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G線上の魔王【5】

 

 

・・・。


月曜日だが、やるべきことがあるので、学園は休んでいる。

今日は東区の土地の再開発について相談を受けているところだった。

都心にあるテーマパークを模した、大規模なレジャー施設を誘致するという大掛かりなプロジェクトだ。

浅井興行は直接的に不動産業務を取り扱ってはいないが、フロント企業の闇社会における権力を期待して、荒っぽい地上げや家屋買収を依頼してくる輩はあとを絶たない。


だが・・・。


「失礼。 単純な数字のミスですね。 申し訳ありませんでした」


おととい、宇佐美と別れてから、どうもぼんやりとする。


「はい、これから現地に行って、直接見てきますので・・・」


脳が覚醒しきっていないというか、なんとなく雑念が混じる。

セントラル街の喫茶店を出て、まっすぐに帰宅してベッドに直行したのにな・・・。

きっと、宇佐美のせいだ。

ペンギン姿の宇佐美を思い起こす。


「・・・・・・」


通話を終えてまたぼんやりと人の流れを見渡す。

宇佐美がバイトしている化粧品の前を通るが、宇佐美の姿はなかった。


「ちわす」
「え?」


突然、背後から声をかけられた。

 

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「最高ですかー!?」
「な、なんだ、いきなり・・・?」
「いや別に、言ってみたかっただけです」


アホなのか・・・?


「それより、どしたんすか、スーツなんか着て」
「お前こそ、学園はどうした?」
「自分は今日は休みです。 体調がすぐれないので。
見てくださいよ、めっちゃ鬱々としているでしょ?」
「お前はいつも鬱だよ。 まず、その髪を切れよ」
「え?」


珍しく真剣に驚いたというような顔をした。


「なんだよ?」
「傷つきました」
「なんで?」
「髪は浅井さんのために伸ばしてるんです」
「なんでおれがロング好きになってんだよ」
「とにかく傷つきました。
どれくらい傷ついたかというと、今日の晩御飯もおごっていただきたいくらいです」


たかりたいだけかよ・・・。


「飯はおごらん。 おれはこれから用事がある」
「お仕事ですか?」
「・・・・・・」
「お父さんのお手伝い」


返答に戸惑ったのが、間違いだったようだ。


「なるほどなるほど。 学園を休んでまでがんばってらっしゃるんですね」
「・・・何か、用なのか?」

 

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宇佐美は笑う。

してやったりという顔だ。


「昨日、"魔王"に会ったんですよ」


しれっと言った。


「なんだって? "魔王"に会った?」
「遠巻きに、会いました」
「は?」
「かなり見下されました。 だいぶ逆光でした」
「・・・つまり、顔は見てないってことか?」
「声は、交わしました」
「本当か?」


宇佐美はいつもひょうひょうとしていて、言葉に真実味がない。


「ところで浅井さんは、昨日もお仕事されてたんですか?」


話題をころころと変えてくる。

なにか、揺さぶりをかけられているような気がしてならない。


「仕事はしてたよ。 それがどうした?」
「浅井さんのお仕事は、たいてい電話ですむんですかね?」
「電話ではすまないこともある。 それより、"魔王"はどうした?」
「きのうは、どちらに?」


・・・なんなんだ?


「・・・昼過ぎにセントラル街に出てきた」
「そすか」
「それいがいは、たいてい家にいたな」
「誰かと会ったりしていましたか?」
「なんだ? まるでアリバイでも探っているみたいだな」
「・・・・・・」


冗談のつもりだったが、宇佐美はにんまりと笑う。


「"魔王"は、この街を知り尽くしている人物です。
どの路地が最小限の時間で姿を消すのに適しているのか、どんな場所が、相手に顔を見られずに逆走できるのか・・・そういうことを熟知しています」


宇佐美の目がじっとおれを見据えている。


「男だったのか?」
「・・・おそらく。
しかし、きれいな声でした。
ああいう声を出せる女性がいてもおかしくはないと思わせるような、中性的な魅力もありました」


回りくどい言い回しだった。

断定せずに、慎重に意見したいのだろう。


「逃げられたんだな?」
「残念ながら」


おれはスーツの内ポケットから財布を出した。


「詳しく話を聞きたい」


向かいの喫茶店をあごで示した。


「お仕事はいいんですか?」
「なんとでもなる」


東区の用地視察は夕方でいい。


「じゃあ自分、カツ丼で・・・」
「ねえよ」
「あ、つゆだくがいいです」

「・・・・・・」



・・・・・・。


・・・。

 


 

一通りの話は聞いた。

 

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「市内をだいぶ走り回りましたよ」


宇佐美は"魔王"のゲームにつきあって、いい線までいったらしい。


「最後は、してやられました。
姿を見られない場所に誘い込まれているとは気づきませんでした」
「けっきょく、"魔王"はなにがしたかったんだと思う?」
「おそらく、わたしに興味をしめしたんだと思います」
「興味を? どうして?」


覚せい剤を裏で流せるような実力を持った人間が、どうして一介の女学生に興味を持つんだ?


「因縁があるんですよ」
「どんな?」
「それを言うには、まだまだ友情が足りません」
「おいおい、"魔王"をいっしょに探そうと言ったのはお前じゃないか?」


宇佐美は首を小刻みに振る。


「いいですか、浅井さん。
我々は、敵と書いて友と読むような関係です。
利害関係の一致から協力しているだけです。
"魔王"という強大な敵を倒すために、一時的に力を貸し合っているのです。
あ、それ言い過ぎか。
仲間なんだけど、お互い秘密が多すぎていまいち信用できないだけか・・・」
「ごちゃごちゃうるさいぞ」
「ちなみに、浅井さんは敵だったときは強いんだけど、仲間になったとたんに弱くなるタイプかと・・・」


・・・よくわからんが、愚弄されたようだ。


「まあすいません。 自分は、"魔王"に恨みがある、とだけ言っておきます」
「恨みはおれだってあるさ・・・」


おかげで権三に尻をたたかれる羽目になった。

おれは自分の考えをまとめた。


「"魔王"はお前のことを知っていたわけだよな。
バイト先からこの喫茶店まで。 そして、お前が勇者と呼ばれていることまで」
「ですね」
「さらに、街のいたるところに落書きを用意したり、人を使って物を届けさせたりしている」


