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リベリオンズ -Secret Game 2nd stage-【4】

 

・・・。


――だが再びメモリーチップの捜索を開始してからも、まり子と大祐の溝は埋まらなかった。

何かにつけて意見を対立させ、今はとりあえず一緒に列を作ってはいるものの、しばらく前から視線すら交わしていない。

意地になって先頭をひた歩くまり子、後ろには、やや離れたところに大祐と初音の2人がいる。


――このチーム、長くもたないかもな・・・。


列の中央を歩きながら、修平がそんな事を考えていると、それを察したように、隣にいる琴美が話しかけてくる。



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「・・・なんだか、雰囲気良くないね」
「そうだな・・・」


だが今のところ自分にできるのは、2人が衝突しないように、こうして両者の間を歩くことぐらいだろう。

それよりも今の内にと思い、修平は幼馴染の名を呼んだ。


「琴美」
「うん?」
「そろそろ、PDAの情報を交換しておかないか?」
「あ、そうだね」


修平の提案に、琴美が迷わず頷き返す。

それを受けて修平は、先に自分のPDAを琴美に差し出した。


「これが俺のプレイヤー情報だ」


PDAの情報は本来、厳守しなければいけないものだが、修平にとって琴美だけは例外だった。

修平にとって常に優先されるのは自身と琴美の生存であり、ゲームの説明会で知り合った赤の他人を助けることではない。

本来なら琴美とはもっと早い段階で話をしたかったのだが、他のプレイヤーの前で堂々と情報を交換するわけにもいかない。

修平は琴美と二人きりで話ができる機会を待っていたのだ。


「プレイヤーナンバーが『4』、クリア条件は『素数ナンバーのプレイヤー全員のクリア条件を満たす』かぁ。 素数ナンバーのプレイヤーってことは『2』『3』『5』『7』『J』『K』の6人だね」
「そうだ。 見ての通り、なかなか厄介な条件だよ」


さらに横合いからPDAを操作し、別の画面を表示させる。


「特殊機能は『半径10m以内にあるPDAの特殊機能を無効化する』・・・か。 有効活用するなら、他のプレイヤーの特殊機能を知ってることが前提になるのかな?」
「ああ、そうだな」
「でも、ちょっとホッとしたよ。 私のクリア条件とは競合してないみたい。 見て」


琴美がPDAを操作し、修平へと差し出してくる。


「プレイヤーナンバー『6』、クリア条件は、『自分を中心とした5つ並びのナンバーの他プレイヤーに危害を加えない』。 自分を含んだ数字だから、プレイヤーナンバー『4』から『8』までのプレイヤーを傷つけなければいいってことか」
「危害を加えなければいい、ってだけの条件はアタリだよね」
「そうだな。 実質、なにもせずに最終日まで生き残ればいいだけだ」


――だが、ゲームの主催者がそんな生ぬるい条件を与えるだろうか。

他のプレイヤーに危害を加えなければいいだけの条件・・・裏を返せば、危害を加えなくてはならない状況が予想される。

例えば、琴美のナンバー『6』の5つ並び、『4』『5』『7』『8』のプレイヤーに琴美が襲われた場合――

それが正当防衛であっても、琴美は反撃することができない。


「琴美。 お前はなにがあっても俺の傍から離れるな」
「うん、そのつもりだけど。 どうして?」
「もしもなにかあった時は、俺が必ずお前を守ってやるから」
「えっ!? そ、それって・・・うわぁあああ~~!!」
「? どうした?」
「いや! なんでもない、なんでもないよ!」
「大丈夫か? なにか不安なことがあれば早めに言っておいた方がいいぞ?」
「ほんとに大丈夫っ! 修ちゃんと私はきょうだいみたいなものだし、妄想が爆発っていうか、ちょっと混乱しちゃっただけ! あ、そ、そうだ! 特殊機能の話しよ!」
「あ、ああ・・・」
「私の特殊機能、すごく便利だから、修ちゃんの力になれると思うんだ!」


琴美の大きな喜びように苦笑いを浮かべつつ、修平は少しの期待と共に、視線をPDAの画面上へ移動させた。

そしてそこにあった文面に、思わず目を大きく開く。


「『半径10m以内にいるプレイヤーのナンバー、クリア条件を表示する』・・・!?」
「これなら、修ちゃんのクリアに役立つでしょ?」
「役に立つどころの話じゃないな。 俺にとっては最高の特殊機能だぞ、これ・・・」


修平の最も欲しい情報であるプレイヤーナンバーとクリア条件が、両方同時に手に入る。

これさえあれば、他に何も要らないと言えるほど完璧な特殊機能だった。


「これって、誰にも気付かれずに情報を引き出したりできるのか?」
「どうだろう? まだ一回も試してなかったから」
「ちょっと使ってみるけど、いいよな?」
「うん」

 

琴美が頷くのを確認してPDAを受け取り、操作ボタンに触れる。

と、そこで――修平は、琴美のPDAにだけ、妙な部分があることに気づく。

 

「ん? なんだこれ?」
「え? どうしたの?」
「いやほら、電源ランプの横の部分に、巻き取り式のコネクタケーブルがついてるだろ?」
「うん、そうだけど・・・修ちゃんのPDAには付いてないの?」
「ああ・・・でも妙だな? 確か説明会では、全員に同じPDAが配られてるって言ってたはずなのに?」
「もしかして、特殊機能で使うのかな・・・?」
「いや、『半径10m以内にいるプレイヤーのナンバー、クリア条件を表示する』を見る限り、そんな感じはしないんだが。 とにかく、一度使ってみるな?」
「う、うん・・・」


操作ボタンを押すと、やはりコネクタケーブルをどうこうせよという指示は出てこない。

修平は疑問に思ったものの、いったん考えないことにして、PDAの操作を進めた。

すると画面が切り替わり――

 

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近くにはチーム全員がいるわけだが、その情報が一度に表示されるということでは無いようだ。

10m以内にいるプレイヤーのリストが出てきて、その中から選択して使うという仕様らしい。


「それじゃ、対象を俺にして・・・実行」
「あ、出てきた」


実行するとすぐに、琴美のPDAの画面に修平のデータが表示された。

その際に、修平のPDAの方には、情報を盗まれたことに対するリアクションは起きなかった。

つまり、対象に気付かれずに盗み見ることが可能というわけだ。


「琴美。 大祐や初音、まり子さんの情報を見れるか?」
「え、えっと・・・でも、いいのかな・・・?」


同じチームの仲間なだけに、情報を盗み見ることに罪悪感があるのだろう。

だが修平は強く頷きかけ、その行動を促した。

すると琴美が渋々といった様子で、PDAを操作し始める。


■伊藤大祐:プレイヤーナンバー『10』
クリア条件:『10名以上のプレイヤーとの遭遇』

■阿刀田初音:プレイヤーナンバー『Q』
クリア条件:『プレイヤー全員の生存』

■上野まり子:プレイヤーナンバー『A』
クリア条件:『指定したパートナーと3時間以上離れずに行動する』

 

「・・・全員の条件が競合していない。 だけど、素数のナンバーは誰もいないか」
「5人もいるのに素数はゼロ。 ついてないね・・・」
「まあいいさ。 素数以外はかなり潰してるし、これから会うプレイヤーのほとんどが素数だって分かるなら悪くはない」


だが、プレイヤーナンバーのことよりも修平が気になったのは、クリア条件の方だった。

大祐とまり子のクリア条件に関しては、特筆することはない。

大祐は多くてもあと4人のプレイヤーと遭遇するだけで条件を満たせるし、まり子も単独行動さえ取らなければ問題はないだろう。

そんな2人に対し、初音のクリア条件の『プレイヤー全員の生存』だけが、やけに難易度が高かった。

14人のプレイヤーのうち、誰か1人でも命を落とせば、クリア不能になってしまうのだ。

しかし注目すべきなのはその難易度ではなく、このゲームが『全員生存』を実現できるように設計されている、ということだった。

つまり現段階で、このゲームに参加している全プレイヤーのクリア条件は、競合していないということになる。


「いよいよ、現実味を帯びてきたな・・・」


恐らくこのゲームの主催者は、全員が生き残るような展開を、望んではいないだろう。

だとすれば、必ずどこかで状況は変化する。

もっと難易度が高く、残酷なものに。


――じゃあ、コネクタケーブルもその時に・・・?


