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G線上の魔王【4】

 

 

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・・・。


「・・・見つからない?」
「おう」


朝の権三はいつも不機嫌そうだ。


・・・。

 

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肉食獣のような巨躯を持て余すように、気だるげに身を起こす。


「例のイベサー・・・たしか幹部は六人いるという話でしたが?」
「全員捕まえた」
「それで?」
覚醒剤の仕事は、トップが完全に仕切っているらしい」


権三は、どういうわけか、おれの前でいわゆるヤクザの言葉遣いをしない。

よく組のことをカイシャ、ハジキのことを拳銃、デコスケのことを刑事という。


「幹部六人、誰もトップの人間のことは知らんという」
「おかしな話ですね」


しかし、浅井権三の尋問を受けて口を割らない人間がこの世にいるとは思えない。


「では、彼ら幹部たちは、どうやってそのトップから指示を受けているんでしょうか?」
「メールが届くらしい」
「メール・・・?」


権三は軽くうなずいた。


「調べさせたところ、海外の転送サービスを間に幾重にもかませたフリーメールらしい」
「それは・・・なかなか用意周到ですね」


警察の力でも借りない限り、トップの身元を割り出すのは難しそうだ。


「何者なんですかね、そのトップは?」
「"魔王"、と呼ばれているらしい」
「え?」
「"魔王"、だ」


また、"魔王"、か・・・。


「心当たりがあるな?」


権三は、おれのわずかな心境の変化も見逃さない。


「実は、昨晩、僕の仕事用の電子メールアドレスに、"The Devil"という人間から、わけのわからないメールが届きました」
「なにが、どう、わけがわからないんだ?」
「内容が、ただ『かわいいぼうやおいでよおもしろいあそびをしよう』とそれだけで・・・」
「その文面、お前はどう解釈する?」


権三は、必ずといっていいほど与えられた情報についての解釈や見解を聞きたがる。

こうやって、自分で物事を考える習性をつけさせるのだ。


「ご存知でしょうが、『魔王』というクラシックの名曲があります。
さっきの一文は、その詩からの引用ではないかと思っています」
「それで?」
「それ以上は、見当がつきませんが・・・。
詩の内容は、親子が馬に乗って道を急いでいるところに魔王が現れて、子供をさらっていくという
ものなのですが・・・。
その"魔王"と呼ばれるトップが、子供を使って覚せい剤を回していたというあたり、きなくさいものを感じますね」


そこで、権三が薄く笑った。


「親子というのは、俺とお前のことか?」
「・・・・・・」
「すると、お前は死ぬことになるな」


詩によれば、さらわれた子供は魔王に魂を奪われて死んでしまう・・・。

 

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「だが、さらわれた子供はその後、悪魔の娘と結ばれて魔界で暮らすという説もあったな」


どっちにしろ、ごめんこうむりたい話だ。


「いずれにせよ、捕まえねばならんな」
「そうですね。
イベサーなんて、しょせんは捨て駒でしょう。
黒幕を探し出さなけれ・・・っ」


思わず閉口した。

 

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「・・・クク」


なにやら愉快そう。

自分の縄張りを荒らされるという大失態。

権三にとっては、総和連合における地位にも影響する。

面子を潰されて、怒り狂っているのだと思っていた。


「京介・・・」
「は、はい・・・?」
「俺が世間からなんと言われているか知っているな?」
「ええ・・・」
「言ってみろ」


徹底した利己主義と、際限なき暴力の追求によって弱者を食いつぶす・・・。


「獣の王、と」


実際、浅井権三が園山組の四代目を襲名してから、総和連合は一気に勢力を拡大した。

台湾や中国のマフィアを退け、関西の組織を歓楽街から駆逐した。


「いいか、京介・・・。
この世には、二種類の生き物しかいない」
「・・・・・・」
「人間と、家畜だ」


何度も教えられた。

金を使うのが、人間。

金に使われるのが、家畜だ。


「"魔王"がガキという家畜を使って金を稼いだというのであれば、"魔王"は人間だ」


猛禽類のような目。


「人間を食うのは楽しみだ・・・」


"魔王"は、権三にとって、実に歯ごたえのありそうな獲物らしい。


「わかりました。 僕も"魔王"についてアンテナを張り巡らせておくとします」


退席したい気分のおれを、権三は引き止める。


「ヤツは案外近くにいるぞ」
「なぜです?」


野生の勘か?


「メールが届いたのだろう?」
「そうですね・・・」
「"魔王"は少なくとも、お前のメールアドレスを知っている」
「たしかに、僕のメールアドレスをしっているのは、組の幹部や取引先など、浅井興行の関係者の
みですね」


もちろん、無作為にばら撒かれたただの迷惑メールという線もないではないが・・・。

・・・"魔王"はどうやら、おれに近しい人物のようだな。


「あるいは、京介こそが、"魔王"か?」
「ご冗談を・・・」


けれど、権三は、あてずっぽうのような軽い冗談を言う男ではない。


「話によれば、見事にうちの流通の穴をついて、上質の覚せい剤を回されていたらしい。
内部犯を疑うほど、組の情報が漏れていたらしい」
「待ってください。 僕は、裏の仕事についてはノータッチですよ」
「だが、その気になれば調べられるだろう。
お前がいつも使っている情報屋は、裏の仕事にも手を貸している」
「困りましたね。 息子の僕があなたを裏切るとでも・・・?」


言い切って、己のうかつさに虫唾が走った。


「軽く一億は稼いだか?」


権三は、利害関係でしか人を信用しない。


「いいぞ京介。 嘘は大きければ大きいほどいい」


親子の関係など、なんの意味があるというのか。


「申し訳ありませんでした」


悪寒を覚えた。


「急ぎ、"魔王"を見つけ出します」


権三は、おれを疑うことで、おれという家畜の尻を叩いているのだ。


急がなければ・・・。


人間の役に立たない家畜の運命など、決まっている。

おれの切迫した顔に満足したのか、権三は深くうなずいた。


「頼んだぞ、息子よ」


分を知った家畜。

獣の王にとって、おれは、その程度の生き物でしかない。


・・・・・・。

 