さらにいえば、子供を使って覚せい剤を回している。


「"魔王"は、かなりの実力者だと思う」
「どういう意味で実力者ですか?」
「金を持っていることは間違いないだろう。
宇佐美の身の回りは、探偵でも雇って調べたんじゃないか?」
「あるいは、わたしの近くにいる人間こそが、"魔王"なのでしょう」
「ふん・・・」


それで、おれの昨日の行動を聞きたがったわけか。


「まあ、身元の割れない携帯電話を用意するあたりも、周到ですよね」
「街の裏社会に精通しているともいえる」


人物像はおぼろげに見えてきたな。


「年齢や背格好はどうだ?」
「歳は、若い、と推測してみます」
「声が若かったからか?」
「それもありますが、行動に子供のような遊び心がうかがえるからです」
「たしかに、ガキでもなければ、休日のセントラル街で鬼ごっこなんてしないな」
「断定はできませんが」
「そうだな。
たとえば、すぐれた経営者のなかには、子供のような情熱を忘れない人が多い。
一見、遊びともとれるような事業に手を出して意外な成功を収めたりする」
「浅井さんのお仕事の話ですか?」
「・・・まあ、パパにくっついていって、そういう偉い人と話をしたことがあるぐらいだが・・・」


思わず目を逸らした。


「浅井さんは、仕事のことになると目つきが変わりますね」
「金がかかってるからな。 遊びじゃないんだ」
「心なしか、声色も変わるような気がします」


・・・そんなことを、椿姫にも言われたな。


「もう一度いうが、金のやりとりをするんだ。
交渉では腹から声を出す。 足元を見られないようにするためだ」
「そうですか。 かっこいいですね」


じっと見つめてくる。

おれは嘆息して言った。


「おれが"魔王"だとでも?」


宇佐美は迷いなくうなずいた。


「可能性はゼロではないです」
「おれと"魔王"の声が、似ているってのか?」
「それは、なんともいえません。
ただ、浅井さんの声は時として変わるな、と思っただけです」
「可能性の話をすれば、宇佐美こそが"魔王"だってあり得るわけだ」

 

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「いやそれはないっす」
「なんでだよ」
「わたしは、わたし自身が、"魔王"ではないと知っているからです」
「だったらおれも、おれ自身が、"魔王"ではないと知っている」
「説得力がありませんね」
「お互いにな」


苦笑すると、宇佐美も口元をほころばせた。


「じゃあ、こうしないか?」
「はい?」
「盟約を結ぼう」
「最低限、わたしたちは、お互いを疑わないということですか?」
「察しが良くて助かる」
「別に、わたしは浅井さんを疑っているわけじゃありませんよ」
「おれだって、宇佐美のその気持ちを信用したいがな・・・」


保証金でもくれるというなら、信用するかもしれないが。


「まあ、わかりました。
なんにせよ、浅井さんのことは信用していますよ、無条件で」


・・・無条件で他人を信用するわけがないだろう。


「ありがとな」


そこで、宇佐美が席を立った。


「それじゃ、自分、学園行きますんで」
「休むんじゃなかったのか?」
「体調が悪いんで休もうかと思いましたけど、やっぱりさぼりはまずいと思うので」


ふと気づいた。


「実は、本当に、具合が悪いのか?」
「ええ、まあ。 病院によるつもりでした」
「意外に、体が弱かったりするのか?」
「いえ、たくましくも可憐なはずですが、スポーツは苦手です」


はっきりしないな・・・。


「タクシーでも呼んでやろうか?」
「お金ないので」
「バイトの給料が入る日を教えてくれたら、貸してやるぞ」
「取り立てるってことですか。 遠慮しておきます」
「まあわかった。 とにかく、今後ともよろしくな」


宇佐美は、"魔王"と因縁がある。

怨恨だというが、具体的にどんな因縁かはわからない。

だが、因縁があるのならば、"魔王"は今後も、宇佐美に接触を試みてくる可能性がある。

ならば、宇佐美と仲良くなっておけば、今後、なんらかの情報を得られるかもしれない。


「どしました? 考え事ですか?」
「ん? ああ・・・」
「なにを考えているか、当ててみましょうか?」


おれは宇佐美の賢いところが、嫌いではなかった。


「浅井さんにとって、わたしがどれくらい役に立つか、はかりにかけてたんです」


やはり、親しくなって損はなさそうだった。


・・・・・・。


・・・。

 




偶然だった。

ばったり椿姫に出くわしたのだ。

セントラル街から地下鉄におりようとしたとき、声をかけられた。


「あ、やっぱり浅井くんだ」


気づかないふりをするには、顔をしっかりと見られすぎた。

 

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「おう、いま帰りか?」
「学園どうしたの?」


やっぱり聞かれるか。


「さぼった」
「え?」


椿姫が固まった。

きょとんと、親においていかれた子供のような顔になった。


「さぼるって、どういうこと?」


どうやら、こいつの頭のなかに、学園をずる休みするという概念はないらしい。

 

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「だから、遊んでたんだよ」
「だ、だめだよ・・・それは、いけないことだよ?」
「うん、ごめん。 お前、クラス委員だもんな」
「クラス委員だからじゃなくて・・・心配してたんだよ?」
「心配?」
「うん、病欠って担任の先生から聞いてたから」
「・・・そうか」
「でも、病気じゃなくてよかった。
今度からは、ちゃんと本当のこと教えてね」


やさしい眼差し。

なぜか、目を逸らしてしまった。

 

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「お前の家って、東区だったよな?」
「うん、そうだよ?」
「だったら、途中まで一緒に行こう」
「え? 東区に用事でもあるの?」
「ああ、ちょっと、知り合いの家に行くんだよ」
「お友達?」
「・・・まあ・・・そんなところかな」
「浅井くんは、お友達多いなあ」


おれたちは人ごみのなか、地下鉄の改札口に向かっていった。


・・・・・・。


・・・。

 


