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リベリオンズ -Secret Game 2nd stage-【3】

 


・・・。



――その頃、悠奈が気にかけた説明会場では――

 

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藤田修平を始めとする6人のプレイヤーたちが、死体の部屋から廊下に飛び出し、今なお恐怖に震えていた。


「・・・・・・う、う・・・」


「・・・・・・」


琴美、初音、まり子といった女の子たちは、死体を見たショックから、まだ完全に立ち直っているとは言い難かった。

彼女らを見つめる修平にしても何かを言い出す気にはなれず、大祐も、さすがに青ざめた顔で佇んでいる。

するといい加減耐えかねたと言うように、司が声を上げる。

「皆、いい加減落ち着いた? そろそろ最初の部屋に戻らないと、ラチが開かないんじゃない?」


そのあけすけな物言いには、若干もの思うところがあったが、司の言う事も正論だった。

 

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「・・・皆、司の言う通りだ。 いつまでもここにいてもしょうがない。 運営の男の指示を聞きに行こう」

「そ、そうだな・・・女の子たちも、それでいいかな?」


修平と大祐の言葉に、琴美たちもおずおずと頷く。


「うん・・・初音ちゃんたちは大丈夫?」

「は・・・はい、大丈夫です・・・」

「わ、私も・・・大丈夫よ」


気丈さを振り絞って言う女の子たちに、修平は頷く。

そして皆を先導するように、最初の部屋に戻った。


・・・。

 


『――ずいぶん時間がかかりましたね』


入るなり、運営の男がそう声をかけてきた。

力なく佇む修平たちに、運営の男は続ける。


『まぁ、これであなた方も、このゲームがリアルなものだと理解できたでしょう。 それでは全体を通して、何か質問はありますか?』


その無機質な声で、最後の確認が投げられるも、誰も手は挙げない。

ゲームを滞りなく進められるだけの知識は、全員がこの説明会で得られたはずだ。


『・・・特にないようですね。 それでは、皆さんが無事にゲームをクリアし、全員揃って日常へと生還されることを祈っております』


皮肉めいた言葉を言い残して、『声』は完全に途切れた。

後には、一方的にこちらを監視するだけのカメラが残されているのみである。


「・・・くそ、まぁやるしかないんだよな・・・」

 

「ここからいよいよ、本格的にゲーム開始ってわけだね」

「でも、何をすればいいですか? いきなり始まりって言われても・・・」


「そうだな・・・まずは飯じゃねーか?腹が減ってはなんとやらだし、食欲湧かなくても喰わなきゃマズいぜ」


「じゃあ・・とりあえず、最初はキューブっていうのを探しましょうか?」

 

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「うん・・・って、あれ?」
「ん? 琴美、どうしたんだ?」
「えと、なんか1人足りないような気がするんだけど・・・」

 

そう言って琴美が、会議室内を見回した。

修平もそれに倣って視線を動かし、すぐに気付く。


「はるなが・・・いない」
「あ、そういえば・・・!」
「だが、いつからいなかったんだ? 死体の部屋に行った時は、いたか?」


「・・・そういや、もういなかったかもしれねーな」

「は、初音もそんな気がします。 いつ、消えたかっていうのは、ちょっと分からないですけど・・・」


「何? じゃあ最初の説明の途中で、こっそり逃げたって事か・・・? そっちの二人は? はるなが部屋を出たところ、見なかったか?」


「私は見なかったわ。 説明を聞き逃したらまずいと思って、夢中だったから・・・」

「・・・僕も、全然だね」


「そうか、でも――どうして消えたんだ?」


わざわざここまでやってきて、説明会を放棄する理由はない。

つまり、説明会を自分の意思で抜け出したとは考えづらいのだが、そうなると誰かに攫われたのだろうか。

 

いや、それこそ気づかないわけがないよな・・・」

「運営の人は、はるなちゃんが出て行くところ、見てませんでしたか?」


天井のスピーカーに向かって、琴美が呼びかける。

そこにマイクは無くとも、話は通じているのだろうが、それでも運営側からの返答はなかった。


「・・・答えてくれるわけないよな」

 

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「質問するなら、ゲーム内容に関すること限定ってことか」

「おや、なにか聞き漏らしでも?」

「・・・どうして今の俺の発言から、そんな質問が出てくるんだ?」

「いえ、何となく・・・ね」


そう肩を竦めてから、司は修平に背を向け、会議室の扉へと手をかけた。


「あれ、司くん?」

「僕はもう行くよ。 はるなって子を待っても意味はないし、もうゲームは始まってるんだから。 そういうわけだから、またどこかで――」


微笑と共にそう言い残し、司は説明会の会場を後にした。

 

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「行っちゃったですね・・・」

「いいよ、1人で行きたいヤツは行かせておけって。 こんな状況じゃ、面倒くさいヤツがいるより、信頼できる皆で固まってた方がいいだろ」

「・・・まあ、輪を乱す人間は、集団に所属するのは難しいわね」

「んじゃとりあえず、ここに残った連中はグループで行動するってことでいいのかな?」


大祐の提案に、残された4人は全員が首を縦に振った。


「それじゃ、ひとまず外に出ましょうか。 最初の目的は、さっき言っていた通り、キューブを探して食料を確保する方向で」

「了解なのです!」

「よっしゃ、行こうぜ皆!」

「うん!」


そうして全員が機運を高める中――


「・・・あ、俺はちょっとトイレに寄っていくから」

「お、おお・・・なんだよ、せっかく盛り上がってたところだったのに?」

「悪い。 皆、先に行っててくれ」


修平はそう言うと、一足先に会議室を後にした。


・・・。

 

「・・・よし」


中央管理施設の廊下から外で待つ4人を見下ろしながら、修平は呟いた。

トイレに行く、と別行動はとったが別に尿意があったわけではない。

単純に、やり残したことがあっただけだ。

もっとも、それが多人数では厄介だからこそ、嘘をついてまで一人きりになったわけだが。


「・・・・・・」


ゆっくりと、修平がドアを開いて、閉じた。

 

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「聞いているか、運営者。 最後にひとつ確認したいことがある。 ・・・もちろん、ゲームの内容に関する質問だ」

『・・・はい、なんでしょう』


先ほどと同じ、無機質声が返ってきた。


「このゲームに勝利した場合、なにか報酬はでるのか?」

『・・・・・・』


修平の予想外の質問に運営は回答を窮しているようだった。

しばらくの沈黙の後――


『いくつか条件はございますが、勝利者が望むものをご用意させていただきます』

「だったらもう一つ。 このゲームに任意で再戦することは可能なのか?」

『はい、それがご要望とあれば』

「つまり、今の話を合わせると・・・。 報酬目当てに任意でゲームに参加しているプレイヤーがいたとしても、おかしくはないよな?」

『・・・・・・』


そうでなければ、14人もいる参加者が説明会に集まらないことの説明がつかない。


『・・・ご想像にお任せいたします』

「・・・だろうな。 それじゃ次の質問だ」


今のやりとりで回答は得られた。

これ以上、運営に問い詰めても意味を成さないだろう。

気持ちを切り替えて、修平はもうひとつの疑問を投げかける。


「俺たちに与えられているクリア条件が、途中で変更されることはあり得るのか?」

『・・・質問の意図が計りかねます』


今の質問に運営側は正解を出さない。

YESとはいえず、NOでもない。

だから、答えられない。

修平は自分の推測に確信を得ながらも、構わず続けていく。


「俺がそう思う根拠は、説明会の最中にお前が言った言葉だ。 覚えてるか? 俺があんたに説明を求めた時のことを」


====================

『他のプレイヤーに自身の情報を知られてしまうのにはリスクがあります。 例えば、誰かのクリア条件が"2のプレイヤーの死亡"となった場合、2のプレイヤーは常に命を狙われることとなります。 他にも、3のプレイヤーのクリア条件を"2のプレイヤーの生存"とした場合――2のプレイヤーを殺害すると、3のプレイヤーの首輪は爆発します。 つまり、プレイヤーナンバーとクリア条件、特殊機能の内容が他にプレイヤーに洩れれば、危険が増す場合があるでしょう。 他のプレイヤーと協力関係を結ぶにしても、互いのクリア条件の相性が重要ということです』


