合ってるね」
「・・・っ」


やや脈あり。

相変わらず、視線を合わせてくれない。


「機嫌、直してよ」
「私はいつでもハイテンションよ」
「今も?」
「もっちろんっ」
「じゃあ、おれと一緒に遊ぼうよ」
「ヤッ」
「なんでだよ・・・」
「健ったら、最近遊びすぎよ」
「お姉ちゃんが誘ってくるからじゃないか」
「すぐ人のせいにするクセ、いい加減直しなさいよ」
「そんなクセ持ってない」
「持ってるったら持ってるのっ。

お姉ちゃんが言うんだから、間違いないわよ」
「じゃあ、例を挙げてみてよ」
「おねえぢゃ~んっ、おしめがえでえぇ~~っ」
「誰のせいにもしてないじゃん!」
「ああ恥ずかしい」
「おれだって恥ずかしいよッ」
「なんで恥ずかしいエピソードを公開してるのかしら?」
「おれに聞かれたってなぁ・・・」
「それはともかく、世の中ナメてんじゃないの?」
「あのねぇ・・・」
「いい? 健。
地球は自転を繰り返しつつ、公転を繰り返しているのよ」
「知ってるよ、それくらい」
「プラース、ワンッ!」
「口答えしてないって」
「判定基準は、お姉ちゃんの心の中にあるのよ」
「今、何カウント?」
「私の歳を軽く越えるわよ」
「いくつ?」
「ピチピチでギリギリの十代」
「永遠の二十歳じゃなかったの?」
「いちいち、つっかかってくるんじゃないわよ」
「イヤでも突っ込みたくなるんだよ、今のは」
「健ったらサイテーね」
「なにが?」
「か弱気乙女に歳を聞くなんて・・・」


この際、か弱いかどうかは別として。


「律儀に答えてくれたじゃんか」
「うるさいわね、蹴飛ばすわよ」
「・・・いつにも増して横暴だ・・・」
「健が私の言うことを聞かないからよ」
「なんで聞かなきゃいけないの?」
「一人じゃ、なにもできないでしょ」
「そんなことない」
「お姉ちゃんの力が必要でしょ」
「そんなことない」
「そこは頷いておかないと、出世できないわよ」
「・・・なんの出世なの?」
「なんだっていいじゃない」


お姉ちゃんは、ふんっと鼻を鳴らした。

やはり、不機嫌だ。

 

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「あー、なんか腹立ってきた・・・」
「どうしたら機嫌直るの?」
「・・・・・・」


じっと見つめてくる。


「いじめたい」
「は?」
「上位に立ちたい」
「なんなんだよ」
「健を黙らせるには・・・」


なにやら難しい顔。


「やっぱり」


ひらめいたようだ。


「ふふ・・・」
「な、なんだよ・・・熱っぽい視線を送るなよ・・・」
「かわいいんだから・・・」
「まさか、そういうこと、するつもり?」
「そういうことってなあに?」
「・・・そ、そういうことは、そういうことだよ」

 

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「・・・はっきり言ってくれないとわかんないな」


いつの間にか目の前にお姉ちゃんの顔があった。


「んっ・・・」
「ちょっと!」


股間に手を添えられた。


「あらあら? ちょっと元気になってない?」
「そ、そんなことは・・・っ」
「期待、してたんでしょ?」
「してないって」
「うそつかないでよ」
「いや、お姉ちゃん・・・」
「素直になりなさいよ」
「くっ・・・」


まあ、いいか。

お姉ちゃんのご機嫌を取るためだと思えば。


「ふふっ、いいわ、してあげる・・・」

 

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・・・・・・。


・・・。

 

 

「お姉ちゃん、ちょっと満足よ」
「そう?」
「やっぱり健はお姉ちゃんにはかなわないんだって」
「こういうことだけはね」
「まあっ!?」


しまった。


「こういうことだけって、なによ、だけって!」
「あ、ごめん」
「気持ちよかったくせに! 自分だけ気持ちよかったくせに!」
「わかったよ、じゃあ、お姉ちゃんにもしてあげる・・・」
「うるさいバカ! もう興ざめ! 超興ざめ!」


ぷいっと背を向けた。


「お、お姉ちゃんってばぁ・・・」

 

・・・・・・。


・・・。

 


それから、この日の会話は成立することがなかった。

おれが視線を向けても、お姉ちゃんは知らんぷり。

例え視線が重なったとしても、すぐに逸らされてしまう。


・・・明日になったら、いつも通りのお姉ちゃんに戻ってくれるだろうか?


