*ゲームを読む*

ゲームまるごと文字起こし

G線上の魔王【11】

 

 

・・・。


翌朝すぐに、椿姫の家に出向いた。

休日の朝らしく電車も空いていた。

声をかけると椿姫は弟を連れてすぐに出てきた。

 

f:id:Sleni-Rale:20191022153220p:plain



「お兄ちゃん、こんにちはー!」
「お・・・」


少なからず驚いた。


「おう、元気いいなー」


誘拐され、一週間近くも廃病院に監禁されていたというのに。


「でしょ? わたしも心配してたんだけどね」


椿姫の顔に笑みが戻っていた。


「寒くなかったか?」
「んーん。 真っ暗だったけど、お部屋はあったかかったよー」
「ご飯は?」
「パンがたくさんあったよ。 お菓子もあったよー」


・・・人質にしては、妙に優遇されていたみたいだな。


「犯人・・・いやその、広明くんは、どんな人についていったんだ?」
「お馬さんだったよー」
「馬?」
「うんっ。 お父さんの親戚の人だって言ってた。
ちょっとおうちに帰れなくなるけど、いい子にして待ってなさいって言われた」


・・・馬の面でもつけていたのだろうか。


「最初、車に乗ったときは、怖い人かと思ったけど、お菓子くれたり、玩具くれたりして、いい人だったよー」


それにしても、犯人は、広明くんをうまく手なずけていたようだな。


「お姉ちゃん、寂しかったでしょー?」


いたずらな笑みを浮かべる。

 

「もうっ、この子は・・・ほんとに・・・」


「なんにしても、よかったな」
「一件落着だね。 今日からようやく日記を再開できるよ」
「なんだよ、最近は書いてなかったのか」
「うんっ、日記も書けなくなるほど動揺していたみたいでした○(まる)」


すがすがしいまでの笑顔だった。

これから先、この家族には引越しが待っているわけだが、ひとまず事態は落ち着いていた。

 

・・・。


 

f:id:Sleni-Rale:20191022153255p:plain



「おはよう・・・」



こいつが現れるまでは・・・。

 

・・・。

 


「あ、ハルちゃん、どうしたの?」
「広明くんが帰ってきたと聞いたんで」


椿姫が小首を傾げておれを見た。


「ああ、昨日電話もらったときに、宇佐美もすぐ横にいたんだよ」
「え? あんな夜中に? 二人でなにをして・・・」


さらになにか質問が続きそうなときに、宇佐美が広明くんのそばに近づいた。

 

f:id:Sleni-Rale:20191022153334p:plain



「髪の毛ボーボーのお姉ちゃん、こんちはー」
「ちわー。 だいじょうぶだったかー?」
「みんなに聞かれるよー。 だいじょうぶだよー」
「ホントかー? わたしにはなんでも言うんだぞー?」


「ハルちゃん、きのうはごめんね」
「ん?」
「ひどいこと言っちゃったような気がして」
「気にしてない。
わたしこそ、お前を知らず知らず傷つけていたようで、申し訳なく思ってる」


その言葉に、椿姫はほっとしたようにため息をついた。


「せっかくだし、上がってく?
引越しが近いから、散らかってるけど、居間はまだ手をつけてないから」
「そうだな、警察にも連絡しないといけないしな」


さらりと言った直後だった。


「けい、さつ・・・?」


椿姫の顔が見る見るうちに青くなっていく。



「警察って、どういうこと?」
「どういうことって・・・一連の事件を警察に通報するんだ」


宇佐美はそのために来たんだな。

なんとかして椿姫に通報を思いとどまらせなければ・・・。

 

しかし、意外な展開になった。


「なに言ってるの?」


椿姫の唇が、わなないていた。


「そんなことしないよ」
「・・・なんだって?」


宇佐美の眉が吊り上った。


「おかしいよ、ハルちゃん」
「おかしい? わたしが?」
「ハルちゃんみたいな頭のいい人ならわかるでしょう?」
「まだ、警察を頼る気はないのか?」
「あ、当たり前だよ、なんて恐ろしいこと言うの?」


信じられないと、表情が語っていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20191022153418p:plain



「なぜだ・・・?」
「だ、だって、そうじゃない? 警察に連絡したら、犯人が怒るよ? そしたら、どうなると思う?」


その瞬間、おれと宇佐美は顔を見合わせた。


・・・第二第三の誘拐事件を、椿姫は恐れているのだ。


「ハルちゃんは、身代金をすりかえて、一度犯人を怒らせたのに、また、そんなこと言われても困るよっ!」
「・・・・・・」


宇佐美は耐えるように押し黙っていた。


「ご、ごめんね、心配してくれてるのはわかるんだよ、だけど、警察には連絡しないよ、ぜったい」
「・・・・・・」


宇佐美は獣のような目つきで、冷静に椿姫を見つめていた。


「犯罪者の報復を恐れるがあまり、犯罪者を憎もうともしないのは、あまりにも弱腰というものじゃないか?」


低く、絞り出すような声だった。


「ハルちゃんにはわからないよ、ハルちゃんの家族がこんなことになったわけじゃないでしょ?
家の電話が鳴るだけで心臓が飛び跳ねるくらい驚いて、風で窓が鳴っただけで、広明が帰ってきたんじゃないかって、夜中に目が覚めるんだよ? そんなのはもういやだよ」
「・・・・・・」
「ごめんね、そういうわけだから」


苦しそうに目を伏せた。

思わぬ展開。

おれにとってはこの上なく好都合な状況といえる。


「というわけだ、宇佐美」
「・・・・・・」
「なんだ? なにか言いたそうだな」


宇佐美はけっきょく、なんの役にも立たなかったわけだ。

心中穏やかではないだろうが、これ以上宇佐美が椿姫の家に口を出す権利なんてないだろう。


「広明くんが無事で本当によかった。 帰ります」


それだけ言って、歩き去っていった。

広明くんが、椿姫の袖を引いた。


「ねえ、お姉ちゃん、遊んでー」
「広明、ちょっと中に入ってなさい」


腕を振りほどいた。


「・・・・・・」
「あ、ごめん。 ちょっと浅井くんとお話あるの」
「うん、わかった。 あとで、おやつ作ってね」


広明くんはおれを一瞬だけ見て、家のなかに入っていった。

 

f:id:Sleni-Rale:20191022153440p:plain



「・・・・・・」
「そう気にするなよ」
「うん・・・」
「とにかく、これで事件は解決だ。 今日から、またいつもどおりだな」
「そう、かな」


苦い表情。


「浅井くん、わたし、変かな?」
「変?」
「変になっちゃったかな?」
「いや・・・どうかな・・・」


ここ数日でいっぺんに襲ってきた不幸を考えれば、おかしくなるのも無理はないが・・・。


「なんかね、怖いの。 いままで知りもしなかった感情が、どんどん大きくなっていくような気がして」


震えを抑えるように、両手で肩を抱いた。


「たしかにちょっと、気持ちの浮き沈みはあるみたいだけど、気にすんな」
「ありがとう、浅井くんにそう言ってもらえると、心強いよ」


笑顔を見届けたおれは、踵を返す。


「じゃあな。 またなんかあったら教えてくれ」


一件落着だな。

誘拐事件にしろ、椿姫の心境の変化にしろ、常におれに有利になるようにことが運んだ。

やけに運に恵まれたな。

悪魔にでも魅入られたかな・・・。


「待って浅井くん。 今日、時間ある?」
「今日? ないことはないけど?」
「なら、ちょっと会わない?」
「・・・もう会ってるが?」
「改めてっていう意味」
「・・・・・・」


