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G線上の魔王【20】

 

・・・。


翌朝学園に足を運ぶと、宇佐美が待ち構えていたように目の前に立ちふさがった。



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「ついに、動き出しましたね?」
「なんだ、ご挨拶だな」
「ほう、ほほう。 しらばっくれるおつもりですか?」
「は?」



一歩近づいてくる。


「なんだ、なにかあったのか?」
「・・・・・・」


宇佐美の目つきは鋭い。


「ほほほう、ほっほー。 見に覚えがないと?」
「つきあいきれんな」
「ふむ・・・ですよね」


宇佐美を置いて、教室へ。


・・・。

 


 

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「おい、京介・・・」


教室に入るや否や、栄一が声を潜めながら聞いてきた。


「お前、やたら派手なことしやがったな?」
「・・・なんだ?」
「とぼけんなよ、お前だろ?」
「宇佐美にも同じようなことを聞かれたが、まったくなんの話かわからない」


毅然として言うと、栄一も首をかしげた。


「黒板に落書きしてねえの?」
「落書きだあ?」


黒板を見やるが、なにも書かれていない。


「いや、宇佐美が消したんだよ」
「なんて書かれてあったんだ?」
「それがよー」


察するに、白鳥に関することだ。

 

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「『白鳥理事長は罪を認めて、自首すべきだ』」


突然、時田が割り込んできた。


「なんだって・・・?」
「いま言ったとおりよ」


時田は口調こそ穏やかだが、目には厳しい光が宿っていた。


「要するに、朝学園に来たら、そんな檄文(げきぶん)みたいなのが黒板に書かれてあったってことだな?」
「なにか、思い当たることはない?」
「犯人についてか?」


時田はうなずいた。


「少なくともおれじゃないぜ?」


「ぼ、ボクでもないよ?」



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「ですよね」


いきなり宇佐美も顔を出した。


「どうにも浅井さんらしくない。
こんな普通のいじめのような真似は、チープな復讐にこだわる浅井さんのやり口ではないのでは?」
「チープとはなんだ」


「チープじゃないすか」
「・・・だが、白鳥の親父を非難するような真似をしても、おれの気分は晴れん。
CDを真っ二つに割ってくれたのは、白鳥本人なのだからな」
「いつのまにか真っ二つになったことになってるし」


「いずれにせよ陳腐ないたずらだわ」


背の高い時田は、クラス全体を見渡すように首を左右に回した。

教室に潜む犯人に静かな怒りをぶつけているようにも見えた。

 

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「姉さん、いいのよ」


白鳥は、平然としていた。


「何も、気にしてないから」
「本当に?」
「事実だもの」


他人事のように言う白鳥に、時田はゆっくりと首を振った。


「たとえ事実だとして、それがなんだというの?」
「え?」


時田は、まるで我がことのように言った。


「水羽がこんな仕打ちを受ける理由があるのなら、ぜひ教えて欲しいものだわ・・・!」


声は、白鳥に向かっているようで、クラス全体に響くような凄みがあった。


「(こ、こええな、この女・・・)」
「(うむ・・・だから言っただろ? 時田が敵に回ると厄介だと)」


クラスの人数は三十人ほどだが、このなかに犯人がいるのだろうか。


「姉さん、もういいよ」


時田はがんとして動かず、腕を組んで不機嫌そうな顔をしていた。


「犯人は簡単にわかるわよね、ハル?」
「まあ、多分」


「そうなのか?」
「犯人は左利きです。 黒板にそういうあとがありました」
「そういうあと?」
「手の側面? とでもいうんでしょうか。
文字を左手で書くと、自分で書いた文字の上に手がかぶさって、文字がぼやけることがありますよね?」
「そうだな。 チョークなら、なおさらそういうあとは目立つな」
「文字に、ちょうど手刀のようなあとがありましてね」
「つーか、だったら、なんで右利きのおれを疑った?」
「いえ、そういうふうに見せかけたのかな、とふと裏を読みたくなりまして」


まったく、前科者はつらいな。


「なるほど。 左利きで、かつ、昨日の放課後から今日の朝一番までに教室にいたヤツが犯人か。 そりゃ、しぼられてきたな」
「ちなみに昨日、一番遅くまで学園に残っていたのは、男子バスケット部の人たちらしいです」


うちのバスケ部はそれなりに強いらしいからな。


「なら、決まりだな。 うちのクラスには左利きのバスケ部員がいる」
「はい。 しかも、その人物は昨日逮捕された教頭先生の息子さんです」


名前は橋本だったか?

百九十センチの身長を誇る、ふけ顔の男だ。

なんでも前の学園で問題を起こしたものだから、親父の教頭を頼ってこ学園に転入してきたとか噂されてたな。

選手としてはかなりの名プレイヤーらしい。

だったら鬱憤はスポーツで晴らしてもらいたいものだ。


「まあ、もちろん、証拠を掴んだわけではありませんよ」


しかし、それも時間の問題だろうな。


「ちょっとお話を聞いてみてもいいのよ?」


しゃくったあごの先に、当の橋本がいた。

スポーツ刈りの頭を手でいじりながら、いまいましげに時田から目を逸らす。


「二度と、こんな真似はしないことね」


まったく、宇佐美と時田が組んだらこういうことになるのか。

宇佐美が理屈を積み上げ、時田が自白を取る。

反対におれの陣営はどうだ?

おれが策を練り、栄一がやらかす。

・・・うーむ。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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「京介、どうするんだ?」
「今日中に動こうとも思っていたが、ちょっとまた考えさせてくれ」
「怖気づいたのか?」
「なんとでも言え」


ふと、屋上の隅で、宇佐美と白鳥がいっしょになってパンを食っていた。

 

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「・・・宇佐美さん」
「だから、ハルでいいと」
「ごめんなさい。 いままで、あなたのことも、好きじゃなかったから」


・・・なんだあいつら?


「わたしが、浅井さんと仲良くしてるから?」
「ええ、それもあるのだけれど・・・」


なにやら、白鳥は声を潜めた。


「・・・学園に入学するときに、住民票を提出しなければいけないでしょう?」
「・・・なるほど」
「ごめんなさい。 先生方のなかで、噂になってたって父に聞いて・・・」
「いや、担任の先生もそうだけど、皆さんいい人だ。 いやなことは黙っていてくださる」


・・・なんの話だ?


