*ゲームを読む*

ゲームまるごと文字起こし

G線上の魔王【1】

 

 

当ブログは、私個人の趣味でゲームを"ほぼ全文"文字起こししています。

ローマ字入力・かな入力・親指シフト等、タイピング練習も兼ねています。

※誤字・脱字が多々あるかと思われます。 【○少女 ✕処女 etc...】

最初の頃は頑張ってひとりで校正をしていましたが、横着な性格のせいで挫折。

その時間をゲームに充てたいので止めました。(開き直り)

これは趣味であって、お金貰ってるライターさんのお仕事とかじゃないのだぜ!

もし、このブログ?を読んで面白いと思った方は、そのゲームを購入してプレイしましょう。

ゲームは自分でやった方が楽しいよね!

 

 

 

 

 

G線上の魔王 -the Devil on G-string-

 

 

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・・・。

 

十月もなかばを過ぎたばかりだというのに、その日は北よりの風が強かった。

街は日没を待って徐々に色彩を失い、がらんとした高層ビルの隅や、人気のない路地裏で、枯葉が上空に巻き上げられた。

人々は砂や埃に目を細め、追い立てられるように家路を急いでいる。


"魔王"はしかめ面で行き過ぎる人間の群れを眺めながら、本格的な冬の到来を予感していた。

長きに渡る雌伏のときは、終わりを告げようとしている。


知能犯罪において、確実な成功を収めるためには、慎重に完璧な計画を練り上げ、それを大胆不敵に断行しなければならない。

時期、場所、犠牲者の選択にも万全を期して望む。

絶対の条件が整うまで、"魔王"は、幾年もの月日を準備に費やしていた。


魔王が望むのは、力に対する力の闘争である。

水が上から下に流れるように、弱いものは強いものになびていく。

ならば、圧倒的な力で支配してやろう。

己の目的を達成するためには、水流の秩序を破壊することもいとわない。

人は外道の逆恨みと、罪人の詭弁だとあざ笑うかもしれない。

けれど、人々が"魔王"の罪を憎み、"魔王"という人間を軽蔑したとしても、"魔王"の信念の中の真理にはある程度共感するものがあるはずだ。


それが証拠に、"魔王"は必要十分な資力と、手駒のように動く"こどもたち"を手に入れた。

彼らは犯罪計画を実行に移すために必要な役者であり、"魔王"との悪魔的な契約に縛られた信奉者だった。


――戦いのときは近い。


お父さん、お父さん、"魔王"がそこにいるよ――。

 

・・・。

 

 

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少女は大発展を遂げた町並みに、少なからず驚いていた。

少女がもっと幼かったころには、四車線の道路も山のように高いビルもなかった。

感嘆のため息は、スクランブル交差点を雑然と行きかう人々に踏みつけられて消えていった。


少女の手には焦げ茶色の革張りのケースがあった。

年季が入ったケースの中身は、腕のいい職人の手によって作られた国産バイオリンだった。

ストラドやガルネリのような神格化された価値はないが、少女にとっては命の次に大切な名器だった。

持ち手をしっかりと握り締めると、痛烈な感情が沸きあがった。

母の、形見。

亡くなった母を思うと、少女の心に火が募る。

不屈の闘志と揺るぎなき自信がみなぎってくる。

少女は力強くコンクリートの地面を蹴った。


足取りは緩まない。

宿願を果たすまでは。


"魔王"を自らの手で打ち倒すまでは――。

 

・・・。

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・」


目覚めはいつも7時ちょうど。

朝食はいつもシリアルと牛乳。

いつものように新聞を読む。

 

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広すぎる窓から人工一千万の富万別市の街を眺めると、ついに、いつものおれが出来上がる。

さて、今日は学園だ。

ここ三日ほど面倒ごとにつき合わされて休んでいたが、学園はとても楽しみな時間だ。

さっさと準備をして出かけようか。

 

 

・・・ん?

こんな朝早くから客?

どんなアポも入れていないはずだが・・・。


「もしもし・・・」


モニターに映っている顔には見覚えがあるような気がする。


「・・・あ、浅井さんのお宅ですよね?」
「失礼ですが、どちら様ですか?」
「あ、え、えっと、美輪です。 美輪椿姫です」
「・・・・・・」
「浅井京介くんのクラスメイトで、クラス委員をしています」
「ああ、椿姫か」
「え? 浅井くん?」
「そうだよ。 わからなかったか?」


最近のインターホンはとても声の通しがいい。


「いつもと声色が違うから、お父さんかと思った」
「いや、おれもうっかり椿姫の顔を忘れてたよ」
「え? 嘘だよね? 一年生のときからずっと同じクラスだったじゃない?」


・・・ウソじゃあない。

どうもまだ、頭が切り替わっていないな。


「それより、どうしたんだ?」
「うん、ここのところずっとカゼで休んでたでしょ? だからどうしたのかなあって・・・」
「もう、心配ないよ。 いま下に降りて行くから、一緒に登校しよう」
「あ、うんっ!」


椿姫の声がうれしそうに弾んだ。


・・・。

 

 

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「おっはよっ」


椿姫は、一緒にいてすがすがしい感じのする少女だ。


「初めて来たけど、浅井くんてすごいところに住んでるんだね」
「すごい?」
「超高級マンションじゃない。
ここって、前にテレビにも出てたよね?
どんなお金持ちが住んでるんだろう、みたいな特集で」
「まあ、一人で住むには少し広いかな」
「えーっ、一人で住んでるの?」
「ボンボンだからな」


苦笑する。


「椿姫の家は、東区だったか?」
「そうだよ。
ここみたいにセレブな町じゃなくて、畑ばっかりでなんにもないよ・・・」
「なんにもないなら、静かでいいじゃないか」
「最近はね、外国の人がたくさん来ててちょっと活発になってきてるんだけどね」
「知ってる。 スキー場があるからだろ?
雪質の良さがオーストラリア人に口コミで広がって、ちょっとした観光地になってるって話だ」
「あ、うん」
「いまじゃ、坪五十万っていうじゃないか。
まあ、いくらホテルやレストランができても、請負先はゼネコンだから地元は潤わないんだろうが・・・」
「あ、うんうん・・・」
「・・・・・・」


・・・椿姫とこんな話をしても仕方がない。


「浅井くんってなんだかリッチだよね」
「ボンボンだからな」
「日記に書いておこうっと、浅井くんはリッチって・・・」


椿姫がいつも大事そうに抱えている日記。


「お前、日記は常に肌身離さずって感じだよな。 なんかワケありなのか?」
「メモメモ」
「聞けよ」
「朝七時に浅井くんの家にやってきました。
浅井くんの家はとてもリッチなのでした。 今日は天気が良くて○(まる)です」
「・・・とっとと学園行くぞ」