そんなことを考えていると、不意に背後から声をかけられる。

 

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「よぉ修平、どうしたんだ? そんな難しい顔してさ?」


振り向けば、そこに大祐と初音がいる。

修平は思考を断ち切ると、適当な答えを大祐に返していた。


「・・・いや、ちょっとゲームのルールに関する話をな。 それよりそっちの方こそ、どうしたんだ?」

「ああ。 実は初音ちゃんと色々話し合ったんだけど、ちょっと2人に提案があってさ」

「提案?」

「ですです。 プレイヤーナンバーや、クリア条件は内緒にしても、特殊機能だったら教えあってもいいかもと思ったです」

「ほら、もしかしたらキューブの場所を探す機能なんかもあるかもしれないし、そしたら意固地になって隠してても無駄だろ?」

「修平と琴美は、どう思うですか?」

「そ、それはどうかなぁ・・・ね、修ちゃん?」


返答に窮した琴美が、修平に視線を向けてくる。

修平はしばらく考えた後、そうだなと確かめるように頷いた。


「まあ、たしかにそれほど影響はないかもな」


・・・実際、修平はそんなことを微塵も思っていない。

ただ、琴美のPDAで唯一手に入れる事の出来ない情報――大祐たちの特殊機能を知ることができるかもしれない、そんな思惑があった。


「説明会では特殊機能について仰々しいこと言ってたが、俺と琴美の特殊機能は全然大したものじゃなかったよ」

「だよな。 俺の特殊機能も意味分かんねーし」

「どんな特殊機能だったんだ?」

「どんなのだと思う? 当ててみろよ」

「・・・ヒントもなしだとさすがにな。 想像もつかない」

「そりゃそうか。 正解はこれだよ」


そう言って大祐が、画面が見えるようにPDAを差し出してくる。

そこに書かれていた内容は――


『半径1m以内にいるプレイヤーが死亡した時、このPDAのプレイヤーを除く半径5m以内のプレイヤーの首輪を爆発させる』


「・・・なるほどな。 確かに役に立たない能力だ」

「だろ? 誰かが死んだ時に、周りにいる奴ら全員が吹っ飛ぶってわけだ。 怖ぇー能力だけど、まったく使い道がわかんねーぞ」

「ま、大祐が死にそうになったら全力で逃げることにするよ」

「オイオイ、ひでーな! 助けろよ、俺たち仲間だろ!?」


冗談を言い合っている最中、修平は大祐の特殊能力の真価について考えていた。

大祐は気が付いていないのか、それとも、気が付いていないフリをしているだけなのか・・・。

ともあれ、ナンバー『10』の特殊機能は、優秀である。

大祐が死んだ時、5mの範囲内にいた人間も死ぬ。

つまり、近距離で大祐を攻撃することはできないということだ。

この特殊機能は、他のプレイヤーに情報を与えることで、所有者の身を守る防御手段として真価を発揮するのである。


「ちなみに、初音ちゃんの特殊機能は俺よりよっぽど使えそうだったぜ」

「はいです。 初音の特殊機能は、『半径20m以内に他のPDAが接近すると警告をする』なのですよ」

「へえ、索敵用の、レーダーみたいなもんだな」

「ですです。 誰かが近づくと教えてくれるのです。 こんな風に――」


そう言って、初音が特殊機能を発動させる。


「これって、俺たちに反応してるんだよな? 俺たちは除外しないと意味ないんじゃないのか?」

「特定のプレイヤーを除外するかどうかも選択できるですよ。 会ったことのある人しかダメみたいなのですけど」

「人探しするのに役立ちそうだね」

「怖い人から逃げるのにも便利なのです」


「それで、修平はどんな能力だったんだ?」

「まあ、俺の特殊機能も微妙だったよ」

「どんな機能だよ? ヒント、ヒント!」


大祐が、笑顔で身を乗り出してくる。


「・・・ヒントか。 そうだな・・・健康器具かな」

「は?」

「・・・・・・」

「健康的なのです?」

「ああ」


『解けるかな?』という修平の淡い笑顔を受け、大祐と初音が、疑うこともなく特殊機能の推測を開始する。

仲間に嘘をついた修平に、琴美が責めるような目線を送ってきたが、ここは口裏を合わせてもらうしかない。

修平に与えられた『特殊機能の無効化』は、強力な特殊機能を持つプレイヤーの思惑を、挫くためのものなのだ。

抑止力にもなる大祐の機能とは違い、相手に知られては意味がない。


「さあ、答えは何だ?」

「健康にいい、健康にいい・・・っだーくそ、全然分かんねーよ! じゃあ、えっと・・・体温を測る機能とか?」

「わかりました! 薬草辞典なのです!」

「残念、2人とも外れだ。 俺の特殊機能は、今まで歩いた歩数をカウントする機能だ。 つまり、万歩計だな」


修平がしたり顔で偽の答えを告げてやると、大祐は開いた口が塞がらないようだった。

傍らの初音も同じ――どころか、可哀想なものを見るような目を修平へ向けてきている。


「いや、2人とも、そんな目で見るな。 悲しくなるだろ」

「だって、万歩計って・・・そんなの、特殊機能でも何でもねぇだろ?」

「ご愁傷様レベルなのです・・・」

「一応、俺にとっては大事な機能なんだけどな」

「はぁ? 大事って何に使うんだよ、そんなの」

「そいつは想像にお任せするよ」

「・・・はは~ん、わかったぞ。 修平のクリア条件は、歩数に関わることだな!」

「そこは黙秘権を行使するよ」


修平がニヤリと笑うと、大祐も満足そうに笑い返してくる。


「まあ、俺のより琴美の特殊機能はそれなりに使えると思う」

「おっ、どんなんだよ?」

「『10m以内にいるプレイヤーの名前を表示する』――初音の特殊機能の、範囲が狭い版みたいな感じだな」

「でも、名前が分かるなら初音のより良さそうなのです・・・」

「いや、そうとも言えないと思うけど」

「どういうことなのです?」

「名前が分かっていいことがあるかって言ったら、別にそんなことはないだろ。 このゲームではプレイヤーを識別する場合、ナンバーの方が重要な情報だからな」

「なるほど、なのです。 でも、油断してはいけないのです! 名前を打ち込めば首輪を爆発させられるPDAがあるかもしれないのです」

「なんか、どっかで聞いた事のあるような機能だな」

「たしかに、そんな特殊機能があったら危険だけど、俺たちとっくに本名で自己紹介してるぞ?」

「な、なんと! 油断していたのは初音の方だったのですー!」


オーバーリアクションをとる初音の姿に、全員の顔が綻ぶ。

大祐も、初音も、こんな場所で出会わなければ、普通に仲のいい友人になれたかもしれない。

そう思うと、1人だけ嘘をついている自分が酷く矮小な存在に思えて、修平の胸はチクリと痛んだ。

すると初音が、しばらく前から足を止めてこちらをみていたまり子に、声をかけた。


「ところで、まり子の特殊機能は何なのですか?」


「えっ、私? ・・・その、私のはちょっと・・・」


言いづらそうに口ごもるまり子の様子を見て、大祐がここぞとばかりに声を上げ、大仰に肩を竦めてみせる。

 