「ひょっとして、宇佐美さんも私と同じような境遇なんじゃないかって思って、そしたら、なんだか悪い気がしてきて」
「わたしはわたしだし、水羽は水羽だ。 父親は関係ないよ」


そのとき、おれは初めて見た。

白鳥の顔に笑みが浮かんだのだった。

 

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「今日は、ありがとう・・・ハル・・・」


なんだか気味が悪いので、栄一を連れて屋上から退散することにした。

 

・・・・・・。

 



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「おい、あれ、ユキ様と橋本じゃね?」
「だな・・・」


つーか、ユキ様ってなんだ。


「やべえよ、ユキ様、相当キレてるよ」
「すげえギラギラした目ぇしてんな」


橋本を廊下の壁に追いやり、居丈高にガンを飛ばしている。

口元には不敵な笑み。

橋本は、苛立たしげになにかわめいている。

が、時田の反論を前にしては、口をタコみたいにすぼめるしかないようだ。


「関わるのはよそうぜ」


おれたちは教室へ。


・・・。

 

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「おい、栄一、1~4までの数字をとりあえず選んでみろよ」
「は? もちろん、1」
「そうか・・・やっぱりな」
「なんだよ、それ?」
「いや、昨日、時田とゲームをして、まんまとしてやられたんだが・・・」


「どうしたの?」


不意に、時田の笑顔が目の前に現れた。

 

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「ねえねえ、ユキさん。 ボクにもゲームしてよ」
「ええ、いいわよ」


時田は、おれを楽しそうに見つめる。

・・・こいつ、サドだな。


「じゃあ、問題ね」
「はい!」
「世界で一番長い川は?」
「川?」
「A アマゾン川 B ガンジス川 C 江戸川」
「もちろん江戸川だよ!」
「ぶー、京介くんは?」


ナイル川だ」
「正解」


「ちょ、ちょっと待ってよ! ABCってなにさ!?」
「ABCから選べなんて言った?」
「あいたー、騙されたー!」


なんにしても江戸川はねえから。


「ところで、京介くん」
「なんだよ、いつもニコニコしてんな、お前は」
「土曜日か日曜日、どっちか空いてない?」


土日って、明日かあさって、ってことじゃねえか・・・。


「ふん、どうせお前にとってはどっちでもいいんだろう?」
「さすがに知ってるわね。
私はどっちも都合がいいのに、あえて相手に選ばせてあげる。
約束を取り付けるときの基本ね」
「仕事じゃ、常識だ。
相手も自分が選んだわけだから、約束を守ろうとする」
「じゃあ、空けてくれるのね?」
「そうは言っていない」


「ボクでよかったら空けておくよ?」
「そう? 水羽とデートだけどいい?」


「は?」


「え?」


おれと栄一は息を呑んだ。


「あの子ね、最近は、ほら、星?」
「星?」
「そう、天体観測が趣味みたいよ」
「で?」
「ロマンチックだと思わない?」
「だから?」
「あさってには、すごい星が大接近するみたいよ?」
「んなてきとーな」
「じゃあ、あさって。 決まりね?」
「いやいや、なにも決まってないから」
「でも、水羽のこと、嫌いじゃないでしょう?」
「・・・まあ、な」


・・・仲良くなりたいと言った手前、下手な嘘はつけんな。


「水羽に興味を持ち始めたのは、たしかよね?」
「そうだな・・・」


話しながら、じっとおれの目を覗くように見つめてくる。


「じゃあ、こうしましょう?」
「なんだ?」
「明日、クラシックの演奏会があるのは知ってる?」
「ああ・・・暇があったら行こうかと思っていたが」
「なら、水羽とクラシックの演奏会に行くのと、星を見るのとどっちがいい?」
「そんなもんは、クラシックの演奏会に決まって・・・」


・・・しまった!

 

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「じゃあ、決まりね」


時田の笑みが深くなる。

いまの二択は、さっきの川の問題と大して変わらん。

二択の答えしかないように思えて、実際はそうじゃない。

白鳥と遊ばない、というおれが一番選びたい答えがあったにもかかわらず、つい・・・。


「いま、やられた、と思っているでしょう?」
「くっ・・・」
「私にはわかるわ。 あなたは潔く負けを認める人。
責任感も強いから、決して自分の発言を取り消したりしない」


そういうレッテルを貼られては、ますますあとにはひけん。


「京介くん、負けず嫌いだからねー」


・・・くそ、クラシックに釣られたか。


「まあ、いいだろう。 明日の演奏会だな?」


たしか、セントラル街の劇場に、さる管弦楽団が来てたな。


「そして、あさっては、いっしょに星を見ましょう?」
「わかったよ。 もうどうにでもなれだ」
「いいわね、水羽」


ふと、おれの後ろに声を飛ばした。

振り返ると白鳥が、仏頂面で立っていた。

 

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「姉さん、勝手すぎるよ」
「なに言ってるの? あなたも納得したじゃない?」
「・・・それは、姉さんが無理やり・・・」


白鳥も時田に言いくるめられたみたいだな。


「別に、いいじゃない? 二人っきりってわけじゃないんだから」
「姉さんも来てくれるのよね?」
「栄一くんもね」


「え? あ、うん。 ボクはもちろんオッケー牧場博多駅前支店だよ」


栄一もにたりと笑みをこぼした。


「(オイオイ、なんかしんねーけど、ユキ様とデートかよ。 コレ、たなぼたってヤツじゃねーの?)」
「(ちょっと待てよ、おれたちの復讐はどうなんだ? なにダブルデート(笑)とかすることになってんだ?)」
「(もういいじゃねえかよ、過去にとらわれるなよ)」
「(この野郎・・・)」

 

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「水羽が演奏会のチケット用意してくれたのよ」
「姉さん!」
「どうやら、京介くんのCDの件、悪いと思ってるみたいよ」