・・・別に、もう椿姫に用はない。


「せっかくだけど、ちょっと忙しいな」
「よ、夜ならどうかな?」
「今日は、家族といっしょにいたほうがいいんじゃないか? お母さんも退院したんだろう?」
「うん、だから、深夜とかは?」
「深夜だって?」


真面目な椿姫が夜中に男と出歩こうってのか。


「ごめんね、なんだか不安で、浅井くんといっしょにいたいんだよ」
「・・・・・・」


うすうす感じてはいたが・・・。

こいつは、どういうわけか、おれなんかに気があるようだな。


それは・・・。



「うちに来るか?」
「浅井くんのおうち?」
「ああ、深夜なら、そのほうが都合がいい」
「わかったよ」
「・・・・・・」


二つ返事で了解かよ。

警戒心ゼロだな。

夜になったら、ちょっとお灸をすえてやるか。


「じゃあな・・・」
「夜、電話するね・・・」


椿姫の声が名残惜しそうに糸を引いた。


・・・・・・。

 

・・・。

 





 「広明くんの具合はどうだ?」


夜十時。

椿姫を部屋にいれてやった。




f:id:Sleni-Rale:20191022153617p:plain



「平気みたいだよ。 まるで誘拐されたことをもう忘れてるみたい」
「犯人は、広明くんを丁重に扱ってたみたいだな」
「ちゃんと返してくれたしね」


やんわりと笑った。

椿姫は、犯人に対して憎しみを抱いていないようだ。

おれはコーヒーを差し出して、椿姫と向かい合って座った。


「で?」
「え?」
「気分、落ち着いたか?」


おれといっしょにいたいと椿姫は言った。


「うん、少しね・・・」
「そうか・・・」


コーヒーをすする椿姫を見つめながら、おれは考える。

なにが不安なんだろうな。

広明くんは帰ってきたし、もう、事件は終結したんだ。

引越しが、不安なのかな?

住み慣れた家を出て行くわけだし・・・。


「引越しの準備、進んでるか? もうすぐ期日だけど?」
「ちょこちょこやってたから、たぶんだいじょうぶ」


・・・弟が誘拐されてるなかで、引越しの準備をしていたのか。

しっかり者というか、一家の中心的な位置にいるというのは本当らしいな。


「やっぱり、嫌だよな。 引越しは」
「しょうがないことだよ。 浅井くんは精一杯してくれたんだし」


態度を見るに、立ち退きを恐れている様子はなかった。


「それにしても、すごいおうちだね」


話題を変えるようなそぶりを見せた。


「ああ、部屋に上がるのは初めてだったな?」
「何畳くらいあるの?」
「宇佐美と同じ事を聞くな?」


鼻で笑った。


「ハルちゃん・・・?」
「あ?」
「ハルちゃんも、来たことあるんだ。 そっか、なんか言ってたね」
「なんだ? なにかまずいのか?」
「ううん・・・」


首を振るが、ばつの悪そうな表情が顔に浮かんでいた。


「そういやお前、最近、宇佐美とちょっとギクシャクしてんな」


椿姫の眉が跳ねた。


「そう、見える?」
「見えるよ」


すると、椿姫は戸惑うように言った。



「ハルちゃんって、浅井くんのこと好きなのかな・・・」
「な・・・!?」


冷や汗が出る。


「おぞましいことを言うな。 んなわけあるかよ」
「でも、ここんところ、いつもいっしょにいるでしょう?」
「そりゃあ、二人で広明くんの行方を追っていたわけだからな」


・・・まあ、おれはたいして何もしていないが。


「今日はね、本当は、そのことを聞きに来たの」
「・・・そのことって・・・おれは宇佐美の気持ちなんて知らんぞ」
「うん、でも、わたしは・・・」


目を伏せた。

 

f:id:Sleni-Rale:20191022153701p:plain



「なんだ?」
「わたしは、浅井くんのことが・・・えっと・・・」
「・・・・・・」


面倒だな。

こいつがなにを勘違いしているのか知らないが、おれはただ、椿姫を利用しただけだ。


愛情なんて・・・ない。


「おい、椿姫」


おれは低い声で言った。


「お前の気持ちはなんとなくわかった」
「・・・っ」
「こんな時間に来るくらいだしな」


椿姫の顔が、みるみるうちに強張っていく。


「つきあいたいとか、そういう話だろ?」


絶句した。


「まあ、考えておくよ」
「え?」
「お前のことは嫌いでもないけど、とりわけ好きってわけでもないから」
「・・・・・・」


椿姫は、おれの次の言葉を待っていた。


「ひとまず今日は帰れ」
「え? あ、うん・・・」


けれど、椿姫はじっとしたまま動かない。


「え、えっと・・・どうやったら、つきあってもらえるかな?」


軽く笑ってしまった。


「さあな。 とりあえず、こんな時間に男の部屋にほいほいとあがりたがるのは、やめろよ」
「え? どうして?」
「軽く見える」
「そうなんだ。 ごめんね」
「実際、お前が軽い女じゃないことは知ってるがな。
でも、そういう体裁みたいなのは、気にしたほうがいいぞ」
「気にした方がいい?」
「ああ、おれは、目立つのが嫌いだ。 女を連れ込んでるとか噂されたくないしな」
「服装とかもオシャレなほうがいいかな?」
「まあな。 見栄ってのは大事だと思う」

 

f:id:Sleni-Rale:20191022153728p:plain



「がんばってみるよ」


なにやら意気込んでいた。


「・・・よかった。 日記やめろ、とか言われたらどうしようかと思った」
「じゃあ、やめろ」

 

f:id:Sleni-Rale:20191022153750p:plain



「ひ、ひどいよ・・・」


しかし、こいつもどこか変わったな。

なにが変わったとは言い切れないのだが。


「おやすみ」


おれは椿姫を送り出した。

帰り道、椿姫は終始緊張した面持ちで、口数も少なかった。


・・・。

 


紆余曲折あったが、椿姫の周りに起こった事件はひとまず収束した。

明日からは、いつもどおりの毎日が始まるな。

椿姫の気持ちにどう答えるか。

それだけが、少し心に引っかかった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

 

f:id:Sleni-Rale:20191012220941p:plain

 

