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G線上の魔王【28】


・・・。


翌朝、おれは時田を自宅に招いた。

 

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「ノリコ先生の反応はどうだった?」
「概ね許してくれるそうよ」


「ユキ・・・あまり一人で悩むなよ」
「・・・・・・」


どこか釈然としない様子だった。


「さあ、"魔王"について知っていることを話してもらおうか」
「といっても、ほとんどわからないのだけれどね・・・」


時田は"魔王"と出会った経緯から話し始めた。

話を聞き進めるうちに、"魔王"の実力がかいまみえた。


「それで、"魔王"はいったい、お前からどんな見返りを求めていたんだ?」
「それが、まったく。 てっきり、父を利用するのだと思っていたのだけれど・・・」
「わからんな・・・子供を集めてなにをしようっていうんだろう・・・」


"魔王"は人の心を弄ぶのが好きみたいだが・・・。


「"魔王"の潜伏先は?」
「驚かないで欲しいけれど、このマンションのすぐ近くよ。
もっとも、複数ある拠点の一つなのだけれど」
「ひとまずそこを探ってみないか?」


「いえ、もう、もぬけの殻でした」
「手がかりの一つも?」
「それどころか、まるでわたしをあざ笑うかのように、部屋の鍵が開いていました。
くまなく探しましたが、髪の毛一本落ちていませんでした」


時田が考えるように言った。


「"魔王"はよく、山王物産のビルに出入りしていたようよ」
「うん・・・昨日も、なにか怪しげだった」


そこで思いついたのか、宇佐美は昨日メモを描いた似顔絵を掲げた。


「この外人さんなんだが、見たことないか?」
「あ・・・」


目を細めた。

 

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「会ったことあるわ。 傭兵だって紹介されたけれど」
「傭兵?」
「名前は、たしか、アランだったかしら。 偽名だと思うけれど」
「どんな話をしたんだ?」
「戦場での話を少し。 といっても、とっくに引退しているって言ってたわ。
"魔王"とはかなり深い関係にあるみたいね」


ますます不安が募る。


「時田、お前がまんまと誘惑されるくらいだから、"魔王"はやはりとんでもなく交渉上手なのか?」
「語学は堪能みたいよ。
警察のマニュアルにあるような交渉の基本的なスキルは熟知しているみたいね。
なにより、人を騙すことにかけては病的なまでに得意だわ」
「病的?」
「本物の社会病質者はね、嘘を嘘だと自覚しないまま話すことができるの。
彼は本物ではないと思うけれど、それに近いくらいの凄みがあるわ」


「"魔王"は、人を手にかけることになんのためらいもない」


苦々しい顔でうなずいた。

聞けば聞くほど、ため息が出る。

昔おれと一緒に遊んでいたころの、強くて優しい恭平兄さんはどこにもいない。


「"魔王"の目的は、おれの父、鮫島利勝の釈放だ」
「となると、傭兵を雇って、武器も資金も潤沢にある"魔王"の行動は・・・」


「脅迫でしょうね。 どこぞに爆弾をしかけたとか・・・」


「あるいは、人質を取って山王物産のビルに立て籠もるか」


おれの発言に、二人ともうなずいた。

"魔王"は、山王物産に恨みを抱いていると思う。

父さんの裁判は、なぜか圧倒的に宇佐美に有利だった。

父さんにも同情の余地がある点は、わずかに触れられただけで、大きく報道されることはなかった。

これについては、山王物産の現専務の染谷が、かばいだてしたのではないかと裏では噂されていた。

なぜなら宇佐美の悪行が知られると、甘い蜜を吸っていた染谷も一緒に捕まるからだ。


「ひとまず、街に出てみよう」


宇佐美も続いた。


「時田は白鳥のお守りだろ?」


ふっと笑った。

 

 

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「助けてくれてありがとうね、京介くん」
「いいから金を用意しておけよ」


「また連絡する。 水羽と椿姫によろしく」


おれたちは外に出た。

 

・・・・・・。

 

はやけに冷え込んでいた。

 

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「昨日の晩、雪が降ったらしいっすよ」


今年最後の寒さが、肌を刺す。


「今日も降りそうだな・・・」

 

・・・おっと。


珍しいヤツから電話だ。


「やほー、兄さん元気ー?」
「よう、海外からか?」
「携帯も進化したねー」


相変わらず能天気そうな花音だった。


「パパリン死んじゃったって?」


誰かが連絡したのだろう。


「通夜は今日だ。 無理して帰ってこなくていいぞ」
「いまもう空港だから」
「・・・まあ、わかった。 着いたら連絡しろや」
「やったー、迎えに来てくれるんだねー」
「じゃあな」
「あ、ちょっと・・・!」


おれは一方的に通話を切った。

花音に、ショックを受けた様子はなかった。

権三の死を、いまだに信じていないのかもしれない。

思えば花音も不憫だな。

ヤクザの組長を父親に持つ、人気フィギュアスケート選手。

権三がにらみを利かせていたうちは、スキャンダルになることもなかったが、これからはわからないな。

問題のある親の子供であるというだけで、差別は確実に・・・。


「浅井さん・・・?」


覗き込むように、宇佐美が見ていた。


「宇佐美・・・」


家族が問題を起こしたというだけで、家庭は崩壊する。

それを、おれはよく知っているつもりだ。


「どしました? 自分のことが好きなんですか?」


同意の上とはいえ、肌を重ねた少女。


「てれますね、見つめないでください」


・・・違和感の正体は、これか。


「ちょっと、市役所寄っていいか?」
「ま、まさか、婚姻届ですか!?」


おどける宇佐美とは対照的に、おれの気分は沈んでいた。


・・・・・・。

 

・・・。

 


数時間後。

 

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「悪い、待たせたな」
「まったく、なんなんすか。 嫁をハンバーガーショップに置き去りにして」
「証人が二人いるって言われたから、ちょっと時間がかかった」
「どういうことか説明してもらえるんでしょうね、浅井さん?」
「もう、浅井じゃねえんだわ」
「はい?」
「離縁の手続きをしてきたんだ。
おれはもう権三の養子じゃない。 今日、この日から、鮫島京介だ」
「マジすか? なんでまた?」
「まあ、なんとなくな。 気持ちの整理っていうヤツか?」
「しかし・・・いいんですか?」
「ああ、権三も死んだしな。 もう小判ザメでもいられないし、浅井って名乗っている意味がないんだ」
「自分は、これからあなたをなんと呼べばいいんですか?」
「好きにしろよ。 京介でいいじゃん」
「・・・恥ずかしいんですよね、素で言うのは」


離縁なんて、形式上のことなのだが、なにかすっきりするものがあった。

母さんは死んだ、兄さんは"魔王"になった。

そして、父さんは・・・。


いままで、おれは逃げていた。


・・・父さんに、会いに行こう。


「あ、ちょっと待ってください。 これで、花音とも兄妹じゃなくなるんですよね?」
「それがどうした?」
「いえ・・・ちょっとやきもちを」
「そういうのは、黙ってたほうがかわいいと思うぞ」
「そすかね」
「とっととオフィス街に向かうぞ」


目指すは山王物産のビル。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

・・・やけに人通りが多いと思ったら、今日は休日か。

 

 

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「昨日は、静かだったんですがね」


セントラル街にはいつも通りの活気があった。


「おい、京介」

 

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「よう、久しぶりじゃん。 生きてたか?」
「そりゃ、こっちのセリフだよ。 事情はユキ様から聞いたよ。
なに二人してばっくれかましてんだよ」
「学園とか超なつかしいんだけど」


「エテ吉さん、その後、ノリコ先生はどうなりましたか?」
「いやもう、俺の女よ。 この前、優しいところ見せちゃったから。 これからデートよ」


・・・本当かねえ。


「立て籠りの件に関しては、ユキ様を恨まねえよう、とりあえずビシッとしつけといたから」
「頼りになりますねえ」


「栄一、最近、街で変わった噂とか聞かないか?」
「噂?」
「"魔王"とかよ」
「聞かねえけど、昨日の夜は、なんか大きなイベントがあったらしいな」
「どんな?」
「いや、路上をよ、トラックが十台くらい走ってた。 ホストの宣伝みたいだったけど・・・」
「十台ってのは普通じゃねえな」
「あとは、オフィス街へのメインの道路で、事故があったの知ってるか?」
「マジで? なんか工事してたよな? 下水かなにかの」
「破裂したらしいぜ。 水道管が」
「んじゃ、いまは、通行止めか?」
「噂じゃ、なんかラリったチンピラの仕業らしいぜ。
作業員にいきなり襲い掛かったらしいよ」


・・・ただのいたずらにしちゃ、度が過ぎているな。


「まあ、わかった。 じゃあな」


「デートがんばってください」


「おう・・・お前らも、なんか知らねえけど、ヤバいことに首突っ込むなよ?」


珍しく真面目な顔で、おれたちを見送ってくれた。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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「山王物産まで行って、どうします?」
「来客ぶって、なかの様子を探ってみる。
ひょっとしたら、"魔王"ないし、橋本なしい、例の外人を見かけるかも」


いちおう、染谷専務とは東区の開発のときに、顔を合わせたことがある。

いきなり会いにいってアポが取れるとは思えないが、社内にいる口実の一つにはなるだろう。


・・・・・・。

 

・・・。


山王物産のエントランス。

休日だろうが、人の出入りは激しいようだ。

公用車らしきセダンが二台、正面入り口の前でとまった。

 

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「浅井さん、あの人って・・・」


ドアから、黒服に守られるように出てきたのは、政治家だった。


今川恒夫。


ニュースでよく顔を見る、与党の幹部だ。

現首相の忠実な下僕としてあらゆる政策の先頭に立ち、次期総裁も噂されている実力者だ。


「"魔王"は、政治家にもつながりがあるんでしょうか」


だとしたら、もう、おれたちなんかの手に負える敵ではないかもしれないな・・・。


「ハルちゃん? ハルちゃんじゃないか?」


不意に、背後から声をかけられた。


「あ、裕也さんじゃないすか。 ども」


岩井裕也だった。

童顔だが、体操選手のように引き締まった体をしている。


「偶然だね。 元気にしているかい? 親父も、なにかとハルちゃんのことを気にかけていてね」


まぶしいくらいに爽やかな笑顔。


「どうも」
「こんにちは、先日、屋上でお会いしましたね」


おかげで、宇佐美との思い出を取り戻すことができた。


「無事、再会することができたんですね」


心底うれしそうに言う。


「ええ・・・」
「いや、良かった。 幼いころの二人は、まるで恋人どうしでしたからね」


「すいませんね、自分は、あなたのことシカトしてたみたいで」
「ははっ、ハルちゃんは変わってたからねえ。 なかなか声もかけられなかったよ」


にじみ出る雰囲気は、なんとなく椿姫に似ていた。

幸福な家庭に育ち、まっとうで明るい人生を歩んできた者特有のにおいがする。


「そうだ、食事は済ませたかい?」
「いえ・・・」
「いまランチタイムでね。 よかったら、三人でどうです?」


おれは岩井の誘いに乗ることにした。


「そうですね、思い出話もかねて、屋上で弁当でも」


これで、社内に長居する口実ができる。

そんな思惑も知らずに、岩井は口元を緩めた。


「いいですね。 三階にうまい弁当屋があるんです」
「企業のビルなのに、そんなのあるんですか?」
「レストランもあるし、郵便局の出張所もあるし、スーツの仕立てをしてくれる店もあるよ。
最近じゃ、歯医者もできたんだ」


