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G線上の魔王【9】

 


・・・。



 

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「ちょっと聞いてくれよ、京介ちゃんよぉ」


翌日、おれは学園に出ていた。


「オレ、今日生誕祭なわけだよ」
「生誕祭だあ?」
「どうよ、びっくりしただろ?」
「びっくりしねえけど、誕生日ってことか?」
「ほらだせよ、貢物」
「昼飯のパンとかでいいか?」
「よかねえよ、ブランドモノの財布とかにしろよ」
「おれはお前の客でもなんでもねえぞ」


あっち行けとばかりに手をふった。


「ねえ、宇佐美さん、なんかちょうだいよ」


おれの前の席の宇佐美にたかりだした。

 

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「・・・・・・」
「宇佐美さん、ボク誕生日なんだよー?」
「・・・・・・」


宇佐美は、ずっと考え込んでいた。


「誕生日ったら誕生日なんだよ、宇佐美さんっ」
「・・・・・・」


宇佐美は黙って、栄一に腕を差し向けた。


「おめでとうございます」
「ありがとう・・・って、なにこれ、福引券?」
「ええまあ、期限切れてますけど」
「ちょっとちょっと!」

 

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「かわりに、肩たたき券として機能することにします」
「肩もんでくれるの?」
「はい、いつでも言ってください」
「やったー! じゃあ、いますぐもんでよ!」
「いますか?」
「いま、いま!」
「わかりました」
「(へっへっへ、一度この生意気な女をこき使ってみたかったんだよなー、せいぜいオレのために働いてくれやあ・・・!)」


宇佐美は栄一の背後に回った。


「こうしてみると、栄一ってホントに背が低いなあ・・・」


などと言っていると、肩もみが始まった。


「んじゃ、いきますんで」
「うんうん・・・って、いでえ!」
「はい?」
「いだだ! ちょ、ちょっと手加減して!」
「はあ」
「ま、まだ、まだ痛いよ!」
「すみません、ちょっと考え事してまして」
「あとで考えてよ!」
「こんぐらいすかね?」
「あだだだだ!」
「ていうかエテ吉さん、ぜんぜん肩こってないじゃないすか」
「そ、そお?」
「だから痛いんすよ」
「宇佐美さんの握力が異常なんじゃない?」


「そんなに強いのか?」
「いや、ほんと、京介くんもやってもらいなよ」


「とりあえず、終わります。 あまり心地よくなかったようで、申し訳ないです」


宇佐美はまた、席についた。


「おい、宇佐美、おれにもちょっとやってくれよ」
「浅井さんは、誕生日じゃないでしょう?」
「いいじゃないか、少しくらい」
「いやですよ、とりわけ浅井さんはいやです」
「・・・嫌われたもんだな」
「・・・・・・」
「昨日の失態で落ち込んでるんだろうが、八つ当たりはやめてほしいもんだ」
「八つ当たりをしているわけではありませんが、そう思われても仕方がないので、謝ります」
「別に、謝らなくていいが・・・」
「いえ、すんませんでした」
「・・・・・・」


・・・こいつなりに責任を感じて、落ち込んでるのかな。


「でも、浅井さんに肩もみはいやです」


ぼそりと言った。


「こんなところで・・・」


・・・・・・。

 

・・・。

 



廊下に出ると椿姫に出くわした。

 

 

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「おはよう、浅井くん」
「よう、もう出てくるのか?」
「うん、学園を休んでてもしょうがないから」
「それはそうだが、だいじょうぶか? 気分的に」


椿姫はいつもと同じように穏やかな顔をしている。

けれど、取り繕っているようにも見える。


「犯人から、連絡はあったか?」


小声で聞いた。

 

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「・・・ううん」
「そっか、広明くんだいじょうぶかな・・・」
「とりあえず、いつ連絡がかかってきてもいいように、携帯電話は持ってきてるよ」
「ん、そうか。 先生には見つからないようにするんだぞ?」


言うと、椿姫は控えめに笑った。


「なんだか、悪い子になっちゃった気分だよ。
きのうも、いろんな人にぶつかったのに、謝る暇もなくて・・・」
「しょうがないさ、気にするなって」
「警察の人からも、逃げちゃったし・・・」
「誰だって逃げるさ。
逃げなかったら、犯人は確実に取引を中止しただろうからな」
「ごめん、ありがとうね」
「元気出せよ。 お前はやれることはやったんだから」

 

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「うんっ」


それにしても、犯人はきちんと人質を返すつもりなのだろうか。

椿姫たちがやけを起こして、警察でも呼ばれたら、すべてが水の泡だ。


「ああ、そうだ、今日な、栄一が誕生日らしいぞ」
「え?」


目を丸くした。


「そうだっけ?」


日記を取り出して、食い入るように見た。


「おかしいな・・・栄一くんのお誕生日は六月のはずだけど?」
「・・・マジか?」


あの野郎・・・。


・・・・・・。

 

・・・。

 



昼休みになった。

栄一はなにやらプレゼントらしきモノをたくさん両手にかかえていた。

 

「(へっへっへ、大漁、大漁だぜ。 それにしても京介もマジ忘れっぽい野郎だぜ、予想どおりオレの誕生日を勘違いしてやがった。 それにしても誕生日が年に二回あるなんて、オレマジホストの才能あるんじゃねえの?)」



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「エイちゃん、今日誕生日なのー? プレゼントなにがいい?」
「兄さんに頼んで、高級腕時計を買ってもらってよ」
「それじゃあ、わたしからのプレゼントにならないでしょ?
こう見えても、のんちゃんエイちゃんのこと大好きなんだよ?」
「ハハ、うれしいなー(冗談じゃねえぞ、バーロー。 オメーのせいで何度苦渋を味わわされたことか!)」
「んー、今度、手料理作ってあげるね」
「え? 意外だね。 ごはんとか作れるんだ?」
「ひやむぎとか得意だよ」
「(バカやろう! なんで真冬に、んなつめてーもん食わにゃならねえんだ!)」
「あと、かき氷削るのもうまいよ? スケート選手だけにね」
「ハハ、うまい! うまいなー、花音ちゃんは」


「おい、栄一」
「あ、京介くんに、椿姫ちゃんも」


栄一は、椿姫に歩み寄った。

 

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「椿姫ちゃん、元気? ガッコ来れるってことは、もういろいろ心配ないんだね?」
「あ、うん・・・いろいろ迷惑かけたね」
「いいんだよいいんだよ、それよりプレゼントちょうだい」


くれといわんばかりに、手を差し伸べた。


「えと、そのことなんだけど・・・」


椿姫は首をかしげた。


「記憶違いかな? たしか栄一くんの誕生日って六月じゃなかったっけ?」
「えっ!?」
「あれ? やっぱり、わたしの間違えかな? そう日記に書いてあったから・・・ごめんね」
「いやいや、今日だよ。 うん、勘違いしてるんじゃないかな?(ふー、あぶねえぜ、椿姫が善人じゃなかったら、アウトだったぜー)」


・・・本当に腹黒い野郎だな。

 

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「おい栄一、テメー」
「(な、なんだよ、この野郎。 オメーにはかんけいねえだろうが?)」
「でもな・・・」
「(オメーがなんか被害受けたかっつーの? オメーは地球温暖化の被害とかモロ受けてるんかっつーの? たいして受けてねーのにしゃしゃりでんなっつーの!)」


栄一の言ってることはキてるが、たしかにおれはなにも損してないな。


「(あ、でも待てよ、この展開・・・この展開いつものパターンじゃねえの、オレが調子いいと必ず邪魔してくる女が・・・!)」

 

 

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「エテ吉さん」



「(キタよ、めんどくせえのが!)」


栄一はとっさに身構え、防御の姿勢を取った。


「な、なにかなー? 今日はボクの誕生日だよー?」
「いや、それはいいんです」
「へ?」
「今日、ラーメンとか食べに行きませんか?」
「え? ラーメン?」
「はい、浅井さんと三人で」


