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G線上の魔王【27】

 


・・・。

 

 

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宇佐美ハルは単身、街に出ていた。

気温はかなり低い。

京介に上着でも貸してもらえばよかったと思いながら、当てもなくうろついていた。


――妙だ。


若者の数が、目について少ない。

コンビニの前でわけもなく座り込んでいる男たちや、ライブハウスのそばでたむろしている女の子の姿もない。

待ち合わせスポットらしき街灯の下にも、人の影はまばらだった。

路上に徘徊しているのは、キャッチと思しき青年ばかり。

彼らも、獲物の少なさに退屈そうにしていた。


ハルは、電柱にもたれかかって携帯をいじっていた男に声をかけてみた。


「いま、なんか街でやってるんですか?」


男は、ハルを値踏みするような目で上から下まで眺め、やがて興味を失ったように首を振った。

ジャージ姿がまずかったのか・・・。

どうやら、今日の深夜に、とある大きなイベントが行われるらしかった。

しかし、どこでやっているのかは知らないらしい。

男も不気味だと言っていた。

暴力団が覇権をしのぎあっているだけあって、ここセントラル街の治安はあまりよくない。

街のど真ん中に交番があるのも、いかに少年犯罪が多いかを物語っていた。


大通りを渡ったそのとき、見知った顔が路地裏から現れた。


――ル〇ン・・・じゃなくて、橋本さん。


橋本は、フードにジーパンというスタイルで、似たような男の子を二人連れていた。

学園立て籠もり事件はいまだ表ざたにはなっていない。

しかし、橋本は、以来、学園には来なくなったのだという。

自宅にも帰らずに、いったいなにをしているのか。

ハルは橋本のあとを追った。


・・・・・・。

 

・・・。

 

いつの間にか、毒々しく輝くネオンの光が減っていた。

もう少し歩けば、オフィス街に出る。

企業の高層ビルが乱立しているだけで、若者に用はないはずだった。

尾行を気取られる気配はまったくなかった。

橋本はなにやら余裕そうに、連れの二人に話しかけていた。


やがて、一行は、ひときわ豪壮な山王物産のビルにまでたどり着いた。



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ビルのエントランスの前に、数台の高級車が停車していた。

後部座席から男が二人出てきた。

いかにも紳士然とした初老の男と、外国人らしき肌の白い男。

鍛え上げられた筋肉がダークグレイのスーツを押し上げていた。

胸の辺りに、拳銃を所持していると思しきふくらみが見えた。

驚いたことに、なんら接点もなさそうな橋本が、彼らにうやうやしく挨拶をし始めた。

表情や声までは判然としない。

わかるのは、彼らが仲間であるということだった。

老人がなにやら親しげな仕草で橋本に手をふった。

小指が欠けていた。

橋本たちは、後ろについていた車に乗り込んだ。

老人たちも再び社内に戻った。

外国人風の男は、あたりを探るように首を振ってから、後部座席に身を乗り入れた。

ただ、漠然とした不安だけが募った。

いったい、何が起きようとしているのか。

車のあとを追うこともできず、ハルは踵を返した。


・・・・・・。


・・・。

 

京介のマンションに戻る前に、一度自分の部屋に足を運んだ。

そして、なにを血迷ったのか、ヴァイオリンケースを手につかんだ。


・・・。

 

 

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「それは、ひょっとしたら、新鋭会の内藤組長かもしれないな・・・」


帰宅すると、宇佐美から街の様子を聞いた。


「マジすか・・・こんな顔だったんですが」


電話台のメモ用紙を勝手に使い、さらさらと似顔絵を描きだした。


「・・・うん、多分そうだ」


内藤組長は、権三の死をもっとも歓迎している人物の一人だろう。

病気と称して、今日昨日の総和連合の会合には顔を出していない。


「もう一人の外人さんはこんな感じでした・・・」


また、すごい速さで絵を描く。


「いや、さすがに知らんな・・・」
「なにか、妖気を感じませんか?」
「まあ、臭うな。
明日はおれも同行しよう。 今度は車も出す。
もし、今夜みたいなことになったら、あとをつけてみようじゃないか」


宇佐美はうなずいて、テレビをつけた。


「・・・権三さんが亡くなられた件について、警察はどう動いているんですかね?」
「ニュースでは、よくある暴力団の抗争の一環ということになっている。
でも、実際は"魔王"という犯罪者について、ひそかに警察も調べを進めているらしい」


権三が、そんなことを言っていたな。


「わたしたちも、警察に知っていることを話したほうがよさそうですね・・・」
「いや、もう、"魔王"がおれの兄の鮫島恭平であるという話は、総和連合に広まっている。
警察もその辺を調べあげただろうさ。 そのうち、おれのところにも刑事が来るだろう」
「"魔王"はこれまで、異常なまでに警察の介入を恐れていましたね」
「ああ、しかし、今度は違う」


おれは、一息おいて、宇佐美を見据えた。


「そこで、一つ、聞きたいんだがな」
「わたしが、なぜ、"魔王"を追っているか、ですね」
「ようやく事情が聞けるわけだな・・・」


大方の予想はついていた。


「浅井さんほどのマニアであれば、わたしの母がどうして亡くなったかはご存じですね?」
「ああ・・・モスクワの劇場だったか? たしか、爆弾テロにあって・・・」
「テロの目的はコンサートに招かれていた中東の国の大使だったそうですが、母も巻き添えになりました」
「そのときに、お前は"魔王"を知ったのか?」
「ええ・・・お前は宇佐美の娘か、と聞かれました。 まあ、話すと長くなりますんで・・・」
「・・・ふうん・・・」


まあ、おいおい聞き出すとしよう。


「ところで、それはなんだ?」


ソファの後ろに置いてあった、ヴァイオリンケースを指差す。


「なんすかね」
「思いなおして弾いてくれることにしたんだな」
「・・・どうすかね」
「なんだよ、突っ張るなよ」


ちょっとだけ昔の宇佐美を思い出した。

おれはソファに寝そべって、宇佐美にあごを向けた。


「三島さんにインタビューしたいんですが」
「なにニタニタしてんすか」
「ドイツで生まれたそうですが?」
「まあ」
「あれだろ、ドイツの科学力は世界一なんだろ」
「浅井さんのドイツはそんなですか。
・・・って、なんで自分がツッコミに回らなくてはならないんですか」
「気持ち悪いだろう。 いつもと立場が逆だからな。 嫌ならちゃんと考えろ」
「・・・わかりましたよ」
「やっぱり、チョコレートとか好きな子供だったのか?」
「え?」
「いやほら、いまでこそ日本でもいろんなチョコがあるけどよ、本場はヨーロッパだろ」
「まあ、店の前でジタバタしてた記憶はありますね。 『買ってくれないと動かないー』みたいな」
「ふうん・・・わりと普通の子供だったんだな。 フラメンコとか見に行ったのか?」
「それ、スペインすけどね。 まあ、旅行で一度見に行きましたね。
舞台上で女の人が真っ赤なドレス着て踊ってるんですよ。
自分、二歳くらいだったと思うんですが、いまでもなんとなく覚えてます」
「ちなみにお前、踊れたりするの?」
「いえ、ぜんぜん、自分は子供のころから凄まじいインドアっぷりでしたから」
「じゃあ、おままごととかで遊んでたんだ?」
「やってましたね。 人形とか買ってもらってました。
向こうの人形はやたらリアルでしてね。 顔立ちとかちょっと怖いんすよ」
「父親からたまに、日本で売っているような人形とか送ってもらわなかったのか?
ほら、あの、流行ってたじゃん。 カリちゃん人形だっけ」


