・・・。
――そして説明会に参加した者たちが、このゲームの致死性を理解していた頃――それぞれの理由により、説明会場に行かなかったプレイヤーもいた。
その中の1人、『真島章則』。
彼は単身、森の中を歩きながら、低い声で呟いた。
「・・・全く、ふざけたゲームだ」
身の丈180cmを超える長身で、周囲を警戒しながら木々の間を進む。
ポケットには、他の参加者同様、PDAが押し込められている。
そこに記されていたクリア条件、特殊機能、プレイヤーナンバー、そして基本ルールを思い出すと、苛立ちが募った。
真島のプレイヤーナンバーは『7』――。
クリア条件は『未使用のメモリーチップを10個以上所持する』。
そして特殊機能は『半径10m以内にいるプレイヤーのメモリーチップの所有数を表示する』だ。
メモリーチップというのが何のことを言っているのかはわからないが、とにかくそれを集めろということらしい。
そしてクリア条件を満たせなかった場合には、首輪で爆死させられるというのが、このゲームの大まかな趣旨のようだった。
「くそ・・・」
主催者への、というより理不尽な状況への怒りで、手が知らず拳を形作る。
だが――どんなに強く拳を握り締めようと、それで首輪を破壊できるわけではない。
行く手に目をやると、そこには彼をじっと見つめる監視カメラがある。
「・・・ふん、暇人がいるもんだな。 俺が右往左往しているのを見て、楽しいか?」
無論答えはない。
だがこのゲームとやらの視聴者を、わざわざ楽しませてやる必要はない。
ゲームの運営者の意図に乗るなど、真っ平御免だ。
お仕着せの情報にありつくよりは、自ら考えて動き、自ら情報を探った方がいい。
真島はそう思い、説明会をボイコットして、情報収集を行っていた。
・・・。
――そうしてしばらく歩くうち、やがて景色が変わり始めた。
そこで不意に声がかけられる。
「あ、あのっ」
「誰だ?」
振り向くと、そこにいたのは見知らぬ女だった。
同じゲームに参加している人間だろうか?
真島が拳を握り込みながら女の挙動を窺い続けていると、警戒されている事に気づいたのか、女が慌てて声を上げた。
「わっ、ちょ、あの、あっあたし、怪しい者じゃないです! あのっ、あたし、『荻原結衣』っていいます」
「・・・・・・」
「えっと、あたしと同じで、わけわかんないうちに連れてこられた人ですよね? その、首輪してますし」
「・・・・・・」
「あ、あれ?」
真島の無言が予想外だったのだろう、結衣と名乗った少女が、不安げに首を傾げる。
だが真島は、この少女に対しどのような対応をしていいのか、未だ決めかねている状態だった。
「・・・お前は、メモリーチップというのが何だか知っているか?」
「え? め、めもりーちっぷ?」
「これは見ていないのか?」
真島が、制服のポケットからPDAを取り出し、軽く掲げる。
「あぁ! そ、それ、ちょっと見せてもらえませんか?」
「断る」
「えーっ!」
「タダで俺の情報を見せるわけにはいかない。 ゲームなんだろう、これは?」
「え、ゲームなんですか?」
「・・・・・・」
「あ、その、あたし、これ落として壊しちゃったんです。 誰が入れたのかわかんないんだけど、ポケットに入ってるのに気づかなくて」
ほら、と結衣がPDAを指し出す。
真島が受け取って見てみると、確かにPDAの電源は入るものの、画面は暗転したまま何も映らなかった。
「・・・ということは、勝利条件も特殊機能もルールも知らないのか?」
「え、ええ・・・そういうの見る前に落としちゃったから。 っていうか、ホントにゲームなんですねぇ・・・」
「・・・そのようだな」
真島が腕を組み、深くため息をついた。
メモリーチップ、および他のプレイヤーの勝利条件について情報交換できるかと期待していただけに、この結果は想定外だった。
真島にとって収穫があるとすれば、プレイヤーにも人畜無害そうな奴がいるのがわかったことくらいだ。
「先は長いな・・・」
やはり説明会に行くべきだったか。
そう思う真島に、少女が言う。
「あ、あの・・・凄くがっかりしてるところで申し訳ないんですけど、その、ルールとかゲームとか、教えてもらえませんか?」
「・・・・・・」
上目遣いで尋ねてくる少女を、改めて見下ろす。
この少女のPDAが壊れているのは事実であり、ルール等を知らないというのもその通りなのだろう。
首輪についての知識もないのなら、PDAから警告音が鳴ったとしても、なぜ鳴っているのか分からず死んでしまう可能性がある。
別に、真島は少女に対して何を思うわけでもなかったが――そんな事になれば、さすがに寝覚めが悪いだろう。
「・・・分かった。 俺の情報以外なら教えてやる」
「ほ、ホントですか! ありがとうございますっ!」
「・・・まずは、6つのルールについてからだ――」
状況を深刻に捉えていない無邪気な笑顔の結衣を気にも留めず、真島はまず、ゲームの基本ルールから端的に説明を始めた――
・・・。
「・・・というわけだ。 とりあえず首輪には気をつけろ」
「そ、そうだったんですか・・・うっわー、あたし、1回思いっきり引っ張っちゃってました。 危なかった・・・」
「警報は鳴らなかったのか?」
「鳴りましたよ。 すっごいびっくりして、でも警報止めないとって思って、慌ててPDAの電源を切ったんです」
「・・・やはり警報が鳴るのか。 この分だと、進入禁止エリアも怪しいな」
「あれ? あの、進入禁止エリアも鳴るんですよね?」
「それをこれから確かめに行く」
「え? えっ?」
「・・・それじゃ、後は頑張るんだな」
伝えることは伝えたと、真島はさっさと背を向けた。
するとすぐ、背後から結衣に呼び止められる。
「あっ・・・その、待って下さい! あたし、PDAが壊れてるのに、置いて行かれてもどうしたら・・・」
「俺には、お前のPDAは直せない。 ルールは伝えたし、後は自分でどうにかしろ」
「そ、そんな・・・一緒に行動してくれないんですかっ?」
「一緒にいる意味はないだろう?」
「うぅ・・・だったら別にいいです! あたしも一緒に行きますから!」