「なんでおれも!?」


思わず身を乗り出した。


「いいけど、何時くらい?」
「バイト終わりで、九時くらいすかね」


「ちょっと待てよ、おれは無理だ」


今日は、権三に報告して、椿姫の家を山王物産に売り渡す算段を整えて、街金とデベロッパーに挨拶して・・・やることは山ほどあるんだ。


「そこをなんとか」
「嫌だね。 どうせおれにラーメンをおごらせようっていう腹だろう?」
「いえ、エテ吉さんの誕生日でもあることですし、今回はわたしが出します」


「あ・・・そう? ありがとうね(おいおい、これ、完全勝利ってヤツじゃねえの? 気分いいねえ)」
「それじゃ、そういうことで」


「おい、おれは行かないからな・・・」


宇佐美は去っていった。

背中が、どこか寂しげだった。


・・・。


 

「ねえねえ、みんなテレビ見てくれた?」
「テレビ・・・」
「えー、見てないの? 生放送のヤツだよー?」
「あ、ああ・・・」


椿姫は、ようやく気づいたようだ。


「だから、あんなに混んでたんだ・・・そっか・・・どうりで聞いたことがあるような声がしたと思った・・・」


しかし、犯人はまさかその瞬間を狙っていたとはな・・・。


「ボク、見たよー。 花音ちゃん、かわいかった」
「のんちゃんも、まさかあの有名芸能人にお水を渡す日が来るとは思わなかったよー」


ミーハー根性丸出しだが、素直にうれしそうだった。


「なんかねー、ひったくり事件が起こったみたいで、すごかったよー。
テレビがきてるのにひったくりするなんて、犯人すごい度胸だよねー」


その後は、花音の自慢話を中心に昼休みが潰れていった。


・・・・・・。

 

・・・。

 



学園が終わると、おれはすぐに権三の屋敷に向かった。

 

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「・・・というわけで、ことは、順調に進んでいます」
「いいだろう。 お前のことだ。 差し押さえた土地を、すぐに山王物産に売り渡す手はずは整えているのだろう?」


うなずき、恐縮するように頭を垂れた。


「当初の予定より、高値で売り渡すことができそうです。
まあ、額の問題より、山王物産の信頼を得られたことのほうが、大きいと思っていますが」
「あまり、尻尾をふりすぎるなよ」
「心得てます」


・・・しかし、山王物産の影響力は権三でも無視しきれないものがあるはずだ。


「五千万の弁済はいつになっている?」
「いちおう、十日にさせました。 十日までは無利息でしたから。
ただ、十日で五千万も返せるわけがありませんので、まずあの土地は差し押さえたも同然かと」


まあ、十日以内に、犯人を捕まえ、身代金を奪い返すことができれば、話は別だが・・・。


「街金から五千も集めるのは苦労したんじゃないのか?」
「それは・・・お義父さんのおかげで、なんとか・・・そもそも担保は申し分なかったわけですし・・・」
「なるほど。 俺をずいぶんと利用したわけだな」


悪寒が走る。

 

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「美輪、椿姫だったか・・・」


悪寒が、胃にもたれかかった。

権三が、けだるそうに首を回した。


「まさか、そんな雌に心を動かしたのではないだろうな?」
「冗談はやめてください。 この前、お義父さんに誓ったばかりじゃないですか」


・・・本当に、それだけはありえない。

椿姫なんて・・・偽善者とはいわないが、とてもおれなんかにふさわしい女と思えない。

もっとまともで、普通で善良な学園生とならお似合いだろう。


「京介・・・」


獣が、小動物を威嚇するべく、いななきを上げているかのようだった。


「野心がいつの間にか恋心に転じることはあるが、恋心が野心に戻ることはない」
「・・・・・・」


腑抜けになるなよ、ということか・・・。


「だが、恋の対象が消えてなくなれば、再び野心も目覚めよう」
「・・・・・・」
「邪魔なら、その女を消してやるぞ?」


やりかねない。

この怪物なら、人間一人を殺すことに、なんのためらいも持たないだろう。

そして、ためらいを持たないだけの手段と実力を備えているのだ。


「だいじょうぶです。 ご心配なく」
「俺も、信用はしている」


目つきが、とても危険だった。


「だから、一つ教えてやろう」
「・・・・・・」
「犯人が要求した白鳥建設の株だが・・・」
「はい・・・?」
「そろそろ、猛烈な勢いで売りに入るぞ」
「売りに・・・? 値が落ちるということですか?」
「暴落する」
「なぜ、そんなことを・・・」


・・・知っているのか、と聞きたかったが、権三ならインサイダー情報を知っていてもおかしくはない。


「ということは、犯人が奪取した身代金は・・・五千万の価値もなくなるということですね」


つまり、椿姫の一家は絶望的な状況に追い込まれたということだ。

たとえ、株券を取り返したとしても、五千万はもう返ってこないのだからな。

なんにせよ、急落中の株を売るというのは至難の業だし、もうあの家族に五千万の現金は作れないだろう。


「しかし、どうして・・・?」
「お前の学園に、警察の捜査が入っている。 詳しくは近く新聞でも読むがいい」
「わかりました。 しかし、犯人も滑稽ですね」
「そう思うか?」
「ええ、せっかく手に入れた株券が、本来の価値を失うんですから」
「あるいは・・・知っていたのかもしれんぞ」


極太の眉が跳ねる。


「白鳥建設の株価が落ちることは、少しでも山王物産に関わっている人間なら、誰でも予測できたことだろうからな」
「そうなのですか・・・?
しかし、そうなると、犯人は金目当てで誘拐事件を起こしたわけじゃないということになりますね」
「そんなことは、最初からわかっていただろう?」
「・・・・・・」


そういえば、おれは犯人の動機や目的などに、なんの興味も持たなかったな。

ただ、天からの神の・・・いや、悪魔の助けだとばかり思って、思考を停止していた。


「たしかに、金が目的なら、他に裕福な家庭はいくらでもありますからね」


いくら現在注目の土地を持っているからといって、なぜ椿姫の家を狙う必要があったんだ・・・?


「金の価値というものは、それを持つ人間にとって千差万別だ。
たとえば、俺やお前にとって五千などたいした額ではないが・・・」


・・・五千は、おれにとっては大金ですよ、お義父さん。


「その一家にとっては、身を切るような大切な金だ」
「つまり、犯人の真の目的は、椿姫の家を追い込みたかったのだと、お義父さんは推察しているんですね?」
「犯人は、その一家が不幸になって得をする人間だ。 たとえば・・・」

 

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それだけ言って、威圧するような視線をぶつけてきた。

おれ、だと言いたいのだ。


「たとえば、の話だがな」


低く、どす黒い笑いを撒き散らした。


「しかし、そうなると腑に落ちない点もある」
「え?」
「犯人はなぜ、身代金を奪ったのだろうな?」
「あ・・・」


そうか・・・白鳥建設の株が急落することを知っていたのなら、犯人はわざわざ身代金奪取を成功させる必要がないのだ。


「そうですね。 五千万を株券に換えさせた時点で、犯人の目的は達成されるのですから」
「しかも、身代金誘拐などという警察の足のつきやすいやり方を選んでいるのも解せん。
一家に金を吐き出させたいだけなら、盗みにでも入ったほうがまだ安全だ」


それにしても、この男はつくづく恐ろしいな。


「なにか、犯人の余裕というか、興のような匂いがするな」


おれから聞いた話だけで、どうしてこうも推理を組み立てていくんだ・・・?

暴力だけでのし上がれるほど、甘い世界に生きているわけではないということか。


「"魔王"・・・」


どういうわけか、おれの口はその言葉を発していた。


「ああっ?」


権三が、聞き逃すはずもなかった。


「いえ・・・その、最近学園に編入してきた宇佐美という女がいまして・・・。

そいつが、犯人が"魔王"だと言ってきかないものですから」
「根拠は?」
「なんでも、犯人は以前に"魔王"が宇佐美に与えた携帯電話を使って連絡を入れてきたとか・・・」
「ほう・・・」
「しかし、宇佐美は、なんというか頭のおかしいところもありまして、ただの妄想に取りつかれているだけとも思います」
「・・・・・・」


権三はおもむろに目を閉じた。


「お前の話を聞けば、妄想に取りつかれるほど、宇佐美と"魔王"の間には因縁があるということになるな?」
「・・・はあ・・・いえ、まあ、以前に、宇佐美が因縁があるとは言っていましたが」
「ならば、その因縁とやらを探れ」
「・・・・・・」


それは、宇佐美と心を開いて話し合えということか?

