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Kanon【9】


美坂栞編―


~1月9日 土曜日の途中から~


・・・。

 

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「人に会いに・・・って、誰に会いに来たんだ?」


少なくとも、こんな場所で待っていないと会えないような人に思い当たる節はなかった。


「それは秘密です」


口元に指を当てたまま、小さく微笑む。


「秘密と言われると、余計気になる」
「そうですよね」
「せめてヒントだけでも」
「ヒントですか・・・?」


呟きながら、困ったように眉を寄せる。


「・・・実は、私もその人のことよく知らないんです」
「・・・は?」
「名前も知らないですし、何年のどのクラスかも分からないです」
「会ったこともないのか?」
「いくらなんでも、それはないですよ」


少女の言っている意味はよく分からないが、つまりはやっぱり秘密ということらしい。


「まぁ、どうせ俺が知ってる名前じゃないだろうしな・・・」
「・・・・・・」


・・・。

 


~1月11日 月曜日の途中から~


・・・。


名雪は廊下で立ち止まり、そして窓の外をじっと見つめている。

 

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「寝てるのか?」
「起きてるよ・・・」
「どうしたんだ、名雪?」
「・・・外、寒いよね」
「そりゃ、これだけ雪が積もってるんだから・・・」
「・・・あの子、何してるんだろうね」
「あの子?」


名雪の見つめる先。

結露の浮かんだ窓ガラスの向こう側に、うっすらと人影を見て取ることができた。


「・・・寒くないのかな?」


不安げに首を傾げる名雪を制して、俺は窓の前に立ち、制服の裾で窓を拭った。


「祐一、汚い」


名雪の批判を無視して、さっきまで名雪が見ていた視線の先を確認する。

中庭、というより校舎の裏側。

この季節はほとんど誰も足を踏み入れないであろう場所。

そんな一面の銀世界の中に、少女がぽつんと立っていた。


「誰かな? あんなところで何してるのかな?」
「・・・たぶん、風邪で学校を休んでいるにも関わらずこっそり家を抜け出してきたこの学校の1年生だろう」
「祐一、知ってる人?」


名雪が不思議そうに首を傾げる。


「・・・俺、ちょっと行ってくる」
「えっ?」
名雪は先に戻ってていいぞ」
「どこに行くの?」
「外」
「気をつけてね」


名雪は、のどかに手を振っていた。


・・・。


昇降口で靴を履き替えるのももどかしくて、上履きのまま外に飛び出す。

まっさらな雪、そしてその先・・・。

 

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「・・・あ」


新しい足跡を残しながら、白い少女の元に歩いて行く。


「祐一さん、こんにちは」


微かに目を細めて、少しだけ頭を下げる。


「また来たのか・・・」
「はい。 また来ました」


以前に出会った時と同じ場所で、同じストールを羽織った少女が微笑む。


「病気の方はどうなんだ?」
「えっと・・・」


少しだけ言いづらそうに視線を逸らす。


「まだ、休んでいないとダメみたいです・・・。 でも、きっと・・・もうすぐよくなりますよ・・・」
「ちゃんと薬飲んでるか?」
「いっぱい飲んでます」
「栄養のあるもの食ってるか?」
「ちゃんとニンジンも食べてます」
「医者の言うこと素直に聞いてるか?」
「ええっと・・・」


困ったように空を見上げる。


「あはは・・・あんまり聞いてないです」
「風邪なんだから、医者の言うことは聞いた方がいいぞ」
「・・・分かりました、ちゃんと聞きます」
「だったら大丈夫だ。 きっとすぐによくなる」


ぽんぽん、と栞の頭に手をのせる。


「・・・あ、はい」


くすぐったそうに目を細めて、子猫のように首をすくませる。

間近で見ると、本当に真っ白な肌だった。


「それで、今日は何しに来たんだ?」
「祐一さんに会いに来ました」


冗談めかして・・・という風でもなく、穏やかに微笑みながら俺の方を真っ直ぐに見る。


「・・・ご迷惑ですか?」


俺が黙っていたためか、不安そうに言葉を続ける。


「いや、別に構わないけど・・・」
「嬉しいです」
「でも、なんでわざわざ俺に?」
「楽しい人ですから」


質問の答えになってるのか、なってないのかよく分からない反応を返しながら、言葉通り楽しそうに頷いていた。


「・・・・・・」


よく分からない女の子だった。

想像していたよりも元気な仕草、そして明るい表情。

言葉を交わせば交わすほど、どんどん最初の先入観が薄れていく。

これが本当の少女の姿なのだろうか?

だったら、最初に出会ったときの、あの怯えたような表情は何だったのだろう?


「どうしたんですか? 複雑な顔をしてますけど?」
「いや、何でもない」
「もしかして、風邪ですか?」
「違うって」
「今年の風邪はたちが悪いですから、気をつけてくださいね」


栞が言うと、妙に説得力があるんだかないんだか、微妙なところだった。


「あの?」
「いや、大丈夫だから」
「そうですか。 一安心です」
「とりあえず、人の心配よりも自分の体の心配をしろ」
「そうですね・・・」


ばつが悪そうに首をすくめる。


「あの、祐一さん?」
「なんだ?」
「雪、好きですか?」


唐突な質問だった。


「冷たいから嫌いだな」
「なま温かい雪の方がもっと嫌ですよ」
「それはそうだけど・・・」
「私は好きですよ。 雪」


しゃがみ込んで、手のひらで撫でるように足下の降り積もった雪を集める。


「だって、綺麗ですから」


雪に負けないくらい白い手が、小さな雪玉を作る。


「祐一さん、雪だるま作りませんか?」
「もしかして、今からか?」
「はい、今からです」


すくい上げた雪を手の中に納めたまま、そっと立ち上がる。

さらさらとした粉雪が、小さな指の隙間から砂のように流れ落ちてゆく。

都会では決して見られない風景だった。


「この地方に住んでるのなら、雪だるまなんか作り飽きてるんじゃないか?」


そう言えば、俺も昔に名雪とふたりで家の中をすべて雪だるまで埋め尽くしたことがあったのを思い出した。

もちろん、そのあとに思いっきり怒られたが・・・。


「小さな雪だるまじゃないです。 おっきな雪だるまです。 私ひとりだと、小さなものしか作れませんから」
「大きいのって、どれくらいだ?」
「全長10メートルくらいがいいです」
「作れるかっ!」
「材料ならたくさんありますよ」
「材料があったって、無理なものは無理だ」
「・・・ダメですか?」
「ダメというか、不可能だ」
「私、おっきな雪だるまを作ることが夢だったんです。 幼稚園の頃の夢ですけどね」


