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G線上の魔王【23】

 

・・・。

 

両側にカシやシイの並木を配した参道のような道をしばらく歩くと、そこは一面の雪景色だった。


富万別市の東区、小高い丘に幼い水羽とユキの憩いの場があった。


 

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「お姉ちゃん、この子になんて名前つけるー?」



二時間ばかりかけて、子供の背の高さくらいの雪だるまを完成させた。



「水羽が名前つけなさいよ。 あなたがほとんど作ったんだから」
「んーん、お姉ちゃんにつけて欲しいの」



両親の前ではぶすっとしている水羽も、ユキのそばでは屈託のない笑顔を見せた。


「じゃあ・・・」


腕を組みながらユキは言った。


「雪太郎は?」
「うん、雪太郎かー、かわいいなー」
「やっぱり、違うのがいい」
「なににするの?」
「水羽の好きな男の子の名前にしたい」
「そんなのやだよー、恥ずかしいよー」


冷たい雪が、ふんわりと姉妹の肩に降り積もっていた。

足のつま先にじんわりと溶けた雪が染み込んでくる。

雪と同じようにやまない、水羽の笑い声。

懐かしく幸福な記憶。

二人は、暗くなるまで、いつもじゃれあって遊んでいた。

家には帰りたくなかった。

水羽の母と、ユキの母。

二人のお母さんがいる異様な家庭が、姉妹の帰る先だった。

どういった経緯で同居することになったのか、物心つくまで、ユキは詳しくは知らなかった。

ただ、ユキの母は、白鳥の家にとって必要な存在ではあったようだ。

父の会社の秘書として、てきぱきと指示を出していた母の姿を、ユキは覚えている。


「水羽ねー、お姉ちゃんと結婚するんだー」


甘ったるい声が耳についた。

不快ではなかった。


「ほーりつでねー、姉妹は結婚できないんだってー。
でも、水羽とお姉ちゃんは、ちがくて。 うん、とにかく結婚できるんだよー」
「そうね、私が男だったら良かったわね」


かわいらしい妹だった。

まぶたに落ちた雪が、あどけない笑みに涙のようにきらめいている。


「お姉ちゃん、水羽のこと好き?」
「ええ、もちろん」
「えへへ、水羽も大好きっ」


そのうちに、水羽がとことこと歩き、地面に溢れた雪をかき集めだした。


「どうしたの?」
「えへへ」


水羽はいたずらっ子の表情で、雪の球を手に握った。


「ちょっと、まさか私にぶつけようっていうの?」
「そんなことしないよー。 これは、雪太郎のご飯だよ」
「ご飯って・・・」


優しい、女の子だった。

どこか冷めて大人びたユキには、せっせとおむすびらしき雪球を作る水羽がまぶしく見えた。


「ねえねえ、おむすびのなかになに入れたらいい? やっぱりウメボシかなー?」
「ウメボシなんてないでしょ」
「じゃあ、なに入れるー?」
「言葉を込めてあげなさい」
「言葉?」
「そう。 言葉はとっても強いの」
「つおいの?」
「ペンは剣よりも強しっていうくらいだから、絶対よ。
千の銃剣よりも三つの敵意ある新聞のほうが怖いともいうし」
「お姉ちゃんは、物知りだからなー」


小さな首を、何度も振ってうなずいていた。

子犬のようにつきまとってくる妹が愛しくて仕方がなかった。


「ウメボシを入れても、しばらくしたらなくなっちゃうでしょう?」
「うん、ウメボシも死んじゃう」
「でも、言葉は決してなくならないわ。 私たちが覚えている限り」
「おおー、そっかー」
「たとえ雪太郎が溶けちゃっても、私たちが残した言葉は永遠になくならないでしょ?」
「なるほどー、言葉って、とっても強いんだねー」
「水羽も、なにかあったら、まず話すのよ。 どれだけ怖い人でも、話せばわかってくれるから」
「パパとママも?」


ユキはにっと笑った。

幼いユキはまだ純粋で、言葉の影に追従する暴力の重要性を知らなかった。


「もちろんよ。 さあ、雪太郎にご飯をあげましょう?」
「うん、もう言葉は決まってるんだー」
「なあに、教えて?」


妹は、うきうきして言った。


「みずははいつでも、ねえさんの味方だよって」


ユキもたまらず、顔から笑みがこぼれた。


「ちょっとちょっと、そんな言葉を雪だるまに食べさせないでよ」


笑い声が、冬空に広がった。

陽はだんだんと沈んでいくが、姉妹はいつまでも晴れがましい。

やがて来る別れの面影など、これっぽっちもなかった。


・・・・・・。

 

・・・。

 


 

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深夜三時。


時田たちは港付近で消息を絶ったという報告を受けた。

夜の波止場に到着したところで、宇佐美から着信があった。


「浅井さん、いまどちらです?」
「港の近くだ」
「なるほど。 ユキはおそらく、どこかの倉庫のなかにいます」
「なぜだ?」
「つい先ほど、わたしの携帯に画像つきでメールが届きました」
「どんな画像だ?」
「水羽です。 手を後ろにしばられていました」


人質ってわけか。


「・・・で、メールの内容は?」
「理事長を連れて、いま浅井さんがいる倉庫付近にまで来いと」
「来なければ?」
「おわかりでしょう?」


白鳥を殺す、っていうのか・・・?


「とにかく、急いでそちらにうかがいます。 理事長も写真を見て承知してくださいました」
「わかった。 おれたちは時田のいる倉庫を探し出して、囲んでおくとする」


・・・時田も、なにをたくらんでいるんだ?