宇佐美のあの、ひょうひょうとした態度を思い浮かべる。


・・・げんなりするな。


「"魔王"の目的は、案外その宇佐美という女かもしれんぞ?」


・・・まさか。


"魔王"のような実力者が、なぜ宇佐美みたいななんでもない少女を狙うんだ。

・・・いや、なんでもない、とは言い切れないか。

不意に、胸ポケットのなかで、携帯が振動した。

権三を前にして電話に出るような無礼はできない。


「そうか、どうもお前から雌の匂いがすると思ったが、その女か」


なにやら愉しそうだった。


「しかし、京介よ。 まさか、"魔王"を捕まえるという仕事を忘れているわけではあるまいな?」
「いえ・・・」


二の次にしているのは事実だ。

そんな"魔王"だとかいう得体の知れないヤツより、目の前の仕事のほうが大事だからだ。


「それでは、そろそろ・・・」
「おう、 いい報告を期待しているぞ」


おれは、頭を下げて、権三宅をあとにした。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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外に出て着信履歴を見ると、さきほどの電話は栄一からだった。

ということは、宇佐美もいっしょだな。

ラーメンにつき合わされるなんて時間の無駄だが、いま権三にけしかけられたばかりだしな。

栄一に電話をかけ直すか・・・。

いや、よく考えたら、"魔王"の正体なんて、おれにとってはどうでもいいことだ。

そのために宇佐美と関わるなんてごめんだな・・・。

そんなことより、椿姫の家にでも行ったほうがいいんじゃないか?

連中がヤケを起こして警察を頼らないよう、きっちり観ておかないと。

どうするかな?

何気ないことのようで、今後のおれの行動の方針を決める重要な決断がいるな・・・。


・・・宇佐美を探り、"魔王"を追うか・・・。


・・・そうだな。


逆に考えれば、椿姫の家はもう終わったも同然だ。

たとえ身代金を取り返したとしても、株価が急落する以上、もう金は戻らないのだ。

だったら、権三にしたがって"魔王"とやらを探すとしよう。

おれは、栄一と連絡を取り、セントラル街に向かった。


・・・・・・。

 

・・・。

 


 

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「遅いよ、京介くん」


栄一と宇佐美が、ラーメン屋の前でおれを待っていた。


「ボクらほんとお腹すいてるんだよー、ねえ宇佐美さん」
「はい。 今日は朝から何も食べてませんので」


「なんだよ、金がないのか?」
「いえ。 こんなんでも、食欲がないときはあるのです」
「金はあるんだな? 少なくとも栄一におごるくらいの金は」


宇佐美は胸を張った。


「あります。 お給金をいただきましたので。 浅井さんにもおごって差し上げましょうか?」
「おれはいいよ」


・・・つまらんことで借りを作りたくない。


「さすが、ボンボンは違うねー」
「それにしてもお前、お菓子以外のものもちゃんと食うんだな?」
「(興味のない女といっしょなら食うんだよ。 食わなきゃ死ぬだろうが)じゃあ、お店に入ろっかー。 いっぱい食べちゃうぞー」
「あ、栄一さん、大盛りとかはナシの方向で」
「え?」
「できればトッピングとかもナシの方向で」
「ちょっとちょっと!」
「すみません、お金下ろしてくるの忘れてました。 財布のなかに千円しかないんです」
「えー、せっかくのボクの誕生日なのにぃ!」
「・・・・・・わかりました。 自分は食べないので、かわりになんでも食べてください」
「・・・あ、そう?(おいおいなんだよ、コレ、薄気味わりいぜ。 こいつ実はちょっといいヤツだったりするわけ?)」
「どぞ」


宇佐美は、栄一に向かって千円札を差し出した。


「えと・・・」


・・・ん?


戸惑う栄一に違和感。

まさか、良心の呵責を・・・。


「ありがたく食べさせてもらうねっ」


・・・覚えているわけもないか。


「(へっへっへ、オレぐらいの鬼畜モンになるとよう、女を騙して金をせびることくらい朝飯前なワケよ)」
「・・・・・・」


・・・別に、宇佐美を助けようという気はないが・・・。

・・・まあ、栄一も度が過ぎたな。

恩を売っておけば、宇佐美もおれに心を開くようになるかもな・・・。


・・・。



それはそれで、イヤだが・・・。



「栄一、お前の誕生日は六月だろうが」

 

 

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「へ?」


「む?」

 

「椿姫から聞いたぞ。 おれも思い出した。
いつだったか、お前が今日と同じように騒ぎ出した日があったな」
「な、な、なに!? なに言っちゃってるの、京介くんは?」
「とにかくお前の誕生日は今日じゃねえよ」


「本当なんですか、栄一さん?」


「そういや、ファミレスででっかいパフェをおごらされたような気がするな」
「ど、どこにそんな証拠が!?」
「いまからうちに帰ってそのときのレシートでも見せてやろうか?」
「そんなのあるの?」
「探せば、ある」


「浅井さんって、レシートとか捨てきれないキャラなんですか? 主婦ですかあなたは」


宇佐美がぼそりと言った。


「栄一、たかるんなら、また別の機会にするんだな」
「栄一さん、誕生日じゃないんですね?」
「た、誕生日だよ! ボクって年に二回誕生するんだよ!」
「そうきましたか・・・」


感心していた。


「なにが、そうきましたか、だ・・・」


つきあいきれんな。


「とっととメシを食って帰るぞ。 おれは忙しいんだ」


・・・・・・。

 

・・・。

 



遅い夕食を平らげ、おれたちは店を出た。


「それじゃ、また学園でな」
「じゃねー」


背を向けようとしたとき、声があがった。

 

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「ちょっと待ってください、浅井さん」
「・・・なんだ?」
「今日、浅井さんに集まってもらったのは他でもない」


「いや、ボクもいるけど?」


宇佐美は、前髪をかきあげてから言った。


「ちょっと聞きたいことがあるんです」
「・・・昨日の件か?」


身代金がどこに行ったのか、考え込んでいるんだろう。


「はい。 すなわち、ケースのなかの株券は、いつどこでどうやって消えたのか」
「・・・さあな」


おれは、椿姫から聞いた事件の顛末を思い起こす。


「昨日の夜、九時半だったか? セントラル街が、花音のテレビで異常に混んでたのは」
「はい。 そのとき、ハンバーガーショップの前に置かれたケースが、"魔王"に持ち去られました」
「椿姫が置いたんだよな?」
「はい」
「でも、宇佐美は、椿姫のケースを、事前に用意しておいたケースとすりかえていたわけだよな?」
「はい。 ですから、わたしがすりかえるより前の段階で、すでに株券はケースのなかから消失していたということになります」
「そうなるな・・・」


・・・犯人がどうやって身代金を奪ったのか。

どうでもいいことではあるが、単純に好奇心は沸くかな。

 

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「ちょ、ちょっとボク、話についていけないんだけど?」



「五十枚の株券は、もともと封筒にでも入れていたのか?」
「はい」
「椿姫は、たしかにケースに株券を入れたんだろうな?」
「その瞬間をこの目でたしかに見ました。
椿姫はデパートでケースを買って、その場で株券の入った封筒を、ケースのなかにしまいました」
「それから先、椿姫はケースの中身を確認したりしたのかな?」
「していないそうです。
今日の昼に聞いたんですが、株券をしまってから、椿姫は一度もケースを開けていないそうです」
「つまり椿姫は、市内を駆け回っている間、株券はずっとケースのなかにあると思いこんでいたわけだな」
「わたしもですが・・・」