地上げ。


おれがこれからやろうとしていることを簡単に言うと、そういうことになる。


椿姫の住む東区は、スキー場を主体にした大規模なレジャー施設として開発が進められている。

しかし、もともとは、畑ばかりの農地に過ぎなかった。

土地は古くからの地主が権利を持っている。

急ピッチで用地を買収しているのは、有名なゼネコンだが、少し調べたところ、やはり山王物産の系列企業であることがわかった。

この街で、なにか大きな仕事をしようと思ったら、必ずあの巨大商社の名前が出てくる。

清廉潔白の優良企業である山王物産は、清廉潔白では対処しきれない問題を、おれたちに投げてくる。


五世帯だったか・・・。


これから、住み慣れた土地を追い出される家族が五つもある。


「浅井くん、そろそろ着くよ」


・・・。

 

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地下鉄を出ると、公園の近くに出た。

セントラル街と違って、人気はなかった。

 

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「いやー、寒いなー」
「山が近いからかな・・・」


椿姫が何かを言いかけたとき、胸のポケットのなかで携帯電話の振動があった。


「あ、電話」


相手はミキちゃんだった。


「ああ、もしもしー。 うん、うんっ・・・だいじょぶだいじょぶ」
「・・・・・・」
「じゃあ、来週ね。 はいはい・・・」



・・・。



「・・・電話、終わった?」
「うん、友達から」
「ひょっとして、彼女さん?」
「彼女なんていないけど」
「え? 前に、いるっていってなかったっけ?」
「覚えがない」
「本当にいないの?」
「いや、フリーだから。 おれ、遊び人だから」
「そっか・・・そうなんだ。 わたし勘違いしてた」


はにかんだ表情が、うれしそうに見えないこともなかった。

 

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「彼女さんいるなら、あんまり一緒に歩いたり、CD買いに行ったりしたらダメかなって思ってたの」
「もしいても、それくらいいいだろ」
「うん、でも・・・悪い気がしてたの」


心底安心したように、ため息をついてうつむいた。

その程度のことが、椿姫にとっては大きな罪だったらしい。

おれは複雑な気分だった。

椿姫が、どことなく、うっとうしいような気がする。

普通の人間が、他人に好かれようとするある種の作為が、この少女からはまったく見つからない。

率直に言えば、いいヤツすぎて、信用ならないのだ。


「どうしたの? なにか、不機嫌?」


そのくせ、勘がいい。


「さて、行くぞ」
「どこに行くの?」
「ああ、えっとな。 住所は・・・」


番地をいうと、椿姫が目を丸くした。

気になる少女だった。

おれにないものを、たくさん持っていそうだった。

深く関わってみたいとも思った。


「あ、それって・・・」


そして、その願いは、偶然にも現実のものになった。


「うちの家の住所だよ?」


・・・・・・。

 

・・・。

 


―――――



・・・。



・・・・・・。




 

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思案していた。

時間にして約一時間。

"魔王"はかたく目を閉じていた。

空調は動いていなかった。

冷たい壁に背を預け、寒さに微動だにしない姿には無言の虚無僧のような圧迫感があった。


"魔王"には計画があった。

実行されれば、史上稀に見る大犯罪がこの街を襲う。

しかし、まだ時期ではない。

打つべき手は全て打った。

あとは、時が来るのを待てばよい。


いわば、いまは空白の時間だった。

他にやるべきことはないのか。

計画に不備はないのか。

何度も頭脳を巡らせた。

行き着く答えは、いつも同じだった。

何もするべきではない。

いまは行動を控えることが、最良の行動なのだ。



――宇佐美ハル・・・。



一抹の懸念材料は、やはりあの少女だった。

"魔王"は興信所の人間に、宇佐美ハルの素性を探らせた。

長髪の少女は、一般の学園生とは少し違った。

頭の鋭さは、実際に相対してみてよくわかった。

人脈や背後関係も探った。

すると、宇佐美ハルには、もう一つの顔があるということが発覚した。

けれど、それも、"魔王"の計画を脅かすようなものではなかった。


なにを恐れる必要がある?


"魔王"に恨みを抱いている人間など、いくらでもいるではないか・・・。

エレベーターの稼働音が聞こえた。


「遅くなって申し訳ない」


染谷が深々と頭を下げた。

後退した額にうっすらと汗がにじんでいた。


「東区の開発の件で、会議が長引いてしまってね」
麦焼酎はいかがでしたか?」


染谷の赤ら顔を見据えた。

そして、目で、言った。

会議ではなく、接待を受けていたのだろう。

同時に、私は、お前が麦焼酎をこよなく愛することを調べ上げている・・・。


染谷は、酒臭い息を撒き散らした。


「すまなかった。
大事な相談だったんだ。 なにしろ国土交通省の役人も来ていたのだから・・・」
「けっこうなことです。 ただ、時間が有限であることをお忘れなきよう」


