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G線上の魔王【2】

 

 

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・・・

冬の風が眠気を一気に吹き飛ばす。

今日も学園だ。

学園は何も考えなくていいから楽しい。

 

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「兄さんっ!」
「っ!」

 

不意に、マンションの堀の影から花音が飛び出してきた。

 

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「兄さん、もうお前ホントこんちくしょー!」
「あででっ!」


腕をつかまれて、二の腕の肉をつねられた。


「あ、朝からなんだよ!」
「なんだよ、って、こっちがなんだよだよ!」


口を尖らせた。

 

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「兄さんには、ホントまいっちゃうぞー」
「わかった、わかったから、手を放せ!」
「なにがわかったんだよー!?」
「ええっ?」


探るような目でにらんでくる。


「・・・ごめん、わからん」
「約束したでしょ!」
「・・・約束・・・?」
「やっぱり忘れてるんだ!
わたしが練習してるからスケートリンクに来てねって言ったじゃない!」


・・・そういえば、昨日の放課後にそんな約束をしたかもしれない。


「ああ、アレな・・・ごめんごめん」


言い訳を考えなければ。


「どうしてくれる、どうしてくれる!?」
「いや、本当にごめん。
実は、昨日、財布落としちゃってさ。 探してたんだよ」
「どこで?」
「セントラル街」
「なにしにセントラル街行ってたの?」
「椿姫と遊んでた」
「バッキーと? なんで?」


・・・バッキーとは椿姫のことである。


「そんな質問攻めにしなくても・・・遊んでたんだよ」


花音のご機嫌はかなり斜めなようだ。


「それにしたって、電話一本くらい入れてくれてもいいでしょ?」
「悪い悪い。 ホント悪い」
「頭なでてくれたら許してあげる」
「・・・おう」


花音はとにかく体に触れられると喜ぶ。

 

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「えへへ・・・」


一瞬にしてご機嫌が直った。


「ヨシヨシ、許してあげる、許してあげるっ」


頭を撫でられている側が、ヨシヨシ、とか言っている。


「今日こそは、練習見に来てくれるんだよね?」
「わかったわかった絶対いく」


覚えておかなきゃな。


「よし、じゃあ一緒にガッコ行こうねっ!」


当然のようにくっついてくる。


「おい、腕をからめてくるな・・・」


・・・・・・。


・・・。

 

 

寒いからか、コートを羽織っている学生もちらほら見かける。


「先生聞いてよ。 それでねっ」


校門までたどり着くと、昨日の放課後と同じような光景が待ち構えていた。


「ボク、スポーツも得意なんだー」


栄一が、例のノリコとかいう女教師にアタックしている。

・・・とはいえ、スポーツが得意だったような覚えはないが。

栄一め、すぐばれる嘘はいかんぞ。


「とくに、サーフィンかなー」


・・・夏までに練習しておく気か?


「(クク・・・こういうのを予定嘘っていうんだよ。 嘘も真実にすれば嘘にならないっつーの、ぎゃは)」


なかなかに小ざかしい嘘だ。

 

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「うっそだー!」


突如、花音が騒ぎ出した。


「えっ?」

「どうしたの、浅井さん?」


花音は有名人であるからして、教師も含め、学園で知らない人間はいない。

・・・と、そんな細かいことはいいとして、栄一の顔が一気に引きつっていく。


「のんちゃん知ってるよ、エイちゃん、泳げないじゃない」
「な、なに言ってるんだよ?(こ、このアマ、よけいなことを・・・!)」
「だって、今年、みんなで海行ったよね? そんとき、エイちゃん、溺れちゃってガボガボ言ってたよー」
「(泳げねえってのに、オメーが面白いからドーンとかいうノリでオレを海に突き飛ばしたんだろうが!)


「え、栄一くん? なにブツブツ言ってるのかしら?」
「な、なんでもないよなんでもないよ」


「どう見ても何かある顔してるぞー?」


いたずらっ子のような笑みを浮かべる花音。


「あ、あははっ、やだなー、花音ちゃん。 あれから泳げるように特訓したんだよ」
「ホントかなー? ホントかなー? どこのプールで特訓したのかなー?」


まあ、嘘だろうな・・・。

栄一は、どうやってこの場を切り抜けるんだろうか。


「ぼ、ボク、日直だから、先に行くねー」


おいおい、逃げちゃダメだろ。


「エイちゃん、今日、日直じゃないでしょー? 待てー!」


追いかける花音。

初冬の寒さにも負けず、学園は平和だ。


・・・・・・。


・・・。

 


栄一と花音を追って教室についた。


「はあっ、ひいっ、はあっ・・・」


走り疲れたのか、栄一はグロッキーになっていた。

 

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「兄さん、兄さんっ」


一方、花音はぜんぜん元気である。


「のんちゃん、授業が始まるまで寝るねっ」
「ああ、早朝練習で疲れてるんだろ?」
「ううん、昨日ね、パパリンと夜遅くまでお話してたから」


権三と・・・?


「パパ、何か言ってたか?」
「がんばって、オリンピック行けって。 パパ、とっても優しかったよー」
「・・・そうか」


思うところがやまほどあるが、学園にいるうちは考えるのをよそう。


「そういえば、いま気づいたんだが、そのバッグはなんだ?」


花音は鞄とは別に、手提げのバッグを持っていた。


「体操着が入ってるんだよ」


今日は体育の授業があったな。


「ブランド物のバッグじゃないか?」
「兄さんが買ってくれたんじゃない」
「ああ、そうだったな」
「じゃ、のんちゃん、寝るー」


席について、マンガみたいな早さで寝息を立て始めた。


「・・・おい、京介」

 

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振り返ると、栄一がやさぐれていた。


「いまのオレの気持ち、わかるだろう?」
「え?」
「あのアマ、花音はよぉっ、なんつーの、おめえの妹だから、いままで大目に見てきた感はあるんだよ、寛大なオレちゃんはよー」
「お、おう・・・」
「でもマジ限界っつーか、あんま調子こいてオレの狩りを邪魔されっと、リアルにトサカにくるっつーか」
「いや、でも、お前の狩りの仕方にも問題があったんじゃねえかな・・・」
「うるせえ、今日は部活だかんな」
「え? 部活? おれ、帰宅部だけど?」
「てめえ、なに寝言こいてんだよ、秘密結社作っただろうが、誓い立てただろうが、オレとお前で宇宙征服するんだろうが」


・・・うーん、なんか、そんなくだらない遊びをしていた気もするな。


「忘れたとは言わさねえぞ」
「ああ、なんとなく思い出した。 理科準備室だったな?」


言うと、栄一は邪悪な笑顔を見せた。


「おう、放課後な・・・」


・・・。

教室を出て行った。

おれはクラスメイトの顔を見渡す。

どうやら、白鳥は今日も休みのようだ。

そろそろホームルームが始まるな。

 

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「ふーっ、間に合ったー」
「珍しいな。遅刻ぎりぎりなんて」


話しかけると椿姫は、照れくさそうに笑った。


「夜更かししてたら寝坊しちゃってね」
「どうせ夜中まで日記書いてたんだろ?」
「え? なんでわかるの?」
「わかるだろ」
「昨日は、浅井くんと遊んだから、たくさん書きたくなっちゃったんだよ」
「今日もだよな?」
「あ、覚えててくれたんだ」
「さすがにな。 でもちょっと栄一と用事あるから、先に行っててくれないか?」
「いいよ。 昨日行った喫茶店で待ち合わせしよう」
「なにかあったら、携帯に連絡くれ。 メモしてあるんだろ?」
「うん、ばっちり」


