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G線上の魔王【24】

 

・・・。


 

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ようやくハルからの着信があった。

ユキはハルがどんな罠を用意したのかと気を引き締めながら、応答した。


「待ちくたびれちゃったわよ」
「ごめん。 気持ちの整理がつかなくて」
「言いわけはいいから、とっとと理事長をなかに入れてもらえる?」
「それは・・・」


そこに理事長の声が割り込んできた。


「わかった。 ここを開けろ」


「いいのね、ハル?」
「ああ・・・やむを得ないという話になった」


・・・芝居くさい。

が、まだまだ出方をうかがう必要がある。


「けっこうだわ。 じゃあ、入ってきてちょうだい。 いまから扉を開けるわ」


通話を切ると、ユキは倉庫の出入り口に歩み寄った。


「姉さん、私はどうすれば?」
「あなたはもう必要ないわ。 理事長が入ってきたら、解放してあげる」
「ううん」


水羽は頑なに首を振った。


「姉さんの力になりたいよ」
「なぜ?」
「だって、いままで姉さんになにもしてあげられなかったから。
姉さんに助けられるばっかりじゃ、悪いよ」


愚かな妹だと思ったが、不思議と不快ではなかった。


「とにかく、私は、ここを動かないから」


強情に床に座り込んだ水羽を黙殺し、ユキは扉に手をかけた。


・・・・・・。

 

・・・。

 


―――――

 


・・・。

 

・・・・・・。

 


直後、がこんと、扉の向こうで留め具を外すような音が聞こえた。

扉が横にスライドし、月明かりが倉庫内に差し込んだ。


「どうぞ」


時田は顔だけを晒し、手招きした。

飛び出して、時田に襲い掛かるのは危険といえるだろう。

こちらからは見えない鉄扉の向こうでは、時田がいまにも白鳥の首筋に釘を突きつけているのかもしれない。

理事長が、恐る恐る、なかに足を踏み入れる。


「じゃあね、また連絡するわ」


おどけた調子で言うと、すぐに扉が閉ざされた。


・・・けっきょく、こうするしかなかったな。

 

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「・・・・・・」


宇佐美は黙って、事の成り行きを見守っていた。


・・・・・・。

 

・・・。

 


―――――

 


・・・。

 

・・・・・・。

 


ハルの狙いはどこにあるのだろうか。

ユキは慎重に理事長を倉庫に招きいれた。


「父さん、助けて・・・私、死にたくない・・・!」


ユキのすぐ下から声がした。

水羽は、いまだに人質の役割を演じてくれていた。

水羽は床に座り込み、腕を後ろに回して縛られているふうを装ってくれている。

だからこそ、白鳥理事長の抵抗はまったくなかった。


「両手をあげてちょうだい。 下手な真似したら、わかるでしょう?」
「姉さんの言うことを聞いて、お願い!」


理事長はすっかりあきらめきった様子で、ユキの眼前で両手をあげた。

やつれきった中年の手のひらには脂汗が滲んでいた。


「片倉は来た?」
「ああ、つい先ほど・・・」
「じゃあ、あとで呼ぶわ」


ユキは、手近にあった金属製の工具を手に取った。


「さて、なにか言い残すことがあれば聞くわよ?」
「す、すまなかった・・・正美には悪いことをしたと思っている」


母の名が出た。

汚されたようにユキには聞こえた。


「あらあら、ずいぶん態度が小さくなったわね?
前にも謝ってくれたけど、そのときはふんぞり返ってなかった?」
「葬儀にも出られなかったのは、私も悔やんでいたんだ・・・」
「お仕事が大変だったのね?」
「あ、ああ・・・忙しくて・・・」
「お線香の一つもあげに来られないほど忙しかったのね」


憎悪を爆発させた。


「賄賂を受け取っている時間はあったのに・・・!!!」


理事長は縮みあがった。


「ま、待て。 私を殺してなんになる!?」


その目に、狡猾な光が宿った。


「こうは考えられないか、ユキ。 私はたしかに人格者ではない。
そんな人間のために、人生を棒にふってどうするんだ?」
「そうね。 それは何度も考えたわ。 あなたを殺そうと思うたびに、そういう考えが袖を引いたの。
あなたは私の母さんを殺しておいて罪に問われないのに、なぜ私だけ刑務所に入らなければならないのかって」
「そうだろう。 落ち着いて、もう一度考えるんだ」


