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G線上の魔王【17】

 


・・・。

 

 

早朝、"魔王"と呼ばれるおれは、山王物産のビルの地下にいた。

 

 

 

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「また、フィギュアスケートの大会が始まったわけだが・・・」
「進捗状況を確認したいと?」
「かんばしくないようだね」
「種はまいています」
「ぜひ、その種の開花時期を教えて欲しいものだね」
「そのうち勝手に咲きますので、どうかご安心を」


まったく、小さなことを気にする・・・。


「もう一つ聞きたいことがある」


よほど心労がたたっているのか、染谷の顔色はいつも悪い。


「新鋭会はわかるな? 総和連合の中でも小粒の集団だが、最も古風でケンカ気質な連中だ」
「それがなにか?」
「とぼけるな、武器の横流しをしているのは君だろう?」
「・・・さて」
「いま新鋭会と園山組で小競り合いが起きている。
園山組といえば新鋭会とは比べ物にならんほど大きい組織だ。
少人数の新鋭会に戦車を持たせたところで勝ち目はないぞ?」
暴力団の抗争は、私が描いた絵だと?」
「それ以外に考えられんがね」
「なんにせよ、あなたには関係のないことでしょう」
「君が関わっているのであれば、いずれうちにも警察の手が及ぶ」


・・・おれの裏切りを心配しているようだな。

おれは会社の内部の人間ではない。

いつでも会社を捨て石にすると思われるのも当然だ。


「会社に迷惑をかけるつもりはありません」


静かに、けれど威圧の意志をこめて言った。


「山王物産は、私の父の会社ですから」


染谷は唖然としたが、すぐさまおれの言葉の裏を読もうと目を細めた。


「信じよう。 君は"魔王"だったな。
もともと現実にいるはずのない存在だ。 そして私は忠実な悪魔崇拝者でいるべきだ」
「信仰は力なり、ですか・・・」


要するに、自らの考えを放棄するということだ。

もう用はないと見て、染谷に別れを告げた。

 

 

・・・・・・。

 

 


・・・。

 

 

 

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・・・それにしても。

西条からの連絡が途絶えた。

どうやら宇佐美にしてやられたようだな。

問題は、西条がどこまで口を割るか、だ。

それなりに手なづけておいた。

計画をぺらぺらと安易にしゃべられるようなことはないと思うが・・・どうだろうか。

情報を漏らすだろうか。

せめて明日までには・・・。


「・・・・・・」


まあいい、明日の準備をしよう。

 


・・・・・・。

 

・・・。

 


―――――

 


・・・。

 

・・・・・・。

 

 

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昼前に、おれは権三に呼び出された。

宇佐美もいた。


正座を崩して立ち上がる。


 

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「遅い。 なにをしていた、京介?」
「申し訳ありません、少し体調がすぐれなくて」


そんな言い訳が通じる男ではないが、嘘をついても無駄だった。

しかし、今日の権三には、おれの"教育"よりも大事な用件があるようだった。


「例の男だが、なにも吐かん」


西条か・・・。


「しかし、あの堀部さんの尋問でしょう?」


おれはこの世で堀部よりもサディスティックな男を知らない。

水、火、鞭、動物・・・あらゆる手段を使って、囚人に自分が人間であることを忘れさせる。

だからこそ、権三も拷問を任せているはずだ。


「あとは自白剤打つくらいだが・・・それも確実とは言えん。 失敗すれば、ただ死ぬだけだ」
「"魔王"に忠誠を誓っているということでしょうか」


おれの問いに、権三は憮然として言った。


「しゃべったが最後、殺されると思っているだけだ」


それもそうだ・・・忠誠なんて、生きるか死ぬかの暴力の前にはなんの意味もない。


それまで黙っていた宇佐美が口を開いた。


「つまり、西条は、まだ生きたいと思っているわけですね」


権三は頷いた。


「調べてわかったが、ヤツは幼少のころ、実の妹を絞殺している。
その後、自立支援施設に入ったが、まるで罪の意識に苛まれた様子はないという」


・・・まともな人間なら、自殺を考えてもおかしくはないな。


「ヤツはこう思っている。 俺は何も悪くない。 なぜ、自分が死なねばならんのかと」


ふてぶてしさを通り越しすぎていて、もはや理解できない。


「あの、自分に任せていただけませんでしょうか?」
「えっ・・・尋問を? お前が?」


無理に決まっている。

非人道的なやり方でも口を割らない男が、宇佐美なんかに情報を漏らすわけがない。

しかも、宇佐美は西条を捕まえた張本人だ。

西条も、こいつにだけはしゃべるまいと口を固く閉ざすだろう。

当然、権三も、それをわかっているはずなのだが・・・。

 

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「よし、やれ」
「ありがとうございます」


「お義父さん、しかしですね・・・」


「なんの打算もなく名乗り出たわけでもあるまい?」


どぎつい視線を宇佐美にぶつけていた。

さすがの宇佐美も恐ろしくなったのか、指先がかすかに震えていた。


「では、さっそく・・・」


おれは納得のいかないまま、部屋をあとにした。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

 

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「おい、宇佐美・・・!」
「わかってます。 自分には無理だとおっしゃりたいのでしょう?」
「当たり前だ。 お前はヤクザの拷問を知らん。
あれでしゃべらん人間がお前なんかに・・・」
「はい、自分には無理でしょう」
「ざけんな」


冗談言っている場合じゃない。


「明日から、また花音の出番だ。 "魔王"は必ずなにかしかけてくるぞ」
「承知してます。 あまり時間はありませんね」
「だったら・・・」
「ええ、もう我が身を捧げる覚悟です」
「は?」


宇佐美は、おれが昨日の夜返した携帯を操作した。

いやに、思いつめた表情だった。

やがて、通話がつながったようだ。

 


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「や、やあ・・・もしもし・・・?」

 

・・・・・・。

 

・・・。

 




約三十分後、おれたちは喫茶店にいた。

コーヒーを注文してカウンターに腰掛け、人を待っていた。

 

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「・・・・・・」
「なんだよ、さっきから黙って」
「・・・いえいえ、なんて言いわけしようかなと」
「言いわけ?」
「連絡を取らなかった理由です」
「んなもん知るか。 忙しかった、とかでいいじゃないか」
「それで納得してくれますかねえ・・・」