爽やかに歯を見せた。


「それにしても、今日も、白鳥さんお休みみたいだね」
「おう、なにか聞いてないか?」


椿姫は残念そうに首を振る。


「宇佐美さんも来てないし」
「宇佐美ハルか・・・転入二日目なのにな」
「宇佐美さんにも、電話番号聞こうっと。 今日から友達になってくれるって言ってたし」
「・・・今日から友達って、なんか変な感じだよな」
「そんなことないよ、宇佐美さん、きっと恥ずかしがりやさんなんだよ」
「いつも思うんだが、お前の善のオーラには驚かされるな」
「え?」
「まあいい、そろそろ授業が始まるぞ」


おれたちは席に着いた。


・・・・・・。

 

 

・・・。

 

 


けっきょく昼休みになるまで宇佐美は姿を見せなかった。


「あー、ミキちゃん、うんうんっ、この前はサンクスね」


おれは電話中。

 

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「エイちゃん、うそはよくないぞー」
「だから、うそじゃないってば。 もう勘弁してよー」


栄一がプリンを食べながら泣きべそをかいている。


「お菓子ばっかり食べてるから、性格が曲がっていくんだぞー」
「毎日違うお菓子食べてるからいいのっ!」
「そんなのわけわかんないよ」
「いいのっ、ボクのポリシーなのっ! 昨日はチョコで今日はプリンなのっ!」


そういえば、栄一は毎日毎日多種多様のデザートを口にしている。


「今日もいいお天気です。 みんな仲良しでグッドです○(まる)」


みんな思い思いに昼休みを過ごしている。

 

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「じゃあ、今度の日曜日に温水プール行こうよ」
「こ、今度の日曜日はペットのエサを買いに行くからダメ」


「花音ちゃん、栄一くんを信じてあげなよ・・・って、あれ?」


椿姫が急に目を丸くした。


「あれ、宇佐美さんじゃない?」

「あ、ホントだ」


助け舟を得たとばかりに、栄一が飛びつく。


「あの髪型からして間違いないよ」


「おーい、うさみーん!」


花音は、勝手に人のあだ名をつける。


「・・・・・・」


宇佐美もこちらに気づいたようだ。

ようやくおれも通話を終える。

ナンパくんを演じるのも大変だ。


「うさみん、こっち来なよー」


みんなして手を振る。


「・・・・・・」


のろのろと、探るような足取りで近づいてくる。

お化けみたいな髪が不規則に揺れる。

 

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「あ、ども・・・」
「うさみん、いつ来たの?」
「さっきッス。 基本朝とか脆弱なんで」


「どうして屋上にいるの?」
「は?」
「・・・いや、は、じゃなくて・・・昨日もここで会ったよね?」
「いや深い意味はないスけど・・・高いところとか好きなんで」


そのとき椿姫はずいっと前に進み出た。


「宇佐美さん、宇佐美さんっ」
「・・・え?」
「今日からお友達だよねっ?」


すごいうれしそうな椿姫。


「誰すか?」
「はうっ!」


撃沈。


「って、あ、すいません。 思い出した」
「思い出してくれた?」
「うむ」


すっと、胸を張った。

 

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「わたしは宇佐美ハルだ。 お前の名は?」
「・・・なんかすごい凛々しい」


「つ、椿姫です」
「よし、椿姫か。 覚えたぞ」


「あ、のんちゃん、のんちゃんもっ。 わたし花音っ!」
「いいだろう。 花音だな。 覚えた」


「あ、ボク、ボクも、ボク栄一!」
「あ、いや、一日二人が限界なんで」
「ちょっとちょっと!」

 

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「椿姫、花音、いいか、わたしのことは勇者と呼べ」


「え?」

「んー?」


「不満か?」


「不満、じゃなくて・・・」

「なんでー?」


「理由はとくにない。
だが、いままでわたしの仲間になった人間には必ずそう呼ばせている」


「なんかよくわかんないけど、いいよー」

「わたしもいいよ、それで友達になれるんなら」

「勇者っ、勇者っ」

「勇者さん勇者さん」


なんか異様な光景だな・・・。


「・・・・・・」


なんかうっとりしている・・・。


「うん、わたしはいまとても気分がいい。
よって、お前たちにも役職を与えよう」


役職?


「椿姫、お前は僧侶だ」
「え? 僧侶? なにをする人なの?」
「癒やし系だ」
「癒やし系?」


「バッキーにぴったりだよー。 ねえねえ、のんちゃんは?」
「お前は戦士だ」
「おおー、戦士っ! 強いぞー」

 

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「ぼ、ボクはボクは!? ボク、魔法使いがいいっ!」
「エテ吉さんはスライムとかがいいんじゃないスかね」
「ちょっと仲間に入れてよ!」
「いやなんか、エテ吉さんてゲルっぽいじゃないスか」
「(こ、このアマァ・・・!)」


「ねえねえ、兄さんは?」
「おれ?」

 


「あ、宇佐美さん、彼は浅井くんっていうんだよ」


椿姫がわざわざ紹介してくれた。


「そうだな・・・」


全身をまじまじと見つめてくる。


「な、なんだよ・・・?」
「・・・え?」


何かに気づいたように、顔をこわばらせた。


「・・・まさか・・・」
「どしたの?」
「・・・・・・」


宇佐美の表情からは何も読み取れない。

考えをめぐらせているようでいて、頭のなかが空白になっているような無表情が続く。


「ねえ、兄さんはなにかな? やっぱり遊び人かな?」
「いや・・・」


宇佐美の口が動きかけたとき、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。


「はは・・・なんか知らんが、よろしくな」


握手を求めて手を差し伸べる。


「・・・・・・」
「どうしたんだよ、前世で会ったころあるか?」
「一ついいか?」


神妙な顔。


「浅井は、ただの学園生じゃないな?」
「占いでもやってるのか? どこにでもいる学園生だっての」


不気味な女だな・・・。


「いまどきの学生が、友達になろうというときに握手なんて照れくさいことをするか?」


・・・言われてみればそうだ。


「いまどきの女学生がいきなり勇者って呼べと言うか?」


・・・つい、ビジネスの癖が出てしまったな。

 

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「それは、そすね」


口元がつりあがる。

・・・なにが面白いんだ?


「さあ、とっとと教室に戻ろうぜ。 次は体育だ」


「あ、そうだった。 急がなきゃ」
「花音ちゃん、体動かすの大好きだもんね」
「今日はバレーボールだー!」
「宇佐美さん、行こうっ」


花音はすごい勢いで走り去っていった。


「宇佐美は急がなくていいのか?」
「・・・・・・」


黙っておれを見ている。

・・・無視するか。


「じゃあな・・・」


屋上をあとにした。

宇佐美の視線が、いつまでも背中にへばりついているような気がした。


・・・・・・。

 

 

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授業の合間の休み時間。

おれは職員室に呼び出されていた。

学園でのおれは、あまり目立たないように、それでいて教師や生徒からの評判は悪くならないような微妙な立ち回りをしている。

ただ、出席日数が思わしくないから、教師から呼び出しがかかることもある。

とくに、昨日抜き打ちテストをかましてくれた数学教師からは目をつけられている。


「おい、浅井。 先生はな、お前はもっとできるんじゃないかと思ってるんだ」
「いや、おれはおれなりにがんばってるつもりですが?」
「昨日のテストにしてもそうだ。 お前、わざと答えを間違えてないか?」
「んなわけないじゃないですかー」
「まあいい。 ちょっとこの問題解いてみろ」


