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リベリオンズ -Secret Game 2nd stage-【5】

 

・・・。


――修平は、夢を見ていた。


母が亡くなった時の夢を・・・。


いや、そう表現するのは語弊があるかもしれない。


その時の修平は母の死を受け入れられず、現実から目を背けることで、その事象について認識することを拒絶していた。


だから、正確に言えば、その日・・・


母は、目を覚まさなくなった。

 

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それは、ごく平凡な1日の始まりだった。

いつものように、修平は夜の9時に眠り、朝の7時に起きた。

母はいつも、修平が眠った後に眠り、修平が目を覚ます前に起きていた。

そんな母が、どうしてか、その日は起きてこなかった。

修平は母を起こすため、その体を揺する。

まだ幼かったきょうだいが、お腹を空かして泣いていたから。


――おきて。

――おかあさん、ねぇ、おきて。


母は、それでも目覚めなかった。

目を瞑ったまま、修平に全く気付くことなく、静かに横になっていた。

昼になっても、母が起きる様子はなかった。

母の周りで、大人しく本を読んでいた修平も、さすがにおかしいと思い始める。

それでも、幼い修平にできることは、母を揺することしかない。


『修平はお兄ちゃんになったんだから、しっかりしなくちゃね』

『お母さんは、いつまでも2人とは一緒にはいられないから』


それが母の口癖だった。

狭い部屋に、年端もいかない子供の泣き声が響く。

だけど、修平は泣き叫ぶその子をどうにかする方法を知らない。

ただただ、狼狽して、母に助けを求めた。


――ねぇ、おきて、おかあさん。

――どうしたの? また、おねつでたの?

――おくすりのむ? おみずもってくるよ?


時折、母が高熱にうなされて床に伏せることを修平は知っていた。

母が常用している白い錠剤が置かれた戸棚の場所も知っていた。

コップに入れた水を零さないように運ぶことも覚えた。


『修平は頭がいいのね。 きっと将来は偉いお医者様になるわ』


自慢げにコップを差し出す修平を見て、母はいつも優しく頭を撫でてくれた。

なのに・・・

 

――ねぇ、おかあさん、おきてよ。

――おかあさん、ねぇ。


母はそれでも、起きてくれない。


――そうだ!


以前、母が修平に言付けた言葉を思い出して、慌てて電話機に駆け寄る。


『もしも、お母さんになにかあった時は、この番号に・・・』


受話器の横のメモ帳には、修平のために大きな字で書き置きされた3つの数字が並んでいて・・・

その番号の意味も理解できないまま、修平は受話器を手に取った。


その後は、あっという間だった。

親戚の大人たちが手続きを済ませて、家具は処分され部屋は引き払われた。

一族だけで簡易的な葬式を挙げ、母の遺骨は石の下に眠ることとなった。

元々、母とその子供たちは親戚筋から疎んじられていた存在だったから・・・

葬式を挙げてくれただけでも僥倖(ぎょうこう)といったところだ。

しかし、残された修平たちを引き取って世話を焼いてくれるような人物は、どこにもいなかった。

だから、修平が児童養護施設へと引き取られるのは、半ば必然だった。

悔しいとは、思わなかった。

悲しいとも、思わなかった。

ただ、よく分からないところに連れて行かれる不安だけがあった。

そんな修平の手を、握ってくれる手があった。

しかし、やがて修平はその手を離すことを決意し――

施設の中で周囲から孤立していった・・・。

 

・・・。

 


―2日目―

 

 

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「・・・う・・・」


そこで修平は目を覚ました。

窓から差し込む朝日が眩しい。

その明るさを感じると共に、2日目のゲームは開始された。

PDAで時計を確認すると、現在時刻は午前の6時半。

こんな時でも、普段通りの生活リズムで起床してしまう辺りが、人間の悲しいところだろう。


「さむ・・・」


この時期になると夜は大丈夫でも、明け方の寒さはかなり厳しい。

今夜も毛布なしに寝ることになるのであれば、何かしらの防寒対策を考える必要があるだろう。


「それに、食料の問題も考えないと・・・」


昨日食べたものは、乾パンと缶詰、災害用非常食の炊き込みご飯と、バリエーションはそれなりだが、いかんせん量が少なかった。

摂取カロリーで考えると、恐らく4桁にも届いていない。

成人の1日当たりに摂取すべきカロリーが2000キロカロリー程度であることを考えると、修平たちの栄養は明らかに不足していた。

また、水分摂取量も、基準より大分少ないはずだ。


「・・・仮に理想の摂取量を満たそうと思うなら、全員が1日に最低でも2箱見つけなきゃいけないのか?」


そう考えると、1日当たり、全体で28箱消費されることになる。

キューブ数が総計でどの程度かは不明だが、他のプレイヤーに分けてもらえる可能性は低い。

昨日の襲撃者を見ても分かる通り、誰もが協力的だとは、到底考えられなかった。


「メモリーチップの確保を考えておくか・・・」


そういう事態に備えるには、メモリーチップを複数確保し、どこかに埋めておくなどの貯蓄をする必要がある。

現状、必要最低限しかキューブを探していないが、1日に3時間ほど時間を割いて、キューブを確保する時間を設けるのも手だろう。

まあいずれにせよ、チームの仲間と相談してからだ。

そう思い、修平が立ち上がろうとした時――


「おい、修平! 琴美ちゃん!」


と、大祐が慌てた様子で、小屋に駆け込んでくる。


「どうしたんだ、朝から?」
「いや、どうしたもこうしたもねーよ! まり子がいなくなったんだ!」
「――は?」


修平は口をぽかんと開けた。

その後ろで、騒ぎに気付いて起き出した琴美が、驚いたように声を上げる。



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「・・・まり子さんがいなくなったって、なんでっ!?」

「いや、なんつーか、俺も今さっき起きたんだけどアイツの姿が消えててさ。 周りを探したんだけど見つからなくて・・・」

「本当にいないのか? トイレに行っているとかじゃなくて?」

「もう20分くらいは探してるんだ。 トイレだったらとっくに戻ってきてるだろ」

「・・・でも、まり子さんが、どうして」


にわかには信じがたい話だった。

まり子のクリア条件は、『3時間以上離れずに指定したパートナーと行動する』――。

そうである以上、彼女は逆にチームを追い出されそうになったとしても、しがみついてきそうなものだ。


「だけどやっぱり、あの時の失態を気にしてたのか・・・?」


昨日の狙撃の件に関して、彼女が強い反省を示していたのは確かだ。

だが、わだかまりは昨日の時点で解けていると思っていたし、本人が気にしている様子もないと思っていたのだが――


「はっ、アイツ、人に偉そうなこと言っておいて、結局はこれかよ」

「え・・・?」

「琴美ちゃんもキレていいと思うぜ? 話を聞いた限りじゃ、その足は、アイツにやられたようなもんだろ? なのに、立場が悪くなったからって逃げ出しやがって。 マジで何様だっつーの」

「大祐くん・・・」

「それぐらいにしておけ、大祐。 まり子さんが逃げ出したと決まったわけじゃない」

「だけどこの状況だぜ? 他になんの理由があるっていうんだ?」

「・・・きっと、まり子さんにはまり子さんの理由があるんだよ」

「なぁ、琴美ちゃん。 人が良いのも行き過ぎると損するぜ?」

「ぅ・・・」

「・・・とにかく、もう少しだけまり子さんを探してみよう。 ここで議論していても、本当のところは分からないからな」

「なんだよ、修平まで。 ちょっとお人好しが過ぎるんじゃねーのか?」

「大祐」

「・・・はいはい、分かったよ。 じゃあ、あと30分だけな」

「琴美も、それでいいな?」

「うん・・・」

「よし。 じゃあ行こう」


荷物を手早くまとめて、小屋を出る。

ゲーム2日目の朝日は、痛いほどに眩しかった。


・・・。

 

 

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――上野まり子は息を切らしながら、森の中を走っていた。

その手に持つアルミ缶は2つ――。

それは朝も薄暗いうちから深い藪の中を歩きまわり、ようやく手に入れた食料だった。

足を引っ張ったのに、それでも仲間だと言ってくれた修平と琴美に、少しでも報いたい。

これは、そのための第1歩。

汚名を返上するための、宣言のようなものだった。

変わるということを、口先だけでなく、思考だけでなく、行動で示したかった。

自身のためにも、信頼をくれる仲間のためにも。

この食料を届けることで生まれ変わって、そこから新しく頑張っていく。

新しく、新しく。

夜が明けるように。

そう。

だから、まり子はもう、飛び込んだ際に放つべく第一声は、挨拶と決めていた。

時間的にもちょうどいい頃合だ。

寝ている人間を起こすには、声量は大きい方がいいだろう。

 