照れたように少女が微笑む。


「あんまり人に言わないでくださいね。 恥ずかしいですから」
「わかった。 だったら、栞の病気が治ったら俺が手伝ってやる」
「ほんとですか?」
「ただし、全長10メートルは保証しないぞ」
「分かりました、我慢します」
「だから、今日は大人しく帰るんだ」
「昼休みが終わったら帰りますよ」
「約束だぞ」
「はい。 約束です」


時計がないので具体的には分からないが、あと数分で予鈴が鳴るはずだ。


「・・・これ、どうしましょうか?」

 

さっきから持ったままの小さな雪の固まり・・・。


「捨てろ」
「折角、綺麗に丸めたんですけど・・・」
「だったら食ってしまえ」
「そんなこと言う人、嫌いです」


台詞とは裏腹に、表情はほころんでいる。


「雪合戦はどうですか?」
「雪合戦?」
「はい。 雪合戦です」


手に持った雪玉を地面に置いて、足下の雪をもう一度かき集める。

そして、おむすびを作るように、ひとつひとつ丸めていく。


「・・・よいしょ、よいしょ」


楽しそうに作業をしている。


(まぁいいか・・・)


栞の白い肌と赤くなった手のひらを見ていると、時間までならつき合ってもいいかなと思う。


(それにしても・・・)


雪だるまの次は雪合戦か・・・。

もしかすると、遊びたいのかもしれないな。

家の中ではなく、外で、思いっきり・・・。


「祐一さん」


雪を丸めていた栞が、顔を上げる。


「雪玉の中に石を入れてもいいですか?」


怖いことをさらっと言う。


「ダメだ!」
「ダメですか・・・?」
「当たり前だ!」
「でも、その方がちょっとエキサイティングですよ」
「エキサイティングでなくていいから、入れるな・・・」
「ちょっと残念です・・・」


本当に残念そうに俯く。

やがて、8個の雪玉が同じ雪の上に並んだ。


「もう少しです・・・」


そして、9個目を置いた時・・・。


「・・・あ」


休み時間の終わりを告げるチャイムの音・・・。


「・・・・・・」


ゆっくりと立ち上がる。


「終わっちゃいましたね・・・」
「そうだな・・・」
「一生懸命作ったんですけど、無理でした。 ごめんなさいです」


微笑む表情が、どこか寂しげだった。


「じゃあ、これで解散だな・・・」
「はい。 帰ります」


次に頷いたとき、寂しげな表情は影を潜めていた。


「俺も急がないと、5時間目が遅刻になるな・・・」


たぶん、先に戻ったはずの俺たちよりも香里の方が・・・。


「・・・あ」


思い出した・・・。

ずっと引っかかっていたこと・・・。


美坂香里
「え?」


栞の表情が目に見えて変わった。


「香里と名字が一緒だったんだ・・・」


鈴木とか佐藤とかならまだしも、美坂なんてそうそうある名前ではないはずだ。


「・・・・・・」
「もしかして、香里の妹か?」
「・・・えっと」
「それか、弟」
「本気で怒りますよ」
「じょ、冗談だって」
「・・・お姉ちゃんを知っているんですか?」


ということは、本当に香里の妹に間違いないようだ。


「ああ。 偶然だけど同じクラスだ」
「そうですか・・・」


複雑な表情で言葉を濁しながら、ゆっくりと空を見上げる。

連なる校舎。

雨よけには雪が積もり、窓は白く凍りついていた。


「もしかして、香里に用があって来たのか?」
「・・・いえ、そういうわけではないです」


視線を校舎に送ったままそう呟く。

表情は分からなかった。


「・・・さて、いい加減そろそろ戻らないとな」
「そうですね・・・残念ですけど」
「ひとりで帰れるか?」
「帰れますっ。 子供じゃないですから・・・」
「そうか? 雪だるまも雪合戦も充分子供っぽいと思うけどな」
「・・・そんなこと言う人、嫌いです」


膨れた表情で、くるっと背中を向ける。


「いいか、家で寝てるのが寂しい気持ちは分かるけど、ちゃんと安静にしてないと治るものも治らないぞ」
「・・・そうですね」


頷いて、そしてもう一度振り返る。

今度は俺の方に向かって。


「祐一さん・・・」
「なんだ?」
「約束・・・ですよ。 病気が治ったら、雪だるま作ってくれるって・・・」
「ああ・・・約束だ」
「はいっ」


自分の精一杯で、元気よく頷く。


「今日は楽しかったです」
「そうか・・・?」
「はい。 とっても楽しかったです。 ありがとうございました」


ぺこっとお辞儀をして、そのまま雪の地面を歩いていく。

やがて、栞の姿は雪の中に溶けていった。


「・・・俺もそろそろ戻らないとな」


確か、予鈴が鳴ってから5分で本鈴だったはずだ。

見上げると、風にさらされた粉雪が舞い、誰もいない中庭に取り残された雪玉もやがて新しい雪に埋もれていく・・・。


・・・。


「ただいま」
「おかえりなさい」


廊下に戻ると、同じ場所で名雪が待っていた。


「祐一、あの子と知り合い?」
名雪は知ってるのか?」
「ううん、知らない女の子だよ」
「そうか・・・」
「誰なの?」
「秘密」
「わっ。 余計気になるよっ」


(香里に直接訊いてみるか・・・)


