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Kanon【21】


月宮あゆ編―

 

~1月7日の途中から~

 

 

・・・。

 

「どいてっ! どいてっ!」

状況がわからないまま、気がつくとすぐ目の前に女の子がいた。

いた・・・というか、走っている。

手袋をした手で大事そうに紙袋を抱えた、小柄で背中に羽の生えた女の子だった。


・・・って羽?


うぐぅ・・・どいて~」


べちっ!


うぐぅ・・・痛いよぉ~」

すっかり失念していたが、女の子は走ってる最中だった。

しかも、俺の方に向かって。

 

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「ひどいよぉ・・・避けてって言ったのに~」


まともに顔からぶつかったらしく、涙目で赤くなった鼻の頭をさすっている。


「大丈夫、俺は全然平気だ」
「キミが平気でも、ボクが鼻が痛いよ~」


よほど動揺しているのか、すでに日本語が怪しかった。


「そりゃ、あれだけ勢いよくぶつけたら痛いだろうな」
「・・・うぐぅ


手袋で鼻を押さえたまま、うんうんと頷いている。


「キミが避けてくれないからだよ~」
「悪い。 とっさの出来事で対応できなかった」
うぐぅ・・・本当に・・・?」


えぐえぐと涙を拭いながら、潤んだ瞳で俺の顔を見上げる。

間違いなくとても痛そうだった。


「本当に悪い。 まさかそのままの勢いで体当たりをするとは思わなかった」
うぐぅ~」


鼻を押さえたまま、とりあえず立ち上がって体勢を立て直す。


そして・・・。

 

 

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「・・・あっ!」


思い出したように後ろを振り返る。


「と、とりあえず話はあとっ!」
「・・・え?」


俺の手を掴んで、そのまま引っ張るように走り出す。


「ちょ、ちょっと待てっ!」
「待てないよ~っ!」


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

~1月8日の途中から~


・・・。

 

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「今日は、すっかり大冒険だったね」
「誰のせいだ、誰の」


夕焼けに照らされて、赤い雪の上にふたりの影が延びていた。


「でも、今日は本当に嬉しかった」


逆光に浮かび上がったあゆの姿は、どこか不思議な雰囲気を纏っていた。


「まさか本当にあの祐一君だとは思わなかったよ」
「俺だって驚いた」


紅く霞むあゆ。

不意に湧き上がる昔の思い出。


「また、会おうね」


夕焼け空に、あゆが微笑む。


「そうだな」
「約束、だからね」
「ああ」
「そうだ、昔みたいに指切りしようよっ」


昔みたいに・・・。


「そうだな・・・」


指切り・・・か。


「うんっ」
「でも、手袋してたらできないぞ」
「あ、そうだね」


約束・・・。


「はい、指切り」
「ああ」


手袋を外し、手を差し出す少女。

その指に自分の指を重ねる。

温かくて、そして懐かしい・・・。


あの日・・・。


あの時、俺は・・・。

 

「・・・指切ったっ」


元気な声と共に絡まった指が解かれ、温かかった指先が、不意に冬の風にさらされる。


「・・・・・・」
「・・・どうしたの? 難しい顔して・・・」
「・・・いや、なんでもない」


・・・と、思う。


俺は一度指先を見つめてから、ゆっくりと手を下ろす。


「じゃあ、また絶対に会おうねっ!」


気がつくと、あゆの姿は商店街の奥に霞んで見えていた。

小さな体を精一杯伸ばして、ぴょこぴょこと飛び跳ねながら左手を振る。

あゆの手が、夕焼けの赤に溶けるように、ぶんぶんと揺れる。


「・・・って、何時にどこで会うんだっ!」
「大丈夫っ!」


さらに遠くから声。


「二度あることは三度あるんだよっ!」


その言葉を最後に、あゆの姿は、紅い逆光の中に霞んでいった。


「そういえば・・・」


完全に姿が消えるまで見送って、そしてぽつりと呟く。


「ああいうやつだったような気もするな、昔から」


だけど・・・よみがえった記憶がまだ不鮮明であることは、自分でも分かっていた。


途切れ途切れの思い出・・・。


未完成の風景・・・。


その先にある雪の記憶・・・。


眩しい陽光に目を細めながら、俺はひとり帰路についた。


・・・。

 

~1月10日の途中から~


・・・。


「あ、祐一君っ!」


パタパタと羽を揺らしながら、腐れ縁の食い逃げ少女が駆け寄ってくる。

 

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「やっぱり会えたねっ」


無邪気に笑顔を覗かせながら・・・。


ベチッ!


思いっきり、顔面から地面に突っ込む。

何もない地面で、見事なまでに転んでいた。


うぐぅ・・・またぶつけたぁ・・・」
「今度こそ間違いなく俺は悪くないだろ・・・」
うぐぅ・・・」

 

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「祐一さんのお友達ですか?」
「全然知らない女の子です」


うぐぅ・・・ひどいよっ!」
「冗談だ」
「・・・もしかして、祐一君ボクのこと嫌い?」
「全然そんなことはないぞ」


からかうと面白いだけだ。


うぐぅ・・・鼻が痛いよぅ」
「それで、今度は何を盗ってきたんだ?」
「何も盗ってないよぉっ」
「逃げてたんじゃないのか?」
「祐一君の姿が見えたから、嬉しくて走って来ただけだよっ」
「別に逃げたりしないから、普通に歩いてこい・・・」
「うぐ・・・今度からそうする・・・」


「元気な女の子ですね」


俺たちのやりとりを聞いていた秋子さんが、のんびりと感想を言う。


「・・・えっと」


あゆが俺の顔を窺う。

秋子さんと俺の関係を訪ねているのだろう。


「この人は、水瀬秋子さん。 俺が居候させてもらってる家の家主さんだ」
「やぬしってなに?」


真顔で問い返す。


「・・・家の中で一番偉い人のことだ」
「あ、そうなんだ・・・少し勉強になったよっ」


本当に分からなかったらしい。


「それから、こいつは月宮あゆ


「よろしくお願いしますっ」
月宮あゆちゃん・・・?」


秋子さんが微かに首を傾げる。


「どうしたんですか?」
「・・・・・・」


秋子さんの様子が少しおかしかった。

ちなみに、普通の人にとっては少しだが、秋子さんの場合はかなりの変化だと言っても差し支えない。


「ボクの顔、何かついてる?」


じっと自分の顔を見つめる秋子さんに、あゆが不思議そうに首を傾げる。


「泥がついてるぞ」
「えっ!」


ごしごしと服の裾で顔を擦る。

その仕草が、妙に子供っぽく見えた。


「とれた?」
「大丈夫、元からついてないから」
うぐぅ・・・祐一君、やっぱりボクのこと嫌い?」
「全然そんなことないぞ」


「・・・月宮あゆちゃん?」


なおもあゆの顔を見ていた秋子さんが、真剣な表情で名前を呼ぶ。


「・・・はい?」
「ごめんなさい、やっぱりわたしの気のせいですね」
「・・・?」


あゆがもう一度首を傾げる。

俺も同じ心境だった。


「そんなはずないですものね・・・」


秋子さんはひとりで納得したようだった。


「祐一君、今日はこれからどうするの?」
「見ての通り、帰るところだ」


まさか、米袋持ってゲーセンに行くわけにもいかない。


「そっか、残念だね・・・」
「それに、今日は帰ってから荷物を部屋に運ぶ仕事が残ってるからな・・・」
「引っ越しの荷物?」
「ああ、ずっとそのままだからな」
「だったら、ボクも手伝ってあげるよっ」
「何も出ないぞ」
「いいよ、何も出なくても」
「・・・そうだな」


確かに人手は欲しいところだ。


「わかった」
「えっ! いいの?」
「やっぱり人手が欲しかったしな」
「ボク、一生懸命がんばるよっ」


ぐっ、と手を握りしめるポーズ。


「それなら、おいしいコーヒーとカステラを用意しておくわね」
「カステラ~」
「片づけが終わったらね」


まるで子供をあやす母親のような口調だった。


「うんっ。 楽しみだよ~」


こっちは、子供そのものだった。


・・・。

 