苦笑して、また頭をかいた。


「ね、ねえ、ボクも仲間に入れてよ」



「それで、おれに聞きたいことってなんだ?」


言うと、宇佐美は苦い顔をした。


「ズバリ、聞きますよ、浅井さん」
「ん・・・?」


一歩、踏み込んできた。

 

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「昨日、ケースは二度、駅構内のコインロッカーに預けられました」
「・・・うん」
「一度目は、昼。 椿姫が電車に乗って桜扇町に向かったとき。
二度目は、夜。 椿姫が東区の公園に向かったときです」
「それで?」
「問題となる駅のロッカーですが・・・。
一度目は、わたしが見張っていました。 不審者が近づいた様子はありませんでした。
二度目は、どうでしたか?」


・・・そんなことか。

昨日、おれは宇佐美に頼まれて、ロッカーのそばにいたときがある。


「別に、怪しいヤツは近づいてこなかったけどな?」
「細身で背が高く、黒いコートを着た男を見ませんでしたか?」
「・・・それが、犯人か?」
「はい。 "魔王"です」
「しかし、細身で背が高くて、黒いコートを着ているっていうだけじゃなあ・・・年齢とかは?」


すると、宇佐美は、迷うように言った。


「・・・謎です。 青年だと思います」
「二十代前半? 後半?」
「謎です。 後ろ姿だけしか見てませんから。
ただ、最近の若い男性はみんな背が高くて細くて、何歳なのかわからないですしね・・・」


・・・"魔王"についてはなにもつかんでいないようだな。


「まあ、わかった。 とにかく、おれが見ていた限りでは、そういう男は現れなかったよ」

 

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「変装してたんじゃない!?」


栄一が、ぐいっと身を乗り出してきた。


「いや、よくわかんないけど、混ぜて欲しかっただけ」



「なんにしても、ケースの入れてあったロッカーに手をかけたヤツはいなかったな」
「たしか、ですか?」


心の奥を覗き込むような視線を感じた。


「たしかな。 まあ、少し疲れていたから、ぼうっとしていたときもあるかもしれんが・・・」



「それだ! 京介くんが、犯人を見逃したんだ!」



「・・・だったら、すまんな」
「あ、いえいえ。 自分も、犯人を捕まえられなかったわけですから」


しかし、な・・・。


「いずれにせよ、ロッカーには椿姫がきちんと鍵をしたわけだろ?」
「はい。 椿姫はその鍵を持って市内を走り回り、東区の公園に現れました」
「だったら、その鍵を手に入れなければ、けっきょくロッカーも開かないわけで、身代金も手に入らないじゃないか」
「おっしゃるとおりです」


大きくうなずいた。


「・・・・・・」


また、髪をいじりだした。


「行き詰ってるのか?」
「・・・そういうわけでもないんですが」
「なら、答えは出てるのか?」
「・・・・・・」


宇佐美は、押し黙った。


「なんだなんだ。 まさか、またおれを疑ってるのか?」


試しに、笑いながら聞いてみた。


「・・・・・・」


「あはは、たしかに京介くんは、細身で背が高いよね」
「ついでにいえば、黒いコートも持ってる」


宇佐美は笑わない。


「ねえねえ、宇佐美さん。 京介くんがなんで椿姫ちゃんの弟を誘拐するっていうの?」


・・・たしかに、なんでおれがそんな暇なことをしなければならんのか。


「犯人の動機は、いまだ謎が残っています。
そういった意味で、行き詰っていますね、わたしは」
「そんなに困ってるなら、一つ、いいことを教えてやろうか」


おれはもう面倒になってきていた。


「犯人が指定した白鳥建設の株な・・・」


宇佐美は、またぼんやりと前髪で遊んでいた。


「近々、値崩れするらしいぞ」


直後、宇佐美の指先が髪と戯れるのをやめた。

 


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「本当ですか?」
「ああ」
「どうしてそんなことを?」
「パパが言ってた」
「なら、"魔王"はいまごろくやしがっているんでしょうか?」
「さあ・・・白鳥建設の株が落ちることは、ちょっとした関係者なら誰でも知っているっていうから・・・」


宇佐美が遮って言った。


「株価が落ちるのを知っていて、身代金に指定してきたということですか?」
「おかしな話ではあるがな」
「なるほど・・・」


ため息まじりに言った。


「参考になったか?」
「おおいに」


いままでで一番深くうなずいた。


「なんにしても、弟が帰ってくることを願うばかりだな」
「・・・ですね」


おれは、話は終わったといわんばかりに、背を向けた。


「どうも、すみませんでした。 失礼します」


宇佐美も去っていった。



・・・。



「っていうか、まだ弟誘拐されたまんまなの!? ヤバくね!?」


夜が更けていく・・・。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

 

―――――



・・・。



・・・・・・。



 

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親にすら話すなと命じられていた。

夜も更けたころ、椿姫は近くの公園に出向いた。


一人だった。


父親には、散歩してくると嘘をついた。

普段から嘘は苦手だったが、広明の安否に父親も動揺しているのか、とくにとがめられることもなかった。


今日の夕方、学園から帰宅しているときに、携帯電話が鳴った。

椿姫は、呼び出された。

弟を引き渡してもらえると思い、素直に従った。

指定されたベンチに腰掛けて、広明の姿と、犯人の声を待った。


背後から声がした。



――振り向くな。



きつい口調で命じられ、身がすくんだ。

男は、いつの間にか椿姫の背後に忍び寄っていた。

 

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「まず、はじめに言っておく」


電話の声。

何度も聞いた。

間違いなく、犯人だった。


「興奮して後ろを振り向くなよ。 私の顔を見たら、大好きな弟が明日の朝刊に載ることになる」


椿姫は一瞬にして緊張した。

誘拐犯が、真後ろにいるのだ。


「返事はどうした?」
「わかりました」
「聞き分けがよくていい」


椿姫は、逃げ出したくなるような気持ちを奮い立たせた。


「いままで、全部、言うことを聞いてきました。 ですから、今度はあなたの番です」


恐怖に膝が震えた。

切れ切れの吐息で言った。


「弟を、返してください」


背後から、嘆息があった。


「全部言うことを聞いた、だと?」
「お金も渡しました。 警察にも通報していません」


戸惑いながら言った。

犯人は何か腹を立てたのだろうか。


「では、なぜ、宇佐美ハルが邪魔をしてきたのだ?」
「え・・・」
「宇佐美が、私を捕まえようとした。 知らないわけではないだろう?」


たしかに、ハルはセントラル街で犯人を追った。

身代金の入ったケースをすりかえた。

それが、犯人の逆鱗に触れたというのか。


椿姫は、素直に認めることにした。


「ハルちゃんは、あなたを捕まえると言っていました」
「それを許したのか?」
「はい・・・」


とたんに、いけないことをしたような気持ちになってきた。


「あの、ハルちゃんは、あなたを捕まえようとしたり、ケースをすりかえたりしました。 それを怒ってらっしゃるんですか?」
「ケースをすりかえたり、か・・・」


鼻で笑った。


「急場の仕掛けにしては、よくがんばったほうだな」


けれど、犯人には通じなかった。

犯人は、それより前に、身代金を奪っていたのだ。


「しかし、椿姫。
もし、宇佐美の手口が功を奏し、まんまと身代金を取り戻していたら、どうなっていたと思う?」
「・・・どうって」


わからなかった。

ただ、揺さぶるような犯人の口調から、いい知れぬ恐怖が伝わってきた。


「お前は、私に身代金を渡すと約束した。 だが、一方で、裏切っていた。
そういう人間に報いを与えるべきだと私が思っても、なんら不思議はないだろう?」
「す、すみませんでした」


とっさに謝罪の言葉が口から飛び出た。


「宇佐美はこう言ったのだろう? 身代金を渡したが最後、弟は戻らないと」
「はい。 人質は、リスクの塊だからと・・・」
「私はきちんと返すつもりだったのにな」


呆れたようにため息をついた。


「考えてもみろ。 人質を返さないということは、殺害するということだ」


全身が総毛だった。


「いいかげんわかって欲しいが・・・。

私は警察と、ことをかまえるつもりはない。
警察を頼るな。 それだけは、しつこく念を押しておいたはずだ」
「はい」
「人質が返ってこなかったら、お前たちはどうする?
今度こそ、警察を頼るだろう? 人を一人殺すというのは、大変なことだ。 必ず足がつく」