おれたちは並んで歩き出す。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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学園までは歩いて十五分。

 

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「ここ自由ヶ咲学園は、その名の通りとても自由な校風が特徴です。
個性的な学生が多く、若手のミュージシャンやアイドルなどの芸能人も多く通っているのでした。
華やかな反面、成績が悪くても簡単に卒業できるので、学園とは名ばかりの芸能スクールだと言われています。
実際、浅井くんはよく休みます。
でも、花音ちゃんはスケートがあるからよく休むのはわかるけど、浅井くんはわたしと同じ一般人のはずなんです。
うーん、浅井くんって謎の多い人だなあ・・・○(まる)」


・・・なんだかわからんが、この学園の解説が終わったようだ。

 

 

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「おい、椿姫」
「あ、ごめん。 わたしブツブツ言ってた?」
「おれがよく休むのはさ・・・ほら、前にも言ったろ?」
「あ、病気なんだっけ?」
「違うから」


椿姫は首を傾げる。


「パパの仕事を少し手伝ってるんだよ。 たまに海外にも行くしね」
「そんな話初めて聞いたよ」
「そうだっけ?」
「間違いないよ。
だって、浅井くんのことならなんでも日記に書いてあるはずだもの」
「なんか怖いな、お前・・・」
「でも、いいこと聞いちゃったな、メモメモ・・・」
「またメモする・・・」

「浅井くんは、お父さんをパパって言うのでした・・・欧米か○(まる)」
「いいじゃないかよ。
骨川さんだって、パパって言うじゃないか」
「骨川さんって・・・ああ、あのアニメの?」
「骨川さんはおれの理想なんだ」


・・・うーん、なんか調子出てきたな。

 

 


「おはよー」


「おう、栄一」

 

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「彼は相沢栄一くん。
見ての通りとても美少年です。
冬場でも半ズボンとか履きます。
年上の女の人から人気絶大です。
わたしともとっても仲良しなのでした○(まる)」


・・・なんだかわからんが、新たな登場人物の解説が終わったようだ。


「昨日からとっても寒いね。
ボク、朝起きたら雪が降ってるんじゃないかなって、ワクワクしてたんだー」


子犬のような笑顔。


「ねえねえ椿姫ちゃん、昨日発売したCUNCUN読んだ?」


CUNCUNとは、女性向けファッション誌のことだ。


「ううん、まだ見てないよ」
「じゃあ、貸してあげるね。
今月はね、アロマの特集やってるんだよ。
あと、今度西区にオープンするお菓子のお店の記事も出てたよー」


栄一はこの手の女性ウケする話題を豊富に持っている。


「栄一くんって、悪い意味じゃなくて、わたしよりかわいいよね」
「えへへ、女の子っぽいかな?」
「でも、そこがいいところだと思うな。 話しやすいよ」
「ありがとー」


いつも思うが、栄一の笑顔は完璧である。


「あ、そうそう」


栄一が再びまぶしいくらいに白い歯を見せつける。


「なんかね、今日、転入生が来るんだって」
「うちのクラスに?」


こんな時期にか・・・。

まあ、うちの学園は、デビューするために引っ越しさせられた地方のアイドルとかが、いきなり編入してきたりするからな。


「女の子らしいよ。 かわいい子だといいねっ」
「毎日休まず来てくれる子だといいな。
年末になると仕事が忙しいみたいで、みんないなくて寂しいし・・・」


「花音は、今日は来るみたいだぞ」
「あ、ホント? もう、アメリカから帰ってきたんだ?」
「カナダ、な。 昨日の夜、連絡があった」


「すごいよね。 再来年のオリンピックに出られるかもしれないんだもんね」
「まあ、これからの成績次第だな」



「そっかあ、帰ってくるんだ・・・花音ちゃんに会いたいなあ・・・」


まるで恋人でも待ち焦がれるよう。


・・・いいヤツだな。


「そうだ、忘れてた。 わたしちょっと、先生に呼ばれてたんだ」
「おいおい、ちゃんと日記に書いておけよ」
「ごめん、先に行くねっ」


「じゃあ、あとでねー」


椿姫は足早に校舎に入っていった。


「・・・・・・」
「・・・・・・」


しばし、栄一と目を合わせる。

 

 

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「けっ・・・!」
「な、なんだよ?」
「ちきしょー、あのアマぁ・・・」
「え?」
「なにが、悪い意味じゃなくて、わたしよりかわいい、だよ。
どういう意味だよまったく・・・」
「いや、悪気はないって意味だろ」
「オレがかわいいだと? ざけやがって」
「いやいや、お前も、えへへーとか笑ってただろうが・・・」
「あー、マジムカつくぜ。 オレがあと二年若かったらマウント取ってるところだ」
「おいおい、椿姫は友達だろ? マウントは勘弁してやれって」
「ダチでも親でも関係ねえよ。
オレ、マジすげえよ、キレたら見境ナッシングだぜ?」


・・・すげえ頭の弱そうな発言だな。

 

・・・・・・。

 


そんなこんなでチャイムが鳴った。

 

・・・。

 

 

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「くっくっく、今日もメス豚どもの相手をしてやるかね・・・」

 


「相沢くん、早く教室に入りなさい」

 

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「あ、はーい!」


・・・すげえ変わり身の早さだな。

 

・・・。

 

三十人ほどのクラスだが、欠席が五人ほどいる。

 

 

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「今日は、白鳥さんがお休みか・・・」
「椿姫は、白鳥とも仲がいいんだっけ?」
「ううん、特別仲がいいわけじゃないけど・・・どうしたの?」
「ああ、いや・・・おれもあの子と仲良くしたいなーと」
「いいことだねっ」


白鳥・・・白鳥水羽・・・忘れっぽいおれでも、彼女にだけは注意を割いているつもりだ。

今日は休みか・・・残念だ・・・。


ふと気づくと、廊下が騒がしい。

 

「どうしたんだろ?」



「じゃじゃーん、おはよーだよー!」
「あ、花音ちゃんっ!」


花音の登場に、教室が沸く。

 