「・・・・・・」


白鳥と目が合う。


「・・・そうなのか?」
「別に・・・」


そっぽを向く白鳥。

・・・なんなんだ、まったく。


「フフフ、すべて、わたしの計画通りね」


時田だけが悦に浸っていた。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 


学園が終わり、久方ぶりに、権三宅に出向いた。

"魔王"が家の前に停まった車に爆弾をしかけてから、およそひと月たった。

いまでは、うるさくつきまとう警察に人間もいない。

 

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「"魔王"はどうした?」


いきなり聞いてきた。


「どうした、と・・・いえ、あれから何も接触はありませんが?」
「宇佐美はどうだ?」
「いえ、なにも・・・普通の学園生活を過ごしていますが」


権三は一度目を閉じた。


桜田門と、それからここの県警にも家畜を飼っているのだがな・・・」
「はい・・・」
「爆破事件は、表向きはヤクザ者の縄張り争いの一環と発表されているが、実際には、"魔王"という存在を追って公安も動き出している。
しかし、"魔王"という犯罪者は、国内、国外ともにリストに該当なしだ」
「左様ですか」
「車を爆破したときに用いられたのは、プラスチック爆弾だ。
出所は、北アイルランドの武器商人。 ブツはロシア経由で日本に渡ってきたらしい」
「まるでテロリストですね、"魔王"は」
「事実、不穏な動きはある」


浅井権三をして、不穏と言わせるような事態がこの世にあるのか?


「ここのところ、ガキどもの誘拐、失踪事件が続いているのは知っているか?」
「・・・いえ、申し訳ありません」
「わかっているだけでも十人。 ただのガキではない。
銀行屋の跡取り、代議士の息子、自衛官の卵。
共通しているのは、親になんらかの社会的権力があり、かつ未成年であるということだ」
「・・・未成年?」


しかし、それが、なんだというのか。


「それから、つい先日、この県警の捜査一課特殊班で、薬物濫用の不祥事があった。
免職になったのはたった一人の刑事だが、背後には大きな内部犯グループがからんでいると見られている。
それを受けて、新しく赴任してきた時田という男がいる」
「時田?」


まさか、時田ユキの父親か。

 

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「人事としては異例だ。
時田はもともと、警視庁の特殊班にいた。
交渉人制度の必要性に迫られてFBIにも留学しに行ったエリートだ。
だが、警察内部の闇を正義感丸出しで突いたものだから、田舎に左遷となった」


そのとき、ふと、権三の目に過去を回想するような不思議な光が宿った。


「・・・お知り合いなのですか?」


権三は、答えなかった。


「実は、いま、うちの学園に、時田ユキと名乗る女が転入してきまして・・・」
「知っている。 ヤツは有能な人間だが、子宝には恵まれなかったからな」


ニタリと哂った。

権三に、人間扱いされるというだけで、時田の父親の優秀さが垣間見える。


「肝は、一度左遷させた男を、復帰させなければならないような事件(ヤマ)が、この街の裏で進みつつあるということだ」
「・・・まったく、僕には想像もつかないですね」
「そうか?」
「え、ええ・・・」


なんだ?

やけに落ち着かない。


「"魔王"は捕まえ次第、八つ裂きにする」
「・・・は、はい」


決して、警察に引き渡すつもりなどないのだろうな。

権三は、それだけ言うと、あとは黙って、酒を飲み始めた。

おれも、用なしと見て退室した。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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・・・しかし、権三は恐ろしいな。

体調を崩した母さんの見舞いに行かせてもらえるよう話を通すつもりだったが、つい、二の足を踏んでしまった。

ひとまず、母さんに電話をしてみよう。

しかし、母さんの携帯には直接つながらず、入院先に連絡をいれることになった。

担当の医師と話をしたところ、容態は悪くはないらしい。

しかし、精神的に不安定な状態が続いているのだという。


「・・・・・・」


明日は、白鳥とクラシックの演奏会か。



・・・。



なにをやっているんだ、おれは・・・?


いや、弱音を吐くな。


あと五年・・・いや、三年以内に、おれは権三のもとから独立してみせる。


そのとき、母さんと一緒に暮らすとしよう。


ひとまず、寝るとするか。


明日は雪になりそうだな・・・。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

 

 

日中、いくらか浅井興行に顔を出して、夕方になるのを待った。

冷え込みを厳しく、雪がちらついている。

 

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「なんか、あの二人遅くね?」


待ち合わせ場所に時間通り来たのは、栄一だけだった。


「まったくだ。 もう十分も過ぎてる」
「しかし、我慢だな。 オレちゃんの忍耐が試されているぜ」
「おれは我慢せんぞ。 まさか遅刻しやがるとは・・・」


イライラしながらたたずんでいると、ようやく姉妹が現れた。

 

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「遅れてごめんなさい」
「お前なあ」
「そうね。 謝るわ。 あなたは、時間にうるさそうだものね」


「おい、白鳥、なんで遅れた?」
「・・・別に」
「ああっ!?」


「フフ、私がわざと遅れて行こうって言ったのよ」
「・・・てめえ、それはまたアレか、詐術だな」
「ごめんなさいね。 相手の時間を消費させることで、その人がどれだけ私たちを大切に考えているかを調べようとしたのよ」
「でたよ・・・時田の罠が」
「まあ、私が悪かったわ。
でも、水羽は終始早く行こうって言ってたわよ」


「い、言ってないわよ・・・!」
「遅れると悪いって、私の袖を引っ張ってたじゃない?」
「そもそも、姉さんが起きないんだもの。 ただ寝坊しただけじゃない?」
「・・・ネタをばらしちゃダメよ、水羽」


・・・ただの寝坊って、いまは夕方じゃねえか。

時田はいつ寝てるんだ?

 

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「ねえねえ、ボクは京介くんと違って、ぜんぜん気にしてないよ!」
「そうよね。 京介くんも、ささいなことは気にしないはずよね?」


「もういい。 とっとと行くぞ」
「行くぞって、開演までまだ一時間もあるわよ?」
「バカ野郎、開場は三十分前だ。
その前に、パンフレットとか読むだろうが! 広告のビラとかチェックするに決まってるだろうが! あわよくば奏者と会えるかもしれないだろうが!」
「あ、うん。 わかったわ」
「いいか、てめえら、絶対物音立てんなよ!? 携帯の電源切ってなかったらマジ八つ裂きにすんぞ?」


「わ、わかったって・・・」
「だいたいよー、ただでさえマナーの悪い客ってのはいるんだよ。 そもそもクラシックは大人の社交場であるからしてよー!」


「浅井くんが一番うるさそうね」

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

 

「どうだった、てめえら!?」


神聖なるコンサートが終了し、おれは三人を見渡した。

 

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「まあ、素敵だったわ」
「ああっ!? オメーちゃんと心で聞いてたんか?」


「うん、ユキさんが素敵だった」
「オメーは寝てただろうが!」


まったく、どいつもこいつも・・・!