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「・・・教えてくんねーの? みんなの話、聞いてたんだろ?」
「そ、そんなこと・・・いったって・・・」
「何だよおい、みんなの情報は聞いてたのに、あんただけは隠すのかよ?」
「で・・・でも・・・」
「まさか、マジで1人だけだんまりするつもりかよ、なぁ?」
「・・・・・・」


「大祐くん、そんな無理に聞き出そうとしなくてもいいんじゃないかな。 みんなで特殊機能の情報を教えあおうって決めたわけじゃないんだし」

「まあ、そうだけどさ。 でも、場の空気ってもんがあるだろ? なあ、まり子さん?」

「・・・・・・それは・・・そっちが勝手に喋ってたんじゃない」

「何だよおーい・・・マジでさぁ。 あーあ、ここに空気読めない人がいるんですけどー! こんな人にチームの結束だの、協調性だの言われたくねーよなぁ」

「くっ・・・!」


大祐の容赦ない言葉に対し、まり子が嫌悪感をあらわにする。

だが何も言い返すことなく、再び背を向けて先頭を歩き出す。


「おーおー、今度は逃げるのかよ」


後ろから飛んでくる煽りにも、まり子は反応を示さない。

気の強いまり子が、ここまで言われても隠すということは、よっぽど知られるのがまずい機能なのだろう。

そう思い、修平が密かに警戒心を募らせていると――


「ねえ、修ちゃん・・・」
「ん?」
「このままじゃ、まり子さんが孤立しちゃうよ・・・」
「・・・そうだな。 だけど、今の俺たちには何もできないよ。 冷たい言い方かもしれないけど、ここでチームが解散しても俺と琴美のクリアには影響しない。 大祐と初音のクリア条件は無視して問題ないから、まり子さんが単独行動にならないようにだけ注意していよう」


一度チームを組んだ仲として、ここで別れるのは修平としても本意ではないが、クリアだけで見れば影響はないのだ。


「・・・らしくないよ」
「・・・琴美?」
「なんだか・・・修ちゃんが、修ちゃんじゃないみたい」
「・・・・・・」
「・・・ごめん。 私、凄く自分勝手なこと言ってる。 ちょっと頭冷やしてくるね」
「・・・・・・」


無言で背を向けた琴美に、修平は、かける言葉が見つからなかった。


・・・・・・。

 


・・・。

 

 

――そして別れの時は、あっさりと訪れた。


大祐が初音と共に、このチームを離れると言い出したのだ。

 

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「・・・残念だな」

「俺もそう思ってるさ。 でも、もう無理だ」


そう言って大祐が、当てつけるようにまり子を睨む。

だがまり子はそれに対し、何も答えようとしなかった。


「・・・初音ちゃんも、これでいいの?」

「そ、それは・・・」

「なんだよ、修平も琴美ちゃんも。 そんな辛気臭いツラすんなって。 別に敵になるわけじゃねーんだからさ」

「・・・で、ですです。 別に、これでお別れではないのです」

「え、そうなの・・・?」

「俺らのことは、別行動してるって思ってくれりゃいいよ。 これまで通り、協力し合ってゲームのクリアを目指してこうぜ」

「大祐くん・・・」

「だから、そんなテンション下げんなって。 とりあえず、そうだな。 夜になったら村の中央広場で合流しようぜ。 これなら心配ねーだろう? 食料が足りなかったらお互いに助け合えるし、なにかゲームに進展があったら情報交換もできるしな」

「・・・そうだな。 分かった」

「気をつけてね。 2人とも」

「はいです。 こっちはこっちで頑張りますです」

「そんじゃ、達者でな」


そうして大きく手を振って、2人は森の中へ消えていった。


「行っちゃったね・・・」
「ああ」

 

 

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「・・・私が悪かったのね」


去っていく2人の後姿を見つめながら、まり子が小さなため息と共に呟く。

別れ際になっても、まり子と大祐は互いに視線すら合わそうとしなかった。


「たまたま大祐とは相性が悪かっただけだ。 そんなに落ち込まなくてもいいんじゃないか?」

「だけど、私がもっとみんなに合わせてれば・・・」


俯いたまま、まり子が後悔の言葉を口にする。

震える腕を抱え、爪を立てて、じっと何かに耐えるようにその場に立ち竦む。


「まり子さんは、自分のどこが悪かったと思っているんですか?」

「え?」

「今回は、どうしようもなかったかもしれない。 けど、これから会う人となら、今回の反省を活かして上手くやっていけるんじゃないですか? まり子さんには、それが出来るはずです。 だって、まり子さんが大祐くんに厳しかったのは、彼のことが心配だったからですよね」

「っ・・・!」


琴美の言葉を受けて、まり子が驚いたように静止する。

だがやがて、弱々しいながらもこくりと1つ頷いた。


「・・・そうね。 頑張ってみるわ」

「うん。 私にもできることがあれば、協力しますから」

「ありがとう・・・。 ――さあ、気持ちを切り替えてこれからの方針を決めて行きましょう」

「はいっ」

「ああ、了解だ」


・・・・・・。


・・・。

 

 

 

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「とりあえず、各自のクリア条件を整理してみない?」

「クリア条件を・・・?」

「ええ、私たちはメモリーチップを集めるだけじゃなくて、クリアを目指して行動しなくてはならない。 そのためにお互いの目的を共有しておいた方がいいと思ったの。 もちろん、強要するつもりはないけど、どうかしら?」

「・・・意外だな。 まり子さんからその提案が出てくるとは思わなかった」

「それはYESと受け取っていいのかしら」


修平と琴美は、すでにまり子のクリア条件を知っている。

競合しないことがわかっている彼女が相手ならば、完全なる協力関係を結ぶことに抵抗はなかった。


「ああ。 琴美も、かまわないよな?」

「うん、もちろんだよ」


修平と琴美は、まり子にそれぞれのPDA画面を見せ、クリア条件とプレイヤーナンバーを提示した。

するとその内容を読み、まり子がほっとしたように息を漏らす。


「・・・よかったわ。 どれも平和的に解決できそうな条件ばかりね」


そう言って、まり子もPDA画面を修平と琴美に向けてくる。


■プレイヤーナンバー『A』
『指定したパートナーと3時間以上離れずに行動する』


既にまり子の条件は知っていたが、修平はそれをおくびにも出さず、安堵の笑顔を作って頷いた。


「まり子さんがこの条件なら、俺たちはこのまま行動して問題なさそうだな」

「うん、そうだね」

「じゃあ、お互いのクリア条件もわかったことだし――私と琴美さんは放っておいてもクリアできるから、藤田くんの目的のために行動していきましょうか? できるだけ早いうちに、多くのプレイヤーに会っておきたいわね?」

「ああ。 そうしてもらえると助かるよ」

「だけど今日はもう遅いし、夜の森を歩くのは避けたいから、このまま南下しましょう。 地図上だと平地があるから、他のプレイヤーとキューブを探しながら、村の方に戻って1泊する予定でどうかしら?」