・・・・・・。


・・・。

 

 

朝起きて今へ来ると、お姉ちゃんがそこにいた。

おれに背を向け、正座をしている。

 

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「あれ? 早いね、おはよー」
「・・・・・・」


なぜかダンマリ。

気のせいだといいのだが、顔がブスッとしてる。


「おはよう。 今日も暑いよね」
「・・・・・・」


ちゃぶ台を挟んで、お姉ちゃんの向かいに座る。


「って、先に朝ごはん食べてたの?」


昨日余ったご飯にお茶漬けをかけて、一人で食べていたようだ。


「起こしてくれれば、新しくご飯を炊いてたのに・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」


いい加減、喋ってくれ~。


「・・・ふうっ・・・」


お姉ちゃんは最後にお茶を一杯飲み、ほっと一息ついた。


「お姉ちゃ・・・」
「あ~っ、お茶って美味しいわね~!」


おれの声にかぶせるように、お姉ちゃんが声を張り上げた。


「・・・・・・」
「あら、健じゃない。 おはよう」
「お、おはよ・・・」
「遅いわよ」
「う、うん。 ちょっと寝坊した・・・かな?」


そんなことはない。

いつも通りに起きたはずだ。

ただ、お姉ちゃんが早く起きただけの話だ。


「お姉ちゃん、今朝は何時に起きたの?」
「健よりも早いのは確かよ」
「いきなり、どうしたの?」
「なにが、どうしたのよ」
「お姉ちゃんさ、今までおれが起こすまで寝てたじゃん」
「さあ、なんでかしらね」


湯飲み茶碗をコトンと置き、おれをキッと睨んだ。


「私が早起きしたら雨が降るから、洗濯物が乾かないって?」
「いや、そうじゃないんだけど」
「だったら、乾燥機を使えば良いでしょ!」
「ご、ごめん・・・」


なぜか謝るおれ。


「でもさあ・・・ウチには乾燥機ないんだよね」
「買えばいいでしょ、買えば」
「今日は天気もいいしさ、乾燥機はいらないよ」
「なんでいらないの!?」
「だから、今日はいい天気じゃん」
「ウチって、そんなに貧乏だったかしら・・・」


真剣に悩んでいた。


「確かに、自然の力に頼るのも賢い選択よ。 でもね・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・でもね?」
「自然を頼って私を頼らないって、一体全体どういうこと!?」


両拳で、ちゃぶ台を思いっきり叩いた。


「うわっ?」
「うわっ、じゃないわよ・・・うわっ、じゃ。 なに驚いてんのよッ」
「いきなり怒ったら、そりゃ驚くよ」
「あんた、こんなことで驚いてるの?」
「あのお姉ちゃんが、いきなりキレるんだもん」
「なに? キレちゃ悪いの?」
「そうは言ってないけど・・・キレてるの?」
「んなワケないでしょっ」


明らかにキレてる。

やはり昨日、おれがなにかをやらかしたらしい。


「んもうっ、アッタマきたっ!」


かぶりを振り、髪をかきむしっていた。

小川のようにさらっと流れる長い髪が、ぶわんぶわんと荒々しく乱れる。


「むう・・・」
「むう・・・じゃないわよ、このムー太郎ッ。
あんた最近、ムームー言いすぎなんじゃないの!?」
「そ、そんなに言ってたかなぁ・・・」
「夢の中に出てくるくらいよッ」
「ごめん・・・」
ムームーって、そもそもなんなの!?
牛の進化系? 退化系? はっきりしてよね、そこんトコッ」
「そういうつもりで言ったんじゃないよ」
「じゃあ、どういうつもり?」
「普通にうなってただけだよ」
「あんた、フツーフツーって言いすぎ。 夢の中に出てきちゃったじゃない」
「・・・また?」
「ええ、また出てきたのよ」
「そんなに都合よく出てくるものかなぁ?」
「イチイチうるさいわね」
「なに、ムキになってんの?」
「ムキになってるのは、健の方でしょ」
「なにに対して、ムキになってるっていうのさ?」
「知らないわよ、そんなの」
「知らないて・・・」
「健が話をすること全部、夢の中に出てくるのよね・・・」
「なんで?」
「お姉ちゃんが聞きたいわよっ」
「空飛ぶ話をしたら、そんな夢を見られるかもしれないね」
「健は、いつの時代のお子ちゃまでちゅか~?」
「なっ・・・!」
「そんなのありえないでちゅよ~っ」
「お姉ちゃんが言ったんじゃないかッ」
「なにか言ったかしら?」
「おれが話すこと全部、夢の中に出てくるって」
「健ってば、純粋に信じすぎよ」
「じゃあ、今のは?」
「口からでまかせ。 健が乗ってきてくれて嬉しいわぁ」
「お姉ちゃん・・・」
「日頃から溜まったうっぷんぷんを発散するには、生憎これしかなくてね」
「おれも溜まりそう・・・」
「あんたは白髪が増えたー、で済むからいいでしょ。
でもお姉ちゃんは、肌荒れの心配もしなくちゃいけないのよ」
「ふぅん・・・」
「はぁ~あ、女の子ってたいへーんっ」