さすがに、巨大企業は違うな。


「それじゃ、行きましょうか」


紳士のように、さっと手を差し伸べてくる。

手を見れば、その人間の歩んできた人生がわかるという。

おれには、そんな慧眼(けいがん)はないが、岩井の手は爽やかな外見とは裏腹に、ごつごつしていた。


「ああ、学生のころ、日雇いのバイトをしていましてね」


無遠慮な視線に気づいたのか、てれくさそうに言った。

父親が、山王物産の重役とはいえ、苦労知らずのお坊ちゃんというわけではなさそうだ。

岩井裕也は、おれにとって、目を合わせていられないタイプだった。


・・・・・・。

 

・・・。

 


―――――

 


・・・。

 

・・・・・・。

 

 

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山王物産の役員室を目指し、堂々と歩みを進める集団があった。

アランも現役を退いたとはいえ、足音も立てずに歩いている。

他の三人の傭兵たちも、来客のビジネスマンを装いながらも、周囲に目を光らせている。

総合商社のビルを、白人と黒人がアタッシュケースを持って歩いていたとしても、なんら違和感はない。

道順は目をつぶってでもわかるよう入念に調べあげていた。

四十九階にある、染谷専務の執務室。

思惑通り、来客中らしかった。

重々しく閉ざされたドアの横で、カードリーダーのランプが訪問者を拒絶するように赤く点灯していた。

かまわず、用意しておいた偽造カードで、ドアを開ける。

 

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「失礼いたします」


慇懃(いんぎん)に礼をしてぞろぞろと中に入る。


「・・・君は・・・っ」


広々とした室内には、専務の染谷と与党の政治家今川が、革張りのソファに腰掛けていた。

他にも、今川の秘書役が一人、山王物産の役員が三名ほど顔をつき合わせていた。

今川の後ろには、SPらしきスーツの男が二名。

上着の下に、拳銃を所持しているふくらみが見えた。


「なんだ、君たちは! どうやって入ったんだ?」


役員の一人、脂ぎった顔をした初老の男が息をまいた。


「ご無沙汰ですね、染谷室長。 その後、いかがです?」


室内の中年どもが、一斉に染谷を仰ぎ見る。

ぶしつけな乱入者と、面識があるのかと動揺しているようだ。


「日中に会うのは初めてだな。 いや、こうしてみると、やはり若い」


憮然として言った。


「なんの用かな、"魔王"」
「さすがに肝が据わっていますね。
この場で、私の存在を隠そうとしないのは好感が持てます」
「君は大切なビジネスパートナーだ。
皆さんにご紹介しよう、彼こそが、我が山王物産を影で支えてくれた男だ」
「どうも初めまして。 そちらは、今川先生ですね?」


今川、彫りの深い顔の眉間に、しわを刻んだ。

こいつが、今日、染谷との面会に来訪するという情報は前もってつかんでいた。


「実は染谷室長、今日は、長年お仕えしてきたぶんの、報酬をいただきにうかがいました」
「・・・そうかね」


まるで、覚悟を決めていたかのようにうなずいた。


「染谷さん、いったいなにが始まるのです?」


今川のあごが染谷に向けられた直後だった。

 

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銃声と同時に、二人のSPが倒れた。

わざわざ脳天に一発ずつ。

パフォーマンスとしては十分だ。

遅れて上がる、役員どもの悲鳴。


「お静かに。 あなた方は殺しません」


腰を抜かしていないのは染谷と今川の二人だけだった。


「・・・いったい、なにが目的だ?」


口がきけるとは、さすがに大物政治家は違うな。


「いい執務室ですな、室長」


室内を見渡す。


「トイレも、バスルームも完備ですか。
そちらの冷蔵庫にはビールでも冷やしてあるのですか?」
「ああ、おつまみもある。
一日や二日籠城するにはもってこいの部屋だよ」
「助かります。
では、全員、私がいいと言うまで、両手を頭の上に置いてください。
そう、そのまま。 部屋の隅に集まってください」


染谷が、全員を促した。


「指示に従ってください。 彼は本気だ」
「ずいぶんと素直ですな
「いつか、こんな日が来るとは思っていたよ。 なぜなら君は"魔王"だからね」
「机の下にある、非常用ボタンは押さないのですね」


染谷は力なく笑った。


「警察のSPですら瞬時に殺した君たちに、警備会社の人間が太刀打ちできるとは思わんよ。 今川先生も、馬鹿な考えはおやめください」


今川は先ほどから、しきりに胸の辺りに腕を伸ばそうと、機をうかがっていた。

おそらく外で控えている警護の人間に連絡を取ろうとしていたのだろう。

おれはひとしきり満足した。

最初に抑えるべきは、三点。

この染谷の執務室を含む四十九階のフロア。

人質の確保は問題なく成功した。

次に、ビルの管理をつかさどる四十七階のコンピュータールーム。

ビル内の、空調、温度調節などの環境管理、電気関係などのエネルギー管理、電話システムなどの通信監理をスーパーコンピューターが一手に引き受けている。

制圧すれば建物のありとあらゆるドアや、通用口、防火扉の開閉を行うことができる。

最後に、屋上だ。

警察は必ず屋上からの急襲を想定する。

屋上には絶えず歩哨を立たせておかなくては・・・。


「アラン、この場は頼んだぞ」


アランの肩を叩き、おれは部屋をあとにした。


・・・・・・。

 

・・・。

 


―――――

 


・・・。

 

・・・・・・。

 

 

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「いやあ、実を言うとね、幼いころから、君たちとは友達になりたいと思っていたんだよ」


売店で買った弁当をつつきながら、楽しそうに言う。


「よく、ここで二人を見かけていたからね」
「近づきがたい雰囲気でもありましたか?」
「うん、君たちは、恋人同士なんだろう?」


「ど、どうなんですか、浅井さん?」


おれはたまらず首を振った。


「まさか・・・」
「ガーン!」


「あれ、そうなんだ」


岩井はまた、椿姫みたいな笑顔を見せる。


「あたなは、独身ですか?」


・・・なぜか、そんなことを聞いてしまった。


「自分と結婚しろ的な話を、裕也さんのお父様からされましたが?」


岩井が頭を抱える。


「親父のヤツ・・・まだそんなことを」
「・・・本当ですか?」


宇佐美と岩井は、そんなに親しい関係なのだろうか・・・。


「いや、誤解しないでください。
うちの父は、ハルちゃんのお父さんを慕ってましてね。 ハルちゃんを不憫に思ってるんです」
「・・・まあ、なんでもいいですが」


・・・なんでもよくはないのだが、つい尖った態度を取ってしまった。


「気を悪くしたらすみません。
僕も、もう二十六ですから、親父もいい相手の一人くらいいないのかと、うるさくて・・・」
「宇佐美がいい相手とは・・・なかなか変わった好みをしていますね」


「またトガる!」


おれは腰を上げて、屋上を取り囲む鉄柵に寄った。

超高層ビルの屋上からの景色を眺める。

たしかに、大発展したな。

都心のベッドタウンとして、市内に住宅地がひしめいていた。

宇佐美と初めて出会ったころは、セントラル街もなかった。

ふと、下を見る。

高所恐怖症ではないが、さすがに肝が冷える。

外壁に窓ガラス清掃用のゴンドラがあったので、よけいに地上との距離感がつかめてしまった。


「昔を懐かしんでいるんですか?」


と、そのとき、屋上の入り口の鉄扉が開いた。

浅黒い肌に彫りの深い顔立ち。

外国人らしき長身の男が、おれたち三人に目を止める。

スーツ姿にアタッシュケース・・・社員が休憩でも取りにきたのか・・・?


「すぐに降りろ」


発せられた日本語には違和感がなかった。

年齢は二十代にも四十代にも見える。

さらにもう一人、似たような風体の外国人が屋上にやってきた。

二人とも厳しい目つきをしている。


「どうかしましたか?」


外国人は岩井の言葉を無視して、懐に腕を伸ばした。

 

戦慄が走った。

 

「降りるんだ」


威圧感の漂う口調で拳銃を向けていた。


「あなたたちは・・・?」
「指示に従え」


連れの男も、いつの間にか拳銃を抜いていた。


「お前たちは人質だ」


すぐには言葉の意味を把握できなかった。


「この建物は、1300時から、すでに我々の制圧下にある。
状況を理解したら、指示に従え。 この者について行くんだ」


言って、もう一人の男に英語で何か命じていた。


「浅井さん・・・」


おれのすぐ隣で宇佐美がぼやいた。


「ああ・・・」


・・・占拠?


そんなことを急に言われても、まったく現実感がない。


しかし、"魔王"なら・・・。


「・・・わかりました」


岩井が引きつった顔で、ちらりとこちらを見た。

おれたちも、この場は両手を上げて、指示に従うほかなかった。


・・・・・・。

 

・・・。

 


―――――

 


・・・。

 

・・・・・・。

 

 

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無線から声が届いた。


「よし、コンピュータールームはおさえたな。 四十八階はどうだ?」


クリアしたと、報告が届く。


「余分な人質は多ければ多いほどいい。 それも、無抵抗な女であることが望ましい」


間を置いて、屋上からの連絡があった。


「屋上、確保しました」
「結構。 屋上に人はいなかったか?」
「社員が一名、子供が二人いました。 現在、四十八階に移送中です」
「よろしい」


・・・しかし、子供か。

社員の子供でも紛れ込んでいたか・・・なんにせよ人質としては使える。


・・・・・・。

 


・・・。

 

 

―――――

 

 

・・・。

 


・・・・・・。

 

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四十八階のランプが点滅していた。

銃口に急かされ、エレベーターを降りる。

パーテーションで区切られた広々としたオフィスだった。

窓際の一箇所に、大勢の男女が集められていた。

銃を構えた男がそれを上から見下ろしていた。

人質の群れに加わるよう、うながされた。


「浅井さん・・・」


後ろを歩く岩井が、小声で言った。


「左手の通路の奥は非常階段だ」


言われた方向をちらりと見ると、非常口のランプがあった。

距離にして十メートルほど。


「ハルちゃんを連れて逃げてくれ」


・・・待て。


・・・どうする気だ?