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「やあやあ、みんな元気してたー?」


我が義理の妹ながら、声がでかい。


「花音ちゃん久しぶりー。 カナダはどうだった?」
「んー、カナダ?
えっとねー・・・。 カナダっていうい感じだったなー」


我が義理の妹ながら、とてもゆるい。


「そ、そっかあ・・・」
「でもねでもね、四回転飛べるようになったよー!」


イエーイという感じだった。



「すごーい! フィギュアスケートの四回転ジャンプって世界でもそうそうできる人いないって聞いたよ?」
「でもねでもね、着地で転んじゃうんだよー!」


イエーイという感じだった。


「そ、そっかあ・・・」

 

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「兄さん兄さんっ!」
「な、なんだよ、テンション高いな・・・」
「今日兄さんのおうち泊まりに行ってもいい?」
「えっ?」


ぎょっとする。


「あー、始まった。 花音ちゃんの甘えん坊将軍」

「花音ちゃんはお兄ちゃん子だからなあ・・・」


「ねえ、いいかないいかな?」
「待て。 今日はまずい・・・」


今日でなくてもまずいんだが・・・。


「なんで?」
「そんなじっと見つめるなよ」
「なんでなんでどうして?」


「京介、追い込まれてるな・・・」


栄一が心なしか黒い笑みを浮かべているように見える。


「はっきりいうが、ベッドが一つしかないんだ」
「んー? 一緒に寝ればいいと思うよ」


おいおい・・・。


「いやだから、よく考えろよ。
いまさら三文ドラマにもならんだろうが、血のつながっていない妹と一夜を過ごすっていうのは・・・」
「んー?」
「なあ、ほら・・・栄一、なんとか言ってくれ」

 

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「ぼ、ボク・・・そういうの恥ずかしくてわかんない・・・」


・・・この野郎。


「とにかくダメだって。
普通に家に帰れよ。 パパも会いたがってるから」
「ヤダ」
「困ったな・・・」


と、そのとき、天意を得たかのようにおれの携帯が鳴る。


「あ、浅井くん、携帯電話は学園に持ってきちゃダメって前にも・・・」


かまわず電話に出る。


――「あ、もしもし・・・。
あー、ミキちゃんっ! この前の遊園地、楽しかったね」


「んー?」
「え?」


――「うん、いまは学園。
え? なに? また会いたい? うんうん、おれもおれも・・・」

 


「・・・誰かな?」
「友達じゃないかな? 浅井くんって、学園の外に友達多いみたいだし」


「京介君って、けっこうモテるんだよねー、いいなー」


「むー・・・」


――「・・・じゃあ、またあとでかけなおすね。 はいはい、じゃあねー」


通話を切って、花音の顔を見る。


「だあれ?」
「ちょっとした友達だよ」
「ちょっとしたって?」


「京介くんの彼女?」
「えっ? ああ、いや、なんていうのかな・・・」

 

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「むー、なんか怒った。
わたしがカナダに行ってる間に、兄さんが兄さんじゃなくなった」
「いや、まあ、若いうちは遊んどけっていうだろ?」
「遊んどけってなんだよー!
兄さんがそんな薄っぺらい人だとは思わなかった!」


「あ、浅井くんって、彼女さんいたんだね。 知らなかった・・・」
「いや、彼女じゃないよ・・・」


「へー、ボクも知らなかったなー。 今度紹介してねー」


「兄さん覚悟してねっ」
「な、なんだよ・・・」
「もう知らないっ!」


ぷいっとそっぽを向いて、席についた。


「衝撃です。 浅井くんに彼女がいました○」
「はは・・・」


やっぱり学園はいいな、気楽で・・・。


・・・・・・。

 

 

 

「おい、栄一」
「なあに?」
「転入生が来ないまま授業が始まったぞ」


栄一は一番後ろの席なのをいいことに、教科書のかわりに雑誌を読んでいた。


「・・・んー、おかしいねー」
「ほんとに今日来る予定だったのか?」
「ノリコちゃんに聞いたから間違いないよー」


ノリコちゃんとは学園の女教師で、たぶんウソだろうが、栄一とは禁断の関係にあるらしい。


「気になるの?」
「だって、女だろ?」
「『だって、女だろ?』いいねー。
その一言で京介の下半身の軽薄さがわかろうってもんだ」
「転入生にはいろいろと不安があるだろ?
学園に馴染めるかな・・とか、友達できるかな・・・とか」
「え? だから?」
「おとしやすいってことさ」
「さすがはミスター腹黒」
「お前に言われたくはないが、褒め言葉として受け取っておこう」


おれと栄一は『ガッついている』という点で、仲がいい。


「あ、京介。 おれのシャーペン知らね?」


栄一は、きょろきょろしながら机の上を漁っている。


ニュートンを知らんか?」
「なんだって?」
アイザックニュートン
「オレ、相沢栄一」
「うん、そう、そうだな。
とにかくシャーペンなら机の下に落ちてるぞ」
アイザックってなに?」
「有名人」
「なんなのその、新型モ○ルスーツみたいなの」
「だから理科の有名人だってば」
「オレ、有名人は福沢諭吉が好き」
「お金が好きってことか?」
「ちげーよ。 超かっこいいじゃん、あの人」
「どこがだよ。 ちょっと紹介してくれよ」
「いやだって、すげー平等な人で、すげー言葉残してて、マジすげーじゃん」
「スゲーばっかりで、わからん」
「とにかくスゲーんだって」


・・・こいつは広告代理店には勤められんだろうな。


「もちろん金も好きだけどなー」
「金ね・・・」


・・・。

 

 

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「あ、なんかおしゃべりしてたら授業終わったみたいだぞ。
毎度のことながら、うちの学園の授業ってほとんど崩壊してるよなー」


・・・福沢諭吉、か。


「・・・・・・」


・・・ファックザワ、め。


・・・・・・。


・・・。

 

 


十月だけあって、屋上はかなり寒い。

 

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「花音ちゃん、ご飯食べないの?」
「減量してるんだよー」


フィギュアスケートの選手は、体重が五百グラム増えただけでジャンプの質が変わるそうだ。

 

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「栄一くんは、今日もお菓子だけ?」
「ボク、チョコレートだけあれば生きていけるよー」