「無言で歩いていかないでよ~」


・・・。


教室に戻ると、当然のように学食組は俺たちふたりを除いて全員戻ってきていた。

 

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「どうして先に戻ったはずのあんたたちが一番遅いのよ・・・」
「こいつが道に迷ったんだ」


「ええっ! わたしは関係ないよ!」
「やれやれ、迷惑かけた上に言い訳か」
「悪いのは祐一だよ~」


「大丈夫だって。 みんなどっちが嘘ついてるかくらい分かってるから」


「おーい、先生が入ってきたぞ」

「あ、ホントだ。 じゃ、またね」


先生の姿を確認して、すぐ近くの自分の席に帰っていく。

香里には訊きたいことがあったのだが・・・。


(まぁいいか・・・)


・・・。

 

~1月12日 火曜日の途中から~


・・・。

 

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「・・・おい、相沢」


後ろの席の北川が、小声で話しかけてくる。


「あの子・・・またいるぞ」
「あの子って?」


同じくらいの小声で返す。

そして、返してからその言葉の意味に気づいた。

窓の下。

雪に覆われた冷たい場所の中心。


「・・・・・・」


いつからその場所にいたのかは分からない。


「女の子だろ? 何やってんだろうな」


たったひとつの足跡が辿り着くその先に、雪のように白い肌の少女が立っていた。

小柄な体に、ストールを羽織っている。

間違いなく美坂栞だった。


(・・・はぁ)


思わずため息が出る。

もしかしたらとは思っていたが・・・。


(・・・・・・まぁいいか)


勿論よくはないのだが、授業中なのでどうすることもできない。

それに、無下に追い返すことが忍びないのも事実だった。

しばらくして、4時間目の終了を告げるチャイムが響いた。

担任が出ていって、一気に教室内が昼休みムードに染まる。


「祐一、今日も学食?」
「いや、俺は外」
「え?」
「じゃあな、名雪
「え? え?」


・・・。


この時期の校舎裏は、当然のように学内の喧噪からは隔離された場所だった。

白い葉をつける木々が立ち並び、暖かくなれば格好の休憩所になりそうな階段の段差も、今は雪に覆われている。


「・・・よぉ」
「こんにちは」


台詞だけ聞いてると何でもないやりとりだが、場所が場所だけに不思議な情景だった。


「寒くないか?」
「もちろん寒いですよ」


ストールを羽織ってはいるが、短いスカートが特に寒そうだった。


「でも、暑いよりはいいですよ」
「そうか? 俺はどっちも嫌だけど」
「服をたくさん着ることはできますけど、服を脱ぐことができる枚数には限りがありますから」


いつもと変わらない笑顔で、にこっと微笑む。


「それに、暑いと雪だるまが溶けてしまいます。 悲しいです」
「もしかして、この場所が好きなのか?」


ふと思った疑問を声にする。


「どうしてですか?」
「いつもここにいるから」
「そんなことないですよ。 ちゃんといろんな場所で目撃されてると思います」
「だったらどうしてここにいるんだ?」


最初は誰かに会いに来たと言った。

次は俺と話をするために来たと言った。


「私がここにいる理由ですか?」


少女が首を傾げる。


「実は、私にもよく分からないです」
「・・・・・・」
「分からない答えを探すために来ている、という答えはどうですか?」


微かに垣間見せた、今までとは明らかに違う表情。


「祐一さん・・・」


不意に、栞が笑顔を見せる。


「今の台詞、ちょっとかっこいいですよね?」
「全然」
「うわっ、ひどいですよ。 これでも一生懸命考えたんですから」


いつの間にか、いつもの栞に戻っていた。


「そんなの考える時間があったら、風邪を治すことを考えろっ」
「こう見えても暇なんですよ」
「それは昨日も聞いた」
「明日は他の理由を考えておきます」
「考えなくていいから、家でじっとしてろ!」
「・・・残念です」


さっき見せた悲しげな表情は、今は微塵もなかった。

少なくとも、俺が一番知っている栞の姿だった。


「しかし、いつまで風邪引いてるつもりだ?」
「私に訊かれても困ります」
「医者は何て言ってるんだ?」
「医者の言うことを聞かない困った患者だって言ってます」
「いや、そうじゃなくて・・・」
「冗談です」


にこっと微笑んだとき、く~と小さくお腹の音がした。



「あはは・・・お腹すきました」


恥ずかしそうに、照れながらお腹を押さえる。


「俺だって、まだ何も食べてないんだ」
「困りましたね。 ここには雪しかないです」
「雪なんか食ったら、絶対に腹壊すぞ」
「おいしそうですけどね」
「・・・そうか?」
「かき氷みたいですから、シロップをかけたら食べられるかもしれません」
「シロップなんてないぞ」
「だったら諦めます」


お腹を押さえて、小さく微笑む。

く~~、ともう一度お腹が鳴った。


「腹減ってるんだったら・・・」
「嫌です」
「・・・まだ何も言ってないぞ」
「帰れって言うんですよね?」


先に言われてしまう。


「・・・・・・」
「ひどいです・・・祐一さんだけはそんなこと言わない人だって信じてたのに・・・」
「信じてたも何も、今までに何度も言ってるだろ・・・」
「あ、そうでしたね」


ころころと表情を変える。


「とにかく、すぐに帰れ」
「そんなこと言う人、嫌いです」
「嫌いでもいいから帰れ」
「・・・・・・」


不意に押し黙る。


「・・・分かりました」


そして頷く。


「私も、嫌われてもいいですから帰りません」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・はあ・・・分かったよ」