まさか、白鳥を殺すつもりはないだろう。

狙いは、あくまで理事長だろうか。


・・・・・・。

 

・・・。

 


―――――

 


・・・。

 

・・・・・・。

 

 

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「フフ・・・いっぱい集まってきたみたいね」


倉庫の外から慌しく複数の足音が聞こえてきた。

倉庫内から明かりは漏れているから、居場所は簡単に見つかったことだろう。

ややあって、シャッターを蹴りつける音や、怒鳴り声が聞こえてきた。


倉庫の出入り口の鉄扉は固く閉ざされている。

相手はただの街のチンピラどもだ。

強行突入のための破砕具など持ち合わせているわけもない。


「姉さん、どうするの?」
「なあに?」
「もう、逃げられないわよ?」
「そうかしらね?」


さもおかしそうに肩をすくめた。


「逃げ切ってみせるわ」
「・・・どうやって?」
「正面から堂々とよ」
「そんなことが・・・」
「できるのよ、言葉は力だって教えたでしょう?」


水羽は思い知った顔になって、唇を噛んだ。

それを上から見下ろしながら、ユキは交渉の段取りを決めていった。


簡単なことだ。

相手は素人の集まり。

理事長も体面を気にして、すぐには警察を呼ばないだろう。

ハルにしても、まだまだ会話ではユキに及ばない。


問題は、最後の決意だった。

ユキの父、時田彰浩への謝罪。

彼は心優しき父親だった。

娘が罪を犯せば父の出処進退にも関わるだろう。

せめて一言、別れの言葉を告げたかったが、それもかなわないか・・・。


「姉さん、お願い。 考え直して?」


ユキの迷いを見透かしたように言った。

その媚びるような顔が、薄汚い実父と重なって、ユキの心は憎悪に燃え上がった。


「賽は投げられたのよ、水羽」


・・・・・・。

 

・・・。

 


―――――



・・・。




・・・・・・。





約一時間後、宇佐美が白鳥理事長を連れて現れた。

潮風に宇佐美のうすら長い髪が揺れている。

 

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「宇佐美、あれだ、あの倉庫だ。
窓からうっすらと明かりが漏れているだろう?」
「間違いなさそうですね。 どうやって入ったんでしょうか?」


宇佐美の疑問はもっともだが、答えようがなかった。


「いったい、今度はなんだっていうのかね?」


憔悴しきった表情で、白鳥理事長がおれに食いかかってきた。


「真犯人は、ユキだって?
あの娘の母親はうちの会社の金を横領したんだぞ?
本来なら警察に突き出してやるところを、追放するだけで許してやったんだ」


感謝こそされ、うらまれる筋合いはないと、息をまいていた。


「まったく、犯罪者の娘も犯罪者か」
「・・・・・・」


風が強くて理事長も助かったことだろう。

長い前髪の奥でかいまみえた宇佐美の理事長を見る目つきには、浅井権三のそれに近いものすら感じた。


おれは言った。


「なるほど、理事長。 横領すらも警察沙汰にしなかったのですから、今回もなるべく穏便にことを進めたほうがいいんですよね?」
「ああ、君だってそうだろう?」
「ええ、まったく」


内々に事を収めることができれば、時田にも未来はあるだろう。


「・・・・・・」


いや、時田の未来なんてどうでもいいが、ヤツはそれなりに優秀だ。

手なづけておけば、きっと、おれの将来に役立つだろう。


「ユキに連絡します」
「ああ、例の機械でおれにも時田の声が聞こえるようにしてくれ」


宇佐美はさっそく携帯を持ち出して、準備に入った。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 


―――――

 


・・・。

 

・・・・・・。

 

 

着信があった。

 

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「遅かったわね、ハル」
「ユキ、そこにいるんだな?」
「ええ、今度こそ、ちゃんと倉庫のなかにいるわ。
小細工はなしよ、ハル。 理事長は連れてきたんでしょうね?」


そこで、お目当ての男の声が割って入ってきた。


「おい、ユキ。 貴様、いったい自分が誰を相手にしているのかわかっているんだろうな?」
「愛人がいないとなにもできない、甲斐性なしの男でしょう?」
「な、なんだと・・・!?」


真っ赤になった顔が目に浮かぶ。

ユキは挑発しながらも、本当に倉庫の外に理事長がいるのかを耳で疑った。

潮風のうなるような轟音が響いている。

まず、そこにいると考えていいだろう。


「ユキ、望みはなんだ?」
「フフ・・・ハル、立て籠もり犯にいきなり要求を聞いてはいけないわ」
「まずは、仲良くなってからって言いたいのか?」
「そう。 いまの私は、あなたの知らない人なのよ」
「馬鹿を言うな。 ユキはユキだろう。 水羽もきっと悲しんでる。
わたしもそうだ。 いまだに信じられない」


感情にたかぶった声を、ユキはあざ笑ってやった。

そうしないと、罪悪感が押し寄せてくるから。


「まるでコントね、ハル。
『お前たちは完全に包囲されてる、ほら、田舎のお母さんも泣いているぞ』って?」
「ユキ・・・!」
「少し黙ってよ、ハル。
あまり感情をぶつけてくると、犯人が興奮して取り返しのつかないことになるわよ?」


冷たく言いながら、縛られた水羽を見下ろした。


「私の要求を言うわ、ハル」


ユキはいきなり切り出した。


「いまから一時間以内に、車を一台用意すること」
「それだけじゃないんだろう?」
「さすがにわかる?」
「逃げるだけなら、わざわざ理事長を呼んだりしない」
「話が早くて助かるわ」
「・・・理事長を車に乗せて、どこに行こうっていうんだ?」
「さあ。 少なくとも理事長にとって楽しいドライブではなさそうね」


ハルが、息を詰まらせるのがわかった。


「わかった? 質問はない?
これから先、車が届くまでいっさいの交渉は打ち切るわ」


交渉人は、なんとかして犯人の反応を得ようとする。

相手がまったくの無反応ならば、さすがに打つ手がないからだ。

ユキはそれを知って、ハルとの必要以上の接触を避ける算段だった。


「待て、ユキ。 要求を呑まなかったら、どうするつもりだ?」
「あら、なんのための人質だと思ってるの? 水羽は置物じゃないのよ?」
「嘘はよすんだ。 ユキにそんな真似はできない」
「なに、勝手に決めつけてるのよ、ハル」


ユキは平静さを装って、内心で怒りを爆発させていた。


「あなたが私のなにを知っているっていうの?
逆に聞くけど、ハルだって、私に"魔王"のことは教えなかったじゃない?」
「・・・・・・」
「いい? 誰にだって深い闇があるのよ。 親にも友達にも相談できないようなストレスを抱えているの。 あなただってそうでしょう?
だから、友達だから、とかそういう甘ったるい考えはやめてもらえる?」