かわいいキャラを作ろうとしているのかわからないが、おれは栄一がお菓子以外の何かを口にしているのを見たことがない。


「浅井くんは・・・電話中か・・・」


かくいうおれは、休み時間になったら電話に忙しい。


「うぅ・・・なんだかひとりぼっちでご飯を食べてる気がする椿姫なのでした」


椿姫は、しょんぼりと、手の込んだ弁当を箸でつついていた。


「ふう・・・」
「あ、電話終わった?」


「兄さん、誰と電話してたんだよー?」


花音の機嫌は朝から直っていないようだ。


「変な勘違いをするなよ、花音。
今度、お前の家にくる家政婦さんだよ」
「家政婦さん?」
「ああ、お前も顔を合わせることになるんだからな。
小島さんていうんだ、気のいい人だよ」
「どうして兄さんが、そういうことするの?」
「パパに頼まれてたんだよ。
花音が帰ってきて家が騒がしくなるだろうからって」
「うん、わかった。
わたし、練習で、家に帰るの夜遅くなるけど、もし会ったら挨拶しとくねー」


「浅井くんの実家ってどこにあるの?」
「南区だよ」


椿姫は怪訝そうな顔をした。


「どうしてわざわざ浅井くんだけ別に住んでるの?」


「学園に近いからだって。 ねー、兄さん?」
「朝、弱くってね・・・」


そのとき栄一がぼそりと言った。


「プ・・・女を連れ込むためだろうが」
「え? 何か言った?」
「んーん。チョコおいしー」


栄一をあとでとっちめてやろうと思ったときだった。

 

 

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「あれ?」


思わず指をさしてしまった。


「うん?」

「うわー、髪がすごい長いね」


長いというより多い。


「・・・・・・」


じっとこっちを見ている。

いや、さっきからずっと見ていたようだ。

もっと正確にいうならば、おれを・・・。


「誰かな? わたし、見たことないよ」
「お前はだいぶ学園に来てないからな」


「京介君、知ってるの?」
「いや、知らん」
「んー、下級生かな?」


そのとき栄一が勢いよく手を上げた。


「はい! ボクわかった! わかっちゃったよ!」
「なにがー?」
「あの髪の長い女の子の正体!」


やたら誇らしげだった。


おれの携帯が鳴る。


「ああ、すまん・・・」
「むー、また電話だー!」
「怒るなって。 さっきと同じ人だから」
「あ、家政婦さん?」


電話に出る。

携帯の向こうから、おばさんの声が返ってきた。


「やあ、どうも、あなたが小島さんですね・・・」


まったく、花音にも困ったもんだ。

初めて出会ったガキのころから、ずっとおれにつきまといやがって・・・。

 

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「学園に携帯電話持ってきてないのって、私くらいなのかな?」
「うちって、規則ゆるゆるだからねー」


「ねえボクの話を聞いてよ!」


栄一はあの髪の長い少女について語りたいようだった。


「ふう・・・」


おれといえば、家政婦とてきとうに話をつけて、通話を切った。


「おい・・・」


背後から声がした。


「え?」


振り返ると、大きな瞳が、伸び放題の髪のすきまからこちらをうかがっていた。

 

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「ウソだろう?」
「は?」


吸い込まれそうなくらいに、澄んだ目。


「気のいい人って、言わなかったか?」


口元がかすかな微笑をたずさえているように見えた。


「なにが言いたいんだ?」
「あなたは、家政婦さんは気のいい人だって言ってたけど、もう一度電話がかかってきたときに、『あなたが小島さんですね』って言った」


おれは押し黙った。


「つまり、小島という家政婦とはいま初めて話をしたということになる。
なのにどうして気のいい人だって知ってたんだ?」
「・・・・・・」
「わたしが言いたいのは、あなたは最初、家政婦と電話をしていたわけではない、ということ」


こいつ・・・。


「え、浅井くん? あれ?」

「ん? んんー?」


事態をよく呑みこめていないのが二人・・・。


「だから、ボクの話を聞いてってば!」


いや、三・・・。

 

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「いきなりなにを言われているのかわからないけど、家政婦を紹介してくれた人が、気のいい人だって言ってたんだよ」
「ほう・・・」


まさかとは思うが、この妙な女が・・・。


「この子がきっと転校生なんだよー!」


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

 

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「・・・・・・」


初日にいきなり遅刻してきた転校生が、おれたちのクラスの前に立っている。


「・・・・・・」


ずっとうつむいている。


「はい、それじゃあ、自己紹介お願いします」


クラス委員の椿姫が、教壇に立って、臨時ホームルームの司会をつとめていた。


「え?」
「あ、緊張しなくていいんだよ。 まずは名前からねっ」
「あ、はあ・・・」


かなりやる気がなさそうだった。


「名前、すか・・・」


ぼそぼそとしゃべっていて、声を聞き取りづらい。


「変わってる子みたいだねー」

「とりあえず髪が長いよね」

「異様な雰囲気があるよな・・・」


椿姫は困ったようにもう一度繰り返す。


「あの、名前を・・・」
「・・・言わなきゃ、ダメすか?」
「あ、うん。 なんて呼べばいいかわからないじゃない?」
「はあ・・・そっすね」


ため息ばかりついている。


ビン・ラディンです」
「え、えっ?」
「知らないの?」


ムキになったように言った。


「んー、なんか、調子おかしくなる子だね」

「とりあえず髪が長いよね」


椿姫の額にいやな感じの汗が見えた。


「あの・・・ほんと、お願いします・・・」
「名前はまあ、そっすね・・・」
「う、うん・・・」
「昔から勇者とか呼ばれてました」
「え? 勇者?」
「おい勇者、勇者パン買って来いよとか言ってもらえたら、もう、それだけでおもしろいんじゃないでしょうか?」
「あの、宇佐美さんいい加減に・・・」
「だから宇佐美ビンラディンだって言ったじゃないすか」
「えっ?」
「あ、ヤバ、だじゃれ。
だじゃれ言っちゃった。 サム、私、キモサブ・・・」
「・・・うぅ」
「あの・・・ヴァイオリンやってるんすよ、私、唐突ッスけど・・・」
「え、あ、はい・・・」


ようやく自己紹介をする気になったのだろうか。


「ほらあの、よくバンドのメンバーが捕まると新聞で変な名前の呼び方されるじゃないすか。
『今日未明、佐藤ボーカルを逮捕』みたいな。
佐藤ボーカル、みたいな変な呼び方ありますよね?
私の場合宇佐美だから、『宇佐美ヴァイオリン』とか記事にされるんすかね?
だったらもし、犯人がピッコロ奏者だったらどうなるんすかね?
宇佐美ピッコロとかになるんすかね?
ただでさえ逮捕されて悪いやつなのに、名前のあとにピッコロってついたらもっと悪そうじゃないすか?」


「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

・・・。

 