バタッと背中から畳の方に倒れる。


「コレ、片付けるよ」
「・・・勝手にすれば?」


おれは立ち上がり、茶碗やらなにやらを片付けて炊事場へと持って行った。

ついでに、自分の朝食も用意して戻ってこよう。


・・・・・・。

 

「・・・・・・」
「・・・・・・」


カチャカチャと食器の重なる音だけがする。

昨日まであった二人の会話が、今はない。

しかも、朝食を取っているのはおれ一人という悲しい事実。


「お姉ちゃん、お腹空いてこない?」
「まぁね」
「まぁねって・・・」


どっち?


「どっちでもいいじゃない」
「さっき食べたんだから、空くはずもないよね」
「勝手に決め付けないでよ」
「どっちにしても、ご飯食べないよね?」
「決め付けないでって言ってるでしょ」
「だから、ご飯食べないよね?」
「だから、決め付けないでって言ってるでしょって言ってるでしょっ」
「・・・わかった」

 

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「だ・か・らっ、決め付けないでって言ってるでしょってさっき言ったばかりでしょ」


ややこしくなるので、もう黙っておこう。


「あ゛~っ・・・外はいいお天気なのに、気分は全く晴れないわ」


横になったまま、ゴロゴロと寝返りを打つ。

みっともないったら、ありゃしない。


「なによ、その目は?」
「いや、別に・・・」
「お姉ちゃんを蔑んでいるように見えたわよ」
「そんな目、してたかなぁ?」
「なにか言いたいことがあるのなら、はっきりと言いなさいよ」
「ゴロゴロしてて、退屈そうだなぁ・・・って」
「・・・ふんっ・・・」


全てを見抜いたような態度で、荒くため息をついた。


「退屈で死にそぉぉー」
「おれと一緒に遊ぶ?」
「? なんで私が、超人と一緒に遊ぶの」
「超人じゃなかったらいい?」
「そういう問題じゃないのよ」
「じゃあ、なんで超人って・・・」
「あんたが毎日言うから、耳にイカができたのよ」
イカ?」
「あっ! 今、なに言ってんだコイツ・・・みたいな顔してたっ」
「してないって!」
「頭悪い女だって!」
「違うっ」
「頭腐ってるってっ」
「そこまで言ってない!」
「お姉ちゃん、一生ついていくよ」
「言ってないから」
「犬に成り下がってでも、骨だけになってでもついてくるって・・・」
「それは行き過ぎ・・・」
「とにかくイカよ、イカ
タコの足は八本、イカの足は十本・・・もう分かるでしょ」
「おれはスルメよりたこ焼きのほうが好きだけどな」
「あんたの意見なんてどうでもいいのよ! この豆ジャリッ!」
「え? えっ?」
「耳にイカを作った方が、グレードアップしてるような気がするじゃないッ」
「ああ・・・そういう意味ね」
「ったく、頭を働かせれば、すぐに分かる例えじゃない」
「百人に聞いて、百人が首をかしげると思うけど・・・」
「というワケだから、灯花ちゃんと一緒にあ~そぼっ」


むくっと起き上がり、玄関の方へ向かう。


「一人で行くの?」
「当たり前じゃない」
「今までは一緒に行く? って、聞いてきたのに」
「あぁ・・・健はまだ一人じゃなにもできないんだったわね」
「そんなことないって」
「で、ついてくるの? 来ないの?」
「ついて行く」
「じゃあ、後から来なさい。 お姉ちゃんは先に行ってるから」


言い終わる前に、廊下へと出てしまった。

居間に一人取り残されるおれ。


「・・・・・・ついて行くって言ったじゃん」


おれは冷めたご飯と味噌汁を、一緒にかきこんだ。

やっぱり、一人で食べると美味しくない。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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炎天下での散歩は、熱せられたフライパンの上を裸足で歩いているようなものだ。

大地からもわっとした熱気が、常に立ち上ってくる。


「・・・お姉ちゃんに追いつけなかった・・・」


お姉ちゃんが家を出てから数分後に出立したおれだが、歩幅を考えてもすぐに追いつくつもりだった。


「なにをそんなに急いでるんだか・・・」


ここにいては暑いので、とりあえず灯花の家にお邪魔することにした。


・・・・・・。

 

「お邪魔しまー・・・」

 