その瞬間、ハルの声質が変わった。


「"魔王"のことは教えなかった、だと・・・?」


ユキは、つい、自分が"魔王"とつながっていることをしゃべっていた。

しかし、そんなことはどうでもいい。

ハルがなぜ"魔王"を追っているのか、それこそ本人にしかわからない深い闇だ。


「私は"魔王"を知っているわ。 ええ、宿を借りたことすらある仲よ。
彼は歪んでいるけれど、信念を持った男だわ。 あなたと同じようにね」


挑戦状をたたきつけたつもりだった。


「わかったよ、ユキ」


ひしひしと緊張が募る。


「お前が"魔王"と関わっているのであれば、そして"魔王"を肯定するのであれば、わたしも容赦はしない」
「へえ、怖いわね・・・」


事実、ユキの笑みは引きつっていた。


「とにかく、一時間以内よ。
遅れたら勇者の大切な仲間が傷つくことになるから、急いでね」
「いいだろう」


短く言って、ハルのほうから通話を切ってきた。


「姉さん・・・」


妹は不安そうに、けれど、それでもユキを心配するような顔で見上げてきた。


ハルは怒りを覗かせた。

交渉人の緊張が高まれば犯人の感情もたかぶる。


「自分の心配をしたら、水羽。 いまの私の話を聞いていたでしょう。
私があなたを傷つけないだなんて、甘ったるく決めつけないで」


水羽の目に恐怖が宿り、ユキはようやく満足した。


・・・・・・。

 

・・・。

 


―――――

 


・・・。

 

・・・・・・。

 

 

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「時田のヤツ、本気なのか?」


通話を終えてなお、その場で微動だにしない宇佐美に聞いた。


「昔、ユキは、お母さんと二人でひっそりと暮らしていたときのことを、面白おかしく話してくれました」
「・・・・・・」
「頼れる親戚もなく、北陸の小村にある町工場で住み込みで働いていたそうです。
お金がなくて、着るものにも困る有様でしたが、いつでもお母さんが助けてくれました」


・・・どこかで聞いた話だな。


「あるとき、村にダムを誘致するしないで、村中が賛成派と反対派に別れ、もめたことがありました。
ユキのお母さんは、建設会社に勤めていた経験から、工事の必要性を感じ賛成派に回ったそうです。
しかし、結果的に、ダムの建設は中止になりました。
すると、賛成に票を投じていた人たちはどうなったと思います?」
「ああ、わかったわかった。 そういう話は苦手だ」


おれは、うんざりして首を振った。

似たような経験は、おれにもある。


「小さい村ってのは、家と家とのつながりがなにより大事だ。
時田は親子ともども、村八分にされたってところか?」
「ええ、ユキたち親子の住む家も家事で全焼したそうですよ」
「おいおい、それは、いくらなんでもやりすぎだろ」
「いいえ、ユキは放火だと言っていました」


裁判に訴えたところで、問題の根本的な解決にはならない。


「が、そこにいらっしゃる理事長の話が本当なら、それも自業自得ってもんだ。
会社の金を横領して家を追い出された結果だろう?」

「ユキの話では、横領の事実はなかったそうです。
それについては、とても信憑性のある話を聞きました」
「そんなもん、真実はわからんだろうが」
「それでも、ユキに非はありません」
「なんにしてもだ、宇佐美。 てめえがなにも悪くなくたって、不幸は襲ってくるもんだ。
そんなもん、ずっと根に持っててもしょうがねえだろうが」
「・・・・・・」
「・・・・・・」


・・・なにを言い争っているんだ、おれたちは?


「目の前の現実に目をむけよう」
「・・・はい」


おれたちは身を寄せ合って、小声で話しあった。


「時田は車を一台要求してきた。
理事長を人質に、さらなる逃亡をはかる予定だ。 目的は理事長の殺害にある」
「まさしくその通りですね」
「じゃあ、どうする? 要求どおり、車を用意するか?」
「・・・ひとまずは」


なにやら考えるように黙り込んだ。


「わかった。 一時間もかからん・・・」


おれは車の手配を進めた。


・・・・・・。

 

・・・。

 


―――――

 


・・・。

 

・・・・・・。

 

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「ねえ、水羽」


ユキは退屈を弄ぶように髪をかきわけながら言った。


「けっきょく、京介くんにはあのことは伝えられたの?」
「・・・いま、そんなことはどうだっていいじゃない」
「いまが最後のチャンスになるかもしれないっていうのに?」


水羽をまじまじと見つめた。

毅然としているようで、いまだに身に降りかかった不幸を信じられないという顔をしている。


「そのマフラー、暖かい?」


水羽は、こくりとうなずいた。


「いつあげたのか、覚えてる?」
「・・・私が、かぜをひいたとき・・・」
「うれしかった?」
「うん・・・」


うっすらと目を細める。

昔を懐かしむように。


甘い女の子だ。


不意に聞いてやった。


「どうして、便りの一つもくれなかったの?」
「・・・それは、だから・・・どこに住んでるのかも知らなかったから」
「探してくれてもよかったじゃない?」
「・・・ごめんなさい」
「私の母さんが肺炎で倒れたとき、マフラーのことを思い出したわ」


ふと、水羽がしゃくり上げるような声を出した。


「・・・私にあげなければよかったって、こと?」


目に悲しみをみなぎらせた水羽を、ユキはあざ笑った。


「だって、あなたは、私を探さないで、父親のもとでぬくぬくしていたんでしょう?」
「・・・そんなつもりは」
「今回だってそうじゃない。 水羽は私の誘いを断った。
あなたさえ協力してくれれば、もっと楽に理事長を脅迫できたのよ。
つまりあなたは、私より、父親を選んだってこと」
「姉さん、もうやめてよ・・・こんなの姉さんらしくないよ・・・」
「水羽こそ情に訴えるのはやめてよ。 私はもう、あなたと雪だるまを作ってたころの私じゃないのよ?」


水羽は目を伏せ、言った。


「・・・そんなに、父さんが憎いの?」
「当たり前でしょう」


ユキは目を見開いた。


「いっときの感情に身を任せて復讐しているわけじゃないの。
あいつに対する恨みと憎しみは、時がたつにつれて消えるどころか、どんどん強くなっていったわ」
「でも・・・姉さんたちが、家を出て行ったのには、理由が・・・」
「横領の話? 私の母さんがそんなことするはずないでしょう。
それは、あなたの父親の内部工作よ。 平たく言えば、愛人に手切れを言い渡したかっただけ。 証拠を見せましょうか。 私はちゃんと調べたのよ」