白鳥がぼそりと言った。


「一番端のチェロの人、怪我でもしていたのかしら・・・」
「おおっとぉ、こいつは驚いたぜぇ!」
「な、なに?」
「白鳥、いいとこ目ぇつけたな?」
「少し、タイミング合っていないときがあったような気がしたの・・・」
「そうなんだよ。 なんかおかしいんだよ。
おれがレクター博士だったら彼を生かしてはおかない」
「でも、全体的にとても良かったと思うわ。 『くるみ割り人形』なんかはとくに」
「なんだよ、てめえ、ちょっとは話せるじゃねえか」

 

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「ちょ、ちょっと顔近いんだけど?」
「おれも『くるみ割り人形』が一番だったな」
「・・・単にヴァイオリンの音が好きなだけよ」
「おれもヴァイオリンが一番好きだよ。 楽器の女王だと思ってる。
なんで女王かっていうとだな、そもそもヴァイオリンの歴史を振り返らなくてはならないんだが・・・」
「ふうん・・・どういうことなの?」


・・・。


「(なんかいい感じね、あの二人)」
「(そうかなあ? たしかに京介のトークについていけるのはすごいけど・・・)」
「(水羽ね、クラシックに詳しいのよ)」
「(へえ、意外)」
「(京介くんみたいに好きで詳しいわけじゃないわ)」
「(どういうこと?)」
「(部屋に『マンガでわかるクラシック』っていう本があったの。 かわいいじゃない?)」
「(んー?)」

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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「・・・というわけでよ、白鳥。
けっきょく、バッハが最高ってことになるんだが、ここまではいいか?」
「それはわかったけど、食べないの? 冷めるわよ?」


いつの間にか喫茶店に入り、いつの間にか食事を注文していた。


「あれ・・・?」


そして、いつの間にか、白鳥と向かい合わせの席に座っていた。

 

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「お前、なにトマト残してんだ?」
「好きじゃないの」
「ふぅん、かわいらしいねえ」


つーか。


「あれ? 時田と栄一は?」
「とっくに帰ったわよ」
「マジで? おれたちを置いて?」
「あなたが暴走して手に負えなくなったからよ」
「記憶にない」
「そうやって、すぐ忘れるのね」


口を尖らせた。


「お前はなんで帰らなかった?」
「なにその言い方? しょうがなくつきあってあげたのに」
「むぅ。 そうか、すまんな」


おれは、目の前の肉を平らげることにした。



「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」


しばし、無言。

気まずい。


「なにか、話せよ」 「なにか話したら?」


・・・。

 

「・・・む」
「ん・・・」


白鳥と二人でメシを食うなんて、これまで想像もしなかった。


「お前って、何型?」
「O型だけど?」
「ふうん」
「浅井くんは?」
「A」
「ふうん」


・・・なにこれ?


「お菓子が好きって本当か?」
「姉さんから聞いたのね?」
「本当なのか?」
「・・・少し、作るくらいね」
「へえ、もうちょっとでバレンタインだな?」
「・・・・・・」
「なんで黙るんだよ?」
「バレンタインがどうかしたの?」
「いや、手作りチョコとか、かますのかと」
「そんな相手はいないわ」
「あ、そ」
「興味のない話はやめれば?」
「興味がないって?」
「あなたが本当に好きなのは、お金でしょう?」
「じゃあ、いまから円相場について話せばいいのか?」
「どうぞ」


・・・なんだ、コイツ?


「あのよー、お前って、なんでおれが嫌いなんだ?」
「・・・え?」
「まあ、知っての通り、おれは園山組っていう極道の回しもんだけど、別にお前には関係ないじゃねえか?」
「でも、悪いことしてるんでしょう?」
「法律に触れるような真似はしてない」
「それでも・・・」


一度、口を結んで言った。

 

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「人の好意を踏みにじるようなこともしたでしょう?」
「そんな抽象的なこと言われてもな」


善意でうちの勢力圏に入ってくれたクラブが潰れそうになったとき、なにもしなかったことはあるが。


「まあ、いいわ・・・」
「いいのかよ・・・」
「これからは、少し、仲良くしてあげる」
「はあ・・・そいつはどうも」
「姉さんが、もっと人に心を開けって言うからよ?」
「そうかい」
「あなたに好意を持っているわけじゃないのよ?」
「わかってるって」
「わ、わかった?」
「だから、わかったって」
「ならいいのよ・・・」


またそっぽを向いた。


「お前が、そんなにすれてるのは、やっぱり、家庭のストレスとか?」
「なんの話?」
「いや、どうでもいいが、ほら、白鳥理事長の一件」
「さあ」
「正月にちょっと会ったよ。
娘をよろしくって言われたが、どういう人なのかまったくわからなかったな」
「じゃあ、いまから会いに来る?」
「冗談はよせよ。 お前の彼氏とか勘違いされたら死ねるって」
「そうね、父さんは怖いわよ。 この前も週刊誌の人をスタンガンで撃退してたから」
「スタンガンって・・・オヤジ狩りに会うような身分の人でもないだろうに・・・」
「暴漢と間違えたって言いわけしてたわ。 あなたも、暴漢と間違われないようにね」


おっかねえな・・・。


「食事中に変な話してごめんなさい・・・」
「・・・いや、いいけど・・・」


もう時間も遅いし、店を出るとしよう。

 


 

・・・。

 

 

 