ほっとしたような顔に、サディスティックな心がうずいた。


「だから、あなたを殺したあとは、日本から脱出するつもりなの」


"魔王"とのつき合いを重ねるうちに、ユキは日本海沿岸の港から朝鮮半島への密航船が出ていることを知っていた。

国外脱出は困難を極めるだろうが、やってやれないことはない。


自分の身だけを守るのは、そう難しいことではない。

しかし、いま、ユキにとって一番の障害は、別のところにあった。

 

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水羽だった。

騙され、人質にされながらも、まだユキを姉と慕ってくれている。

この心優しい少女を、殺人犯の妹にしていいのだろうか。

ただでさえ、白鳥家の世間の風当たりは冷たいのだ。

一生を棒に振るのは、ユキだけではない。


「た、助けてくれ・・・ユキ・・・!」


哀願する小物を殺すことにためらいはない。


しかし・・・。


ユキは母とのつらい記憶を思い起こした。

母は、のたれ死ねと吐き捨てた外道を恨みながら、血を吐いて死んだ。

母の無念と水羽への配慮を天秤にかけて悩みに悩んだ。


こんなことなら、水羽に近づかなければよかった。

すると、あらゆる罪悪感が訪れてきた。

目の前の小動物のような男は水羽にだけは優しいようだ。

だからこそ、危険を承知で倉庫に入ってきた。

そんな父親を殺してしまったら、少女は少なからず嘆くだろう。

ユキにとって憎き敵が、水羽にとっては大切な父親なのだ。


もう一度、水羽を見下ろした。

少女は悲しみに胸を詰まらせていた。

幼少のころ、いつも笑っていた水羽を悲しませているのは、ほかならぬユキだった。

少女から父親を奪っていいのだろうか。

やめるべきかもしれない・・・いまやはっきりとそう思った。


――いや、待て!


はっとして、白鳥理事長を見据えた。

かろうじて、男の手が懐に伸びた瞬間を目撃した。

だから、ぎりぎりのところでその一撃をさけることができた。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 


―――――

 


・・・。

 

・・・・・・。

 


おれは宇佐美と肩を並べて、倉庫の様子を固唾を呑んで見守っていた。

 

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「宇佐美・・・どう思う?」
「なにがです?」
「中の様子だよ。 まずい展開になってるんじゃないのか?」
「まだ、なにもわかりません」
「たしかに、お前にしては思い切ったやり方だな。
だからこそ、時田も意表を突かれることになるかもしれないが・・・」
「ええ・・・」

 

・・・・・・。

 

・・・。

 


―――――

 


・・・。

 

・・・・・・。

 


眼前で火花が散った。

ばちばち、と蛍光灯が蛾を殺すような電気的な音がした。

理事長の手が再び迫る。

黒いもの――おそらくスタンガンの類だろう――の先端をユキの顔めがけて押し付けてきた。

横に跳んでそれをかわす。

くぐもった怒声とともに高圧電流が迫ってくる。

とっさに手に持っていた工具を投げつけると、ようやく奇襲から逃れることができた。


距離を取り、武器になりそうなものを探す。


「やってくれるわね・・・」


荒い呼吸の合間をぬって言った。

それは、ハルに向けてのひと言だった。

まさか、理事長を刺客として差し向けるなんて。


さきほどまでの愛玩動物のような表情はどこへやら。

白鳥理事長は狂気じみた笑みを口元に携えていた。


「まったく、親子そろって聞き分けのない女だ・・・!」


じりと、一歩詰め寄ってきた。


「最初から、そのつもりだったのね?」
「娘のためだ」
「よく言うわよ」


うかつだった。

くたびれた中年の男と見下していた。


「おかしいと思ったのよ。 あなたは水羽の代わりになるためにここに来たのに、そんなことはひと言もくちにしなかった」


よくよく思い返してみれば、理事長の目尻はなんらかの策謀を隠していた。

恐怖に強張ったように見えた唇には狡猾な嘘が含まれていた。


「私は水羽からあなたの悪口を聞いたことがないわ。
だから油断してしまった。 けれど、あなたのいいところも聞いたことがない」


優しい少女は、きっと心で父親への不満を耐えていたのだろう。


「面の皮のあつい男ね、まったく」


理事長は笑った。


「少しぐらい弁が立たねば、警察も手を引かんよ」


最近の収賄事件で、警察はけっきょく起訴まで持ち込めなかったのだ。


「そうやって狡猾に立ち回った挙げ句、母さんに無実の罪を着せて追い出したのね?」
「なんのことだかまったくわからんな。
ただ、正美が出て行った年には、おかげで会社の保養所を建てることができたぞ。
それについては正美の墓前で報告したいと思っている」
「保養所という名の別荘でしょう?」