さっそく仕事の話に入った。

染谷は従順だった。

ボストンから呼んだ秀才を叩き潰されたのが、よほどショックだったらしい。


染谷は"魔王"について何も知らない。

教えた名前も、年齢も、経歴も全て架空のものだった。

しかし、相手の素性など知らないほうがうまくいく商売もある。

いざというとき、司法の手から逃れ易い。

染谷は、そういうことを理解していた。

"魔王"が山王物産にもたらした最大の利益は、軍事兵器の密輸入だった。

これまで、この国の軍事産業は、戦前からある大企業が一手に担ってきた。

ほぼ独占状態にあった市場に楔を打ったのが、"魔王"の功績とされている。

"魔王"は、日本の税関が輸入には厳しいが、輸出には甘いという弱点を突いた。

新潟と福岡の港に拠点を設け、それまで暴力団相手の商売をしていた不良外国人と結んで、北朝鮮と香港を結ぶルートを開拓した。


危ない橋を渡ることも多かった。

危機管理の甘さを非難されるほど、甘い国でもないと思った。

しかし、どれだけ敵が強大であろうと、やらなければならなかった。


「いや、改めて君の鋭さには驚かされるよ」


一通りの話は終わった。

武器の偽装、密航のための船の手配、税関への根回し、抱き込むべき人間の人選・・・あらゆる手はずを整えた。


「一つ聞いてみたいのだがね」


染谷が腰を落ち着かせた。


「君の目的はなんなのだ?」
「目的?」
「君ほどの男だ。 金ではないのだろう?」


酒が引いたのだろうか。

染谷の顔が引き締まった。


「そろそろ長いつきあいになる。 君の夢の一つでも聞かせてもらえんかね?」


悪くない顔つきだ、と思った。

もともと"魔王"は染谷をなめきっているわけではなかった。

御しやすいとは思うが、軽蔑しているほどでもない。

実際、染谷が専務として会社を仕切るようになってから、山王物産は新しい展望を見せた。

急激な巨大政策で、売上のほとんどを新規事業に投資した。

当然、社員への賞与などの還元は後回しになるから、反対派も多い。

しかし、"魔王"と組んで非合法な商売に手を出しているのも、全ては会社のためではないか。


「私の父は戦中派の人間でね。
この会社のために懸命に働き、骨をうずめていった。
私は父が大きくした会社を守っていかねばならないんだよ」
「ご立派な志です」


本心からそう言った。

"魔王"は、"魔王"などと人から呼ばれてはいるが、決して、自分を尊大な存在だとは思わない。

"魔王"よりも三十以上も年上の染谷が、"魔王"より長じている部分がないはずがないのだ。


「夢などありません」
「謙遜するな。
君の目は、戦いを前にした父の眼に似ている。 大きな志を持った男の眼だ」
「夢などありません。 本当です」


言い切った。

染谷はうつむいた。

寂しさを隠しているようにも見えた。


「まあいい。 なんにせよ、金で動かない人間は扱いが難しい」
「何かお困りのようですね?」
「鋭いな、君は。
なあに、東区の用地買収がね、思うように進んでないんだ」
「土地を手放したくない人間がいるんですね?」
「相場の二倍の金を出すと言っても、聞いてくれない。
あまりに困ったんで、プロを雇うことにしたよ」


おそらく暴力団関係の人間だろう。

染谷も手洗い真似が好きだ。

しかし、現在の地上げは、バブルのときのように荒っぽい手口は使えない。

示談が難航するのもうなずける話だ。


「あと、たったの一区画なんだがね」


染谷が手帳を開いた。

住所と、図面が描いてあった。

立ち退きを拒否している家族の名もある。


「いずれにせよ、私には関係のない話です」


拒絶するように手を振った。


「これは、すまなかった。 君の手をわずらわせるつもりはない」
「染谷室長が手をわずらわせるほどのことでもないでしょう?」


子会社の課長クラスの人間が頭を悩ませているならわかる。

東区のレジャー施設開発に、山王物産が並々ならぬ熱意を注いでいることは知っている。

けれど染谷は、本社の専務取締役なのだ。

何か、裏があるとしか思えない。


国土交通省の方とお会いになっているそうですね?」
「君にはかなわんな。 そう、株だよ」


株のインサイダー取引

たしかに、東区の大規模開発が順調に進めば、開発に着手した企業の株価は上がる。

それを見越して、染谷は役人に甘い汁を吸わせたいのだ。


そのときだった。


"魔王"は染谷の手帳からある名前を見出した。


「美輪、椿姫・・・」


"魔王"は眼を閉じた。

美輪椿姫。

聞いた名だった。


「どうかしたのかね?」
「いえ・・・」
「気分が悪そうだが?」


思い当たった。

宇佐美ハルの関係者だ。


「この、美輪椿姫という少女は、自由ヶ咲学園に通っているのでは?」
「知り合いかね?」


"魔王"は薄く笑った。

空白の時間をどう使うべきか。

それまで悶々としていた考えが一気に線を結んだ。

美輪椿姫を利用して、宇佐美ハルを追い詰め、ねじ伏せる。


「染谷室長。 私に任せていただきたい」


染谷が息を潜めた。


「どういう風の吹き回しだ?」
「南米のテロリストの話です。
旅客機のなかに、テロリストが狙う要人がいました。
テロリストは要人を殺害するだけでは気がすまなかった。
なんの罪もない旅客を巻き添えにして、旅客機を墜落させました。
要人と同じ飛行機に乗っていたという理由だけで・・・」


"魔王"は、自らの口元が歪んでいくのを自覚していた。

負の感情が募っていく。

抑えられそうになかった。


染谷に言ったように、"魔王"に夢などなかった。


「私の心にあるのは、ただ一つです」
「さっきから、なにを言ってるんだ?」
「全て、お任せください」


"魔王"は染谷に背を向けた。

全身にみなぎるものがあった。

"魔王"を突き動かすものは、たった一つの感情だった。


――復讐。


それだけだった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

―――――



・・・。



・・・・・・。



昨日はけっきょく、椿姫の家には行かなかった。

出直すことにしたのだ。

急用が入ったことにして椿姫と別れた。

 

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「おはよう、浅井くん」
「おう、昨日は悪かったな」


椿姫は、おれの複雑な心境など知らず、いつものように微笑んでいる。


「そのうち、お前の家に遊びに行ってもいいか?」
「え? どうして急に?」

 

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「・・・ダメか?」
「いや、いいけど・・・」
「どした? お前が、人に嫌そうな顔するなんて珍しいな」
「ううん、ちょっと恥ずかしかったから」
「恥ずかしい?」
「うん、うちって、ちょっと特殊だから」
「ますます行ってみたくなったな。 今日はどうだ?」
「え、えっ!?」


詰め寄って、微笑んだ。


「い、いやあの、うちに来るっていうことは、お父さんにも紹介しなきゃいけないよ?」
「んな、おおげさな。 結婚前提のおつきあいじゃあるまいし」
「でも、お父さんとか勘違いして舞い上がっちゃうよ?」

 

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「なに困ってるの、椿姫ちゃん?」


ひょっこりと栄一が顔を出した。


「いやあの、浅井くんが、うちに来たいって」
「え、ダメなの?」
「ダメじゃないけど、恥ずかしいなあって」
「じゃあ、ボクも一緒にいってあげるよ」


「え? お前はいらないよ」

 

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「じゃあ、自分も一緒に・・・」
「沸いて来んなよ。 なんだお前らいきなり」
「ただ、自分、アレなんすよね。
今日はちょっとだけバイトなんで、少し遅くなるかもしれません」