・・・なにを怯えてるんだよ。

そのとき、チャイムとともに、店のドアが開いた。

背の高い女が外からの風を運んできた。

時田ユキは、前に会ったときと同じような服装、同じような微笑を口元にたずさえて、ゆっくりと宇佐美の席に近づいてきた。


「や、やあ!」


ガタッ、と立ち上がる宇佐美。

 


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「久しぶり。 急に呼び出してごめんね」
「・・・・・・」
「さ、最近なにしてるの? どうしてこの街に来たのかな?」
「・・・・・・」


およそ、宇佐美らしからぬ言葉づかい。


「・・・どうしてすぐ連絡くれなかったの?」
「そ、それは・・・いそがし・・・」
「忙しかった?」
「忙しかったから・・・なんだな」
「なんでちょっと『裸の大将』入れてくるの」
「そんなことより、聞いてよ!」


ガバッと両手を広げた。


「ええ、頼みがあるんでしょう。 その前になにか注文してもいいかしら?」


しなやかにコートを脱ぎ、軽く会釈しながらウェイターに預けた。

 

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アールグレイをちょうだい」


細長い指の裏で下唇をなでながら、ささやくように言った。

なんとも誘われるような魅力があった。

反対に、宇佐美は水を一気飲みして、プハーとかやったあと時田に言った。


「急いでるんだ、ユキ。 早くしないと死人が出るかもしれない」
「死人が出るかもしれない?」
「いま、この街でフィギュアスケートの大会やってるだろ?」
「やってるわね」
「一人のコーチが狙われてるんだ。 コーチだけじゃなくて、大会関係者全員が危ない」
「危ないの、そう」


時田は、ふと、切れ長の目を細め、表情を作り変えるような間を取った。


「どういうことかさっぱりわからないわ」
「だ、だから、凶悪犯がフィギュアスケート会場を狙ってて、んでその共犯者を昨日捕まえたはいいけれど全然口を割らなくて途方に暮れていたところユキのことを思い出したわけ・・・なんだな」
「・・・・・・。 話はわかったわ」


わかったのかよ!


「私はいまから、その共犯者にお話をうかがえばいいんでしょう?」


・・・しかし、こんな得たいの知れない女に、浅井興行や園山組、そして脅迫事件のことを知らせていいものだろうか。


「私から質問していい、ハル?」
「なんなりと!」
「対象は何者なの?」
「西条っていう、まあ、変質者」
「変質者? 下着泥棒くらい? それとも殺人鬼?」


運ばれてきた紅茶に口づけながら、物騒な言葉を平気で吐いた。


「道端で、人をナイフで刺した。 子供のころに、妹の首を締めて殺した」
「そんな危ない人と、どうして知り合ったの?」



「まあ、待て」



おれはおもむろに立ち上がって、時田の隣の席に座った。

ちょうど横座りになる格好で、時田の質問を中断させた。

 

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「おれは浅井京介。 前にも会ったな」


足を組み、横目で時田の反応をうかがった。

時田は動じた様子もなく、穏やかな笑みを浮かべていた。


「あまり詳しい話はできない。 知らないほうがいいってことだ。
言っている意味がわかってもらえるとうれしい」


時田はまたにこりと笑った。


「よくわかったわ。 私はその変質者を捕まえた経緯も聞かないし、またどういった人たちに捕まえられたのかも興味がない。 これでいい?」


・・・やけに、物分りがいいな。


「すまんな。 あんたは宇佐美の友人だそうだが?」
「前の学園でいっしょだったの。 ねえ、ハル?」


「はい!」


宇佐美はまた、水を失った魚みたいな顔で返事をした。

・・・しかし、宇佐美と同じような年齢には見えないが・・・。


「うさんくさい?」
「まあな・・・」


ただ、おれも情報を隠そうとしている以上、時田のこともそう多くは聞けないだろう・・・。


「私はあなたとあなたの背後関係に深入りしないわ。
そのかわり、私のことも話せない。 というのはダメかしら?」
「いまちょうど同じことを考えていた。 妥当だと思う」
「ふふ・・・ありがと。 そう言ってくれると思ったわ」


・・・なんだ?


「聞き出したいのは、その変質者が、"魔王"という男からどんな犯罪計画を吹き込まれていたかだ」


いきなり"魔王"といわれてもわけがわからないことだろう。

しかし、時田は顔色一つ変えずにうなずいた。


「尋問するにあたって、対象の履歴くらいは教えてもらえるかしら」
「名前と、住所、職業、年齢くらいでよければ・・・」
「けっこう。 じゃあ、行きましょう」


時田はいきなり席を立って、レジに向かった。

 


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「おい、宇佐美・・・」
「はい?」
「なんだ、あいつ? 本当に尋問のプロなのか?」
「ユキは人の心が読めるんです。ですからわたしもピュアな裸の大将になりきっていたわけです」


・・・ただのモノマネじゃねえか。


「ユキはもう浅井さんのおおまかな性格くらいはつかんだと思いますよ」
「んな馬鹿な・・・」


レジの前で時田が呼んだ。


「浅井さんは、割り勘がいいのよね?」


「・・・・・・」
「ほ、ほらっ」
「なにがほら、だ」


・・・ほとんど初対面だからな。

仕事上のつきあいでもないのに、おごったりおごられたりするものか。


「とても美味しいお店ね、また来るわ」


ウェイターに向かって、微笑んでいた。


・・・妙な女だ。


まあ、時田が西条の口を割ってくれれば儲けもの・・・そんなふうに考えておくしかないな。

おれたちは店を出て、西条のもとに向かった。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 



むっとする。


浅井興行が所有する築二十年のビル。

一階は消費者金融、二階と三階は総和連合の組の事務所となっているのだが、地下に役所に届出
のない空間がある。

日光の届かない階段を下りて、重い扉を押した。

小さな部屋の床はぬめり、ところどころに、水なのか血なのかよくわからない色の水溜りができていた。

入り口から離れた壁の前に、西条がいた。

手錠をした腕を後ろに回され、うなだれるように丸椅子に沈黙している。


「どうです?」
「まだまだ元気ですわ」
「まだしゃべれるほどに?」
坊っちゃん、拷問っていうのはね、あくまでゲロを吐かせるのが目的なんですよ。
自分だって、本当はひどいことなんてしたくないんですよお」
「は、はあ・・・」
「こんなに苦しいなら死んだほうがましだ、って思わせたらいかんのです。
とくに、"初めて"のお客さんはね」