乱雑に散らかった先生の机に、一枚の問題用紙がある。

先生は、関数の曲線を指で叩いていた。


「え? いまですか?」
「早くしろ。 補習だと思え」


・・・どうやら、抜き打ちテストの結果は思わしくなかったようだな。


「わかりましたよ・・・やれやれ・・・」


鉛筆を握り問題に向かう。


「ええと・・・ここがこうだから・・・」
「浅井なら簡単だろう?」


おれの挙動を探るようにじっと見つめてくる。


「そんな見ないでくださいよ・・・って、あっ!」
「なんだ?」


鉛筆の芯が折れた。


「なんだ、じゃないですよ、先生。 この机ちょっとデコボコしすぎじゃないですかね?」


よく見れば、小さな穴がたくさん開いていたり、カッターでつけたような傷が無数にあったりした。


「教師の机ってのは、使い込むもんなんだよ」
「・・・んな熱血漢みたいなキャラ作んないでくださいよ。
文字がぶれて、おまけに紙に穴まで空いちゃったじゃないすかー」
「ぐちぐち言ってないで、とっととやれ・・・」
「はあ・・・休み時間終わっちゃいますよ・・・」


その後、数学教師はおれを解放しようとしなかった。

しかし、なんの苦にもならない。

仕事のことを思えば、学園は天国だ。


・・・・・・。


・・・。

 


授業は全て終わって放課後になり、おれは学園の理科準備室に忍び込んだ。

理科準備室は通常鍵がかかっている。

だが、おれは、いつだったか先生から鍵を預かったときに一日だけ失敬して、合鍵を作っておいたのだ。

この場はおれと栄一のテリトリー。

秘密の部活の始まりである。


ドアをノックし、栄一が廊下で入室の許可を待っている。


「クビ」
「解雇されること」
「乳首」
「胸部中央に覇を唱えた突起」
「生首」
「とても怖い」
ワナビー
「イェー」


合言葉の確認は済んだ。


「よかろう、入れ」


・・・。

 

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「神、お久しぶりでございます」
「うむ、半年ぶりくらいか」
「いや一ヶ月ぶりくらいです。 神は本当に忘れっぽいですね」
「無礼な。 私は無限の時間を生きているから、時間にはちょっとアバウトなのだ」
「は、申し訳ございません、神」


栄一がひざまずく。


「ていうか、神。 相変わらずダサい被り物してますね」
「うるさい愚民だな。 お前がかぶれと言ったんじゃねえか」
「そうでしたっけ?」
「とぼけたこと言ってると、神、怒るぞ」
「申し訳ございません、たびたび助けていただいたご恩は一生忘れません」
「そうだな、お前がいまあるのは、私のおかげだ」
「はい。 ノリコ先生の電話番号を教えてくれたのも神でした」
「おう」
「ノリコ先生がお酒好きというネタを教えてくれたのも神でした」
「わかればいい」
「でもいまだにノリコ先生とねんごろな関係になれないんですが?」
「それはお前のせい」
「まあいいです。 ではさっそく、今回のお願いなんですが」
「うむ、聞こうではないか。 神に不可能はない」


栄一が頭を垂れた。


「気に入らない人間がいるのです」
「うむ・・・悲しいかな、人間は人間であるというだけで誰かを憎まずにいられんものだ」
「そいつは、あろうことか、人の恋路を土足で踏み荒らしやがったのです」
「ほう・・・それは許せぬな」
「どうか、神。 そいつに神の裁きを。 復讐の鉄槌を!」
「よかろう、その者の名は?」
「花音です」
「え?」
「浅井花音です」
「いや、ちょっと待てよ」
「どうしたんですか、神?
あなたはいままで、数々の悪の手口をボクに教えてくれたじゃないですか?」
「いや、それとこれとは話が別・・・」
「ばれずに女子トイレを覗き見する方法とか、ばれずに早弁する方法とか、こっそり職員室に忍び込む方法とか」
「だから、ちょっと待てって」
「ボクはもういいかげん頭にきたんですよ。
あいつが邪魔をしなければ、とっくにノリコはボクのものになってるはずなんです」
「いやそれ、逆恨みだから。 ていうか、花音はおれの義理の・・・」
「神は神でしょ? 唯一神でしょ! 妹とかいるわけないでしょ!」


どうやらマジで花音に仕返ししてやりたいらしいな。


「落ち着け。
たしかに花音はノリとテンションで生きているところはある。
だが、決して悪いやつではないのだ」
「えー」
「えー、じゃねえよ」
「あー」
「あー、じゃねえよ。 ガキかお前は」
「ち・・・お前にかわいいキャラでぶりっ子しても無駄だったな」
「本性知ってるからな」
「どうしてもダメですか?」
「うん、無理」
「くーっ! もういいよチクショー!」
「はい、じゃあもう、お開きな。 神、忙しいし」


・・・・・・。

 

被り物を準備室の棚にしまって、廊下に出てきた。

 

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「てめえがこんな薄情なヤツだとは思わなかった」
「復讐はいかんよ、復讐は」


いまにも床に唾を吐きそうな顔をしている。


「女の子だったら、また紹介してやるって」
「ヤダ! 年上で大卒で年収一千万じゃないとヤダ!」
「無理だから」


・・・いや、無理なことはないか。

だが、そういった女性を紹介するには、おれも裏の顔をさらす必要がある。


「つまんねーから、ゲーセン行こうぜ」
「あ、えっとな・・・」
「なんだよ、どうせお前は授業終わったらセントラル街でナンパに明け暮れてるんだろ?」
「いや、椿姫と約束があるのよ」
「はぁっ? んな約束、お前のいつもの忘れっぽいキャラですっぽかせや」
「CD買うの付き合ってくれるんだよ。
それに椿姫とは昨日も遊んだし、もしかしてこれから新しい恋が始まるかもしれんぞ」
「ホント、頭がピンクなヤツはこれだから困るぜ」
「まあまあ、約束は約束だからさ」
「ったく、お前はチャラ男くんのくせして、妙に義理堅いっていうか、友情にあついっていうか、主人公属性つけてっから腹立つんだよなー」


おれは満足する。


「はは・・・また明日なー」


学園でのおれの評価が、ほぼ、おれの思惑通りになっていることに。


「オレも帰ってうさぎに慰めてもらおうっと」


嘘もつき続けてみれば、真実のように他人には見えるってわけか・・・。


・・・・・・。


・・・。

 

 

 

 

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セントラル街に着いたときには、すでに街はネオンの光で溢れていた。

けっこう遅くなってしまったみたいだ。

活気だった人ごみをかきわけて、喫茶『ラピスラズリ』に向かう。


・・・・・・。

 

 

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「いらっしゃいませ、一名様ですか?」


ウェイターが挨拶の声とともに、指をひとつ立てた。


「いや、待ち合わせをしてるんですが・・・」


店内を見渡しても、椿姫の姿がない。


「すみません、自由ヶ咲学園の制服を着た女の子が来ませんでしたか?」


ウェイターは若干首を傾げる。


「・・・日記を持ち歩いているような感じの・・・」
「ああ、はいはい、いらっしゃってましたよ」
「帰りましたか?」
「男性の方といっしょに見えられて、ついさっき、またいっしょに店を出て行かれましたよ」


・・・どういうことだ・・・。

 

まさか・・・。


「・・・男は、どんな様子でしたか?」
「女の子にしきりに話しかけてましたね。
色黒で体が大きくて、ジャケットを羽織ってましたよ」


・・・間違いない、キャッチだ。

セントラル街に一人で来た椿姫を狙って、声をかけたんだろう。

普通、路上のキャッチはすぐに獲物を事務所につれていかない。

こういった雰囲気のいい喫茶店でだべりながら、女の子のランクを吟味する。


「まったく、世間知らずなヤツだな・・・」


・・・良くてキャバクラの誘い、悪くてAVってところか。

おれは入ってきたばかりのドアを再び押した。


・・・・・・。


セントラル街で営業しているスカウト会社は、小さいのも含めると四つある。

そのどれもが、浅井権三の組の庇護を受けている。

浅井興行の名前も、当然知っている。

こんなところで借りを作りたくはないが、やむをえないか・・・。

おれは携帯電話を駆使する。


「浅井興行の者です。
つい今しがた、そちらの事務所に椿姫という女の子はやってきませんでしたか?
ええ、自由ヶ咲学園の制服を・・・」


・・・・・・。


・・・。

 

