*ゲームを読む*

ゲームまるごと文字起こし

G線上の魔王【10】

 


・・・。



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朝起きて、牛乳を飲みながら新聞を読む。


――『自由ヶ咲学園に捜査のメス』


見出しを見て、納得がいった。

賄賂を渡した疑い・・・。

どうも、学園の拡張工事を巡って理事長と業者の間で、不正な取引が交わされているらしい。

そりゃあ、株も下がるってもんだ。


「・・・白鳥か」


あいつも、家庭では大変なのかもしれないな。

おれには関係ないし、どうでもいいが。


・・・・・・。


・・・。

 

 

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「京介、今日のニュース見たか?」
「ああ、なんか大変そうだな」
「まったくだよ。 まさかあの女優が結婚するなんてなー」
「・・・ああ、そっち?」


よく考えれば、栄一が白鳥建設の記事なんて読むわけがなかったな。

学園の運営がどうなろうと、おれたちの毎日に変化はないだろう。

 

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「おはよー」


挨拶をする椿姫の顔色は、あまりよくなかった。


「昨日、夜更かししてゲームしてたの?」
「え? ゲーム?」
「あれ? ネットゲームするとか言ってなかった?」
「あ、ああ・・・うんうん」


・・・なにを隠しているんだろうな。


「お前、学園とか無理して来なくてもいいんじゃないのか?」
「うん・・・本当なら、休ませてもらいたいんだけどね。 今日は、生徒会の仕事もあるし」
「強いなあ、椿姫は」


椿姫は頭を振った。


「忙しくて、いろいろと嫌なことを紛らわせたいだけだよ」
「あー、その気持ちわかるなぁ」


「なに悟ったような顔をしてんだよ」
「いたっ! ひどーい! 京介くん!」


おれたちのやりとりに、椿姫の頬に赤みが差した。


・・・・・・。


・・・。

 


椿姫と二人で教室に向かっていると、意外にも白鳥に出くわした。

 

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「よう・・・」


「おはよう、白鳥さんっ!」
「おはよう」


白鳥は、おれには視線を向けない。


「たいへん、みたいだな?」
「なにが?」
「新聞、見たよ」


言うと、白鳥は腕を組んだ。

 

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「別に、前々からわかってたことだし」



「え? 新聞? なあに、どうかしたの?」


どうやら椿姫も事情を知らないらしい。


「わたしの父が贈収賄の疑いで警察に捕まりそうなの」


他人事のように言った。


「え・・・」
「だからって、みんなの毎日には影響ないから安心して」
「・・・・・・」
「それじゃ」


教室に足を向けた。


「待って!」
「っ・・・!?」


突如、椿姫が水羽の手を取った。

 

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「ご、ごめん、いきなり」
「なんなの?」
「ううん、なんとなく・・・」
「同情してくれるの?」
「ごめん、なんていうふうに声かけていいかわからないけど・・・」
「・・・そう、ありがとう」


椿姫の手を振りほどいて、今度こそ教室に入っていった。


・・・。

 

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「浅井くん、詳しい事情知ってるの?」



救いを求めるようなまなざし。


「簡単にいうと、白鳥の親父さんが、この学園の拡張工事にあたって、一つの業者だけを優遇してたんだよ」
「それって、たしかなことなの?」
「新聞がそう言っているんだから、そういう事実はあったんだろうさ」
「・・・そうなんだ」


浮かない顔をしている。


「それで、お前らが用意した白鳥建設の株だけど、それもとんでもなく値下がりしてるんだ」
「うん?」
「だから、犯人が奪った株券にはもう、ぜんぜん価値がないってことだよ」


おれは、暗に、椿姫家の不幸を説いたつもりだった。

たとえ株券が戻ってきたとしても、もう五千万の現金は戻ってこないのだ。

けれど、椿姫はただ、白鳥のことを案じるだけだった。


「白鳥さん、お父さんのこと信じてるのかな・・・」
「は?」
「家族がたいへんな目にあって、なんかかわいそうだなって・・・」
「お前が言うなよ・・・」
「え?」
「おれから見れば、お前のほうが不幸だよ」
「・・・それはそれ、だよ」
「まったく、よく人の心配している余裕があるもんだ・・・」
「余裕なんてないよ。 ただ、白鳥さん、寂しそうだな、と思ったの」


そういうのを余裕っていうんじゃないのかねえ・・・。

おれたちは教室に入った。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

 

 


昼休みのことだった。

屋上に出て、ミキちゃんと電話をしていた。

 


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「浅井さん、ちょっとお話したいんですが」


パンを買いに行こうと思っていたところを呼び止められた。

 

 

「広明くんのことか?」
「もちろん」
「なにかわかったのか?」


宇佐美は、昨日、おれと別れて椿姫の家に行ったんだったな。


「ちょっと二人で話をしたいんですが」


屋上にはやがて花音や栄一もやってくる。


「わかった。 教室に行くか?」
「ええ・・・」

 

 

・・・。

 

 

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「で、なにか手がかりでもつかんだのか?」
「手がかりというほどでもありませんが・・・」
「なんだ?」
「写真です」
「写真?」
「犯人から送られてきた写真です」
「ああ、そういえば、髪の毛といっしょに送られてきたんだったな」


あのときは、髪の毛にばっかり意識がいっていたな。


「昨日、椿姫の家にお邪魔して、もう一度詳しく見せてもらったんです」
「どんな写真だったんだ? 当然、広明くんが写っている写真なんだろうが」


宇佐美はうなずいた。


「問題は、広明くんの居場所です」
「写真から手がかりがつかめたのか?」


あいまいに首を振った。


「どうも、どこかの廃屋ではないかと思っています」
「詳しく説明してくれないか。 おれはその写真を見ていないんだ」
「まず、写真はかなり鮮明なものでした。 広明くんの顔がアップで写されていました」
「どんな顔をしていた?」
「寝ていました」
「広明くんは、床に横になって寝かされていたんだな?」
「おっしゃるとおりです」
「時間は?」
「夜か、もしくは窓のない室内でしょう」
「監禁場所は暗かったんだな」
「フラッシュをたいて撮られた写真でしたね」
「それで、どうして廃屋だと?」
「床に寝かされた広明くんの周りには小石やガラス片が散乱していました。
さらに顔のそばに倒れた書棚のようなものが見えました」
「書棚?」
「はい。 書類のようなものが散乱していまいた」
「全体的に薄汚れた感じだったわけだな?」
「薄汚れた、というよりモロ廃墟という印象でしたね」


宇佐美はそこで一息ついた。


「さらに、わたしが廃墟だと考える理由は、広明くんの顔です」
「顔?」
「顔のあちこちに、虫さされのあとがあったんですよ」
「なるほどな」
「椿姫のお父さんに聞いたんですが、誘拐された日まで、広明くんの顔に腫れ物なんてなかったそうです」
「いや、言いたいことはわかるぞ。 いまは冬だからな」
「はい。 あちこち刺されてましたよ」
「この時期にそんな大量のやぶ蚊が出るってことは、広明くんは、人の手の入っていない、それこそ山奥の廃墟にでも監禁されてるのかもしれないな」
「まあ、もちろん、確信に至っているわけではありませんが、闇雲に探すよりは、いいかなと思っています」
「なかなかいい線を突いているんじゃないか?」
「五歳の子供を監禁する場所として、人気のない場所を選ぶというのは妥当だと思います」
「そうだな。 住宅街だったら、出入りの際に、近隣住民に見られるかもしれないからな。
人質を連れて家を出るときに、近所のおばちゃんに見られた・・・なんてことは犯人も、回避したいだろう」
「さらに、人質が泣き喚く可能性もありますからね。
まあ、何か噛ませて口は封じるのかもしれませんが・・・」
「まあ、言いたいことはわかった」