====================

 

「あんたは確か、『誰かのクリア条件が2のプレイヤーの死亡になった場合』って言ったな。 『なった』って、明らかに変化した場合の表現だろ? もちろん、この程度の言い間違いは誰にでもよくあることだ。 だが・・・その次の説明では、『3のプレイヤーのクリア条件を2のプレイヤーの生存とした場合』と言った。 同じ仮定のはずなのに、どうして言い回しが違うんだ? 思わず、使い慣れた方の言葉を選んでしまったんじゃないのか?」

『・・・・・・』


修平が、説明会の会場で話を聞く前から考えていたことは、『命の価値』についてだった。

このゲームにおいて、修平たちの命の価値はどこまで軽く扱われるのか。

全てが主催者の手の内だとすると、命の価値というのは、主催者にとっての修平たちの価値と同義だ。

主催者が『せっかく苦労して集めてきた人間だし、簡単には死なせたくない』とでも思っているなら、それなりだろう。

このゲームでは、首輪を無理に外さず、決められた範囲から出ない限り、何をしてもいいことになっている。

つまり、それは他者に危害を加える事もゲームの内容として盛り込まれているということだ。

それは予想の範囲内だから、まだいい。

が――その行為に至ることを、主催者側が、『結果』としているのか『目的』としているのかで、話は大きく変わってくる。


色々と一人で考えていたものの、決定打となるものは特になかった。

が、この説明会に来て他の人間と会ったことで、修平の中の疑問が少しずつ確信へと変わっていった。

端的に言えば、周囲の緊張感があまりに無さ過ぎた。

命が懸かったゲームというのを理解しても、警戒や恐怖の対象はもっぱら首輪に対してで、他者への警戒がほぼ無いのだ。

この説明会で、ゲームそのものに対しての警戒心は生まれたようだが、他者に対してのガードは甘い。

それに対しての『なぜ?』を考えると、答えは単純。

クリアのために争う理由がない――そう考えていることになる。

つまり、彼らのクリア条件に、人の命を奪う、あるいは人を危険に晒すというものが、入っていないということだ。

実際、修平のクリア条件も、難易度は高めだが、素数のプレイヤーを助けるというものだ。

途中で消えたはるなの条件は知らないが、ともあれ説明会に集まった7人中5人が、人に害のない条件の可能性が高い。

つまり、今のクリア条件のままでは殺し合いに発展する可能性は低い。

それを根本から覆す方法、つまりルールの途中変更だ。

そうしてこそ前回のゲームは、あれほどの数の死者が出たのだろう。


「・・・答えられないなら質問を変えよう。 さっきの説明会で、俺たちに伏せられている情報はあるのか? 例えば、ゲームの開催期間をあえて参加者に知らされていないように。 ゲームを盛り上げるための演出として、参加者にはあえて伏せられているルールがあるかってことだ」

『・・・はい。 先ほどの説明が、このゲームにおける全てのルールではありません。 秘められたルールをプレイヤーが考察するのも、ゲームの醍醐味と考えています』

「・・・なるほどな。 あんたのお陰でいくつかの疑問に確証が得られた。 質問は以上だ」


会議室のスピーカーから回答を得られる可能性は低いと踏んでいたため、修平は予想以上の成果に満足していた。


『お待ちください』


会議室を出て行こうとする修平の背中に、スピーカーの声が投げかけられる。

終始、淡々と事務的な口調を崩さなかった『声』に、初めて感情が込められていた。


『今後の活躍に期待しています、どうかご健闘を』


それは、身の毛もよだつほどの好奇心に満ちた――


――嗜虐(しぎゃく)の微笑だった。

 

そうして、修平が会議室を後にすると――


「お疲れさまでした。 藤田先輩」

 

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先に出て行ったはずの司が、廊下の壁に寄り掛かって拍手を送ってきた。

内心では驚きつつも、それを表情に出さないようにしながら司の方へ視線を向ける。


「何の用だ?」
「僕も、藤田先輩と同じことを考えていたんですよ。 だから、誰もいなくなったところで、こうして戻ってきたというわけです」
「そうしたら、俺がいた、と。 ・・・都合の悪いところを見られたな」
「あはは、へたすれば、立場が逆になったかもしれませんね」


司が心底楽しそうに、無邪気な笑みを浮かべる。

修平のことを『藤田先輩』と呼んでいるのに加え、この態度を見るに、他の人間と修平の扱いには明らかな差が見て取れた。


「まあいい・・・で、何か用か?」
「――単刀直入に言います。 僕と手を組みませんか?」
「お前と・・・? 大祐の誘いは断ったのに、俺には誘いを持ちかけるのか?」
「あの人と組むなんて論外ですよ。 まず、信用できない。 必要最低限の情報収集もしないから、そこに考察が生まれない。 だから、先のことを考えて行動できていない。 正直、クリア条件の交換の話を持ち出された時は鳥肌が立ちました」
「・・・確かに、軽率な行動ではあったな」
「ええ。 どうしてあの集団の中に藤田先輩が留まっているのか、全く理解できません。 僕はね、藤田先輩。 あなたのような人がいることに心底驚いているんですよ。 このゲームについて僕並みに理解している人なんて、まずいないと思っていた。 説明会が始まる前に、僕が上野まり子って女に話したことを覚えていますか?」
「これが組織的な犯罪行為で、主催者の連中はそれを実行するだけの資金や力を持ち合わせている、という話だな」
「そうです。 このゲームの主催者は、おそらく財界や宗教、裏社会の重鎮、もしかしたら政界にまで力が及ぶ連中かもしれない。 どちらにせよ、この世のあらゆる快楽を享受し尽した連中が、更なるスリルを求めた末に行き着いたもの・・・」
「それが、この『ゲーム』という名のエンターテインメントか。 ・・・正気の沙汰じゃないな」


先ほどの説明会で運営の連中は明らかに、ショーを盛り上げようとしていた。

つまり、主催者はゲームを『見世物』にしているということだ。

常識では考えられない話だが、この見世物には観客が存在し、修平たちは文字通りゲームの駒にされているのだろう。


「あくまで推測の域は出ません。 だけど、もし僕が主催者の立場だったら、それ相応の理由付けが必要だと思っただけです。 まあ、その話はいいんですよ。 問題は、あの会話の最中、藤田先輩だけが僕の見解に動揺を見せなかったことです。 それはなぜか?答えは簡単です。 藤田先輩は既に僕と同じ過程を経て、ゲームクリアのために行動を開始していたからだ。 違いますか?」
「・・・否定はしない。 エリア内に設置された無数の監視カメラ、PDAと首輪の仕掛けにしたって――かなりの技術力と準備期間、それに予算がかかっているだろう。 俺たち14人を同時期に拉致してきた手腕といい、周到に計算された上で実行された計画だ。 それに気づいたか? さっき見せられたあの映像のナレーターは、こう言っていた。 『そこにある死体は、前回この会場で行われたゲームの参加者たちのもの』だって」
「ええ、気づいてました。 『この会場で』という言い回しを見るに、ここと似たようなゲーム会場が、他にも幾つかある可能性が高いって事ですよね」
「そういう事だ。 だとしたらゲームの運営をしている組織の規模は、想像を絶する。 ゲームからの離脱は、おそらく不可能だ。 悔しい話だが、俺たちはこのくだらない茶番に付き合ってクリアを目指すしかない。 さもなくば・・・生きては帰れないだろう」
「僕も同意見です。 そこで問題となるのは、主催者が僕らを生かして帰すつもりがあるか否かでした。 それは、藤田先輩と運営のやり取りで彼らの趣向は理解できた。 やはり、僕らが生きてここから生還するためには、彼らの言うとおりゲームのクリアを目指すのが最善だと判断します。 その上で、優秀なプレイヤーと協力関係を築くことができれば、より優位に事を運べると考えたわけです。 あなたの行動力と洞察力、論理的に考察する力は僕のパートナーとして相応しい」
「・・・買いかぶり過ぎだな。 状況から判断できるごく一般的な考察をしただけだ」
「いいえ、これは正当な評価ですよ」