堀部も元気そうだった。


「ヤツはいま、しゃべったら殺されると思っています。
それをしゃべらなければ殺される、って思わせなきゃならんのですわ。
これがまた、オツでねえ・・・」


その残忍な笑顔に、この部屋でなにがあったのか想像する気も失せた。

時田は平然とした様子で、部屋の唯一の証明の白熱電球をぼんやりと眺めていた。


「よう、宇佐美。 宇佐美じゃないか・・・ハハ・・・」


西条の粘ついた声が上がった。

なにやら恨み言を延々と叫んでいた。


「浅井さん、私が口を開いている間、みなさんに黙ってもらうよう指示してもらえる?
それと全員、なるべく対象から離れて」
「・・・わかった」


時田が、その辺に転がっていた丸椅子を持って、西条の近くに寄っていった。



「こんにちは、ここ、いいですか?」

 


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時田は、西条と向かい合うように座った。

時田が足を伸ばして届くか届かないかの距離だ。

腕の自由を奪われているとはいえ、いきなり襲い掛かられたら危険な近さだ。


「西条さん、私は時田ユキ。 ハルの友人です。
あなたに質問したいことがあってここに来ました」



――馬鹿か、こいつは!


いきなりこっちの手のうちを晒すような発言をしてなんになる!?

しかも、宇佐美の友人だなんてばらしたら、西条は警戒心をよりいっそう強めるだろう。

案の定、西条は腫れあがった唇を汚く動かした。


「宇佐美の友人? てことは、お前もヤクザもんだな?
話を聞きたいだって? 冗談じゃない、私はなにもしゃべらないぞ」


ふてぶてしく、怒りの表情で時田をにらみつけた。


「ごめんなさい」


時田は、穏やかに笑った。

そして、丁寧に、切実な口調で言った。


「なら、なにも話してもらわなくてけっこうです」
「・・・なに?」
「私は別に、彼らにお金をもらっているわけでもありません。
あなたのお話が聞けなくても、私はなにも損をしないのです。
それでもここに来たのは、私が西条さんを救えるかもしれないと思ったからです」
「嘘をつくな。 弁護士だって金を取る」
「そうですね。 弁護士は高くつきますね。
私は弁護士ではありませんが、恐ろしい暴力団の方から、唯一あなたとの対等な交渉を許された人
間です」


そのとき、西条の顔にわずかに動揺が走った。

唇をなめ、時田から視線を外す。

 

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「西条さん。 私はお役に立てないようなので、帰らざるをえません。
残念ですが、あとは後ろの連中にお任せすることになります。 すみませんでした」


後ろの連中という言い方がひっかかった。

さっきは恐ろしい暴力団の方と言っていたが・・・なにか意味があるのだろうか。

おれの疑問をよそに、西条が吐き捨てるように言った。


「おい・・・」


席を立とうとした時田を呼び止める。


「対等な、交渉だと?」
「はい。 お望みでしたら、私も手錠をかけてもらってかまいませんが?」


そう言って、薄く、唇から吐息が漏れるか漏れないかの笑みを浮かべた。


「なんのつもりだ、お前。 もう一度言うが、私はしゃべらない。
そもそも"魔王"のことは少しも知らないんだ」


おれは思わず息を呑んだ。

時田は、知ってか知らずか、西条から"魔王"という単語を引き出した。

一気に質問攻めにするべきだ。


「"魔王"なんて、私も知りません。 私が知りたいのはあなたのことです、西条さん」


・・・なぜだ?


「私の?」
「ええ、差し支えなければ、西条さんの下の名前から教えていただきたいのですが?」


・・・なにをじれったいことを!?


「いけませんでしたか?」
「・・・則之だ。 それがどうした?」
「いえ、ありがとうございます。 私は、カタカナでユキなんです。
珍しいでしょう? どうして漢字の雪じゃないんでそうね」


今度は、くすくすと、さも楽しそうに笑った。

その後、時田は次々に意味のない質問を浴びせていった。

住所、職業、年齢、配偶者の有無・・・わかりきっていることばかりだ。

しかし、どういうわけか、時田は西条の答えにいちいち深くうなずいていた。


「おい、時田。 いいかげんにしろ。 こんな質問になんの意味がある?」
「私は、あなたのことを深く知りたいのです。
なぜ、こんな非人道的な扱いを受けているのか不思議で仕方がない。
あなたは質問にまともに答えられるのに、与えられたのは暴力ばかり、違いますか?」
「ふん、そのとおりだ。
そんなに知りたいなら教えてやる。 私はヤツラの仲間を一人、ナイフで切り裂いてやったんだ」
「・・・ナイフで切り裂いた」
「連中は社会のクズだ。 なにが悪い。 死んだほうがこの国のためではないか」


時田は、また深くうなずいた。


「たとえ人を傷つけたとしても、こんなところに閉じ込められるのはおかしいですね」
「そうだ、不当だ。
私は過去に人を殺したときも、ちゃんと法の裁きを受けた。
なのに、こいつらときたら・・・おい、クズども、聞いているのか!」


西条の挑発に不安になって堀部の顔を見たが、サディストはただ笑っているだけだった。


「どうもありがとうございます。
ようやく西条さんのことがわかりかけてきました。
あなたには不当な拘束から自由になる権利があります」


・・・だいたい、時田のこの礼儀正しさはなんだ?

ヤツは自分の妹をくびり殺しておいてなんとも思わないような鬼畜だというのに。


「すると問題は、連中がどうしたらあなたの正当性を認めるのかということです。
よろしければ、その辺をいっしょに考えていきたいと思うのですが、どうでしょうか?」
「・・・いっしょに、考える?」
「はい。 お役に立てればと思います」
「話しても無駄だ。 連中は頭まで筋肉でできている」


そのとき、時田の目つきがやや険しくなった。

 

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「私は違います。 真剣に西条さんのお話を聞く用意があります、少なくとも私だけは」


心なしか身を乗り出して、西条との距離を詰めた。


「連中は、あなたから何かを聞きたがっています。
それは、あなたをこんな場所に閉じ込めておいてでも知りたい情報です。
逆に言えば、あなたさえ話してくれれば、解放の道も見えてきます」


西条は押し黙り、また唇の端をなめた。


「・・・"魔王"のことは話さんぞ」
「はい。 あなたは暴力を受けながらも、"魔王"という人物に義理立てしている。 なかなかできることではありません」


西条が目を伏せた。

時田も同じように一度視線を外す。


「では、"魔王"のことは話さない。 いいですね?」
「ああ・・・私はなにをされてもかまわんが、仲間を売るような真似はしない」
「けっこうです。
それでは、あなたは、もしこんな場所にいなければ、今後なにをなされるつもりだったんですか?」