「ああ、異論はない」

「分かりました」


大祐がいなくなったことで幾分か冷静になったのか、まり子の指示は的確だった。

そうしてメンバーが3人になった修平たちは、日が暮れる前に山を下りるべく、すぐに行動を開始した。


・・・・・・。

 

・・・。

 

――それから森を進み、一時間近くが経過した頃――

修平のポケットの中で、不意にPDAが電子音を響かせる。

 

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「ん? なんだ?」

「修ちゃん、どうかしたの?」

「いや、いきなりPDAが鳴り出して・・・」

「また、ゲームの主催者からの連絡かな?」

「いいえ、それはないと思うわ。 私たちのPDAは反応していないもの」

「あ、ホントだ・・・なんで修ちゃんのPDAだけ鳴ってるんだろ?」

「・・・・・・」


ポケットからPDAを引っ張り出し、メニュー画面を確認する。

すると旗のアイコンのマークの右下に、メール受信を示す手紙のマークがついている。


「・・・メール? だが、どうして俺にだけ? 運営が個人にメールを送る状況なんて、ありえるのか・・・?」


自問しながら、修平がメールを開く。


「・・・何だこれ?」

「え?何が書いてあったの?」

「いや、それが・・・。 『貴方の身に危険が迫っています。 その方角には進まないで下さい』って」


その方角というのは、修平たちが向かっている南側のエリアのことだろう。

しかしそうだとしても、このメールの送り主は、どうやって修平たちにメールを送ってきているのか。

修平の把握している限り、PDAにそんな機能はないし、説明会でも全く説明されなかった。

だから、運営だけがメールを送付できて、プレイヤー側は受け取るのみだと思っていたのだが・・・。


「どうする? この先には進まないで欲しいみたいだけど」

「・・・得体が知れないメールを信用しろって言われてもね。 善意からの警告なら、この先は危険ってことだけど・・・藤田くんはメールをくれた人に心当たりはある?」

「・・・心当たりがないことはないが、それにしては不自然だな」


協力してくれそうな人間といえば真っ先に大祐と初音が出てくるが、彼らの特殊機能ではメールを送ることができない。

他に面識がある人間といえば、司とはるなの2人しかいない。

そのうちのどちらかがメールを送信する特殊機能を持っていると、考えられなくもないが――

なんにせよ、正体を隠している意味がわからない。


「もし、これが私たちの知らない第三者からのメールであったとすれば・・・。 この方角に進まないで欲しい理由があるってことね」

「・・・何かが隠してある、とかですか?」

「そういうこと。 相手にとって都合が悪いってことよ」

「このメールの文面からは判断しづらいですね。 せめて、もう少し具体的な理由が書いてあればいいんですけど・・・」

「ただ、今から進路を変えたら、山道の途中で日が暮れてしまうな」

「・・・暗い森の中で一夜を過ごすのは、お世辞にも安全とは言い難いわね。 それじゃ、万が一に備えて周囲に気を払いながら、このまま進むってことでどうかしら?」

「ああ、わかった」

「了解です」


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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――森を抜けると、そこには、一面の麦畑が待っていた。

夕陽を受けて燃える大粒の麦穂が、そよ風に吹かれて豊かに波打つ。

ざわと穂先が擦れる音は、打ち寄せる波音そのままで、そこに煌めく金の海原を思わせた。


「うわぁ・・・凄く綺麗・・・」

「ああ・・・こんな景色、初めて見たな・・・」

「こんな状況じゃなければ、素直に感動できるのにね・・・」

「そうね・・・それだけは、ちょっと残念ね・・・」

「ねぇ修ちゃん、まり子さんも・・・私たちはこの景色をいい思い出にしないといけないんだよね?」

「えっ?」

「琴美・・・?」

「何事もなくみんなが無事に帰った後で、この景色を思い出せるようにしないといけないんだよね?」

「・・・みんなで無事に、か。 確かに、それができれば最高だな」

「ええ。 そのためにも、出来る限りを尽くして頑張りましょう」


夕影に染まったお互いの顔を見ながら、修平たちは頷いた。

この思い出を持ち帰るために――。


それが琴美の望みなら、できる限り叶えてやりたい。

修平はそう思い、そして2人に笑顔を向けた。

 

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「・・・さて、麦畑を踏み荒らすのは気が引けるけど、一応キューブを探していくか」

「そうね。 最初のキューブを見つけた時みたいに、3人で範囲を決めてやりましょ」

「はいっ」

「身長の高い麦だから、人を呼ぶ時は手を上げて呼んでね」

「了解だ」


その他、集合時間や集合場所を確認し合った後に、それぞれが担当場所となる麦畑の前へと立つ。

そうして、2度目となるキューブの探索が始まった。


だが、すぐに――


「ちょっと、みんなこっちに来て!」


まり子が上げたその声を聞き、修平はその場所へ駆けつけた。

すると、やや遅れて琴美もやってくる。


「まり子さん、どうした?」

「何かあったんですか?」

「・・・これが、落ちていたの」


真剣な顔で、まり子が手の中のものを掲げる。

 

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薄汚れているものの、姿形は健在な、修平たちがここ最近で見慣れたもの――


「・・・PDAですね」

「ええ」

「私たちのと同じものみたいですね、それ」


形式までは同じかどうかは不明だが、ボタンや液晶の配置などは、修平たちの持っているそれと何ら変わらない。


「他のプレイヤーが落としたのかな?」

「バッテリーが切れていて電源が入らないから、プレイヤーナンバーは確認できないわ」

「電池を交換してもダメでしょうか?」

「工具がなきゃ無理ね。 それにずいぶん長い間放置されていたみたいだし、完全に壊れてしまっていると思うわ」

「でも、まだゲームが始まって1日目ですよ? 雨も降っていないのに、どうしてこんなボロボロに・・・」

「たぶんだけど、前にこのゲームに参加したプレイヤーが所有していたものじゃないか?」

「・・・可能性は高いわね。 今回が何度目かは知らないけど、このゲームが何度も行なわれてきたのは確実だし・・・・」

「じゃあ、前にこの場所で誰かが・・・?」

「・・・だろうな」


このPDAの持ち主は、恐らくこの場所で力尽きたのだろう。

そして亡骸が回収された後も、PDAは麦穂に紛れて回収されず、ずっと放置されていたのだろう。


「そんな・・・ひどいよ、そんなの・・・!」

「琴美・・・」


ここで亡くなったプレイヤーの事を思っているのだろう。

琴美は、肩を震わせて泣いていた。


と、その時――


――何かが、修平の目の前を横切った。


「なんだっ・・・!?」

「えっ!?」

「何? どうしたのっ!?」

「いや、今確かに、何かが飛んできたんだけど・・・」


昆虫や小さな鳥の類が、麦畑に飛び込んだだけだろうか。

夕焼けの最中ということを考えれば、見間違えても不思議はない。

しかし、今のはなにかが違う。


『貴方の身に危険が迫っています。 その方角には進まないで下さい』――。


脳裏に、あの警告じみたメールの文章がよみがえる。

冷たい汗が背筋を伝い、修平が他の2人に警戒を呼びかけようとした、その瞬間――


――!!