結局、俺が根負けする形になった。


「ただし、昼休みの間だけだぞ。 その間だったら、俺もつき合ってやるから」
「・・・すみません、ちょっとわがままでした」


さすがに申し訳なさそうな表情で下を向く。


「俺は別に構わないから」


それに・・・。

この白い肌の少女の真意を知りたかった。

どうしてそう思ったのかは分からないけど・・・。


「そうだ。 俺が何か買ってきてやろうか?」
「学食ですか?」
「そうだな」


学食の購買部に行けば、サンドイッチでもカレーパンでもなんでも売っているだろう。


「何でも好きなの買ってきてやるぞ」
「ホントに何でもいいんですか?」
「ただし、ここまで持って帰ってこられるものだぞ」
「分かりました・・・」


一呼吸置いて、栞が呟く。


「アイスクリームがいいです」
「・・・は?」
「私は、アイスクリームがいいです」
「・・・アイスクリームって、あの冷たいアイスクリームか?」
「温かいアイスクリームって、あるんですか?」
「さぁ・・・」
「それでは、冷たいアイスクリームでお願いします」
「・・・栞」
「はい?」
「なんでこの時期にアイスなんだ?」
「大好物なんです」
「・・・・・・」
「アイスクリーム、嫌いですか?」
「嫌いじゃないけど・・・」


食べる時期によると思うぞ、俺は。


「本当にアイスでいいのか?」
「はい」
「・・・分かった、買ってくる」
「ありがとうございます」
「じゃあ、すぐに行ってくるから」
「あ・・・祐一さん」


校舎の中に戻りかけた俺を、栞の真剣な声が呼び止める。


「バニラをお願いします」


もう、苦笑するしかなかった。


・・・。

 

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「・・・おいしい」


木のスプーンをぱくっとくわえて、栞が嬉しそうに目を細める。


「そりゃ、うまいとは思うけど・・・」


時期が時期だけに売っていないことを期待したのだが、俺の願いは叶えられなかった。

冬にアイスを販売する非常識な学園にため息をつきながら、俺もツナサンドをくわえる。


「祐一さんは、アイスクリーム食べないんですか?」
「医者に止められてるんだ」
「そうですか、だったら仕方ないですね」
「栞こそ大丈夫なのか・・・?」
「私はお医者さんに止められていませんから」


確かに、普通はそんな当たり前のことをわざわざ言ったりはしないだろう・・・。


「・・・んく・・・おいしい」


雪と比べると、白と言うよりクリーム色のアイスクリームをカップからすくい取って、そして小さな口に運ぶ。


「・・・・・・」


ちなみに、こっちは見ているだけで寒い。


「祐一さんも、一口だけ食べますか?」
「俺は医者の言いつけは守ることにしている」
「残念です・・・」


俺のために差し出したアイスを、仕方なく自分の口に入れる。


「やっぱり、おいしい・・・」


真冬の中庭で、雪に囲まれてアイスクリームとツナサンド食べる。

校舎の隙間を吹き抜ける風が、時折ひゅうひゅうと音を立てていた。


「・・・せめて校舎の中で食わないか?」
「ダメですよ・・・私こんな格好ですから」


自分の服装を見下ろしながら、栞が首を横に振る。


「見つからなかったら大丈夫だって」
「絶対に見つかると思いますよ」
「根性のない奴だな」
「根性があっても、絶対に見つかると思いますよ。 それに・・・」


栞が言い淀む。


「えっと・・・何でもないです」
「・・・・・・」


そのまま視線を逸らしたので、特に追求はしなかった。

やがて、特に会話を交わすこともなく、昼休み終了のチャイムが鳴った。

結局、昼休みの時間全てを使って、昼食をとったことになる。


「この季節は、ゆっくり食べてもアイスクリームが溶けないからいいですよね」


俺は、今日何度目かの苦笑を漏らした。


「また、来てもいいですか?」


スカートの雪を払いながら、栞が立ち上がる。


「昼休みの時間だけならな」
「はい」
「でも、本当は先に風邪を治した方がいいと思うけどな」
「あはは・・・そうですね。 それでは、今日はこれで帰ります」


お辞儀をして、ゆっくりと校門に向かって足跡をつけていく。


「祐一さん・・・」


くるっと雪の上で振り返って、スカートの裾がふわっと風に舞う。

 

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「また明日です」


にこっと微笑んでいた。


その後は、振り返ることもなく歩いていく。


「また明日か・・・」


とりあえず、栞が制服姿で現れることを願いながら、俺も校舎の中に戻った。


・・・。


~1月13日 水曜日の途中から~


・・・。

 

 

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香里の顔を見て、ふと浮かんだ疑問。

香里は、栞がここに来ていることを知っているのだろうか?

そう言えば、今までに栞のことを香里に話したことはなかった。


「なぁ、香里・・・」


多少の躊躇はあったが、やはり香里に訊いてみようと思った。


「栞が毎日学校に来てるって知ってたか?」
「・・・・・・」


反応はなかった。


「・・・栞って、誰?」


そして、ぽつりと呟く。


「・・・誰って・・・」
「聞いたことない名前だけど、相沢君の知り合い?」
「姉妹じゃないのか・・・?」
「姉妹・・・? 誰の・・・?」
「香里の」


俺の視線を怪訝な表情で返す。


「知らないわ、あたしはひとりっ子よ」
「・・・・・・」
「どうしたの?」
「いや、何でもない」
「・・・・・・」


栞は、確かに香里のことを自分の姉だと言った。

しかし、香里は自分に姉妹なんていないと答えた。


・・・。


どっちかが嘘をついている?

普通に考えればそんな結論に達する。

でも、それならどっちが・・・?


(大体、何のために・・・?)