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「おじゃまします・・・」


あゆが遠慮がちに挨拶をする。


「やけにしおらしいな。 いつものように顔面から突っ込んでいったらいいのに」
うぐぅ・・・そんなこと滅多にしないもんっ」


予想通りの反応をするあゆを玄関に残して、先に家の中に入る。

行きはふたりだったが、帰りは1.5倍に増えていた。


「お米の袋はここでいいですよ」


俺は持っていた袋を玄関の廊下におろす。


「わぁ・・・おっきな家・・・」


あゆは玄関で立ったまま物珍しそうに辺りをきょろきょろしている。

勝手に入って来ないところを見ると、意外と律儀なのかもしれない。


「何人で住んでるの?」
「秋子さんと、俺・・・それからいとこの3人だ」


もっとも、今はあとひとり謎の少女がいるはずだ。

玄関には少女の靴がそのままの状態で残っていた。

まだ家の中にいることは間違いないようだ。


「・・・ボク、おじゃましてもいいのかな?」
「おじゃましないと手伝いはできないぞ」
「あ、そうだね」


いそいそとブーツを脱いで、玄関に上がる。


「あ、これが引っ越しの荷物?」


玄関の奥に、山のように積まれた段ボール。


「うわぁ、いっぱいあるね」
「辞めるなら今のうちだぞ」
「ふたりで力を合わせて協力すれば大丈夫だよ」


確かに、今あゆに辞められると困るのも事実だった。

「こういう状態を、猫の手も借りたいから実際に借りてしまった・・・って言うんだろうな」
「ボク、猫ゆりは役に立つよ」


手袋をはめた手で、ぐっとガッツポーズをする。

気合いが入っている、というより、どちらかというと可愛い仕草だった。


「あ、そうだ。 コート脱がないと邪魔だね」


リュックをおろして、ダッフルコートを脱ぐ。

コートの下はスカートかと思っていたが、キュロットだった。

あゆには似合っているが、そんな姿が余計に幼く見える。

 

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「お待たせしましたっ」


とりあえず、片づけを始める準備だけは整った。


「早く終わらせて、カステラたべようね~」


しかし、一抹の不安が残っていることだけは事実だった。


・・・。

 

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「ほえ~、ここが祐一君の部屋なんだ・・・」


まるで、重要文化財を前にしたような口調だった。


「なんにもないね・・・」
「だから運ぶんだっ」
「あ、そっか」
「・・・・・・」


人選ミス。

そんな言葉が脳裏をよぎる。


「俺が段ボールを全部この部屋に運ぶから、あゆは中身を出して綺麗に並べてくれ」
「ボクも運ぶの手伝うよ」
「いや、あゆにはちょっと辛いだろ」
「うん・・・わかったよ」
「じゃあ、荷物の整理は頼んだぞ」
「うんっ、がんばるよっ」


俺が荷物を運び込んで、あゆが中身を取り出す。

大変ではあるが、一番効率のいい作業方法だと思う。

そして、最後の荷物を部屋に運んだ時・・・。


「・・・全然、進んでない」


ほとんどの段ボールは未開封のままだった。


「祐一君っ、この漫画おもしろいねっ」
「読むなっ!」
「あっ! 大変だよっ!」
「・・・どうした?」
「この漫画、いいところで終わってる・・・」
「帰れっ!」
うぐぅ・・・折角手伝ってるのに」
「手伝ってないだろっ」
「ごめんなさい・・・」
「とにかく、今から荷物を全部整理するぞ」
「うん・・・今度こそがんばるよっ」


・・・。

 

「やっと終わった・・・」
「やっぱり、ふたりで力を合わせるとすぐだったね」

ちなみに、全然力を合わせた覚えはない。


「ボク、少しは役に立ったかな?」
「まぁ、少しはな」


前半は全く役立たずだったが、たくさんある荷物を綺麗に整頓して、片付けたのはあゆだった。


「よかった・・・」


ほっとしたように息を吐く。


「祐一君の役に立てて、本当によかったよ・・・」
「そうだ、ちょっと休憩してからカステラでも食べるか」
「あ・・・うんっ」


・・・。


キッチンのテーブルには、秋子さん用意してくれていたカステラが並んでる。


俺はいつもの席に、あゆはその向かいの席に座った。

 

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「いただきますっ」


ぱくっとカステラを頬張る。

 

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うぐぅ、おいしいよぉ」
「よかったわ、気に入ってもらえて」


コーヒーカップをふたつ、テーブルの上に並べる。


「わたしの手作りなんですよ」
「ふぁ、ふぉうふぁんふぁ」


口一杯にカステラを頬張っていて、何を言っているのか分からなかった。


「ええ、そうよ」


しかし、なぜか秋子さんには通じていた。


「あゆちゃん、コーヒーでいい?」
「ふぉふ、ふぇふぉふぇふぁふぁふふぁ」
「あゆちゃん、猫舌なの? だったら、ミルクの方がいいわね」
「ふぁふぃ」


秋子さんが持ってきてくれた牛乳のカップを両手で持って、ごくごくと飲み干す。


「・・・ふぅ」


空っぽになったカップをテーブルに置いて、ほっと一息つく。


「秋子さんすごいよっ。 だって、このカステラすっごくおいしかったもん」
「ありがとう、あゆちゃん」


このふたりを見ていると、まるで実の親子のようで微笑ましかった。


「あ、ボクそろそろ帰らないと・・・」


壁の時計を見て、あゆが席を立つ。


「だったら、玄関まで送るよ」
「ありがとう、祐一君」


外に出ると、すでに陽はたっぷりと傾いていた。

 

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「それじゃ、これで帰るね」


オレンジ色の光が、あゆの姿を照らしている。


「ひとりで帰れるか?」
「ボク、そんな子供じゃないもん」


ここから帰る道を知ってるのか?という意味で訊ねたのだが、どうやら大丈夫そうだ。


「ばいばい、祐一君」
「あゆ」
「うん?」
「今日はありがとうな」
「うんっ!」


夕焼けに滲むあゆの背中を見送って、俺も家の中に戻った。


・・・。

 

 

 

「・・・うぐっ・・・えぐ」


・・・泣き声が聞こえる。


「・・・お母さん・・・うぐっ」


・・・誰かの泣き声。

知っている声。


「いい加減に泣きやめって」


・・・俺の声。


「・・・うぐ・・・えぐ」


・・・女の子の泣き声。

 

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「一体何があったんだ・・・あゆ?」
「・・・・・・」
「おーい」
「・・・・・・」
「頼むから、何か喋ってくれ」
「・・・・・・」
「おーい、あゆあゆ」
「・・・あゆあゆじゃないもん」
「何だ、普通に喋れるじゃないか」
「・・・・・・」


また黙り込む。

泣きやんでからは、ずっとこの調子だった。

どうして泣いていたのか訊ねても、返事もしてくれない。


「・・・・・・」


ただじっと、上目遣いで俺の顔を見つめている。


「もしかして、生き別れの兄にそっくりだとか?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・俺、そろそろ帰るから」
「・・・・・・」
「落ち着いたみたいだし、もう大丈夫だよな?」
「・・・・・・」
「じゃあな、あゆ」
「・・・・・・」


