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Kanon【17】

 

~1月17日 日曜日の途中から~


・・・。


今夜はいつもより冷えるようだった。

凍ったような廊下の床板の上を素足で歩いていると、戻った部屋から出るのさえ億劫になりそうだった。

だが、そんな外気と同じ気温の場所に延々と佇む人間もいるのだ。

それを知っていてひとりにしておくこともできない。

俺は出かけるのだろうか?

出かけるのだろう。


・・・。

 

コンビニでふたり分の夜食を見繕い、一路夜の校舎へ。


・・・。


「よおぅっ、舞」


もはや夜の校舎の光景として、舞の姿も俺の脳裏に焼き付いていた。

だから、逆にその姿がないと戸惑ってしまう。


「あれっ・・・? 舞ーっ、いないのかーっ」


本来の静けさを保った校舎が、こんなにも寂れたものだとは思わなかった。

何もかもが古めかしく見え、不意に過去の校舎へ放り出されたみたいだった。


「舞ーっ、いるんだろーっ!?」


前の休日にはいたから、今日もいると思ったのだが・・・日曜日は家で休んでいるのだろうか。


「舞ーっ、夜食あるから、食いにこいよーっ!」


犬や猫じゃないんだから、こんなので現れるわけないか・・・。


すたっ。


「・・・・・・」


階段の下に舞が飛び降りた格好で現れた。

 

「・・・・・・」


無言で歩いてくる。


「おまえは、犬や猫かっ」


一応突っ込んでおく。


「・・・?」
「まあ、いいっ。 ほら、夜食だ。 食うだろ?」


こくり、と頷く。


「今日はみたらし団子だ。 コンビニで売ってるんだぞ」
「・・・・・・」
「みたらし団子は好きか?」
「・・・嫌いじゃない」
「だと思った」


とりあえず舞は、和食ならば『嫌いじゃない』傾向があるようだった。

寿司や納豆が好きなところを考えると、生粋の和食派、ということなのかもしれない。


「ほら」


五本あるうちの、半分、三本を舞に差し出す。

舞はそれを空いているほうの手で扇形に開いて待つ。


「・・・・・・」


茶屋に立ち寄った侍のようで、可笑しい。

 

「・・・ちなみに臨戦中だから」
「えっ・・・?」


舞がすばやく団子の一本に唇を滑らせ、それをただの串に変えると、俺の右頬目掛けて投げつけた。

チッ!と擦るか擦らないかで、それが通り過ぎると、ぐぅん!と背後で地鳴りがした。


タンッ!


舞が俺の肩に手を置き、地を蹴る。

俺がその体重を支えきると、舞の体は天井ぎりぎりの高さに舞った。

両手で握り直した剣の軌道を水平から、垂直へ移行させる。

そして渾身の力をこめてその高さから一気に振り下ろす。


ずん・・・っ!

 

床が湾曲するかと思うほどの衝撃が俺の足にまで伝わった。


「・・・・・・」


俺はその場で身構えていたが、舞は静かに振り返るだけだった。


「・・・みまみま」
「飲み込んでから喋れっ!」

 

確かに両腕で剣を握るためには、片手のみたらし団子を手放さなければならなかったのだろうけど、それをすべて口に放り込むとは・・・。

先に口に含んだのも飲み込む暇なんてなかっただろうから、今や計12個の団子が舞のその口中に詰め込まれているのだ。

実際、頬がはちきれんばかりに膨張している。

その頬をつついてやれば、ポロッと出てきそうで恐い。


「・・・・・・」


それを舞は一生懸命にもぐもぐとそしゃくしている。

喋れるようになるまでには、しばらく時間がかかりそうだった。

何にしろ、その舞の落ち着きようから、魔物はその姿を消したようである。

先ほどの舞は『逃がした』と言いたかったのだろう。

俺も手に持ったままだった、団子を口に運んだ。


・・・。


時間をかけて俺が食べ終わる頃には、舞もようやく口の中を空っぽにできたようだった。


「・・・・・・逃がした」
「言い直さなくても、わかってるっ」
「・・・そう」
「もう、近くにもいないのか・・・?」
「・・・今は」
「そうか・・・。 じゃあ、もう帰れるんだよな」
「・・・・・・」
「どっか寄っていこうぜ、たまの休みなんだしさ」


いつもこんな場所で話しているというのも味気ない。

一度、腰を落ち着けて話してみたかった。


「・・・どっか?」
「そう。 どっか。 まあ、時間遅いけどさ。 ファーストフードでもいいや。 いこうぜ。 あ、でもファーストフードは嫌いだったか」
「・・・・・・」
「いくか?」
「・・・ひとりでいって。 私はまだいるから」
「かっ・・・」


俺はまたその的外れな返答に顔を手で覆わずにはいられない。


「それじゃ意味ないだろ。 俺は舞と行きたくて、誘ってるんだぜ?」
「私と・・・?」
「そうだよ。 舞とだよ」
「・・・私はまだいるから」
「じゃあ、俺もいるよ」
「・・・お腹空いてるんじゃなかったの」
「違うよっ! あのだなぁ・・・」


わざわざこちらの意図を一から説明するのも馬鹿らしくなってきた。


「はぁ・・・もういいよ」
「・・・・・・」
「帰る」
「・・・・・・」
「じゃあな、ばいばい」


こくり、とだけ頷く舞を後に、俺は夜の校舎を後にした。


・・・・・・。

 

・・・。

 


「ただいま」


家に帰ってくると、その温もりにほっとする。

だが、この時間になっても舞は、暖房もない校舎に今もひとりで居るのだろう。

もしかすると感情の起伏が少ないぶん、感覚も鈍いのだろうか。

個人で多少の差はあれど、寒いものは寒いに違いない。

一番辛い時期なんだろう、と不びんに思いながら部屋へと戻った。


・・・。

 

~1月18日 月曜日の途中から~

 

・・・。


今日もあのふたりの姿を見つけることができた。


「悪いけど、今日もまた先に行っててくれないか?」
「うん。 分かったよ」


全く事情も訊かずに、頷いて走り出す。

名雪には申し訳ないと思ったが、まだ舞には会わせない方がいいような気がしていた。


「おはよぅっ、おふたりさん」


俺は後ろから迫って、ふたりの肩を同時に叩く。


「あ、祐一さん。 おはようございます」


佐祐理さんは不機嫌なときなどないのだろうか。

いつだって笑顔だ。


「・・・・・・」


で、相変わらずこっちは能面。

機嫌がいいのか、悪いのかさえもわからない。

俺が裸で歩いていたって、こんな顔をしてそうである。


「今日はお弁当、たくさん作ってきたんですよ」


ぼぉーっとしていたら、佐祐理さんが俺の顔を見て話していた。


「祐一さんもたくさん食べてくださいね」
「え、ほんとに? いつも悪いなぁ、一方的にもらってばかりで」
「いえ、祐一さんも一緒ですと楽しいですからいいんですよ」


言うことも完璧。

なんて野郎の理想を叶えたような女性なんだろう、佐祐理さんは。


「舞もおかず争奪し合う相手が現れて燃えてると思いますよ。 あははーっ、ねぇ、舞?」


に比べてこっちはどうせ無愛想に・・・


「はちみつクマさん」
「って、舞が可愛い言葉を言った・・・! 佐祐理さん、赤飯だっ!」


言ってから、俺はぽんっ、と手をうつ。


(思い出した・・・。 言わせたのは俺じゃないか・・・。 イエスはクマさん、ノーはタヌキさんって・・・)


すっかり忘れていた。

しかし、本当に言うとは・・・。


「はい? 祐一さん、明日は赤飯がいいですか?」
「いや・・・違う」


「で、舞はハチミツ舐めたいの?」
「・・・違う」
「はぇ・・・?」


それにしてもこんなふうに愛嬌のある言葉を本人の自覚なしに言わせていて、それで舞の性格が明るくなるわけでもなし・・・。

でも、周りからの見方は変わるかもしれない。

結局それが一番舞に足りないところなのだし、そこから始めるのも悪くないのかもしれない。


・・・。


俺は今回の作戦を、『川澄舞 校内人気者化計画』と称し、ひとり暗躍しようとしていた。


・・・。


昼休みになると、俺は嬉々として踊り場に姿を現していた。


「舞、これをやろう」
「・・・?」

 

隠し持っていた棒状に畳んであった物を、舞に手渡す。

箸を止めた舞が俺の顔とそれを交互に見比べる。


「開いてみろ」


舞がそれをするすると解いてゆく。


「・・・・・・」


そして黄色の旗となったそれの、横断中の子供が描かれた部分をジッと凝視する。


「・・・?」


横から佐祐理さんも一緒になって食べかけのエビフライの尻尾を口からはみ出させたまま、止まっていた。


「ふぇ~・・・なんなんですか、これ・・・」


最初に口を開いたのは佐祐理さんのほうだった。

 