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「もらったあぁーーっ!」

 

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「むおぉっ!?」


リビングに入った途端、白い霧が視界を覆い・・・。


「って、人にスプレー吹きかけてんじゃねえよ!」
「あ・・・賢一?」
「ゴホッ、ゴホッ・・・うぇっ・・・」


立ち込めている霧を手で払い、灯花に向き直る。


「大音家の家訓には、客人にスプレーを吹きかけ、除霊を施すべし・・・なんてのがあるのか
?」
「あるわけないでしょっ」
「だったら、なんでこんなことをするん・・・」
「いたっ!」


再度、おれの頭上に向けてスプレーを見舞う灯花。


「こらあぁーーッ!」


人の話を聞いてたのか、コイツは・・・。

そう思った直後、おれの頭にポテッとなにかが落ちてきた。


「ん?」

 

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「あ・・・ゴメン」


なにがゴメンか。

人にスプレーをかけておいて。

まあ、謝ったのだから許してやるとするか。


「灯花、なぜ人にスプレーをかけたのか言ってみろ」
「えっ?」
「ワザとでなければ許そう。 しかし、故意だとしたら・・・」


一歩、灯花に近寄る。


「ちょ・・・来ないでよっ」


灯花も一歩遠のく。


「逃げてんじゃねえよ」


もう一歩、近寄る。


「来ないでったら」


一歩遠のく。


「このっ・・・!」


近寄る。


「来るなッ!」


退くと同時に、殺虫スプレーを向けられた。


「おいおい、おれは虫じゃねえよ」
「来るなっ、気持ち悪いッ」
「言って良いことと悪いことがあるんだぞ」
「あんたの頭に、ゴキブリが乗ってるのよっ!」
「・・・・・・。
なんだ、そんなことか」


頭をまさぐり、すでに屍と化した黒い悪魔をつかむ。



「なんで素手でつかめるのよっ、この人でなしッ!」
「どこに捨てればいいんだ?」
「・・・外に投げちゃってよ」
「よしっ」


ガラス戸を開け放ち、ゴキブリを放り投げた。


「今度来るときは、スプレーに耐性を持っとけよー」
「二度と来るなッ!」
「さて、と・・・」
「ちょっと待ちなさい」
「ん?」
「その手、ちゃんと熱湯で消毒してよ」
「おれの手は食器じゃねえ」
「外に水道があるから、皮がむけるくらいに激しく洗ってきていいわよ」
「はいはい。 そうさせてもらうよ」

 

・・・。

 

外に出て、言われた通りに水道を使って丹念に手を洗った。


・・・・・・。

 


「タワシでこすってきたぞ」
「そこまでしなくてもいいのに・・・」
「お前がそうしろっつーたろうが」
「じょ、冗談だよ・・・」

 

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「コラ、健。 なにいじめてんのよ」


キッチンの奥から、お姉ちゃんがやって来た。


「あれ? いたんだ?」
「先に来てたから、当たり前じゃない」
「さっきのゴキブリ騒動の時にはいなかったような・・・」
「そ、それがどうしたのよ」


「璃々子さんは、賢一が来る前から家に来てたわよ」


なんとなく、想像はつくけどね。


「それと、おれはなんでここに来たんだ?」
「こっちのセリフよ」


「私のストーカーよ、ストーカー」
「自分の姉をストーカー?」
「そうそう、世にはばかられるストーカー」


「こらこら君たち、昼間からそんな言葉を連呼しない」


ピシャリと言い放つ。


「お姉ちゃんも、灯花の家に来た理由があるんでしょ」
「この娘と遊ぶためよ」


キッチンの様子を見ても、料理の特訓中だということは火を見るより明らかだ。


「お姉ちゃん、灯花の修行を邪魔しちゃ駄目だよ」
「あなただって、邪魔をしに来たんでしょ」

 

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「サイッテー」
「お姉ちゃんの言うことを信じるんだな、お前は・・・」
「邪魔しに来たのなら帰ってよ、早急に」


