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Kanon【18】

 

1月22日 金曜日

 

・・・。


良くない目覚めだった。

怠い体を引きずって1階に降りる。

気を引き締めるために冷水で顔を洗い、食欲はなかったが半ば強引に朝食を食べる。

俺にはこれから、するべき事があるのだ。

もやもやする気持ちを強引に割り切って、俺は出掛けた。


・・・。


俺はいつも舞と佐祐理さんに背後から声をかけていた場所で、待っていた。

目の前を同校の生徒が次々と通り過ぎてゆく。

でも、今朝からはこの道を通るのは、ひとりだった。

 

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「あ、祐一さん」
「よぅ、おはよう」
「おはようございます」


いつものように顔を綻ばせてくれるが、強がりのような笑みだった。


「今朝はどうしたんですか?」
「待ってたんだよ、佐祐理さんを」
「そうですか。 でも・・・」
「どうすればいいと思う」
「はい?」
「佐祐理さんはどうすれば、舞が戻ってこられると思う」
「あ・・・」


驚いたように俺の顔を見る。

そして、


「そうですね! えっと、えっと・・・」


すぐいつものような快活さで、声を弾ませた。

佐祐理さんだって、同じだったんだろう。

行動するきっかけが欲しかった。

俺はそれを舞自身から受け取った。

だから俺はそれを佐祐理さんに与えてあげなければいけない。


「いくらだってあるはずだ、方法なんて」
「はい、考えましょう。 たくさんたくさん」
「いいぜ。 全部試してやるからな」


・・・。


今日に限ってではないが、今日こそは授業なんか聞いている場合ではない。

一刻も早く、舞を復学させるための手段を考えないといけないから。

難しい顔で、ああでもないこうでもないとしている姿は、真面目な生徒に見えないこともないらしい。


・・・。


「・・・熱でもあるのか?」
「はあ? どうしてだ?」
「真面目な顔で授業を受ける姿なんて、初めて見た」
「・・・真面目にもなるさ」


そこで言葉を切って、また考え出す。

北川は首を傾げ席に戻っていった。


・・・。


昼休みになると、俺と佐祐理さんは、ふたりだけで会合を開いていた。

そして、その場で俺は、午前中を使ってずっと考えていた案を伝えていた。

それは・・・


「職員室になぐり込みをかける。 先陣は俺が切るから、俺の後ろを佐祐理さん、頼む」
「はい? 祐一さんの後ろで佐祐理は何をするんですか?」
「俺のサポート」
「佐祐理にできるんだったら、頑張りますよ」
「・・・・・・」


考えてみれば、職員室になぐり込みをかけて、俺の背後に迫った教師を佐祐理さんが返り討ちにしてみせ・・・


「この女・・・見かけによらず、やるぞっ!」

「祐一さんの背中はお守りしますよ、この佐祐理が」


なんて展開になるわけもない。

こんな案を口にした俺のほうが馬鹿である。

別の案を考えよう。


「佐祐理さんが色仕掛けで校長に迫る」
「はい?」
「つまり、校長を佐祐理さんのいわゆるパパにするんだ」
「パパ? 校長は佐祐理のお父様じゃないですよ?」
「いや、つまりだな・・・」


俺は想像を逞しくしてみる。


「佐祐理、あれ欲しいなぁ」
「なに、あれか。 佐祐理はおませだな」
「だめ?」
「なにを。 儂が佐祐理のお願いを聞かなかったことがあるか?」
「だよね。 あははーっ、佐祐理、パパ、大好き」
「よっしゃよっしゃ。 その代わり、今夜は儂の言うことを聞いてもらうぞ」
「もぅ、パパのエッチ」

 

「だああぁぁーーっ!」
「どうしました?」
「いや、今の案、却下・・・」
「佐祐理さんに、校長の言うことを聞いてもらっては俺がイヤだ」
「校長の言うことは聞かないとダメですよーっ、祐一さん」
「いや、そういう意味ではなく・・・」


こんな案を口にした俺のほうが馬鹿である。

別の案を考えよう。


「俺が色仕掛けで校長に迫る」
「はい?」
「つまり、校長を俺のいわゆるパパにするんだ」
「パパ? 校長は祐一さんのお父様だったんですか?」
「いや、つまりだな・・・」


俺は想像を逞しくしてみる。

 

「俺、あれ欲しいぜ」
「なに、あれか。 祐一はおませだな」
「だめかよ?」
「なにを。 儂が祐一のお願いを聞かなかったことがあるか?」
「だよな。 うわっはっは、俺、パパ、大好きだぜ」
「よっしゃよっしゃ。 その代わり、今夜は儂の言うことを聞いてもらうぞ」
「へっ、このスケベオヤジがっ」

 

「だああああああああぁぁーーっ!」
「どうしました?」
「いや、今の案、却下・・・」
「顔色悪いですよ、大丈夫ですか?」
「うっぷ・・・ものすごい想像をしてしまったからな・・・」
「でも、校長の言うことは聞かないとダメですよーっ、祐一さん」
「ぐむぅおおぉぉっ!」


こんな案を口にした俺のほうが馬鹿である。

というか、どうして署名を募る案を常に念頭に置きながらも、ふざけた案ばっか口にしているのだろう。

とっとと、本題に移ろう。


「いいかい、佐祐理さん」
「はい」
「佐祐理さんは会場から出ようと扉を開けると、いきなり凶暴な野犬に襲われた。 それを舞は退治しようとした。 みんなを守るために。 その事実を舞踏会参加者全員に伝えて、そして署名を集めるんだ」
「嘘を・・・つくんですか?」


佐祐理さんは意外そうな顔で訊き返してきた。


「誰が本当のこと言って信じてくれるんだよ」
「そうですね。 信じられないことなんでしょうね」


佐祐理さんは、魔物のことを知らないのだと思う。

ただ、『舞は不思議な子』と捉えるだけで、すべてを許容してしまっているようにみえる。

相手のいいところだけを見て、他の部分には介入しない。

佐祐理さんとは、そういう人だった。

俺は話を進める。


「嘘だと言っても、それは体育館に現れたものが野犬だという一点だ。 実際は野犬なんかよりもっと物騒なものかもしれない。 そう考えれば、罪悪感もないだろう?」
「ええ」
「そうして集めた署名を持って、校長にでも直訴してやる」
「うまくいくといいですね」
「うまくやってみせるさ」
「はい。 がんばりましょう」


決意を固め、俺たちは散会した。


・・・。

 

休み時間をすべてその署名活動に費やし、俺たちは奔走する。


「ほら、入り口の近くで女の子が倒れていただろ?」
「それはあの子が剣を振り回していたから・・・」
「順序が違う、よく思い出せよ! 剣を持ち出したのは、その後だろっ!」
「そんなこと言われても、何が起きてたかなんてよくわからなかったし。 あの女の子が剣を持ち出して、暴れてるところしか記憶にないわ」
「あの剣も本物じゃない」
「そうだったかしら・・・」
「とにかくこの署名に記入してくれ!」
「そんなわけのわからないものに署名なんてできないわ」
「かあっ・・・もういいよっ!」

 

・・・。

 

「調子はどうですか?」


互い五名ずつを消化したところで、佐祐理さんと再び落ち合う。


「あんまりよくないね・・・佐祐理さんのほうは?」
「ばっちしですよ」


言って、指で丸を描いてみせた。


「はぁ・・・俺、悪人面してるからなぁ」


足を引っ張っているようで、申し訳なかった。


「そんなことないです。 たまたまです。 次からはきっとうまくいきますよ」
「だといいけどな・・・」

 

「ねぇ、倉田さん」


不意に呼び声がして、俺たちの会話が遮られた。


「はい?」


佐祐理さんが振り返っていた。


「今度こそ連中に、目に物見せてくれるって?」


近づいてくるのは、佐祐理さんと同じ3年生の女生徒だった。

肩の上まで刈られた髪に切れ長な瞳。

その凛然とした風貌は、佐祐理さんとは何もかも正反対に受け取れる。


「いえ、そんな大層なことじゃないですよ」
「妙案? だったら乗るわよ」


そんなふたりが肩を並べて話しているのは、どこか妙なものだった。

はたで見ている俺は居心地の悪さを感じずにはいられない。


「いえ、佐祐理たちだけで大丈夫ですし、あんまりご期待にも添えないと思いますし」


佐祐理たち、と言ったところで、女生徒の目が俺へと向いた。


ぶしつけな視線を俺の足先から頭まで一通り這わせると、すぐ目を佐祐理さんに戻す。


「わかった。 けど、ヘマだけはしないでね。 倉田さんはあたしたちのアイドルなんだからね。 その身を自分のものだけと思ってもらっちゃ困るわよ」
「そんなことないですよぅ。 佐祐理は普通の子よりちょっと頭の悪い、ただの女の子ですから」
「頭は関係ないわ。 ようは、意欲でしょ?」
「ええ、意欲は人一倍ありますけどね。 親友のためですから」
「なら、結構」


女生徒は満足げに微笑んでみせた後、佐祐理さんの肩にぽんと手をかけた。


「学園生活ももう残り少ないわ。 最後に何か、でかいことを成し遂げたい。 そう思うでしょ」
「あははーっ、思い出づくりなら率先して参加したいですけどねぇ」
「いい思い出になるわ」


佐祐理さんが返事を曖昧にさせているうちに、女生徒はきびすを返した。

結局俺へは視線をなげかけただけで、声ひとつかけずじまいだった。


「ありゃ、なんだい」


その姿が消えてから、俺は訊いてみた。


「なんなんでしょうね」


佐祐理さん自身、回答が見つからないようだった。


・・・。


その後も放課後までの時間を、署名集めの奔走に費やした。

俺も何とか参加者をなだめすかして、幾人かの署名に成功した。

参加名簿のチェックも終わりに近づき、すでにその過半数の署名が集まっていた。


「たくさん集まったな」
「ええ。 みなさんに感謝です」


佐祐理さんは自分の苦労なんてまるでなかったように、署名者をねぎらった。


「佐祐理さん、頑張ってくれたからな」
「いえ、佐祐理はなんにもしてないです。 それよりも祐一さんのほうが頑張ってましたよ」
「佐祐理さんに言われると立つ瀬がないよ」
「そうですか? でも皆さんとお話できて楽しかったですよ」


舞の友達として、辛辣なことも言われているだろう。

でも佐祐理さんにかかれば、こんな署名活動だって楽しい思い出のひとつとなってしまうのだ。

その一部として俺の存在が刻まれることは、幸せなことだと思った。


「後は、主催者の連中だけか」


参加名簿の最後には生徒会所属の名が連なっていた。


「生徒会っていうんなら、それだけ発言力もあるんだろう。 期待できるな」


舞を弁護してくれることを願った。


「なにを期待してるんですか?」
「なにって、生徒のための生徒会だろ? 庇ってくれるんじゃないかと思って」
「いえ、ここの生徒会はそんなに甘くはないです」


確かに俺はこの学園についてはあまりに無知だ。

彼らがこの学園においてどのような存在であるか、知る機会もいまだなかった。


「なにより舞の受けた処分は、生徒会の意志のはずです」
「なんだよ、それ・・・」
「生徒会と舞の確執は根深いんです・・・」


聞けば、舞の素行にずっと目を光らせていたのは、教員たちのほうではなく生徒会なのだという。

ならば連中の催す舞踏会の場で剣を抜くことは、警察署の中で強盗を働くに等しい愚かな行為だったのだ。


「じゃあ、生徒会の連中に署名を求めるなんて、馬鹿げた行為だってことじゃないか」
「でも、あの場は生徒会主催で彼らの管轄だったんですよ。 そのことを考えると、その署名なしに話を通すことなんて無理でしょう」
「じゃ、なんだったんだよ、これはっ」
「はぇ~・・・」


俺は思わず佐祐理さんに当たるようにして、手の署名の束を突きつけてしまっていた。


「えっと・・・でも、生徒会の人たちだって、言ったらわかってくれると思って・・・」
「あ、そうか・・・ごめん」


佐祐理さんには嫌いな人間なんていない。

誰だって話せばわかってくれると信じている。

だから、はなから生徒会の連中にだって、署名を真っ向から求めようという腹だったのだ。

俺は舞との確執を聞いた時点で、生徒会は敵、と見なしていた。

そんな連中から署名を募れるはずがない。

だから今までの努力が一瞬で水の泡と化した気がして、頭に血がのぼってしまったのだ。

もとよりその署名のほとんどは佐祐理さんの功績だというのに、この無神経がっ、と俺は胸中で己を罵った。

とにかくこの場は佐祐理さんのペースに合わせよう。


「きっと大丈夫ですよ」


もう佐祐理さんは笑っていた。


「そうだな」


その笑顔に後押しされるようにして、俺も頷いた。


「じゃ、今から行きましょう。 今日は定例で生徒会が集まる日ですから、その前に」


先にたって、佐祐理さんが歩き出す。


「で、談判を持ちかける相手ってのは、もう決まってるのか?」


その横に並んで、そう訊いてみる。


「ええ。 久瀬っていう方ですよ」
「どんな奴なんだ」
「こんな顔をした方です」


口の端に指を突っ込んで、それをびにょーんと伸ばしてみせた。


「いや・・・顔はどうでもいい。 話しやすい相手なのかって意味で」
「佐祐理もどんな方なのかは知らないです。 でも、その方のお父様と、佐祐理のお父様が親しい仲なんですよ。 だから、話したことはないですけど、いい人に違いありません」
「一体どんな根拠からだよ・・・」
「お父様の知り合いに悪いひとはいませんし、その息子さんが悪い子に育つわけがないじゃないですか」