「女は囲っておいて損はないぞ、京介」


翌日、権三に呼び出された。

朝食を交わしながら、ふと、権三が言った。


「いきなり、なんです?」
「例の美輪椿姫だったか?」
「ええ・・・」
「食ったか?」


口角を吊り上げて笑った。


「いいえ。 なにかと面倒もありそうなので」


おれの返答に、権三は不満げだった。


「きちんとしつけておけよ」
「それは、重々承知してます。
誘拐事件が終わったとはいえ、警察が出てこないとも限りませんから」


昨日の椿姫の様子からして、まずだいじょうぶだとは思う。


「もし、警察がうちの身辺を捜査するようなことがあったら、どうする?」
「そのときは、僕の責任ということになります」
「わかっているならいい」


どんな目にあわされることやら。

おれは箸を置いて、茶をすすった。


「それでは・・・」


別れを告げようとしたとき、権三が引き止めた。


「これから、ならしにいくが、来るか?」
「ならし・・・ですか」


初めて誘われたな。


「そろそろお前も、覚えておいたほうがいいかと思ってな」


要するに、遠出して射撃の訓練をするのだ。

当然、本物の拳銃を使う。


「せっかくのお誘いですが・・・」
「ならしておかないと、いざというときに使えんぞ」
「すみませんが、このあと、山王物産の方とお話がありまして」
「・・・・・・」


権三はそれ以上、何も言わなかった。


「それでは・・・」
「京介」
「はい?」
「しっかりやれよ」


・・・・・・。

 

・・・。

 


今日は、朝から肩がこるな。

山王物産との打ち合わせを終えて、ようやく一息つけた。


・・・帰って寝るか。


・・・ん?

 

雑踏のなかに、見慣れた顔があった。

 

f:id:Sleni-Rale:20191011164115p:plain

 

「椿姫じゃないか?」
「あ、浅井くんっ?」


きょろきょろと、辺りを見回している。

 

f:id:Sleni-Rale:20191022153948p:plain



「おにいちゃん、こんにちはー」


弟もいっしょだった。


「買い物か?」
「うん、お姉ちゃん、玩具買ってくれるって」
「そりゃよかったな」


広明くんは、出会ったときと変わらない笑顔を見せた。

誘拐の傷跡のような雰囲気は、まったく感じられない。


「ついでに、携帯電話持とうと思ってね」


さすがに弟の前だからか、昨日のように緊張してはいなかった。


「携帯? へえ・・・」
「便利でしょう?」
「まあな・・・」


必要ないとか言っていたような気がしたが・・・忘れたな。


「あとね、お洋服も買うの」
「そろそろ本格的に寒さの厳しい季節だしな」
「それだけじゃないんだけどね」


ひょっとして、昨日の会話を気にしているのだろうか。


「ねえ、お姉ちゃん、早くー」


小さな手が、ぐいぐい椿姫の袖を引っ張っていた。


「ねえ、浅井くん、ひまかな?」
「え?」
「よかったら、いっしょにお買い物しない?」
「たしかに、ひまだが・・・」
「じゃあ」


・・・なんか、強引だな。


「ねえ、早くー」


広明くんが口をへの字に曲げていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20191022154005p:plain



「わかったわかった。 連れてってやるよ」
「やったー」


・・・ガキは苦手だ。


・・・。

 

 


手近なデパートで買い物を済ませた。


 

f:id:Sleni-Rale:20191022154023p:plain




「ねえ、早く帰ろうよー」


広明くんは、買ってもらったプラモデルを、さっそく家で組み立てたいらしい。


「まだお姉ちゃんの買い物が終わってないんだよ?」
「えー」
「もうちょっと回らせてよ。 お願い」
「むー・・・」


どうにか、なだめすかしたようだ。


「洋服って、なにを買うんだ? コートか?」
「ううん、とくに決めてないけど」


ぶらりぶらりとセントラル街を回った。



・・・・・・。



いくつかのセレクトショップに椿姫を案内してやった。

 

f:id:Sleni-Rale:20191022154037p:plain



「浅井くんって、お店に詳しいんだね」
「いやいや、学園の連中なら誰でも知ってるから」
「わたしが、ちょっと田舎ちゃんなだけ?」
「この界隈なら、おれより栄一のほうが詳しいぞ」
「そっか。 栄一くんって、だから女の子に人気があるんだね。 いろいろ聞いてみようっと」
「で、決めたのか?」
「あ、どうしようかな・・・」
「さっき見たダッフルコートとかどうよ?」
「えっと・・・もう一周してもいい?」
「・・・まあ、いいけど」


「・・・・・・」


広明くんは、おとなしくついてきた。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 


女の買い物は長いということを、嫌というほど思い知らされた。

 


f:id:Sleni-Rale:20191022154052p:plain



「ねえ、お姉ちゃん、まだー?」


「さすがに、長いぞ」


「お姉ちゃん、いつもはパパっと決めちゃうのに、どうしたの?」
「ごめんね。 なんか目移りしちゃって」


「わかった。 先に、携帯を買いに行こうぜ」


しかし、たくさんの機種に囲まれて、また迷いだすかもな。


「ボク、もう、帰りたいよー」
「もうちょっとだけ、ね?」
「いやだー! 疲れたよー!」


駄々をこねだした。


「もう、ひとりでも帰るー!」


椿姫の顔色が変わった。

 

f:id:Sleni-Rale:20191022154127p:plain



「わかったよ・・・ごめんね、広明」
「・・・・・・」
「だから、一人で帰るなんて言わないで」


じっと、弟を見つめた。

誘拐されたことを思い出したのだろう。


「・・・いいよ」


ぼそりと言った。


「もうちょっとだったら、いいよ」
「え?」


なんだかんだで、仲のいい家族なんだよな、こいつら。


「そう? いいの?」


椿姫も控えめに尋ねた。


・・・てっきり、このまま解散になると思ったが?


「じゃあ・・・」


椿姫の靴の先が、携帯ショップに向いた。


が、おずおずと元の位置に戻った。


「帰ろっか・・・」
「ん?」
「おうちに帰ろう、ね?」


まるで自分に言い聞かせているようだった。



ん・・・。


おれの携帯が・・・。


着信は、宇佐美からだった


「出ていいか?」


椿姫は、どうぞと、手の平を差し出してきた。


「なんか用か?」
「いや、浅井さん。 いまバイト終わりました」
「はあ・・・?」
「ところで、今晩どうっすか?」
「おっさんみたいな誘い方するなよ」
「夕飯まだなんでしょう?」


今日は、朝から誘いが多いな。

たまには、流されるがままの一日もいいか。


「いいぞ。 どうする?」
「じゃあ、駅前の三百円ラーメンでいいすか?」
「なんでもいい。 あとで連絡する」
「はい」


通話を切った。


「どうしたの?」
「いや、宇佐美とメシ食いに行くことになった」
「あ、そうなんだ・・・」
「なんだ?」
「いや、今日は、ご飯用意するつもりだったから」
「お前が?」
「うん、つきあってくれたお礼に」
「なら、宇佐美に連絡するよ」
「断るの?」
「いや、宇佐美もいっしょにどうよ?」
「あ・・・うん」