なるほど・・・。

おれはようやく時田の戦略を理解した。

これは言葉のトリックだ。

"魔王"のことは話さないが、西条のことは話してもらう。

西条の行動はすなわち、"魔王"の指示の一環に違いないからだ。

事実、時田は、西条から『私はなにをされてもかまわんが』という言葉を引き出した。

周到に、西条の自尊心をくすぐっていたのだろう。


「今後、なにをするかだって?」
「はい」
「さあな、普通に暮らすつもりだったが・・・」
「もちろんそうですよね。 いま話題のフィギュアスケートの試合でも観にいかれますか?」


・・・なかなかうまいな。

さりげなく事件の方向に会話を誘導している。


フィギュアスケート? そうだな・・・それもいいかもしれん」
「ですよね。 ただ、チケットはなかなか手に入らないと聞きますが?」
「そうなのか?」
「もしかして、お持ちだったんですか?」
「ああ・・・」
「すごいですね。 私も一度、浅井花音という選手を生で見たいと思っていたんです」
「浅井花音か・・・どうも人気選手らしいな。 だが、ま――いや、人格に問題がある」


ここだ・・・。

いま、西条は言葉を詰まらせた。

『"魔王"に言わせれば』としゃべりかけたのだ。

ヤツは動揺しつつある。

そもそも、フィギュアスケートのチケットが入手困難であると知りもしない西条が、どうやってチケットを手に入れたのか。

時田はその矛盾をついていくだろう。

すると、"魔王"がチケットを手配したと判明する。

西条をスケート会場に潜入させて、なにをするつもりだったのか。


ここだ・・・ようやく獲物が網にかかったぞ。



「なるほど、いい週末を過ごせるといいわね」


ところが、時田はにんまりと笑って言った。

 

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「西条さん、お食事は取られましたか?」


不意に肩の力を抜いた。


「少し、休まれてはいかがです?」
「・・・話はいいのか?」
「お疲れのようですので、ひとまず中断しませんか? 私はいつでもかまいませんので」
「わかった・・・なら、酒をくれ。 ウィスキーがいいな」


・・・この野郎、ぬけぬけと!


「浅井さん、お願いできるかしら?」



・・・なんのつもりだ、時田?


おれは怒鳴りつけてやりたい気持ちを抑えて、冷静に応じた。


「わかった・・・時田、少し話がある」
「ええ、しばらく休憩しましょう」


「堀部さんも、ここは僕に預けてもらえませんか?」
「いいですよお、自分は坊っちゃんの命令は組長(オヤジ)の命令だと思ってますから」


・・・つまり、尋問が失敗すれば、権三の面子を汚したということになる。


「出よう・・・」


宇佐美と時田を連れて、暗い牢獄をあとにした。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 


外に出ると、冬の陽射しの照り返しにまぶしさを感じた。

 

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「おい、時田・・・!」
「なにかしら?」


あくまで余裕そうな顔に食ってかかる。


「おれはお前に、西条の小間使いを頼んだ覚えはないぞ」
「ふふ・・・」
「なにがウィスキーだ。 今度は酒のしゃくでもしてやるつもりか?」


「まあまあ、浅井さん。 ユキには考えがあってのことだと・・・」
「そうだろうな。 だからおれもあの場では黙ってた。 だが、もう限界だ」


時田は満足そうにうなずいた。


「浅井さんは冷静ね。 冷静だけどいろいろなストレスを抱えているみたいね」
「ああ、そのストレスの一番の原因はお前だ」


まったく、宇佐美だけでも気持ち悪いってのに・・・。


「でも、西条のストレスの比ではないわね。 あれは難物だわ」
「無理なら帰ってもらっていいんだぞ」
「無理じゃないわ。 いまのところ順調だもの」
「順調?」


信じられない。


フィギュアスケートの話を出しておいて、なぜもっと切り込まなかった?」


「そっすね、自分もはたから見て、会話の流れがよくなってきたな、と思ったんだけど?」


時田は首を振った。


「いいえ。 あそこで質問攻めにしたら、それこそ終わっていたわ。
彼はフィギュアスケートという言葉に、高いストレス反応を示していた」
「ストレス反応?」
「ごめんなさいね、変な言葉使って。
要するに・・・そう、聞かれたくない内容なのよ」
「でも、そこを聞きただしていかなきゃ話にならんだろ?」
「あのタイミングではダメなの。
告白するのにもムードってものがあるでしょう?
まず仲良くなって、電話番号を聞いて、おしゃれなレストランを予約してからじゃなきゃ」
「仲良くなる? 西条と?
おいおい、あんな異常者と仲良くなってどうするってんだ?」
「彼のタイプから考えるに、それが一番有効なの。
彼は自分のことを理解してくれる人が大好きなの」
「そりゃ、あいつは、いままでの人生、誰にも相手にされなかったんだろうが・・・」
「じれったい?」
「ああ、花音の試合は明日からなんだ。 もう時間がない」
「本来なら彼のような人間を操るのは簡単なんだけれどね。
お友達になってあげればいいんだから。
でも、あなた方が理不尽な暴力をふるったものだから、殻に篭もっているの。
最初は無理かな、とも思ったのよ。
私のほうがたくさんしゃべっていたでしょう? 正直、最悪の状態だったわ」
「まさか、本当に帰るつもりだったのか?」
「ええ。 彼が、唇の端を舌でなめなければね」
「・・・それがなんだ? たしかに、西条はそんな仕草をしていたが・・・」
「それでわかったのだけれど、彼は、口では大きなことを言うけれど、本当は怯えている。
暴力の恐怖から身の安全を求めている」
「おれはそういうのは信じないな。
心理が態度に現れるってヤツだろ? たとえば腕を組むと拒絶だったか?」
「ええ、よく知られてるわね」
「そんなもんはただの癖かもしれないし、わざとやるヤツだっている」
「そうね。 でも、西条が何度唇を舐めたか見ていた?」
「さあな・・・二回くらいだったか」
「四回よ」


確信を持っている口調だった。


「もちろんあなたの言うとおり、たった一つの反応で決めつけてはいけないわ。
ボディランゲージはもちろん、声の調子、使われた言葉、目線を合わせるのか、逸らすのか・・・。
様々な反応の細い糸を、全体像を想像しながらつむぎあげていくの。
しかも、同じ刺激に対して同じ反応を示すものでなくては意味がない。
西条が唇をなめたのは、私が、救いたいだの、解放の道だのと、安全を示唆するような言葉を使ったときだったわ」