そんな考えを中断するように、休み時間の終了を伝えるチャイムが鳴った。


「・・・じゃあね、相沢君」


香里は自分の席に戻り、名雪はまだ黒板消しと格闘していた。


・・・。


かわり映えしない授業風景を眺めながら、先生の話を右から左に聞き流している。

別に授業を受けるのが嫌なわけではないのだが、さすがに内容が全く分からない授業となると話は別だった。

先生も変わって、教科書もノートも新しくなって、授業内容も微妙に違う。


(3年になったら頑張る・・・)


自分にそんな言い訳をしながら、授業風景は過ぎていった。


・・・。


4時間目の担任が教室を出て、後を追うように廊下側の生徒が教室の外に走り出す。


「・・・俺も移動するか」


学食組が一通り席を立ったあと、俺もゆっくりと教室を出る。

場所は決まっていた。

誰もいない、あの場所へ。


・・・。


中庭へ通じるドアを開けると、外は薄暗かった。

どんよりとした分厚い雲に覆われて、青空はかけらも見ることができなかった。

風も強い・・・。

それこそ、いつ雪が降るどころか吹雪になってもおかしくないような空模様だった。

音を立てて吹き荒ぶ風が雪の積もった木々を揺らし、一足先に吹雪の様相を呈していた。


「・・・・・・」


そんな中で、ひとりの少女が立っていた。

ストールとスカートの裾を押さえて、困ったような表情で雪の中に佇んでいた。


「あ、祐一さ・・・きゃっ!」


風に運ばれて、そのまま流される。

 

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「わっ、わっ・・・スカートが・・・」

「・・・・・・」


とても大変そうだった・・・。


「とりあえず、中に入ったらどうだ?」


何もこんな時に外に立っていることもないだろう。


「だ・・・ダメですよ・・・わっ!」


スカートの方に気を取られていたので、代わりにストールを風に持っていかれる。


「楽しそうだな」
「そ、そんなこと言う人、嫌い・・・きゃっ」
「・・・やっぱり、楽しそうに見えるけど」


しばらくして、風が収まるまでそんな状態が続いていた。


・・・。


「・・・はぁ、少し落ち着きました」


風の通りの少ない壁際に移動して、ほっと息をつく。

吐いた息もすぐに流されていく。

中庭のど真ん中に比べて少ないとはいえ、決して穏やかな場所ではなかった。


「大丈夫か?」
「ちょっとふらふらします」
「そうだろうな・・・」
「で、でも、元気です」
「目、回ってるんじゃないのか?」
「ふぇ・・・大丈夫ですぅ・・・」
「それならいいけど・・・」
「は、はい・・・」


本当に大丈夫なのかはとても怪しいところだが、一応は落ち着いたらしいので話を進める。


「とりあえず、何か食べるか?」
「えっと・・・そうですね・・・」


小さな口元に白い指を当てる。


「やっぱりお腹すきましたから・・・よろしくお願いします」
「じゃあ、また学食行ってくるから何か欲しいもの言ってくれ」
「アイスクリーム」
「・・・・・・」
「アイスクリームのバニラ」
「・・・・・・」
「あ、今日はお腹すいてるのでふたつお願いします」
「・・・今日は違う物にしないか?」
「それなら、アイスクリームのチョコレートお願いします」
「・・・・・・」
「えっと・・・チョコとバニラが半分ずつ入ってるアイスでもいいですけど・・・」
「・・・分かった・・・もうなんでもいい」


どうやら、アイスクリームだけは譲れないようだった。


「それなら、バニラお願いします」


栞の笑顔に見送られて、俺は校舎の中に引き返した。


・・・。


昼休みに入ってから少し時間が経ったこともあって、カウンター前の人混みはそれほどでもなかった。

俺は、なぜこの時期に動いているのか分からないクーラーボックスの中からバニラカップをふたつ取り出した。

そして、代金を払ってすぐに引き返す。

途中、奇異の視線で見られていたような気もするが、とりあえず無視する。


・・・。


中庭に出ることのできる鉄の扉。

このドアを開けて外に出るのは、今日2回目だった。


「・・・・・・」


・・・。


「見なかったことにしよう・・・」


ばたんっ!


「祐一さんっ、何事もなかったように戻らないでくださいっ」


冷たいドアの向こう側から、栞の非難の声が聞こえる。


・・・。


「いや、冗談だ」
「・・・本当に冗談ですか?」
「もちろん」
「・・・・・・」
「それよりも、昼飯買ってきたぞ」
「・・・ごまかしてませんか?」
「全然」
「それならいいですけど・・・」


笑顔を覗かせながら、アイスクリームをふたつ受け取る。


「祐一さんは、お昼どうするんですか?」
「俺は・・・」


・・・。


「・・・しまった」


よく考えると、自分の分を買うのを忘れていた。


「ひとつあげますよ」
「・・・・・・」
「私は、ひとつで充分ですから」


そう言って微笑む栞の後ろには、風景を覆い尽くすような雪が舞い降りていた。


「俺は・・・見てるだけで充分だから・・・」


一歩後ろにさがる。


「食べないと、お腹すきますよ」


そのかわり、食べたら絶対に腹を壊すだろう。


「本当に食べないんですか?」
「・・・・・・」


確かに、このまま何も食べずに午後からの授業に臨むのは心許なかった。


「・・・そうだな・・・食ってみる」
「はい」


何がそんなに嬉しいのか、笑顔で頷く。


「・・・・・・」


早まったかも・・・。

栞の笑顔を見て、そんな気がしてきた・・・。

昨日の場所は完全に雪に埋もれているので、ドアのひさしの下で食べる。

幸い風が一時よりは弱まったので、頭から雪をかぶることはなかった。

もちろん、寒いことには全然変わりがないどころか、今までで一番の寒さだった。


「おいしいですね」
「・・・そう、かもな」
「食べてないんですか?」
「いや、一応食べた・・・」


でも、味なんてほとんど分からなかった。


「おいしいですよね」
「・・・・・・」


結局、そのまま最後まで食べさせられることになった。


「・・・何となく、腹が痛いような気がする」


食べ終わっても、まだ雪は降り続いている。

風に運ばれた結晶が、空っぽのカップの中に積もっていた。


「お腹のお薬ならありますけど・・・」


まだ食べ終わっていない栞が、心配そうに木のスプーンをくわえていた。


「今、持ってるのか?」
「はい。 常備薬のひとつですから」
「・・・そ、そうか」
「他にも、風邪薬、解熱剤、胃薬、頭痛薬、うがい薬・・・ある程度は揃っていますけど?」
「それは頼もしいな・・・」
「腹痛のお薬ですよね? ちょっと待ってください」
「・・・・・・」
「あ・・・ありました。 はい、どうぞ」
「今、どこから取り出したんだ?」
「スカートのポケットですけど?」
「・・・その中に、さっき言った薬が全部入ってるのか?」
「はい、そうですけど?」
「四次元か・・・」
「はい?」
「いや、何でもない・・・」
「・・・腹痛のお薬、要らないんですか?」
「いや、ありがとう」
「一応、食後がいいみたいなんですけど・・・これって、食後ですよね?」
「そう、だな・・・」