さらりと、何でもないことのように司が言い放つ。

そこには自分が優秀であることを自覚し、なおかつそれが本物である者の、確かな自信が見て取れた。


「・・・幾つか聞いておこうか。 今後、クリア条件がより過激な内容に変更される・・・例えば、直接プレイヤーの殺傷を目的とするようなものになる場合だ。 仮に、現状位をファースト条件と呼ぼう。 それが『セカンド』へ移行するトリガはなんだと思う?」
「そうですね。 それこそ憶測の域は出ませんが・・・。 一定時間の経過、もしくはファースト条件のクリアといったところでしょうか。 現状で、誰も死なずに生還できるような条件が全員に与えられていた場合・・・。 プレイヤーの生死がトリガになっている可能性もあります」
「・・・認識は大体同じだな」
「僕は当面、自分のクリア条件を満たすことと同時に、そのトリガを解明することに専念するつもりです。 そのために、藤田先輩と協力関係を結んでおきたい。 あなたとなら、それが可能だという自信があります。 もちろん、そのためには互いのプレイヤーナンバーやクリア条件を明かさなくてはならない。 条件が競合していては話になりませんからね」
「無闇に自身の情報を明かすことには、お前も否定的だったはずだが?」
「ふふ、あなたは本当にしたたかな人ですね。 この期に及んで、まだ僕を試そうとしている」
「・・・なんのことかな」
「藤田先輩を個人情報の重要性を理由に、互いのクリア条件を交換することに否定的でした。 でも、本音は違う。 あの場にいた人間が、共にゲームクリアを目指すパートナーに値するか否かの方が大事だったんじゃないですか? だけど、それを言ったら彼らに角が立ちますからね。 あえて、言い回しを変えてごまかした」
「・・・・・・」
「別に追求はしません。 僕は藤田先輩のそういう部分を評価している、という話です。 さて、それでは本題に戻りましょう。 互いにクリア条件を公開するリスクを犯してなお、あなたは協力関係を結ぶに相応しい人間だと僕は判断した。 ――藤田先輩。 僕と手を組みませんか?」
「・・・・・・答えはNOだ、司。 俺はお前とは手を組めない」
「・・・意外な返答ですね。 条件が競合したならともかく、端から相手にされないとは思っていませんでした」
「単に、このゲームを生き残りたいだけなら、迷わずお前と手を組んだだろう。 だが、俺には他にやらなければいけないことがある。 悪く思うなよ」
「・・・この状況下で、自分の命以上に優先される目的がある、と?」
「ああ。 事情を説明してもいいが・・・たぶん、お前には理解できないよ」
「よもや、義理や道徳の類とはいいませんよね?」
「ある意味では、それに当てはまることだ」
「・・・理解できませんね。 これでも人を見る目には自信があったんですけど」
「あえて理由を挙げるとすれば、俺はお前より、ほんの少しだけ『人間』を信じている」
「・・・・・・そうですか」

 

 

 

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「――あれ、司くん?」

 

 

予想していなかった突然の声が、2人の会話を遮った。

 

 

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「吹石先輩?」

「琴美・・・どうしてここに?」

「どうしてって、修ちゃんが遅いから、様子を見に来たんだけど・・・。 もしかして、2人で大切な話でもしてたの?」


「いや、大したことじゃない。 ――司」

「なんです?」

「『雨が降る』んだよな?」

「はい?」

「――雨が降るんだよな?」

「・・・・・・ええ、そんな予報でしたね」


あえて例え話を持ち出した修平の『琴美に知られたくない』という意思と、言葉の意味を理解して司が頷く。


「それは、藤田先輩も予想していたことでしょう?」

「ああ。 だけど、下手な予報でみんなを慌てさせたくないんだ。 だから、雨除けを準備しようと思う。 一応、そっちはそっちで、別に傘を作っておいてもらえないか? 雨が降ってくる前に、それぞれで、できるだけ水を防ぐ用意をしておこう」

「まあ・・・別に、構いませんよ。 もしも気が変わったら、こっちに来てもらっていいので。 その時は、『雨具などを貸しますよ』」

「わかった」


修平がそう言うと、司は片手を挙げて、琴美の横を歩いて行った。

無闇に『セカンド』のことを知らせず、自ら退いてくれた司に心中で感謝を述べる。

同時に、借りを作ってしまったなと、独りごちた。

そんな修平を、琴美が不思議そうな顔で見上げる。


「・・・何を話してたかよく分かんないんだけど、雨が降るの?」
「ああ、天気予報でそういってた。 それより、司に会ったことは大祐たちに黙っててくれるか?」
「別にいいけど、どうして?」
「さっき、司に一緒に来ないかって誘われたんだ。 けど、断った」
「え? なんで?」
「俺以外の奴とは組みたくないみたいだったからな。 ここでみんなと別行動は取りたくない」
「そうなんだ・・・それじゃ、しょうがないよね。 本当は、みんなで協力できればいいんだけどね」
「まあ、仕方ないさ。 こんな状況だし、人それぞれに考え方は違う。 無理もないだろ」
「うん・・・」
「俺たちは俺たちでクリアを目指そう。 その途中で、司と協力することだって、あるかもしれない」
「そっか・・・うん、そうだよね」
「ああ」


それと同じくらい、敵に回る可能性もあるのだが――

そのことを修平は、あえて口にしなかった。


・・・。

 

「あれ? 大祐くんと初音ちゃん、2人でなにやってるんだろう」

「ん?・・・って、はぁ!?」

 

説明会の会場となっていた中央管理施設から修平たちが外へ出ると、そこには驚くべき光景があった。

 

 

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「ど、どうにかなりそうですか?」
「ああ、大丈夫大丈夫。 上手くいきそうな気がしてきた」
「そうなのですか? 外れそうなのですか?」
「大丈夫、いい感じいい感じ」


大祐が生返事をしながら、初音の首輪を弄り回している。

その手つきは、暗中模索といった感じの危うさで、手がかりを掴んでいるような素振りは見られない。

恐らく中央管理施設のどこかで、そのドライバーを手に入れたのだろうが――

ここまで用意周到な主催者に対し、そんなもので首輪をどうにかできると思うのは、舐め過ぎもいいところだ。


「おい、何やってるんだ?」


「ん? ああ、修平か。 何って、見りゃ分かるだろ。 バラしてるんだよ」

「バラすって・・・無闇に手を出すと危ないぞ。 爆発したらどうする」

「心配すんなって。 継ぎ目を見つけたんだ、ここに何か差し込んで、てこの原理ではがしてやれば――」

「っ・・・!」


大介のドライバーを握る手が、力を込めるあまり白くなる。

それほどの力で、首輪の隙間に無理矢理ドライバーの先端をねじ込んでいた。

どれだけの力がその一点にかかっているのか、それが首輪の爆発を引き起こす衝撃の閾値(しきいち)にどれだけ近いのか。


「だ、大丈夫ですか? 修平が凄い目で見てるですが・・・」
「な~に、大丈夫だって。 すぐ修平の顔を驚きに変えてやるから」


「大祐・・・おま――」


ピー

ピー


「うおっ!?」

「け、警告音が鳴ったですー!!」

【首輪に衝撃が加えられています。 直ちに首輪から手を離して下さい。 警告を無視し続けた場合、首輪を爆破します】


大祐が慌てて首輪から手を離し、のけぞるようにして首輪から距離を取る。

その途端、初音のポケット内で鳴り響いていた、PDAの警告音が止んだ。


「・・・は、初音ちゃん、大丈夫?」

「はい、止まったです・・・」


警告だけで済んだことに、修平が胸を撫で下ろす。

危うく、ゲームの開始早々で死者が出るところだった。

 