目を泳がせた。


「ハルちゃんとはきのう、ケンカしちゃったしな・・・」
「別に、ケンカってほどじゃないと思うが」


後味の悪い別れ方をしていたがな。


「宇佐美は外した方がいいか?」
「ううん、そんな、仲間はずれみたいなこと、できないよ」


小さく笑った。


「じゃあ、ちょっと宇佐美にかけなおすな」


言って、再び携帯を取り出してダイアルをプッシュした。


「はいはい。 自分、もう向かってますよ」
「ああ、そのことなんだが、いま椿姫と一緒にいるんだ。 それで・・・」
「お断りしておきます」
「人の話は最後まで聞けよ」
「椿姫の家で、ご飯っていうプランでしょう? お断りしておきます」
「なんだよ、お前、きのうのこと根に持ってるのか?」
「いいえ。 ただ、わたしは椿姫に近寄らない方が賢明なのではないかと」
「・・・そうなのか?」
「わからないでもないでしょう?」


・・・椿姫は、おれに気がある。

そして、椿姫は、宇佐美もおれに気があるのではないかと勘ぐっている。

宇佐美も、椿姫のそういった心情を推察しているのだろうか。


「では、自分、このまま帰ります」


今度は、宇佐美のほうから通話を切ってきた。


「帰るらしい」
「え? どうして?」
「どうも、もともと用事があったらしいな。 お前の家の東区までいくと時間がかかるだろう?」


さらっと嘘をついた。

 

f:id:Sleni-Rale:20191022154154p:plain



「ほんとに? わたしに気をつかってくれたんじゃないの?」
「違うと思うが・・・」
「ほんと? 嘘ついてないよね?」


おれは少しだけ、驚いていた。

違和感のようなものが、ついに結晶化した。

椿姫に、疑われるなんて、いままで記憶にない。

やっぱり、少し変わったな、こいつ・・・。


「お姉ちゃん・・・?」


弟が、低いところから、椿姫の顔色をうかがっていた。


「なんにせよ、宇佐美は来ない。 とっとと・・・」

 


不意にめまいが襲ってきた。


「・・・っ」



f:id:Sleni-Rale:20191022154211p:plain

 

「だいじょうぶ?」
「平気だ・・・最近、かぜをこじらしていてさ・・・」


眉間を指で軽くもんだ。


「すまんが、今日は帰って寝るわ」
「わたしも、浅井くんのおうち行っていい? おかゆとか作るよ?」
「おいおい、広明くんはどうするんだ?」
「あ・・・」


広明くんは、きょとんと、おれたちのやりとりを眺めていた。


「・・・・・・」
「・・・・・・」


視線を交わす。


「おれのことはいいから、とっとと帰るんだな」


椿姫は、ようやくうなずいた。


「じゃあな・・・」


足早に、椿姫から離れた。

なにかに急かされているような気がした。

椿姫がなにか言ったが、聞き取れなかった。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 


―――――

 


・・・。

 

・・・・・・。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20191011165721p:plain

 


疲れていた。

むしろ、少し病んでいるのかもしれないと、椿姫は思った。


「お父さん、書斎の荷物まとめた?」


大家族は、引っ越しの準備に忙しかった。

椿姫は、寝室にある子供たちの玩具をかたづけ、本の山を紐で縛る作業に没頭していた。


「ねえ、お父さんたら、聞いてるの?」
「ああ、すまんすまん。 いまやってるよ。 ほら広明、ちょっとどいてなさい」


書斎からは、楽しげなやりとりが聞こえてくる。

買い与えたプラモデルに、父親と息子がはしゃいでいた。


昨日、広明が帰ってきてからというもの、父親は緊張の糸が一気にほぐれたようだ。

広明につきっきりになって、仕事もほったらかしにして、遊んでいる。

気持ちはよくわかるので、なにも言えなかった。


椿姫は、いまだに体調を崩している母に代わって、一家の食事を一身に引き受けていた。

食事を作り、家族全員分の衣服を洗濯し、弟を寝かしつけて、父親の酒のしゃくをして、引越しのための荷造りに追われている。

椿姫は、せっせと働いている自分に、ふと、首を傾げたくなっていた。


「ほら、紗枝っ、ちゃんとお布団で寝てなさい! トイレ? トイレはあっちでしょう、もうっ!」


つい、口が荒くなる。

それが、たまらなく嫌だった。


――わたし、どうしちゃったんだろう?


なにも変わっていないはずだった。

美輪家の長女として、いままで炊事洗濯を任されることは何度もあった。

病気がちな母親の代わりに、弟たちの世話をするのも当たり前のことだった。

父親の愚痴につきあうのも、好きなはずだったのに。


椿姫は変化の原因を探ろうと、思い悩んだ。

すると、いつも、あの男がやってくる。

忘れられない悪魔のささやきが襲ってくる。


――『お前を人間にしてやろう』


身代金を持って市内を駆け回っているとき、彼はそう言った。

その後、二度、彼と密会した。

弟を誘拐した凶悪犯は、けっきょく、椿姫になにをさせるつもりだったのだろうか。

心理的な話題を好んでいたようにも思う。

結果、椿姫の心は自分でも気づかぬうちに、何度もえぐられていた。


椿姫は、いつしか、彼にもう一度、会ってみたいような気持ちになっていた。

会って、この鬱憤をぶつけてやりたい。

歯軋りする思いだった。

だが同時に、人を恨むような感情を抱く自分に、いいようのない不安を覚えた。



願いが通じたのか。

電話が鳴った。

犯人から渡された携帯電話。

捨てるに捨てられず、保管しておいたのだ。



家族に気づかれぬよう、そっと手にとった。

ためらいがちに、通話ボタンを押した。


相手は黙っていた。

もしもしと、小声で呼びかけた。


「久しぶりだな」


怪しげな雰囲気を持つ声。

犯人だった。


「少し、話がしたい」
「わかりました・・・」


即座に口が反応した。

待ち望んでいたのかもしれない。

椿姫はそのまま、何も言わずに、冬空の下に出た。


・・・。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20191022154337p:plain



「名残惜しいが、これが最後の連絡だ」


ころあいを見計らって、犯人が言った。


「広明くんは、元気かな?」
「はい・・・監禁されていたことなんて、もうすっかり忘れているみたいに元気です」
「監禁だなんてとんでもないな。
保護していたようなものだ。 トラウマになってしまったら、かわいそうだろう?」


冗談なのか本気なのか。

犯人は、自分が慈悲深い存在であるといいたいようだった。


「警察には連絡していないだろうな?」
「もちろんです」
「わかっていると思うが、わたしはまたいつでもお前の家族を絶望の淵に立たせることができる」


有無を言わさぬ響きがあった。

椿姫は下腹に力を入れて聞いた。


「なんの用ですか? もう、あなたのことは早く忘れたいんですが」


嘘だった。

男のことは、忘れようとしても、忘れられなかった。


「最後に、確認しておこうと思ったのだ」
「確認?」


思わず、息を呑んだ。

犯人が矢継ぎ早に言った。


「私が、憎いか?」


挑発するような声。

椿姫は頭を鈍器で殴られたような衝撃を覚えた。

すぐには返事ができなかった。


「そうか、憎いか」


どこか満足げに、嗤っていた。


「しかし、私はもうお前の前には現れない。
たとえ警察が調べをいれたとしても、私の足取りはつかめないだろう」


椿姫は突如切迫感に苛まれた。

犯人が消えてしまう。

この鬱憤した気分を、どこにぶつければいいのか。


「言っておくか、お前は巻き込まれたにすぎない。 私の真の目的は別のところにある」
「真の目的って、なんですか?」
「わかるだろう?」
「・・・・・・」
「お前の、身近な友達だ」