「そうよ、帰りなさいよ」


お姉ちゃんもね。


「一緒に帰ろう」
「いやよ、あんなギスギスした空間なんかに」


「ギスギス? なんのことですか?」


「まあ、なんと言うか・・・」


言葉を濁したおれは、頭をポリポリとかきながら返答に困る。


「お姉ちゃんがトゲトゲしいんだ、灯花みたいに」
「トゲトゲしくて悪かったわね」


「健がマズイ料理を出すからじゃない」
「ずっと、ウマイウマイって食べてたじゃん」
「それとこれと、話は別なの」
「なにが、それとこれなんだよ・・・」


「賢一の料理が不味いんですか?」
「そうそう、そうなのよ」


主婦同士の会話であるかのような口調だ。


「以前、貝の味噌汁を作ってもらったんだけど、この子ったら砂抜きに失敗してね」


「・・・ちゃんと水につけておいたの?」
「数時間ほど」
「定期的に水を替えた?」
「そのまま」
「ちゃんと替えなさいよ」


「ねっ、ダメダメでしょ。 この辺がまだまだだと思うのよね」
「まあ、確かに初歩ではありますけど・・・」
「ねえ灯花ちゃん、健を今すぐ鍛えてやってよ」


「さっき、帰れって言ってたじゃん」
「お姉ちゃんが、そんなひどいこと言うワケないじゃない」


「あ、あはは・・・」


視線で同意を求められた灯花は、苦笑いしている。


「笑ってないで、なんとか言ってやれ」
「賢一が望むなら、教えてあげるけど?」
「・・・教えたいか?」
「べっつにぃ・・・」


嘘付け。

顔に書いてあるぞ。

 

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「この際だし、料理を教えてもらうかな」
「用意はできてるから、すぐに始めよっ」


スキップしそうな足取りで、キッチンへと向かう。

おれも灯花の後について行く。


「ちょうどお昼前だし、昼ごはんを作ろうよ」
「おっ、いいねえ。 今日はなにを作る予定だ?」
「暑い時期に熱い食べ物って、健康にいいらしいよ」
「だからなんだよ」
「カレーとか」
「おおっ。 そろそろ食べたいと思ってた頃なんだよ」
「そう? 私もだよ」
「へえー、気が合うなあ。
灯花のことだから、どうせ凝ったものを作ろうとしてるんだろ」
「んー、普通のカレーも作り飽きたから、必然的にそうなるのよ」
「で、今日はどんなカレーを?」
「野菜カレー」
「・・・なんか、普通だな」
「じゃあ、他になにがあるのよ」
「カツカレー。 やっぱこれだろ」
「普通じゃない」
「おれが編み出した、秘伝のカレーを伝授してやろう」
「ヤな予感がするから、いい」
「まあまあ、耳を貸せ」
「な、触るなっ・・・」
「いいじゃねえか」
「よくないっ」
「教えるだけならタダだ」
「そりゃそうだけど・・・」
「作る作らないは、灯花の自由だ。
もしかすると、おれの料理からなにかしらのヒントをつかむことができるかもしれない」
「・・・・・・」
「どうだ? すぐにすむし、手間は取らせないぜ」
「・・・お、教えてもらうだけだからねっ。
今後、賢一に教えてもらった料理を作るなんてことはないんだから」
「よーしっ。 じゃ、耳を貸せ」
「んっ・・・」
「実はだな」
「う、うん・・・」
「ごにょごにょ・・・」
「・・・ん・・・ちょっと待って、くすぐったい」
「くすぐったい? なんで?」
「・・・賢一の息が、耳にかかって」
「え?」

 

・・・。



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「・・・ってアンタたちっ、いい加減にしなさいよっ!」


お姉ちゃんが、猪突猛進という言葉にふさわしいノリでキッチンへとやって来た。


「料理を作るのかと思えばイチャイチャし出して、一体なにがしたいのっ?」
「普通に、昼ご飯を作ってる」
「最後の方なんてBLっぽい展開だったわよ、アナタッ」
「そうだったかな・・・」
「お姉ちゃんが止めなかったら、最後はどうなっていたことかッ・・・ハァッハァッ・・・」
「お姉ちゃん、落ち着きなって」
「健ッ、ダメよ! そんなことしちゃダメッ!」
「だから、しないって」


「? なにをするの?」
「・・・なにも知らないヤツはいいよな」
「んんっ?」


「お姉ちゃんは黙って見てて」
「ちょい待ちッ、お姉ちゃんも混ぜなさいッ!」
「引っ込んでなよ。 わかったから・・・」


「ねえ、早く作ろうよ」
「ああ、野菜カレーな」


隣で猛獣みたいに騒ぐお姉ちゃんは無視して、おれと灯花は調理に集中しよう。

灯花の教えを受けながら・・・ということはなく、ペチャクチャとお喋りをしながら、自分の
ペースでカレーを作っていった。


・・・・・・。


・・・。

 

 

目の前のテーブルに、自分の作ったカレーが並べられた。


「おしっ、食うか」


スプーンを手に取り、お手製のカレーにがっつく。

 