く~。


「・・・・・・」
「なんだ、もしかして腹減ってるのか?」
「・・・・・・」


く~。


返事の代わりに、もう一度お腹が小さく鳴る。


「・・・・・・」
「やっぱり腹減ってるんだろ?」
「・・・・・・」


く~。


「ほら。 そう言うときは素直に頷く」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」


こくん。


よく注意していないと分からないくらい、小さく頷く。


「よし。 だったら、ここで待ってろ。 俺がうまい物買ってきてやるから」
「・・・・・・」


こくん。


「何か好きな食い物とかあるか?」
「・・・・・・」


こくん。


「ここで買える物だったら、買ってきてやるけど」
「・・・ほんと・・・?」


久しぶりに声を聞いたような気がした。


「俺の小遣いで買える範囲だったらな」
「・・・・・・たいやき・・・」
「たい焼きだな? 分かった、すぐに戻るから待ってろよ」
「・・・まってる・・・」
「よし」


俺は満足げに頷いて、そしてこの場所を離れた。


・・・。


「・・・・・・」

屋台でたい焼きを2匹買って戻ってきたとき、少女は同じ場所で待っていた。

もしかしたらいなくなってるかもしれないと思っていたので、少しだけ安心する。


「ちゃんと待ってたんだな」
「まってろって言われたから・・・」
「よしよし」


俺は少女の頭を撫でてやる。


「・・・いや」


恥ずかしそうに俺の手から逃げる。


「・・・・・・」
「悪かったから、一緒に食べよう」


たい焼きの入った袋を、あゆに手渡す。


「・・・あったかい・・・」
「たい焼きは、焼きたてが一番だからな」
「・・・・・・」


あゆの手の中から1匹のたい焼きをつまみ出して、自分で頬張る。


「・・・・・・」
「ほら、うまいぞ」
「・・・・・・」


じっと俺の食べるところを見ていたあゆが、やがて袋の中からたい焼きを取り出す。


「・・・・・・」


じーっと、見る。


「見てたってうまくないだろ」
「・・・・・・」


俺の言葉に促されるように、たい焼きを小さな口に運ぶ。


はぐはぐ・・・。


・・・はぐはぐ


「どうだ? ここのたい焼きうまいだろ?」
「・・・しょっぱい」
「それは、涙の味だ」
「・・・でも・・・おいしい」
「だろ?」
「・・・うん」


女の子が、少し笑ったような気がした。


「それで、なんで泣いてたんだ?」


俺にぶつかったときには、もう泣いていたような気がして、ふとそんなことを訊ねる。


「・・・・・・」


たい焼きを頬張ったまま、女の子の表情が曇った。


「・・・と思ったけど、まあいいや」
「・・・・・・」
「話したくないんだったら、今日は訊かない」
「・・・・・・」


お互い無言のまま、商店街の片隅で焼きたてのたい焼きを食べる。


・・・。


「ごちそうさま」


くしゃっと紙袋を丸めて、そしてゴミ箱に放り込む。


「・・・・・・」


あゆの方も、すでに食べ終わっていた。


「じゃあ、俺はそろそろ帰るから」
「・・・・・・」
「じゃあな、あゆあゆ」
「・・・まって」


立ち去ろうとする俺の上着をつかむ。

 

 

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「・・・どうした?」
「・・・ボク、あゆあゆじゃないもん」
「そうだな」
「・・・うん」
「じゃあ、俺行くから」
「・・・うん」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・放してくれないと歩けないんだけど」
「・・・また・・・たい焼き食べたい」
「そんなに気に入ったのか?」
「・・・う・・・ん」
「だったら、また今度一緒に食うか?」
「・・・うん」
「それなら、明日の同じ時間に、駅前のベンチで待ってるから」
「・・・やくそく」
「ああ、約束だ」
「・・・ゆびきり」
「指切りなんかしなくても、ちゃんと来るから」
「・・・うぐぅ・・・ゆびきり・・・」
「まぁいいけど・・・指切りくらい・・・」


差し出された女の子の指に、自分の指を絡める。

少女の手は小さくて、細くて・・・。

指がほどけると同時に、あゆが走りだす。

夕焼けの商店街に、溶けるように・・・。


「・・・あの」


振り返ったあゆが、小さく手を振る。


「・・・ばいばい」
「ああ、また明日な」


あゆを見送って、商店街の入り口に戻ってきたとき・・・。

 

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「・・・うそつき」


道の真ん中で、名雪が拗ねていた。


・・・・・・。

 

 

・・・。

 

 

 

 

 

 ~1月11日 月曜日の途中から~


・・・。


「落とし物って、財布でも探してるのか?」
「違うよ」
「だったら何を落としたんだ?」
「大切な物・・・。 すっごく大切な物・・・」
「大切な物・・・?」
「うん。 ボクが落としたのは・・・・・・あれ?」


あゆが困ったように首を傾げる。


「思い出せない・・・」
「は?」
「どうしたんだろ・・・何を落としたのか思い出せないよ・・・」


戸惑ったような表情で、不安げに羽がぱたぱたと揺れていた。


「大切な物なのに・・・大切な物だったはずなのに・・・。 早く見つけないとダメなのに・・・。 思い出せないよ・・・」


泣き笑いのような表情で、自分自身に戸惑っているようだった。


「どうして・・・」
「ただのど忘れじゃないのか?」
「・・・ボク、探してみる」
「探すって言ったって、何を探すのかも分からないんだろ?」
「でも、見たら思い出すもん!」
「確かに、その可能性はあるだろうな」
「だから、ボク、探してみるよ」
「・・・わかった。 俺も探すの手伝ってやる」

 

 

「え? 本当にいいの?」
「どうせ俺もCD屋を探してうろつくつもりだから、そのついでだ」
「うんっ、ありがとう祐一君」
「それで問題はどうやって探すかだけど・・・」
「じんかいせんじゅつ、なんてどうかな?」
「それは、もっと人数が多いときに使う作戦だ」
「そうなんだ・・・」


感心したようにうんうんと首を振る。


「ちゃんと意味分かって使ってるか?」
「ううん、何となく格好良かったから」
「・・・・・・」


さい先がとても不安だったが、乗りかかってしまった船だ。


「まず、今日あゆが歩いたルートを逆に辿るんだ」
「どうして?」
「あゆが通った道に落ちてて当然だろ?」
「今日通った道?」
「もちろんだ」
「・・・でも、落としたの今日じゃないよ」
「さよなら、あゆ」
うぐぅ、待ってよっ!」
「どうして、落としたときに探さなかったんだ!」
「・・・そんなこと言われても。 ボクにも分からないよ・・・さっき、急に思い出したんだから・・・」
「どういうことだ?」
「さっき、祐一君と話をしていて思い出したんだよ・・・。 大切な物をなくしたことに。 でも、それが何なのか・・・、いつ落としたのか・・・全然思い出せないんだよ・・・」
「・・・・・・」
「何かは分からないけど・・・でも、本当に大切な物なんだよ・・・。 本当に・・・大切な・・・」


あの声が震えていた。


「・・・だから、ボク、探さないと」


言っている内容は滅茶苦茶だが、表情は真剣だった。


「・・・・・・」


思い出せないから不安。

俺もそうだ・・・。

この街で過ごした出来事がほとんど思い出せない。

名雪はすぐに思い出すと言っていた。

そして、実際に思い出したこともたくさんある。

でも・・・7年前の、最後の冬の日の出来事が思い出せない。


「とにかく、じっとしてても見つからないだろ?」
「・・・う、うん」
「だったら、とにかくあゆがよく出入りしている場所を順番に歩いていくしかないな」
うぐぅ・・・ごめんね、祐一君」
「謝ってる暇があったら、まず最初の場所に移動だ。 ここから一番近いあゆがよく行く場所ってどこだ?」
「えっと・・・」


記憶を辿るように、じっと夕焼け空を見上げる。


「そこの角の甘い物屋さん」
「甘味屋だな、分かった」
「ちょっと待って」
「どうした?」
「スコップとか用意しなくていいかな?」
「何するんだ、スコップなんか・・・?」
「もちろん、地面をざくざく掘るんだよ」
「だから、なんのためにざくざく掘るんだ?」
「落とし物を探すんだよ」
「お前の落とし物は徳川埋蔵金か・・・?」
「たぶん違うと思う」
「だったら、落とし物が地面に埋まってるわけないだろっ!」
うぐぅ・・・そうだけど・・・」
「とにかく、移動するぞ」
「う、うんっ」


・・・。

 

「着いたぞ。 どうだ? ありそうか?」
「うーん・・・」


真剣な眼差しで、周りを見回している。


「ない・・・と思う」
「分かった、じゃあ次」
「えっと、向かいの筋のクレープ屋さん」


・・・。

 

「今度はどうだ?」
「えっと・・・・・・あ!」
「あったのか?」
「知らない間に、クレープのメニューがいっぱい増えてる!」
「帰れっ!」
うぐぅ・・・冗談だよぉ」
「真剣なのかふざけてるのかどっちかにしろ・・・」
「ボクはいつだって真剣だよ」
「・・・それで、ここはどうなんだ?」
「ないと思う」


たぶん・・・と自信なさげに俯く。


「・・・それで、次は?」
「えっと・・・少し行った先のお菓子屋さん」
「なぁ、あゆ・・・」
「うん?」
「どうでもいいけど、お前のよく行く店って食い物屋ばっかりだな・・・」
うぐぅ・・・ほっといて」