まくしたてるように言われ、椿姫は苦しくなった。

次第に自分の頭で考えるのが面倒になり、犯人の主張も、もっともだと思い始めた。


「お前は宇佐美にそそのかされたということだな」
「そんなつもりは・・・ハルちゃんは、ただ、よかれと思って・・・」
「それは違う」


犯人がぴしりと言った。


「宇佐美が私を捕まえようとしたのは、お前たちのためではない」
「え?」
「私怨だ」


周囲の空気が、いっそう冷え込んだ。


「知りたいか?」


犯人の問いに、椿姫は答えられなかった。

黙っていると、背後から含んだ笑いが上がった。


「そんなことより、弟を返して欲しそうだな?」


使命に気づかされ、はっとした。

こわばった指を軽く握って、ためらいながら聞いた。


「・・・返して、もらえるんですか?」


相手はため息で答え、それを途中から笑い声に変えた。


「お前が、私の言うとおりにすればな」


不敵な声に、心臓をわしづかみにされた。

要求というより、脅しだった。

唇が、震えている。

寒さはまったく感じない。

逃げ出したくなった。

本能的な嫌悪感があった。


――"魔王"。


ハルがそう呼んでいたことを思い出した。

悪魔が、腕を伸ばし、距離を詰めてきたのだ。


いつでも相手の目を真っ直ぐに見て、会話をしていた。

けれど、いまの椿姫には、振り返って相手を見る勇気など、かけらもなかった。


風が出てきた。


"魔王"が、耳元で、なにかささやいた・・・。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

 

―――――



・・・。



・・・・・・。



今日も学園に来ることができた。


「みんな、おはよう」


挨拶すると、クラスメイトたちの爽やかな声が返ってくる。

 

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「おはようございます、浅井さん」
「よう。 その髪型なんとかならんのか?
相変わらず、朝のすがすがしさをぶち壊してくれる」
「浅井さんこそ、眠そうですね」
「そうか? たしかにあまり寝てないがな」
「昨日は遅くまでつき合わせてしまいましたね」
「まったくだ・・・」


おれは席について、久しぶりにミキちゃんに、電話をかけようとした。


「白鳥さんは、まだいらっしゃらないみたいですね」
「みたいだな。 まあ、あいつが休むのは、よくあることだ」
「なにか事情でもあるんですかね?」
「ひょっとして、例の株価の件と関係があるのかもな」


宇佐美も、おれと同じ気持ちだったらしく、うなずいた。


「あ、椿姫だ」


いつの間にか、椿姫が席についていた。

珍しいな・・・。

あいつは朝には元気よく、おはよーとか触れ回るのに。

 

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「椿姫」
「・・・っ!」


声をかけると、怯えたようなまなざしが返ってきた。


「なんだ、どうした?」
「ああ、浅井くん、おはよう」


「その様子じゃ、まだ広明くんは・・・」
「あ、うん・・・」


犯人はまだ、人質を解放しないのか。

警察に通報されたら、まずいな。


「・・・えと」
「ん?」


椿姫は唇を噛んだ。


「ハルちゃん・・・」
「なんだ?」
「ちょっと、聞いてもいいかな?」


恐る恐る尋ねてきた。

その様子に、おれも宇佐美も眉をひそめた。


「えと、ハルちゃんは、どうして犯人を捕まえようと思ったの?」


宇佐美は微動だにせず、言った。


「犯人を捕まえれば身代金を渡す必要もないし、広明くんも返ってくるからだ」
「・・・そっか」
「いまさら、なんでそんなことを?」


椿姫は宇佐美の問いに、視線を逸らした。


「そ、それだけ?」
「え?」
「本当に、それだけの理由なの?」


どうにも様子がおかしかった。


「犯人は、"魔王"だって、言ってたよね?」
「うん」
「知り合いなんだよね?」
「・・・・・・」
「わたしの家庭の事情とは別に、ハルちゃんは犯人を捕まえたかったんじゃないの?」


なんだか、今日の椿姫には、違和感を覚える。

あの椿姫が、人を疑う瞬間など、初めて見たかもしれない。


「たしかに、わたしは、"魔王"を捕まえたいと常々思っている」
「うん・・・」
「"魔王"には、個人的な恨みもある」
「・・・・・・」
「・・・それが、なにかまずかったか?」


最後のほうは、宇佐美も傷ついたように目を逸らした。


「ごめん・・・変なこと聞いて」
「いや・・・」
「ハルちゃんは、よかれと思って、犯人を捕まえようとしてくれたんだよね・・・」
「・・・なんの役にもたたなかったが」
「・・・・・・」


また、違和感が募る。

椿姫なら、ここで宇佐美に慰めの言葉の一つでもかけてやるだろう。


「もう一つ、いいかな?」
「なんでもいいぞ」
「ハルちゃんは、お金を渡したら、広明は返ってこないって言ったよね?」
「うん。 何度も言うが、犯人は、身代金に関係なく、人質を返すつもりはないんじゃないかと思っていた」


・・・現に、広明くんは帰ってきていないわけだしな。


「本当に、そうなのかな?」
「・・・・・・」
「犯人は、警察を恐れてたんだよ」
「そのようだな」
「広明が、もし本当に返ってこないんなら、わたしたち、今度こそ、警察に連絡するよ」
「・・・・・・」
「犯人も、それを予想しているはずだから、きっと広明は返すつもりだったんじゃないかな?」


む・・・。

椿姫の言うとおりだな。

犯人が警察の介入を懸念しているのならば、きちんと人質を返すはずだ。

人質を殺してしまったりしたら、それこそ事件だからな。


「わたしは犯人ではないからわからないが、警察を恐れているからこそ、人質は返さないつもりだったんじゃないか。
犯人はこう予測していた。
椿姫の一家は、人質が返ってきたら、次は身代金を返してもらおうと思い、警察に通報するかもしれない」


・・・まあ、無理はない推測だな。

人質さえ返ってくれば、椿姫たちにとって、警察に通報することは、なんのリスクもないからな。

あの身代金には、大事にしてきた土地がかかっているんだ。

椿姫の親父さんが、取り返したいと思っても無理はないし、犯人がそう予測していたとしても不思議はない。


「なんにせよ、わたしがそう思うというだけであって、事実はわからないが・・・」
「・・・そっか」


そこで、椿姫は、深いため息をついた。

 

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「ごめんね、ハルちゃん!」


声を張り上げた。


「・・・ん?」
「問い詰めるような真似して、ごめんね」


まるで、つき物が落ちたかのよう。


「なんなんだ、お前」
「浅井くん、ううん、なんでもないの」


「疲れてるみたいだな」


椿姫は、すでにいつもの明るい顔つきに戻っていた。


「なにか、あったのか?」
「今日は、朝からハルちゃんに迷惑かけてしまいました○(まる)」
「いや、○(まる)じゃないっしょ・・・」


それからは、いつもと変わらない朝がやってきた。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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「おいおい京介聞いてくれよ、オレ、この歳になるまで知らなかったぜ」


昼休みになっていつものように屋上にたむろっていた。


「ペッティングって、いやらしい言葉だったんだな」
「いきなりなにを言い出すかと思えば・・・」
「ビビったぜ、三軒茶屋あたりの家族が土手で犬を散歩させるオシャレな言葉かと思ってたぜ」
「よかったな」


くだらない話をしていると、椿姫が屋上に顔を見せた。

 

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「あ、椿姫ちゃん、だいじょうぶ?」
「なにが?」
「ほらあの、ガキ・・・じゃなくて、弟さん」


椿姫の顔色が暗くなった。


「だいじょうぶだよ、きっと生きてるって」


栄一は、重苦しい空気をまったく理解しない。


「ありがとう、栄一くんにも迷惑かけたね」


かけたか・・・?