クラスの誰も、何も答えられない。


「はあ・・・」


また、勝手にため息をついた。


「あの、みなさん・・・。
自分基本鬱キャラですけど、仲良くしてみてください。
まれにかわいいとこ見せるかもしれません。
宇佐美、ハルでした・・・」


なんだかどっと疲れたな・・・。

宇佐美ハルか・・・。

新手のお笑い芸人なのかな。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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午後は数学の抜き打ちのテストがあった。

抜き打ちのくせに進路にかかわるほど重要な試験らしい。


「んー、難しいよぉ・・・」


花音がぶつぶつ言いながら頭を叩いていた。


「・・・・・・」


謎の転入生宇佐美ハルは、おれの前の席に座っていた。

座っている姿勢が素晴らしく良い。

背筋をピンと伸ばし、ひっきりなしにペンを動かしている。


「おい、京介・・・」


隣の席の栄一が声をひそめた。


「転入生、答案になんか変なこと書いてるぞ?」


栄一の角度からだと見えるらしい。


「なに書いてるんだ?」
「わかんねえ、王国、とか見えた」
「は?」


いまは世界史の授業ではない。


「え? 国連VSわたし、って、え?」
「ちょっと、なに言ってんだ栄一?」
「いや、オレじゃなくて、転入生が・・・」


栄一の顔が引きつる。


「うわ、なんか絵描いてる。 あ、ペンギン?
ペンギンに名前つけてる・・・ペリー、得意技は開国・・・。
なんか、変なキャラ設定があるっぽい・・・」
「さ、さすがに気になってきたな・・・」


「おい・・・」


不意に、宇佐美が後ろを振り返った。


「見るな」
「え?」
「覗き見しただろう?」
「いや、おれは・・・」
「重要な企画書なんだ」
「き、企画書?」


宇佐美の目つきはとても鋭い。


「ああ、ひょっとして、キャラクターグッズの草案とかまとめてるのか?
それともゲームかなにか・・・?」
「そんなみみっちいものじゃない」


みみっちいって・・・。


「じゃあ、なんなんだよ」
「教えてやらない」
「・・・あ、そう」


なんだかわからんが、宇佐美を怒らせてしまったようだ。


「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・知りたくないのか?」
「いや、とくに・・・」
「そうか・・・」


なんだかわからんが、宇佐美をがっかりさせてしまったようだ。


「・・・・・・」
「なんだ?」


こちらを値踏みするような目で見つめてくる。


そのときチャイムが鳴った。

 

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「ふー、終わったー。 ぜんぜん解けなかったよー」
「花音ちゃん、テストの時間にしゃべっちゃだめだよ」

 

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「ねえねえ・・・」


栄一が、かわいい声でおれと宇佐美の間に入ってくる。


「・・・・・・」
「ボク、相沢栄一っていうんだ」
「・・・・・・」
「宇佐美さん、髪すごい綺麗だね。
さらさらじゃない、どこの美容室通ってるの?」
「・・・・・・」


宇佐美は黙ったまま、栄一をにらむように見ている。


「どしたの? ボクもね、エステとか行くんだよ。
男の子だけど、いまは男の子だからこそ美容にも気を使わなきゃって思うんだー」
「美容?」
「そう、美容」
「美容室?」
「うん・・・あ、でも宇佐美さんこの街に引っ越してきたばかりだから、美容室とか知らないのかな?」
「知らない」
「じゃあ、ボクが教えてあげるよ。
中央区にね、有名なスタイリストがいるお店があってさ、芸能人もよく通ってるんだよ」
「ふーん」


・・・興味なさそうだった。


「宇佐美さん」


椿姫がニコニコとおれたちの輪に入ってきた。


「さっきはたいした紹介もしてあげられなくて、ごめんね」


椿姫は本当に気のいい女の子である。


「ごめんね、わたしクラス委員なんだけど、足りないところがあって。
宇佐美さんも緊張してたんだよね?」


椿姫は本当に優しい女の子である。


「よかったら、帰る前にちょっとおしゃべりしない?」
「帰っていいすか?」
「はうっ!」


撃沈。

 

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「・・・あははっ。 ちょっとぐらいいいじゃない?」
「すみませんエテ吉さん」
「栄一」
「ご無礼」
「ていうかなんで敬語なの?」
「地元がまあ、そういう言葉なんで。 自分、内地の人間じゃないんで」


「あ、遠くから来たんだね。 たいへんだったねー」


・・・。


「どこから?」
「は?」
「・・・いや、どこの出身なんだ?」
「ほっ・・・北極?」
「ふざけるなよ、あんなところに人が住めるか」
「じゃあ南極?」
「じゃあ、じゃねえだろ。 極端なこと言うなよ」
「まあ両極端っていうのは、こういう瞬間に生まれた言葉なんでしょうね」


「・・・な、なんで勝ち誇ったように言うんだろ・・・」


「それじゃ、ホント、すみませんけど・・・」
「あ、ごめんね。 引き止めちゃって」
「・・・・・・」
「ん? どうしたの?」
「ひょっとして、わたしと友達になりたいのか?」


「・・・なんでいきなりタメ口?」


「なりたいのか?」
「う、うんうん。 仲良くしようよっ」
「じゃあ明日からでいいか?」
「え? 明日から?」
「今日はまだ心の準備ができてない」
「じゅ、準備とかいるんだ。 わかったよ・・・」
「悪いな、じゃあ・・・」


宇佐美は背すじを伸ばして去っていった。


・・・。

 


「ふう・・・」
「うーん、疲れるな・・・」


おれと栄一は顔を見合わせる。


「やった! 宇佐美さんと友達になれたっ!」


椿姫だけが、能天気にはしゃいでいた。


・・・・・・。

 

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「兄さん、のんちゃん練習あるからマッハで帰るねっ」


花音は、機嫌のいいとき、自分のことをのんちゃんと呼ぶ。


「今日も十時くらいまでリンクにいるんだな?」
「見に来てよ」
「そのつもりだよ。 ママにも会いたいしな」


ママ・・・つまり、おれの母親のことだ。

母は、とても珍しいことに、自分の娘である花音のコーチをしている。


「七時くらいに来てよ。 リンクサイドで一緒にご飯食べよー?」


おもむろにおれの腕をつかんでくる。


「ねっ、いいでしょいいでしょ?」


ぶんぶんと振ってくる。

花音は、ボディランゲージが激しい。

 

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「わかったわかった。 七時な・・・」
「いひひっ、うれしいなぁっ」


おれの胸に顔をうずめてくる。


「・・・おいおい、ここは学園であって、人の目とかもあるわけでさ・・・」
「のんちゃん、気にしないよっ」
「まあ、お前はそういうヤツだよな・・・」


そういうヤツだからこそ、大勢の観客を前にして演技ができるのかな。


「じゃあねー」


軽くジャンプして去っていった。


・・・。

 