言って、少女が真島の後ろへぴたりとつく。
「・・・勝手にすればいい」
真島は、結衣の方には振り返らず、ただ黙々と山を下りていった。
・・・。
歩きながら、結衣に問われるままに真島は、自分の知っている事を答える。
そして話題が説明会の件に差し掛かった時、結衣が眉根を寄せた。
「説明会? そんなのあったんですか?」
「ああ。 この先にある村で開催されていたらしい」
「真島さんは参加したんですか? その説明会ってのに」
「いや・・・面倒でな。 もう終わってるかもしれないが、今からでもお前は行くべきだろう。 PDAの件もある。 主催者に会えれば、交換してもらえるかもしれない」
「え・・・あたしが行くとしたら、真島さんはどうするんですか?」
「俺は、関係ないだろう。 徒労に終わる可能性もある」
「そんなことないですよー。 ただでさえ、こんな訳の分からない状況なんですから、たくさん人がいる方が安全ですよ?」
「・・・・・・」
確かに、人が多ければ互いに協力しあう事もできるだろう。
しかし人が多いということは、それだけ憂慮すべきことも増えることになる。
持ち運ぶのに便利な鞄が手に入ったとしても、それ自体が10キロもあるようでは意味がない。
「・・・安全か否かはイーブンだ。 それより俺はこんなくだらない茶番から、早く抜け出したい。 お前はお前の考えで行動しろ。 俺は俺だ」
真島が結衣を置き去りにするように、大きな足取りで歩き始める。
「そ、そんなぁ、待ってくださいよぉー!」
その後を、結衣がぱたぱたとついてくる。
真島は無視し続けていればそのうち諦めるだろうと思い、結衣の好きなようにさせた。
・・・・・・。
・・・。
そうこうしているうちに、いつしか景色は森から川辺へと変わっていた。
「ああもう、歩くの速いですってば!」
「ついてこなければいいだろう」
「どうしてそんないじわる言うんですかぁー!」
「いじわるで言っているわけじゃない。 俺は1人でここを出る、それだけだ」
いい加減鬱陶しくなり、真島は走り出そうかとも考えた。
その時、真島はふと足を止めた。
「うわっぷ!」
突如静止した真島を避けきれなかったらしく、結衣が背にぶつかったが、そんな事を気にしていられない。
やがて前方の草むらが揺れ――
自分と同じような体格の男が、不敵な笑みを浮かべて現れる。
「ようやく俺以外の参加者に会えたぜ、なぁ」
「・・・・・・」
金髪の男が方を竦め、気安い言葉と共に近寄ってくる。
その目は猛禽を思わせる鋭さを湛え、とても有効的なタイプの人間とは思えない。
「おい、てめぇら。 説明会とかいうのに出たか? 出たんなら、説明された事教えろや。 俺ァ道間違えちまって、間に合わなかったから――あん? つーか、もしかしてお前・・・」
男が真島を舐めるように見定めながら、眉を顰(ひそ)める。
そして、ようやく思い当たったとばかりに目を見開き――突然、笑い声を上げ始めた。
「おいおい、マジかよ! どんな確率だっつー話だ、なぁおい!」
「・・・なんだ?」
「な、なんなの、あの人・・・?」
「ああ・・・久々に神様ってヤツの存在を信じたくなったぜ。 いきなり拉致ってこられてゲームだぁ? ふざけんじゃねぇと思ってたが、案外悪くねぇ状況だ」
クックッと腹で笑いながら、男が顔を手で覆う。
その手の下では、猛禽じみた瞳が喜びにじわじわと細められていく。
そして――不意に、男の笑いが止まった。
「答えろ」
男が、傍らにあった若木の枝を毟るように折りながら、真島を鋭く睨み付けてくる。
「てめぇ、東海二学の真島章則だな?」
「・・・だったら何だ?」
「死ねよ」
呟くと同時に、男が木の枝を真島の顔面に向かって猛然と投げつけた。
「・・・っ!」
「きゃぁっ!!」
とっさに回避した真島の顔面すれすれを、回転した木の枝が通り過ぎ、森の中へと消えていく。
一瞬の出来事に、結衣が短く悲鳴を漏らした。
「・・・俺が、どんだけこのチャンスを待ってたか分かるか? あぁ?」
「・・・誰だ、お前は?」
「フッ、ハハッ! まあ、そうだよな、そりゃそうだ。 てめぇは俺のことなんざ、微塵も記憶にねぇよな。 いやぁ、まいったまいった。 さすがは真島サンだなァ・・・」
突然笑い出したり、怒鳴ったりする男の異常さを目の当たりにし、結衣が真島の陰に隠れる。
しかし、男はそんな結衣の姿など最初から目に入っていないかのように、ただ真っ直ぐ真島の顔を睨み付けてくる。
そして野獣のように覗かせた歯を砕かんばかりに軋らせたかと思うと、猛然と地を蹴った。
「――俺の名前は『黒河正規』。 てめぇに恨みを持つ男だ。 覚えとけ」
そう叫びながら殴りかかって来た黒河という男に対し、真島は素早く両拳を、自身の顎の前に持ち上げた。
・・・。
―― 一方、その頃。
真島らとは別の理由で、説明会に参加しなかった藤堂悠奈は――
草むらを掻き分けながら山を歩き、そろそろ目的地へ辿り着こうとしているところだった。
「あと少しね・・・」
動き出した直後こそ、蹴り逃げされるといった不慮の事故はあったが、それ以降は大きなトラブルに見舞われていない。
あれからキューブも2つ見つけ、そこから得たメモリーチップを1つ消費して、武器の入手にも成功していた。
ベレッタM92FS――。
今は悠奈の腰に差し込まれているその金属の塊は、世界で最も名の知れた、暴力の象徴とも言うべき拳銃だった。
すると不意に森が開け、一軒の山小屋が前方に現れる。
PDAを確認すると、少し前に2つ目のメモリーチップを差し込んだそれは、確かに山小屋の位置にマーカーを立てていた。
「・・・間違いないみたいね。 さて、それじゃ家探しといきますか」
山小屋に足を踏み入れると、埃の臭いに混じって、うっすらと檜(ひのき)の香りがした。
黒く煤けてはいるが、床板の壁は腐る様子もない。
良い木材で上手いこと造られているらしい。
「お、あったあった」
それが見つかったのは、錆の浮いたキッチンの下にある戸棚の中だった。
やけに真新しく見える麻袋――。