けれど、岩井はおれの懸念など気にもかけなかったようだ。


直後、背後で岩井のうめき声があった。


「・・・苦しい・・・」


膝を折り、床に崩れ落ちる。

背後の外国人が岩井に銃を向けた。

立て、と英語で叫ぶ。

岩井は苦しそうに、腹を押さえて、その場にうずくまった。

男がさらに何か叫んで、岩井の背広をつかんだ。


「・・・っ」


瞬間、宇佐美の腕を引いた。


くそ!


宇佐美は足をもつれさせながら、なんとか駆け出した。


止まれ!


背後から揉み合う音が聞こえた。


銃声と、悲鳴と、怒号が連続する。


・・・・・・。

 

無我夢中で床を蹴った。

通路を折れ、非常口の闇に飛び込む。

薄明かりのなか、階段を二段、三段と飛ばし降りる。


再び銃声。


全身が恐怖に凍りつくより早く、足を動かす。

隣を走る、宇佐美の荒い吐息。


「このままじゃ、追いつかれます!」


ことここにいたって、宇佐美は冷静だった。

冷静に、頭上から迫る足音に気づいていた。

ガキの鬼ごっことはわけが違う。

凄まじい速さで階段を駆け下りてくる。


「宇佐美、お前はこのまま走れ!」


階段の踊り場で、不意に足を止めた。


「できません!」
「いいから行け!」


追手の足音はすでに一つ上の階まで迫っていた。

猟犬のような息づかいが聞こえる。


「浅井さん!」
「ぐずぐずしやがって!」


言い争いをしている暇はなかった。

おれは猛然と、いま降りてきた階段を駆け上がった。

宇佐美の涙混じりの声が耳にまとわりついた。


もう、破れかぶれだった。


銃を持ったテロリストに素手で立ち向かう。

外道の最後にはふさわしい、無様な死に様だろう。


「京介くん!!!」

 

・・・・・・。

 


・・・。

 

 

―――――

 

 

・・・。

 


「人質に逃げられた?」


例の、屋上にいた子供たちらしい。


「いや、問題はない。 いまから四十六階の防火扉を閉めて、それより下のフロアを閉鎖する。 努めて追う必要はない」


四十六階より上を完全に支配下に置くのだ。

もともと不特定多数の人質を確保する予定ではあったが、一人や二人欠けても計画に支障はない。


「持ち場に戻れ。
いまは、作戦を時間通り遂行させるのが先決だ」


・・・・・・。

 


・・・。

 


―――――

 

 

・・・。

 


・・・・・・。

 

 


不意に、得体の知れない音が非常階段に響き渡った。

警戒音とともに、頭上からキャタピラが回転するような音がした。

シャッターらしきものが降りてくる。


「危ない!」


はっとして前を向いたとき、銃口が迫っていた。

弾丸が頬をかすめていった。

とっさに足がもつれ、床に尻もちをついた。

けれど、第二射はなかった。

目の前にはいつの間にか、厚いシャッターが折りて、追ってを防ぐ壁となっていた。


「はあっ・・・っ・・・」


ようやくまともに呼吸ができたような気がする。


「浅井さん、お怪我は?」
「・・・だいじょうぶだ・・・」


状況はわからないが、とにかく命拾いしたようだ。

手足がこわばり、次第にがたがたと震えてきた。


「お互い、無我夢中でしたね」
「そうだ・・・岩井は・・・?」


宇佐美が黙って首を振る。

答えが用意されているはずもなかった。


・・・・・・。

 


・・・。

 

 

―――――

 

 

・・・。

 


・・・・・・。

 

 

再び報告の連絡があった。

子供たちには逃げられたらしい。

どうにも社員の一人が二人をかばって、不意に襲い掛かってきたらしい。


「その勇敢な男は、死んだのか?」


拳銃の底で殴りつけて昏倒させたという。

 

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「見上げた男じゃないか。 手厚く看護してやるといい」


さて・・・。


街の様子はどうなっているかな・・・。

 


・・・・・・。

 


・・・。

 

 

―――――

 

 

・・・。

 


・・・・・・。

 

 

「どうやら、いま我々は四十六階にいるみたいですね」
「ああ、占拠されたっていうのは本当らしいな」


ようやく気分が落ち着いてきた。


「なぜ逃げなかった?」
「いえ、浅井さんには、この前も助けていただきましたし」


時田の件かな。


「あれはおれも血迷っていただけだ。 次は、おれの言うことを聞けよ」
「・・・・・・」
「ひとまず、このビルを出よう」
「・・・しかし・・・裕也さんが・・・」
「見捨てるしかない」


ためらいなく言った。


「助けだせるわけないだろう?
だいたいなんのために、あの人が身をていしておれたちをかばってくれたと思ってるんだ?」
「・・・わかっていますが・・・」
「・・・なんだよ、そんなにあの人に世話になったのかよ」
「それもありますが・・・"魔王"が・・・」


おれはさすがに吹き出してしまった。


「お前、この期に及んで、まだ"魔王"を捕まえたいとか思ってるのか・
映画の『ダイハード』見たか? おれはブルーズヴィリスじゃねえんだぞ?」


銃弾がかすめたときの、空気を裂くような音が、いまだに耳に残っている。


「いま、こうして五体満足で生きていられるだけでも、奇跡みたいなもんだ」


必死さが伝わったのか、宇佐美もようやくうなずいた。


「ひとまず、ここにいるのは危険ですね」
「そうだ。 とっとと出よう」
「・・・・・・」
「頼むよ、ハル。 おれはお前を危険な目に合わせたくないんだ・・・!」


つい、口が勝手に動いた。

 

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「あ、ありがとうございます・・・」
「いや・・・」


まるで呪いだな。

まともな頭が働けば、この状況で逃げないやつなんていない。


・・・ヴァイオリンか。


「出よう。 あとは警察に任せるしかない」
「はい・・・すみません、自分、どうかしてましたね」


おれはそっと、宇佐美の肩に手を置いた。


「"魔王"は勝手に捕まるだろうさ。
ビルを占拠するなんて、自ら逃げ道をふさいでいるようなもんだ」
「そうですね・・・だと、いいんですが・・・」


傷ついた少女の顔をしていた。


「帰って、クラシックでも聞こうぜ」


下の階で、喧騒があった。

『逃げろ』『エレベーターが動かない』などと叫んでいる。

どうやら上の階の騒ぎが、下にも伝わったらしい。


「どうやら、逃げられそうだな」
「ですね。 "魔王"も、五十階あるビルのすべてのフロアを制圧する必要はないでしょう」


・・・まだ、"魔王"の考えを読み取ろうとしているのか。


「人質は、我々が見た数十人と・・・おそらく、例の政治家の方でしょうね」
「わかったわかった。 家でじっくりと、ニュースを見よう」


おれは宇佐美の手を取って、一歩一歩階段を下りていった。


・・・・・・。

 


・・・。

 

 

―――――

 

 

・・・。

 


・・・・・・。

 

 

 

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同日午後一時三十分。


富万別市のセントラル街にある交番に、血相を変えて飛び込んでくる若い巡査の姿があった。


――大変です!


セントラル街では、一日に何度も聞く台詞だった。

とにかく激務で知られている交番なのだ。

一日に、千件を越す道案内、落し物の届出受理。

風俗店のトラブルや、違法な客引きの取り締まり。

酔っ払いの喧嘩に、暴力団の小競り合い。

なにより多いのは未成年者の補導に指導だった。

交番長の警部補は慣れたもので、新聞のスポーツ欄に目を落とした。


――火災です! ドラッグストアで放火が!


警部補はふと顔を上げた。

巡査の後ろに、数人の若者がいる。

見慣れた悪がきどもだった。


――なにか用か?


少年たちは答えなかった。

恐ろしく無表情。

いったい、なんだ。


パン、と音がした。

目を剥いて倒れた巡査の後ろで金髪の少年が銃を構えていた。


まったく、状況が理解できない。


けれど、警部補の脳の処理速度など無視して、銃口が再び火を噴いた。


少年たちが、嬌声を上げてはしゃぐ。


パン、パン、パパパパン。


まるでお祭りの爆竹のような陽気さが――。


・・・。

 

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同日午後一時三十五分。

山王物産の本社ビルがある区域にも、ちらほらと雪が舞い落ちていた。

俗にセントラルオフィスと呼ばれる商業区画では、山王物産をはじめ、世界中のあらゆる企業が参入している。

いわば富万別市の財布ともいえる地域だった。

山王物産から二百メートルの範囲には、細い道路がいくつもある。

ビルとビルの間を、毛細血管のように張り巡らせた路地だ。

休日であろうと、様々な商品を運んだトラックが道幅狭しと通行している。

その路地に大型トラックが堂々と鎮座していた。

道路に対して横向きになるように停車している。

あたかも血の流れを塞ぐように、道を詰まらせていた。


――おい、なにしてやがんだ、くそ野郎!


柄の悪そうな男が、声高にトラックに近づいていった。

トラックのドライバーに食って掛かる。

ドライバーは、なんの冗談か、軍服を着ていた。


――北区域、全域を封鎖しました。


わけのわからないことを無線機に向かってつぶやいていた。


――あ、あんた、いったいなんだ?


柄の悪そうな男の声がしぼんだのは、ドライバーが拳銃の引き金に指をかけていたからだ。

逃げようと思ったときには遅かった。

自衛隊

いや、違う。

もっと頭のいかれた――。

 

・・・。

 

 

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同日午後二時三十分。

警視庁警備部警護課第三係の警部は、係員からの定時連絡が途絶えたことを懸念していた。

通常、SPが選挙運動期間中でもなしに、政治家の警護に派遣されることはないのだが、警護対象が、かの今川恒夫であれば話は別だった。

つい先日、今川は熱烈なまでの親米政策を打ち出し、野党はおろか国内過激派の逆鱗に触れるにいたった。

連日に渡る脅迫まがいの文書やいたずら電話に頭を悩ませた今川が、警視庁に身辺警護を要請してきたのである。


――なにがあったのか?


SPは、要人警護の性質上、警察官のなかでも優秀な人材がそろう部署だ。

とくに格闘術、射撃術においては、普通の制服警官の実力を上回る。


それが、一切の緊急コールもなしに打ち倒されるとは、とうてい考えられる事態ではない。

覆面パトカーのなかで不安げに山王物産ビルを見上げていた警部の耳に、爆音が届いた。

それもビルからではない。

セントラル街の方角だ。

見れば、火災でも発生したらしく、黒い煙が上がっている。

火の元は、一つや二つではなさそうだ。

ガソリンスタンドに引火でもしたのか・・・。

ビルのエントランスから、にわかに人があふれ出してきた。

皆、血相を変えて、外に飛び出てくる。

着の身着のままという格好だ。

中には転んで踏み潰された人もいるらしく、悲鳴と怒号が聞こえる。


――なんだ、どうした?


