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G線上の魔王【6】

 


・・・。


学園には昼から出ていた。


「おい、京介」


廊下で栄一につかまった。

 

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「よう、昨日の飯はうまかったか?」
「まずくはなかったかな」
「偉そうだな・・・」
「そんなことより、お前、椿姫に気があんのか?」
「しつこいヤツだな」
「おいおいオレはよー、お前のダチだけどよー、なんつーの、お前がオレをさしおいて女つくろうってのが、許せない感も出していくわけだよ」
「なんだよ、寂しいのか?」


そういえば、こいつはノリコ先生にふられたばかりだったな。


「つーかたとえば、オレがもし女だったらお前どうするよ」
「いやなたとえを出すな」
「オレが女で、実はお前のことが好きとかいう展開だったら、お前どうよ?」
「すげーバッドエンドじゃねえかよ。 気持ち悪いこというなよ」
「へへ、さすがに冗談だよ。
しかし、椿姫を狙うとはお目が高いねぇ」
「まだ、本気で狙っているわけじゃないがな」
「オレは役に立つぜ?」
「そうなのか?」
「おうよ、こう見えてもオレは、みんな大好き栄一くんで通ってるからな」
「なるほど、女子の信頼もあついか」

「お前が泣いて頼めば、椿姫との仲を進展させてやらんでもない」
「・・・期待していいのか?」
「おうよ、とりあえず今日の放課後に、オレ扮する暴漢が椿姫を襲う。
そこにさっそうとお前が登場するわけだ」
「期待したおれが馬鹿だったわ」
「はあっ?」
「んなベタな展開にキュンキュンくる女がいるかっての」
「いや、椿姫ならありえるって」
「・・・んな馬鹿な・・・」


とはいえ、強く否定できないおれがいた。


椿姫なら、ありえるか・・・?

 


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「なんの相談すか?」


のっそりと宇佐美が顔を出した。


「邪悪な気配を感じるんですが、邪悪な相談ですか?」
「いやね、京介くんが、やっぱり椿姫ちゃんと仲良くなりたいみたいでさー」
「マジすか。 めっちゃ邪悪じゃないすか」
「それで、協力してあげようって話してたの」
「策を練ってたわけですね、邪悪な策を」
「なにかいいアイディアないかな?」
「とりあえず今日の放課後に、エテ吉さん扮する暴漢が椿姫を襲う。
そこにさっそうと浅井さんが登場すればどうでしょう?」


「栄一案とまるまる同じじゃねえか」
「ほら、宇佐美さんもこう言ってるよ?」
「却下だ。 つかえねえやつらだなあ」


そのとき、見覚えのある教師が通りがかった。


「宇佐美さん、よね?」


「あ、ノリコ先生・・・」


ノリコ先生は栄一を避けるように、宇佐美に近づいた。


「あなた、アルバイトしてるでしょう?」
「あ、はあ・・・許可はとっていますが、なにか問題でもありましたか?」
「え? そんな話は聞いてないわ」

 

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「そんな馬鹿な。 担任の先生にちゃんとお願いしたはずですが?」
「とにかく、放課後、ちょっと職員室に来てもらいますからね」
「あ、はあ・・・」


ノリコ先生は去っていった。


「自分、居残り決定です」
「災難だったな」
「まあ、なにかの間違いだと思いますが、今日のバイトに入れなくなったらまずいです」
「金がピンチか?」
「いえいえ、てんちょにまた迷惑をかけてしまうのがなんとも・・・」


・・・まあ、おれには関係ないな。


・・・。

 



授業が始まった。

 


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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「なあ椿姫っ」


休み時間になると、こちらから積極的に話しかけた。


「今日も、遊びに行っていいか?」
「今日も?」


椿姫の顔が、どことなくうれしそうに見えるのは、きっと気のせいじゃない。


「広明もいっしょでいい?」
「広明っていうと・・・昨日、玄関まで見送ってくれた?」


椿姫はうなずいた。


「朝に、遊んでってせがまれちゃったの」
「かわいい弟じゃないか」


褒めるとさらに頬を緩ませた。

 

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「いま五歳なんだ。 夜更かしばっかりして大変なの」
「まあ、いいだろう。 お父さんとも話をさせてくれよな?」
「わかったよ。 いっしょに帰ろう?
今日もまた、浅井くんといっしょです。 うれしいな、楽しいなっ」


はしゃぎだした。

 

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「おい京介、今日は部活にしようぜ?」
「・・・いいよもう。 アレは、飽きたよ」
「つめてえ野郎だな。 なんだよ、そんなに椿姫といっしょにいたいか?」
「うるせえな。 てめえはとっとと、新しい恋を探すがいい」
「くぅぅ、闇討ちしてやるっ!
椿姫じゃなくてお前をボッコにしてやる!
椿姫の前で大恥かかせてやる!
・・・いや、待て待て、そしたら、それをきっかけに椿姫との仲が進展したりして・・・。
ちきしょう、どっちに転んでもOK牧場博多駅前支店、ってヤツじゃねえか」


おれは栄一を無視して、携帯をいじり始めた。

花音のヤツは合宿とやらで、学園は休んでいる。


平和だな、まったく・・・。


・・・・・・。


・・・。


 

 

放課後になった。

おれと椿姫も、下校する生徒の群れに混じった。

 

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「今日は、栄一くんとおハルちゃんは来ないんだよね?」
「おハルちゃん?」


呼び方が気になった。


「さすがに勇者っていうのもどうかと思うし、かといっていつまでも、宇佐美さん、って呼ぶのもいやだったの」
「それにしても、おハルちゃんはどうかと思うぞ?」
「そうかな? かわいくない?」
「なんか朝の連続テレビ小説に出てきそうだぞ」
「ああ、わたし、毎朝それ録画してるよ?」
「はは・・・」


学園生らしい、他愛ない会話を意図的に続けた。


「宇佐美は、職員室らしいな」
「職員室?」


けげんそうに首をかしげた。


「なんでも、アルバイトの許可を得てなかったとか」
「怒られてるのかな?」
「だろうな。 許可なしでバイトしてたんだから、仕方ないだろう」
「本当に、許可もらってなかったのかな?」
「いや、わからんが、先生はそんなことを言ってたな」


不意に、椿姫の足が止まった。

 

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「わたし、ちょっと職員室行ってくる」
「え? なんで?」
「きっと、誤解だと思うから」


なんの真似だ?