気づいた。

そしてその名を口にした。


「ハルちゃん・・・?」


その瞬間、不通音が鳴った。

悪魔のささやきは風のように消えていった。

寒天のなかに立ちすくむ自分の吐息だけが、耳に届いた。


「そんな・・・」


携帯電話を握り締めた。

唇がわななき、眉間にしわが寄っていく。

叫びだしたい衝動に駆られた。

汚れた感情が募り、一人の友達に向かって牙を剥いていく。

あの少女は、京介のことも好きなのだ。

抑えられそうになかった。

とたんに、いままでの自分が、逆に珍妙に思えてきた。

請われてクラス委員になった。

休みがちな友達にかわって掃除当番も進んでやる。

なにをするにも小さな弟たちを優先し、買いたい物も買わず、貯金や時間すらも周りのために費やしてきた。

いつも善人であるというレッテルを貼られていた。

そして、そういった風評に、何の疑問も抱かなかった。


欲望が、じわり、じわりと、顔を覗かせていく。


椿姫は、いつしか妄想にふけっていた。

もっといい服を着て、自由に遊んで、そして・・・。

椿姫は、同世代の少女が当然持つ欲望を、一つ、また一つと背負って、ゆっくりと自室にこもっていった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

―――――

 

・・・。

 

・・・・・・。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20191022154513p:plain

 

「京介ちゃんよぉ、おいおい京介ちゃんよぉ」


朝一で、栄一が顔をしかめていた。


「なんだよ、近いぞ、顔」
「そろそろよお、オレの家でパーティの時期じゃねえの?」
「そういう時期あったっけ?」
「今年からだけどよお、ついにオレちゃんも爬虫類に手を出したわけだよ」
「ペットの話か?」
「とりあえず蛇からいってみたわけだ。
チャーリーっていうんだが、これがまた冬だけあって切なそうなんだよ」
「つまりなにか? おれがお前のチャーリーをねぎらいにいくのか?」
「イグザクトリィだぜぇ」


なんかムカツクなこいつ。

 


f:id:Sleni-Rale:20191012220410p:plain

 

「楽しそうな話してますね」
「あ、宇佐美さんも来るかい?
「お誘いありがとうございます。 宴会は地味に好きです」
「ちゃんとお土産持ってきてね」
「蛇さんにですか?」
「んーん、ボクに」
「死んだバッタとかでいいすかね?」
「だからボクにだってば!」


そんなこんなで、授業が始まった。

 

・・・・・・。

 

授業中に、宇佐美が振り返った。

 

f:id:Sleni-Rale:20191022154604p:plain



「椿姫、きてないっすね」
「だな。 なにかあったのかな?」
「きのう、ご飯食べたんじゃないんですか?」
「いや、けっきょくやめておいたんだ・・・」
「椿姫、最近ちょっと疲れ気味だと思うんで、心配です」
「それは同感だな。 引越しが迫ってるみたいだし」
「浅井さんのフォローが必要ですね」
「なんで、おれなんだよ」
「自分はちょっと、敬遠されているみたいなので」


たしかにな・・・。

 


・・・・・・。

 



椿姫がやってきたのは、昼近くになってからだった。

 


f:id:Sleni-Rale:20191022154654p:plain



「みんな、おはよう」


てっきりカゼでもこじらせたのかと思ったが、元気そうだった。


「遅かったな」


「なにしてたの?」
「ちょっときのう、夜ふかししちゃって」


「引越しの準備か?」
「うん、そんなとこかな・・・ちょっと、日記つけたり、本読んでたりしてたの」
「それで遅刻かよ・・・」


まあ、疲れてるのかな。


「あ、引越しするんだ。 へー、どこに引っ越すの?」


中央区だったよな?」
「うん。 浅井くんのうちの近くだよね?」


声が弾んだ。


「歩いて十分くらいか」
「うんうん。 うれしいなっ。 新築のマンションなんだよね?」
「ああ・・・」


それなりにいい部屋を、紹介してもらったんだったな。


「ボクちょっと、残念だなー」
「なにが?」
「んーん。 なんか、あそこ、アットホームな感じがあったからさー」
「・・・・・・」


椿姫の表情から笑顔が消えた。


「でも、うちってすごく古いんだよ。 すきまかぜとかすごいし、砂壁だし、ストーブないと寒くてたまらないんだよ」
「いやボクさー、生まれも育ちも都会だからさ。
ちっちゃいころから、ああいう、一戸建ての家に住みたいなーとか思ってたんだよね」
「そうなの? 栄一くんって、ずっとマンションだったの?」
「よくいう鍵っ子だよ。 お父さんは単身赴任ばっかりだし、お母さんも夜遅いからね」
「そうなんだ・・・」


神妙にうなずいた。


「言ってくれたら、今度ごはん作りに行くねっ」


・・・こういうところは、いつもの椿姫なんだが。


「ありがと。 正直、さみしいときあるんだよね」


しかし、栄一の家庭環境なんて初めて知ったな。


「(へっへっへ。 ちょっとオーバーに言い過ぎちまったかな。 しかしコレいいな。 不幸アピールっつうの? 今度はみなしごっていう設定にしようかねえ、クク・・・)」


・・・一瞬でも同情したおれが馬鹿だった。



・・・。




さて、そろそろ昼休みも終わるな。

今日は、なんの予定もないし、帰って寝るとするかな。

ここんところ頭痛がひどいし・・・。


・・・・・・。

 

・・・。

 


帰り際、椿姫から声をかけられた。

どうも、遊びの誘いらしい。

 

f:id:Sleni-Rale:20191022154733p:plain



「浅井くん、今日、ちょっと寄っていかない?」


椿姫も、フレンドリーになってきたな。

最初誘われたときは、もっとおっかなびっくりだったような気がする。


「んー・・・きのうも、つきあったしな」
「ダメかな? セントラル街でね、ヴァイオリニストのイベントあるみたいだよ」
「え? そうなの? そんなのあるんだ」
「うん、なんか、デパートのイベントで、ちょっとした演奏会と、そのあと握手会するみたい」
「なんていう人?」
「えっとね・・・」


日記を覗き込む椿姫。

名前を聞いて、おれは沸き立った。

 

 

「あれだろ? とくに入場料とかいらないけど、聞いた後CD買えば、サインしてくれるっていう・・・」
「そうそう。 ちっちゃい企画みたいだけど、どうかな?」
「行く」


