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リベリオンズ -Secret Game 2nd stage-【6】

 

・・・。

 


「止まって下さい」


その声が聞こえてきたのは、目指す山小屋がようやく視界に入ってきた辺りだった。

修平が立ち止まって琴美を地面に下ろしていると、そこへ先ほどの声の主が現れる。

 

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「司・・・」

「お久し振りですね・・・といっても、1日ぶりですが」

「ああ、そうだな」

「・・・しかしまあ、随分と変わったメンバーと行動してるんですね、藤田先輩は」


そう言って司が、修平の傍らに立つ瞳へと目を向ける。


「まさか、こんなところでメイドを見るとは、正直驚きました」

「世界は広いからな、事実は小説より奇なりって言うだろ? 実際、俺もちょっと信じられないくらいなんだ」

「へぇ~・・・ところで、あの正論しか口にしない女はどうしました? もしかして、途中で切り捨てたんですか?」

「っ・・・・それは、ご想像にお任せするよ。 だが、こっちも驚いたな。 山小屋に籠城しないで自分から出てくるとは思わなかった。 ちょっと無防備すぎるんじゃないのか?」


見たところ司は、銃器の類を手にしていない。

こちらが武装していることは予想できただろうに、これだけ無防備なのは一体、どういう意図があるのか。


「まあ下手に争って、あの山小屋は壊されたくないですから。 それに話し合いで解決できるなら、その方がいいと思ったんですよ」

「もしくは、どこかに伏兵を潜ませている――とかな」

「・・・やれやれですね。 改めて、あなたが仲間にほしくなりましたよ、藤田先輩。 どうです? 今からでもこちらへ来ませんか?」

「いや、遠慮させてもらう。 理由は前にも言ったはずだ」

「頑なな人ですね。 そういう生き方は損をしますよ?」

「かもな。 だけど、俺の生き方は俺が決める」


そう言って修平は、一気に司との間合いを詰めようとした。

武装した相手に丸腰で挑む手段として、伏兵を潜ませる他に、PDAの特殊機能は考えられる。

だが、それがどんな機能であれ、修平には通用しない。

『機能の無効化』は、既にONにしてあった。

あとは、有効範囲である10mまで近づければいい。

そう思っていたのだが――


「おっと、そこまでです。 それ以上は近付かないで下さい」

「・・・!」

「藤田先輩がなにを考えていようと、現状では僕の方が一枚上手ですよ?」


司が懐からPDAを出して、これ見よがしに手の平の上で弄ぶ。


「いやいや、あの時はさすがに僕も驚きましたよ。 なにせ急に、僕の特殊機能が使えなくなったんですから」

「そうか・・・説明会場で、お前がPDAを落とした時だな?」

「ええ。 ご名答です。 実はあの時から、藤田先輩には目をつけていました」


『特殊機能が使えなくなる』という状況だけでは、それが修平の仕業だと判断する要素にはならない。

つまり――司のPDAにも琴美と同様に、他者の情報を盗み見れるような特殊機能が備わっていると考えるべきだろう。


「・・・さすがというか、抜け目がないな」

「一応、賛辞の言葉として受け取っておきますね。 ではお互いにこの距離で、話し合いを始めましょうか。 先輩の目的は、彼女ですよね?」

「その通りだ。 初音に会わせて欲しい」

「残念ですが、それはお断りします。 彼女はあなたたちに会いたくないと言っているので」

「会いたくない? なぜだ?」

「詳しい事情は僕も聞いていないんです。 おおよその推測はついてますけどね」

「・・・?」

「ちなみに、藤田先輩は僕の下に彼女が来た経緯をご存知ですか?」

「お前が仕掛けた罠に初音が掛かり、大祐が彼女を見捨てて1人で逃げたと聞いている」

「なるほど、信頼していたはずの仲間に見捨てられた・・・と。 彼女にとっては、ショックな出来事かもしれませんね。 だけど、僕にはそれだけが原因とは思えないんですよ」

「どういうことだ?」

「彼女は別に、そちらへ戻るのを嫌がっているわけではなくて・・・『そいつの』ところへ帰るのを嫌がっているみたいなんですよね」


司が顎をしゃくって、大祐を指し示す。

 

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「はぁ!? てめぇ、何難癖つけてきてんだよ・・・! そもそもお前が罠なんか張ったことが発端だろーが、人にばっか責任擦り付けてんじゃねーよ!!」

「大祐、落ち着けって」

「修平もこいつの言ってる事なんて信じるな! 都合のいいこと言って、初音を自分の物にしようとしてるだけだ!」


だが修平も、大祐の言動には思うところがあった。

最初は初音が裏切ったと嘘をつき、それがバレそうになると手の平を返した。

そして初音が司に囚われているとわかっているのに、助けにいくことには終始反対していた。

まるで・・・初音と修平たちが再会することを、快く思っていないかのように。


「・・・・・・」

「藤田先輩。 確認したいんですけど、その男が初音と2人っきりになる時間ってありました?」

「ああ・・・、別行動を取っていたからな」

「なるほど、やっぱりね。 僕も不思議だったんですよ。 初音が皆さんの下へ帰りたがらない、なのにその理由を話してはくれない。 それはなぜか・・・彼女は理由を説明したくてもできない事情があったんでしょうね。 『女』である彼女が、『男』の僕には言えない、そんな事情が」

「っ・・・」

「ましてや彼女がアイドルという立場なら、尚更だ」

「この、うるせぇんだよォォっっ!!」

「なっ――馬鹿、やめろ!」


瞳から与えられていた銃を、怒りに任せて取り出そうとした大祐を、とっさに押さえ込む。


「は、放せ修平! くっそ・・・!」

「やっぱり図星なんだ? あなたはほんと人間のクズですね?」

「てめぇえええええ!!!」

「やめろ大祐!! 司もこれ以上、大祐を挑発するな!」
「挑発じゃありませんよ、藤田先輩。 僕はただ真実を――」

「――いいから! これ以上何か言うなら、俺にも考えがあるぞ!」

「・・・・・・分かりました。 僕も少し調子に乗りすぎていたみたいですね」


そして仕方ないとばかりに肩を竦め、司が修平を見つめて言う。


「藤田先輩、『雨が降るんですよね?』」

「・・・!」


記憶に新しいこの文言は――

修平と司の立場を入れ替えた、あの時のやり取りの再現――

つまり司は、あの時の借りを『いま』返せと言っているのだろう。


「・・・ああ、そんな予報だったな」

「それでは、ここは退いていただけますね?」

 