「いや、椿姫が行ったところでどうなるってんだ?」
「わたし、クラス委員だし」
「だから?」
「お友達だし」
「うん、だから?」
「おハルちゃんって、変わってるけど、きっと最低限の常識は持ち合わせているはずだよ」
「だから、なんなんだよ?」


さすがに辟易した。


「なにか、力になれるかもしれない」

 

「あ、おい・・・!」


椿姫は、早足で廊下を進んでいった。


・・・・・・。

 

・・・。

 


職員室の前で、三十分ほど待った。

時間の無駄としか思えない。


・・・お友達だって?


椿姫が、宇佐美のなにを知っているというのか。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 


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「いや、助かった。 礼を言うぞ、椿姫」


「・・・・・・」


宇佐美は、無事に解放されたらしい。


「よかったね、誤解が解けて」
「椿姫のおかげだ」


「なにがあったんだ?」
「椿姫がいきなり、説教くらってるわたしと先生の間に割って入ったんすよ」
「それで?」
「おハルちゃんは悪くないです! って」
「びっくりだな」
「いや、わたしも先生もいろいろ混乱しました。 つーか、おハルちゃんってなんだ?」


「あだ名だよ。 かわいいでしょ?」
「却下だ」

 

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「ええっ・・・もう日記に書いちゃったよ?」
「とにかく、混乱しているわたしたちに追い打ちをかけるように、椿姫はまくしたてました」
「ごめんね、わたしも慌ててたみたい」
「なんやかんやあって、けっきょく、アルバイト許可証が見つかって、誤解が解けたんすよね」


「へえ・・・よかったな。 すごいじゃないか椿姫」


けれど、椿姫は何事もなかったかのように、微笑んでいた。


「ううん、わたしも勇者様のお役に立ててうれしいよっ」


当然のことをしたまでだと、顔に書いてあった。

なんの嫌味も、得意そうな様子もなかった。


「うむ、わたしはすごいうれしい。
わたしが男だったら、お前を監禁して毎晩愛でてやるところだ」


・・・本当に、感謝しているのかコイツは?


「いずれ、借りは返す。 というわけで、バイトあるんで帰ります」
「じゃあねー」


宇佐美はさっさといなくなった。

 

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「じゃ、わたしたちもいこっか?」
「ああ・・・」


こういうことがたまにある。

椿姫はがむしゃらに行動して、宇佐美を助けた。

そこに、なんの打算もない。

こういうことがたまにあるから、しっくりこない。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 



椿姫の家に上げてもらうと、すぐさま家族に囲まれた。

 

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「すみません、また来てしまいまして」
「いやいや、かまわんよ。
毎日来なさい。 うちがにぎやかになっていい」
「はは・・・すでに十分すぎるくらいにぎやかだと思うんですが?」


子供たちはみんな人懐っこい。

 


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「お兄ちゃん、遊んでー」

「あたしが遊んでもらうのー!」


おれの足元にまとわりついて、わーわー言っている。


「いや、浅井くんのことはね、椿姫から聞いているんだよ」
「お、お父さん!」
「椿姫ももう年頃なのに、彼氏の一つや二つもできんもんかと心配していたんだ」
「だから、彼氏じゃないってば」
「親ばかじゃないが、椿姫はしっかり者でね。
弟たちの面倒ばかり見てて、自分のことはいつも二の次なんだ」
「はあ、それはなんとなく・・・」
「どうか娘をよくしてやってください」


後退した頭が、軽く下がった。

優しいまなざし。

どうして椿姫のように優しい娘が、優しいままに育ったのか。

その理由が、かいま見れたような気がした。



「・・・ところで、お父さん」


切り出した。


「どうも、この辺の土地をめぐってごたごたしていると聞きましたが?」


親父さんは意外そうな顔をした。


「あ、お父さん。
浅井くんはね、そういうの詳しいんだって。
なんでも、浅井くんのお父さんが、偉い社長さんらしくて」


「へえ・・・お父さんは、なんの会社を?」
「いろいろと。 金融から不動産もやってます」
「ほほう、立派な方だね」
「なにか、お力になれないかと思いまして」
「君が?」
「はい、僕も正式な社員ではないのですが、父の仕事をよく手伝っているので」


椿姫の親父さんは、また深い笑みを浮かべた。


・・・どうも信用されてはいないようだ。

 

「気持ちはうれしいけど、うちの問題はうちで考えるよ」
デベロッパーのバックには山王物産がついてますよ?」


言うと、親父さんの眉がわずかに跳ねた。


「この辺の不動産に詳しいブローカーに聞きましたが、東区の土地は、どこもかしこも高値で取引
されてるそうじゃないですか。
もし、立ち退かれるのであれば、この家と土地だけ見ても、そうとうな額になるでしょう。
リンゴの畑を入れればさらに・・・。
悪い取引ではないと思うのですが?」


親父さんは、みるみるうちに真剣な顔つきになった。


「・・・いや、すまない。
椿姫と同じ年ごろの子だと思って、浅井くんをあなどっていたようだ」
「立ち退かれないのは、やはり、土地に愛着があるからでしょうか?」
「君の言うとおりだよ。
祖父の代から、続いている土地でね。
いくらお金を積まれたって出て行くわけにはいかないんだ」
「難しいでしょう?
山王物産のような大企業が推進している観光事業開発ですからね」
「うん、地上げ屋というのは、面倒なもんだね」
地上げ屋というと、イメージが悪いですね・・・」


もともとは、都市開発のプロフェッショナルを指す言葉だった。

それが、バブル期に流行のように使われた荒っぽい手口や嫌がらせのため、負の印象が定着してしまった。


「きのうは、まるでヤクザみたいなのが来たんだ」
「正直なところ、お父さんが折れるまで、いつまでも来ると思いますよ?」
「・・・そういうものなのかな?」
「彼らの粘り強さは、尋常じゃありませんから」
「なんにせよ、うちを出て行くつもりはないよ。 子供たちもいることだしね」


「なあにお父さん?」

「どーしたの?」


「みんなこの家が好きだろう?」


「うんっ!」


飛び跳ねるようにうなずいた。


「悪い人、ボクがやっつけるよー!」


「・・・・・・」


・・・まあ、この話はこの辺にしておくか。

おいおい説得にかかればいい。


「さあさ、そろそろご飯ですよ?」


母親が料理を運んでくる。


「わー」

 