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ドアの前に立って、荒れた呼吸を整える。

心臓を落ち着ける。

いや、もう静まりきるのを待ちきれず、大きく息を吸い込んだ。

それから、引き戸を思い切り掴んで、勢いよく開くと同時に叫ぶ――

 

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「おはよう、みんなっ!」


――しかし、その挨拶は、無人の小屋の中に空しく吸い込まれた。


「・・・あれ?」


一瞬、何が起こったのか分からなかった。

なぜ、誰も驚いた顔をこちらへと向けないのか。

なぜ、誰も挨拶を返してこないのか。


「みんな・・・?」


誰もいない。

仲間がいるはずのこの小屋に、誰もいない。

一体みんな、どこへ行ったのだろうか。


「まさか、また誰かに襲われた・・・?」


そう考えてみたが、どうにもしっくりこない。

襲われたのであれば、交戦した形跡があるはずなのだ。

ならばと、他を考えようとしたところで――


「・・・あ。 もしかして、私・・・みんなに置いていかれた・・・の?」


途端に足腰の力が抜け、その場にぺたりと座り込む。

手元から転がり落ちたアルミ缶が、地面に当たって乾いた音をあげた。

修平たちが朝目覚めると、そこにまり子の姿はなかったのだ。

きっと彼らは、まり子が1人で勝手にいなくなったと勘違いしたのだろう。

チームメイトに迷惑ばかりかける厄介者は、切り捨てる。

至極、当然の判断だ。


「私、またやっちゃった・・・? いっつもそう・・・誰かのために頑張ろうとすればするほど空回りばっかりで・・・。 人に、迷惑をかけてばかりで・・・」


その時ふと、足元に転がったPDAに視線がいった。

しゃがみ込んだ時に、制服のポケットから滑り落ちていたらしい。

そして、重大なことを思い出す。


「あ・・・」


『3時間以上離れずに指定したパートナーと行動する』――。


それが、まり子のクリア条件だった。


「私・・・最後に琴美さんと離れてから、どれくらいだっけ?」


あと、どれくらい時間は残ってるのだろうか。

朝は薄暗い内から外に出ていただけに、少なくとも2時間以上は経っているのだろうが、正確な時間は分からない。

だが少なく見積もっても、あと30分後にはクリア条件が満たせなくなり――

そして、首輪が爆発する。


「っ・・・! うそ・・・どうすればっ・・・!?」


修平たちを追いかける?


――でも、どこに行ったのかはわからない。


それとも他のプレイヤーを探す?


――いや、朝になったばかりのこの時刻、他のプレイヤーと出会える可能性は低いだろう。


でも、だったら、どうすればいいの?


「・・・はぁっ、はぁ・・・。 はっ・・・はっ・・・!」


終わる。


命が、あと30分で終わる。


「いやぁ・・・私・・・! こんなところで、死ぬのは嫌っ――!」


まり子が恐怖から、そう叫んだ――その時。


「――動くなコラ」

「えっ・・・?」



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「・・・なあオイ、てめぇよォ、銃を頭に突きつけられたことはあるか? もしなかったら・・・いい機会だ、勉強しとけ。 コイツが、後頭部に銃を突きつけられている感触ってヤツだ」
「――ッ!!」
「この先、経験することがあるなら、その時は無闇に動くんじゃねーぞ。 命が惜しいならなぁ、いいか?」
「うっ、う、あっ・・・!」
「あ? 俺は宇宙語なんざ分かんねぇんだよ、日本語で答えろコラァ!!」
「ひっ!! こ・・・殺さない、でっ・・・」
「そうそう。 それでいいんだよ、くっくっく」
「っ・・・!」


聞こえてきた男の笑い声に、背筋が引きつったようになる。

すると振り向くことができないまり子の耳に、もう1つ聞き慣れない男の声が聞こえてくる。


「く、黒河くん、その辺にしておいた方がいいんじゃないかな・・・? その人、そこまでしなくても抵抗しそうにないよ?」

「うっせーぞ充! この程度で、いちいち細々したこと騒いでんじゃねーよバカ!」

「・・・ご、ごめんっ・・・」


ひ弱そうな男の声が、そう言って後ろに引き下がる。

だがまり子は逆に、怯えて限界まで縮こまっていた身を、僅かにだけ緩ませた。


「く、黒河・・・?」
「あん? 何だてめぇ、俺のこと知ってんのか?・・・つーか、よくみりゃ、てめー上新学園の制服じゃねぇか」
「じゃあ、やっぱりあなたは・・・!」


――上新学園において黒河正規は、その名前を出せば、10人中10人が顔を顰(しか)めるような人間だった。

学内での暴力沙汰はもちろん、学外でも悪事の限りを尽くしているという話が、当然のように出回っているのだ。

曰く、服装を注意した教師を全治3ヶ月の病院送りにしたとか、校内外で怪しげなモノを売買しているだとか。

だがそんな悪名高い相手でも、名前を知っている相手だとわかり、まり子の心は、ほんの少しだけ落ち着いた。

 

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「それで・・・あなたの要求は何なの・・・?」

「へぇ、意外と話が早ぇじゃねぇか。 そういう物分かりがいいヤツは嫌いじゃないぜ。 なに、そう難しいことじゃねぇよ。 まず、ありったけの食料を寄越せ」

「・・・食料だったら、そこに落ちてるので全部よ」

「よーし。 そんじゃ、次はPDAだ」

「っ――! そんなの無理よ。 これがなければゲームのクリア自体が不可能になってしまう。 それはあなたも知っているでしょう?」

「うるせーバカ、それぐらい分かってんだよ。 中身を確認するだけだ」

「・・・っ!」


中身とは、恐らくクリア条件と特殊機能のことだろう。

だがクリア条件はともかく、まり子は特殊機能について、修平たちにさえ明かしていなかった。

そうしなかったのは、それを知られてしまえば仲間との協力関係を損ないかねないと判断したからだ。


「おいてめぇ、なに黙ってくれてんだ? 永久に黙るか? あ?」


黒河が声のトーンを下げ、後頭部に銃を押し付けてくる。

そしてこんなことをしている内にも、まり子の首輪は刻一刻と爆発への秒読みを進めていた。

まり子は迷った挙句、黒河にPDAを渡すことを選択した。


「わ、わかったわ・・・その前に、1つだけ約束して」

「あん?」

「私のクリア条件を満たすために協力してほしいの。 クリア条件は、これよ」


黒河に背を向けたまま、後ろ手にPDAをそっと差し出す。


「充、受け取れ」

「う、うん・・・」

「よし。 すぐに、この女のクリア条件を教えろ。 プレイヤーナンバーもだ」

「えーと・・・上野まり子、プレイヤーナンバーは『A』で、クリア条件は・・・『特定のパートナーと3時間以上離れずに行動する』・・・だって」

「・・・で?」

「・・・私が仲間とはぐれてから、もうすぐ3時間経つの」

「つまりあなあた、えっと・・・上野さんがゲームオーバーにならないために、僕か黒河くんをパートナーとして再登録しなくちゃいけないんだね」

「そうしてもらえると、助かるわ・・・」

「・・・充、そいつのPDAよこせ」

「あ、うん」

「・・・なるほど、嘘は言ってねぇな」

「この状況で嘘は言わないわよ。 あなたに撃たれなくたって、このまま放置されれば、私はすぐに死ぬんだから」


黒河か充をパートナーにする以外、まり子に生き残る術はない。


はたして、黒河の回答は――


「・・・いいぜ。 パートナーってヤツになってやるよ、俺がな」

「本当にっ!?」

「ああ、もちろんだ。 ・・・ただし、お前のPDAは俺が預かる」

「――え?」


まり子はとっさに、黒河の方を振り向こうとした。

だが――後頭部に銃を押し当てられ、その動きを制される。


「文句は言わねぇだろ? こんな特殊機能を持ったヤツを野放しにして、後で障害になったらたまんねぇもんなぁ?」

「く・・・」

「『半径2m以内にいるプレイヤーの首輪を指定して爆発させる』・・・か」

「す、凄いよ、その特殊機能・・・どんなに体格差のある相手でも、近付きさえすれば一撃必殺だ・・・」

「ああ。 まあ銃より射程距離は短いが、弾切れの心配はねぇし、悪くねぇ得物だ。 というわけで、こいつぁ俺が預かる。 お前は俺とパートナーを組むんだ。 たまに1メートル以内に近づきゃ、ルール的にも問題ねぇはずだ。 命と交換だと思えば、悪くねぇ取引だろ?」

「・・・・・・」


PDAを奪われるということは、命を握られるということだ。

かつで大祐のPDAを預かると言ったまり子にとって、この状況は皮肉以外の何ものでもなかった。

だが黒河にどんな風に扱われることになろうと、命のタイムリミットが迫っている今は、従うより他はない。

まり子がそう思い、首を縦に振ろうとした――その時。


――!!