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「うわあ、雪・・・」


そのひと言が、あまりに素だったので、ちょっと驚いた。


「なんだよ、雪なんていつも降るじゃねえか」
「・・・そうね」


ばつの悪そうな顔で、おれを一瞥した。


「それじゃ」
「ああ、ちょっと待て。 明日、星を見るとか言ってたが?」
「・・・・・・」


照れくさそうにうつむいた。


「どこに行けばいいんだ?」
「学園に、九時ごろ」
「え? 夜の九時か? なんでまた学園?」
「屋上は空が広いから」
「まあ、山のなか行くよりはいいけどよ」
「じゃあ、浅井くんの部屋にする?」
「おれの部屋には、テラスもあるけど・・・って、なんで知ってんだ?」
「あ、それは・・・姉さんに聞いて・・・」
「時田もおれの部屋に来たことはないが?」
「だから、姉さんが、ハルに聞いて・・・そういうことよ」


・・・まあ、どうでもいいか。


「そんな夜遅くに、学園に入っていいのか?」
「いちおう、ノリコ先生も来てくださるから」
「ノリコ先生?」
「天文部の顧問だから」
「お前、天文部だったの?」
「・・・幽霊部員だけど」


知らんかった。


「じゃあ、制服で来いって話か?」
「そうね」


めんどくせえな。


「器材は持ってるのか? 器材っつーか、望遠鏡?」
「ちゃんと持っていくわ」
「はっきり言って、おれ、星とかぜんぜん興味ないからな」
「教えてあげる」


・・・別に、教えてもらいたくもないんだが、まあいいか。


「じゃあな」
「ええ・・・」


白鳥は、駅に向かって歩いていった。

その背中を見て、おれは・・・。


・・・。


白鳥の背中は、人ごみに紛れ、やがて見えなくなった。

さて、帰るとするかな。


・・・・・・。

 

・・・。

 


部屋に戻り、ひと息ついていると来客があった。

 


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「ふー、寒いすねえ」
「なんか羽織れよ」


ジャージ姿の宇佐美だった。


「で、なんだ、大事な話って?」
「は?」
「いや、大事な話があるから部屋に上げてくれっていわなかったか?」
「浅井さんとの雑談は、わたしにとってかけがえのない大事なお話です」


・・・要するにダベりに来たのか。


「どこか行ってたのか?」
「ええ、アキバに」
秋葉原?」
「あの街では、この格好もコスプレということで認知されました」


本当かよ・・・?


「なに買ってきたんだ?」
「来るべき決戦に備えて、いろいろと」
「はあ?」
「爆薬さえあれば爆弾も作れるくらいなんでもそろえてきました」
「どこを爆破する気だよ」
「もちろん、あなたの心です」
「うまくねえよ、ぜんぜんうまいこと言ってねえ」
「いやあ、浅井さんのツッコミは的確ですねえ」
「感心してんじゃねえよ」
「ともかく、明日は天体観測するらしいじゃないですか?」
「ああ、白鳥から聞いたのか?」
「ええ、まあ。 なにやら楽しみにしているみたいですよ?」
「今日も、クラシックの演奏会に行ってきたんだがな」
「それも聞いてます。 楽しかったっすか?」
「まあ、おれはな」
「なんで自分も誘ってくれなかったんすか?」
「ああ、なんだよ、悪かったな・・・お前も来たかったのか?」
「いえ、ぜんぜん」
「うーん・・・また泳がされちゃったよ、おれ」
「いやいや、浅井さんがいなかったら自分もここまで暴走できませんでした」


なにか、悲しくなってきたな。


「それじゃ、もう宅帰(タクキ)しまーす!」
「・・・・・・」

 

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ツッコンでこいよ、みたいな顔。


「宅帰(タクキ)しまーす!」
「はいはい、宅帰(タクキ)しろよ」
「宅帰(タクキ)して座銀(ザギン)のちゃん姉(チャンネ)と飯食(シーメワークー)しまーす!」
「うるっせえんだよっ!」


蹴飛ばして、玄関に追い払った。


「明日の水羽とのデート、自分も邪魔しに行っていいすか?」
「デートじゃねえし、来たかったら勝手に来い。 九時に学園だ」
「はい」


宇佐美は、ドアを閉じて、去っていった。


「はあ・・・」


どっと疲れた。

宇佐美ってなんなんだ。

やたらおれにつきまとってくるが・・・。

しかし、ヤツがおれに気がないのは、正月にわかったことだ。


「・・・まあ、どうでもいいか」


とっととベッドに寝転がることにした。

少し、いつもの頭痛もする。

そろそろ、秋元氏のところに顔を出すべきだろうな。

前回、なにか無礼を働いたような気がするが覚えていない。

まったく、おれが病気だなんて・・・そんな・・・。


・・・・・・。

 

・・・。

 


―――――

 


・・・。

 

・・・・・・。

 

 

 

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雪はいい。

おれに、怒りを忘れさせないようにしてくれる。

おれは、例によってアシのつかない携帯を駆使し、様々な指示を出していた。

"坊や"たちは続々とおれの下に集まる。

彼らは救いを求めているのだ。

どうすれば、無力な少年のままでいずに済むのか。

いま受けている電話の向こうの、"坊や"もそうだった。


「なるほどわかった。 橋本くんは、つまり、父の無念を晴らしたいわけだな?」


おれは優しく言った。


「聞けば、なかなか見事な犯罪計画だ。
まず、警察の介入を極力避けようとしている点がいい。
なにも映画や小説のように特殊班のネゴシエーターと真っ向から戦う意味はないからな。
しかし、白鳥理事長が、それでもお前の要求を呑まなかったらどうすればいいと思う?」


相手が、言葉を詰まらせるのがわかった。


「フフ・・・決まってる。 人質に死んでもらうしかないだろう?」


白鳥、水羽にな・・・。


「もし、失敗したら、私のもとに来い。 もう一度、力を与えてやろう」


通話を終えて、おれはまた夜の闇にまぎれた。

さて、かわいい坊やが、どれだけの事件を見せてくれるか。

宇佐美がまた、少しでも成長してくれるといいが・・・。

 


・・・・・・。

 

・・・。

 


―――――

 


・・・。

 

・・・・・・。

 


今日の朝方まで降り続いていた雪はようやく止んだ。

翌日の午後八時半。

 

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「で、どこで待ち合わせなんすか?」
「うん、おれもそれを知りたかった」