おれは曖昧に首を振った。


「お前が、西条をよく観察していたのはわかった。
でも、助かりたいと思ってることくらい、誰にだってわかるだろ」


暴力団の拷問から逃れたくないヤツなんていない。


「そうね・・・ふふ」


時田は、また妖しい笑みを漏らした。


「彼はいままで、しゃべったが最後、殺されると思っているからしゃべらなかったの」
「そこは、同意見だな。 "魔王"に義理立てしているとか言っていたが、あんなもの嘘だろう」
「半分は本当ね。
自分をよく思いたいし、他人にもよく見せたいの。
なんとなく誇大妄想の気があるんじゃないかとにらんでるんだけど、どうなの?」
「・・・たしかに、いかにも政治的な主張があるような団体を作っていた。
団体といっても、やたら小規模なものだとは思うが」
「なるほど・・・ますます利用されやすいタイプね」


時田は腕を組み、控えめな微笑を浮かべた。


「時間を置きましょう」
「どれくらいだ?」
「そうね。 せめて明日の昼までは」
「なんだって!?」
「彼をじらすのよ。 唯一の理解者である私の再来を、いまかいまかと思わせるの」
「そんなに待っている余裕は・・・」
「いやならいいわ。 拷問を再開したらどう?
私は別になにも困らない。 でもあなたには責任があるでしょう?」


・・・こいつはどうもやりにくい女だな。


「明日の昼まで西条を放って置いたら、ヤツはお前のことを恨むぞ?」
「怒るでしょうね。 その分、私と再会したときに振り子みたいに心が大きく揺れるわ」


・・・どうするかな。


堀部から場を預かってしまった以上、西条が口を割らなかったらおれの責任になる。

 


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「じゃあ、こうしない、京介くん?」


いきなり名前で呼んできた。

西条に相対していたときとは打って変わって、挑発的な笑みを浮かべていた。


「もし、私が失敗したら、あなたの代わりに私が組長のところにでも行って頭を下げてあげる」
「なめるな、女」


にらみつけた。


「おれの仕事だ」
「ふふ・・・どうするの?」
「のせられてやる。 やってみろ」
「ありがとう。 あなたとは気が合いそうだわ」


くそ・・・完全にはめられた形になったな。


「最後に一つだけ」
「なんだ?」
「明日の昼までの間、彼に危害をくわえないこと。 食事もきちんととらせること」
「・・・・・・」
「そうしないと、私が嘘つきになってしまって彼との信頼関係が崩れるわ。
私の指図一つで暴力団がおとなしくなったと彼に信じさせる意味でも、拷問は絶対禁止よ」
「いいだろう・・・」


渋々うなずくしかなかった。


「それじゃ、明日の昼ごろに、またこの辺で会いましょう?」
「連絡先を聞いてもいいか?」


時田は快諾し、お互いに電話番号を交換した。

 

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「ハル、行くわよ。 あなたにはたっぷりとお礼を・・・あれ?」


宇佐美がいつの間にかいない。



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「逃げたな、あいつ・・」


・・・いったい、時田と宇佐美はどういう関係なんだ?


・・・・・・。

 

・・・。

 



部屋で仕事をしていると、花音が帰ってきた。

 

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「ふぃー・・・」


もう、夜はだいぶ更けていて、外には雪がちらついていた。


「さむぃよぉー、にいさあぁあん」
「抱きついてくんなっての」
「ねえ、お風呂いっしょにはいろーよー。 髪あらってー」


ぐいぐい袖を引っ張ってくる。


「お前さー、もう何回言ったか忘れたけどよー、甘えてんじゃねえよ」
「だって、明日から本番だもん。 かまって欲しいんだもん」
「なんだよ、緊張してるのか?」
「んーん。 ソワソワしてるだけ」
「緊張してるんじゃねえか」
「違うなー。 のんちゃんは、あんま緊張しないんだよー。
コレはなにか不吉な予感だなー」
「はあ・・・どうすりゃいいんだ?」
「兄さんがぎゅってしてくれればなんとかなる」
「やめろよ、マジで」


花音は、コートを脱いで顔を洗ってくると、不意にかしこまった。

 

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「兄さん、大事なお話があります」
「ん・・・?」
「本当に、ほんとーに、大事なお話です」


なんだろう・・・とても嫌な予感がするが・・・。


「これを言うために、兄さんの家に居座っていたのだ。
でもねー、なんか言ったら、兄さんにものすごく迷惑かけるような気がするの」


花音がおれに気を使っている。

ますます、聞くのをためらわれた。


「兄さん、忙しいでしょ?」
「お前もな」
「そうなんだよ、お互いよけいなこと考えていたらいかんのですよ」


冗談めいた口調だが、目だけは真剣だった。


「だから、言わないっていう手もあるんだけど、どうする?」
「どうするって・・・聞かなきゃよかったって展開もあるのか?」
「そう! のんちゃん、怖い。 兄さんに嫌われたくない」


・・・なんなんだ、いったい!?


ふと、魔が差したように、昨日の夜、花音に抱きつかれたときの感情が蘇る。


あの匂い、ぬくもり。


「そういう、話か・・・?」


ごくり、と喉を鳴らした。

おれの口元は引きつっているだろう。

 

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「たぶん、そういう、話だよ・・・」


寂しげにかぶりを振った。


「・・・そうか・・・」


迷った。

眉をひそめ、唇を噛み締めた。

なぜ、どうして、という気持ちはある。

だからこそ聞いてみたいが、聞いたら最後、もうあとには引けないような気がする。


おれは、慎重な選択を迫られていた。


・・・本当にいいのだろうか。


おれは自問する。

花音の表情から察するに、冗談はない。

切実な思いが伝わってくる。

そもそも花音は嘘をつかない。

大事は話だといったら大事な話なのだろう。

本当に、聞いてやるべきなのだろうか・・・?