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「ごはん、ごはん」


いっせいに沸き立つ七人の家族。

椿姫も、いっしょになって騒いでいた。


「なんにせよ、椿姫のためにも協力させてください」


親父さんは、満足げにうなずいた。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした。 おいしかった?」


夕食の大半は母親が作ったようだが、椿姫も一品そえたらしい。


「うん、味噌汁とか腹にしみるな。 あんまりこういう飯は食わないし」
「浅井くんリッチだもんね。 いつも、高そうなもの食べてるのかな?」
「・・・そんなことはないよ」


あまり食に金はかけないが、つきあいで外食することは多い。


「ねー、広明はー?」


不意に、妹の一人が椿姫の腕をつかんだ。


「あれ?」


あたりを見回すが、広明という少年の姿はない。


「トイレかな?」
「見てこようか?」
「ううん、広明!?」


声を張った。

返事はない。


「まさか、またか?」
「・・・また?」


親父さんだけでなく、椿姫も、その一言に反応した。


「外かな。 見てくる」


切迫したものがあった。


「どういうことだ?」


あとを追った。


・・・。

 


冷たい夜気が肌をなでた。

 

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「椿姫、どうした?」


コートを着込んだ椿姫は、白い息を吐きながら言った。


「広明ね、いたずらっ子なの」
「・・・いたずらっ子?」
「突然いなくなったりして、わたしたちを驚かそうとするの」
「つまり、前にもそういうことがあったのか?」
「前もね、夜中にいきなり家を飛び出して、大騒ぎになったことあるの」
「元気な子だな。 はた迷惑すぎてむしろ勇ましいな」
「怖いもの知らずな性格ではあるんだけどね」
「大物になりそうだな」


冗談ぽく言う。


「とにかく、探さなきゃ」
「どこを?」
「えっと・・・」


見当がつかないようだ。

手伝ってやるとするか。

椿姫の好感を得るためにも、な。


「前にもこういうことがあったと言ったな?」
「うん?」
「その弟、広明くんだっけ? 前は、どこで見つかったんだ?」
「近くの公園だけど・・・」
「なら、まずはそこをあたってみよう」
「うん・・・」


五歳の弟がこんな時間に一人で外出したら、不安にもなるか。

東区の夜は、不気味なほどに静まり返っていた。


・・・・・・。

 

・・・。

 



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「広明ーっ!?」


寒空の下、声を張り上げていた。


「隠れてないで出てきてよー?」


近所迷惑になるかもしれない、と思った。

近くに住宅が密集していないのが幸いだった。

おれも声を出す。


「おーい、椿姫お姉ちゃんも探してるぞ!?」


しかし、おれたちを驚かせるのが目的なら、隠れているのだろうな。

いくら呼んでも出てくるとは思えない。

家族を不安にさせるのは、かまってほしいという気持ちの裏返しなのだろう。

 

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「どうしよう、どこ行っちゃったんだろ?」
「・・・栄一でも呼ぼうか?」
「栄一くん?」
「ああ」


携帯を取り出す。


「あ、いいよ。 浅井くんだけでも迷惑なのに・・・」
「いいからいいから」


電話をかける。

すぐにはつながらなかった。



「なんだよ、椿姫にふられたか?」



なにやらうれしそうだった。


「は?」
「いや、なぐさめて欲しいわけだろ?
こんな時間に電話してくるってことはよ。
ったく、京介ちゃんはマジオレがいないとなんにもできねえなー」


説明するのも面倒だった。


「とにかく、来てくれないか?」
「わーったよ。 じっくりとなぐさめてやろうじゃねえか」
「実は、まだ、東区の公園にいるんだ」
「公園ってーと、駅降りたところの?」
「そうそう」
「ひゃはは。 感傷にひたってるわけね?
オッケー、いっしょにブランコでも乗ろうぜ?」
「すまんな」


通話を切った。

栄一は最後まで、ゲスな笑いをやめなかった。


「来るって」
「本当? 悪いなあ。 栄一くんも優しいなあ・・・」
「心配なんだろ、弟が」


顔を見ればわかる。

一段と、寒くなってきた。


「広明と、今日、遊ぼうって約束してたの・・・」
「なるほど。
お姉ちゃんに遊んでもらえると思っていたのに、おれが来たからすねたのかな?」
「あ、浅井くんは悪くないよ? ごめんね、気をつかってもらって」
「・・・・・・」


頭を下げられてしまった。


「まあ、子供が隠れられそうな場所なんてたかが知れてる。 とっとと探そう」


おれたちは、二手にわかれた。


・・・。


・・・・・・。

 



家を出て、三十分ほど過ぎただろうか。

公園のなかをくまなく探したが、広明くんの姿はなかった。

 

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「・・・一度、戻ろう」


椿姫の顔色をうかがいながら、提案した。


「広明くんも、戻ってきてるかもしれないし。
というより、待っていれば必ず戻ってくると思うぞ?」
「必ず?」
「ああ、まさか五歳の子供が野宿するわけもないし」
「でも、危ない目にあってるかも」
「危ない目って、まさか、ゆうか・・・」


誘拐、という言葉を飲み込んだ。

冗談にしてもセンスがない。

 

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「夜だしな。 カゼをひいてしまうかもな」
「ああ、もう、広明ったら・・・」


暗くてよく見えなかったが、椿姫のコートは公園の土で汚れていた。

かがんだり、砂場に入ったり、茂みをかきわけたりと、必死になっていたのだろう。


「戻ろう」


・・・なにか忘れているような気がした。


「あ、栄一くんは? うちに来てくれるの?」
「それだ」
「え?」
「ああ、いやいや・・・栄一が、そろそろ来るんじゃないかな」


そのとき、公園の入り口に人影があった。

小柄だが、広明くんにしては大きすぎる。

 

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「やあやあ、どうしたの二人で」
「おう、よく来てくれたな」


「ごめんね、寒いのに」
「え?」


栄一は、おれをチラ見した。


「どうしたのかな、二人、仲よさそうじゃない?
(おいおいなんだよ、コレ? どうなっちゃってんの、京介ちゃんよー、オマエがふられたっていう展開じゃねーの?)」
「椿姫の弟が、ちょっと行方不明なんだ」
「あ、そうなんだ・・・へえ・・・」


「ありがとう、栄一くん。 わざわざ来てもらっちゃって」
「(はあ? ざけんなよ、んな話聞いてねえっつーの!)」


「すまんな、いっしょに探してくれるんだってな」
「え? あ、ボクは、えっと・・・」

 