おれはため息をついて言った。


「で? おれといっしょに廃墟を探検しようっていうチキチキツアーのお誘いか?」

 

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「チキチキツアーて」


なんか知らんが、盛大にスベったことになったらしい。

 

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「すみません。 そういうチキチキなお誘いです」
「うるせえな。 本気で言ってるのか?」
「本気ですとも」
「お前、この市内だけで、いわゆる廃墟と呼ばれる物件がどれだけあると思ってるんだ?」
「どれぐらいあるんですかね?」
「・・・いや、詳しくはしらんけど、五十件以上はあるんじゃないか?」
「ほほう、一日二件回るとして、だいたい一ヶ月ですね」
「ほほうじゃねえんだよ。 一ヶ月も見つけられなかったら、さすがに・・・」


言いよどむ。


「ええ。 犯人が、一ヶ月も人質を生かしておく理由はないと思います」
「はっきり言うなよ」
「よくて一週間でしょう。 そういう統計もあります。
それまでに人質が解放されなければ、最悪の事態が待っています」


宇佐美は淡々と語る。


「いまふと思ったんだが、お前が頑なに、人質がもう返ってこないと主張してたのは、写真が届いたからか?」


宇佐美は深くうなずいた。


「犯人は、どうして写真を送りつけてきたのか。
それはもちろん広明くんを誘拐したことを被害者に証明するためです」
「だが、それだけなら電話口に立たせて声を聞かせればいいからな」
「はい。 電話のほうが、写真を残すよりは、犯人にとってまずい証拠を残さずに済みます。
それをあえてしないということは・・・」
「広明くんは、もうすでに電話ができない状態だったということだな」
「あくまで推測ですがね。 裏をかかれているかもしれませんし」
「そうだな。 写真を撮った場所が、広明くんがいまも監禁されている場所ということにはならないからな」
「それでも、なにもしないよりはいいと思いまして」
「しかしなあ・・・」

「乗り気じゃないんですか?」
「富万別市だけで五十件以上だぞ?」
「はい。 他県の廃墟なのかもしれませんしね」


おれが渋い顔を作っていると、宇佐美は不意に背筋を伸ばした。

 

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「五十件以上とは言ってもですね、浅井さん・・・」
「なんだよいきなり胸を張って・・・」
「広明くんが監禁されている可能性が高い物件から優先的に回っていきます」
「可能性が高い物件?」
「やぶ蚊の出るような山林があって、人気がない場所です」
「山はともかく、廃墟ってのはもともと人気がないだろうよ」
「いいえ、浅井さん。
誘拐事件の人質を隠すような場所です。
可能性の話でいえば、珍走団やホームレスの方も近づかないようなレアな廃墟なんじゃないでしょうか」
「そうか・・・そうだな。 おれが犯人だったら、そういう場所を選ぶかな」


よく知らないが、廃墟というのは、暴走族の溜り場であったり、行き場のないホームレスが生活していたりすることもあるらしい。


「一日二件。 三日もあれば、広明くんを発見する確率は十パーセント以上になります」
「ふむ・・・」
「道端で突然ペンギンと出くわすより高い確率です。 当たり前の話ですが!」
「お前がそんなポジティブなキャラだとは知らなかったな」
「とにかく、探してみます」
「・・・わかったよ」


根負けした。


「じゃあ、早速リストアップしてもらっていいですかね?」
「廃墟情報を、か?」
「無理すかね? 神でも?」
「神? ああ・・・おれと栄一のギャグね」


廃墟の情報か・・・。

どうやって調べたものやら・・・。

いくつかはインターネットや書籍で調べるとして・・・。

あとは、浅井興行のなかで暴走族上がりの人間に話を聞いてみたり・・・。



「とりあえず、家に帰ってからだな」
「じゃあ、自分も浅井さんの家にお邪魔します」
「ええっ!?」


おれが露骨に嫌な顔をしたそのとき、椿姫が顔を見せた。

 

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「あ、二人ともここにいたんだ」
「ああ、ちょっと宇佐美と話し込んでるんだ」
「へえ・・・」


椿姫は宇佐美をちらっと見て、少しだけ顔を強張らせた。


「なんの話? わたしもまぜて」
「なんやかんやあって、わたしが、今日の放課後、浅井さんの家にお邪魔するということになったんだ」
「えっ!?」


「いや、ちょっと待てよ・・・」


クラスメイトは部屋に入れたくない。

ましてや宇佐美などなおさらだ。


「浅井さん、きのう約束したじゃないですか」
「約束って・・・」


「・・・・・・」


広明くんを探すのに協力するっていうアレか。


「電話番号まで交換した仲じゃないですか」
「え? そうなの?」
「うん。 わたしの初コールが浅井さんだった」
「・・・へえ」


「本当に、うっとうしいヤツだな・・・」


頭をかきむしった。

悩んでいるところに、教室の外から声が上がった。


「美輪さん、いますか!?」


ノリコ先生だった。

なにやら慌てている様子だった。


「はいっ!?」


返事をして戸口へ向かう。

ノリコ先生は青い顔で、椿姫に何か話していた。




「なんすかね?」




しばらくして、椿姫が戻ってきた。


「ごめんっ」


椿姫もまた、険しい表情になっていた。


「わたし、早退するね」
「なにがあったんだ?」



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「お母さんが、倒れたって・・・いま、病院にいるって」
「・・・・・・」


そういえば、ここ最近、体調を崩して寝込んでいたんだったな。


「なんていう病院だ?」


おれは努めて冷静に言った。


「えっと・・・」


椿姫が口にした病院の名を聞くと、それは東区にある総合病院だった。


「わかった。 ならタクシーが早い」
「えっ、タクシー!? 乗ったことないよ!?」
「いま呼んでやる。 金も貸す。 五千円もあれば着く」
「そんな、悪いよ・・・!」
「気にするな。 急いでるんだろ?」
「・・・・・・っ」


財布から五千円札を取り出し、椿姫に差し出す。

同時に携帯を操作して、タクシー会社を呼び出した。


「浅井くん、ごめん・・・」


椿姫がおろおろしているうちに、通話は終わった。


「五分で来るそうだ。 校門前で待ってろ。 行き先も言ってある」
「浅井くん・・・」
「なんだ、泣きそうな顔しやがって・・・」
「ありがとう。 本当に、ありがとうっ」


椿姫は、五千円札を握り締め、走って教室を出ていった。

その後姿を見送っていると、宇佐美がぼそりと言った。

 

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「かっちょいいっすねえ、浅井さん」
「ん?」
「浅井さんは、ホント、頼りになるというか、なんというか・・・」
「ボンボンだからな」
「友達想いですねえ、ホント」
「別に、普通だろ」


何を勘違いしているのか。

今回の山王物産との取引は、椿姫のおかげでたんまり儲けさせてもらったんだ。

ちゃんと、恩は返さないとな。


「では、当然、椿姫の弟さんを探すのにも協力していただけるわけですよね?」
「・・・それは、もちろんだが、お前がおれの家にくるってのはなあ・・・明日じゃまずいのか?」
「広明くんの発見が遅れれば遅れるほど、まずいことになるのはおわかりでしょう?」