 

 


一時間後。

 

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「あ、浅井くんっ!」


雑居ビルの薄暗い階段を下りてきた。


「おおー、探したぞー。
お前、ケータイとか持ってないから、ホント探したぞー」


キャッチに捕まった椿姫だが、とくに落ち込んでいる様子は見えない。


「・・・なにがあったんだ?」


我ながら白々しい。


「なんだかね、写真を撮らせて欲しいって頼まれてたの。
ファッション雑誌のカメラマンの人に声をかけられてね」
「へえ・・・すごいな、お前かわいいもんな」
「そんなことないよ、ありがとねっ」

 

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この笑顔が、危くエロ雑誌に掲載されるところだったな。


「でも、おれと待ち合わせしてるんだから、知らない人について行っちゃダメじゃん」

 

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「ごめん、それはホントにごめんね。
でも、その人すっごく熱心にお話してて、断るのもかわいそうで・・・浅井くんに連絡して相談しようと思ってたんだよ。
でも、セントラル街って公衆電話がぜんぜんないんだね、そしたら、その人が事務所に来てくれれば電話を貸してくれるって・・・」

 

 

・・・。


しかし、こいつは人を疑うということを知らんのだろうか・・・。


「で、写真は撮られたのか?」
「ううん、一枚も。
なんだか急に帰っていいって言われて、丁寧に出口まで見送ってもらったよ」


浅井興行の名前を出せば、対応も丁寧になるってもんだ。


「わたし、審査落ちしちゃったみたいだねっ」


苦笑するしかない。


「まあいいや。 とっととバッハを買いに行かせてくれ」
「あ、うん。 ごめんね、待たせちゃって」


・・・・・・。


・・・。

 

 

買い物を終えて、ぶらぶらと街をうろついていた。

 

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「浅井くん、どうして二枚も同じCD買ったの?」
「ふふふ、わからんか?」
「え? なんだかわからないけど、ごめん」


二枚のCDを見つめながら、おれは語る。


「一枚は保存用なんだ。 ぜったいに開封しないで部屋に飾っておくのさ」
「へえっ、本当に好きなんだねっ。
わたしバッハは、G線上のアリアと、トッカータとフーガくらいしかわからないよ」
「まあ、その辺はメジャーだからな。 このCDの目玉はシャコンヌさ」
シャコンヌ?」
「正確には『無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番ニ短調』の第5曲っていうんだがな、ヴァイオリンだけで演奏するからものすごく難度の高い曲なんだ」

 

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「え、ぱるてぃーた?」
「このシャコンヌは色々と編曲されててさ、特にブゾーニのピアノ編曲が有名だと思うんだが、おれとしてはいまいちでね」
「ぶぞーに?」
「とはいえバッハはね、ポリフォニックな曲もいいんだが、やっぱりエールとか小フーガみたいに精密で厳格じゃなくても旋律の良さを味わえる曲がいいと思うんだ」
「あ、うんうん・・・」
「そういった意味ではフランス組曲が一番かな。
奏者はチェンバロだったらレオンハルトなんだが、ピアノだったらちょっと迷うところなんだよな」
「へえー、そうなんだー」
「かくいうおれもマニアじゃないからさ、教会カンタータとか敷居が高いのはいまひとつ趣がわからないんだよね」
「(あ、浅井くんってちょっとマニアックなところあるんだな・・・)」


・・・・・・。


・・・。

 

 

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「今日もありがとうねっ、かわいい日記も買えたし、楽しかったよ」
「けっきょくバッハのなにがいいかっていうとさ・・・」
「(ま、まだ続くんだ!?)」


どうやらいつの間にか、駅までたどりついたらしい。


「あ、しまった。 花音と約束してたんだ」


さすがに二度も無視したらキレられる。


「そうなんだ。 ごめんね、遅くまでつき合わせて」
「いや・・・って、携帯が・・・」
「あ、鳴ってるね、花音ちゃんかな?」


電話を取る。


「もしもし・・・あー、ミキちゃん、こんばんは!」
「・・・・・・」
「うん、うんうんっ、あー、そう、そっかあ、今度ご飯いっしょしようねー」
「・・・・・・」
「はいはい、じゃあ、またねー」


たいしたことのない用事だった。

 

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「悪い椿姫、じゃあ、この辺でな」
「あ、浅井くん浅井くん」


緊張しているのか、椿姫の唇が締まった。


「どした?」
「・・・えっと・・・」
「ん?」
「CD貸してくれるとうれしいな」
「おお、いいぞ。 一通り聞き終わったらな。
あさってには貸してやろうじゃないか」


・・・それだけかな?


「じゃあ・・・また明日学園でね」


・・・何か含みがあるような気がするが、まあいいか。

椿姫と別れ、おれはスケートリンクに向かう。


・・・・・・。


・・・。

 

 

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セントラル街から電車で二駅。

中央区にあるアイススケートセンターは、一般滑走用のリンクの他に、アイスホッケーとフィギュアスケート用のリンクもあって、しかも通年滑走可能という贅沢な建物だった。

マスコミに注目を浴びつつある花音のこともあって、富万別市もスポーツ施設の充実に力を入れているようだ。

時刻は六時半。

そろそろ一般客を締め出して、貸し切り練習をしている時間だろう。


・・・・・・。

 

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家族は事情を打ち明ければ、入場できる。

もちろん、厳しい練習に明け暮れる選手達に混じって、リンクに入ることは許されないが。

おれは客席に座って、練習風景を眺めることにした。


「あ、兄さんだー!」


リンクから能天気な声が上がる。

コーチの姿も見えないし、どうやらいまは休憩中みたいだな。

 

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「兄さん、見て見てっ!」


花音がジャンパーも羽織らずに滑っていた。


「おーい、なに遊んでるんだー」
「遊んでないよ、コンパルソリーだよー」


コンパルソリーは氷の上に定められた図形を描く規定種目だ。

もっとも、テレビ受けしないという理由で、現在は競技種目から外されている。


「もうちょっとで終わるから、待っててねー」


片足だけで滑り、円を描きながら、その間にターンをしたりカーブの方向を変えたりして、図形を氷上にトレースしていく。

展開がスローというか華やかさがないので、観ているおれは正直退屈なのだが、花音に言わせれば大切な技術がいろいろと詰まっているんだそうだ。


「終わりーっ!」
「休み時間も練習するなんて、偉いぞ」
「えへへ、こういうのも見せちゃうぞー」


花音は顔だけこちらに向けながら、後ろ向きに滑走を続ける。

リンクに緩やかな曲線が平行に描かれていく。


「おお、なんか知らんが、上手くなったんじゃないか?」


てきとーに褒めておく。


「くるくるっと回っちゃうぞー」


そのままスピンをやり始める。

が、勢いが足りなかったようで、すぐに回転が止まる。


「おお、なんか知らんが、いい感じじゃないか?」
「兄さん、あんまりてきとーなこと言ってると、のんちゃん怒るぞー?」
「いや、おれは審査員じゃないから、細かいことはよくわからんよ。
でも、お前ちょっと痩せたよな?」
「うんっ、おかげでもうちょっと高く飛べるようになったんだー」


160センチという身長に、均整の取れた体つき。

なにより手足が長いということが、フィギュアスケートをやる上で、とても有利に働くらしい。


「うおぉぉっ!」


軽くジャンプしたときに、体勢をひねったらしい。


「おいおい、調子に乗って転んで怪我するなよー」
「怪我したら兄さんが助けてくれるんだよねっ?」


言いながら、客席まで寄ってきた。

 

