―PDA DATA―
■上野まり子(うえの まりこ):プレイヤーナンバー『A』
クリア条件:『3時間以上離れずに指定したパートナーと行動する』
特殊機能:『半径2m以内にいるプレイヤーの首輪を指定して爆発させる』
■粕谷瞳(かすや ひとみ):プレイヤーナンバー『2』
クリア条件:『12時間以上同じエリアに留まらない』
特殊機能:『半径100m以内にあるPDAにメールを送信する。 一度メールを送ったPDAには範囲外からでも送信ができる』
■藤田修平(ふじた しゅうへい):プレイヤーナンバー『4』
クリア条件:『素数ナンバーのプレイヤー全員のクリア条件を満たす』
特殊機能:『半径10m以内にあるPDAの特殊機能を無効化する』
■吹石琴美(ふきいし ことみ):プレイヤーナンバー『6』
クリア条件:『自分を中心とした5つ並びのナンバーに危害を加えない』
特殊機能:『半径10m以内にいるプレイヤーのナンバー、クリア条件を表示する』
■真島章則(まじま あきのり):プレイヤーナンバー『7』
クリア条件:『未使用のメモリーチップを10個以上所持する』
特殊機能:『半径10m以内にいるプレイヤーのメモリーチップの所有数を表示する』
■黒河正規(くろかわ まさき):プレイヤーナンバー『8』
クリア条件:『クリア条件を満たしたプレイヤーのPDAを3台以上所持する。 ただしJOKERは除く』
特殊機能:―不明―
■蒔岡玲(まきおか れい):プレイヤーナンバー『9』
クリア条件:『JOKERのPDAの所持』
特殊機能:―不明―
■伊藤大祐(いとう だいすけ):プレイヤーナンバー『10』
クリア条件:『10人以上のプレイヤーとの遭遇』
特殊機能:『半径1m以内にいるプレイヤーの死亡時、このPDAのプレイヤーを除く半径5m以内のプレイヤーの首輪を爆発させる』
■藤堂悠奈(とうどう ゆうな):プレイヤーナンバー【J】
クリア条件:『最終日までの生存』
特殊機能:―不明―
■阿刀田初音(あとうだ はつね)プレイヤーナンバー『Q』
クリア条件:『プレイヤー全員の生存』
特殊機能:『半径20m以内に他のPDAが接近すると警告をする』
■三ツ林司(みつばやし つかさ):プレイヤーナンバー『K』
クリア条件:『クリア条件を満たしたプレイヤーが3人以上』
特殊機能:―不明―
・・・。
――もしもこの手に拳銃が握られていたら、目に映るやつらをみんな撃ち殺してやるのに。
修平はいつも、そんなことを考えながら世界を見つめていた。
『殺人者』とは、果たしてどれほどの罪があるのだろうか。
快楽的な殺人の場合は?
突発的な殺人では?
精神異常者による殺人では?
やむにやまれぬ殺人では?
普通は――人を殺しに駆り立てる、その様々な動機に応じて罪が決まる。
法治国家であれば、当然のことだ。
ならば、『殺人者の家族』というのは、果たしてどれほどの罪があるのだろうか。
法治国家であれば、罪には問われない。
当然のことだ。
当然のことのはずなのに・・・
母は、その罪に苛まれていた。
修平がそのことを理解したのは、母を失い、児童養護施設に入ってしばらく経った頃・・・
終身刑で服役中だった父が獄中で自殺したのと、丁度、同じくらいの時期だった。
修平は自分の『父』というものを知らない。
少なくとも、父と過ごした幼少時代の記憶が彼の中には存在しなかった。
生前に母が何度か、写真を見せてくれたことがある。
母の肩に手を回して微笑む男の顔は、今にして思えば自分とよく似ていた。
獏然と、父親というものに興味と憧れを抱いていた。
しかし、ある日・・・
『お前の父親は人殺しだ』
養護施設の同じ宿舎に住んでいた3つ年上の少年から、そう言われた。
子供たちばかりか、親代わりである職員までもが、まるで腫れ物に触るかのように修平に接してきた。
幼心に、その待遇が『普通ではない』ことを、修平はありありと感じた。
例えばクリスマス、児童養護施設にサンタからの贈り物が届く。
プレゼントに群がる子供たち。
それを見て顔を綻ばせる職員たち。
しかし、修平がそこに近づき、プレゼントに手を伸ばそうとした瞬間、全てが変色した。
子供も、大人も、全てが修平の顔色や動向を窺って、まず修平の好きにさせた。
人殺しの子供とは、争わない方がいい。
その子には、人を殺す遺伝子が備わっている。
そんなことを、修平を除く全ての人間が無意識下で信じていた。
『予約された殺人』に対する罪を、平然と問うていた。
父が犯した犯罪について、修平は、当時の記録を調べてみたことがある。
国内の多くのメディアが、父を冷徹非情な殺人鬼だと報じていた。
子供心に知り得る余地もなかった、母の苦労を窺うことができた。
――それにしても、おかしなものだ。
息子である修平すら知り得なかった父の人間関係や、青年期の生い立ちを、新聞の記事で知ることができるのだから。
しかし、修平は父の過去や、彼が犯した罪が知りたかったわけではない。
何度も何度も、あらゆる方向性から事件を調べ直してみても、修平が知りたい事実はどこにも見つからなかった。
金銭目的か、情欲に駆られたのか、人間関係のトラブルか・・・
様々な憶測が飛び交う中・・・結局、殺人の動機だけがわからなかった。
もしもこの手に拳銃を握られていたら、目に映るやつらをみんな撃ち殺してやるのに。
いつも、そんなことを考えながら世界を見つめていた。
――周囲が、自分を見えない罪で罰するというなら、自分は、見えない銃で殺人をしてやろう。
修平は、目に見えない銃を持ち、道行く人を片っ端から殺した。
昨日は15人、今日は20人、明日は25人――
それは幼い子供にできる、理不尽な社会への精一杯の反抗だった。
父と、母と、きょうだいと、修平にとっての唯一の居場所を奪い取った、不条理な神への報復だった。
老若男女を問わず、目に付く相手、目があった相手を文字通り皆殺しにした。
初対面の人間は会った瞬間に殺した。
なのに――尽くしても尽くしても、満たされることはなかった。
なぜなら、彼の右手に握られた銃は実在しておらず、満たされるべき血液は、ただの一滴も流れていなかったからだ。
満たされない少年の鬱憤は、日に日に募っていく。
いつしか、職員や子供たちの怯えは、『遠い未来の殺人』から『すぐ明日の殺人』へとすり替わっていった。