悠奈はそれをロッジの机の上へと投げ出して、自身は椅子に腰かけつつ、袋の中身に手を伸ばす。
まず出てきたのは果物の缶詰と、水が入った500mlのペットボトルが2本。 そして――
「ふ~ん・・・やけに重いと思ったら、こういうことね」
麻袋の中に、もう1つ入っていた物――それは一振りの柳葉刀(りゅうようとう)だった。
中国の曲刀である柳葉刀は、刀身が広いために重く、お世辞にも扱い易い武器とは言えない。
とは言っても、弾が切れた際の護身用程度にはなるだろう。
「ま、邪魔なようだったら捨てちゃえばいいしね」
悠奈はそう呟くと、とりあえずその柳葉刀を手に小屋の外に出た。
と、その直後――
凛とした声が、払暁(ふつぎょう)の空の下に響く。
「――止まって下さい」
「っ!?」
鈴のように高く、意志そのもののように強い声を前に、悠奈はぴたりと足を止めた。
するとそこへ――黒い突風が吹き込んでくる。
見やると疾風の如く迫るのは、黒色のセーラー服と濡れ羽色の髪をなびかせる、日本人形じみた少女だった。
その少女が駆け寄りながら、ゆらりと右手を持ち上げる。
悠奈は迷わず柳葉刀を投げ捨て、腰に差していたベレッタを引き抜いた。
悠奈の心に、焦りや恐怖はない。
このくらいの状況は、悠奈の知る絶望からは程遠い。
「素手で来るとはいい度胸ね――!」
少女の向かってくる軌道から飛び退きつつ、悠奈が前方へと銃を突き出す。
接触するまでにはあと6歩――。
想像以上の速さに驚きはしたが、素手の相手でこの距離があれば、負ける気はしない。
少女との距離はあと4歩――。
「足の一つくらいは覚悟しなさいよね!」
だが悠奈が銃口を彼女の足へ向けた途端、自分に接近しつつあった少女の動きが急変する。
「ゲットです!」
「は?」
少女が悠奈に見向きもせずに広い上げたのは、ついさっき捨てたばかりの柳葉刀だった。
「よし、やっと手に入りました! あれ? でもこれ、日本刀じゃないのですか? これはとんだ紛い物です。 せっかくいい得物を見つけたと思ったのに・・・」
「・・・・・・」
「まあでも、これはこれでもらっていきましょう。 どうもありがとうございました」
「・・・ちょっと待ちなさい」
「はい?」
「一体何なの、君は?」
「名乗るほどの者ではありません」
「あっそ! じゃあ別に名前はいいけど・・・。 いきなり襲ってきて、人の持ち物に難癖つけた挙句、それをもらっていこうとか、何様なの!?」
「刀が欲しかったのです」
「欲しければ奪うわけ?」
「違います。 私はあなたが投げ捨てたところを拾っただけです」
「私が捨てなかったら、絶対に刀を目当てに襲ってきてたでしょ?」
「・・・・・・襲いません」
「だったら間を置かずに即答しなさいよ!」
「十中八九、襲いません」
「ああそう・・・はいはい。 じゃあ、10パーセントの人間ってことね、君は」
そう言いながら悠奈は両手を持ち上げ、その手にある銃口を少女の方へと向けた。
途端に少女が目つきを鋭くし、こちらを睨み付けてくる。
「・・・何のマネですか?」
「私ね。 一応、全員がクリアすることを願ってるの。 このゲームをね」
「・・・であれば、どうして私に銃口を向けるのです?」
「その刀を没収するためよ。 誰かが武装すれば、他の誰かも武装して争い始める。 だから、君に武器は持たせない。 分かった?」
「あなたに指図される理由が分かりません。 それに、あなたも武装しています」
「私は殺す気はないからいいの。 この銃は抑止力よ」
「私も人を殺す気は・・・・・・・・・ありません」
「だったら、間をおかず即答しなさいよ」
「十中八九殺しません」
「・・・はいはい、君が10パーセントの人間なのは、もう分かったから。 その刀は返しなさい」
「お断りします。 私にはやらねばならぬことがあるので。 それに貴方、随分とこのゲームについて詳しいようですね・・・?」
少女が、鞘をすらりと滑らせ、白銀の刃を解き放つ。
「・・・抜いたわね」
穏便な解決を目指す悠奈としては、互いに武器を向け合うのは最も避けたい展開だった。
とは言え、こうなってしまっては仕方がない。
「一応、聞いておくけど、話し合いの余地は無いのね?」
「あなたが私に刀をくれるのであれば、見逃してあげます。 無益な殺生をするつもりはありません」
「殺しの有益無益を考えてる時点で、話にならないわね」
悠奈は目を細め、少女を冷たく見据えた。
するとそれに呼応するようにして、少女も柳葉刀を構え持つ。
しかし彼女が欲していた日本刀と違うせいか、その構えはどこか不自然だった。
「・・・君、剣道の経験者? 片手剣を使ったことがないみたいだけど、大丈夫なの?」
「心配は無用です。 日頃はもっと長い刀を振っていますので」
表情一つ変えずに、少女が悠奈の心配を切り捨てる。
そんな黒い少女の馬鹿正直な応答に、悠奈はこっそりとほくそ笑んだ。
――やり合う前に情報を与えてしまうところを見ると、戦闘は得意でも実践の経験は薄そうだ。
それに、自分の能力を過信している。
慣れない得物でも、能力でそれを補えると思っているのだろう。
「行くわよ!」
あえて開始の合図を出して、悠奈は少女に向けた銃口を僅かに動かした。
すると予想通り、少女は悠奈の正面に立たないよう、悠奈を中心として周囲を走り始めた。
何でもありの相手なら、ここから刀の投擲(とうてき)を警戒するところだが、刀に執着していた少女にそれはないだろう。
少女側の攻撃手段は、柳葉刀と格闘の近接のみ。
対する悠奈は、どの距離でも、少女の動きに方向さえ合わせれば攻撃ができる。
それらの状況を鑑みても、やはり負ける気はしない。
「どうしたの、走り回ってるだけじゃ私は仕留められないわよ?」
「気遣い無用! ふっ――!」
悠奈の足を組み替える僅かな隙を見て、少女が間合いを詰めてくる。
だが悠奈は慌てずに、すかさず彼女に銃口を向け――
「ばん!」
「・・・っ!?」
悠奈の動きと声に騙され、少女が慌てて飛び退る。
「ほらほら、どうしたのよ?」
「っ、この・・・!」
――!!