・・・。


「えっと・・・」


咳払いを一つ。


「すまん、やめとこうぜ」
「あ、そう?」
「おう。 悪いな」


おれは努めて冷たい声を出した。


「わ、わかったよ。 ごめんね、変なフリして」
「いろいろ忙しくてな」
「うん、知ってる」
「さ・・・風呂入って来い」
「はーい!」


そそくさと脱衣所に駆け込んだ。


「・・・・・・」


なにも、感じない。

窓の外の、無常な雪。

しんしんと降り落ちて、朝方にはあとかたもなく消えている。

おれはもともと花音を金の成る木のように考えていた。

それだけだ。

これからも、それだけでいい。

頭が割れるように痛くなってきたので、その夜は、早めに寝ることにした。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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翌朝、花音を送り出すと、新聞を広げた。

スポーツ欄は花音の話題でもちきりだったが、おれの読みたい記事は別にあった。


・・・園山組と新鋭会の抗争激化、とある。


昨日の深夜、セントラル街の外れで発砲騒ぎ。

新鋭会の一人が死亡、園山組の二人が重傷。

おかげで表の商売にも影響が出ている。

セントラル街の飲み屋の売り上げが落ちる一方で、おれも忙しいことこの上ない。

ここんところ、頭痛が襲ってくるのもそのせいだ。


しかし、"魔王"がけしかけてくるとしたら、今日だろう。

花音の演技は、また夜の八時くらいからだが、なるべく早めに西条の口を割りたいものだ。


・・・・・・。

 

・・・。

 



まさか、白昼堂々ドンパチやっていることはないと思うが、おれも狙われないようにしないとな。

 

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「ちわす」
「おう、時田はまだか?」
「ユキは朝弱いので」
「もう昼だぞ」


やっぱり宇佐美の友達は、どこか狂ってるな・・・。


「それより、一ついいですか?」
「どうした?」
「西条が宿泊していたホテルから、西条の荷物を確認してみたんですが」
「なにか出てきたのか?」
「気になるのは、パスポートと航空券ですね。 航空券は今日の予約でした」
「海外に逃げるつもりだったのか?」
「香港行きのチケットでしたね」
「今日の予約ってことは、やっぱり、今日中になにか事件を起こして、その足で逃げるつもりだったんだろうな」
「ええ、そして、海外まで逃げなければならないほど、大きな事件を起こす気だったのです」
「それこそ、警察が出てくるような?」
「でしょうね」
「となると、"魔王"が逃亡する可能性も考えて、空港にも人をやっておく必要が出てくるな」
「そんな余裕はあるんですか?」
「お前も新聞くらい読むんだな。 そうだよ、いま殺し合いの真っ最中だからな」


園山組が一千人を越えるというのも、当然、準構成員とよばれるチンピラもどきも数に入れてのことだ。

もちろん、彼らには戦争中だろうと、ノルマの厳しい仕事も課せられている。

花音の事件に動けるのは、どれくらいだろうか。


「浅井さんは、タマ狙われたりしないんすか?」
「おれの顔はあまり割れていない。 なんでもない学園生を装ってきたからな」
「なんにしてもお気をつけて」
「安心しろ。
たとえば、おれを人質にしてどうこうしようとしても、権三は眉一つ動かさない。
そういうことは、知れ渡っていると思うぞ」
「それはそれで、寂しいお話ですね」
「・・・・・・」
「・・・・・・」


なんだこいつ、じっと見つめてきやがって・・・。



「お待たせ」

 


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声がして振り返ると、時田がいた。


「やけに遅かったな?」

 


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「だってハルが起こしてくれないんだもの」
「いや、わたしは、五回くらいモーニングコールしたよ?」
「昔は、家まで迎えに来てくれたのに・・・」
「だって、家知らないし・・・」


「ぐだぐだやってないで、とっとと行くぞ」


おれたちは細かい路地を抜け、西条のいるビルに向かった。


「おい時田、昨日あれだけ大きな口を叩いたことを忘れるなよ?」


時田は、自信ありげに微笑んだ。


「簡単よ、すぐに終わらせてあげる」

 

・・・・・・。

 

・・・。

 



 

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「おい、時田、遅いじゃないか?」


時田が椅子に座ると、西条はいきなり叫んだ。


「まったく、すぐ戻ってくるものだとばかり思っていたが、いったいなんの真似だ?」


時田は申し訳なさそうに眉間にしわを寄せて、上目づかいになった。


「本当にすみません。 私がいない間、なにかありましたか?」


うまい返しだ。

何もないどころか、三食昼寝付きの高待遇だったわけだからな。


「実は、とても残念なお知らせがありまして・・・」
「なんだ、どうした?」


時田は、首を振り、目を伏せ、十分に間を取ってから言った。


「連中は、あなたを・・・その・・・。

許すつもりはないようなのです・・・」


西条は絶句した。

時田の口調には誠意があった。

それだけ、深刻そうな響きがあった。


「すみません、本当に・・・」


さも、いままで話し合いでもしていたのか、と思わせるような蒼白な顔をしていた。

しかし、時田は嘘はついていない。

西条を許すつもりがないのは、わかりきっていることだ。

西条と対面したときも、馬鹿正直に宇佐美の友人だと名乗り出ていたが、嘘をつかないのは、なにか交渉ごとのルールのようなものなのだろうか。


「それでも私がここに戻ってきたのは、まだお話の途中だったからです。
望みはあると思っています。 そう、なにか、取引になるような材料さえあれば・・・」
「・・・取引だと?」


西条は、時田を食い入るように見つめていた。


「ええ、あなたが許されるに足りるような材料です」
「それはつまり、"魔王"の計画を話せということだろう? 昨日も言ったが、それは・・・」


言葉尻を濁した。


「だいたい、話せば助かるという保証はあるのか? ないだろう?」
「京介」


時田が不意におれを呼び捨てで呼んだ。


「どういう取り決めになっているか話してあげて」


きっと、この場の権力者が時田だと印象づけるためだろう。


・・・なるほど、おれは汚れ役を演じればいいんだな。


「話さなければ殺す。
"魔王"の情報を話せば今回の件は水に流す。
おれは園山組組長の息子だ。 そのうち跡目もつぐだろう。
おれの決定は、組の決定だと思ったほうがいいぞ」


でたらめをしゃべってやった。

組長の息子を呼び捨てにした時田は、再び西条を向き合った。


「というわけだけれど、残念ね。 あなたはとても義理堅い人だから・・・」


西条は押し黙った。

口を閉ざすしかないのだろう。

焦点のぶれた瞳で床を見つめながら、顎を食いしばっている。


「こういうのはどうかしら?」


低くささやくように言うと、西条は目の色を変えて時田の話に聞き入った。

 

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「西条さん、昨日の話の続きをしましょう」


いつの間にか、かしこまった敬語を崩し、姿勢も前傾に傾いていた。


「昨日の話、覚えてるわね?」
「私の話だったな・・・」
「そう。 あなたが、今日、何をするつもりだったのか詳しく話して欲しいの。
別に、"魔王"の話をする必要はないわ」
「・・・・・・」
「あくまであなたがあなたの行動を話すのであって、それがたとえば"魔王"の計画を漏らすことになったのだとしても、私にはわからないわ」


時田はきっと、こう言いたいのだろう。



私だけは、あなたを軽蔑しないと――。



「だいじょうぶよ。 真実を話してくれればいいだけなんだから。
真実は好きでしょう? あなたは世の中のいろんな嘘や欺瞞(ぎまん)に疲れてる。 違う?」


おそらく、これが決め手だろう。

抽象的でかっこうのいいセリフが、男の誇大妄想を膨らませ、自尊心を刺激する。


「お願い。 これが最後よ。 力を貸して・・・」


沈黙が訪れた。

西条の足が震えだす。

うつむき、やがて顔を上げて時田を見据える。


しゃべるのか・・・?