・・・。


その後、日が落ちる寸前まで数件の店をまわったが、収穫はゼロだった。


「次が最後だな・・・」
「うん・・・そうだね・・・」


さすがにこの時間になると、シャッターを閉める店も出てくる。


「・・・この先のケーキ屋さんだよな?」
「うん」


あゆの案内で辿り着いた先・・・。


「・・・あれ?」


その場所には、ケーキ屋がなかった。

代わりに、大きな本屋が建っていた。


「ないぞ、ケーキ屋なんか・・・」
「おかしいな・・・確かにケーキ屋さんだったのに・・・」


しきりに首を傾げている。


「潰れたんじゃないのか?」
「でも、ついこの間までケーキ屋だったと思ったのに・・・」
「だったら、ついこの間潰れたんだろ」
「・・・うん、たぶん」
「それで、目的の物は見つかりそうか?」
「・・・・・・」


力無く、首を横に振る。


「そっか・・・」

 

 

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「・・・・・・でもね・・・きっと見つかるよ・・・だって、思い出すことができたんだから。 それだけでも、大きな進歩だよっ」

 


無理に笑っているような笑顔だった。


「また探すのか?」
「うんっ、もちろんだよ」
「だったら、今度探すときも俺が手伝ってやる」
「ありがと・・・祐一君」
「じゃあ、またな」
「じゃあね、ばいばい、祐一君」


いつもと同じように、無意味に元気よく・・・。

商店街の奥へと、消えていった。


・・・。

 


「・・・・・・」

女の子が座っていた。


「・・・・・・」


人の行き交う場所で、ひとりぼっちで座っていた。


「・・・・・・」


寂しそうに瞳を伏せて、誰かを待ち続けていた。


「よぉ、あゆあゆ」
「・・・あ」


少女がゆっくりと顔を上げる。

 

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「悪い。 待ったか?」
「・・・あゆあゆじゃないもん」


木のベンチにちょこんと腰かけたあゆが、非難の視線を向ける。


「だって、まだちゃんと名前聞いてないからな」
「・・・あゆ」
「名字は?」
「・・・月宮」
月宮あゆか・・・なんだ普通の名前だな」
「・・・・・・」
「俺は相沢祐一だ。 よろしくな」
「・・・うん」
「じゃあ、早速行くか」
「・・・・・・」
「どうした、あゆあゆ?」
「・・・うぐぅ
「変な返事だな? まぁいいけど」
「・・・・・・」
「座ってたらいつまでたっても商店街に行けないぞ」
「・・・・・・」


あゆは、何かを言いたそうに俺の顔を覗き込んでいる。


「・・・・・・」
「もしかして、いきなり告白か?」
「・・・そんなこと、しないもん」
「まぁ、冗談だけど」
「・・・あのね・・・祐一君・・・ありがとう」
「昨日のことか?」
「・・・うん」
「いいって、そんな大したことしたわけじゃないし」
「・・・・・・」


・・・ふるふる。


首を横に振る。

 

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「・・・だって・・・うれしかったから・・・」


昨日は結局見ることのできなかった笑顔がそこにあった。


「何だ、笑うと可愛いじゃないか」
「・・・・・・」
「泣いてるよりは、笑ってる方が似合ってる」
「・・・・・・」
「行こうか、あゆ」
「・・・うん」


・・・。

 

「・・・・・・」


無言で、たい焼きを頬張る。


「どうだ?」
「・・・今日の方がおいしい」
「当たり前だ」
「・・・どうして・・・?」
「泣きながら食ってうまい物なんて、あるわけないだろ」
「・・・・・・」


もう一度、たい焼きをかじる。


「・・・うん」


・・・。

 

たい焼きを食べ終わって、俺とあゆはオレンジの街並みを歩いていた。


「・・・祐一君」


ぽつり、と俺の名前を呼ぶ。

それこそ、街の喧噪にかき消されそうな声だった。


「・・・ひとつだけ・・・訊いていい・・・?」
「ひとつと言わず、いくらでも構わないぞ」
「・・・うん。 でも、今日はひとつだけ・・・」


息を整えるように、少し間が開く。

 

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「・・・祐一君、お母さんのこと、好き?」
「好きだよ」
「ボクも、好きだよ」
「・・・それが、どうしたんだ?」
「・・・それだけ・・・」
「・・・そっか」


・・・。


また、しばらく無言で歩く。


「・・・あのね・・・お母さんが、いなくなっちゃったんだ」
「・・・・・・」


まるで世間話でもするように、歩きながらぽつりと呟く。


「・・・ボクひとり置いて、いなくなっちゃったんだ」
「・・・・・・」
「・・・それだけ・・・」
「・・・・・・」


また、沈黙が訪れる・・・。


・・・。


「・・・じゃあ、ここでお別れだな」


商店街の入り口で、後ろを歩いていたあゆの方に振り返る。


「・・・・・・」
「あゆ・・・」
「・・・・・・」
「明日も、一緒に遊ぼうな」
「ほんと・・・?」
「あゆさえ良ければ、な」
「・・・ボク・・・祐一君といると・・・楽しいから・・・楽しかった時のこと・・・思い出せるから・・・」
「だったら、指切りだ」
「うん」


赤く染まる小さな指を絡める。

そして、離れる・・・。


・・・・・・。

 

・・・。

 

~1月12日 火曜日の途中から~


・・・。


「それで、今日はどうしたんだ?」
「たぶん、祐一君と同じだよ」
「俺は学校帰りにちょっと商店街に寄っただけだけど」
「ボクもそうだよ」
「・・・それと、探し物もあるからね」
「そうだったな」
「でも、まだ見つからないんだよ・・・」
「大丈夫だって」
「うぐ・・・そうかな・・・?」
「思い出すことができたんだから、絶対に見つかるって言ってたのはあゆだろ?」
「うん、そうだね」


頷くと同時に、少しだけ思いつめた表情が軽くなる。


「それじゃあ、ボク頑張って探すね」
「じっとしてても仕方ないし、とりあえず歩いてみるか」

 

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「うんっ・・・。 って、祐一君?」
「どうしたんだ、変な顔して?」
うぐぅ、変じゃないもん」
「だったら何なんだ?」
「だって、祐一君がついてきてくれるから・・・」
「俺だって探してるものがあるからな」
「・・・なに?」
「CD屋」
「CD屋さん、まだ見つかってなかったんだ」
「だから、あゆの探し物につき合ってやってもいいぞ」
「ほんと?」
「嫌ならいいけど」
「全然嫌じゃないよっ。 嬉しいよっ」


慌てて、首をぶんぶんと振る。


「行こっ、祐一君」
「待て、手を引っ張るなっ」
「気にしたらダメだよっ」


すっかり笑顔のあゆにひきずられながら・・・。


(・・・まぁ、いいか)


あゆの笑顔を見ていると、俺は苦笑するしかなかった。


・・・。

 

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「真っ暗・・・」


あゆが不安げに空を見上げる。

結局、お互い目的を果たせないまま時間だけが過ぎて、今日は諦めて帰ることになった。


うぐぅ・・・夜だよぉ」
「夜って言っても、まだ6時くらいだろ?」
「6時でも、真っ暗だから夜だよぉ」
「・・・もしかして、怖いのか?」
うぐぅ・・・暗いよぉ」


怯えたように俺の腕にしがみついている。

ちなみに、暗くてもまだこの時間なので、当然人だってたくさん歩いている。


「ボク、暗いの苦手なんだよ・・・」


そう言って、泣きそうな顔をしているあゆを見ていると、本当に小さな子供のようだった。


「で、いつまでついて来るつもりだ?」
「もう少しだけだもん・・・」
「まぁ、いいけど・・・」


ため息が街灯で白く浮かんでいた。

俺としては、夜の闇よりもこの寒さの方が何とかして欲しかった。


「・・・あ。 ボク、こっちだから」


途中まで歩いたところで、横に伸びる脇道を指さす。

そこは、俺と名雪が通っている通学路の途中だった。


「じゃあ、気をつけてな」
「うん」
「知らない人にお菓子あげるって言われても、ついていったらダメだぞ」
「ボク子供じゃないもんっ」
「どっからどう見ても子供に見えるけどな」
「でも、祐一君と同じ年だもん」
「何かの間違いなんじゃないか?」
うぐぅ・・・祐一君、やっぱりいじわる・・・」
「絶対に俺の方が年上だと思ったんだけどな」
うぐぅ・・・ボク帰るよ」
「知らない人にお菓子あげるって言われても、ついていったらダメだぞ」
「それは、さっき聞いたよ」
「じゃあな、あゆ」
「・・・祐一君」
「どうした?」
「今日はありがとう。 本当に嬉しかったよ」
「俺もついでがあったからな」
「ついでがなかったら、一緒に探してくれなかった?」
「そりゃ、そうだろうな」
「そうだね。 だって祐一君いじわるだもん」