――まり子の足元に、黒い矢が突き刺さっていた。


「・・・えっ!?」

「なっ・・・なに?」

「――くそっ、2人とも伏せろっ!!」


戸惑う2人の体を、有無を言わせず麦畑の中へ引き倒す。


「ふ、藤田くん・・・い、今のってっ!?」

「――狙撃だ」

「狙撃って・・・!? 嘘でしょ!?」

「・・なにかの冗談だったらいいんだけどな。 これを見てみろ」


そう言って修平は手を伸ばし、地面から黒い矢を引き抜いた。

カーボン製と思しきそれは、50cmほどの長さで、通常の弓矢のものとは思えない。

狙撃手の得物は、おそらくクロスボウだろう。


「う、嘘っ・・・!? だって私たち、何もしてないじゃないっ!?」

「なんの目的で襲撃してくるかなんて、相手に聞いてみなきゃわからないさ。 大方、それがクリア条件に関わってくるプレイヤーがいるんだろう」

「だ、だって・・・こんな矢で撃たれたら、怪我するどころじゃ済まないじゃないっ! まさか、命を狙われているってことっ!?」

「・・・さぁな。 とりあえず、ここに留まるのはマズイ。 麦穂に隠れて移動しよう。 なんとか相手を振り切らないと」

「い、移動するって・・・どこに?」

「どこでもいい、早くっ」

「どこでもいいって、でも・・・っ!?」


最初に屋が飛来してから、次の矢が飛んでくるまでに20秒ほどの間隔があった。

連装式のクロスボウではないのか、修平たちを攻撃してきた相手は、矢の充填にそれだけの時間を要するということだ。

となれば、次の矢もそろそろ――


――!!


「きゃあっ!!」

「ひッ!!」


今度は、琴美から1メートルほど横に黒い矢が突き刺さる。


矢が刺さった角度から見て、射手の位置は北側の斜め上方――。


修平はすぐにそちらを見やったが、敵の姿は見つからない。

クロスボウの有効射程がどれくらいかは不明だが、相手も隠れながら攻撃してきているのなら、発見は至難の業だろう。

 

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「2人とも俺についてこい! 絶対に麦穂より上に顔を出すな!」


背の高い麦に隠れるように中腰で動けば、敵から見つかる心配はない。

しかし、相手だってそんなことは承知の上だろう。

距離を詰められたら、反撃する手段のない修平たちに勝機はない。

いち早く、この状況を脱する必要がある。


「次の射撃まで時間があるはずだ、いくぞっ!」

「待って修ちゃん! まり子さんが・・・っ!」

「えっ・・・!?」

 

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修平が振り返ると、頭を抱えて地面にうずくまったまり子を、琴美が必死に立ち上がらせようとしている。


「う、うぅ・・・い、嫌よ・・・あんな矢で撃たれたら・・・こんなところで死ぬのは嫌っ! 誰か、誰か助けてよっ!」

「まり子さん、まり子さんっ! しっかりしてください!」

「いや・・・嫌ぁっ!!」


「・・・くそっ!」


まり子は完全にパニックを起こしていた。

昨日まで普通の生活をしていたのに、突然命の危険にさらされて――

しかもそれがクロスボウという見える形なのだから、無理もないことだ。

だが、今はそんな悠長なことを言っている暇はない。

早くしなければ、次の矢が――


――!!


「きゃああぁあっ!!!」


「くっ・・・!」


見ると3本目の矢がまり子の手を掠め、僅かに血を滲ませている。


「ひ、ひっ・・・い、痛いよぅ・・・!」

「まり子さん! 早くここから逃げないとっ!」

「う、ううぅ、うぅ・・・!」

「修ちゃん、まり子さんが・・・」


「分かってる。 分かってるから、ちょっと待ってくれ・・・!」


まり子が混乱しているというのは、修平も痛いほど分かっている。

素早く動けない以上、別の突破口を見つけなくてはならない。


「くそっ・・・こうなったら、一か八かだ・・・」

「修ちゃん・・・?」


矢は、20秒間に一度しか飛んできていない。

クロスボウ以外の遠距離用の武器を、使ってくる気配もない。


「だったら、やってやるさ・・・」


修平の口が、強がりの笑みを形作る。

導き出された突破口はただ一つ――。

クロスボウの装填の隙をついて接近し、格闘戦に持ち込むのだ。

だが、もしも相手が接近戦用の武器を持っていたら?

その事に思い当たり、修平が行動を躊躇した――その時。


「――ハァ?」


稲穂の下にしゃがんでいたはずのまり子が、なぜかその場に立ち上がっていた。

そして錯乱した目に涙を溜めて、媚びるように笑いながら森へと叫ぶ。

 

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「もう止めましょう!? 止めてよお願い、ねぇ!? 私たちに、あなたを傷つける意思はないの!」

「ま、まり子さん、ダメです! 座って!」


琴美がまり子の体にしがみつく。

だがまり子はそれを振り払い、命乞いを続行する。


「あなたが何を狙っているか分からないけど、欲しいものなら全部あげるから! だからお願い、私たちを撃つのは止めて! お願いだからぁ!!」

「まり子さん・・・早くっ、しゃがんでぇ・・・!」


「くそっ、なにを考えてるんだっ――!」


相手もいい加減、矢の装填は終わっている頃合だ。

いつ次弾が飛んできてもおかしくないが故、修平は、殴りつけてでも座らせる覚悟でまり子の下へ駆け寄る。


――その瞬間だった。


「まり子さん、危ないっ!!」

「琴美、やめろっ!!」


琴美が、麦穂の海から飛び出してまり子の体を突き飛ばす。


――!!


「っ――!!!」


飛来したカーボンアローが琴美の身体に吸い込まれ、鮮血が飛び散った。

その衝撃に横倒しになった琴美の身体を、修平が受け止める。


「う、嘘・・・? 琴美さん? こんなことって・・・」

「琴美っ! 琴美っ!?」

「い、づっ・・・!!・・・だ、大丈夫・・・かすり傷だから・・・」

「バカッ! 大丈夫なわけがないだろ!」


傷口を必死で隠そうとする琴美の両手を強引に引き剥がす。

被弾部は右足の下腿。

幸いにも、矢は掠っただけのようだが、10センチに渡り肉が裂け、じわじわと血が滲み出ている。

接近戦に持ち込む予定だったが、琴美たちが自力で逃げられそうにない以上、危険を冒してでも修平が2人を連れて行くしかない。


「走れそうか? 急いでこの場を離れるぞ」

「う、うん・・・あ、でも待って、まり子さんをっ!」

「まり子さんも早く!」

「あ、ご、ご、ごめんなさいっ・・・!」

「・・・?」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・こんなに血が出て・・・わ、私のせいで琴美さんが・・・ダメよ。 逃げ切れっこないわ。 私たちはここで――」

「いい加減にしろっ!!」


周囲に鳴り響く乾いた音――。

修平がまり子の頬を、手のひらで打ったのだ。

 

 

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「え・・・? あっ」

「そんなに死にたいなら、そこでいつまでも泣き喚いていればいいっ! だけど、俺と琴美はあんたに付き合って死んでやるほどお人好しじゃない」

「い、嫌よっ! 私をおいていかないでっ・・・!」

「置いていかれたくないなら、自分の足で立って、走るんだ。 できるな?」

 

 

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「は、はい・・・っ!」

「よしっ・・・次の射撃が過ぎたら行くぞ!」


修平はそう言って琴美に肩を貸し、まり子も強引に中腰にさせる。


――!!