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「見苦しい・・・」


灯花は律儀にいただきますと言ってから、スプーンを手に取った。


「・・・・・・」


お姉ちゃんはというと、おれの作ったカレーをじーっと見つめている。


「食べないの?」
「食べるわよッ」


お姉ちゃんは荒々しくスプーンをつかみ、そのままカレーをすくって食べる。

あまりにも素早い動作だったため、少し驚いた。


「どう?」


「ふつー」

「普通」


二人とも手を止めることなく、おれの作ったカレーをパクついている。


「本当は、美味しいんだろ?」
「誰でもこのくらいのものは作れるわ」


「灯花ちゃん、もっと言ってやって」


なぜかお姉ちゃんはノリノリだった。


「えーっと・・・その、うーん・・・」
「他に言うことがないなら、無理して言わなくてもいいぞ」
「食べられるから、特に文句はないよ」


「えぇ!?」


いきなり、お姉ちゃんが大声を上げた。

隣に座っていた灯花が、何事かと振り向く。


「えぇっ!?」


再び奇声。

 

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「うえぇ~ッ!?」


「・・・・・・」

「・・・・・・」


「なに見てんのよ」
「・・・大声出したからだよ」


「いきなりどうしたんですか?」
「灯花ちゃん、もっとよく見ないとダメよ」
「えっ? ・・・どういうことですか?」
「例えばこのジャガイモ」


わざわざスプーンですくって、灯花に見せた。


「口を大きく開けないと食べれないじゃないっ。
女の子の事情をまったく解さないで切ってしまったとしか思いえないわ」
「スプーンで適度な大きさに切ればいいじゃんか」
「しかも辛いッ」
「カレーだから、仕方ないじゃん」
「カレーなのに野菜が入ってるわよ、どういうこと!?」
「野菜カレーだからだよッ!」

 

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「灯花ちゃん、こんなカレーを認めてはダメよ」
「でも、おれの作るカレーなんだからいいんだって、賢一が・・・」
「あなたはあなたの料理をすればいいのよ、分かる?」


灯花の両肩に手を置き、マジ顔で見据えている。


「アイツの言うことは信じちゃダメ。 全ッ部、ウソだから」


「あのー・・・本人が目の前にいるのですが・・・」


おれに構うことなく、お姉ちゃんは続ける。


「灯花ちゃんは、料理人になりたいんでしょ」
「はい・・・」
「だったら、健の言うことじゃなくて、私の言うことを聞きなさい。
そして、ちょっとだけ、自分も信じなさい」


「なんでッ?」
「ベテランだからよ」


「璃々子さん、ベテランなの?」
「おれに聞くな」


お姉ちゃんの目の前で、首を横には振れん。


「目玉焼きを作るとき、タマゴの殻が入らないからね」


得意げに、そんなことを言っていた。


「あ、あぁ・・・確かに、あれは難しいですよね」


「無理に話を合わせようとしなくていいんだぞ」
「ふんっ、健にはできないくせに」
「おれなんか、片手でタマゴを割れるもんね」
「私なんか、おでこでタマゴを割ることができるわっ」
「ゆでタマゴをおでこで割れるっ」
「私と同じじゃない」
「ゆでタマゴって意外と固いんだよ、知ってた?」
「そんなの、ニワトリでも知ってるわよ」


言い合っている間に、全員分の皿が空になっていた。


「あっ、おかわりする?」


「健のだからいらなーいっ」
「不味くはないでしょ」
「ジャガイモが大きすぎる」
「次からは気をつけるよ・・・」


今度からは、お姉ちゃんのおちょぼ口に見合った切り方をしないと。


「ごちそうさま」
「あっ、食器は置いてていいですよ」
「後片付けくらい、きちんとさせなさいよ」


言って、おれに一瞥を与えてきた。


「おかわりしよ」
「・・・・・・」


入れ違いで、キッチンに入る。

お姉ちゃんはそのまま玄関へ向かって歩いて行った。


「もう帰るの?」


「まぁね・・・灯花ちゃん、ごちそうさま」
「うん・・・お粗末様でした」


灯花の返事を聞き届けたお姉ちゃんは、そのまま玄関から姿を消した。


・・・。

 

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「・・・賢一。聞いてもいい?」
「ん?」
「璃々子さんと、上手くいってないの?」


気づいてたのか。


「なんか、二人ともトゲトゲしかったような気がするんだけど・・・」
「・・・・・・」


灯花に気を遣わせちまった。


「たまにあるんだ、こういうの。 だから、気にしなくてもいいぞ」
「・・・うん・・・」


とは言っても、最後まで気にするんだろうな。

熱いカレーをほおばりつつ、どうしたものかと思案する。


「今はカレーが美味しい・・・それでいいんだ」


おれはしばらくの間、灯花と談笑を楽しんだ。

それでも気分が晴れないのは、お姉ちゃんのことが気にかかるからに違いない。

昼食を済ませたあと、おれはすぐに自宅へと戻った。


・・・が、お姉ちゃんはまともに口を開いてはくれなかった。


・・・・・・。


・・・。

 