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「ありがとう」
「う、うん、当然だよね。 お友達なんだし」



「(チキショー、京介テメェ、話がちげーじゃねえか!?)」

「いや、おれはウソはついてないから。 お前が勝手に勘違いしてただけだから」

「(くうぅぅ・・・)」


三人で、家に向かった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 


帰宅途中、道端の畑のなかや、電柱やポストの影を探したが、とうとう広明くんを見つけられなかった。



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「・・・困ったもんだな」


「(あー、ウゼえ、マジうぜえ、なんでオレちゃんが、ガキなんか探さなきゃなんねえんだよ)」


栄一の心の声は、なんのホラーがわからないが、おれにしか聞こえない。


「(つーか、さみー、マジさみー、冬ムカツク、マジコロス、冬コロス、さみー、あー、あー!)」
「(だ、だいじょうぶか、栄一?)」
「(いやいやこりゃやべえよ、マジやべえよ、オレちゃんがこんな苦労を味わわされるなんてよー)」
「(え? お前、来たばっかじゃね? おれと椿姫は寒空の下でずっと探してたよ?)」
「(こりゃよう、その広明ってガキんちょを見つけ出したら、オレマジやべえよ、マジ大人をからかった罪っつーの? 人生の厳しさを教えちゃうよぉ?)」


・・・たいしてなにもしてないくせに、かなりお怒りになられていた。


そのとき、椿姫が小さくうめいた。


「あ・・・広明?」


「なにぃいぃっ!?」

 

 

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家の塀の影、暗がりからひょっこり顔を出した。


「えへへ・・・びっくりした?」


いたずらっ子の笑みだった。


「広明・・・」


ようやく肩の力が抜けたようだ。


「ずっと、ここに隠れてたんだよ?」
「もう・・・」
「お姉ちゃんたちが、家を出てくのも見えたんだけど、隠れてたの」


悪びれた様子もない。


「どう? わかんなかったでしょ?」


子供のやることとはいえ、ちょっとたちが悪いな。

おれはともかく、椿姫は本気で心配していたのだ。


「あー、楽しかったー」


伸びをする弟の前で、椿姫が膝を折った。

同じ目線で、向き合う。


「広明」
「どしたの、お姉ちゃん?」


さすがに、叱りつけるのかと思った。

いや、期待していた。

いつも幸せそうに笑っている椿姫の、別の一面が見られるのかと・・・。

 


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「良かったよ・・・」


それだけ言って、抱きしめた。

おれは、ちらりと、椿姫の横顔を見た。

弟の無事をただただ喜ぶ、姉の表情があった。


「本当に、良かったよ・・・」


弟を安心させるように、また幸せそうに笑っていた。


「お姉ちゃん、ボクをたくさん探した?」
「うん」
「寒かった?」
「平気だったよ。 広明は?」
「ボクは寒くなかった。 もう、眠いよ」
「そっか、じゃあ、いっしょに寝ようか?」
「うん。 やったー!」


椿姫は立ち上がって、弟の手を引いた。


「ちょっと、椿姫・・・」


気に入らなかった。

これでは、広明はまた同じことをする。

それを口にしようとしたとき、広明が言った。


「ごめんね、お姉ちゃん」



「・・・・・・」



「もうしないよ」
「そう?」
「うん、しない。 ぜったいしない」


「どうしたんだ、急に?」
「だって、お姉ちゃん優しいんだもん」


つながれた姉弟の手のひらに、力がこもったように見えた。

 

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「二人とも、ごめんね、ありがとう」
「ああ・・・」


居心地が悪かった。

敷地の外で、立ちつくした。

家族の結束を見せつけられ、所在なげに突っ立っている。


「ちょ、ちょ、ちょっと、ちょっとぉっ!?」


沈黙を破ったのは栄一だった。

 

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「え? ウソォ? オレなにしに来たの? ていうかマジさみぃんですけどぉ?」


普段学園でかぶっているいい子ちゃんの仮面は捨てたようだ。


「あ、ご、ごめんね、 栄一くん。 ご飯でも食べていく?」
「ごはんー?」
「うん。 肉じゃがだけど」
「え? マジ肉じゃが? ウソ、いいじゃん。
ボク肉じゃが大好き。 甘いもんの次に大好き」
「ふふっ、じゃあ入って」



「おれは、もう帰るわ」


背を向けた。


「え? お茶でも飲んでいかない?」
「いや、ちょっと用事あるし」
「お風呂入っていかない?」
「はは・・・いいってば」
「ごめんね。 きっちりとお礼したくて」
「じゃあ、明日な」


歩みだす。


「京介、じゃあなー」



・・・。


冷たいはずの夜風が気にならなかった。

知恵熱というやつだろうか。

おれは、どうやってこの家族に立ち退きを迫るべきかを真剣に考え始めていた。


・・・・・・。

 

・・・。

 


―――――



・・・。



・・・・・・。




 

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今夜は、ひどく冷える。

誘拐はもっとも卑劣な犯罪だとされている。

しかし、卑劣でない犯罪などあるのだろうか。

"魔王"は、これから犯そうとしていることが罪であることをしっかりと認識していた。


ひと通りの調べは済んだ。


結論は出た。

美輪椿姫の一家が、家を出ていかないのは金の問題ではない。

大正時代から続いた土地だった。

父親にも意地があるだろう。

立ち退きを求めるにしても、スマートな方法では、どれくらいの時間を要するかわからない。

また、時間を費やして説得を試みたとしても、いい返事が得られるとは思えなかった。


金の問題ではない。


しかし、そこに大きな落とし穴がある。

金の問題ではないことが、ままある。

それは認める。

たとえば情であり、家族愛であり、なんらかの矜持である。

しかし、そういったものは、ほとんどの場合、金の問題にすりかえることができるのだった。


"魔王"の構想は、金の問題ではないことを金の問題にしてしまうことだった。

その手段に、犯罪という形を取った。

それも完璧と思われる形を。


「あとは、宇佐美がどう動くか・・・」


幽鬼のようにおぼろげな足取りで、その場をあとにした。


・・・・・・。

 

・・・。

 


―――――



・・・。



・・・・・・。





翌日すぐに、秋元氏のところに出向いた。


 