直後――風切り音と共に、黒色の矢が3人の頭上を過ぎる。


「きゃっ!」

「――行くぞ! 走れ!」


そう号令し、修平はまり子の肩を押した。

そして3人で一丸となって、ただがむしゃらに、先も見えない麦穂の中を駆け抜けた。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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「・・・痛みはどうだ?」
「んー・・・ひりひり3割、ずきずきが7割かな?」
「いや、そういうのじゃなくて。 さっきより痛くなったとか、そういうのは?」
「うん、動いてなければ痛みは感じないよ。 血も止まったみたいだし、もう大丈夫」
「・・・そうか、よかった」


琴美を抱えたまま、命からがら麦畑から逃げ延びた修平たちは、運よく近場にあった農具小屋に身を潜めた。

琴美の足に包帯を巻いて、ようやく落ち着いてきたのが今さっき。

とはいえ、止血しただけの現状では、まだ安心してはいられない。

消毒のための水と薬が必要だった。


「・・・ひとまず、水を確保してくるよ」
「まだ危ないんじゃないかな?」
「大丈夫。 相手は追ってこなかったみたいだ」


待ち伏せの可能性がないわけではない。

だからと言って、ここにいつまでも籠城していては結果は変わらない。


「とにかく水と食料を優先して、暗くなったら村に消毒薬を取りに行こう」
「修ちゃん・・・ごめんね」
「謝るな。 お前は間違ったことはしちゃいないよ。 ・・・だけど、頼むから。 もう少しだけ自分のことを大切にしてくれ。 もう、あんな無茶はしないって、俺に誓ってくれ。 そうでないと、俺は・・・」
「・・・修ちゃん」


琴美が両手を差し出して、修平の手を柔らかく包み込む。


「どうして、修ちゃんは私のことをそんなに大切に想ってくれるの?」
「え・・・? あー、そうだな・・・」


上目遣いで見つめてくる琴美に、修平が小さく唸る。


「友達で、幼馴染みだから・・・だろ?」
「それだけ?」


何かをねだるような顔つきで、琴美が問いかける。

それに、修平は顎に手を当てて、ゆっくりと思案し――。


「じゃあ、もう一つ。 『大切な』も追加だ」
「う~ん・・・。 ま、とりあえずそれでいいや」
「とりあえずって、何だよ?」


修平が聞き返すも、琴美はただにこやかに笑みを返すだけ。

そんな、大切な友達かつ幼馴染みを見て、呆れるような感心するようなため息をつきながら、修平は立ち上がった。


「それじゃ、行ってくるよ」
「修ちゃん」
「ん?」
「ありがとうね」
「・・・気にすんなよ」


仄(ほの)かな笑みを浮かべる琴美へ、修平が片手を上げる。

それから、よし行くかと気合いを入れて、農具小屋を後にした。


「あ・・・」


外へ出ると、沈んだ顔をしたまり子が、修平を待ち受けるように立っていた。

 

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「少しは落ち着いたか?」
「え、ええ・・・おかげさまで。 琴美さんの様子はどう?」
「大丈夫だ。 出血してたわりに傷自体は浅かった。 ・・・傷跡も、ほとんど残らないと思う」
「・・・そう」


そう言ったきり、まり子は真一文字に口を結び、腕を抱えるようにして俯いた。

色々と言いたいことはあったが、修平は喉まで出かかった言葉を呑み込んだ。


まり子には気持ちを整理する時間が必要なはず――


そんな修平の心中に反して、声をかけてきたのはまり子の方だった。


「その、なにか言ってた? 私のこととか・・・」
「いや、特には」
「そう・・・。 私、どうしたら償えるのかしら・・・?」
「あまり自分を責めないほうがいい。 琴美が見境なく他人を助けようとするのは、あいつの悪癖みたいなもんだ。 昔からそうだった。 誰にだって状況が見えなくなることはあるし、そのせいで取り乱すこともある」
「だけど私、いつも偉そうなこと言っておいて、いざとなったらみんなの足手まといで・・・」
「・・・・・・そうだな。 たしかに命乞いをしても、相手は助けてくれない。 俺たちは拉致されてきて、首輪をつけられて、どうしようもなく理不尽なゲームに放り込まれている。 頼れるのは、自分の力と、仲間だけだ。 まり子さん、俺たちの協力しあう目的ってなんだ?」
「・・・それは、ゲームのクリア?」
「その通り。 俺たちはクリアする確率を上げるために、チームを組んでいるんだ。 まり子さんは俺たちの仲間だから、見捨てたりするつもりはないよ」
「・・・っ!」
「もしも、まり子さんが心配してるのがそういうことなら・・・それが答えだ」
「・・・藤田くん」
「その代わりといったらなんだけど、まり子さんも俺たちに力を貸してくれ。 俺は今から、琴美の傷口を洗う水のためにキューブを探しに行ってくる」
「だったら、私もっ」
「いいや、その間、まり子さんには動けない琴美を守ってほしい」
「あ、そうね・・・うん、分かったわ。 今度は、大丈夫。 必ず守ってみせるから」
「・・・頼りにしてるよ」


それじゃあ、と、修平がまり子の横をすり抜ける。

すれ違いざまに、『ありがとう』という、小さな声が聞こえた。


・・・。

 


『キューブ』は、場所の傾向さえ掴めたならば、見つけるのはたやすいらしい。

探し始めてから僅か20分。

日没にギリギリ滑り込む形で、修平はキューブの発見からメモリーチップを使用しての発掘までを完了していた。

紅色に近い夕日の最後の光を受けながら、赤く染まった手でもって、2.5リットルサイズのアルミ缶の蓋を開ける。


「・・・ようやく、か」


中に入っていたそれを見て、修平はため息と共に呟いた。


――このゲームには、率先して他プレイヤーに攻撃を仕掛けるプレイヤーがいる。

クリア条件のためか、それとも別な目的のためかは分からない。

ただ、そういった人間が存在しているということを、修平は身をもって理解した。

さっきは奇跡的に逃げられたが、次回も同じことがあれば、そう上手くはいかないだろう。

だからこそ修平は、それの登場を待っていた。


「コイツでみんなを――琴美を、守ってみせる」


そう言って、箱の中のそれへと手を伸ばす。

ずっしりとした重さが、手のひらに沈む。

一方で、ポリマーフレームの手触りはまるでおもちゃのようで、本物だという気が全くしない。

しかし、それが本物でないことなど、このゲーム内ではあり得ないだろう。

男の手でもグリップの握りが落ち着かないそれは、45口径弾を発射できる大型のものだった。

悪条件化で支障なく使える性能は、このゲームでは充分に役立つだろう。

後は、使う覚悟を決めるだけ――。


「よし」


修平は立ち上がり、手の中のものを横に見える木へと向けた。

銃器メーカー、H&K社により作られたその銃は、大きな銃身に高い性能を詰め込んだ自動拳銃。

マッチグレードクラスの命中精度を誇り、数多のテストを乗り越えた末にアメリカ特殊部隊に採用された、オフェンシブウェポン。


――!!