警部が車内から降りたその瞬間だった。

カカカッという聞きなれない銃声が鳴った。

制服警官が持っている警察の正式拳銃も、そのような乾いた連続音はしない。

人がばたばたと倒れ、悲鳴がさらに極まった。

警部はとっさに、所轄の警察署に応答を願った。

なかなか返答はなかった。

度を越えた非常事態に、報告が相次いで、対応できないとしか考えられない。

再び、例のカカカッという銃声が耳に届いた。

さらに、耳元で騒ぎとは対照的に落ち着いた声が上がった。


「こんにちは」


短機関銃をかまえた男が二人、さらに一歩進み出る若い男がいた。

身を乗り出して、警部の持っていた無線端末を勝手につかんだ。


「前線基地が確保できたら、いまから言う携帯にご連絡を」


そして、颯爽と歩き去った。


警部は、声も発することができなかった。

脇の二人の男が構えていたのは玩具ではない。


三人組は、逃げ惑う人々を駆り立てるように、短機関銃を闇雲に乱射していた。

空に浮かぶ黒煙。

絶えることのない悲鳴と絶叫。

ニュースで見る中東市街地での暴動のような光景が、いままさに繰り広げられつつあった。


直後、銃口が目の前にあって――。

 

・・・・・・。

 


・・・。

 


―――――

 

 

・・・。

 


・・・・・・。

 

 

「・・・浅井さん・・・」


おれたちは、ビルから大挙して逃げ惑う人々の群れに混じっていた。

我先にと階段を駆け下りる大人たち。

転倒して怪我をする者も多かった。

行列を組んだ避難民のように出口を捜し求める。


「浅井さん、これは・・・」


ようやく外の空気を吸い込んだとき、おれたちは知った。


「宇佐美・・・」


ビルから出れば、ひとまず助かる・・・そう思っていた。


「はい。 予想の斜め上をいかれました」


占拠されたのは山王物産の本社ビルだけではなかった。

前方から機関銃の発射音とともに、悲鳴が上がった。

安全など、どこにもない。


・・・。

 

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容赦なくなぎ倒される人の波。

飛び散る、血と肉。

常に上がり続ける、悲鳴、銃声、激突音。

空気がこんなに焦げ臭くなるなんて知らなかった。

しかも、何が燃えているのかわからないくらいの火の手が上がっている。

遠くの空は煙に霞んでいた。

 

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「ひとまず、どこかに身を隠しましょう」


現実感の希薄な世界にいたおれは、宇佐美にうながされるまま、セントラルオフィスの路地を目指した。

路地に差しかかったあたりで、パトカーが走りこんできた。

サイレンを鳴らしながら、路肩に停車する。

おれはパトカーが連想させる警察・・・国家権力という響きに、思わず、ほっと胸をなでおろした。


「逃げましょう・・・!」


とっさに腕を引かれた。

物陰から、十数人の少年たちが鉄パイプを片手に飛び出してきたのだ。

パトカーのフロントガラスやボンネット、さらには出てきた制服警察官の頭を目がけて殴りかかった。


・・・そんな・・・冗談だろ・・・!?


少年たちの一方的な暴行には、なんの躊躇も見出せなかった。


「浅井さん、早く!」


飛び込んだ路地で、おれたちはさらなる暴挙を目の当たりにした。

普段は、路上生活者などが暮らす、薄暗い細道。

数人の男が女性に乱暴していた。

脇にうずくまって痙攣しているのは、女性の連れか。

不意に、上方でガラスが割れた音がしたとかと思うと、空から人が降ってきた。

ヤクザ風の男はすでに血まみれで、口から泡を吹いていた。

それに、髪を赤く染めた少年が角材を振り下ろし、止めを刺した。

誰かがおれたちに向かって指を差した。


殺せ、犯せ・・・笑いながらにじり寄ってくる。

おれは宇佐美の手を握りながら走りに走った。

徐々に、体が現実を認識し始めた。

まるで、テレビで見る、アジア各地の半日デモのような世界。

セントラル街は、すでに暴力の坩堝(るつぼ)と化していた。

飲食店のガラスは叩き割られ、レジに群がる少年たちがお札をばらまいていた。

スポーツカーが人だかりを蹴散らし、普段は渋滞する道路を我が物顔で突っ切っていく。

道端では、サラリーマン風の中年がよってたかって血祭りにあげられていた。

交番の外壁に、公衆トイレの落書きみたいな文字がスプレーされていたのを見て、ようやく悟った。

警察の助けなど、まるで期待できない。


「クーデターっていうんですかね・・・」


違うだろう。

テロというには無差別すぎるし、反乱や蜂起というには下品すぎる。


「地獄だ・・・」


宇佐美がうなずいた。


"魔王"が、地上に地獄をもたらしたのだ――。

 

・・・・・・。

 


・・・。

 

 

―――――

 

 

・・・。

 


・・・・・・。

 

 

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午後四時ちょうど。

おれはセントラル街の最後の路地を封鎖したとの報告を受けた。


「結構。 これで、山王物産を中心とする半径約三キロの区域は、我々の国となった」


国の名前は、ネバーランドでも富万別市国でもなんでもいいが、とにかく、おれの求める地獄が地上に姿を現した。

右を見ても左を見ても、破壊と暴力しかない。

どうやって、この無法地帯を成立させるか・・・それに長年の準備を費やしてきた。

このセントラル街には約四十の出入り口がある。

せれをすべて、これまで入念にかわいがってきた"坊や"たちが制圧した。

道路を塞ぐだけならたったの十分で済むという試算があった。

前もって盗んでおいた貨物用トラックなどを、建物に突っ込ませ、路地を通行止めにするバリケードとするのだ。

さらに、建物とトラックの隙間などに土嚢を高く積み上げ、有刺鉄線を張り巡らせる作業がたったいま完了した。

山王物産の占拠と、国会議員今川の拉致もこれに合わせて練られた計画だった。


「よくやってくれた。 みんなで力を合わせて国を守ろう」


報告をしてきた"坊や"に優しく言った。

彼らには、この計画が荒唐無稽な夢物語ではないことをじっくりと説いてきた。

多少の知恵と、多少の異常性があれば、誰にでもできる。


携帯が鳴る。


警察が使う番号だった。


・・・さて、警察にも、現実を認識させてやるとしよう。

 

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「こんにちは、あなたは本件の責任者かな?」


ボイスチェンジャーなどは用いない。

どんな機材を使ったとしても、いまの警察技術では、声紋は必ず分析されるからだ。


「私は県警捜査一課特殊班の時田だ。 本件の責任者と考えてもらってかまわない」


声には強い意志と、威厳が備わっていた。

この県警の特殊班は警視庁のSITや大阪府警のMAATと並んで、体制が充実している。

彼らは、人質立て籠り事件、誘拐事件、企業恐喝などのプロフェッショナルとされている。

おれのような凶悪犯相手には、重装備で出動し、説得が通じない場合は強硬突入してくる。


「初めまして、時田警視。 いや、警視正かな?」
「警察の階級に詳しいようだな。 君はまさか、警察内部の人間じゃないだろうね」


さすがは本物の交渉人。

いきなり、さぐりを入れてくるか・・・。


「私のことは"浅井(アサイ)"と呼んで欲しい。
ひょっとしたら公安あたりが実態をつかんでいるかもしれないから、聞いてみるといい」
「わざわざすまないね。 手間がはぶけるよ。
お礼と言ってはなんだが、こちらがいかにして君たちを包囲しているか忠告してもいいだろうか?」
「ぜひお願いする」
「現在、セントラル街、セントラルオフィスに至る全ての道路を完全通行止めにしてある。 歩道も同様だ。
ロープを張って、カメラを抱えたマスコミもシャットアウトしている」
「手際がいいな。 事件発生からまだ三時間しかたっていない。
警視庁からも応援の機動隊が来ているのかな?」
「細かい説明は不要のようだな。
各封鎖地点にはすでに装甲車両やSATの移動用バスも待機しているぞ」
「お見事。
では、防備のもろそうな、ドラッグストア近くの封鎖地点に装甲車両を突っ込ませて、突入経路を確保したらどうかな?」
「ご指摘ありがとう。
だが、今川議員の現在地、安全が確認できない現状では、突入は見合わせる方針だ」
「賢明だな。 いま、こちらでどんな騒ぎが起きているかは知っているな?」


セントラル街には、犯罪防止用の監視カメラがいくつか設置されている。


「さっき、カメラから送られて来た映像を見た若手が、トイレに駆け込んでいったよ。
いやはや、まるでこの世の出来事とは思えないな」
「暴挙に及んでいるのが、ほぼ未成年だという点に注目していただきたい」
「承知しているよ。
少年たちの行動は無秩序で野蛮そのものだが、計画の立案者は実に周到だ」
「もし、この問題先送りで評判の国の総理が、未来をになう少年少女を皆殺しにしろとSAT隊に命令できたら、これからは私もきちんと選挙に行くとするよ」


しかし、相手は未成年者であろうがなかろうが、警察もおいそれとは突入できない。

あれだけの高さを誇るトラックを乗り越えてくるのは、実際、傭兵であっても難しい。

よじ登っている最中に狙い撃ちにされるのは、目に見えているからだ。

当然、犠牲を省みずに攻め込んでくれば突破されるだろうが、果たして警察上層部が、そんな分の悪い強行突入を許可するだろうか。

おれにとって一番の脅威は、やはり自衛隊だ。

日本の自衛隊は、こと白兵戦においては世界でもかなり上位の実力を秘めていると、傭兵仲間の間でも話題に上がっていた。

さすがに軍隊とやり合っては勝算が薄い。

けれど、日本の陸自が市街地におけるテロ対策を考え始めたのはここ数年のことだという。

民間人を巻き込んでの戦闘ともなれば、その圧倒的な火力を発揮できないだろう。

空挺部隊が上空から押し寄せてくる可能性もあるが、誰が民間人で、誰がテロリストなのかわからない条件下では、やはり同じことだ。


「虐殺命令が降りてこないことを祈っているよ。 そうならないように、私が来ている」
「話し合いで解決するのが一番だな、時田警視正。 我々は味方だろう?」


はは、と乾いた笑いが帰ってきた。


「いや、浅井には驚かされるばかりだよ。
君は、交渉人のマニュアルなど熟知しているのだろう?」
「どうかな。 少なくとも、無理に会話を引き伸ばす必要はない。
私は"粗暴犯"ではないつもりだ」
「・・・そのようだな」
「ついでに、あなたがFBIにも留学したエリートだということも知っている。
長らく閑職についていたことも、ユキという養女がいることも・・・」
「参ったな。
いま、私にわかるのは、君が日本人で、年齢が二十代後半から三十代前半。背が高くて痩せ型ということだけだ」