・・・なんだかやり込められているような気がするな。


「わかった。 ただ、知りたい情報を調べたらすぐに帰れよ」


夜中には予定が入っているんだ。


「ありがとうございます」


昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。


・・・まあいいか。


宇佐美と"魔王"の関係をそれとなく探る機会かもしれんな。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

 

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「いやあ、うわさには聞いてましたが、とんでもなく高いマンションですねー」


マンションを見上げる宇佐美は、目と口を大きく開けて嘆息した。


「浅井さんって、すごいですねー」
「おれじゃなくてパパがすごいんだよ」


キーを挿し込んで、オートロックの玄関をあけた。


「こんなところに一人で住んでるんですか?」
「文句あるか?」
「ありますよもちろん、ひがみますよもちろん」
「うるさいヤツだなあ・・・」


おれたちは玄関をくぐって、エレベーターに乗り込んだ。


・・・。


 

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「お邪魔します」
「先に言っておくが、勝手に物に触れるなよ」
「広いっ・・・何畳くらいあるんですか、コレ?」
「百五十㎡(平方メートル)くらいだ。 きょろきょろしてないで、その辺に座ってろ」
「眺めも最高じゃないですか。 こんなところに女性を連れ込んでいったいどんな邪悪なことをしてるんですか?」


落ち着きなく室内を歩き回る宇佐美だった。

 

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「・・・コーヒーでいいか?」
「ありがとうございます。 あ、金庫だ。 へえ、お金貯めてるんですか?」


宇佐美が指差した金庫には五千万入っている。


「まあ、それなりに金は貯めてるよ」
「浅井さんってアルバイトしているわけじゃないですよね?」
「パパの仕事を手伝って、それで小遣いをもらってるよ」
「なんにしても、真面目にお金を貯めてらっしゃるんですね?」
「どうしてだ? おれが、金を貯めてるって?」


問い詰める。


「こんなクソ高い家賃の部屋に住んでいるおれが、金を貯めてるってのは、おかしいんじゃないのか?」
「いやまあ、なんとなくそう思っただけですけどね」


言って、家具に目を向けた。


「部屋自体は、とても高いんでしょう。
ただ、ソファやテーブルなんかは、実は安物なんじゃないですか?」
「・・・よくわかったな」
「自分、リサイクルショップとかよく行ってましたんで。 見かけた品があるな、と思ったんです」
「たしかに、家具だけじゃなくて、食器とか家電もたいてい安物だ」


総和連合のバッタ屋から安く買ったものばかりだ。

もらい物も多い。


「浅井さんは、洋服もたくさんもっているみたいでオシャレですし、お部屋もこんなに立派です。 車も持っているんですか?」
「ああ・・・駐車場は地下にある」


会社名義の車だがな。


「失礼なことを言わせていただきますと、浅井さんは、なんだか見栄を張るためだけにお金を使っていて、普段はとても質素な方なんじゃないですか?」
「部屋に上げたら、いきなりおれの性格分析かよ」
「すみません。 つい気になってしまいまして」
「ったく・・・」


しかし、宇佐美の言うことはだいたいあたっている。

見てくれは豪華な生活だった。

それは、権三の命令でもある。

金は貯めたい。

おれには父の残した二億の借金があるのだから。

ただ、外面には気を使わなければならない。

家、車、服。

義理とはいえ、園山組四代目組長の息子が、なめられるような格好をしていられるわけがない。

権三を通して、見せ金の力というものを、嫌というほど思い知らされた。

腕に巻いている時計、持っている車、住んでいる部屋の広さ・・・。

そういったものが、そのまま人間の価値につながる闇社会。


「でも、たぶん、おれはお前よりはいいもん食ってるぞ」
「そうでしょうねー」
「CD買ったり、椿姫と喫茶店入ったりと、散財もけっこうしてるしな」
「それもそすね。 質素はいいすぎでしたね」


ちょこんと頭を下げた。


「いやあ、わたし、てっきり、浅井さんには何か事情があって、お金を稼ぎまくっている好青年かと思いましたよ」
「はは・・・四畳半の部屋で共同風呂に共同トイレ。
まさに爪に火を灯すような生活をして、病床の母親の借金でも返すってか・・・?」


馬鹿馬鹿しい話だ。

百や二百ならともかく、そんな生活をしている人間が億単位の借金を返せるわけがないのだ。

金は使わなければ入ってこない。

おれは重ね重ね、自分に言い聞かせている。


借金は必ず返す。


だが、みすぼらしいのはごめんだ、と。

清貧という言葉をなじらなければ、どこかの知った風な顔をした連中に哀れみのまなざしを受ける。

そういう屈辱は、もう味わいたくない。

 

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「それで、本題ですけど」
「ああ、ちょっと、書斎でいろいろ調べてみるわ」
「じゃあ自分も」
「お前はここで待ってろ」
「え? じゃあ、自分はなにしにお宅にお邪魔してるんですか? いっしょに調べましょうよ」
「廃墟関連の資料をネットで漁って、印刷して持ってくる。
お前はそれに目を通しておけ。 その間におれは、他の資料を検索する」
「ああ、なるほど。 そういう役割分担ですね」


おれはただ、宇佐美を書斎に入れたくなかっただけだ。

パソコンのなかには、見られたくないデータがたくさんあるからな。


「じゃあ、さっそく・・・」


おれは宇佐美を置いて書斎に入った。


・・・。


・・・・・・。

 


一時間ほど過ぎて、おれたちはリビングで額を寄せ合っていた。


いつの間にか、日も暮れている。



「こうしてみると、廃墟ってかなりあるんだな」


戸建ての廃墟も多いが、遊園地やホテル、変わったのになると軍の施設なんてのもあった。

宇佐美も、おれが印刷した資料を眺めていた。

 

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「この旅館、温泉旅館といって、温泉が出なかったみたいですね。 シュールですわ・・・」


だから、潰れたんだろうな。


「この市営住宅跡を見ろよ。 廃墟っていうけど、意外にも、街中にあったりするんだな」
「ですね。 そういうのは、後回しにしていいと思います」


人の寄り付くような廃墟に、犯人が人質を隠しているとは考えにくい。


「はい、というわけで、浅井さんにお願いしたいことがあるんです」
「なんだいきなり?」
「いくら廃墟でも、勝手に侵入するのは、まずいですよね?」
「ああ・・・そうだな、つい忘れていたが」


廃墟だって管理者がいるわけで、黙って入れば立派な犯罪だ。


「いまから当たってみたい廃墟をリストアップしてみました。
ですので、浅井さんのお力で、管理者に連絡を取ってみてもらえませんか?」
「そうきたか・・・」
「無理ですかね?」
「いやまあ、聞いてみないことにはなんともいえんけど・・・」


なんと言って了解を得ればいいんだ?