・・・。

 



 

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・・・。


・・・・・・。

 


権三の屋敷からの帰り道。

おれは頭を回しながら、雑踏を歩いていた。


「とはいえ・・・」


"魔王"の手がかりといえば、昨日に届いた一通のメールぐらいのもの。

浅井興行の関係者を洗うといっても、取引先やその関連企業、さらにその末端の従業員まで含める
と、その数は相当なものだ。

徐々に探りを入れてみるが、いますぐに"魔王"を割り出すのは不可能だろうな。


権三の血に湧いた目を思い出す。


・・・急がなければ、おれも危うい。


「・・・・・・」


ぼんやりと商店街を見渡す。

カップルや親子連れの姿が目立つ。

手をつないで笑いあう男女、はしゃぐ子供とそれをたしなめる母親。

誰もが楽しげに休日を過ごしている。

だが、おれにはどれもこれもくだらない景色に見える。


「・・・む?」


そのとき、やけにでかいきぐるみが目についた。

どうやら化粧品店のセールらしい。

大変なアルバイトに違いない。

しげしげと眺める。

 

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「・・・・・・」


ペンギンだった。


最近よく宣伝されている、化粧水やヘアスプレー用にデザインされたキャラクターだ。


「・・・・・・」


しかし、まったく動かない。

愛嬌もない。

ただまったりと、道にたたずんでいる。


「・・・ふわぁ・・・」


中からあくびが聞こえる。


「あったかいなぁ・・・」


ぜんぜん仕事をしない。


「しあわせぇ・・・」


ふてぶてしいペンギンだな。


「おい、あれ見てみろよ!」

「あ、ペンギンだ!」


不意に、子供たちが集まってきた。


「わ、わわわっ・・・!」

 

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「おい、脱げよ!」


取り囲まれたペンギン。


「う、わわわ、や、やめてぇ・・・」


「脱げよ脱げよ! 出てこいよ!」

「どうせ中身入ってんだろー?」


ぐっちゃにされている。


「い、いたた、ひ、ひっぱらないで・・・」


「おらおらーっ! 偽物ペンギンなんだろー!?」


「あ、わわわっ、や、やめて、やめてっ」


「出てこいよ、出てこいよー!」


子供たちは容赦なく着ぐるみをはいでいく。


「は、はわわっ、や、破れちゃう、破れちゃうっ!」


「あははは、もうちょっとだー!」


「や、やめてよっ! こ、コレ、徹夜で作ったの! い、いやあっ!」


「わははっ、ペンギンがなんか言ってるぜー!」


「やめてやめてやめてーっ!」

 

びりびりびりぃっ!


「あ・・・」

「お・・・?」


あれは・・・。

 

「ぐ・・・。
うぅぅ・・・四畳半の部屋で、寂しい気持ちになりながらミシンで縫ったのに・・・。
が、がきんちょどもがぁ・・・」

 

 

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「うわわ、お化け!」

「髪、超なげー!」


「き、きさまらー! 絶対に許さんぞー!」


「わー!」


「がおー!!!」

 

・・・あれは、宇佐美だ。


「逃げろー!」


「待てーっ!」


クモの子を散らしたように逃げる子供たち。


「二度と生き返らぬよう、はらわたを食い尽くしてくれるわー!」


鬼の形相で追いかけるペンギン。

着ぐるみのくせに、かなり速い。


「ていうか、なんなんだ・・・?」


唖然としていると、宇佐美と子供たちはあさっての方向に走り去っていった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 


一時間ほどして日が傾いてきたころに、宇佐美が戻ってきた。

 

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「・・・くそぅ、がきどもがぁ。
こっちがペンギンだと思ってなめやがってぇ!」
「おい・・・」
「うぅ・・・かなりの力作だったのに・・・」


ぼろぼろになったペンギンの着ぐるみを抱きすくめる。


「おい、宇佐美」
「・・・ん?」


ようやくおれに気づいたようだ。

 

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「浅井さんじゃないすか」
「これがお前のバイトか?」
「時給700円です。 恥ずかしいところ見られちゃいましたね」


言葉とは裏腹に、なにも恥ずかしそうではない。


「商店街で着ぐるみ着てバイトとはね・・・学園の許可は得ているのか?」
「ええ、まあ。 自分、わけありなんで」
「わけあり?」
「アルバイトしないと、おそらく餓死しちゃうんすよ」
「・・・金がないのか?」


一人暮らしなんだろうか・・・。


「金がないわけではないんですが、今晩の夕食おごってもらえませんかね?」
「は?」
「すいません、唐突で」
「なんでおれがお前に飯をおごらなきゃならんのだ?」
「浅井さんって、リッチで評判らしいじゃないすか」
「評判?」
「椿姫に聞きました。 ボンボンだそうですね」
「ケチでも評判だぞ」

 

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「しかし、あなたはわたしに用事がある。 違いますか?」
「なぜそう思うんだ?」
「あてずっぽうですよ」


宇佐美はまた言葉とは裏腹に、確信めいた口調で話す。


「お金を大切にする方は、たいてい時間にもうるさいです。
現にあなたは、いつも電話をしながら昼食をとり、学園が終わればすぐに帰宅します。
そんなあなたですが、わたしががきんちょどもを追いかけ回している間、ずっとここで待っていた」


たしかに、一時間ほど、ここで、ぼうっとしていたな。


「ただ、見てのとおりいまはバイト中なんですよ。 六時になったら終わりますんで」
「・・・なるほど。 それで夕食に誘ってきたのか」

「察しが良くて助かります」


おれは、宇佐美に相談したかったのかもしれないな。

"魔王"について・・・。


「まあ、いいだろう。
昨日はお前に負けたわけだし、飯でも食わせてやるか」
「鍵を盗んだ件ですか。 あれは、お遊びだったんでしょう?」
「ああ・・・少し手の込んだ遊びだったが、本気じゃない」
「ですよね・・・」