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「修ちゃん・・・?」

「琴美、すまない。 今日のところは諦めよう」

「う、うん・・・」

「・・・司。 しばらくの間、初音はお前に預ける。 それでいいな?」

「ええ。 お預かりしておきます」

 

すると、それまで黙っていた瞳が、すっと傍らにやってくる。

 

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「修平様、本当によろしいのですか? あの方を殺してしまえば、済む話だと思うのですが・・・?」


瞳が物騒なことをさらりと言い、司に冷たい視線を向ける。


「っ・・・!・・・瞳、そういう訳にはいかないんだ。 頼むから、ここは下がってくれ」

「・・・はい。 かしこまりました、修平様」


意外とあっさりと引き下がってくれたことに、修平はホッと胸を撫で下ろす。

彼女の危うさを目の当たりにして、背筋に冷たい汗が伝う。


――早いところ、この場を離れた方がいいな。


修平はそう判断し、すぐに踵を返して歩き出す。

瞳が何も言わずにその後に続き――琴美がその後に、最後に大祐も、どこか納得のいかない表情を浮かべながらついてくる。


「先輩。 もし雨除けが必要なら、いつでも貸しますから。 ですが、僕の傘に入れるのは2人までです。 そのことを忘れないで下さいね」

「・・・・・・」


遠くから呼びかけてくる司の声が、修平の耳に届く。

しかし、修平はそれに答えることなく、ただ黙々と来た道を引き返していった。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 


「ねぇ、修ちゃん。 修ちゃんは、さっき司くんが言ってたこと、どう思う・・・?」


司の所を後にし、山を下りている最中、琴美が修平にふとそんな質問を向けてくる。

大祐との距離を見計らいつつ、小声で話しかけてきた辺り、琴美も事情を察しているらしい。

 

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「・・・今は、なんともいえないな。 だけど、可能性はゼロじゃないと思ってる」
「それって、大祐くんが初音ちゃんに、その・・・乱暴なこと、したんじゃないかってことだよね?」
「ああ。 あまりこういうことは言いたくないけど、大祐にはその場の感情だけで行動する刹那的な部分がある。 それに、こんな閉鎖的な環境じゃ過ちが起きたって不思議じゃないだろ」
「・・・男の人って、みんなそうなの?」
「全部が全部とは言わないけど、そういう人間もいるだろうな」
「・・・修ちゃんは?」
「俺はそんなことはしない・・・なんて、口で言うのは簡単だけど。 それでも、一時の感情で過ちを犯した代償がどれほどに大きいか、よく理解してるつもりだよ」
「・・・!」
「・・・だけど、俺だって一歩間違えればそういう人間になっていたかもしれない。 それは琴美だって知ってるだろ」
「・・・ごめんなさい。 嫌なこと聞いちゃったね」
「いや、いいさ・・・」


いずれにしろ大祐の処遇については、そのうち白黒はっきりつけなくてはならないだろう。

それだけではなく、瞳のことも、修平は考えなければならなかった。


「傘に入れるのは2人まで、か・・・」
「え?」
「いや・・なんでもないよ。 そんなことより、俺の肩につかまったらどうだ? お前また、無理しようとしてるだろ?」
「修ちゃん・・・うん。 じゃあ、お言葉に甘えようかな」
「ああ、そうしてくれ」


――2人を切り捨てて司の下へ向かう。


もし自分がそんな選択をした場合、琴美はどんな顔をするだろう?


修平は、琴美に肩を貸して歩きながら、そんなことを考え――


そしてすぐ、それについて考えるのを止めた。

 

・・・・・・。

 


・・・。

 

 

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麓に下りた頃には、すっかり日が傾いていた。

完全に日が暮れるまで、あと30分といったところだろう。


「・・・とりあえず日没までに、少しでもいいからメモリーチップを手に入れておくか」

「うん、そうだね」

「はい。 私も、それがよろしいかと思います」


修平の呟きに対し、琴美と瞳が即座に頷く。

だが、大祐だけは――


「・・・悪い修平、俺ちょっともう無理そうだわ。 司の野郎とやり合ったのもそうだし、山を上り下りしたのもそうだし、もう疲れて身体が動かねーよ・・・」


「そうか・・・それなら、仕方ないな」


今のふてくされたような大祐には、恐らく何を言っても無駄だろう。

修平はあっさりとそう判断し、大祐を除く3人で、キューブの捜索へと向かった。


・・・。


それから10分後――。

この時間帯になると森の中はかなり暗く、修平はまだ1つもキューブを見つけられていなかった。


「さすがに、厳しくなってきたな・・・・・・今夜はストックしていたチップを使うしかないか」


ストックを減らすのは痛いが、それでも背に腹は代えられないと、探索を切り上げようとした時――


――!!


森に銃声が響いた。


「!?」


耳を澄ますと、怒鳴り声と悲鳴らしき声も聞こえてくる。


――いったい、どこから!?


直後、更なる銃声が鳴り響く。


――!!


するとその音を聞きつけたのか、別の箇所の捜索を担当していた琴美が、血相を変えて駆けて来る。

 

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「修ちゃん! 今のって銃声だよね!?」
「ああ。 誰かが襲われてるみたいだ」


――!!


「これって、あっちの方から・・・?」

 

そう言って、琴美が南西の方へ指を向ける。

途端に、修平の背筋は震えた。


「まずい! 瞳が担当しているエリアだ!」


瞳は銃を携帯していない。

もし彼女が巻き込まれているとしたら、必然的に襲われている側になるだろう。


「ど、どうしよう・・・?」
「琴美はここで待っていてくれ! 俺が瞳を助けに行く!」
「そんな――だったら、私も一緒に行くよ!」
「お前はダメだ。 自分のクリア条件を忘れたのか? もし瞳を襲っている相手が、お前のクリア対象だったら――」
「大丈夫、覚えてるよ。 でも、私にもできることがあるでしょ? PDAの特殊機能があれば、素数ナンバーのプレイヤーが見つかるかもしれない」


琴美が訴えるような目で見つめてくる。

恐らく、助けられてばかりいることを気に病んでいるのだろう。


「っ・・・わかった。 ただしPDAは、最初からボタン一つで使える状態にしておくんだ。 そして、危なくなったらすぐに逃げること。 いいな?」
「うん、分かった!」
「よし。 それじゃ、行くぞ」


・・・。


――ほとんど夜に近い森の中を、琴美と共に駆ける。

幸いにも木々の密度はあまり高くない。

空を見上げれば赤から青へのグラデーションが見える。

断続的に銃声が響いていることもあって、進むべき方向を心配する必要はないのだが――


その時、猛獣の唸り声のような音が、宵闇に沈む森へ鳴り響く。


――!!