五歳の子供が監禁されているかもしれないので・・・とは言えないだろう。


「わかった・・・ちょっと待ってろ。 知り合いの不動産屋をあたってみる」


おれは、宇佐美からリストをもらって、また書斎に戻った。

 

・・・。

 

・・・・・・。

 

不動産の横のつながりはすごいな。

浅井興行の名前を出して、不動産屋に問い合わせると、仲間に電話をしてすぐに持ち主を割り出し
てくれた。

 

「ひとまず五件ほど確認してもらった」
「結果はどうでしたか?」
「喜べ。 了解してもらったぞ」

「本当ですか? それはよかった」
「ああ・・・」


本当のところ、了承なんて得られていない。

五件のうち五件とも、廃墟の所有者が地元の金融機関で、話にもならなかった。


「浅井さん、だいじょうぶなんですよね?」
「ああ、パパの関係者だっていうのが、間違いないんならって」
「そうですか。 自分はそういうの疎いんで、助かりました」


五歳の子供を捜すという大義名分があるんだ。

罪の意識を感じないでもないが、ひとまず、宇佐美には黙っておくとしよう。


「んじゃあ、行ってきます」
「え? いまからか?」
「善は急げと」
「待てよ。 ちゃんと準備を整えてからにしろよ」


調べれば調べるほど、廃墟というものは好奇心で探索できるほど安全な場所ではないということが
わかった。


「軍手に防塵マスク、それから底の厚いブーツですかね」
「懐中電灯もいるだろ。 昼でも暗いらしいし」
「だいたい持ってます。
以前、工事現場でアルバイトしていたことがありまして、そのときに一式そろえたんです」


いろんなバイトしてるんだな・・・。


「それじゃ、資料とかはお借りしていきます。 浅井さんは来られないんですよね?」
「ああ、すまん。 今日はちょっと用事がある」


しかしこいつは、一人で怖くないのか?

廃墟の写真は、どれもこれも薄気味悪い。

幽霊が出るとまでは言わないが、浮浪者が住み着いていたり、野犬の群れがうろついてたりするこ
ともあるらしい。


「暇を見て、市内の廃墟をさらに詳しく探しておく。 パパにも相談してみるわ」
「ありがとうございます」


軽く手を振って、宇佐美は玄関に向かった。


「あ、ちょっと待て」


宇佐美は振り返って、首を小さく預けた。


「ちょっと聞きたいんだがな・・・」
「ええ」
「お前は、犯人は"魔王"だって頑なに主張しているわけだよな?」
「それがなにか?」
「"魔王"は、どうして、椿姫の弟を誘拐したんだと思ってる?」
「動機ですか?」
「金目あての犯行じゃないことは、お前だってわかってるだろう?」
「いまひとつ、"魔王"の心境が理解できない部分が多いんですがね、浅井さん・・・」


宇佐美は一度うなずいて、話を切り出した。


「ある仮説を立ててみました」
「仮説?」
「"魔王"の真の目的は、わたしを陥れることなのではないかと」
「はあっ?」


さすがに顔が引きつった。


「もしくは、"魔王"は、"魔王"にとってわたしが、どの程度の驚異になりうるかを試してきたんです」
「いやいや、とんでもなく自意識過剰というか・・・なんだそれ?」
「自分でも、変態なことを言っているのはわかっています」


おれは半笑いで言った。


「なんだよ、お前と"魔王"は宿命のライバルとでもいうのか?」
「いやいや、"魔王"にとって自分なんかミジンコみたいなもんですよ。
いや、ミジンコはいいすぎか、ゴキブリみたいなもんか。
あ、でも、ゴキブリはかわいくないからヤダな・・・」


なんなんだ、コイツは・・・。


「だったら、なんで"魔王"は・・・"魔王"みたいな凶悪犯が、お前みたいなミジンコを陥れようとするんだ?」
「それは・・・」


言いかけて、また口を閉じた。


「なんだよ、そろそろ教えてくれてもいいだろ?」
「ちょっとお話できませんね」


おれは聞こえよがしに舌打ちした。


「隠し事の多い女だな」
「すみません」


宇佐美はあくまで平然としていた。

なんだか、馬鹿らしくなってきたな。

権三に"魔王"を探れと命じられたものの、肝心の宇佐美がこれじゃあ、なにもわからない。


「わたしが、隠し事の多い女だということですが・・・」
「気にさわったか? 本当のことだろう?」
「浅井さんにも、お話したくないことの一つや二つあるんじゃないでしょうか?」
「なんだと?」
「浅井さん、こんなことを言うとケンカになってしまいそうで怖いんですがね。
浅井さんのお人柄は、どうにもつかめません」
「どうつかめないって言うんだ?」
「あなたは学園では、ひょうきんで明るくて、友達想いです。
今日、椿姫にタクシーを手配してあげたりもしましたね。
けれど、身代金を引き渡す当日には、用事があると言って姿を消しましたね。
今日もそうです。 協力してくれると言ったのに、肝心の廃墟の探索には同行してくれません」


おれは、頭に血が上っていくのを自覚した。


「だから、用事があるんだよ。 事情があるんだ、仕方がないだろう?」
「はい。 ですから、わたしにだって、事情があるんです。
"魔王"との関係を話したくない事情が」
「・・・ちっ!」


うまく言いくるめられてしまったな。


「まだ、おれが"魔王"だと疑っているんだろう?」


嫌味を言ったつもりだった。

 

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「・・・・・・」


宇佐美は黙って、首を横に振った。


「どうも失礼しました。 帰ります」
「ああ・・・」


背中を曲げておずおずと部屋を出ていった。


・・・。


「もう、宇佐美に関わるのはやめるかな」


ひとりごちて、ソファにもたれかかった。

"魔王"が宇佐美を陥れようとしただって・・・?

なんにしてもおれには関係のないことだ。

どうにも、宇佐美の線から"魔王"を探るのは難しそうだな。

しかし、"魔王"を捜し出さなければ、権三にどんなプレッシャーをかけられることか・・・。


「くそっ・・・」


それにしても、"魔王"は、椿姫の弟を返すつもりがないのだろうか。

すると、とても困ったことになるな。

いくら呑気な家族でも、いい加減に警察を頼るだろう。

警察が動けば、おれが借金を仲介したこともばれて、総和連合にも捜査のメスは入る。

そんなことになったら、権三に何をされるかわからんぞ・・・。


「・・・・・・」


おれは思案をまとめる。

やはり、椿姫の一家を監視しておくか。

部外者のおれが家族の問題に口を挟むのは難しいが、やるしかないな。

考え込んでいると、めまいが襲ってきた。

このところ、頻繁に起こる。


・・・仕事を済ませなければな。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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「あ、浅井くん?」


仕事が終わり、椿姫の家を訪ねた。


「夜中にすまんな。 ちょっと近くまで来たんで、寄ってみたんだ」


椿姫は、驚いたように目を丸くした。

 

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「どこかに、出かけるのか?」
「う、うん・・・もう、帰ってきたんだけどね」


端切れ悪く言いながら、コートの裾をつかんだ。


「お母さん、だいじょうぶだったか?」
「あ、うん。 明日まで入院するんだけどね」
「過労かな?」
「みたいだね。 お母さんも参っちゃったみたいで」
「そういう椿姫はだいじょうぶか?」


辺りが暗いせいか、椿姫の顔色もだいぶ悪そうに見えた。


「わたしは、ぜんぜん平気だよ」
「すごいなあ、椿姫は」


本心からそう思う。

家族が誘拐され、身代金は奪われ、しかも人質は返ってこない。

そんな状況で、よく笑顔を見せられるものだ。


「強いんだな、お前って」


椿姫はまた、そんなことないと、首を振る。


「おうち寄ってく?」
「ああ・・・」


・・・・・・。

 

 

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活気はなかった。

子供たちはもう眠っているのだろうか。

居間には親父さんだけが、ふさぎこむようにしてちゃぶ台に頭をうずめていた。


「ああ、浅井くんじゃないか、いらっしゃい・・・」


憔悴した目でおれを迎えてくれた。

 

