*ゲームを読む*

ゲームまるごと文字起こし

車輪の国、悠久の少年少女 璃々子シナリオ【3】(終)

 

 

・・・


朝の陽光は、実に清々しかった。

思わず外に出て、背伸びをしたくなるほどだ。


「んん~~っ・・・と」


ついでに深呼吸もしてみた。

早朝の新鮮な空気を吸うと、気分も爽やかになってくる。

崖に近寄り、景色を一望する。


「いい眺めだ・・・」

 

f:id:Sleni-Rale:20190923102216p:plain

 

「もっと近くで見てみる?」
「うわっ!?」

体が前へと傾く。

たたらを踏みながらも、なんとか崖の前で踏みとどまった。


「お姉ちゃんっ、危ないじゃないか!」
「そう?」
「そうなのッ。
危うく、大自然をバックにダイビングするところだったよ」
「それは惜しかったわね」
「嬉しくもなんともないから」


久しぶりに、お姉ちゃんとスキンシップを取れたような気がする。

でも、これじゃあな・・・。


「で、お姉ちゃんは、なにしに来たの?」
「なにしにって?」
「わざわざおれを崖の底に突き落とそうとして、ここまで来たわけじゃないんでしょ」
「つまり、どういうこと?」
「なにか用があってきたんでしょ」
「特にないわよ」
「・・・・・・」
「散歩してたらあんたが目の前にいたから、挨拶代わりにこう・・・ね」


手で背中を叩く動作をする。


「弟を危険な目に遭わせないでよ」
「試練の一つなのよ、これは」
「試練・・・?」
「あなたは、今日を以て大空を旅するはずだったの」
「一体、なんの試練なの?」
「木登りや川泳ぎができる健でも、空は飛べないでしょ」
「当たり前じゃん」
「だから、飛ぶのよ・・・健」
「空を飛ぶ必要があるの?」
「人間であれば、願望があるでしょ」
「ああ、確かにね」
「長生きしたいっていう願望が」
「空を飛ぶんじゃないのッ?」
「それなら、飛行機からダイブすればいい話じゃない」
「死ぬって・・・」
「お姉ちゃんの言うことを聞いていれば、なんでもできるようになるわよ~」
「いや、別にもう・・・」
「手始めに、その崖から飛び降りてみて」
「普通に死ぬから!」
「夏咲ちゃんを助けたときも、大丈夫だったでしょ」
「運が良かったとしか思えないよ、あれは」
「なにもできないくせに、運だけはいっちょ前なんだから」
「・・・なにキレてるの?」

 

f:id:Sleni-Rale:20190923102238p:plain



「キレてなんかないわよ。 ぶちキレてるだけ」
「はあっ・・・」


思わずため息をついてしまう。

どうしてこうも機嫌が悪いんだろう?


「・・・ため息ついただけ、寿命が縮むわよ」


そう言い残して、お姉ちゃんは自宅の方へと戻って行った。


「苦労が絶えないのは、お互い様だと思うんだけどな。
これから大きなことをやっていこうって誓ったし・・・」


重い足を引きずり、この場を後にした。


・・・・・・。


朝の清々しさから解き放たれ、一瞬にして熱気が周囲に立ち込める。

今日一日、日射病対策は万全に。


・・・・・・。


・・・。


口に出すと余計だるくなるのだが、敢えてここは言いたい。

怠惰な毎日が続いている。

 

f:id:Sleni-Rale:20190923103602p:plain



「あ、そう言えば・・・」


妙案を思いついたといった様子で、手の平をぽんっと叩いた。


「夏咲ちゃん、どうしてるのかしら」
なっちゃん・・・」
「しばらく会ってないわね」
「今から行く?」
「行ったら行ったで、健、ベタつくでしょ。
ちゅっちゅちゅっちゅベッタベッタ、するんでしょ」
「しないって」
「鬼畜ねぇ・・・」
「お姉ちゃんの表現が、明らかに変なんだって」
「じゃ、確かめてみるわ」
「えっ?」
「夏咲ちゃんのところに行ってくる」
「なにを確かめるの?」
「聞かないでいいのっ」
「じゃ、おれも行こっと」
「またついてくるの?」
「暇だし」
「・・・・・・勝手になさい」
「今日は帽子をかぶっていかないと、暑いよ」
「暑いのはいつものことじゃない」


お姉ちゃんは麦わら帽子を手に取り、外へと出た。

おれも後に続く。


・・・・・・。


・・・。

 


「いるかな?」


ドアのノックしてみる。


・・・・・・。


いくら待っても無反応。

 

f:id:Sleni-Rale:20190923103619p:plain



「健が叩くから、怖がって出てこれないのよ」
「なんでそうなるの」
「お姉ちゃんが叩けば、ドアを突き破る勢いで玄関まで迎えに来てくれるわ」
「それは誇大妄想ってヤツだよ」
「夏咲ちゃ~んっ・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」


・・・・・・。

 