「ユキさんに連絡してみれば?」
「それが、ぜんぜんつながらなくて」


「まさか、また寝てるのか?」
「ユキは、寝たいと思ったときに寝る癖があって・・・」


社会不適合者め・・・。


「寒いし、ひとまず中に入ろうぜ」
「自分は、ぜんぜん寒くないすけど?」


「ボクも」




おバカと変態を引き連れ、校舎に入った。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 


夜の学園は不気味だ。

 

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「誰もいないね」
「まあ、日曜の夜だからな。 部活も終わってるみたいだ」


「つまり、この広い校舎には我々だけということですか?」


・・・なに興奮してるんだ、こいつ。


「いや、ノリコ先生がいるらしいぜ」
「そういえば、職員室に明かりがともってましたね」
「挨拶しに行くか?」


「・・・いや、いいよ。 やめておこうぜ」


まだ、失恋の痛手から立ち直ってないらしい。


「どうする? まだ九時まで三十分もあるが?」
「ここで部活じゃない?」


「それ、いいっすね」


こいつらのノリがまったくわからん。


「ていうか、宇佐美も部活のこと知ってたんだな?」
「いや、みんな知ってますよ。
浅井さんと栄一さんが、理科準備室でくだらないことしてるって」

 

「まあ、いいか。 鍵、持ってるのか栄一?」
「鍵?」
「理科準備室の鍵だよ」
「ああ、教室の机のなか」
「んな、盗まれそうな場所に置いとくなよ」
「誰が盗むんだよ?」
「まあな・・・」


そのとき、携帯が鳴った。


「ユキです・・・はい、もしもし!」


時田の声が、宇佐美の携帯から漏れ聞こえる。


「ごめん、寝坊したわ」
「もうっ、そんなことだろうと思ったよ」
「だって、水羽が起こしてくれないんだもの。 まったく、私を置いていくなんて薄情だわ」
「きっと愛想をつかされたんだよ」
「水羽、もうそっちに来てる?」
「ううん、まだ」
「校門前で待ち合わせってことになってるけど、いまどこにいる?」
「校舎のなか」
「じゃあ、表で待っていてちょうだい。 一時間もしたら行くわ」
「一時間って・・・早く来てよ。 寒いんだから」
「わかったわよ。 全員分のお弁当買っていくから」


・・・。

電話は終わったようだ。


「聞こえてました?」
「ったく、マイペースな女だな、ホント」
「とりあえず出ましょう。 水羽も来てるかもしれないし」


渋々、校舎を出ることにした。


「どした、栄一?」


きょとんとして、棒立ちになっていた。


「あ、いや、いま、幽霊いなかった?」
「なに嘘ぶっこいてんの?」
「いや、ホント、階段のとこに誰かいたんだよ」

 



「そのお化けは、こんな顔だったかい?」



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「ぎゃー・・・・・・って、バカ!」


宇佐美は、ぱっと見、お化けみたいだからな。


「まあ、見間違いかねえ・・・」


おれたちは、再び外へ。


・・・・・・。

 


校門前に戻ってきたが、白鳥の姿はない。

もう九時になるというのに・・・。

 

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「あれ?」


宇佐美がふと、門のそばに座り込んだ。


「このケースってなんすかね?」
「ケース?」


見れば、長い筒状のケースだった。


「中に望遠鏡とか入ってますけど」
「勝手に開けるなよ」
「すいません、爆弾の可能性を失念していました」
「そういうことじゃなくてだな・・・」
「これって、水羽の天文グッズじゃないすかね?」
「は?」
「いえ、取っ手についてるかわいらしいキーホルダーに、M.Sって・・・」


「サドマゾってこと?」
「正解!」


「はいはい、白鳥のイニシャルな」


とはいえ・・・。


「なんで、ここにそんなもんが置き去りに?」
「トイレにでも行ったんじゃない?」
「いや、それでも、こんな場所に物を置いていかないだろ」


一同、首を傾げる。


「そういや、自分らって水羽の携帯番号とか知らないんすね」
「お前が知らないなら、おれたちにもわかるはずがない」


・・・なにかあったのか。


学園の周りは、あまり人気がない。

市の体育館と陸上競技場が近くにあるだけで、住宅地からはやや離れている。

過去に、変質者がうろついていたこともあったという。


「まさかとは思うが・・・」


再び、宇佐美の携帯が鳴った。


「またユキです・・・はい、もしもし?」


宇佐美の表情が曇る。


「水羽と連絡がつかない?」


おれたちにもわかるよう、会話を復唱しているようだ。


「いや、こっちにも来てないよ。 門の前に、水羽のものらしき望遠鏡があるだけ」


宇佐美は携帯電話を片手に、白鳥のケースが置かれている場所にしゃがみこんだ。


「・・・わかった。 ちょっと探してみる」


電話は終わったようだ。


「なんか、ヤバい予感がするぜ?」
「・・・・・・」
「冬は変態も合法的にコートを着れる時期じゃん」
「・・・・・・」


栄一の心配をよそに、宇佐美はじっとケースと地面を見つめていた。


「ひとまず、校舎のなかを探してみるか?」



「これは・・・」


宇佐美がなにか言いかけた、そのときだった。

 


――っ!!!



「・・・っ!?」


心臓をつかまれる思いだった。


瞬間、宇佐美は動いていた。


悲鳴の沸きあがった校舎に向かって駆ける。



・・・。



「助けてっ!!!」


・・・白鳥か!?