一年前、それも"魔王"の力を借りて。

思えば悪魔を頼った時点から、復讐の車輪は回りだしていたのかもしれない。


「家を追い出された当時、母さんが病気がちだったのは覚えてる?」


水羽の返答はなかった。

幼かった水羽は覚えていないようだが、ユキはいまでも思い出す。

血の混じった咳をして、ユキになんでもないと笑って見せた母の顔を。

そんな人間を、よくぞ冬の寒空に放り出してくれたものだ。


「そりゃあ、わかってるわよ。 愛人だもの。 いつかは切られる運命にあったんでしょうね。
でも、不倫にも筋ってものがあるでしょう。 なにも露頭に迷わせなくてもいいじゃない?」


ユキは、母の無念と苦痛を水羽に訴えても仕方がないとわかっていながら、どうにもならなかった。


「あいつが母さんを殺したも同然なの、それはわかってよ水羽・・・!」
「・・・なにも、こんなことしなくても・・・」


ユキは観念した。

妹とはいえ、しょせんは他人。

わかってもらえるはずがなかった。

実際、多くの犯罪者と対面してきたユキも、彼や彼女の生い立ちや、犯罪にいたるまでの過程を、どこか他人事のような冷めた顔で聞いていたものだ。


ユキはいまや寛容に言った。


「復讐が問題の解決にならないことは知っているわ。
でもね、救いにはなるのよ。 復讐こそが唯一の救いだと思い込んでしまったら、もうあとには引けないわ」


直後、着信があった。


ユキはひと息ついて、応答した。


「早かったわね、ハル」
「望みどおり、車は用意した」
「上出来ね。 すぐ出られるようにエンジンはかけっぱなしにしておいてちょうだい」
「本当に逃げられると思っているのか?」
「カーチェイスをするつもりはないわよ。 ぜったいに追ってこないでね。
追手の影でも見えれば、その場で海にでも突っ込むわよ」
「正気じゃないな・・・」
「正気でこんなことができると思う?」
「たとえ、わたしたちを振り切ったとしてもだ。 警察がユキを追うぞ」
「でしょうね。 今度こそ、警察を頼らない理由がないもの」
「一生逃げるつもりか? 今日捕まるか、明日捕まるかっておびえながら毎日暮らすのか?」
「あらあら、容赦はしないとか言っておきながら、まだ説得しようっていうの? 甘いんじゃないの?」


しかし、ハルは挑発には乗らず、ユキにとって一番痛いところをついてきた。


「ユキを追うのは、ユキのお父さんだぞ」
「そんなはずないじゃない」


冷たく言った。


「娘が罪を犯したら、捜査から外されるわ。 父さんもまた田舎に逆戻りよ」
「よくわかってるじゃないか。 もう一度言う。 いまなら、まだ『こと』は公にはならない。
まだやり直せる。 いますぐそこから出てくるんだ」
「投降したとして、"魔王"の仲間であるわたしはどうなるの?
あなたや、京介くんのお仲間さんたちに暴行されるんじゃないの?」
「そんなことは・・・ない」


語尾を濁すような言い方に、ハルの戸惑いが確認できた。

ハルはともかく、"魔王"を血眼になって探している園山組のヤクザたちは、ユキを捕まえれば、徹底的に絞り上げるだろう。


「話はこれまでよ。 次の要求を言うわ」


ちらりと水羽を見た。

妹はすでに言葉を失ったように、絶望に暮れているだけだった。


・・・・・・。

 

・・・。

 


―――――

 


・・・。

 

・・・・・・。

 

 

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スピーカーから時田の要求が聞こえてきた。


「そこの理事長に質問があるの」
「・・・なんだ、なにが聞きたい?」
「重要なことよ。 正直に答えてね」


前置きして、続けた。


「私と母さんが北陸の小さな村に住んでいたとき、うちの家に火を放った男を知らないかしら?」
「・・・な、なにを言っているのかわからん」
「いいえ、知っているはずよ。 あれはあなたの指示?」
「知らんものは知らん」
「本当の目的は、母さんが持っていたあなたの裏帳簿よね?
おかげでなにもかも燃えちゃったわ。 良かったわね」


理事長は狼狽しながらも、しきりに首を振った。


「あのときは、村の人もわたしたちに冷たかったから、ろくに調べもしなかったわ。
家がなくなったおかげで、母さんの病状も悪化した。 この意味がわかる?」


時田の母親の死期を早めた人間がいるようだな・・・。


「教えなさい。 あなたの手の者だっていうのは、わかっているのよ?」
「ひ、火を放てなどと、命じてはいない・・・」
「盗みに入れって命じたんでしょう。
でも見つからなくて、めんどくさいから火をつけた。 こんなところかしら?」
「違う。 あれは、お前たちを心配して・・・そうだ、片倉くんにはお前たち親子の近況を聞きに行けと・・・」
「片倉っていうのね。 あなたの会社の社員? たいそう出世したんじゃない?」
「・・・取締役の一人だ。 それがどうした?」
「決まってるじゃない。 片倉もここに呼びなさい。
共犯のなかなんだから、身近に置いているんでしょう?」
「馬鹿を言うな。 放火の証拠なんてないだろう?
それに、いま何時だと思っているんだ? 無関係な人間を巻き込むな」
「無関係かどうかは、私が決めるの。
わからない? ここは私が法廷なのよ?」


背すじが寒くなるような、冷たい声だった。


・・・。



「理事長、ひとまず要求を呑むしかないでしょう」
「しかし・・・」
「まあ、いざとなったら、父に頼んでいろいろと揉み消して差し上げますので」


でたらめをしゃべったが、効果はあった。


「やむを得んな・・・」


渋々とうなずいた。


「部下への連絡が終わったら、なかに入ってきてもらえる?」
「・・・なぜだ?」
「いやなの?」


時田の声は怒気を含んでいた。


「あなたが来れば水羽を解放してあげるわ」


理事長の顔には汗が滴っていた。


「実の娘の命がかかってるのよ? あなたみたいな鬼畜でも、さすがに水羽は見捨てられないでしょう?」
「ま、待て、私になにをする気だ?」
「それは来てのお楽しみよ。 さあ、早くして」
「くっ・・・!」


彼は救いを求めるように、おれを見た。


「どうなさいます?」


おれに強制する権利はない。


「・・・っ・・・」


瞬きを何度か繰り返し、握りこぶしを作った。


「・・・わ、わかった・・・」

 