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「寒くないか?」
「うん、平気平気っ」
「それって、ひょっとして大会用の衣装じゃないのか?」
「そうだよ?」
「いま着てていいのか?」
「大会近いからねー。 衣装で練習するときあるんだよ」


花音は、一ヶ月半後にオリンピック選考を兼ねた大事な試合を一つ控えている。


「でも、本当は兄さんに見てもらいたかったからなんだー」


腕を伸ばして抱きついてくる。

 

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「って、危ねえっ!」
「なにがー?」
「足元見ろ! 切っ先の鋭いエッジがいままさにおれの足を踏まんとしてるじゃねえか!」
「あはは、踏んじゃえ踏んじゃえっ!」


しゃれにならん女だな・・・。


「そういえば、ママは?」
「コーチ? コーチはいま、会議してるって」
「忙しいのかな? ちょっと顔出そうと思ってるんだが」
「なんだかね、のんちゃんカナダに行ってたでしょう?
外国での練習が終わって、今後どういうふうに、のんちゃんを伸ばすのかっていう話し合いをしてるみたい」
「お前はどういうふうに伸びていきたいんだ?」

 

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「知らない。 でも、絶対オリンピック行くよー」


無邪気なもんだな。


「ねえねえ、のんちゃんの人気者計画聞いてよ」
「計画?」
「もっともっと有名になって、もっとたくさんの人にのんちゃんのこと見てもらうんだー」
「おう、それで?」
「終わりだけど?」
「すげえアバウトだけど、花音らしくてよしとする」


花音はニコニコしながら、またリンクに向かった。


「さてさて、じゃあ、兄さんにも四回転ジャンプを見せてやろうじゃないかー」
「おおっ、ループだったな?」


クワドラブルルッツは、女子フィギュアスケートの公式試合において、世界でもまだ誰も成功していない。

ジャンプするだけならともかく、着氷することができないのだ。


「いままでぜんぶ転んじゃってるなけど、兄さんの前ならきっとできるっ」
「おいおい、無理ならやめておけよ。 転んだら痛いだろ?」
「だって、成功したらもっと人気者になれるよー」
「成功すればな」
「みんな新しい技が大好きなんだよ。
だから、がんばってぜーったい成功させるんだー」


花音は勢いよく氷上に足を滑らせていった。

 


・・・む?


「兄さん、いっくよー!?」


「ちょっと待って、電話が・・・」


またミキちゃんかな・・・面倒だないいかげん・・・。


「はい、もしもし・・・」


けれど、相手の声に息を呑んだ。


「兄さん、まーだー?」


花音の姿は、もう、目に映らない。


「やっちゃうぞー、ジャンプしちゃうぞー、よそ見してても知らないぞー?」


おれは通話を終えて、花音にひと言だけ告げる。


「すまん、用事ができた」
「え? ちょっとちょっとっ!」


花音が地団駄を踏んで、リンクの氷が削られる音が響く。


思考を切り替える。


なにも考えなくていい、表の時間は終わりだ。


浅井権三からの呼び出しがかかったのだから・・・。

 

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

 

 

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富万別市の南区は、新築の一戸建てが並ぶ閑静な高級住宅街だ。

どの家庭も、日本とは思えないほど敷地が広い。

人気は驚くほど少なく、たまに自転車で巡回している警察官とすれ違うくらいだった。

豪勢な門にはたいてい警備会社のプレートが掲げられていて、ケチな空き巣のつけいる隙はない。

南区には、この巨大都市の支配者層が住むのにふさわしい物々しさがあった。


・・・・・・。


・・・。

 

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一時間ほどで、権三の家にたどり着いた。

・・・いつ帰ってきても、緊張する。


・・・。


「・・・・・・」


インターホンを押すと、しばらく待って女中の声が返ってきた。


「京介です。 お義父さんは、ご在宅ですか?」


・・・・・・。

 

・・・。

 


さらに数分待たされて、おれは家の中に入ることを許された。

敷地内に黒塗りの高級車が二台停まっていた。

鯉のいる池を眺めながら長い廊下を渡る。

途中、権三の部下に出くわし、軽い挨拶を交わす。

権三は、客人と会食中ということだった。

間に入って、一緒に酒を飲めと命じられた。


・・・つきあうしかないな。


客間の前までやってきた。

部屋の明かりが障子越しにぼんやりと漏れている。

話し声は聞こえない。

けれど、勢いよく酒をあおって喉が鳴る音がする。

障子の向こうに、間違いなく、あいつがいる。


「失礼します。 京介です」


・・・。


間があった。


「おう・・・」


獣のいななきを思わせる、深いため息があった。


「失礼してよろしいでしょうか?」


客が来ているというが、あいつの他に人の気配を感じられない。


「入れ」

 

 

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すぐに異変を察知した。


「よく来たな」


贅沢な料理の数々が、畳の上に散乱している。


「ご無沙汰しております」


和室には、やはり客らしき男がいた。

頭から血を流して、テーブルに突っ伏している。

おれは平静を装って、生きているのか死んでいるのかわからない男を眺めた。


「調子はどうだ?」
「とくに問題はありません」


問題はない。

おれの父・・・浅井権三の前で、血を見るのには慣れている。

テーブルの端に、よじれた名刺があった。

毎夕テレビ・第一企画部・エグゼクティブプロデューサーとある。

名前は聞いたことがある。

毎月月曜日のゴールデンタイムに、視聴率20%越えのトレンディドラマを生み出し続けている、局の大物プロデューサーだ。

仕事や私生活での武勇伝にはことかかず、芸能界でこの男に尾を振らない人間はいないという。


「どうした? 気になるのか?」
「いいえ」


名刺を交わしたということは、権三とこのプロデューサーは初対面だったわけだ。


「こいつは、調子に乗りすぎた」
「お義父さんもおかわりなく・・・」


花音は、容貌のいいフィギュアスケート選手として名を馳せていて、いくつかのテレビCMにも出演している。

調子に乗りすぎた・・・ということは、なにか契約関係でもめたのだろうか。

いずれにせよ、うちの親父は、初対面の、しかもそれなりに地位のある人間を暴力の海に沈めたのだ。

ガキのころは、どうして権三の無法が通るのかと不思議に思ったものだ。


「・・・ぅ、ぁ・・・」


どうやらまだ生きているらしい。


「・・・お前、私に、こ、こんなことをして、許されると思ってるのか?」
「・・・・・・」


権三は、男を見つめながら、この上なく旨そうに刺身にしゃぶりついている。


「べ、弁護士に・・・い、いや、警察に突き出して・・・。
お前らみたいなクズを・・・社会的に抹殺・・・」
「・・・・・・」


権三は、愉しそうに笑う。


「二十になる娘がいるんだろう?」


また旨そうに酒を煽った。


「・・・・・・」


おれには権三の考えていることがわかる。


遅いのだ。


机上の論理で物を考える人間は、やれ警察に駆け込めだの、弁護士に相談しろと当たり前のことしか言わない。

だが、それでは遅い。

警察はなにか起こってからしか動かないし、弁護士は四六時中そばにいてくれるわけではない。


「娘がソープに沈められてから、うちのどうでもいいような若いのが懲役くらったとして、お前は満足なのか?」


脅しではない。

浅井権三の配下には、一発手柄を狙うチンピラがいくらでもいる。

刑務所に入れられるのを名誉と思っているような獣たちだ。

彼らは五分先の未来も考えぬ無鉄砲さで、上の命令を喜んで遂行していく。


「まあ、座って刺身でも食っていけ」


季節の刺身は、ところどころ血で滲んでいた。


「おいしそうなフグですね。 いただきます」


虫の息をしている男の隣に座り、箸をつまんだ。


「・・・きゅ、救急車・・・」


「飲むか?」
「いえ、酒は・・・」


「た、たすけ、て・・・」


「九州の焼酎でな。 なかなかいける」
「へえ・・・」


「う、うぅぅ・・・」


人が、死にかけている。

その脇で、おれたちは腹を満たす。

浅井京介と浅井権三の関係は、そういうものだ。


「それで、今日はどういったご用件でしょうか?」


恐る恐る本題を切り出すが、権三は首を傾げる。


「雌の匂いがするな」
「え?」


・・・なにを言ってるんだ?