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「浅井くん、わたしちょっと弟たちを寝かしつけてくるね」


・・・。


「お邪魔します、お父さん」
「うん・・・」


椿姫とは違い、目に見えて弱っていた。


「すまないね、こんな格好で」


頬もげっそりとこけている。


「だいぶ、お疲れのようで・・・」


当然といえば、当然だった。

やはり、椿姫が少し異常なのかもしれない。


「浅井くん、椿姫は?」
「え? いま、そっちの部屋に行きましたよ?」
「あ、ああ、そうか。 そうだったね」


ずっとふさぎこんでいるのだろうか。

気まずい間があった。

親父さんがぼそりと言う。


「浅井くん、椿姫をよろしく頼むね」
「はい?」
「あれは、とても優しい娘なんだ」
「ええ・・・それはよく知っています」
「いまもね、無理に明るく振る舞ってるんだ。 内心ではつらいくせにね」
「・・・そうですか。 そうでしょうね」


親父さんのため息は重かった。


「ちょっといい子に育ち過ぎてしまったかなあ」
「・・・・・・」
「椿姫は、人を疑うということを知らないんだ」


一人ごとのようだった。


「僕も母さんも世間知らずの田舎者だから、騙すより騙されるような人間になれと教えてきてしまったんだよ。 そのほうが疲れずにすむからね」
「いや、実際、椿姫はすごいいい子ですよ」


ありえないくらいにな・・・。


「ところで、その後、犯人から連絡はありましたか?」


話題を変えようと切り出したとき、椿姫が別室から戻ってきた。


「浅井くん、なんのお話してたの?」
「いや、犯人のことを・・・」


「連絡はまだないよ」
「・・・そうですか」


もう、広明くんは殺されているのだろうか。

 

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「だいじょうぶ、広明はちゃんと返ってくるよ」


声は、場違いなまでに明るかった。

まるで、確信でも抱いているかのよう。


「そろそろ警察を頼ろうかと思うんだ」
「え?」
「父さんが間違っていたんだ。
最初から警察を頼っておけば、こんなことにはならなかった」


やはり、そういう考えに及ぶよな。


「お父さん、ちょっと待って・・・!」


いまにも受話器に腕を伸ばしそうな親父さんを、椿姫が制した。


「も、もうちょっとだけ、待ってみようよ」
「椿姫、すまなかった。 でも、もう待てない」


・・・まずいな。


「待ってよ。
犯人は、身代金さえ受け取れば広明を返すって言ってたんだよ?」
「それは口実だよ。 現に、犯人から何の連絡もないじゃないか」
「でも、いまさら・・・」
「すまん、父さんは、もうじっとしていられないんだ」


親父さんが勢いよく立ち上がった。


もう、限界か。


「早まらないでください」


親父さんが険しい顔でおれをにらんだ。


「これは、いままで黙っていたのですが・・・。
実は、身代金が奪われてから、父に頼んで、犯人の足取りを探ってもらっているところなんです」


椿姫が息を呑んだ。


「どういうこと?」



「父の警察時代の知り合いを通して、いま、広明くんの行方を追っているんです」


でたらめだった。


「さしあたって、犯人が市内近郊の廃墟に潜伏している可能性があると見て、調査は進んでいるそうです」


でたらめのなかに、さりげなく事実を混ぜておく。


「つまり・・・警察の方はもう動いているということかい?」
「ええ・・・正式な捜査ではないんですが」
「それは、本当なんだろうね? にわかには信じがたいよ」
「本当です。 父の元同僚や私立探偵の方が捜査を進めています」


親父さんは口をつぐんだ。


「いまは、表立って警察に通報して、いたずらに犯人を刺激するより、調査の結果を待つほうが得策かと思います」
「しかしね・・・」
「必ず、広明くんを取り戻してみせますから」


力強く言った。


「お父さん、浅井くんに任せてみようよ」


椿姫が、いまだに渋い顔をしている親父さんに言った。


「む・・・」


疲れ果てて、まともな判断力も鈍っていたのだろう。

やがて、親父さんは何も言わずうなだれた。


「少し、休ませてもらうよ」


おれのでたらめに納得したわけではなさそうだった。

もともと警察に電話する気力も残っていなかったのかもしれない。


「・・・ふう」


ひとまず、なんとかなったな。

しかし、でたらめをでっちあげたはいいが、時間稼ぎにしかならないな。

生きているのならば、早いうちに広明くんを捜し出さなければ・・・。


「ごめんね、お父さん、疲れてるみたいで」
「無理もないよ・・・」


時計を見ると、すでに時刻は深夜十二時を回っていた。


「そろそろ帰るわ」
「もう?」
「とくに用事があったわけではないからな」


言いつつ、椿姫に釘をさしておく。


「もし、警察に連絡するときはおれにも教えてくれよな?」


おれを信頼しきっている椿姫は、素直に返事をした。


「お父さんが早まったことしようとしたら、今日みたいにとめてもらえるかな?」
「お父さんも、ちょっと冷静じゃないみたいだからな」
「それと、ありがとうね。 実は、犯人を捜してくれてたんだね」
「・・・ああ」


目を逸らし、コートを羽織った。


・・・・・・。

 

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「じゃあ、おやすみ・・・」
「うん・・・」


微笑していた。


「・・・がんばれよ」


椿姫の笑顔に違和感を覚えながら背を向けると、案の定、声がかかった。


「待って、浅井くん」
「ん・・・?」
「えっと、もう遅いし、泊まっていく?」
「はは・・・まさか椿姫からそんなオサソイを受けるなんてなー」


おれは学園でそうしているような明るい声で、椿姫をからかった。

けれど、椿姫には冗談の意味が通じなかった。


「ごめんね、本当いうと、ちょっと心細くて」
「・・・そうか」


親父さんの言ったとおりだな。

明るく振る舞っているだけで、内心は不安に満ち溢れているんだろう。


「ようやく、お前の人間っぽいところが見えたなー」
「え? どういう意味?」
「いやいやなんでもない」


まともでいられるほうがおかしいというものだ。


「泊まりはよしておくよ。 明日も学園だしな」


椿姫の肩にぽんと、手を置いた。

 

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「ごめんね、無理言って。 浅井くんにしか、こんなこと相談できなくて」


上目遣いで見つめてくる。

つぶらな瞳は、夜の闇のなかでいっそう際立って光っていた。


「なんかあったら、すぐケータイに連絡くれよ」
「うん・・・」


寂しそうにうつむいた。


「わたしも、携帯電話、持とうかな・・・」
「そうか? 便利だからな」
「だよね・・・いつでも連絡できるし」
「落ち着いたらいっしょに買いに行こうな」
「買ったら、わたしも一番に、浅井くんの番号を登録するね」
「ん? ああ・・・」


椿姫の表情に切迫したものを感じたような気がしたが、すぐに気にならなくなった。


「じゃあな・・・」


椿姫の家をあとにした。

角を曲がるとき振り返ると、椿姫が手を振った。

見送りに出てきた椿姫は、素直にかわいらしいといえた。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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「おいおいなんだよ、今日は休みが多いなあ」


風邪が蔓延しているのか、欠席が目立つ。


「椿姫は?」
「さあ、遅れてくるんじゃないかな?」
「また、なんかあったのか?」
「・・・らしいな」
「マジかー。
つーか、いいかげん警察にポイしちゃったほうがいいんじゃねーの?」
「お前にはわからん事情があるんだよ」
「事情ってなんだよ、オレだけハブられてんのかよ?」