我ながらひどい。


「ああ、ありましたね。 でも、あれはドイツの友達に貸したっきりですね」
「仮パクされた?」
「いや、なんていうんですかね。 そういう感じなんですよ、向こうは。
貸してあげるって言っても、一度持ったら自分のもの、みたいなところがあって」
「ああ、聞いたことあるな。
海外の人って悪気なしに、ペンとか紙とか持ってくらしいな」
「ちなみに自分がちょっと図々しいのもそこからきています」
「嘘をつけ」
「でもまあ、日本に戻ってきたときは、正直きつかったですね」
「習慣が違うからか?」
「まず、給食っすかね。 なんでみんなと同じもん食うんだよ、とか思ってましたね」
「へえ、口に合わなかったわけではなく?」
「いやドイツでも和食だったんすけどね。 なんでしょう、こっちって、余ったものわけあったりするじゃないですか。 気ぃ使うじゃないですか、なんか」
「いや、そこがいいところなんだよ」
「そうなんでしょうけど、余ったプリンとか、自分が全部いただいたことだあるんですよ、そしたらなんか、みんなの視線が冷たくなって」
「まあ、そういう空気はあるよな」
「向こうは、その、自分は自分、みたいな感じでしてね。
すごいのになると、昼食にキャベツとか持ってくる子とかいまして。
でも、ぜんぜん浮いてないんです。 キャベツでもOKなんです」
「なんか嘘くせえけど、まあいい。 どんなところに住んでたんだ?」
「ケルンにいたときは、大自然に囲まれてましたね。 近くに牧場がありました。
といっても、田舎という感じでもなく、とにかく広かったです」
「お前って、いちおう富万別市でも暮らしてたんだよな?」
「そうですけど、いまと昔じゃ大違いですよ。 十年前はセントラル街なんてなかったじゃないですか」
「だから、街の地理に不慣れなんだな。
たしかに、すごい勢いでビルとか建っていったからな。 そのへん、向こうはゆったりとしてるんだろ?」
「人も時間ものんびりです。
日本みたいに小さな個人商店が大きなスーパーにかわってるようなこともないです」
「向こうは家の天井も高いらしいな。 ヴァイオリンの音もさぞ響いたんじゃねえか?」
「ですね、日本で暮らしてたときは、とにかく音がぶわーっとこもる感じで、慣れるまで時間がかかりましたね」


ようやくヴァイオリンの話にこぎつけた。


「ヴァイオリンを選んだのは、やっぱり、母親の影響か?」
「でしょうかね。 母のコンサートとか見て、キレイだなって思ってました」
「しかし、よりにもよってヴァイオリンか・・・」
「ええ、楽器は高価だし、目指す人も多いし。
わたしがやってみるって言ったとき、母も複雑な顔してましたね」
「子供はそんな事情知らんからな」
「最初は、弾けたら楽しいっていうだけでやってましたよ。
音楽教室に通ってたんですが、先生の前で弾くといつも手を叩いて喜んでくれるんです」


にわかに、宇佐美の表情がほころんできた。


「母も仕事が忙しく、よく家を空けていたんですがね。
帰ってくるたびに、褒めてくれました。 『またちょっとうまくなったね』って。
自分はそれがうれしくて、今度はもっと褒めてもらおう、とかわくわくしながら練習してました」
「はっ・・・」
「だもんで、学校が終わったら夜中までこもって弾いてましたね。
寝るか、食うか、ヴァイオリンか・・・そんな毎日が半年くらい続きました」
「へえ、発表会とかどうだった?」
「グループで同じ曲を弾くんですけどね、自分だけなぜかちょっと目立ってたらしいですね。
終わったあと、『あなたはヴァイオリンが大好きでしょう』とか言われました」


・・・実際、大好きなのだろうな。


「それからは、もっといろんな人の前で弾いてみたいとか思うようになりまして」


あどけない笑顔。


「それで、母も本格的に自分に教えてくれるようになりましてね・・・」


穢れを知らない幼女のように目を輝かせて話す宇佐美を、おれは知らない。


「本気を出した母は、厳しかったですよ。 なにをやっても無駄無駄無駄でした。
いかに自分が感覚だけでやってたかわかったのは、日本で、あるコンクールに出たときなんです」
「ほう・・・」
「とにかくやたら怖いんです。 静かですし、真っ暗ですし、審査員の方はクールですし」
「向こうのコンクールは、もっとアットホームなのか?」
「発表会に近い暖かさがありましたね。 だもんで、結果はひどかったですよ」
「まあ、あれだろ。 日本のコンクールっていかに正確に音階をとれるかとか、そういう技術的なところを重視するんだろ?」
「いちおう『海外なら評価されるでしょう』というひと言をいただきましたが、とにかく思い知らされました。 だから、ヴァイオリンの持ち方、構え方から見直して、猛練習したんです」
「合宿とか行ったか?」
「行きました行きました。 いま、海外で活躍しているような子ともいっしょになりましたね。
こんなすごい子といっしょになっていいのかな、とかびくびくしてました」


びくびくする宇佐美なんて、想像もできないな。


「ガキのくせに、肩こりとかひどかったんじゃねえか?」
「いえ、むしろ痛いのは背中ですね。
あとは、写真とかとると、いつも左肩が上がってるとか言われましたね。
筋肉が変についちゃって・・・」


ふと、素に戻るように口を閉ざした。


「まあ、いまはそんな悩みもありませんが」


悲しみを隠しきれない自虐の笑みは、見ていて気持ちのいいものではなかった。


ソリスト志望だったんだろ?」
「ええ、オーケストラは、気ぃ使いますんで。
自分のせいでアンサンブルを乱したら・・・とか思うと無理でした」


わりと小心者だったんだな。


「でも、おれには気を使う必要はないぞ」
「え?」


優しげに言うと、宇佐美がまた少女の顔に戻った。


「もっと、いろんな人の前で弾いてみたいんだろ?」
「・・・・・・」
「さあ、聞かせてくれよ」
「・・・・・・」
「この部屋は家賃が高いだけあって、防音もばっちりだ。
たとえどんな下手くそな演奏でも、おれにしか聞こえない」


宇佐美の肩が、かすかに震えた。

息を呑み、じっとヴァイオリンケースを見つめる。


「・・・ハル・・・」


名前を呼ぶと、弾かれたように宇佐美が顔を上げた。

 

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「・・・わかりました、京介くんになら」


頬を赤らめ、そそくさとケースをつかんだ。

宝石箱をあけるような手つきで、ケースの留め具を外していく。

硬いケースのなかに、さらに布のケースが見えた。

宇佐美がそれをいかに大切に扱っていたかがわかる。

やがて、年季に艶だった色をしたヴァイオリンが姿を現した。


「高そうだな、おい」
「実に浅井さんらしい意見ですが、お金には代えられません」


おそらく、母が使用していた楽器なのだろう。


「ちょっとお待ちを」


宇佐美はケースと一緒に持ってきたバッグを漁りだす。


「チューナーとか持ってないですよね?」
「さすがに、おれは聞くのが専門だから」
「参りました。 忘れてきたようです」
「おいおい、まさかいまさらやめるなんて言うなよ?」


たしかに、ヴァイオリンは木でできているだけあって、温度や湿度に音が左右される。


「いいんですか?」
「別にいいよ。 いまが梅雨の季節だったら、おれもうるさくて言うかも知れんけどな」


湿度が高いと弦が伸びやすく、すぐに音がくるってしまうらしい。


「いちおう、毎日チューニングはしてるんですが・・・」
「なんだよ、毎日練習してるんじゃねえか」
「いえいえ、手入れをしているだけで演奏はしていません」


つまり、未練があるのではないか?