その佐祐理さんの言い分は、聞かないでも想像できたが・・・。

しかし、親が人格者であって、その子息がひねくれ者という例はいくらでもあるはずだ。

そんなことにすら気づかないほどに、佐祐理さんの家庭とは円満なのだろうか。

そうなのだろう。

佐祐理さんの堪えない笑顔を見ていると、そうとしか思えなかった。


・・・。

俺たちは、二年の教室が並ぶ階まで上ってくる。

そして、その中のひとつの教室の前で、佐祐理さんが足を止めた。


「あ、居ますねーっ」


開いたドアの隙間から中を覗いてみて、佐祐理さんが嬉しそうに声をあげる。


「祐一さんは、どうします?」
「今回は悪いけど、佐祐理さんに任せるよ。 俺がいたって、邪魔するだけだから」
「そうですか?」
「ああ」
「じゃ、いってきますね」


ドアの隙間に、佐祐理さんが体を滑り込ませる。

ふわりと佐祐理さんのいい匂いだけが残る。

俺はここで壁にもたれて聞き耳を立てている他、することはないようだった。

 

「はじめまして、久瀬さん」


そんな佐祐理さんの言葉から、談判は始まった。

教室には、その男の他には誰もいなかったのか、違う話し声も混ざってこなかった。


「はじめまして、は違和感があるね。 あなたの噂はかねがね聞いてるから」


男は、相手が上級生だというのに、慣れた口をきいてみせた。


「あんまりいい噂ではないでしょう?」
「そうだね。 よくはないね」


佐祐理さんの言葉は冗談かと思いきや、相手の反応はそれを真に受けたものだった。

冗談を合わせているのだろうか。

初対面だというのに、ふたりの会話には沈黙の了解事項が多かった。

それはやはり佐祐理さんが言っていた、親の繋がりによるものなのだろうか。


「とりあえず、そのことは置いておきまして」
「ああ」
「今日は署名を戴きに参ったんですよ」
「どういった趣旨のものかな。 と言っても、概ね想像は付くけど・・・」
「じゃ、話が早いですね」
「確かに早いね」
「舞踏会での舞の行為に関して、私たちの見解です。 えっとですね・・・」
「倉田さん、違うよ」


佐祐理さんが説明を始めようとしたところを、男が口で制した。

 

「はい?」
「話が早いというのは、僕の理解がじゃない。 その逆」
「協力してくれないんですか? 話を聞いてください。 そうすれば絶対に納得できますから」
「どんな真実があろうと、生徒会は彼女を弁護しないよ」

 

「じゃあ、それは不正だな。 差別だ」


俺は口を挟まずにはいられなかった。


開いたままだったドアの敷居の上に立ち、長い影を教室の中に落としていた。

 

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「祐一さん・・・」


「そこまで自覚してるのか?」
「違うね。 きっかけはなんでもいい、ということだよ。 結局総じて、彼女はこの学校に居るべきじゃない。 その点に関しては正当な価値観を持っての判断だよ」
「ひとりの生徒も弁護してやれないのか? じゃ、なんのための生徒会だ?」
「真面目な生徒たちのための生徒会さ」


「・・・・・・」


「舞が不良だっていうのか?」


俺はふたりだけしか居なかった教室に踏み入り、男との距離を詰めた。


「生徒会では有名だよ。 彼女の素行の悪さを知らないものはいない」
「ばぁか、素行ってのは普段の行いのことを言うんだよ。 あいつが先生たちを困らせるような何をしたっていうんだよ」
「ガラスの件だけで充分だろ。 基本的な不良学生の行いだ。 それも一度や二度じゃない」
「どうしてそこに理由があると考えられないんだよっ!」


男を壁に追いつめ、その壁に拳をつける。


「理由があろうが、やっていいことと悪いことがあるよ。 違うかい」
「学校のガラスぐらいがなんだってんだ!? もっと大変なことが起きてるかもしれないだろっ」
「軽視してもらっては困るな。 教育社会の秩序の象徴なんだよ、窓ガラスとは」
「おまえが守りたいのは、学園の秩序じゃなくて、外面だろうっ!」


ぎりっ、と襟元を掴んでやる。


「佐祐理さんの談判で折れていなかったことを後悔させてやろうか?」
「そして川澄さんの後を追うかい」


冷笑する男の顔が憎い。

襟を片腕で締め上げてやる。


「祐一さんっ!」


一際大きな声が聞こえた。

佐祐理さんだった。


「悪いっ・・・」


冷静になって自分の行為を恥じた俺は、一言謝罪を述べて、男から離れた。

謝罪は男に対してではない。

佐祐理さんに対してしたつもりだ。

男は折れ曲がった襟元を正すと、俺を無視して佐祐理さんに顔を向けた。


「倉田さん・・・確かにあなたの行動は理解し難いよ。 どうしてあんな生徒を庇い続けるのか」
「舞は親友ですから」
「なるほど。 よく聞いた台詞だ」


がらんとした教室にただひとつ残っていた鞄を机から拾い上げると、男は教室を出てゆく。


「・・・・・・」


俺は呆然とその後ろ姿を見送るしかなかった。


「祐一さん・・・」


ふたりきりになると、佐祐理さんは悲しみと憤りが混じり合ったような表情を俺に向けた。

俺が初めて見る顔だ。


「舞も・・・祐一さんも・・・自己犠牲が過ぎます」
「そんな殊勝なもんじゃない。 頭に血が昇っただけだよ・・・」
「でもあの人を殴っていたとして、それはやっぱり舞のためでしょう?」
「・・・・・・」


よくわからない。

そうなるのだろうか・・・。


「少しは考えてください。 それで舞が喜びますか?」
「喜びはしないだろうけど・・・」
「舞がいなくなって・・・それで祐一さんまで問題を起こしたら・・・・・・佐祐理の身にもなってください」


本当、辛そうな表情で言った。

だから俺は誓うしかなかった。

そんな顔、二度としてほしくなかったからだ。


「わかったよ。 もう問題を起こすようなことはしない」
「はいっ」


そう約束すると、すぐに笑ってくれた。


「ところで、佐祐理さんの悪い噂って・・・本当にそんな噂があるのか?」
「ええ、以前に舞が問題を起こしたとき、佐祐理もその場に居合わせていて、そのときに・・・」
「なるほどね・・・」


おそらく今の俺のように過剰に舞を庇ってしまったのだろう。

でも、そんな佐祐理さんが相手に悪い印象を与えるほどに取り乱すことがあるのだろうか?

と考えるのも違和感ありすぎるが・・・。


「ったく、ヤな連中だな」
「上に立つ人間というものは、一部の人には嫌われてしまうものです」
「そんなもんかね・・・」


・・・。

結局署名集めも徒労に終わり、舞と生徒会との確執が露呈しただけだった。

久瀬という男との接触は、気分を害しただけで無駄骨以外何物でもなかった。

わずかな望みを託して、生活指導の教員や果ては理事にまで署名を持っていったが、けんもほろろの対応で終わった。

さらには、それはそのまま俺たちの画策が手詰まりになったことを示していた。


・・・。

 

以前より生徒会に目の敵にされていた状況で、下された退学処分を覆すのは無理に思えた。

連中はそれをずっと狙っていたのだろうから。

もし俺がその事を知っていたなら、例え斬られてでも、舞を止めに入っていたことだろう。


(なんにしても、すでに起きてしまったことを言っても仕方がないな・・・)


諦めるわけにはいかない。


次の手を考えるしかなかった。

だが後、残された道は・・・


なんなのだろう。

 

・・・。

 


1月23日 土曜日

 

目覚ましが鳴り響き、ぼーっとした頭でそれを二、三度叩く。

あまり寝た気がしなかった。

それでも起きなくてはいけない。

冷えた制服に見を通して、1階に降りていった。


・・・。


朝食を食べた後、歯を磨きながら鏡を見る。

髭もまだ伸びていない。

今朝は剃らなくていいだろう。


「いってきます」


玄関で靴を履き、家を出る。


・・・。


淡々とした朝。

何も変わらない。

今までも繰り返してきて、そして、これからも繰り返そうとしている日常だ。


・・・。


ぽんっ!と背中を叩かれ、振り返ると、佐祐理さんだった。


「祐一さん、おはようございますーっ」


いつもの気さくな朝の挨拶だ。

「ああ、おはよう・・・」


でも俺はそれに対して、笑みでは返せない。


「祐一さん、今朝はちゃんと朝ご飯食べてきましたか?」
「ああ、食べてきたよ」


ふたり並んで歩くが、やはり何かが足りない。

別に居たとしても、結局俺と佐祐理さんで話してるのだろうけど、それでも違う。

やっぱり居なくちゃダメなんだ。


「・・・・・・」


佐祐理さんも同じ事を考えているのか、しばらく黙ったままだった。

しかし打つ手がない。

手がない以上、悪戯にその話題に触れることは、落胆を表立たせてしまうだれだと思った。

佐祐理さんも、同じことを考えて、遠慮していたのだろう。

結局、舞の話はしなかった。

 

・・・。


「今日もお昼一緒に食べません?」


別れ際、佐祐理さんはそう言って、巨大な弁当箱の包みを胸の前に抱えあげてみせた。


「じゃ、いつものところで」


そして俺の返事も聞かず、チャイムに急かされるようにして下駄箱に駆け込んでいった。


・・・。

 

珍しく真面目に授業を聞く。

ここの所、真面目にノートを取っていなかったので、テストがヤバイかも知れないからだ。

あるには、それは、気を紛らわせる、という行為だったのだろうか。

どっちでもいい。

俺は学生なんだから、その本分を全うするだけだ。


・・・。

 

午前中の授業が終わった。

土曜日だったから、これでお終いだ。

鞄を持って立ち上がったところで、そういえば、と思い出す。

佐祐理さんに昼ご飯に誘われていたことを。

忘れるところだった。


・・・。


三階の階段を上がったところで、ばったりと佐祐理さんと出会う。


「あ、早いですね、今日は」
「佐祐理さんが遅かったんじゃない?」
「そうですか? あ、そうかも・・・」


腕時計を見て、納得する。


「俺はいつも学食に寄ってから来るからな」
「祐一さんはいっつもパンですからねーっ」
「パンはフットワークが軽いからな。 持って、どこにだって行ける」
「でも毎日じゃ、さすがに飽きるでしょう?」
「まぁ、そうかもな」
「いつでも言ってくださいね。 祐一さんのご飯も、詰めてきますからっ」
「でも、ただでさえでかいその重箱をそれ以上、重たくさせるわけにはいかないよ」
「大丈夫ですよ。 こう見えても佐祐理、力ありますから」
「重そうじゃないか。 どれ、貸してみな」
「大丈夫ですからーっ」


そう言うと佐祐理さんは、嬉しそうにぱたぱたと階段を一気に駆け上がっていった。

俺もその後を追う。


・・・。

 

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「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・?」
「・・・・・・」
「・・・・・・お腹空いた」


「あ、はいはい」


佐祐理さんはいつものようにビニールシートを敷いて、その上に弁当箱を並べ、昼食の用意を始めた。


「・・・じゃ、ないだろーっ!」


俺は我に返って叫んでいた。

目の前に立っている舞に向けて。


「・・・祐一、うるさい」
「おまえが冷静すぎるんだよっ! 一体どうしておまえがこんなところにいつも通りにいるんだっ!」
「・・・・・・」


「いいじゃないですか。 戻ってこれたんなら、それで」


「そうなのか? 戻ってこれたのか?」
「・・・・・・」


こくり、とそれだけ頷いた。

まったくわけがわからない。


「はい、舞」


用意ができたところで、佐祐理さんが舞を促した。


「ったく・・・なんだってんだ」


俺もとりあえず腰を落ち着ける。

そして・・・

俺は舞の頬を指で引っ張ってみた。


むにゅ~。


「・・・いたひ、祐一」
「本物か、おまえ? 佐祐理さんの弁当目当てで、のこのこ現れた偽物じゃないのか?」


ぽかっ。


「本物だ」


このチョップのツッコミを知る者は、俺と佐祐理さんと本物の舞以外にはいない。


「・・・信じられないなら、匂い、嗅いでみる」


よほど疑われたのが不服だったのか、舞は自分の後ろ髪を手に持って、俺に差し出していた。


「もういい。 わかったよ。 それに犬じゃあるまいし、匂いまで覚えてるかっ」


「あははーっ」


すでに佐祐理さんと舞はいつもの調子である。


「なんだか俺ひとり、状況を把握していないような・・・」
「大丈夫です。 佐祐理もわからないですから」


「私もわからない・・・」
「そうなのか? まあ、ならいいか・・・」


じゃあ、この事件は一体なんだったんだろう。

奔走するだけ、気を病むだけ馬鹿だったのだろうか・・・?