宇佐美は神妙にうなずいた。


「あの程度なら、振り上げた拳の下ろしどころがわからないっすよ」
「なにを言ってるんだ?」
「いえいえ・・・それでは、自分、バイトに戻りますんで」
「・・・・・・」

 

・・・。


宇佐美はすごすごと店の中に消えていった。

本当に妙な女だ。

だが、宇佐美もおれと同じく"魔王"を探している。

奇妙なつきあいが始まりそうだった。


・・・・・・。

 

・・・。

 



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「しかし、なんかレアっすね」
「なにがだ?」
「浅井さんがわたしを、人を頼るなんて」


六時が過ぎて、おれは宇佐美を連れて喫茶『ラピスラズリ』に入った。

この店は、夜になると、フードダイニングに切り替わる。


「誰も、お前を頼っているわけじゃない」
「しかし、レアな組み合わせです」
「おれとお前が、か?」
カップルのように見られたらどうしようかと思っています」
「・・・うざったいヤツだな」
「わかってますよ。 あなたがわたしを嫌ってるってことくらい」
「嫌いというか、興味がない」
「・・・・・・」
「おれは、誰に対してもそうだ」


・・・なにを言ってるんだ、おれは?

本音を吐露していいような相手ではないのに。

なぜか、口が滑ってしまった。

 

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「そすか」


宇佐美の目に哀れみにも似た光が宿っていた。

 

「ところで、休みの日なのにお前はどうして制服なんだ?」
「かわいい制服ですし、ていうかあんま服持ってないんで、ていうか、そんな話がしたいわけじゃ
ないでしょう?」


・・・もっともだ。


「"魔王"のことだ」


おれは切り出した。

 

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「きましたね・・・」


宇佐美の顔がやや強張る。


「お前は"魔王"を探しているんだったな?」
「浅井さんもですか?」
「ああ・・・」
「どうしてまた急に?」
「・・・・・・」


宇佐美に、どこまで事情を話していいものか。

浅井興行のことは伏せておくとして・・・。


「昨日の晩かな、いきなりメールが届いたんだ」
「"魔王"から? どんな?」
「"魔王"かどうかはわからん。
ひらがなで『かわいいぼうやおいでよおもしろいあそびをしよう』と、それだけだった」
「間違いない。 "魔王"です」
「やけに確信めいているな?」
「それでどうして、浅井さんは"魔王"を探し出そうと思ったんですか?」


・・・人の話を聞かないヤツだな。


「それだけだったら、ただのいたずらだと思うのが普通でしょう?」
「おれがパパの仕事を手伝ってる話は、椿姫から聞いたか?」
「お父さんの仕事に、"魔王"がからんできたんですか?」
「そういうことだ。 パパを助けてあげたいんだよ」
「お父さんはどんなお仕事を?」


突っ込んでくるな・・・。


「それは言いたくないな」
「なるほど。 それは言いたくない、すか。 いただきました」


なにをいただいたんだよ・・・?


「お前はどうして"魔王"を探してるんだ?」
「因縁があるんですよ」
「因縁? どんな?」
「それは言いたくない」


ち・・・。


「質問を変えよう。 お前はなにか手がかりでもつかんでいるのか?」
「手がかりすか」


宇佐美は目を細めた。


「"魔王"は日本人、もしくは日本語に精通し、日本の音楽教育を受けたことのある人間です」
「ほう・・・それはそうかもしれないな」
「『かわいいぼうやおいでよおもしろいあそびをしよう』とは、ゲーテの詩を思いっきり日本人が
教科書で習うような翻訳のしかたです。
さらに、外国人は日本語に漢字を用いることを知っています。
面白い、遊び・・・これは、外国人でも変換できる簡単な漢字です。
それをあえて、ひらがなで表現してくるあたり、不気味さを演出するための愉快犯的な思考がうか
がえます」


・・・こいつ、たった一行でそこまで頭を巡らせたのか。


「そして、"魔王"は、少なくともあなたのメールアドレスを知っている人物です」
「ああ。 だが、それだけじゃ特定できんな」
「なかなか友人が多いみたいですね」
「おれのことはせんさくするな。 お前はどうなんだ?」
「自分、すか?」
「妙な時期に学園に編入してきたのも、まさか"魔王"を探すためか?」
「あたりですが・・・」
「なんだ?」
「なにか注文していいすかね?」
「あ? ああ・・・」


そういえば、水しか来てない。


「じゃあ自分、焼き魚定食で」
「ねえよ。 店の雰囲気的にあるわけねえだろ」
「いや、こんな高そうな店は慣れてなくて、メニューとかなに書いてあるのかわかんないんすよ」
「意外とかわいいところあるんだな」
「すいません、きもかわいくて」


やっぱり、かわいくないな。


「メニューの後ろに定食ってつかないと安心しないんすよぇ・・・」


ぼんやりとメニュー表を眺める宇佐美は、年相応の少女の顔をしていた。


「てきとうに頼んでやるよ。 嫌いなものはあるか?」
「トマト・・・とかいうと、かわいいんじゃないかと思ってます」
「・・・・・・」


おれは宇佐美を無視して、ざっくばらんに注文した。


「浅井さんのおっしゃるとおり、自分がこの富万別市にやってきたのは、"魔王"を追ってきたからです」
「追ってきた? ずっと探していたってことか?」
「はい。 そりゃもう、何年も探していますよ」
「見つけられないのか?」
「残念ながら。
ただ最近になって、魔王の犯罪の特徴がつかめるようになってきました」