不本意ですが、わかりました」


言いながら、黒い石鹸のようなものを手に取った。


「それは、松ヤニか?」
「よくご存知で・・・」


それを、いまから弓に塗るわけだ。

軽く押し付けるようにして、根本から満遍なく塗っていく。


「意外と覚えているもんですね・・・」
「なにが?」
「あ、いえ・・・つけすぎるのもよくないし、かといって足りないと音が弱くなってしまうんです」


最適な量を体が覚ええていたってことか・・・。


「あ、浅井さん・・・食器洗い用のスポンジかなにかもらえませんか?」
「ん?」
「長らく弾いてないもので、"肩当て"がなくて」
「ああ・・・」
「使わない方も多いですが、自分は服の下に入れるとけっこう安定するんで」
「でも、家庭用のスポンジでいいのか?」
「ええ、自分はよく、それで練習してましたから」
「わかった。 "あご当て"は・・・?」
「ついてます。 といっても、化粧をしているわけではないので、そこまで気にしなくても・・・」
「いやいや、汗がヴァイオリンに滴ったらどうするんだ?」
「そんな激しい曲を弾かせるつもりですか?」
「うーん、とりあえずバッハかな」
「やはりですか・・・まあ、バッハはわたしも好きです」
「おいおい、誰を前にして好きとか言ってるんだ? おめーがバッハのなにを知っていると?」
「バッハの数学的な才能に惹かれました」
「ほほお・・・少しは話せるようだな。
たしかにある曲のメロディは最初から弾いても最後から弾いても同じになったりする」
「ええ、まるで回文みたいに。 本当に神秘的な人です」
「よし、じゃあ・・・アレだ。 『主よ、人の望みの喜びよ』でいけ!」
「いけっ! ・・・って、楽譜もないのに」
「弾けないのか? 三島春奈は一度聞いた曲はすべて弾きおおせるという話は、やっぱり話題作りのための嘘だったのか?」
「どこからそんなデマが・・・まあ、なんとなくでよければ弾いてみせましょう」
「ひとまず今日のところはある程度てきとーでも許してやる」
「今日のところはって、今後もあるんですか?」
「当たり前だ。 お前、おれの女だろ?」
「・・・うっ・・・」


照れくさそうに、演奏の準備に入る宇佐美。


「電気消すぞ・・・」
「またそうやってハードルを上げる・・・」

 

・・・・・・。


室内に闇が訪れる。


「あ、待った。 やっぱり『G線上のアリア』がいい」
「浅井さんが一番好きな曲ですか。 わがままさんですね」


ぼやきながら、宇佐美は弓を取り、ヴァイオリンを左の肩にのせた。


・・・。

 

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月明りに浮かび上がる、宇佐美のしなやかな肢体。

足まで伸びた黒い髪に、眠ったように閉じられた瞳。

いつもの宇佐美とは違う、神秘的な印象を受けた。


「・・・慣らし演奏とか、いらんのか?」
「けっこうです」


突き刺すように言った。

右手で弓を緩く構え、左手の指がネックの上にかかった。

肌を重ねあって知ったが、宇佐美の指先は触れてわかるほどに硬かった。

おそらく、成長期の子供のころに猛練習を重ねたからだろう。

その指が、ゆっくりと弦を押さえにかかった。

おれは息を呑み、手に汗握る思いで、演奏の瞬間を待った。

さぞ、艶やかな音色を奏でるのだろう。

そのとき、おれは、たしかに宇佐美ハルという少女に、魅入っていた。

弓の毛が、ヴァイオリンのG線・・・もっとも低い音を出す弦に触れる。


「・・・すみません」


はじめに、ささやきがあった。


「・・・いませんか?」


次に、形のいい眉が脈打った。


「・・・ほら、fホールを這い上がって、G線の上に・・・」


直後、黒板を爪でひっかいたような音が響いた。


「・・・悪魔が、いませんか?」


耳を疑った。


「す、すみません・・・浅井さん・・・」


震えだす。


「わ、わたしには、むり、です・・・」


・・・なんだ?


宇佐美は、なんと言った?


「あ、悪魔・・・?」
「ええ、邪魔をするんです、いつも、い、いつも・・・すみません、おかしなこと言って・・・」


天才的な才能を持つ演奏家には、演奏中の肉体的精神的苦痛をコントロールし、自分を一種のトリップ状態に置ける能力があるという。

想像を絶する恍惚の果てに、たとえば妖精を見たり、悪魔の助言があったりすることもあるらしい。


「あ、や、やっぱり、いませんね・・・すみません、どん引きさせてしまって・・・」


冗談にしか聞こえないが、冗談にしては宇佐美の体の震えは異常だった。


「ただ・・・思い出すんです・・・」


浅い呼吸を繰り返していた。


「母の弓がヴァイオリンのG線にかかりひときわ力強い低音が響いたその瞬間・・・!!!」
「宇佐美っ!」

 


・・・・・・。

 

・・・。

 


―――――

 


・・・。

 

・・・・・・。

 


その音は、美しいヴァイオリンの旋律をすべてかき消した。

地響きが伝わり宙に浮いた。

音感のいいハルの耳を突き破り、音は破壊をもたらした。


爆薬の炸裂。

 

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劇場のあちこちから煙がたち登っていった。

大勢の人間が叫んでいる。

なにを叫んでいるのかは不明だった。

一面に人が倒れている。

すでに人の形をしていないものもあった。

かつての人間の一部。

血と肉が黒い汚れとなって、少女の目前に水溜りを作っていた。


玉砕された大理石の柱、がれきの山に、折れた枝のようなものが見えた。

根本から引き裂かれた腕だった。

客席の椅子に張りついたように尻をつける男がいた。

祈るように腹を抱いている。

やわらかいなにかがたれ、鈍い色で光っている。

はみでた腸だった。


血まみれだった。


なにもかもが焼け焦げ、黒ずんでいた。

あたりには息絶えた者と、絶えつつある者しかいない。

少女は、目を閉じることもできず、硝煙の名残のなか凍りついていた。

すでに世界は一変している。

技巧を極めた母の演奏は、いつの間にか、うめき声の重奏低音に変わっていた。


絶叫が一筋走った。

同時に機関銃の発射音が連続する。

少女の前方で容赦ない掃射があった。

血の流れが何本か、蛇のようにうねって伸びてきた。

少女はようやく、恐怖に歯を鳴らすことを許された。


死は間近だった。


あきらめかけたとき、声があった。

少女を呼ぶ声。

ハル、ハル・・・と、少女を求めていた。

返事をしようと喉を振り絞るが、声がでない。

ひゅう、ひゅう、と喘息を思わせる音が、空気の振動を自在に操る能力を持った母へ向けられた、最期の言葉だった。


「宇佐美の娘か」


頭上から落ち着き払った声が降ってきた。

上から下まで黒い。

顔をすっぽり覆った帽子のなかで、唯一、目だけが不敵に笑っていた。

熱気に陽炎のようにゆらめく男は、まさしく地獄から来た悪魔のようだった。


「宇佐美、ハルだな?」


悪魔の問いに、少女はなんと答えたか、いまでも覚えていない。

けれど、なにか名乗ったのだろう。

悪魔は嘲るような笑みを返してきた。

中東のほうの言語が飛び交っていた。

悪魔は同じ言葉でなにか応じた。

足元の血だまりがしぶきを上げた。


「私は、"魔王"だ。 また会えるといいな、勇者よ」

 