優れた交渉人は声を聞いただけで、相手の年齢や出身地、知性や現在の心理状況まで把握できるという。

体格についても同様に、声の大きさや高さから、声帯の大きさ、ひいては慎重や体重まで推し量ることができるという。


「それでは、通常の交渉の段階をすっ飛ばして、あえて聞いてみてもいいかな?」


さらに、相手の出方次第で違う仮面をかぶることができる。

しかし、おれには通用しないと判断したのだろう。


「要求はなんだ・・・!」


それまでの柔和な態度はどこへやら。

時田警視正は、仮面をぬぎさって、敵意をむき出しにしていた。

卑劣な凶悪犯をなんとしても捕まえようとする警察官の矜持(きょうじ)が、電話越しにも伝わってくる。

おれは礼節を持って応えることにした。


「首相に要求する。 今から私が言う者を即刻釈放せよ」


そうして、国内の政治犯、過激派と呼ばれる人間の名前を、一人、一人、あげていった。

そのなかには、過去に過激派とのつながりを疑われていた、俺の父、鮫島利勝の名前も含まれていた。


・・・・・・。

 


・・・。

 

 

―――――

 

 

・・・。

 


・・・・・・。

 

 

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ところどころえぐられているタイル張りの歩道。

散乱したガラスの破片。

折れ曲がって、今にも落ちてきそうな街灯。

かつての商店街は、いまはもう見る影もない。


「・・・宇佐美、どうだ?」


おれたちは大破した車の陰に隠れながら、脱出路を探っていた。

 

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「ここも、ダメです」


セントラル街を抜ける大通りでは、大型バスが横転していた。

車体の上に土嚢が積み上げられ、それより先は見えない。

セントラル街の外からは、救急車や、パトカーのサイレンがけたたましく鳴っている。

拳銃や短機関銃を手に掲げた軍服の男や少年が、外に向かって威嚇するかのように、発砲していた。

あたりでは、相変わらず殺戮が繰り広げられている。

ストリート系ファッションの男の子たちが、不幸にも街中に取り残された人々を追い立てていた。

なかには女もいた。

皆、示し合わせたかのように、拳銃か鉄パイプを手に握っていた。


「・・・さん・・・」
「ん、何か言ったか?」


鼓膜が、すでに音を拾う許容量を越えていた。

コンクリートが破壊される音。

絶叫と銃声。

けたたましい金切り声。

地面を蹴る音。

人がぶつかり合う音。

断末魔の叫び。


――おい、てめえら。


だから、おれたちに背後から浴びせられた声にも気づかなかった。

宇佐美がおれの手を引いてくれた。

 

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全力で走り抜ける。

折れ曲がった道路標識の下をくぐり、すすにまみれたガソリンスタンドを突っ切った。

そこかしこから、はやし立てるような声と口笛が聞こえる。


「・・・っ・・・!」


宇佐美がつらそうに顔をゆがめていた。

きっと、おれも同じくらいに情けない顔をしているだろう。

あごが上がり、すっぱいものが喉を駆け上がってくる。

窓ガラスの全て割れた喫茶店に飛び込み、ようやく背後を振り返る。

髪の毛を逆立てた男が、にやけながら近づいてきていた。


「・・・っ、ここは、まずい、ですっ!」


そうだ・・・。

出入口が一つしかないような建物に逃げ込んでどうする・・・!


酸欠にめまいを覚えながら、割れたガラスの散らばる地面を蹴った。


――あそこだ!


呼応するかのようにどたばたした足音がする。

路上に出ると、再び、足腰を叱咤した。

蓋の開いたマンホールを飛び越え、道路を横断する。

老人の死体や壊れた自動販売機が通りすぎていった。


しかし、それは絶望的な逃走をいえた。

どこをどう逃げ惑おうとも、暴徒たちは沸いてくる。


「どこかに・・・っ・・・身を、隠さなくてはっ・・・!」


走っているというだけで目立つ。

ビルの角を一つまがった。

二百メートルほどさきに、デパートの看板が見えた。


「あそこだっ!」


逃げ込めそうな場所はそこしかなかった。

大手百貨店のデパートには出入口は複数ある。

店内にはトイレや階段や洋服の影など、隠れられそうな場所はいくらでも考えられる。

小悪魔たちは、おれたちだけを追い回しているわけではない。

見失えば、きっとあきらめるだろう。


・・・。


デパートのなかは外とたいして変わらなかった。

ショーケースが割られ、床に貴金属が散乱している。

引き裂かれたバッグや、倒れたマネキンの上を乗り越えて、おれたちは身を隠せそうな場所を探した。


・・・。

 

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「はあっ、はあっ、はあっ・・・」


デパートの二階。

洋服店の試着室で、おれたちは身を寄せ合って小さくなった。

嗚咽交じりに肩で息をし続けると、ようやく生きた心地がしてきた。


「・・・宇佐美、怪我はないか?」
「鍛えてますので・・・」


かすかに笑った。


「さて・・・どうするかな・・・?」
「しばらく逃げ回って、暴徒が沈静化するのを待ちましょう」
「沈静化するかな?」
「彼らはとくに目的を持って破壊を続けているわけではなさそうです。
壊すものや人がいなくなれば、飽きるでしょう」
「それは、つまり、おれたちみたいな餌がなくなるまで、ずっと隠れてろってことか?」
「そこなんですがね・・・」


宇佐美が、考えるように息を潜めた。


「・・・えっ?」


直後、カーテン越しに、足音が聞こえた。

とっさに押し黙り、息を殺した。


「誰かいんのかあっ?」


いかにも不良少女といった感じの巻き舌の声。

おれたちの話し声を聞き取っていたらしい。

靴音が迫ってくる。

どうする、と目で宇佐美に言った。

見つかれば、もう逃げ場はない。


「おい!?」


・・・いっそのこと飛び出すか。

不意をつけば、発砲が逸れるかもしれない。

もう一度、宇佐美を見つめた。

この非常時に、肌を重ねあったときの感触が、どういうわけか蘇る。

おれは意を決した。

なんとしても、こいつを・・・。

カーテンが開いた瞬間に飛び掛るべく、おれはゆっくりと腰を上げて――。


「いやあっ、やめてえっ!!!」


瞬間、腕をつかまれた。

やわらかい感触が手のひらにあった。

室内の壁に逃げるように身を引いて、自ら上着をたくし上げる。


「・・・っ!」


動揺よりも混乱よりも先に頭を回した。

宇佐美と長らくつきあってきて理解している。

こいつは、おバカだが、やけに機転が利くのだ。


「おとなしくしやがれっ、このアマ!」


とっさに下着の下に手を這わせた。


「泣いてもわめいても無駄なんだよ!」


少女を押し倒す。


「やっ、離して!」


ふと、頭上から声があった。


「おいっ・・・」


ちらりと仰ぎ見ると、片手に拳銃を構えた金髪の少女が、おれたちを見下ろしていた。


「い、いやっ、やああっ!」


宇佐美が必死に身をよじらせる。


「なんだ、お楽しみ中か・・・」


おれはできるだけ悪そうな声音を選んで言った。


「そういうことだ、てめえは失せな。 こいつはおれの獲物ってわけよ」


少女は拳銃を下げた。


「勝手にやってな・・・」


踵を返し、エスカレーターに向かって歩き去っていった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

「ふうっ・・・なんとか助かったな・・・」
「いや、ありがとうございます。 さすが浅井さん」
「痛くなかったか、胸」
「あ、いえ・・・」


恥ずかしそうに唇を噛んだ。


「しかし、浅井さん、完全に悪党でしたね。
某世紀末アニメに出てくるモヒカンばりでしたよ。 シビレました」
「好きだな、それ」


・・・しかし、よく減らず口がきけるもんだ。


「いまので確信しました」
「うん?」
「彼らには、特に、誰が味方で誰が敵かという区別がないようです」
「・・・そのようだな」


恰好もまばらだし、なにか味方であることを示すような印を身につけているわけでもない。


「単純に逃げ惑う人や、武器を所持していない人、あからさまに青少年ではない大人たちが、彼らにとっての獲物というわけです」
「そうか・・・よく冷静に観察していたな。 しかし、なぜだろう?」
「おそらく、"魔王"が警察の突入を躊躇させるためです。
誰が一般人で、誰が暴徒なのかわからない状況では、警察官の動きも鈍るでしょう」
「うん・・・そうかもしれんが、いまはそんなことはどうでもいいじゃないか。
とにかく生きてこの地獄から脱出しなかれば・・・」


ただ、希望は見えてきた。


「おれたちは見た目もガキだし、隠れていれば、連中をやり過ごすことができそうだな」
「・・・ええ」


なにか、不満げだった。


「けれど、連中のなかに、我々を知っている人間がいれば話は別です」
「・・・む」
「浅井さんはよくセントラル街をうろついていたでしょう。
自分も、バイト先のドラッグストアの看板娘として有名ですから」


・・・なにが看板娘か。


「ひとまず、日が落ちるまではここに隠れていよう」
「・・・わかりました」


宇佐美が無表情にうなずいた。

未曾有の危機にあって、勇者は、驚くほど冷静だった。


・・・・・・。

 


・・・。

 

 

―――――

 

 

・・・。

 


・・・・・・。

 

 

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「・・・繰り返す。 不当に逮捕された同志たちを解放せよ」


おれは要求を突きつける。


「いまから八時間の猶予を与える。 八時間以内に誠意ある回答を期待する。
さもなければ、我々はこの街が焦土と化すまで破壊をやめない。
今川を筆頭に、多くの人質が命を落とすだろう」


これだけ派手に街の人間を殺しておいて、いまさら人質もなにもないように思えるが、実際は違う。

国会議員と一般市民とでは命の重みが違うからだ。

今川が死ねば、おれの知る限り、少なくとも三つの巨大企業と、鉄道会社、道路事業団などが利権を失うことになる。

さて、時田ユキの父親の切り返しに期待するとしようか・・・。


「ひとまず、了解した」


交渉人は犯人の要求を拒んではならないとされている。


「突っ込んだ質問をいいだろうか」
「なにかな?」
「君は、過激派の一味なのかな?」


・・・鋭いな。


「それ以外のなんだと?」
「いや、そうか・・・すまなかった」


国内過激派の一味にしては、おれの年齢が若すぎると踏んでいるのだろう。

せいぜい、犯人像の特定に時間を費やすがいい。

"魔王"の正体が鮫島恭平であるということは、京介と宇佐美に知られてしまっている。

おそらく、京介の周りのヤクザ連中には知れ渡ったことだろう。

けれど、まだ、この乱の首謀者が"魔王"だとは警察もつかんでいないだろう。

いずれわかるにしても、死んだはずの鮫島恭平の人物像を特定するのは困難だ。

おれは警察の厄介になったことはないし、写真もほとんど残っていない。

これまで宇佐美と遊んでやったときも、物証だけは残さぬよう細心の注意を払ってやってきた。


残り、八時間。


引き伸ばしはあるだろうが、それだけ逃げ切ればいいのだ。

電話の向こうで、時田警視正が考えるように言った。


「しかし、要求の達成は限りなく難しいと、君もわかっているのではないか?」
「フフ・・・ピザを差し入れろというのとはわけが違うからな」
「そう。 囚人の釈放は、私はもちろん、警察で対応できる要求ではない」
「だから、首相を出せと言ったのだ。
内閣総理大臣以下、関係官僚を招集して即刻会議にかけろ」
「報告しておこう。
ただし、八時間以内で意思表明できるかどうか、確約はできない」
「できるはずだ。
現在、地方遊説中の閣僚はいない。 時間の延長は一切認めない」