最後の台詞を何故か笑顔で締めくくって、手を振りながら脇道に消えていった。

 

・・・。

 

 

「・・・うぐぅ・・・前が見えない」


後ろを歩いている女の子が、不安げに呟く。


「俺の手を掴んでたら、絶対に大丈夫だから」
「・・・うん」
「もうすぐで見えてくるはずだ」
「・・・ほんと?」
「ああ、もうすぐだ」
「どんな、ところなの・・・?」
「俺しか知らないような、とっておきの場所だ」
「人けのない場所・・・?」
「なんか、引っかかる言い方だけど・・・まぁ、そうだな」
「・・・・・・」
「ちなみに、俺も1回しか行ったことがないんだけどな」
「・・・ボク・・・帰る・・・」


俺の手をぎゅっと掴んだまま、後ろに引っ張る。


「だ、大丈夫だって」
「・・・ほんとにほんと?」
「ああ、ほんとにほんとだ」
「・・・・・・」


やがて、目印の大きな木が見えてきた・・・。


・・・。

 

 

「ついたぞ」

 

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「あ・・・」


草むらから抜け出したあゆが、その風景に思わず声をあげる。


「きれい・・・」


森の中の一角。

周りを草むらと溶けない雪に囲まれたその場所は、赤い光を浴びて、神秘的な佇まいを見せていた。


「ここが、俺のとっておきの場所だ」


森の中の、ぽっかりと開けた場所・・・。

その中央には、他の木々とは比較にならないくらいの大木がそびえ立っていた。


「でっかい木だろ?」
「・・・うん」
「この木だけは、街中からでも見えるんだぞ」
「・・・どうやって、見つけたの?」


あゆが、感心したように狭い空を見上げていた。


「この木を目印にして、商店街からずっと辿って来たんだ」
「てっぺんが、見えないよ・・・」


見上げても、この木の先端だけは、赤く霞んでいた。

 

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「な。 凄いだろ?」
「うん・・・凄いよ・・・」


素直に喜びを露わにしている。

あゆと初めて出会ってから、すでに1週間が過ぎていた・・・。

その間、俺たちは毎日、駅前で会う約束をしていた。

駅までのベンチで出会って、夕焼けの商店街を歩く・・・。

そんな日常が、続いていた。

最初はかたくなだったあゆの表情も、今では時折笑顔を覗かせることがある・・・。


「・・・祐一君」
「どうした?」


それが、嬉しかった。


「ちょっとだけ、後ろを向いていてもらえるかな?」「・・・それはいいけど・・・どうしてだ?」
「どうしても」
「・・・分かった」


理由は分からないが、素直に後ろを向く。


「いいって言うまで、絶対に振り返ったらダメだよ」

念を押して、それっきりあゆの声が聞こえなくなる・・・。


・・・。


「・・・・・・」


・・・・・・。


・・・。

 


雪に囲まれた森の中を、冷たい風が吹き抜けていった。

どれくらい時間が経ったのか分からない・・・。

やがて、森の中にこだまするように響く、あゆの声が聞こえた。


「もういいよ、祐一君」


その声に振り向いたとき、あゆの姿はなかった。


「・・・ど、どこだ?」
「ここだよ」
「ここってどこだ?」
「上だよ」
「上って・・・」

 

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「凄いよ。 街が見えるよ」


中央の大木。

その上に、あゆの姿があった。


「わぁ。 街が真っ赤だよ」
「何やってんだ!」


叫んだ声が、こだまになって森の中に響く。


「木登り」
「それは見ればわかる」
「ボク、木登り得意なんだよ」
「危ないから降りてこいっ!」
「平気だよ」
「俺は平気じゃない」
「どうして?」
「俺は、高所恐怖症なんだ」
「そうなの?」
「人が高いところに登ってるのを見るだけでも恐いんだ」
「風が気持ちいいよ」


俺の言葉が届いているのかいないのか、あゆがのんびりと感想を言う。


「街が、あんなに小さく見えるよ」
「・・・・・・」
「本当に、綺麗な街・・・。 ボクも、この街に住みたかった・・・」


最後に呟いた言葉は、俺の元には届かなかった。


・・・。

 

「いいよ。 こっち向いても。 お待たせ」


女の子の声に再度振り返ると、今度はあゆの姿が目の前にあった。


「でも、なんで後ろを向いていないとダメなんだ?」
「・・・・・・」


恥ずかしそうに、無言でスカートを押さえる。


なるほど・・・。


「街の風景はどうだった?」
「秘密」


微笑んで、歩いていく。


「どうして秘密なんだよ・・・」
「あの風景は、言葉では説明できないよ。 実際に見てみないと」
「だから、俺は高いところが苦手なんだって・・・」
「でも、秘密」
「今度写真撮ってくれ」
「カメラなんか持って、木には登れないよ。 それに・・・写真ではもったいないよ。 やっぱり」


最後の言葉は、今まで一番の笑顔だった。


・・・・・・。


・・・。

 

 

~1月13日 水曜日の途中から~


・・・。

 

「祐一君っ!」
「ぐあっ!」


安心しているところで不意打ちを食らって、そのまま前のめりに倒れ込む。


「わっ!」


ずしゃっ!


「・・・・・・」
「・・・・・・」


積もりたての雪の上に、ふたりで折り重なる形になっているようだった。


「・・・えっと」
「・・・・・・」
「・・・祐一君、急に倒れるからびっくりしたよ」
「・・・・・・」
「・・・えっと・・・ごめんなさい」
「・・・わかったから、とりあえずどいてくれ」
「あ・・・う、うんっ」

 

 

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うぐぅ・・・今回はボクが悪かったよぉ・・・」
「さすがに傘を持ってると避けられなかった・・・」

結局、体中雪まみれで傘を買った意味がほとんどなくなっていた。


「ごめんなさい・・・」
「・・・しかし、お互いすごい格好だな」


転がった拍子に、柔らかい親切が体中にまとわりついていた。


「あはは・・・そうだね」
「あはは・・・じゃないって」


雪を払いながら、ため息をつく。

でも、不思議と怒る気にはならなかった。


「祐一君、学校の帰り?」
「見ての通りだ」


雪で白くなってはいるが、俺は制服姿だった。


「あゆはどうなんだ?」
「ボクも見ての通り学校帰りだよ」
「全然学校帰りに見えない」
うぐぅ・・・どうして?」
「大体、何で学校帰りなのにいつも私服着てるんだ?」
「え?」


雪を払いながら、自分の服を見下ろす。


「そっか、ボクの通ってる学校って、私服登校なんだよ」
「珍しいな・・・」
「うん。でも、いい学校だよ」


頭に雪が残っていたので、払ってやるとあゆが嬉しそうに目を細める。


「だって、ボク学校好きだもん」
「それは何よりだが、こんな日にどうしてうろうろしてるんだ?」


しかも、見たところ傘も差していなかった。


「ボクが商店街に来る目的はひとつだよ」
「食い逃げか?」
「違うよっ!」
「探し物か?」
「・・・うん」
「まだ見つからないのか?」
「・・・うん」
「何を落としたのか、やっぱり思い出せないのか?」
「・・・うん」


頷く度に、声が小さくなっていく。


「今日も探すのか?」
「うん。 どうしても探さないとダメなんだよ」
「でもな・・・」


俺は少し躊躇したあと、言葉を繋げた。


「見つかる確率なんか、ほとんどゼロだと思うぞ」
「・・・・・・」


少し厳しい言い方になってしまったが、こうでも言わないと諦めないだろう。

俺はあゆが何を探しているのか分からないし、だから諦めろとも言えないけど、

雪の中で傘も差さずに走り回っている姿を見ていると何も言わずにはいられなかった。


「・・・うん・・・それはボクにも分かってるよ・・・でも、ほとんどゼロだけど・・・ゼロじゃないもん・・・」
「・・・・・・」
「・・・何を探してるのかも分からない・・・どこで落としたのかも分からない・・・いつ落としたのかも分からない・・・」
「・・・・・・」
「・・・ホント・・・おかしな話だよね・・・自分でも分かってるんだよ・・・見つかるわけないって・・・分かってるのに・・・」