 

「ぐっ・・・いづっ・・・!」


「・・・?」


唐突に、後頭部に押し当てられていた銃の感触が消え、まり子は後ろを振り向いた。

見るとそこには、銃を取り落とし、苦悶の表情を浮かべる黒河の姿がある。

そして床にはもう1つ、拳大の石も落ちている。


「クソがっ・・・誰だコラあぁあぁぁっっ!」


絶叫と共に、猛禽のような、黒河の目が、石の飛んできた小屋の外へと向けられる。

まり子もすぐに、そちらを見た。

 

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すると視界に映るのは、草木の緑、空の青――。

そして、すでに次の石を振りかぶっている、赤髪の女の姿がそこにある。


「あ・・・あのアマぁあああっ!!」


そう叫ぶ黒河に向け、女が腕を振り下ろす。


――!!


再び飛来した投石が、小屋の壁を打ち付けた。


「きゃあぁっ!」

「うわああぁっ!!」


「舐めたマネしてくれるなぁおい・・・石ころで俺を倒そうってのか!?」


壁にめり込んだ石がゆっくりと落ちる中、黒河が敵意と戦意に満ちた声を上げる。

黒河の手元には取り落した拳銃の代わりに、必殺のPDAがあった。

 

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「こいつの試し撃ちにも丁度いい・・・あいつに実験台になってもらうか」

「えっ・・・!? だ、ダメよっ!! それを使ったら、相手は死んじゃうのよっ!?」

「はぁ!? だから殺すって言ってんだろ?」

「そ、そんなこと――」


黒河が、まり子のPDAの特殊機能画面を表示させる。

そのとき赤い髪の女が、小屋の中へ飛び込んできた。

黒河の指が素早く動き、対象を設定し、最終選択の『YES』ボタンへと伸びる。


「くたばれ、クソアマぁああぁぁっっ!!!」

「だめぇええぇぇっっ!!!」


ボタンを押す直前に、まり子は黒河の腕へしがみついていた。 


「な!? てめぇ! 邪魔すんな!!」

「そこの人! このPDAは危険なの、逃げてっ!!」

「邪魔だっつってんだコラァ!!!」

「きゃっ!」

腕から振り払われ、まり子の体が壁に激突する。

だが黒河はそんなことを意にも介さず、再び特殊機能を使おうと女の方へ振り返る。


ところが――


せいやぁッ!」


――!!


女の左ミドルキックが、黒河の右脇腹に突き刺さった。

「ぐっ!」


無防備なところに、肝臓への痛烈な蹴撃を喰らい、黒河の体がくの字に折れる。

そして彼女の蹴りは一撃では終わらない。

左ミドルキックの勢いを活かし、そのまま右の上段後ろ回し蹴りに繋げる。


――!!


遠心力と体重を乗せた踵が、黒河の顎を正確に打ち抜いた。


「がっ・・・――」


体格で遥かに勝る黒河も、その蹴りにはあえなく昏倒した。


「ふぅ・・・余計な武器に頼るより、正面からきた方がまだマシだったのにね」


そう言って大きな息を吐き、女が床に投げ出されたまり子のPDAを拾い上げる。

やれやれと首を振る彼女に、まり子が言う。


「あ、あの・・・!」

「あ・・・襲われているように見えたけど、余計な助けだった?」

「い、いえ、助かったわ。 ホントに・・・」

「よかった。 ねぇ、歩ける?」


女がそう言って、まり子に手を伸ばした時――

 

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「う、う、動くな!」


不意にそんな声が上がった。

見ればそこに、銃を持って立っている充の姿があった。

恐らく黒河が落とした銃を拾ったのだろう。

表情は怯えているが、その怯えが危うく見える。


「ちっ・・・! ――そこの女の子、逃げるわよ」

「え? あ、は・・・はいっ!」


一瞬の逡巡の後、まり子は頷く。


そして女と共に、小屋を飛び出した。


「あ、ま、待て!」


背後で充の声が聞こえたが、銃声は響かない。

恐らく逃げる者の背中を撃つほどの殺意も度胸もないのだろう。

それに感謝しながら、まり子は必死で走った。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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「ふぅ・・・この辺りでいいか」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・」


小屋を離れて5分ほど、完全に周囲が木々だけになったところで、2人は足を止めた。

すると肩で息をするまり子に、女が声をかけてくる。


「大丈夫? 怪我はない?」
「ええ、お陰さまで・・・」


改めて彼女の顔を真正面から見つめ返しながら、まり子は感謝の言葉を述べた。


「・・・あの、ありがとう。 助けてくれて」
「いいっていいって。 あ、そだ、これを渡すのを忘れていた」


そう言って彼女が差し出してきたのは、まり子のPDAだった。


「あ・・・返して、くれるの?」
「そりゃそうよ。 だってこれあんたのでしょ?」
「それはそうなんだけど・・・私の特殊機能は、凄く危なくて・・・」
「だからなに? その機能を私に使うつもりでもあるの?」
「ま、まさかっ! そんなことするわけないでしょ!」
「だったらなんの問題もないじゃない。 でもその代わりと言っちゃなんだけど、その特殊機能について詳しく教えてくれる?」
「あ、うん。 『半径2m以内の首輪を爆破する』よ」
「っ・・・!」


そこで女の表情が、ぴしりと引き締まる。

だが、まり子をじっと見つめ――


「なるほどね・・・まぁ絶対使わないようにね」


そう言ってまり子の手を取り、その上にPDAを乗せた。


「あ、あの・・・・」
「ん? どうしたの?」
「いや、その・・・私の特殊機能を知りながら、それでも返してくれるなんて・・・」
「まぁなんでもかんでも疑ってたら、キリがないからね」


そう言って微笑む彼女の顔には、優しさと頼もしさが滲んでいるように見えた。


助けてもらった事も相まって、急速に信頼の情が湧いてくる。


「で、どうする? この先の事だけど――」


彼女がそう言いかけるのを遮るように、まり子は声を上げる。


「ね、ねえ! 助けてもらってばかりで、さらに不躾だけど、1つお願いしていい!?」
「え、なに?」
「あ、あの・・・私と一緒に行動して欲しいの! 私のクリア条件が、3時間以上1人で行動しちゃダメって条件で、パートナーと決めた人と一緒にいなきゃいけないの。 でも、私、仲間とはぐれちゃって・・・。 だから、あなたにパートナーになって欲しいの!」


まり子としては、もう、これが最後のチャンスだった。

残る時間は、恐らくもう20分ほどしかあるまい。

彼女をパートナーにできなければ、死は確約されたも同然だ。


「だから、お願い・・・お願い、だから・・・!」
「そんな懇願しなくてもいいわよ。 私も仲間を探してるの」
「えっ・・・」
「あんたと一緒に行動するのはもちろん、あんたが前の仲間たちと合流したいなら、それにも協力してあげるわ」


返事は、まり子の待ち望んでいたものだった。


「それでいい?」
「あ、ええっ、もちろん! ・・・それと、その・・・ありがとう」


まり子はペコリと頭を下げ、PDAを使ってパートナー登録を完了させる。

ふぅと息をつき、それからふと気づいて続けた。


「そうだ、自己紹介もまだだった・・・。 私、上野まり子っていうの。 これからよろしく・・・」
「藤堂悠奈よ、よろしくね」

 

悠奈の穏やかな声を聞き、まり子は胸が暖かくなるのを自覚していた。

悠奈は、まり子が危険な特殊機能を持っていることを知った上で、同行を許可してくれたのだ。

もはや、命の恩人といっても過言ではない。

まり子はなにか恩返しができないものかと考えつつ、丁寧に言葉を紡いでいく。


「あの・・・あなたのためにできることは、何でもするから」
「見返りを要求するつもりなんかないって。 仲間を増やすこと自体、私の目的でもあるし」
「目的? それが悠奈さんのクリア条件なの?」
「ん? うん、そんなトコ。 理想的には、ゲームの参加者全員を仲間にしたいんだけどね・・・先は長くて、まだ他に1人しか仲間にできてないんだ。 まずはその子のところに案内するわ。 ついといで」
「は、はいっ」


まり子は言われるままに、彼女の後を追った。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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「あ、悠奈さん! 無事だったの!? っていうかそのひと誰!?」