修平はもはや、撃鉄を起こされた銃のように、扱いを間違えば人を傷つける存在になっていた。
そんな彼に近付く人間など、いるわけもなく――
修平は施設の中でも外でも、完全に孤立していった。
そうして、殺伐とした日々を送っていた最中のある日。
修平は、誰もいない夕暮れの公園で1人の少女を見つけた。
施設から程近い公園は、日中であれば多くの子供たちで賑わっている。
しかし、夜の帳が落ち始めたこの時間帯に人影を見かけることは少ない。
たった1人、砂場で黙々と砂の城を造る少女の姿は異質だった。
少女の顔に見覚えはない。
見るからに育ちの良さそうな服装からして、施設で暮らす子供ではないだろう。
その様子を眺めていた修平の心の中で、醜悪な感情が鎌首をもたげた。
――今なら、誰も見ていない。
少女が泣こうが喚こうが、その声はどこにも届かない。
空想でしかなかった『殺人』を現実のものにする、絶好の機会ではないか。
あの少女には、罪も穢れもない。
優しい両親の下で、なんの不安もない安穏とした生活を送っていたのだろう。
だから――殺す。
なんの理由もないから、殺す。
かつて修平自身がそうであったように。
修平から全てを奪った理不尽な社会に、不条理な神に、復讐するために。
無意識のうちに、修平の足は彼女の無防備な背中へと歩み寄っていた。
その気配に気がついた少女が、修平に振り返る。
修平の濁った瞳が、少女を見下ろす。
純粋で無垢な瞳が、見知らぬ少年を不思議がるように見上げている。
「オイ、お前・・・」
「えっ・・・?」
「なぁ、俺と一緒に遊ばないか? 1人じゃつまらな――」
「うんっ!!」
「・・・・・・」
あまりの即答に、少しばかり意表を突かれた。
少女は心底嬉しそうに、満面の笑みを浮かべてはしゃいでいる。
――なんて、無防備で愚かな女だ。
今から殺されるとも知らずに、無邪気に笑っている。
「ねぇねぇ! なにしてあそぶのっ!?」
「・・・そうだな。 とても楽しいことだ」
「楽しいことっ!?」
「・・・ああ、今から俺がお前を――殺すんだよ」
「ころす・・・?」
言葉の意味が理解できず、少女が首を傾げて悩み始める。
その、狼の前にいることも分からない童話の少女のような様子に、修平は密かに口の端を歪めていた。
彼の頭の中に渦巻くのは、その年頃からは想像もつかないような爛(ただ)れた思考――
『本当は銃で頭を撃ち抜いてやりたかったが、それは無理なので諦めよう』
『代わりに、その細い首筋を締め上げて、恐怖に歪む顔をゆっくりと拝んでやる』
『警察は俺みたいな子供が、人を殺すなんて思わないだろう』
『そもそも、初めて会ったんだから、俺が犯人だってバレるはずがない』
それら禍々しい思考の羅列は、束ねることで立派な殺人計画へと昇華する。
その練り込みを黙々とこなしながら、修平はそわそわと落ち着きなく走り回る少女を、冷たい瞳で眺めていた。
何も知らない少女の未来は、さながら風前の灯だった。
しかし――
「わかったっ!」
修平がその炎を吹き消すよりも早く、少女は花開くような明るい顔で、ポンと1つ手を叩いた。
「ん?」
「鬼ごっこだ! あなたが鬼で、私が逃げるの! 捕まったら私、殺されちゃうんでしょ!?」
「は?」
・・・とんだ勘違いだ。
少女は修平の言葉を真に受けていないらしい。
「じゃあ、逃げるねっ!
「いや、待てって・・・!」
「いっくよー!!」
言うが早いか、少女は公園の入り口へ向かって駆け出した。
少女の突飛な行動に、修平の思考が追いつかない。
「おい、待て! そっちは人が・・・!」
修平は慌てて少女の後を追いかける。
人気のある場所に行かれたら、折角の計画が台無しだった。
しかし、修平がどんなに全力で追いかけても、少女には追いつけなかった。
相手が女だからといって、幼い2人に体格差はほとんどない。
楽しそうに黄色い悲鳴を上げながら逃げ回る少女を、必死の形相で追いかける修平。
傍から見たら、遊びに夢中になるあまり、帰る時間を忘れてしまった歳相応の子供たちにしかみえなかった。
やがて完全に日も暮れ、市内をパトロールしていた警官に見つかるまで、命がけの追いかけっこは続くのだった。
――その日から、修平が夕暮れの公園に行くたびに、少女が待っているようになった。
修平の後を追いかけて、遊ぼうとしつこく付きまとってくる。
次の日も、その次の日も、またその次の日も。
ずっとずっと、ついて回ってくる少女に、修平は手を焼き続け――
いつしか、見えない銃はどこかに置き忘れて・・・
2人で遊ぶようになっていた。
・・・。
―3日目―
――と、そこで修平は、目の前に光を感じた。
「・・・・・・あれ?」
目を擦る。
混濁していた意識が少しずつ現実味を取り戻していく。
「そうか、夢・・・みてたのか・・・」
修平は1つ大きく伸びをして、雑念を振り払った。
そう、今はのんびり寝ぼけていられる状況ではないはずだ。
時間は、朝の7時。
昨夜は悠奈の厚意で山小屋に泊まった。
実際、ゲームは未だ3日目であり、この生活でも寝起きはたったの2回しかない。
それでも、安眠を久々と感じてしまうのは、この2日間の密度が恐ろしく濃いためだろう。
「あ痛ててて・・・」
昨日、黒河にこっぴどくやられた傷が疼く。
今後に差し支えるような大きな怪我ではないが、あちこちが腫れたり青あざができたりで、当分痛みは残りそうだ。
「・・・みんなは、どこだ?」
琴美に、まり子に、悠奈に、それと結衣という名の少女がいたはずだが、軽く呼びかけてみてもどこからも反応がない。
キューブでも探しにいったんだろうか?
そんなことを考えながら、修平が外を窺おうと窓を開け――
「うぅ~、冷た~いっ」
「ッ!?」
何やら、凄い光景が窓の外に広がっていた気がした。
女の子たちが、川で水浴びをしている光景が・・・。
「こ・・・これは・・・」
いや待て、落ち着けと、修平が深呼吸を繰り返す。
それから、もう1度ゆっくりと、窓の外を覗いてみる。
「・・・・・・とりあえず、夢じゃないよな?」
昨日殴られてできた青あざを押してみる。
「・・・痛い」
きゃーきゃーと、窓の向こうからは黄色い声が聞こえてくる。
と、そこで修平は、大事なことに気がついた。
――これが現実だろうとそうでなかろうと、あまり関係ないのではないか?