母が横領したことにされた金が、回りまわって理事長の懐に入ったことは、ユキも知っていた。


「まったく、人として恥ずかしくないの?」
「立て籠もり犯に人の道を説かれる筋合いはないが、別にいいわけはせんよ。
会社経営には、お前たち子供にはわからない苦労があるのだが、多くは語るまい」
「外道の分際で、なにを余裕ぶっているのかしら」
「子供にとってわかりやすい悪役でいてやろうという親心だよ。
それとも、私の身の上話でも聞きたいか?」
「けっこうよ」


この男も、私生児なのは知っていた。

親を憎み、身一つで会社を起こしたという。


「ユキは昔から賢い娘だった。
お前が再び私の前に現れたとき、ただでは済まないだろうとは思っていた。
だから、先の学園で要求してきた五百万くらいならくれてやってもいいんだぞ」
「それはありがとう、お父さん」
「しかし、殺人はまずい。 復讐はもっと法の網から逃れやすい形で行うべきだ」


このひと言が、白鳥理事長のすべてを物語っていた。

そこにいるのは、警察やマスコミの追求に怯える中年でもなく、ましてや水羽にとっての優しい父親でもなかった。

あくまで傲岸(ごうがん)な悪の塊だった。


「さあ、もうあきらめるんだ。 表へ出よう。
心配するな、警察に突き出したりはしない。 娘が実刑を受けるのはしのびないからな」
「あきれるわね、自分のスキャンダルをこれ以上増やしたくないだけでしょう?」


ここまで善悪の観念の薄い人間がどうして出来上がるのか、ユキは興味すら覚えていた。


「こっちへ来い」


スタンガンを向けながら、また一歩踏み込んできた。

逃げ場はない。

ユキの背中には、資材を包んだブルーシートの感触があった。


直後、目を見張った。


「やめてっ!」


水羽の悲鳴。

飛び出してきた。

理事長の腕に、背後からしがみついた。

床に転がる黒い凶器。

それこそが、理事長の余裕を保っていた武器だった。

怒号が走り、水羽が振りほどかれる。

ユキはすでに理事長の胸倉をつかんでいた。

風を感じた。


背負い投げは、ほぼ完全に決まっていた。

理事長は受身もとれずに、背骨を固い床に打ちつけることになった。

痛みの衝撃で口を半開きにしたまま、悶絶していた。


ユキは呼吸を整え、芋虫みたいに丸まった実の父を見下ろした。


「思い直したわ、やっぱりあなたを殺すって」


「姉さん・・・」
「ごめんね、水羽。 でも、あなたも悪いのよ。 こんな父親を野放しにしておいたんだから」


自分で言っておいて、胸がうずいた。

水羽に罪はないとわかっていながらも、どうにもならない。

溢れんばかりの憎しみに支配されながら、ユキは理事長の腕をロープで縛っていった。


「よく考えたら、私たちって姉妹じゃないじゃない」
「え?」
「法律上の話ね。
だから、殺人犯の姉を持つってことにはならないじゃないの。 私ったら、なに勘違いしてるのかしら」
「なに言ってるの? 私たちは姉妹だよ?」
「そういうのはもういいわ。 私たちは他人。 助けてくれたのは感謝してる。 でも、もうお別れよ」