「ボクもペットに餌あげてから行くね」
「あ、じゃあ、いっしょに行きましょう、エテ吉さん」
「いいよー、駅で待ち合わせしない?」


椿姫が顔を上げた。


「みんな、一緒なら、いいかな」

「やったー、わー」

「わー!」


・・・まあいいか。


・・・・・・。


・・・。

 



授業の合間に電話をする。

椿姫の家の件だ。

仕事が遅いと、お叱りを受けた。


「あー、もしもし、京介です。
今日の夜にでも、一度、あの家に出向いてください。
ええ、わかってると思いますが、手荒い真似はまずいですよ?」


おれは会社の人間をけしかけて、椿姫の家を訪ねさせることにした。

少し、様子を見てみなくてはな。

家を立ち退かないのには、きっと理由がある。

東区は田舎なのだ。

たしかに、スキー場が注目されるようになってからは、相場も跳ね上がったが、それでも都心に比べればたいしたことはない。

土地の買い付け手が、倍の額を払うといっても聞かないのだから、なかなか性根が座っている。

おれの仕事は、彼らが家を出て行かない理由を探り、そして少しずつ、その理由を潰していくことだ。

 


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「・・・・・・」


ふと、白鳥の姿が、視界の片隅に入った。


「よう」
「・・・・・・」


白鳥は、一瞥をくれただけだった。


「お前も、今日、椿姫の家に遊びに来ないか?」
「遠慮しておくわ」
「そんなこと言うなよ。
家族ぐるみで鍋パーティするんだよ。 楽しそうだろ?」
「授業、始まるわよ?」


背を向けた。


「おい、待て。 どうしてそんなにおれを嫌うんだ?」
「あなた、自分がどういう人間なのか、自覚していないのね?」
「自分が、何様なのか、って?」
「あなたの裏の顔を知ったら、一緒に鍋パーティなんてしたがるかしら?」
「やめてくれよ。 ことをばらして、おれの友達を奪おうってのか?」
「あなたは本当に、友達を友達として見てるの?」


・・・しつこい女だ。


「ひとつ聞くがな、白鳥」
「・・・・・・」
「おれが、お前に何かしたか?」
「え?」
「おれはたしかに、裏表があるのかもしれない。
だが、それが、お前にどんな不利益をもたらしたんだ?」


不利益なんて、なにもない。

白鳥は、ただ、おれが怖いのだ。

 

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「別に、お前をとって食おうってわけじゃないんだ」
「・・・・・・」
「仲良くしよう、な?」


丁重に、手を差し伸べた。


「いや」


きっぱりと拒絶された。

白鳥の背後は怒りに震えていた。


「・・・まったく」


おれの、なにが、悪い?


・・・・・・。


・・・。

 



授業が終わると、さっそく日が暮れ始めた。

 


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「本当に、うちに来るんだよね?」
「そんなに嫌なのか?」
「・・・うーん・・・」


学園を出てから、椿姫は、ずっとぶつぶつ言っていた。


「今日は、浅井くんがおうちに来ます。 驚きの一日になりそうです○(まる)」
「ご両親には連絡したか?」
「うん、さっき学園の公衆電話で」
「なんか言われたか?」
「すごいうれしそうだった。 お父さんが、お母さんに赤飯を炊けとか言ってた」


・・・どういう家庭なんだ。

しかし、椿姫の父親については、いろいろと聞いてみたい。

 

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「お父さんは、どんな仕事をしてるんだ?」
「えっとね、いつも畑にいるよ」
「ふーん、野菜を作っているのか?」
「ううん、リンゴとか」
「へえ、初耳だわ。 昔から、ずっとやってるのか?」
「おじいちゃんもひいおじいちゃんも、ずっとやってたんだって」


果樹園経営か・・・。

買収しなければならない土地が、やけに広いとは思っていたが、ほとんどが果樹の畑ってわけか。

果樹は、立ち退きの際に、一本につき補償をしなければならなかったような気がするな。

場合によっては、代替農地も都合つけてやらなければならない。

しかし、立ち退き料の総計がつりあがっていくのは当然としても、提示されている額面には及ばないだろう。

立ち退かない理由はおそらく・・・。


「なるほど、先祖代々伝わってきた土地なんだなー」
「うん、お父さんもお母さんも愛着あるみたいなんだ」


住み慣れた土地だから、出て行きたくないのだ。

単純だが、当たり前の理由だ。

 


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「でも、最近ね、引っ越してくださいって言われてるみたいなんだ」


・・・。



困ったもんだな。

金の問題じゃないってことだ。


「お父さんは、断固拒否してるんだけどね。 営業の人も、なかなかあきらめないみたいで・・・」
「なんか、大変そうだな。 おれも相談に乗るよ」
「浅井くんが?」
「ほら、おれって、パパの仕事手伝ってるって言っただろ?
知り合いにもアセットマネージャーとかいう、用地仕入れのプロもいるしさ」
「ほんと? すごいなあ、浅井くんは。 頼りになるなあ」


椿姫の頬が、それこそリンゴのように赤く染まった。


「ちょっと、お父さんとも話しさせてくれよ」
「わたしからもお願いするよ。
お父さんも、土地とか、権利とか難しい話はよくわからないらしくて、困ってるの」
「力になれるといいけどな」


おれは笑顔を見せた。

計算高く、笑っていた。


・・・・・・。


・・・。

 

 

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「ここだよ」


地下鉄に乗って東区までやってきた。

この富万別市は九つの区にわかれているが、東区はそのなかでも一番の田舎だ。

周りを見渡すと、ビニールハウスの畑が多い。

けれど、広い道路には、大型の貨物トラックや、ショベルカーなどが忙しなく闊歩している。

開発が進んでいるのだ。


「そういえば、栄一と宇佐美は、来るのか?」
「おうちの住所は教えといたよ」
「なにしに来るんだろうな」
「みんないっしょの方が、楽しいよ」


・・・栄一はともかく、宇佐美はなんとなく嫌だな。


「んじゃあ、お邪魔します・・・」
「あ、ちょっと待って」


ストップをかけられた。


「栄一くんと宇佐美さんが来るのを待ってからにしない?」
「え? あいつら、だいぶ遅くなるって言ってたぞ?」
「それまで、どこかで時間を潰してればいいんじゃないかな?」
「どこで?」
「こ、公園とか」
「なにすんの」
「ブランコ」
「マジで?」
「す、滑り台でもいいよ」
「おいおい」
「ごめん。 かくれんぼのほうがよかった?」
「しつけえよ。 お前の遊びはなんでそんなワンパクなんだよ」
「ゲームとかもするんだよ?」
「よし、ゲームをしよう。 だから早く家に上げてくれ」
「ちょ、ちょっと待って!」