しかし、その昼食をとったために腹を壊しているのだから、本末転倒だった。


「はい、祐一さん」


差し出した白い手に、白い錠剤が3粒のっていた。

それを受け取って、そのまま胃の中に流し込む。


「ふぅ・・・楽になった・・・」
「そんなにすぐには効きませんよ」
「それもそうだな・・・」


それでもマシになったような気がするんだから、俺も単純だ。


「・・・ごちそうさまでした」


俺が薬を飲んでいる間に、栞がアイスクリームを食べ終わる。


「おいしかったです」


空のカップに蓋をして、幸せそうに息をつく。

屈託なく笑う少女。

でも、その笑顔の向こう側に、ほんの些細な違和感があった。

香里の言葉。

それが、どうしても引っかかっていた。


「・・・栞」
「はい?」


俺は、思い切って香里の話をしてみることにした。


「今日、香里に妹のことを訊ねたんだ」
「・・・はい」
「そうしたら、自分はひとりっ子だって言ってた」
「・・・・・・」


不意に俯いて、そして何かに耐えているようにぎゅっと口を閉ざす。


「・・・そう、ですか・・・」


やがて、重苦しい沈黙を破るように栞は言葉を紡ぐ。


「それは・・・きっと、私の思い違いです」


栞の表情が、いつもの穏やかな顔に戻っていた。


「祐一さんのクラスに、私のお姉ちゃんと同姓同名の人が居たんですね」
「・・・別人なのか?」
「私のお姉ちゃんは、きっと他のクラスに居るんです」
「でも、香里って名前はともかく、美坂なんて名字・・・」


しかも、名字と名前がまったく同じ生徒が同じ学年に居るなんて、普通に考えると信じがたい。


「その人が違うと言っているんですから、違うんですよ・・・」
「・・・・・・」
「私、こう見えてもそそっかしいんです・・・」


その言葉を最後に黙ってしまったので、それ以上訊ねてることもできなかった。


「・・・じゃあ、そろそろ戻ろうか」
「・・・祐一さん」
「どうした?」
「・・・明日も、また来てもいいですか?」
「来るなって言っても来るだろ?」
「来るなって言われたら来ません。 そのかわり、来てもいいって言われたら、どんなことがあっても来ます」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・分かって、来てもいい」
「・・・え?」


俺の言葉が予想外だったのか、小さく開いた口からはその後の言葉がでなかった。


「そのかわり、無茶はするなよ」
「はいっ」


今までで一番の笑顔だと思った。


「じゃあ、今日はこれで解散」
「はい。 解散です」
「栞、傘持ってるか?」
「ちゃんと持ってますよ」
「・・・どこに?」
「ポケットの中です」
「・・・・・・」
「あ、もちろん折り畳み傘ですよ」


それだって普通は入らないと思うけど・・・。


「それでは、帰ります」
「気をつけてな」
「はい」


頷いて、そして雪の中へ。


「栞」
「はい?」
「今日は、雪が止むまで待っててもいいぞ」
「そうですね・・・」


俺の表情と分厚い雲を交互に見て、そして首を横に振る。


「やっぱり帰ります。 雪、やむとも限りませんし」
「そうか・・・。 だったら気をつけてな」
「はい」
「この前みたいに転ぶなよ」
「そんなこと言う人、嫌いです。 それに、あれは私のせいではないです」
「俺のせいでもないぞ」
「あゆさん・・・でしたよね?」


栞が記憶を辿るようにぽつりと呟く。


「きっと今頃、くしゃみしてるぞ」
「あの・・・」


この少女にしては珍しく、伏し目がちに声を出す。


「どうした?」
「えっと・・・」
「・・・?」
「・・・あ、チャイム」
「・・・それが言いたかったのか?」
「えっと・・・そうです」
「・・・・・・」
「それでは、帰ります」


ぺこっとお辞儀をして、傘を開く。

そして、白く埋め尽くされた中庭を、時折振り返りながら歩いていく。

まるで、雪の中に溶けるように・・・。


・・・。


教室に戻ってくると、すでにほとんどの生徒が帰ってきていた。


「あれ?」


名雪が俺の姿を見つけて、不思議そうに首を傾げる。


「祐一、外に出てたの?」
「ちょっと外でアイスクリームを食べてたんだ」
「アイスクリーム・・・?」
名雪、疑ってるだろ?」
「こんなに寒いのに、アイスクリーム食べる人なんていないよ」
「でも、この時期に食べたいって思う奴もいるかもしれないだろ?」
「うーん・・・やっぱりいないと思うよ。 何か理由があるのなら別だけど・・・」
「この時期にアイスクリームが食いたくなるような理由か?」
「例えば、暖かくなるまで待てないとか・・・」
「それだったら、結局ただのアイス好きじゃないか」
「あ・・・そっか」
「・・・そう言えば、何の話だっけ?」
「・・・えっと・・・あっ! 祐一が外に出てた理由だよ」
「だから、外でアイスクリーム食べてたんだって」
「・・・うーん」