即答すると、椿姫はうれしそうに笑った。

 

f:id:Sleni-Rale:20191022154804p:plain


「しかし、よくそんなマニアックなこと知ってるな」
「きのう、調べたの」


なにやら誇らしげだった。


「広明くんはいいのか? 保育園は?」
「しばらく休ませてるから」
「他の子供たちは? 名前忘れたけど・・・」
「お父さんが、面倒見てくれてる」
「引越しの準備は・・・っていい加減しつこいか?」
「準備は、夜中やればいいから。 最悪明日でもいいしね」
「なら、行こうか」
「今日は、遊びたいの」


おれのすぐそばで、甘えるように微笑んだ。


・・・・・・。

 

・・・。

 


デパートを出ると、すっかり暗くなっていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20191022155506p:plain



「いやあ、やっぱり生は違うなあ、生は」
「ご満悦だね。 CDも、ちゃんと二枚買ってたしね」
「当然だよ」


イベント後の解放感というか、ほてった頬が、ひんやりとした空気に触れて気持ちよかった。


「ありがとうな、椿姫」
「また行こうね」
「そうだ。 ケータイ買うとか言ってなかったか? つきあってやろうか?」
「ホントっ? ありがとう」
「・・・って、時間だいじょうぶか? もう、八時になるが」
「今日は平気だよっ」
「そうか・・・」


ちょっと前までは、すぐに帰ったのにな。

しかし、椿姫がいいって言うんならいいんだろう。

おれたちは、繁華街をふらふらと遊び歩いた。


・・・・・・。

 

・・・。

 

街をうろつくこと二時間。

携帯を買って、夕食をともにした。

 

f:id:Sleni-Rale:20190926162443p:plain

 

「さてと・・・」
「ねえ、浅井くん、次どこ行こうか?」


おれは思わずうなった。


「おいおい、もう十時だぞ」


さすがに帰りたい。

仕事はないが、常時たまっているメールを出さなきゃならん。


「ゲームセンターとか行く? 浅井くんってゲームするのかな?」
「いやいや、お前どうしたんだよ」


椿姫の態度が気になった。


「なにが?」
「んな夜遊びキャラだったか?
椿姫と夜のゲーセンほど似合わない組み合わせもないぞ」
「そんなことないんじゃない?
ほら、よくカップルでぬいぐるみキャッチャーとかしてるじゃない? ああいうのしたいなあって思って」
「・・・・・・」


なんなんだろうな、こいつは。

おれに気があるんだとしても、妙に強引に遊びたがるな。


「急に遊びに目覚めたのか?」
「あははっ、そうかな・・・そうかもね」


あくまで軽い調子の椿姫。

別に、特段悪いことをしているわけじゃない。

たまに学園に遅刻したっていいし、夜にゲーセンくらい行ったっていい。

ただ、なにかがおかしい。


「真面目なヤツが遊びを覚えると、手がつけられねえっていうぞ?」


冗談ぽくいうと、椿姫の目つきが少しきつくなった。

 

f:id:Sleni-Rale:20191022155556p:plain

 

「なんだかね、遊ぶと気持ちがすっとするの」
「は?」
「嫌なこと忘れて遊んでると、楽なの。
自分でもちょっとダメかなって思うんだけど、それがまた気持ちいいの」
「これまたレベルの高い発言だな」
「冗談だよ」



思いっきり笑った。

大口をあけて、歯を見せるような笑い方も、ここ最近になって見るようになったな。


「とりあえず、帰るぞ。 ゲーセンは今度だ」
「うん、ごめんね無理言って」


素直なところは、いつも通りだが。

 

f:id:Sleni-Rale:20191022155620p:plain


「ふふっ、なんか観察されてるみたいだよ・・・」
「気のせいだ。 帰るぞ。 送ってってやる」


先を促すように首を振った。


「でもね、浅井くん・・・わたし・・・」


また気になることを言った。


「いままで、我慢しすぎだったのかなって思うんだ」


事件が終わった解放感から来てるのか。


なにかに憑かれているようにも見えた。


・・・・・・。

 

・・・。

 



 

f:id:Sleni-Rale:20191022155637p:plain



「わざわざありがとっ」
「しっかし、この辺は空気がいいなあ」


大きく伸びをする。

おれの住んでいる中央区なんかよりも、よっぽど星が多く見える。


「ちょっとあがってく?」
「帰りの電車がなくなっちまう」
「泊まってく? 浅井くんならお父さんも許してくれると思う」
「お父さんが許しても、おれが許さん。 明日いっしょに登校する気かよ」
「あははっ、ダメかな?」
「そんなところを栄一や宇佐美に見られたら、どんなアオリをくらうかわからんぞ」
「ハルちゃんは、そういうの冷やかす人なのかな?」
「冷やかすっていうか、ツッコミに困るようなコメントを残して去っていきそうだ」
「なんにしても、ハルちゃんはちょっとわけわかんないときあるよね」
「ん・・・まあな」


やっぱり、宇佐美とはうまくいっていないみたいだな。


「そうだ。 携帯の番号交換してもらっていいかな?」
「おう・・・」


そのとき、背後から足音がして振り返った。


「あれ・・・?」
「ん?」



f:id:Sleni-Rale:20191022155706p:plain

 

「あ、お姉ちゃんたちだー。 おかえりー」
「ちょっと、広明、どこ行ってたの!?」
「アイス買いに行ってたんだよー」


コンビニの袋を手に掲げていた。


「一人で!?」
「うんっ」
「なにしてるの!? 危ないじゃない!」


椿姫が血相を変えて、弟に詰め寄った。


「もう、馬鹿っ! お父さんは?」
「お父さん、なんか忙しいみたいだったから。 こっそり出たの」
「だからって・・・! 一人でなんて・・・」
「ダメだった?」
「お金はどうしたの?」
「お姉ちゃんの貯金箱から借りた」
「・・・っ!」


わなわなと震える唇。

荒い吐息がはっきりと聞こえた。

椿姫は、目を見開いた。


「広明、お姉ちゃんの気持ちわからない?」
「・・・ん?」
「広明は、悪い人にさらわれたんだよ?」
「悪い人じゃなかったよ?」
「悪い人なの! お姉ちゃんたち、とっても心配したんだよ?」


椿姫の形相に恐れをなしたのか、さすがの弟も急にしおらしくなった。

 

f:id:Sleni-Rale:20191022155730p:plain



「ごめんなさい・・・」


小さい頭を下げた。


「・・・・・・」


椿姫は弟を不満げに見つめていた。

だらりと下がった腕の先には拳が作られていた。


「お姉ちゃん・・・?」


広明くんは、椿姫の許しを待っていたのかもしれない。


「あんまり、困らせないで」


いつもどおり、優しく抱きしめてくれることを期待していたのかもしれなかった。


「まったく、お父さんもお父さんだよ・・・なんで広明から目を離すかな・・・」


ぶつぶつと、恨み言を続けていた。


「ごめんね、お姉ちゃん。 お姉ちゃん困ってるの?」
「・・・・・・」


「おい、椿姫。 ちょっと頭冷やせよ」
「うん、わかってる・・・」


ようやく口を挟めそうな雰囲気になった。


「でも、お姉ちゃんだって、帰ってくるの遅いよ?」
「お姉ちゃんはいいの。 大人なんだから」



「あー、すまんすまん、広明くん。 おれがお姉ちゃんと遊んでたから遅くなったんだよ」


面倒になって言った。


「ボク、あのお馬の人と遊んでもらって楽しかったけど、寂しいことあったんだよ。
お姉ちゃんに会えないのは寂しかったんだよ? だからもっと遊んでよ」
「・・・・・・」