「女でもつくったか?」
「いえ・・・」


権三はおれの一言一句を見逃すまいと、威圧するような視線をぶつけてくる。

おれは唾を飲み込む。


「三輪椿姫というクラスメイトと二日ほど遊んでいますが、どうということはありません。
金の匂いのしない女なので、とくに興味もありませんし」
「・・・・・・」


権三は、まだ、おれを見据えている。

身長は百九十センチに届くだろうか。

巨体のいたるところに威圧感が滲み出ている。


「なにか?」
「その女ではないな」
「・・・・・・」


椿姫ではなく別の女が、おれの周りにいると言いたいのだろうか?


「花音に会った」
「ええ、聞いています」


権三は勢いよく酒をあおる。


「花音は、郁子と違って威勢がいいな」


郁子とは花音の母親だ。

おれが学園や花音の前ではママと呼び、フィギュアスケートのコーチをしている人物だ。

けれど、郁子は、権三が若いときに作った愛人なのだ。

つまり、花音は権三の一人娘ではあるが、愛人の子に過ぎない。

権三の正妻は、しばらく前に他界していて、おれも顔を合わせたことがない。

この事実を花音は知らないし、権三と郁子は別居している。


「花音はたしかに、郁子さんよりお義父さんに似ているかもしれませんね」


わがままで自由なところが・・・。


「あれは、金になる娘だ」
「ええ・・・」


フィギュアスケートのオリンピック候補選手。

出版社やプロダクションからのアプローチはあとを絶たない。

これで、正式にオリンピック出場が決まれば、海外のメディアも花音を取り上げるようになる。


「いや、本当に、将来が楽しみですね。
うちもフロント企業の体裁を保っている以上、イメージアップを図るために、花音を広報に起用しようかと思っているんです」


おれの提案に権三は満足そうにうなずく。


「花音のことだが・・・」


深い毛が密生している拳がゆっくりと開く。

ざわついたいやな空気がこちらに忍び寄る。


「いいか、京介」


名前を呼ばれて、おれの不安は最高潮に至る。

 

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「犯しておけ」


「・・・・・・」

 

 

 

・・・。


一瞬、目の前の大男がおぞましい怪物に見えた。


「雌を従順にさせるには、食うのが一番だ」


どこの世界に、こんな親がいるというのか。

愛人の子とはいえ、実の娘である。

それを犯せなどと、正気を疑う。


「花音にはもっと稼いでもらわねばならん。
雄はまだ利害で動く頭を持っているが、雌は違う。 わかるか?」


おれは、曖昧にうなずく。


「やり口はなんでもいい。
恋愛をしているふりをしてもいいし、将来的に籍を作ってもいい。
重要なのは肉体関係を持つことだ。
雌はそういうことにこだわり、縛られる生き物だ」
「わ、わかりました・・・いずれ・・・」


頭が麻痺する。

いつも、この怪物を前にすると、正常な思考が妨げられる。


「それから・・・」


声が一段と低くなる。


「『坊や』とかいうガキの集団を知ってるか?」
「たしか、最近セントラル街で幅を利かせてきたイベサーでしたね?」


イベサーとは、クラブのイベントやパーティなどで客寄せをする集団のことだ。

お祭り好きのチンピラみたいな連中だが、ルックスがずば抜けてよかったり、ダンスやDJの腕前もかなりのものであったりと、下手な芸能人よりも集客力に優れている場合がある。


「お義父さんのところで、面倒を見るおつもりですか?」


イベサーも規模が大きくなれば、ヤクザがケツを持つ。

トラブルがあった場合に間に入ってやるかわりに、毎月いくらかの上納金を得るのだ。

けれど、権三のごつい眉が跳ねた。


「連中は覚せい剤を回してる」
「・・・まさか」


冷や汗が出る。

イベサーごときが覚せい剤の販売に手を染める。

許されないことだ。

もちろん、法律で禁止されているからではない。

この富万別市で出回っている覚せい剤は、すべて、浅井権三が四代目組長を務める園山組が取り仕切っている。

おれは表の仕事を主に任されているだけであって、権三がどういった流通経路で覚せい剤を供給しているのか知らない。

だが、重要なのは、素人が権三の縄張りに土足で踏み込んできたということだ。


「しかも、どうやら、うちが回しているものより、質がいいらしい」
「・・・おかしな話ですね」
「いま、人をやって『坊や』の幹部を捕まえに行かせているところだ」


権三の組織の機動力と情報網があれば、ガキの一人や二人探し出すのは簡単なはずだ。


「なるほどわかりました。
蛇足になるでしょうが、僕もそれとなく探りを入れてみるとします」


深々と頭を下げる。


「頼んだぞ、息子よ」
「はい。 いま僕があるのは、すべてお義父さんのおかげです」


それから、夜が更けるまで権三の酒のつきあいをしていた。

不幸なテレビ屋がその後どうなったのか、おれは知らない。


・・・・・・。


・・・。

 

 


今週は毎日学園に来られて気分がいい。

おれにとって学園は、ストレスのない自由な空間だ。

 

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「おう、京介ー」


友達もたくさんいる。


「なあ、昨日の件、考えてくれたか?」
「え? 昨日の件?」
「てめえ、ざけんな、オメーの不肖の妹のことだろうが」


・・・まだ根にもってんのか。


「栄一、もうちょっと大人になれよ。 女ならいくらでもいるじゃないか」
「うるせえ、ノリコ先生からメールが来たんだよ。 やっぱり栄一くんとはつきあえないってな」
「うんうん、残念だったな。
あれくらいで愛想をつかされるんなら、つきあわなくて正解だったんじゃないか?」
「ちきしょー、それもこれも全部花音のせいだ!」


ちっちゃな拳を丸めて憤慨している。

 

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「のんちゃんがどうかしたー?」
「げっ!」
「エイちゃん、なにがのんちゃんのせいなの?」
「な、なんでもないよ。
いやー、花音ちゃんはいつも元気がいいねっ。
ボクにも元気を分けて欲しいなっ」


ちっちゃな拳が、もみ手に変わる。


「花音、今日も体育か?」
「すごい楽しみっ。
明日は、クラス対抗でバレーボールの試合するから、朝はみんなで集まって練習するんだー」


花音は、おれがプレゼントしたというバッグを肩に下げていた。

なかに体操着が入っているのだという。


「じゃあねー」


軽快な足取りで先に行ってしまった。


「くそう、気に入らねえわ、あの頭の悪そうな笑顔がいっそう気に入らないぜ」
「お前もだいぶ頭悪そうだけどな・・・」


くだらないおしゃべりを繰り広げながら、校舎に入った。


・・・・・・。


・・・。

 

早めに登校したせいか、廊下にはあまり人がいない。

廊下の向こうから、ひたひたと妖怪じみた足取りでやってくる女の子がいた。

 

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「あ、ども・・・」
「よう。 早いんだな」
「そっすかね?」


目も合わせようとしない。


「あ、宇佐美さん宇佐美さんっ」
「はい」
「今日は、ボクも友達にしてくれるんだよねっ?
一日二人まで、とか言ってたよね?」
「いや、一つのコミュニティに二人までなんで。
学園じゃ椿姫と花音でもうぎりぎり限界なんで」