「・・・っ!?」

 

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「なに、この音っ!?」
「・・・エンジン音だ。 多分、瞳のチェーンソーの」
「じゃあ、瞳さんは銃を相手にチェーンソーで戦ってるの?」
「いや、普通に考えれば、そんなわけは・・・・・・そうかもしれないな」


瞳の突飛な思考回路からすれば、ありえる話だ。

だが、銃にチェーンソーで立ち向かったところで、近付く前に射撃される。

どうあがいても、勝ち目などない。


「・・・ヤバいぞ、先を急ごう!」
「う、うんっ!」

 

修平は懐から銃を、琴美はPDAをそれぞれ取り出し、音源の方へと駆け出す。

落ち葉を踏みつけ、枯れ枝を蹴り、立ち並ぶ木々を避けてひた走る。

悲鳴、怒声、銃声、そしてチェーンソーの駆動音――

様々な音がない交ぜになって協奏する中、ようやく争いの場に到着し、


――そこで、信じられない光景を見た。

 

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「クソったれがぁっ!! 何なんだてめぇはよぉおォォっ!?」

 

 

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「修平様のメモリーチップを横取りしようとは・・・その罪、死をもって償うといいでしょう」

「クソぁ! 止まれオラアァァ!!!」


――!!


「オラ充、ボサッとしてんなぁっ!!」

「わ、分かってるけど・・・当てられる気がしないよ!」

「当たるとか当たらねぇとか下らねぇこと考えてんなボゲェ! いいから撃つんだよォっ!!」


――!!


――!!


チェーンソーを手に迫る瞳に対し、2人の男が銃を乱射する。

だが、瞳は素早く木陰に紛れ、放たれた弾丸を回避――


木皮が飛散する中、メイド服の裾で風を切りながら、次々と場所を移していく。


「な・・・なんだよ、あれ・・・?」
「・・・す、凄い・・・」


拳銃を持った相手に対して一歩も引かず、それどころか逆に追い詰めて行く瞳に、修平と琴美は呆然とした。


そして、すぐに――

 

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「ひ、ひぃいぃぃぃっっ!!!」

「おや、逃げましたね? では、まずはあなたから」


悲鳴を上げて逃げ出した眼鏡の男を、瞳がチェーンソーを手に追って行く。


「修ちゃん、瞳さんを止めないとまずいんじゃない? もし、あの眼鏡の人が素数ナンバーのプレイヤーだったら――」


言いかけて、琴美の顔が固まった。

修平もすぐその異変に気付き、慌てて琴美の視線を追いかける。

するとそこには、瞳が追わなかった方の男が立っていた。

 

 

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「・・・なんだよ、お前ら、あの女の仲間かぁ? このクソが! 散々やってくれたんじゃねぇか、なぁ? どう落とし前つけてくれんだよ、コラァ!!」


「っ・・・!」


どうやら今の、琴美の話を聞かれたらしい。

黒河の目は据わり、完全に敵意が向けられていた。


「しゅ、修ちゃん・・・!」
「・・・琴美、お前は逃げろ」
「け、けど・・・」
「いいから、さっきの集合地点まで戻っていろ。 早く!」
「っ・・・!」


残っても足手まといになると悟ってか、琴美が一歩引き下がる。

そしてPDAの特殊機能を発動させながら、琴美は森の向こうへ駆けていった。


「ちっ、かっこつけやがってよぉ・・・!」

「っ・・・」


銃を握る手に力が籠る。

だが、ここで銃は使えない。

誤って殺しかねないのだ。

そして、もし男が素数ナンバーだった場合、修平はその時点でゲームオーバーになるだろう。

だが、体格差は絶望的。

格闘戦になれば勝ち目はない。

それでも修平は、琴美の安全を確保するためにも、もう少し時間を稼がなければならない。


「・・・できれば穏便に済ませたいんだが、話をしないか?」

 

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「話だぁ? クハハハハッ――いいからてめぇは、くたばっとけっつーんだよ!!」

「ちっ・・・!」


問答無用で振り下ろされた男の拳を、転がるようにして回避する。


だが、その直後――


「オラァッ!!」


――!!


「い・・・づっ、く・・・!」


気がつけば、男の蹴りが腹部にめり込んでいた。

体重を乗せた、重い一撃――!

途端に胃液が喉元まで駆け上がり、全身から力が抜ける。


「オラ、まだ寝てんじゃねぇぞてめぇ!」


――!!


「づ、ああぁっ・・・!」


今度は顔面に、蹴りが飛んできた。

鼻血が零れ唇が切れ、鉄の味と酸味が口の中でぐちゃぐちゃに混ざる。


――!!


「ぶっ、うぐっ・・・!」

「オイオイ、勇んで向かってきたわりにはザマァねぇな!」


――!!


「げほっ・・・くっ・・・!」


蹴られ、転がされ、何度も踏みつけられる。

そんなぐちゃぐちゃの、激痛と腹の中を捏(こ)ね回されたような吐き気の中で、修平は思考する。


――このままじゃ、殺される。

――だったら・・・。

――殺されるぐらいなら、いっそコイツを・・・!


銃は最初の一撃で、取り落してしまっていた。

だが手を伸ばせば、すぐにつかむ事ができるだろう。

そう思い、修平が銃に手を伸ばしかけた時――


「くそっ・・・アイツ、戻ってきやがったのか・・・!?」


エンジン音のする方向へ、男が視線を向ける。

と、その直後――


男のこめかみをかすめて、巨大な何かが通り過ぎ――

――彼の背後にあった木の幹に激突した。


それは瞳が手にしていた、あの重いチェーンソーに他ならない。

地面に落ちたそれを見て、男が顔を青ざめさせて呻(うめ)く。


「っ、化け物がっ・・・!」


そうして脱兎のように走り出し、褐色の体は闇へと消え
――


入れ替わるようにして、瞳が修平の下へ駆けつける。

 

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「修平様っ!! ご無事ですかっ!?」
「・・・ああ、どうにか生きてるみたいだ・・・」
「これは・・・なんて酷いお怪我を・・・・・・あの男・・・次にあったら細切れにしてやる・・・」
「っ・・・瞳・・・ところで、もう1人はどうした・・・?」
「申し訳ございません。 思いのほか逃げ足が速く、取り逃してしまいました・・・」
「・・・そうか」