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「だーくそっ、やっぱり連中にバレたか」

「っ・・・!! バレるに決まってるだろ。 何やってんだよ!」

「そんなに怒んなって。 できると思ったんだから、試してみたっていーだろ」

「できると思ったって・・・根拠は?」

「いや、何となく。 隙間見つけたから、ここから剥がれんじゃねーかって」

「ハァ・・・? 人の命がかかってるんだぞ!?」


修平は額に手を当てて、深いため息をついた。

爆弾つきの首輪については、先ほど全員が説明を受けていたはずだ。

こんなことが続くようなら、幾つ心臓があっても足りる気がしない。


「・・・もう少し慎重に行動してくれ。 頼むから」

「大丈夫だって。 もう首輪は触んねーからさっ」

「うん、大祐くんも反省してるし、もういいんじゃないかな。 修ちゃん」


語気を荒げる修平と大祐の間に、琴美が笑顔で割り込んでくる。


「修ちゃんは、みんなのことが心配だったんだよね?」

「・・・まあ」


ばつが悪そうに、修平は琴美から視線を逸らす。

すると琴美は、そんな幼馴染の様子に微笑み、今度は大祐の方へ振り向いて言う。


「だって、大祐くん。 大祐くんは、修ちゃんの言うこと、ちゃんと聞いてた?」

「『頭を使いましょう』だろ?」

「ううん、『命がかかってるんだから、気をつけましょう』だよ」

「・・・そうなのか?」


マジで? と眉を寄せる大祐に、事美が頷きを返す。


「一歩間違えれば、初音ちゃんが死んじゃったかもしれない、だから修ちゃんは怒ったんだよ。 ごめんね、いきなり出しゃばったこと言って。 でも、こんな状況だから、みんなで仲良くやっていこうよ。 だよね? 修ちゃん」

「あ、ああ・・・悪いな。 ちょっと言い過ぎた」

「いや・・・こっちも悪かったよ。 今度からはもうちょっと考えて動くわ」


仲良く頭を下げあって、2人とも悪かったことにする。

これで、言い争っていた罪を相殺し、煮詰まりそうになっていた関係を一旦リセットした。


・・・。

 

「おし、それじゃ、改めてキューブってヤツを探しに行くか」

「うん、そうだね」

 

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「・・・あ、待って。 その前に村の中を調べてみない? 何かあるかもしれないし」

「そうだな。 そこで食料が見つかれば、無理にキューブを探さなくていい」

「じゃあ、村の中を探索だね」


そうして修平たちは、村の方へと移動を開始した。

すると最後尾を歩く修平の下へ、琴美がすっと近づいて来る。


「修ちゃんも大人になったね」
「・・・琴美にはかなわいな」
「さっきのは、事故みたいなものだよ。 すれ違った部分が噛み合えば、みんなで仲良くできるんだから」
「・・・そうだな。 ありがとう、琴美」
「私は何もしてないよ」
「いいんだ、俺が一方的に感謝したいだけだから」


そう言って修平は、琴美の頭をぐりぐりと撫でる。


「うー・・・子ども扱いされてるみたい。 私の方が修ちゃんよりお姉さんなんだよ?」
「2ヶ月早く産まれただけのくせに偉そうにすんな」
「・・・ふふ、でも、ちょっと嬉しいかも」
「そうか、そりゃよかった」


「2人とも、どうしたのー? 早く来ないと置いていくわよー?」


「行こう、置いて行かれる」
「だね、急がないと」


2人並んで駆け足で、先を行く3人を追いかける。

そのとき修平は、一瞬はるなのことが気になった。

だが戻るかどうかもわからない彼女を、ここで待っているわけにもいかず、しばらく彼女の事は考えないことにした。


・・・。

 

 

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――村のイメージを一言で表すならば、『干からびている』といったところだろうか。

打ち捨てられた家々は、確かな年月をその身に刻み、壁の板材は黒ずんでは草木に侵食されていた。

しかし、外観とは裏腹に、家としての芯は未だにしっかりと残っている。

そしてまた、人々が暮らしていた在りし日の痕跡も、それなりに残っているようだった。


「・・・廃村っていっても、棄てられてからまだそこまで経ってはいないみたいね」

「だが、正確な年月を知るのは難しいな・・・。 カレンダーも新聞も雑誌も無い。 日付のあるものは全て廃棄されている。 運営の連中も、この廃村が日本のどこかは特定されたくないみたいだな」

「この様子だと、食料を見つけても食べられるかどうか怪しいわね・・・」


「缶詰の賞味期限って、どんくらいだっけ?」

「ラベルに印刷してあるんじゃないかな?」


「缶詰の類は、表記されている賞味期限より遥かに長く保存が利くはずだ。 缶に穴でも空いてなければな」


「初音は30年前の桃缶を食べさせられたことがあるです。 でも、普通に美味しかったですよ」

「お~、だったらちょっと期待できるかもな」


「そうね。 見つかることを祈って、探してみましょうか。 缶詰だけじゃなくて、役に立ちそうなものなら何でもいいわ」


「役に立ちそうなもの・・・ロープとか、ライターですね」

「あとは、ナタとかナイフでもいいな」

「とりあえず、サバイバル生活に使えそうなものはなんでもってことだな」


「よし、それじゃひとまず担当場所を決めよう。 村は縦長になってるから、そのまま距離で等分するか」

「んじゃ、遠いところが男の担当だな」


「・・・ここが村の北端だから、北端が初音、次が琴美、次がまり子さん、次が大祐で、最後が俺にするか。 この広さなら、探索時間は30分くらいが妥当か」


「いいと思うわ。 それで分担して探しましょう。 みんなもいい?」


まり子が各人の顔を見回すも、特に異論は出ない。


「それじゃ、行動開始。 最終的な集合場所は村の中央広場ね」


・・・。

 

 

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「・・・実際、どれくらいだと思うよ?」

「何がだ?」

「ん、人がいなくなって。 30年とか40年とかか?」

「中央管理施設だけ見れば、間違いなく戦後ね。 クーラーがついていたから」

「ん? クーラーなんてあったか?」

「外に室外機があったのよ。 稼働はしてなかったから、今も動くかどうかは分からないけど」

「へぇ・・・みんなそういうの、結構よく見てるんだな」

「こういう状況だしな。 情報は粗末にできないだろ」


・・・。


「あ、私の担当ってこの辺りかしら」

「ああ、それじゃ気をつけて」

「ええ、そっちもよろしく。 遠いところ行かせてごめんね」

「気にしないでいいよ」


修平が手を振って送り出すと、まり子は笑顔でそれに応え、小走りで家の中へと入っていった。


「・・・こうして歩いて見ると、この村って意外と広いのな」
「いや、そう思えるだけだよ。 歩いて10分くらいで端に辿り着くんだから」
「あー、まあ、そう考えると狭いかもな。 チャリだったら5分とかかんねーわけだし」
「見た感じ、大きな施設もないしな。 学校とか」
「そういえばそうだな。 っつーか、学校がないってどうすんだ? 隣の街まで通うとか?」
「田舎じゃバスで2時間かけて通学なんて話も聞くけど、そういうレベルなのかもな」
「・・・完璧に人里離れてるってことか。 マジでやべーな。 現代の秘境じゃん。 つーか、学校がないってことは、交番とか消防署とかもなかったりするのか?」
「どうかな・・・。 自警団のような組織があったのかもしれない」
「へー・・・って、この辺は俺の担当だな」
「おう、それじゃ頑張ってくれ」
「見てろよ、俺が何か役に立ちそうなもの見つけてやるぜ」