「帰りましょ」
「・・・なにキレてるの?」
「無駄骨だったわね」
「暇な時間が少しはなくなったんだし、いいんじゃない?
それにさ、寮にはさちだっているんだし」
「さちちゃんねぇ・・・」
「案内しよっか?」
「そうね・・・夏咲ちゃんも一緒にいるかもしれないし」


お姉ちゃんを案内する形で、廊下を進んでいく。


・・・・・・。

 

「さちーっ」


しばらく待ってみるが、返事がない。

さちならば、ドアを突き破る勢いでおれたちを迎えてくれるだろうに・・・。


「留守ね」
「となると、絵を描きに出てるんだな」


毎日この暑い天気の中、ご苦労なことだ。


「向日葵畑に行ってみようよ」
「もしいなかったら・・・健の責任だからね」
「なんでだよ・・・」


来た道を引き返し、今度は向日葵畑の方に向かって歩き始めた。


・・・・・・。


・・・。

 


今日も向日葵は元気に咲き誇っている。

見ているこっちが自然と華やかな気分になるのも、気のせいではないのかもしれない。

しばらく歩いていると、さちの後姿が見えてきた。

今日も向日葵をモチーフに、絵を描いている。

さち以外にもう一人、先客がいたようだ。


「やあ、なっちゃん

 

f:id:Sleni-Rale:20190923103640p:plain



「あっ・・・ケンちゃんだっ」


ぱあっと明るい笑みをおれに向けてくれた。


「今日は、どうしてここに?」
「散歩。 ケンちゃんたちは?」
「似たようなものかな。 ねえ、お姉ちゃん」

 

f:id:Sleni-Rale:20190923103701p:plain



「まーね」


「散歩してたら、偶然さっちゃんを見つけたんだよ」
「おれたちも、そんな感じかなぁ。
って、ここにどのくらいいたの?」
「二時間・・・くらいかな」
「この炎天下で二時間も? 大丈夫?」
「大丈夫だよっ。
くらくらしたり、ぐるぐるしたりとかしてないから」
「ぐるぐる?」
「目の前が真っ暗になってぱたーん、ってなっちゃうんだよ」
「それは、めまいだね」
「うん、それそれっ」

 

f:id:Sleni-Rale:20190923103730p:plain



「おおーっ、賢一じゃん」


いつの間にかさちが、おれたちのそばに来ていた。


「璃々子さんも、こんちわっ」
「はいはーい。 私が、みんなの璃々子お姉さんよ」


「今日はなに? デート? 花見? 私のお手伝いっ?」
「ただの散歩だ」
「ちぇっ、つまんなーい」
「今は、休憩か?」
「そそ。 いくらあたしでも、この日差しはキツイからね」


「さちちゃん、帽子もかぶらずに炎天下にいるの?」
「そですけど、何か問題でもありました?」
「ったく、日射病にでもかかったらどうするの。
ほら、これをかぶりなさい」


お姉ちゃんは自分のかぶっていた麦わら帽子を、さちの頭にかぶせた。


「璃々子さんが使ってよ。 あたし、全然大丈夫だし」
「お姉さんの言うことは絶対なの。 そうよね、健?」


「え? おれ?」


「ケンちゃんはケンちゃんだよ」
「う~ん・・・絶対なんて言った暁には、なにをされるかわかったもんじゃな・・・イテテッ」


ケツの肉をお姉ちゃんが力一杯つねっている。

小柄な体なのに、よくそこまで力が出るものだ。


「二人とも、お姉さんのグチを聞いてくれる?」
「はい、なんでしょう」
「この子ったら最近、反抗期なのよ」


「なになに? なんかやっちゃったの?」
「そうそう。 やっちゃったの」
「へえぇ~っ」
「うんうん」


なにを語るでもなく、ただ黙ってうなずき合う二人。


「さちちゃん、いま描いてる絵を見せてくれない?」
「どぞどぞ」


四人でイーゼルの前へ移動する。


「絵のことはよく分からないんだけど、すごいわねぇ」


「なんかこう・・・見てて圧倒されるものがありますよねっ」


力強く咲き誇っている向日葵たちが、紙の上で色濃く表現されていた。

ここまで力を感じさせてくれる水彩画を描く人間は、おれの知る限りではさちしかいない。


「昔の感覚が戻ったっぽい。 ううん、それ以上かもっ」

 

f:id:Sleni-Rale:20190923103835p:plain



自信に満ち溢れたような、満面の笑みをもらす。



「その調子で頑張んなさい」


「世界を目指すんだよね」
「まあね~。 応援ヨロシクッ」


「健にも、この頑張りを見習ってほしいものだわ」
「なにを頑張るの?」
「宇宙の覇者になるんでしょ」
「そこまででっかいものにはならないけど、いちおう社会人になるつもりです、ハイ」


「ホントになるんだ?」

「大変そう・・・」


「お姉ちゃんと一緒に頑張るから見ててよ。 ね、お姉ちゃんっ」
「ん? んー・・・」
「・・・どうしたの?」
「なんでもないわよ」
「おれと一緒じゃ、不安?」
「んん~~・・・」


やっぱり不安なのかな?