よかった、と心中で胸を撫で下ろす。

あの眼鏡の男にしても、素数ナンバーかもしれなかったのだ。

すると瞳が懐からハンカチを取り出して、修平の顔を綺麗にしていく。


「・・・申し訳ありません。 私が戻るのが遅れたばかりに、修平様をこんな目に・・・」
「・・・いや、俺は大丈夫だ。 それより、早く琴美と合流しないと・・・あいつも心配してるはずだ」
「・・・・・・そういえば、吹石様は?」
「先に逃した。 決めてあった集合地点に戻ってるはず――」
「逃げたのですか?」
「・・・?」
「修平様を置き去りにして、あの女は逃げたのですか?」


ふと気付けば――瞳の顔から、表情が消えている。


「いや、琴美は怪我してるんだぞ? そもそもあんな大男とは戦えないだろ」
「・・・・・・」
「それに・・・俺は琴美に・・・」
「もう結構です」


続くべき修平の言葉を打ち切って、瞳が立ち上がる。


「・・・瞳?」
「修平様が危ない目にあっていたのに、あの女は1人で逃げたのですね」
「はぁ?」
「・・・陰から見ていた時からおかしいと思っておりました。 あの女狐は色香で修平様を謀り、利用しようとしたのです。 そうに違いありません」
「おい、ちょっと待て、俺とあいつはガキの頃からの知り合いで・・・」
「・・・修平様はあの女のことしか見えていない・・・だから・・・私へも、振り向こうとしない」
「瞳、まさか、お前っ・・・!?」
「――あの女がいなくなれば、全て解決しますね?」


そう問いかけながら、瞳が地面に落ちているチェーンソーを持ち上げる。


「っ・・・ちょっと待て、瞳!」
「修平様はここで待っていて下さい。 あなた様を惑わす元凶を排除して参ります」


そして、猛然と走り出す。

止める暇もなく、瞳は、修平の視界から消えていた。


「・・・くそっ!」


瞳が精神的に危ないことはわかっていたが、まさかここまでとは思ってもみなかった。

とにかく、このまま瞳を放置しておくと大変なことになる。

瞳よりも早く、琴美を見つけなければならない。

男に痛めつけられた体を無理やり引き起こし、地面に落ちている銃を拾い上げ、どうにか立ち上がる。

そして軋む体を押して、走り出す。


「琴美・・・頼むから、俺が行くまで見つからないでくれよ・・・っ!」


・・・。


――修平が瞳の後を追い始めてから、5分が経っていた。

「琴美・・・」


いざこうして、琴美が狙われている状況になると、修平の胸は不安で張り裂けそうだった。

琴美のことが、心配でたまらない。

自分が狙われるよりも、自分が痛い目を見るよりも、琴美が危険な目に遭う方がよほど苦しい。

それくらい、大切な存在だったのだと、改めて気付かされる。


「くそっ・・・どうして・・・?


施設にいた頃、いつもの公園に、琴美が数日姿を現さなかった時のことを思い出す。


とある夏の日、焼き尽くすような太陽の下、修平は公園のベンチで立ち上る陽炎をぼんやりと眺めていた。

汗だくで、暑さでくらくらして、目の前が霞んでいたが、それでも動く気はしなかった。

いつも隣にいるはずの少女が、まだ来ていなかったからだ。

結局それは、風邪で寝込んでいただけの話だったが、今思えば、あの時も同じような不安を抱えていた。

琴美に何かあったんだろうか、と。

琴美もまた、自分の前からいなくなってしまうんだろうか、と。

数日後に琴美がやってきた時、照れ隠しで強がってみせたのだが、内心ではまた来てくれたことに、心底胸を撫で下ろしたのだ。

それをきっかけに、琴美との距離が近付き――今の関係がある。


「琴美・・・」


いつだって、大切なものは無くしそうになってから気付いた。

大半は、そのまま失って肩を落としてきた。

手垢と思い出だらけの家は売り払われ、両親は亡くなり、兄妹はバラバラになってしまった――

後悔と絶望は尽きず、最初から大切なものなど何も持たなければいいとさえ思った。

そんな修平に、何かをまた持ちたい、誰かと一緒にいたいと思わせてくれたのは琴美だ。

黙って同じ空を見上げてくれた琴美が、大切なものを持つことの意味を教えてくれた。

修平がどれだけ邪険にしても、どんなに追い払っても、彼女は根気良く彼の後を追いかけてきた。

琴美がいたから、今の修平があった。

琴美がいてくれたから、今の修平になれた。

琴美は、修平の恩人であり、何よりも誰よりも大切な人だった。


「また、失うわけにはいかない・・・」


無くせない。

これだけは無くすわけにはいかない。

たとえ命と引き換えにしてでも、琴美だけは守らなければならない。

もしも、彼女が失われるようなことがあれば・・・。


その時は――

 

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「――修ちゃん!」

「琴美っ!?」


ふと気付けば、琴美が目の前に立っていた。

いつの間にか、集合地点に辿り着いていたらしい。


「し、修ちゃん、その顔・・・っ!」


琴美が、酷い有様になった修平の顔を見て息を呑んでいる。

しかし、そんなことは修平にはどうでもよかった。


「琴美っ・・・!」

「し、修ちゃん!?」


押し殺した感情が爆発して、思わず琴美の身体を抱き締めていた。

強く強く、琴美の細い身体が壊れそうなほどに・・・。


「生きててくれてよかった・・・本当に・・・」
「その、顔、酷いことになってるよ!? 早く消毒とかしないと!」
「そんなの、どうでもいいっ!!」
「しゅ、修ちゃん・・・?」
「琴美が生きててくれさえすれば、俺はそれでいいんだ・・・! 琴美のためだったら、こんな傷くらい何でもないんだ・・・! だから、お願いだから・・・俺を置いていかないでくれ・・・」
「っ・・・!」


・・・。

 

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「ありがとう、修ちゃん。 大丈夫。 私はどこにもいかないよ。 ずっと修ちゃんと一緒だって、約束したもん」