「通学路に立って車に注意を促す旗だ。 正式名称は知らないが、見たことあるだろ?」
「ええ、それはわかりますけど。 どうするんですか、これを?」
「舞が持って立つんだよ」
「え? そうなんですか?」
「舞がどうしてもやってみたいって言うから、調達してきたんだよ」
「はぇ~っ・・・舞、そんなこと祐一さんに頼んでたんだぁ」


「・・・・・・」


相変わらず舞は否定しないので、佐祐理さんは本当に舞が自主的に頼んだものと信じている。

佐祐理さんは、今までの舞を一番よく知っている人間である。

その佐祐理さんの反応も窺いたかったから、俺は佐祐理さんにも今回の作戦の件は黙っておくことにした。


「今日の帰りからやるんだよな、舞。 ウチの校門前でな」


時間と場所をそれとなく指定してやる。


「・・・・・・」

 

聞いているのか聞いてないのか、舞は食べるのも忘れて、旗と向かい合ったままだった。


・・・。

 

これは、舞の顔に似合わず子供好きなところと(俺が勝手にそう決めただけなのだが・・・)、社会に献身的な姿勢を登校中の同校の生徒たちに見てもらおうという作戦である。

だが、俺の考えが浅はかだった。

よく下調べしておかなかったのがいけなかったのだ。


・・・。


放課後、校門前には俺の指示通りに旗を持って立つ、舞の姿があった。


「・・・・・・」


だが、子供の姿はない。

だから本当に、旗を持って突っ立っているだけなのだ。


「しまった・・・」


それではまったくの逆効果で、どう見ても舞は不自然だった。

下校する生徒たちが顔に冷笑を浮かべながら、その前を通り過ぎてゆく。


「おい、舞っ」


俺は一刻も早くやめさせるために、そばまで駆けつけた。


「・・・・・・」


舞の目が俺の顔に向いた。


「・・・子供がいない」
「わかってるんだったら、立ってる必要なんてなかったんだよっ」
「そう・・・」


まったく、自分の意志というものがないのだろうか。

俺もそこにつけ込んで今回の作戦を画策しているわけだから、それで文句は言えないのだが・・・。


「ほら、寒かったろ。 もういいぜ」
「あ・・・」


舞の目が別の方向を向く。

歩道のほうだ。


「どうした?」
「おばあさん・・・」


その言葉通り、俺たちが立つ歩道の端に、道路を渡ろうとしているお年寄りの姿があった。


「そうだな・・・って、ありゃっ!?」


舞の姿が掻き消えていた。

かと思えばいつの間にか、そのお婆さんのすぐ隣にいた。


「もういいのに・・・」

 

ひとの言葉に対してそこまで従順なのか、あるいは、自分の義務であると純粋に考えているのか。

舞は道路を渡るお婆さんに寄り添って歩いてゆく。

そして、車が近づいてくると、それを牽制するために、居合い抜きのごとく手に持っていた旗を振るってみせた。


「使い方が違う・・・」


しかしそれは、きっかけがあって初めてそう振る舞える・・・

つまり本当の優しさや気遣いを表に出すのが不器用なだけ、とううことならば、それほど端から見ていてやきもきすることはない。

結局それは、舞の良さがわかるのはいつも近くにいる佐祐理さんと俺しかいない、ということなのだから。


「・・・・・・」


一戦交えた後のように悠々と戻ってくる舞を見て、俺はやりきれずため息をつくしかなかった。


・・・。


(もっと綿密に作戦を立てないと、結局舞が可哀想なだけだな・・・)


俺は鞄をとりに教室へ戻る。

その途中で、部活に行く途中の名雪と出くわした。

 

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「お、いいところにいたな」
「どうしたの?」
「なにかさ、女の子を女の子らしく見せる方法ってないか?」
「・・・言ってることがよく分からないよ」
「言葉の通りだよ。 ゴリラっぽい女の子でも、可愛く見せる方法だよ」
「その子、ゴリラっぽいの?」
「いや・・・ゴリラっぽくはないけど」
「それなら、可愛いの?」
「・・・・・・む・・・むむ・・・」
「・・・?」
「目潰しッ!」
「わっ」


即答することができず、意味もなく名雪に目潰し攻撃を食らわせて茶を濁してしまった。


「大丈夫か?」
「うん・・・びっくりした」


当たっていなかったので、驚かせただけだった。


「でも、祐一がそんな照れ隠しするなんて思わなかった。 可愛いんだね、そのひと」
「ばぁか、勘違いするな。 とんでもなく女の子らしくないから、頼んでるんじゃないか」
「ふぅん、そうなんだ」
「とにかく、なにか考えておいてくれよ」
「うん、わかったよ」


何か、思ってることを心の内で留めているような嫌な笑みを漏らす。

俺のほうは不愉快だった。


「あ、例えば・・・」


名雪が壁のほうに目を向けていた。

そこは、掲示板だった。


「あれに出てみるとか」
「あれ・・・? どれだ?」
「あれ」


掲示板に寄っていき、名雪の指さす1枚の張り紙を見る。


『平成11年度学園舞踏会』と、題字にあった。


「生徒会主催の舞踏会。 学園の恒例行事なの」
「制服といい・・・中世の様式を重んじるような校風なんだな、ここは」
「わたしは一度も参加したことないから、どんなイベントなのかはよく分からないけどね」


言って、名雪は昇降口に向け歩いてゆく。


「他にも何か考えておくよ。 でも、あんまり期待しないでね」


最後に一度振り返り、そう言い残して帰っていった。


しかしもう、その名雪に期待する必要はなくなった。

俺はひとり、掲示板を前にほくそ笑む。

舞踏会・・・すべての醜聞を払拭する絶好の舞台じゃないか。

そこでドレスを見事に着こなして、気位だけ高いお嬢様連中を尻目に華麗に踊ってみせれば、一躍校内のマドンナと化すこと間違いなしだ。

今度こそは抜かりない。

俺はその張り紙を掲示板から剥がし、まだ校内に残っているであろう舞の姿を探した。


・・・。


「見ろ、これを」


1階の廊下で舞を見つけると、俺は先ほど奪い取ってきた舞踏会の告知をその眼前に突きつけていた。


「チラシですね。 なんのですか?」

「・・・近すぎて見えない」


「我が校恒例の舞踏会だ」
「ああ、生徒会主催のものですね。 毎年この時期になると行われるんですよ」

「・・・近すぎて見えない」


「らしいな」
「で、それがどうしたんです?」
「舞が参加する」
「ええーっ・・・本当、舞っ?」


一歩下がって、舞が俺の手に持つプリントを見た。


「・・・?」
「するだよな、舞っ」


舞が否定する前に、強引に押し切る。


「・・・・・・」

すると昼間と同じように、やはり反論する気配すらない。

今はこれでいい。

舞に必要なものはきっかけなのだから。


「ふぇーっ、舞が参加したらみんなびっくりするよ」
「佐祐理さんも一緒にどう?」
「いえ、佐祐理はドレス持ってないですからーっ」
「そうか、残念」


「・・・私も持ってない」


「でも、佐祐理さんのドレス姿も見てみたかったなぁ」
「いえいえ、佐祐理のような平凡な女の子には似合いませんからーっ」


「・・・私も持ってない」


「そんなことないって。 舞よりは似合うと思うぜ」
「そんなことないですよぅ。 舞にはかないません。 でも、舞がドレス持ってたなんて知らなかった」


「・・・私も持ってない」
「え? 舞、ドレス持ってるんだよね?」
「・・・持ってない」
「えーっ、それなのに参加するって言うの?」
「・・・言ってな・・・」

「困った奴だなぁ。 だが、安心しろっ! 俺がなんとかしてやるよ」


舞の言葉を遮って、声を張り上げる。

だがそれは虚勢もいいところだ。

結局抜かりがあったのだ。

ドレスなんてどうすれば調達できるのだ?