・・・・・・。

 

以来、少女のなかでなにかが壊れた。

まるで弦の一本欠けたヴァイオリンのように、少女の心は正常に機能しなくなった。

ただ、憎悪を得た。

二度と、ヴァイオリンを奏でられなくなったかわりに・・・。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 


―――――

 


・・・。

 

・・・・・・。

 

 

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宇佐美の呼吸はだんだん荒くなり、顔面は月明かりにもわかるほど蒼白になっていった。


「こ、殺したんです・・・"魔王"は、わたしの、母を・・・いいえ、わたしを・・・わたしからヴァイオリンを奪ったんです・・・」
「わかった、もういい・・・!」
「ご、ごめん・・・ごめんなさい・・・京介くん・・・。
弾けるかなって・・・思ったの・・・。
京介くんの前なら・・・京介くんのためなら、弾けるかなって・・・」


どうして、宇佐美みたいなただの少女が、"魔王"を追っているのか。

無謀にも思えた行為の理由が、ようやくわかりかけてきた。


「でも、ダメだった・・・ごめんなさい・・・!」


打ちひしがれた少女は、救いを求めて、いままでさまよっていたのだ。


「そうか・・・よく話してくれたな・・・」
「うっ・・・ごめん、ごめんねっ・・・」
「いいんだ」
「ごめんね、楽しみにしてたのに・・・」
「気にするな。 おれも悪かった」


おれは宇佐美を抱きすくめようと、腕を伸ばした。


「心配するな。 あとはおれがなんとかする」
「・・・なんとか?」


色のない声で聞き返してきた。


「ああ、"魔王"を捕まえる」


それしか、宇佐美に救いはないように見えた。


「・・・捕まえる?」


直後、目を見開いた宇佐美。


想いをかさねようとも、しょせんは他人。


おれは、宇佐美の哀しみの片鱗も理解していなかった。

 

 

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「・・・違います・・・殺すんです・・・!」

 

・・・・・・。

 


その夜、おれは宇佐美ハルに宿った悪魔を知った。

親から続いた因縁はもはや宿業となり、おれたちに、いつまでも冬の帳を下ろしている。


「また、弾けるようになるさ・・・」


いや、おれが、立ち直らせてみせる。


もう、役にも立たぬ神様に祈ったりはしない。


一人の人間として、おれが、ハルを・・・。


その夜は、少女を何度も抱いた。


動物のように求め合い、精をハルのなかに放った。


激しい性交渉。


二人とも、相手の魂すら欲していた。


やがて夜は更け、抱き合うように眠りに落ちていった。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 


―――――

 


・・・。

 

・・・・・・。

 


「待ちわびた・・・」


ついに、決行の日がやってきた。

おれは、この日、このときのために準備してきた十年の歳月を振り返らずにはいられなかった。

 

・・・・・・。

 

 

 

・・・。

 

 

 

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商社マンだった父、鮫島利勝に憧れ、おれは幼いころから留学を希望していた。

十年前、おれは金も実力もないただの小僧だった。

ロンドンの王立大学に通っていたおれは、将来的には資格も取って、父の会社で働こうなどと考えていた。

歳の離れた弟、京介はまだ幼く、頼りなかった。

たまに帰国するとよくテレビゲームの相手をさせられた。

人なつっこく、気さくなところは父そっくりだった。

母の雑事を手伝うおれを、よくカメラで追い回していたのを覚えている。

父の尽力のおかげで、鮫島家は貧乏ではなかった。

しかし、おれは渡英の費用や学費、仕送りなどは一切断った。

体の弱い母がいつ何時倒れるかわからなかったし、父はさらにもう一人、家族を増やそうとしていたからだ。

当面の金策のため、おれはロンドンの友人たちと輸入雑貨の商売をしていた。

輸入雑貨といえば聞こえはいいが、やっていることは行商だった。

日本で買いつけたTシャツや洗剤、鉛筆、仏像などをロンドン市内の雑貨屋に売りつける。

日本製の調理用ラップやトイレ用品はウケがよかったし、他にも漢字のロゴが入った下着は、よく注文が入った。

父はよく、そういった商品をダンボールに積めて、イギリスまで送ってくれていた。

『お前も立派な商社マンだな』などと笑い、心底おれを応援してくれていた。

アランに出会ったのは、アルコールの匂い消しを売りに、とあるパブに出向いたときだった。

見てくれは四十代後半。

千鳥格子のハンチングに、安っぽいフェイクファーのついたジャンパー、くたびれたスラックス。

ギネスビールを飲みながら、ときおりパイプに火をつける様は、どこからどう見ても、労働者階級の英国人だった。

『ハーイ』などと気さくに手を振って、在庫の一つを買ってくれた。

日本人が大好きだと言う彼は上客だった。

そして、何度か顔を合わせているうちに、ファーストネームで呼び合うようになり、酒の一杯でもおごってもらうころには、こっちの氏素性から、特技、趣味まですっかり知られるようになっていた。

治安に優れた国で義務教育を施されたおれは、情けないほどに無防備だった。

百戦錬磨のスカウトマンだったアランにとって、日本人の青年など赤子のようなものだったのだろう。

果たして、彼が傭兵という言葉を口にしたとき、おれはアルコールに呑まれていた。


『私は、傭兵だった・・・』


聞きなれない言葉に、酔いが回ったおれは警戒心よりも先に好奇心を募らせた。

戦争ビジネスを底辺で支えているのが、死の商人の末端構成員たる、傭兵徴募業者だ。

利害の一致さえあれば、あっという間に金儲けのシステムは構築される。

天文学的な数字の動く戦争をビジネスにして、骨の髄までしゃぶってやろうという悪魔がいくらでも沸いてくる。

アランは、たとえばアラブ諸国の超大物代理人や、資本主義を代表する巨大企業の手先ではなく、もっと小さい単価で商売をしている悪魔の一人だった。

資格を持ち、正規の人材派遣業者に所属している。

ただし、傭兵のスカウトはおおっぴらにはできない。

理由は、国際法であり、外交上のしらがみであり、地下組織とのつながりである。

気ばっかり大きくなっている青二才に、アランはまくしたてた。


『クロサワ』『ヤマトダマシイ』などとあおりながら、おれをけむにまき、さながら悪徳宗教の勧誘のように、獲物が思考停止する瞬間を狙っていた。

しかし、おれはイエスとは言わなかった。


「人殺しは悪です」


アランはそんなことは知っているとばかりにおどけてみせた。


『けれど、人殺しは正義が救ってくれないものを、救ってくれる場合がある』


彼はそう言った。


理解しがたかった。


男の冒険心をくすぐるものはあったが、傭兵、などという得たいのしれない稼業につく理由はない。

世界では絶えず戦争が行われているが、おれには関係のないことだった。


『力が必要になったら、いつでも連絡してくれ』


アランは言った。


それからしばらく月日が流れた。


妹が生まれ、死んだ。


清美の遺影の前で、落胆に暮れる父の姿はいまも目に焼きついている。


それからまもなく、その父が殺人の容疑で逮捕された。


母から電話を受けたおれは、目前に迫っていたアラビア語の試験を放り出して帰国した。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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富万別市内の留置所。