そのまま下を向いたので、表情は分からない。


「・・・ボク・・・馬鹿だから・・・」
「・・・・・・」
「・・・あはは・・・やっぱり、ボクの言ってること変だよね?」
「そうだな」
「あはは・・・祐一君、正直だよ・・・」
「でも、分からなくもない」


俺にだって、思い出せない記憶がある。

名雪と、そして目の前の少女と過ごした雪の街の思い出・・・。


真っ白なもやに覆われた、7年前の出来事・・・。


「どうしたの、祐一君?」
「どうもしないぞ」
「嘘だよ。 なんか様子おかしかったもん」
「あゆにおかしいなんて言われたくないぞ」
うぐぅ・・・祐一君、いじわる・・・」
「よし、それでこそあゆだ」
「やっぱり、いじわる~」


手袋をした手で、ぽかぽかと殴りかかってくる。


「攻撃してる暇があったら、さっさと探しに行くぞ」
うぐぅ・・・いじわるぅ・・・って、え?」
「え、じゃない。 大切な物を探すんだろ?」
「もしかして、祐一君も手伝ってくれるの?」
「乗りかかった船だからな」
うぐぅ・・・ありがとう・・・」
「しかし、悲しくても嬉しくてもうぐぅだな」
うぐぅ・・・ほっといて・・・」


拗ねたように頬を膨らます。

いつの間にか、すっかりいつものあゆに戻っていた。


「ボク、がんばるよ」


雪の中をすたすたと歩いていく。


「ちょっと待て、あゆ」
「うん? どうしたの?」
「そのまま歩いて行くつもりか・・・」
「え?」
「ほら、傘」
「傘・・・?」
「なんだ、傘も知らないのか? これは雨とか雪をしのぐ便利な道具だ」
うぐぅ・・・傘くらい知ってるもん」
「だったら、どうして不思議そうな顔をしてるんだ?」
「・・・もしかして、傘に入ってもいいの?」
「さすがにこの雪の中、俺ひとりだけ傘を差してるわけにもいかないからな」
うぐぅ・・・ありがとう祐一君っ」
「俺は周りの目を気にして言ってるだけだ」
「ボクにとっては、どっちでもいいよ」


嬉しそうに、俺の傘に飛び込んでくる。


「こらっ、あんまりくっつくな」
「くっつかないと出ちゃうよ」
「これが邪魔なんだっ。 俺がはぎ取ってやる」
「わあっ、羽引っ張らないで~」


傘が役にたっているのかたっていないのか分からない状況で、雪の商店街をもつれるように歩いていく。


・・・。

 

「あはは、楽しいね」
「・・・どうしてこの状況で楽しいなんて言葉が出てくるんだ」


ちなみにこの状況とは、大雪の舞う極寒の街を手がかりのない探し物を求めて宛もなくさまよっている、という意味だ。

当然、まだ探し物は見つからない。


「こういうのって、相合い傘って言うのかな?」
「今のご時世に、そんなこと言ってるやつなんかいないぞ」
「いいんだよ、ボクがそう思ったんだから」
「俺は全然思わない」
「夢がないね」
「夢は関係ないだろ」
「関係なくないもん」
「それよりも、落とし物がなんなのかを一刻も早く思い出せ」
「ここまで出かかってるんだけど」


自分の胸元を指さす。


「もう一息じゃないか」
「昨日はここだったんだけど」


自分の喉を指さす。


「下がってるだろっ」
「あはは・・・ホントだね」


すぐ横で、小さな体のあゆが俺の腕にしがみつくように歩いている。


「でも・・・雪で相合い傘なんて、この街ならではだよね」
「どうしてそんな前向きな考え方ができるんだ」
「悲しいことがあっても、自分に都合のいいように考えて、いつも前向きに」
「あゆらしいな」
「祐一君が言ったんだよ」
「・・・いつ?」
「ずっと昔に」
「・・・どこで?」
「えっと・・・あれ? どこだったかな・・・?」


しきりに首を傾げている。


「学校だったような気がする」
「何だ、学校って?」
「勉強したり遊んだりするところだよ」


ぽかっ。


「それくらい知ってる」
うぐぅ・・・どうして殴るの・・・」
「すぐ横に居るから、殴りやすかったんだ」
うぐぅ・・・迷惑・・・」
「大体、学校なわけないだろ。 俺がこの街に来てたのは、冬休みの間だけだったんだから」
「そっか・・・そうだよね」
「昔のことはいいから、探し物はどうなんだ?」
「あっ!」
「どうした? 何か分かったのか?」
「たい焼き屋さん、閉まってる」


ぽかっ。


うぐぅ・・・無言で殴らないで」
「たい焼き屋はいいから、探し物に集中しろっ」
「たい焼きが食べたかったんだよぅ」
「閉まってるものは仕方ないだろ。 次行くぞ」
うぐぅ、たい焼き・・・」


・・・。


「あ!」
「どうした、見つかったのか?」
「雪がやんでるよ」


ぼかっ。


うぐぅ・・・今のはボク悪くないと思うよ・・・」
「そうかもしれないが、ついでだ」
「ついでで殴らないでよっ」
「雪がやんだのに、いつまでも傘に入ってるからだ」
「あ、そっか」


傘から抜け出して、背伸びをするように手を挙げる。


「折角雪がやんだけど、もうすぐで日が暮れるね」


雪はやんでいたが、薄暗い風景はそのままだった。

今日は、夕焼けを見ることもなさそうだ。


「じゃあ、今日はこれで解散だな」
「そうだね、残念だけど」
「俺は別に真っ暗になるまで居てもいいけどな」
うぐぅ、いじわる」
「またな、あゆ」
「うんっ、まただよ」
「もう食い逃げするなよ」
「しないもんっ。 ばいばい、祐一君」


一際大きく手を振って、あゆが薄暗くなりはじめた商店街を走っていった。


・・・。

 

~1月14日 木曜日の途中から~


・・・。


「どうでもいいけど、なんで学校行く前に商店街をうろうろしてるんだ?」
「祐一君だってそうだよ」
「俺はどうしても今のうちに買っておかないといけない物があったから、仕方なくだ」
「ボクは、学校に行く前は必ず商店街だから」


言ってることがよく分からなかった。

通学路の途中に商店街があるということだろうか?

「それよりも、あんまりのんびりしてると、時間が・・・」

 

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「うぐ?」
「食うなっ!」


あゆは、言っている側からのんびりしていた。


うぐぅ・・・これは貰ったんだもん」
「今から学校だろっ」
「学校は、たい焼きを食べてから行くんだよ」


どんな学校だ、それは・・・。


「祐一君も食べる?」


はいっと、ほかほかのたい焼きを差し出す。


「・・・こうなったら、全部食ってやる」
うぐぅ、全部はダメ~」
「袋ごと食ってやる」
「それもダメ~」
「あゆの手袋ごと食ってやる」
「お気に入りだからダメっ」
「それはいいとして、時間もないから普通に食べる」
「はい。 祐一君の分」


あゆに渡された焼きたてのたい焼きを、はぐっと頬張る。


「やっぱ、ここのたい焼きはうまいな」
はぐはぐ


俺はどちらかというと甘いのは苦手だが、このたい焼きだけは別だった。


「ごちそうさま」
「あれ? もう食べたの?」
「これくらい、3秒あれば充分だ」
「もっと味わって食べないと、もったいないよ」
「時間もないからな」


俺は時計を持ち歩かないので分からないが、そろそろ危険な時間帯のはずだ。


「あゆも急いだ方がいいぞ・・・って、まだ食ってるのか?」
はぐはぐ
「さっきからずっと食ってるけど、それで何匹目だ?」
はぐはぐ・・・5匹」
「食い過ぎだっ」
はぐはぐ・・・だっておいしいもん」
「しかし、朝からよくそんなに食えるな」
「うん。 育ち盛りだからね」
「育ち盛り・・・? どこが」
うぐぅ、どうせボクはちっちゃいもん」
「拗ねてる暇があったら、急いだ方がいいぞ」
「うん。そだね」


店先に時計を見つけて時間を確認すると、走ってもぎりぎりの時刻だった。


「じゃあね、祐一君」
「ああ。 気をつけて急げよ」
「ばいばい~」


ぶんぶんと手を振って走り去っていく。

名雪と違って、朝から元気だった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

「祐一君・・・」
「・・・・・・」
「祐一君・・・」
「・・・どうした?」
「祐一君、あれ何かな?」


振り返ると、あゆが商店街の片隅を指さしていた。

 