「賢一なら、なんとかしてくれるっしょ」

「うんっ。 ケンちゃんは凄いからねっ」

 

f:id:Sleni-Rale:20190923103904p:plain

 

「・・・そう・・・」
「ホントにどうしたの?」
「あんた、結構周りから頼られてるじゃない」
「そうかな?」
「ふーん・・・」


「んじゃあ、そろそろ絵を描くわ」
「おう」


「わたしはどうしよっかな」
「一緒にやる? 教えてあげるよ」
「でも、道具持ってないし・・・」
「あたしので描いてみる?」
「どうしよっかなぁ~」


「ま、ムリしないように頑張んなさい」

 

お姉ちゃんはそう言い残すと、スタスタとこの場から去って行く。


「璃々子さん、コレ忘れてるよ」


かぶっていた麦わら帽子を外し、おれに手渡す。


「ん、じゃあな。 二人とも頑張れよ」


二人に手を振って、向日葵畑を後にする。


・・・・・・。


・・・。

 

 

 

居間に戻り、ほっと一息つく。


「はい、麦茶」


ちゃぶ台の上に、二人分のコップを置いた。

 

f:id:Sleni-Rale:20190923103957p:plain



「・・・・・・」


お姉ちゃんは黙ってコップを手に取り、コクコクと喉を鳴らした。


「さっきはどうしたの?」
「さっき?」
「向日葵畑で・・・」
「なにかしたっけ?」
「急にだんまりになっちゃったよね」
「そう・・・だったかしら?」
「おれと一緒にいたら不安か、って聞いたんだけど」
「健は・・・お姉ちゃんが知らない間に、大きくなっちゃったのね」
「え?」
「喜んでいいのか悪いのか、複雑だわ」

 

アンニュイな表情で、淡々と語り出す。


「お姉ちゃんがいないと何もできなかったのに、今はそんなことないんだ」


色んなことがあったからな・・・。


「あの頃の健が、一番可愛かったわ。
お姉ちゃんっお姉ちゃんっ、って金魚のフンみたいについてきた頃なんて、特にね」
「金魚のフンて・・・」


言葉を選んでよ・・・。


「私という優雅で気高い金魚から、フンがはなれていく・・・。
からしてみれば肩の荷が下りる、みたいな・・・むしろ離れて、みたいな・・・そんな感じで。 フンなのに・・・」
「シリアスな会話で、フンフンって連呼しないでよ」
「わかった、フン太郎?」
「そういう名前じゃないから」
「じゃあ、太郎」
「もう、いいから」
「とにかく、太郎はどうだっていいのよ」
「ふーん・・・」
「だから、アナタは金魚のフンなのよ。
ご飯を食べるときも一緒、お風呂に入るときも一緒、おトイレに入るときも一緒、夜の過ごし方も一緒、泣いてるときはお姉ちゃんの胸の中で精一杯きゅっと抱きしめてあげて夜を過ごすの」
「なんでそこだけ具体的なワケ?」
「鳥かごの中に入れて大事に大事に育ててきた弟が、お姉ちゃんの元を去っていくわけ。 鳥でもないのに」
「じゃあ鳥かごの中にいれないでよッ」
「健、お姉ちゃんは悲しいの。
思わず、ドナ○ナを口ずさみたくなるくらいに」
「そ、そりゃあ深刻だね」

「健・・・行かないで」
「えぇっ?」
「それが、今のお姉ちゃんの気持ちなの・・・分かる?」
「わからない」
「・・・あっそ」


急に険しい顔つきになった。


「なんでも一人で勝手にすればいいじゃない」
「えっ?」
「お姉ちゃんはふてくされたから、もう寝ます」
「なんで敬語なの?」
「おやすみッ」
「・・・・・・」

 

いきなりなんだよ・・・。

 

「って、まだお昼じゃない!」


戻ってきた。


「でも、健がいるからやっぱ寝るッ」


なぜそこまでしておれを避けるのか、イマイチよく分からない。


「・・・さて、どうしようか」


このまま一人でいるというのも退屈で死にそうだ。

 

「そろそろ出立の準備をしなくちゃ・・・」


電話を取る。


「あー、もしもし、森田です。
ええ・・・戸籍、見つかりましたか?
ええ・・・そうです。
うちの姉の分。 あと、適当な職務経歴を・・・」


すぐ先には、また闘いの日々が待っている。


だから、いまは、楽しみたい。


なのに・・・・・・。


「はい、ありがとうございます・・・引き落としは例の海外口座に、ええ・・・」

 

お姉ちゃんは一人になりたいみたいだし、そっとしておくかな・・・。

 

電話を終えると、夜まで一人で過ごすこととなった。

一人は寂しいと、このときになって気づいた。


・・・・・・。


・・・。

 

 