・・・。


何か解せないままに、ふたりと別れる。

部活に向かう生徒たちの流れを見送りながら、しばらくその場でぼぅっとしていた。


「・・・・・・帰るか」


狂った調子を取り戻せないまま、俺は廊下を歩き出す。


「ねぇっ」


その俺の肩を唐突に殴る者がいた。


「痛いなっ、なんだよ」


振り返ると、見知らぬ女生徒・・・いや、一度だけあった覚えがある。

昨日の署名活動中、佐祐理さんに妙な話を持ち込んできた女だ。


「あれって、どういうことなのよっ」


ぶしつけに物を訊ねてくる。


「そんなに話を端折られて、わかるかっ」


なにを怒っているかは知らないが、目の前の女にどやされる覚えはない。

俺も語気を荒げた。


「子供じゃないんだから、事情から話せっ」
「倉田さんのことよ!」


負けじと女も唾をとばした。


「どうして、倉田さんが生徒会に懐柔されたの!」
「生徒会に懐柔?」
「そうよっ、外で久瀬がデモンストレーションを行ってる・・・あいつの好きそうなことだわっ・・・! ねぇ、どういうことなのよ!?」


俺にはまるで彼女の言っていることが理解できなかった。

デモンストレーションの意味も、懐柔の意味も。


「倉田さんが、生徒会側についたら・・・連中調子づいて、どんな暴挙を振る舞うかわかんないわよっ」
「待てよ。 それじゃまるで、佐祐理さんひとりで生徒会を抑え込んでいたみたいじゃないか」
「まるで、じゃない。 その通りよ。 知らなかったの?」
「あんた、真面目に言ってるのか?」
「真面目よ。 あんた、最近知り合ったんだったら、知らないのも無理ないわね。 でも彼女が始めたのよ、生徒会に対する糾弾を。 だから、みんなはそれに続くようになった」
「・・・・・・」


いや、違うな。

佐祐理さんは、そんなことを率先してやるような人じゃない。

今の俺ならわかる。


「だから彼女が生徒会側につくと困るのよっ。 最後に、考えてたことがあったのにっ・・・」


目の前の彼女のような、生徒会に対して反抗的な人間が、そういうふうに仕立て上げただけだ。

佐祐理さんはただ、舞を庇おうとしただけのはずだ。

それなのに、いつしか、反生徒会の象徴として扱われるようになった。

自分の意志とは関係なく。


「何もわかっていないのは、あんたたちのほうじゃないのか」


俺はそれだけを言い放って、その場を後にした。


「ちょっと、待ちなさいよっ!」


背後から声がしたが、俺は足を止めず階段を降りた。


・・・。


今の上級生の話から察すると、佐祐理さんは反体制の象徴として扱われている。

そして、その事を嫌った生徒会は封じ込めに出たのだ。

佐祐理さんにはアキレス腱があった。

舞という親友の存在。

無防備な舞の失態を存分に叩いて退学に追い込み、そして復学の条件を盾に、佐祐理さんを抱え込む。

どうしてそんなことをするのか、俺には分からない。

だけど佐祐理さんには、何の非もないはずだ。

学園にどんな抗争が潜んでいようが、佐祐理さんたちには関係ないはず。

佐祐理さん自身は、なんの野心も持たない普通の女の子だというのに。

佐祐理さんは、佐祐理さんらしく、学園生活を送ってきただけだというのに。


・・・。

 

昇降口を出ると、いつもとは異なる光景。

人だかりができ、そこで人の流れが停滞していた。


「生徒会に新しく加わりました生徒をご紹介しましょう」


高らかに、男は人集めを行っていた。


倉田佐祐理さんです。 間もなく卒業という身ながら、我々と意思を共にしてくれるのだそうです。 我々は彼女を名誉会員とし、卒業後も、御指南仰ごうという考えであります」


今更どうして、という声が囁かれる。

その中には、そのふたりが恋仲の関係になったためだ、というものまで含まれていた。


「んなわけないだろっ」


俺は誰ともなく吐き捨てた。


「あははーっ」


そんな中、佐祐理さんは、男の隣で困ったように笑っていた。

佐祐理さん自身だって、こういう結果になって俺が怒るのがわかっていたはずだ。

ばれないとでも思っていたのだろうか?


「佐祐理さん!」


俺は人の壁をかき分けて、前へ出た。


「こいつは佐祐理さんを利用してるだけだぜっ」
「・・・・・・」


佐祐理さんは返事をしない。

それは、まるで無視を決め込んだかのように。


「佐祐理さんっ!」


聞こえてないはずがなかった。


「・・・・・・だったら・・・」


佐祐理さんが俺に目を向けて、ようやく口を開いた。


「だったら、いいじゃないですかっ」


そしていつもの笑み。

俺は、なんていうか・・・いや、本当どうにも形容しがたい脱力感に襲われた。

 

「佐祐理さん・・・自己犠牲が過ぎるのは佐祐理さんのほうだよ・・・」
「ほんの少しの間ですよ」

 

ほんの少しの間・・・それは卒業まで、舞が無事卒業できるまで、ということだろうか。

なら尚更だ。

そんな卒業間際の大切な時を、佐祐理さんはこんな奴と共に過ごさなければいけないなんて・・・

そんなのが、いい思い出になるわけがない。


・・・。


周囲がざわめいた。


「・・・・・・」


ふらっ、と俺の隣に人影が立った。

 

「・・・・・・」


舞だった。

舞の表情はいつも通りだ。

なんの感情も持ち合わせていない。

こんなときでも、舞は無感情なのか・・・。

これ以上脱力することもなかったが、それでも呆れずにはいられない。


「舞、佐祐理さんは、おまえのために・・・わかっているのか?」
「・・・・・・」


返事もなかった。


「彼女の親友である川澄さん、あなたのこともこれで少しは理解できるようになりますかね」


久瀬はそんなことを言い放った。

その直後・・・


ビュッ!


空が切れる音がした。

驚いて、音のした方を見る。

舞の何も持たない手が、水平に薙がれていた。

血が跳ねていた。

爪が届いていたのだろうか、あるいは風圧でか。

舞の目の下が切れ、赤い滴が玉となってこぼれ落ちようとしていた。
そしてその顔の横で、空を裂いた手刀が震えるほどに固く握られていた。

 

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「・・・許さないから。 佐祐理を悲しませたら、絶対に許さないから!」

「・・・・・・」


俺はその横顔を見て、そしてただ息を飲むことしかできなかった。

やはりそれは、その場に居合わせた生徒たちも同じで、水を打ったように静まり返っていた。

地面を撫でる風の音だけが、一際大きく聞こえた。

圧倒的な威圧感。

それが場を支配していた。

久瀬もただ舞から受けた呪縛を解き放たれるのを待っていた。

首を絞められ、窒息までの時を過ごすようにして。


「・・・・・・」


やがて、舞が身を翻した。

 

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「あ、待ってよ、舞っ」


佐祐理さんが、その舞の後を追った。

久瀬は、ただ息をつくだけで、精一杯のようだった。

それ以上悪態をつく気さえ起きないらしい。

その様子を尻目に俺も舞を追う。


・・・。


「おいっ・・・。 大丈夫か、あれで・・・? また、退学に追い込まれはしないか?」
素手だし・・・」
「そうだな、確かに。 それはみんなが目にしているからな」


「さっき、舞、かっこよかった」


そして佐祐理さんは的外れな言葉を口にして、真っ白なハンカチを惜しげもなく血の伝う舞の頬に宛った。

いつもの笑顔だったけど、いつにもない嬉しさが溢れているように思えた。

俺はひとつ忘れていたことがある。

舞、友情の深さだ。

舞踏会のときもそうだった。

佐祐理さんに事が及ぶと、我を忘れる。

その舞が、今回の件で感情まで波風立てないままでいるはずがなかった。

そして、ひとつ舞を褒めてあげたかった。


「今回は後先考えていたよな、おまえ」
「・・・・・・佐祐理や祐一ともう少し一緒に居たいから」


いつかの言葉を繰り返した。


・・・・・・。

 

後日のことになるが、この一件は、舞の言葉により締めくくられることになる。


「佐祐理の父親は議員をやっていて、それを理由に佐祐理は半ば強引に生徒会に入れられた。 そういう親を持つ生徒を身近に置くことは、学園側にとっては有益なことだと聞いた。 私にはよくわからないけど・・・」


それはまだ舞と佐祐理さんが知り合う前の出来事であったという。

話を俺の想像で補足すると(舞はそういう説明が恐ろしくヘタだった)、佐祐理さんは入学してすぐ、生徒会に迎え入れられた。

その後に舞と知り合ったのだろう。

そして事件はすぐにも起きた。

それは最初の窓ガラス事件と称されるべきだろう。

その後幾度となく繰り返されることになるが、舞が入学後起こした最初の事件だ。

その事件の犯人である舞をひとり庇い続けた佐祐理さんは、生徒会から身を引くことになる。

なにを理由にしても、それは生徒会側からしてみれば失態である。

学園に影響力を持つ人物の娘に逃げられたという事実は汚点となり、ずっと醜聞として生徒会に付きまとうことになった。

だが生徒会にとって不幸中の幸いだったことがある。

佐祐理さんがその父親の権力に関して無知、あるいは、立派にひとり立ちをしていた、ということだ。


佐祐理さんは、その権力の恩恵で行動にでる(それを濫用とも言う)、ということがなかったからだ。

もとより佐祐理さんには、その理由がなかったし、敵対意識を持っているのは生徒会側が佐祐理さんに対してだけだ。

だが、その件以来、生徒会は一方的に囁かれる噂を払拭するために、いつか再び佐祐理さんを籠絡しようと画策していたのだ。

特にあの久瀬という男に限っては、父親が佐祐理さんの父親と知り合いであったというから、別なる焦燥もあったことは想像に易い。

そんな渦中、佐祐理さんの親友である舞が、目立った行動を取り始めたから、連中はそれを利用することを考え出したのだろう。

そうして事の顛末を把握してみても、どこにも佐祐理さんに責任はない。

ただ彼女を取り巻くいろんな人間の思惑が勝手に生み出した状況でしかなかった。


そう俺が理解したのはいいが、舞の話は続いていた。

というよりも、俺の中で先に完結してしまっただけで、舞の話はまだ最初の事件後の生徒会室にあった。

生徒会の人間、教師が居合わすその放課後の席で、舞はひとりきり孤独な戦いを強いられていた。

戦いにしては、舞は無気力に見えるほど、物静かだっただろうが。

 


ひとりの少女が、起立して言った。

 

「川澄さんは・・・理由があって、不可抗力でガラスを割ってしまったんです」
「にしても、彼女は理由を言わない。 倉田君、キミが庇う理由もないだろう」
「いえ、佐祐理にはわかります。 佐祐理は川澄さんの親友ですから」
「親友? いつから知っていたんだ」
「いつからなんて関係ありません。 でもいつまでか、は問題ですね、この場合」


誰もそんなこと聞いていないのに、少女は続けた。


「未来永劫、ふたりが死んでしまっても」

 


「・・・というお話」


舞の目はずっと窓の外を見たままだった。


「そっか」


結局舞は何を言いたかったのか、自分でも、結論からしてみればわからなかっただろう。

話の論点がすり変わって、単なる自慢話になってしまっていた。


「よかったな」


でも俺は笑顔を送ってやった。

佐祐理さんばりのものだ。


「うん・・・」


舞が頷く。

少しだけ頬を赤らめて。

あんなにも夜の校舎では猛々しい舞だったが、こうして遠い目で親友の話をしているときは無防備だった。

それは思わず見惚れてしまいそうになるほど、女の子らしい。

それも幼い少女が、自慢の宝物を誇示するように、愚直だ。

しかしそれを可愛らしい奴だ、と思うのは大きな間違いだ。

なにより今回の場を収めたのは、その舞の一喝だったではないか。

あの脅迫まがいの警告がなければ、久瀬という男もあの場で引き下がらず、佐祐理さんを追っていただろう。

それをさせなかったということはあの時点で舞に軍配があがっていたのだ。


また、何か画策を始めるだろうか?