ユキは細長い釘を拾い、理事長のそばにかがみこんだ。


「さあ、教えてちょうだい」


ユキがよほど酷薄な表情をしていたのか、理事長の顔に今度こそ疑いようのない恐怖が浮かんだ。


「あなたは片倉に命じて家に火を放ったのよね?」
「うっ・・・」


ユキは、家が燃え上がった晩のことを思い出した。

灼熱の炎が四方から迫っていた。

母は病をおして立ち上がり、寝ぼけ眼のユキを背負って窓から外に飛び出した。

やけどにただれた母の腕に、ユキは涙を落とした。


「言いなさい。 殺すわよ?」


釘の切っ先を、理事長の首に突きつけた。

理事長は切れ切れの吐息で言った。


「そうだ・・・わ、わたしの指図だ。
当時金に困っていた片倉くんに話を持ちかけたんだ。
しかし、放火までしろとは言っていない、本当だ」


ユキの心のなかで悪魔が激昂した。


「じゃあ、なんで火がついたんだ!!!」
「や、やめろ、本当だ!」


涙と唾がはじけた。


「か、か、片倉くんが勝手にやった、信じてくれ!」


「ね、姉さん・・・!」


「うるさい!」


もはや、ユキの耳には何者の声も届かなかった。

水羽への思いやりも、ハルへの申し訳なさも、義理の父親への感謝も、すべて吹き飛んだ。

ただ、己のうちで目覚めた悪魔に身を委ねるのみ。


涙と唾液でぐちゃぐちゃになった理事長の顔面を殴りつけると、ユキは携帯を取った。


――もう一人、殺さなくては。


通話はすぐにつながった。


「どうしたんだ、ユキ。 理事長を引き渡したら、水羽を解放してくれる約束じゃなかったのか?」


よく言う。

その理事長にスタンガンなんて物騒なものを渡したくせに・・・。


ユキは笑った。

けっきょくは、ハルも偽善者なのだ。


「ちょっとトラブルがあってね。 でも、もう水羽には用はないから安心して・・・」


興奮冷めやらぬ口調とは裏腹に、ユキの心は冷え切っていった。


「片倉が来てるらしいじゃないの。 中に入れてもらえるかしら?」
「・・・・・・」
「あ、そう。 嫌なんだ。 じゃあ、この人間のクズを殺すわ」


いまや、後先考えずに、この場で殺してやってもいいとすら思えた。


「落ち着け、ユキ。 わかった。 片倉さんも納得してくれている」
「もう小細工はなしよ、ハル。 あまり怒らせないでちょうだい」
「ああ・・・」


ユキは再び扉の前に立った。


「開けるわよ?」


怒りに冷静さを失っていたのかもしれない。

ユキは人質を盾にすることもなく、扉に手をかけていたことに気づいた。


扉が開いた瞬間に襲い掛かってこられたら――?


しかし、それは杞憂だった。

海風が入り込んでくる。

すぐ目の前に、小柄な男が棒立ちになっていた。

スーツに、切れ長の眼鏡。


「片倉ね・・・」
「そうだ」


ユキは即座に男の腕を右手で引いた。

左手には凶器の釘。

それを片倉の首筋に突きつけた瞬間、声が上がった。


・・・・・・。

 

・・・。

 


―――――

 


・・・。

 

・・・・・・。

 


時田が倉庫の入り口で男を捕まえた瞬間だった。


「宇佐美、いまだ!」


時田が無防備に扉を開けてきたいまが好機だった。

 

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「はいっ!」


おれは倉庫の扉が再び閉じられぬよう手で押さえつけた。


「なんのつもり!?」


時田が目を剥いた。

捕らえた男の背後から首に腕を回し、羽交い締めにしている。

もう一方の腕には、ぬらりと光る細長い釘があった。

じりじりと後ずさりしていく。

おれは腕を振って、園山組の若い衆に合図した。

宇佐美を先頭に、一気に倉庫のなかになだれ込む。

遠くから数台の車がこちらに向かってきているのが見えたが、気にしている余裕はなかった。


・・・・・・。

 

・・・。

 


―――――

 


・・・。

 

・・・・・・。

 

 

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「これが見えないの!? 近寄ったら片倉を殺すわよ!?」


ユキの制止を無視して、極道たちは、ぞろぞろと、倉庫に踏み込んできた。

距離にして五メートルほど。

ユキを中心にした半円を描くような包囲ができた。

連中は皆、殺気立っていて、圧倒的な暴力の匂いがする。

先頭に立った親友に聞いてみた。


「気でも触れたの、ハル?」
「ああ、これが、最後の手段だった」
「呆れるわね。 よく考えてごらんなさい。 状況はなにも変わっていないのよ?」


余裕の笑みを浮かべた。


「私は人質を取っている。 いまにも殺すことができる」


むしろ、水羽を人質に取っていたときよりも、事態はユキにとって好転したといっていい。

腕のなかでもがいている片倉という男は、殺しても飽き足りないほどの卑劣漢なのだ。


「ユキ、落ち着け」
「落ち着いてるわよ」


そう、いまなら、落ち着いて人を殺せそうだ。


「頼む。 もうこんな馬鹿なことはやめてくれ。 わたしはユキが大好きなんだ」
「大好きなら、"魔王"のことを教えてくれてもよかったじゃない?」
「すまない。 下手に話したら、迷惑がかかると思ったんだ」
「気づかいありがとう。 おかげですれ違ったわね」