「・・・・・・」
「・・・・・・」


昨日に引き続き、沈黙が続いていた。

さて・・・どうしたものか。

 

f:id:Sleni-Rale:20190923105137p:plain



「気晴らしに、外に出ない?」
「私の鬱憤を晴らしに? いいわよ」


鬱憤ねぇ・・・。


「健はなにをしてくれるの?」
「なにって・・・」
「ストレスを発散させてくれるんでしょ」
「たまってるの?」
「ええ、たっくさん」
「どのくらい?」
「プール一杯分くらい」
「そんなにたまって大丈夫なの?」
「うん、超大丈夫だからっ」
「超、大丈夫なんだ・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「お姉ちゃん、プールに行きたいの?」
「なんでそんなこと聞くのよ」
「プールの話題が出たから」
「学園にあるの?」
「いや、ないけど・・・」
「話題が出たからって、行きたいとも限らないでしょ」
「そりゃそうだけど・・・。
少しでも体を動かして、気晴らしでもしようよ」
「健、一人で行けば?」
「お姉ちゃんを置いていけないよ」
「水遊びくらい、一人でいいでしょ」
「それじゃ寂しいよ・・・」
「男の子でしょっ、メソメソ泣かないの!」
「泣いてないっ」
「おねえぢゃ~ん、わ~んっ」
「だからっ、もういいって」
「結局、お姉ちゃんがいないとなにもできないのね・・・」
「弟離れしなよ」
「私の勝手でしょ。
大体ね、お姉ちゃんに口出ししてなにが楽しいの?」
「楽しいなんて思ってないよ」
「どうせなら、私を燃えさせるような発言をなさいよっ」
「燃えるって?」
「分からない? こう・・・ムンムンする感じよ」
「分かりたくない擬音だ・・・」
「可愛くないわねぇ」


つまらなそうな顔で、おれの顔を見つめてくる。


「昔の健は『うん・・・そうだね』くらいは言うのにっ・・・。
今は可愛さ半減よ! 可愛さバーゲン実施中!?」
「なんだよ、バーゲンて・・・」
「今・・・なんだよ、って言ったわね」
「それがなにか?」
「タメ口ね・・・タメ口上等?」
「なに言ってんの?」
「親しき仲にも礼儀ありっていう言葉、知らないの?」
姉弟じゃん」
「『姉上』って言いなさい」
「・・・は?」
「時代劇みたいにね」
「・・・言ってたっけ?」
「言った! 絶対言った! この目で見たもの!」
「耳で聞かなきゃダメでしょ・・・」
「んな細かいことはこの際、どうでもいいの」
「いいんだ・・・」
「よくよく考えてみると、健って甘えん坊よね」
「そうかなぁ?」
「あれこれ言って、お姉ちゃんに反対してたし・・・」
「・・・・・・」
「そろそろ、従順になった方がいいんじゃない?」
「なんで?」
「犬とか、いい例よね」
「勝手に話を進めないでよ」
「だって、今みたいに反抗してくるんだもん」
「お姉ちゃん。
おれはね、いつまでも子供っていうわけにはいかないんだよ。
頼りっぱなしの自分から脱皮して、人の先に立つ仕事をしていかなくちゃいけないんだから」
「いっちょまえに、カッコつけちゃって」
「カッコつけてなんかないよ」
「でも、お姉ちゃんには敵わないって教えてあげなくちゃ」
「教える必要なんてあるの?」
「最近の健、お姉ちゃんより大きく見えるのよ」
「そりゃあ、背が高いからね」
「・・・あんた、ホンット情緒ないわね。 一度、精神鑑定受けてみたら?」
「冗談、なんとなく分かるって」
「お姉ちゃんに冗談かましちゃダメでしょっ」
「ゴメンって」
「もう最悪っ!」


そっぽを向いてしまった。


「なあ、お姉ちゃん・・・」
「・・・・・・」


だんまりだが、おれは続ける。


「今日、どこかに出かけようよ。
川辺とかどう? 魚釣りができるかもしれないし」
「・・・・・・」
「他にも、色んな遊びが・・・」
「黙っててよ、考え事してるんだから」
「うん、ゴメン」
「・・・すぐ謝る人って、チョーウザイ!」


・・・・・・。


それから会話らしい会話はなくなり、午前・午後と時間が過ぎていく。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

だらだらと退屈な日を過ごしてしまった。

夕日が室内を赤く染め、明日の天気も快晴だと知らせてくれている。


・・・が、おれの心は晴れそうにもない。

そろそろ夕食の支度をしようと腰を上げたとき、お姉ちゃんが口を開いた。

 

f:id:Sleni-Rale:20190923105110p:plain



 

「いいわ、行きましょう」
「え? どこに?」
「川、行きたいんでしょ」
「もう夕方だし、水が冷えてて体壊すよ」
「散歩ということでいいじゃない」
「ただの散歩?」
「愚痴りながらね」
「・・・お姉ちゃんだけでしょ」
「胸のうちを全て吐き出してあげる」
「勘弁してよ」


気だるい精神を脇にかかえ、外へ出る。


・・・・・・。


・・・。

 

外に出た瞬間、焼き尽くすような強い日差しが眼を襲った。

明日には快晴どころではなく、青一色の空模様が拝めるだろう。

 

f:id:Sleni-Rale:20190923104938p:plain



「魚釣りで競争でもする?」
「いや、いい・・・」
「苦手だったわよね」


昔は、だけど。


「釣ったとしても健は・・・はあぁ~っ」
「稚魚はさすがに逃がすよ」
「優しすぎるからねぇ・・・ムダに」
「見境なしに食べるのもどうかと思う・・・」
「釣られる方が悪いのよ」