そのとき、グラスにオレンジジュースが注がれた。

宇佐美は、それをついばむようにちびちびとすすっている。


「気持ち悪い飲み方だな」
「すいません、ペンギンみたいで」


ペンギンみたいではない。


「" 魔王"はですね、必ず子供を使うんです」
「・・・・・・」
「先月末に、この町で、少年窃盗団が逮捕された事件はご存知ですか?」
「いや、知らない」
「おや? 情報通の浅井さんにしては、ニュースも見てないんですか?
ワイドショーでもうるさくやってたくらいっすよ」
「いや・・・知らんな」


新聞は二誌に目を通しているし、暇があれば携帯電話でニュースをチェックしているのにな・・・。


「まあいいです。
簡単にいうと、五人組のグループが消費者金融の金庫を襲撃したんですよ。
それもただの一件じゃなくて、三ヶ月で約十店舗。
被害総額は五千万にも及ぶそうです。
どうして世間を賑わせたかというと、少年たちがいわゆる悪徳金融と呼ばれる闇金しか狙わなかっ
たからです。
まあ、義賊をきどってたわけですね」
「・・・・・・」
「手口は実に鮮やかだったそうですよ。
アメリカのギャングが強盗に用いる手段で、五人とも統制の取れた動きで盗みに入ったそうです」
「どうして捕まったんだ?」
「どうも、金を巡って仲間内でもめたらしいですね」


なにか、胸にざわつきを覚える。


「つまり、こういうことか。
"魔王"というブレーンが、少年たちに知恵を授けて実行犯に仕立て上げたと」


それは、つまり、今回のイベサーの一件と同じだ。

それは、つまり、浅井興行のブレーンであるおれが、人をアゴで使ってカイシャを動かすのに似て
いる。


「"魔王"は、子供こそ、最大の手駒だと思っているんです。
世間慣れしてなくて、純真な心を持つ子供たちなら、たやすく悪の道に引きずり込むことができま
す」


まるで、浅井権三がおれを作り上げたよう。


「しかし、そんなニュースの情報だけでわざわざ転入してきたのか?」
「はい。 手がかりがあれば、必ずわたしも追いかけます」
「すごい執念だな」
「おかげで引っ越し代がかさんでいますよ」


宇佐美は口元を吊り上げる。


「しかし、今回は確信しています」
「うん?」
「今度こそ、"魔王"と対峙できます」
「・・・なぜだ?」
「追ってきた先に、あなたがいたからです」


・・・。


また瞳の奥を覗き込むように見つめてくる。


「おれ・・・?」


・・・。

 

また、心臓がうめく。


宇佐美はまた気持ち悪い動きでジュースをすする。


そして言った。


「キミは勇者になるんだね・・・」
「・・・だったら・・・僕は・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

 

記憶が混雑するような、不快感があった。


「宇佐美、すまんが・・・」


おれは一万円札を二枚、テーブルに置いた。


「気分が悪い。 先に帰らせてもらう」
「そすか」
「つり銭は今度必ず返してくれ」


立ち上がり、ため息をついた。


「また、なにかわかったら、連絡してくれ」
「はい。 いっしょに"魔王"を探しましょう」


振り返ることなく、店を出た。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

 



「京介くん・・・」

 


・・・・・・。

 


・・・。

 


―――――



・・・。



・・・・・・。



 

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外は風だった。


月明かりを、そびえ立つ高層ビルの大群がさえぎっている。


意識がはっきりと覚醒しない。


"魔王"はそれまで夢遊病者のような足取りで、都会の夜を行く当てもなくさまよっていた。


「宇佐美、ハル・・・」


ぼそりと、その名をつぶやいた。


記憶の海に漂う、一人の少女。


それこそ勇者のような凛々しさをもっていた。


「思い出した・・・」


頭は妙にすっきりとして、背筋を中心に自信がみなぎっていく。


「そうか、宇佐美の娘か、そうか・・・」


ぼんやりとした過去の景色が徐々に線を結んでいく。


「必死に、私を探しているのだろうな・・・」


宇佐美だけではない。


浅井権三とその組織の獣たちも、怒りをあらわにして"魔王"を探し始めているだろう。


場合によっては計画を変更する必要があるかもしれない。


計画はまだ実行の段階ではない。


邪魔が入れば、宿願が水泡に帰すこともありうる。


「だが、宇佐美ハルには相応の報いを与えてやらねばなるまい」


笑みがこぼれる。


"勇者"が強大な敵として立ちふさがるのであれば、それはそれでいい。


"魔王"の頭のなかで錯綜していたさまざまな作戦が、ようやくしぼられてきた。


宇佐美ハル、か。


小さな勇者も、大きくなったものだ。


あの娘にも親の罪を償わせてやらねばなるまい。


「まずは、勇者の実力を見せてもらおうか・・・」


少し、『遊んで』やろう。


宇佐美ハルがどれほどのものか。


"魔王"は軽い足取りで、繁華街の闇にまぎれていった。


頭痛は、もうない。


すがすがしい夜の幕開けだった。


・・・・・・。

 

・・・。


 

――――――




・・・。



・・・・・・。




 

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日曜のセントラル街は異常なまでに混み合っている。

宇佐美ハルは、いつものように背筋を曲げて、アルバイト先に向かっていた。

人の波を完全に無視してぼんやりと歩んでいる。


「だるそうだな、宇佐美」
「あ、てんちょ、ハヨザイマース」


エプロン姿の髭面の男が、じと目でハルを迎えた。


「髪切って来いって言っただろう」
「すいません、髪の話題には触れないでもらえませんか。
ホント、怒りますよ?」
「なら、やめてもらうしかないな」
「・・・ごめんなさい」