木の幹が小さく爆ぜ、周囲に硝煙の臭いが漂う。


H&K Mk.23――。


それは日本ではソーコムと呼ばれる、修平の『力』だった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 


――それから、修平が手に入れた食料と水で、3人は食事を摂った。

修平を待っている間に、琴美と何かを話していたらしく、まり子も多少の元気を取り戻していた。

名誉挽回のため、今晩の見張り番をやると気合いを入れていたが、さすがにそれは危険だと思い、遠慮してもらうことにした。

その代わり、村まで消毒薬を取りに出かける必要があるからと、修平がいない間の見張りを頼んだのが、20分ほど前の話――

 

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「・・・この辺りか」


日が完全に落ち、明かりを星や月に頼るようになった中で、修平は麦畑に再びやってきていた。

目的は、狙撃を受けた場所を確認するためだ。

誰が何のために襲撃してきたのか、それを知る必要があった。


「お、ここか」


月光に黒光りする矢を見つけ、ひとまずスタート地点に立つ。

ここで襲撃をしてきた理由について、修平は色々と考えていた。


「・・・ひとまず、麦畑の中を適当に歩いてみるか」

 

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直後に送られてきたメールの内容は、『その方角に進まないで下さい』。

修平たちに危険を知らせるメッセージにも見えるし、この場所から遠ざけるための警告にも見える。

先ほど修平たちを襲撃してきたプレイヤーがこの場に留まっている可能性だって、ないとはいえない。

だが、この時間に離れた場所から狙撃できるだけの明かりはない。

更に、今回の修平は武器を持っているため、襲われてもどうにかできる自信はあった。


「っ!?」


何かに蹴躓いたのは、探索開始から20分ほど経ってからだった。


「痛てて・・・なんだ?」


麦畑を歩いている中、突然現れた障害物に驚き、慌てて振り返る。

そこには、蓋の開けられた『キューブ』があった。

すでに、中身は抜き取られている。


「・・・これが、犯人の目的? メモリーチップを集めるとか、そういうクリア条件を持ったプレイヤーだったのか?」


クリア条件を満たすために襲ってきた理由は一応、説明がつく。

それが人を襲ってまで奪い取ろうとするかと言えば、さすがに疑わしいのだが・・・。

ただs,終盤になればキューブの数は減るため、集められるうちに集めておこうとするのは、正しい判断かもしれない。

そしてそれは、メモリーチップがクリア条件ではない修平にとっても、同じことだろう。


「後半になれば、プレイヤー同士でキューブの奪い合いが始まる可能性は高いな・・・」


早めに食料や武器を確保できなければ、後から取り返しが付かなくなる。

モリーチップの確保についても、早めに対策を考えていく必要があった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

麦畑を経由した後、琴美の足の消毒薬を確保するため、修平は村の診療所跡までやってきた。

夜中の廃村は、いかにも何かが出そうな感じだったが、怖いなどとは言っていられない。


・・・。

 

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ネズミやら何やらの走る音に驚かされながら、朝方にも捜索した棚から、消毒薬のオキシドールを回収する。


「使用期限は・・・切れてないな」


診療所内にある薬瓶は、古びた村の風景とは裏腹に、妙に真新しかった。

恐らく『アイテム』として、運営が薬品を補充したのだろう。

それを手にして、修平は診療所を後にした。


そうして帰る途中、村の中央の広場に、見知った人影があることに気付いた。


「大祐・・・?」

「お、修平か!?」


声をかけると、大祐は顔を明るくして、修平のところへと駆け寄ってきた。



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「良かった、お前は約束を覚えててくれたんだな!」
「あ、ああ・・・」


言われて初めて、大祐と日が暮れてから村で合流するという別れ際の約束を思い出す。

麦畑での襲撃の一件や、その後のゴタゴタで完全に失念していたのだ。

もちろん、わざわざそれを口にはしないが・・・。


「・・・俺が来るのをずっと待ってたみたいだけど、何かあったのか?」


修平が聞くと、大祐は言いづらそうに口ごもり、視線を外した。

だがすぐに覚悟を決めたように、真剣な顔で向き直る。


「・・・初音に、やられたんだよ」
「初音? そういえば、お前ら一緒じゃないのか?」
「一緒なわけねーよ・・・。 あいつ、俺が目を離した隙にメモリーチップを全部持ち逃げしやがった」
「なんだって!?」


修平は、自分の耳を疑った。

あの虫も殺さないような初音が、メモリーチップを持ち逃げするなど想像できるはずもない。


「さすが芸能界で揉まれただけのことはあるっつーか。 俺もすっかりあいつの演技に騙されてたぜ。 修平たちと別れた後、俺たちもメモリーチップの重要性に気が付いたんだ。 このゲームは、序盤でメモリーチップを集めた奴が圧倒的に有利なシステムだ。 それに気が付いた途端、このザマさ。 マジ可愛い顔してやることはエグいぜ・・・クソッ!」
「まさか初音がそんなことを・・・信じられないな・・・」


初音が人を裏切るとは、到底思えなかった。

かといって、ここに初音がいない以上、真実かどうかは確認のしようもない。


「それで、お前はこれからどうするつもりなんだ?」
「・・・ひとまず、今夜だけお前らのところへ置いてくれないか?」
「ああ、別にそれはかまわないが」
「悪いな。 こっちから別行動を提案したのに、こんなことになっちまって・・・。 でもホント助かるぜ。 やっぱ持つべきものは友だな!」


大祐が笑顔を浮かべ、修平の肩を何度も叩く。

さっきまでの暗い雰囲気が嘘だったかのような馴れ馴れしい態度に、修平はため息を漏らした。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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「あれ? 伊藤くん?」
「・・・よ、よぉ」


大祐を連れて戻ると、それまでのんびりと座っていたまり子が、勢いよく立ち上がった。

そして真剣な顔で大祐のもとへと歩み寄り、キッとその顔を見つめる。



「な、なんだよっ!?」
「無事だったのね、よかった!」
「・・・は?」
「心配してたのよ。 誰かに襲われて怪我してないか、とか・・・」
「お、おう。 そりゃどーも」


まり子の裏表のない心配に、大祐が気圧されたように後ずさる。

2人の間の溝の深さを考えれば、純粋に気遣いを好意として受け取れない大祐の気持ちもわからないでもない。

 

「それで、どうして伊藤くんがここに?」

「・・・初音に裏切られて、メモリーチップを持ち逃げされたらしい」

「えっ? 初音さんが? ホントにっ?」

「ああ、俺も信じられないよ」

「あの、初音さんが・・・そんな・・・」


まり子が口元に手を当て、初音が物を盗る様子を思い浮かべては首を振る。

 

 

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「初音ちゃんが、どうしたの?」


外での話し声に気が付いたのだろう。

琴美が片足を引きずりつつ農具小屋から顔を出した。


「琴美。 立って歩いて大丈夫なのか?」

「うん、もう大丈夫。 それよりも今の話・・・。 初音ちゃんが裏切るなんて、私はちょっと信じられないよ」

「琴美・・・?」

「大祐くんを疑うわけじゃないけど、初音ちゃんは平然と仲間を裏切れるような子じゃないよ。 何か事情があって、そうせざるを得なかったんじゃないかな」

「そうよね・・・あの子がそんなことをする姿、想像できないもの」

「オイオイ、待ってくれよ。 俺が嘘を言ってるとでも?」

「そうは言ってないよ。 初音ちゃんにも、なにか人に言えない事情があったんじゃないかって」

「だからって、黙ってメモリーチップを持ち出していい理由にはならねーぞ?」

「そうだね。 それは許されることじゃない。 だけど、本当のことがわかるまでは、初音ちゃんを悪者にしないであげて欲しいの」

「・・・・・・あー、はいはい、分かりましたよ。 ったく、どいつもこいつも、お人好しばっかだな」


やれやれといった感じで、大祐が笑顔で肩を竦める。

その言葉に、大祐以外の3人はそれぞれ顔を見合わせて、確かにそうだと苦笑いを浮かべるのだった。


・・・。

 

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・・・修平は、空を見上げていた。

別に、そこで撒き散らされた星々を見ていたわけではない。

特に、夜空で玲瓏(れいろう)と輝く真円の月を見ていたわけではない。

ただ、やることがなかったからというだけの話だ。

見張りの重要性を主張したのは修平自身だったが、やってみると案外することがなかったのだ。

最初は、手に入れた銃を色々と弄り回していた修平も、やがてはそれに飽きてしまい、今は意味もなく空を見上げている。

星を追うでもなく、月を仰ぐでもなく、まるで一つの絵画でも眺めるように。

それは、つまるとかつまらないとかではなく、単純に深さを楽しむような感じだった。

大仰な表現をするならば、宇宙の広大さと深遠さを、修平は覗いていた。

すると、その深みから修平を引きずり上げる声が、ふいに頭の上に降り注ぐ。

 