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「やあ、京介くん。 おはよう」


カウンセリングルームはいつも清潔で、秋元氏はいつも仏のように微笑んでいる。


「おはようございます。 今日も、きっちり一時間でよろしくお願いします」
「わかってるよ。 学園もあるだろうしね」


学園は午後から出ることにしていた。


「さて、前回は、どんな話をしていたっけ?」
「僕の生い立ちでしたね」
「よく覚えてるね」
「はあ・・・」
「いや、失礼。
前回の最後にも、君のことを忘れっぽい性格だなんて言ってしまったね?」
「そうでしたか? 覚えていませんし、気にもしていませんが?」
「覚えてない?」
「・・・なんです?」


おれは軽く笑う。


「まさか、おれが記憶に関する病気でも持っているとでも?」
「いやいや、安心して。 君が診察料を払い忘れたことはないよ」
「それはよかった・・・」


なかなか口達者な先生だ。


「今回、聞いてみたいのはね、京介くん」


子豚のようにふっくらとした丸顔が、少し迫ってきた。


「君の、お父さんのことなんだ」
「浅井権三、ですか?」


違うという予感はあった。


「実のお父さんだよ」


直後、胃がしめつけられた。


「商社の人間でした」
「うん」
「借金はありましたが、素晴らしい父だったと思います」
「なるほど」
「それ以上は、話すことはありません」


目を背けた。


「・・・亡くなっているのかな?」
「権三から聞いてませんか?」


秋元氏とは権三の紹介で知り合った仲だ。


「なにも」


じっと見据えてくる。


「とにかく、話題を変えていただけませんか? 思い出したくもないんです」


決して、思い出したくない。

いつも、鍵をかけている記憶の扉だった。


「それだけ嫌な出来事があったんだね?」
「秋元さん、別の話題を」


まったく・・・。

こっちは、まともにカウンセリングなんて受けてやるつもりは毛頭ないんだ。

ただ、学園の出席日数をごまかせる書類が欲しい。

だから、金を払って、茶番みたいな会話を続けていればいいんだ。


「京介くん、君にやる気がなくても、私はいつも本気なんだよ? 仕事だからね・・・」


まるで、心のうちを見透かされたよう。


「遊びじゃないんだよ、ね?」


その瞬間、人は見かけによらないという通説が、頭をよぎった。


忘れていた。


「あなたは、権三とお知り合いなんでしたね」


子豚が、一瞬だけ山猪の形相となって、おれをにらみつけたのだ。


「君になんの異常もないというのなら、すぐにも通うのをやめてもらう。
重ねて言うが、私だって仕事なんだよ、時間は貴重だ。 君ならわかるね?」
「ということは、秋元さんは、本気で、僕に異常があるのではないかと疑っているんですね?」


秋元氏はあいまいに首を振った。

けっきょく、返事はなかった。


「まあいいです。 うちの父の話でしたね?」
「名前を聞いてもいいかな?」
「利勝です」


あえて、名字は言わなかった。


「商社に勤めていらっしゃったと?」
「山王物産です」
「ははあ・・・あの・・・」


山王物産に勤めているという肩書きだけで、たいていの人は立派だとか高学歴だとかいう印象を
持つ。

そして、それは間違ってはいない。


「じゃあ、転勤が多かったんじゃないかな? 海外とか行ったかい?」
「いや、僕が物心ついたときには、それほどでもなかったような気がします。
たしか、本社の経理の仕事を任されるようになったとか・・・」
「そっか。 君は、ちょっと普通の子とは違うから、帰国子女なのかと思ったよ」


おれは小さく笑って、首を振った。


「ところで、君のお父さんは、商社に勤めていて、どうして借金を・・・?」
「マイホームを建てたかったようです」


冗談だった。


「偏見かもしれないが、山王物産の経理をしていたような方が、マイホームを持つのに消費者金融
を頼るとは思えないよ」


秋元氏の言うとおり、父は、借金を返すために闇金にまで手を出していた。


「騙されたんですよ」
「騙された?」
「よくある話です。
信頼していた友人の、連帯保証人になってしまったんです」


そのとき、秋元氏が息を呑んだ。


「・・・ちょっと待ってくれないか?」
「・・・・・・」


どうやら、気づいたようだ。


「君のお父さんというのは・・・」


畏怖にも似た表情が、顔に広がっていった。


「ひょっとして・・・」
「その通りです」
「利勝、といったね?」


おれは、自分の心が急速に冷えていくのを自覚していた。


「そう。 あの、鮫島利勝ですよ」


・・・・・・。


・・・。

 



その後、あっという間に時が過ぎた。

秋元氏は、何も言わず、ずっと目を閉じていた。

退室して、ようやく気持ちが落ち着いてきた。

学園へ、向かった。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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「兄さん、兄さんっ」


登校すると、すぐさま花音にまとわりつかれた。

花音は、最近は合宿とやらで、ずっと学園を休んでいたようだ。


「聞いて聞いて聞いてー!」
「お、おう、なんだ?」

 

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「みんなも聞いてー!」


「なんすか」

「なにかな?」

「んー?」


一同の前で、えっへんとばかりに胸を張る。


「のんちゃんね、今度テレビ出るよー!」


「わ、すごーい!」

「へええ、いついつ!?」
「生放送だよー」
「うんうん、いつ?」
「ゲスト出演するの!」
「だからいつなの?」
「『二十四時間ぶっ続け生テレビ』っていう番組だよー!」
「(だから、オレの話を聞けよ、んのアマァ!)」


「ほほー、いいね。
あの企画に呼ばれるなんて、花音もビッグになったなあ」


「どんなことするの?」
「んとねー、セントラル街でね、夜中ね、マラソンしてる人に応援するんだって」


「夜中、か」
「ちょうど、のんちゃんのいるところが、マラソンの休憩地点みたいで、のんちゃんが、お水とか渡すの」
「そうか、人もいっぱい集まるだろうな」


人が集まれば、金も集まるというもの。


「偉いぞ、花音」
「やったー! 兄さんに褒められたー」


そのとき、宇佐美がぼそりと言った。


「自分も、テレビ経験あるんすよね」
「は?」


「えー、本当?」


ウソに決まっている。


「なんだよ、鬱系芸人として、お笑い番組にでも出たのか?」
「いえいえ、アーティストとして」


「芸人?」
「いわゆるひとつの芸人ですね」

 

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「やっぱり芸人なんじゃねえかよ」
「まあ、わたしの話はいいじゃないですか」
「お前からふって来たんだろうが!」