軽く頭を下げると、店長は、あきれたように化粧品の詰まったダンボールを開封し始めた。


「宇佐美は、なんでいつも制服でくるんだ?」
「かわいいんで」
「化粧もしないのか?」
「すっぴんでじゅうぶんイケるんで」


店長は残念そうなため息をついた。


「お前、友達いないだろう?」
「めっちゃ多いっすよ。
とりわけ、てんちょのことは親のように思っています」
「俺はまだ二十代だ」


ハルは大きなあくびを一つ、背伸びをして、首を回して、ようやく店のなかに足を運んだ。


「さて、今日も客引きですか? 看板もって大声だしてればいいんすかね?」
「ああ、その前に・・・」


店長はエプロンのポケットをまさぐりはじめた。


「なんすか、それ?」
「ついさっき、ロン毛パツキンの兄ちゃんがいきなりやってきてな。
これ、渡してくれって」


便箋の切れはしだろうか。

一枚の折りたたまれた紙切れだった。


「友達か?」
「ロン毛パツキンの友達はいません。
ていうか、いまどきロン毛パツキンとか言いません」


バイト先の店長は、人はいいのだが、年齢を詐称している疑いがあった。

ハルは、店長の髭をぼんやりと眺めながら、紙切れを開いた。

 

内容に目を通したとき、ハルの眉が一気に吊り上がった。


不気味な文字が羅列してあった。


筆跡がわからぬよう、定規のようなものを当てて書かれたようだ。


ときおり新聞の見出しを切り抜いたような字も貼りつけられている。


ハルは、息を潜めて言った。


「・・・そのロン毛パツキンは、何か言ってましたか?」
「なんだ急に?」


店長は、不審げに顔をしかめた。

いつもとは打って変わって、ハルのまなざしが、異様に鋭い。


「宇佐美ハルってのが、ここでバイトしてるだろうって・・・」
「それだけすか?」
「あ、ああ・・・」


ハルの体が固まった。

時が止まったように動かない。

すさまじい速さで与えられた情報を分解していた。


直後、はじかれたように頭を上げた。


「すいません、てんちょ、今日は休ませてください」
「ちょ、ちょっと待てよ。 勝手なこと言うな」
「すいません、急用でして」


深々と頭を下げた。


「・・・だいたいなあ、宇佐美は面接のときから常識がなさそうだったが・・・」
「すいません、非常識で」
「・・・まあ、いままで一度も遅刻も早引きもしてないし、バイトなのに進んで残業してくれるし
、頼んでもいないのに着ぐるみを作って宣伝をしてくれたりと、真面目なところもあるわけだが・
・・」
「持ち上げてくれているところすみませんが、着ぐるみはただの趣味です」


店長は困ったように髭をなでた。


「わかったよ。 そのかわり、明日もがっつり働いてもらうからな」


ハルの顔にあどけない笑みが広がった。


「ラヴです、てんちょ」


・・・・・・。

 

・・・。

 




早足で雑踏を抜ける。

さながら急流を裂く岩のように、人の群れが分かれていく。

迷いのない足取りでセントラル街を進んでいった。


その間、ハルはもう一度、怪文を思い起こしていた。


――かわいいぼうやおいでよおもしろいあそびをしよう。



冒頭の一行で、ハルは、それが自分への挑戦状だということに気づいた。

そして次の瞬間には激しい怒りを覚えた。

よりにもよって、母の名前を出すなんて・・・。

 


私はこの富万別市にいる。


ごっこをしよう。


私はいまより狩にいく。


           薫へ

 


薫、とはハルの最愛の母の名だった。

ヴァイオリニストとして活躍していた母。

ハルを連れて世界中を魅了してまわった。

母は常に優しく、強かった・・・。

 

 

 

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「"魔王"・・・」


冷静になれ、と心に言い聞かせた。

熱くなって我を失えば、勝負は決まってしまう。


まさか、"魔王"から接触してくるとは思わなかった。



――かわいいぼうやおいでよおもしろいあそびをしよう。



シューベルトのあの曲のなかで、ぼうやがいくら訴えても、"魔王"の存在は認められなかった。

誰も"魔王"を見つけられないのならば・・・。


「わたしが、必ずあぶりだしてやる・・・」



・・・・・・。


・・・。

 



――――――

 


・・・。



・・・・・・。



 

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そろそろか・・・。


時刻は正午を回ろうとしていた。

スーツの上に黒いチェスターコートといった"魔王"のいでたちは、セントラルオフィスを行き交うサラリーマンのなかにあって、なんら違和感がなかった。

"魔王"は悪意ある期待に胸を膨らませていた。


二重三重に人を介し、宇佐美のアルバイト先に人をやってから、だいぶ時が過ぎた。

そろそろ、宇佐美に例の挑戦状が届くころだった。


宇佐美はあの文章からどう動いてくるだろうか。

まさか、闇雲に広大な富万別市を探し回るのだろうか・・・。


"魔王"は手元の携帯電話を見つめた。

宇佐美が馬鹿でなければ、まず、この電話が鳴るはずだ。


「お手並み拝見といこうか・・・」

 

・・・・・・。


・・・。


 

――――――



・・・。



・・・・・・。



 


ハルの行くべき場所は決まっていた。

なんの造作もない。

一見無意味な文章が記されているだけの"魔王"からの挑戦状にも、ちゃんとヒントは隠されていた。



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喫茶『ラピスラズリ』。

昨日、京介に連れてこられて場所は把握していた。

瀟洒(しょうしゃ)な扉を押してなかに入った。


すぐさま店内を見渡す。

ハルの推理が正しければ、"魔王"はこの喫茶店を訪れているはずなのだ。


だが、それらしい客の姿がない。

店のウェイターらしき男が、不審げに近づいてきた。


「いらっしゃいませ、お一人ですか?」


ハルはわずかに思案したのち、堂々と答えた。


「わたしは宇佐美ハルという者です。
失礼ですが、わたし宛てに伝言をあずかっていませんか?」


するとマスターも顔をほころばせた。


「あなたが宇佐美さんですか。 ええ、承っていますよ」


彼はそう言って、カウンターの奥に消えた。

ややあって、小包みを携えて再びハルの前に現れた。


「異様に髪の長い少女が現れたら、こちらの品物を渡してくれと頼まれていました」
「誰に?」


包みを受け取り、たずねた。


「若い、女の子でしたよ。 その子も、人に頼まれたと言っていました」


"魔王"に協力する『子供たち』だろうか。

きっと、"魔王"は間に人を何重にもはさんで、こちらに接触をしかけている。

使いの人間の線から"魔王"にたどりつくのは難しそうだ。


「そういえば、きみは、昨日も彼氏さんときてくれてたね?」
「彼氏さん?」
「違うのかい?」
「恥ずかしいです・・・」


ハルは一礼して店をあとにした。


・・・・・・。


店を出ると、ハルは小包を開封した。

なかには薄型の携帯電話がひとつあるだけだった。


――これは?