おれも宇佐美のあとを追って走り出す。


「え、お、ど、どういうこと・・・!?」


・・・。

 

「あの窓からです!」


宇佐美が指し示す方向から、悲鳴は上がっていた。


「職員室だな!?」


学園の玄関に飛び込み、土足で階段を駆け上がった。

慌しい足音が廊下の果て、闇の先まで反響している。

宇佐美の素早さは目を見張るものがあった。

階段を三つ四つと飛ばして、あっという間に職員室のある二階までたどり着いた。


「悲鳴が止みました・・・」


しゃべりながらも、まったく息を切らした様子がない。


「まずいです!」


悲鳴が止んだということは、無理やり口を封じられたか、抵抗する気力が失せたということだ。

 

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職員室を目前にして、再び悲鳴があった。


「来ないで!!!」


思わぬ叫びに、足がもつれた。


「来ないで! 来たら殺すって!」


入り口の窓ガラスに、ノリコ先生の恐怖と狼狽にまみれた苦悶の顔がへばりついた。

何者かに脅されているのは明らかだった。

明かりの消え去った職員室のなかに暴漢がいる。

なんらかの目的で、ノリコ先生に危害を加えようとしている。


「やめてっ!」


不意に、鋭い光が走った。


ナイフ。


半狂乱になった女教師の首筋に、黒い手袋をはめた手が迫っていた。


「で、出て・・・って、校舎から、出て・・・」


いまや涙ながらに訴えた。


「浅井さん・・・」


宇佐美は、職員室を見据えながら言った。


「出ましょう・・・」
「しかし・・・・・・!」
「ここは退くしかありません」


やむをえないか・・・。

すぐに警察に・・・。


「時田を呼べ!」


窓の向こうに、目出し帽をかぶった暴漢の姿があった。

ノリコ先生を背後から羽交い締めにしながら、また叫んだ。


「警察は呼ぶな! 呼んだら二人とも殺す! 俺は本気だ!」


この声・・・!


そして、あの長身からして、暴漢はクラスメイトの・・・!


「橋本!?」
「黙れ、浅井! とっとと校舎から出ろ! いますぐにだ!」


「ユキを呼べばいいんですね?」
「そうだ! 時田と話をさせろ! あの女は俺に恥を掻かせやがった!」


ナイフを暴れさせると、興奮しきった様子で職員室のドアを蹴った。


「早く失せろ!!!」


宇佐美がちらとおれを見て言った。



「出ましょう」



おれたちは、橋本の言うとおりにするしかなかった。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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「な、なにが起こってるの!?」
「職員室に暴漢が現れた」
「ええっ!? の、ノリコ先生は?」
「人質にされた」
「白鳥も!?」
「ああ、ヤツは、おれたちが警察を呼んだら、二人とも殺すと言った」


「浅井さん、ユキに再度連絡しました。 大至急こっちに来るようにと」


携帯を下ろした宇佐美に聞いた。


「橋本は、いったい何が目的だと思う?」
「わかりません」


きっぱりと言う。


「ヤツは、職員室に忍び込んでなにかする予定だった」
「・・・なにか?」
「たとえば、理事長の収賄の証拠を物色していたとか」
「・・・・・・」
「橋本は、教頭の息子だ。
自分の親父だけが捕まったことを恨んでいるのでは?」
「それは、動機として考えられます」


「ちょっと待ってよ。 橋本って、バスケ部の橋本か?」
「先日黒板にいたずらした橋本だ。 時田を呼べと言っている」
「なんで?」
「わからんが、逆恨みしているっぽい」


「水羽は、無事でしょうか・・・」


宇佐美が、置き去りにされた白鳥の望遠鏡一式を見やった。


・・・たしかに、白鳥の安否は不安だ。

ここで襲われ、無理やり校舎のなかに連れ込まれたのか。

白鳥を人質にするあたり、やはり橋本の目的は、理事長がらみか?


「だから、幽霊見たって言ったじゃん!」
「ああ、悪かったな・・・」


橋本は顔をすっぽり覆うような黒い目出し帽をかぶって、校舎に潜んでいたんだ。


「警察に連絡するべきか・・・」


悩みどころだった。


「あの様子では、本当にノリコ先生を殺しかねませんが・・・」
「おれもそう思う」
「当然、これは学園生が人質を取って校舎に立て籠もるという、大きな事件です。
我々が素人探偵を気取って解決しようというのはおこがましいともいえます」
「そうか・・・?」


宇佐美は、椿姫の一件以来、自分がしゃしゃり出ることに慎重になっているのか。


「ヤツが時田と話をしたがっているのはなぜだと思う?」
「そこがひっかかるんです」


宇佐美が目を細めた。


「犯人の要求が、たとえば理事長に警察への出頭を求めるものだとしましょう。
だとしたら、たとえ交渉相手が警察でもかまわないはずなんです」


・・・しかし、警察は呼ぶなという。


「時田の到着までひとまず様子を見るのが得策だと思うが、警察に連絡せずにもたもたしているのもどうかと思う」
「・・・・・・」


・・・どうするかな。


警察を呼べば、人質を殺すと言う。

もちろん、ただのはったりかもしれない。

しかし、もし本当に殺されてしまったら?


「ちょ、ちょっとまずいって、オレのノリコ先生が死んじゃうよ!?」


おれに責任が取れるわけがない。


「・・・・・・」


唇を噛みしめて言った。


「時田を待とう・・・ひとまず」

 

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校舎を見上げる。

宇佐美が、おれの顔色をうかがうように言った。


「わたしも、ユキを待つべきだと思いますよ、浅井さん」


穏やかな声音には、おれの不安を自分も負担しようとする優しさを感じた。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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「なるほど、橋本くんは私に恥を掻かされたと言っていたわけね?」


数十分後、時田がタクシーに乗ってやってきた。


「思い当たるふしはあるな?」
「水羽に楽しいことしてくれたから、少し、お灸をすえてあげただけよ」


こんな状況だというのに、時田はいつもの薄い笑顔を崩さない。


「さて、私が来たはいいけれど、なにがお望みなのかしら・・・」
「話をさせろと言っていたが」


校舎のなかで、明かりのついた部屋はない。

職員室も沈黙を保っている。

 

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「あそこって、職員室でしょうか?」


宇佐美が指をさした方向の窓を見た。

室内の暗闇に、一筋の光がうっすらと見えていた。

懐中電灯かなにかの光だろうか。


「いま、あの部屋にいるってことか」
「そうなりますが、職員室ではないですよね」


「あれって、オレたちの部室じゃない?」
「理科準備室か・・・そうだな、間違いなさそうだ」


「職員室から、移動したということですか・・・ふむ・・・」
「なぜだろう?」
「狭い部屋の方が、二人の人質を管理しやすいと思ったのか・・・」
「理科準備室の隣には薬品室もあったな。
そこは窓のない暗室だし、うっかり人質に逃げられる心配もなさそうだが・・・」