家に帰ってきて、おれはしばらく眠りに落ちていたようだ。

まどろんでいるときが一番気持ちがいい。

光に目が慣れてきて、あたりを見回す。

ふとお腹のあたりをみると、おれの引き締まった腹筋が見える。


「うーん。 少し筋力が落ちた気がする」


そういえば最近腹筋をしていない。


「せっかくだから腹筋でもしておくか」


と思ったが、なんか体が痛い。

疲れがたまっているのか・・・。

まだ半分夢から覚めていないのか・・・。

しかし、おれは昔からこうやってまどろんでいるのが好きだった。

そうこんな風に上半身裸で横になって・・・。


・・・。


・・・?

 

ん? 上半身裸?

 

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「あれ? おれ、なんで服着てないんだろ」
「それはあなたが裸族の末裔だからよ」
「あ、そうか。
おれ、裸族の末裔だからか。 そうだよ、忘れてたよ」
「よかった、思い出して」
「よかったよかった。 じゃあ僕もう一眠りするよ」
「おやすみ」
「うん、おやすみ」
「クローズユアアイズ」


おれは目を閉じた。


・・・わけない!

 

「裸族ってなんだー!」


と暴れようとしたが、動けない。


!!!!

 

手が縛られてる!!!


「ふふふふふふふふ」
「ね、姉ちゃん?」


刹那、おれの背中に激痛が走る。


「ぎゃあああああ」


この感覚、忘れもしないこの熱さ、間違いない。


アレだ。

 

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「ふふふふふふ」


無理に体をねじって、振り向くと案の定、お姉ちゃんが真っ赤で巨大なキャンドルを片手に笑っていた。


「やっぱりだー!!!!
お姉ちゃん、まさか――」
「・・・問題」
「ぎゃー」


・・・油断した。


よくよく考えれば、この展開は読めたはずだ。

ここ最近の姉ちゃんの奇怪な行動・・・昔と同じだ。


「問題」
「ね、姉ちゃん、ちょっとまってよ。 な、なんでこんな真似」
「あんたがおれはもう子供じゃない子供じゃないなんていうから、お姉ちゃんが試してあげようと思ったのよ!」
「そ、そんな」
「いい、健!
あのね、どんなにあんたが大人になったっていったってね、その頭の中の知識を知恵に変えて、行動に移せる能力こそが、今の世の中には大事なのよ!」
「あ、なんかそれ聞いたことある」
「いちいち口答えしない!」


ジュッ。


「アヅッ!」
「ほらぁ、熱いでしょうが! 熱いっていってごらん!」
「え? あ、あ、熱い」
「聞こえないねぇ!」


ジュッ。


「アヅッ!
ちょっと、ちょっとお姉ちゃん、口答えしてないから」
「してるじゃないか!」
「く、口答えはしてない」


ジュッ。


「ぎゃああ」
「うるさい! 健、あんたうるさい!
それ以上口答えするとロウソクたらすよ!」
「もう3回も、たらしたじゃないか!」


ジュッ。


「アヅッウ!」
「ほら、忠告したでしょ」
「わかった、わかったからやめて!」
「ジュッ」
「ぎゃあ」
「たらしてないでしょ!」
「まぎらわしいんだよ!」


ジュッ。


「ああああああああああああ」
「その口の聞き方なによ! 私お姉ちゃんよ! 健、あんたわかってんの!」
「ひい、はい。 はい。 お姉ちゃんです。 ごめんなさい」


説明すると、姉ちゃんは、たまにおれに特訓と称して、めちゃくちゃなことをするのだ。

そう、おれのことをいじめるんだ。


「問題!」
「も、問題って、唐突すぎるよ!」
「唐突すぎないでしょ、問題って言ってるんだから。
もうごちゃごちゃ言わないでよ、いっこうに問題に入れないじゃない」
「そうだけど、問題って・・・」
「・・・何?」


と、姉ちゃんの手が傾く。


「ストップ! わかった。 わかったからひとつだけ聞かせて」
「・・・よし。 発言を認める!」
「は、はい! えっと、僕はどうしたらこの状況から逃れられるのでしょうか?」
「問題に正解すればいいのよ。 あたりまえじゃない」
「じゃあ、はい!」
「もうなによ! ひとつだけって言ったでしょ」
「あのもう一個だけ」
「ホントならロウソク1本追加くらいの罰符だけど、まあ勘弁してやろうではないか、もぉりたぁー」
「なんでそんなしゃべり方になっちゃうのよ・・・」
「それが質問?」
「い、いや、ちがくて・・・あの問題はわかったんだけど」
「だけどなに?」
「もしその問題に正解できなかったら、おれはどうなるのかな?」
「それは・・・そうなった時に考えましょ。
とりあえずロウソクを使った何かにされるわね」
「そ、そんな漠然とした・・・何かって何よ・・・」
「え? 何かって、例えば・・・ロウソクをつかったポアレとか?」
「料理!?」
「うそよ」