連れて行かれた小屋の中には、優しげな面持ちの少女がいた。

その子を手で指し示し、悠奈が言う。

 

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「結衣、こっちはまり子。 例の金髪男に襲われてたから、助けたの」

「ええ~!? またあの人、悪さしてたんですか? 怖いなぁ、もう・・・!」


怯えた表情を浮かべる少女に、まり子は尋ねる。


「あなたもあの金髪の男を知ってるの?」

「あ、はい。 前にちょっとイザコザがあって・・・それがきっかけで、悠奈さんと出会ったんです。 それから一緒に行動してたんですけど、悠奈さん、さっきあの金髪の男を見かけて・・・。 あたしは『足手まといだから』って言って、この小屋に置いて、金髪の男を尾けて行ったんですよ。 もう、どれだけ心配したか!」

「あはは、ごめんごめん。 だって結衣トロそうだし、マジで足手まといだから」

「うう、ひどい~・・・」


悠奈の言葉に、結衣が泣きそうな顔をする。

しかしあけすけな物言いとは裏腹に、悠奈が結衣を大事に思っている事は見て取れた。

それを見てまり子は、自然と笑みがこぼれる。


「・・・ん? まり子、なに笑ってんの?」

「あたしがいじめられてるの、そんなに面白いですか~・・・?」

「あ、ち、違うよ。 なんていうかその・・・。 すっごく、安心しちゃって」

 

修平たちに捨てられたと思っていたまり子は、そこでようやく笑みを見せた。


・・・。

 


―― 一方、修平・琴美・大祐たちは――


大祐との約束だった30分という時間は瞬く間に過ぎ、それからはメモリーチップ集めを主として行動し続けていた。

2時間近くを費やして、見つけたメモリーチップは4つ。

それなりに順調な数字と言える。

しかし同時に、空のキューブも3ほど見つかっており、他のプレイヤーたちがメモリーチップを集めているのは明らかだった。

とは言え、まり子のことを見捨てたわけではなく、メモリーチップを探す合間にも、捜索を続けているのだが――


今は、無事に新たなパートナーを見つけてくれることを祈るしかないという状況だった。


やがて、3人で遅めの朝食を摂っていると――


琴美がため息をついてから、ぽつりと呟いた。



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「・・・これからどうしようか」

「このままメモリーチップ集めでいいんじゃねー? 他に集めてる奴らがいるっぽいしな」

「まあ、メモリーチップは引き続き集めていけばいいさ。 ただ、他のプレイヤーと全く遭遇できないのはまずいな」

「確かにな。 これだけ歩き回ってれば、何人かには当たりそうなもんだけどな」


修平のクリア条件も、大祐のクリア条件も、他プレイヤーとの接触がクリアへの道となる。

1日半歩き回って誰とも遭遇していないとなると、さすがに憂慮すべき事態だった。


「でも、どうするよ? 思い切って、行動範囲をガツンと変えてみるか?」

「それもいいけど・・・まずは初音を探してみないか?」

「初音ちゃんを?」

「ああ。 初音の特殊機能は、プレイヤーの探知だ。 範囲は狭いけど、闇雲にう歩き回るより他のプレイヤーと接触できる確率は高くなる」

「うん、人探しには便利かもね」

「ちょっと待てよ! お前ら、本気かっ!?」


突然、大祐が勢いよく立ち上がり、切羽詰まった風に声を荒げた。


「・・・どういう意味だ?」

「初音は、俺からメモリーチップを奪って逃げたんだぜ? そんなヤツと合流しても、せっかく集めたメモリーチップを盗られて終わりだって、絶対!」

「・・・そのことなんだけどな、大祐。 初音は本当に、大祐のことを裏切って逃げたのか?」

「っ・・・!」


大祐の顔色が、一瞬にして褪(さ)める。

そこまえ露骨に反応を示されては、修平も見逃すことができなかった。


「俺には、あの初音が大祐を裏切って逃げるなんて、どうしても思えないんだ」

「それは・・・その、アレだ。 お前らは、会って数時間しか経ってないから、分かんねーだけだって! あの女、俺と一緒の時なんて、俺にばっかキューブを探させて、自分はふんぞり返ってたんだぜ!?」

「それは嘘だよ」


一片の淀みもない確信に満ちた声で、琴美が大祐の言葉を切り捨てる。

そして僅かばかりも視線を離さず、続けて言った。


「初音ちゃんは、自分だけ働かないで食べさせてもらうのを嫌がってたもの。 だから、蜘蛛が大嫌いなのに我慢して、涙目になりながら頑張ってたんだよ」

「・・・だそうだ。 とうなんだ? 大祐」

「ぅ・・・」

「大祐くん・・・お願い、本当のことを言ってくれないかな?」


琴美が胸の前で祈るように手を結び、大祐に対し問い詰めるのではなく懇願する。

その様子を一瞥してから、大祐は大きく息を吸い込み――

やがて、観念したように、深く息を吐いた。


「・・・ああ、嘘だよ。 初音は裏切ってなんかいない。 けど、違うんだ!」


悲しげな顔を見せる2人に、大祐が大声を上げて縋り付く。


「アレは、どうしようもなかったんだって! 初音が罠に引っかかったんだ! 司の!」

「・・・司?」


大祐の口から出てきた思いがけない名前に、今度は修平の顔色が変わった。


「司が罠を仕掛けていて、それに初音がはまったのか?」

「ああ、そうだよ! 落とし穴だったけど、初音がそれにはまったんだ! もちろんすぐに助けようとしたぜ? そしたら司の野郎が出てきて、いきなり銃を構えて『動くな』って・・・!」

「で? 大祐はその後どうしたんだ?」

「そ、それはっ・・・! それは・・・に、逃げてきた」


その言葉を聞いた瞬間、修平は深いため息をついて空を仰いだ。


「だって銃だぜ、銃! 撃たれたら痛いじゃ済まないだろ!? 死んじまうだろっ!? さすがにこれはヤバイって思って、それで・・・」

「大祐くん・・・。 銃を向けられて怖かったのは分かるけど、出来ればすぐ私たちに本当のことを教えてほしかったよ・・・」

「だけど、初音を見捨ててきたってお前らにバレたら、俺・・・」

「人間だもん。 死ぬのが怖いのは当たり前だよ。 だから、それを理由に私や修ちゃんが大祐くんを軽蔑したり、仲間はずれになんてしないよ」

「う・・・すまん」


そう言って大祐が、心底申し訳なさそうにうな垂れる。


「で、初音を置いて逃げたのはいつ頃の話だ?」

「き・・・昨日の、夕方だよ」

「場所は?」

「ここから北にある山小屋の傍だ。 そこで1泊しようと思ったら、罠があって・・・」

「・・・なるほど。 その山小屋が司の拠点なのかもな。 司の他に、誰かいたか?」

「いや・・・誰も見てない」

「そうか、分かった」


罠を仕掛け、銃器で武装しているということは、他プレイヤーに危害を加えても構わないという思考で動いている可能性がある。


「さて、どうしたものか・・・・・・琴美、お前だったらどうする?」

「初音ちゃんのこと?」

「ああ」

「とりあえず一度、初音ちゃんに会いに行きたいかな。 司くんが私たちにとって敵になるかどうかはわからないけど。 初音ちゃんが戻ってきたいと思ってるなら、助けてあげなくちゃ」

「・・・そうだな」


しかし、司の根城に乗り込むとすれば細心の注意を払っておくべきだろう。

問答無用で攻撃を仕掛けられて、こちらに一切抵抗する手段がない、という状況は避けなければならない。


「・・・問題は、こっちが持ってる武器の数か」

「え?」

「別に、初めから戦おうってわけじゃない。 だが戦いを避けるためにも、ある程度の抑止力は必要だろう。 だから司のところへ向かうには、まず武器を――」


と言いかけたところで、修平のPDAが鳴り出した。


「・・・あれ? 俺のは鳴ってないぞ?」

「また、修ちゃんのだけ?」

「ってことは、もしかして・・・」


修平はPDAを取り出すと、メニュー画面を確認した。

すると思った通り、旗のアイコンのマークの右下に、メール受信を示す手紙のマークが現れている。

修平が、すぐさまそのメールを開封すると――


「何だ、これ・・・?」


そこには『武器が入り用ではございませんか?』という、タイムリーな文言が記されていた。


・・・。


5分後――。



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修平たちの前に姿を現したのは、場違いな服装をした女だった。