どうやら、本当におれを家に入れたくないらしいな。

 

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「浅井くんに迷惑かかるよ?」
「この冬空の下でかくれんぼするほうが迷惑なわけだが?」
「だって、勘違いされちゃうよ?」
「なんの勘違いだ?」
「うちの家族の勢い、すごいから」
「意味がわからねんだよ、さっきから」
「みんなで、一斉に勘違いされちゃうよ?」
「もういい」


おれは椿姫を押しのけて、家の敷居をまたいだ。

 

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「わかったよ、わかったから、せめて、いいよって言うまで待ってよ・・・!」
「お、おう・・・」


そんなに見せたくないものがあるのか・・・?


「じゃ、じゃあ、待っててね。 着替えてくるから・・・」


椿姫はそそくさと、戸口に消えていった。


しばし待つ。


「・・・・・・」

 


・・・・・・・。


・・・。

 




いや、かなり待った。



――は、入っていいよ。



ようやく家のなかから椿姫の声がした。


「んじゃ、おじゃましまーす」



・・・。


・・・・・・・。

 

椿姫にかまわず玄関に入ると、すぐさまにぎやかな声が聞こえてきた。


「あ、きたきたー」

「きたー」


・・・騒がしい。


「彼氏も来たか?」

「かれしー、かれしー」

「わーわー」

 

「浅井くん、ちょっと待ってって!」


おれの背後で椿姫が言う。

しかし、おれは、騒がしい声にひかれるように、靴を脱いだ。


「おじゃまします」


・・・。

 

え?

 


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「彼氏だー!」

「おう、これは、なかなかのイケ面じゃないか!」

「お姉ちゃん、やるー」

「かれし、かこいいー」

「お姉ちゃん、ごはーん」


すごい量の視線。


「彼氏、名前なんてーの?」

「おい広明、それはパパが聞きたいんだ」

「さあさあ、座って座って。 寒かったでしょう?」

「ママー、ごはんまだー?」

「まだー?」


ひい、

ふう、

みい、

よう、


・・・・・え?


「ご、ごめんね、言ってなかったっけ?」
「ちょっと、なんだこの数は・・・!?」


「おい、椿姫。 お父さんに紹介しなさい」


お父さんはでっぷりとしたお腹を軽く叩いた。


「あ、ええと・・・僕は・・・」


名乗ろうとした。


「わー、こぼしたー、わーん」


「えっと・・・」


「こら、ちろ実」

「わ、きったねー!」


「ええと・・・」


「椿姫」
「お父さん、お行儀悪いですよ」


「・・・・・・」


おれは救いを求めるように、椿姫を見た。


「みんな、ちょっと静かにしてよ」

「お姉ちゃん、ボク、お腹空いたよー」

「わーん」

「もう、この子ったら・・・」

「お姉ちゃん、ご飯ー」

「ご飯ー」


みんなそれぞれに騒いでいる。


「すいません!」


らちあかないので、声を張った。


「びゅーん!」


いきなりスプーンが飛んできた。


「こら!」

「あははは」


「ちょっと、すいません!」


「びゅーん!」

「・・・うおっ!?」


今度は箸が飛んできた。


「こら、お前たち。 椿姫の彼氏になんてことを!」
「か、彼氏じゃないよお父さん!」


赤くなって慌てだす椿姫。


・・・なるほど、だから椿姫はおれを家に呼びたくなかったんだな。


「びゅーん!」


箸が、おれの顔にヒットした。


「もう、みんな落ち着いてよー!」


そんなとき、家のチャイムが鳴った。


「おじゃましまーす」


栄一の声。


「はいはい、いらっしゃい。 あがってくださいなー」



「すごい人数」

「ちょっと、なんすかこれ、大家族スペシャル・・・!?」



宇佐美と栄一がやってきて、居間の密度はさらに濃くなった。


「うぅぅ、だから、いやだったんだよ・・・」



・・・帰りたくなってきたな。



・・・・・・。


・・・。

 

 

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「ごちそうさました」


たいへんな夕食だった。


「椿姫ちゃんって、五人兄妹なんだね」
「しかも、長女なわけか。 こりゃ大変そうだ」


子供たちはご飯を食べ終えると、すぐさま眠りについた。


「ごめんね、お父さんがへんなことばっかり言って」


「浅井さん、完全に椿姫の彼氏さんってことになってますね」
「・・・たしかに、すごい勢いのお父さんだな・・・」


苦笑すると、脱衣所のほうから声があった。


「おい、京介くん。 風呂入っていけよ?」
「あ、けっこうです」
「背中流してやるぞ、な?」
「はは・・・」


「お父さん、もういいってばー」


本来の目的を忘れてしまうような、楽しげな時間が過ぎた。


・・・。



「みんな、デザート食べる?」


椿姫の母親が、洋梨を器に盛ってきた。


「うまそっすね。 がっつりいただきます」
「あ、フォークあるよ」
「いらん」


宇佐美は、梨を手でつまんだかと思うと、小動物の速さで咀嚼していった。

 