餌で釣ってんだから、この点はしょうがない。


「釣った魚の料理を食べさせてくれるかなあ、って期待してたんだけど・・・」
「今度は失敗しないよ」
「強がり?」
「失敗は、一度だけでいい」


・・・・・・。


・・・。

 

山道を、二人で下りていく。

 

f:id:Sleni-Rale:20190923104921p:plain



「・・・・・・」
「・・・・・・」


なぜか会話も途切れ、気まずい雰囲気が場を支配していた。

かましセミの鳴き声だけが、鼓膜を刺激している。


「もし手づかみで魚が取れたらさ、晩ご飯は魚にする?」
「ムリムリ、健には絶対ムリ」
「やってみなきゃ分からないよ」
「餌を使ってもヘタレだったじゃない」
「お姉ちゃんに教えられたとおりにやったんだよ、あれは」
「あんたがドンくさいからよ」
「今なら任せてほしいな」
「できるの?」
「実際、やってみせようか?」
「できるものならね」


過去をネタに、ぎこちない会話をしながら川を目指す。


・・・・・・。


・・・。

 


川辺は涼しかった。

せせらぎを聞いていると、自然と心が浄化される気がする。

軽く伸びをしてみた。

 

f:id:Sleni-Rale:20190923104905p:plain



「落ち着くね」
「・・・・・・」


お姉ちゃんはアンニュイな顔をして、穏やかに流れる川を眺めていた。


「約束どおり、魚を取ってくるよ」
「・・・・・・」
「お姉ちゃんはなにかリクエストある?」
「・・・・・・」
「ヤマメは難しいけどね」
「・・・・・・」
「お姉ちゃーん?」
「・・・・・・」


目の前で、手を上下に振ってみた。


「わわっ!?」
「どうしたの?」
「こっちのセリフよ! それよりなにっ?」
「聞いてるのかなと思って」
「な、なによ・・・私、そんなにぼーっとしてた?」
「うん、してた」
「夏咲ちゃんと同じくらい?」
「え? うーん・・・なっちゃんよりはマシかな?」


言ってから、マシってなんだよって自分で思ってしまった。


「なんでそこで、夏咲ちゃんの話になるのよ」
「お姉ちゃんが言ったからでしょ」
「仲良さそうに、なっちゃんだなんて・・・」
「ダメかな?」


おれの問いに、お姉ちゃんは静かにかぶりを振った。


「試しにりっちゃん、って呼んでみてよ」
「お姉ちゃんに?」
「他に誰がいるのよ」
「・・・・・・りっちゃん」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

 

なんか、間違ってる気がする。


「変じゃない?」
「そう?」
「やっぱり、お姉ちゃんはお姉ちゃんだよ」
「よねぇ」


反応が薄いなぁ・・・。


「どうかしたの?」
「べっつにー、なんにも」


今日、何度目かのため息をついた。

徹夜明けのサラリーマンがするあくびの数よりも多いと思う。

また、声にいつもの覇気が感じられない。


「ホントにどうしたの?」
「どーしたもこーしたもないのよっ」
「え?」
「そーしたり、あーしたりもないの」
「・・・うん?」
「わかった?」
「分からない」
「・・・バカ・・・」
「??」


全くワケが分からない。

 

f:id:Sleni-Rale:20190923104848p:plain



「健の・・・バカァッ!」


近くにあった石を拾い上げ、叩きつけるように川へと投げ込んだ。

水しぶきを上げて、ドボンッと激しい水音がする。

まるで、おれへのあてつけであるかのようだった。


「バカッ、バカッ、カバッ」
「・・・お姉ちゃん?」
「なに!? 見ての通り、今忙しいんだけどっ?」
「・・・手伝おうか?」
「はあっ!?」


石を両手に携え、おれを睨んだ。


「いや・・・なんでもないや」
「なら、話しかけないでよっ」


再び投石に身を投じるお姉ちゃんの様子を、おれは黙って見守る。


・・・・・・。


・・・。

 

「くのっ、このっ、このっ」


先ほどから、まったく同じ場所にしか石をなげていない。

恐るべきコントロールと集中力だった。


「はあっ・・・はあっ・・・はぁっ」


膝に手をつき、肩で息をしていた。

拍手を送りたくなるくらいの疲れっぷりだ。


「えっと・・・お疲れさま?」


息を吐きながら、横目でおれを睨んだ。

なぜだか分からないけど、ご立腹な様子。

そのまま、無言で見詰め合う・・・。


「・・・・・・」


しばらく経ってから、おれも近くにあった石を拾い上げ、サイドスローで川へ投げる。

結果、五段の水切りが完成した。


「どう? すごいでしょ」
「遊んでんじゃないわよっ」


疲れているにもかかわらず、対抗するように石をサイドスローで投げた。

投げる力が弱かったせいか、三段の水切りが完成。


「三段だね」
「言わなくても分かってるわよっ」


石を手に取り、再び投石。

半ば・・・というかほぼ・・・というか、完全にムキになっている。


「腕の力だけじゃなくて、手首のスナップも利かせないと・・・」
「分かってるってば!」


腕を思い切り引いて、勢いよく前の方へ突き出す。


「おっ、今度は四段だ」
「見てりゃ分かるでしょっ」
「もっとこうしたらいいかもね」


石を投げる動作を、体全体で表現した。


「こうっ?」


ポチャン!