「私、粕屋瞳と申します」

「・・・メイドだよな?」

「メイドだね」

「これがメイド以外の何だってんだ?」


いや、厳密に言えばメイドではないのかもしれないが――

少なくとも、エプロンドレスに身を包み、雅やかに振る舞うこの女性は、メイドにしか見えなかった。


「あー・・・」

「修平様。 まずは、参上するのが遅れたことをお詫び致します」

「えーと・・・粕屋さん?」

「瞳、とお呼び下さいませ。 敬語等も不要です」


瞳と名乗ったメイドは、念を押すようにそう言った。

理由はよくわからないが、どうやら呼び捨てにする事を強要しているらしい。


「・・・・・・」

「あら、そんなに緊張なさらなくても結構ですよ。 どうか、ここをご自宅だと思って、おくつろぎ下さい」


「いや、そりゃ無茶ってもんじゃ・・・」


だが、そう口にした大祐を、瞳は一瞥さえもしなかった。

どうやら、修平以外は眼中に入っていないらしい。

 

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「えーと・・・それで、瞳は何者なんだ?」

「私の正体ですか? 見てのとおり、通りすがりのメイドです」

「通りすがりって・・・じゃあ、どうして俺たちの前に出てきたんだ?」

「修平様が武器をご所望されているようでしたので」

「ってことは、瞳があのメールを?」

「はい。 私のPDAの特殊機能でございます」


こちらをご覧くださいと、瞳がPDAを差し出してくる。

その画面には、こんな文章が表示されていた。


『半径100m以内にいるPDAにメールを送信する。 一度メールを送ったPDAには範囲外からでも送信ができる』


「本当は、もっと早くご連絡を差し上げたかったのですが、勇気を出すまでに時間がかかってしまいました。 先日ご連絡を差し上げた際は、修平様に危機が迫っており、やむなくという形でした。 ですが、あの一件がなければ、こうして直にお話することもなかったと思うと、私は運命を感じざるを得ません・・・!」


「おい、この人なんか・・・」

「言うな」


大祐の言いたいこともわかるが、とりあえず修平は瞳にPDAを返した。


「ひとまず、瞳がメールの送り主ってことは分かった。 で、すごく素朴な疑問なんだけど」

「はい」

「どうして、さっきから俺にしか話しかけてこないんだ?」

「私は修平様のメイドですから」

「・・・よく分からないんだけど、どうして『俺の』なんだ?」

「昨日の説明会を、覚えていらっしゃいますか?」

「ああ、覚えてるけど・・・」

「あの場に私もおりました」


「えっ!? どこにいたの? 全然気付かなかったよ」

「・・・・・・」

「あ、あれ? 瞳さん?」

「・・・・・・」

「おい」

「はい、何でしょうか修平様?」

「あー・・・えーっと、瞳さん?」

「・・・・・・」

 

 

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「やれやれ・・・」


どうやら修平以外の人間が話しかけても、反応する気がないらしい。


「て、徹底してるんだね・・・」

「おい、この人ってもしかして・・・」

「言うなって」


それ以上聞きたくないと、修平は大祐を手で制した。

これは早めにどうにかしなければいけないと認識を改め、不本意ながら『ご主人様として』瞳に頼んでみることにした。


「瞳・・・俺の頼みを聞いてもらえるか?」

「はい、ご命令でしたら何なりと」

「俺以外のヤツの言葉にも反応してくれ。 みんな俺の仲間なんだ」

「かしこまりました。 お安い御用でございます」


瞳がスカートの裾を持ち上げて、恭(うやうや)しく頭を下げる。

どうやらそれで、琴美たちの言葉にも反応してくれるようになったらしい。


「・・・それじゃ琴美、改めてどうぞ」


「あ、うん。 えっと、説明会の時に瞳さんはどちらにいらっしゃったんですか?」

「会場の隅にあった掃除用具入れの中です」

「ええぇっっ!?」

「な、何でそんなところに・・・?」

「私が生涯を以てお仕えする主を探すためです」

「いや、ご主人様を探すためって・・・」

「いけませんか?」

「いけないってことはないけど・・・一生をかけて仕えるの? 本当に?」

「はい。 それが私の使命ですので」


当然とばかりに、瞳が淡々と答える。

かと思いきや、今度は一転して頬を赤らめ、修平のもとに跪いた。


「そして私は・・・修平様が運命のご主人様であると確信した次第です」

「確信されるようなことをした覚えはないんだが・・・」

「いいえ、修平様の説明会における華麗なる立ち回りを見れば、何も感じないメイドなどおりません」

「っ・・・!」


瞳が説明会後のことを言っているのだと知って、修平の顔は強張った。

あの時の会話の内容は琴美や大祐に知られたくないだけに、ここで瞳に色々と話されるのは非常に都合が悪い。


だが――


「・・・修平が、華麗な立ち回りなんてしてたか?」

「私たち、メイドじゃないから分からないのかもね・・・」


2人の見当違いな反応を見て、ほっと胸を撫で下ろす。


「・・・ご安心下さい。 修平様の勇姿は、私の心の中にのみ留めておきます」

「ああ・・・そうしてもらえると助かるよ」

 

嬉しそうに囁いてくる瞳に、修平が苦い顔を作る。

そんな顔でも見つめられるのが嬉しいのか、瞳はうっとりと顔を綻ばせてから――思い立ったように、優美な動作で立ち上がった。


「さて、それでは最初の用件に戻りましょう。 武器がご入り用かと思いまして、私の方で幾つか持参いたしました」


こちらですと、瞳が近くの藪の中からゴルフバッグを引き出す。

開けると、中はナイフから拳銃まで、よりどりみどりだった。


「すっげぇな、これ・・・よくこんな集めたな・・・!」

「修平様のためを思い、一心不乱に駆け回りました。 武器は適当に選んで下さって構いません。 必要とあらば、こちらで見繕うことも可能です」


大祐が大喜びでバッグの中を漁り、あれやこれやを引き出しては声を上げる。


「って、おいおい。 チェーンソーまであるぜ?」

「申し訳ございません。 そちらはお取り置きください」

「へっ、なんで?」

「それは私の得物ですので」

 

驚く大祐をよそに、瞳はゴルフバッグへ手を突っ込み、その中からチェーンソーを取り出す。

 

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橙色のボディの下に潜む2ストロークガソリンエンジン、その上にせり出した持ち手、鈍色のガイドバーを縁取る鎖状の刃――


一目に危険と分かる見た目は、エンジンを起動せずとも充分に威圧的で、瞳を除く全員が息を呑むほどだった。


「ご・・・ごっついな」

「重そう・・・」

「しかし・・・どうして、チェーンソーなんだ?」

 

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「それはもちろん、メイドといえばチェーンソーですから」

「はあ・・・?・・・まあ、本人がいいなら、それでいいんだけど」


恐らく瞳なりの、矜持やルールがあるのだろう。

修平は彼女について、あれこれ追求することを諦めた。


「だけど、これで初音ちゃんを助けに行けるね」

「・・・ああ、そうだな」

「何がご不満な点がございますか?」

「ああ、いや・・・そういうわけじゃない。 ただ、お前もついてくるつもりなんだろ?」

「当然です。 修平様をお守りするためですから」

「・・・はぁ」


今後、理解のできない人間につきまとわれると思うと、修平の気は大きく沈んでいくのだった。


・・・・・・。

 


・・・。

 

 

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「ふぅ・・・とりあえず、今のところは上々かな」


ゲーム2日目の昼、昇りきった太陽の光をその身に浴びながら、三ツ林司はこれまでの成果についてそう結論づけた。

充分な数のメモリーチップを武器を手に入れ、山小屋の周囲に張り巡らせた罠も、さらに改良を加えてある。

お世辞にも体力があるとは言えない司にとって、この山小屋を拠点にできたのは、まさに僥倖と言っていいだろう。


「さて、ここからはどう動こうかな? 僕のクリア条件を満たすには、最低でもあと2人は、仲間を見つけなきゃならないんだけど・・・」


と、司が今後のことについて考えを巡らせた時――


山中から、女の派手な悲鳴が聞こえてくる。


「ぅきゃぁああぁあぁっっ!!!」

 

「・・・おや、早速、獲物がかかったみたいだね」


やはりこの山小屋は、自分に適した場所だったらしい。

司は思わず頬を緩ませると、すぐに悲鳴の方角へ走り出した。


・・・。

 

そうして現場に駆けつけると――


あられもない姿を晒している少女が、宙吊りのままもがいている。

 