しかも、開催日は一月二十日・・・明後日である。

残り二日しかない。


「へーっ・・・祐一さん、ドレスなんて調達できるあてがあるんですか?」
「いや、これから考えてみるところだけど・・・」


舞の参加は強引に押し切ればなんとかなることはわかっていたが、ドレスの調達となると俺の手に余る。


「佐祐理さん、持ってない?」
「ないですよ」
「あっさり・・・。 制服じゃダメかな?」
「ダメでしょうね」

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

「うーむ・・・」


ドレスの調達方法を延々と考えながら帰路を辿るも、結局ひとつとして案は浮かばなかった。


・・・。


時計を見れば、すでに8時を回っていた。

ベッドから起き上がると、椅子に引っかけてあったコートをひっ掴み、部屋を後にした。


・・・。

 

今日はそう、ちょっと値が張ってもいいから、なにか女の子らしいものでも買っていってやるか。

そう決め、寒空の下を歩いてゆく。

とは言っても、この時間まで開いているのはコンビニぐらいしかない。

さらにそのコンビニだって、24時間ではないのだから、いかに夜の街が静かなものかが知れよう。

それでも昔よりかは、常夜灯の数も増え、夜道の光景も随分と変わっていた。

星の数も減っただろうか。

それでも俺からしてみれば、まだまだ満点の星空に思えた。


・・・。

 

廊下には、相変わらずの剣士の姿があった。


「よぅっ、舞」
「・・・・・・」


まだ今晩は臨戦態勢ではないらしい。

剣を下ろし、じっと廊下の先を見据えていた。

俺もいつものように、コンビニの袋を掲げて近づいてゆく。


「当分は大丈夫か?」
「なにが」
「夕べみたく、食ってる最中に戦闘に入っていたんじゃ、おまえ、味わう暇もないだろ?」
「・・・・・・そんなことわからない」
「ま、そうだよな。 それがわかるんなら、なにも夜通し突っ立ってる必要なんてないもんな」


ごそごそと俺は今晩の夜食を取り出す。


「今日はケーキだぞ。 ちょっとでもお茶してる気分を味わおうと思ってな」
「・・・・・・」
「ケーキは・・・嫌いか?」
「・・・嫌いじゃない」
「そうか。 そうだよな、女の子だから甘いもの好きだよな。 イチゴショートと、モンブランとあるけど、どっちがいい」
「・・・・・・モンブラン
「だと思った」


なぜか、苺より栗を取るだろう、という気がしていた。

モンブランをケースから取り出し、素手で食べられるようにビニールシートだけを剥いて、手渡ししてやる。


「・・・・・・」


ぱくっと、その一端にかぶりつく舞。

だがその形状はフォークを使わずには、あまりに食べにくいものだ。

デコレートされていたクリームが、鼻の頭につく。


「舞、鼻についたぞ」
「・・・・・・」


べつに気にしたふうもなく、黙々と食べ続けてゆく。

後で俺が取ってやるまで、そのまま残っていることだろう。

俺も残るイチゴショートのビニールシートを剥くと、それに口を寄せる。


「・・・・・・」


舞が、俺に向けて手を伸ばしていた。


「なんだ、イチゴショートも欲しいのか?」
「・・・・・・ノドに詰まったの」
「あ、飲み物か」


はたと気づき、俺はコンビニの袋に残されていた紅茶の缶を取り出す。


「熱いから、気をつけろよ」


ぷしっ、とプルタブを引っ張り、開栓してから手渡ししてやる。

舞は少し迷ってから、剣を一度手放してそれを受け取った。

と思ったら、その指先で滑っていた。


かこーーーんっ・・・ぼこぼこぼこぼこ~・・・


床に転がり、中身が波打つ影として広がっていった。


「あーあ・・・」
「・・・・・・」


舞が俺に向けて、再び手を伸ばしていた。


「いや、一本しかなかったんだけど・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

 

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「・・・ひくッ」
「・・・・・・」
「・・・ひくッ」


しゃっくりを始める。

同時に、カシッ・・・と不穏な音。

不運とは続くものである。

舞が残るケーキを口の中に無理に詰め込み、剣を構えた。


「おい・・・舞、無理すんなよっ・・・」
「・・・ひくッ」


そのしゃっくりを返答の代わりに、駆けてゆく。

角で折れると、渡り廊下の向こうにその姿を消した。

俺がただ待つしかなかった。


・・・。


キィンッ!


甲高い金属音が響き渡り、同時に廊下の先に舞が飛ばされてきたような恰好で足を滑らせて現れる。

そしてこちらへ向き直ると、足早で歩いてくる。


「どうした?」
「・・・ひくッ」


目の前で折れると、トイレの中に入ってゆく。


・・・・・・。

 

・・・。


「・・・・・・」


再び出てくると、水で濡れた口の周りを手の甲で拭った。


「おい、舞っ」
「・・・・・・」


一度こちらへ一瞥くれた後、きびすを返し、再び前傾姿勢で駆けてゆく。

そして渡り廊下へと飛びこんでいった。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 


カィーンッ!


今度は駆け抜けざまに剣を振り抜いた格好で、廊下の先に姿を現す。

その余韻を断ち切って、すっくと立ち上がると、ゆっくりこちらへ向けて歩いてくる。


「どうなったんだ・・・?」
「・・・逃がした」
「そうか・・・」


俺はいつになく手間取っていた舞に対して、言わずにはいられないことがあった。


「あのさ・・・・・・俺、邪魔してるよな」
「・・・?」
「なんかさ、俺がこうやって夜食を持ってくるようになってから、苦労してるように見えるんだけど・・・」


今だって俺が持ってきたケーキを食べたがために、舞はしゃっくりを伴った戦闘を強いられた。

そして一度逃げ出して水道水を飲みに来るような、面倒な事態になってしまったのだ。


「・・・・・・そうかもしれない」


舞はぽつりと答えた。


「やっぱそうか・・・」
「・・・・・・」


舞は、遠慮というものを知らない。

だからそう答えたなら、それが間違いなく本心なのだ。

俺は落胆した。

舞に付き合ってやる、なんてこと自体がおこがましい話だったのだ。

舞は俺を頼りにしていたわけでもないし、それで寂しさを紛らわせていたわけでもない。

それでも俺が居ることで、何かの足しになるようなことがあれば、と考えていただけだ。

それを足しどころか、邪魔と言われれば、俺がここにいる理由なんてなくなってしまう。


「・・・でも、嫌じゃないから」
「え・・・?」
「・・・・・・」
「なんて、今?」
「・・・夜食持ってきてもらうの・・・嫌じゃないから」
「そうなのか・・・?」


こくり、と深く頷く。


「そうか、じゃあ、また持ってきていいんだな?」


こくり。


「毎日でもいいんだな?」


こくり。


俺はその返事で救われたような気がした。

今回の答えが舞と俺の関係を分かつものになると思っていたからだ。

舞は俺を拒んでいない。

それがわかったことが、なにより嬉しかった。

なら、俺はここに居ていいのだ。

そして、いつか舞のために何かをしてやれる日を待つことができるのだ。

 

・・・。

 

部屋に戻るとすぐさまベッドに潜り込んだ。

冷たくなった体を、布団の温かさがゆっくりと包み込んでくれる。

 

・・・。

 

1月19日火曜日


布団の中ですら、肌を刺す寒さが身に染みる。

こんな日には、布団から出たくない。

とは言うものの、もう起きなければいけない。

時計はそろそろ良い時間を指し示している。

気合いを入れて、布団を蹴飛ばした。


「寒い・・・」


どうしようが寒いものは寒い。

俺はいそいそと制服に着替え、下に降りた。

家の中に居ながらも、外の極寒の様が感じられる。

もう少し暖房のきいた家で粘っていたかったが、そうすると、ここ最近の朝の楽しみを逸してしまうことになる。

まだ出られそうにもない名雪に、先に行くことを伝えてから、俺は家を後にした。


・・・。

 

きんと冷えた空気に顔を凍りつかせながらも、俺は先を急ぐ。

すると期待通り、さほど距離を置くことなく、ふたりの背中を見つけることができた。

小走りに追いつくと、俺は背後からその並んだ背中を同時に叩く。

「よぅ、おふたりさん」
「あ、祐一さん、おはようございます」
「おはようっ。 相変わらず朝からいい笑顔だね、佐祐理さんは」
「あの、祐一さん、ちょっと・・・」


佐祐理が俺の進路を手で制した。


「ん?」


立ち止まった俺の胸元に佐祐理さんがその小さな口を寄せた。


「1時間目終わった後、会えますか?」
「え、ああ、大丈夫だと思うけど」
「なら、祐一さんの教室まで迎えにいきますから」
「ああ・・・」


俺の返事を聞いた後、すぐ佐祐理さんは振り返っていた。


「ごめん、舞ーっ」


ぱたぱたと走ってゆく。

ちょっと先で立ち止まっていた舞は、することなく髪を結ぶリボンを直していた。

俺もそれを追いつくと、


「うおりゃっ」


無意味にその髪を掻きむしってやった。

「・・・・・・」


「ほら、急がないと遅刻しますよーっ」


いつの間にか俺たちを追い抜いていた佐祐理さんが先で呼んでいた。


・・・。


「それではーっ」
「おうっ」


「・・・・・・」

 

・・・。


授業は真面目に受けることにする。

とは言え、少し眠たい・・・。


・・・。

ぬおっ!