「・・・フッ、俺としたことが深く考えすぎたか」
やれやれとため息をつき、制服の襟元を正す。
それから、じっと壁に張り付き、年相応の好奇心に体を委ねた。
「うわ~、やっぱり外は寒いね~」
「朝は冷え込む時期だしね。 それは諦めてもらうしかないわ。 今は水浴びができるだけ、マシだと思わなきゃ」
「でも、ちゃんとしたシャワーが欲しいよ~」
「空いたペットボトルでシャワーを作ればよかったかもね。 ペットボトルの底に、小さな穴をいっぱい開けて」
「ナイスアイディア!・・・だけど、もっと早く気付いて欲しかったよぉ」
「贅沢は敵よ。 諦めなさい。 ちなみに、どーしても細かい水が欲しいなら、私が結衣にかけてあげるわよ?」
「な、なんか嫌な予感がするし、遠慮しておく・・・」
「うわわ! 結衣ちゃん、こっちキツい! 落ちちゃう落ちちゃう!」
「あ、ごめーん!」
「ちょっと狭いわね。 だから交代でって言ったのに」
「うん。 だけど、あまり悠長にしてると修ちゃんが起きちゃうかな~って」
「ううん、狭いのは悠奈さんのお尻が大きいから――」
「ん? 今なんて言った? ねえ、結衣、今なんて言った?」
「あ、あはは・・・そ、その、琴美ちゃんの胸は大きいな~って」
「えっ? べ、別に、そんなことないと思うけど・・・」
「いやいや、なかなか立派なものよ。 少なくとも、私の人生の中では最大ね」
「い~な~、あたしもそれくらい大きかったら、もうちょっと色々アピールできるのにな~」
「あはは・・・でも、あんまりいいことないよ? 可愛い服とか着れない時もあるし」
「そうね。 逆に、結衣のこれくらいの大きさなら、選択肢もいっぱいあるんじゃないの?」
「ひゃあっ!? ゆ、悠奈さんちょっとぉ!」
「いーじゃないの、減るもんじゃないし。 逆に増えるかもよ?」
「えっ? ほ、ほんとっ?」
「揉めば大きくなるって言うしね」
「そ、それなら、ちょっとだけ・・・はっ・・・ん、やっ・・・あ、ああっ・・・や、やっぱり無理っ。 だめーっ!」
「くっくっく、愛いやつよのお」
「あのー、2人とも、あんまり騒ぐと修ちゃんが起きちゃうよ?」
「ああ、そういえば、琴美ちゃんに聞きたいことがあったんだ! 琴美ちゃんって、修平くんとどこまで進んでるの?」
「え? べ、別にそんな・・・修ちゃんとは、ただの幼馴染だから・・・」
「おっとぉ、これは面白ネタ発見かしら?」
「な、何でもないですよ! ほんとに!」
「それじゃ、付き合ってないにしても好意はある、と?」
「そ、それは・・・っ!」
「・・・これ以上は、何か気まずいな」
そもそも覗き自体がまずいのだが、それはさておき・・・。
琴美の気持ちを盗み見ているようで、さすがの修平も気が引けた。
と、その時――ふと声がかけられた。
「ふ、藤田くん・・・なにやってんの!?」
「っ!?」
はっと振り返ると、山小屋の入口に、まり子が立っていた。
「ま、まさか覗き・・・!? 藤田くん、そういう人だったの!?」
「ち、違う、これはその・・・というか、どうしてまり子さんは水浴びしてないんだ!?」
「私は外で裸になるのなんて嫌だから、固辞したのよ! それで戻ってきたら藤田くんが――じゃなくて! ごまかさないで! あの子たちが水浴びをしてたとわかるって事は、やっぱり覗いてたのね!」
「ち、違う! 音と声から推察しただけだ!」
「そんなわけないじゃない! 皆ーっ! ここに覗き魔がいるわよー!」
まり子がそう叫ぶと、窓の外から声が返って来る。
「えっ・・・!? 覗き魔って、まさか修ちゃんが!?」
「意外に助平なんですね~。 むっつりドエロですね」
「あいつめ、寝たふりしてやがったのね・・・! あとでちょっとシメとくわ」
その声を聞きながら、まり子が冷たく言い放つ。
「との事よ。 悠奈さんの裁きを受けなさい」
「う、ぐ・・・」
修平はそう唸り、諦めて肩を落とした。
・・・。
――その後。
修平は悠奈による蹴りの制裁を受け――
それから気を取り直し、水浴びを終えた女の子たちと、顔を見合わせた。
「・・・それじゃ、ふざけるのはここまでにして、ぼちぼちシリアスな話をしましょうか」
「あ、ああ・・・」
「まず修平、琴美、改めて聞くけど・・・昨日までの行動について、詳しい事を教えてくれる? 君たちはあそこで何をしていたの?」
「俺たちはあの時、4人の仲間と行動していたんだ。 これは他の連中も同じだろうが、キューブを見つけて食料と武器を集めながら、他のプレイヤーと接触する機会を探していた」
「4人? 他の2人は?」
「その1人が瞳・・・例のメイド服の彼女のことだけど。 あいつとは途中で仲違いして、あんなことになっていたところを悠奈に助けてもらったんだ」
「・・・彼女、本気で君たちを殺そうとしてたわね。 なにがあったの?」
「・・・説明は難しいな。 少なくともゲームに関係することじゃないのは確かなんだが・・・。 おそらく、彼女の個人的な事情によるところだと思っている」
「・・・きっと、私が修ちゃんを置いて逃げたのを見て、瞳さんは怒ってるんだよ」
「だからって、殺されなきゃならない理由にはならないだろ?」
修平にはむしろ、いつも修平の傍らにいる琴美への嫉妬心のようにも感じられた。
それでも、瞳の行動に常人が納得できる理由付けは難しいように思える。
「ふーん、頭のネジを何本か置き忘れてきちゃった感じか・・・」
「あいつはこの先も琴美の命を狙ってくるだろうから、今の俺たちにとって一番危険な相手だと言っても過言じゃない」
「なにか事情がありそうね。 詳しいことは本人に直接確認してみないとわからないけど。 まぁ、どんな理由にしたって、あんな得物を振り回す奴は私にとっても要注意人物かしら」
悠奈がそう言った時、まり子が声を上げた。
「それで、あともう1人は? あと1人って、伊藤くんの事でしょ?」