「うさみん、おもしろいなー。 お笑い芸人さんだったんだねー」


「みんなすごいな。
わたしだけ特に目立った行動とかしてないけど、わたしはそれでいいんです○(まる)」


昼休みは馬鹿騒ぎをして終わった。


・・・・・・。

 

・・・。

 



下校の時間となって、おれは教室を飛び出していた。

通話をしながら、生徒たちの間を縫うように歩いた。


「ああ、浅井京介です。 いまからそちらに向かいますので・・・」


山王物産のデベロッパーと話をしなければならない。

あまり面を合わせたくはないが、地上げがはかどっていない以上、顔を合わせて謝罪しなければ
ならなかった。


「あ、浅井くん!」


椿姫の声が聞こえた。

おれはかまわず、通話を続けていた。


「・・・え、ちょっと遅いほうがいいですか? はあ、なるほど・・・ええ、私はかまいませんが?」


待ち合わせの時間まで間ができた。

 


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そこに、タイミングよく椿姫が言った。


「浅井くん、ちょっと遊んでいかない?」


おれは挨拶をして電話を切ると、椿姫に顔を向けた。


「一時間くらいだったらいいぞ?」
「うん」
「セントラル街でいいか?」
「うんうんっ」


子供のように従順にうなずいた。


「昨日のお礼がしたかったんだよ」
「昨日?」
「広明、探してくれたでしょう?」
「・・・・・・」
「え?」
「あ、ああ、そんなことのお礼か・・・」
「ふふっ、変な浅井くんっ」


おれたちは、セントラル街に足を運んだ。


・・・・・・。

 

・・・。

 


夕時のセントラル街は、いつも人で溢れている。

 

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「で、どんなお礼してくれるんだ?」
「うん、クラシックのCDとかどうかなと思って」
「え? くれるの?」
「なにがいいかな?」
「気持ちはうれしいけど、欲しいCDは全部持ってるから」
「あ、それもそうだね。 浅井くん、クラシック通だもんね」
「え? マニア? マニアだって?
マニアじゃねえよ、おれ程度がマニアを自称したら、本当のマニアの人に失礼だぞ」
「(べ、別にマニアとか言ってないんだけどな・・・)」
「あ、でも、待てよ。 そろそろ、アレが出るような・・・」
「アレ?」
「ちょっと気に入ってる演奏家がいてさ。
いまは活動を休止しちゃったらしいんだけど、とりあえずCDは出てるんだよね」


版権を持っている側は、クリエイターが活動をやめようがなんだろうが、あの手この手で商品を出
し続けるものだ。


「なんの楽器?」
「ヴァイオリンだよ」
「へえ、バイオリンなんだ」
「バイオリンじゃなくて、ヴァイオリン。

ヴァ、だよ、ヴァ!」
「ご、ごめん・・・」
「その人のエールが最高でさ」
「エールっていうと?」
「G線上のアリア。
マジ泣けるよ。最近になって、鎮魂歌に使われてるのもわからんでもない。
むしろおれが鎮魂されたい」
「えっと、G線上のアリアって、鎮魂歌なの?」
「まあ、そうでもないんだろうけどね。
ほら、アメリカで大きなテロがあったろ? そのときにも使われたんだよね」
「へえ、知らなかった」
「なんにせよ、楽しみにしてるよ」
「楽しそうだね」
「ああ・・・」
「楽しそうだね」
「なんで二回言うんだよ」

 

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「浅井くん、クラシックの話になると、生き生きするね」
「はあ・・・かもな」
「浅井くんがたのしそうだと、なんだかわたしもうれしいよ」
「・・・そうか」


気恥ずかしいことを平気でいうヤツだな。


「とりあえず、CDの礼はいいよ。 そうだな、コーヒーでもおごってくれ」
「うんっ」

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

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「お前って、バイトしてるわけじゃないよな?」
「そだよ?」
「じゃあ、小遣いもらってるのか?」


椿姫のおごりで頼んだコーヒーをちらりと見た。


「ううん、うちってそんなに裕福なわけじゃないからね」
「貯金してるのか?」
「夏休みとお正月にアルバイトしてたんだよ。 それで、なんとかやりくりしてるの」
「普段は、しないんだな?」
「弟を保育園に迎えに行ったりするからね。 アルバイトしている暇はないかな」
「なるほど、それでこの前も、すぐに帰ったんだな?」


椿姫とここに来るのは二度目のような気がする。

前は、ここで、少し話をしただけで、別れたのだ。


「今日も、もう少ししたら帰るね」
「広明くんを迎えに行くんだな?」


椿姫はうなずいた。

おれはそれとなく、探りを入れていくことにした。


「なあ、お前の家って、家族多いよな?」
「そだね、びっくりしたでしょ?」
「家計とかどうなの? けっこう苦しかったり?」
「どうかな、苦労したことはないけど・・・?」


おれは神妙な顔をしてみせた。


「ちょっとさ、知り合いの不動産屋に聞いてみたんだけどな」
「うん」
「やっぱり、あの辺の土地ってさ、いま注目されてるみたいで、かなりの値がつくんだってさ」
「・・・そうらしいね」
「怒らないで聞いてくれよ?
もし、立ち退きするんなら、引越し代から、引越先のマンションの前家賃まで出すっていう、人もいてくれてさ・・・」


椿姫は、黙ったままだった。

ここは、あまり押さないほうがいいな。


「悪い。 出て行く気はないんだもんな」
「ううん、心配してくれてるんだよね?」
「山王物産っていう大きな商社がからんでるんだよ。
東区の観光開発は市とも連携してる事業みたいでさ、なかなか断り続けるのも難しいと思うんだ」
「うちの近くの景色もどんどん変わってるもんね。 ご近所さんも、かなりいなくなっちゃったみたい」
「まあ、地上げっていうとほんと聞こえが悪いけどさ、いちおう、みんなが儲かるように考えられてるんだよ。 立ち退く人も、開発する人もね」
「うん、スキー場の周りに遊園地とかできたら、街の人も喜ぶもんね」


とはいえ、立ち退きを迫られた家族より、開発側のほうが、ずっと儲かるわけだが。

 

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「ひょっとして、大きな目で見たら、うちがわがまましてるってことになるのかな?」
「そうまではいわないけどさ・・・」