椿姫は、首を縦には振らなかった。


「引越しの準備しなきゃ・・・」


広明くんから目を逸らした。


「じゃあ、おやすみ」
「うん。 また明日ね」


携帯の番号だけ交換すると、あとはたいした会話もなく別れた。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

 

f:id:Sleni-Rale:20191002024123p:plain

 


・・・。


椿姫のヤツ、妙に、俗っぽくなったな。

いままでのようなうさんくささが消えた。

溜まっているものがあったのかな。

考えてみれば、病気がちの母親に代わって、あの大家族を支えているわけだからな。

遊びの一つも知らないみたいだし。

世間知らずでスカウトに引っかかりそうになったこともあった。

人を疑おうともせず、真面目に他人や家族のために毎日を過ごすしっかり者の苦労人・・・。

そういう人間が、ひとたび崩れたらどうなるんだろうな。

おれにとって椿姫はただの学園の友人として、息抜きさせてもらえればいいだけの存在だ。


・・・そのはずなんだが、少し深くつき合い過ぎたかな。


「寝るとするか・・・」


頭痛は、今日は襲ってこなかった。


・・・・・・。

 

・・・。

 




翌日学園に行くと、栄一が声をかけてきた。

 

f:id:Sleni-Rale:20190926161636p:plain

 

「で、けっきょくパーティどうするよ?」
「別に、暇なときならいいぞ」
「なら今日だな」
「これまた急だな」
「だって、明日は祭日だろう?」
「・・・そうだったな・・・」

 

f:id:Sleni-Rale:20191022155906p:plain



「パーティするの?」
「うんうん。 ボクんちおいでよ」
「いくいくっ。 楽しそうだね」


そこに、ひょっこり宇佐美が顔を出した。

 

f:id:Sleni-Rale:20191022155923p:plain



「椿姫、だいじょうぶか?」
「なにが?」
「顔色が悪いぞ」


見れば、厚ぼったく腫れた目の下に濃いクマがあった。


「平気だよ。 ハルちゃんこそ、寝ぐせひどいよ?」


軽く笑って受け流す椿姫だった。


「んで、パーティとやらだが・・・」
「わたし、広明を迎えに行ってからだから、遅くなる」


「遅くてもいいよ。 ちゃんとお土産持って来てくれれば」
「みかんでいいかな。 とっても甘いよ?」


「お、みかん、自分、みかん、大好き」

「宇佐美・・・なんでカタコトになる・・・」


「ハルちゃんも来るんだね」
「ああ・・・」


宇佐美は真顔になって椿姫と向き合った。


「・・・やめとこうか?」
「なんで? 別にくればいいと思うよ?」
「そっか」


それきり宇佐美は口を閉ざした。


「花音も誘うか・・・?」
「いや、花音ちゃんはスケートの練習に忙しいからよそうよ。
別に仲間はずれにするわけじゃないよ、うん」
「・・・たしかに、間近に大会を控えてたな・・・」


当の花音は、机に突っ伏してグーグー寝ていた。


「で、京介くんは、おみやげなに持ってきてくれるのかな?」
「ハブだろ? マングースとかどうよ」
「ハブじゃないよ。 ていうか、マングースなんて持ってこれるもんなら持ってきてよね」


・・・しかし、最近、遊びすぎかもな。

とりわけ大きな仕事はないから、別にかまわないんだが・・・。


「浅井くんも来るんだよね?」


椿姫の赤みのない顔を見ると、どうにも気になる。


「なあ、椿姫・・・」


おれは何気なく言う。


「お前、なんか俗っぽくなったよなあ・・・」
「え? そうかな?」
「ああ・・・それならそれでいいんだがな」


まともになったってことだ。

うさんくさい純真さなんてないほうが、つき合いやすいというものだ。

そう考えると、椿姫という少女がとても身近な存在に思えてきた。


「・・・変、かな?」


不安そうな椿姫に言った。


「いや、むしろそれでいい。 これからも、もっとガンガン遊ぼうぜ」


椿姫は、ほっとしたのか、笑顔を作った。


「うん、遊ぼうっ」


「いやいや、なんか二人で盛り上がってるけど主催はボクだからね・・・」

 

それから放課後まで、あっという間に時間が過ぎていった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 


日が落ちるのがとても早くなった。



f:id:Sleni-Rale:20191022160013p:plain




「じゃあ、わたし、一度帰るねー」
「うん、またねー」


椿姫はひと足先に去っていった。


「そういえば自分、バイトでした」
「え? 来ないの?」
「すみません。 もっと早くにお誘いいただければ、善処したんですが・・・」
「いやいや、宇佐美さんももっと早くに断ってよ」


・・・椿姫に遠慮してるんだろうか。


「椿姫に遠慮してるわけじゃないですよ?」
「・・・っ」
「でも、椿姫は心配です」
「心配?」
「疲れてるみたいですし」


「だから、今日、ボクが盛り上げてあげるよ」
「さすが栄一さんです。 自分は、盛り下げるのは得意なんですが・・・」


宇佐美はもじゃもじゃの髪の毛をいじりだした。

 

f:id:Sleni-Rale:20191022160031p:plain



「椿姫のお父さんとかも、だいじょうぶですかねえ?」
「親父さん? なんで、家庭の心配までするんだ?」
「いえ、なんとなくそう思ったんです」


心配しているといいながら、宇佐美の顔に表情はなかった。


「ほら、家族は、似るもんじゃないですか」
「・・・・・・」
「浅井さんみたいにお父さんがすごい方だと、息子もすごい人になるじゃないですか。 いろんな意味で」
「どういう意味だ」


こいつは、権三を知っているわけではないだろうに。


「だから、椿姫が疲れてると、家族も・・・そう、まるで鏡のように元気をなくしていくんじゃないですかねえ」
「鏡のように、ねえ・・・」


妙に引っかかる言葉だった。


「なら、お前の親は、お前みたいに妙な人なのか?」
「失敬な・・・知らないわけじゃないでしょう?」
「知るかよ、お前の親なんて」


・・・ったく、くだらんことばっかり言うな、宇佐美は。


なにが、鏡だ。


「んでは、また。 浅井さん、今度お話したいことがありますので、そのときはよろしくお願いします」
「なんだよ、いま言えよ」
「いえいえ、他愛もないギャグですので」
「さっさとバイト行け!」