「あ、そういえば琴美・・・すっかり忘れてたが、大祐はどうしたんだ? あいつはキューブの探索に参加しないで、集合地点で休憩していたはずだが・・・」
「うん、それが私にもわからないの。 修ちゃんに逃げろって言われて、集合地点まで戻ってきた時には、もう姿がなくて・・・」
「そうか・・・」
大祐とは、先の司たちとのやり取りの後からギクシャクとした関係が続いていた。
本人がそれを気にして、修平たちの下を去ったという考え方もできなくはない。
だが、そうすると、大祐が初音に乱暴したのではないかという司の仮説が信憑性を増すばかりだ。
「じゃあもう1人のお仲間は行方知れず、ってことでいいのかしら?」
「・・・ああ」
「・・・結局、みんなとはバラバラになっちゃったね。 みんなのクリア条件は競合してないんだから、本当は最終日まで一緒に頑張れたはずなのに・・・」
「・・・ま、他のプレイヤーと出会えても、仲間で居続ける事は難しいわよね。 私も仲間を増やしたいんだけど、最初に出会った1人には逃げられてしまったし・・・」
「でもあたしは悠奈さんから逃げたりしませんよ?」
「私も・・・命救ってもらったし、パートナー登録もさせてもらっちゃったし」
どうやらこの3人の女の子たちは、すでに確かな友好関係を築いているらしい。
修平はそう思いつつ、問いを返す。
「ところで逆に聞くが、悠奈たちのこれまでの行動は、どんな感じだったんだ?」
「まぁ色々あったから簡潔に説明するけど、まず私は説明会に出るより、仲間探しを優先して行動してたの。 その途中でまず、変な刀好きのちびっ娘に襲われてね。 返り討ちにしたんだけど、逃げられちゃった」
修平はその、初めて聞く人物に眉根を寄せた。
「刀好きのちびっ娘・・・? 危険人物なのかそれは。 どんな奴だ?」
「黒髪で黒いセーラー服着てて、妙に刃物の扱いに慣れた女の子よ。 そんなに悪い奴じゃなさそうだけど、かなり変わり者って感じの」
「なるほどね・・・じゃあ、結衣さんは?」
「あたしはそのあたりで、悠奈さんと出会ったんです。 それまで『真島さん』って男の人と一緒に行動してたんだけど、なんか捨てられちゃって」
「『真島さん』? そいつはどういう人だ?」
「うーん、正直よくわからないです。 とりあえず、すごくぶっきらぼうな人でした。 あと体が大きくて・・・そうそう、ボクシングをやっていたそうです」
「ボクサーの、真島か・・・」
またも出てきた知らない人物を、修平は頭に刻み込んだ。
危険人物なのかどうかは判断し難いが、体が大きなボクサーであるその男とは、あまり敵対したくない。
そう思っていると、今度はまり子が声を上げる。
「私は昨夜も少し話したけど・・・朝、メモリーチップ集めから戻ると、藤田くんたちの姿がなくて・・・代わりに金髪の大男が現れ、私に銃を突きつけたの」
「金髪の大男?」
「って、ひょっとして・・・黒河正規って人?」
「あ、2人とも知ってるのね?」
「ちなみにあたしもその人に会いました~。 確かに『黒河』さんと名乗ってました。 さっき話した『真島さん』に、なんか恨みを持ってるらしくて、いきなり襲い掛かってきたんです」
「そうね、でもその恨みうんぬんは置いといても、あの男は明らかに危険人物よ。 人を傷つける事や、殺す事にためらいがないっぽいし。 格闘技は素人っぽいけど、ガタイはいいしね」
「そう、でも悠奈さんはその男たちから、私を救ってくれて・・・そして今に至るっていう感じだったの」
「なるほどな。 そっちの状況は大体掴めてきた」
悠奈たちの話を聞き終えた修平は、大きく頷いた。
おかげで参加プレイヤーの全貌もある程度つかめた。
ここにいる5人に加え、説明会場で出会った大祐、初音、司。 会場ですがたを消した、はるな。
刀使いの少女と、ボクサーの『真島』。 金髪男『黒河』に、その子分らしき眼鏡の男。
そして問題の瞳――それで参加プレイヤー14人が、全員揃ったことになる。
それを確認しつつ、修平は悠奈を見据えた。
「・・・それじゃ、ここからが本題だ。 なぁ悠奈。 あんたは、なにが目的で俺たちを助けた? ただ命を救ってくれただけじゃない。 初対面でクリア条件もわからず、信用も置けない俺たちに寝床と食料まで与えてくれた。 義憤に駆られただけってわけでもないだろう。 それにしては、あんたは大きなリスクを背負いすぎている。 説明してもらえるんだろうな?」
「ええ、それが約束だったものね。 私の目的は、誰1人として死者を出さないことよ。 それ以上でも、それ以下でもないわ。 それが、このゲームを最短でクリアする方法であり、14人のプレイヤー全員が生存する唯一の手段よ。 だから無闇に他のプレイヤーを傷付けようとする奴は力づくでも阻止するし、話が出来そうな人には協力を呼びかけているの」
「・・・プレイヤー全員の生存か。 前提として、14人のクリア条件が競合しないことが必須だな」
「その通り。 あなたたちがこれまでに遭遇したプレイヤーの中に、クリア条件が競合した人間っていた?」
「いや、1人も」
「つまり、そういうことよ。 このゲームはね。 全員が互いを信頼して協力し合えば、生き残る事は容易なのよ」
「だが俺たちはこれまでに、2度も命の危険に晒された。 あんたが口で言うほど簡単なこととは思えないが?」
「そうね。 実は私も『信頼』なんて言葉に頼って、『現実』から目を背けるつもりはないわ。 だから、言う事を聞かない人間は痛めつけてでも聞かせるつもり。 最悪、最終日まで拘束しとけば済む話よ。 ね? 簡単でしょ?」
「・・・なるほど。 友愛の精神についてどんなご高説が聞けるのかと思ったが・・・」
「でも・・・私も悠奈さんの考えは、ある意味正しいと思うわ。 状況を考えれば、それも止む無しなのかなって気になるもの」