机が眼前に迫っていた。

気を抜かないようにしよう。


・・・。


チャイムが鳴り、1時間目の授業が終了する。

俺は机の上に広げられた教科書やノートをそのままに、立ち上がる。

佐祐理さんとの、約束があったからだ。

廊下に向けて足を踏み出すと同時・・・


「祐一さん、いますかーっ」


まだ授業終了直後の静けさにあった教室に、りんとした女性の声が響きわたった。


「げ・・・」


教師が出ていったそのドアから、顔を覗かせていたのは、佐祐理さんだった。

俺を見つけると、手まで振ってみせる。


「誰だ、あれ?」

「相沢の知り合い? あんな美人が!?」

「おい、相沢、待てぃっ!」

 

案の定、大騒ぎである。


「おい、説明しろっ」


後ろから北川に肩を掴まれるが、それを強引に振り切って、教室から脱出を計る。

廊下に出ると、向かい側に居た佐祐理さんに合図して、突き当たりまで一気に駆け抜けた。


・・・。


「はぁ・・・はぁ・・・佐祐理さん、目立ちすぎっ」
「ふぇ?」


ようやく追いついてきた佐祐理さんにそう言ってはみるが、まったくわかっていないようだった。


「ま、いいけどさ・・・で、なんだっけ」
「話です。 佐祐理が祐一さんに話があるんです」
「そうか。 そうだったな」
「えっと、ドレスのことなんですけど。 どうなりました?」
「いや、どうにもなってないけど・・・」
「あの、佐祐理の方でなんとかなりそうなんですけど・・・」
「え? どうしたの」
「用意してもらえるんです、知り合いにそういう方がいまして」
「本当に?」
「はい」


もしかして、佐祐理さんっていいところのお嬢さんなのでは・・・。


「それで、佐祐理も参加しようと思うんです」
「そりゃいい。 舞も喜ぶよ」
「できるだけこういった行事には参加して、思い出いっぱい作りたいと思って、舞と」
「ああ、そうしなよ」
「それと祐一さんと」
「はい?」
「用意しますから、祐一さんが着る盛装も」
「俺も出るの?」
「ええ。 作りましょうよ思い出、一緒に」
「いや、そういう、かしこまった場は苦手なんだけど・・・」
「大丈夫ですよ。 三人だったら、どんな場所だって楽しいはずです」
「そんな、出会ってまだ間もない俺を旧知の親友のように言われてもなぁ・・・」
「それも大丈夫です。 佐祐理は祐一さんのこと大好きですし、舞も祐一さんのこと大好きですから」
「舞がぁ?」
「大好きですよ、絶対。 そして舞が大好きな祐一さんだからこそ、佐祐理も大好きなんですけどね」
「そりゃ買いかぶりすぎだと思うけどな」
「そんなことないです」
「そうか・・・?」
「後は祐一さん次第です。 佐祐理たちのことを少しでも好意的に思っていてくれるなら、一緒に参加してください」
「わかったよ。 冗談でもそこまで言ってもらって、冷たくあしらうなんてことはできないからな」
「ありがとうございます」
「礼を言うのはこっちだろ」
「あははーっ、いいんですよ。 言わせておいてください」
「ああ、わかったよ」
「あ、それと」


2時間目開始のチャイムと佐祐理さんの声が重なる。


「舞にはドレスはお古だということにしておいてくださいね」
「どうして」
「気をつかわせたくないですから」


確かにそう言えば、相手としては気が楽だろう。


「わかったよ」


それだけ答えて俺は、佐祐理さんと別れた。

しかし舞に気を使う必要なんてあるのだろうか。


「ほら、舞のために新しくドレス仕立てたよ、遠慮なく着てね」
「・・・・・・」
「ほら、舞にぴったりのお古のドレスが家にあったよ、遠慮なく着てね」
「・・・・・・」

 

・・・どちらにしろ反応は同じ気がするぞ。


ま、佐祐理さんは長い付き合いだ。

俺にはわからないような感情の変化が読みとれるのだろう。

すると、佐祐理さんに通訳してもらえば舞の考えてることが全部わかるのだろうか?


「・・・・・・」
「『ほざいてろ』だそうです」
「・・・・・・」
「『殺す』だそうです」


待てっ、んな殺伐とした言葉をいちいち通訳されていてはたまらないぞ。


つーか・・・


「アホか、俺は・・・」

 

・・・。

 

2時間目、3時間目と俺は真面目に授業を受けて過ごす。

俺としては頑張ったほうなのだが、身じろぎせずに授業を受けるクラスメートを見ていると、連中はそれをそんなにも苦にしていないように映る。

しんどいのは俺だけなのだろうか?

なら、世の中不公平だ。


・・・。


「どうしておまえは、そんなにもい清々しい顔をしていられるんだ。 あたかも本日の授業をすべて受け終えた後のような」


昼休みになって、北川に訊いてみる。


「実際すべて受け終えたからな。 お先に」


北川は鞄を持って、帰ってゆく。


「あ、ちなみに」


戻ってくる。


「今日が、半日授業であることを忘れていて言ってるんなら、笑ってやるが」
「忘れていた」
「それは面白い」


はっはっはっと本当に笑いながら、北川のやつは帰っていった。


・・・。


思い出した。

明日の舞踏会の準備で、多くの生徒が午後から駆り出されるため、授業は午前中だけになっていたのだ。

昨日のHRで担任がそのことを話していた気がする。

ドレスの調達方法を考えるのに必死だったから、関係ない、と忘れてしまっていたのだ。

そう思い出してからも、俺が呑気にしていたのは、多くの生徒とは、一年生を指すからだ。

伝統として、舞踏会の準備は一年生がその役目を負うことになっているのだそうだ。

だから上級生にとっては、意味もなく午後からの授業がなくなるだけで、気楽なものだった。

それに加えて今日は、佐祐理さんからの朗報があったから、俺の足取りはさらに軽い。

午後から授業がないにも関わらず、昼を一緒にとる習慣のある、あのふたりの元へ俺は駆けつける。


・・・。


最上階の踊り場では、すでに佐祐理さんが弁当を広げ、舞は箸だけを持って待っていた。


「舞、喜べ」


俺はその間に割って座るなり、舞の能面に告げる。


「・・・?」
「なんとドレスの調達に成功した。 嬉しいだろ? ほら、ばんざーい」


俺と佐祐理さんで舞の腕を片腕ずつ持って、バンザイさせてやる。


「ばんざーい、ばんざーい」
「・・・・・・」


無言の舞の両腕がばっさばっさと上下する。


「ばんざーいっ」


なんだか平和である。


「それに佐祐理さんと俺も一緒に参加するからな。 抜け駆けのつもりだったのかもしれないけど、そうはいかないぞ」
「勝手に決めちゃったけど、いいよね、舞?」


こくり、と頷く。


「良かった。 いい思い出作ろうね、舞」


佐祐理さんは終始笑顔で、すでに明日の夜に思いを馳せているようだった。

 

・・・。

 

舞たちを別れた後、まだ高い日の下、家路を辿る。

今頃は俺たち先輩のために、顔も知らない後輩たちがせっせと舞台の準備を行っているのだろう。

会場は体育館だと聞いていたから、それがどのように様変わりするか、今から楽しみだった。


・・・。


家に帰ってくると、物も増え、ようやく汚くなってきた部屋を掃除する。

夕食までの時間を、整頓中にベッドの下から出てきた読みかけの本を読んで、過ごす。


・・・。


いつもながら秋子さんの作る料理はうまかった。

慌てて食っていたように見えるのか、名雪は、誰も取らないからと笑っていた。

俺の食い方って、そんなにがっついて見えるのだろうか?

・・・見えるのだろうな。

 

・・・。

 

夕食を食べ終えた後、リビングで流れていたテレビにつられて、その場に腰を落ち着けてしまう。

8時になっても、ドラマの事件は解決されなかった。

そこで気づく、2時間の特番だったのだ。

まだ残り、1時間もある。


「出かけてくるよ・・・」


俺は仕方なしに立ち上がった。

 

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「えっ?」


意外そうに声をあげたのは、一緒に見ていた名雪だ。


「こんな途中で?」
「ああ」


俺だって2時間ものだとわかっていたなら、最初から見てなかった。

これから面白くなるというドラマの前半部分だけを見て得られるものなどあるのだろうか?


「これからいいところなのに・・・」
「もう犯人がわかったんだよ」
「わ、すごい・・・」


虚勢を張るのだけはうまくなりそうだった。


・・・。

 

しかし一歩外に出てしまえば、俺の気分は高揚する。

ドラマを見る必要なんてないほどに、充分非現実な世界に足を踏み入れているのだから。

足早に、夜の校舎へと向かった。


・・・。

 

「よぉぅっ、舞」
「・・・・・・」
「夜食の時間だぞーっ」
「・・・・・・」


夕べの件で、舞が俺を邪魔と思っていないことを知って、俺は少々浮かれていたのかもしれない。

こんなものを買ってきてしまったのだから。


「見ろ。 今夜は、納豆ごはんだぞ。 コンビニでご飯まで買ってきたからな。 この上によくかき混ぜた納豆をのせて食う。 うまそうだろ?」


こくり、と舞が頷く。

冷静に考えてみれば、こんなもの食べづらくて仕方がない。

でも浮かれていたから、ただ舞の嗜好だけを考えて選んでしまったのだ。


「前に巻きずしのときに、納豆選んでただろ? だから、納豆が好きなのかと思ってさ」
「・・・かなり嫌いじゃない」
「やっぱりそうか。 じゃ、俺が作ってやるからな。 待ってろ」
「・・・・・・」


納豆の封を開ける。

付いていたカラシとタレをかけて、割り箸で泡立つまでかき混ぜる。

計4パックをそうして仕上げ、ご飯の上にぶっかける。


「ほら、できた」


ご飯から立ち上る白い湯気と黄金色の大豆が相まって、至高の美しさである。


「・・・・・・」

舞はそれを片手で受け取ると、口を近づけたり離したりして、どうやって食べるか悩んでいた。


「剣を一度置けばいいだろ。 前みたいにさ」


舞は以前牛丼を食べたときのように、剣をたもとに立てかける。

俺が渡した箸を受け取ると、ようやく納豆ご飯をつつき始めた。


だが、奴はそれを狙っていたのだろうか。


舞が剣を手放す瞬間を。

 

パキッ、ともはや聞き慣れたような乾いた音。


「・・・・・・」


舞が納豆ご飯に箸を突き立て、剣に持ち替えようとした。


チィンッ!