 

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「待ってください」


宇佐美が携帯電話を片手に、理事長の肩をつかんだ。


「危険すぎます」
「・・・しかし・・・」


「ハル・・・なんのつもり?」


直後、宇佐美は確信を持った様子で言い切った。


「ユキ、お前に水羽を傷つけられるはずがない」
「へえ・・・」
「これはつまり、人質が人質としての意味を成さないということだ」
「ふうん、そう思ってるんだ」
「だからこそ、理事長をそちらに行かせるわけにはいかない」


白鳥は殺せないが、理事長は殺せる・・・そういうことか。

理事長を人質に取られたら、今度こそ時田は容赦ない要求を突きつけてくる。


「なるほど、さすがはハルね。 私の思惑をあっさりと見破ってくれる」
「・・・・・・」
「でも、誤解をしているようだから、ちょっと教えてあげるわ」
「なに・・・?」


瞬間、ぱちんと皮膚を弾くような音が走った。

同時に、


「きゃあっ!!!」


白鳥の悲鳴があった。


「聞こえたかしら・・・?」


「・・・っ・・・うぅ・・・」


酷薄な時田と、悲嘆にあえぐ白鳥。


「・・・ユキ・・・」


眉間にしわを刻み、宇佐美は言った。


「いまのは、なんだ?」
「頬を殴ったの。
ちょうどいま、倉庫のなかで古びた釘を見つけたわ。 次は、これを使おうかしら」
「やめるんだ」
「私の言うことをおとなしく聞いてくれれば、やめてあげる」


耐えかねたように、前に飛び出す人影があった。


「わかった! いま行くから、娘を解放してくれ!」
「フフ・・・いいパパじゃない。
その優しさを少しは私にも分けて欲しかったものだわ」


おれは努めて冷静に言った。


「おい、時田。 理事長を引き渡せば白鳥を解放してくれるというのは本当なんだろうな?」
「もちろんよ。 信じて」


「信ずるに足りるものが見当たらなくてな」
「さすがは京介くんね。 初めて会ったときから、あなたと私は似た者同士だと思っていたわ」
「合理的なところが?」
「いいえ、心に複雑な闇を抱えているという意味で」
「戯言はいい。
もし、白鳥を返さなかった場合、おれたちは倉庫の中に乗り込むぞ」
「強行突入ってこと?」
「ここに屈強な男が何人いると思ってるんだ?
カギをぶっ壊してでも、なかに入ってやる。 そうなったらお前はおしまいだ」
「でしょうね・・・そういうところ、ますます気に入ったわ」
「ふざけていられるのもいまのうちだ」


実際のところ、倉庫内への侵入口はあたりをつけていた。

倉庫の外壁に窓がついている。

窓の高さは地面から五メートルほどだが肩車でもすれば簡単によじ登れるだろう。

しかし、それは、最後の手段だろうな。


「どう、京介くん、私と組まない?
私はそれなりに役に立つと思うのだけれど?」
「そうだな。 それもいいな。
具体的な話は、ひとまずお前がそこを出てきてからだな」
「そうね、じゃあ、理事長を引き渡してちょうだい」


「・・・っ」


「だめです」


倉庫の入り口に向かった理事長を、宇佐美は再び止めに入った。


「離してくれ。 もう私が行くしかないんだ」
「いけません。 犯人は、あなたを殺害するつもりなんですよ?」
「・・・・・・」


宇佐美がついに、時田のことを犯人と言った。

それは、友人であることの私情を排除するための措置なのかもしれない。


「強情ね、ハル。 そこの男は最低の類の人間なのよ?」
「たとえ、最低の人間だとして、見殺しにはできない」


時田が鼻で笑った。


「あなたはだから友達が少ないのよ。
そうやって正義風を吹きまわしているとね、みんなうさんくさいって思うものなのよ。
勇者様が人々に尊敬されるのはゲームの中だけよ?」
「とにかく人質の交換はしない」
「そうやって強硬な姿勢を取り続けていると、最悪の事態が待っているわよ?」
「だめなものはだめだ。 理事長、下がってください」


宇佐美の剣幕に気圧されたのか、理事長も二の足を踏む形になった。


「まったく・・・優秀なネゴシエーターね」


皮肉と舌打ちが返ってきた。


「また連絡するわ」


宇佐美がため息といっしょに、携帯を持つ腕を下げた。


「宇佐美、いいのか?」
「理事長を人質に取られたら、終わりです」
「それはわかっているが、かといって、白鳥を見殺しにもできないだろう?」
「ユキは水羽に危害を加えたりしません」
「まだそんな甘いこと言ってるのか? さっきヤツは白鳥を殴っただろう?」
「いいえ、あれは、はったりです」
「・・・どういうことだ、たしかにばちんって肌を張られたような音がしたじゃないか?」
「よく考えてください。
もし、ユキが本当に水羽の頬を平手でぶったのであれば、ばちんという音と同時に水羽の悲鳴が上がるはずがありません」
「・・・む・・・」


そうだな・・・普通なら、頬をぶたれたショックで白鳥は絶句しているところだろう。


「おそらく、水羽の目の前で自分の両手を叩いただけでしょう。 猫だましみたいなものです。 水羽は驚いて悲鳴を上げただけです」
「ということは?」
「犯人には、まだ良心が残っているということです」


まだ、な・・・。


「いまのはユキのミスです。
そんなはったりをしてこなければ、我々も二の足を踏むものを・・・」


たしかに、本当は白鳥を殴れないってことをおれたちに教えてくれたようなものだ。


「先ほども言ったように、これはつまり、人質が人質として機能していないということです」
「つけ入る隙があるってことだな」
「ええ・・・」


宇佐美はうなずき、倉庫の壁を見つめた。


「あそこに窓がありますね・・・」

 

・・・・・・。

 

・・・。

 


―――――

 


・・・。

 

・・・・・・。

 

 

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困ったことになったと、時田ユキは思った。

腕組みをしながら、水羽の周りを歩き回る。

問題は、やはり、人質が人質として機能していないことだ。

ハルは、さすがにその点に気づいていた。

先ほどの脅しなど、簡単に見破られたことだろう。

早めに理事長を人質として迎え入れなくては・・・。


「姉さん・・・」


口を閉ざしていた水羽が、顔を上げた。

虚ろな目。


「さっきは、驚かせてごめんね」


思わず口をついた言葉は、ユキの本心だった。

安全な家庭で育った妹はたしかにうらやましく、ねたましいが、暴力を振るうには、ユキはまだ気持ちの整理がついていなかった。


「いいの・・・」


つぶやいて、またうつむいた。

ユキは、間近に迫る強行突入に焦りを覚えていた。

水羽を傷つけられないとばれた以上、踏み込まれるのは当然のことだった。


侵入口はおそらく窓だろう。

窓から這い出てくるところを叩けば、一人二人なら追い払うこともできるだろうが、敵は頭まで筋肉でできているような男たちだ。

きっと、無尽蔵に攻め込んでくる。


「・・・っ!」


ハルの行動は早い。

窓の向こうに黒い人影。


――どうする・・・?