「おっと」
悠奈の挑発によほど気が立っているらしい。
再び銃口を向けても、少女は怯む様子を見せなかった。
積極的に間合いを詰めてくる少女と、攻守が入れ替わる。
「そこですっ!」
「っ・・・とぉっ! さすがに、速いわね!」
「はぁあぁぁっっ!!」
気合いと共に打ち込まれる剣撃を、悠奈は距離を取りながら回避した。
不慣れな武器ながら、黒染めの少女の動きは速く、柳葉刀が赤い髪を掠めてはその数本を奪い取っていく。
これがもし日本刀だったら、勝負は五分だったかもしれない。
だが、刀の重さに振り回されているような現状では、まだ悠奈の敵ではない。
「隙あり!」
「っ――!?」
追いかけてくるところへ再度差し込んだ悠奈の銃撃フェイクに対し、今度は少女も大きな回避行動を見せた。
先のフェイントとは違い、引き金にかけた指を動かしたのだ。
「っ、舐めたマネをっっ!!!」
体勢を立て直した少女が、柳葉刀を振り上げてくる。
そこから繰り出される軌跡は袈裟。
さっきまでの悠奈ならば、その斬撃に距離を開けることで回避していたのだが――
今度は、それにあえて1歩踏み込んだ。
「くっ・・・!」
突然の相手の変化に、一瞬だけ少女に迷いが浮かぶ。
刀の速度が鈍り、必殺の一撃が気のないただの振り下ろしと成り果てる。
その隙を悠奈は見逃さない。
「これで終わりぃ!!」
――!!
「がふっ!」
悠奈の放った前蹴りが、少女の鳩尾(みぞおち)に突き刺さる。
短い呻き声を伴って、細い体がくの字に折れ曲がり、浮いた足先が宙を掻く。
それほどの衝撃で打ちのめされた少女の体は、しばしの間呼吸を忘れ、意識もあっけなく消し飛んでいた。
「ふぅ・・・まだまだ腕は鈍ってないわね」
拳銃を腰に差し込んで、悠奈はようやく肩の力を抜いた。
制圧の第一弾は、刀好きの風変わりな少女だったが、悠奈の実力で対応できる範囲の相手で助かった。
今後もこれを繰り返すと思うと、ため息しか出てこなかったが、目的のために手段は選んでいられない。
「えーっと、とりあえずこの子はどうしよっかな・・・」
気を失って倒れている少女を見下ろしながら、今後の展開について考えてみる。
放置すれば、間違いなくこの少女は再び襲撃してくるだろう。
仮にそうしなかったとしても、先ほどの話ぶりから、誰かを殺しに走るかもしれない。
襲われるのが悠奈ならまだ対応できるが、これが鍛えていない人間であれば、間違いなく少女の圧勝で終わる。
「となると、やっぱり捕獲するしかないか」
当初の予定通り、反抗的な者は全て『捕縛する』方向でいこう。
そう考えて、悠奈が山小屋の方向を見やる。
黒色の髪の少女は、これから自分の身に何が起こるのかも知らないまま、ただ安らかに地に伏していた。
「――うん、これでよしと。 それじゃそろそろ起きなさいね、ほら」
「ふぇっ?」
頬を2発ほど張ると、少女は目を白黒させて、目を開いた。
「おはよう、よく眠れた?」
「あ、あなたはっ・・・!」
眼前にいる悠奈を睨み付け、少女が距離を取ろうと体を起こす。
と、後ろ手に縛られ、ついでに足も縛られて、芋虫のように地面に転がされている状況に気付いた。
「くっ・・・こ、このっ!」
「悪いけど、縛らせてもらったから。 君って面倒臭そうだし」
「人が眠っている間に縛るとは、卑怯です!」
「でも、起きてる間に縛るのって、難易度高いと思わない?」
「・・・・・・たしかに・・・って、そういう話じゃありません! 早くこれを解いて下さい!」
「ダメよ。 だって、それを解いたら君はどうするつもり?」
「あなたに襲いかかります」
「素直ね・・・でも、それを聞いて、私が縄を解くと思う?」
「・・・・・・じゃあ、なるべく襲いません。 ちょっとだけです」
「却下」
「じゃあどうすればいいんですか!?」
「・・・まず、襲うって選択肢をなくしなさいよ、・・・はぁ」
そう言って、悠奈は深々とため息をついた。
ここまでバカ正直に答えられると、さすがに怒る気すら失せてくる。
「もう少し、私に媚びを売るとかできないわけ? 売って欲しいわけじゃないけど、今の状況を見てさ」
「無理です。 自分に嘘はつけません」
「・・・まあ、正直なのはいいけど、どう考えても損するわよ、その性格。 っていうか、よく今まで生きてこれたわね。 私なら絶対無理だわ」
「余裕です。 強ければいいだけですから」
「でも、私には負けたわよね?」
「うっ・・・あ、あれは、私に刀がなかったからです! 刀さえあれば、あなたには絶対に負けません!」
「ふぅ・・・ったく、更生の余地なしって感じね。 じゃあ、一つ聞くけどさ」
言って、悠奈は少女から取り戻した柳葉刀を引っ張り出した。
「あっ・・・!」
「君は、私がこれを持ってる限り、襲いかかってくるって言ってる?」
「全力で襲います。 あぁいや! えっと・・・その、・・・な、七割くらいの力で襲います」
「あっそ」
必死で絞り出しただろう少女の回答に、悠奈は思わず肩をすくめた。
それから手に持つ柳葉刀を、すぐ傍にあった木の幹へと思いきり切り込んで――
「せいっ!」
深く刺さったところに全体重をかけ、刀の中程からへし曲げてみせた。
「あっ! ああぁあぁーーーっっ!!!」
「はい、これで私を襲う理由はないわよね?」
「ひ、酷いです! 匠の技をそんな風に扱うなんて人でなしです!」
「刀なんて所詮人殺しの道具よ。 愛着を持つならもっと別のものにしなさい」
「うぅ・・・わ、私の刀が・・・」
「ま、気にする必要はないわ。 私がこのまま、ゲーム終了まで面倒みてあげるから。 っと、そうだ、忘れてた。 君の条件もクリアしてあげるから、PDAを見せてもらうわよ」
そう言って、手をわきわきと動かしながら近づいて行くと、身動きの取れない少女が、引きつった顔で悠奈に問いかけてくる。
「あ、あなたは何者なんですか!?」
「私? 単なる一般市民よ」
「嘘です! どう考えても、普通じゃないです! 単純な身体能力なら、私と大して変わらないですけど、真剣を前にしてのあの度胸は、一般市民の域を超えています」
「そういう君だって、銃口を向けられて背中を見せないなんて大した度胸だと思うけどね」
ため息をつきながら、少女の制服へと手を伸ばす。
すると少女がその手から身を捩って逃げながら、苦し紛れの言葉を投げかけてくる。
「命がかかってるのに、あれだけ動けるのは、命のやり取りをしてきた人としか思えません! もしかして、あなたは――」
するとその声を遮るように、どこからともなく怒声が聞こえた。
――「っそがぁああぁぁっっ!!!」
「!?」
「・・・人の声、ですね?」
「・・・そうみたいね」
それも明らかに怒りと敵意に満ちた声――。
悠奈は少女の懐を探ろうとしていた手を止め、叫び声が聞こえた方向に顔を向けた。
もしプレイヤー同士の争いが起こっているのだとしたら、放っておくわけにはいかない。
「・・・悪いけど、ちょっと行ってくるわ。 君のPDAはまた後でね」
「ちょっと! 行くならせめて、私を自由にして下さい!」
「それはダメ。 いい子にして待っててね。 あとで迎えにきてあげるから」
「待って、行かないで下さいちょっとーっ!」
『じゃあね』と手を振って、悠奈は少女を置き去りにした。
すると森の中を駆ける悠奈の耳に、少女の非難の声だけが届く。
「ああもう、ずるいです! 卑怯です! 足速いでーす! この、人でなしーっ!」
だが悠奈にはもう、彼女に構っている暇はなかった。
・・・。
――その頃、2人の男が激突する川原では――
「だらッ! ボケがっ!! 当たれやゴラアアアッ!!!」
「――ふっ」
もう何度、そうして振り回される拳をかわしただろう?