「・・・?」


その手が空を掴む。

剣はけたたましい金属音をあげ、不自然に廊下を転がっていった。

俺はどうしていいかもわからず、呆然としていた。

シュゥッと気配が迫る。

舞が構えた。


・・・納豆の糸が伸びる割り箸を。


まさかとは思ったが、それで対抗しようというのだ。


ピシィッ!


空気が爆ぜた。

舞が割り箸二本で攻撃をいなし、自ら廊下の床に転がる。

剣との距離がさらに開いた。

さらに奴は細かく攻撃を重ねる。

舞はそれを受け、じりじりと後退するばかりだった。

俺は現状の把握に努めた。

剣と舞は奴を間に挟んで、逆位置。

そして俺は剣の転がる方向にいる。

俺に今、できることがあるのではないか。

俺は納豆ご飯を捨て、走った。

普段とはまるで違った走り方だった。

不格好に転がるように、剣まで辿り着くとそれを拾い上げる。

と、同時に体が浮いた。

勢い余り過ぎたか、と思ったが、そうではなかった。

勢い余った程度で、その場所からさらに十数メートルも転がってしまうはずがない。

奴の放った力だった。

それでも壁に激突しなかっただけ、ダメージは少ない。

俺は回転が緩やかになって天と地の方向を把握すると、手で踏ん張りをきかせ、二本足で体重を支える。

そのまま足が滑ったが関係ない。

舞がこちらへ駆けながら、指で天井を差していた。

俺はその意図を瞬間的に理解し・・・

俺は片腕を振るった。

ブーメランのように剣が唸りをあげ、天井の一点へと向かう。

ザクッ!

鋭く天井に突き刺さったそれをすぐさま抜き取る手があった。

舞だ。


シュッ!


地に降り立つと同時に刃が垂直に振り下ろされる。


ガキンッ!


そのまま手の甲を返し、今度は水平に。


ザシィッッ!


そして、肩の後ろへ引いて一気に突き出した。


シュッ!


最後は空振りだった。


「・・・・・・」
「また逃したか?」
「・・・でも手負いにはできた」
「そうか。 それがどれだけ有効なのかは俺にはよくわからないけどな」
「・・・・・・」
「でも、今、ちょっといいコンビネーションだったよな」


俺はちょっと上気していた。

自分の手助けが実った、ということで。

距離を置いていた夜の舞にも、少しは近づけた気がする。

そして機嫌良く舞の顔を見た俺は、自分の目を疑った。

舞が頭から光のヴェールをかぶったみたいにキラキラと輝いていたからだ。

それは一種神秘的で、初めて舞と出会ったときのことを思い出させた。


「・・・?」

 

そう、あのときも異世界の匂いに包まれ・・・


・・・って、異世界にしては、所帯染みた匂いだな。

俺は舞の頭に顔を近寄せてみる。

この匂いは・・・


「ぐわーっ、おまえ、納豆の糸まみれじゃないかーっ!」
「・・・?」


納豆の糸が窓からの月明かりを受け、きらきらと輝いていたのだった。


「納豆のついた箸で戦っていたから・・・」
「あーあ・・・制服とか、どうすんだよ・・・」


俺はごしごしと自分の服の袖で舞の頭を拭ってやる。


「・・・ふたりとも納豆臭くなる」
「いいんだよ、俺のは私服だから。 おまえのは制服じゃないか」
「私も別に構わない」
「そんなこと言ってるから、もてないんだぜ? もう少し身なりに気を使えよ」
「・・・・・・」


まったく相変わらず、である。

幻想的な世界に浸れていたかと思うと、これだ。

あやうく納豆まみれの舞に見惚れてしまうところだったではないか。


「ほら、これ以上は無理だ。 臭いは拭いたってとれないからな」
「・・・構わない」
「構えよっ!」


俺は舞の体を抱き寄せて、その肩口に顔を押し当てた。


「・・・・・・」
「・・・・・・」


舞の匂いがする。

いつでも洗い立ての洗濯物の匂いだ。


「ま、大丈夫かな」


舞の体を離す。


「・・・・・・そう」


それだけを言って振り返ると、元居た場所に戻ってゆく。

そしてそこに置かれていた納豆ご飯を広い上げると、懲りずに箸でぐにゃぐにゃとかき混ぜ始めた。

また奴が現れたら、納豆まみれになることを繰り返すのだろう。

俺は二度と納豆は買ってこないでおこうと思った。


・・・。

 

学校を後にした俺は家へと帰った。

人通りの途絶えた道を急ぐが、結構遅い時間となっていた。


・・・。

 

家に戻るとすぐさま風呂へと飛び込み、冷えた体を温める。

一連の事で疲労を感じた俺は、髪の毛を拭きながら、さっさと自室のベッドに舞い戻り、目を閉じた。

 

・・・。


1月20日 水曜日


目覚めのよい朝。

行事の日というのは決まって、寝起きがよかった。

寝起きがよい、というのは正確ではないかもしれない。

夕べから興奮状態で、ただ単に眠りが浅かっただけだった。


(このあたりは、子供の頃と変わらないよな・・・)

 

・・・。

 

朝食を食べ終え、鏡に向かう。

興奮が続いているのか、名雪に態度がおかしいと散々怪しまれたので、心を落ち着けて、髪型をいじってみることにした。

今日は舞踏会だし、少しは気取ってみたかったのだ。

だが、普段していないことを気張ってしても、上手くいくはずもなかった。

度重なる試行錯誤の末、普段通りで行くことにする。

出がけに、もう一度名雪が怪訝な顔をしたのは、もう無視したが。


・・・。

 

「よぅ、おふたりさん」


俺は恒例になってきた朝の挨拶を交わす。


「おはようっ」
「あ、祐一さん、おはようございます」


「・・・・・・」


「いやーっ、晴れて良かったなぁ」
「べつに雨でも舞踏会には関係ありませんよ」
「それもそうだな」


俺は相変わらず無言で歩いてゆく舞の隣に顔をだす。


「よぉ、舞。 おまえにドレスか。 今から楽しみだぞ」
「・・・・・・」


「舞ならすっごく似合うと思うよ。 佐祐理も楽しみ」
「・・・・・・」


「まず俺がエスコートしてやるからな。 まず俺と踊れよな」
「・・・・・・」
「しかし舞踏会て何踊るんだ? まあ、見よう見まねか」
「・・・・・・」
「ちょっとはオシャレしてきたか。 どれ」


俺は舞の後ろのお下げを手にとって匂いを嗅いでみる。

なんの飾りっけもない、石鹸の香りがした。


「なんだ、いつもと一緒か。 おまえちょっとは、考えてこいよなーっ」
「・・・・・・」

 

「あははーっ。 舞と祐一さん、恋人同士みたい」


ぽかっ。


「え・・・」

「わ・・・」


佐祐理さんと俺が同時に絶句する。

舞が、チョップで佐祐理さんの頭を小突いていたからだ。


「舞が・・・ツッコミを入れた・・・」
「あははーっ・・・」

 

佐祐理さんもさすがにか、笑いながらも驚きを隠せない。

当の舞は何事もなかったように背中を向け、すたすたと歩いてゆく。


「驚いたな」
「ええ・・・」


遅れまいと俺たちもその後を追った。


・・・。


「それでは、またお昼に」
「おうっ」


・・・。

 

俺は、授業を一切聞いていない。

間断なく続けられる先生の説明も耳に入らず、夕刻の舞踏会のことを考えていた。


・・・。


昼休み。

1階の学食でパンと飲み物を購入した後、今度は逆に最上階まで階段を一気にのぼり詰める。


・・・。

 

「帰ったぞぅーっ」


俺は冗談をかましながら、踊り場に姿を現す。


「お風呂にしますかぁ、お食事ですかぁ?」


佐祐理さんが調子を合わせてくれる。


「食事」
「さ、どうぞーっ」
「いや、食うのはおまえだーーっ!」
「きゃーっ」


「・・・・・・」

「こらっ、オヤジギャクを素で見てるんじゃないっ」


「あははーっ、楽しかったですねぇ」
「あれ? もう、終わり?」
「早く食べないと、お昼の時間終わっちゃいますよ?」
「わかった。 じゃあ、食うぞ。 佐祐理さんをなーっ!」
「きゃーっ」


「・・・・・・」
「・・・だから、オヤジギャクを素で見るなっ!」
「・・・・・・どうすればいいの」
「突っ込むんだよ、朝やってたじゃないか」
「・・・・・・」
「さ、いくぞ」


「祐一さん、お風呂にしますかぁ、それともお食事ですかぁ?」
「じゃ、いいかげん食うかぁ」

 

ぽかっ!