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「修ちゃん」
「琴美・・・起きてたのか?」
「うん、なんだか眠れなくて・・・隣に座っていい?」
「どうぞ、お構いなく」


修平がわざと他人行儀な返事をすると、琴美はくすりと笑ってから、『ありがとうございます』と腰を下ろした。

 

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「・・・何か、大変なことになっちゃったね」
「・・・そうだな」
「昨日まで普通の生活をしてたのに、今はこんなところにいるなんて、全然信じられないよ。 寝て起きたら全部夢で、実は自分のベッドにいるんじゃないかなって思っちゃうの」
「・・・・・・俺さ、最近ちょっと寝不足だったんだ」
「うん?」
「だけど、こんな長い夢を見るくらい寝てたら絶対に解消してるな」
「ふふ、そうだね。・・・でも、こんな怖い夢の中でも、修ちゃんが一緒にいてくれてよかった。 もし、1人きりだったら私・・・きっと堪えられない」
「・・・・・・」
「だけど、これは現実。 明日の朝になっても、目覚めるのは深い森の中・・・。 現実逃避って言葉、よくできてるよね。 ホントにこんな現実、逃げ出してしまいたいもん。 でも、戦わなくちゃいけない・・・。 現実から目を逸らして、逃げ出した先に楽園なんてないもの」
「・・・・・・あ~、嫌だ嫌だ」
「え?」
「俺は平和主義者なんだ、停戦を要求する」
「あはは、絶対認めてくれないよ。 現実さんは戦争が大好きだからね」
「現実さん、理不尽すぎんだろ・・・」
「うん。 宣戦布告なんて、してくれないもんね・・・」


現実は凄まじい速さで修平たちを奇襲してきた。

そして、それは濁流を引き起こし、盤上の駒に仕立て上げられた人間を呑み込んでいく。

その流れに乗り切れず、対応が後手に回ってしまう者がいた。

司のように、あっという間に順応して迎え撃とうとした者もいた。


修平は――


「・・・俺は、ついていけてるのかな」


上手く順応している方だと自覚はあったが、それでも種々の対応が後手に回っている感があるのは否めない。

しかし、琴美はそうは思っていないらしい。


「私は、修ちゃんが一緒だったら戦えるよ」
「・・・そうかな」
「そうだよ。 1人なら不安でいっぱいだけど、2人なら大丈夫。 昔からそうだったじゃない。 ほら、覚えてない? 子供の頃、2人でこんな感じで空を見上げながら、同じ風に――」

 

・・・その日も修平は、夜空を見上げていた。

別に、暢気(のんき)に浮かぶ雲を見ていたわけではない。

特に、地上を青く照らす月を見ていたわけではない。

ただ、やることがなかったからというだけの話だ。

児童養護施設には帰りたくなかった。

あそこにいるのは、行き場をなくした子供たちと、卑屈そうに笑顔を浮かべる大人たちだけ。

あそこには、一番いて欲しい人がいない。

あそこには、家族がいない。

あそこは、帰るべき場所じゃない。

だから――幼い頃の修平は施設をよく抜け出して、公園で意味もなく空を見上げていた。

・・・修平の母は、まだ修平が幼い頃に心労がたたって鬼籍に入っている。

父も、とある事情で他界していた。

親戚筋に至っては、修平が児童養護施設に放り込まれた原因そのものであり、誰も彼もが修平を疎んでいる。

もはやどこにも修平を待つ人、帰るべき場所はなかったのだが――

修平も、幼いながらにそれは充分に知っていたはずなのだが――

それでも、彼は現実を受け入れることを拒み、家族のいる世界を探していた。

今思えば、あの頃の修平は意地を張っていたのだと思う。

あるいは、泣かないことで、突っぱねることで、現実に反抗したかったのかもしれない。

いずれにせよ、子供ながらの稚拙で無力な、無駄な抵抗だった。

どんなに頑張っても、彼の望むものは手に入らなかった。

修平は夜空を見上げる。

帰るべき場所をなくして、やることもないからと、底のない青をひたすらに見つめ続けている。

 

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――そこへ、1人の女の子がやってきた。

1ヶ月ほど前に公園に現れて、修平にちょっかいを出してくる少女だ。

彼女の名前は、確か『ことみ』だったと修平は記憶している。

名字は覚えていない。

そもそも、聞いたことすらなかったのかもしれない。

その子は、なぜか、いつものように話しかけてこなかった。

代わりに、ただ当然のように修平の横に座って、修平の見上げる空を同じよう見上げ始めた。

そもそも話すつもりもないのか、お互いに会話はない。

ただ、2人で揃って肩を並べて、頭上に広がる満点の夜空を眺める。

本当にそれだけだった。

 

「・・・今思うとさ。 お前、あの公園でなにやってたんだよ?」
「ん? 現実さんと戦ってたんだよ」
「・・・ああ、そうだな」


おざなりな返事のようでいて、修平の言葉には、力が籠もっていた。

それは、当時の琴美への感謝であり、今の琴美への信頼の表れだった。


「負けるわけにはいかないよな。 今度は、命がけの戦争だ」
「・・・うん、そうだね。 でも・・・ごめんね、修ちゃん」
「うん?」
「私、修ちゃんの力になれなかったら、ごめんね」
「いや、意味が分からないんだけど?」


突然謝られても困る、と、修平は首を傾げた。


「私、怪我しちゃってるから・・・。 修ちゃんの力になれないかもしれない」
「・・・ハァ」
「む、どうしてため息つくの? 私、真剣な話してるのに」
「だって・・・あの時の琴美は、俺に何かしてくれたのか? 例えば、金や食べ物を恵んでくれたりしたか?」
「それは・・・してないけど」
「だろ。 あの時のお前がしたのは、そんなことじゃないんだよ」


全てを拒絶していた幼い修平に、琴美がしたことは、たった一つ。


「お前は、俺の傍にいてくれただけだ。 黙って、何も言わずに・・・だけど、ずっと一緒にいてくれた。 俺の隣に座って、一緒に空を眺めてくれたんだよ。 今みたいに。 それだけで、俺は戦うことができたんだ」


修平は、今も隣にいる琴美の手に、自分の手を重ねた。

小さくて滑らかな手は温かく、そして少しだけ震えていた。

その震えを消すように、修平は指先に力を込める。


「だから――今回も、ただ一緒にいてくれるだけでいい。 俺の隣で、一緒の景色を見てくれればいい。 琴美が一緒にいてくれれば・・・俺は、琴美のために頑張れるから」
「修ちゃん・・・」
「一緒にいて、くれるだろ?」


修平が僅かに頭を下にさげて、琴美の顔を覗き込む。


「・・・・・・」


琴美が恥ずかしそうに俯いて、目元が修平から隠れる。

修平の顔が見えなくなるが、それでも琴美はそのまま顔を上げずに――ただ、微かに髪を揺らした。


「・・・私でよければ。 私なんかでよければ・・・ずっと、ずっと、修ちゃんといるよ」
「ああ・・・約束だぞ」


俯いたまま震える琴美の肩を、そっと修平は抱き寄せた。

寄り添った2人の影が、長く、長く伸びていた。

 

・・・。