片倉の首をさらに締めた。

必要以上に力が入った。

狂気がユキに力をみなぎらせていた。


床に転がった白鳥理事長を一瞥した。


「火に油を注いだわね、ハル」
「なに?」
「いっときはね、復讐なんてやめようかとも思ったのよ。 水羽のおかげでね」


水羽は呆然と立ちすくんでいた。

切迫した状況についていけないという顔だった。


「外道の父親を持っているだけでも肩身が狭いのに、その上、人殺しの姉まで加わったら、いくらなんでもかわいそうでしょ」


言葉の内容とは裏腹に、もはや、良心はうずかなかった。

ハルのせいだ。


「あなたが理事長をけしかけなかったら、ハッピーエンドだったのにね。
たいした勇者様だこと」


ハルの顔が険しくなった。

吊りあがった目で理事長を見下ろしている。

後悔しても遅いというのに・・・。


「わかった。 わたしが代わりに人質になろう」
「冗談はやめてよ。 たしかに、あなたには失望したけれど、それでもあなたを殺す理由はないわ」
「そうか・・・」
「人質には人質たる理由がいるのよ」


当たり前のことをつぶやいていた。

もう、ハルにかまう必要はない。


「さあ、道をあけてちょうだい。 車は用意してあるんでしょう?」
「ユキ・・・」
「それともなに? 片倉を見殺しにしてでも、私を捕まえる?
言っておくけど、少しでも変な動きを見せたらその場で殺すわよ。 なんの遠慮もないわ」


しかし、ハルはどこうとしなかった。

 

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「何度でも言おう。 その人を放すんだ。 お前を人殺しにはさせない」
「いいかげんにしてよね・・・」


ため息をつきながらも、ユキは、ふと違和感を覚えていた。

ハルの立ち居振る舞い。

背筋を伸ばし、堂々と相手を見据える姿勢には、敗北者のそれが感じられない。


――なぜだ・・・なぜ・・・?


虚勢だろうか。

ハルとは古いつき合いだからわかる。

嘘をついている気配はなかった。

ここからどんな大逆転があるというのか。

狂気にもやがかっていた頭に、平静さを呼び込む。


――そういえば・・・。


ヤクザ連中に焦点を合わせた。

どいつもこいつも人相が悪い。

いまに飛び掛かってきそうな勢いだった。


「・・・・・・」


いや、なぜ、飛び掛かってこないのか――!


ユキは、焦りを覚えつつも自然と、片倉の後頭部に視線を這わせていた。


「その人は片倉さんじゃない」


ハルが言った。


「・・・・・・」
「園山組の方だ。 浅井さんにお願いして、協力してもらった」


唖然としている暇はなかった。

が、いつもは饒舌な口が、うまく動かなかった。

だから、ヤクザは躊躇していた。

彼らが片倉の命を気にかける理由は見当たらない。

人質が身内だったからこそ、抑制が効いていたのだ。


「俺にも家族がいるんだ。 勘弁してもらえねえかな、嬢ちゃん」


ユキが盾にしていた男――片倉だと思っていた小男が巻き舌で言った。


ユキは呆然と、ハルを見つめるしかなかった。


「人質には人質たる理由がいる。 そうだろう、ユキ?」

 

・・・・・・。

 

・・・。

 


―――――

 


・・・。

 

・・・・・・。

 


「ちなみに言うとだな、時田・・・」


おれは一歩歩み出た。


「宇佐美は別に、理事長をけしかけてなんかいない」
「・・・え?」
「そこの理事長さんは、普段からスタンガンを持ち歩いているみたいだな。
白鳥と飯を食ってたとき、そんな話があった。 後ろ暗いことが多いんだろう」


時田の話から推察すれば、おそらく理事長が不意を突いて時田に襲い掛かったんだろう。

まったく馬鹿なことをしてくれたものだ。


「さあ、ユキ、その人を放すんだ」
「くっ・・・」
「頭のいいお前ならわかるだろう? その人を殺してもなんの意味もないんだ」


たしかに、宇佐美にしては卑劣なやり方だった。

時田の心理状況にもよるが、下手をすれば、身代わりになったヤクザが殺されるかもしれないのだ。

時田の私怨とは無関係とはいえ、人質を取られていることには変わらない。

宇佐美の言うとおり、この状況で時田が抵抗をあきらめないという確証はない。


「もし、私が、無関係な人を殺すこともいとわなかったらどうするの?」


しかし、宇佐美は時田を信じていたのだろう。


「ユキにそんな真似はできない」


ぴしりと言うと、時田はひるんだように目をそむけた。


「このままこの人を人質に逃げ出したらどうするの?」


今度はおれが言った。


「どうやって逃げるんだ? 運転はどうする?
そんな釘一本で極道を脅せると思っているのか?」
「そうね・・・どう考えても分が悪いわね」


時田の腕から力が引いていくのがわかった。


「私の負けよ・・・疑ってごめんね、ハル・・・」

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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時田は人質を解放すると、その場に呆然と立ちすくんだ。