携帯電話の液晶や背面をよく観察する。

型の古い、使い捨ての携帯電話だ。

セントラル街の奥に行けば、職のない外国人が安値で売ってくれる。

たとえ警察が調べたとしても、この携帯電話から買い手の足取りがつくことはないだろう。

"魔王"は徹底して、自らの消息をわからないようにしている。


調べてみると、一件だけ、登録されている電話番号があった。

名前は"魔王"となっている。


「・・・かけろ、ということか」


心臓が高鳴る。

汗ばんだ指で番号を押した。

街の喧騒が一気に耳に届かなくなっていく。


・・・。

 

十回目のコールのあと――。



・・・・・・。



・・・。

 



――――――



・・・。



・・・・・・。




 

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・・・。


鋭い振動が左の胸に響いた。

"魔王"は思わず笑みをこぼした。

電話が鳴ったのだ。

はやる気持ちをおさえ、携帯電話を手に取る。

宇佐美の美しい声を想像しながら、通話を待った。


「"魔王"だな?」


唐突な声は、"魔王"の不意を打ってきているようでもあった。

"魔王"は静かに口を開いた。

 

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「私からの手紙は気に入ってもらえたかな?」


呼吸を整えるような、かすかな間があった。


「なにが目的だ?」


宇佐美の声はひどく沈んでいた。


「宇佐美と、少し、遊びたかっただけだが?

「ひどく幼稚なお遊びだったな?」

「手紙のことか?」


・・・たしかに、初歩的すぎたかもしれない。


「あの手紙は簡単だった」

「・・・・・・」

「私はこの富万別市にいる・・・鬼ごっこをしよう・・・私はいまより狩にいく」


そこで、宇佐美の声に苦痛を絞り出すような色が混じった。


「・・・薫へ」

「お前の母は、実にきれいな女性だった」


性根の曲がった悪役を演じるように言った。

けれど、宇佐美の声に動揺はうかがえない。


「着目したのは、三行目の文だ」

「私はいまより狩にいく・・・だな?」

「一見、意味不明な文章だが、ここに、ちゃんと"魔王"の行き先が書いてある」

「解説を期待してもいいのかな?」

「『かをる』へ、だ」

「ふ・・・」

「宛て名に見せかけて、お母さんの名前は実は重大なヒントだった」


優しすぎる問題ではあった。

けれど、この程度はあっさり解いてもらわねば困る。

狙いは別のところにあった。


「あれは不幸な事故だったのだ。
けっして、私に悪意があったわけではない」


また、挑発的な声を出す。


「文中の『か』、を『る』に変える。 それだけの内容だった」


けれど、宇佐美は"魔王"を無視して初歩的なトリックを崩していく。


「そこで、『私はいまより狩に行く』という文の『か』を『る』に置き換える」

「母は、最後までお前のことを案じていた」

「すると『私はいまよりルリに行く』となる」

「娘だけは助けてくださいと、何度も頭を下げた」

「ルリ(瑠璃)とはラピスラズリの和名」


成り立っていない会話が続いた。

その間、宇佐美はけっして怒気を見せなかった。


「お前の母は強かった。
私は強い人間が好きだ。 お前はどうなんだ?」


死んだ人間を引き合いに出し、過去の暗い扉を開き、少女の心をえぐろうとする。

宇佐美は力強く言った。


「お母さんは死んだ。
わたしは生きている。
生きて"魔王"を必ず捕まえる」


"魔王"は満足した。

まずまずの胆力といっていい。


「いい答えだ。 鬼ごっこを続けるとしよう」


・・・・・・。


・・・。

 


――――――

 

 

・・・。



・・・・・・。



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ハルは電話に集中しながらも、"魔王"の現在の居場所を探ろうとしていた。