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「おい、京介」


小声で聞いてくる。


「ん?」
「お前ら、ホントにつきあってんだろ?」
「んなわけねーだろ」
「隠すなよ。 わかるんだよ、オレちゃんクラスになると」
「違うっての、なあ椿姫?」


「なあに?」
「どうも栄一が、おれたちが、ほんとにつきあってると思ってるらしい」
「ええっ?」


「だって、ここんところ、いっしょに遊んでるじゃない?」


「そすね、CDいっしょに買いに行ったりしてましたね」


宇佐美も、梨をほお張りながら会話に参加してきた。


「忙しい京介くんにしては、珍しいなって(オメーが特定の女に熱をあげるなんて珍しいっつーこと)」


馬鹿馬鹿しい・・・。


「たまたまだろ」


馬鹿馬鹿しいが、つきあってみるのも悪くないかもしれないな。

椿姫を落とし、家族の信用を得てから、じっくりと立ち退きの話をしていく・・・。


「んじゃまあ、二人は交際してるってことで・・・」


そのとき、椿姫がはっきりと首を振った。


「ごめん、本当に違うよ」


宇佐美と栄一をさとすように、優しく笑っている。


「変な誤解があると浅井くんに迷惑だから、はっきり違うって言わせて」


・・・おれに、迷惑。

やけに心に響く。

 

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「お姉ちゃん、おしっこー」


一番下の弟が、まぶたをこすりながらやってきた。


「はいはい、広明、こっちだよ」


手をつないで、廊下に出て行った。


「椿姫ちゃんは、優しいねー」

「わたしの仲間その一、ですからね」



「・・・・・・」
「どうしたの、京介くん。 はっきり違うって言われてショックだったの?」


栄一はまだおれをからかっている。


「ちょっとだけな」


おれも、冗談で返す。


「なんにせよ、椿姫みたいな家庭的な女を嫁にできたら、旦那は幸せだろうな」


もちろん、家庭なんてものは、おれの求める幸せではない。


「そういえば、宇佐美さんは?」
「はい?」
「好きな人とかいないの?」
「自分すか・・・? いますよ、はい」


たいしたことでもないというふうに言った。

 

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「って、はあ?」


いきなり怒り出した。


「いないすよ、んなもん」
「ど、どっちなの?」
「浅井さんでないことだけは、確実です」


「おれ?」


「え? じゃあ、ボク? やだなー、ボク年上の人が好きなんだよごめんね、でも考えておくね」
「なにごちゃごちゃぬかしてんすか」


ぶすっとしながら、洋梨を口にくわえた。


椿姫が、弟を連れて戻ってきた。


「お姉ちゃん、いっしょに寝てー」
「いまは、お友達きてるから、だめだよ」
「いっしょ寝てー」
「広明っ・・・困った子だなあ」


宇佐美が手をふいて、立ち上がった。


「そろそろ帰りますかね」

「そだね」


おれも帰りたいところだが・・・。

時計を見る。


そろそろか・・・。


・・・。


「お母さん、誰かきたよー」


「はいはい。 お父さん、出てくださいな」
「誰だ、こんな時間に」


風呂上がりのお父さんが、玄関に向かった。


「お姉ちゃん、眠いよー」


弟は、まだ駄々をこねている。


「もう、しょうがないなぁ・・・」


椿姫は弟の相手が少しも嫌そうではなかった。


「いつも、いっしょに寝てやってるのか?」
「うん、だいたいね。 とくに広明は一番寝つきが悪いの」


広明というのが、弟の名前らしい。


「おねえちゃーん」



――ガンガンガンッ!

 


「・・・っ?」


玄関から物音がした。


言い争うような声も聞こえる。


「なにかな?」

「お父さん、どうかしたの?」



――「帰れ! 馬鹿もんが!」



ひときわ大きな声が居間にまで届いた。


「・・・・・・」


不安そうな椿姫。


しばらくして、親父さんが戻ってきた。


「まったくあいつらは・・・!」

「あなた、またですか?」

「今度は、もっとたちの悪そうなのがきたよ」



浅井興行の人間だ。

立ち退き交渉のために、がらの悪そうなのをよこした。

 

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「どうしたの、椿姫ちゃん?」
「な、なんでもないよ。 ごめんね」


報告を聞きたいし、ひとまず、帰るか。


「それじゃ、おじゃましました」


軽く頭を下げた。


「帰るんすか?」
「ん?」


宇佐美が、おれの前にたちはだかるように見つめてきた。


「気にならないんすか?」


宇佐美は、台所で話し込んでいる椿姫の両親に軽く目を向けた。

おれは声をひそめた。


「家庭の事情ってやつだろ。 深く立ち入るのもどうかと思うぞ」
「そすか。 今日のところは帰りますか」


宇佐美は椿姫に目を向けなおした。


「おい椿姫。 なにか困ったことがあったら、ちゃんとわたしに言うんだぞ」
「え? あ、うん。 ありがとう」
「わたしを頼れ。 いいな?」


ビシっと言った。


「じゃあ、ボクも帰る」


おれたちは挨拶をして、家を出た。


・・・・・・。

 


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「今日はありがとう。 楽しかったよ」


椿姫が見送りに出てきた。


「ばいばーい」


広明とかいう弟も、眠そうな目をして手を振った。


「おいしいご飯にありつけて、わたしはとても気分がよかったのでした○(まる)」


椿姫っぽいことを言って、宇佐美は背を向けた。


「椿姫。 夜、電話していいか?」
「え? 何時くらい」
「わからんが、お前、寝るの遅いだろ?」
「うん。 でも、どうして?」


どうして、電話なのかという意味だろう。


「いや、なんとなく。 ちょっと心配になってさ・・・」


照れくさそうに頭をかいてみた。


「ありがとう。 待ってるね」


椿姫はいつもにこにことしているが、このときの笑顔はいつもと勝手の違うものだった。


「優しいな。 浅井くんは」
「・・・・・・」


これで、よし。

 

「じゃあねー」
「うん、気をつけて帰ってねー」


・・・・・・。

 

・・。

 



 

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帰宅すると、すぐさま携帯をいじった。

椿姫の家にやらせた浅井興行の人間からの報告を聞いていた。


「・・・手荒い真似はしないでもらいたかったのですが」


おれはいらついていた。

どうやら、家の玄関の戸を蹴ったらしい。


「警察に訴えられたらどうするつもりだったんですか?」


チンピラじゃあるまいし・・・。


「民事? そりゃ、まっとうな会社の人が言うセリフでしょう?
うちは暴力団フロント企業ですよ?
あなたがたの大好きだったバブルの時代じゃないんです」


とにかく、おれは人選をミスった。

もっと慎重にことを運ばなくては。

警察がからんできたら、退散するしかないんだ。


「・・・ち」


通話を切った。


・・・。

 


キーボードを打ちながら、考えをまとめる。

一人になって、パソコンと向かい合ってるときが、一番落ち着く。



『椿姫の家』『七人家族』『魔王』『宇佐美』



メールソフトを立ち上げて、断片的な情報をざっくばらんに書き込んでいった。



立ち退き、椿姫の気持ち『優しさ』→利用?