 

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「ハヨザイマース」


のっそりと宇佐美が現れた。


「ちょっと宇佐美さん、聞いてよ」
「はい」
「椿姫どうなったの? あれから進展ナッシング?」
「ナッシングです。 残念なことに」


「なんだ、昨日は無駄足だったのか?」


尋ねると、宇佐美はおれの質問には答えず、軽く頭を下げた。


「昨日はどうも、不快なことを言ったようで、すみませんでした」
「・・・あ、ああ」


宇佐美と"魔王"の関係を探ろうとして、うまくはぐらかされたんだったな。


「どうしたの? 二人ともなにわかちあってるの?」
「いえ、わけありな事情がありまして」
「え? また事情? もういい加減にしてよー」


栄一は、うんざりしたのか、他の女の子の輪に加わりにいった。


「あ、なんか悪いこと言いましたかね?」
「気にするな」


宇佐美と向かい合う。


「で、どうだったんだ?」

 

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「収穫はゼロです。
初日だし勢いで三件くらい回ってみようとしましたが、これが大変で・・・」
「だろうな・・・」
「暗いわ、寒いわ、怪物は出るわで、気がついたら朝日を拝んでいました」


・・・なにしてんだ。


「ガラスとか散乱してますし、いきなり床に大穴が開いてたり、ネズミが運動会してたりと、息をつく暇
もなかったですね」
「だいぶ疲れたみたいだな?」
「いえいえ、これからです」


よく見ると、宇佐美のすねに引っかいたような傷があった。

 

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「まあ、なんとかなると思いますよ」


あくまで軽いノリの宇佐美だった。


「すまんが、今日と明日は、つきあえん」


例の土地を巡って、山王物産との最終的な交渉がある。


「いいですよ。 では、今日か明日には広明くんを見つけ出すとしましょう」


この自信はどこから湧いてくるんだろうな。


「なんか自信たっぷりだな」
「いまのところ雲をつかむような手ごたえを感じてます」
「ぜんぜんつかんでねえじゃねえか」
「ですねー。 もうすこしヒントがあればなあ、とか思いますね」
「犯人から送られてきた写真を、もう一度見てみたらどうだ?」
「それもそうですね」


そんなやり取りをしていると、チャイムが鳴り、授業が始まった。

授業中の宇佐美は、どうやら例の写真をずっと眺めているようだった。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

 


昼休み。

屋上の寒さはかなり厳しいものになっていた。


椿姫が遅れてやってきた。

 

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「おう、今日はどうしたんだ?」
「病院に寄ってたんだよ」


母親に付き添ってたのかな。


「あれ? みんなは?」
「花音は寝てる。 栄一は知らん」
「・・・ハルちゃんは?」
「宇佐美も教室かな」


ずっと写真とにらめっこしていた。


「そっか、ふたりっきりだね」


なにやらうれしそうだった。


「最近、なにかあったか?」


数日前にあった違和感を思い出す。


「なにかって・・・それは浅井くんも知っての通りだよ?」
「いや、それはそうだが・・・」


誘拐事件のことを言っているんじゃない。

 


「ごめんね、昨日も心配かけたみたいで。 変かな、わたし」
「ん・・・さあな」



「昨日も、心細くてね」


不意に、顔が暗くなった。


・・・不安定なんだろうな。


とにかく、椿姫の明るそうな見た目だけで、心情を推し量るのは軽率だな。


「今日、ちょっとだけ買い物でも行くか?」
「え? いいの?」
「三十分くらいならな」


打ち合わせの時間までのつなぎで、少し遊んでやるとするか。


「やっぱり、やめておくよ」
「そんな気分じゃないってか?」


苦笑して、疲れたような吐息を漏らした。


「ごめんね、せっかく誘ってもらったのに。 わたし、浅井くんと・・・」


緊張した面持ちで、何か言いかけたときだった。

 


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「浅井さん!」


宇佐美が、小走りに寄ってきた。


「浅井さん、ちょっとこの写真見てもらっていいですかね?」
「なんだ、ぶしつけに・・・」


「ハルちゃん、おはよう」
「おう・・・」


写真に夢中なようで、気のない挨拶だった。


「広明くんの顔がアップで映ってるじゃないですか?」
「ああ・・・」
「すぐそばに倒れた書棚があるじゃないですか?」
「あるな・・・」
「今日のわたしの髪型どうですか?」
「どうでもいいよ」
「すみません。
書棚の下に、白い・・・書類のようなものが見えますよね?」
「む・・・」


目を凝らす。

宇佐美の言うように、なんらかの書類が、書棚の下敷きになっていた。


「これ、なんて書いてありますかね?」
「え? この紙に、か・・・?」


手に取った写真を舐められるような距離まで近づける。


「わかんねえな。 殴り書きっていうか、汚い字っていうか・・・」


およそ他人が読むことを想定して書かれた文章ではなさそうだった。


「日記のはしくれなのかな?」
「日記といえば、椿姫はどうだ?」


「・・・えっと、どうかな・・・」


三人で顔を寄せ合う。

 

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「あ、あんまり見たくないな。 ごめんね」
「そうか、悪かった」


捕らえられた弟の姿なんて、まじまじと見たくないだろうな。


「宇佐美はどう思うんだ?」
「わかりません、内容は」
「内容は?」
「はい。 これはアルファベットだとは思います」
「アルファベット・・・?」


言われてみれば、アルファベットのように見えなくもない。


「ここが、『a』で、この辺が、『J』ですね・・・」
「みたいだな・・・よく気づいたな」
「ここちょっと眼がっつり開いて見てもらえませんか?」
「・・・アール・・・・・・ピー、か」
「なんなんすかね、このアールピーって」
「行頭にきてるな・・・大文字の『R』に小文字の『p』だな」
「ダイイングメッセージですかね?」
「誰が死んだんだよ」
「まあ、この発見がどれほど意味があるかというと、微妙なところなんですがね」
「おいおい」


たしかに、それがなんの手がかりになるというのか。

広明くんが監禁されている廃墟には、英語で書かれた書類があるとわかった。

大きな展開とはいえない。


「もう少し頭をひねってみますわ」


「ねえ、ハルちゃんは、なにしてるの?」


宇佐美は戸惑ったように答えた。


「もちろん、広明くんを探してるんだが」
「やっぱり」
「ん?」


眉をひそめた。


「なにか、いけなかったか?」
「・・・えっと・・・」


椿姫の声が震えていた。


「無理、しないでね」
「・・・・・・」
「気持ちは、うれしいんだけど・・・なんていうか、ハルちゃんは、別に探偵さんでも警察の人でもなんでもないわけじゃない?」


聞いている宇佐美も当惑しているようだが、言ったほうの椿姫も困ったように口をつぐんだ。

 

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「手を引いてくれと言っているのか?」
「・・・えっと、あの・・・うん、ごめん」


小さく頭を下げた。


「だって・・・ハルちゃんはどうして、犯人を捕まえようとしているの?」
「犯人を捕まえなければ、今後第二第三の誘拐事件が起こるかもしれないぞ?」
「・・・そういう正義感みたいなもので?」
「大口叩いておいて、わたしは、身代金も奪われてしまった。 責任も感じている」
「責任って・・・そんな・・・もう、いいよ」
「どうしたんだ椿姫? わたしはただ、犯人の手から、広明くんを取り戻したいんだが?」


そのとき、ふと、椿姫の顔色が変わった。


張り詰めていたものが一気に噴出したよう。

 