「違う違う、こうだって」
「えー・・・こうっ?」


ジャボン!


「違う違う。 ここは、こうだって」
「ていっ!」


ビシィッ!


「いてっ!?」


おれの方に飛んできた。


「あ、ごっめーん・・・手が滑ったぁ」


語尾にハートマークがつきそうなほど明るい笑顔で、こちらを見る。


「違う違うって・・・学園の先生かって話よっ」


かと思ったら、突然キレ出した。


「なんで私が、健なんかにものを教えてもらわないといけないわけ!?」
「たまにはいいじゃんか」
「そこまで強がるなら、言ってあげる」
「別に強がってはいないんだけど・・・」
「夜の私生活も、健の方から教えられるくらいに上達しなさいよ!」


また痛いところを・・・。


「お姉ちゃんを満足させられない弟なんて、不名誉なだけなんだからねっ!」
「大声でそんなこと言わないで・・・頼むから」
「おかげで、腕が筋肉痛になっちゃったじゃないのっ」
「たくさん投げてたからね」
「健が対抗しようとするから・・・」
「自分から始めたんでしょっ」
「こんなふうに?」


ビシッ!


「いてっ!」
「足が滑っちゃった」
「手でしょ!」
「あっ、手が勝手に・・・」
「って、踏もうとしないでよ」


そんなやり取りを交わしながら、時間だけが過ぎてゆく。

川に来てなにをするでもなく、本当にただの散歩となってしまった。


・・・・・・。

 

・・・。

 


その日の夕食も、日課のようにただ黙々と取っていた。

微妙に気まずい沈黙は、まだ続いている。

いつもなら、お姉ちゃんの方から話題を振ってくるんだけどなぁ・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20190923104649p:plain

 

「・・・・・・」


しかし、ここ数日に関しては、おれから話しかけない限り会話をする気がないようだ。


「ねぇ、健」


と思っていた矢先、お姉ちゃんの方から話を持ちかけてきた。


「なにっ?」


正座したまま飛び上がりそうなほど嬉しかった。

ニヤケ顔を抑えつつ、お姉ちゃんの方に向き直る。


「今日の味噌汁って、なんの味噌を使ったの?」
赤味噌だけど・・・」
「お姉ちゃんはね、白味噌じゃないと食べれないのよ!」
赤味噌OKだったじゃん」
「急に拒否反応がっ・・・アレルギーがっ」


ぽりぽりと首をかき始めた。


「ホントに大豆アレルギーなの?」
「間違いないわ」
「冷奴も納豆もあるのに、味噌汁のせいなの?」
「絶対よ! 健の命をかけてもいいわっ」
「勝手にかけないでよ!」
「読みが外れたら、健は・・・」
「間違いないって言ってたじゃん・・・」
「それこそが、真の間違いだったと気づくべきだったのよ」
「やたらカッコいい決め台詞だけど、ウケないから」
「ちぇっ、つまんな~い」
「てか、ホントにアレルギーなの?」
「確かめてみる?」
「どうやって」
「健もこれを食べてみなさい」


味噌汁にドバドバとしょうゆを注ぎ、おれの目の前に置いた。


「食えないよ」


てか、確かめようがない。


「コレ、責任もって処分してよ」
生ゴミとして捨てたらいいの?」
「食べてよ」
「糖尿病になっちゃうじゃない」
「高血圧でしょ」
「砂糖を食べたら治るかしら」
「それこそ、糖尿病になるって」
「・・・お姉ちゃん、どうすればいいのよ」


しょうゆの入った味噌汁を睨みながら、呟いた。


「なにもしなくていいんじゃない?」
「耐え難い味に涙しながらでも、絶対に食べ尽くせって言ってたくせに」
「そこまで言ってないでしょ」
「茶碗までしゃぶりつくせって・・・」
「そこまで言ってない」
「とにかく、この味噌汁しょっぱいわよっ」
「しょうゆ入れたからでしょ」
「また口答え? プラスワンッ!」


まだやってたんだ・・・。


「普通に言ってみたかっただけなんだから、ほっといてよっ」
「姑みたいだ」


前にも同じようなことがあったなぁ・・・。


「・・・・・・」


再び沈黙モードに入ってしまった。

もぐもぐと口を動かし続けている。

そんなお姉ちゃんの仕草を眺めながら、おれも箸を進めた。


・・・静かな夜だ。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20190913162328p:plain