泣いている子供をあやすように、琴美の手が修平の髪を優しく撫でる。


「・・・だけどね。 私、修ちゃんを見てると不安になるの。 私のために無茶をして、我慢をして、いつか修ちゃんの心も身体もボロボロになってしまうんじゃないかって。 だから、私のために修ちゃんに怪我なんてして欲しくない。 今だって、こんなにぼろぼろになって・・・」
「いいんだ」
「よくない。 そんなの全然よくないよ! もし、修ちゃんが先にいなくなっちゃったらどうするの? 私だけ・・・一人ぼっち? それが一番辛いことだって、一番良く知ってるのは修ちゃんじゃない!」
「・・・・・・」
「自分だけ幸せならそれでいいの? そんなの子供の我侭だよ。 自分勝手だよ。 私のことなんか全然考えてくれてないよ! そんなの・・・残酷すぎるよ」
「いや、そうじゃなくて俺は・・・っ!」
「・・・修ちゃんは、ほんとは私でなくてもいいんじゃない?」
「え・・・?」
「本当は、自分の傍にいてくれる人なら誰だって――」
「ち、違うっ! 俺は琴美のことが――!」


慌てて琴美の身体を離して、俯いた彼女の顔を覗き込む。

そこには、ニッコリと笑顔を浮かべて修平を見つめ返す琴美がいた。


「あ・・・れ?」
「フフッ、こんなベタな手に引っかかるなんて、修ちゃんはまだまだだね。 で? 『俺は琴美のことが――』の続きは?」


――やられた。


全身が脱力して、安堵と気恥ずかしさが交じり合った大きなため息がでた。


「はぁ・・・まったく、琴美にはかなわないよ」
「当然です。 だって私は、修ちゃんよりお姉さんだからね」
「・・・悪かったな。 なんか琴美がいないことに勝手に一人で不安になって、感情が抑えられなくて・・・。 ほんと、お前がいないと俺はどうしようもないダメ人間だ」
「・・・いいよ」


琴美の両手が修平の頬を包み込んで、近付いたおでことおでこがぶつかる。

キスしそうなほど近い距離で、ただお互いの吐息を感じていられることに安堵する。


「・・・で?」
「ん?」
「『俺は琴美のことが――』の続きは?」
「あー、まだ引っ張るのかよ。 それ・・・」
「ね、お願い・・・ごまかさないで、教えて。 こんな時だけど、こんな時だから、言葉にして教えて欲しいの」


間近で見つめる琴美の瞳は、さっきみたいに冗談じゃなくて、今度こそ真剣だった。

ならばと、覚悟を決めて、その言葉を伝えるために息を吸い込む。


「・・・俺は、琴美を――・・・やっぱやめた」
「ええーー! 修ちゃんの意気地なし! 男らしくないよ! かっこ悪いー!」
「・・・うるさいな。 少し、黙れよ」
「あっ・・・」

 

 

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この世界でただ一人、何者にも代える事の出来ない大切な存在――

心から愛する人――

それを伝えるのに、今は言葉なんていらない――


 

・・・。

 


「――修ちゃんが戦っていた金髪の男の人だけど、名前は黒河正規、プレイヤーナンバーが『8』。 クリア条件は『クリア条件を満たしたプレイヤーのPDAを3台以上所持する。 ただしJOKERは除く』」


琴美がPDAの画面から顔を上げて、修平に向き直る。

2人は木陰に隠れて身を寄せ合いながら、黒河にやられた傷の応急処置をしていた。

琴美を探しているであろう瞳の姿も、今はない。

 

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「修ちゃんが探していた素数のナンバーじゃないね」
「ああ、だけど琴美のクリア条件に該当するプレイヤーだ」
「ええっと・・・つまり、私はあの人に危害を加えちゃいけないってことかな?」
「ああ、そうなるな・・・琴美、あいつには気をつけろ。 お前にとっては厄介な相手だ」
「え? なんで? 私はあんな怖そうな人に喧嘩売ったりしないよ?」
「そうじゃない。 別にお前が誰かを傷付けるなんて思っちゃいないよ。 問題は、ああいう好戦的なプレイヤーから、琴美が自分の身を守れないことだ。 たとえ正当防衛だったとしても反撃すればゲームオーバー・・・わかるだろ?」
「そっか・・・うん、わかった」


あの金髪の男――

黒河との接触で、修平は危険な目に遭ったが、プレイヤーの情報と引き換えならそれなりの戦果といってもいいだろう。

黒河のクリア条件については、それほど考慮すべきことはない。

複数のプレイヤーのクリア達成が必須という意味では、修平の条件と似たような内容だ。

一見すると修平の条件より自由度が高く、難易度は低いように感じられる。

だが琴美やまり子、瞳や初音のようにゲーム終了段階でクリアが確定する条件持ちが多いルール上、一概に楽な条件とは言えない。

修平はホッと胸を撫で下ろした。

もし黒河が素数のナンバーであった場合、修平のクリア条件の難易度が跳ね上がってしまうところだった。


「・・・まあ、運営の連中がゲームバランスを考えていてくれることに期待するしかないな」
「うん? なんの話?」
「いや、プレイヤー毎のクリア条件の難易度が理不尽だって思ってさ。 そんなことより、そろそろ移動しよう、瞳が戻って――」


「・・・しゅうへい・・・さま」


「っ!?」

 

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修平はその声がした方向へ、ゆっくりと振り返る。

瞳はそこに、音もなく現れていた。

その手には、相変わらずのチェーンソー。

今は起動していないが、凍えるような冷たい目を見れば、すぐにでもそれが唸りを上げることは明白だった。

 

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「・・・ひ、瞳さん?」

「琴美、俺の後ろに隠れろ」

「う、うん・・・」


どう見ても、瞳は尋常ではなかった。

口に薄ら笑いを貼り付け、そのくせ目は凍ったように色がなく、ただ冷たさだけを湛えて琴美のことを見据えている。


「・・・修平様・・・私が排除して差し上げると言っていたのに、まだその女と一緒にいたのですか」

「・・・まだも何もない。 琴美とは最初からも、これからも一緒だ」

「ああ・・・いけませんね。 それだけはいけません」


ふるふると首を横に振りながら、瞳が壊れたテープレコーダーのように同じ言葉を繰り返す。

その異様な姿に、琴美が1歩後ずさる。


「ど、どうしちゃったの、瞳さん・・・?」

「・・・お前と俺が一緒にいるのが気に食わないらしいな」

「・・・・・・」


修平の声が聞こえたのか、ぴたりと瞳の呟きと動きが止まる。

それから、ぎょろりと眼球だけを動かし、修平を見据えた。


「なぜわかっていただけないのです? その女狐は、修平様にとって害悪にしかならないというのに。 私は、ただ修平様をお守りしたいだけなのに」

「・・・琴美は、お前が考えているような人間じゃない」

「人は生まれもって悪を内包するものです。 利己的で、傲慢で、欲深い。 我が身可愛さで、修平様を見捨てたその女のように」

「瞳。 お前がどんな過去を経て、そんな結論に至ったのか俺にはわからない。 だが、一つだけ忠告しておく・・・。 もし琴美に手を出したら、俺はお前を許さない」

「・・・・・・まあ、いいです。 人である以上は、過ちというものは犯すものですから。 『罪を憎んで人を憎まず』・・・私がするべきことは、修平様を憎むということではないはずです。 憎むべきは、罪ということですよね?」