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「くっ、うぎっ、このっ、えいやぁあっ!」
「・・・ずいぶん元気な女の子だな」
「はっ――そこのあなた! 早く私をここから下ろしなさい!」
「ああ、いいけど。 その前に交渉しよう。 君を下ろしてあげる代わりに、僕の仲間になってくれないかな?」
「仲間・・・?」
「大丈夫だよ。 僕といれば、君もクリアできる。 僕の言うことを聞いて、素直に動けばね。 だから――」
「お断りします!」
「は?」


少女の即答に、司は目を丸くした。

まさかこの状況で、彼女がノータイムのNOを出すとは思わなかったのだ。

 

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「・・・あまり状況を理解していないみたいだね。 今の君に拒否権はないと思うけど? それとも、僕が仕掛けた罠に怒っているのかな?」
「当然です。 このような非人道的な罠で体の自由を奪い、あまつさえ婦女子のあられもない姿を視姦する下賤の輩に、私は屈しません! 縄をほどいて早く私を解放しなさい! 一閃のもとに断罪してあげます!」
「・・・君さ。 もうちょっとこう、囚われの身であることを自覚して、僕に媚とか売ってみたら? 反撃するにしても、そんな素直に敵意を向けられちゃ騙すに騙せないでしょ?」
「・・・あなたも、あの女と同じようなことを言うのですね。 なぜ私が、そんな騙し討ちのようなマネをしなければならないのです?」
「いや、だって状況がさ・・・」
「よくそんな卑怯なことを平然と口にできますね。 自分が恥ずかしくならないんですか?」
「・・・変わった子だね、君は。 まあ、いいや。 だったらこっちもやり方を変えるよ。 罠については謝罪しよう。 こんな強引な手段は本意ではなかったし、キミを辱める意図もなかった。 でも、僕にも事情があって、他に方法がなかったんだ。 許してくれとは言わないけど、理解はしてほしい」
「・・・意外と素直なのですね。 いいでしょう、自ら罪を認めるのであれば、悔い改める機会を与えてあげないこともないです」
「ありがたいね。 じゃあ罪滅ぼしといってはなんだけど、僕のところに来れば水も食料もあるし、夜寝る所にも不自由しないよ」
「食べ物があるのですかっ!?」
「君って、下りることより、食べ物の方に反応するんだ」
「・・・き、昨日から何も食べてないんですっ」
「あれ? もしかして、メモリーチップの存在も知らないとか?」
「め、めもりーちっぷ・・・?」
「はあ・・・やっぱり、知らないんだ。 だったら君、どうして説明会に来なかったの?」
「説明会・・・?」
「・・・これも、知らないんだ。 君さ、もしかしてPDAも持ってないとかじゃないよね?」
「し、失礼な! ソレはちゃんと持っています! ただ、使い方が全くわからないだけです! 私は『てくのろじー』は苦手です!」
「・・・なるほど、苦労してるみたいだね。 なら食料をあげるついでに、PDAの使い方も教えてあげるよ。 それに、君がゲームを無事にクリアできるよう手助けもする。 どう? これなら僕を許してくれるかい?」
「・・・そこまで言われては、情けをかけないわけにもいきませんね」


そう言って、少女が『しぶしぶ』といった感じで顔を背ける。

司はその下手な演技に呆れつつ、彼女に問いかけた。


「・・・ところで君、名前は?」
「むっ、そういうのはそちらが先に名乗るのが礼儀ではありませんか!」
「はいはい、僕は三ツ林司。 で、君は?」
「私は・・・蒔岡玲です」
「玲か、なかなか良い名前だね?」
「はい。 よく言われます」
「いや、今のは社交辞令だったんだけど」
「むっ・・・――このっ、いいから早く私を下ろしなさい!」
「はいはい、わかったよ」


――何だか、からかいがいのありそうな子だな。

司は玲に対してそんな印象を持ちながら、彼女を吊るしている縄を解きに行った。


・・・。


そうして、とりあえず玲にPDAの使い方を説明しながら、山小屋へと向かい――

 

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「ここが、司の・・・?」
「そう、拠点さ」
「他に、仲間はいないのですか?」
「うーん、それは難しい質問だね」
「ん? それはどういう意味ですか?」
「・・・まあ、とにかく中に入ってよ」


そう言って、司は山小屋のドアを開けた。


と、その途端――

 

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「ひっ・・・!」


部屋の隅に縮こまっていた初音が、ぴくりと体を震わせた。

その過敏とも言える反応に、玲が非難がましい目を向けてくる。


「司・・・!」

「誓って言うけど、僕は何もしてないよ?」

「それは嘘ですね。 きっと私みたいに、宙づりにしたに決まっています」

「いや、彼女の場合は落とし穴だったかな?」

「この鬼畜っ!」

「・・・いや言っておくけど、あの辺にあった罠は、僕が仕掛けたわけじゃないよ。 たぶん、前回の参加者が残していったものじゃないかな? 僕はそれに手を加えて、利用させてもらってるだけさ」
「いいえ、それでもおかしいです。 だとしたら彼女は、なぜあんなに怯えているのですか?」
「さぁ、僕も気になって何度か尋ねてるんだけど、詳しくは話してくれないんだ。 これでも大分落ち着いた方だよ。 捕獲した時なんて、ほとんど錯乱状態だったからね。 ここに来る前に、よっぽど酷い目にあったのだけは間違いないと思うよ」
「・・・そうなのですか? それは気の毒ですね」


そう言って玲が、哀れみの視線を初音に向ける。


「彼女・・・名前は初音って言うんだけど、玲も仲良くしてやってよ。 落ち着いてくれば、そのうち事情を話してくれるかもしれない」
「はい。 わかりました」
「ま、僕は裏切らないんだから、いい加減信頼して欲しいところなんだけどね」
「・・・罠にかけた張本人が言っても、逆効果だと思います」
「いいや逆だね。 罠にかかったから、僕と組めたんだ。 彼女にとっては幸運だよ」
「随分と自信満々ですね。 なにか根拠があるのですか?」
「ああ、その理由は今から説明するよ」


少しムッとする玲に対し、司は余裕の表情で机の端に腰を預けた。

すると玲も、それにならって席に着く。



「じゃあ、まずは質問から。 玲はこのゲームを生き残るために必要なものは何だと思う?」
「力です」
「・・・うん、そう言うと思ったよ」
「何ですか? バカにしているのですか?」
「いや、そういうわけじゃないよ。 でも、このゲームをクリアするのに必要な要素は1つじゃない。 僕はそれが、3つだと考えている」
「3つ?」
「ああ。 まず1つ目の要素は、PDAに示されたクリア条件を満たすことさ。 だって、そうだろう? PDAのクリア条件を満たさない限り、僕らは生きて帰れない」
「まあ、基本ですね」
「・・・うん、そうだね、基本だね。 だから玲と協力するにあたって、まずは条件を交換したいんだけど――それは、かまわないよね?」
「・・・いいでしょう。 それをしなくては、始まりませんから」
「僕のPDAは『K』。 条件は『クリア条件を満たしたプレイヤーが3人以上』だ。 プレイヤーは全員で14人。 そのうち僕を含めて3人が最終日まで生き残れば、自動的に条件は達成される」
「なるほど。 あなたが強引に仲間を作ろうとしている理由はそれですか。 クリアを手伝うと言われた時は、正直疑わしいと思っていましたが」
「はい。 というわけで、次は玲の番だ」
「わかりました。 私のプレイヤーナンバーは『9』。 条件は『JOKERのPDAの所持』です。 つまり、『JOKER』のPDAの所有者が私のターゲットになります」
「ターゲットって・・・物騒な言い方するんだね。 別に奪い取る必要なんてないんだから、くれぐれも暴力に訴えるようなマネはしないでよ?」
「それは、相手の出方次第です」
「やれやれ・・・随分と勇敢なお嬢さんだ」
「えっへん」
「いや、褒めてないんだけど」
「むっ・・・あなたさっきから、ちょいちょい失礼ですね」
「はいはい。 そう思ったんなら謝るよ。 それじゃあ話を戻すけど――クリアのために必要な要素の2つ目は、なんだと思う?」
「やはり、力です」
「食料の確保だよ」
「なるほど。 それは五臓六腑に染み渡るほど痛感しています」
「うん、だろうね。 食料に関しては、いずれ全てのプレイヤーが悩まされる大きな問題になる。 どうしてだか分かる?」
「お腹が空くからです!」
「・・・はぁ」
「えっ!? ち、違うんですかっ!?」
「お腹が減るのは当然でしょ。 議論すべきはそこじゃない」
「む、むぅ・・・」


それほど難しいことを聞いてるつもりはないのだが、玲が途端にしかめっ面になる。

すると答えが、意外な方向から上がった。

 