納得しているのか微妙なところだったが、それ以上何も言わずに自分の席に戻っていった。

午後の授業中、俺はずっと窓の外を見ていた。


「・・・・・・」


不規則に流れる灰色の雲を眺めながら、時間だけが過ぎていった・・・。


・・・。


~1月14日 木曜日の途中から~


「祐一っ、お昼休みだよ」


先生が教室を出ていくと同時に、名雪が俺の席に現れる。

ちなみに、言われなくても分かっている。


「今日もひとりで外に出るの?」
「そうだ」


心配げな名雪の声に頷きながら、席を立つ。

窓の外を見ると、昨日とは打って変わって白い雲さえないような晴天だった。

気温もずいぶんとましだろう。

もちろん室内とは比べるべくもないが・・・。


「でも、どうして外なの?」


名雪が当然の疑問をぶつけてくる。


「さぁ、何でだろうな・・・」
「ごまかしてる?」
「いや、本当だ」


それは本心からだ。

栞が毎日学校に姿を見せる理由・・・。

そして、そんな栞に毎日つきあっている自分の気持ちさえも分からない・・・。


「・・・風邪、気をつけてね」
「大丈夫だって」


名雪が心配してくれているのは分かっているので、その言葉は素直に受け取っておく。


「じゃあ、ちょっとアイスクリーム食ってくる」
「うん」


教室を出るとき、振り返って香里の姿を探したが、教室の中には居ないようだった。


・・・。


(栞と香里・・・)


休み時間の活気に溢れる廊下を、ひとりで走る。

途中で学食に寄ってから、改めて目的の場所へ向かう。


・・・。


いつものように、渡り廊下に通じる扉を開けて外に出る。

当然のように、こんな時期にこの出入り口を使う生徒は俺の他には誰も居なかった。


・・・。



昨日の風景が嘘のように、仰いだ空は澄み渡っていた。

それでも、昨日の雪が夢でないことは、真っ白に染まった地面を見れば分かる。

小さな足跡さえない雪の絨毯。

冷たくなったノブから手を離して、一歩だけ外に踏み出す。

しゃりっとした雪の感触が上履きの裏から伝わってくる。

少し遅れて、鉄の扉が後ろで閉まる。


「・・・・・・」


穏やかな風が、雪の地面を撫でるように走り抜けていく。

そんないつもと変わらない場所に、いつもの少女の姿はなかった。


「・・・・・・」


あと数歩、中庭の中心に向かって歩く。


「・・・・・・」


誰も居ない場所に、俺ひとりの足跡だけが残る。

時計を持っていないので時間は分からないが、すでに休み時間に入って10分は経過していると思う。

いつもなら俺よりも先にこの場所に立っているはずの少女。


「遅刻か・・・」


学校を欠席している生徒に遅刻も何もないような気もするけど・・・。


「・・・・・・」


しばらく、その場所でじっと空を見上げる。

青い空と四角い窓。

窓には、陽の光と空が眩しく映りこんでいた。


「確かに・・・この時期だとアイスクリームは溶けないな」


栞のために買ってきたアイスクリームのカップがふたつ。

冷たいを通り越して、すでに指の感覚がなかった。


・・・。


時間と風だけが過ぎていった。

それでも、俺はこの場所を動くわけにはいかなかった。


『来てもいいって言われたら、どんなことがあっても来ます』


「・・・・・・」


・・・。


後ろから、しゃりっ、しゃりっ、と雪を踏む心地よい音が聞こえる。


「・・・・・・」

 

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「・・・すみません、遅れました」


胸元に手を当てて、真っ白な息を何度も吐き出す。

何度も何度も深呼吸をするように、小さな肩が上下に動く。


「・・・祐一さん?」


遅れてきた少女が、遠慮がちに俺の名前を呼ぶ。


「馬鹿だな」
「わ。 折角来たのにその言い方はひどいです」
「無茶はするなって言っただろ」
「それほどでもないです」
「息を切らしながら言ったって説得力ないぞ」
「大丈夫です」
「何が大丈夫なんだ?」
「これくらい、真冬にアイスクリーム食べることに比べたら全然大したことないです」
「自覚があるんだったら、食うな」
「それでも、アイスクリームは好きですから」
「やっぱり馬鹿だ」
「そんなこと言う人、嫌いです」
「アイスクリーム買ってあったんだが・・・」
「わ。 今の、嘘です」
「もう、あんまり時間ないぞ」


苦笑しながらアイスクリームを手渡す。


「それでもいいです」
「そうだな・・・」


嬉しそうにアイスクリームのカップを受け取って、そしてこの前並んで座った場所の雪を払いのける。


「ちょっと冷たいですけど」


困ったような表情で、その場所に腰を下ろす。


「・・・大丈夫ですか? 祐一さん」


平然とした顔でアイスクリームを食べながら、心配そうに俺の顔を覗き込む。


「・・・頭が痛い」
「かき氷食べると痛くなりますよね。 同じ原理ですか?」
「・・・多分」


かき氷よりは遙かにマシだろうけど、それでも真冬にアイスクリームはやっぱりこたえる。


「でも、今日はどうしたんですか?」
「何となく俺もアイスクリームが食べたくなったんだ・・・」


そう答えて、もう一口アイスを口に運ぶ。


「・・・・・・」


無口になる味だった。


「おいしいですよね?」
「多分・・・」
「私の分も食べますか?」
「栞・・・」
「はい?」
「わざと言ってるだろ?」
「あはは・・・冗談です」
「・・・なんか、腹も痛くなってきた」
「・・・大丈夫ですか?」
「なんで栞は平気なんだ・・・」
「私は、アイスクリームが好きですから」


好きだったら平気というものではないと思うが・・・。


「そう言えば・・・時間、あとどれくらいなんですか?」


アイスクリームにはつきものの木のスプーンでアイスをすくい取りながら、そう訊ねる。


「昼休みか? 時計がないから分からないけど、もうそんなにはないと思う」
「だったら、早く食べてしまわないとダメですね」
「気が重い・・・」
「がんばりましょう」
「がんばりたくない・・・」
「お薬ならたくさんありますから」
「嬉しくない・・・」
「飲み薬の他にも、貼り薬、塗り薬・・・各種取りそろえてますから」
「・・・どこに?」
「もちろん、ポケットの中です」
「やっぱり四次元・・・」
「何ですか?」
「いや、何でもない・・・」