「そうだな・・・俺が思っていた以上に、あんたは現実的な人間みたいだな」
「まあね、納得してもらえて嬉しいわ。 でも、驚いたわね。 こんな話をしたら、普通驚くなり呆れるなりしそうなものだけど」
「え? あたしはなんとも思いませんでしたけど?」
「・・・いや、それは結衣がゲームについて何も考えてなさすぎなのよ」
「え、えー! そんなことないよー!? あたしだってちゃんと考えてるよね? ね?」
同意を求めるような視線に、修平たちは苦笑を返す。
そんな2人の反応に、結衣はショックを受けた様子で、がっくりとうな垂れた。
「だけど、その様子だと修平もゲームの主旨にある程度気づいているみたいね」
「今はまだ推測の域をでない。 俺と同じことを考えていた奴なら、もう1人いたみたいだが」
「・・・そう、なかなか優秀なプレイヤーが集まってるわね」
「それで?」
「なに? 質問には全部答えたはずだけど?」
「いいや、あんたは一番大事な部分にまだ答えていないな」
「・・・・・・」
「悠奈、あんたは何者だ? そんな情報をどこで手に入れた? 確かに、これまでの状況からゲームについて推測できた部分は多い。 だが、推測はあくまで推測だ。 根拠なんてなにもない。 あんたはその全てを、仮定の話としてではなく、断定してみせた。 そう、その物言いはまるで・・・過去にもこのゲームを体験したことがあるような・・・そんな言い方に聞こえたが?」
「・・・・・・」
修平は悠奈の目を真っ直ぐに見つめた。
嘘は許さないと、予め釘を刺す。
「そ、そういえばあたしも思ってました。 どうして悠奈さんは、ゲームについてそんなに詳しいんだろうって・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・なるほど、やっぱり優秀ね。 でも、違うわ。 私はこの情報をネットで見たのよ」
「・・・なに?」
「ここに拉致されてくる前にね。 とあるアングラサイトで見た『ゲーム』と、状況がまるっきり同じだったのよ。 ゲームのあらゆるルールやクリア条件が一字一句違わずそっくりそのまま、今私たちの身に起きていることと同じだったわ。 今思えば、そのサイトはゲームの生き残りが主催者の目から逃れて、真実を世間に知らせようとしていたのかもしれない。 だから、私はそのサイトで見た情報を基に話してるの。 これで納得してもらえたかしら?」
「・・・・・・ああ。 悠奈の事情は理解した」
「なるほどなるほど~。 全ての謎は解けた、ですね!」
「アングラサイトか・・・インターネットとか詳しくないけど、そういうサイトもあるのね・・・」
結衣とまり子は納得したようだが、琴美は眉根を寄せていた。
「・・・ねえ、修ちゃん・・・」
琴美が不安そうな表情で修平の顔色を窺ってくる。
彼女は頭の回転も速いし、なにより勘が鋭い。
先ほどの悠奈の話に、違和感を覚えたはずだ。
そんな琴美に、修平は強く頷き返す。
そうすると、彼女は納得したように視線を外した。
「・・・・・・」
もちろん、修平は悠奈の話に納得などしていない。
仮に情報源がネットだったとしても、彼女の銃器に関する知識や、常人を遥かに凌駕した戦闘技能には説明がつかない。
しかし、修平は悠奈をこれ以上追求しようとしなかった。
悠奈の正体が修平の読み通りだったとして、彼女に嘘をつくメリットはない。
むしろ、嘘をつかないことにデメリットがあると――修平たちに真実を告げられない事情があると考えるべきだ。
ならばこの場は、素直に騙されている振りをした方が、互いの得になるだろう。
「質問は以上かしら? 他にも話しておきたいことがあるんだけど」
「ああ、大丈夫だ」
ひとまずは考えを保留にして、悠奈に先を促す。
「さっき、私の考えに賛同しない人間は力づくでも服従させるって話をしたわよね」
「ああ」
「だけど、私1人で残りの13人を押さえ込むなんて現実問題として不可能だわ。 だからできれば、ここにいるみんなにも私に協力して欲しいの。 別に、私と一緒に戦えって言ってるわけじゃないわ。 この先、何が起きても誰も殺さずに、そして最後まで生き残って。 私からの頼みはそれだけよ」
「・・・誰も殺さず、そして殺されるな、か。 簡単に言ってくれるな」
「そうね。 面倒を押し付けている自覚はあるわ。 だけど、全員が生き残る方法があるならそれが一番でしょ?」
「そうですね。 誰も死なないのが一番いいに決まってます」
「うんうん、誰だって痛いのは嫌だもん」
「ああ、そうだな」
「ただ、そのためには今のままじゃダメね」
「どういうことだ?」
「自分の目的のためなら、他のプレイヤーに危害を加えかねない連中がたくさんいるってことよ」
「・・・危険なプレイヤーか」
現状で把握している限りだと、まずは瞳だ。
驚異的な身体能力はもちろん、なにを考えているのか分からない猟奇的な思考の持ち主だ。
次に黒河。
さらに琴美が傷を負わされたクロスボウの狙撃者。
そしてもう1人は・・・司だ。
現状では敵かどうかははっきりしないが、もし修平たちと相対することがあれば強敵となり得るだろう。
この4人は、特に要注意だ。
「この先、キューブの数が減るにつれて食料の奪い合いが起きるわ。 そうなってからでは手遅れなのよ。 そうしないためには、今のうちから好戦的なプレイヤーの行動を封じておかないといけない」
「・・・悠奈。 それに関連して、1つ頼みがあるんだが」
「なによ、急に改まって」
「もし他のプレイヤーと争いになった時、それに対応できる力が欲しい。 昨日、それを痛感した。 だから俺に、銃の扱い方を教えてくれないか?」
「・・・・・・」
悠奈の表情は渋い。
戦いの芽を削いでおきたい彼女としては、当然の反応だろう。
それを重々承知した上で、修平は悠奈に頭を下げた。