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「あれは、薬局のマスコットキャラだ」
「違うよ・・・その隣」
「隣・・・って、ゲーセンか?」
「うん」


そして、その小さなゲーセンの軒先にはクレーンゲームがあった。


「あれって何かな・・・」
「クレーンゲームも知らないのか?」
「うん。 初めて見た」
「あれは、ふたつのボタンでクレーンを操作して、中の人形を掴み取るゲームだ」
「掴むとどうなるの?」
「その人形がもらえる」
「・・・ほんとにもらえるの?」」
「取れればな」
「・・・・・・」
「どうした?」


あゆは、食い入るようにそのクレーンを見つめていた。


「人形、欲しい・・・」
「だったら、やってみるか?」
「・・・うん」


何が気に入ったのかは分からないが、あゆは頷いてそのクレーンゲームの元に走り寄る。

 

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「かわいい人形・・・」


ケースの中の人形を、食い入るように見ている。


「ボクに取れるかな・・・」
「まぁ、無理だろうな」
うぐぅ・・・」
「そんな簡単に取れたら、中の人形なんてあっという間になくなるぞ」
「・・・でも、やってみないと分からないもん」
「だったら、ほら」


コイン投入口に、100円玉を放り込む。


「わっ。 ボク、まだ心の準備が・・・」
「こんなのは、考えたって取れないからな。 いきなりの方がいいんだ」
「・・・う、うん」


緊張の面持ちで、ボタンを操作する。


「・・・・・・」


クレーンがゆっくりと移動して、中程で揺れながら止まる。


「・・・・・・」
「お。 いいところで止めたじゃないか」
「そ、そうかな・・・?」
「これなら取れるんじゃないか?」
「ボク、がんばる」


あゆがボタンを操作すると、今度はクレーンが横に移動していく。


「・・・・・・」


そして、途中でその動きを止めた。

その真下には、一体の人形が顔を出している。


「・・・・・・」
「・・・・・・」


俺とあゆが見守る中、クレーンが一度下がって、そして上がってくる。

その先には、何もなかった。


うぐぅ・・・やっぱり無理・・・」
「だったら、今度は俺が代わってやろうか?」
「祐一君、上手なの?」
「まぁな」


自信たっぷりに頷く。


「一度にふたつみっつは当たり前だ」
「・・・凄い」
「たくさん取って、好きなのをプレゼントしてやるぞ」


あゆの尊敬の眼差しを受けながら、コインを投入する。


・・・・・・。

 

・・・。

 

「・・・祐一君、もういいよ」
「いや、さっきのは惜しかったから、次こそは・・・」
「さっきも同じこと言ってたよ・・・」
「次こそ本当に大丈夫」
「・・・でも、もう1000円以上使ってるよ」
「クレーンゲームで1000円くらい、普通だ」
「お金なくなっても知らないよ・・・」


・・・・・・。

 

・・・。


「金がなくなった・・・」
「使い過ぎだよ」
「しかも、1個も取れなかった・・・」
「そうだね」
「この機械、壊れてるんじゃないか?」
「ちゃんと動いてたよ」
「だったら、どうして?」
「今日は運が悪かったんだよ」
「ごめんな、約束したのにプレゼントできなかった」「ボクはいいよ」
「祐一君、がんばってくれたもん。 それだけで充分だよ」


がっくりとうなだれる俺に、あゆがニコッと微笑む。


「それよりも、たい焼き食べて帰ろうよ」
「たい焼き買う金がない・・・」
「だったら、今日はボクのおごり」

うんうん、と頷いて先に歩いていくあゆ。


「祐一君、早く行かないとお店閉まっちゃうよ?」


くるっと振り返ったあゆの笑顔が嬉しかった・・・。

そして、いつまでもこんな日が続けばいいのに、と心から願った・・・。


・・・・・・。


・・・。

 

 

~1月15日 金曜日(成人の日)の途中から~


・・・。

 

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「おはよう、祐一君」
「ああ、おはよう・・・」


「秋子さん、ご飯おかわり」
「はいはい」


「ふぁ~、名雪のやつはやっぱりまだ寝てるのか」
「今日は部活も休みみたいだから、好きなだけ寝かせておいてあげましょう」
「そうですね」
「お腹が空いたら、昼過ぎには起きてきますよ」
「しかし、よくあれだけ寝ていられるな」


「秋子さん、卵おかわり」
「はいはい」


・・・。


「・・・って、何やってんだ、あゆ!」
「おかわり」
「そうじゃなくて、なんでここにいるんだ!」
「・・・朝ご飯食べてるから」
「自分の家で食えっ!」
うぐぅ・・・」


「祐一さん、それくらいにしてあげてください」

「そうだよ」
「自分で言うなぁっ!」


「祐一さん、それくらいにしてあげてください」
「秋子さんも、庇わないでください」
「でもね、わたしが招待したのよ」


「うん」


「・・・招待?」


いまいち事情が飲み込めない。


「外にゴミを出しに行ったときにね・・・」


秋子さんが、その事情をとつとつと話し始める。


「その時に、偶然あゆちゃんが通りかかったのよ」
「うん。 通りかかったんだよ」


「それで?」


「一緒に朝ご飯でもどうですか?って」
「・・・それで?」
「それだけよ」
「秋子さん・・・」
「はい?」
「・・・道端で出会ったというだけで、朝食に招待しないでください」


ため息と一緒に吐き出す。

「賑やかな方が、楽しいですから」


頬に手を当てながら、それだけを言い残してキッチンの中に消える。

・・・なんというか、相変わらずの秋子さんだった。

「祐一君、秋子さんって料理なら何でも得意なんだね」
「お前も、少しは遠慮しろ」
「お腹空いてたから」


にこっと微笑んで、おかわりのご飯にしばづけをのっけている。


「大体、いつからこの家の朝食は和風になったんだ・・・」


昨日までは間違いなく、トーストにゆで卵だったはずだ。


「秋子さんが、パンとご飯どっちがいいですか?って訊いたから、ボクはご飯がいいって・・・」


それでわざわざご飯を用意したのか、秋子さんは・・・


「うちはファミレスじゃないぞ・・・」
「このしばづけ、秋子さんが自分で漬けたんだって。 料理上手な人って、羨ましいよね」
「お前はどうなんだ? 料理できるのか?」
「ボクも料理くらいは余裕でできるよ」
「やけに自信たっぷりだな」
「ボクにだって特技のひとつくらいあるもん」
「食い逃げか?」
うぐぅ、料理だもん!」
「料理・・・」
うぐぅ・・・」


あゆには悪いが、どっから見ても料理が上手そうには見えなかった。

しかし、見た目に反して、実は凄い料理の腕の持ち主という可能性も、全くのゼロではない。


「?」


不思議そうに首を傾げるあゆを後目に、運ばれてきた朝食を頬張る。

俺の朝食はご飯と塩鮭だった。

確かに秋子さんは和食も絶品だった。


「いつか、祐一君をびっくりさせるような料理を作るもん!」


しかし、俺があゆの手料理を食べるなんてことが、果たしてこの先に起こり得るのだろうか・・・。


「そうだな、その時は俺が食って判断してやる」
「きっと、馬鹿にしたことを後悔すると思うよ」


自信たっぷりに言い放って、不敵に笑う。


「ちなみに、一番の得意料理は何だ?」
「クッキー」
「珍しく女の子らしいな」


クッキーが料理かどうかは疑問が残るが、この際なので突っ込まないでおく。

「ボク、女の子だもん」
「カチューシャしてるからな」
「してなくても女の子だもん」
「そうか? カチューシャ外して髪を短く切ったら、小学生くらいの男の子に間違えられるんじゃないか?」


言ってから想像してみると、自分で思わず納得してしまった。

 

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うぐぅ、ボク小学生じゃないもん・・・。 ちっちゃいけど祐一君と同い年の女の子だもん・・・」


どうやら気にしているらしい。


「身長が3メートルを超えるよりは、小さい方がいいかもしれないぞ」
「そんな極端な例を出されても、ボク分からないよ」

確かにその通りだ。


「とにかく、料理は期待しててね」


念を押すように言って、秋子さんが作ってくれた朝食を頬張る。


・・・。

 