「いいよいいよ。 ボクはいいんだよ、ボクは」


なにやら誇らしげだった。

こいつの能天気っぷりは、なかなかすがすがしいものがあるな。


「あ、椿姫」
「うん?」
「今日の夜にでも、遊びにいってもいいか?」


唐突に聞くと、椿姫は一瞬戸惑ったように、目を見開いた。


「えと・・・夜って何時くらい?」
「・・・いや、遅くならないうちに帰るが?」
「あ、うん。 なら、いいよ」
「なんか用事でもあるのか?」
「別に、ないよ。 でも、どうして?」


なにか、訪問を拒まれているような気もするな。


「いちおう、ほら、親父さんに話もしなきゃならんし・・・」


借金の返済について。


「あとはまあ、お前が心配だってのもあるな・・・」


「プ・・・」


栄一が吹き出した。


「心配しないでいいよ。 わたしは、元気だから」
「だといいんだがな・・・」
「浅井くんは、やっぱり優しいなあ」


微笑んだ。

どことなく力のない、影のある笑顔だった。

 

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「あの・・・自分も、いいすか?」
「ハルちゃんも?」


いつの間に現れたのか、宇佐美が上目づかいで聞いてきた。


「なんでお前まで?」
「いえ・・・なにか、役に立てる場面があるかもしれませんので」
「なにわけのわからんことを・・・」
「こう見えて、炊事洗濯掃除は得意でして」
「嘘をつけよ。 お前なんか、どう見ても生活力ゼロじゃねえか」
「芸とかもできますし」
「芸だあ?」


「宇佐美さん、どんなことできるの?」
「・・・・・・」


照れたようにうつむいた。


「まあ、ヴァイオリンを少々・・・」



「そういえば転入してきたとき言ってたね」


「冗談だと思ってた」


「ボクも・・・」



「これが、ネタでもなんでもないんですよ、恐ろしいことに」
「どっちにしろ、いまの椿姫にお前の一芸は必要ねえよ」


「あ、うん、今度聞かせてね」


・・・どうせ、はったりだろうがな。


「・・・・・・」


とはいえ、宇佐美についても探る必要があるんだったな。

"魔王"との因縁だったか・・・。

どうも後回しにしたくなるが・・・。


「お前もヒマ人だな、宇佐美」


悪態をついて、気を紛らわせた。


「ヒマではないですよ、ヒマでは」
「お前は夜とかなにやってんだ?」
「銭湯に行ってます。 お風呂好きなんで。 髪洗うの時間かかるんすよねー」


切れよ・・・。


「それで、ハルちゃんも、おうちに来るの?」
「ちょっと遅くなるかもしれないが」
「えっと・・・」


考え込むように顔をこわばらせた。


「悪いけど、十一時には、帰ってもらえるかな?」
「なんだよ、やっぱり用事があるのか?」
「うん・・・」


「そんな時間から、なにをするんだ?」
「えと・・・ネットゲーム・・・」


「ゲームだって? なんでそんな時間から? ゲームなんていつでもできるだろう?」


「ボクわかるよ。 ネット上のお友達と、時間を合わせてプレイしたいんでしょ?」
「そ、そう! みんなで悪いボスをやっつけるの」


「・・・・・・」


「・・・・・・」


宇佐美と目があった。

おれも宇佐美も、考えていることは同じみたいだな・・・。

・・・椿姫は、なにか、隠している。

おれたちにも相談できないような、なにかを。


「なあんだ、椿姫ちゃんもけっこう余裕だなー」
「ふふっ、だからだいじょうぶだって」


屋上から街を見下ろす。

変わり映えしない景色に、本格的な冬が到来しつつあった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

授業が終わり、セントラル街を、椿姫と肩を並べて歩いていた。


「・・・昨日、なにかあっただろ?」


二人きりなので、聞いてみた。

 

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「え?」
「おれには、話してくれてもいいだろ?」
「な、なにを?」
「とぼけんなって、朝から宇佐美にくってかかっただろ?」


言うと、ばつの悪そうな顔になった。


「・・・そう、だったっけ?」
「そうやってとぼけたりするのも、お前らしくないな」


半笑いで椿姫を見据えた。


「・・・ひょっとして、警察に通報したのか?」


何気ないふりをして、聞いた。


「ううん、違うよ」
「本当?」
「まだ、広明も返してもらってないしね」
「じゃあ、なんでだ?」


おれの質問に、椿姫は目を逸らした。


「・・・ごめん、なんでもないよ」
「・・・・・・」
「それより、浅井くん」


思いついたように言う。


「ハルちゃんのこと、知ってる?」
「知ってる、とは?」
「ハルちゃんと、犯人について」


・・・なぜ、椿姫が、宇佐美と"魔王"の関係などに興味を持つのか。


「いいや、ぜんぜん知らんよ。 どうも、憎んでいるような感じはあるけどな」
「そう・・・」
「お前は知っているのか?」
「ううん、知らないよ」
「気になるのか?」


うつむいて、また目を伏せた。


「わたし・・・」


つぶやいた。


「お友達だと思ってて、でも、そのお友達のこと、なんにも知らなくて、それでお友達だと思ってて・・・」


苦しそうに顔を歪めた。


「そういうの、どうなんだろうって、今日は思ってたの」
「・・・・・・」


いまさら、何を言ってやがるんだ、こいつは・・・。


「・・・いや、椿姫はそういうところが、いいんじゃないか?」


そういう、うさんくさいところが、椿姫の個性ではないのか。

椿姫は声を張った。

 

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「だって、誘拐犯と知り合いなんだよ?
わたしの弟をさらうような人と知り合いって、いったいどういうことなんだろ?」
「おれにもわからんよ・・・聞いてみればいいじゃないか?」
「聞いたけど、なんだかはぐらかされて・・・あ、いや、わたしの聞き方が悪かったのかな・・・」
「おれも、一度、宇佐美と"魔王"の関係について聞いたことがあるが、なんだか話したくなさそうだったな」
「・・・・・・」
「・・・・・・」


二人して、押し黙った。


「なんだよ、宇佐美が、気に入らないのか・・・?」
「気に入らないなんて・・・そんなことないけど・・・」


深いため息があった。


「疲れてるな、椿姫」


身代金は奪われ、弟も帰ってこない。

気が気じゃないんだろう。


「ただ、別に宇佐美につっかかったところで、状況がよくなるわけでもないぞ」
「それは、よくわかってるよ。 ハルちゃんに悪いことしたな・・・」
「・・・・・・」


おれは舌打ちをこらえ、言った。


「今日は、弟たちを迎えに行ったりしないのか?」
「え? 今日は、ないけど?」
「ふうん・・・だったら、ちょっと、寄ってくか?」
「寄ってく?」
「買い物だよ。 CD買うのつきあってくれ」


椿姫は頭をふった。


「お父さんが心配するから、早く帰りたいの」
「それもそうか・・・」
「ごめんね。 気晴らしになればいいと思ったんでしょ?」
「・・・・・・」
「ありがとう」
「今日は、親父さんとお金の話をしたら、すぐ帰るよ」


それだけ言うと、あとはたいした会話もなかった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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「・・・というわけで、お父さん。 いちおう借金は借金ですので・・・返さないことには、いろいろと困ることに・・・」


おれは親父さんに、土地の話をつけていた。


「期限は残り一週間ですが、もともと返す当てのない借金でした。
その辺の事情は通っていますので、一度ここの土地を差し押さえさせてもらうことになるでしょう」
「やっぱり、ここを出て行くことになるんだね・・・」
「事情は、お察ししますが・・・」
「わかっているよ。 悪いのは犯人だ。
僕らに非がないように、君や、お金を貸してくれた人にもなんの罪もない」
「・・・すみません」


おれは頭を下げる。


「いちおうですね、お父さん。 差し出がましいとは思っているんですが・・・。
事情が事情ですので、僕も、いろいろと父にかけあってみました。
そしたら、ある不動産屋が、新しい引越し先の用意をしてくれるとのことでして・・・。
もし、よろしければ、そちらに」