「っ・・・!」


その禍々しさと品位が同居したような笑顔に、修平の背筋が凍り付く。

愛しくてやまない、母性すら感じさせるその雰囲気は、圧倒的な善意に充ち満ちていて――

そして、吐き気がするほど気味が悪かった。


「大丈夫です。 私は全てを受け止めます。 それはメイドとしての責務であり、私の心からの幸福でもありますから」


修平は初めて、『善意というのは悪意と全く同じである』ということを、心の底から理解した。


「ご主人様の本当の幸せこそが、私の本望ですから」

「俺は・・・お前のご主人様じゃない」

「いいえ、もうあなたしかおりません。 ですから――」


――!!


「ひ、瞳・・さん・・・?」

「・・・今、あなたの懐に潜む害虫をゴミのように挽き潰してみせましょう!」


もう、言葉を交わす余地もない。

瞳の主張が純然たる善意によるものである以上、修平が幾ら言っても曲がることはないだろう。


「・・・逃げるぞ、琴美!」

「う、うんっ! でも、どこに逃げるのっ!?」


走れる程度には修平も回復しているが、行く当てがなかった。

幸いなことに、チェーンソーという重石付きなら足の速さは常人レベルのようだが、それでもいつか追いつかれる。

そんな状況で、果たしてどうすれば――


「・・・それ以上来るな! 近付けば撃つ!」


銃口を向け、追いすがってくる瞳に退却を促す。


「できれば撃ちたくない! 退いてくれ!」

「・・・お優しいですね、修平様。 ですが、お気遣いなく。 修平様のためなら、私は命をも投げ出す覚悟ですので」

「くっ・・・!」


――!!


敵意すら包み込む瞳の全肯定に、修平はやむなく引き金を引き絞った。

だが、瞳はそれを木の陰に入って難なく回避し、すぐさま追撃を再開させる。


「修ちゃん、このままじゃ・・・っ!」

「わかってる! だけど、相手があれじゃ・・・」


逃げ続けても追いつかれる。

この距離では銃が通用せず、残弾にも限りがある。

近距離戦も、修平なら殺されはしないだろうが、勝てる要素がない。

せめて、瞳になにか弱点があれば――


「そうか・・・っ!」


人間としての瞳には弱点などないだろうが、同じプレイヤーとしてなら、誰もが抱える弱点がある。

くるりと180度反転し、瞳と真っ向から向かい合う。


「修ちゃんっ!?」

「先に行ってろ! 必ず後を追う! 必ずだ!」

「う、うん!」


琴美がそのまま走り去り、逆に瞳が追いついて来る。

距離は、およそ5メートル――。


もしもチェーンソーが振るえるのであれば、1秒後には死んでいる間合い。

 

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「修平様・・・!」


ようやく戻ってきてくれたのですね、とでも言わんばかりに、瞳の表情が明るむ。

そこに、修平は『本当に』飛び込んでいった。


「えっ!?」


チェーンソーに真っ直ぐ突っ込んできた修平を見て、慌てて瞳がブレーキをかける。

修平に当たりそうな得物を、体ごと後ろへ逸らしにかかる。

その隙に、修平が瞳へと組み付いた。


「・・・修平様っ!? なにをっ!?」
「・・・よしっ、これでどうにか・・・!!」


チェーンソーを軽々と操る瞳に、力で勝てるとは思っていない。

だから修平の狙いも、押さえつけること以外にあったのだが――


「・・・おいたは、いけませんね」

「っ――!?」

 

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瞳の左腕が、修平の首筋を万力のように締め上げ、体を宙に持ち上げる。


「う、ぐあっ・・・!」

「お帰りなさいませ、修平様。 お待ちしておりました。 残念ですが、まだ今日のお食事の用意はできておりません。 もう少ししたら、栄養たっぷりの挽肉をごちそうできるかと思いますので、今しばらくお待ち下さいませ」

「悪いが、俺はそんな趣味の悪いものを食う気はない・・・!」

「この状況でも屈することのない強靭な意思をお持ちなのですね。 素敵です。 修平様に惚れ直してしまいました」

「くっ・・・!」

「私、もっと、もっと修平様のことを知りたいです。 修平様は、どんなことを喜ばれるのか、どんなことにお怒りになるのか。 どんなことに哀しまれて、どんなことを楽しまれるのか」

「じゃあ・・・俺にも、教えてくれよ」

「はい?」

「PDAを失った時、お前がどんな顔をするのかをな・・・っ!」

「なっ・・・!?」


修平の手の中には、すでに瞳のPDAが握られていた。

それを躊躇なく、山の斜面に向かって投げ捨てる。


「し、修平様・・・っ!?」

「ぐっ・・・ほ、ほら、早く拾いにいかないと、本気でPDAを無くしちまうぞ?」


斜面がどこまで続いているか分からないが、夜の森では探すのも一苦労のはずだ。

瞳の腕から力が抜け、修平の体が地面へ落ちる。


「全く・・・修平様ったら、いたずら好きなのですね。 そんな修平様も好きですが、たまには素直なところも見てみたいです。 ・・・まあ、それは後ほど、たっぷりと見せて頂きますか」


それでは、と言い残して、瞳が斜面を駆け下りていった。


「何とか、上手くいったか・・・。 早く、琴美と合流しないと・・・!」


痛みに軋む体を引き起こして、再びふらふらになった体で修平が歩き出す。

どれだけ時間を稼げるかは分からなかったが、より遠くに逃げなければ――

 

・・・。

 

しかし、そうやって必死に時間を稼いでも、結局は徒労に終わった。

琴美に合流した直後に、再びエンジンのアイドリング音が響き始めたのだ。


「くそっ・・・早すぎるだろ!」


森の暗がりの中、月影に明滅するメイド服が、どんどんと大きくなってくる。

先ほどと同じ手は、もう通用しないだろう。

ここまできたら、覚悟を決めるしかない。


「止まろう、琴美」

「え、修ちゃん・・・?」

「・・・瞳を撃つ。 今度は、当てるつもりで」


たとえ、瞳を殺すかもしれなくても――

ここで、確実に琴美を守るためには、銃で命を奪う決意を固めなければならない。


「修ちゃん、そんな・・・っ!」

「これ以外に方法はない! 下がっていろ!」


腕を伸ばして銃を構え、疾駆してくる瞳を照準の中に収める。

狙いは胴体の中心――メイド服のエプロン部分。

走り続けて荒げた息を深呼吸で整え、鼓動に震える手を二つ添えて、ゆっくりと引き金を引き絞る。

だが、その時――


――!!