取調べを理由に、三度追い返された挙げ句、ようやく父の面会を許された。


「手紙は読ませてもらいましたよ、お父さん」


アクリル板越しの父は、軽くうなずいた。

こけた頬の上で、やつれた瞳が不眠を訴えていた。


「心臓のほうは、どうです?」


父は曖昧に首を振った。

手紙には、一行足りとて弱音を吐かなかったが、父は何度か倒れたことがある。

心臓の病気からくる発作だった。


・・・それが、清美に遺伝したと、嘆いていた夜もあった。


「死刑だなんて大げさな・・・どうか、あきらめないでください」


父は宇佐美義則と、その部下加藤、他に、現場に居合わせた宇佐美の麻雀仲間二名を殺害していた。

父は、極刑を言い渡されるのだろうか・・・?

父への同情の余地は十分にあるだろう。

とはいえ、父の犯行は計画的で、手口も残忍ととらえられて仕方がないものだった。

せめて、宇佐美だけなら、と無念に駆られた。

とくに、宇佐美以外の三人は、せいぜいが、虎の威をかりて、父を侮辱するだけが能の小悪党に過ぎなかった――もっとも、そういった輩こそ、死んで当然だといまのおれは思うが。

父の友人という弁護士に話を聞いたが、三年も四年も先になる判決に、絶対の自信を持って死刑を免れるとは言い切れるはずもなかった。

正直、不安だった。

なぜか、世論が宇佐美に同情的なのが気にはなっていた。

父の手紙の文面にあったように、宇佐美が詐欺を働き、また賭博の常習者だったことは、新聞でもテレビでも、一切報じられていない。

宇佐美は政治家にもコネクションがあったという。

三島薫という著名人が妻であるのも関係しているのだろうか。

そして、そういった諸事情が、判決に影響することがあるのだろうか・・・。


「安心してください。 万一に備えて、死刑廃止論者の団体の方々にも協力をお願いしています」


けれど、彼らの会合、勉強会などに参加するにつれて、おれは希望を失っていった。

おれが救いたいのはこの国の将来ではなく、今後死刑を言い渡される可能性のある父だった。


――恭平。


父が、穏やかにおれを呼んでいた。


――ありがとう、恭平。


涙を流す父は、けれど、瞳にある種の達成感のような光を宿していた。

おれは思い切って聞いてみた。


「お父さん・・・あなたは、人を殺したことに、後悔はなさっていないのですね」


父は唇を噛み締めた。


――すまない・・・。


そのひと言は、おれたち家族に向けられたものであり、けっして、宇佐美ら四人に対してのものではなかった。

おれは裁判の光景を想像した。

被告人には改悛(かいしゅん)の情がなく・・・などと検察官が声高に叫ぶ。

事実、父が、宇佐美に対して頭を下げるなどありえないし、あってはならないことだ。


――恭平・・・秀才のお前が、ぜひ父に教えてくれないか。


仏に救いを求めるような顔をしていた。


――父さんは、世間でいわれるように、悪魔なのか?


悪魔だろう。

胸のうちで、理性や道徳心が、冷酷にそうつぶやいた。

勤勉で、なによりも家庭を愛してくれた父。

父がもたらしてくれた笑顔は数知れない。

熱いものがこみ上げ、恩知らずの理性や道徳心をなじった。

 

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「父さんは、正しい・・・」


少なくとも、おれにとっては・・・。

そのひと言、その決意こそが、今後のおれの人生を決定づけることになった。


「お父さん、おれはイギリスに帰ります。
しかし、必ず戻ってきます。 何年先になるかわかりませんが、希望を捨てないでください」

 

・・・・・・。

 

数年先の判決を、ただ指をくわえて待っているつもりはなかった。

富万別市の自宅に戻ると、おれは荷物をまとめ、母と京介に別れを告げた。

二人とも、おれがいなくなることにひどく不安を覚えていた。

しかし、不幸を嘆いていても父は救われないのだ。

京介に母を託し、おれはイギリスに戻った。

唯一の誤算は、浅井権三という獣を見誤ったことだ。

当時、父の、いわれのない借金を取り立てに来ていたヤクザは、父が留置所に入ったくらいではあきらめなかった。

権三の魔手は取り残された母親に及ぶのだが、それを知ったのは、ずいぶんとあとになってからだった。


・・・・・・。

 


例のパブで、アランは満面の笑みでおれを出迎えた。


『戻ってきそうな気はしていたよ』


おれは率直に聞いた。

あんたについていけば、たとえば刑務所から囚人を釈放させられるほどの力を身につけられるのか?

そのとき、初めて、アランのおれを見る目つきが変わった。


『私は傭兵の女衒(ぜげん)をしているんだ。 恭平が、まさか、テロリスト志望だとは思わなかった』


呼び方など、どうでもよかった。


テロリストであれ、洋平であれ、正規軍の兵士であれ、とにかく父を確実に救うための道を模索したかった。


『ひとまずうちで働いてみるといい。 二、三年もすればFA宣言をして、自由に活動する者もいる』


アランについていくことに、迷いがなかったわけではない。

日本の母と、何年も連絡が取れなくなるからだ。

ふんぎりがついたのは、ロンドン市内の地下鉄爆破事件に巻き込まれたときだった。

英国が抱える民族問題にテロリストが奮起し、スーツケース爆弾が駅のホームを吹き飛ばした。

死傷者は、約五百人。

そのうちの一人が、たまたま地下鉄の階段を下りている途中のおれだった。

怪我は腰を少し打った程度で済んだが、恐慌に走り回る人々の波に呑まれ、財布やパスポートの入ったバッグを現場で紛失してしまった。

翌日のニュースを見て、心底驚いた。

死者の一覧に、はっきりと日本人・鮫島恭平とあったからだ。

当時のロンドン警視庁の捜査の荒さは、日本にも届いているくらいだから、信じられなくもなかった。

たとえば、大学に在籍して一ヶ月もしたころ、友人がいきなり逮捕された。

婦女暴行の罪だという。

しかし、犯行時刻に、おれと食事をしていたアリバイが明らかになるとすぐに釈放された。

警察は、暴行されたと訴え出た友人のガールフレンドの証言だけで逮捕に踏み切ったという。

他にも、大学のさる有名な助教授が、講義中に短機関銃を構えた警察隊に囲まれるという珍事があった。

これも、さるパキスタン系移民の証言によるものだ。

テロリストとその教授の風体が似ていたという、それだけの理由だった。

緻密な操作で絶対の証拠をつかんでから逮捕に踏み切る日本では、冤罪事件など滅多に起きない。

しかし、英国では、誤認逮捕され、マスコミにも大々的に報道されてから、実は、無実だったという、被害者にとっては洒落にならない事件が、ままある。

長年、テロリズムの脅威にさらされているとはいえ、逮捕どころか路上でいきなり射殺される場合もあるというから、うかうか夜道も歩いていられないものだった。

だから、ヘロインをやりながら入国管理をしている人間が、日本人留学生のパスポートをぱっと見ただけで、生死確認の連絡の一つもよこさなかったのだとしても、納得できないわけではなかった。