一日の終わり、真夜中のこと・・・。

おれは寝付けなかった。


・・・・・・。


布団に入り、すでに半時ほど経っている。

しかし、目は冴えていた。

外から差す月明かりのせいで、室内はわずかに明るい。

いかなる場所でも、どのような体勢でも寝れるおれにとっては、なんてことのない障害だ。

だというのに、眠気を全く感じることがなかった。


「すーっ・・・すーっ」


声のする方に寝返りを打つ。

うっすらとだが、お姉ちゃんの顔が見えた。

穏やかな表情で、静かに寝息を立てている。

昼間の騒ぎが嘘のような、おとなしい顔立ちをしていた。


「ん・・・くぅ・・・むにゃむにゃ・・・」


なにかを呟いているかのように、口をパクパクと何度も開けたり閉じたりしている。

餌を求める魚に似た仕草だった。

しばらく観察していると、次第に口の運動を大きくさせていく。

滅多にお目にかかれない、おどけた仕草だ。


「・・・すーっ、すーっ・・・くえ~・・・や・・・」


食えや?


「魚に餌でもあげてんのかな?」


お姉ちゃんが口をパクパクさせながら、魚に餌をやっている姿を想像してみた。


「・・・・・・。 実に微笑ましい」

 

後ろ手に、捕獲用の網を持っていなければの話だが。


「よっ・・・と」


上体を起こし、立ち上がる。


トイレへ行こうとしたそのとき・・・。


「・・・けん・・・」


鐘のように響き渡る凛とした声が、室内にこだまする。

呼ばれて振り向くが、熟睡しているお姉ちゃんの姿が見えるだけだった。


「寝言か・・・」


構わず廊下へと踏み出す。


「ヤダ・・・」


「・・・・・・」


さすがに足を止め、振り向いてしまった。


お姉ちゃんは、声ばかりか、その小さな体もかすかに震えて縮こまっている。

 

f:id:Sleni-Rale:20190923104528p:plain



「もう、一人はヤだよ・・・」


「・・・っ!」


「怖いんだよ・・・寂しいんだよ、健・・・」


細くて白い指が、布団のシーツを懸命につかんでいた。

それにつられるように、おれはお姉ちゃんの傍に近寄る。

そして、静かに自分の手を、目の前にある華奢な手に重ねた。

お姉ちゃんの表情がわずかにゆるくなり、握り拳から力が抜けていく。


「・・・お姉ちゃん・・・」

 

――ここに、おれがいるよ。

 

そう、心の中で呟いた。

次の瞬間、きゅっと手を握られる。

冷たくも温かい感触が、手を伝っておれの心に響く。


「健・・・ん~・・・・・・ふふっ」


最後に優しい笑みを一つ。

困ったお姉ちゃんだな・・・。


「やれやれ・・・」


寄り添うように、お姉ちゃんの布団の中で横になる。

もちろん、手は握り合ったまま。

朝までとは言わず、最後までずっと一緒にいよう。

ごめんね、ずっとひとりぼっちにさせて・・・。


・・・・・・。

 

・・・。

 


「・・・・・・ぅんん・・・」


むくっ。


「・・・朝か・・・ふわあ~・・・ん?
健・・・どうして、隣に? しかも手なんか繋いじゃって」

 


・・・。



f:id:Sleni-Rale:20190913162643p:plain

 

「・・・ははぁ。
さては、お姉ちゃんが恋しくなったのかしら?
・・・・・・もしかして、寝言が聞こえちゃったとか?
やだなぁ・・・弱み握られちゃったかも。
嬉しいのは、確かなんだけどね・・・って、もう離しなさいよ。 わかったから」


ユッサユッサ・・・。


「縫いつけてるみたいに離れないわねぇ。
しょうがない、頭なでなでしてあげましょ。
こうしてると、なんだか親子みたいね・・・ふふっ、寝顔かわいい~。
・・・ありがと、健」

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

 

なぜか次の日、お姉ちゃんはハッスルだった。


「今日もビンビンいっちゃいましょっ」
「朝から元気だね」
「まぁねっ」


語尾に音符記号がつきそうなくらい、上機嫌なご様子。

このままだと、フルマラソンでもしかねない勢いだ。

 

f:id:Sleni-Rale:20190923104420p:plain



「この味噌汁、めちゃんこ美味いじゃない!」
「はあ・・・どもども」


ハイテンションの波に押され、おれは首振り人形のようにかくかくと頷くしかない。


「おかわりは?」
「健でいいわ」
「なあっ!?」


驚いているおれをよそに、お姉ちゃんは悪魔のように囁き続ける。


「白いの、特盛りで」
「ちょ、ちょっ・・・」


下ネタにも程があるって・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20190913162711p:plain

 

「白いのでお代わりって言ったら、ご飯に決まってるじゃない」
「あ・・・?」
「なにを想像してたの? ん?」
「それは・・・その・・・」
「うふふ・・・」


蛇とカエルの関係って、こんな感じだったんだなあ。

睨まれると、なにもできないや。


「今日の予定は?」


苦し紛れに、話題を反らす。


「まったりと過ごしましょうよ」
「どういう風にまったりと?」
「健と一緒にご飯を食べて、健と一緒に遊んで、健と一緒にお風呂に入って、健と一緒に布団
の中に入って・・・」
「わかったわかった、もういい」