親父さんが目を丸くした。


「ありがたい話だけど、うちは大所帯だよ?」
「そういう話もしています」
「・・・浅井くん、君には本当に感謝しているよ」


深く頭を下げた。


「犯人が悪魔なら、君は天使だな」


大の大人が、おれみたいなガキに深々と頭を下げる。


・・・何も、感じなかった。


「詳しい話は、直接、担当の方としてください」


おれは不動産屋の名刺を差し出した。

山王物産の傘下の不動産会社だ。

こいつらが、金を貸しつけた業者から、ここの土地を買いつける手はずになっている。


「なんにせよ、これからが大変ですね」
「こんなことになるなら、さっさとこの土地を売ってしまえばよかったんだね」


・・・まあ、そうすれば、借金をする必要はなかった。


「やむをえませんよ。 犯人は五千万もの大金を一日で用意させようとしたんです」


ここの土地を売ろうと思っても、現金になるまで少なくとも一週間はかかっただろう。


「長く住ませてもらったな・・・ここも」


昔を懐かしむような目で、辺りを見回した。


「しかし、せめて広明が帰ってくるまでは、住まわせてもらいたいものだね」


一週間以内ということだな。


「なんというか、ちょっとほっとしています」
「なぜだね」
「家を出て行く決心をしてくださったようで」


親父さんは首を傾げる。


「ああ、いえ・・・差し押さえられた土地に居残っていたら、たいへんなことになりますしね」


ふと家に帰ったら、家財道具をすべて外に出され、玄関には差し押さえの札が貼ってある。


寒空のなか、どこへ行けというのか・・・。


おれは、嫌な思い出を振り払うように、頭を振った。


「それじゃ、たいしてお役に立てませんで・・・」
「もう帰るのかい? おーい、椿姫」


奥の部屋に声をかけた。

 

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「なあに、お父さん」


「もう、帰るわ」


椿姫は、下の子供二人を従えていた。


「お姉ちゃん、おなかすいたー」
「うん、もうご飯作るね。 浅井くん、帰るの?」


「お姉ちゃん、さっきのお話の続きしてよー」
「ふふっ、いい子にしてたらねー」


子供たちは椿姫の足にまとわりついていた。


「浅井くん、なんかごめんね、たいしてかまえなくて」
「いや、もともと、親父さんに会いに来たわけだし」


「お兄ちゃんも、おままごとする?」
「はは・・・」


しかし、椿姫家の子供たちは人見知りしないな。

だから、誘拐犯にも素直についていったんだろうか。


「・・・そういえば、お母さんは?」


気になって、帰る足が止まった。


「あ、ちょっと、体調悪いみたいで」
「寝てるのか?」


椿姫はうなずいた。


「お大事にと伝えてくれ。 それじゃ・・・」
「じゃあね、また来てね」


カレシ、またねー、と子供たちの小鳥のような声も追随した。


「さあさ、ご飯にするよー!」


去り際、とびきり明るい声が家中に響き渡った。


・・・・・・。



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「うわっ!?」
「おっ!?」


玄関を出ると、不意に、髪の毛の束にぶつかった。


「な、なんすかいきなり抱きついてきて!?」
「抱きついてない。 お前こそなんだ」
「椿姫の家に行くって、言ってたじゃないすか?」
「ん?」
「え?」
「・・・ああ、そうだったな。 ギャグかと思ってた」
「浅井さんは、どうもわたしのことを軽んじてますね」


じっとりとした目つきだった。


「椿姫の家に来るにしても、ちょっと時間遅くないか?」
「いやだから、遅くなるかもって言いましたよ」
「だから、こんな時間までなにしてたんだ? アルバイトか?」
「いえ、アルバイトはしばらくいれないようにしています」
「ふうん、なんで?」
「いろいろと調べたいことがありまして」
「調べるって・・・まさか、事件のことか?」
「はい」


当然のことのように言った。


「そんなもん、警察に任せておけよ」
「警察には連絡していないそうじゃないですか」
「だからって、なんでお前が・・・?」
「気が済むまでやりたいだけです」


・・・まあ、犯人を捕まえようとか言い出して、けっきょくなにもできなかったわけだからな。


「なにを調べてたんだ?」
「広明くんの消息です」
「んで、なにかわかったのか?」
「いいえ」
「きっぱり言うなよ」
「すいません」


ダメだな、こいつは。


「犯人が、広明くんを連れ去ったであろう場所は特定できました」
「そんなもん、保育園から、この自宅までのどこかに決まっているじゃないか」
「おっしゃるとおりです。
今日は、ずっとその道を行ったりきたりして、たまにすれ違う人にお話をうかがってました」
「つまり、目撃者をさがしていたわけだな?」
「はい」
「いたのか?」
「さっぱりです。 白いセダンを見ませんでしたか、と何度聞いたことか」
「白いセダンだって?」
「ええ、先日、南区の住宅街に停まっていた車です。
椿姫はそこに呼び出されました」
「お前は、その一部始終を見てたのか?」
「はい。 あとから聞いた話だと、"魔王"は、椿姫とドライブするつもりだったとか」
「そんなことはいい。 車のナンバーとか覚えていないのか?」
「覚えていますよ、もちろん」
「だったら、ナンバーから所有者を調べる方法はある」
陸運局ですか?」
「いや、それより確実に調べてくれる業者がネット上にある。
軽自動車やバイクでも調べてもらえるんだ」
「しかし、"魔王"も当然、車から足がつく可能性を想定しているはずです」
「まあ、盗難車だったら、ナンバーをごまかすこともできるしな」
「ええ・・・ですので、調べてはいません」


うつむいて、目を閉じた。

宇佐美は、いつも鬱々としてるだけあって、落ち込んでいるような表情には見えなかった。


「ところで、お前は、犯人がどうやって身代金を奪ったのか、もうわかっているのか?」
「・・・・・・」
「なんだよ、だんまりかよ」


すると宇佐美は眉をしかめた。

 

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「もし、わかったとして、なんになるのかな、と思いまして、ふと虚しくなりました」
「え?」
「すいません、逆ギレみたいで」
「いや、わけわからんぞ」
「ですから、もう、身代金は奪われたんです。
わたしは探偵さんではないんです。 犯行の手口を暴くことに、それほど意味があるとは思えないんです」
「それはそうだが・・・興味はわくだろ?」
「いまは、椿姫の弟さんを探すのに全力を尽くしたいんです」


宇佐美は、どうも頑ななところがあるな。

要するに、犯人の手口もわかっていないってことだろう。

少しは頭の鋭いヤツかとも思っていたが、実際はただの変な女だったわけだ。


「浅井さん、よかったら協力してもらえませんかね?」
「いきなりなんだ?」
「もちろん、広明くんを探すことを、です」


一瞬、回答に戸惑った。


「いいぞ・・・。 もとより、椿姫を助けてあげたいしな」


なんにしても、弟が返ってこなければ、今度こそ、椿姫の一家は警察を頼るだろう。

警察のメスが入ったら、浅井興行が、今後、山王物産からどんな圧力を受けることになるかわからん。

カイシャの力を使ってでも、広明くんを探すとするか・・・。


「おれなんかが、何の役に立てるかわからんから、期待はしないでくれ」

 

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「いえいえ、浅井さんは、かの浅井興行の御曹司じゃないですか?」


さらりと言った。


あまりにも、虚をつくような言い方だったので、危く聞き逃すところだった。


「・・・なんだって?」


おれの問いかけを宇佐美は無視した。



「お父さんは、浅井権三さんという名前ですよね?」
「・・・・・・」


答えるべきか答えないべきか・・・けれど、沈黙が答えになってしまった。


「なんで知ってる?」


逆に聞き返すと、宇佐美は急におろおろしだした。

 

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「わたしは浅井さんのことが好きなので、浅井さんのことはなんでも知りたいんです」
「きもいんだよ、ざわざわするようなこと言うな」
「ざわざわ、すか。 いただきました」