そういうことなんだよ。


「でもね、浅井くん」
「ん?」


椿姫の瞳はとても大きい。


「わたしは、お父さんの意見に従うんだよ」


情熱のようなものを感じた。


「だって、家族だもの」


揺るぎない、剥き出しの本音が、目の前にあった。


「お父さんは、たとえ、あの辺でうちだけが取り残されても、出て行かないと思うな。
わたし、そういうお父さんを応援したいの」


これでは、たとえ椿姫を籠絡したとしても、無駄だろう。

恋人よりも家族を選ぶ。

 

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「そうか・・・そこまでお父さんが好きか?」
「大好きだよ」


たとえばセントラル街で遊びふけているいまどきの若者のなかで、真顔で父親のことを大好きだ、
などと、果たして何人が言えるだろうか。


「なんか、お父さんと、いい思い出とかあるのか?」
「思い出?」
「ほら、なんだろ・・・美談っていうのかな?
子供のころ山で遭難しかけたところを、必死になって探してもらったとかさ」


椿姫はくすくすと笑った。


「特にないよ、全然普通だよ。
家族でちょっとおしゃれなレストランに食事したり、みんなでリンゴとったりしたくらいかな・・・」
「・・・そんなもんか」
「美談かあ・・・そういうのなくても、お父さんは大好きだよ」


椿姫の何かが気に入らないと思っていたが、それが、ようやくわかってきた。

かっこうが良すぎるのだ。

宇佐美を助けたときもそうだ。

友達が友達であるという理由だけで、椿姫は信じる。

家族が家族であるという理由だけで、椿姫は信じる。

だからこそ、おれみたいな人間はこう疑って、居心地を悪くする。


――そんなヤツ、本当にいるのかねえ、と。

 


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「あ、ごめん、そろそろ帰らなきゃ」
「お、もう、そんな時間か」
「昨日は、本当にありがとう。 これからもよろしくね」


笑顔が、うっとうしいくらいに、まぶしかった。


・・・・・・。

 

・・・。

 


・・・椿姫と別れると、すぐさま電話をした。

相手はこれから伺うはずだった、山王物産のデベロッパーだった。


「申し訳ありません、緊急で、はずせない用事ができまして・・・ええ、必ず、なんとかしてみせますので・・・はい・・・」


ひどく、気分が悪かった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 


 ―――――



・・・。



・・・・・・。




 

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今日は、かなり昼が短い日だった。


空が紫がかって、東区の町並みは、まもなく夜を迎えようとしていた。

日没は、もっとも人間が油断する時刻だという。

 


・・・。



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それは、幼い子供とて例外ではないのかもしれない。


「坊や、こんにちは」


"魔王"は、前もって顔につけておいたお面の下から、くぐもった声をだした。


少年は、警戒した様子もなく、こちらに歩み寄ってきた。

あたりに人気はない。

東区の公園近く、寂れた歩道だった。

あたりには市の整備を受けていないケヤキの木々が、うっそうと生い茂っている。

富万別市の中心から離れた地域だけあって、めったに人は通らない。

逆に、もし人が来れば、すぐにでも計画を中止するつもりだった。

それぐらい、いまの"魔王"の格好は目立ちすぎた。

 

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「わあ、お馬さんだー!」


少年は、"魔王"がかぶっている馬のお面に関心を抱いたようだ。


「お馬さん、どうしたのー?」


"魔王"は少し腰を落として、話しかけた。


「困ってるんだ。 道がわからないんだよ」
「道がわからないの?」
「助けてもらえないかな?」


間をおかずして、あどけない笑みが少年の顔に広がった。


「うん、助けるよ。
困ってる人は助けなきゃいけないって、お姉ちゃんが言ってたんだー」
「そう、ありがとう。 いい、お姉ちゃんだね」
「どこに行きたいのー?」
「美輪さんの家に行きたいんだ」
「美輪?」
「うん、知らないかな?」

 

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少年の大きな目がくりくりと動いた。


「美輪って、ボクのおうちだよー?」


"魔王"も、お面の下で、驚いたふうに目を丸くした。


「へえ、案内してもらえないかな?」
「いいよー」


人なつっこい少年だった。

まだ、人を疑うということを知らない。


「車なんだけど、乗ってもらえるかな?」


"魔王"は振り返って、あらかじめ停めておいた白いセダンを指差した。


「お馬さんなのに、車なの?」


小さな首が不思議そうに曲がった。

さすがに知らない人の車に乗ってはいけないことぐらいは教えられているのか。

"魔王"はすかさず機転を利かせた。


「お馬さん、怪我してるんだ。 だから自分の足で歩けないんだ」
「え、だいじょうぶ!?」
「坊やに案内してもらえれば、きっとだいじょうぶだよ」
「わかった。 ボク、がんばるねっ!」