水羽を見下ろした。

水羽もこちらを見上げていた。


「姉さん、あのね・・・」


甘ったるい声だった。


腹をくくるしかない。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 


―――――

 


・・・。

 

・・・・・・。

 


「なかの様子はどうです?」


おれは権三の手の者に聞いた。

小柄な男が肩車をされる格好で、窓の向こうを覗き込んでいた。


「よく見えませんね・・・窓、ぶち壊しましょうか?」


おれは何気なく宇佐美を見やった。

 

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「いいんですか?」
「かまわんだろ。
言い忘れたが、この倉庫は、浅井興行が管理している物件だ」
「・・・それは、すごい偶然ですね」


言われてみればそうだな・・・。

時田はなぜ、この倉庫を立て籠もり場所に選んだのだろうか。


・・・まあいい、小さなことだ。


「よし、じゃあ・・・」


窓を破ろうと声をかけたときだった。


「ちょっとお待ちを・・・!」
「なんだ?」
「ユキからメールです」
「メールだって? 電話ではなく・・・?」
「画像が添付されています・・・これは・・・」


宇佐美の顔が険しくなった。

思わず、宇佐美の携帯を覗き見る。


「・・・なんだと・・・」


なにか鋭利なもので切り裂いたのだろう。

白鳥の太ももから、糸のように血が滴っている。

傷口は浅そうだが、その鮮血の意図するところに戦慄を覚えた。


「時田のやつ・・・」


やりやがった。

おれも学園生活に毒されて甘くなっていたのかもしれない。

なにが、姉妹だ。

心が凍りついていく。


「おい、宇佐美。 突入はひとまず見合わせるぞ」
「・・・・・・」


衝撃に口も聞けないらしい。

目を見開いて、携帯の液晶画面を見つめていた。

その携帯がけたたましく鳴る。

宇佐美は、茫然自失といった様子で、応答した。


「画像、見てくれた?」
「ああ・・・」
「私が本気だってこと、わかってもらえたかしら?」
「・・・・・・」


宇佐美は答えず、代わりにおれが口を開いていた。


「人間追い込まれればなんでもするんだな」
「そうね・・・ひどく腐った気分だわ。
生まれ変わるってこういうことなのかも」
「お前は地獄行きだ」
「あなたもでしょう」


おれもどこか、時田に気を許していたのかもしれんな。

時田の本性に寂しさを覚えていると、背後で理事長の声が上がった。


「事情はわかった・・・もう、勘弁してくれ、ユキ・・・」


娘の流血に色を失った理事長に、時田はあくまで冷酷だった。


「だったら、とっとと来てもらえるかしら?」
「ああ・・・いま行く」
「片倉への連絡は済んだ?」
「先ほど済ませた。 三十分以内に来るそうだ」


今度は宇佐美の腕は伸びなかった。

とぼとぼと倉庫の入り口に向かう理事長の背中を目で追うだけだった。


「おかしい・・・」


ぼそりと、なにかつぶやいた。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 


―――――

 


・・・。

 

・・・・・・。

 


ひどく腐った気分というのは本当のことだった。

一度通話を切り、ユキは水羽の太ももの傷を見やった。


「これで・・・いいんだよね、姉さん・・・」
「ありがとう」


かろうじて言った。

 

あのとき・・・。


窓に人影が見えた直後、不意に水羽がうめいた。


『姉さん、あのね・・・』


ユキは目を見張った。

水羽が自ら足だけで立ち上がり、倉庫に点在するコンテナに身を寄せた。

なにをしているのかと止めに入ったときには遅かった。

水羽は左の足をコンテナの角に摺り寄せ、そのまま勢いよくしゃがみこんだ。

鉄コンテナの角は、切っ先の鋭い刃物となって、水羽の生足を容赦なく切り裂いた。


水羽は苦痛を訴えるでもなく、姉に告げた。


――これで、信じてもらえるでしょう?


考えるより先に、傷口の写真を撮り、ハルに送っていた。


ひどく腐った気分だった。


・・・。

 

 

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ユキは水羽をしばっていたロープから解き放ち、傷の具合を確認した。


「だいじょうぶよ。 もう、血は止まっているみたい」
「もう痛くないから安心して」
「それにしても、なぜ?」


水羽はかぶりを振った。


「姉さんに味方するって、決めたの・・・」
「嘘をつかないで。 いまさら遅すぎるわよ」


言いつつも、ユキはこの期に及んで妹を信じられない自分が嫌だった。


「私は、あなたの父親を殺そうっていうのよ? それに加担するっていうの?」
「うん・・・」


すべてをあきらめたようにうなずいた。


「納得がいかないわ」
「だって、姉さんのすることだから。 私、姉さんのこと好きだから」
「気持ち悪いこと言わないでよ」
「考えたの。 さっきからずっと」
「なにを?」
「いままでの私。 怖がりで、思ってることも口に出せなくて、子供っぽい私のこと。
声をかけたい人とも、まともにしゃべれなかった・・・」


水羽は口を結び、ユキを見つめてきた。


「姉さんが来るまで、友達らしい友達もいなかったの。
父さんが警察に容疑をかけられて毎日肩身の狭い思いだった。
姉さんが来て変わったわ。 ここ数日は、本当に楽しかったから」
「・・・・・・」
「クラシックの鑑賞会、楽しかった・・・」
「そう」
「あのあと、浅井くんとご飯食べてたんだよ。 彼、A型だって」
「ふうん」
「ぜんぶ、姉さんのおかげだよ。 昔から、姉さんといるといつでも楽しかった」