真島章則は黒河が放つストレートを、フックを、時にはタックルを、軽やかなステップとスウェーでかわし続けていた。
そして――
「ひらひら避けてんじゃねぇクソったれがッ!!」
「フゥッ!」
空振りの後に体勢を崩した黒河の上半身へ、こちらも何度目になるかわからない連打を放つ。
「ぐ、ぉ・・・く、このあぁぁっっ!!!」
それでも黒河は倒れず、なおも苦し紛れに腕を振り回す。
宙を薙ぐそれは、二度三度と繰り返されるうちに裏拳へと変わり、再び真島を打ちのめしにかかる。
だが、真島はそれすらも難なく回避し――
「――ハァアアァッ!」
「ぐぉああぁぁっっ!!」
真島の右ストレートを真正面から食らい、黒河が鼻血を散らしながらよたよたと後退する。
「っ・・・はあっ、はあっ、はあっ! くっ・・・はっ、ぜはっ、はっ、はあぁっ・・・!」
「・・・・・・」
このまま追撃すれば、黒河をダウンさせるのは容易だろう。
だが真島には、そんな意思はなかった。
理由は2つ――。
1つは、頑丈な黒河を手加減せずに殴れば、ともすれば拳を痛める可能性があるということ。
もう1つは、単純に黒河が諦めてくれさえすれば、わざわざ倒す必要などないと考えているからだった。
「くそがっ、くはぁっ、やっぱり、強ぇなてめぇはよォ・・・ボクシング、はぁっ、やってたんだったか・・・? くそっ、はぁっ、どうりでこっちの攻撃が、当たんねぇわけだっ、はぁっ・・・!」
「・・・・・・」
「っ・・・の、このォ、何とか言えよてめぇコラぁ!!!」
「・・・お前は何だ?」
「ああぁっ!?」
「お前は俺に恨みがあるんだろう? だが、俺はお前に見覚えがない」
「・・・・・・へ・・・へへっ・・・――舐めてんじゃねぇぞコラァアアァッッッ!!!」
黒河が獣のように咆哮し、再び殴りかかって来ようとする。
だが、その時――それまで真島の後ろで怯えていた結衣が、今にも泣きそうな顔で、間に割って入ってくる。
「も、もう止めましょうよぉ!」
「あぁあっっ!?」
「だ、だってあなた、真島さんに勝てないじゃないですか! そんなに顔を腫らして、血だらけで・・・どう考えても、真島さんに勝てるわけ、ないですよ・・・」
「うっせぇんだよボケ! 関係ねぇやつはすっこんでろァ!」
「ひっ・・・」
「・・・荻原、下がっていろ」
「ちっ、カッコつけやがってよぉ・・・! 真島ァ・・・てめぇ、昔、明神通りのゲーセンの脇道で半殺しにした、『売人』のことは覚えてるか・・・?」
「・・・いや、全く」
「そうかよ。 まぁてめぇにとっちゃ、道端の石ころ蹴っ飛ばしたくれぇのもんだろうよ。 ・・・俺は俺なりに、てめぇの力で生きてきたんだ。 商売だって順調だった。 真島・・・クソったれの正義感を振り回すてめぇに会うまではなぁ」
猛禽じみた目を爛々と輝かせ、黒河が真島の顔を睨み付けてくる。
彼の言う『売人』とは、非合法の何かを売る者の事だろうか?
「・・・よくは分からないが、つまり、お前はその時に半殺しにしたヤツなんだな?」
「そういうこったよ! てめぇのせいで、俺の何もかもが腐ったんだ!! あれから、俺がどれだけ血反吐を舐めて、這い上がってきたと思う・・・?」
「知るか。 逆恨みもいいところだな」
「っ・・・くそっ! てめぇのそのスカしたツラがムカつくんだよォッッ!!!」
絶叫と共に、黒河が全身で殴りかかってくる。
真島は仕方なく拳を握り締め、真っ向からそれを迎え撃つ。
「――ハァッ!!」
「ぶっ――がぁっ!!」
黒河の巨体が吹き飛び、後方の藪の中へと転がりこむ。
垣根のように生えている草木を越え、その向こうに消えた。
そして辺りに、静けさが戻ってくる。
「だ、大丈夫かな、あの人・・・? 死んじゃってたり・・・しませんよね?」
「・・・あの男はそれほどヤワじゃない」
あれだけ真島の拳を食らっても、まだ向かってこれたところを見るに、体力面では相当なものがある。
派手に吹き飛んでいったものの、真島の殴った感触では、ダメージ自体はそう大きくないはずだ。
だから真島は、すぐに黒河が立ち上がるものだと思っていたのだが――
「うわぁああぁっっ!!」
「・・・?」
「え? 何があったの・・・!?」
突如として悲鳴が聞こえてきたのは、黒河が消えた藪の向こう側からだった。
果たして、見えないところで、何が行われているのだろうか。
すると、藪が忙しなく揺れ動き――
「くっくっく・・・いいもの持ってるじゃねえかよ、コイツはよぉ」
黒河が、茂みの向こうからゆっくりと姿を表す。
その右手には、襟首を掴まれた眼鏡の男がいる。
そして左手には――
鈍く黒光りする、圧倒的な暴力が握られていた。
「っ・・・!」
「うそ・・・なに、それ・・・。 銃・・・っ、そんな、嘘でしょ?」
「嘘かねぇ? どれ、試してみっか」
ほらよ、と撃鉄をお越し、黒河が躊躇いもなく引き金を引く。
――!!