舞が、俺の顔面をチョップしていた。


「今だれがボケたーッ!!」

「あははーっ、舞、面白いね」
「・・・・・・」


自分の役目は終わったとばかりに、淡々と弁当をつつき始める。


「はぁ・・・馬鹿なことやってないで、食うぞ」


俺もどすん、と腰を下ろし、抱えていたパンを敷物の上に広げる。


「後2時間授業を受けたら、いよいよですねぇ」
「舞踏会か。 そうだな」


ポテトサラダの入ったパンを齧りながら、答える。

すると、佐祐理さんが薦めてくれる弁当箱にもポテトサラダが入っていて、不運に思う。


「楽しみですねぇ、祐一さん」
「ああ、そうだな」
「舞も楽しみだよねぇ?」


(う・・・その問いを舞に振られては・・・)

 

俺は焦った。

今回の舞踏会参加は、舞の意志に関係ない。

だから、自発的に舞が頷くはずがなかった。

かといってここで、舞にノーリアクションで居られたら、ひとり盛り上がってる佐祐理さんの士気まで下げてしまうことになるだろう。

俺はすかさず、舞の膝元に置かれていたおかずの入った弁当箱を移動させる。


こくり!


首が唸りをあげるかと思うほどの勢いで頷く。

実際は、おかずを目で追っただけなのだが。


「あははーっ、舞がこんなに学校の行事に前向きなんて初めて」


佐祐理さんがそれを真に受けて嬉しそうにはしゃぐ。

少し後ろめたい気がしたが、すべては舞のためだ。

こういった裏工作も仕方がないと割り切ることにする。


「これもみんな、祐一さんのおかげかな?」


もう一度弁当箱を、前後に揺する。


ぶんぶん!


舞が激しく頷いた。

しかし考えてみると、今の質問は無理に頷かせる必要もなかったかもしれない。


(まあ、ここまでやらせで通してるんだから、いいか)


「舞は、祐一さんのこと好きかな?」


ついでにもう一度、弁当箱を動かす。

って、なんて言った今?

 

ぶんぶん!


舞が激しく頷いていた。


どへーっ!


「あ、頷いたーっ! 舞、頷いたーっ! 舞、祐一さんのこと好きなんだーっ!」

「待てっ、佐祐理さん。 いいか、俺にも質問させろっ! 舞、俺のこと好きじゃないよな?」


俺は慌てて、舞にそう問いただす。

同時に右手で、弁当箱を舞が縦に首を振るよう動かす。


「・・・・・・」


が、舞の首は微動だにしなかった。


「おい、舞っ? どうして頷かないんだ?」


舞は、弁当箱を見ていない。

俺の顔を見ていた。


「・・・・・・嫌いじゃないから」

「あははーっ」


もうこうなりゃ後の祭りだ。

俺には誤解を解きようもない。

佐祐理さんは、女の子らしく、そういう話題をはやし立てることで終始ご満悦の様子だった。


・・・。


「それじゃ、放課後になったら、また踊り場に集まればいいか?」


別れ際、俺はそう訊く。


「迎えに行きますよ。 祐一さんのクラスまで」
「えっ?」


昨日、佐祐理さんが自分を呼び出したときのことを思いだし、少し戸惑ってしまう。


「ここまで階段上ってくるのって大変ですかるね」
「いや、いいよ。 ここで待ち合わせにしようぜ、やっぱ」
「そうですか?」
「じゃ、放課後」
「はい」


「じゃな、舞」


ぽん、と舞の頭を軽く小突いて、別れた。


・・・・・・。

 

・・・。

 

チャイムが鳴り響く。

にも関わらず教師はいまだ黒板に文字を並べ立てていた。

幾つかのため息が重なったが、皆渋々とノートにそれを書き写してゆく。


(佐祐理さんたちと待ち合わせしてるってのに・・・)


俺も仕方なく、それに習った。

五分ほどの延長を経て、ようやく授業が終わる。

同時にずばんっ!と机に手を置いて立ち上がると、ドアへ向けて猛然とダッシュする。

その引き戸に手をかけたとき、呼び止める声。


「相沢、教室の掃除だろ。 どこにいくんだ?」


北川だ。


「・・・トイレだよっ」
「鞄持ってか?」
「鞄抱いてする癖があるんだよっ」
「そりゃ、気持ち悪い癖だな」


俺は目配せで、放免を乞うが、北川は非常だ。


「ほら」


モップを差し出される。


「わぁったよっ」


どのみちとっとと終わらせてしまえばいいのだ。

それに佐祐理さんたちだって、掃除当番かもしれないじゃないか。

机に置いた鞄の代わりに北川の手からモップを奪い取って、俺は掃除を開始した。


「うむうむ、よろしい」


・・・。


だらだらと帰宅の準備をする生徒たちの間を縫って、俺は床を掃いてゆく。


どんっ!


勢いよく何かにぶつかった。


「きゃっ・・・」
「あ、名雪・・・」
「何慌てて掃除してるの?」
「いやっ・・・見たいテレビがあるから・・・」
「そう?」
「そう」
「じゃ、そのひとは?」
「えっ?」


振り返ると、すぐ目の前に佐祐理さんがモップを持って立っていた。

 

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「うわっ、佐祐理さんっ」
「佐祐理たちも手伝いますよーっ」


にこにこと満面の笑みで言う。

 

(ぐあ・・・そうか、こういう最悪の事態が起こり得たか・・・)


俺は甘かった。

いつまでたっても現れない俺を、じっと待ち続けるような人じゃなかったよな、佐祐理さんは・・・。


「あのさ、佐祐理さん、いいから廊下でさっ・・・」

「三年生のかた?」


好奇心から、というか、見知らぬ上級生が自分のクラスの掃除を始めているのだから、それは訊かずにはいられないだろう。


「はいっ、倉田佐祐理って言います。 今日はお掃除のお手伝いさせてくださいねーっ」

「祐一の・・・お友達?」
「そうっ・・・お友達」
「・・・・・・」


納得したのか、何か疑っているのか、よくわからない無表情のままでいた。


「・・・とりあえず、目立ってるみたい」
「えっ?」


辺りを見渡すと、教室に残った生徒たちの視線を一手に集めていた。


「くあ・・・」


また、別の所では、歓声があがっていた。


「なんだ、どうしたっ?」


近くにいた女子の肩手をかけて訊く。


「知らない女の人が、黒板の下に這っていたムカデをホウキで窓の外にかっ飛ばしたのよ。 爽快だったわ」


「あ、それ舞ですね」
「言われなくてもわかってるっ! あいつ以外にそんなことができる女がいるかっ」


案の定、人混みの中に割ってはいると、振り切ったホウキを高く掲げたままの舞がいた。

 

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「人の教室で、必要以上に目立つなっ!」
「・・・・・・みんな怖がってたから」
「はぁ・・・」


杞憂していた以上の事態に、俺はため息をつくしかない。


・・・。


「あははーっ、なんだか賑やかなお掃除で楽しかったですねぇ」
「俺は疲れたよ・・・」


二度と迎えにきてもらうのはよそう・・・。


「楽しったですから、また迎えにいきますね」
「そんな機会があったらな・・・」
「じゃ、昼休みは毎日迎えにいきますよ」
「いいっ!」
「そうですかぁ?」
「そうですっ」


「舞もムカデ追い出して、女の子たちの人気者になってたのにねぇ」
「・・・・・・」
「残念だよねーっ」
「・・・・・・」


俺はあまりに佐祐理さんが名残惜しそうに言うので、話題を目先のものへ移す。


「ところで、時間のほうは?」
「えっと・・・5時開場ですから、まだまだ余裕ありますよ」
「ドレスのほうは?」
「先に会場の更衣室のほうに運んでありますから大丈夫ですよ」
「いつでも用意周到。 行き届いてるなぁ、佐祐理さんは」


傍若無人なところもあったけど、やはり佐祐理さんはよくできた人だった。


・・・。

 

「そういや舞のドレスはどんな感じなんだ」
「普通のですよ」
「ここは目立たなければ意味がないからな。 全身に豆電球でも仕掛けたりしないか」
「しませんよーっ」
「ロープを伝って天井から登場するとか。 舞らしいと思うぞ」
「どっちかと言うと、男役ですね、それは」
「じゃあ俺がやるか」
「いいですねぇ」
「映画みたく天窓から颯爽と現れて、舞をかっさらってゆくぞ」
「それじゃ参加できないじゃないですか」
「それもそうだな」


・・・。


一度、下駄箱で別れた後、再び昇降口を出たところで落ち合う。


・・・。


「佐祐理さんは、最後までいられるの?」
「ええ。 今日は帰りが遅くなるって言ってきましたから。 閉会の8時までいられますよ」
「そりゃ、よかった。 帰りは送るよ」
「ええ、一緒に帰りましょーっ」


佐祐理さんが跳ねるようにして、先を歩いてゆく。


(そうか、8時まであるのか・・・)