手を振って、追い払った。


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20191022160050p:plain



「さて、どうすよ?」
「んー、たしかに、おれとお前でパーティはなあ・・・」
「サムイよ、マジで。 オレとお前とチャーリーとかマジサムイって」


・・・女が必要らしい。


「お前、友達呼べよ。 年上の女医とか」
「えー・・・」
「ほらあの、ミキちゃんって娘は? お前のセフレの」
「セフレじゃねえよ。 ミキちゃんは、ダメだ」


そういえば、しばらく連絡を取ってなかったな。

元気かな、ミキちゃん。


「じゃあ、椿姫が来るまでナンパしようぜ? お前の財布とオレのスイーツ知識があればどうにでもなるって」
「めんどくせえなー」
「んだよ、グズグズしやがって。 ほら、行くぞっ」
「お、おい、ひっぱんじゃねえよ・・・」


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20191022160107p:plain



セントラル街の路上。

行き交う人々に混雑した歩道で、栄一が張り切っていた。


「おい、女」


ビシッと、指を突き刺した。


「メシ食いに行くぞ」


・・・いきなり人様の目の前に立ちふさがって『メシ食いに行くぞ』、はねえだろ・・・。

案の定、女の子は気味悪そうに栄一を遠巻きに眺めながら、足早に去っていった。


「けっ、クソがっ!」
「いやいや、栄一さんよー」
「なんだよ、オメーももっとやる気と財布だせよ」
「もうちょっと、工夫しろよ」
「オレに意見する気かよ?」
「お前はかわいい系で売ってるんだからさ、その路線を活かせよ」
「わーったよ」


つーか、かわいい系で売ってるヤツに、そもそもナンパなんて向いてないわけだが。


「ねえ、お姉さん・・・」


そうこうしているうちに、栄一がまた新たな女性に声をかけていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20191022160126p:plain



「あのね、聞いてくれる? ボク、手相の勉強してるんだ? ちょっといいかな?」


女性は、栄一を見向きもしなかった。


「おいおい、手相の勉強とかなんだそれ?」
「オレなりの工夫だよ。 女は占いとか好きだからなー」


・・・ダメだわ、コイツ。



突然、携帯が鳴った。



「はい、もしもし・・・」
「あ、浅井くん、ごめん」


椿姫か。


「ごめん、ちょっと遅くなりそうなんだ」
「なんかあったのか?」
「んーん。 ちょっと、広明が・・・」
「あ?」
「いや、かまって欲しいみたいで」


そういや、昨晩、広明くんがそんなこと言ってたな。


「じゃあ、また連絡くれ。 おれたちはてきとーにやってるから」
「ごめんね、なるべく急いで行くから」


別に急いでもらう必要はないんだが・・・。

と、言おうとしたときには、通話は切れていた。


「なんだって?」
「椿姫、遅くなるってさ。 なんでも、弟と遊んでるらしい」
「なんだよ、またあの弟かよ。 わがままなガキだぜ」
「子供は、そんなもんだろ」
「椿姫も苦労してんなー。 遊ぶ暇とかないんだろうなー」
「そうだろうな」
「あいつって、化粧っけもぜんぜんねえじゃん。
服も毎年似たようなの着てるしさ。 まあ、そこがちょっとオレちゃんのなかで評価高いわけだけど」
「評価高いんだ?」
「なんつーの? 清く正しい感じがするじゃん。
貧乏だけどがんばりマス、みてーな。 萌へるじゃん」
「萌へるかねえ・・・」


おれは逆に、気に入らなかった。

とくにいままでの椿姫は。


「あー、ナンパ飽きた。 ゲーセンでも行って時間潰そうぜ」
「まあ、いいぞ。 おれは観てるだけだが」


ゲームは無駄に金を使うからな。

おれたちは、椿姫からの連絡があるまで、セントラル街をふらついていた。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20191022160143p:plain



「気づいたら、もう、十時じゃね?」
「だなあ・・・」


椿姫からは、まだ連絡がなかった。


「さすがに、お開きにするか。 椿姫には悪いけど」
「さすがにな。 椿姫には、おれから言っておくわ」
「じゃあ、帰るわー」
「おお」


栄一はさっさといなくなった。


「・・・・・・」


帰る前に、少し、仕事でもしておこうか。

カイシャに顔を出しておくのも悪くない。

最近は、幹部の方がよく働いているみたいで、おれがでしゃばる必要もないんだが。

いくつかの助言を求められることはある。

おれの助言というより、権三の威を借りたいだけなんだろうが・・・。


・・・・・・。

 


椿姫から電話があったのは、さらに一時間ほど過ぎてからだった。

 

f:id:Sleni-Rale:20191022160355p:plain



「やけに遅かったな」
「ごめん、いまどうしてる?」
「いや、とっくに解散になった」


電話越しの椿姫は、いらだっているようだった。


「なんだ・・・そっか。 残念だな・・・」
「まあ、パーティなんざいつでもできるし」
「浅井くん、明日は?」
「は?」
「明日、空いてない?」
「なんか用か?」
「えと、今日の、埋め合わせみたいな・・・」
「また遊びか?」
「それだけじゃなくて、ちょっと、お父さんがお話したいみたいで」
「・・・親父さんが?」


土地の話かな?


「わかった。 なら、そっちに出向くよ。 午前中でいいか?」
「助かるよ。 そのあと、ちょっと出かけたりできるとうれしいな」


・・・とことん遊びたいらしいな。


「よし、いいだろ」


おれは何気に、椿姫に心を許し始めていた。

なにからなにまで口にする気はないが、そういったおれの裏事情について少し話してみてもいいかもしれない。

ストレス発散にもなるし、そういうことを話せる相手が一人いてもいいだろう。

椿姫はおれに従順みたいだしな。

ちょっと前までは気に入らない部分もあったが、いまの椿姫なら金回りの話になんかも興味を示しそうだ。


「ちょっと、高めのレストランとか行くか?」
「え? 連れてってくれるの?」
「もちろん割り勘だが。 お前のことだから、貯金はけっこうあるんだろ?」
「けっこうあるよ。 いままで、お金の使い方とか知らなかったから。 そういうことも教えて欲しいな」
「悪いことたくさん教えてやるよ」


冗談めいた口調で言うと、椿姫も嬉々として笑っていた。


「あのね、聞いてくれるかな。 広明がさ、さっきやっと眠ってくれてさ・・・」
「それで、来れなかったんだな?」
「そうなの。 わたし、そういうのばっかりだよ・・・」
「貧乏くじ引いてるってか?」
「そうかも。 クラスでもさ、委員やってるけど、最近、なんでわたしなんだろうって思うの」


電話は長く続きそうだった。


「あとさ・・・お父さんがね・・・」


帰路の路に着きながら、おれはいつしか椿姫との会話に夢中になっていた。


「あー、これからまた引越しの準備だよ。 お父さんももっと手伝ってくれればいいのに・・・」


平気で愚痴をこぼす椿姫。

どこか口調まで変わった。

おれはといえば、なにか大切なものを貶めたような気がして・・・。

けれどそれが逆に嗜虐心を沸かせた。

下劣な気分ではあったが、人を貶めて得られる快楽というものが本当にあるのだと、この歳になってようやく知った。

椿姫のように清潔な女がおれのような人間に近づいてくるのが、正直、心地よかった。


・・・・・・。

 

・・・。