 

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「ひどいよ・・・」
「すんません、意地悪してるわけじゃないんすけど、自分、そういう戒めとか多いんで、勇者ですし」
「まともに口を利いてくれるだけでもいいんだけど?」


「おれは先に行ってるぞ」


おれはどうも、宇佐美が苦手だ。


「・・・・・・」


宇佐美はおれを観察するように見つめてくる。

本当に、妙な女だ。


・・・・・・。

 

教室に入って、思わずはっとする。

ここ数日姿を見せなかった人物が窓辺にいたからだ。

 

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「やあ、おはよう」


気さくに声をかける。


「白鳥さんも朝早いんだね」
「・・・・・・」


黙って教室の誰の目にも触れないような花に水をやっている。


「白鳥さん偉いね。
朝早くに来て花に水をやってるのって、いつも白鳥さんでしょ?」


おれが、白鳥水羽に声をかけるのには理由がある。


「ていうか、久しぶりじゃない?
おれもよく学園さぼるけど、白鳥さんはどうして休んでるのかな? カゼ?」


白鳥は学園の理事長の娘だ。

この学園の理事長は、とある土建関係の企業の社長でもある。

そしてその企業は、日本有数の老舗商社、山王物産の子会社なのだ。

『ペン先からロケットまで』を扱うといわれる総合商社『山王物産』は、この富万別市に本拠をかまえ、社員をあらゆる事業に展開して街の経済の根底に根づいている。

裏の道を歩けば総和連合に当たり、表の道を行けば山王に当たると言われるほどに、影響力は大きい。

つまり、この街で金を動かす以上、白鳥水羽と仲良くなっておいて損はないということだ。

おれはいつもしている通りに、ひょうきんな笑顔を作る。


「ねえ、白鳥さん。
電話番号とか聞いていい? たまにみんなで遊ぼうよ」


すると、白鳥の水差しを持つ手が止まる。


「・・・浅井くん」
「うん?」
「浅井くんは、お花が好き?」
「え、どうかな・・・好きでも嫌いでもないけど。 花見には行く程度かな」
「好きなものは何?」
「女の子」


言い切って、笑っておくのも忘れない。


「冗談だよ。
クラシックかな。 昨日もCDを買いにいったんだ」
「クラシックね・・・それだけ?」
「え? 趣味のこと? 他にはゲーセンくらいかな」
「お金は好き?」


わずかだが、白鳥の語気が強まったような気がする。


「お金はまあ、そうだな・・・おれ、ボンボンだからさ、よくわかんないな」


半笑いで頭をかいていると、水羽がぴしりと言った。


「残念・・・」


まるで穏やかな水面に波紋が広がるよう。


「嫌いと答えたら、あなたを責めるつもりだったのに」


・・・なんだ、この女・・・?


「はは・・・なに言ってるの? じゃあ白鳥さんは、お金が好きなのかな?」


けれど、白鳥はおれの軽口には取り合わない。


「私は、あなたを知っているわ」
「・・・知っている?」
「ずいぶんと高そうな車に乗っているのね」


たしかに、おれは外国産の高級車を一台持っている。


「だから、ボンボンだからさ、パパが買ってくれたんだよ」


しかし、なぜ知っている?


「ずいぶんと人相の悪そうな人たちを連れまわしているのね」
「・・・・・・」


街で偶然見られたか・・・。

学園の連中には浅井興行のことがわからぬよう、細心の注意を払って行動しているつもりだったが・・・。


「あなたは自分の倍くらいの年齢の人たちをアゴで使っていたわ」
「えっと、どこでそんな・・・」
「南区の住宅街。
あなたのお義父さんの屋敷の近くに、私の家もあるの」
「なるほど・・・」


とぼけても無駄なようだ。

理事長の娘だからな。

その気になれば学園生の素性を知ることもできるはずだ。


「それで?」


おれは薄く笑う。


「おれが浅井興行で存外な大金を動かしていると知ったお前は、どうするんだ?」
「それが、あなたの本性?」
「なんだっていい」
「どうしてあなたは、学園ではひょうきんな仮面をかぶっているの?」
「誰でも悪いことしてますだなんて、自分からは言わないものだろう?」
「悪いことをしている自覚はあるのね?」
「たとえ話の揚げ足を取るなんて、性格の悪さが出るからやめたほうがいい」
「浅井くんって、本当はずいぶんと頭が回るのね。 勝てそうにないわ」


白鳥は無表情を崩さない。


・・・少し、面倒だな。


おれが貴重な時間を割いて学園に通うのは、ストレス発散のためでもあるが、それ以上に、闇社会の住人に顔を知られないようにするためだ。

おれは、取引はほとんど電話かメールで済まし、商談のときも滅多に人前に顔を出さない。

こういう商売では、顔が割れれば命を狙われることもある。

おれの顔を知っているのは権三を含め、組の幹部などわずかな人間だけだ。

だから、白鳥の口は封じなければ。


「このことは黙っていてくれないか?」
「・・・・・・」
「頼むよ」


白鳥は答えない。


「わかった。 いくら欲しいんだ?」
「・・・っ」


初めて白鳥の顔に色が浮かんだ。

 

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「私は、あなたが嫌い。 それだけが言いたかったの」


「待て、逃げるな」


おれは白鳥の行く手をさえぎる。


「百でいいか?」
「本気で言っているの?」
「他人を信用するには金しかない」
「かわいそうな人ね」
「同情してもらってけっこう。 おれを安心させてくれ」


一歩詰め寄る。

白鳥の端正な口元が震えている。

 

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「・・・みんな見てるわよ?」
「お前をクドいているということにする」
「馬鹿なことを・・・」
「クラスのみんなは、おれをただのひょうきんなナンパくんだと思っている」


そういうふうに演じてきた。


「お前はどうだ? 滅多にクラスに顔を出さずに、友達の一人もいないんじゃないか? 誰がお前の味方をする?」
「・・・・・・っ」


震えていた唇が歪む。


「仲良くしよう、な?」
「・・・もう、離れて」


授業開始を告げるチャイムが鳴る。


「また今度、じっくりと話をしようじゃないか」
「・・・・・・」


白鳥は今度こそ逃げるようにおれの脇をすり抜けていった。

気が強そうに振舞ってはいるが、しょせんは歳相応の少女だということだ。

 

さて、学園を楽しむとしよう。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

今日は、ミキちゃんからの電話もない。

 

 

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屋上には、椿姫、花音、おれ、栄一、そして少し離れたところに宇佐美がいた。


「お昼だー、今日はたくさん食べるぞー」


花音は購買で大量にパンを買っていた。


「花音ちゃん、今日も体育で大活躍だったもんね。 お腹空いたでしょ?」
「ここんところずっとお昼抜いてたからねー」


「ボクのお菓子も食べる?
セントラル街の有名なプリンだよ。 自分で食べるために買ったんだけど、特別にわけてあげる」


・・・花音への恨みはおさまったのかな?