"魔王"の挑発的な声を無視し、耳を澄ませる。

すると、いくつかのヒントが得られた。


「なるほどな」


ハルは言った。


「なにかわかったのか?」

「おまえの居場所をつかめそうだ」

「それは興味深い」

「いま、そこで、誰かが街頭演説をしているだろう?」


ハルは、もう一度、電話の向こうに耳を傾けた。

富万別市市長の名を拾えた。


「気づいたか」


気づいて当然といった様子だった。


「いま、市長がどこで演説しているのか、市役所に問い合わせてみるとしよう」

「その必要はない」

「なに?」

「いいぞ、なかなかの注意力だ」


ハルは、今回の"魔王"の挑戦の意味を理解し始めた。


――試されている。


不気味だった。

すでに、アルバイト先を知られているとは思わなかった。

ハルは"魔王"が何者であるのかを知らないが、"魔王"はハルを知っている。


「私はいま、セントラルオフィスにいる」

「ばらしていいのか?」

「セントラルオフィスの場所はわかるか? 引っ越してきて間もないのだろう?」

「よく知っているな?」

「お前のことならなんでも知っているさ、勇者よ」

「なんでも知っているという決まり文句は、実は、知らないこともあるので不安だという気持ちの裏返しだ」


"魔王"は鼻で笑った。


「口も達者のようだな」


愉快そうではある。

だが、声色には、作為的なものを感じる。

いまひとつ人物像のつかみづらい相手だった。

会話も、常に主導権を握られている。


「たしかに、私はもっとお前のことを知りたい。
でなければ、私に恨みを抱く宇佐美に、自分から接触してみようなどとは思うまい?」


自分のことを話しているようでいて、考えればわかるような情報しか口にしない。


「セントラルオフィスに、広めの公園がある」

「それがどうした?」

「園内の掲示板の前にきてもらおうか」

「そこにいけば、"魔王"に会えるのか?」

「気が早いな」

「お互いの理解を深めるためにも、顔を合わせて話し合ったほうがいいと思うが?」

「魅力的な提案だが、丁重に断らせてもらおう」


どうやら、"魔王"は姿を晒す気はないらしい。


「私を追って来い、宇佐美ハル」


それは挑戦だった。


「お前に資格があれば、相手をしてやろう」


不意に、通話が切れた。

ハルは移動を開始した。


・・・・・・。


・・・。

 


正面に山王物産の本社ビルが見えた。

公園は、巨大なビルからちょうど見下されるような位置にあった。

静かな公園だった。

オフィス街の無機質なコンクリートに囲まれて、ケヤキの緑がよく映えている。


掲示板は園内のなかほどにあった。

本来は、施設内の利用法や注意事項が書かれているのだろう。

けれど、さながら不良少年のいたずらのように、赤いペンキが上塗りされていた。

近づいてみると、それが、長めの文章であることがわかった。


不快な落書きが、"魔王"からの設問であることは明白だった。

 


これから先、勇者が進むべき道は三つある。


道の一つは魔王の居場所にたどり着き、一つは地獄、もう一つは天国に続いている。


進むべき道の近くにも、それぞれメッセージを残しておいたから、確認しにいくように。


魔王にたどりつく道には、『真実』が書かれている。


地獄に続く道には、『嘘』が書かれている。


天国に続く道には、『真実か嘘』が書かれている。


さあ、私にたどり着けるかな?


「三つの道?」


ハルはすぐさま園内を歩き回った。

設問によれば、進むべき道の付近にメッセージが残されているはずだった。

すると、公園の北の出入り口に、それはあった。

オフィス街へと続く、傾斜の深い石階段がある。

石段の手すりに、細長い文字が連なって見えた。

また赤いペンキが塗られていた。


――地下鉄10番出口は、天国に続いている。


かろうじて読み取ることができた。

ハルはすぐさま頭脳をめぐらせ、問題の全容を把握していった。


・・・・・・。


・・・。

 

 

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地下鉄10番出口はセントラル街の真っ只中にあった。

地下への入り口の近くには、髪を赤く染めた少年たちが座り込んでいる姿が、ちらほら見受けられ
る。


ハルが注意深く周囲を探ると、道路脇のガードに新たなメッセージを発見した。


――西区の港にある第三番倉庫は、地獄に続いている。


「西区の港・・・」


歩いていける距離ではなかった。

しかし、第三倉庫とやらまで行って、メッセージを確認しなければこの問題は解けない。

ごっことはよくいったものだ。

市内を駆け回らせるつもりか・・・。


階段を下り、地上と同じように混雑した地下街に入った。

そのまま直結している駅の改札をくぐる。

地下鉄のホームで、西区に向かう電車を待った。


・・・・・・。


・・・。


 

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貧乏なハルにとって西区への切符代の250円は手痛い出費だった。

セントラル街を出発した約一時間後に、ハルは港にたどり着いた。

冬の海は穏やかに波打っていた。


休日のためか、人影はなかった。

第三倉庫はすぐに見つかった。

下りたシャッターにそれぞれ数字が銘打ってあるからだ。


"魔王"からのメッセージを探す。

シャッターに不審な張り紙がしてあった。


――天国に続くのは、この道ではない。


読み終えて、ハルは眉間に指を這わせた。


ようやく問題を解くためのパズルのピースが出揃った。

進むべき道は次の三つのうちどれかだ。


1 公園からオフィス街へと続く、石階段。

2 地下鉄10番出入り口。

3 西区第三倉庫。


こちらはそれぞれ、


『"魔王"にたどり着く道』、

『天国へと続く道』、

『地獄へと続く道』のどれかなのだ。


当然、『"魔王"にたどり着く道』を選択しなければならない。


ただし、


魔王にたどり着く道には、『真実』が書かれている。

地獄に続く道には、『嘘』が書かれている。

天国に続く道には、『真実か嘘』が書かれている。


それぞれの場所の近くにあったメッセージをもう一度思い起こしてみる。


1・・・公園からオフィス街へと続く石階段にはこうあった。

――地下鉄10番出口は、天国に続いている。


2・・・地下鉄10番出入り口にはこう。

――西区の港にある第三倉庫は、地獄に続いている。


3・・・西区第三倉庫にはこうだ。

――天国に続くのは、この道ではない。

 

これらの情報を推理すると、たとえば、1がもし、『"魔王"にたどり着く道』だと仮定すると、地下鉄10番出口は天国に続いているというメッセージは『真実』であるということになる。


「さて、正解は・・・」


解答を導き出すには数学的な手続きを要求される。


ハルが考えをめぐらせていると、再び携帯電話が鳴り響いた。



・・・・・・。



・・・。

 



――――――

 

 