「・・・まあ、別に反対はしないけど。 身を守るために武器は必要だし、いざその時になって動けないようじゃ意味がないもの。 相手がやる気だったら尚更、ただ無防備に構えているのは愚策だわ。 それでも1つ、心に留めておいてもらえる? 銃を万能だとは思わないで。 たしかに拳銃一つあればどんな素人だって大きな力が手に入る。 だからといって、ヒーローになったなんて思わないでね。 所詮、人間一人が守れるものなんて、たかが知れてるんだから」
「・・・ああ、肝に銘じておく」
――果たして、悠奈をどこまで信頼するべきか。
修平の推測が正しければ、彼女は過去にこのゲームに参加した経験があるはずだ。
だとすれば、彼女の言っていることに偽りはない。
全員を生存させることが目的だと語る、彼女の真意も知れる。
しかし、それ以外の可能性も否定できない・・・。
例えば、ゲームを演出するために主催者が用意した内通者なのではないか、そんな風にも考えられる。
だが、それにしては矛盾した行動も多く、一概に結論は出せない。
黙りこむ修平の内心を知ってか知らずか、悠奈は気を取り直したように言う。
「うん。 それじゃ、少し休んだら射撃訓練でもしましょうか。 修平だけじゃなく、他の皆もね」
「私たちもっ!?」
「な、なんか怖そうですね・・・」
「もちろん、あんたたちが実際に銃を使うような状況にはならないようにするわよ。 でも万が一の時のために、覚えておいたほうがいいでしょう?」
「そ、そうね・・・あくまで護身用と考えれば、心理的抵抗も少しは減るかな・・・」
「わ、わかりました。 あたしもがんばりますっ」
「素直でよろしい。 琴美もそれでいい?」
「は・・・はい」
琴美が怯えを隠すように言う。
それを見て修平の心も、じくりと疼いた。
悠奈が信用できるか否かは別としても、とにかく今は傷ついた身体を癒しつつ、来るべき戦いに備えるしかない。
判断を誤れば、自らの死を招くだけでなく、大切な人の命をも危険に晒すことになるのだから。
「・・・それじゃ頼むぞ、悠奈」
様々な意味合いをこめて、修平は言う。
悠奈もまた様々な意味のこもっていそうな表情で、頷きを返した。
・・・。
そうして、食後――
青空の下は山小屋前の平坦な場所で、悠奈の射撃訓練が始まった。
「・・・じゃあとりあえず、射撃のイロハから説明していくわね。 とにかく基本は、標的に当てたい時は必ず止まってから撃つこと。 移動しながらだと、素人じゃまず当たらないから」
「映画みたいにはいかないってことですね」
「そういうこと。 射撃の当たる当たらないは、いかに理想的な状態で撃てるかに依存するわ」
「だが、いつでも落ち着いて撃てるとは限らないだろう? 昨日、悠奈が見せた抜き撃ちはどうなんだ?」
「あれは慣れないとまず無理。 昨日のは、まあ、距離も近かったからできたって感じ?」
「なるほど、抜き撃ちは危険か・・・よし、覚えたわ。 次は?」
「そうね、じゃあ次は銃の持ち方について。 まずは、人差し指を伸ばして銃を作って、それで狙いを定めてみて」
「こうですか?」
「ええ。 その方向に弾が飛ぶから、指先から弾が出るイメージで、後はそのまま銃を握るだけ。 あと、左手は右手を包み込むように添えるのを忘れずにね。 簡単でしょ?」
「なるほど、確かにしっくりくるな」
「よろしい。 そんじゃ次は銃の構え方ね。 射撃の体勢は複数あるけど、とりあえず立射を覚えればいいと思うわ」
「立った状態で撃つってことですか?」
「そうそう。 まあ、立射にも複数あるんだけど、分かりやすい2つを教えるから、好きな方を選んで。 1つは、アソセレス。 日本の警察とかがやってるヤツね。 足を肩幅より大きめに開いて、左足は半歩前、体重は両足の親指に。 すぐ動けるように膝を軽く曲げて、体の正中線に銃を構えてみて」
「こうか・・・?」
「そうそう。 それで小脇を締める感じで構えれば、一丁上がりよ」
「確かに安定するな・・・照準も定めやすくてぶれにくい」
「この構えの利点は、銃の方向を変えやすいところね。 上半身をぐるっと回すだけで、簡単に狙いが変えられるから。 逆に欠点は、体の真正面に銃を構えるから、敵に体を晒しちゃうことね。 もう1つはウィーバースタイル。 アメリカの保安官とかの構え方だけど、左足を前に出して、左半身を標的に見せるように構えるの」
「敵に狙われる範囲が、左半身だけになるってことだな。 確かに的が小さくなる」
「そういうこと。 その状態で右腕を伸ばして、銃を目線の先に持ってくる。 さらに、左手はぐっと肘を曲げて、脇を締めて、右手に添えると・・・」
こんな風に、と悠奈が実演してみせる。
その姿はまさに、映画やゲームでよく見るような射撃スタイルだった。
「やだー! 悠奈さんがちょっとかっこいい・・・!」
「ふっふっふ」
「この構えなら、欠点はなさそうですね」
「確かに相手への露出は少なくなるけど、その代わり銃の方向は変えづらいわよ。 左半身を常に前に出すことを想定してるから、体ごと動かないといけないし」
「状況に応じて使いこなす必要がありそうだな」
「そういうこと。 というわけで、実際に数発撃ってみましょうか」
・・・。
「・・・へぇ、なかなかやるじゃない」
「凄い! いきなりど真ん中・・・っ!」
悠奈に教わった構えで実際に撃ってみると、驚くことに、修平は初段で命中を叩きだした。
標的までの距離は、およそ15メートル。
ナイフで木を削って作った的は、三重の円になっていたのだが、その内の中心を射抜いたのだ。
「意外といい肩してるのね。 そんな大きな銃、反動が強くて慣れるのに時間がかかるものだけど」
「・・・問題は、動く相手に当たるかどうかだな」
「そうね。 それじゃ、もう何回か撃ってみて」
「ああ」
悠奈を背に、修平が再び引き金を絞る。
――!!!!