交渉人はよく、返報性の原理とよばれる心理学を応用し、犯人の要求を受け入れる姿勢を見せる代わりに、犯人からの見返りを求めてくる。


「八時間以内。 一分一秒の遅延も許されない」


よくあるのが時間の引き延ばしだ。


「了解した」


と言いつつ、期限が迫ればありとあらゆる手段でデッドラインを引き延ばそうとするのだろうな・・・。


「時田警視正。 私はあなたと交渉するつもりはない。
警察レベルで判断できる要求ではないことは重々承知している。
従って、あなたは私の意志を伝える連絡役となってもらえればいい。
いわば、ただの友人だ」
「光栄だな。 では、友人として、私の個人的な見解を述べてもいいだろうか?」
「どうぞ」
「君の望みが、かなえられる可能性はある」


・・・どういうつもりだ。


「政府および警察は、人命を重んじて、過去にいくつもの事件で、超法規的に犯罪者の逃亡を幇助してきた。 1970年の事件などは君にとって好例だろう」
「・・・・・・」
「安心したまえとは言えないが、勝算はある。
だからこそ、いますぐにでも、街で行われている破壊活動をやめてはどうかな。
一般人に死傷者が出ている以上、釈放を検討する会議において反対意見が出ることも予想される」


おれはゆっくりと首を振った。


「犯罪者の釈放について、政府が方針を転換していることを、私は知っている。
先の同時多発テロでは、首相がテロリズムには屈しないと声明している」
「・・・・・・」
「もはや、時代が違うのは承知している」


心が凍りついていく。


「だからこそ、私は前例のない規模でのテロを敢行しているのではないか?」


通常のテロでは、超法規的措置も、指揮権発動も期待できない。

政府が強気の姿勢を見せるのは、時田警視正が言うような過去の事件で、国内外からの非難が高まったからだ。


「飛行機をハイジャックする程度では、貴様らの目が覚めんと思ったからこそ、この地獄絵を描いたのだ・・・!」


父を返せ・・・。

 

・・・。

 

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なぜ死刑か。


たったの四人。


たとえば飲酒運転で殺人を犯した者、計画性のある犯行で幼児を惨殺した者が、のうのうと死刑を免れるというのに・・・!


・・・。


底無しの憎悪、底無しの悪意が、胸のうちで暴れまわった。


「今回の惨劇は全世界に報道されることだろう。
さらに我々はインターネット上に、殺戮の光景をくまなく流布している。
ぜひとも知るがいい。 死は間近にあるとのだと。
平凡な休日を過ごそうと恋人や家族とショッピングに出かけた矢先に、理不尽な死刑がいくらでも転がっている。 他人事だと思うなかれ。
一方的な殺戮が行われているのは、紛れもなく、平和で治安の優れたこの国だ。
我々は、いつでも、どこの街でも同じような事件を起こす」


前例のない規模でのテロ。

日本政府はもちろん、世界すら震え上がらせるために、おれはこの十年を捧げてきた。


「時田警視正。 約束しよう。
要求が満たされれば、我々は市内における破壊活動を即刻中止し、以後、二度と惨劇を繰り返さない」


つい、口が滑りそうになった。

我が父を解放するくらい、安いものではないか、と・・・。


「どうしても政府が体面を保ちたいと言うのなら、非公式な形での海外への亡命としろ。
釈放はしないが、身柄は解放するというわけだ。 そういった言葉遊びは、お手の物だろう?」


その提案こそが、おれのできる、唯一の譲歩だった。


「確認したいことがある」


神妙な声で聞いてきた。


「人質は無事だ。 後ほど、この街の商店街のホームページにリアルタイムで動画をアップする。 他に質問は?」


返答はなかった。


「では、八時間後。 なるべく早い段階での回答を期待する。
遅くなればなるほど、なんの罪もない一般市民が殺されていくのだからな」


・・・・・・。

 


・・・。

 

 

―――――

 

 

・・・。

 


・・・・・・。

 

 

夜になって、おれたちはデパートを出た。

おれは歩道に転がっていた角材を握り、宇佐美は折れ曲がった鉄パイプを手に持っていた。

これで、一見して暴徒の一味には見える。

 

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「逆に警察に見つかったら、撃ち殺されますね」


おれたちは堂々と路上を歩いた。

思惑通り、呼び止められることはなかった。

どこもかしこも、破壊と暴力の残滓(ざんし)が見て取れた。

死体、割れた窓、出口のない店の入り口。

とくに、死体は殴り殺されたのか、撃ち殺されたのか死に様は様々だ。

そこに、カラスが飛んできて、顔の辺りをうろつき始めた。


「・・・惨すぎます・・・」


宇佐美の読みどおり、暴徒はある程度沈静化していた。

いい加減疲れたのか、通りは不気味なこうらい静まりかえっている。

ときおり思い出したように、悲鳴と銃声が聞こえるくらいだ。


「出口を探そう」
「あるといいんですがね」
「細かい路地が無数にある繁華街だ。 どこか一箇所くらい抜けがあってもおかしくは・・・」


宇佐美が首を振った。


「目に見えてわかるような抜けがあれば、いまごろ警察が突入しているでしょうね」
「そうだな・・・」
「たとえば、密集しあった建物と建物のわずかな隙間はどうでしょう?」
「ありえる。 他にも、さっきのデパートみたいに、出入り口がたくさんある建物なら、中をつたって、セントラル街の外に出られるかも」
「心当たりは?」
「そうだな・・・セントラル街の出口に面していて、わりと大きい建物は・・・コーヒーショップと、カラオケ店、あとは・・・」


繁華街の風景を思い浮かべているときだった。


「おい・・・!」


はっとして振り返る。

素行の悪そうな男が五人。


「やっぱり、浅井と宇佐美じゃねえか」


最悪だった。

にたにたと笑っていたのは、クラスメイトの橋本だった。


「よう、橋本。 元気か。
その手に持っているのはなんだ。 オモチャか?」


ごつい鉄の塊が、外灯の明かりに銀色に輝いていた。

どこかで見たことのあるタイプの拳銃だ。


・・・そうだ、権三にしたがって、遠くの山に狩に行ったときだったな。

『慣らしに行くか?』などと誘ってきた養父が、もはや懐かしい。

そういえば、今日は権三の通夜じゃないか。

参列できそうにないな・・・。


「デートでもしてたのか? お前らも運がなかったな」
「まったくだ。 とんだ災難だよ」


五人組は、おれたちを獲物と判断したようで、じりじりと距離を詰めてくる。


「なあ、浅井、ものは相談だがよ」


意外な提案だった。


「おれたちの仲間にならないか?」
「・・・へえ、なぜだ?」
「時田から聞いたよ。 お前、ヤクザの息子なんだろう。
おまけにすごいボンボンじゃねえか。 そういうヤツは仲間に引き入れろって言われててな」


・・・橋本は、おれと"魔王"の関係を知らないようだな。

宇佐美の視線を感じた。


・・・この状況を切り抜けるには、従うしかなさそうだが・・・。


「宇佐美はどうなる?」
「そいつはわかんねえな」


口の端をゆがめて、取り巻きの少年たちにあごを向けた。

どいつもこいつも、いやらしそうな目つきをしてやがる。


「どうすんだ、浅井?」


すっと片腕を上げて、銃口をおれの顔面に向けてきた。

宇佐美の足元で、ぱりとガラスが割れる音がした。


おれの腹は決まっていた。


「なめたことぬかすんじゃねえ!」


瞬間、橋本に向かって角材を投げつけた。

銃口が火を吹いた。

しかし、おれにはわかっていた。

あの手のごつい拳銃は、片手で撃つものじゃない。

しかも、思いのほか当たらないのだ。

顔面を狙って当たるとは、どうしても思えなかった。

案の定、橋本は、発射の反動で腕をひねったらしく、無様に悲鳴を上げていた。


「宇佐美っ!」


掛け声と同時に、走り出す。

宇佐美もわかっていたかのように、おれのあとをついてきた。


「に、逃がすなっ!」


・・・。

 

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セントラル街のメインストリートを二人で突っ切った。

昼間の逃走よりも、はるかに分が悪い。

なぜなら、すでに獲物の絶対数が少なくなっているからだ。

暗がりのそこかしこから、橋本と似たような格好の少年たちが、くらげのように沸いてくる。

歩道の地べたに座り込んでいたB系スタイルの男女も、騒ぎを聞きつけて立ち上がった。

闇雲に拳銃を乱射し、嬌声を上げながら迫ってくる。


・・・どうする!?


逃げれば逃げるほど、追手の数が増えていく。


「はあっ、はあっ・・・」


前方にセントラルオフィスのビル群が見えた。

刺激の少ないオフィス街には、それほど若者もいないのではないか?


「うっ!」
「・・・っ・・・だいじょうぶかっ!」


死体かなにかに、足をひっかけたようだ。

転倒すれすれのところを、手を引いて引き上げた。


・・・しかし、まずい!


連中は、すぐ後ろまで迫ってきている。


「逃がすな、囲め!」


辺りからは悲鳴のような男たちの声。

差し迫る無数の足音。

目の前に殺気立った顔が並ぶのは時間の問題だった。


「すみませんっ・・・!」


膝でもぶつけたのか、痛そうに眉を吊り上げていた。

おれも、あごが上がってくるのを自覚していた。

もし、捕まればどんな目に合うか。

彼らは薄汚いハイエナ。

おれは殺されるだけで済むだろうが、宇佐美は・・・!