時田もうなずいた。


「そうね。 犯人は、なるべく人質を身近に置きたいと思うはずよ。
暗室に閉じ込めておけば自由も奪うことができる」


宇佐美が確認を取るように言った。


「ひとまず、あの窓に向かって、手を振ってみましょう」
「大声を張り上げるのはまずいわね」
「うん、近所の人に聞こえてしまうかもしれない」


「通報されるわけにもいかないからな」


周辺は公共施設ばかりで、民家はあまりないが、用心したほうがいいだろう。


「通報といえば、学園の警備会社の方が異変に気づくという可能性は?」
「いや、警備員が直接巡回しにくるわけじゃないからな。
セキュリティもノリコ先生が解除しているだろうし。
教員が遅くまで残業しているようにしか見えないんじゃないか?」
「それでも、あまりに夜遅くなれば、おかしいということになるでしょうね」


「なるほどね。 犯人にはタイムリミットがあると考えるべきね」


感心したようにつぶやきながら、時田が窓に向かって手を振った。

 

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「・・・・・・」


しかし、理科準備室からはなんの反応もなかった。


「おかしいわね。 向こうからはこちらが見えているはずよ」
「うん・・・外のほうが明るいんだからな」


「です、ね・・・」


しばし途方に暮れるしかなかった。


「・・・マジかよ・・・オレ、突貫しちゃうよ・・・?」


あながち冗談でもなさそうだった。

 

「ん・・・?」


電子音の鳴った方を見やると、時田が携帯をつかんでいた。


「・・・犯人から?」
「おそらくね。 橋本くんには番号を教えていないはずだけど」


「白鳥から聞き出したんだろう」
「そうなるわね」


時田は携帯を耳に当てた。


「もしもし、橋本くん・・・?
そうね、遅れてごめんなさい・・・ええ・・・水羽は無事なの?」


ときおり、橋本の罵声が漏れ聞こえた。


「ええ、それはありがとう・・・」


時田はあくまで穏やかに、深々とうなずいていた。

何度かやりとりを繰り返したあと、時田は話を打ち切るように言った。


「ひとまずわかったわ」
「『また連絡する! 逃げるなよ!』」


ひときわ大きい声が時田の携帯から溢れ出て、通話は終わった。


「どういうことだ?」


時田は目を伏せた。


「とりあえず私に文句を言ってきたという感じね」


首を振った。


「校舎に入るな、警察には連絡するな。 その二点を押していたわ」
「橋本の目的は?」
「それも、これからだわ」


小さく笑った。


「思い出すわね、ハル」
「うん」


「どうした?」
「前の学園でも、警察沙汰になるような事件がありましてね。
一人の女子が、カレシにふられたとかいう理由で、そのカレシを人質に立て籠もったんですよ。
先生方がいくら説得してもダメで、もう警察を呼ぼうってなったとき、ユキが交渉役を買って出たんです」


「それで、あっさり解決したんだな」
「あっさりじゃないわよ。 危うく殺されそうになったわ」


「たしかに・・・」
「なぜだ?」

 

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「そのカレシくん、迷惑千万なことに私のことが好きになったらしいのよ」
「そりゃ、修羅場だな。 その女の子にとっては、お前は恋敵だったわけだ」


しかし、そんな不利な条件のなか、相手を説得できるとは・・・。


「話を戻しましょう。 橋本くんがもう一度接触してくる前に、京介くんに頼みがあるの」
「頼み?」


嫌な予感。


「できるだけ人を集めて、この学園を封鎖して欲しいの」
「おいおい、まさか・・・」
「ええ、なるべくそっちの筋の方がいいわ」


・・・園山組のヤクザ連中に来てもらおうってのか!?


「犯人を逃げられないようにする必要はあると思います」
「宇佐美まで・・・」
「学園の出入り口をすべて抑えるには、人手がたりませんから」


たしかに、玄関だけでなく、一階の教室の窓からでも自由に逃げられるからな。


「ちょっとそれっぽいこと言わせてもらうとね、事件発生から三十分くらいは、"怒りの段階"と呼ばれる、最も危険な状況なの」
「・・・なんだそれは?」
「犯人も人質も興奮状態にあって、誰にも手がつけられない状態のこと。
犯人が人質を完全にコントロールするために、暴力を振るったり、近寄った警官を問答無用で射殺したりする」
「やばい状況なのはわかっているが、どうすればいいんだ?」
「この段階では、犯人への包囲網をいかに築き上げるかが交渉の決め手となるとされているわ」
「だが、それは、犯人を刺激することにならないか?」
「なるわね。 集まってきたのが怖い人たちなら、なおさらね」
「だったら、なぜ? いたずらに橋本を怒らせるような真似はやめろよ。
これから交渉ごとをやろうってんだろう?」


その瞬間、時田がおれを見据えた。


「これから交渉ごとが始まるからこそ、敵を威圧する必要があるのよ」


珍しく、時田の目に怒りが見えた。

おそらく、自分の妹が危険にさらされたという怒り。


「話した感じ、橋本くんは相当追い込まれていたわ。
いまにも水羽を殺しそうな勢いだった。
そんな凶悪犯に、本当におしゃべり一つで立ち向かうことができると思う?」


おれは黙るしかなかった。


「たとえば警察の交渉人と呼ばれる人たちが、どうして頭のおかしな犯罪者と対等以上に渡り合えるかわかる?」
「それは・・・そういう交渉術の特殊訓練を受けているからだろう・・・」


時田は、もちろんそうだとうなずいたが、直後に口を尖らせた。


「大前提として、交渉人の後ろに特殊急襲部隊が控えているからよ。
警察側に強行突入っていうジョーカーがあるからこそ、犯人も人質を殺すっていうジョーカーを出し渋るの」


・・・それは、たしかにその通りだ。


「でも、いまの状況はどう?
犯人は、いまでこそ理科準備室に立て籠もっているけれど、いつでも人質を殺して逃げることができるのよ? これで、まともな話し合いになると思う?」
「わかった。 抑止力が必要なんだな」
「言葉は武器だと思うわ。
けれど、しょせんは暴力のバックアップがあってこその武器なのよ」


どこか哀しそうに言った。

もはや、おれに選択の余地はなく、携帯をいじって権三に連絡を取ることにした。


「・・・長い夜になりそうだな」

 

 

・・・。