ユキは水羽の真っ直ぐなまなざしを受け止めるのが、つらくなってきた。

 

「雪だるまの名前覚えてる?」
「雪太郎でしょ。 くだらない・・・」


水羽が力なく笑った。

 

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「またいっしょに作りたいなって思ったら、決心がついたの。
私、姉さんといっしょに地獄に落ちるよ」


胸がうずいた。

水羽の全身を観察する。

目、手、足、口元・・・仕草から嘘をついている様子はひとまず感じられなかった。


「いいのね、水羽?」


もう一度、慎重に吟味してみた。


「父さんは、世間で知られている以上に、悪いことをたくさんしているの。
姉さんたちだけじゃない。 いつもうまいことやって切り抜けてきたみたいだけど、そろそろ報いを受けるべきなのよ。
警察じゃなくて姉さんに裁かれるんなら、しょうがないと思う・・・」


ユキは、水羽の言葉の影にひそむ幼稚さを感じ取った。

極限状態におかれ、感情がたかぶっている。

いっときの感情で、少女は父親殺しに加担するというのだ。

きっと本心では、理事長もユキも救われるような事態を望んでいる。

甘さを隠しきれないようだ。


「でも、どうしてだろうね・・・」


寂しそうに言った。


「どうして、わたしたちは、こんなに違うの・・・?」
「違う?」
「ぜんぜん違うじゃない。 見た目も、雰囲気も、話す言葉ひとつとっても違うわ」
「そんなもの、育った環境が違うからに決まってるじゃない」
「そうだよね。 そして姉さんは、それを恨んでるんだね」


ユキは、つい、語気が強くなっていたことを自覚した。


「似ていたかったの?」
「うん」
「なぜ?」
「なんとなく、姉妹だから」
「血は半分しかつながってないのよ」
「だから?」
「いまからそれすらも断ち切ろうとしているのよ。
二人の唯一の共通点である、父親を殺すのだから」
「唯一?」
「あなたが言ったことじゃない。 私たちは、まるで似ていないわ。
私はおしゃべりが好き。 あなたは寡黙。
私は現実的で、水羽は夢見がち。 なにか似ているところがある?」


ついでに言えば、ユキは私生児で、水羽はちゃんとした嫡子。

歴然たる溝がそこにある。


「私、人前だと姉さんの真似をして、気位が高そうに振舞っていたの」


ユキは思わず吹き出した。


「馬鹿ね。 自分を偽ったって、すぐにわかるわよ」
「うん、馬鹿だった。 今度からしない」
「今度があると思うの? 親を殺しておいて、未来があるとでも?」


きつく言うと、水羽は押し黙った。

指先がかすかに震えている。

怖くなったのだ。

ユキは嘆息して、目を伏せた。

やはり、この子に犯罪は無理だ。

そして、この純真な少女を傷つけることも、自分にはできない。


「思慮が足りないわね、水羽」
「え?」
「もういいわ。 私を助けようだなんて、軽々しく言わないで」
「そんな・・・私は、本気だよ・・・?」
「いいのよ、さっきのはうれしかった。
私が困っているのを、ただ見ていられなかったのね?」
「本気だってば。 姉さんの力になりたいんだって!」
「無理しなくていいの。 私に嘘は通じないって、よく知ってるでしょう?」


そのとき、倉庫の入り口の扉が強く叩かれた。


「おい、ユキ! ここを開けろ!」


母の仇の声だった。


・・・・・・。

 

・・・。

 


―――――

 


・・・。

 

・・・・・・。

 


白鳥理事長が、倉庫に向かって叫んでいた。

自ら人質になるつもりだ。


「理事長、いいんですか?」


おれはそばに立って聞いた。


「その場で殺されるかもしれないんですよ?」
「じゃあ、どうしろというのかね? 娘を傷物にされて、黙っていろとでも?」
「あなたは、娘にはお優しいんですね」


見れば、相当な悪人面だ。

ずるがしこい狐みたいな顔が、いまは醜く歪んでいた。

時田の親だけあって背は権三なみに高いものの、萎縮したように小さく見えた。

宇佐美の携帯を通して時田の声が届いた。


「いまから扉を開けるわ。 言っておくけど、下手な真似をしたら水羽の命はないわよ?」
「・・・・・・」
「聞いてるの、ハル?」
「・・・もうやめよう、ユキ」
「何を言い出すの? これからがいいところじゃない?」
「終わりにしようと言っているんだ」
「なにそれ?」
「出てくるんだ」
「話にならないわ。 京介くん、聞こえてるんでしょう?」



「ああ・・・」
「いま、私は水羽の首に釘を突きつけている。 この意味がわかるわよね?」
「扉が開いたときに、おれたちが乱入したら許さないってことだろ?」
「じゃあ、準備はいい?」


おれは理事長を見やった。

理事長も扉の前でうなずいた。


「開けるわよ・・・」
「ちょっと待て、ユキ!」


また宇佐美が邪魔に入った。


「少し時間が欲しい。 もうちょっと待ってくれないか?」
「・・・どうして?」
「頼む」
「自分の立場を考えてよね。 あなたの頼みを聞く理由がないわ」
「とにかく理事長はそちらには渡さない!」


おもむろに通話を切ると、宇佐美が倉庫の入り口の前に立ちふさがった。


「おい、君っ!」


「宇佐美、どけ」


おれは、もはやどうにでもなれ、という気さえしていた。

もともとおれは警察でもなんでもないし、とくに時田や白鳥の友人というわけでもない。

なぜ、こんな厄介ごとに園山組まで動かさなければならんのか。


「待ってください。 まだ、ユキが水羽を傷つけたという確証がないんです」
「おいおい、あの画像を見ただろう? 白鳥が血を流してたのはなぜだ?」
「わかりませんが、水羽がユキに協力したという可能性があります」
「それはおれも考えたがな・・・自ら血を流してまで人に協力するヤツなんているか・・・?」
「ありえない話ではないです」
「そんなヤツは物語のなかにしかいないっての。
それより、おれは、どこまでも時田を信用しようとするお前が薄ら寒くて仕方がない」
「わたしが寒いのはこの際どうでもいいです。
とにかく、もう少し様子を見たいんです」
「だ、そうですが、理事長どうします?」



「宇佐美くんと言ったね。 君はユキの友人だそうだが、いったい何者なんだい?」
「わたしが何者であるかもこの際どうでもいいです。
とにかく、理事長。 あなたが中に入ったら、我々はおしまいです」