凶器の釘が、からんと音を立てて床に転がった。


「あ・・・ね、姉さん・・・」


白鳥がかろうじて声を発していた。

縄でしばられていなかったところを見るに、やはり、時田と白鳥は協力しあっていたようだ。


「・・・た、助けてくれ・・・」


理事長も生きているようだ。


「はあっ、はあっ・・・ユキ、貴様、ただで済むと思うなよ」


元気なことだ。


「浅井さん・・・お願いです」


さて、ここからが、おれの仕事か。


「ち・・・」


時田を助けてくれってか・・・。


「ユキが"魔王"の関係者だということを、ここにいる人たちに知られたら・・・」
「わかっている・・・」


ひどい拷問が待っているだろうな。


「すみません」


くそ・・・なんでおれが・・・。

まあ、この場をしのぐくらいならなんとかなるか。


「皆さん聞いてください」


おれは極悪面の群れと向き合った。


「よる遅くまでありがとうございました。
この恩義は浅井京介、生涯忘れません。
後ほど御礼にうかがいますので、いまはひとまず解散としていただけませんか?」


連中のなかには、おれたちの会話を聞いて、時田が"魔王"とつながっていることを知っているヤツもいるかもしれない。


「父には僕から報告しておきますので」


ヤクザどもは、悪態をつきながらも、金子にありつけるのならといった様子で、徐々に散っていった。


「・・・む?」


突如、入り口付近の人の動きが鈍った。

声高にどすのきいた挨拶が飛び交う。

ひときわ背の高い巨漢が獣の群れを割って、おれの前に躍り出てきた。


最悪だった。

 

 

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倉庫に突入するとき、車が接近しているのを見たが、権三だったか・・・。


「うちの狼どもは、いつからお前の家畜になったんだ?」
「お義父さん・・・申し訳ありません」


ゴッという音が脳に響いた。


「あ、ぐ・・・っ!」
「立て籠もりの話は聞いた。
時田の義理の娘が親に復讐していたようだな?」


時田に向けてあごをしゃくった。

ふと、理事長が顔を上げた。


「あ、浅井組長・・・・・・」
「・・・・・・」
「よくおいでくださいました。 おかげさまで大変助かりました」


へつらうように言った。


「息子さんには感謝しております」
「・・・・・・」
「どうか、どうか、今後ともよしなに・・・」


権三が眉一つ動かさず言った。

 

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「外道には外道の報いがある」
「・・・っ!?」
「貴様が原因でうちの若い衆がこき使われたようだな?」
「わ、私ではありません、そこの女が・・・!」
「手当てとして、一人につき五百払え」


おれは二十人以上は集めた・・・つまり、一億だ・・・。


「そ、そんな大金は・・・」
「黙れ」


理事長の顔色が蒼白になっていく。


「お、お義父さん。 もう問題はありません・・・勝手に、皆さんに動いてもらったのは申し開きのしようもありませんが・・・」
「なにを隠している」
「隠して・・・?」
「痴れ犬が、宇佐美もいるではないか?」


なんて嗅覚だ。

権三はこの事件と"魔王"との関係をしきりに疑っている。


「言え」
「ぐっ・・・!」


胸を締め上げられた。


「俺は貴様に"魔王"を探れと命じた。
が、貴様はまったく関係のない事件に俺の私兵を投じたというのか?」


権三が怒るのも、もっともな話だ。


「"魔王"は捕まえ次第、八つ裂きにする。
"魔王"の子飼いも生きたまま皮を剥いでやろう」
「・・・っ」
「これより、三つ数える。 その間に真実を述べねば、貴様の連れも皆殺しだ」


・・・連れ?

宇佐美と白鳥と時田のことか・・・。


「ひとつ!」


連れ・・・なのだろうか・・・友達、なのだろうか・・・。


「ふたつ!」


おれは、なにをしている?