わなないていた唇が、開いた。

西条は怯えた目でおれを一瞥し、ぐったりとした様子で肩を落とした。


「狙いは浅井花音。 リンクに向けて爆弾を投げ込む予定だった」

 


「爆弾だと!?」


思わず声を張り上げた。

宇佐美も唐突に口を開いた。


「荷物を調べさせてもらいましたが、あなたは爆弾を持っていない」


西条は、憎らしい宇佐美の登場に気を悪くしたのか、躊躇したように閉口した。


「詳しくお話してもらえるのよね、西条さん。 あなたは、約束は守る人でしょう?」
「・・・会場で受け取る予定だった」


「"魔王"からですね・・・?」


宇佐美が訊くと、西条は答えなかったが、肯定しているも同然だった。


「浅井さん、フィギュアスケート会場に爆弾なんて持ち込めるんですか?」
「爆弾のことはよくわからんが、小型のものもあるんだろう?
だったら簡単だ。 正面から堂々と入ればいい。
入り口で荷物検査はされるが、カメラの類をチェックされるだけで、バッグの中身を全部出させられて、じっくりと観察されるようなことはない」


おれは西条に詰め寄らざるを得なかった。


「なぜだ!? なぜ、花音なんだ?」
「それは、私の知るところではない。 私はただ、友に協力するだけだ」



「いいえ浅井さん。 "魔王"の目的はずれていません」
「なに?」
「今回の脅迫事件は、もともと花音に負けるように指示するものでした」
「なるほど、直接、力に訴えて来たってわけか・・・」


爆弾の威力はわからないが、怪我でもさせれば花音は終わりだ。


「いつだ? いつ爆弾を投げ込む予定だったんだ?」
「詳しい手口は知らない」
「嘘をつくな」


時田が手で制した。


「嘘はついてないわ」


「リンクに投げ込むと言いましたね?
ということは、タイミングは、演技前の練習のときか、演技中・・・花音が現れたときですね」


宇佐美も西条に迫った。


「爆弾を受け取る予定だと?」
「ああ・・・」
「あなたは、"魔王"と顔を合わせたことがあるんですか?」


そうだ・・・西条は、どうやって爆弾を受け取るつもりだったんだ?


「会ったことはない。 今日、初めて顔を合わせるはずだった」


鼻の頭を指でなでながら言った。


「どこで待ち合わせる予定だったんですか? 会場のなか? 外?」
「会場内だ」
売店? トイレ? 客席?」
「それは、時間が来たら連絡すると言っていた」
「時間はいつ?」
「八時近くだ。 携帯電話が鳴るまで、私は客席に座って待機していればよかった」


宇佐美はしきりにうなずいた。


「わたしからの最後の質問です。
あなたのご友人は、たとえあなたの協力が得られなくても、目的を成し遂げようとすると思いますか?」


直後、西条が吹き出した。


「当たり前だ、宇佐美。 彼は現在のフィギュアスケートを憎んでいる。
浅井花音とかいう生意気な小娘を許すことはないだろう」


笑い声は大きくなって、部屋の壁に反響していた。


「そうだ。 私がしゃべっても意味はない。 "魔王"は賢い。
私が捕まったとしても、必ず貴様らの裏をかいた作戦を用意して、ことに望むだろう。
"魔王"はもう二人も殺している。
にもかかわらず警察の手も及ばないほど有能な犯罪者だ・・・ハハ、そうだ、私が何を言ったところでかまうもんか」


・・・まるで、口を割った自分を弁護しているようだった。


「二人だって?」


おれはもう一歩詰め寄った。


「誰だ? デザイナーだけじゃないのか?」
「おや? まだ知らないのか? バレエダンサーの男だ。 海に突き落として殺した」


・・・そうだったのか。


「さあ、私を解放しろ。 約束は守れよ、時田?」
「まだあるわ、西条さん」


首を振った。


「まだ話し足りないことがあるはずよ」
「・・・・・・」
「そう、たとえば、"魔王"の風貌ね」


西条の眉がぴくりと跳ねた。


「顔を合わせたことがないというのは本当でしょう。
でも、待ち合わせにあたって、"魔王"はなにか自分の特徴を口にしていなかった?」
「ふん、いいだろう。 ニット帽だ。
黒のニット帽を被った細身で長身の男が"魔王"だ」
「どうもありがとう」


時田はこれまでになく、穏やかな笑みを浮かべた。



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「さようなら。 もう会うこともないでしょう」
「なんだって・・・?」


西条が驚愕に目を見開いた。


「ま、待て・・・お前・・・!?」
「あなたは私のハルをナイフで切り裂こうとした」


ぴしりと言った。


「嘘はついていないわよ。 私は弁護士ではないのだからね」
「・・・わ、私を救うと・・・!?」
「ええ、あなたは妹を殺しておいて、なにも省みなかったようね。
そういう人間が救われるには・・・」


時田の目が妖しく光った。



「ねえ・・・ふふ、わかるでしょう?」



西条は身動きもせず、その目を見つめていた。


打ちひしがれた惨めな男の姿しか、そこにはなかった。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 


すでに、日が暮れ始めていた。

 


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「会えてうれしかったわ、京介くん」


握手を求めてきた。


「こっちも助かった。 今度、礼をさせてもらおう」
「礼なんていいのよ、ねえ、ハル・・・」


「はいっ!」


なぜか敬礼する宇佐美。


「大変な事件が起こってるみたいだけど、がんばってね」


時田は、手を振って繁華街の雑踏に消えていった。


「さて、おれは、権三に報告しに行く」
「浅井さん、スケートのチケットお持ちですか?」
「ああ、おれの分をやる。 先に入っていろ」
「ひとまず、会場の出入り口を見張っておくとします」
「そうだな・・・すでに"魔王"は会場内にいるかもしれんが・・・」
「よし、じゃあ、解散!」


やけに声を張り上げて、宇佐美は走り去った。


ふう・・・。


妙に気だるいな。


こんなときにまた体の調子がおかしいなんて・・・。

 


・・・・・・。

 

・・・。

 

 


権三の家に駆け込むと、おれは事態を説明した。

 

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「今晩九時、新鋭会の事務所を一家総出で囲む。 あまり人は動かせん」
「事情はお察ししますが、花音の命がかかっています」
「乗り込みは、もう連合全体に告知したことだ。
俺も自ら出向く。 いまさら取りやめられん」
「ええ、しかし・・・」
「この家にいる者を使え」
「しかし・・・?」


・・・あんたは、だいじょうぶなのか?