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「ハルちゃんは、自分のせいで広明が誘拐されたと思ってるんじゃないの?」


おどおどしていた目が、いつの間にかしっかりと宇佐美を見据えている。


「犯人の動機のことを言っているのか?」
「だって、お金が目的なら、どうして広明なのかな? どうしてうちみたいな普通の家を狙ったのかな?」


椿姫にしては意外だな。

他人を責めるような態度もそうだが、椿姫が犯人の動機なんてものに興味を抱いているとは思わな
かった。


「椿姫の言うとおりだよ。 "魔王"がわざわざ誘拐事件を起こしたのは、わたしをなんらかの形で陥れるためだと思う」
「じゃあ、わたしたちはとばっちりを受けたっていうの!?」


ほとんどヒステリーを起こしたような、悲痛な声だった。


「・・・・・・」
「・・・・・・」


昼どきで賑わっていた学園の空気が一気に冷え込んでいく。


「ご、ごめん・・・」


肩を震わせながら、たどたどしい手つきで口を覆っていく。


「な、なんでかな・・・ごめん・・・こんなこと言うつもりじゃなかったのに・・・」


宇佐美のせいで、椿姫の家族が辛酸を舐めさせられている。

なんとなく、行く先々で殺人事件を起こす、小説のなかの探偵を想像した。

しかし、気持ちはわからなくはないが、椿姫の憤りをぶつけるべき相手は、宇佐美ではなく犯人なんだろうな。


「わたしのせいで広明くんが誘拐されて、わたしのせいで家族が不幸になっている。
だから、もうこれいじょう関わらない欲しいというわけだな?」


驚くほど冷静に、淡々と言い放った。


「・・・っ・・・」


気圧されたように目を逸らす。


「ど、どうしてそんな、きつい言い方するのかな?」
「きついかな?」
「ハルちゃんが、よくわからないよ・・・」


上目遣いで、宇佐美の反応をうかがうように言った。

 

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「ごめん。 迷惑かけて」
「・・・・・・」



・・・。



「自分、教室に戻ります」


これ以上、話すことはなにもないといった様子だった。




「なあ・・・」


いまだに肩をいからせている椿姫に言った。


「お前、昼飯食ったか? まだなら、いっしょに食おうぜ」


椿姫は、しばらく答えなかった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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授業中、椿姫の様子を後ろの席から眺めていた。

ぼんやりとして、先生から指名されてもまともに答えられなかった。

英語の時間、栄一が小声で話しかけてくる。


「やべえよ、マジ、今日は、カゼでみんな休んでるからすぐ指名されるよ」


・・・季節の変わり目らしくカゼが蔓延しているらしい。


「なんでこの世に英語とかあるんだろうな? ていうか、なんで言葉の違いがあるんだろうな? 愛に国境はないのによ」
「今日は詩人だな、栄一」
「あー、オレ決めた。
世界の共通語を日本語にする。 将来そういう職場で働くわ」
「そうかそうか、そのためには英語を勉強しないとな」
「なんつーの、英語とかイタ語とかドイツ語とかは、とりあえず滅ぼすわけだよ」
「滅ぼさなくてもいいだろ?」
「だってさー、大文字の『O』と数字の「0」がマジ見分けつかないじゃん。 不便だってこれ、共通語として」
「滅ぼしたら、大勢の人が困るってば」
「いいや、真のアルファベットはオレが完成させる」


前の席の宇佐美がぬっと振り返った。

 

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「いま、なんて?」


「あ?」


「栄一さん」
「ぼ、ボク?」
「ええ」
「アルファベットはオレが完成させる・・・」
「もっと前ですっ」
「大文字の『O』と数字の『0』が見分けつかない・・・」
「もっ、もうちょい前ですっ」
「セックスは面倒だけど、股間は愛しい・・・」

 

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「コラコラそんなこと言ってねーだろうが」
「えっと、なんだっけ?」


「英語とイタリア語とドイツ語はとりあえず滅ぼすとか言ってたな」
「・・・それです」


神妙にうなずいた。


「え? いっしょに滅ぼす?」
「いや、栄一さん、助かりました」
「へ?」


「浅井さん、雲をつかむよう手ごたえが、綿菓子くらいになりましたよ」
「それは、どういう・・・」


聞こうとしたとき、教師の注意が飛んできた。

授業中に騒ぎすぎたらしい。

宇佐美も、黙って前を向いた。

釈然としないまま、授業が進んでいった。


・・・・・・。

 

・・・。

 


放課後になると、宇佐美は一目散に教室から出ていった。


 

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「ちょっと待てよ、宇佐美」
「なんすか、急いでいるんですが?」
「さっき、なにを閃いたんだ?」
「ああ、そのことですか」


ふと思いついたように言う。


「あ、そうだ。 浅井さんに調べてもらった方が早いかな」
「なにを調べろって?」
「気づいたんです。 写真にあった書類の文字」
「ほう」

 

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「あれは、英語ではなく、たぶんラテン語かなにかなんです。 詳しくは知りませんが」
ラテン語だって?」
「あの『Rp』なんですがね」
「あれが、ラテン語なのか?」
「栄一さんが、ドイツ語とか言ったので、一瞬ドイツ語かなーとか思ったときに、ピンときました。
今日はカゼで欠席が多いみたいですしね」


おれも、なにかピンときそうだった。


「カルテ、か?」
「おそらくその類です。
病院で、お医者様がよく『Rp』と書いているのを目にしていたので、それを思い出しました」
「どういう意味なんだ?」
「たしか、処方するとかそういう意味らしいです」
「そうか・・・」


・・・でも、待てよ。


「おい宇佐美。
でも、あの写真を見る限り、書類にはアルファベットばかりだったよな?」
「はい。 カルテなんじゃないかなと疑って読むと、他にドイツ語で血液という単語を拾えなくもなかったです」


・・・こいつ、ドイツ語が読めるのか。


「しかし、ドイツ語っていうけどな、実際のところカルテをドイツ語で書く医者はあんまりいないって聞いたことがあるぞ。
たいていは、日本語か英語らしいって・・・」
「はい。 カルテにしては、日本語が少しも混じっていないのが、おかしいとも思いました」


髪をさっとかきあげる。

 


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「ただ、ですね、お歳を召した開業医の方のなかには、稀にいらっしゃるんだそうです」
「なるほど・・・廃病院だもんな」
「調べやすいと思いませんか?」


広明くんは、廃墟となった病院に監禁されている・・・?