権三に従うべきではないか。

ふと、酸欠に朦朧とした意識のなか、脳裏に浮かぶ光景があった。

 

 

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弟をかばう椿姫。

 

 

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物言わず去っていった花音。

 

 

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そして、白鳥には手をかけなかった時田。

その時田が遠巻きに言い放った。


「やめて」


・・・。

 

 

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「京介くんを放して」


無表情に、顔だけをこちらに向けていた。


「貴様か」


権三はおれを手放し、時田に歩み寄った。


「その通り。 私は"魔王"を知っているわ」
「お前が時田の娘だな?」
「ええ、父さんとお知り合いなの?」


権三は時田の問いには答えずに、ガンを飛ばした。


「"魔王"はどこだ?」
「わからないわ」
「知っていることを、洗いざらい話せ」
「ほとんど知らないわ、本当よ」
「本当かどうかは俺が決める」


権三の目に殺意が宿った。


・・・もう、おしまいだ。


権三は時田を赦さない。


短いつきあいだったが、時田とはそれなりに気が合った。


正直、もう少し、関わってみたかった。


理事長への復讐に燃える時田には、白鳥への恨みも少なからずあったことだろう。


なぜ、手にかけなかったのだろうか。


白鳥を人質に取れば、状況は時田に圧倒的に有利だったはずだ。


なぜだ・・・なぜ・・・?


おれの周りにいる連中は、おれの知らない暖かいものを備えている。


「さらえ」


権三が下々の者に命じた。


思わず目を背けたくなったそのとき、すすり泣きが聞こえてきた。


「やめ、て・・・ください・・・!」


それは、あまりにも無意味で、無力な哀願だった。


・・・・・・。

 

・・・。

 


―――――

 


・・・。

 

・・・・・・。

 

 

 

 

愚かな少女だと、ユキは思った。

 

 

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「姉さんは、悪くないんです・・・!」


復讐を果たせなかったユキの心は、すべてをあきらめ、捨て鉢のようになっていた。


「な、なにも・・・悪くないんです・・・!」


水羽は馬鹿だ。

何の意味もない。

多くの犯罪者を見てきたユキにはわかる。

泣こうがわめこうが、目の前の巨漢の心は動かない。


「赦して・・・姉さんに、ひどいことしないで・・・!」


状況もよくわかっていないのだろう。

ユキが"魔王"とつながっているということも知らないくせに、水羽はただ、泣き叫んでいる。


――まったく、なに泣いているのかしら・・・。


「わたし、わたしがっ、わたしが、いけないんです・・・」


浅井権三の眼光に射すくめられ、水羽の唇が恐怖に強張っている。


「わたしが、姉さんに、話を持ちかけて・・・ひ、人質のふりをしていたんです・・・!」


愚か過ぎる。

誰がそんな与太話を信じるというのか。

そもそも浅井権三は、立て籠もり事件などに興味を持っていない。


「ま、"魔王"は、私が、知ってます。 姉さんは、関係ないんです・・・!」
「ほう・・・」


権三の声に、震え、怯えながらも、水羽はたどたどしく言葉をつむいだ。


「だから、姉さんを赦してください!」


マフラーに落ちる、涙・・・。

むしろ、腹が立つ思いだった。

黙っていればいいものを。

このままでは、水羽にまで拷問の手が及んでしまう。

まったく、昔から足を引っ張ってくれる・・・。


ユキは、水羽のマフラーを見つめながら浅井権三に言った。


「まさか、その子の話を信じるわけじゃないでしょう?」


権三はユキを一瞥した。

なにを考えているのかわからない、底冷えのするような目だった。

水羽は、この視線に刃向かっていたというのか・・・。


「ほ、本当です!」


水羽がまたわめいた。


「話にならないわ、水羽。 黙りなさい」
「やだよ!」
「殺されるわよ?」


・・・なぜだ。

ユキは水羽に戸惑っていた。

少しは、自分の気持ちもわかって欲しい。

ユキは水羽を巻き添えにしたくはなかった。


また、瞳から溢れた涙が、頬を伝ってマフラーに落ちる。


「おい・・・」


ついに、浅井権三が口を開いた。

彼の尖った唇は茶番につき合うつもりはないと主張している。


「あれは、なんだ?」


水羽を指差した。


「さあ・・・」


ひきつって笑うしかなかった。


「あれは、お前の妹か?」
「・・・・・・」
「だったら、わかるな?」


親分の意を察して、数人の男たちが水羽に詰め寄った。


「あ・・・」


否定しなければ。

だが、否定してどうなる。

もはや、どうにもなるまい。

水羽は堰(せき)を切ったように泣きじゃくる。

水羽の絶叫が、空気を切り裂いた。


「姉さんは、姉さんは、いままでずっと大変だったの!
もう赦してあげて! 大変だったんだから!」


貧弱な語彙。

なんの説得力もない。

ユキを救うにはあまりにも弱々しい言葉に、しかし心が震える。

水羽に贈ったマフラーが、止めどない涙に滲んでいく・・・。


「そうよ、妹よ・・・」


声は、消え入るように細くなり、湿り気を帯びた。


「よく見てよ・・・」


・・・。

 