 

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「ねえ、浅井くん」
「どうした?」
「もう、帰る?」
「うん」
「そっかそっか、そうなんだ」
「は?」
「あ、ああ、えっと・・・」


なにやら落ち着かない様子の椿姫。


「・・・なんか用か?」
「ひ、ヒマ?」
「ヒマといえばヒマだけど・・・」
「そ、そうなんだ・・・え、えっと・・・ちょっと待って」
「日記見てんじゃねえよ。 なんなんだよ?」
「だ、だから、一緒に遊ばない?」


・・・なんだ、そんなことか。


「花音と約束があるから、六時くらいまでだったらいいぞ」
「あ、うんうん。 わたしも遅くなるのよくないから」
「ただ遊ぶのに、なんでそんなにおっかなびっくりなんだ?」
「だって、浅井くんを放課後誘うのって、すごい緊張するんだもの」
「そうか?」
「いっつも、すごい速さで帰るでしょう?
きっと忙しいんじゃないかなって思ってたんだ」
「そんな気を使わんでも・・・」
「でも良かった。 これで浅井くんともうちょっと仲良しになれるねっ」


屈託なく笑った。

ホント、いいヤツだなぁ・・・。


・・・・・・。


・・・。

 

 

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十一月に入って、日が落ちるのがとても早くなった。


「おや?」
「あ、栄一くんだね」


栄一は校門に寄りかかって、女教師とおしゃべりしていた。


「なにしてるんだろ?」
「どうやら、栄一はあの先生が好きらしいぞ」
「あ、そうなんだ・・・へー、栄一くんってやっぱり年上の人が好きなんだねっ」

 


「それでね、ノリコ先生。 聞いてよ」

 


どうやら、くどいているらしい。


「ボクね、うさぎ飼ってるんだー」
「かわいいわねー」
「ぴょんたんっていうんだー、かわいいでしょ?」
「うんうん、かわいいかわいい」


気持ち悪い会話だな・・・。


「そういえば子犬も飼ってるんだっけ?」
「うんうん、マルチーズ。 かわいいよね」
「かわいいかわいい」
「熱帯魚もいるし、インコも飼ってるんだよー」


栄一の家は、動物王国なんだな。


「よかったら、今日見に来ない?」
「相沢くんのおうちに?」
「うんうん、一緒に夕飯食べようよー。 ボク、料理得意なんだよー」
「ええー、どうしようかしら。
今週、当直なのよね。 遅くなるけどいい?」
「来てよ、来てよ。 ヘンなことしないから」
「ヘンなこと?」
「え、あ、な、なんでもないよー・・・(くっそー、クチが滑ったぜー、待て待て慌てんな、取り乱すな、ここで余裕見せとけ、余裕のオレちゃんみせてやれ)」


・・・放っておくか。


「椿姫、行こうぜ」
「うんっ、栄一くんの恋が実るといいねっ」

 

・・・・・・。


・・・。

 

 

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若者の町ってのは、どうしても夕方から夜にかけて気質が荒くなる。

富万別市の中央区、そのセントラル街。

ファーストフードに、喫茶店カラオケボックスと、家に帰りたくない子供が時間を潰すには最適な店がそろっている。

 

 

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「うわー、すごい人だね、迷子になっちゃいそうだよ」
「おのぼりさんか、お前は」
「セントラル街なんて、怖くてめったに来れないよ。
しかも学園帰りに寄り道するなんてなんだか悪い子みたいだよ」
「絵に描いたようなマジメちゃんだな、お前は」


たしかに、少し路地に入ればクラブやスタジオがたくさんあるし、さらに裏道を行けばラブホテル街にたどり着く。


「浅井くんは、よく来るの?」
「おれ?」


・・・どう答えるべきかな。

学園でのおれは、授業をよくさぼり、成績も運動もそこそこにできて、クールぶっているが女好きという底の浅いキャラで通っている・・・。


「・・・たまに、買い物にくることはあるかな」
「ひとりで?」
「どうして?」
「あ、いや、浅井くんって学園の外に友達多そうだから」
「ひとりのときもあれば、ひとりじゃないときもあるよ」

 

・・・。


「なにか、クラブにでも入ってるの?」


・・・どうもこいつは・・・。


「クラブって、社交ダンスとか、ボクシングとか?」


・・・最近になっておれのことを知りたがるようになったな。


「ごめんね、せんさくしてるみたいで。
でも、ずっと同じクラスなのに、浅井くんのことよく知らないから」


・・・ずっと同じクラスなのに、どうしていままではおれに近づいて来なかったんだ?


「はは・・・正直いうと、ナンパに明け暮れてるんだよ」


・・・ちょっとだけ軽蔑させてやるか。


「なんていうのかな、おれってプチギャル男ちゃんだから」


・・・学園の友達とは、気楽に、つかず離れずの関係がいい。


「あ、悪い。 椿姫はおれみたいなナンパくんは嫌いだよな?」


すると、椿姫は笑った。

 

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「そんなことないよっ」
「・・・・・・」
「ナンパな人はちょっと怖い感じするけど、それはわたしがそういう人をよく知らないからだと思うんだ」


おれは、じっと椿姫の顔を見る。


「よく知りもしないのに決めつけるのは、よくないことでしょ?」


椿姫の笑顔には一点の偽りもなさそうだ。


「だから、浅井くんのことよく知るまでは、嫌いになんかならないよっ」
「・・・そうか」


純粋で正直で優しい人間・・・そういうふうに思っておいて間違いなさそうだな。


「まあまあ、立ち話もなんだし、どっか入ろうぜ?」
「案内してくれるの?」
「喫茶店でいいか?」
「なんか緊張するなー」
「もしかして初めて?」
「持っていかなきゃいけないものとかある? メモとか」
「メモはいらん。 ついてこい」

 

・・・・・・。


・・・。

 

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喫茶『ラピスラズリ』は、セントラル街にオープンしているにしては小洒落た店だ。

静かで客層も悪くない。

マジメな椿姫を連れて行くにふさわしい。

 

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「うわ、コーヒー一杯900円もするんだねっ!」


庶民的なヤツだなぁ・・・。


「椿姫って、ふだんはなにして遊んでるんだ?」
「公園でブランコとか、かな」
「は? お子様か?」
「変かな?」
「変、じゃないが・・・」
「砂場でお城作ったりもするよ?」