大使館に、自分が生きている旨を告げようとしたおれを、アランが引きとめた。


『このまま死んだことにすれば、恭平の夢の実現は五年は短くなる』


死の偽装によるメリットは、後におれが諜報活動を専門にする傭兵となったときに実感することになる。

徴募業者の周辺には、履歴を偽装する業者が実在する。

イギリスであれば大物マフィアの看板を背負った、インドパキスタンの移民が下請けをやっている。

彼らは世界中に巨大なネットワークを持っているから、無茶を言わなければたいていの履歴は偽装してくれる。

取引商品は、パスポート、運転免許証、銀行口座から各種公的機関が発行するIDカード、クレジットカードからトラベラーズチェックまで、予算に応じてなんでも買うことができる。

ただし、いくら近代に入っても戸籍がいい加減な欧米でも、生きた人間を死んだ人間に偽装するよりも、死んだ人間を死んだ人間に偽装するほうが、はるかに安価で確実だった。

なにせ、追跡調査をかけようにも、履歴上完全に死んでいるのだから、真の人物像も探りようがない。


『恭平、はっきり言って君は逸材だ』


アランは富万別市のセントラル町を闊歩するスカウトマンとはわけが違う。

目をつけて声をかけるのは、未経験でもなんらかの期待を持てそうな男ばかりなのだろう。

おれは、その期待に応えるわけでもなく、ただ、自らの目的のために、仮契約書にサインをした。

翌日には、下宿先を引き払い、ロンドン郊外にある農地に向かった。


・・・・・・。

 

 

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一見してただの牧場だった。

いや、実際に、牛もヤギも羊もいて、呑気に乳をしぼっていた。

奇特な牧場主の副業だというが、どこかのコングロマリットかシンジケートが出資しているのは間違いなかった。

つまり、傭兵を大量に斡旋している大金持ちの総元締めだ。

どこの国でも金持ちがやるのは、徹底した経費削減だった。

粗末なロッジがあり、禅寺の精進料理みたいな食事が与えられる。

そこでは、おれと同じように悪魔に誘われた馬鹿どもが、五、六人のグループにわけられ、五日かけて身体検査、体力測定、特技、経験などを詳しく調べられる。

要するに、家畜の品評会だ。

しかし、これは形式的なもので、逃亡犯、指名手配犯など、若干の異常者が選考から漏れることはない。

イギリスでは多民族国家であるからして、集まった人間も様々だ。

顔色の異常な男とタコ部屋に押し込められ、三日もすれば泣きべそをかく大男まで現れた。

適正を厳しく検査されたおれは、唐突に別室に呼ばれることになった。

そこでは、軍服を着たいかつい白人が手招きしていた。

どうやら、履歴書に『カラテ、ブラックベルト』などと書いたことが興味を引いたらしい。

その白人がどうにも見かけ倒しだった。

ロンドンの路上でも一度暴力沙汰に巻き込まれたことがあるが、西洋人というのは、とにかく腕力でねじ伏せようとする傾向がある。

きちんと間合いを取って、大味の突きと蹴りをかわせば、あとは急所に一撃を入れるだけだった。

この自己アピールは、ある意味とんでもない自殺行為で、かくしておれは、一段上の訓練を施され、五段は上の戦場に派遣されることになった。

この通称「檻」と呼ばれる施設は、ヨーロッパの各地に点在する。

やはり、偽装した牧場や農地が多いが、国によっては堂々と看板をかかげていることもある。

品評会が終わり、傭兵斡旋業者と本契約を結んだおれは、傭兵産業の伝統あるスイスの民間軍事学校に入所させられた。

おれの担当教官は、"魔王"とあだ名されていた。

背の低い優男で、軍服を着ていなければブランド洋品店のマネージャーかと思うほどの紳士だった。

"魔王"というわりには、物腰は穏やかで、映画に出てくるような鬼教官っぷりは微塵も見えなかった。

"魔王"はイギリスの特殊部隊の隊員だったという。

もちろん、素性は一切口にしない不文律があったから、それが本当かどうかはいまでもわからない。

しかし、たしかに"魔王"は高度な技術を目の前で見せつけた。

朝の四時に起床、二十一時に就寝という毎日で、たまにゲリラ戦を想定して深夜に"魔王"が襲撃をかけてくることもあった。

カリキュラムは実技と学科に別れていた。

実技では、武器弾薬の扱い方から、射撃、爆弾の製造と解体、破壊工作、各党、斥候など。

学科では通信、ナビゲーション、サバイバル術などを学んだ。

過酷な訓練課程のなかで脱落する者や、事故で再起不能になった者もいた。

他の連中より履修がスムーズだったのは、おれが英語とアラビア語、さらに日常会話程度のドイツ語とフランス語、スペイン語を扱えたからだ。


『坊やはお遊びが好きなようだな』


ある格闘訓練を終えると、"魔王"が珍しく厳しい口調で詰め寄ってきた。

たしかにおれは、対戦相手を組み伏せてすぐに止めを刺さなかった。

窮地におちいった敵がどういった反応を示すのか観察したかったからだ。


『かすかに笑っていたぞ?』


自覚はなかったが、有無を言わさぬ様子だった。


『敵には敬意を払うのだ。 我々は犯罪者ではない』


イギリスには紳士道なる美徳がある。

彼は殺人教育を片手に、そんなモラルを説いてきたのだ。

おれは殺気立っていたとは思う。

なにしろ来る日も来る日も人の殺し方を学んでいるのだ。

食事中も休憩中も誰もが寡黙にうつむいている。

お互いの顔も見たくない。

見れば殺したくなる。

銃を構えた監視員がいるなかで、敵に敬意払うなど無理というものだった。

おれはたまらず腹をかかえて笑った。


――では、先日中東での戦争で、一部英国兵士が行った蛮行をどう弁解なさるのですか?


偽善者はよく、ひとりひとりの善行の積み重ねが世界を救うのだと本気で信じている。

そういった輩をけむにまくには、たとえを大きくすればいい。

人は、国は、社会制度は、民族は、そもそもお金というものは・・・などと、小説家の説教のような前文句をつけて話を進めれば、必ず相手をうならせることができる。

殴られるのは覚悟の上だった。

おれはそのとき"魔王"を初めて尊敬した。


『その通りだ、坊や。 我々はいまどこにいる?』


掃き溜めです、そう言った。


『そう、掃き溜めだ。
いま日本で前例のないテロ事件が起きた。
アフリカでは相変わらず秒単位で人が死んでいく。
だが、我々には関係ない。
我々は世界に生きているわけではない、いつでも個人で生きている』