ふふん、と自信ありげに笑って、大祐が家の中へと駆けていく。


そうして、修平は独りになった。


「・・・俺もさっさと見て回るか」


・・・。


家の内部は、当然だが、一軒一軒で劣化の具合が違っていた。

ある家では、畳が見るも無残な姿になっていたり、虫の巣窟になっていたり。

またある家では、床板が腐って抜けており、歩こうとした瞬間に底が抜けたこともあった。

そういう家では、まともな物もないだろうと諦めて、まずは風化の少ない家を探していく。


――そうして見つけたのは、ある一軒家だった。

 

 

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『ここに住んでもいいかな』と思えるほどに劣化の少ないその家は、裕福な者が住んでいたのか、間取りも他より広い。

年を経た建物の渋みが全体から滲み出ており、まさに古き良き日本建築といった具合だ。

そんな家の棚を漁ってみると、出てきたのは缶詰でもライターでもなく、空瓶の山だった。


「・・・何かの研究所だったのか?」


棚から1つ1つ瓶を引っ張り出し、薬品のラベルを1つずつ確認していく。

オキシドールや、ペニシリンなど、科学の知識に明るくない修平でも名前を知っている薬品がぞろぞろと出てきた。

まだ中身が入っているものも多い。


「研究所じゃなくて、診療所だったみたいだな・・・」

周囲に比べてこの建物が立派な造りをしている理由が、少しわかった気がする。

そういう経緯はともかく、ここにあるものは役に立ちそうだ。

しかし、持ち運びに適しているかといえば・・・かさばるし重いしで、途中で捨てる羽目になるのが目に見えている。


「・・・ここは場所だけ覚えておけばいいか」


それだけで充分だと判断し、修平は瓶を棚に戻してから廃屋を後にした。


・・・。

 


「あ、戻ってきた。 おーい、修ちゃーん」


修平が集合場所へと向かうと、そこには既に全員が揃っていた。


「何か見つかった?」

「取り立てて目立ったものはなにも。 一応、診療所みたいなところを見付けた。 万が一、怪我人が出ても簡単な治療をすることはできそうだ」

「ちぇっ、成果はそんだけかよ」

「ってことは、他には何も?」

「ああ、とりあえず役に立ちそうなものは見つけられなかった。 しけたマッチが少しあったくらいかな」

「古びた食器とか鍋とかはあったけど、包丁とかナイフとかの刃物類はなかったよ」

「なるほど・・・運営が意図的に処分したっぽいな」

「初音は黒電話を見つけたですが、ツーっていう音もしなかったです」

「私の方でも電話は見つけたけど、電話線が繋がってないみたいなの」


普通に考えれば、用意周到なゲーム運営者が、外部と連絡を取る手段を残しておくとは思えない。

電話線どころか、電気が来ているかどうかも怪しいところだろう。


「生活の痕跡がほとんど感じられなかったから、人がいなくなってだいぶ時間が経ってるみたい」

「ちなみに、他のプレイヤーとは一度も会わなかったぜ。 まぁ食料もないし、村に来る意味がないからだろうけどよ」

「こうなると、説明を受けたとおりキューブを探していくしかないわね」

「ふぅ・・・初音お腹が空いたですぅ・・・」

「まあ、落ち込んでても仕方ないよね。 気持ちを切り替えて、キューブを探しにいこうよ」

「よーし、今度こそ、俺が見つけてやる・・・!」


すっかりゲーム感覚で猛る大祐に、修平は小さく肩を竦める。

周りもそんな修平のリアクションに気付いて、小さく笑みをこぼしていた。


――キューブは各エリアに複数個配置されているという話だったが、先ほどの村の探索では、それを発見できなかった。


『屋外にしかキューブは存在していない』と仮定すると、今いるエリアでキューブがある可能性のある場所は、ごく狭い範囲だけだ。

正方形のエリアの30パーセントを三角形に切り取ったような、北西にある山の麓(ふもと)である。


・・・。

 

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「それじゃ、ここを探していきましょう」

「了解だ」

「どこにあるか分からないから、各自で分担して作業しましょう。 でも、連絡手段もないし、カバーできる範囲も少ないから、遠くに行かないようにね」

「とりあえず、20メートル間隔くらいか」

「いや、もっと行けるだろ。 結構な大きさの箱みたいだし、40メートルくらい行けるって」
「ダメよ、そんなの。 本当は5メートル間隔でローラー作戦をやりたいくらいなんだから」

ローラー作戦・・・って、なんだっけ?」

「全員が横一列に並んで、ローラーをかけるみたいにしらみつぶしに調べていくやり方だ。 5人だと、隙間はなくせても非効率過ぎるな」

「だから今回は、見落としがあったとしても広範囲を探した方がいいと思うの」

「なるほど・・・質より量なのですか」

「そーそー。 だから、俺は量をもっと増やせばいーじゃんって提案してるわけ」

「見つかる確率は質と量のかけ算よ。 量を増やしても質が落ちるんじゃ、どのみち非効率じゃない?」

「へいへい、分かったよ。 んじゃ20メートルな」


渋々といった感じで大祐が首を縦に振り、改めてキューブの探索が始まった。


・・・。

 

 

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「みんな、見つかったら大声あげてねー」

「分かりましたー。 ああ、あとキューブって、1辺が40cmの立方体ですよねー?」

「ええ。 見逃さないようにねー。 また20分後に集合でー」

「はーいっ」


吹石琴美はまり子の指示に大声で答え、さっそく茂みの中に体や顔を突っ込んでキューブを探しにかかる。


「はぁ・・・昔は修ちゃんと秘密基地とか作ったんだけどなぁ・・・」


子供の頃は、近所の公園でごく普通にやっていたことも、今では虫が怖かったりして結構辛い。

藪の中を恐れなかった、昔の自分が懐かしい。

琴美は額に汗を滲ませながら、草葉を掻き分けて進んだ。

すると、どこからか――


「ふぎゃああぁあぁぁーっ!!!」

「初音ちゃんっ!?」

「く、く、くもっ! 蜘蛛の巣がっ! うわぁあ蜘蛛やだやだぁああぁぁっっ!!」

 

琴美が慌ててその場所へ駆けつけると、初音が髪やら顔やらを、必死に手で払っている。

どうやら、蜘蛛の巣に頭から突っ込んだらしい。


「初音ちゃん、大丈夫?」
「く、蜘蛛ついてないですか!? 初音の頭に蜘蛛ついてないですかっ!?」
「ちょっと待って、えーと・・・うん、大丈夫っ。 もういないみたいだよ」
「ふ・・・ふええぇえぇぇっ。 怖かったぁあぁっっ・・・」
「初音ちゃん、蜘蛛苦手なんだ?」
「苦手だなんて、そんな次元ではないのですっ!! 蜘蛛は糸を出すのも、足が多いのも全部嫌なのですっ!! また蜘蛛がいるんじゃないかと思うと・・・」