8時というと、いつも夜の校舎で俺と舞が落ち合う時間だ。


「なぁ、舞」
「・・・?」
「舞も最後まで居られるんだよな」
「・・・・・・」


こくりと頷く。


「よかったよ」
「・・・・・・」
「あ、それとな」
「・・・?」


俺は舞の横に並ぶと、耳に口を近づける。


「何があったって、例のモノを抜くんじゃないぞ」
「・・・・・・大丈夫。 人前で抜くことはないから」


佐祐理さんを気遣ってか、舞もそう小さく囁いた。


「よし、今日は楽しもうな」


俺は安心した。


「じゃあ、佐祐理たちはあっちですから」


会場となる体育館を前にして、俺たちは別れた。


・・・。


これがいつもの体育館なんだろうか。

 

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俺は我が目を疑った。

元からそういった趣はあったが、ここまで完璧に手を施すとは・・・

主催者の凝り性のほどが伺い知れたものである。

床だって、一面カーペットが敷き詰められている。

その上には真っ白なクロスを羽織ったテーブルが並び、その間を行き交う人々。

生徒、と称するにはあまりに浮世離れしている様相だ。

皆、盛装に身を包み、談笑に時を忘れている。


「場違いだぞ、絶対・・・」


見るも明らかに育ちが違う連中の集まりなのだ。

知らない顔が多い。

特別進学クラスだとか、はなから学科が違うのかもしれない。


「販売機でエロ本買うのは、店で買うよりも勇気がいるとは思いませんか」


なんて話を振ろうものなら即刻叩き出されそうである。


「うーむ・・・」


俺は焦りからか喉の乾きを覚え、空のグラスを手にとった。


「はい」
「あ、悪いね」

ボトルに入った飲み物を、見知らぬ女性に注いでもらう。

俺はそれを一口含み、喉を潤す。


「オー、デリシャス」
「・・・・・・」


女性はどこにもいく気配がないので、話しかけてみる。

 

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「キミさ、連れの方とかいないの?」
「・・・連れは祐一、あなた」
「えっ?」


俺は女性の顔をマジマジと見た。


「もしかして・・・佐祐理さんか?」


ぽかっ。


顔面をチョップされる。


「あはは、いや、今のは冗談だが・・・。 正直最初はわからなかったぞ。 どこのお嬢様かと思った」
「お嬢様・・・」
「あまりにそのドレスが似合うんでな。 俺みたいな粗野な野郎と居るより、あいつらに混じって話していたほうがしっくりくるんじゃないのか」


俺はずっと目の前で立ち話をしている連中を顎で指す。


「いや、祐一・・・」
「ん?」
「私から離れないで欲しい」
「どうして」
「・・・私だって不慣れだし・・・それに約束した・・・最初はふたりで踊るって」
「そうか。 そうだったな」


舞はあんな冗談で言ったような言葉を憶えていたのか。

なんだか嬉しかった。


「そういや、佐祐理さんは?」
「別の友達のところ・・・」
「あれ、そうなの?」
「後で来るって・・・」
「やっぱ佐祐理さんてお嬢様だよな。 こんなところに友達がいるなんて」
「・・・・・・」
「しかし踊るって何踊るんだろうな」
「・・・さぁ」
「俺、ダンスっていったら、モンキーダンスぐらいしかしらないぜ」
「・・・お猿さん?」


ぱっと舞の顔が俺のほうに向く。


「そう、お猿さんのダンスだ。 こうやってな・・・」


俺は舞が乗り気であることを悟ると、その背後に回り、その両腕を掴む。

そして交互にぶんぶんと縦に振ってやる。


「もうちょっと腰を落とせ」
「・・・・・・」
「そうだ」


ぶんぶんぶんっ・・・


「・・・・・・」
「ん・・・?」


気づくと、軽蔑の目が一斉に俺たちのほうに向いていた。


「あはは・・・このへんでやめとこうな、舞」
「・・・?」
「モンキーダンスはこういった格式ある場で踊るもんじゃないようだ」
「・・・そう」
「ほら、なにか食うか、舞」
「・・・・・・」
「ソーセージあるぞ。 ソーセージは嫌いか?」
「・・・嫌いじゃない」


しばらくはこうして談笑して会場内を回るらしく、俺たちも習ってそうした。

というよりも、立っているだけで話しかけられるケースがほとんどだった。


「あら、見ない顔ですね。 去年の舞踏会には参加されました?」
「いや、今年が初めてだけど・・・」


「そちらのお嬢様も、初めてですね?」
「・・・・・・」
「よいものをお召しですね」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・失礼しますっ」


顔色を変えて、去ってゆく。


「おい、舞、怒って帰っていったじゃないか、今のひとっ! 話しかけてくれてるのに、おまえが黙って居続けるからだぞっ」
「・・・・・・」


舞は手近に余っていたソーセージをフォークで刺すと、ぽりぽりと食べ始める。


「おい、舞、聞いてるのか」
「・・・?」
「はぁ・・・まあ、いいか。 人のこと言えた義理じゃない」
「・・・祐一」
「なんだ」
「・・・ソーセージ、美味しい」
「見てりゃ、わかるっ」
「・・・そう」


別に周りに合わさなくても、自分たちさえ楽しければなんでもいい。

いつも通りの舞を見ていて、俺もそれが正しいと思えてきた。


「舞、踊るか」
「・・・・・・」
「格式なんて関係ない。 格好悪くたって構わない。 そうだろ」


優雅な弦楽器の音色が場を彩り始める。


「いこうか」


舞の手をとり、俺は皆の集まる中央へと歩み出た。

皆の目が集まるのが実感できる。

どんな世評がついて回ってるかは知らないが、今の舞の姿を見ればそれがどれだけ愚かな醜聞に過ぎないか、わかろうというものだ。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

ぱちぱちぱち。

 

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息をつこうと戻ってくると、拍手に迎えられる。


「佐祐理さんっ」
「お疲れさまです。 おふたり、目立っていましたよ」
「はは、周りにぶつかってばかりいたからなぁ。 はた迷惑だったかな」
「あはは、そんなの関係なしですよ。 楽しかったらいいんです」
「そうだよな」


「・・・・・・」
「しかし、さすが舞だな。 あの耐久30秒スピンの後でも息を切らせないなんて。 俺はぜーぜーだぞ」


「なら、続けて佐祐理の相手は務まらないですか?」
「いいぜ、倒れるまでやってやる」
「あははーっ、じゃあ、いきましょうか」
「ああ。 舞、待ってろよな」


「・・・・・・」


・・・・・・。

 

・・・。

 

しばらくすると、舞や佐祐理さんを誘ってくる輩も増えてきた。

当然といえば当然だった。

舞はどうかよくわからないが、佐祐理さんなんて、それなりの器量の持ち主である。

それを目の当たりにして、黙って通り過ぎろというほうが男どもにとっては酷な話だ。


「行ってくればどうだ、佐祐理さん」
「ごめんなさい、休憩中です」
「そうか? 可哀想に」


振られた男が帰ってゆく。

顔を反対方向に向けると、同じく舞も別の男から誘いを受けていた。

が、こっちは案の定、無視で貫き通す。


「なんだ、口ぐらい聞いてくれてもいいのに」


呆れた様子で同じく人混みの中に消えてゆく。


「あーあ、もったいない。 いい男だったぞ、今のは。 男の俺から言うのもなんだけどな」
「・・・・・・他の男とは踊りたくない」
「そうか? そりゃ残念」


「舞、祐一さん」
「ん?」


目の前に佐祐理さんが立っていた。


「今日のその服は、返して頂かなくて結構ですから」
「いや、そういうわけにもいかないよ」
「いいんですよ。 どうせお古ですから」


言って、あははーっといつものように笑う。

俺は真新しい匂いのする上着の襟元を持って鼻に当てた。

・・・違うんだな。

これは別に親に買ってもらったものじゃない。

佐祐理さんが思い出として手に入れたかったものなんだろう。

舞と俺と、三人で共有できる思い出として。

どうしてだか、そう確信できた。


「じゃあ、ちょっと席をはずしますねーっ」


佐祐理さんが人混みの向こうに姿を消す。

残った俺と舞は、しばし流れるワルツに聞き入っていた。


「・・・祐一」
「ん?」
「・・・ありがとう」
「どうしたんだよ、いきなり」
「・・・・・・そんな気がしただけ」
「ふぅん」
「・・・・・・」


参加してよかった。

俺は舞の本心を聞いて、尚更そう思う。

舞に取りついた醜聞を払うための参加だったが、その目的以上の何かを得られたような気がした。


「・・・・・・」
「・・・・・・」


ふたり黙って、館内の雰囲気に浸り続けた。

そうしていると、俺たちも普通に見えるのだろう、なんてことを思う。

俺たちの関係は変わっていたけど、今はどこにでもいるようなふたりだった。

いや、舞なんて、ちょっと可愛い女の子であるはずだ。

盛装しているのだから。

すると俺はどうだろう。


「・・・・・・佐祐理さん、どこにいったんだろうな」


自分の考えていることが恥ずかしくなって、俺はそんなことを訊いていた。


「トイレ」


訊くんじゃなかった。


カシャン!