ジュッ。


「ぎゃーーー。
ちょっと、姉ちゃん、冗談半分にロウソクたらさないで!
お願いだから! 想像してるよりもずっと熱いんだから、それ」
「はい、問題いくわよ」
「ええ、無視!?」
「問題! ジャジャーン」
「は?」


ジュッ。


「ぎゃああああああ。
ちょ、お姉ちゃん、おれまだ答えてないよ・・・」
「は? ってなによ、は?って」
「え?」
「え? じゃないでしょ!」
「え? え?」
「問題! っていったあとは必ずジャジャーンっていうアタックが入るでしょ!」
「し、知らないよ!」
「本来なら健、あなたが言わなきゃいけないのよ」
「そ、そうなの」
「そうよ! それをお姉ちゃんが代わりに言ってあげたのにあなた・・・」
「わ、わかったよ」
「問題!」
「ジャ、ジャジャーン」
「・・・」
「ご、ごめん」
世界三大珍味というのがあります」
「うん」
キャビア、フォアグラ」
「はい!」


ジュッ。


「あばああああ」
「問題を最後まで聞きなさい!」
「・・・は、はい」
「あと、もうひとつは・・・」
「・・・」
「トリュフですが」
「・・・よかった」
「その中のトリュフを探す時に用いる動物」
「はい! はい! はい!」
「・・・はい、健! 答えをどうぞ」
「豚! 豚!」


ジュッ。


「ぎゃあああ、はあ、はあ、・・・豚じゃなかったっけ?」
「だから問題を最後まで聞きなさいって言ったでしょ」
「・・・まだ、終わってなかったのか・・・」
「動物は豚ですが、その豚の肉を使ったパイナップルの入った、よくわからない料理はなんでしょう」
「ええええええええええ」


ジュッ。


「ぎゃあああああ」
「答えは酢豚でしたー」
「そ、そんなのひどいよ」
「ひどくないわよ」
「ひどいじゃないか、三大珍味なんてまるで関係ないじゃないか」
「関係なくないでしょ、豚がちゃんとでてきてるんだから」
「遠回りしすぎだよ」


ジュッ。


「ぎゃあああああ。
・・・ちょ、そ、そんなのお姉ちゃんのサジ加減でどうにでもなっちゃうじゃないか!」
「問題!」
「・・・あ、ジャジャーン」
「四択問題です」
「四択?! よ、よし。 これはいけるかもしれない」
坊っちゃん、こころ、などで知られる日本が世界に誇る文豪、夏目漱石
「あ、知ってる」
「この夏目漱石の代表作、『吾輩は猫である』の有名な最初の一説『吾輩は猫である。名前は
まだ・・・』」

 

―「・予定は未定」

「これはちがう」

―「・ない」

「ふむ」

―「・ナイアガラ」

「引っかけか」

―「・・・・は何?」

「えええええええええええ!!」
「えええええええええええ!! じゃないわよ。 早く答えなさい」
「四択ってそんな、お姉ちゃん意味が違うよ」
「早く答えなさいって」
「え? え? だってそんなわかるわけ・・・」


ジュッ。


「あぎゃああああ」
「ぶー、時間切れ」
「そんなー」
「じゃあ次の問題ね」
「答えすら言わないなんて・・・」


・・・。

 

「ちょっと健、聞いてるの? 次の問題いくわよ」
「・・・お姉ちゃん・・・行かないで」
「・・・え?」


おれは激しい痛みで気絶しかけて夢を見ていたのかもしれない。

そのときおれは思い出した。

 

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前にこうやってお姉ちゃんにロウソクでめっちゃめちゃにされたときのこと。

 

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お姉ちゃんがおれをおいて、都会にいってしまった時のこと。


・・・。


「お姉ちゃん・・・おいてかないで・・・」
「ちょ、ちょっと健・・・」


おれは薄れていく意識のなかで、確かにみた。

 

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お姉ちゃんが笑うところを。

昔から何も変わらないあのやさしい璃々子姉ちゃんの笑顔だ。

なんだか嬉しくなってきた。


・・・と同時におれの意識はどこか彼方へ飛んでいった。


・・・・・・。

 

・・・。