「全弾命中。 それに、ほとんどブレもないわ。 君、才能あるかもね」
「・・・どうかな、仮にそうだとしても素直に喜ぶような才能じゃないが」
「あの~・・・次は、私が射撃練習してもいいですか?」
「ええ、別に――」
「いや、やっぱり琴美はやめておけ」
いいわよ、と言いかけた悠奈の言葉を止めて、修平がNOを口にした。
「お前が銃を扱う必要はない」
「修ちゃん・・・?」
「まさか、女は男に守られるべきとか、そんな古臭い理由じゃないでしょうね?」
「そうじゃない。 琴美には戦えない理由があるんだ」
その理由は言うまでもなく、琴美のクリア条件だ。
他のプレイヤーを傷付けることで、琴美は即刻ゲームオーバーになってしまう。
「だけど、修ちゃん。 もしも修ちゃんが危ない目にあっていたなら、私だった戦いたいよ。 ううん、戦えなくてもいい。 だけど、相手を威嚇して追い払うくらいなら、私にもできると思うの」
「やめておけ。 銃を撃つ以上、万が一はあるかもしれない」
「それでも、私・・・弱いままの自分は嫌だよ。 昨日、修ちゃんが酷い怪我をして帰ってきた時、凄く怖かった。 こんな酷い目にあったら修ちゃんが死んじゃう、殺されちゃうって・・・。 そんな時、私にはなにもできないなんて・・・嫌だよ」
「大丈夫、もう無茶なマネはしない、だから俺のことは心配するな」
「でも・・・」
「琴美に銃なんて撃たせない。 お前が誰かを傷付ける姿なんて、俺は見たくないんだ」
「・・・・・・」
「琴美は俺が守る。 絶対に」
「・・・修ちゃん」
「わぁ~・・・わぁ~!」
そんな2人の様子を傍から眺めていた結衣が、胸の前で指を組んで感嘆の声を上げた。
「やばいよ悠奈さん! 修平くんが格好良すぎてやばいよ!」
「あんたはさっきからうるさいわね。 少しは空気読みなさいよ」
「・・・なんなのこの切なくて抑えきれない気持ち、これはきっとそう――恋っ!」
「・・・諦めなさい。 あんたに芽はないわ」
「そうよ。 この2人はゲーム開始当初から、ずっと離れずにいるし」
「う~ん、悔しいなぁ・・・琴美ちゃんがいなければ、間違いなくアタックするのに~! あたしにも誰か、素敵な王子様がいればな~・・・」
「はいはい。 次は、あんたが射撃練習する番よ」
「うぅ・・・現実って、厳しいもんですね」
「ま、結衣は私が守ってあげるわよ。 不服かもしれないけどね」
「えー、そんなことないですよー」
「・・・よし決めた、結衣は今日から簀巻きにして転がしておく」
「ちょ、ちょっと待って! 悠奈さんごめん! 許して!」
「給餌係を決めないとねー。 ああそれとも、躾のために餌は与えない方がいいのかしらー?」
「あ~もう、悠奈さんごめんなさいー! 悠奈さん大好き、愛してますー!」
ずかずかと山小屋に歩いていく悠奈に、結衣がすがりつく。
そんな2人の背中を見送りながら、修平たちは顔を見合わせて、頬を緩めた。
・・・。
――そうして、結衣、まり子と続けて射撃練習を終えた後――
「そういえば、修平や琴美のクリア条件ってどれくらい進んでるの?」
「そうだな・・・」
山小屋に戻るなり飛んできた問いに、修平は逡巡した。
果たして、自身らのクリア条件に関するヒントを悠奈に答えていいものかどうか。
悠奈たちが敵になるとは思えないが、信用もしきれない――
「琴美は時間の問題だが、俺のは少し厄介だ。 複数のプレイヤーが関わってくるクリア条件だが、なかなか目的のプレイヤーを見つけられないでいる」
修平は悠奈の質問に偽りなく答えることにした。
世話になった礼というのもあるが、何より、修平の知りたい情報を手に入れるためには、それを明かす必要があった。
「それで、もしよければ、君らのナンバーを教えてもらえないか? まり子さんも含めて」
「うん、いいわよ」
「私も別にいいけど、結衣のは教えられないわ」
「なにか事情でも?」
「いや、あたしのPDAは壊れちゃってて。 ほら」
そう言って結衣が差し出したPDAは、電源ランプが点いているにもかかわらず、画面には何も映っていなかった。
「ゲーム開始早々に落としちゃって壊しちゃったらしいのよ。 だから、プレイヤーナンバーも特殊機能もクリア条件も、全部分からないままで困ってたの」
「それは問題だな・・・」
ほぼ無条件でクリアできる条件ならともかく、能動的に行動しなければクリアできない類のものなら、命に関わる大問題だ。
「電源は入るからPDA自体は生きてると思うのよね。 液晶も割れてるわけじゃないし、工具さえあれば、どうにかなるかもしれないんだけど・・・」
「工具か・・・確か大祐が持っていたはずだけど、今となってはどうしようもないな」
「せめて、クリア条件だけでも分かればねぇ・・・」
「あっ、それなら・・・!」
琴美は何かを言いかけて口ごもり、修平に問いかけるような視線を向けた。
その意図に、修平はすぐに気が付いた。
「・・・修ちゃん、ダメかな?」
「・・・そうだな。 いいんじゃないか? 悠奈たちに知られても困る事はない」
「うんっ!」
「2人とも、さっきからなんの話?」
「私の特殊機能なら、結衣ちゃんのプレイヤーナンバーとクリア条件がわかるんです」
「え? ほんとにっ!?」
本来なら迂闊に他のプレイヤーに話すべき事柄ではない。
ここで悠奈たちに特殊能力を明かさなくても、修平たちは結衣たちの情報を手に入れることができるのだ。
ただ、修平のクリア条件である素数ナンバーに2人が該当する可能性は高い。
結衣が素数ナンバーだった場合、彼女が自身のクリア条件を知らないというのは問題だった。
「それじゃ、やってみるね」
琴美がPDAを机の上に置き、2人に画面が見えるように操作する。
そして――
「プレイヤーナンバーは『5』、クリア条件は『メモリーチップを使用して食料を8つ以上確保する』だね・・・」
「こ、これ、ホントにあたしの条件なのっ? ホントに!?」
「うん。 ここに結衣ちゃんの名前が入ってるでしょ、ほら」
「ほ、ホントだっ・・・! う、うぅっ・・・これでやっと、あたしも・・・」
「ゆ、結衣ちゃん?」
「苦節3日・・・やっとあたしも、一人前のプレイヤーになれました! ありがとう、琴美ちゃーん!」
「きゃあっ!?」
「琴美ちゃんがいなかったら、あたし死んじゃってたかも! 琴美ちゃんはあたしの命の恩人だよ~! んー、琴美ちゃん好き! もう大好き! ちゅっちゅ!」
「あ、あはは・・・」
「これで一安心ね。 一時はホントどうしようかと思ったわ。 ありがとうね、琴美」