再び、宇佐美の携帯に着信が入った。

しかし、宇佐美が電話に応じる様子はなかった。

時田の指示がなければ、理事長もなかに入るタイミングがつかめない。


「まあ、好きにさせましょうか」


理事長にあごをしゃくった。


「片倉さんがいらっしゃるまで待っても、そう状況は変わらないでしょう」
「ユキはいますぐ私が中に入ってくることを望んでいるんだぞ?」


おれは肩をすくめた。


「いますぐ入らなくても、娘さんを殺すってことはないでしょう。 大事な人質なんですから」


最悪の場合、窓を破って入ればいい。

白鳥が危険にさらされようと、知ったことじゃない。


「しかし、宇佐美」
「はい」
「犯人の怒りを買うことになったが、なにか考えがあるんだろうな?」
「・・・・・・」


・・・だんまりかよ。

 



・・・・・・。

 

・・・。

 


―――――

 


・・・。

 

・・・・・・。

 


――まったく、どういうつもり?


時田ユキはそれから二度、ハルに連絡をしたが、つながらなかった。


「どうしたんだろうね?」


水羽が恐る恐る聞いてきた。


「なにがあっても理事長を引き渡さないつもりね。
まったく、馬鹿げてるわ。 犯人からの入電を無視するなんて。
私が異常者だったら、とっくに人質は殺されてるわよ」
「姉さんは異常者じゃないよ」
「そう思ってるつもりだけどね・・・」
「だって、私のことは大事に思ってくれているもの」
「・・・・・・」
「ノリコ先生にも悪いと思ってるんでしょう? 無関係な人を巻き込みたくないからよ」


しかし、現実には巻き込んだ。

窮地に追い込まれれば、わからない。


「また、どこか怪我してみせようか?」
「やめなさい」


即座に言った。


「逆に怪しまれるわ」


なにより妹の血など、見たくはなかった。


「ハルには、ばれちゃったのかな。 私が、わざと怪我をしたって」
「断定はできないはずよ。 だからこそ、彼らも窓からの突入をためらった」


ユキは現状に危機感を覚えていた。

水羽が人質として機能としていないことは、ユキの最大の弱みだった。

これでは、交渉もなにもあったものではない。

しかし、ハルにも打つ手はないはずだ。

少なくとも、いまのところは・・・。


「もう一度、電話してみたら?」


水羽はあくまでユキに協力する姿勢だ。

ユキはかぶり振った。


「いいえ。 向こうからかけてくるのを待つわ」


そのときは、ハルもなんらかの策を用意してくるだろう。


――後手に回っているわね・・・。

 


・・・・・・。

 

・・・。

 


―――――

 


・・・。

 

・・・・・・。

 


三十分ほど膠着状態が続いた。


その間、宇佐美は腕を組んでじっと倉庫を見据え、理事長はいらいらとタバコを吸い散らかしていた。


やがて、見慣れぬ高級車がけたたましいエンジン音をたてて滑り込んできた。

運転席から出てきた男を、白鳥理事長が出迎える。

どうやら、片倉が到着したようだ。

背が低くて小柄な男だった。

事情を説明している理事長に見下されながら、小さい手がせわしなく開いたり閉じたりしていた。

切れ長の眼鏡の奥で、残忍そうな光を放っている。


・・・栄市がふけたらあんな感じになるのだろうか・・・いや、片倉は栄一なんかよりも真に狡猾な顔つきをしているな・・・。


「宇佐美・・・どうするんだ? このまま朝日でも拝もうってのか?
携帯の電池もそろそろなくなるんじゃないか?」
「・・・ですね」


宇佐美は、理事長と片倉を横目に、ひとつうなずいた。



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「そろそろ、勝負を決めましょう」


視線が、おれの目を射抜いた。


「浅井さんは、わたしが正義の味方かなにかと思っていらっしゃいますね?
「・・・まあ、つまらん正義感をふりかざすのはやめてほしいな」
「そんなつもりはまったくないんですよ」
「そうかい」
「いまから説明するやり口を聞いたら、納得してくださると思います」
「お前が、正義の味方じゃないってか?」
「はい、むしろ外道です。
できることなら、こんなやり方はしたくなかった。 でも、他に方法が思いつきません」
「へえ・・・興味が沸いてきたな」
「しかも、賭けの要素もあります。 成功したとしても、ユキが抵抗をあきらめるという確証がありません。 我ながら情けない話ですが」
「もったいつけずに教えろよ」


宇佐美は、躊躇するような間を取ったが、やがて口を開いた。


「お願いがあるんです、浅井さん・・・」
「なんだ?」
「どうか、ユキを助けてもらえませんか?」
「助けるって?」


わけがわからない。


「なにが、時田を助けることになるんだ?
あいつを捕まえて警察に引き渡すことか? それとも時田の復讐を助けてやればいいのか?」
「理事長も死なず、ユキも警察の厄介になることはない」


つまり、ハッピーエンドってやつか・・・。


「もちろん、おれだって警察に事情を説明するなんて厄介ごとは回避したいがな・・・」
「わかってます。 浅井さんには、関係のない話だというのは。
ここまでつきあってもらって、ありがとうございました」
「・・・・・・」


なんだってんだ・・・。


「最後にもう一度だけ、力を借りたいのですが?」
「・・・・・・」
「お願いします」


・・・まあ、ここでやめるのも寝覚めが悪そうだな。


「ヤツは、"魔王"を知っているらしいからな。
ぜひとも話を聞いて、権三への手土産にさせてもらおうか」
「ありがとうございます」
「どうせ、嫌らしい策を立てたんだろう? それなりの付き合いだからな。
お前のもったいつけた言い回しは、もう慣れたよ」
「うれしいです」


気持ち悪いな、まったく・・・。


「わたしはいまだに、ユキを信じています。 水羽を含め、無抵抗な人を傷つけたりはしないと。
たとえば、いかに憎き理事長とはいえ、命乞いをされればユキも思いとどまるかもしれません」
「どうだろうな・・・」
「そこで考えました。
これは、なんとも危険な作戦です。 しかも、作戦を立てたわたしは安全という卑劣な・・・」


宇佐美は指を一つ立てて、話を続けた・・・。

それは、たしかに賭けの要素の高い手口だった。

 

・・・。