 

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『みずははいつでも、ねえさんの味方だよって』

 

・・・。

 

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「――そっくりじゃない?」


まるで似ていない妹に向けて、手をあげた。


あげてしまった――。


いったい自分はなにを口走ってしまったのか。


姉妹そろって愚か者。


否定しなければ。


さあ、考えろ。


どうやったら、馬鹿な妹を言い聞かせられるのか。


「あ、う・・・っ・・・」


考えろ。


妹を巻き込むな。


地獄行きは自分一人で十分だ。


さあ、話せ。


得意のおしゃべりはどうした。


"悪魔"に魂を売ってまで学んだことを、いま活かさないでどうする・・・!


「ぐ・・・うっ、あ・・・」


声が、出ない。


どうあがいても、出ない・・・。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 


―――――

 


・・・。

 

・・・・・・。

 


そのときのおれの行動は、浅井権三にとって意表を突かれたことだろう。

おれ自身も、意表を突かれていた。


「動くな!」


背後から、権三の野太い肩をつかんだ。

一方の手には、時田が落とした凶器。


「気でも触れたか、京介?」


事実、気が触れていたことだろう。


「宇佐美、時田と白鳥を連れて逃げろ!」


なんだ、なにをしている・・・?


「さあ、道を開けろ! 権三が殺されてもいいのか!?」


おれは、なにをやっているんだ・・・?


「ほう・・・」


にたり、と哂った。


まるで、獲物を食い殺す前に見せる野獣の余裕。


恐怖より先に、体が動いている。


「浅井さん!」
「もたもたするな!」
「くっ・・・!」


さすがに宇佐美は状況がわかっているようだ。

ここでもたつくのは真に愚か者。

すぐさま時田の腕を引いた。


「面白い」
「・・・・・・」
「俺は完全に油断していたぞ、京介」
「・・・・・・」
「なにがあった?」
「わかりません」


答えようがなかった。

ただ、顔が浮かぶ。

椿姫、花音、白鳥、時田・・・四人の泣き顔がおれをけしかける。


「くく、はははっ、ふはははっ!」


「浅井さん、すみません!」


宇佐美は素早く、白鳥を抱え、先頭を切った。

時田も白鳥も、意思を失ったかのように呆然と、宇佐美に従った。


「どけ! こいつを殺すぞ!」


宇佐美たちが動く。

さながら急流を裂く岩のように、人の群れが分かれていった。

権三は微動だにしない。

やがて、外から、車のエンジンがかかる音が聞こえてきた。

時田がおれに用意させた車だ。

タイヤを軋ませながら、宇佐美たちが去っていく。


・・・。

 

「おい・・・」


とたんに、底無しの絶望が襲ってきた。


「ぐあっ・・・!」

 

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「俺はお前に驚いている」
「・・・っ」
「俺を上回る恐怖に出会わねば、裏切らぬと思っていた」


おれも、そう思っていた。


「お前は、俺にへつらうだけの家畜ではなかったのか?」


がたがたと、手が震えだした。


「俺に拾われ、母を捨て、金の奴隷になったのではなかったのか?」


もはや、どんな言いわけも通じまい。

おれ自身、自分の行動に説明がつかないのだ。


「で、どうするのだ、京介?」
「どう・・・?」


おれの未来のことだ。

権三に牙を剥いたおれに、どんな将来があるというのか。


「お前は金を溜めて、母を迎えるつもりだった」


おれは、恐る恐るうなずいた。


「そんなお前にとって残念な知らせが、先ほど届いた」


え・・・?


「死んだぞ」


掌から凶器が滑り落ちて、床にバウンドした。


「母親だ」


視界が、闇色に染まる。


「撥ねられたらしい」


足元がおぼつかない。


「飲酒運転の車に」


固いはずの床に、ずぶずぶと体が引き擦り込まれていく。


「・・・・・・」


権三の目には真実しか見出せなかった。


「そ、んな・・・」


鼓膜を切り裂く、身をひきちぎるような叫び声。

 

おれは、白目を剥き、天を仰ぎ、力の限りに叫び続けていた。


・・・。