うぅ~っと頭を抱え込み、本気で涙目になっている初音の姿に、琴美は苦笑いを浮かべた。


「けど、頑張ってキューブを見つけないと、ご飯食べられないよ?」
「うぅ~・・・それも嫌なのです・・・」
「だよね。 じゃ、これあげる」
「う?」


琴美は足元に転がっていた枯れ枝を手頃な長さに折って初音に差し出した。


「藪に入る時はこれで見えないところをかき混ぜれば、蜘蛛の巣に引っかかることもなくなると思うよ」
「・・・は、はい、分かったのです。 初音も頑張るのです」
「うん、私も頑張るから、一緒に頑張ろうね」


決意を新たに気合いを入れる初音に、琴美は笑みを向けた。

 

それから――初音には聞こえないように小さく『ごめんね』と呟いて、帽子の上に乗っていた蜘蛛を取ってやった。


・・・。

 


――それから20分ほどが経ち――


自発的に集まってきたメンバーに、藤田修平は成果を確認した。

 

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「みんな、どうだった?」

「あうぅ・・・見つかるのは蜘蛛ばっかりなのです・・・」

「私も見つからなかったわ。 キューブを探す作業、思ったよりキツいわね」

「うん。 けっこう難しいかも・・・修ちゃんは?」

「いや、俺の方も駄目だった。 ん? ところで大祐はどうしたんだ?」

「そう言えば・・・いないわね」

「まだ探してるのかな?」

「アイツのことだから、キューブを見つけるまでは戻れないとか言ってそうだな」

「もう・・・集団行動なのに、自分勝手に動き回る人って、クラスに必ず1人はいるわよね」

「あはは・・・」

 

腰に手を当てて憤慨してみせるまり子に、琴美が苦笑いを返した。


・・・。


それから大祐が修平たちに合流したのは、きっかり30分後のことだった。

 

 

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「――遅いじゃない! どこまで行ってたの!」

「いやー、悪いね。 あんまり見つからないもんだから、夢中になってるうちに時間を忘れちまって」

「一生懸命なのはいいけど、時間を守ってくれないのは困るわ。 みんな心配してたのよ?」

「だから悪かったって。 反省してますよ、この通り」


笑顔を浮かべながら、軽い調子で肩を竦める大祐に対し、まり子が深いため息をつく。


「いい、伊藤くん。 今は団体行動をしてるの。 みんなで決めたことを平気で破る人がいると、みんな好き勝手に動いちゃうじゃない」

「だから、謝ってるじゃん。 どうしてもキューブを見つけたかったんだって」

 

キューブを見つける事も大切だけど、規律を守って行動する事も、それと同じくらい大切なことでしょ?」

「そーは言うけどよー、キューブが見つからなくっちゃ食料も手に入らないんだろ? みんなそれじゃ困るんじゃねーの?」

「それはそれ、これはこれよ。 キツい言い方かもしれないけど、伊藤くんの勝手な行動で、ここにいる全員が30分も待たされてるんだから」


「・・・は、初音は待たされるのは気にならないですよ」


険悪なムードの2人の間を、初音の視線がオロオロと往復している。


「それでもダメ」


「・・・へいへい、分かりました。 今後は慎みますよ。 ったく、細かすぎんだよ・・・」


大祐が愚痴りながらも、大人しく一歩引き下がる。

それを確認して、まり子は場を仕切る意味で、一つ咳払いをした。


「それじゃ、みんな、改めて今後の行動を決めましょう。 まあ、そうはいってもやることは変わらないけどね」

「さっきとは探索範囲をズラすんだろ?」

「そうね。 さっきのでカバーしきれなかったところを埋めていく感じ。 さっきと同じで、見つかったら大声を上げてね。 あと、今度も20分後に集合で」

「ああ、了解」

「わかりました」

「了解。 さっさと始めようぜ」


くるりとその場で反転し、大祐がまり子へと背を向ける。
それから、いつもの調子で歩き出し、大祐が藪の中へと消えていった。


「大丈夫かな・・・」
「ん?」
「大祐くん、ちょっと苛々してるみたいだったから・・・」
「・・・そうだな。 だけど、まり子さんの言う事ももっともだし、大祐も冷静になれば納得するんじゃないかな
「そうだといいけど・・・」


「はい、それじゃみんなも始めましょ!」


再びキューブの探索が始まり、修平は先ほどの範囲からさらに山側の方へと入った。

エリア境界線のほぼ真上になるが、ここに無ければ他のエリアと重なってしまう。

まり子に言ってエリアを移動しなければならない。


「これだけ探して見つからないものなのか・・・?」


運営は充分な数を用意していると言っていたが、ここまでくるとキューブの存在自体を疑いたくなってくる。

それでも、ここを調べるまではと覚悟を決めて、草の根を掻き分け始め――おおよそ10分後。


「これか・・・」

 

 

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それは、草の毛布に埋もれるようにして、ひっそりと存在していた。

日の光を淡く映す黒いケースは、説明通り40cm四方の立方体で、持ち上げてみると結構重い。

それでも、何とか開けた場所に持ち出して、じっくりと観察してみる。


「材質は・・・金属なのか、これ?」


発見されにくいようにという意図か、立方体の表面はマットコーティングされており、光をほとんど反射していない。

傍から見ると、空間がそのままぽっかりと四角く切り取られたような錯覚さえ覚える。

運営の言う事が正しければ、この中にメモリーチップが入っているはずだ。


「とりあえず、みんなを呼ぶか・・・」


・・・。

 

「これが、キューブ?」

「これだけ黒いと、物陰にあったら見つけ辛そうね」

「ああ、もしかしたらこれまでにも見落としがあったかもしれないな。 運営側がこれを配置する時に、わざと見つかり難い場所に置いたのかもしれない」

「・・・面倒なことしてくれるわね」

「逆に考えれば、これからキューブを探す時は、日の光が当たらなそうなところを重点的に探してみるといいかもな」

「ええ、そうね」


「ところで、大祐はいないのですか?」

「また夢中になって探してるんじゃないか?」

「また? 真剣に探してくれるのはいいけど、もう少し決めたことを守ってくれないかしら・・・」


「まあまあ、大祐くんもみんなのことを思って頑張ってるんでしょうし」

「ですです。 それより、早くキューブを開けるです」

「そうだな」


黒いサイコロのようなそれをゆっくり回し、6面体のどこかに何かないか観察してみる。

と、その内の一面に、ボタンのようなものがついているのを見つけた。


「押してみるよ?」


まり子の頷きを確認してから、ボタンを押下する。


「おお、開いたです!」


箱の中程から、口が開くように箱の上蓋が持ち上がった。
そこから見える箱の内装は、黒一色――というか、ないに等しい。

物を入れるスペースがほとんどない、というべきだろうか。

指輪ケースのように、メモリーチップを入れるスペース以外は、ほぼ全てが黒い緩衝材で埋まっていた。


「・・・なんていうか、過剰包装の見本みたいだね」

「どこぞの通販サイトの段ボール箱みたいなのです」


説明会で聞いた話によると、このメモリーチップは、一度読ませればそれで終了という代物らしい。


「誰が使う?」

「藤田くんでいいわよ」

「じゃ、やってみるか・・・」

 

 