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「・・・メモリーチップが無限に無いから・・・なのです」

「っ・・・!」

「・・・違う、ですか?」

「いや、正解だよ。 よくわかってるじゃないか」

「はい、です・・・」


たぶん、2人きりの状況とは違い、新たに加わった玲の存在が彼女の心を開く鍵になったのだろう。

司はそう分析しつつ、これを機に初音の心をほぐそうと、彼女の意見を取り上げた。


「初音が言った通り、メモリーチップの総数には限度がある。 2つのエリアでキューブを重点的に探したけど、1つのエリアあたりの配置数は5~6個。 エリアは全部で25だから、単純計算でメモリーチップの総数は125~150個前後と推測できる。 これは14人のプレイヤーが1日2箱消費すると、大体5日で全ての食料がなくなる計算だ。 でもこのゲームがいつまで続くかは不明だし、メモリーチップだって、全てのプレイヤーに均等に行き渡るわけじゃない。 メモリーチップの重要性に気付いた一部のプレイヤーが、独占に走るだろうからね」

「・・・話が見えてきました。 メモリーチップは食料や武器になるだけでなく、交渉道具にも化けると言いたいのですね」

「正解」

「それで司は、どの程度集めているのです?」

「食料の入ったアルミ缶が5個、メモリーチップのストックが7個だよ」

「・・・なるほど」

「さて、説明を続けようか。 3つ目の要素は、好戦的なプレイヤーへの対抗策だね。 クリアのためなら手段を問わないというのが、このゲームのルールだ。 そしてゲームのフィールドには日常生活では、触れる機会のない強力な武器が用意されている。 当然、プレイヤー同士の戦闘は、目的を果たすための手段となり得る。 だから、そういったプレイヤーに対抗する自衛手段として、こちらも武装する」


司はそう言って、部屋の隅へ目を向けた。

昨日の内に手に入れた武器の数々を、そこに置いてあったのだ。

とは言え1丁きりの銃は、すでに司自身が所持しており、刃物の類しか残っていないのだが――

するとその中の1つを見て、玲の顔つきが急変する。


「・・・あれは、日本刀ですか?」

「そうだけど?」

「使っていないのなら、頂戴してもいいですか?」

「扱えるの?」

「ええ、腕には覚えがあります」

「ふ~ん・・・まあ、いいけど」


司は玲と共に席を立ち、日本刀の下へ歩いて行く。

その間も、玲は一時たりともそれから視線を逸らさなかった。

そうして並々ならぬ執着を見せる彼女に、司はあっさりとそれを手渡した。


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

「いえいえ」


2人の間で交わされる、無機質なやり取り――。

その後で玲は、ゆっくりと刀を引き抜いた。

そして銀色に鈍く光る刀身を眺めながら、静かに語り出す。


「私の家は、古くから剣術道場を生業としてきました」

「・・・へぇ」

「私も幼い頃から師である父に剣を学び、日々の鍛錬に励んできたんです。 だから、刀を持つと自然と心が静まります」

「・・・そう」

「・・・ええ。 ところで、司。 あなたにひとつ伺いたいことがあります・・・」


「あっ・・・!」

 

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気がつけば司の喉元に、白刃が突きつけられていた。

一瞬で、その場の空気が凍りつく。


「・・・これは、何の真似だい?」

「あなたは『リピーター』ですか?」

「リピーター? 何それ?」

「・・・とぼけても、無駄です。 私の目から見て、司はあまりにもゲームに慣れすぎている。 それは、前回のゲームから生還したことのある『リピーター』だからなのではありませんか?」


玲の視線が、司の本心を暴こうと研ぎ澄まされる。

そんな眼光に怯むことなく、司は玲を真正面から見返した。


「誓って言うけど。 僕がこのゲームに参加したのは、これが初めてだ。 僕は、与えられた情報の中から推測できるあらゆる可能性に対し、生存方法を模索しているだけだよ」

「解せません。 では、その落ち着きようは何なのですか? 刀を突きつけられているのに眉一つ動かさないなんて、一般人では考えられません」

「それを言うなら玲、君の立ち振る舞いだって酷く冷静なものに見えるけど? 僕は他のプレイヤーにも何人か会ったけど、みんなが現状に困惑していた」


「・・・・・・」


「当然だろうね。 こんな理不尽なゲームに強制的に参加させられて、素直に状況を受け入れられるはずもない。 つまり、他のプレイヤーとの違いは覚悟の差なんだ。 いち早く状況に適応して、このゲームを攻略しようとしている僕とのね。 そして玲、それは君も同じだ。 君はなにか目的があってゲームに参加しているようだね。 だから行動や発言に迷いがない」

「・・・・・・」

「もっとも、僕から見たら君は酷く間が抜けているように思えるけど」

「・・・余計なお世話です」


そう言いながらも、玲が刀を鞘に納める。

その様は絵になるほど堂に入っていて、玲の使い手としての度量が窺えた。


「一応の理解を得た、と解釈していいのかな?」

「勘違いしないでください。 司への疑いが晴れたわけではありません。 ですが、あなたがリピーターであるという確たる証拠も得られませんでした。 刀で脅せば、真相を吐いてくれると思ったのですが」

「まったく、強引なやり方だね。 それで、まさか話してくれないとは言わないよね?」

「・・・・・・」

「玲。 君はなんでリピーターを探しているの? そして、そんな情報をどこで手に入れたの?」

「・・・・・・私が探している相手は、弟の仇なんです」

「・・・へぇ」

「一年前に、弟が突然失踪しました。 無断で外泊なんて絶対にしない、生真面目な弟だったんです。 すぐに警察にも捜索願を出して、私も両親も心当たりは全て探しました。 でも、結局、手掛かり一つ掴めなかった・・・。 弟が帰ってきたのは、疾走から1ヶ月後のことです。 見つかったのは、自殺の名所として名高い県境の海岸でした。 観光客が偶然発見したそうです」

「それじゃ、弟さんは・・・」

「ええ・・・。 警察は、弟の死を自殺だって決め付けました。 でも、私は信じなかった。 真相を掴もうと、私なりにいろいろと調べたんです。 でも、なにもわからなくて・・・。 そんな時でした。 弟の死の真相を知っているという人物から連絡があったんです。 そして私は、弟がゲームに参加させられて殺されたこと、弟の仇が今回のゲームに参加していることを知ったんです」

「つまり、玲は自分の意思でゲームに参加したってことだね?」

「はい」

「弟さんについて話を聞いた人物って、どんな人だったの?」

「その人の名前や、どんな素性の人物かは一切知らされてないんです。 それが弟の情報を得るための条件でしたし。 やり取りも電話越しで、直接の面識はありません」

「・・・やっぱり、その辺りは運営も抜かりないね。 あと、ここって日本のどのあたりか検討つくかな?」

「ここに来る時は眠らされていたので、道程はまったく・・・」

「そこは僕らと同じなんだ。 なるほどね。 話してくれてありがとう。 今の話で、少しだけ運営の連中の考えがわかった気がするよ。 それに僕ら14人のプレイヤーの中に、そのリピーターって奴が紛れ込んでいることもね」


リピーターに接触すれば、間違いなくほぼ全ての情報が手に入る。

もちろん、相手が交渉に応じればの話だが。


「さてと、これで当面の行動の指針が決まったかな。 玲のクリア条件を達成するために『JOKER』の所有者を見つける。 同時に、玲の弟さんの仇も探してみよう。 あとは、僕がクリアするために必要な人数を揃えればいい。 できれば、初音に協力してもらえるのが一番なんだけどね・・・?」

「・・・・・・」

「ま、それは気長に待つさ。 えーっと、それじゃ話の続き。 どこまで話したっけ?」

「好戦的なプレイヤーへの対抗策について、です」

「ああ、そうそう。 その話だけど、この山小屋に続く山道には幾つか罠を仕掛けてあるんだ」

「私がかかったヤツですね?」

「そう。 直接的な攻撃をするものはないけど、足止めには充分だと思うよ。 ま、打ち所が悪ければ、骨くらいは折れるかもしれないけどね」

「・・・婦女子に精神的なダメージを少なからず与える危険もあるようですが」

「だからそれは謝ったじゃない。 別に故意じゃなかったんだって」

「・・・今はとりあえずその言葉を信じましょう。 ですが、私や初音にちょっとでもそれらしい素振りを見せたら、迷わず斬って捨てます」

「ああ、わかった。 その時は、そうしてくれて構わないよ。 で、結局何が言いたいかっていうと、この山小屋を拠点にすれば守りは盤石だってこと。 後は、もう何人か仲間が増やせれば戦力は完璧なんだけど」