・・・まさか、寂しいヤツなのか、こいつ・・・。


「いや、買い物とかカラオケとかあるだろ? 年齢相応の遊びが」
「買い物はたまにするよ。 日記帳はいくら買ってもすぐなくなるし」
「メモしすぎるからだ」
「浅井くんは、なにか趣味とかないの?」
「おれ?」


・・・どう答えるかな。



「女遊び」
「え? どういう遊び?」
「嘘だよ。 わからんならいいや」
「なんだろ、かくれんぼとかかな?」


・・・なんでそういう、ガキの遊びばっかり・・・。


「強いて言えば音楽かな」


つい、本当のことを口にしてしまった。


「あ、わたし、ヴィジュアル系大好きだよ」
「濃いのが好きなんだな。 おれが好きなのはクラシック」
「クラシック? へー、いいこと聞いちゃった」
「またメモする」
「いいからいいから、特に誰が好きなの?」
「・・・J・S・バッハかな」
「え? ごめん、もう一回」
「だから、バッハだって」
「ああ、バッハだね。 名前の前に英語がついてたから誰かと思った」
「バッハってのは、いっぱいいるの、バッハ一族だから。
一般にバッハっていうと、いまおれが言ったヨハン・ゼバスティアン・バッハのこと。
大バッハともいうんだけどな」
「・・・・・・」


いきなり口を閉ざす椿姫。


「どした? 日記もしまっちゃって」
「ううん、なんだか浅井くんの楽しそうな顔を初めてみたような気がして・・・」
「楽しそうな顔?」
「あ、ごめん、へんなこと言って」


知識をひけらかして、得意そうだったということか・・・?


「でも、今日は浅井くんの意外な一面を見れてうれしいなっ。 楽しいなっ」


・・・いや、こいつはそういう女じゃないな。

 

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「今度、CD貸してもらってもいいかな?」
「ああ・・・明日、バッハの新譜が出るんだ。
新譜といっても、大全集みたいなもんで、編曲や指揮者に海外の有名なアーティストを使ってるっていうシロモノなんだがな」
「楽しみにしてるんだね」
「まあね・・・正直、すげー楽しみにしてた。
発売日を指折り数えて待ち焦がれていた、といっても過言じゃない」
「なら、また明日、一緒に買い物しない?」
「・・・また明日ってことは、もう帰るのか?」
「うん、ごめん。 最近、日が暮れるのが早いでしょ?
明日は、もうちょっと遅くまで遊べると思うから」


・・・ぜんぜん遊んでないが、まあいいか。


「じゃあ出よう。 勘定は一緒に払うとしよう」
「わたし、紅茶頼んだから、950円だね」


千円札をおれに手渡してくる。


「おう、五十円玉が・・・ないな。
すまん。小銭がないや」
「あ、いいよいいよ」
「いや、札をくずしてくるから」
「いいよ、今日はつきあってもらったし」


手のひらを向けて、遠慮している。


「ダメだって」
「律儀だなあ。 本当にいいんだよ・・・五十円くらい」


おれは椿姫を見据えた。


「だめだと、言っている」
「え?」
「たかが五十円でも、金は金だ」


椿姫の笑顔がひきつる。


「・・・わかったな?」


椿姫は言った。

よく知りもしないのに決めつけるのはよくないことだと。

だが、おれは知っている。

金を軽んじる人間は、皆すべからく悪だ。


・・・・・・。


・・・。

 

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おれは椿姫を地下鉄の駅まで送っていった。

 

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「気をつけて帰れよ」
「うん、また明日ね」
「明日?」

「もう、とぼけないでよ。 CD買いに来るんでしょう?」


言葉に詰まる。


「・・・そうだったな」
「わたしも日記買うから、ちょっとつきあってくれるとうれしいな」
「ちょっと、急用ができるかもしれないけど、それまでだったらいいよ」
「急用が、できる?」
「ああ、ちょっと日本語おかしいか」
「電話がかかってくるかもしれないのかな?」
「電話?」
「浅井くんの電話って、なんだかいっつも鳴っているイメージがあるよ?」


・・・本当に、おれに興味があるようだな。


「まあ、たぶんだいじょうぶだと思うよ」
「そう?」


にっこりと笑って手を振った。


「それじゃあ」
「おう・・・」


椿姫は地下鉄の階段を下りていった。


・・・。

 

「さて・・・」


帰って対応しなければならない業務がいくつかあったな。

歩き出したとき、何かがひっかかった。

時刻は六時。

・・・そういえば、今日、これから何か約束をしていなかっただろうか。

花音と・・・。

・・・たしか、スケートリンクがどうとか・・・。


「・・・・・・」


まあいい・・・忘れているなら、たいした用事じゃないってことだ。

帰るとしよう。

 

「浅井くん!」
「んっ?」

 

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「よかった、まだ帰ってなかったんだね」
「どうした? 走ってきて」


椿姫は息を整えて言った。


「・・・えっと、電話番号教えてもらってもいいかな?」


おれは小さく笑った。


「なんだ、そんなことか」


さらっと、番号を言う。


「ありがとうっ」
「椿姫のは?」
「わたし、携帯電話持ってないから」
「え? いまどき?」
「なんか、いらないかなって」
「不便だろ? 今度一緒に買いに行こうぜ」
「いいよいいよ。 家の電話で十分だから」


いまどき珍しい女の子なんだな。


「じゃあ、電話するから、出てねっ」
「おう・・・」


椿姫は、今度こそ去っていった。


「しかし・・・」


椿姫のヤツ・・・どうして最近になっておれに興味を持ち始めたのかな。

なんにせよ、あまり深くつきあうのはよそう・・・。

セントラル街の雑踏を抜けて、家路についた。


・・・・・・。


・・・。

 

 

 

 

 

 