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ポケットからPDAを取り出し、電源を投入。

それから、PDAの横にある専用スロットにメモリーチップを差し込んで、その中身を読み込ませる。

すると、PDAが警告を発する時のように、画面上にメッセージが現れた。


「おっ」

「何て書いてあるです?」

「『メモリーチップが差し込まれました。 地図を開いて下さい』


肩越しにPDAを覗き込んでくる3人に画面を見せながら、修平が地図のアイコンを選択する。


「あ、何か光ってるわね。 ここ」

「あ、本当だ」


地図上にポイントされた光点は、ここから10メートルほど左に移動した場所。

先ほど修平が探索していた場所の近くだ。


「ここにご飯が埋まっているですね? 行ってみるです!」


そう言うと初音は、ぱたぱたと駆けていく。


・・・。


その後を追って光点の場所まで行き、言われていた通り地面を掘り返してみた。

程なく、ビニールに包まれた四角形のアルミ缶が姿を現した。


「やった! ほんとにあったです!」

「とりあえず、開けてみましょう!」

「ああ」

 

ビニール袋についた土を払い、高さが一斗缶の4分の1ほどのアルミ缶を取り出す。

食料への期待胸を弾ませながら、銀色に光る蓋を外す。

 

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「・・・えっ?」

「たったこれだけ・・・?」

「見た感じだと1人分だね、これ・・・」


真空パックにつめられた5枚入りの乾パン。

チューブからひねり出すオレンジスプレッド。

それと、500ミリリットルのペットボトル入りの水が2本。

以上が、缶の中に入っていた食料の全てだった。


「さすがにキツいな・・・」


モリーチップを見つけるまでにかかった時間を考えると、手に入る食料がこれだけでは、とても労力に見合わない。

とは言っても、今はこれを全員で分け合うしかないだろう。


「・・・とりあえず、大祐と合流して休憩にしようか。 朝から何も食べてないし、さすがにこのまま行動を続けるのはみんなもつらいと思う」

「そうね。 そうしましょう・・・」


各々が落胆の感情を露にする中、修平は別のことを考えていた。


そう――他のプレイヤーたちがこの食糧事情を知れば、メモリーチップの獲得にこぞって乗り出すだろう、と。

もしも、メモリーチップの獲得数がクリア条件になっているプレイヤーがいたら、その流れは更に加速する。

恐らくこれも、運営側がプレイヤーを心理的に追い詰め、争いを誘発させるための演出の1つなのだろう。


――やはりクリアは、一筋縄ではいきそうにないな・・・。


そう思うと修平の胸中に、暗澹(あんたん)たる思いが立ち込めた。


・・・。

 

それから約束の時間となり、本来なら、全員が集合して少ない食料を分け合っているはずだった。


しかし――


「で? まだ伊藤くんは帰ってこないの?」

「近場の様子を見てきたけど、姿は見えなかったな。 もしかすると、違うエリアに入ってキューブを探しているのかもしれない」

「・・・まあ、可能性はありそうね。 彼の意見を却下した時、拍子抜けするくらいあっさりと引き下がったし」

「1人で黙って探索するつもりだったってことです?」

「大祐だったら、あり得る話だな。 何としてもキューブを見つけたかったみたいだし。 まあ、そのうち戻ってくると思うけど」

「うー・・・」

「困ったわね・・・こんな時だからこそ、みんなで団結して事態にあたらなくてはならないのに・・・」

「まり子さん・・・」


はぁ、とまり子が重いため息をつく。

なんとか場の空気を改善しようと明るく振舞う琴美を他所に、まり子と初音の表情が晴れることはなかった。

しばらくすると会話もなくなり、4人の間に重い空気が漂っていった。


・・・。


――結局、大祐が帰ってきたのは、それから1時間ほどが経った頃だった。

 

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「よぉ~ただいま!」


「大祐・・・」

「おいおい、何だよみんな。 そんなテンション低い顔しちゃって。 そんなことより、見てくれよこれ。 メモリーチップ! 隣のエリアに突っ込んだけど、そっちで見つけてきたんだぜ。 いやーマジ苦労した~!」

「大祐くん・・・」

「あん? どうしたんだよ、琴美ちゃんまで? 何か暗いぜ?」

「伊藤くん・・・今、何時?」

「10時だろ。 朝飯にはちょっと遅れちまったけど、まあ朝昼兼用ってことで我慢してくれ。 食えるだけマシだろ?・・・つか、マジで何なの? 何でみんなお通夜ってんの?」

「本気で分からないの?」

「あー・・・もしかして、集合に遅れたっつー話?」

「そうよ」

「おいおい、ちょっとくらい別にいーじゃんか。 んな1時間で状況変わらねーって。 それよりメモリーチップを見つけてきたんだから、そっちのがいいだろ? みんな動かなくて済むしさ」

「いいわけないでしょ!」

「うおっ!?」

「どれだけ私たちが心配したと思ってるのよ! 伊藤くん1人のせいで、みんなが迷惑してるのよ! それがわからないの!? 勝手に捜索の範囲を広げるし、決められた時間も守る気がない!」

「ちょ・・・おい、何でそんな怒ってんだよ? そんなキレることか? 確かに待たせたのは悪かったけど、メモリーチップだって見つけてきたんだぜ?」

「見つからなかったらどうしたの!? どうせ見つかるまで探すんでしょ!? たまたま結果的に上手くいったからって、団体行動を乱したことを正当化しないでよ! ここは、私たちがいた普通の世界とは違うの! 一歩間違えれば伊藤くんの勝手な行動で、みんなが危ない目に遭うかもしれないのよ!? 伊藤くんのせいで、誰かが死んでしまうかもしれないの!」


これまで積もり積もっていたものを放出するように、まり子が唾を飛ばす勢いで大祐を怒鳴りつける。

その迫力に、ようやく状況を理解した大祐が、慌てて謝りながら数歩後ずさった。


「わ、分かった! 悪かったって、勝手な行動して悪かった!」

「本当に分かってるの、ねぇ!?」

「ああ、はいはい! だから分かったって! ったく・・・そんな怒るとは思わなかったよ。 たかだか遅刻くらいでよぉ・・・」

「たかだか遅刻・・・? たかだか!?」

「何でもねーって! そんな揚げ足とらなくてもいいから、反省してるよ!」


もう小言はうんざりだと、大祐が逃げるように体を退く。

まり子との間に手で壁を作りながら、謝罪の言葉を連呼する。

すまん、ごめん、悪かった、もうしない、反省してます――


心の籠らない言葉に、まり子は眉根を寄せたままで大きくため息をつく。

それでも、呆れるように『分かったわ』と呟いた後、大祐に向かって真っ直ぐに右手を突き出した。


「だったら、PDAを出しなさい」

「――は?」


何のことかと、大祐が目を丸くする。

そんな彼の反応に対して、察しの悪さを嘆くように、まり子が首を小さく振った。


「勝手に変な行動をとらないように、私が預かっておくから」

「はぁあぁっ!? ちょっと待てよ! 何で俺のPDAをあんたが預かるんだ!? 手放すなってルールだったはずだろ!?」

「だって、そうでもしないと、また勝手な行動を取るでしょ? それに3時間以内に一度返せば大丈夫よ」


「ま、まり子さんっ。 それはちょっとやりすぎじゃ・・・!」

「琴美さんは口を挟まないで。 言っても分からないなら、従わざるを得ないようにするのは当然じゃない」

「いや・・・何様のつもりだよ、おい・・・」


途端に、大祐の表情が険しくなる。

修平はそれを察し、とっさに2人の間に割って入った。

 

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「とりあえず、2人とも落ち着けよ」

「藤田くん、これは大事なことよ。 チームを維持するためには必要なことなの」

「それは分かる。 だからと言って無茶を強要すれば、逆にチームの結束が崩れかねないだろ? 今の俺たちにとってPDAを預けるってのは、命を預けるのと同義だ。 それはまり子さん、あなたもよくわかっているはずだ」