そうなろうとも、今度こそ本気になった舞の行動に怯えずにはいられないだろう。

なにより、あいつにとって舞は、言葉通りの不良学生でしかないのだ。

実際、廊下で出会っても、久瀬は佐祐理さんから逃げるようにして足早に通り過ぎてゆくらしい。

奇しくも、俺が払拭してやろうと躍起になっていた舞の風聞が拍車をかけて、佐祐理さんや舞自身を守っていたのだ。

可愛くないだろう。

そんな学園の猛者は。


「・・・?」


結局、舞踏会に参加した意味なんてなかったのだ。


「・・・・・・」


いや、あったか。


「来年もさ・・・舞踏会、一緒に踊れればいいな」
「・・・卒業してる」
「いいじゃないか。 三人で忍び込んでやろうぜ。 またドレス姿見せてくれよ」
「・・・わかった。 また着てくる」
「ああ」


あのドレスは再び大切な思い出で彩られることになった。

舞が戻ってくることがなければ、そこに残るのは深い悔恨(かいこん)だけだっただろう。

そしてまた来年、舞はそれを来て、俺と踊ってくれる。

思い出がまた、ひとつ刻まれる。


それはとても、かけがえのないこと。


「・・・少し恥ずかしいけど」
「なにが」
「・・・学校まで着てくるの」
「・・・・・・」


あえて指摘はしまい。

卒業していようが校内で着替えればいい、とは。

ドレス姿で、会場まできてもらおう。

 

「わーっ、舞、その格好で歩いてきたのっ?」
「・・・恥ずかしかった」

 

楽しみがまたひとつ増えたというものだ。

 

「・・・?」

 

・・・・・・。

 

・・・。

 


久々の夜の校舎は、やはり昼間とは別世界で、『何か』が起きそうな緊張に満ちていた。

ひとつボタンを掛け違えるだけで、すべてが崩れ去ってしまいそうな、そんな危うさだ

でも、今はその緊張を守って、ぎりぎりの秩序が保たれていた。


「よぅ」


いつもの場所で、俺はもうひとりの人間と出会う。


「・・・・・・」


目が向けられる。

それが彼女の挨拶だった。


・・・。

 

パリッ


パリパリパリッ・・・


ちなみに『魔物』が発する異音ではない。

 

ボリボリボリッ


「・・・・・・」

 

差し入れのせんべいを食べる音である。


パリパリパリッ


「しかし差し入れにせんべいはまずかったな・・・」

 

ボリボリボリッ


「・・・まずくない」

 

パリパリパリッ


「いや、魔物が現れても、たぶんこれじゃ気づかないよなって意味で・・・」

 

ボリボリボリッ


「・・・でもおいしいから」

 

パリパリパリッ


「舞がいいって言うんなら、いいけどさ・・・」
「・・・いい」

 

ボリボリボリッ


「じゃ、いっか」


パリパリッ・・・ボリボリッ・・・


相変わらず訪れたときの緊張感を余所に、間の抜けたふたりである。

それでも実際、危険と背中合わせであることは確かなのだ。

それが舞の握る一振りの剣からもわかる。

事が起きれば、それは飾りでないことがすぐにも証明されよう。

気を引き締めなければ。

 

パリパリパリ・・・


引き締まらない。


「・・・・・・祐一」
「ん?」


舞が、せんべいを食べる手を止めて、俺の目を見ていた。

思えば、舞が人の目を見て話すことなんて珍しかった。

だから俺もせんべいを口から話して、舞を向かい合う。


「祐一・・・」

 

舞は、何か大切なことを言おうとしている。

そう雰囲気で悟る。

少しの間をおいた後、じっと結ばれていた小さな唇が動いた。


「・・・そばにいて欲しい」
「え? どういう意味だ、それって・・・」


その言葉に胸を高鳴らせながら、俺は舞の言葉を待った。


「祐一が居ると・・・囮になる」


がくっ・・・ざくっ!

 

「ぎゃーっ!」
「どうしたの」
「イツツ・・・おまえが俺をコケさせるから、その拍子に食べかけのせんべいを目に刺してしまったじゃないか・・・。 危うく説明するところだったぞ・・・」
「コケさせてなんかいない」
「期待させておいて囮なんて言われたら誰だってコケる」
「・・・・・・何て言えば期待通りだったの」
「訊くか、そういうこと?」
「知りたかったから」
「おまえ、意外に男を弄ぶのがうまいな」
「弄んでなんかない」
「おまえにそのつもりがなくても、だよ」
「よくわからない。 祐一の言うことは」
「だろうな。 舞にはそういう男心はわからないだろうからな」
「・・・・・・」


舞が黙ってしまったので、話を戻す。


「で、俺が囮ってのは作戦なわけだよな」


こくり、と頷く。


「しかし、いつも逃げてばっかだったからなぁ、俺は・・・。 大丈夫かな」
「・・・私が守るから」
「そうだな、頼むぜ」


こくり。


「はぁ・・・しかしな、俺が言ってやりたいよ、今のセリフは」
「・・・?」
「舞、おまえは俺が守ってやる」
「・・・・・・」
「・・・ってな。 立場が逆だ」
「私のほうが剣技に長けている」
「そうだろうな。 俺には剣すらない」


現実的な話で、俺は意気消沈する。

小学生の頃は柔道を習っていたこともあったが、突然今になって、その才能が開花するはずもない。

それに『奴』に腕や腰があるとも思えなかった。

実際、舞のように鋭利な武器で斬りつける以外、抵抗のしようはないのだろう。


剣技か・・・。


俺はうなだれるようにして、自分の無力さを痛感していた。


パリパリパリ・・・


その隣で、舞はせんべいを食べ続けていた。

せんべいの音に張り詰めた空気が弛んだように感じるが、舞は臨戦態勢を解いてはいない。

齧る音以外の異音に耳を澄ませ、いつ来るか分からない『何か』に備える。

時折視線を変えたり、身じろぎをしたりしながら張り詰めた緊張を維持する。


・・・。


何時間か過ぎた頃、唐突に舞が口を開く。


「・・・今日は来ない」
「そうなのか・・・?」


こくり。

そういえば何時なのだろう。

腕時計を見て、俺は驚く。


「もう、こんな時間だったのか・・・。 これ以上遅くなると家の人に迷惑かけるから、先、帰るなっ」


それだけを言って、その場を後にした。

 

その夜、『何か』が現れることはなかった。

 

・・・。

 

1月24日 日曜日


がさごぞがさごぞ・・・


ぼふっ!


「げほっ! ごほっ! くそっ・・・」


何かを始めなければ、という衝動から、その日は朝から水瀬家の物置を漁っていた。

武器となるものを手に入れる。

まずはそこからだ。

舞のような実際の武器がどうしたら手に入るかはわからない。


ガシッ・・・


「・・・あ」


だから、その物置で一本の古びた木刀を見つけたとき、俺は救われたようにほっとしたのだった。


・・・。


びゅっ・・・びゅっ・・・


自分の部屋に閉じこもると、日がな一日、その木刀を振っていた。

型なんてわからない。

あくまでも我流だ。

舞と違って俺は男だったから、筋力さえつければそれなりに対抗できるようになるのではないか。

そう考えていた。


びゅっ・・・びゅっ・・・


「ねぇ・・・」


びゅっ・・・びゅっ・・・


「ねぇ、祐一ってば!」
「え・・・?」


振るのを止めて、声のほうを振り返る。


すると、開いたドアから名雪が顔を覗かせていた。


「なんだ、ノックぐらいしろ」
「したけど、ぜんぜん返事ないから」
「え? そうだったのか。 ぜんぜん気が付かなかった」


無我夢中になっていたらしい。


「で、何か用か」
「何って・・・下までギシギシ聞こえてくるから、何事かと思って」
「あ、そりゃ悪かったな」


確かに、木造家屋の2階でやるものではなかった。


「それで、どうしたの。 いきなりそんなこと始めて」
「決戦だよ」
「なにと?」
「魔物と」
「・・・まだ勝てないでいたの? それで、武器を持ち出すなんて卑怯だよ。 相手は素手なんだよね?」
素手かもしれないけど、相手は魔物だぞ、魔物っ。 俺の身のほうを案じろよっ」
「あのね、相手に大怪我させたら、大変なことになるんだよ。 わかってる?」
「じゃあ、また負けてこいって言うのかよ」
「そう。 負けてきたらいいんだよ、ボコボコに。 そうしたら、わたしが診てあげるから」
「バカ言うな。 そんときは生きてないよ」
「まったく・・・祐一は向こう見ずなんだから。 男の子ってのは、そうやって友情を作るんだろうから、なんにも言わないけど・・・早く終わらせるんだよ」


最後にそう言って、名雪はドアを閉めた。


「・・・・・・」


まったく他人事だと思って呑気な奴だ。


(あんな化け物とわかり合える日なんてくるわけないだろ)


俺は力強く木刀を握り直すと、素振りを再開させた。


・・・・・・。

 

・・・。

 

そして夜。

昼間の訓練だけでどうにかなるとは思ってないが、少なくとも何もしないよりはマシだ。

普段使わない筋肉を酷使したため身体は痛かったが、夕食後に休んだお陰で、多少の体力は戻っていた。

重い体に鞭を打って、ベッドから起きあがる。

そして、防寒着に着込むと、今夜から命運を共にする得物を手に、部屋を後にした。


・・・。

 

昨日までとは少し違う。

ただ夜食を持ってきて一緒にいるだけではなく、共に戦うと決めたから。

不気味に浮かぶ校舎を見上げ、俺は中に入っていった。


・・・。


廊下の先に、同志を見つけると、俺は駆け足で寄ってゆく。


「さて、今日からは本気だからな。 夜食もい、手軽に済ませてしまおう」


そして互いの表情がわかる距離で立ち止まると、俺は携帯栄養食をその顔、目掛けて投げつける。


パシッ


相手はそれを片手で受け取ると、器用に口を使って封を開けてみせ、ビスケット状のそれを口に放り込んだ。

 

・・・。

 

「・・・おいしくない」
「文句を言うな。 今日からは俺だって命がけなんだからな、今までみたく呑気に食ってられないんだよ」

 

俺も同じ携帯食を頬張る。

来るまでに食ってればいいものだが、付き合ってやるところは俺なりの愛嬌である。


「・・・それはなに」


携帯食を片づけてしまうと、俺の手にしていたものに舞は目を移していた。


「見てわからないのか。 木刀だよ」
「・・・何に使うの」
「決まってるだろ。 これで魔物と戦うんだよ。 こんな長い棒で鼻でもほじると思ったか」
「・・・戦うの」
「戦うよ。 おまえに助けられたばかりじゃいられないからな」
「・・・囮だけでよかったのに」
「わかってる」
「おまえはそう言うと思ってたけど、見てるだけなんて俺にはできないんだ。 囮だけやって、女に戦わせるなんて、猿に回される猿つかいみたいなもんだからな」
「・・・お猿さん?」
「いや、お猿さんは関係ない」


例えが悪かったみたいだ。


「とにかく戦わせてくれ。 男としてな」
「・・・・・・」


考えているのだろうか。

舞は黙ってしまった。


「で、作戦だけど・・・囮になるって、どうすればいいんだ」


都合良く、うやむやにしてしまおうと、俺は先手を打って切り出した。

 

「・・・なにもしないでいい。 邪魔さえしなければ」


結局舞は、俺に戦うな、と言いたいのだ。


「・・・わかったよ」


観念して俺も相づちを打つ。


「でも、護身用に持ってるぐらいはいいよな」
「・・・・・・」


舞が返事をせず、代わりに剣をゆらりと構えた。

前触れもなく、俺たちは戦いの場に身を置いていたのだ。


「もういい、後は任せて」


タッ・・・


舞はそう言って駆けていった。


キィン!


舞の刃が空中で返される。

それにもひるまず、二度、三度と、方向を変えて打ち込む。


ギィン!


そのひとつが別な鈍い音をたてた。

そこが急所だと見据えたように舞が剣を振りかぶる。

だが、力んだためか、わずかに大振りとなった。

その隙を、奴は待っていた。


キィンッ!


振り下ろされる直前、その刃が振動にぶれた。

そして生き物のごとく、舞の手から離れて、床で跳ねた。


「・・・・・・」
「舞、下がれっ!」


俺は駆けた。

そして、舞が剣を拾うまでの隙を作るために魔物へと斬りかかる。

得物は頼りない木刀だったが、それでも時間稼ぎにはなるだろう。

先ほどの舞の攻撃のように、間髪いれず続けざまに攻撃してやれば、相手も様子を見ることはわかっている。

素早さで勝負だ。


一刀する。


ゴゥンッ!


「あれ・・・」

奴はそこにいなかった。

ただ、無意味に床を打ち付けただけだった。

これでは続けざまの攻撃どころではない。

俺は思考が働かなくなり、呆然と立ちつくした。


「跳んで・・・!」


舞の声。

俺はその声に背中を突かれるようにして、跳んだか倒れたかよくわからないような格好で、前方へ身を伏せた。


シュッ!


耳元で寒気がするほどにするどい摩擦の音がした。

続けざまに、たっ、と床を駆ける足音。

目をそのほうへ向けると、舞が床に落ちていた剣を走りざまに片手ですくい上げていた。

そしてそのまま、低い位置から天井へ向けて、はすがけに刃を薙いだ。


ガゥシュッ!

 

空気が、両断されていた。


「・・・・・・」

そして、『奴』の気が霧散していた。

舞が刃をゆっくりと下ろす。


「・・・やったのか?」


こくり、と舞が頷く。


「やったな」
「俺も囮を立派に果たせたってもんだな」
「・・・・・・」


舞は判然としない表情で、床に尻をついたままの俺を見下ろした。


「・・・手負いだったの」
「え?」
「・・・だから、祐一は無事でいられた」


そこまで聞いて、俺は息をのむ。

今、倒した魔物は、以前に舞が手負いとしていた者なのだ。

だから予想以上に反応速度も遅く、舞の声を聞いてからだえさえ、俺は奴の攻撃を避けられた。

はなから舞だって、それを知っていて、落とした剣さえも拾い直せる自信があったのかもしれない。

もし、今の魔物が五体満足であったとしたら、無謀に切り込んでいた俺は・・・


「・・・・・・」


そのことを俺に教えたかっただけなのだろう。


「・・・残り四体」


舞の目は、すでに先を見据えていた。


・・・・・・。

 

・・・。

 


1月25日 月曜日

 

珍しく目覚ましがなる前に起きた。

制服に着替え、簡単に朝食を済ませる。

ひとつ伸びをして、俺は家を後にした。

今日も1日が始まる。

 

・・・。

 

無風。

澄み切った景色に太陽の日差しが降り注ぐ。

きんと張った空気が寝起きのまだ眠ったような肌には心地よい。

恥ずかしいほどに清々しいという形容がしっくりくる朝だった。

そして前方には、恥ずかしいほどに俺が待ち望んでいた光景。


「おはよぅ、おふたりさんっ」


とんっ、とその見知った背中をふたつ同時に叩く。


「あ、祐一さん。 おはようございますーっ」


先に振り返った佐祐理さんが、にこやかに挨拶。

続いて・・・

 

「・・・・・・」


重々しく振り返った舞が・・・


「・・・・・・・・・おはよう」
「もっとサッパリ言えんのか、おまえはっ!」


「あははーっ、照れてるんですよ、舞は。 ねぇ?」
「・・・・・・」


「照れてる? 舞が?」

 

「・・・照れてなんかない」
「あれ? そだっけ? 何度も振り返りながら、歩いていたのに?」


ぽかっ。


舞の朝一番のチョップが、佐祐理さんにヒットしていた。

「あははーっ。 さっきも足音が聞こえて、振り返ったら、ぜんぜん知らないおじさんだったらしくて・・・。『・・・ぜんぜん知らないおじさんだった』って、呟くんですよ、隣で。 面白いですよねぇ?」


確かにその様を思い浮かべてみると、面白かった。

俺も佐祐理さんにつられて笑う。


「・・・・・・」


逆にからかわれた舞は居心地が悪くなったのか、早足で先を歩いていった。


「ほら、照れてる照れてる」


佐祐理さんは俺に向けてほくそ笑んだ後・・・


「待ってよ、舞ーっ」


その後を追っかけて、走っていった。

あくびが出るほど平和な朝。

ずっと、こんな穏やかな日常が続いていたらいいのに、と俺は思う。

しかし場が転じれば、俺と舞は日常からかけ離れた戦いに身を置くことになる。

そのことを考えると、何時も気が許せないでいた。


「・・・・・・」

 

姿を変える前の校舎を、塀の向こうに見る。

でも、今ぐらいはいいだろう。

その校舎と同じように、今の俺たちは普通の学生だった。


・・・。

 

「それではーっ」
「おうっ。 また、お昼になっ」


「・・・・・・」


・・・。


さすがに教室は温かい。

人が大勢いるから当然だな。

温かいとどうなるか?