あまりの気持ち悪さに、顔をしかめた。


「あの、学園の先生にちょっと聞いただけですが、そんなに気持ち悪かったですかね?」
「人に探りを入れるような真似をして、よくもそんな、ひょうひょうとした態度でいられるな」
「別に、探りを入れよう、などとは思っていなかったんですが・・・。
・・・そんなに、触れてはいけないステータスだったんすか?」


・・・言われてみれば、そこまで腹を立てるようなことでもないか。

本当に知られたくないのは、浅井興行でのおれの立ち位置だ。


「人には言うなよ?」
「言う気もありませんが、なぜです?」
「おれは、目立つのが嫌いなんだ」


昔からそうだ。

おれには影でこそこそするのが似合ってる。


「なんか、すいません」


宇佐美が、じっと見ていた。

 

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「そして、協力していただけるようで、ありがとうございます」
「しかし、お前も変なヤツだな?」
「はい?」
「お前は、もう、広明くんはこの世にいないもんだと考えているんだろう?」
「その可能性が高いとは思っています」
「なのにどうして探そうとするんだ?」
「可能性が高いというだけで、絶対ではありませんから。
人の命がかかっています。
絶対ではない以上、懸けなければならない可能性が残っています」
「懸けなければならない、か・・・」


おれは少しだけ感心していた。


「お前は、もっと合理的なヤツかと思っていたがな」
「そすか?」
「まあいい。 とにかくおれは、帰るぞ」
「あ、じゃあ、携帯電話の番号を交換しませんか?」
「交換? お前も買ったのか?」
「はい、さすがに、契約しました。 1円ケータイですが」


不便さに気づいたか。

おれたちは、お互いに番号を交換し合った。


「これあれですよね、恋人登録みたいなことすると、お互いの通話料が安くなるサービスありましたよね」


また気持ち悪いことを・・・。


「あるにはあるな」
「ぜひお願いしたいんですけど?」
「ええっ・・・」
「いや、変な勘違いなさらないで下さい。
自分、男性の友人がいませんで、それでもお金は乏しいわけでして、これはつまり、浅井さんに一肌脱いでもらうしかないわけです、はい」
「わかったよ、気持ち悪いな・・・」

 

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「すみませんね。 だからって、たくさん電話したりしませんから」


頼むから、くだらん用事でかけてくるなよ・・・。


「じゃあな・・・」
「はい。 自分は、これから椿姫と、椿姫のお父さんにいくつか聞きたいことがありますので」


おれは椿姫の家をあとにした。



 

・・・。

 

 


――っ!



「なんだ、宇佐美!?」
「あ、つながった」
「あ?」
「自分、携帯電話とか持つの初めてでして。
はあ、なんだかドキドキしますね、マイケータイは」
「はあっ?」
「あ、とくに用事はないです。 つながるかな、とドキドキしたかっただけです」


うぜえわ、こいつ・・・。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

 

―――――

 

 

・・・。

 

 

 

・・・・・・。

 

 



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また、嘘をついた。

家族と学園の友達を裏切ってしまったような気持ちが胸を締めつける。


「本当に、これで、弟を返してもらえるんですか?」


犯人――"魔王"は、昨日の夜、椿姫に一つだけ命じた。


「言われたとおりに、ハルちゃんに、昨日の話をしました。


すなわち、ハルと"魔王"の関係と、なぜハルは身代金を渡そうとしなかったのか。


「どう、思った?」


不意に、"魔王"が問う。


「どうって」


椿姫は言葉に詰まった。


「嫌でした・・・」


"魔王"は、椿姫の背後で、身じろぎした。


「宇佐美は、お前が納得いく答えを口にしたか?」
「納得?」
「はぐらかされたのではないか?」


椿姫は学園での朝の会話を思い起こしていた。


「ハルちゃんが、身代金を渡そうとしないのは、ハルちゃんなりに、理由があってのことで、それは理解できました」
「私との関係は?」
「それは・・・」


椿姫は膝の上に置かれた手に、まなざしを落とした。


「言いたくないことの一つくらい、あると思うんです」
「いい答えだ」


あざ笑うかのように言った。


「しかし、宇佐美が怖くはないのか?」
「怖い?」
「私のような卑劣な凶悪犯と、知り合いなのだぞ?」


ごくり、と喉が鳴った。

核心を突かれたような気がした。

それは、今日の夕方からずっと心にしこりを作っていた懸念だった。

ただ、怖い、とまでは思わない。

ハルは、椿姫のために、懸命に動いてくれた。

結果的に身代金は犯人に盗られてしまったが、必死さは伝わっていた。

理屈ではなく直感で、椿姫はハルを信じていた。


「椿姫、人を疑わないというのは、相手を軽んじているのも同じだぞ」
「なぜですか?」
「相手に深い興味を持てば、疑うものなのだ。
お前は人を疑わないことで、人間関係のわずらわしさから逃げているにすぎない」


椿姫はまた大きな不安に駆られた。

どうして背後の男は、椿姫の心を見透かしたようなことを口にするのか。


「お前のような一見優しいようでいて、実は、なにも考えていないだけの人間を、なんというか知っているか?」
「・・・偽善ですか?」


そのとき、"魔王"の声がいっそう重く響いた。


「『坊や』だ」


"魔王"は冷たい声で続けた。


「子供は、親が親というだけで信じる。 お前もそうだ。
お前も、友人が友人というだけで信じる」


返す言葉が見当たらなかった。

胸騒ぎがする。

この不敵な人物のささやきをこれ以上聞いてはならないと、警鐘が鳴っていた。


「そ、それより、言うことは聞いたんですから、弟を早く返してください」


必死になって話題をそらそうとした。


「どうしても返さないっていうんなら、警察に、通報しますよ?」


広明のことを想うと、当惑した気分がひいて、熱意が沸いてくる。


「警察は、許して欲しいな」
「え?」
「なあ、椿姫。 私にだって、深い事情があるのだ。
何も好き好んで五歳の少年を誘拐したと思うか?」
「それは・・・」


椿姫は頭を振った。

一瞬だけ、犯人に同情めいた気持ちが浮かんだ。

下腹に力を入れて、"魔王"に言った。


「どんな事情があっても、決して、やってはいけないことはあると思うんです」
「最もな言葉だ。 身に染みる」
「だ、だったら、もう、こんなことはやめにしませんか?」
「やめる?」
「広明さえ返してもらえれば、警察には連絡しませんから。 もともとそのつもりでしたから」


言いながら、ちょっと違うとも思った。

たしかに警察は頼らなかったが、ハルには犯人を捕まえてもらおうとしたのだ。

いま思えば中途半端な態度といえた。


そんな椿姫の逡巡を見透かしたのか、"魔王"が言った。


「やってはいけないことはある。
ただ、それを承知の上でなお、やらねばならないこともあると、私は思うが」
「そういうお話は、もうけっこうです」
「では、話題を変えて弟の話をしよう」


思わず、振り向いてしまいそうになった。


「ひ、広明? 広明は、無事なんですね?」
「宇佐美は、どうも死んだことにしたいらしいが、ちゃんと生きている。
監禁しているとはいえ、食事もきちんと取っているし、部屋もしっかりと暖めている」


その言葉に、張り詰めていたものが抜けた。

安堵のため息が口から出て、空中で白い霧になった。


「私は子供が好きだ。
昨日は、暇を見つけて、小さな玩具を与えてやった。
弟は喜んでいたぞ。 人懐っこい少年だな、あれは」
「そう、そうですか・・・」


涙をこらえた。

希望に胸が膨らみ、すべてが解決したような気分になった。


「返して欲しいか?」


返事をしようとしたが、声にならなかった。

 


――会いたい。

 

「なら、私の言うことを聞けるな?」


悪魔が笑った。

声には誘うような、けれど決して拒絶できない響きがあった。

椿姫は、奈落の縁に立たされているような倒錯した気分になったが、それも一瞬のことだった。


厚い雲が十一月を迎えた夜空を覆い、深い闇を運んできた。

 

 

・・・。