「きゃあぁっ!!」
「ひっ!!」
「・・・・・・」
轟音と共に発射された弾丸は、真島の足下に着弾し、そこにあった小石を消し飛ばした。
「ふ、ははは・・・シビれるな、この感触はよぉ」
「貴様・・・」
「・・・さぁて、これで形勢逆転だなぁオイ!」
そう言って黒河が、さっきは地面に向けて撃ったコルト・パイソンを、今度は真島に向けてくる。
撃鉄を起こし、銃口を弄ぶように揺らめかせ、勝ち誇ったように笑う。
「言い残すことはあるか? ん?」
「・・・それをどこで手に入れた?」
「コイツが持ってたんだ。 コイツに聞けよ」
言って、黒河が足下に伏せる眼鏡の少年を軽く蹴る。
「オイ、お前なんてんだ?」
「し、城崎・・・城崎、充・・・」
「じゃあ充よぉ、オメーこの銃、どこで手に入れたんだ?」
「ひっ、いや、その・・・」
「喚いてねぇでさっさと答えろや! 真島サンは、自分をぶっ殺す銃を、どこで手に入れたか聞きてぇんだとよ!」
黒河が、充と名乗った少年の頭を鷲掴みにし、左右に揺する。
「じ、地面から掘り起こしたんだよぉ!」
「掘り起こしただァ~? こんなもんが地面に埋まってるわきゃねーだろうが!」
「う、埋まってるんだってば! メ、メモリーチップってヤツを使って見つけたんだよ!」
「・・・!」
メモリーチップという言葉を聞き、真島は静かに息を呑んだ。
それは真島が知りたいと思っていた、情報の1つに他ならない。
「ほう、聞いたか? メモリーチップとやらでコイツを手に入れたみてぇだぜ。 お勉強になってよかったなぁ、真島サンよ」
「・・・ああ、そうだな」
「じゃあ、冥土の土産もできたことだし・・・そろそろ死ぬか?」
黒河の猛禽じみた目が、照準器を通して真島へと据えられる。
真島はとっさに動こうとした。
だが黒河までの距離を考えれば、どう考えても間に合いはしないだろう。
そして黒河は今も、自分から照準を外していない。
「くっ・・・」
「カハハッ、なに動こうとしてんだ? 目線の動きでバレバレなんだよ、てめぇ。 気付かねぇとでも思ったか?」
「っ・・・!」
「クククッ、目標を達成する瞬間っつーのは、いつでもなんつーか、こう、祭りの終わりみてぇな気分だな・・・」
「ちょ・・・や、止めてよ! 撃ったら死んじゃうってば!」
「おい女、てめぇバカか? 俺はなぁ、コイツを殺すためにやってんだよ」
「そんな・・・!」
「そんじゃあな真島。 てめぇは最後までいけすかねぇクソ野郎だったぜ」
そう告げて黒河が、銃を持った左腕を前へ突き出す。
血走った目で、真島の心臓へと狙いを定めてくる。
その瞬間になっても、真島は体が痺れたように、動くことができなかった。
そして、黒河の指がトリガーを引き絞っていき――
――周囲に、銃声が轟いた。
――ッ!!
「う・・・うそっ・・・なん、で・・・!?」
結衣が口元を押さえ、目を見開き全身を震わせる。
目の前の光景が信じられないためか、その場の人間に解説を求めるように、しきりに周囲を見回す。
しかし真島とて、言葉を口にできなかった。
ただ――
銃を取り落した黒河だけが、左手を押さえながら狼狽する。
「づっ・・・く、な、なんだぁ!? 何が起きた!? クソっ、何だよ今の衝撃は! 何が起きたっ!?」
「引き金を・・・引いていない?」
「じ、じゃあ、何で銃声が・・・!?」
「そこまでよっ!」
「っ!?」
突然降って湧いた声に、その場の全員がそちらへ一斉に振り向く。
そこには、燃えるような赤い髪をなびかせた少女が立っていた。
彼女が前に構えるは、ベレッタM92FS――。
それが、たった今高らかに銃声を上げ、黒河の拳銃を撃ち落としたものの正体だった。
「全員その場から動かないで。 そのまま、ゆっくりと両手を挙げて」
黒河に向けた銃はそのままに、女が河原の傍に立つ全員へ叫ぶ。
腰を落とし、銃口を上下させないように構えながら、こちらへ近寄って来る。
その動きに真っ先に反応したのは、黒河だった。
「っ・・・くそがっ!!」
「ちっ! 動くなっ!!」
だが、黒河はその声を無視し、取り落としたコルト・パイソンを拾い上げる。
と同時に充の襟首をつかみ、盾にする。
「えっ!? う、うわぁあぁあっっ!!」
「なっ――その眼鏡君を放しなさい!」
「うっせぇんだよボケが!」
「ッ――!」
黒河がいきなり女に向けて引き金を引き、とっさに女が身を隠した、その木の幹が小さく爆ぜる。
そうして黒河が充の襟首をつかんだまま、藪の中へと入って行く。
「――おら、てめぇも来るんだよォ!!」
「わ、わがっだがら――ぐ、ぐるじい!」
「・・・こ、このぉ!」
「てめぇは来るんじゃねぇっつーんだよ!」
――!!