「戦闘なら私がいれば大丈夫ですよ?」

「ああ、そこは頼りにしてるよ。 でも、2人1組で動くことを考えると、やっぱりもう1人欲しいかな」

「そこは司の好きにすればいいと思います。 私としては、仇討ちさえできれば――」


と、玲がそこまで言いかけた――その時。


「今のは・・・?」

「・・・ああ、鳴子だね。 誰か来たんだ」


鳴子が仕掛けられているのは、山小屋からおよそ100メートルほどの位置――


玲や初音のかかった罠が設置されていない方角である。

どうやらこちらへ向かってきているプレイヤーは、罠に気付いているらしい。


「迎え撃つ準備が・・・必要かな?」

「私が行きましょうか?」

「いや、なるべく穏便に済ませたいから、手は出さないで隠れていてくれ。 手を貸してほしい時は合図を送るよ」

「了解です」

「初音は留守番頼むよ」

「・・・は、はいです」

 

初音がそう言って、小さな頷きを返してくる。

司はそれを見届けると、新たに加わった玲という手駒を引き連れて、山小屋の扉を開け放った。


・・・。

 

――司が仕掛けた鳴子が鳴った時から、遡ること少し――


修平たちは瞳に鈍器の扱い方を教わり、昼食を摂った後に、初音が罠にかかったという場所までやってきた。

ここから山小屋までは、徒歩で10分程度だろうか。

 

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「なあ、やっぱ危険じゃねーか? 罠だってまだまだあるはずだし、引き返すなら今のうちだと思うぜ」

「でも、それじゃ初音ちゃんに会いにいけないよ?」

「・・・琴美の言う通りだ。 とにかく、行ける所までは行ってみよう」


そう言って、修平が第一歩を踏み出そうとした時――

 

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「――お待ち下さい、修平様」

「どうした?」

「この先に罠が仕掛けられています。 糸が張ってあるのがおわかりでしょうか?」

「ん? どこだ?」

「5メートルほど先です」


目を凝らしてみると、確かに瞳の言うとおり、細いケーブルが地面に張り巡らされているのがわかる。


「他にも土の色が不自然な箇所が幾つか。 いずれにしてもここは危険です。 迂回していくべきでしょう」


「迂回っていうと、山道を外れて森の中を開拓していくんだよな?」

「はい」

「時間がかかりそうだな・・・罠を解体して取り抜けることはできないのか?」

「難しいかと。 周囲に馴染んでいる罠もあるようですので」

「・・・そうか。 それじゃあ、急がば回れだな」

「はい。 それがよろしいかと存じます。 それと、ここから先は・・・」

「そうだな。 先頭は瞳に任せるよ」

「はい。 かしこまりました」


そう言って嬉しそうに笑い、瞳がさっそく前を歩き出す。


その隙に修平は、長年の幼馴染にそっと問いかけた。


「・・・なあ琴美、どう思う?」
「どう思うって、瞳さんのこと?」
「ああ」


場違いなメイド服、武器に関しての知識、罠を見抜いた目、そして修平を主人と仰ぐ行動――

彼女は明らかに、イレギュラーな存在だった。


「う~ん・・・振る舞いや言葉遣いで分かりづらいけど、歳は私たちとそう変わらないと思う。 でもあの服装にしても、単にコスプレが趣味ってだけじゃなくて、なにか訳ありに思えるかな」

「訳ありか・・・確かにな」


だが修平のメイドであることに、彼女があそこまで執着する訳とは、いったい何なのだろう?


「それより、修ちゃん」
「ん?」
「さっき確認してみたんだけど、瞳さんのプレイヤーナンバーは『2』だったよ」
「・・・ということは、素数だな」
「うん。 クリア条件は『12時間以上同じエリアに留まらない』だって」
「そうか・・・」


周平のクリア条件は『素数ナンバーのプレイヤー全員のクリア条件を満た』だ。

つまり修平が確実にクリアするためには、瞳と最後まで一緒に行動しなければならないということだった。

そう思うと修平の口元に、なんとも言えない苦笑が浮かんだ。


・・・・・・。

 

・・・。


山小屋への迂回ルートは、獣道すらない有様だった。

特に足場は酷く、急な斜面や進む先から崩れていく脆い岩場など、普通に歩くのでさせ苦労があった。

やがて、琴美の歩くペースが徐々に落ち始め――


「・・・琴美、少し休んだ方がいい」

「う、ううん。 まだ大丈夫だよ」

「無理すんな。 汗だって凄いし、相当痛むんだろ?」

「う・・・」


昨日、クロスボウの矢が掠めた足は、傷口が開いたのか、うっすらと血が滲んでいる。


「素直に休憩した方がいいんじゃねーの? 俺も疲れたしさ」

「ああ、そうしよう。 瞳。 ちょっと休憩だ」

「かしこまりました」


先を進んでいた瞳が、修平たちの下へと戻ってくる。


・・・。

 

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「・・・しかし、キッツいな。 歩いてるだけでかなりしんどいぜ。 男の俺だってこんなんだから、琴美ちゃんはもっとキツいだろうな」

「別に、私はそんな・・・」

「強がるなって、ここで無理して、後から動けなくなったりしたら、それこそ一大事だ」

「・・・ごめんなさい。 私のせいでみんなに迷惑かけて・・・」

「仕方ないさ。 無理はさせられない」

「しかし・・・このペースだと、途中で日が暮れる可能性がありますね」

「・・・それはまずいな。 ここで夜を迎えるのは危険過ぎる」

「じゃあ、どうする? 今のうちに引き返すか?」

「修ちゃん・・・私、歩くよ?」

「いや・・・それはダメだ」

「・・・・・・修平様。 でしたら、二手に分かれてはいかがでしょうか?」

「二手に・・・?」

「私と修平様、吹石様と伊藤様の組に分かれ、修平様は山小屋を目指し、吹石様たちはここから引き返して頂くのです。 現状取れる手段で、最も現実的かと思われますが」

「なるほど、そりゃいいな! たしかに隙のない選択肢だ! 下りるのだったら、上るより手間はないし、俺1人でも琴美ちゃんを連れていけると思うぜ」

「私も、修平様お1人であれば、確実に目的地へご案内できるかと思います」

「なら、決まりじゃねーか?」

「・・・・・・いや、やっぱり琴美も連れて行こう」

「はぁ? どうやってだよ? そもそも、修平が言い出したんだろ? 琴美ちゃんは進ませられないって」

「休憩しながらでは、日没に間に合わない可能性がありますが?」

「ああ、分かってる」

「なら・・・」

「俺が背負っていけば問題ない」

「え・・・?」

「俺が琴美を背負って進めば、なにも問題はないだろ」

「で、でもっ、それじゃ修ちゃんがダウンしちゃうよ!」

「その通りです。 修平様が先に潰れてしまいます」

「俺は大丈夫だ。 まだまだ体力的にも余裕はあるしな。 それよりも、早く進もう。 日が暮れる前に」


そう言うと修平は、2人から反論が来る前に、さっさと琴美に背中を向けた。


「修ちゃん・・・」

「遠慮するな。 一緒に、初音に会いに行こう」

「・・・う、うん」


頷いて、琴美が体を預けてくる。

昔と比べると、琴美も随分と重くなったもんだ――そんなことを考えつつ、修平は改めて二人へと向き直った。


「じゃあ、行こうか」

「お、おう・・・」

「・・・かしこまりました」


これ以上は何も言えないとばかりに2人が引き下がり、登山を再開する。

 

 

 

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そんな2人の背中へ、申し訳なさそうに頭を垂れた後、琴美が修平の耳元へと口を寄せてくる。


「・・・ごめんね、修ちゃん。 でも、どうしてこんな無茶なこと。 瞳さんが言うとおり、ここで二手に分かれるのは正しい判断だと思うよ?」
「・・・・・・」


瞳の提案が最も現実的な選択だったということは、修平も当然ながら理解していた。

だがそれでも、修平は我を通さざるを得なかった。

訳も分からずこんなゲームに参加させられて、先行きの見えない状況の中で、琴美を誰かに任せることなどできなかったのだ。


「別に。 この方法が最善だと俺が判断しただけだ。 それ以上の理由なんかない」
「・・・・・・そういうところは、昔から変わらないね」
「なんの話だよ?」
「別に、なんでもない。 でも・・・ありがとう、修ちゃん」


そう言って、琴美はまるで匂いを嗅ぐかのように、修平の背へぴったりとくっついてくる。

すると背に、柔らかな感触が広がり――

お互いの鼓動が、共鳴するように重なり合う。

その温かなリズムに浸りながら、修平は司がいるであろう山小屋を目指し、着実に足を進めていった。


・・・。