「すると、だいぶ絞り込まれるんじゃないか?」
「はい、病院とわかっただけでも、かなりの収穫です」
「さっそく調べてみよう。 そう何件も廃病院があるとは思えないから、あっさりわかるかもしれない」
「昨日みたいに立ち入りの許可もお願いしていいですかね? 自分も調べてみますので」
「あ、おい待て」


いまにも走り出しそうな宇佐美を引き止める。


「さっき椿姫に言われたことだが・・・気にしてないのか?」
「もう、関わらないで欲しいと言われましたね」
「ああ・・・ちょっと椿姫にしては珍しく気持ちが高ぶっていたみたいだが・・・」
「気にはしていません」
「・・・・・・」
「せめて、椿姫が警察を頼るまでの間は、自分なりに調べてみようと思っています。 それでは」


さっそうと廊下を走っていった。

おれも、帰るとするか。

カゼなのか、おれも妙な頭痛を覚えた。


・・・それにしても、よく気づいた。


「・・・っ」



なかなかがんばっているな、宇佐美・・・。



目まいがして、額に手を置いた。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

 

―――――

 


・・・。

 

・・・・・・。

 

 

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雑踏のなか、ふらふらと歩きながら、染谷室長からの電話を受けていた。


「浅井くん、君のおかげで助かったよ」
「いえ・・・」
「例の東区の件だがね、美輪という一家がついに折れてくれたらしく、計画はまた軌道に乗り始めたそうだ」
「それはなにより」
「君がどんな手口を使ったのかは、わざわざ問うまい。
なんにせよ礼を言う。 さすがは"魔王"といったところか」


染谷は上機嫌だった。


「いえ、こちらこそ。 例の場所もお貸しいただいて、ありがとうございます」
「あの、東区の廃墟か?」
「ご紹介のとおり、暴走族やホームレスも立ち寄らないような素晴らしい物件でした」
「あの病院跡は、警備会社の人間をたまに巡回させているからね」
「なるほど。

・・・ご用件はそれだけですか?」
「その廃墟の件だがね」
「なんでしょう?」
「担当の人間から偶然耳にしたんだが、ついさっき、立ち入りの許可を求められたらしい」
「・・・誰から?」
「さあ、警察の人間ではなさそうだったらしいがね」
「相手は、名乗らなかったのですか?」
「こっちが山王物産だと知って尻込みしたらしいな。 だから当然、立ち入りの許可は出していない」
「そうですか。 またご連絡します」



通話を切って、考えをめぐらす。

宇佐美、か・・・?

だとしたら、思ったよりも調べが早い。

写真を送りつけたのは、少しサービスが過ぎたかもしれんな。

広明が生きていることを家族に伝えるだけなら、電話口に立たせればいい。

わざわざ監禁場所の手がかりとなる写真を送りつける必要はない。

宇佐美は写真を頼りに広明の居場所を探すに違いない。

しかし、おれの狙いは別のところにある。

廃墟を探し当てたとしても、人質は見つからないのだ。

宇佐美は身代金に続いて、二度目の失態を犯すことになる。

それは、宇佐美と椿姫の確執の火種となる。

だから、写真を送りつけたのだが・・・。

今回の身代金誘拐は、用地買収に悩む山王物産に力を貸すことが主な動機だったが、もちろんそれだけではない。


宇佐美ハル・・・。


あの女は、おれの過去を知る数少ない人間のうちの一人だ。

現在のところ、おれを追ってくる唯一の人間でもある。

叩き潰してやる・・・そう思っていたが、今回はここまでにしておくか。

あの写真にしても、想定よりも面倒な手がかりを残しすぎた。

繁華街でも、宇佐美に危うく腕を捕まれるところだった。

もちろん、おれにたどり着くような決定的な証拠は残していない。

だが、用心に越したことはない。

もう少し広明の居場所を突き止めるのが遅ければ、宇佐美から友人を奪ってやれたものを・・・。

椿姫を使ってな・・・。

しかし、椿姫には種だけはまいておいた。

あとはどう、発芽するか楽しみだ。

最後に、おれは椿姫に連絡を入れる。



弟は返してやろう。

だが、調子に乗って警察に連絡したら、家族はまた悲しい目に合うということをしっかりと伝えておく。

椿姫には、広明の他にも、小さい弟や妹がいるのだからな。


・・・・・・。

 

・・・。

 


―――――

 

・・・。

 

・・・・・・。

 

 

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打ち合わせを終えたおれは帰宅して、少しの時間、寝込んでいた。

風邪を引いたようで、どうも熱っぽい。


・・・ん?


誰か来たな。

備えつけの受話器を取ると、モニターに宇佐美の顔が映っていた。


「夜分にすみません、浅井さん」
「・・・なんの用だ?」
「廃病院の場所、わかりましたか?」
「廃病院・・・」
「え?」
「あ、ああ・・・調べたぞ」
「助かりました」
「ちょっとうちにあがっていくか?」


お邪魔しますと、宇佐美が軽く会釈した。

 


・・・。



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「それにしても、わざわざ来なくても電話すればいいのに」
「いやいや、二回くらいかけましたよ?」
「え? そうか? すまん、寝てたからな・・・」
「そすか。 カゼすか? お大事に」


おれは、印刷しておいた廃墟の資料をテーブルの上に上げた。

不動産屋から送られてきた情報だった。


「えっと、江尻病院っていうらしいな。 東区の外れに放置されているらしい。
院長の江尻氏は明治生まれの人らしく、もうとっくに亡くなっているらしいが」


詳しい住所も教えてやった。


「さすが、浅井さん、ありがとうございます」
「市内には該当するような廃病院は他になかったぞ」
「さっそく出かけてみます」
「おれも行こう」
「本当ですか? いいですよ、体調悪いんでしょう?」
「別にお前が心配とかそういう理由じゃないからな」


この病院の所有者は山王物産の系列だった。

面倒を起こしたら、山王物産に迷惑がかかる。

宇佐美がなにかしでかさないように、見張っておく必要がある。


「では、行きましょうか」
「そういえば、おれは、軍手の一つも持ってなかったな」
「貸しましょうか? お揃いにしましょう」
「・・・・・・」


うんざりしながら、外に出た。


・・・・・・。

 

 

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すっかり冷え込んだ夜の住宅街。

椿姫から着信があったのは、宇佐美のアパートに向かっている途中だった。


「どうした・・・?」


尋ねると、弾んだ声が返ってきた。


「あ、浅井くんっ!」
「なんだ、なにかあったのか!?」
「浅井くんっ、聞いてっ!」


いまにも唾が飛んできそうなくらい切迫した口調だった。


「か、かえって、帰ってきたの!」
「帰ってきた・・・?」

 


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「え・・・」



「帰ってきたって、広明くんがか?」


心なしかおれの声も震えていた。


「うんっ、うんっ!」


泣いているようだった。


うん、うんと、何度も繰り返す。


「本当か、よかったな・・・」


全身から力が抜ける思いだった。


「迷惑かけたね、浅井くんっ! 本当にありがとうっ」
「いやいや、おれはなにもしてないよ」


たんまり儲けさせてもらっただけだ。


「とにかく、それだけだから」
「わかった。 広明くんにも、ショックが大きいだろうけど、がんばれって伝えておいてくれ。 そのうち顔を出すよ」
「うんっ、おやすみっ!」


底無しに明るい別れの挨拶だった。

ようやく、ぐっすり眠ることができるのだろう。

おれも、ほっとした。

これで、警察が出てくることはない。


「・・・・・・」
「宇佐美、聞いてのとおりだ」
「良かったです」


口元をほころばせた。

が、目だけ異様にぎらついていた。



「これで、警察を頼ることができますね」
「・・・っ!?」
「広明くんが帰ってきたのなら、『こと』をおおっぴらにできます。
わたしも警察にいろいろと証言するつもりです」
「・・・・・・」


たしかに、人質がいたからこそ犯人の言いなりになって警察を頼らなかったのだ。

人質が返ってきたいま、通報をためらう理由はない。


「今日はもう遅いですし、帰ります。 椿姫の家に行くのは明日にします」
「ああ・・・明日は休みだしな」
「おやすみなさい。 それにしても、良かったです」


歯がゆい思いで、宇佐美の後姿を見送った。


・・・なんとかしなくてはな。


椿姫と違い、おれにはぐっすり眠る暇なんてなさそうだった。

 

・・・。