「っ・・・!」
充を巻き込んでまで銃撃戦をするつもりはないらしく、女は木の幹に隠れ続け、真島もその様を見ていることしかできなかった。
やがて、草木の擦れる音が遠ざかり――
そうして待つこと、約1分。
完全に脅威が過ぎ去ってから、女が河原へ下りてくる。
「くっそ・・・やられたわ」
足下の石を思い切り蹴飛ばしつつ、彼女が銃を腰へと戻す。
それから改めて、その場に残された真島たちの方へ向き直り、腕組みをしながら、やや尊大に尋ねてくる。
「さてと、状況を説明してもらえるかしら?」
「・・・・・・」
「聞こえなかったの? さっきのアイツは何なの? 君はどうしてアイツに銃を向けられてたの?」
「・・・知らん」
「はぁ~? どうして知らないのよ? 君は知らない相手に銃を向けられるタイプなわけ!?」
「あ、あたしから説明します!」
喧嘩でもされてはたまらないと思ったのか、結衣が手を挙げて仲介役を買って出る。
「あなたが説明? できるの?」
「は、はい・・・その、全部、見てたので。 いいですよね、 真島さん?」
「・・・・・・」
「あ、あの・・・2人とも、そんなに睨まれると、あたし怖いんですけど・・・。 あの、あんまり睨まないでっ? もっとニコニコ笑顔で、ほらっ!」
「・・・・・・」
「・・・早く説明してくれる?」
「は、はいっ・・・」
真島はそのまま黙り込み、得体の知れない女に細心の注意を払いつつ、この場を結衣に任せることにした。
・・・。
そして、お互いの自己紹介を簡単に済ませた後で――
「・・・えーっと、では最初から説明していきますね」
結衣がそう仕切り直してから、ややたどたどしい口調で、ここに至る経緯を説明し始める。
自分のPDAが壊れたこと、真島と会って基本ルールまで把握したこと、森を移動している途中で黒河と遭遇したこと――
黒河は真島と昔に何かあったらしく、浅からぬ因縁があるだろうこと、真島が最初は素拳で黒河を圧倒していたこと――
「ちょっと待って、アイツを相手に殴り合ってたわけ?」
「真島さん、ボクシングやってたみたいで、黒河って人に1回も殴らせなかったんです」
「1回も? へぇ・・・やるじゃない」
「・・・力はその使い方次第だ」
「その通りね。 だけど、使い方だけじゃなくて、使い道も間違わないでくれると嬉しいんだけど」
「・・・俺が無闇に暴力を振るう男に見える、と?」
「見た目より温厚な性格だと良いんだけどね」
「・・・・・・」
「・・・あのー、説明を続けていってもいいですか?」
「そうね。 続けて」
「えーと・・・真島さんが黒河って人を殴り飛ばした時、藪の中に黒河って人が転がっていったんです。 そしたら、そこにあの眼鏡の人がいたらしくて、その後、黒河って人が銃を持って藪の中から出てきました」
「・・・ってことは、あの眼鏡君が銃を持ってたのね?」
「はい。 確か、メモリーチップで掘り出したとか言ってたかな・・・?」
「・・・今の時間にここにいるってことは、今やってるはずよね。 ってことは、もしかして、そいつ・・・」
「何だ? 何か気になることでもあるのか?」
「・・・いえ、何でもないわ」
そう言って、悠奈が誤魔化すように目を逸らす。
真島はその態度に気になるものを感じたが、それよりも自分にとって重要なことを尋ねることにする。
「ところでお前・・・メモリーチップに関して、何か知っているか?」
「・・・知ってるけど、それが?」
「では教えてくれ。 メモリーチップとは何だ?」
「ふぅん?」
悠奈が、意味深な目で見つめてくる。
だが真島には、それに応じるつもりはない。
「ま、いいけど、それは後でね。 ひとまず、結衣から最後まで説明を聞きましょう」
「・・・わかった」
「というわけで、結衣、説明を続けてくれる?」
「あー、その、眼鏡の人が出てきた後はもう、悠奈さんが乱入してきたんで・・・」
「なるほど、そういう流れだったわけか」
とりあえず把握したわ、と、悠奈が小さく肩を竦める。
「アイツ本気で撃ちそうだったから、無理して乱入してみたんだけど、正解だったみたいね」
「えっ、無理してたんですか?」
「わずか10mかそこらの距離とは言え、動く的に当てるのは、そんな簡単な事じゃないのよ。 まして銃だけ狙って当てるのは、私にだって難しいの。 まぁ成功したからいいけどね」
「はぁ~・・・」
感心するようなため息を結衣が吐き出す。
だが真島には1つわからないことがあり、悠奈にそれを問いかけた。
「・・・なぜ銃を狙った?」
「は? あんた、それって意味分かって言ってる?」
「当然だ。 向こうは銃を持っていたんだぞ?」
「君は、法律で許されていれば人を殺すの?」
「ああ、必要ならな。 むざむざ野良犬に噛み殺されるわけにはいかない」
「そう。 なら、覚えておきなさい」
そう言って、これまでのじゃれ合いを楽しむような笑顔から、悠奈の表情が一変する。
燃えるような髪の下に、より激しい怒りを湛えた顔が覗き始める。
「必要だろうと何だろうと、人を殺そうとする人間は私の敵よ」
「ゆ、悠奈さん?」
「誰かを殺そうとするなら、私はそいつの手足を撃ち抜いてでも止めるわ。 ・・・正直さっきのも、手に当たってもまあいいやくらいで撃ったのよ。 そうじゃなきゃ、止められなかったし」
「それが正当防衛であってもか?」
「どんな理由があろうと、よ」
「・・・・・・」
「私に、君たちを撃たせないでね」
「・・・覚えておこう」
別に真島とて、積極的に人を殺したいわけではない。
さっきの問いは真島の本心というよりも、悠奈の本心を探るための問いだったのだ。
「ま、脅しはこれくらいにしておきますか」
「も、もう、止めてくださいよぉ、悠奈さぁん。 あたし、本気でびっくりしちゃったじゃないですかぁ」
「これは大事なことだから、きちっとしておかないとね。 それより、さっきの聞いてて思ったんだけど、黒河って奴はどうして、眼鏡君を連れていったのかしら?」
「そういえば、そうですよね。 一匹狼って感じなのに、あんなモヤシみたいなのを連れて行かなくても・・・」
「ふ~ん・・・あんたもなかなか言うわねぇ」
「あああ、違うんですよ! え~と、え~と・・・、あ、適切な表現ができなかっただけです! 本当はもっと、こう、線の細い頼りない感じを表現したかったっていうか!」
「ホントにぃ~?」
茶化す悠奈を前に、結衣が手を振り足を振り、自身の発言を否定しにかかる。
それがまた、悠奈のからかいを加速させるのだが――
真島は話を進めようと、さっさと自らの考えを口にした。
「・・・奴があの眼鏡を連れていった理由には見当がつく」
「へぇ、どんな理由?」