眠くなるのが必然ってものだろう。

眠って過ごすことにした。


・・・。

 

「ぐぁーっ」


1時間目がようやく終わって、伸びをする。

反らせた体を元に戻すと目の前に名雪がいた。


「はい」
「ん? なんだ、これ」


紙袋を手に、俺へ差し出していた。


「ほら、言ってたでしょ」
「なにを」
「女の子を可愛く見せる方法」
「あ、そうだったな・・・」


今更どうでもよかった。

俺が舞にしてあげられることは、もっと別な形であると気づいたからだ。

というか、今になって考えてみると、そんなことに奔走していた俺は馬鹿にしか思えない。


「これね、学祭の出し物で使ってたものなの。 それ、貰ってきちゃった」
「そっか、はいはい」
「・・・なんだか、ぜんぜん嬉しそうに見えないんだけど」
「嬉しいよ。 ヤッホーゥッ!」
「・・・・・・ま、いいか。 はい。 苦労して探してきたんだから、活用してよね」


紙袋を俺の机に置くと、名雪は自分の席に戻っていった。


「なんだろ・・・」


一応、俺はその紙袋の中身を確かめてみる。


「・・・・・・」


(何を考えてるんだ、あいつは・・・)


髪飾りのようなそれを見て、俺は名雪のセンスを疑わずにはいられない。

確かにこれを付ければ、ゴリラには見えないだろうが。

名雪に見つからないように、机の奥底に突っ込んでおくことにした。


・・・。


昼休みになるといつものように、パンを買い込んで屋上に続く踊り場へと向かう。

だがそこにはいつもと違った光景が待っていた。


「・・・・・・」
「よぉ」
「・・・・・・」


いつものビニールシートの上には舞がひとり、ちょこんと座っているだけだった。


「あれ? 佐祐理さんは?」
「・・・早退」
「え? 具合でも悪くなったのか?」
「・・・風邪気味だったみたい」
「あ、そうだったのか」


確かに思い出してみると、今朝の佐祐理さんは、ちょっと熱っぽい顔をしていたかもしれない。


「大事に至らないといいけどな」
「・・・大丈夫だと思う」
「そっか」
「・・・・・・」
「で、おまえ、何してんの」
「・・・・・・」
「佐祐理さんが早退したんなら、そんなとこにシート敷いて座っていても、飯は来ないだろ」
「・・・・・・・・・そうだった」


言って、立ち上がり、シートを仕舞い始める。


「おまえはアホか」
「・・・・・・」
「・・・だけど、祐一が来るから待っていた」


ぱんぱん、とシートの埃を手で払いながら、ぽつりと呟く。


「待て。 俺のパンをふたりで分ける気か?」
「・・・私は構わない」
「おまえって、時に大胆だよな」
「・・・?」


さて・・・すると昼はどうしよう。

「よーし、片づけが終わったら学食にいくぞ」
「・・・学食?」
「おまえは学食を知らないのか」
「・・・ご飯を食べるところ」
「わかってるじゃないか」


舞が畳んだシートを踊り場の片隅に片づけるのを待って、俺はその手を引いた。


「こい。 今日は学食で昼食だ。 金あるだろ?」


返事も待たず、俺は階段を降りはじめる。


・・・。

 

しかし・・・


強引に舞を引っ張ってきたのはいいが、よくよく考えてみると、公衆の面前で舞とふたりきりになるのはこれが初めてだった。

ふたりきりになるときは、夜か、あるいはこの季節、人気のない中庭だ。

 

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しかも舞はこういう人が混み合う場には決して踏み込まないタイプの人間である。

その舞の登場、というだけでも物珍しがるに充分であるのに、俺という男つき・・・


「・・・・・・」


ま・・・関係ないか。


「よし、あそこ空いてるな。 いくぞ舞」


俺たちは人混みをかき分け、進んでゆく。


「お、倉田は身を引いて、晴れて堂々恋人同士か」

「・・・え?」


すれ違いざま、誰かの揶揄する声。


(なにっ・・・まさか・・・周りから見れば、俺たちってそう見えるのだろうか?)


俺は唐突に居心地の悪さを感じた。

さっきの一言で、学食に会す生徒たちが皆、俺たちの関係を揶揄し合う、無粋な連中に見えてきた。

それは大げさだとしても、いつも三人でいる俺たちを見ていれば、それはそう突拍子もない想像ではないのかもしれない。

(うーむ・・・出るか)


そんな風聞が蔓延すれば、佐祐理さんにも迷惑かけてしまいかねない。

舞を連れて、早々に退散することにした。


「おい、舞、悪いが予定変更。 おまえもパン買って出ようぜ・・・って速攻で何注文してんだーッ!」


すでに舞の手には湯気をあげる丼をのせたトレイがあった。


「・・・牛丼」
「はぁ・・・これでここで食うしかなくなったな・・・」


まさか丼持たせて、最上階まで赴くわけにはいかないだろう。


「祐一は注文しないの、牛丼」
「ああ、パンがあるからな。 それに勝手に牛丼に限定するな」
「あそこ、空いてる」


今度は舞が俺の腕を引いて、人混みの間を縫って歩き始めた。


「待てっ、そんなに急いだらおまえ、牛丼がっ・・・」

 

がんっ!


舞を追おうとすると、行き違う生徒の肘打ちを顎に喰らう。

人の流れに逆らおうとしているのだから、それは当然である。

荒波に揉まれるようにして、ようやく舞の元に辿りつく。


「・・・・・・」


だが不思議なことに、舞のトレイにのる牛丼は無事であった。


「つーか、おまえ曲芸師になれ」


今思えば、べつに屋上だろうがどこでも平気で持って行けたに違いない。


「・・・?」


ようやく学食の片隅の席に腰落ち着けることが叶う。

もぐもぐと舞が隣で食べているのを横目に俺も自分のパンを頬張り始める。


「しかし、おまえ、意外に要領得てるよな・・・」
「・・・一年のときはよく来てたから」
「へぇ、そうなのか・・・」


転校してきたばかりの俺以上に学食について舞が詳しいのは当然といえば当然だった。

だが、舞の今の習慣から考えて、学食通いしていた過去があるという事実も意外だった。

俺はそこではたと思いつく。 つまりそれは・・・


「佐祐理さんとまだ知り合ってなかった頃だな」
「・・・・・・」


もぐもぐ口を動かしながら、無言で舞が頷く。

俺は少し想像してみる。

舞と佐祐理さんの馴れ初めの頃を。

とても違和感がある。

ふたりがまだ他人だった頃なんて。


「この間みたく・・・犬さんを大人しくさせたときだった・・・」


一年の頃から舞は、先日のような事を起こしているのか・・・。

それはさぞ鮮烈に皆の記憶に残ったことだろう。


「で? おまえ、そんとき食わせるものあったのか?」
「・・・・・・」


舞は黙って箸を持つ拳を目の高さまで上げた。


「手・・・?」


こくり、と頷く。


「はぁ・・・馬鹿か、おまえは・・・」


だが、そんな無謀な行為だって今では想像に易い。

ガシガシとかぶりついてくるその牙に、己の拳を押しつけていたに違いない。

そこへ取り巻く観衆のひとりだった佐祐理さんが現れる、という展開か。

 

「あの、手じゃなくて・・・良かったら佐祐理のお弁当、食べさせてあげて・・・」
「・・・?」

 

きっとその姿だけで、佐祐理さんは舞の優しさを見抜き、そしてそばに居ることを求めたのだろう。


先日の一件・・・

舞が野犬を倒した後、すぐ佐祐理さんが弁当を取り出して駆けつけたのも、ずっとそこから始まっている友情の繰り返しだった。

そして拳からだらだらと血を垂れ流したまま舞は、佐祐理さんにこう言ったのだろう。


「代わりにお昼、奢るから」
「おまえ、佐祐理さんとふたりで初めて食べたのが、ここの牛丼だったろ」
「・・・・・・」


こくり。


「そんときも勝手に、佐祐理さんの分も牛丼にしただろ」


こくり。


「なんだか、よくわかった気がするよ」
「・・・・・・」


もぐもぐ・・・。


もし・・・

もし、その時から俺はふたりと知り合いになれていたなら、どれだけ楽しい学園生活となっただろう。

そのことを考えると、少しだけ悔しい思いがした。

こんなにいい奴らが、俺の知らないうちに知り合って、共に二年以上の月日を過ごしていた事実に、嫉妬した。

俺は衝動的にがたん、と立ち上がる。

 

「・・・どこいくの」
「牛丼、俺も食う」
「・・・だから言ったのに」


舞の言うところと、俺の思うところは違う。

もし、そのとき舞と佐祐理さんが、ニラレバ丼を食っていたなら、俺はニラレバ丼を食いたくなっていたのだ。


・・・。

 

退屈な授業だが・・・少しは真面目に受けるか。

あと少しで今日の授業も終わりだし。

ノートを取っていると、シャーペンの芯が切れた。

筆箱を探ると・・・、案の定無かった。

仕方ない。

北川から貰うことにしよう。


「・・・おい、シャーペンの芯無いか?」
「・・・あるぞ」
「・・・めぐんでくれないか?」
「・・・三べんまわってワンと言ったらやる」
「いらない・・・」


結局ノートは完全には取れなかった。

何やってんだか・・・。


・・・。


放課後になると、焦燥感も手伝って、俺はひとり中庭にいた。

ひとりきりの部活動だ。


びゅっ・・・びゅっ・・・


ただ無心に木刀を振り続ける。

それだけの、たわいもない部活動だった。


びゅっ・・・びゅっ・・・


こうやって、時間を見つけて剣を振って・・・

そしていつ俺は、強くなれるのだろうか。

実践は今日にだって行われるんだ。

時間がなさすぎる。

そんなの付け焼き刃にもならない。

ただ、焦るばかりだった。


びゅっ・・・びゅっ・・・


「また野犬ぐらいでてくれないかな・・・。 なら、実践の感覚くらいは掴めるだろうに・・・」


びゅっ・・・びゅっ・・・


「・・・・・・」

 

ひゅんっ・・・


風を切る音。

俺の振る木刀ではない。


「・・・えっ?」


がんっっ!!


顔面に何かがぶつかり、衝撃で、俺は後ろに尻餅をつく。


「イツツ・・・なんだぁっ!?」


見ると、すぐ隣に鉄製のバケツが転がっていた。

 

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「・・・正面からの攻撃もかわせないの」


見上げると舞がそこに立っていた。


「舞っ・・・」
「すると・・・上からの攻撃なんてもってのほか」
「えっ・・・?」


がんっっっ!!