「あゆ、今日はこれからどうするんだ?」


朝食を食べ終えて、帰るというあゆを見送るために家の前までつき合う。


「ボクはこれから商店街だよ」
「まだ10時にもなってないから、ほとんどの店は閉まってるぞ」
「うん。 お店は閉まってても、歩道を探すことはできるから」
「探すって・・・」


――『落とし物を探してるんだよ』


「まだ探してたのか・・・」
「うん。 見つかるまで頑張るよ」
「そっか。 見つかるといいな」
「うんっ。 応援しててね」
「ああ・・・」
「ばいばい、祐一君。 ご飯、おいしかったよって秋子さんに伝えておいてねっ」


今日は休みだから、俺も一緒に探してやろうかと思ったが、言葉にするよりも早く、あゆの姿は消えていた。


「せっかちなやつだな・・・」

もっとも、それだけ大切な物ということなのかもしれない・・・。


「見つかるといいな・・・」


外でじっとしていても寒いだけなので、そそくさと部屋の中に戻る。

 

・・・・・・。


・・・。


(・・・出かけるか)


これといって目的があるわけではないが、家でつまらないテレビを見ているよりはマシに思えた。

部屋に戻って、ハンガーからコートを引き剥がす。

ズボンのポケットに財布だけを突っ込んで、そのまま引き返す。

合い鍵で玄関を閉めて、そのままポケットに突っ込む。


(・・・さて、どこに行くか)


とりあえず商店街に目的を定めることにする。

何か新しい発見があるかもしれないしな・・・。


・・・。

 

商店街をふらふらと歩いていると、その先に見知った顔を見つけた。


「おーい」

「・・・あ。 祐一君っ」


あゆも俺の姿を見つけて、パタパタと駆け寄ってくる。


「何だ、まだうろうろしてたのか?」
「うん。 でも、今から帰るところだよ」
「それで、どうだったんだ?」
「・・・ダメだったよ」
「そうか。 でも、まだ諦めてないんだな?」
「うんっ。 ボクまだ頑張るよ」
「そんなに大切な物なのか?」
「そうだね・・・」


いつもの笑顔がどこか悲しげだった。


「それじゃあ、ボクそろそろ帰るね」
「ああ。 気をつけてな」
「うんっ」


今度は元気よく頷く。


「ばいばい、祐一君」


手を振るあゆと別れて、暮れ始めた空をふと見上げる。


「・・・俺も帰るか」


そろそろ誰か帰ってきている時間だろう。

きびすを返して、そして家路についた。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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「頼むよ」
「頼まれても、困るよ・・・」
「拝むから」
「拝まれても、困るよ・・・」
「2000円くらいでいいから」
「わたし・・・そんなにお金ないよ・・・」
「あるだけ全部でいいから」
「全部はダメ。 わたしが困るもん」
「ちゃんと返すから」
「・・・1000円だけでいい?」
「それだけあれば充分だ
「本当に返してね・・・」
「来月の小遣いが入ったら返すから」
「来月・・・って、祐一が帰ったあとだよ」
「だったら、来年に返すから」
「わたし、本当に困るよ・・・」
「じゃあ、ちょっと出かけてくる」
「わっ。 本当にダメっ!」


追いすがる名雪をかわして、外に飛び出す。


・・・。

 

そして、商店街に向かった・・・。


「・・・あ」


夕焼けの赤が、駅ビルの窓に反射して、辺りを照らし出していた。

窓に映りこんだ雲が、ゆっくりと流れている・・・。
今年の改装工事で新しく建てられた駅ビルは、まだ真新しい外観を保っていた。


「祐一君」


赤く染まった木のベンチにちょこんと腰かけて、あゆが笑顔で手を振っている。

もう、1週間以上続いている夕暮れの風景だった。


「祐一君、今日は遅かったね?」
「ちょっと商店街に寄ってたんだ」
「先に商店街に行ってたの?」
「ああ」
「どうして?」


不思議そうに首を傾げている。


「これを取ってきたんだ」


手のひらに収まるくらいの、小さな人形。

白い服に、同じくらい真っ白な羽。

そして、頭の上には黄色い輪っかがのっている。

キーホルダーのついた、天使の人形だった。

 

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「わっ。 かわいい」
「昨日の雪辱戦だ」
「・・・でも」
「大丈夫だって、今日は1回で取れたから」
「・・・ボクが貰っていいの?」
「そのために取ってきたんだ」
「わ・・・本当にありがとう」
「だから、これくらい余裕だって」
「ボク、大切にするよ。 ずっとずっと、大切にするから・・・」
「そんな大げさな物でもないと思うけど」
「ありがとう、祐一君」


大切そうに天使の人形を抱きかかえて、そして屈託のない笑顔を覗かせる。


「・・・良かったよ、元気になったみたいで」
「・・・え?」
「最初に会った時なんか、返事もしてくれなかったもんな」
「・・・えと・・・」
「何があったのかは知らないけど、吹っ切れたみたいで良かったよ」
「・・・・・・」
「・・・どうした?」
「・・・祐一君」


真剣な表情で、俺の顔を見上げる。


「・・・ボク、まだ吹っ切れないよ」
「・・・・・・」
「きっと、一生かかっても無理だと思う・・・。 でも、忘れることはできると思うんだよ・・・。 だから、祐一君には本当に感謝してるよ」
「そっか・・・」
「うんっ」


そして、もう一度頷く。


・・・。


あゆと一緒に、今日2回目の商店街を歩く・・・。

陽はさらに傾いて、長い影が石畳の床に落ちていた。
そんな影を追いかけるように、ただゆっくりと商店街を散歩する。


「・・・もうすぐで、冬休みも終わりだね」
「そうだな・・・」
「・・・帰っちゃうんだよね・・・」
「学校があるからな・・・」
「・・・また・・・来年も遊びに来るよね?」
「ああ、きっと来る」
「約束・・・できる?」
「・・・・・・」
「祐一君・・・?」


俺は、あゆの手を取って、強引に小指を絡ませた。

「指切ったっ」


そして、小指を放す。


「・・・・・・」


何が起こったのか分からず、じっと自分の小指を見つめている。


「これで絶対に大丈夫だ」
「・・・約束」
「ああ、約束だ」
「うんっ」


どこか寂しそうに、あゆが頷く。


「・・・さっきやった人形、あるだろ?」
「うん」
「実は、あの人形はただの人形ではないんだ」
「・・・?」
「持ち主の願いを叶えてくれる、不思議な人形なんだ」
「・・・・・・」
「今、嘘臭いって思っただろ」
「ちょっと」
「でも、本当だ」
「わっ。 そうなんだ」
「ただし、叶えられる願いは全部で3つまで」
「3つ・・・」
「もちろん、願いを増やして欲しいっていう願いは却下」
「あ。 やっぱりダメなんだ」
「当たり前だ。 願いを叶える方の立場も考えてやらないと」
「・・・誰が願いを叶えてくれるの?」
「俺」
「あはは・・・そうなんだ」
「だから、俺にできないことも叶えてやれないぞ」
「そうだよね・・・」
「ちなみに、俺は貧乏だぞ」
「・・・・・・」
「さぁ、何でも願いを言ってくれ」
「・・・えっと」


能天気な笑顔の人形を抱いたまま、うーん、と考え込む。


「それなら、ひとつめのお願い・・・」


真剣な表情で、あゆが願いを続ける・・・。


「ボクのこと忘れないでください。 冬休みが終わって、自分の街に帰ってしまっても、時々でいいですから、ボクのことを思い出してください。 そして・・・ああ、そういえば雪の街で変な女の子に会ったなぁって、それだけでもいいですから忘れないでください。 それが、ボクのひとつめのお願いです・・・って言うのは、ダメかな?」
「言っただろ? 俺にできることだったら、何でも叶えるって」
「・・・・・・」
「約束する。 俺はあゆのことを忘れないし、絶対にこの街に帰ってくる。 その時はまた、一緒にたい焼き食べような」
「・・・うん」
「ちなみに、最後のたい焼きはサービスだ」
「・・・うんっ。 約束」


ふたつの影法師が寄り添っていた。

白い街が赤い街に変わり、そして、ゆっくりと暮れていく。

離れた指の温かさを気にかけながら、それぞれの家へと帰っていく・・・。

 


・・・。