「宇佐美、お前はこのまま走れ!」


宇佐美の了解を待たず、おれは暴徒の群れにむかって反転した。

背後で、おれを制止する叫び声が上がる。

かまうことなく、突進した。


「二手に別れたぞ、追え!」


どうやら宇佐美も、四の五の言わずに駆け出してくれたようだ。

無論、おれも、黙って捕まるつもりはない。


「馬鹿ども、こっちだ!」


手を振って連中を招いた。

細い路地に飛び込む。

道幅の狭い場所なら、囲まれることはない。

誰か一人を殴り倒し、拳銃さえ奪えれば切り抜けられるかもしれない。


「・・・っ!?」


頭上から、何かが降ってきた。

顔面に衝撃を受けた直後、視界が暗転した。

上からいきなり飛び掛かってきたのは、人間だった。

フードをかぶった少年。

もがくおれを地面に押し倒した。

荒い息を上げながら、ナイフを振りかざす。

とっさに腕をつかんだ。


「ぐっ・・・!」


凄まじい腕力だった。

マウントを取られた格好では、抵抗する力が入らない。

少年の薬物で白く濁った目が間近にあった。

ナイフの鋭い光が眼前にきらめく。


「く、そおっ・・・!」


ハル・・・!


脳裏に瞬いたのは、やはり、あの気持ち悪い少女だった。


ゴッ、という鈍い音とともに、少年の目が裏返った。

ナイフを持つ手から力が抜けていくのがわかった。

少年の頭の向こうで、棒切れを握った人が立っていた。

まるで、自分がしたことを後悔するかのように震えていた。

見知った顔に、おれは言った。


「おいおい、いいのかよ、お前がこんなシリアスなシーンに出てきて・・・」

 

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「オレだっておっかねんだ、バカ!」


相沢栄一はおれを引き起こすと、すぐさま走り出した。


「早く隠れろ、この野郎!」


・・・そういえば、こいつもセントラル街に来ていたんだったな。

おれは栄一に促されるまま、路地の裏にあった店に駆け込んだ。

 

・・・。

 

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そこは、西条とかいう異常者を迫っていたときに立ち入ったバーだった。

店内は、窓が一つ割れているだけで、酒や食器が荒らされた様子はなかった。


「それにしても、オレ初めて人殴っちゃったよ。
ついにやっちまったよ。 これで、オレも真の鬼畜もんかねえ」
「助かったよ、マジで」
「マジ感謝しろ。 命の恩人だぞ」
「ああ、しかし、よく生きてたな」
「いや、オレも無我夢中でよ。 なにが起こってるのかわからねえし、とりあえずウサギの第六感ってヤツ? ずっとここに隠れてたわけよ」


・・・なんて悪運の強いやつだ。


「あ、ちょっと待て・・・」


おれは店内を見渡す。


「・・・ノリコ先生は?」
「・・・っ」


栄一の肩が震えた。


「ノリコは・・・あいつらに捕まって・・・」
「・・・・・・」
「つーのは嘘で」
「は?」
「デートの約束すっぽかしやがったからそもそも街に来てない」
「いや、いまはそんなんでも和むわ」


ほっと一息。


・・・いや、一息ついている場合ではない。


携帯を手にとって、宇佐美にかける。


けれど、電波の調子でも悪いのか、いつまでたってもつながらなかった。


「なあ、なにがどうなってんだ?」
「おれもわからんが、街からは出られないようだ」
「マジかよ・・・やっぱりな・・・そこらじゅうで悲鳴が沸いてるしよー・・・アメリカと戦争でも始まったかと思ったぜ」
「戦争というより、一方的な虐殺だ。
それも、ガキが大人をぶち殺す絵になってる。 交番も病院も役所も容赦なく火をかけられてたぞ」
「まさかと思うがよ、これも例の"魔王"とかいうヤツの仕業なのか?」
「・・・おそらくな」


・・・そういえば、主犯が魔王であるという証拠はなにもないが、おれと宇佐美は魔王がやったことだとほぼ確信していた。


「お前こそ、宇佐美はどうした?」
「・・・わからん」
「マジかよ。 つきあってんだろ、おめえら。
二人して学園さぼって温泉行ってるって噂だったぜ?」
「つきあってねえよ。 なんだ温泉って・・・」


時田あたりがてきとうなことを言ったのだろう。


「とにかく、おれは宇佐美を探す」


バーの出口に向かう。


「え、どこ行くの?」
「行くあてはないがな・・・」
「宇佐美と携帯がつながるまで待ったほうがいいんじゃねえのか?」
「いや・・・」


携帯を使えないほど危険な状況におちいってるのかもしれない。


「ま、待てよ、正気か!?」


栄一がおれの肩をたたいたそのときだった。


出口の扉の向こうにやつらがいる。


「浅井、そこにいるんだろう!?」


くそ・・・もう見つかったか。

容赦なくドアを殴りつけている。


逃げ道は・・・!?


割れた窓が一つ・・・裏口はなさそうだ。


栄一にわかるよう、窓を指差した。


「ダメだ・・・」


小声で言った。


「囲まれてる・・・」


銃声とともに、ドアが蹴破られた。


ぞろぞろと、ゾンビの群れのように、店内に押し寄せてきた。


橋本が煤(すす)や垢で黒くなった顔面を突き出して言った。


「逃げられねえよ」


学園で見かけていたバスケ部員の少年の面影は、どこにもなかった。


「てめえは、じっくり嬲り殺してやるよ」


不意に、背後から風圧があった。


目の前で火花が散った。


頭が焼けるように熱い。


「ぐ・・・っ・・・・・・」


視界が暗黒に包まれた。

栄一の甲高い声が聞こえたような気がするが、もはや、指先ひとつ動かせなかった。


・・・・・・。

 


・・・。

 

 

―――――

 

 

・・・。

 


・・・・・・。

 

 

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――京介くんは無事だろうか。


宇佐美ハルは、身をていして自分をかばってくれた男に胸を痛めていた。

彼のおかげで、なんとか暴徒の追跡を振り切ることが出来た。

本当に、冷たいくせに肝心なときに助けてくれる勇者だ。

すぐにでも安否を確認したかったが、それもかなわない。

何度電話をかけてもつながらないのだ。


セントラル街から離れたオフィス街では、暴徒たちの姿はあまり見えなかった。

少年たちのかわりに見かけたのは、銃を構え軍服に身をつつんだ大人だった。

ユキの言っていた、傭兵だろうか。

一人しかその姿を確認していないことから、人数は多くないのだと思う。

見かけた一人も、むやみに人を撃ち殺したり、追い回したりせずに、あたりに目を光らせながら粛々と巡回していた。


ハルは、いついかなるときでも考える。


モスクワの劇場を爆破され、母を失ったあの日から、いかなるときでも"魔王"への怒りを忘れない。


プロフェッショナルを配置するということは、"魔王"にとって、このあたりが、特に重要な区域だからだ。

次に、"魔王"にとって、なにが重要なのかを考察してみる。

"魔王"の要求は、京介が言うように、父、鮫島利勝の釈放だろう。

主な人質は、今川という政治家。

他にも山王物産の社員などを囲っていた。

これはおそらく、警察が交渉を渋ったときに、見せしめとして殺害するためだろう。


果たして警察は要求を呑むだろうか。

囚人の釈放はすでに警察レベルで対処できる問題ではない。

けれど、"魔王"もそのへんは心得ているはずだ。

勝算もなく、ここまで大がかりな犯罪を起こすとは思えない。

過去に前例のない規模でのテロを起こすことで、政府の判断を迷わせているのかもしれない。

警察はもちろん、テロには屈しないという姿勢だろう。

では、すでに一般市民にも死傷者が出ている状況で、警察が強行突入をためらう理由はなにか。


一、暴徒の大半が未成年者であるから。
二、突入経路が確保できないから。
三、今川議員の監禁場所が不明であるから。


一、については、"魔王"の周到さが理解できる。
未成年者の犯罪は、日本でもちらほら見かけてきたが、欧米に比べられるものではない。
とくにSAT隊が強行突入するほどの凶悪事件、それも未成年者が主体の立て籠り事件など、まったく前例のないものであるから、対応するにしても、警察上層部の判断を曇らせるだろう。

二、についてだが、いくらか疑問が残る。
セントラル街にいたる主要な道路や歩道が封鎖されているとはいえ、一縷のすきもない完璧なバリケードなど現実的に可能なのだろうか。
防備のもろそうな箇所はかならずあるはずだ。
建物に装甲車両を突っ込ませたり、爆薬を用いて土嚢を吹き飛ばしたり、突破口を作るだけならやりようはあるのだと思う。

それを躊躇させているのが、今川議員の存在だ。
ハルはよく知らないが、よほどの大物なのだろう。
彼の所在がわからなければ、たとえ突入ルートを確保して、SAT隊がなだれ込んだとしても、監禁場所にたどり着くまでに、今川は殺されてしまうだろう。


だからこそ、"魔王"は、これだけの範囲を立て籠もり場所としたのだ。
もし、強行突入班が闇雲に今川を探したとしても、そこらじゅうから暴徒が沸いてくる。
一般市民なのか、テロリストなのかわからない未成年者が相手では、引き金にかかった指の動きも鈍るというもの。

そこで、ふと、京介の声が聞こえたような気がした。


(おいおい宇佐美、なに考えてんだ・・・)。


たしかに、ハルは思った。

自分はなにを考えているのか。

いま考えるべきは、一刻も早く京介と合流し、この地獄抜け出すことだ。


(帰ってクラシックでも聞こうぜ)


正直、もうクラシックなど聞きたくもなかった。

京介がまたヴァイオリンを弾いてくれというに決まっている。

まさか、自分のファンだとは思わなかった。

もう、弾けないというのに・・・。


全て、"魔王"のせいだ。


G線の上に現れる幻の悪魔が、少女の最も大切なものを奪ったのだ。


――殺してやる。


ハルは山王物産の本社ビルの外壁を見上げた。

窓ガラスを通して黒い箱が上下している。

エレベーターが稼働していた。

防火扉がおりてきたことから、てっきり上階を封鎖したのかと思ったが、どうやら解除したようだ。


なぜか?

人質を移動させるためではないか。

警察側も、今川議員を護衛していたSPからの連絡が途絶えた場所・・・つまり、山王物産に議員がいると当たりをつけているはずだ。


よし、新しい監禁場所を押さえてやる――。


今川の居場所さえわかれば、警察も踏み込んでくるだろう。

自分の手で"魔王"を殺害できないのは残念だが・・・。


「これは、驚いたな」


背後から、声。

 

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まったく気づかなかった。


「いったいいつの間に、と思っているのなら、もう少し相手を知ったほうがいい」


いつも通りの余裕の表情を浮かべて"魔王"が見下ろしていた。

"魔王"の隣には、先日見かけた白人が銃口を向けていた。


「拠点に近づくネズミを発見し、音もなく背後から始末する。
私はともかく、仲間は現役のプロフェッショナルなのだから」
「"魔王"・・・」
「髪の長い少女というから、もしやと思って来てみたのだが、まさか宇佐美だったとはな」


どこか楽しげに、かたわらの白人に英語で話しかけていた。

どうやら、ハルを紹介しているようだ。


「この街でよく生きていたな。 うれしいぞ」
「テロにあうのは二回目だからな」
「そういえばそうか」


まるで、忘れていたかのような口ぶりだった。


許せない。


「それで、勇者はここで何をしていたのかな。 ただ逃げ回っていたわけではなさそうだが?」
「もちろん、お前を殺しにきたんだ」
「当てて見せよう。 今川の所在を探りに来た。 違うかな?」
「トップシークレットみたいだな」
「いやはや、見上げた根性だな」


おどけるように、肩をすくめた。

そしてハルの背後、山王物産のエントランスに向かってあごを向けた。


「来てもらおうか」
「なに?」


なぜ、この場で殺さない?