言うや否や、車に向かって駆け出した。

"魔王"が鍵を開けると、よじ登るようにして後部座席に乗り込んだ。

"魔王"も、少年を押しやるように後部座席についた。

運転席には、別の男が座っていた。

日本人ではない。

今回の計画のために用意した外国人だった。

警察に捕まればすぐさま強制送還になる。

しかし、そういった不良外国人は、こういった犯罪行為においては優れた共犯者になりえた。


金を払い、やるべきことをやってもらえば、あとは国に帰ってもらうだけ。

密航の準備も整えてやっている。

日本語もろくにわからないから、こちらの計画を聞かれたとしても心配はない。

この運転手から、"魔王"の存在が警察に露見する可能性は皆無といってよかった。


・・・。


ドアを閉めた。

"魔王"はそれまで、注意深くあたりを観察し、目撃者の有無を確認していた。

下手な誘拐犯は、まずここでミスをする。

警察の地どり捜査は、甘いものではない。

優秀な刑事たちは足を棒にして歩き、聞き込みを重ね、必ず目撃者を探し当てる。

誘拐の瞬間を人に見られるなど、最初から勝負を捨てているようなものだ。


絶対に、誰にも見られてはならなかった。


通りを歩いていた人はいない。

近くに人の住む家屋はないから、たとえば二階のベランダの窓越しから見られていた、ということもない。

"魔王"は、前後左右の状況確認をわずかの時間でやってのけた。


「出せ」


絶対の自信を持ててようやく、英語で命じた。

車は静かに発進した。


「ねえ、どこ行くの? ボクんちは、あっちだよ?」


少年が身を乗り出した。

"魔王"の膝に片手を預け、窓の外を指差している。

少年の細い首が、"魔王"の目の前にあった。


"魔王"はズボンのポケットから、白い布を取り出した。

広げて右の手のひらを覆った。

布には別にエーテルやクロロフォルムといった類の薬品を染み込ませているわけではない。


「広明くん」


初めて少年の名を呼んだ。


「どうしてお馬さんがボクの名前を知って・・・」


腕を伸ばした。

少年の疑問は最後まで言葉にならなかった。

首に狙いをつけた。

両側の頸動脈。

親指と中指で蜘蛛のような素早さで迫った。


苦痛は与えないつもりだった。

少年が意識を失うまで数秒もかからなかっただろう。

失禁することも予想していたが、口に泡を吹かせただけだった。

布でふきとってやると、あとは穏やかな五歳の寝顔が残った。


布を用いたのは、爪の間に少年の細胞が付着することを恐れたからだ。

もちろん、今夜は念入りに入浴し、着ている服も焼却する。

髪の毛一つ、証拠を残すつもりはない。

これは、万に一つ、自分が警察の取調べを受けた場合を想定しての安全策だった。


病的なまでの慎重さといえた。

しかし、慎重にことを運ばずして、完全犯罪が成立するはずがない。


「いい子だ・・・」


ぽつりとつぶやいた。


夜が訪れていた。


街灯の光が車の窓から差し込んで、なんの罪もない少年の顔を、頼りなく照らしていた。


・・・・・・。

 

・・・。

 


 

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夜十時。


少年はひとまず郊外の廃墟に置いてきた。

古ぼけた廃病院だった。

そこには地元の人間も近づかない。

暴走族やホームレスの類ですら、この季節は寄りつかないということを、事前に調べ上げていた。

泣いてもわめいても、人は来ない。

誘拐犯にとっては絶好の施設だった。


当然、逃げ出せないよう、厳重に戸締まりはしてきた。

少年を閉じ込めた部屋の外にストッパーをかませ、中からは開けられないようにした。

部屋のなかには、毛布を三枚と、水、食料を十分な量で用意しておいた。

ストーブをたいて、暖も整えている。

今後、ある程度世話をしてやる必要はあるが、少しぐらい面倒をみなくても死ぬことはないだろう。


"魔王"は、次の準備として、南区の住宅街を訪れていた。

静まり返った高級住宅地を、一人で歩いている。

誘拐犯の目的は身代金を奪取することである。

"魔王"はすでに、おおよその作戦を考えあげていた。

いまは現地を下見して、作戦の不備を確認する段階に入っていた。


――おおむね、問題はなさそうだ。


満足し、駅に向かって足を運んだ。

あまり長居をしていると、不審者と間違われる。

南区は富裕層の住む町だ。

警官の巡回も多いことだろう。


不意に、空から声がふってきた。


「浅井くん・・・?」


思わず、見上げた。

敷地の広い家の三階。

バルコニーに柵から身を乗り出すようにして、一人の少女が顔を出していた。


とっさに家の表札を見た。


――白鳥。


建設会社の社長の家だ。

自由ヶ咲学園の理事にも就任している。


「こんな時間に、なにをしているの?」


少女の表情までは見えないが、声には敵意のような圧迫感があった。


"魔王"は瞬時の選択を迫られた。


すなわち、何か声を返すべきか。

それとも無視して去るべきか。

一瞬の逡巡の後、"魔王"はうつむいて答えた。


「誰かと間違えていないか?」


それだけ言って、歩きだした。


「あ、ちょっと待ちなさい・・・!」


声が無人の町に響いた。

人が集まってきては困る。

足早に白鳥家を離れた。


――浅井。


その名を耳にして、"魔王"の心は、どす黒く沈んでいった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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ひどい頭痛が襲ってきた。

地下鉄を降りて、オフィス街に出ても心は晴れなかった。

暗い胸中は、霜が降りたように、凍りついている。


「浅井ではない・・・」


赦せなかった。


浅井は・・・浅井権三は、母を追い詰めたのだ。

借金に苦しむ家族に、鬼のような責め苦を味わわせたのだ。

"魔王"は何度も心に言い聞かせた。

おれは、鮫島利勝の息子なのだと。

浅井と名乗っている誰かを殺してやりたい気分になった。


"魔王"とすれ違う人々は目を伏せ、慌てて道を譲っていた。


父のことを思い出す。


誰もが、あの鮫島利勝といって、眉をひそめる父のことを・・・。


"魔王"は、父の前で、無念を晴らすと誓った。

そのために血の滲むような準備をしてきた。

誰にも邪魔はさせない。

警察であろうと、暴力団であろうと、たった一人の勇者であろうと、容赦はしない。


「見つかるものか・・・」


もう、自分は無力な小僧ではない。

 

実力を――金を手に入れた。

 

それが証拠に、誰も気づいていない。

 

まだ、誰も知らない。

 

おれこそが――。

 

 

 

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――魔王だということに。


おれは夜空を見上げる。

戦いのときは来た。

腕を伸ばす。

高く、高く・・・月を握り潰すかのように。


「・・・っ」


脳内に響く頭痛はいまだに治まらない。

まるで、おれのなかにもう一人の人格でもいて、そいつが邪魔でもしているようだ。

けれど、頭痛を抑えるすべはある。

復讐の計画を練るのだ。

戦い、奪い、勝利する。

そうすれば、すがすがしい気分になれる。

いまは、まず、当面の身代金誘拐を成功させることだ。

完璧と思われる計画を、慎重すぎるほど慎重に練り上げた。

あとは、それを躊躇せず、大胆に実行するだけ。

おれはすぐさま、携帯電話の番号を押した。

いまはもう、深夜零時。

普通の家なら、寝ていてもおかしくはない時間帯だ。

三度目のコールのあと、静かに通話がつながった。


「はい、美輪です!」


普通の精神状態ではないことが、声でわかった。


「もしもしっ!? どちら様ですか!?」


椿姫が必死なのは、無論、こんな時間になっても弟が帰って来ていないからだ。

泣いているのかもしれない。

おれは、なんの罪もない家族を地獄に叩き落としているのだ。

まさに、"魔王"の所業ではないか。

いまにもわめきだしそうな椿姫に対して、おれは声色を選び、ゆっくりと言い放った。

 

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「子供は預かった。
子供の命が惜しければ、私の指示に従え。
月並みだが、警察には連絡するな」

 

・・・。