「そうだ、何考えてんだよ! PDAだぞ、PDA!? こんな大事なもの、他人に預けられるわけねーだろ!」

「・・・逆ね。 大事なものだから、意味があるんじゃない。 どうでもいいものだったら、枷にならないでしょ?」

「だからって、PDAはねーだろうが! つーか、何様だよ! いつからあんたが俺たちのリーダーになったんだ!?」


大祐が怒りの形相でまり子に詰め寄ろうと足を踏み出す。

それを手で制しつつ、修平はまり子へと向き直った。


「・・・まり子さん、俺もこのやり方はないと思う」

「この方法が一番効果的なのよ。 頭の良い藤田くんならわかってくれるでしょ?」

「ああ、わかるよ。 だけど、まり子さんは大祐の命を預かるだけの覚悟はあるのか?」

「・・・え?」

「もし、大祐が命を落としたら、あなたはその責任を背負うことになるんだぞ」

「それは・・・」

「考えてみてくれ。 ゲームの主催者は、俺たちに宝探しのオリエンテーションや、大自然のサバイバル体験をさせたいわけじゃないはずだ。 少ない食料を巡って奪い合いが起きるかもしれない。 どちらにしろ、ゲームはこれからもっと醜くて凄惨な状況になっていく。 このゲームには、俺たちの命がかかっている。 みんなにはもう一度、そのことを自覚してほしいんだ。 こうやって言い争いを続けて仲間割れなんかしてたら、それこそ連中の思う壺だろ」

「・・・・・・」


ようやくまり子は冷静になったのか、さっきの勢いも一気に萎(しぼ)み、力なく目を伏せた。


「・・・ちょっと言い過ぎたわ」

「分かってもらえれば、それでいいよ」


「こっちは全然よくねーんだけど?」

「大祐ももういいだろ。 今回のことはお前にだって責任があるんだから」

「・・・へいへい」


融通の利きにくいまり子と、身勝手な行動を繰り返す大祐。

悩むものが多い中で、この2人についてまで気を回さなければいけない状況に、修平は自分でも気付かぬ内にため息を零していた。


・・・・・・。

 

・・・。

 

「・・・じゃあ、とりあえずご飯にしましょうか」


ひとまず全員で落ち着いてから、改めて円形になって腰を下ろす。

人の輪の中心にあるのは、蓋を開けた銀色に光るアルミ缶が2つ。

大祐が探してきたメモリーチップを用い、新たに1つ食料入りの缶を手に入れたものの、そちらの缶も中身は同じだった。


「・・・なんか少ねぇなぁ。 2つ合わせても、5人分の腹を満たすには足りねぇじゃん」

「文句言っても増えないぞ」

「我慢して食べるしかないよね」

「まあ、食えるだけマシか・・・」

「乾パンは1人2つで、オレンジのジャムは5分の1を目で測って使ってね。 水に関してはコップがないから、このボトル4本を上手く分けるしかないかな・・・きっちり5等分できるといいんだけど」

「まあ、その辺りは、それぞれ感覚でいいんじゃないですかね」

「そうそう。 さっきから腹も鳴ってるし、さっさと食べようぜー」

「じゃあ、とりあえず食べましょうか」


全員が一礼の後、それぞれが封を破いた乾パンへと手を伸ばす。

量が少ないため、ほぼ全員がゆっくりと味わうようにして乾パンを食んでいた。

そんな中、量と食事時間の少なさをごまかすように、大祐が声をかけてくる。


「なぁ、修平」
「なんだ?」
「メモリーチップで手に入ったのって、これだけなのか?」
「いや、他にはロープが入ってた。 ナイフが無いと切れないから、使えないとは思うけどな」

「ふーん。 説明会で聞いた話だと、武器が入ってるって言ってたけど、ちょっと思ってたのと違うな」
「当たり外れの問題じゃないか?」


「・・・武器なんて・・・使う場面がなければいいけど」

「そうだな。 だけど、そればっかりは・・・他のプレイヤー次第だな」

 

修平のクリア条件は『素数ナンバーのプレイヤー全員のクリア条件を満たす』だ。

自身のクリア条件を確実に満たすためには、他のプレイヤーへの接触が必須と言っていいだろう。

だが、その相手が必ずしも友好的とは限らない。

場合によっては、身を守るために武装する必要性に迫られるだろう。


「いや、他のプレイヤーだけじゃないかもしれないぜ?」

「えっ? 他に何がいるの?」

「例えば、冬眠に入る前の熊とか。 後は、野犬とか狼とか」

「今の日本に狼はいないだろうけど、たしかに野生動物も怖いな。 熊なんかは地方によるんだろうけど」


そして、本当に熊が出てきたならば、たとえ武器があったところで、どうなるものでもないだろう。

そんなことにならないよう、ただ祈るのみだ。


「モンスターだって、いたりするかもです!」

「・・・フフフ、もしかしたら初音ちゃんの帽子の中にも――」

「・・・え?」

「手の平くらいある巨大蜘蛛が――!!」

「き、いぃいいやあぁあああ!!! 蜘蛛だけは嫌なのですぅーーー!!」

「・・・オイオイ、冗談でも可哀想だ。 本気で泣きそうになってるぞ」

「えへっ♪」

「はぁ・・・初音たち、本当に帰れるですかね?」

「うん、もちろん。 そのためにみんなで頑張ってゲームをクリアしようよ」


「ま、飯を食ったら、その辺もおいおい考えていこうぜ」


そう言って大祐が乾パンの最後の一欠けらを口の中に放り込み、ペットボトルを傾ける。

そして僅かに残った水を、初音の方へ差し出した。


「はい、初音ちゃん。 余ったからこれ飲んじゃいなよ」
「あ、ありがとうです~」


ペットボトルを受け取った初音が、僅かに残った水を名残惜しそうに飲み干した。


と、その時――


「あ、ちょっと!」

「ん?」

 

 

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「水が余ったなら、みんなで公平に分けないと」

「・・・は?」

「チームで行動してるんだから、水の一滴でもみんなで分けるべきよ」

「マジで言ってる? なぁそれマジで言ってる?」

「な、なによ?」

「あれっぽっちの量を、どうやって分けるっつーんだよ? しかも、コップも何もなしでだぞ?」

「蓋をして持ち歩けばいいじゃない。 水が必要な時に使ってもいいし、次の食料を見つけた時に分けてもいいし」

「だったら別に、今飲んでもいいじゃねーかよ?」

「1人で飲んだから言ってるんじゃない」


「は、初音が飲んじゃったから悪いですか?」

「大丈夫だよ、初音ちゃん。 悪いのはあいつの頭だから」


「・・・何ですって?」

「何でもねーよ。 ――もういい、初音ちゃん、あっち行こうぜ」


「ちょっと、どこに行くのよ! また勝手にどこか行くつもり?」

「別に、どこにもいかねーよ。 ここにいたくねーだけだっつーの。 声の届く範囲にいりゃいいんだろ? 何ならPDAも渡してやろうか?」

「・・・要らないわよ。 きちんと守れるなら」


「行こうぜ、初音ちゃん」

「は、はいなのです・・・」


大祐が初音の手を引いて、食事のために作った輪から抜けていく。

その様子を、琴美が不安そうに、まり子が険しい表情のまま黙って見送った。

後には、空になったアルミの缶とペットボトルだけが残される。


「・・・ねぇ、藤田くん、琴美さん。 私、間違ってると思う?」

「正しい答えが、常に選ぶべき回答かどうかって聞かれたら、それは難しいな。 正義を貫こうとすれば情は通らず、情だけで世界は回らない。 まり子さんの言ったことが間違っているわけじゃないけど、初音を気遣った大祐の行為を責めることも出来ないよ」


「私は・・・私は、みんなに喧嘩はして欲しくない、です」


「そう・・・難しいわね」


まり子はか細い声でそう言うと、大祐と初音が消えた、森の向こうへ目をやった。


・・・。