魔王→かわいいぼうや→ぼうや


立ち退き、示談金、金、魔王、かわいいぼうやおいでよおもしろいあそびをしよう

 


とりとめのない単語が、画面上にうめつくされた。

自分でも覚えのない言葉を吐き出していく。

そうやって、頭を回しながら、区切りがついたあたりで、自分宛にメールを出す。

受信トレイを開いて、いままで自分が書いたばらばらの情報を、もう一度整理してみる。

これは、知り合いの経営者に教えてもらった頭脳活用法なのだが、それなりに効果があった。


「金の問題じゃない、か・・・」


結論は出た。

椿姫の一家が、なぜ立ち退きを拒むのか。

土地の評価額、代替農地の提供額、引越し代から、もろもろの慰謝料を加えると、存外な大金になった。

立ち退きさえすれば、大家族だろうが、いまより裕福な生活ができるだろう。

それでも出て行かないというのだから、これはもう金の問題じゃない。



気に入らないな。


金の問題じゃないことが、この世にあるわけがない。

・・・ひとまず、椿姫に電話するか。

 


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椿姫の家にコールした。


間髪いれずにつながった。


「あ、浅井くん?」
「おおっ? なんだ、早いな」
「うん、電話の前で待ってたから」


へえ・・・。


「今日は、おしかけてごめんな。 メシおいしかったよ」
「本当?」
「ああ、なんつーか、家庭的だった」


ああいう食事は久しぶりだ。


「今日は、お母さんが作ったけど、今度はわたしが作るね。
わたし、こう見えても、料理苦手じゃないんだよ」
「へえ、椿姫がいきがるなんて珍しいな」
「え? いきがる?」
「はは、料理が得意とか言ったじゃないか?」
「あ、そうだね。 いきがったね。 これでヘタっぴだったら、ごめんね」


それだけ、おれに心を開いているということだ。


「そういえば、お父さんだいじょうぶか?」
「うん、ごめんね。 へんなところ見せて」
地上げ屋が来たんだな?」


椿姫の声が、はっきりとしぼんだ。


「なんかね、ヤクザさんみたいな人だって」
「そうか、ひどいな」
「わたし、警察に連絡しようかと思ってるんだ」


なかなか勇ましいな。


「警察か・・・」
「うん、どう思う?」
「そうだな・・・よしといたほうがいいんじゃないかな?」
「どうして?」
「警察の人は忙しいからね。
相手にされないと思うんだ。 直接、暴力を振るわれたりしたのなら動いてくれると思うけど。
じっさい、そういう事件もあったんだよ。
ひどいのになると、地元の警察官が地上げ屋と組んでたりするんだ」


実際のところ、山王物産がバックについているのだから、都市開発にあたって、所轄への根回しはあるだろう。


「うーん、無理かな?」
「難しいと思うな。
『民事不介入』っていって、基本的に警察は土地の権利争いみたいな民間のもめごとには関わってくれないんだよ」


まあ、暴対法もなにもない、ヤクザがイケイケだった時代の話だがな。

いまじゃ、ちょっと声を荒げたり、家の敷居をまたいだだけで警官が飛んでくる。


「そっか、ありがとう。 浅井くんは物知りだなあ」


素直な女だ。


「これからも、ちょくちょく家に顔を出していいか?
なにか力になれるかもしれないし」
「それは、願ったりかなったりうれしかったりだよ」


・・・変な言葉づかいだな。


「お父さんとも、話をさせてくれよ」


すると、椿姫はため息をついた。


「ごめんね、彼氏彼氏って、うるさくて」
「いや、別にいいよ」


おれには考えがある。


「悪い気はしないから」
「え?」
「椿姫みたいな女の子の彼氏って言われて、悪い気がするヤツなんているかな?」
「・・・っ」


黙った。

きっと、電話の向こうで赤くなっているのだろう。


「あ、ありがとう。 日記に書いておく」
「はは・・・なんで日記・・・?」


しかし、椿姫がおれを信頼しているのは間違いないな。

食事をしたときの印象からして、椿姫は家族からとても愛されている。

親父さんは、頑なに立ち退きを拒んでいる。

だが、愛する娘の言うことは聞くだろう。

じっくりと利用して・・・。

そのとき、椿姫が言った。


「あ、あのね、浅井くん・・・」
「ん?」
「わたし、浅井くんに、謝らなきゃいけないんだ」
「へ? どした?」


いかにも深刻そう。


「わたしね、浅井くんって、ちょっと冷たい人なのかなって、思ってた時期あるんだ」
「・・・お、おう」
「一年生のときから、ずっとクラスいっしょだったでしょう?
でも、あんまり話したことないし、話しかけてもぶすっとしているような印象だったから」


・・・たしかに、最近まで椿姫に興味はなかったな。


「それで?」
「いや、だから、ごめんね」
「え?」
「ごめんなさい」
「・・・それぐらいで」


また、心がうずいた。

謝られるようなことではない。

胸のうちに秘めていた印象ぐらいで、どうして頭を下げるのか。


・・・。

 

「まあ、わかった。 じゃあ、明日。 学校でな」
「うん、電話ありがとう」


椿姫の息づいが聞こえた。

おれが通話を切るまで、じっと待っているようだった。


・・・・・・。


・・・。

 



外道。


おれは外道だ。

自分を信頼している少女を利用したとしても、罪悪感は訪れない。

眠るとするか。

ベッドに入り、まぶたを閉じる。

少女のうれしそうな顔が浮かび、慌てて振り払った。

心のなかで鎌首をもたげたのは、きっと良心とかいう感情なのだろう。

だが、真面目な人間が遊びを覚えたら手がつけられないように、一度道を踏み外した人間が、良心なんてものに目覚めると手に負えない。


その日は、いつになく寝つきが悪かった。


・・・・・・。


・・・。