つまり、おれと一緒にいたいっていうことだな、こりゃ。


「勝手にまとめに入らないでよ」
「一緒にいたいってことでしょ?」
「さあ? どうかしら?」
「お姉ちゃ~ん・・・」
「そんな悲しそうな顔しないでよ、可愛い弟くんっ」


甘いボイスで、おれを誘惑しようとしていた。


「ちゃ~んと可愛がってあげるから」
「どのくらい?」
「今夜になれば分かるわよ」


その言葉、真に受けてもいいのだろうか。

今日一日は、ずっとこのことが気にかかっていた。


・・・・・・。


・・・。

 

 


お姉ちゃんと一緒に寝るのは、何日ぶりだろうか。


「久しぶりでドキドキしてきた」
「私もよ、健・・・」


横になっているおれの身体に覆いかぶさってきた。

そして、股間に顔を近づけていく。

 

f:id:Sleni-Rale:20190923104315p:plain




「ねえ、お姉ちゃん・・・」
「まだダメよ、今回もお預けっ」
「なんで?」
「お姉ちゃんよりも先にイッてちゃねぇ・・・」
「・・・じゃあ、似たようなもので」
「クスッ・・・いいわよ」

 

f:id:Sleni-Rale:20190923104255p:plain




「お姉ちゃんには適わないや」
「ふふっ当たり前でしょ。
健は私の可愛い弟なんだから」


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

とうとう、都会へ出立する日がやって来た。

準備は万端、心構えもできている。

あとは、この町を出るだけだ。


「みんなに見送ってもらわなくて良かったの?」


クラスメイトや先生には個別で会い、あいさつは済ませてきている。


「こんなものでいいんじゃないかな」


みんな名残惜しそうだったが、最後は笑顔でおれたちを送り出してくれた。

それで充分だ。

元気は分けてもらった。

あとは、前に進むだけだ。


「行こうっ、お姉ちゃん」

 

f:id:Sleni-Rale:20190923104229p:plain



「あっ・・・ちょ、健ってば・・・」


華奢な手をつかみ、自分の体に引き寄せるようにして歩く。


「もうっ・・・強引なんだから」


お姉ちゃんが、こんなにも近くにいる。

もう手放すことはない、たった一人の大切な姉。

肉親でもあり、愛すべき人でもあり、人生のよきパートナーだ。


「私たち、ベタベタしすぎじゃない?」
「かもね」
「かもねって・・・あんた、平然としてんのね」
「お姉ちゃんは、恥ずかしいの?」
「そんなわけ、あると思う?」
「むしろ、望むところって感じでしょ」
「・・・ふふっ。 ようやく分かってきたようね、健も。
ほんっと、昔の思い出が懐かしく見えてくるわ」
「はは・・・」
「まさか、こんなことになるなんてね」
「怖くなった?」
「それもあるけど・・・」
「じゃあ、なに?」
「私たちの関係・・・とかね」
「おれは、いずれこうなるんじゃないかって思ったよ」
「嘘よ。 健にそんな度胸があるとは思えないもの」
「昔から、お姉ちゃんのことは大好きだったし・・・」
「今も?」
「うん」
「なるほどねぇ・・・」


しばし、沈黙が続く。

おれは空を仰いだ。

どこまでも広がる青空が、おれたちを迎えているような気がする。


・・・。


 

f:id:Sleni-Rale:20190923104126p:plain



「ねえねえ、もし大統領になっちゃったりしたら、健はどうするの?」
「どう、とは?」
「国を一から作り直す? それとも・・・」
「作り直さないよ」
「まだなにも言ってないじゃない」
「一から作り直すのに、何十年かかると思ってんの?」
「五十年」
「・・・かなぁ」
「長生きしなさいよ」
「苦労人は短命っていうジンクス、知ってる?」
「先立つ不幸をお許し下さい的なことになったら、お姉ちゃん怒るからね」
「ていうか、そんなに待てないし」
「よねぇ・・・。 頑張んなさいよ」
「お姉ちゃんもサポートの方を頼むよ」
「ええっと、まずは新しい戸籍の取得と・・・ああ、名前も新しく作らないと」
「ねえ、お姉ちゃん」
「なにかしら?」
「二人でいるときだけは、元の名前で呼び合おうよ」
「構いやしないけど・・・上手く切り替えできるかしら」
「まっ、頑張ろっか、色々と」
「そうねっ」


おれたちの足は止まることなく、故郷の地を一歩ずつ踏みしめていく。

二度と戻ってくることがないと思っているからか、無意識のうちにわびしい気分に浸っている
かは分からない。

しかし、おれは大きな目標に向かうための、力強い一歩だと思っている。

ラソンに例えるならば、今は足踏み状態。

本当のスタートは、まだまだ先だ。


「さあっ、行くわよ~、健!」
「うん!」
「いざッ、世界征服の旅へ、しゅっぱ~つっ!」
「違う! なんか目的違う!」

 

・・・・・・。


・・・。

 


END