そうして、先ほどの紳士ぶった仮面を取り外した"魔王"は、まさしく"魔王"とでも言うべき歪んだ笑みを浮かべた。


『この施設はヨーロッパでも屈指の軍事訓練学校だ。
まともに卒業できるのはよほどの無神経か、暗く孤独な信念を持った者だけだ』


期待している、と肩に手を置かれた。

なるほど、ことの善悪は主観的なものだとしよう。

すると、一切の客観性を排除し、究極まで個人で生きられた者こそが、悪の王、"魔王"になれるのかもしれない・・・。

傭兵業者も慈善事業ではない。

早ければ二週間、長くても五週間ほどで市場に回さなければペイにならない。

卒業のとき、"魔王"はおれにコードネームをひとつ提案した。

それが、"魔王"だった。

しかし、そんな冗談みたいなコードネームを使う人間など、世界中のどこの傭兵や殺し屋を探してもいない。

おれは仲間内だけで、あるいは、コードネームを使う必要のないオペレーションのときだけ、自らを"魔王"と名乗り、かの訓練教官を偲んだ。

というのも、おれが初の戦場に赴いた時点で、"魔王"は人知れず他界していたからだった。

初めて人を殺したとき、新兵の反応は様々だというが、おれはその場にいた部隊長も驚くほど冷静だったという。

敵を待ち伏せし、草むらに隠れ、訓練で習ったとおりに照準を定めた。

冷静もなにも、動くモノというモノに乱射しただけなのだから、「殺った!」などという感慨など沸くわけもない。

ただ、唯一、おれの心のなかで"魔王"が、日本人鮫島恭平に向かって言った。

ご遺体ではなくBody,仏さんではなくItだと。

そのささやきが、おれを良心の呵責や後悔、現実逃避から守ってくれた。

同じ部隊で一番先頭を歩いていたアメリカ人が、戦闘後、泣きながらぶつぶつ言っていた。


『私は人殺しではない。 殺人犯ではない。 殺人犯は自分より弱い者を狙う。 だから、私は人殺しではない』


一番先頭を歩かされるというのは、つまり、錯乱して味方を撃たないようにとの配慮だった。

次の作戦行動のため移動を開始した直後、彼は振り返って味方に銃を向けた。

その瞬間、わかったいたかのように部隊長が彼を射殺した。

おれも、とっさに、きちんと銃を構えていたという。

 

屁理屈を言うと死ぬということを学んだ。

おれは約二年の間、歩兵として戦場を渡り歩いた。

期間はそれぞれ二週間から長くて五ヶ月程度。

ダイヤモンド鉱山の警護、民主化に反発するゲリラの殲滅、特殊部隊を持たない国の正規軍として陽動作戦に従軍することもあった。

ジャングルでネイティブの案内役とはぐれたときは、さすがに命を落とすかと思ったが、幸いにして安全な水源を確保できたおかげで、なんとか生きながらえた。


二年後、おれは再びアランに出会った。


・・・・・。

 

 

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『私の目は確かだった。 よくいままで生きていたな』


傭兵斡旋業者と傭兵の関係は、たとえばヤクザとヤクザからシャブを買う風俗嬢の関係に似ている。

つまり、いくら働いても儲からないという泥沼の無間地獄だ。

実際、多くの戦友は契約期間を過ぎても、さらなる修練を積みに、業者が紹介する軍事学校に入所する。

駆け出しの傭兵の給料など、日本のコンビニでアルバイトをしたほうがわりがいいくらいなのだが、それでも第三世界の紛争国出身の人間には家族を何年も養える大金だった。


『恭平、お前は金を求めてこちらの世界に足を踏み入れたわけではないのだろう?』


無論だった。

金はもちろん必要だが、壮大な復讐計画を実行に移すには、コネクションが必要だった。

そう、復讐。

大勢の人間を特に理由もなく殺していった結果、おれの考えは変わっていった。

宇佐美義則を含む四人を殺したくらいで、なんだというのか?

彼らは人間のクズであり、たとえば民族解放のために立ち上がった義勇兵でもなければ、生まれたときから人を殺すことしか教えられなかった中東の少年兵でもない。

殺される理由がある人間が、逆におれには珍しく見えていたほどだ。

たとえ民間人を撃ったとしても、その紛争に勝利さえすれば、戦後に軍法会議にかけられることもない。

そういった様子を見ているうちに、父が裁かれることすらおかしいと思えてきた。

父を救いたいなどとかっこうのいいことを言っていた小僧は、いつの間にか、日本のありとあらゆるものを破壊してやりたいという衝動に駆られていた。


『これからは恭平も、フリーのエージェントとして、こちらも好きなときに声をかけさせてもらうよ』


おれは、もう紛争地でドンパチやるのは御免だと話した。

実際のところ、おれは戦闘にはあまり向いていなかった。

日本人のくせに背が高いのが敗因だった。

的が大きければすなわち、狙われやすい。

実際に、優れた戦闘能力を誇る傭兵は、中肉中背の一見して目立たない男ばかりだった。

映画に出てくるような筋骨隆々のゴリラもいるにはいるが、たいていはすぐに死ぬか、発狂して使い物にならなくなった。

加えておれには、どうやら、不敵な遊び心というか、人殺しをゲームとして楽しんでいるような不遜な気質があった。

おれ自身、そんなつもりはまったくないのだが、わざと急所を外すような殺し方をしていると、何度か指摘されたことがある。

これは、一瞬の判断が生死を分ける戦場では命取りになる弱点だ。

けれど、おれには語学を生かした渉外能力があった。

おれは復讐の準備の第二段階として、諜報活動を生業とすることにした。

傭兵といえば、とにかく陸軍だという先入観がおれにもあった。

しかし、実際には潤沢な資金を好き勝手に投入するクライアントが依頼するオペレーションは、おのずと仕事が難しく、何ヵ月、あるいは何年も前から入念に準備されている機密性の高いものだった。

当然、事前の調査は周到に行われなければならない。

アランがおれをスカウトした理由の一つに、おれが東洋人であるという事情があった。

傭兵の絶対数からいえば、日本人はとても希少なのだ。

かくしておれは、台湾人、韓国人、香港人・・・とりわけ能天気な日本人観光客というカバーのおかげで、とくに警戒されることもなく、仕事に従事できた。

情報戦の重要性はわざわざ語るまでもなく、報酬も歩兵だったころとは雲泥の差だった。

その分、リスクはついて回る。

条約もなにもない傭兵稼業では、敵地に偽造パスポートを持って潜入したまま、いつでも身元不明の死体になることができる。

死を偽装したおかげで、足がつくことのないおれは、有能なスパイとして次第に名を上げていった。

あるとき、モスクワの将校と、軍用爆薬の取引をしていたとき、興味深い話題を耳にした。

三島薫というヴァイオリニストが、近く劇場でコンサートを行うのだという。

相談相手の将校は、来賓の中にアラブの大物がいて、それがアメリカの代理人であり・・・要するに殺したいというようなことを言っていたが、おれの注目は三島薫に注がれていた。


かの宇佐美義則の妻。

よし、殺すとしよう。

まるで、今日の食事の献立を決めるのと変わらない。

将校は笑顔で帰っていった。

ある程度人脈も整っていたおれは、傭兵仲間を通して、金に汚い人間を集めた。

すなわち、麻薬カルテルのボディーガードや、誘拐ビジネスに手を貸すような男たちだ。


・・・・・・。

 

 