「・・・なんだっ!?」


修平が握った銃からは、硝煙が上がっていない。

銃声は、別の場所で鳴り響いたのだ。

そして修平が、そちらの方を見上げると――


「――そこまでよ!」


と、その時、空から凛とした声が降ってきた。

瞳の足が止まる。

修平と琴美も驚きに目を見開く。

そうして、3人で見上げる先にあったのは――燃えるような赤い髪。

冴え冴えと輝く満月を背負い、1人の女がそこにいた。

 

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「今すぐ争いを止めなさい! この場は私が預かるわ!」


修羅場に乱入してきた女が、高らかに宣言する。

強い意志がそのまま表れた鋭い眼差しで、眼下の3人を睥睨(へいげい)する。


「そのまま動かないで。 武器を持ってる2人はそれを捨てなさい。 言うことに従わないなら・・・実力でいくわよ!」


木の上で仁王立ちしたまま、女が顎で指示を出す。

しかし、それに瞳が食ってかかった。


「どうして、あなたの指示に従う必要があるのです?」

「どうしてもこうしてもないわ。 理由はいいから従いなさい」

「それで言う事をきくと思っているのですか?」

「だから、言ったじゃない」


女が目を細め、小さく鼻を鳴らす。

それから、キッと眼下の瞳を睨み付け――


「従わないなら・・・実力でいくってねっ!」


樹上から、瞳へ向かって飛び掛かった。

 

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落下しながら、女が右の回し蹴りを放つべく、大きく振りかぶる。

しかし瞳にそれを恐れる様子はなく、逆に足を掴み取ろうと腕を伸ばす。


「残念でした。 そんな大振りな蹴りでは――はっ!?」


――!!


「誰が右からいくって言ったの?」


瞳が悠奈の右回し蹴りを掴み取ろうとしていたのに対し、女は、瞳の顔面を左足で踏みつけていた。


「あんなバレバレなモーション、フェイクに決まってるでしょ!」

「・・・なるほど。 口だけではないようですね・・・ならば、それ相応の対応をさせていただくまで!」


顔を蹴られたのが余程頭にきたのか、瞳が血走った目でチェーンソーを振り上げる。

そのチェーンソーへ向けて、女が抜き撃ちで銃弾を叩き込む。


――!!


「!?」


銃弾の衝撃がチェーンソーを伝い、瞳の体が後方へ泳ぐ。

しかし、一発だけでは終わらない。


「なっ・・・!?」


連射、連射、連射――!!


ベレッタの引き金を絞り、マガジンに入っている弾全てをチェーンソーへと吐き出しにかかる。


「・・・ふぅ」


ようやく静かになったころ、女が小さく息をつく。

そんな一仕事終えた風の彼女とは対照的に、硝煙の臭いが漂う中で、瞳が珍しく困惑を顔に浮かべる。

 

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「もう役に立たないわよ、あなたの得物」

「はい・・・?」


瞳が慌てて手元を見てみれば、そこには、ガイドバーのひしゃげたチェーンソーがあった。

エンジンは無傷だが、緩んだ鎖刃が外れかかっているため、回転させるのは不可能だろう。


「これは!? よくも私の得物をっ・・・!」

「悪いけど、私は誰も死なせるわけにはいかないの。 だから、これ以上争うっていうなら全力で止めるわ」


そう言って、女が瞳を真正面から見つめる。


「・・・・・・この状況だと・・・修平様だけを殺さずに収めるのは難しいですね」

「・・・あんたね。 人の話聞いてる?」


何か言おうとする彼女に瞳が背を向け、修平の方へと向き直る。

 

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「修平様、今日はお暇させて頂きます。 また今度、お世話に参りますので。 それでは、失礼いたします――」


薄汚れたエプロンドレスの裾を持ち上げて、瞳が優雅にお辞儀をする。

それから壊れたチェーンソーを手に、闇の中に溶け込んでいった。


「・・・はぁ、助かったか」


心底安心した様子で女が肩の力を抜く。

 

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「あ、あの・・・」

「うん? ああ、君たちか。 随分と厄介なのに付きまとわれてるみたいね」

「・・・あんたは何者だ?」

「・・・まあ、そりゃ当然の疑問よね」

「助けてもらったことには感謝する。 だが、その銃の腕前といい、あいつと対等に渡り合う力量といい、只者じゃないな」

「私は藤堂悠奈よ。 とりあえず、君たちに敵意はないから、それだけは安心して。 さっきも言った通り、私の目的は誰も死なせないことなの」

「その辺りについても、詳しく事情を聞かせてもらえるか?」

「別にいいけど、そこの彼女も限界みたいだし、続きは後にしない?」

「・・・あ」


言われて見れば、琴美の顔色は青ざめ、膝に手をついて辛うじて立っているような状態だった。

食事も満足に摂れていない状況で、命からがら逃げて回っていたのだから、当然と言えば当然だ。


「今日は私のところに来なさい。 食べるものもあるし、山小屋だから野宿よりは休めるわよ」

「・・・・・・」

「もちろん、私のことが信用できないなら、無理強いはしないわ」

「・・・いや、ありがたくお言葉に甘えるよ」

「いえいえ、どういたしまして」


悠奈が、清々しいカラッとした笑みを浮かべる。

その裏表のない笑みに、修平は警戒する気も完全に抜かれて、ようやく深い息をついた。


・・・・・・。

 

・・・。

 

――修平たちはその後、悠奈に連れられ、山小屋に向かった。

優しげな顔の少女が、修平たちを迎え入れる。

 

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「あ、お帰りなさい悠奈さん・・・って、また誰か連れて来たんですか?」


そう言う少女の傍らには――


「藤田くん!? 琴美さん!?」


まり子が修平たちを見るなり、驚きの声を上げる。

 