頭に衝撃。

バケツの隣に巨大なタライがごろりと転がった。


「危ない」
「遅すぎるっ!」
「当たったの見ただろ、今っ! がんっ!って! 一瞬視界がブラックアウトしたぞ・・・イツツっ・・・」
「先のがかわせなかったら、タライは投げなかったのだけど、一緒に投げてしまったから・・・」
「くーっ・・・器用なことするな、おまえ・・・」
「・・・・・・」


舞はそばまで歩いてくると、転がっていたバケツとタライを拾い上げ、帰ってゆこうとする。


「おいおい、待て」
「・・・なに」


バケツとタライを両脇に抱えたまま振り返る。


「なにしにきたんだ、おまえは」
「・・・・・・」
「んなもの、抱えて歩き回ったりして」
「・・・さぁ」
「さぁ、じゃないだろ。 人にぶつけておいて・・・」
「・・・・・・犬さん」


言って、バケツとタライを胸の前に抱える。


「え?」
「わん」
「・・・・・・」


俺が目を点にして呆然となっている隙に、舞は校舎へと戻ってしまった。


「・・・・・・あ、そういうことか」


ぽんっ、と俺はひとりで手を打つ。


「俺が野犬ぐらい出てくれねーかな、って言ったから、あいつはその代わりに・・・。 でも、言ってから間がなかったぞ・・・」


舞のとる行動は相変わらず理解しがたい。

考えるのはよして、俺は再び素振りを始めた。


・・・。

 

暮れるのが早い冬の空は、もう真っ暗になっていた。

素振りのしすぎで、腕が悲鳴を上げかけている。

下校時間を知らせるチャイムが鳴り、俺は家へと戻る。


・・・。

 

夕食を済ませた後、自分の部屋で体を休める。

いつもの時間になると、家を後にした。


・・・。


「よぅ」

 

今夜も、俺の手には木刀がある。


「・・・・・・」


もうそれを見ても、舞は何も言わない。

ふたりして、味気ない携帯食で食事をとった後、背中合わせに立つ。

夕べはたまたますぐにも現れてくれたが、本来こうした忍耐勝負だ。

いつ現れるかわからない奴らをじっと待ち続ける。


「・・・・・・」
「・・・・・・」
「なぁ、舞・・・」
「・・・・・・なに」
「・・・しりとりでもしようか」
「・・・・・・祐一から」


冗談で言ったつもりなのに、そう舞が促した。

もしかしたら、しりとりに関しては自信があるのかもしれない。


「しりとりの『り』からいくな、りんご」
「・・・ゴリラさん」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・終わったな」
「・・・・・・」


心なしか、風が吹き込んできているような気がした。
ただ、舞の一言が寒かったからだけだろうか。


「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・もういっかい」


舞が再戦を求めてきた。


「じゃ、りす」
「・・・酢こんぶ」
「ぶた」
「・・・鯛」
「いびき」
「きりんさん」
「・・・・・・」
「・・・きりん」
「言い直しても、『ん』が付いてるっ!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」


心なしか、風が吹き込んできているような気がした。

ただ、舞の一言が寒かったからだけだろうか。

 

「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・もういい」
「ああ、俺ももうやりたいとは思わないよ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」


ぴしっ。

 

その気配は俺にもわかった。


「・・・きたか」
「・・・・・・」


俺を押しのけて、舞がそれに向かって立つ。

今度こそ本物の風が吹く。

それは奴の発する気だ。

夕べのように、安易な行動をとっていては、今度こそどうなるかわからない。

俺は木刀を固く握ると、数歩後ずさった。


それとは逆に、舞が駆けていった。

だが、俺は背後に同じような気の存在を感じ、青ざめる。

いつの間に移動していたんだ・・・?

違う。

目の前では、舞がいまだ敵と相対しているではないか。

ということは・・・


「知らなかったよ。 同時に現れることもあるんだな・・・」
「私も知らなかった」


その事態に気づいて、舞も足を止めていた。

奴らは、二体、その場に存在していたのだ。

もとより複数体いて、今までそうしてこなかったのが、不思議なぐらいだった。

一体欠けてしまったことで、向こうもい本気になったのだろうか。

それとも武器を帯びる人間がふたりになったためか。
どちらにしろ、今のような状況でこれからは戦い続けなければならないということだ。

俺と舞は再び、身を寄せていた。


「・・・祐一、逃げて」
「馬鹿なこと言うな。 それにこんな挟み撃ちの状況から逃げられるものか」
「・・・戦うの」
「戦うさ」
「・・・・・・3・・・2・・・1・・・」


舞がカウントダウンを開始していた。


「・・・0!」


その合図で、双方相対した敵へと斬りかかる。


ガギッ!


手応えがあった。

でも、それは人を気絶させる程度の威力でしかない。

こんなものでこいつらが倒せるわけない。

ガギッ!・・・ガギッ!


連続して、叩きつけた。


・・・シュッ!


その三打目が手応えなく、空を裂いた。


(移動した・・・!)


右かっ!


木刀の先をそのほうへ向けた。


ぐんっ!


その先に圧倒的な衝撃を受け、俺はそのまま壁へと押しつけられる。

木刀の柄が、壁につっかえたところで止まった。


「・・・!」


木刀が動かない。

奴により、壁に対して垂直に圧力を加えられていて、押さえ込まれていた。


・・・くるっ!


ごぐっ!


胸を強打され、胃液が逆流して、口から迸(ほとばし)った。

・・・にがい。

俺は武器を捨て、床に転がった。

もはや抵抗する力もだせない。

卑屈に床を這って、ただその場から遠ざかろうとするだけだ。


シュッ・・・


それを嘲るように、気が、向かう先へと移動した。


「・・・・・・」

何もできず、俺はただ体を強張らせていた。

そして奴が動くよりも早く、俺の背中にとん、と触れる手があった。


「・・・よく持ちこたえた」


耳元で声。


直後・・・


ズグゥゥゥゥゥゥンッ!


舞により、目の前の陰鬱な気配が打ち抜かれていた。

達磨落としのように、いきなり中庭を抜かれ、空気がバランスを崩していた。

さらにステップを踏む舞。


シュッ!


しかしそれは空振りに終わっていた。

俺は胃液の混じった唾を吐き捨て、その場で深く息をつく。

助かったのだ。


「・・・大丈夫」
「ああ、骨は折れてないようだ・・・なんとか動ける」
「・・・そう」
「で、結果は」
「・・・二体を手負いとできた」
「そうか。 そりゃ大漁だな・・・」


実際、舞の手腕からしてみれば、相手が多いほど
一度に住んで、好都合なのかもしれない。

しかし、俺としてみれば、次が保つかどうかも怪しいものだった。


・・・。


1月26日 火曜日


いつものように布団から起き出し、伸びをする。

ふと時計に目線を送り、俺は驚く。

うわ、もうこんな時間じゃないか。

急いで着替えと朝食を済ませて、家を後にした。


・・・。


今朝は、家を出るのが少し遅かったためだろう。

しばらく走って、そしてようやく遠くに舞と佐祐理さんの後ろ姿を見つけるに至る。

昨日は早退した佐祐理さんも、ここから見る限りは元気な様子だった。


「ん・・・」


舞が振り返り、そして俺と目が合った。

すぐ、ぷいと前を向いたが、今度は入れ替わり佐祐理さんが振り向いて、俺の姿を確認した。

笑いながら、手を振り、歩く速度を落とした。

何を言い合っているのかはわからなかったが、佐祐理さんが肘で舞の脇を小突いていた。

ようやくそのふたりに早足で追いつく。


「祐一さん、おはようございます」


今朝の挨拶は、佐祐理さんからだった。


「おはよぅ、おふたりさん」

「・・・・・・おはよう、祐一」


俺が言って、そして舞が続いた。

歩く速度が元に戻る。


「もう、調子はいいの、佐祐理さん」
「ええ。 ご心配おかけしましたが、おかげさまで佐祐理は元気ですよ」
「それはなにより。 安心したよ」
「昨日はお昼、一緒にとれなくて残念でしたけど。 でもお弁当、置いていきましたから、ふたりで仲良くとってくれたんですよね」
「え?」
「ふぇ? ふたりで食べなかったんですか?」
「いや、ふたりでは食べたけど・・・」
「あははーっ、ですよねぇ」
「でも、佐祐理さんの弁当は食べてない」
「?」
「ということは・・・」


俺と佐祐理さんの目が同時に、無言の舞に向く。


「・・・・・・犬さんにあげた」
「かぁっ・・・言えよ、おまえっ」


「あははーっ、また犬さん降りてきてたんだぁ」


俺と佐祐理さんの反応は対照的である。

俺は弁当がなかった理由を黙っていたことに呆れていたが、佐祐理さんは舞と犬のツーショットを頭に思い描いて微笑ましく頬を綻ばしていた。


「・・・中庭でくんくん鳴いていたから」
「そう、佐祐理も居たかったなぁ」


しかしこの場合は、俺のほうが自然な反応だと思う。

自分で作ってきた弁当を犬に与えられていたにも関わらず、それを聞いて本人は楽しそうに笑っているのだ。

その光景は、第三者から見れば異様なものとして映ったことだろう。

でも、その真意がわかる俺は、もうふたりの友達なんだな、ということを実感する。

まだまだそれで一緒に笑う、とまではいかないにしても。


・・・。

 

「それではーっ」

「おうっ」

「・・・・・・」

 

・・・。


ようやく授業にも慣れてきたかな。

授業態度に厳しい先生と、そうでもない先生の判断がついてきたのが大きい。

というわけで、この時間はぼーっとさせてもらおう。

ぼーっ・・・。


・・・。

 

「・・・というわけで、ここの解釈はテストに出します。 必ず覚えて下さい」


・・・やべ、聞いちゃいねえ。

後で名雪に写させてもらうか・・・。


・・・。

 

「規律、礼っ」


午前の授業が全て終わる。

俺は、礼が終わるか終わらないかのタイミングで、教室から飛び出た。

ダッシュで学食へと向かうためだ。


・・・。

 

学食は戦争状態だ。

悠長に選んでる暇なんか無い。

選ぶ間も惜しんで昼飯を調達すると、折り返し最上階へと向かう。


・・・。

 

「だぁーっ」


一気にのぼり詰めた踊り場で、荒くなった息を落ち着ける。


「どうしたんですか、そんなに慌てて」
「運動不足だったんでな。 ちょっと鍛えてみた」
「あははーっ、お昼の前にしなくてもいいじゃないですかぁ」
「いや、これで腹も空いて、佐祐理さんの弁当もたくさん食べられる」

俺はいつもの位置に腰を落ち着かせる。

「では、どうぞーっ。 たくさん食べてくださいね。 舞もね」


いつもとは違う色の弁当箱が並べられていた。

おそらくいつもの弁当箱は、舞が受け取ったまま、佐祐理さんに返していなかったためだろう。

でも豪華な中身はいつも通りだった。


「うーむ、やっぱり学食なんかのメニューより佐祐理さんの弁当だよな」


おかずのひとつを摘んで、食べる。


「そうですか? ありがとうございます。 でも、学食のメニューだって、美味しいですよ。 佐祐理は好きです」
「牛丼とか?」
「そう。 牛丼とかです」


実際はそんなに美味しいものではないと思ったが、思い出と共にその味は脚色されているのだろう。


「昨日は、学食で食べたんですよね? なんだか抜け駆けされたみたいで悔しいです」
「じゃ・・・」


今度は三人でいくか、と言いかけて俺は口ごもった。

佐祐理さんの傍若無人ぶりが、あの混雑した学食で発揮されるとなると、それは身の毛もよだつ事態である。

以前、俺のクラスまで迎えにきてもらったときの件もある。

間違いなく、俺は居心地の悪さに逃げ出したくなることだろう。


「じゃ・・・舞に牛丼をここまで運ばせてこよう」


だから、そんなことを口走ってしまっていた。


「・・・わかった」


舞が不意に立ち上がる。


「うわっ! 今からじゃなくていいし、真に受けなくてもいいっ!」


今から本当に、牛丼三つを運んでこようとしているのだ。

俺の制止の声も聞かず、すたーんすたーん!と三段とばしぐらいの勢いで、舞は階段を降りていった。


「いってしまった・・・」

 

・・・。

 

「・・・・・・」

「あははーっ」

「どうするんだ、これ・・・」


かくして昼食の場には、佐祐理さんの弁当と俺のパンと、学食の牛丼という豪勢なラインナップが並ぶことになる。


「これだけの量が、食えるんだろうか・・・」


まるで大食い大会でも始めようかという様相である。


「よーい、どんっ!」
「・・・・・・」


シャレにもならない。


「・・・・・・」

舞が俺に向けて、手を差し出していた。


「どうした、何が欲しいんだ。 牛丼か」
「・・・お金」


確かに。

俺と佐祐理さんは、立て替えてもらった分のお金を舞に支払う。

これで、丼ひとつがひとりに割り当てられてしまったことになる。


「じゃ、いただきましょうか」


佐祐理さんの片手には牛丼。

目の前にはお弁当のご飯。

牛丼をおかずに、ご飯を食べようというのだろうか。

舞はすでにがつがつと牛丼を食べていた。


「・・・・・・」

そんなふたりの姿を見るだけで、胸焼けしそうになる。

だが俺も気を取り直して、牛丼をおかずにパンを食べ始めた。


・・・。

 

「うぇっ・・・」


やはり牛丼とパンの食い合わせは悪かったようである。

午後からは、ずっと自分の机でへばっていた。


・・・。


「祐一、帰るところ?」


放課後、鞄を持って立ち上がったところへ、名雪が寄ってきた。


「ん? いや、まだ帰らないけど」
「なんだ。 お買い物、付き合ってもらおうと思ったのに」
「そんなの、女友達に頼めよなぁ」
「女友達には頼めない、力仕事もあるんだよ」
「荷物持ちか?」
「悪いけど勘弁してくれ。 時間が惜しいんだ」
「ふぅん。 なにしてるの?」
「部活だよ、部活」
「入ってたっけ?」
「ああ。 部員は俺ひとりだけどな」
「なんていう部?」
「さぁ・・・なんていうんだろう」
「呆れた。 名前すらないなんて。 そんなんじゃ、先生も顧問にはついてくれないよ」
「いや・・・顧問はすでに居る気がするな」
「・・・?」
「わけわかんない顧問だけどな」
「よくわかんないけど、部活動に精を出してるなら、心配ないね。 じゃ、お先に」
「おぅ、また明日な」
「家で嫌でも会うよ~」


言いながらも笑って、名雪は教室から出ていった。

あいつはあれでも、俺のことを心配しているのかもしれない。

・・・最近は俺の奇行も目立つようになってきたからな。

俺も続いて、教室を後にした。


・・・。

 

びゅっ・・・びゅっ・・・


相変わらずひとりでは素振りしかできなかったけど、やらないよりはマシだろう。


びゅっ・・・びゅっ・・・


「・・・・・・」


また舞の奴・・・どこかで様子を窺ってたりして・・・。


「はぁ、猪ぐらい出てくれねーかなぁ・・・いい実践訓練になるのに」


びゅっ・・・びゅっ・・・


「・・・・・・」


今日はいないか・・・。


・・・ひゅんっ


いや、空気を切る音!