グラスが割れる音。


「・・・・・・」


舞がそのほうを向く。


「・・・・・・」
「どうした?」
「・・・くる」
「え・・・くるって?」
「・・・・・・」


舞の張りつめた表情から事を悟る。


「まさか・・・」


こくりと頷く。


「知らなかったよ。 夜だったら、どこにでも現れるんだな・・・」
「私も知らなかった」
「で、どうするんだ・・・まさか、こんなところで・・・」
「・・・わかってる」
「佐祐理さんを探そう。 お手洗いはどっちだ」
「いや・・・佐祐理と落ち合わないほうがいい」
「どうして」
「魔物は祐一に・・・」


ガシャアアアアアーーーーンッ!!


2階の窓ガラスが木っ端微塵に割れた。

皆が見上げる。

何も見えない。

だがそこに何かがいることを知っているのだ。

俺と舞は。


「とにかく出ようっ」


会場の出口へと急いだ。

非常口を目前に、がぐっ!と鈍い打撃音を聞いて、その足を止める。

目の前の宙を大きな何かが飛んでいた。

それが床に打ち付けられて転がると、人であることがわかった。

乱れた髪の間から見えた顔・・・


「さ・・・佐祐理さん・・・」
「・・・・・・」
「おい、舞・・・」


舞は小さな口をぽかんと開き、立ちつくしていた。


「舞、いいか、落ち着けよ・・・。 佐祐理さんの介抱は俺がするから、そのままでいろよ・・・」
「・・・・・・」


・・・。


駄目だった。

俺の制止の声は、聞き入れられなかった。

舞が、体育館から姿を消した。

カシッ・・・と音がしてそのほうを向くと、舞が非常口から再び現れたところだった。

同じドレス姿のままだったが、ひとつだけ出ていったときとは決定的な違いがある。

手に抜き身の刃を携えていた。


「舞、やめておけ!」
「・・・・・・」


もはや誰の声も届かない。


ガシィィィィィィィィィーーッ!!


その刃が振るわれる。

テーブルが両断され、グラスや皿が破片となり散らばった。

交錯する悲鳴。

場は恐慌に転じた。

舞はただの破壊活動を繰り返した。

すべての空間を残らず切り裂くまで、それをやめなかった。


・・・。

 

 

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「・・・・・・」
「・・・・・・」


俺は呼吸がようやく整った佐祐理さんを抱いたまま、舞を正視していた。


「・・・・・・」
「なぁ、舞・・・。 なにやってんだよ、おまえ・・・。 佐祐理さんに貰った思い出のドレスをそんなにまでして・・・」
「・・・・・・」
「・・・人前で抜くことはないんじゃなかったのか」
「・・・・・・」


息を潜めていた輩がざわめき出す。


「問題だぞ、これは! ただで済むと思うなっ!!」


一際大きな声があがった。


その後、場は沈鬱な雰囲気のままに解散となる。

不幸中の幸いといえば、佐祐理さんの怪我が、見た目よりも軽傷だったということだ。

保健室を開けてもらい、そこで応急の手当をする。

それ以上の手当の必要もない、ということだった。

大丈夫ですよ、と笑みを浮かべ続ける佐祐理さんと、終始黙ったままの舞を見送った後、俺も帰途についていた。

俺でさえ、舞にかける言葉など、最後まで浮かびはしなかった。


・・・。

 

1月21日木曜日


・・・。


翌日、佐祐理さんは学校を休んでいた。

大事をとってのことだろう。

でも、おそらくは家の人が佐祐理さんの体を心配して、それを強いたのだと思う。

佐祐理さん自身は、這ってでも登校したかったはずだ。

なぜなら舞の制服姿を見られるのは、今日で最後だったからだ。

無慈悲にも、学園からの決定は下されていたのだ。

たぶん、あいつは、振り返りもせずこの学校を去るのだろう。

今さら舞を引き留めることも、俺はしないつもりだった。

だったら、それで終わりだ。

舞はこの学校を去る。

さよならを言って、おしまいだ。

終業のチャイムが鳴る。


・・・。


俺もその最後の姿を目に納めに、教室を後にした。

あいつに最後の別れを言う前に、ひとつだけ確かめておかなくてはならないことがあるな。

結局俺はあいつのことをどう思っていたのだろう。


(好き? それで、こんな仕打ちを受けてりゃ、世話ないぜ・・・)

 

疎らに下校する生徒たちに混じって、その後ろ姿はあった。


「舞・・・」


その背に声をかけた。

 

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「・・・・・・」
「いくのか」
「・・・・・・もうこの学校の生徒じゃないから」
「わかってる。 でも・・・」
「・・・・・・」
「ちょっとぐらい話に付き合ってくれてもいいだろ」
「・・・少しだけ」
「なぁ、舞」
「・・・・・・」
「俺は心底呆れた。 馬鹿らしくなったよ、自分が」
「・・・・・・」
「佐祐理さんはいつも言ってたよな。 おまえはいい奴だって」
「・・・・・・」
「はじめは・・・なんて無愛想な奴だと思っていた。 おまえに興味を持ったのも、魔物の存在があったからだ。 興味本位でおまえに会っていた。 魔物を狩る少女が居る。 魅力的じゃないか。 それだけでおまえに関わる動機は充分だった。 でもな、佐祐理さんの言葉通りだったんだ。 佐祐理さんがおまえと一緒に居続ける理由がわかったんだ。 おまえはな、いい奴なんだよ。 野犬に弁当食わせてやったり、どんな濡れ衣だって黙って被ってみせたり・・・。 無愛想なだけで、いい奴なんだよな。 いるか、そんな奴。 きっといないぜ。 だから俺も佐祐理さんと同じことを思うようになった。 おまえと一緒に居たいってな。 それで少しでも・・・おまえのそのいいところってやつを、みんなにもわかってもらえるようにはできないか、と試行錯誤し始めた。 心底、悔しかったからな。 おまえの評判がよくないことを知って。 おまえもよく頑張ったと思うよ。 認める。 でもな、無理だったんだ。 はなからおまえには無理だったんだな。 おまえはすべてを簡単にぶち壊しにしてくれた。 たくさん築いてきたものがあったのにな。 おまえはなんとも思わずにそれを壊した。 俺なんかがいくら頑張ろうが、無理だったんだよ。 それがわかって自分が馬鹿らしくなったんだ。 おまえをいい奴だと思っていた俺が馬鹿に思えてきたんだよ。 遅かったか? いや、こんなもんだよな。 長く友達でいなくてよかったと思ってるよ」
「・・・・・・」
「そして今こうやって顔色ひとつ変えず、去ってゆくんだな、おまえは」
「・・・・・・」
「佐祐理さんも可哀想だ・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「もういい。 足止めして悪かったな」
「・・・・・・」


舞が背中を向ける。

淡々と、いつものように歩いてゆく。

まったく救いようのない奴だな。

まあ、これで終わりだ。

二度と関わることもないだろう。


疲れた・・・。


戻るか。


・・・。

 

「でもなっ!」


あれ?


「俺は舞と一緒に居たいぞっ!」


なに言ってんだ、俺は・・・

でも口が止まらない。


「馬鹿だからな、俺はっ! 馬鹿だから、どれだけ砂山が崩れたって盛り続けるんだよっ! ガキのようになっ! だから、舞っ! 俺はおまえと一緒に居るぞ! おまえといっしょに居ることが大好きだからなっ! おまえのことが好きだからなっ! 聞こえてんのかよ、舞っ! 俺はおまえのことが大好きだって言ってるんだぞ!」
「・・・・・・」


舞の足が止まる。


「・・・・・・何て言えばいいと思う」


半身で振り返った。


「今、思ってることを口にすればいいんだよ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・ごめんなさい」
「ああ」
「・・・私も一緒に居たい。 祐一は嫌いじゃないから・・・一緒にいたい・・・佐祐理と三人で」
「わかった・・・。 絶対になんとかしてやる」


俺はそう約束をした。


・・・。

 

夜・・・。

いつもの時刻を過ぎても、学校へは足を向けない。

ただ部屋で、舞のことを考えているだけ。

今夜も、夜の校舎に立っているのだろう。

今頃学校でお腹をすかせているかも知れない。

多分そうだと思う。

でも、俺は行かない。

それは舞との約束でもある。

舞が生徒として学園に戻ってくるまでは、会わない。

佐祐理さんと俺、そして舞で、僅かに残った2ヶ月という時間を共有すること。

それが俺たちにとって、心からの願いなのだ。

俺だって会いたくて仕方がない。

舞の素直な気持ちを知ったから、なおさらだった。


・・・。

 

その夜はなかなか寝付けなかった。

精神が参っているのだろう。

嫌な疲れが身体に染みついて、眠ることすら出来ない。

何度も寝返りを打つが、時だけが過ぎていく。

結局、2時か3時ぐらいだろうか、寝入ったのは。


・・・。