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作戦の指揮はすべておれが取った。

事前に遠くはなれた銀行を爆破するという情報を流し、官憲を振り回しておいたおかげで、爆破は実にスムーズだった。

場内にはおれが直接C4爆薬を持ち込んだ。

このときも、日本人の観光客という天下ご免状役に立った。

まんまと起爆装置をセットすると、三島薫の演奏に合わせて爆破のスイッチを押した。

爆風に巻き込まれ、半死半生の三島薫に止めを刺したときには、中間決算でも済ませたかのような達成感があった。

娘の宇佐美ハルという少女とも出会った。

気でも触れていたのか、自らを勇者だと名乗っていた。

たしかに、おれには不敵な遊び心があるのかもしれない。

なぜ殺さなかったのかと問われれば、面白そうだったからと答えてしまう。

京介と昔遊んだコンピューターゲームでは、村を焼き払われ家族を失った勇者が成長を重ね、やがて大魔王を倒すという王道のストーリーが展開されるのだ。


いや・・・。


正直に告白すれば、なくしたはずの良心がうずいたのかもしれない。

親は親であり、娘は娘なのだと、無関係な母親を殺したあとで、いまさらながらに感じたのを覚えている。

幼い子供を惨殺するという行為に、一般的な倫理観が警鐘を鳴らしていた。

けっきょく、さらに歳月を経て現在にいたったとき、おれは宇佐美ハルなんて忘れていたのだが、とにかく、官憲も迫っていたその場を見逃してやることにした。


その後に、日本での父の状況を探った。


・・・。


第一審は、死刑。


危惧していたことが現実となった。

もっとも、無期だろうが、懲役五年だろうが、おれは計画を実行に移すつもりだった。

父はおれの言葉を信じたのか、控訴して争う構えだった。

悔やんでも悔やみきれないのは、母の存在だった。

こっそり会いにいったとき、母は病院のベッドにいた。

調べたところ、心の病を患って、長らく一人で暮らしているのだという。


一人で?


京介はどこにいったのか。

それを知ったとき、殺意が芽生えた。

母を守るべき弟は、あろうことか浅井権三の養子となって、金儲けに奔走していたのだ。

母は、顔つきの変わったおれを、恭平だと気づくことはなかった。

おれはさらなる準備に明け暮れた。


・・・・・・。

 

 

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諜報活動も長く続けていると商社の諜報屋と出会う。

とくに山王物産ほどの大企業ともなれば、五人や十人は、真面目に勤務するかたわら、パートタイムで貿易商社の持つ膨大な情報を切り売りしているものだ。

おれは彼らの一人に近づき、さらには社長にまで迫った。

当時、山王物産には巨大企業が抱えがちな悩みがあった。

たとえばせいぜいが数百億円規模の売り上げで、社長がベンツだクルーザーだのとガス抜きしているうちはいいのだが、これが数千億数兆円規模になってくると、もう軍事予算に食いつかなくては会社を維持できないのだ。

山王物産も海外では、中南米の工場などで密かに拳銃を作って第三世界に売りさばいていたが、軍事産業全体からみればまだまだ零細企業といえた。

だからおれは、思い切って、日本の別の商社で製造されている武器の輸出を提案した。

武器の輸出が禁止されている国だからこそ、実現すれば莫大な富をもたらす。

この世界には、アタッシュケース一つで商売する、一匹狼の武器商人がいくらでもいた。

彼らを仲介し、日本のくつかの漁港に拠点を設け、販路を開拓する。

新潟や福井の漁港から北朝鮮の漁船に海上で引き渡し、ピョンヤンから陸路でウラジオストク、さらにモスクワまで運べばもう足がつくことはなかった。

さらに、日本の税関には、袖の下は通じないが、コンテナを二重三重にするという古典的な技がこと輸出に関しては通用する場合もあった。

かくして"魔王"は、山王物産の暗部を引き受けるかたわら、もう一つのビジネスを計画していた。

おれはアランに声をかけた。


『日本で、傭兵の斡旋をしようって?』


アランの目は輝いていた。

すでに、初めて出会ったときの若造を見るような態度ではなく、おれを一人の男として認めてくれていた。


『たしかに、君もそうだが日本人の需要は高い。
しかし、日本は裕福な国だ。 誰が志願するっていうんだい。
とても採算が取れるとは思えないが?』
「私も裕福な家庭に育った。
けれど、物質的な豊かさに関係なく、心の貧しい人間というのは、どこの国でもいるものだ」
『それは、たとえば?』
「未来をになう坊やたちです」


アランのような西洋人には、日本人とは礼儀正しく時間に正確で、同族意識の強い、世間や家族を常に気にかけるという印象がある。

たとえば企業の不祥事などで、代表が世間にご迷惑をおかけして申し訳ありませんなどと謝辞を述べる。

凶悪犯がご遺族に申しわけないと言うのも、欧米ではあまり聞かない。

こういった身内意識が、穏やかな規範となって日本での凶悪犯罪の抑止につながっているらしい。

しかし、近年では、環境の変化によって、同族意識が薄れ、個人主義的な色彩が強くなってきた。

家庭で十分な愛情を受けず、学校や地域社会でも疎外された少年少女の凶悪犯罪が、ぽつり、ぽつりと目立つようになってきているそうだ。

おれはとある本の内容をそのままアランに語り、さらにオリジナルの愉しい提案をしてみた。


「彼らに銃を与えてみたらどうか」


たとえば、いじめという問題はどこの先進国も抱えているものだが、とりわけ日本では、自殺してしまう子供たちが目につく。


「私はひどく悲しいんだ、アラン。
これがアメリカだったら銃を片手にギャングの仲間入りをするという道があったろうに」


才能を発掘して英才教育を施せば、後に出資に見合うだけの人材となる。

こういった、アングロサクソン的配慮というか、人さらいの発想は欧米人にウケがよかった。

なぜなら、傭兵のスカウトなんて最たるものは、数こそ減ったが、現在でもヨーロッパの各地で行われているからだ。


『協力は惜しまないよ、"魔王"』


・・・・・。

 

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そうして、おれは日本のストリートを歩き回ることになった。

はじめは大企業の重役の息子や政治家の隠し子などを狙った。

教育に失敗したとしても、親に身代金を要求するなどの利用価値があるからだ。

他には、暴力団の下部組織、あるいは一歩手前の暴走族などにも声をかけた。

求める人材は、家庭や学校、職場から理不尽な扱いを受けて、もう暴力に頼るしか道のない哀れな子供たちだった。

覚せい剤で稼ぐ知恵を貸し、銀行襲撃のための武器を与え、彼らが成長していくさまを見守るのは、おれにとっても喜びの一つとなっていた。

日本の子供のネットワークというものはすごいもので、"魔王"というウワサが広まると、黙っていても人が集まるようになった。

まあ、トラウマや複雑な家庭事情などなくても、男の子というものは、一度くらいは44マグナムをぶっ放してみたいと考えるものだ。


なかには時田ユキのような逸材もいた。

女性の傭兵というものは、噂でしか聞いたことがないが、それだけ希少なのだろう。

時田が宇佐美の知り合いでなければと、非常に残念に思う。


さて・・・。

 

 

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「はじめるとしよう・・・」


父はつい先日、最高裁で死刑を言い渡された。

ぎりぎり間に合ったといっていい。

もし、父が殺されていたら、この街だけでは済まさなかっただろうな・・・。

山王物産のビルを見上げる。

父の年季奉公先であり、武器の密輸入のためにおれも利用させてもらった。

宇佐美義則を不当にかばって、父を極刑に陥れた憎き会社も、ついにつけを払うときがやってきたのだ。

唯一気にかかるのは、勇者と裏切り者の京介の存在だが・・・。


『坊やは、お遊びが好きなようだな』


目を閉じると、スイスの訓練所の風景と、訓練教官の声があった。

 

 


「もう、坊やではありませんよ、"魔王"」

 

 

・・・