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「ま、まり子さん!?」

「まり子さんも、悠奈さんと一緒に行動してたの!?」

「う、うん。 藤田くんたちに置いて行かれたあと、悠奈さんに出会って・・・」

「お、置いていかれた? ちょっと待ってくれ、それは逆だろ?」

「え?」

「俺たちは、朝起きたらまり子さんがいなくなってたから、捜し回って・・・」

「え、え?・・・あ、もしかして・・・!」


そこまで話したところで、まり子がはっと息を呑んだ。


「わ、私、誤解してた・・・!?」

「誤解? 誤解って?」

「あの、今朝ね・・・私、朝早く起きて、独りでチップを探していたの。 皆が起きる前にメモリーチップを手に入れて、それで驚かせようと思って・・・!」

「あ、じゃあ何か? 俺たちはまり子さんが出て戻ってくる前に起きて――まり子さんが戻ってくる前に小屋を出て、それきり会えなくなってたって事か」

「どうやらそうみたいね・・・ご、ごめんね、勝手な行動して・・・」

「いや、こっちこそ・・・」

「うん。 まり子さんが戻ってくるのを、ちゃんと待ってればよかったんだね」


肩を落とす修平と琴美に、悠奈が明るく言う。

 

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「まーなんだかよくわからないけど、誤解が解けたようで何よりじゃない?」

「ですねー。 また仲間が増えましたね~」


緩い声で言う少女に、修平も琴美も思わず笑みを浮かべる。

そして遅まきながら、互いに自己紹介を始めたのだった・・・。

 

・・・。

 

 

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――そうして修平たちが、悠奈たちと邂逅(かいこう)していた頃――


他のプレイヤーたちもまた、それぞれのコミュニティを築いていた。

司は、玲や初音と共に行動し・・・。

黒河は、充と共に行動していた。

だが一部のプレイヤーは未だ、単独行動を貫いていた。

真島章則もまた、そうしたプレイヤーの1人だった。

 

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「・・・あった。 久しぶりに見つかったな」


真島はフィールドの南側で、独りメモリーチップ集めに勤しんでいた。

食料の確保というのもあるが、それ以上に、真島のクリア条件を満たすためというところが大きい。

『未使用のメモリーチップを10個以上所持する』――それが、真島のクリア条件である。

今見つけたので、これでストックは2枚目。

だが、そのうち1枚は今日の分の夕食で消えてしまうから、残りは9枚となる。

先は長い。

キューブの数にも上限があるだろうし、早めに見つけておきたいところだ。


「・・・やはり、できればここから脱出する手段が見つかるのが一番だろうな」


真島は他のプレイヤーと異なり、ゲームに参加すること自体を不毛だと考えていた。

一般人を拉致してくるような犯罪者の言うことだ。

仮にクリア条件を満たしたところで解放して貰える保証などどこにもない。

ゲームのルール上、フィールドの外に出ることは禁止されていたが、この広い敷地の全てを運営が監視し続けるのは難しいはずだ。

監視カメラの目を逃れた上で、エリア外への脱出、もしくは連絡を取る手段が見つからないかと考えていた。

そのために、悠奈や結衣と別れた後は、ずっとフィールドの外周を回ってきていた。

しかし、収穫は未だゼロ。

脱出できる道は見つかりそうになかった。

ならば今度はエリアぎりぎりに沿って歩きながら、キューブを探していこう。

真島はそう思い、再び歩き出した。


――そして、しばらく歩いたところで――


「・・・むっ・・・!」


真島はふと足を止めた。

キューブを見つけたのではない。

行く手の森の中、エリアの外と中の境目に、白骨化した死体が落ちていたのだ。

そしてその死体は、薄汚れたリュックサックを背負っていた。


「まさか、前回、あるいはその前のゲームの参加者が、ここで力尽きたのか・・・?」


これ見よがしに死体を放置しているところを見ると、これは運営の演出だろう。

この死体を使って、ゲームが真に命がけのものだと、次なるプレイヤーに示しているのだ。

その意図に不快感を覚えながらも、真島は死体に歩み寄る。

リュックの中に、何か使えるものがないか、調べようと思ったのだ。


「・・・すまんな」


信心など皆無の真島だが、一応死体に手を合わせ、それからそっとリュックを開ける。

そして中に入っているものを、1つ1つ出していった。

出てきたのは、腐った缶詰を壊れたPDA。

そして古びたメモ帳だった。

表紙をめくると、いきなり水分とカビで癒着したページ群が出迎えた。

それに顔をしかめつつも、真島は何とか読めそうなページを探していく。

月明りに照らして拾い読みすると、次のような文章が見て取れた。


「『・・・により、ステージがランクアップ・・・セカンドステージへ突入・・・更新され・・・』、ステージがランクアップ・・・?」


よく分からないが、今、自分たちがやっているゲームには、先があるということだろうか。

だがその先はボロボロで、とても読めたものではない。

 

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「・・・ま、こんなものは当てにならんだろうしな」


そう思い、真島はメモ帳をその場に捨てた。

と、その直後――


――!!


「ぐっ!」


真島の足に、痛みが走った。


「な・・・!」


真島は思わずうずくまった。

見れば右足の甲に、黒い矢が突き刺さっている。

そこから熱い痛みが広がり、血が溢れ出した。


――まずい、狙撃を受けている!


真島は危険を感じ、這うようにしてその場を離れた。

そして樹の陰に隠れ、周囲を窺った。


「どこから狙ってきている・・・!?」


暗がりの中、目を凝らし、敵の姿を探る。

しかし、敵の姿は見えない。

第二射が来るかと思ったが、それもいつまで経ってもこない。

そのまま10分ほど警戒を続けていたが、敵はもう攻撃をして来なかった。


「に・・・逃げたのか・・・?」


真島は怒りと戸惑いを感じつつ、そう呟く。

今のはなんだったんだろう。

なぜいきなり攻撃してきて、そのくせ追撃は一切してこなかったのか。

最初の矢傷にしても、別に致命傷というわけではない。

痛い事は痛いが、歩けないほどではない。

後ほど手当てすれば、ゲームの続行は可能だろう。

敵の目的がいまいち、真島にはわからなかったが――


「・・・とはいえ、気を引き締めなければならないようだな・・・!」


どうやらこのゲームは、自分が考えているより危険なゲームのようだ。

真島はそう思いながら、足の傷の手当てを始めた。


・・・。