「あ、ファンキーのプリンだ。 おいしそうだね」


ファンキーとは、女学生に人気の洋菓子店だ。

 

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「(クク、賞味期限切れだっつーの。 こんなんで許してやるオレ、マジ寛大じゃね?)」


・・・さすがに止めよう。


「のんちゃん、プリン嫌い」
「え? ほんとっ? 花音ちゃんって、甘いもの好きそうじゃない?」
「人は見かけによらないっていう格言があるんだよ?」
「(チキショー、たいていの女は甘いもんで釣れるっつーのによー。 つーか格言とか調子こいてんじゃねえぞヴォケ)」
「エイちゃん食べないの?」
「ボクはいいよ」
「なんで? 甘いもの好きでしょ? いつもバクバク食べてるじゃない?」
「ハハハ、男子三日会わざればっていうでしょ?」
「言わないよ」
「そ、そんな断言しないでよ」


「のんちゃんの言うこと、ぜったい正しいよ。
ぜったい合ってるよ。 ねえ兄さん?」
「そうだな。 とりあえず、プリンは栄一が食えよ」


「い、いいったら。 椿姫ちゃん食べなよ?」
「ごめんね、わたしもうお腹いっぱいだから?」


「じゃ、じゃあ宇佐美さんは?」


おれたちのやりとりを遠巻きに眺めていた宇佐美がぼそりと言う。

 

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「椿姫、プリンって、持って三日くらいすかね?」
「うーん、二日以内に食べるのがいいと思うな」
「じゃあ、自分、甘いものは好きなほうなんすけど、賞味期限切れなのは勘弁スね」


「えっ?」


目が点になる栄一。


「いやまあ、あてずっぽうすけどね。
あの、自分、セントラル街でバイトしてるんすよ、唐突ッスけど。
だからわかるんすけど、そのファンキーでしたっけ?
たしかおとといは定休日でしたよね?」
「お、おととい? それがどうしたの?
昨日買ったプリンだよ? なにか変かな?」
「ちょっとおかしくないすかね?」
「な、なにが?」
「エテ吉さんは、毎日違うお菓子を食べるんすよね?
昨日言ってましたよね、ポリスィーとか?」
「ポリスィーじゃなくて、ポリシー!」
「まあ、なんでもいいんすけど」
「なんでもいいなら無駄に発音ひねらないでよ!」

 

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「重要なのは昨日もプリン食べてたってことっすよ、あなた」


そういえばそうだったな・・・。


「だから?」
「今日は昨日と同じお菓子を食べないんなら、今日食べるために昨日と同じプリンを買いに行くっていうのはポリスィー的にちょっとおかしくないすか?」
「い、いや、だから・・・花音ちゃんにあげようと思って、買いに行ったんだよ、うん、そう」
「自分で食べるために買ったって、さっき妙にもったいつけて言ってませんでしたっけ?」
「・・・そ、それは・・・だから・・・」


栄一、死す。


「そうだな、昨日プリン食ってたもんな。
そのプリンはおとといは店が休みだった以上、それより前に買ったってことになるな」


「エイちゃん・・・まさか賞味期限切れてるの知ってて・・・?」

「そ、そんなことないよね? 知らなかったよね?」


みんなして栄一の顔を覗きこむように近づく。


「つ、通販でっ、通販で買ったんだよ!」


・・・この発言で有罪を認めたようなものである。

 

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「(か、神、助けてくれー!)」
「無理だから」
「く、うぅぅ・・・」


すごすごと引き下がる栄一だった。


「そ、そういえば浅井くん、CD聞いた?」

 

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話題を変えようとする椿姫は、本当にいいヤツだ。

栄一がかわいそうだし、のってやるとするか。


「フフ・・・これか? まだ聞いてないぞ」


おれは制服のポケットにしまっておいたバッハを取り出して掲げる。


「え? どうして未開封なの? あんなに楽しみにしてたじゃない?」
「わかってないな、椿姫」


「どうして大事そうにポッケに入れて、学園に持ってきてるの?」
「お前にはわからんだろうな、花音」


軽く咳払い。


「たしかにこのバッハは、おれが楽しみに楽しみにしていたCDだ。
それはもう一日千秋の思いで恋焦がれてやまなかったアイテムだ」
「う、うん・・・?」
「だが、ここで、あえて、一日寝かすんだ」


「ほえ?」
「わからんだろうな、女には、この感覚が。
耐えて耐えて我慢して我慢しつくすからこそ、その後のエクスタシーは計り知れないものなのだ」


「ただの、マゾじゃないすか」
「なんとでも言え。
とにかくおれは、今日一日、この荒行に耐えねばならんのだ」


まったく、我ながらよだれが出そうだぜ・・・。

 

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「へー、ちょっと貸して」
「あっ・・・」


ひったくられた。


「お、おい、返せよ」
「ちょっと見せてよ、いいでしょ?」
「・・・ちょ、ちょっとだけだぞ?
いいか、ぜったい封を開けるなよ? ぜったいだぞ?」


ビリビリビリー(←ラッピングを破る音)


「って、おい! 開けんなっつってんだろーが!」
「まあまあ、中のブックレット読んでみたかったんだよ」
「くっ、そ、それは、おれも読みたくて読みたくて人を殺しかねないほど読みたくて・・・」


景色がぐにゃーっと歪んでいく。


「うわー、やっぱり買ったばっかりだから、CDもピカピカだねーっ」
「こ、こらー! 神のCDをクルクル回すなー!」
「でへへへっ・・・」


花音が邪悪な笑みを浮かべている。

いかん、アレは、栄一をいぢめるときの目だ。

 

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「ねえ、兄さん・・・」


ヤバい・・・。


「バキってしてもいい?」
「ぜったいだめっ! ぜったいだめっ!」


「か、花音ちゃん、さすがに割ったら冗談じゃすまないよ?」
「そ、そうだ椿姫! もっと言え! ぜったいだめだっ!」
「ぜ、ぜったいだめだよっ!」


「どうしよっかなー? 兄さんが困ってる、兄さんが困ってるよー」


「・・・・・・」
「おい、宇佐美っ! なにをしている!? お前も止めろっ!」
「あ、はい。 ぜったいだめだー・・・」


「栄一、お前もだっ! なにすっとぼけてやがんだ!
ヤツを、あのいたずらっ子をどうにかしろぉっ!」
「お、おう。 ぜったいやめろー・・・」


「ぬふふふふっ!」


花音が両手でCDをつかむ。

細長い指先に力が込められるのがはっきりと見える。


「兄さん、おととい約束すっぽかしたよね?」
「う、ああ・・・」
「兄さん、昨日もいきなり帰っちゃったよね?」
「や、やめっ・・・!!!」
「えいっ!」


「やめろあああぁぁぁあぁぁあぁぁぁっ!」


飛び出していた。


獲物を捕らえる豹のようにすばやい動き。


驚いた花音ともみ合う。


指先が、CDに触れた。


一度、しっかりとつかんだ。


しかし、するりと抜けていく。


もう一度腕を伸ばした。


屋上の床にCDが落ちた。


・・・・・・。


・・・。

 


絶望のあまり、視界が暗くなった。


がっくりと屋上の地面に膝をつく。


盤面をくまなくチェックする。


そこには、糸くずのような引っかき傷が・・・。


「うぅあああああああああっ!」


お先真っ暗である。


おれが耐えに耐えて我慢していたバッハに、傷がついたのだ。


・・・。

 


「兄さん、兄さんっ」


トントンと肩を叩かれる。


「か、花音・・・」
「んー?」
「おれに、なにか言うことはないか?」


けれど、悪魔っ子はにっこりと笑う。


「割るつもりはなかったんだよ」
「・・・っ!」
「でも、みんなしてぜったいダメ、ぜったいダメって言うんだもん。
ぜったいって十回くらい言ってたもん。 これって、フリっていうヤツだよね?」


・・・お、おれはダチョウ倶○部じゃねえんだよ。

 

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「まあ、フリと言えばフリでしたね」


くっ!


「げ、元気だしてよ、浅井くん。
そんな悲しい顔しないで。 また一緒に買いにいけばいいじゃない?」


ふざけんな!


「はは、花音ちゃんもひどいなー。 でも京介くんもオトナになろうねっ


っのやろおぉっ!


「みんなおもしろかったみたいだし、兄さん人気者だねっ」


・・・こ、このアマァぁぁッッーーーー!!!


許さん・・・。

 

絶対に許さんぞー!!

 


・・・。