脇に控えた白人も同じ疑問を抱えたようだ。

"魔王"に抗議するようにまくしたてている。


「すまん、アラン。 いつもの悪い癖でな。 殺しの前は、どうも遊びたくなる」


その余裕、その傲慢が、我慢ならなかった。


母が殺されたとき、"遊び"で自分は生かされたのだ。

ハルは屈辱を押し殺し、"魔王"のあとに従った。

首筋にひんやりとした寒気を覚えた。

雪がちらほらと、忘れたように降ってきた。


・・・・・・。

 


・・・。

 

 

―――――

 

 

・・・。

 


・・・・・・。

 

 

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ずしんと鉄のドアが閉まる音がして目が覚めた。

頭がずきずきと痛む。

やがて、ぼやけた視界が焦点を結ぶ。


「お目覚めかい?」


橋本が薄ら笑いを浮かべて指を鳴らしていた。

そこは、一見して地下室のようだった。

一辺が十メートルくらいの、四角い部屋。

遮断された息苦しい静寂と、淀んで動かない空気。

窓はなく、明かりは、天井から吊り下げる、むきだしの白熱電球だけだった。

おれは殴られた悪寒と苦痛に耐えながら口を開いた。


「ここは・・・?」
「捕虜収容施設さ」


肩をすくめた。

捕虜など、いなかった。

吸い殻がたくさん落ちている床に、女の死体が二つ転がっているだけだった。

切り裂かれた衣服をまとい、虚ろな目をこちらに向けていた。


「お前がやったのか?」


自分の動悸が驚くほどの大きさで耳から聞こえた。


これから起こる事態を先取りした恐怖に他ならなかった。


「ここはクラブの地下でな。 ユーリって聞いたことないか?」


・・・大箱のクラブだ。

たしか、セントラル街の外れに位置していたと思う。


「なるほど、出口を求めて逃げ込んでくる人間を、待ち伏せするにはいい場所だな」
「ご名答。 一階の東側の出口は、この国の外に通じてるからな」
「国?」


橋本はふっと、笑うだけだった。

おれはもう一度室内を見渡した。

壁際にあるテーブルに、酒のビンやライター、灰皿が散らばっていた。

そこにもたれかかって倒れるサラリーマン風の男がいた。

もちろん、死んでいた。


「お前、こんなことして、許されると思ってるのか?」
「許される? 誰に?」
「もちろん、警察だ。 いくら未成年でも、これだけ派手にやらかしたら、どうなるかわかるだろう?」


橋本はまた冷笑した。

同情と、それに倍する嘲り。


「逃げられると思ってるのか? もう、この区域は警察が完全に包囲してるだろうよ」
「逃げねえよ」
「・・・なに?」
「ここは俺たちの国なんだから、逃げる必要はねえんだ」


おれは顔を上げて橋本をにらみつけた。


「おれたちのリーダーは、ここら一帯に治外法権を要求しているんだ」
「通訳してくれ。 意味がわからない」
「わからねえかな。 封鎖状態にあるセントラル街と、その上空は、もう日本じゃねえってことだよ」


おれは、さすがに言葉を失った。


「警察権力の介入と、日本の法律による取り締まりは受けない。 まさに、夢の国だろう?」


たんたんと語る橋本の目にはいささかの虚偽も欺瞞も含まれていなかった。

ただ、ぼんやりと、何かに対する信仰心のような光があった。

さながら狂信者のように、恍惚に頬をゆがめていた。


「お、お前・・・そんな話を真に受けているのか・・・?」
「じゃあ、浅井は、ある日突然、セントラル街が戦場になるなんて話をされて、真に受けるか?」


押し黙るしかなかった。


「いいか、浅井。
俺の親父はよ、俺とは違って、糞真面目に学園の教員やってたんだよ。
教頭になるって、けっこうすごいことらしいぜ?
それがよ、白鳥の親父にハメられたばっかりに、なにもかもおかしくなっちまった。
うちには毎日のようにテレビ屋が来るし、母親は実家に帰っちまうし、妹は小学校でいじめられてんだ」


おれも似たような経験はあるから、こいつの哀しみはわからないでもなかった。


「そんなときによ、ほいっと拳銃渡されたら、つい人でも殺したくなるだろ?」


けれど、こいつの心根の卑しさには決して同情できない。

血気盛んな若者は、プライドが全てだ。

なめられたら終わり。

やられたらやり返す。

家庭をめちゃくちゃにされたのなら、他の人間の家庭もめちゃくちゃにしてやるというわけだ。

"魔王"は、その辺の心理を、よく心得ている。


「・・・わかった。 でも、よく考えろ。 国なんて作れるわけがない」
「作れるさ」
「まず、食料はどうするんだ?
一週間くらいは持つかもしれないが、それからはどうする?
日本と断交するんなら送電だって止められるだろ。
武器弾薬だってそのうち底を尽きる。
そしたら、こんな小国、あっという間に滅ぼされるぞ」
「"魔王"がなんとかしてくれる」
「話にならん。 お前らは利用されてんだ」
「みんな最初はそう言うよ。
でも、ことここにいたってそんなこというヤツは一人もいねえ」


そりゃあ、もう、数え切れないくらいの犯罪行為を繰り返したからだろうな。


もう、"魔王"を信じるしかないんだ。


なにかの本で読んだが、悪徳宗教の教祖は、とにかく信者に後戻りできないような絵を踏ませるらしい。

日本のセントラル街では、とにかく武器を持たない物、人を襲わない者が、狙われていた。

人を殺さなければ、逆に仲間に殺されるという図式が描かれていたのだ。

それも全て、未成年における犯行。

射殺するにしろ、警察が二の足を踏むのは明らかだ。

めまいすら覚える。

兄の計画性に満ち溢れた残忍さに絶望した。


「俺を説得して助かろうったって、無駄だ」
「ああ、知ってるよ。 お前はもともと、クラスでも友達ってわけでもなかったからな」
「そうそう、お前の友達は、いまどうなってると思う?」


栄一・・・?


「いま、上の階でのびてるよ。 仲間になる、とか言っといていきなり襲い掛かってきやがった。 みえみえだっての。 マジでバカだよ、あのチビ」
「・・・まったくだな」


つぶやいた声は、自分でも驚くほど異様に乾いていた。


「まだ、生きているんだな?」
「ああ、これから、みんなで面白い見世物しようって話になってんだ」


嬉々として言う。


公開処刑ってヤツ?
ほら、ネットの裏サイトとかで、中東の兵士が惨殺されるアレあるだろ?」
「・・・あるな」
「いま、いろんな残虐シーンをよ、ネットにアップしてるんだよ。
すると、世界中の人間がおれたちを恐怖するってわけだ」


もはや、正気ではないのだろう。

おれも瞬間的に腹をくくった。


「なんか知らんが、それを栄一にやろうってんだな」
「お前もな」


橋本はためらいなく、うなずいた。


「悪いことだってのは知ってる。
でも、悪こそが人を救ってくれるってようやく理解したんだ」
「別に、おれもお前らとたいして変わらん小悪党だとは思うが・・・」
「あ?」
「お前はさらに小物だ。
"魔王"っていう巨悪に踊らされるだけで、てめえではなにも考えようとはしない」


棺おけのなかにいる父を偲んだ。


「本物の悪党はな、誰にも媚びず、従わない、孤高な生き物なんだよ。
おれも最後まで理解できなかった。
だから、てめえなんかがなにかを悟ったようなことを言うな」


いきなり橋本が飛び掛かってきた。

顔色が変わっている。

十分な反動をつけた足が鋭く跳ね上がってきた。

手でブロックしようとしたが、体がうまく動かなかった。

鈍痛を意識したときは、壁際まで吹っ飛ばされていた。

意識は明確だが、呼吸ができない。


「もういっぺん言ってみろ!」


腹部に強烈な一撃がめり込んできた。


声が出ない。


うめき声をあげてのたうちまわった。


「立て!」


体をゆっくりと起こした。

肉体はとてつもなく重い。

喉奥を這い回る異物感と、呼吸困難。

ようやく上体を上げると、手を使い、足を伸ばして踏ん張った。

橋本が一歩後ろに下がった。


くそ、飛びかかるつもりだったのに・・・。

床から手をはなし、なんとか立ち上がった。

立っている、歩いている、いますぐにでも宇佐美に会いにいける。


「ボンボンが!」


橋本がおれを突き飛ばし、また横殴りに蹴りを飛ばしてきた。


雑魚、雑魚、と罵声を上げ続けている。

やつの取り乱し方が尋常ではないのは、おれの顔が気に入らないからだろう。


「おら、立てよ!」


立ってやる。

何度でも立ち上がってやる。

が、床はぐらぐらと揺れており、足を据える場所を見出せない。

前につんのめったり、後ろに引き倒されたりしながら、膝を立て、腰を上げる。

二本の足で上体を支えて・・・。


今度は手を使って殴ってきた。

再び地べたに尻をつくはめになったおれは、傲善(ごうぜん)と小悪党を見据えた。

やつのほうがあせって余裕をなくしている。

おれは、低く笑った。

のたうっている床の振れ幅が大きくなり、酸欠に耳が痛くなってきた。


「決めた。 てめえは、あとで火あぶりにしてやるよ」


橋本が上から見下ろしていた。

おれは精一杯の罵声を浴びせるつもりだったが・・・。


「小悪党が・・・!」


けっきょくつまらない文句になってしまった。

橋本おれをたっぷりと見下ろしてから、去っていった。

ドアのしまる音がすると、なにも聞こえなくなった。

押し寄せる苦痛と寒気と戦いながら、おれは長い時間をかけて身を起こしていった。

よろめきながら立ち上がり、あらゆるものを罵りながらドアを目指した。


どうということはない。


これくらいの暴力に呑まれるほど、権三はやわにおれを育ててなかった。

ドアノブをつかむ。


開け!


開くわけがなかった。

 

・・・くそ・・・。


宇佐美っ・・・!

 

・・・・・・。

 


・・・。