・・・。


「あ・・・チャイム・・・」


屋上に取りつけられたスピーカーを見上げる。


「休み時間、もう終わりか」
「まだ、残ってるんですけど・・・」


今度は自分の手元に視線を落とす。

そこには食べかけのアイスクリームがあった。


「俺だって半分以上残ってる」
「大急ぎで食べてしまいましょうか?」
「・・・そうだな」
「はい」


・・・。


「ごちそうさまでした」
「口の中が冷たい・・・」
「今日はありがとうございました」


改まって、栞がぺこっと頭を下げる。


「何のことだ?」
「私が来るまで待っていてくれたことです」
「いや、帰ろうとしたらちょうど栞が来たんだ」
「ふーん・・・」
「何だ、そのふーんって言うのは」
「何でもないですっ」
「もう待たないからな」
「そんなこと言う人、嫌いです」


微笑んで、そしてくるっと振り返って歩き出す。


「えっと、冗談です・・・」


後ろを向いたまま、思い出したように言葉を繋げる。


「だって、私、祐一さんのこと好きですから」


一度だけ振り返って、そして雪の上を走るように足跡を残す。


「・・・・・・」


栞の背中が見えなくなるまで、同じ場所で見送る。


「俺も戻るか・・・」


来た道を引き返すように扉まで戻って、そして一度振り返る。

さっきまでは何もなかった雪面に、今ではたくさんの足跡が刻み込まれていた。


・・・。


~1月15日 金曜日の途中から~


合鍵で玄関を閉めて、そのままポケットに突っ込む。


(・・・さて、どこに行くか)


少し考えて、学校の方に向かって歩いていくことにした。

学校には何の用もないけど、もしかすると新しい発見があるかもしれない。

それに・・・。


(何か昔のことを思い出すかもしれない・・・)


・・・。

 

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「・・・結局、学校まで辿り着いてしまった」


特に目新しい発見もなく、気がつくとすでに校門の前だった。


(・・・引き返すか)


陽もずいぶんと傾いていた。

鮮やかな空が、見慣れた校舎を別の色彩に変えている。


「・・・・・・」


今日が祭日ではなかったら、きっとまだ部活の生徒で溢れている場所。

今日が平日だったら・・・。


「・・・・・・」


平日だったら、きっと・・・。


「・・・さすがに、それはないだろ」


言葉では否定しても、どこか否定しきれない部分があった。

もしかすると、今日も来ていたのだろうか・・・。


「・・・・・・」


この場所で突っ立ってても確認することはできない。


「・・・どうせ、暇だからな」


自分に言い訳するように呟いて、俺はゆっくりとその場所に向かった。


・・・。


真っ白な風景が、赤く染まっていた。



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「・・・いいことを教えてやろうか?」
「はい」


中心に佇む少女が、小さく頷く。


「今日は成人の日で祭日だ」
「知ってます」


表情は、よく分からない。


「なにやってんだ、こんなところで」
「私にもよく分からないです」


少女が、ゆっくりと俺の方に歩いてくる。


「祐一さんは、どうしたんですか?」
「俺は、近くまで来たからちょっと寄ってみただけだ」
「どうしてですか?」
「明日に備えて落とし穴でも作ろうと思ってな」
「わ。 そんなことする人嫌いです」
「・・・栞」
「はい?」
「もしかして、昼からずっとここに居たのか?」
「えっと・・・あはは、そうなりますね」


照れたように笑う栞の表情は、どこか悲しげだった。


「祐一さん・・・。 本当のこと言います・・・。 今日は、来るつもりなかったんです・・・。 でも、気がつくとこの場所に立ってました。 どうしてかは、自分でもよく分かりません。 誰もいないって分かってるのに・・・。 それなのに、こんな場所に立ってて・・・。 やっぱり、誰もいなくて・・・」
「・・・・・・」
「がっかりはしなかったです。 だって、私がおかしいんですから・・・。 それなのに、この場所を動くことができなかった・・・。 もしかしたらって、そんな曖昧な希望にすがって・・・。 結局ひとりぼっちで・・・。 いつの間にかこんな時間になってて・・・。 ほんと、馬鹿ですよね・・・」
「本当に馬鹿だな」
「ひどいです・・・」


微かに笑ったような気がした。


「そんなこと言う人、嫌いです・・・。 でも、嬉しかったです。 祐一さんに、会えましたから・・・」
「・・・栞、ひとつだけ正直に答えてくれ」
「・・・・・・分かりました。 体重以外なら答えます。 あ・・・スリーサイズもダメです・・・自信ないですから・・・」
「どうして、毎日学校に姿を見せるんだ?」


どうして、俺に会いに来るんだ・・・?


「・・・そうですね」


少し考えて、言葉を紡ぐ。


「風邪は、人にうつすと治ると言いますから」


夕焼けの下、栞が穏やかに微笑む。

いつもと同じ栞の笑顔。


「・・・・・・本当は、私にも分からないんです・・・。 一度、言いましたよね? 分からない答えを探すために来てる・・・って。 あれ、本当です」
「それで、答えは見つかったのか?」
「・・・分かりません」
「・・・栞、明日はどうするつもりだ?」
「明日ですか・・・?」
「土曜日だから昼休みはないぞ」
「そうですね・・・盲点でした」
「だったら、放課後どこかに遊びに行かないか?」
「デートですか?」
「・・・そうは言ってないけど」
「分かりました、明日は祐一さんとデートです」
「いや、だからデートとは言ってないんだけど・・・」
「明日の放課後、この場所で待ってます」
「そうだな、じゃあ1時に待ち合わせだ」
「はいっ。 約束です」


・・・。

 

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「じゃあ、これで解散だな」
「はい」


いつもは白い肌の少女も、今日は西日を浴びて赤みを帯びていた。


「明日、忘れないでくださいね」
「大丈夫だって」
「約束ですよ・・・」
「俺は、約束は守る方だ」
「はい。 期待してます。 それでは、これで帰ります」


いつものようにぺこっとお辞儀をして、そのまま歩き出す。


「祐一さん、また明日です」
「ああ」


いつものように栞の後ろ姿を見送って、俺も家路についた。


・・・。