「ゲームの内容について聞くためだ」
「それが妥当よね。 ちなみに、どうしてそう思ったの?」
「黒河がしなければ俺がしていた。 あいつはメモリーチップについて知っていたからな」
「うん・・・まあ、説得力はあるかな。 ところでさ、2人はどうして説明会に行かなかったわけ?」
「このゲームを運営している連中のやり方が、気に食わないからだ」
「あたしはPDAが壊れちゃってて、真島さんにくっついて行くしかなくて・・・」
「はぁ? 何よその理由? いきなりPDAを壊した結衣も大概だけど、真島もさ、こんな時に意地張ってどうすんのよ?」
「・・・知らんな。 俺の勝手だ。 第一、お前も説明会に参加していないはずだろう?」
「あー、私はいいのよ。 別に参加しなくても」
「・・・どういう意味だ?」
「――このゲームのことは、噂で聞いたことがあるのよ。 だから、説明会で説明されている内容だったら教えてあげるわ。 メモリーチップの情報が大事な人もいるみたいだし、私の目的にも関わってくるしね。 というわけで――」
と、悠奈が人差し指を勢いよく立てる。
そうして作った即席の教鞭を真横に振るうところから、悠奈のゲーム講座は始まった。
メモリーチップの入手方法や、PDAの使い方、果ては生きるために必要なサバイバルの知識まで――
それらは噂で聞いたにしては詳しすぎる内容だったが、情報さえ得られれば何でもいいと、真島はそれらを黙って聞いた。
・・・。
「・・・っとまあ、説明はこんなところね」
――藤堂悠奈が一通りの説明を終えた頃には、すっかり日も昇り、水面がキラキラと輝くようになっていた。
その光に目を細めつつ、悠奈はあー疲れたと肩を揉んだ。
「で、結衣の壊れたPDAは、とりあえず中を開けて見ないとわからないし、そのためには工具が必要ね」
「工具、見つかればいいんですけど・・・」
「後で村を漁ってみましょう。 真島は1人で行動したいみたいだし、見つかるまではひとまず私と一緒に行動すればいいわ」
「ありがとう、悠奈さん・・・」
「いいわよ、気にしなくて。 むしろ、早い内に結衣に会えてよかったわ。 そうでなければ、私の目的が早々に終わっちゃうところだった」
「あ、あはは・・・あたしもそう思います。 ホント、悠奈さんに会えなかったら、どっかその辺で死んじゃってたかも。 それと、真島さんにも会えてよかったです。 ありがとうございました」
「・・・別に、俺は何もしていない」
「好意くらい素直に受け取っときなさいな」
そう言って悠奈が笑いかけると、真島はむっつりとした顔で、2人から顔を背けた。
その仕草が何だかおかしくて、悠奈は思わず顔を見合わせた結衣と、声を上げて笑ってしまう。
「・・・もういい、俺は行くぞ」
「あははっ、ごめんごめん! もう笑わないって」
「ゆ、悠奈さん、そんなに笑ったら失礼ですよ~?」
「・・・だったらお前もそのにやけた顔を止めろ」
「あー・・・笑った笑った。 ――で、真島はどこに行くわけ?」
「ひとまず、エリアの境界線に沿って見て回ろうと思っている。 どこか、脱出できるところがあるかもしれない」
「一応言っておくけど、無駄だと思うわよ?」
「それは俺が決める」
「あそ。 ならいいわ」
真島は、基本的に自分で確認しないと気が済まないタイプなのだろう。
悠奈もそれを察して、無駄に議論を重ねる前にあっさりと引いた。
「ま、何かあったら、お互いに助け合いましょ」
「考えておく」
「あと、黒河たちに気をつけてね。 話を聞いた感じだと、君に相当恨みを持ってるみたいだから」
「そうだな」
短い言葉と共に頷いて、真島が悠奈たちへと背を向ける。
「あ、あの、本当にありがとうございました!」
「・・・・・・」
広い背中は振り返ろうとせず、森の中へと消えていった。
「・・・行っちゃいましたね」
「まあ、またどっかで会うわよ。 ゲームのフィールドって結構狭いし。 それより、まずは『キューブ』を探していくわよ。 腹拵えをして、武器も見つけて、それから改めて工具を探していきましょ」
「はいっ」
「よーし、いい返事ね。 それじゃまずは、私の根城に戻ろっか」
「根城?」
「すでに住心地のよさそうな小屋を見つけておいたのよ。 そこにもう1人、別のプレイヤーも待ってるわ」
あの奇妙な、刀使いの少女の事を思い出しつつ、悠奈は言う。
そして結衣を連れて、そこに向かった。
・・・。
――だが、そこに着くなり、悠奈は声を上げた。
「あっ! いなくなってる!?」
小屋の前には、刀使いの少女の姿はなく、縄だけが落ちていたのだ。
その傍には、件のひん曲がった柳葉刀がある。
恐らくそれを樹から抜き、縄を切るのに使ったのだろう。
「やれやれ、油断も隙もない・・・!」
呆れつつも、自分のうかつさを反省する悠奈に、結衣がおずおずと声をかける。
「あ、あの、悠奈さん・・・その、別のプレイヤーって人は・・・?」
「どうやら逃げられちゃったみたい」
「逃げられた? どうして?」
「その子、このゲームに『悪い意味で乗り気』なのよ。 平たく言って、殺る気まんまんというか・・・。 危ないから縛っといたんだけど、縄を抜けてどっか行っちゃったってわけよ」
「え、ええええっ!? あの黒河って人以外にも、危ない人がいるんですか!?」
「そんな怯えなくてもいいわよ。 あの子はあんま悪知恵が働く方ではなさそうだし・・・。 仮に私たちを襲ってきても、私があんたを守ってあげるからさ」
そう言ってウィンクすると、結衣がほっとしたように笑う。
「あ、ありがとうございます・・・! 悠奈さん、いい人ですね」
「え? ・・・いい人、ねぇ」
悠奈の口元に、寂しい笑みが浮かぶ。
胸に、去来するものがあったのだ。
だが結衣は、それに気づかず続けた。
「・・・それにしても、その逃げちゃった人といい、さっきの黒河って人といい・・・。 色んな参加者の人がいるのはわかりましたけど、他にも危ない人がいるんでしょうか?」
「さぁね。 現時点では私にもわからないわ」
悠奈は自分の把握しているプレイヤーを、頭に思い浮かべた。
悠奈自身に加え、結衣、真島、刀使いの少女、黒河、そして黒河に連れて行かれた眼鏡の男。 それと最初に襲ってきた人物。
これで14名中7名。
あと7名は今どこにいて、何をしているのか。
果たして、どんな人物なのか――。
「・・・ま、それもおいおいわかっていくでしょ。 このゲーム会場にいる以上、他の参加者たちとも、いずれ会うことになるんだから」
悠奈はそう言って、南西の方角に目を向けた。
恐らく、他の参加者の大多数がいるであろう、説明会場の方角を――。
・・・。