・・・正面!


俺は一歩踏みだし、木刀を垂直に振り下ろした。


びゅっ・・・


ガツンッ!


よっし、手応え!


直後・・・


ボオウウゥゥゥンッッ!!


大爆発。


「へっ!?」


視界が真っ白になる。


「わーーーっ、なんだなんだァッ!!」


俺は驚きのあまり、その場で尻餅をつく。

白い煙が風にさらわれてゆくと、その向こうに舞の姿が現れた。


「消化器」
「そりゃ爆発するわぃっ! しかも学校のだろっ!
「落ちてた」
「どこに」
「・・・廊下に」
「そりゃ備えつけてあったんだよっ!」
「・・・・・・そうだったのかもしれない」
「今気づくことかっ! 持ってくる前に気づけっ! はぁ・・・」


まったく呆れた奴である・・・。

ふたりの眼下には、残骸となった鉄の塊が転がるのみだ。


「・・・・・・」


視線を舞に戻すと、責任転嫁でもするように白い目で俺を見ていた。


「って、俺かっ!?」
「・・・祐一が爆発させた」
「させなかったら俺が無事じゃなかったぞっ!」
「よければよかった」
「そりゃそうだろうけど、俺は剣の練習してたんだぞ? んなところにモノが飛んできたら斬るに決まってるだろが」
「なら尚更」
「え?」
「・・・・・・」


舞は消化器の残骸を拾い上げ、抱きかかえる。


「・・・・・・猪さん」
「・・・・・・」
「もー・・・」
「そりゃ牛だろ」
「・・・・・・」


背中を向け、校舎へと戻っていった。


「よくわかんないよな、これだけ一緒に居ても・・・」


それからしばらく集中して素振りに没頭した後、木刀を隠し、中庭から退散する。


・・・。


部活動を終えて帰宅する生徒に混じって、廊下を昇降口に向かって歩く。

その流れに逆行して、とてとてと駆けてくるひとりの女生徒がいた。


「あ、祐一さんだーっ」


俺の顔を見て、立ち止まって驚いてみせるその女生徒は、佐祐理さんだった。


「おう、祐一さんだぞ。 どうした?」
「舞、知りません?」
「舞なら、ちょっと前に別れたばかりだけど」
「や、やっぱり」
「やっぱりって?」
「最近、放課後になるとタライやバケツや消化器を持って歩いている女の子がいるって噂だったから・・・舞かな?って」


正解。

だがここは、隠しておいたほうがよさそうだった。

剣の訓練に佐祐理さんが介入してしまうと、そのまま夜の校舎にまで顔を出すことになりそうだ。

無関係な佐祐理さんまで危険にさらすわけにはいかない。


「さぁ・・・それは舞かどうかは知らないけど・・・」
「そんなヘンなことするの、舞しかいませんよっ」


そう言われると、俺もそれは否定できない。


「じゃ、また探してきますねーっ」


佐祐理さんは慌ただしく駆けていった。


「しかし・・・あいつ、堂々と消化器持って歩いてるんだな・・・」

その姿はあまりにも、不自然すぎる。

また舞に対する新たな風聞がたってしまったことに、俺は呆れる他なかった。


・・・。


久しぶりに商店街に寄って帰ることにする。

ここのところは、訓練に根を詰めすぎている。

息抜きもたまには必要だ。


・・・・・・。

 

・・・。


もう日が完全に落ちてから家に着く。

わずか数時間だが、家ですることは落ち着くこと。

これからの戦いに備え、少しでも力を溜めておくのだ。

ゆっくりと夕食を取り、リビングでくつろいだ。

TVの内容など、頭に入ってない。

時計がいつもの時刻を指した。


・・・。


俺は黙って部屋に戻り、得物を手にすると、学校へと足を向けた。


・・・。


俺が戦闘に混じるようになって、三日目の夜。

その間に、一体を仕留め、二体を手負いにしていた。

戦果は上場である。


「携帯食だけじゃないんだからな。 今日は食後のフルーツ、バナナを買ってきてやったぞ。 バナナ、嫌いか?」
「・・・嫌いじゃない」
「そうか。 バナナは栄養の宝庫だからな。 力がつくぞ」


俺はそれを房からひとつ引きちぎってから、ふと、余計なことを思いつく。

よく、漫画でみられる光景だ。


「おい、舞。 これを空中で斬ってみせてくれないか。 そして、手のひらで受け取ると、食べごろサイズに寸断されているって感じで」

こくん、と舞が頷き、剣を構えた。

舞はやる気だ。


「いくぞっ」

俺はそのバナナを舞の目の前の空へ向けて放った。

舞がそれへ向け、踏み込む。

刃が煌めいた。


ズバッ!

一刀目が、しなやかにバナナにヒットすると、それはそのまま床に打ちつけられ・・・


べちゃっ。


潰れた。


「・・・・・・祐一、食べ物を粗末にするな」
「おまえだろっ!!」
「・・・祐一が、言い出した」
「おまえの剣がそんなに切れないなんて思わなかったんだよっ!」
「・・・私も驚いた」
「いいのかよ、そんなんで。 バナナも切れないよような刃で」
「・・・ダメージを与える意味ではあまり変わらない」


それは打撃するだけで、すでに殺傷能力を持っているということだろうか。

舞の腕力を恐ろしく思う。

あんな柔そうな腕のどこにそんな筋力が潜んでいるというのだろう。

それとも実際は、見かけほど力も使わずに魔物を倒しているのだろうか。

そういう意味で、同じだと言っているのかもしれない。


「ほら、代わり」


俺は新しくバナナを剥いて、舞に差し出してやる。


「・・・・・・」


無言で受け取ると、それにかぶりついた。

俺も自分のバナナを剥いて、口にくわえると、舞の後ろに立った。

それが俺たちの臨戦態勢だ。


「・・・・・・」


もぐもぐ・・・。


「・・・・・・」


もぐもぐ・・・ごくん。

舞がバナナを食べ終わったようで、その皮を床に投げ捨てていた。


「舞・・・」
「・・・なに」
「自分の捨てた皮で、滑るなよ」
「・・・・・・危なかった」


歩いていって、皮を拾う。


「・・・・・・」


舞が振り返り、俺へ向けてその皮を投げ渡そうとしたとき(渡されても困るのだが)・・・

その視線が俺の顔からその背後へと移された。

かちゃり、と剣の柄を手のひらの中で回転させて持ち直す。

『奴』の登場、というわけだ。

俺が振り返ると、それを舞が手で制した。

一体だから、いくな、という意味なのだろう。


「・・・・・・」


舞がゆっくりと、俺の脇を抜け、歩いてゆく。

そして、しばらくいった先で、その剣を振り下ろした。


しゅっ!


空振りだった。


「・・・・・・」


舞が立ちつくした。

奴は・・・もう逃げたのだろうか?


違う。


未だどこかに潜んでいる、その濃厚な気配を感じる。


「舞、動けっ!・・・どうしたっ!」
「・・・!」


舞の体が翻った。

敵の攻撃をかわしたのだ。

今度は、剣を盾に、二度、三度と迫り来る衝撃をいなした。

舞の髪が風圧に靡(なび)く。

その逆方向へと、剣先を突き出した。


ガグッ!


手応えがあった後、素早くそれを引き抜き、くるりと手の中で剣を回転させると、攻撃を点から線へと変えた。


ザシュゥゥッ!


水平に薙いだ剣が『奴』の胴を切り裂いていた。


「・・・・・・」


舞が、奴が消えた証拠に剣を下ろしていた。


「仕留めたか・・・?」
「いや・・・」


今の手応えでも、駄目だったのか。


「・・・でももう、虫の息」
「そっか。 もとより手負いだったんだもんな。 ラクなもんだったか。 おかげで俺は暇だったけどな」


戦うとなると、恐怖があったが、かといって出番がないというのも味気ないものだった。


「・・・何を見ていたの」
「え?」


舞が俺を、わずかに呆れたような顔で見ていた。

何を言いたいのか、わからなかった。


「・・・祐一は、また消化器を爆発させるのね」


それを聞いても、俺は判然としない。

だが舞は、それ以上言葉を補うつもりはないようだった。

黙ってバナナの皮を制服のポケットから取り出すと、俺へと投げてよこした。


・・・。

 

舞と校舎で別れた後、人通りの途絶えた道を歩く。

もう深夜に近い時刻だから、当たり前と言えばそうなのだが。


・・・。


玄関をくぐり、風呂に入る。

疲労回復と、冷えた身体を温めるためだ。

髪の毛を乾かしてから、自室に戻りベッドに寝転がる。


明日に備えよう。


・・・。


俺はすぐに、眠りについた。


・・・。


1月27日 水曜日


ちゅんちゅんと鳥のさえずりが聞こえる。

今日も寒い朝だ。


・・・。


俺は台所に行き、パンと熱いコーヒーで朝食を済ませる。

用を足した後に鏡に向かうが、案の定寝癖がついていた。

何度も直そうとするが、どうも上手くいかない。

結局直った頃には、もう出かけなければいけない時間となっていた。

急いで、歩いてゆく。

すると・・・


「おっと」


ふたつの流れが合流する角のところで、舞と佐祐理さんのふたりと鉢合わせになった。


「おはようございますーっ」

「・・・・・・」


舞と俺が先を譲り合う形で、どちらも立ち止まっていた。

舞は、このまま歩き出すと俺と肩を並べてしまう、ということを気にしているようだった。

いつもは舞が先を歩いて、俺と佐祐理さんがその後を追いかける、という形だったからだ。

俺もその躊躇が目に見えてわかっていたから、わざと合わせてやろうと機を窺う。


「ふぇ・・・?」


そんな俺たちを佐祐理さんがきょろきょろと見比べていた。


「行かないんですか? 遅刻しますよ?」
「あれ、そんなに遅かったっけ?」
「だって、いつまでたっても・・・」


「・・・・・・」


舞がその隙をついて歩き出した。

俺は先に行かせまいと、その前に出た。


ズガンッッ!!


俺と舞が勢いよく衝突し、しこたま頭をぶつけ合っていた。


「・・・祐一、痛い」
「そりゃ、こっちのセリフだ・・・イタタタ・・・」

「なにやってるんですか、ふたりとも」

「・・・・・・」


舞は俺よりも復活が早く、すでに先を歩き出していた。


「くそ、結局こうか・・・」
「祐一さん、おはようございます」


舌を打つ俺へ、佐祐理さんが再び挨拶を投げかけていた。


「・・・ああ、おはよぅ」
「・・・祐一さん、佐祐理の挨拶、さっき無視しましたね。 佐祐理は傷つきました」
「えっ・・・」


その言葉に驚いて佐祐理さんの顔を窺う。


「あははーっ」


笑っていた。


「佐祐理さんに本気で嫌われてしまったかと、びっくりしたよ・・・」
「大丈夫ですよ。 祐一さんのことは、ずっと好きです」
「いや、そう公言されても、恥ずかしいものがあるけど・・・」
「で、結局こうか・・・ってなんのことですか?」
「ん? ・・・ああ、聞いてたのか」
「聞いてますよ、なんだって」
「いや、大したことじゃないよ」
「言ってください、この佐祐理に」


珍しく先輩面をして、佐祐理さんは胸を張ってみせた。


「舞がさ、いつもひとりで歩いてゆくだろ。 それを言ってるんだよ」
「ですよね。 照れてるんですよ、舞は」
「照れてないだろ、あれは。 性分だろ」
「だって、最近になってからですよ。 ああなったのは」
「そうだっけ?」


思い出してみるが、いつだって先を歩いていたような気がする。

俺の思い違いなのだろうか。

それとも佐祐理さんは、昔から俺が一緒に登校していたものと勘違いしているのかもしれない。

俺がふたりと共に登校するようになって、まだ十日ばかりしか経たない。

それでも俺だって、ずっと一緒に登校しているような気がしたから、そんな勘違いも無理はないと思った。

気づくと、佐祐理さんが、小走りに先をゆく舞を追いかけ始めていた。


「佐祐理さんっ」


俺が呼ぶと、振り返って笑顔を送ってみせる。


「佐祐理に任せてみてください」


嫌な予感がした。

案の定、佐祐理さんは舞に追いつくと、その背中で左右に揺れるお下げを両手でわっしと掴んでみせた。

そして、犬の首輪に繋いだ紐の要領で、舞に制動をかける。


「・・・・・・」


じりじりと速度が落ち、舞を俺との距離が詰まる。

やがて、佐祐理さんの思惑どおり俺と肩を並べるまでになる。


「よぅ」


俺が声をかけると、舞が途端に歩幅を大きくし、再び距離を引き離しにかかる。


「わーっ」

佐祐理さんも一緒に引きずられていった。

どうやら、佐祐理さんの安易な作戦は失敗に終わったようだった。


・・・。


「それではーっ」

「おうっ」


「・・・・・・」
「舞、また昼休みな」


こくり。


・・・。


どうして授業はつまらないのだろう。

『え、マジかよ?』とか『普通、そこでそうくるかーっ!?』とか、声に出してしまうような意外な展開にはならないのだろうか。

楽しいかもしれないが、疲れそうだな・・・。


・・・。


4時間目終了のチャイムと共にダッシュをかけて、学食へと急ぐ。

学食に着くと、何人かがもうパンを争っていた。

こいつらの授業はどうなってるのだろうか?