・・・。



・・・・・・。



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「そろそろ、第三倉庫の近くか?」


"魔王"は宇佐美がそれぞれのメッセージを確認した時間を見計らって、電話をかけた。


「ちょうど、着いたところだ」

「天国に続くのは、この道ではない・・・このメッセージを確認したか?」

「ああ、ちょうどいま、見たところだ」


"魔王"は腕時計に目をやった。


「手の込んだいたずらだな。
"魔王"が街の各地にこんな落書きを残している様子を想像すると、笑えてくる」

「私が直接作業をしたわけではないが、楽しんでくれたのなら幸いだ」

「"魔王"に協力する人間がいるんだな?」

「人間はよく悪魔に魅せられる。

そんなことより、全てのメッセージを確認したな?」

「ああ・・・」


魔王は思う。

これは小手調べ。

正常に頭を使うことのできる人間なら、誰にでも正解が導ける問題だ。


「よく考えるんだな。 私は、正解の道の先に待っている」


いまから五分以内に解ければ、さしあたって及第点といったところか。


「・・・ではな、勇者」


通話を切るべく携帯に手をかけた、そのときだった。


「第三倉庫だ」

「・・・・・・」

「どの道がどこに続くかは六通りの場合がある。

そのなかで、魔王にたどり着く道のメッセージに嘘が書いてあることになる組み合わせと、地獄に
続く道のメッセージに真実が書いてあることになる組み合わせを除けば、おのずと正解が見えてく
る」


魔王は宇佐美の流暢な声に聞き入っていた。


たしかに、論理的な思考ができる人間であれば、時間をかけてこの問題を解くことができる。

直感やランダム要素を廃してシステマティックに結論を導きだすのだ。

宇佐美のいうとおり、六通りのパターンを図表におこし、矛盾のある組み合わせを消去していけば
正解にたどりつける。


だが、宇佐美はそれを瞬時にやってのけた。

紙やペンを用いた様子もない。

全て、頭のなかで論理を組み立てたのだ。


「どうした魔王。 数学の授業はもうおしまいか?」


宇佐美の挑発に魔王は押し黙った。


思わぬ逸材。


魔王は、己の口元がいつの間にか歓喜に歪んでいることに気づいた。


「宇佐美、ハル・・・」


"魔王"はようやく宇佐美ハルを敵として認識し始めた。

人をやって調べさせたところ、人脈や金銭面など背後関係は弱そうだが、十代の少女にしては類ま
れな頭脳を持っている。

"魔王"にとっての敵は、警察のように強大で権力のある集団だけだと思っていた。


しかも、電話の向こうの才気溢れる少女は、必死になって"魔王"を探しているのだ。

"魔王"の側から接触を試みたのは、いささか用心に欠ける行動だったのかもしれない。


――意外なところで、足をすくわれるかもしれんな。


このあとに続く"魔王"が用意した『お遊び』を、宇佐美はいとも簡単に突破してくるだろう。


いまは、まだいいかもしれない。

しょせんはただの学園生だ。

こちらの情報もほとんどつかんでいないといっていい。

しかし、"魔王"は、自らがそうであったように、信念に裏打ちされた知性の力強さを知っていた。

勇者は、入念に練り上げた"魔王"の計画を破綻させるかもしれない。


"魔王"は素晴らしい才能をもった敵の出現を喜ぶ一方で、相手を叩きのめしてやらねばと、激しい
闘志を燃やした。


・・・・・・。


・・・。

 


――――――



・・・。



・・・・・・。




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日が落ちた。

いつの間にか強くなっていた風が、厚い雲と厳しい寒さを運んできている。

ちらほらと舞う雪が、ハルの制服の肩に落ちては消えていった。


オフィス街の一角は人で溢れていた。

市役所ビルへと続く長い階段の下で、ハルは"魔王"の出現を待った。


――必ず、現れるはずだ。


あのあと、三時間以上も〈鬼ごっこ〉は続いた。

あれから"魔王"は何度もハルの数学的才能を試してきた。

"魔王"への挑戦権を獲得するために、ハルは十分な実力を見せつけたはずだった。


――『かわいいぼうやおいでよおもしろいあそびをしよう』


"魔王"にとっては遊びなのかもしれない。

けれど、ハルは常に全力を出してゲームに挑んでいた。


"魔王"からの最後の設問はこうだ。


『魔王が市役所ビルへと続く階段の下に現れたとき、勇者は階段の上にいない。
では、勇者が階段の上にいるとき、魔王は階段の下に現れないといえるか?』


結論は、いえる。

勇者が階段の上にいては、"魔王"は階段の下に現れない。

つまり、"魔王"が姿を現すためには、ハルは少なくとも階段を上ってはいけない。

設問によれば、"魔王"と対峙するためには、ハルは階段の下で待てば問題ないはずだった。


けれど、遅い。


まばらに行きかう通行人の姿はあれど、"魔王"らしき人間は見当たらない。


――読み違えたのだろうか。


ハルの顔に焦りの表情が浮かびかけたとき、名前を呼ぶ声があった。


「上?」


思わず階段の先を見上げた。

 

 

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「人間は面白いよな。
雑踏のなか、どれだけ周りが騒がしくても、自分の名前を呼ばれるとつい振り返ってしまう」


しまった、と思った。


階段の下で待てば、そこに"魔王"は現れると考えていた。

〈鬼ごっこ〉のなかで繰り返し出題を受けていたハルは、設問を解くことに固執するあまり、"魔王"が設問そのものに罠をしかけてくる可能性を忘れていた。

"魔王"は、自分の姿を見られない位置に、ハルを誘いこんでいたのだ。

魅惑的な声を発した人物は、黒いコートに身を包んでいる。

街灯にぼんやりと浮かび上がった"魔王"の姿は、あまりにもおぼろげで背格好の特徴などをつかむことができなかった。


"魔王"本人なのだろうか。

"魔王"に協力する誰かという可能性もある。


「あなたね?」


ハルは謎の人物に向かって言い放ってみた。


「お前だな?」


男なのだろうか。

声の質はよくわからなかった。

身近にいる人間のような気もするし、女性という線も捨てきれなかった。


「わたしが、ハルよ」


胸を張る。


「私が、"魔王"だ――」


全身に緊張と戦慄が走るのを自覚した。

ハルは拳を握り締め、ある予感に耐えていた。


予感はひしひしと募っていく。

もはや遊びではない。


戦いが、始まる――。

 

・・・。