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おれは忘れっぽいとよく言われる。

だが、金のにおいのする場ではミスはしない。

ヘマをするのは、いつもおれより無能な連中だ。

帰宅したおれは、書斎にこもって電話を受けていた。


「お電話で失礼します。 あなたが、小谷商事の社長様でいらっしゃいますか?」


電話の向こうから、怒気を含んだ中年の声が返ってきた。


「小谷だ。 お前はなんだ!?」


おれの声が若いので、向こうもなめられていると思ったようだ。


「浅井京介です。 以後、お見知りおきを」
「浅井京介・・・」


声がしぼんでいく。


「そうか、お前が浅井権三の懐刀か」


懐刀、か。

昔は小判鮫だの、親の七光りだの、いろいろ言われていたが、おれも偉くなったな。


「浅井興行のブレーンが出てきたのなら話は早い。
そっちが勝手に食ったウチの縄張りについて、どうおとしまえをつけてくれるんだ?」


浅井興行は警察庁から指定を受ける広域暴力団・関東総和連合系であり、おれの養父、浅井権三は、総和連合の最高幹部の一人だ。

警察の頂上壊滅作戦に遭って以後、ヤクザが暴力で覇権を争う時代ではなくなった。

崩壊しかけた全国の暴力団は、共平和路線をとって、表看板を合法に切り替えた。

総和連合の先頭に立って、裏社会から表社会への転換を図ったのが浅井興行だ。


「おとしまえ・・・とは、穏やかではありませんね」


合法とはいえ、浅井興行は総和連合のれっきとした舎弟(フロント)企業だ。

総和連合は、浅井興行をトップに、金融、不動産、建設、風俗営業、それにホテルやアミューズメントパーク、ゴルフ場などにも委託営業している。

年商の総計は、巨大商社にも匹敵するはずだ。


中央区にあるクラブとホテル。
あそこはウチが独占でやっていたはずだがな?」


だが、たまに連合内でも商業圏――連中はシマと呼ぶが――がぶつかり合うこともあって、いまみたいにこわもてが怒鳴りつけてくることがある。

マーケットのシェア争いなんて、ビジネスでは当たり前のはずなのに、古臭い考えのヤクザはおとしまえをつけろと言う。


「申し訳ありませんが、件のクラブとホテルが、御社の独占マーケットだという認識はありませんでした」
「バカやろう! あそこはウチがもう十年もケツ持ってるんだよ! 知らねえわけねえだろうが!」


・・・ああ、知っているさ。

あのホテルとクラブが、あんたのところの営業収入のなかでも、大きな比重を占めていることもな。


「多年に渡る固定取引先だとしても、この世に変わらぬものなどないのです。
そんなものがあれば、別れる男女などいないはずでしょう?」
「なんだと?」


向こうの息が荒くなった。


「小谷さん。
あなたはなにか勘違いされていらっしゃいませんか。
今回の一件は御社のマーケットが荒らされたのではなく、我々のマーケットが拡大しただけのことなのです。
いわば我々の営業努力が、御社より勝っていたというだけであって、これは正当な企業活動です。
ビジネスでシェアを獲得したりエントリーするのに、挨拶や名乗りを上げる必要がありますか?」


そのとき、電話の向こうで、何か物が壊れる音がした。

おおかた、ガキになめられて腹が立ったから、机でも蹴飛ばしたのだろう。


「おい、小僧。
ウチだって総和連合のフロント企業なんだよ。
いわばウチと浅井興行は兄弟みてえなもんだ」
「それで?」
「ふざけんな、兄弟のシマ食い荒らすような真似しやがって。
てめえ、筋者の息子のくせして仁義ってもんを知らねえのか!」
「私は、杯を受けているわけではありませんので」


それに、浅井権三は、おれに仁義など教えなかった。

浅井権三に教わったのは、電話の向こうのマヌケのように、弱みを見せた獲物を食らう姿勢だ。


「ところで、話は変わりますが、おたくの会社はずいぶんと儲けていらっしゃるようですね」
「ああっ!?」
「不正を働いていらっしゃるのでしょう?」
「てめえ、言葉には気をつけろよ、どこにそんな証拠(ネタ)があがってんだ」
「少し、おたくの企業活動を調べさせてもらいました。
所得隠蔽のための裏取引の契約書や、架空名義預金がかなりあるようですが、これを警察に届ければ、面白いことになるでしょうね」
「でたらめ抜かすな!」


そのとき、おれは獲物がひるんだ気配を見逃さなかった。


「いまからその調査リポートをファックスでお送りしましょうか?」


相手の顔が蒼白になるのが目に浮かぶ。


「お、脅す気か?」
「とんでもありません。
私はあくまで正常かつ合法的な商談がしたいだけなのです。
今回は中央区のホテルとクラブについて、御社の納得が得られればそれだけで幸いです」


屈辱を押し殺したうめき声が返ってきた。

とどめを刺した手ごたえがあった。

証拠はこっちが持っている。

あとは、骨の髄まで絞りつくしてやればいい。


「それでは、今後ともよろしくお願いいたします」


・・・。

 


電話を置くと、おれはメールをチェックして、すぐにまた電話をつかむ。


「京介です、お世話になっております」


・・・浅井権三と出会ってから、おれはずっとこんな毎日を過ごしている。


「例の昭和物産の手形についてお電話したいのですが・・・」


・・・浅井興行の正式な社員でもないおれの指図で、巨額の金が動く。


「ええ、決算書は拝見しましたよ。 ただ、あれは・・・」


・・・学園生の身分に過ぎないおれの判断で、会社が潰れたり人が不幸になったりする。


「はい・・・一般に企業というものは三枚の決算書を用意するものです・・・」


・・・おれが短い人生で唯一学んだことといえば、金だけは絶対だということだ。


「一枚は株主用、一枚は銀行用、そしてもう一枚は取引先です。
それぞれ書かれている内容に差があるのは、おわかりでしょう?」


・・・皆、金のために生きているから、金に振り回される。


「ええ、そうですね・・・私が思うに、あの会社にはもう体力がないんでしょう・・・ええ・・・」


・・・金の前では、年齢も性別も職業も関係ない。


「いえいえ、こんな助言でよかったらいくらでも・・・ええ・・・」


・・・誰もが、おれを恐れ、敬う。


――だが、まだ足りない。


もっと力が欲しい。

いまは浅井興行だけだが、そのうち総和連合全体も飲み込んでやる。

連合に手が届けば、表の社会にも影響を与えることができる。

政治屋も大企業の取締役も各界の著名人も、おれの前にひざまずく。

欲しいのは、闇の黒幕(フィクサー)としての地位だ。

それはまるで・・・。

 

 

 

――『君は、勇者になるんだね。 だったら僕は・・・』

 

 

 

 

「・・・・・・」


まるで、なんだ?

こめかみが軋むようにうずいた。

どうかしたのかと、電話の向こうで声がした。


「いえ、なんでもありません。
今後とも浅井京介をよろしくお願いいたします」


おれはそそくさと通話を切った。

学園でもそうだが、おれは、たいして金にならないような日常の出来事を、すぐに忘れてしまう。


・・・。

 

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リビングで少し休憩をして、外出用のコートに手を伸ばす・・・。

 

その日の記憶は、そこで途切れている。

 


・・・。