それでも人数は少ないため、目的のパンを手に入れることができた。

俺の足は次なる目的の場所へと、自然に向いていた。


・・・。


「ようっ」


最上階の踊り場まで上がってくる。

 

「こんにちはーっ」


佐祐理さんに迎えられ、俺はその場に腰を落ち着ける。


「・・・・・・」


俺はもぐもぐとパンを頬張りながら、あることを思い出した。


「そういやさ、佐祐理さん、舞としりとりやったことある?」
「ええ。 よくやってますよ」
「なんだ、そうだったのか」
「舞は、しりとり大好きなんだよね」


佐祐理さんの問いかけに舞はこくりと頷いていた。


「でも、弱いんだよねーっ」
「そうそう」
「こいつってさ、絶対に動物の名前の後に、さん付けするから、すぐに自爆するんだよな」
「あははーっ、舞らしいです」
「・・・・・・」


しかしよく考えてみれば、舞と佐祐理さんって、ふたりで居るときは一体何をして過ごしているのだろう。

俺が舞といるときは、飯を食っているか、夜の校舎で『奴ら』を待ち構えているかのいずれかである。

だから、遊ぶ、ということを知らない仲だった。

しかし佐祐理さんは、もう丸三年にもなる関係なんだから、俺みたいに意味のある時間の過ごし方ばかりではないだろう。

考え出すと、とことん不思議だった。

まさか、実際しりとりばっかして時間を潰しているわけではあるまい。


「ふたりで、家で遊ぶこととかあるの?」
「ええ。 佐祐理の家ではよく遊びますね」
「何して遊ぶの?」
「目を離すといつも舞がいなくなってるんです」
「え?」
「だから、大体それを探して時間が過ぎますね」

「なにやってんだ、おまえ」


舞の顔を見て、訊いてみる。


「・・・佐祐理の家は広いから」
「家が広いって、そんな迷うほど広くはないだろ」
「・・・不思議な置物がたくさんあるから」
「それに見入っているうちに、佐祐理さんに置いていかれるのか?」
「・・・だと思う」


「違うよ、舞。 舞が勝手にふらふら歩いていくんだよ。 この前だって、勝手にお父さんの書斎の大きな椅子で眠ってたじゃない。 お父さん、びっくりしてたんだよ」
「あれは・・・。 寝心地が良さそうだったから・・・」


「んなもんがいいわけになるかっ。 大体、招かれてもいない部屋に入ること自体、悪い」
「・・・わかった。 もぅ、佐祐理の家にいかない・・・」


「舞、べつに怒ってるんじゃないよ? 佐祐理、隠れん坊してるみたいで、楽しいし。 どんどん隠れていいよ」
「隠れん坊?」
「そう、隠れん坊」
「・・・隠れん坊」
「お父さんの椅子だって、欲しかったあげる」
「・・・いらない」
「ただ、お父さんの書斎に黙って入るのはよして欲しいなぁって」
「・・・わかった。 入らない」


機嫌を損ねかけた舞だったが、そこはやはり佐祐理さんである。

持ち前の人なつっこさで、舞を宥(なだ)めつつ注意だけ促すことに成功していた。

確かにその様を見ていると、ふたりが仲違いをしてしまうなど、想像もつかないことだった。


・・・。


「ではーっ」

「おうっ」

「・・・・・・」


ふたりと別れ、昼休みが終わる。


・・・。


毎度おなじみのつまらない授業中。

だが、この時間は結構楽しんでいる。

先生が授業内容から脱線した話をするからだ。

とは言え、しわ寄せがテスト寸前になってくるのだから、恐ろしい。

でも、今が楽しければいいか。


・・・。


チャイムが鳴り、今日の授業が全て終了したことを伝える。

気怠さを一伸びでどこかに放り投げ、俺は中庭へと向かった。


・・・。


びゅっ・・・びゅっ・・・


俺は木刀を振りながらも、それに集中できないでいた。

夕べの舞の言動が引っかかっていたのだ。

舞は、あの時、空振りをしてみせてから、そして攻撃を一切やめてみせた。

そして最後に・・・


「・・・何を見ていたの」


が・・・。

舞は何を言いたかったのだろう。

・・・そうか。

あれは、前日の俺の置かれた状況をトレースしていたんだな。

一撃目を、わざと空振りさせたのもそのためだったのだ。

あの時、舞は相手が手負いと知ると、俺に正解を見せるための戦いに変えていたのだ。

 

「ん・・・」


と、そのとき視界の隅で、何かが陽を受けて鈍く光った。


俺はとりあえず、前方へと跳んだ。


どすっ。


重い音がして、俺の先ほどまで居た場所に消化器が落ちていた。

 


「・・・よけられた」


投じた本人、舞が驚いたように立っていた。


「これで免許皆伝か、お師匠」
「・・・偶然」
「自分で教えておいて、信じろよなぁっ」
「・・・・・・」


舞の目の色が変わる。


さくっ。


そして手に持っていたものを、地面に打ちつけた。

それは竹刀だった。


「消化器の次は、実践訓練ってわけか。 いいぜ、手加減しないでこいよ」


相手は竹刀だ。

本気で叩かれたとしても、大した怪我にはならないだろう。

でも俺の手に納まってるものは、木刀だったから、寸止めが必要だ。

互い剣を構え、わずかに立ち位置を変えながら、相手の出方を窺う。


「・・・・・・」


一分後には、俺は大の字で地面に寝転がっていた。

脳天は稲妻が落ちたような衝撃の後、目を開けてみればそうなっていたのだ。


「・・・祐一、大丈夫」


一面空だった視界に、舞の顔がひょこっと現れた。


「ああ・・・なんとかな」
「・・・そう」


舞は俺の頭の先にしゃがみ込むと、俺が立ち止まるまでそこで待っていた。

視線をずらせば下着ぐらい見えそうな位置だったから、俺のほうが恥ずかしくなって、仕方なしに体を起こした。


「・・・もう動けるの」
「ああ、あんまり時間もないしな。 もう一度、手合わせ頼むよ・・・今度は、少し手加減して」
「・・・・・・」


こくりと頷いて、再び舞が竹刀を構えた。


「あー、舞ーっ、こんなところに居たんだぁっ」


「だぁっ・・・」


そこへ場にそぐわない、能天気な声。

佐祐理さんだった。

 

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「あれ? ふたりで同好会でも作るんですか?」


互いの得物を構え合っている俺と舞を見比べながら、佐祐理さんがそう続けた。


「あ、いや・・・これは・・・」
「・・・・・・」


「これだったんだ、最近ふたりでコソコソしてたのは。 楽しそう。 佐祐理も仲間に入れて欲しいなぁ」
「そう言われてもなぁ、舞・・・?」


「・・・遊びじゃない」

「そう、遊びじゃないんだ、佐祐理さん」
「佐祐理も遊ぶつもりはないですよ。 真剣にやります」
「だってさ、舞」


俺は口ごもるだけで、舞に振るしかなかった。

佐祐理さんの申し出を断るなど俺にはできそうもない。


「・・・佐祐理には向いてない」
「そんなことないよ。 こう見えて佐祐理、運動神経いいし」
「・・・・・・」


舞の顔がこちらへ向いた。


「・・・祐一、剣を貸して」
「え? どうするんだ?」
「いいから」


俺は手の木刀を舞に渡す。


「・・・佐祐理、今だけ貸すから」


そしてその木刀を佐祐理さんの目の前の地面に投げた。


「あっ、入れてくれるの?」


佐祐理さんの顔がぱっと綻んだ。


「・・・試験」
「え?」


俺と佐祐理さんの声が重なった。


「戦うの」
「舞と?」
「・・・・・・」


こくり。


「よーしっ、負けないからっ」


佐祐理さんは嬉々として剣を拾い上げた。

・・・知らないのだ、佐祐理さんは。

舞の剣技を。

思い出せばいいんだ。

あの野犬との一戦を。

そうしたとしてみお、わかるわけないか・・・。

佐祐理さんは普通の女の子なんだもんな。


・・・。


カーーンッ!


瞬きした後には、佐祐理さんの手から木刀は消えていた。


「このまま去るもよし、丸腰で抗うもよし・・・その場合の無事は保証できないけど」
「・・・・・・」


佐祐理さんはどう反応すればよいかもわからずに呆然と立ちつくしている。


「邪魔かな・・・佐祐理・・・」


ぽつりと呟いた。


「・・・邪魔」


俺がフォローの言葉を挟む間もなく、辛辣な返答が佐祐理さんの耳に届いていた。


「ふぇ・・・。 ごめんね、舞。 もうここには来ないから。 祐一さんも、ごめんなさい」


ぺこっと頭を下げて、走り去る。


「・・・・・・」
「・・・・・・なにやってんだろうな、俺たちは」
「・・・戦い」
「そうなんだけどな・・・」


がりがりと頭を掻いた。

なんて続ければいいかわからなかったからだ。

複雑だった。


「・・・・・・祐一は佐祐理の左手のことを知ってるの」
「え・・・いや・・・」
「・・・手首に深い傷の跡があるの」
「そうなのか・・・? 知らなかったよ・・・」
「私のせいなの」
「・・・・・・」
「私のそばにいるから、傷ついてゆく・・・」
「・・・・・・舞は・・・佐祐理さんのこと、好きか?」
「・・・・・・」

 

こくり。


「自分の口で言ってみろよ」
「・・・・・・私は佐祐理のことが好き・・・。 大好き」
「ならいいよ。 舞は正しいことをしたと思う。 相変わらず不器用だけどな」
「・・・・・・」
「早く終わらせような。 そして、思いっきり遊ぼう、三人で。 舞はどこか、行きたいところ、あるか?」
「動物園行きたい」
「動物園か・・・。 そうだな。 いいな」


同年代の女の子と行くには動物園という場所は物足りないかもしれなかった。

でも舞や佐祐理さんとなら、絶対楽しいに違いない。

だって、俺たちは弁当を食っているだけでも楽しかったのだ。

三人揃って退屈する場所なんて、この世界のどこにもない。

そんな気がした。


・・・。

 

そろそろ筋肉痛が厳しくなってきた。

帰りがけ、何回か肩を回してみると鈍痛が走る。

出来るだけ休もうと心に決め、家へと着いた。


・・・。


夕食後、束の間の休憩をとった後、再び学校へと向かう。


・・・。


夜の校舎。

昼とは全く違う顔を持っている校舎は、魔物の住む場所。

狩人である俺たちは夜食を食べ終えた後、いつもように背中合わせに立っていた。


「しかし、順調だよな。 どうして、あんな奴らに三年間も手こずっていたんだ?」
「・・・手負いとなっても回復が早いから」
「にしても、こうやって連日待ち伏せていれば、それだって無意味になるだろ?」
「・・・連日現れたことはない」


その言葉で思い出す。


「そういえばそうだったな・・・」


魔物が頻繁に現れるようになったのは、俺が夜に訪れるようになってからだ。

以前にも舞は、俺がいることで魔物がよくざわめく、と言っていた。

魔物としても、第三者の介入で慌てているのだろう。

それまでは、夜の校舎で気の遠くなるような時間を、舞はひとり過ごしていたのだ。


「・・・・・・」


それを思い、俺は舞を哀れみの目で見てしまう。

なんて、三年間だったのだ、と。

どんな偶然で魔物の存在を知って・・・

そしてどんな経緯で自らにその討伐を課したのかはわからなかったが、もう過ぎてしまったものは仕方がない。

早く終わらせよう。

その一心だった。


「佐祐理さんのほうは、大丈夫だったか?」
「・・・なにが」
「なにがって、機嫌損ねてただろう?」
「・・・けろっとしてた」
「そう見えるだけだろう。 佐祐理さんの性格はよくわかってるよ。 絶対に周りに心配かけないようにして、いつだって笑ってるんだよな。 おまえと違って」
「・・・・・・」


おまえと違って、は余計だっただろうか。


「佐祐理は親友だから」


それだけを言って、舞は口をつぐんでしまう。

おまえなんかに心配される筋合いはない、ということかも知れない。


「・・・・・・」


何か重苦しい空気が流れていた。

べつにそれは魔物とは関係ない。


「・・・・・・祐一も親友だから」


その空気を悟ってか、舞がぽつりと呟いていた。


「ああ、わかってるよ


俺もそれに応えて、背中の舞に頭をぶつけてやる。


「・・・祐一、痛い」
「おまえ、背、高いよな」
「・・・よくわからない」
「自分の身長ぐらい、把握しておけ」


その夜、魔物が現れることはなかった。

もしそれが奴らの回復を待つものだとしたら、それほど歯がゆいものはない。

俺たちに先手を取ることは、許されていないのだから。

寒風が厳しい道を、急ぎ足で帰る。

・・・。

 

明日も現れるかどうかわからない。

いつ終わるかわからない戦いに疲れて、俺はいつしか眠っていた。

 

・・・。