「わかりました。 チケットは前もって十枚ほど用意しておきましたので」
「そっちの指揮は堀部に任せる。 うまく使え」


狩を目前にして、権三は高揚しているようだった。


おれは堀部に連絡を取り、アイスアリーナに向かった。

 


・・・・・・。

 

・・・。

 

 


すでに、六時近くになっていた。


リンクの上では海外の有名選手が奮闘し、観客を熱狂の渦に巻き込んでいた。

 

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「浅井さん、すみません」


人の波にもまれながらも、宇佐美と合流できた。


「"魔王"らしき人物は見当たりませんでした。 見落としていた可能性もあります」


この賑わいじゃ仕方がないな。


「西条の話では、"魔王"は黒のニット帽をかぶっているとか?」
「ええ、しかし、いつもかぶっているとは限りません」
「それもそうだ。 目立つからな、帽子は」
「おそらく、花音の登場時間が近づいてからが勝負でしょう」
「わかった。 ひとまず、"魔王"がもうこの場にいるものとして、会場内を手分けして探そう。
長身で細身の青年だったな?」
「あまり効率的とはいえませんが、いまはそれしかなさそうですね」
「一周したら、またこの辺で落ち合おう」

 

・・・・・・。

 

・・・。

 



「堀部さん、どうです?」


会場内に連れてこれたのは、堀部以下八人の男たちだった。

堀部は電話越しに言った。


「いやあ、無理でしょ、坊っちゃん
もうちょっと特徴がつかめねえと。 細身で長身の野郎なんていくらでもいますからね」
「すみません。 それは、わかっているんですが・・・」
「気が焦るのはわかりますがねえ。
まあ、またなにかわかったら連絡ください」


・・・おれは焦っているのか。


しかし、なにもしないわけには・・・。

 


・・・。


くそ、また頭がふらつくな・・・。


・・・。

 

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「浅井さん、どうです?」
「いいや。 自分の馬鹿さ加減に呆れていたところだ」
「いえいえ、やっぱりがむしゃらに動いてみるものですね。
わたしは"魔王"の犯行の糸口をつかみましたよ」
「なんだって?」
「西条が、どういう方法で爆弾を投げ入れるつもりだったのか、ということです」
「爆弾を投げ入れる・・・方法・・・?」


・・・。


ふらつく視界を正すべく、眉間を揉んだ。

 

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「だいじょうぶですか?」
「気にするな、それより、なんだって?」
「あのお店をご覧下さい」


宇佐美が指差した方向には、天幕つきのカウンターがあった。


「お花屋さんですよね?」
「そうだな・・・それが、どうした?」


宇佐美は意外そうに目を細めた。


「・・・本当に体調が悪いみたいですね」
「だから気にするなと」
「いいですか。
西条は、香港行きの航空券を持っていたんです。
ということは、犯行後、逃げるつもりだったわけですよね?」
「ああ・・・」
「ユキには悪いですが、西条の話は、どうも荒唐無稽というか、現実的ではないなと思っていたんです。
だって、リンクの上に爆弾なんて投げ入れて、逃げられるわけがありません」
「そうだな・・・この会場にはおれたち以上の数の警備員がいるはずだ」
「はい。 席を立ってそんなものを投げ入れたら、まず確実に取り押さえられるでしょう」


・・・なるほど、だんだん呑み込めてきたぞ。


「しかし、さっきから会場を見ていれば、観客がリンクに近づき、自由に物を投げ入れられる瞬間があります」


おれも大きくうなずいた。


「トスブーケだな」
「て、いうみたいですね。
演技が終わった選手に客席から花束を投げ入れるんです」
「考えたな・・・」
「花音はいま、日本で一番人気がある選手です。
演技が終わればみんなリンク際に駆け寄ることでしょう」
「そして、投げ入れられた花束のなかに、爆弾が混じっているというわけだな」


花音のことだ、氷上にちょっとした花園ができるくらいの量になる。

それこそ、誰がやったのかわからなくなるくらいに・・・。

もちろん、警察が調べれば、投げ込まれた方向や、客席にいた人物の情報までは簡単にわかることだろう。

しかし、その間に海外に逃げられれば後を追うのは難しくなる。


「ということは・・・どうなる?」
「この混雑です。 花音の演技終了までに"魔王"を見つけられなければ、ジ・エンドです」
「状況が厳しいことに変わりはないか・・・」
「ひとまず、花屋さんのそばを監視しておくとします」
「それでも、花を会場に持ち込まれたりしていたら無駄だろうがな」


・・・花だけではなく、人形なんかも投げ込まれるみたいだからな。


「西条は、八時近くに"魔王"と接触する予定だったそうですね」
「勝負はそのときだな。
ちょうど選手の練習時間で、客席も自由に動ける」
「しかし・・・」


宇佐美が不満そうに首を振った。


「どうにも後手に回っていますね・・・」
「そうか? 西条から情報を聞き出せたのは、大きな前進だと思うが?」
「・・・それは、そうですが・・・」


考え込むように黙り込んだ。


「なんだよ、怖くなったのか?」
「いえいえ」
「怖いなら、逃げてもいいんだぞ?」
「知らなかったんですか。 大魔王からは逃げられないんですよ?」


にやにやしながら、花屋に足を向けた。

おれも、なんとか探すしかないな。

花音の命がかかっているんだ。

花音は尖ったところもあるけど、正直で純粋な少女だ。

理解者は少ないだろうが、せめておれだけは認めてやらねば。

形の上だけでも兄貴なわけだしな。



「ぐっ・・・」



こんなときに・・・。



くそ、頭が・・・。

 

 

 ・・・。