「ううん、役に立てて良かった」
はにかむ琴美を見て、悠奈がその背をばしばしと叩く。
そのじゃれ合いを眺める修平のもとに、まり子が詰め寄って来た。
「藤田くん・・・あんな特殊機能があるんだったら、どうして最初から使わなかったの?」
「・・・・・・」
まり子は、修平にだけ聞こえる声で、そう尋ねてきた。
「藤田くんは私たちにプレイヤーナンバーを聞いたけど、本当は私の口から聞く必要なんてなかったはずよ」
「・・・ああ、そうだな。 別に、おかしなことじゃないさ。 俺は自分の目的のために、それがベストだと判断しただけだ。 それと・・・仮に、悠奈にどんな画策があったとしても、命を助けてもらったことに変わりはない。 義理は立てておかないとな」
「・・・ふぅん、ちょっと意外ね。 藤田くんってそういう余分を持たない印象だったけど」
「心外だな。 俺も人の子だよ。 ・・・いや、昔の俺は、まり子さんの想像通りの人間だったのかもしれないな」
「そんな藤田くんに、情を植えつけたのが琴美さんなの?」
「・・・なぜそう思う?」
「2人を見てれば、なんとなくわかるわよ。 自覚なかった?」
「・・・そうか。 まあ、余分ばっかりで構成されている幼馴染がいると、多少なりとも更生されるってことさ」
「そう・・・だったら大切にしなさい。 それはきっと、得たいと思って得られる関係じゃないわよ」
「ああ、そうだな。 本当に」
そう言う修平に、まり子はかすかに微笑んで続ける。
「それじゃもう一つ。 これは私の個人的な考えだけど・・・。 琴美さん以外の人も、もう少し信じてあげて」
「え?」
「少なくとも悠奈さんは、信頼できる人だと思う。 リスクを冒して私を助けてくれたし、無条件に私を信じてくれたし・・・。 いや、私が勝手にそう思ってるだけかもしれないけど・・・。 なんにしても、もう少し警戒を緩めるべきじゃないかな」
「・・・そうかな。 そうかもな」
修平は口の端を持ち上げて、まだじゃれ合っている琴美と結衣、そして悠奈に目をやる。
琴美と結衣を見つめる悠奈の表情には、子を見守る母のような優しさが浮かんでいた。
それを見た修平は、意を決し、彼女に声をかけた。
「――おーい、悠奈」
「うん?」
悠奈は何事かという表情で、こちらに歩み寄って来た。
「何? どしたの?」
「俺と琴美のナンバーとクリア条件を教えておく」
「え・・・いいの?」
「お前が何者なのかについて、正直思うところはある。 ただ、それがどんな事情だったにせよ、これまでの悠奈の行いが、悪意から来るものだとは思えない。 だからこれは、悠奈への信頼の証だ」
修平が自らのPDAを手にとって、悠奈へと差し出す。
「・・・・・・誓うわ。 その信頼は絶対に裏切らない」
そう返して、悠奈もまた、懐から取り出したPDAを修平に差し出す。
真正面から修平を見返してくる悠奈の眼は真剣で、一点の曇りも感じられない。
「・・・・・・」
互いが互いのPDAを受け取り、その内容に目を通す。
■藤堂悠奈:プレイヤーナンバー『J』
クリア条件:『最終日までの生存』
情報の確認が一通り終わった後、悠奈は修平の手にPDAを置いた。
「・・・なるほどね。 確かに難易度の高いクリア条件だわ」
「でも、悠奈さんも結衣さんも素数のナンバー。 藤田くんにとっては大きな収穫になったわね」
「ああ、そのようだ」
「まだ先は長いわ。 クリアを目指して頑張りましょう。 お互い、生き残らなければいけない理由があるみたいだから」
「ああ・・・」
悠奈が差し出した右手を握り返しながら、修平は強く頷く。
まり子はその傍らで、安堵の笑みを浮かべていた。
・・・・・・。
・・・。
・・・その後、ゲームが始まって以来初めての雨が降り出した。
昨日までと打って代わって、気温もぐっと下がったため、雨宿りができなければ凍えていただろう。
そういう意味でも、また別な意味でも・・・。
悠奈たちの山小屋は、非常にあたたかい場所だった。
ただ、いつまでもここにいてはクリア条件を満たすことはできない。
「俺は、ここを出ていこうと思ってる」
だから、修平は琴美に対し、まずそう打ち明けた。
「えっ? どうして? みんなと一緒に行動した方が安全だと思うよ・・・?」
「悠奈と結衣さんのナンバーは『J』と『5』。 どちらも俺のクリア条件に合致する素数のプレイヤーだ。 そして2人とも、能動的にクリアを目指すタイプの条件じゃない。 つまり、ここを離れる必要がないんだ」
「そうだね、それはまり子さんも同じだし・・・」
「けど、俺は残った素数ナンバーのプレイヤーを探さなきゃいけない。 協力を求めれば悠奈は力を貸してくれるだろうが、俺1人のためにみんなを危険な目に遭わせるわけにはいかない」
「・・・そっか」
琴美は納得したように『うん』と小さく頷いた。
そして意を決したように立ち上がると、部屋の隅で荷物をまとめ出した。
「野宿を覚悟して毛布は持っていったほうがいいよね。 あとメモリーチップも少なくなってきてるから、食料は――」
「いや、琴美。 お前はここに残れ」
「えっ?」
言われた言葉の意味が分からなかった――そんな表情で琴美が聞き返してくる。
「琴美は悠奈たちとここに残った方がいい」
「・・・どうして? 私が、足手まといだから?」
「まさか・・・違うよ。 そんな理由じゃない。 琴美はもう、俺と一緒に動き回る必要はないんだ」
「・・・何もしなくてもクリア条件を満たせるから? 悠奈さんたちみたいに?」
「ああ。 だったら、一箇所に留まって多くの仲間といた方が安全だ。 悠奈がいる限り、この山小屋の守りは堅い。 好戦的なプレイヤーも、迂闊には手が出せないはずだ。 俺は琴美を守りたい。 そのためには、琴美を危険から遠ざけるのが一番だ。 分かるだろ?」
「・・・・・・うん、わかる。 でも、絶対に嫌だから」
「・・・は?」
今度は修平の方が唖然とする番だった。
何も言い返せないまま、荷物の準備を再開した琴美の後ろ姿を見つめるしかない。
「・・・私が足手まといだから置いていくって言うなら、私は修ちゃんの言う事に従うよ。 でも、修ちゃんは違うっていった。 だからついてく」
「・・・だけど、そんな子供みたいな言い訳――」
「――私、もう子供じゃないよ。 ここにいた方が安全なことも、外に出たら危険なことも・・・。 私の言ってる事がただの我儘で、修ちゃんを困らせてることも・・・。 全部、わかってるよ。 だけど、これは自分で決めた事なの。 たとえ修ちゃんの頼みでも、これだけは譲れないよ」
「・・・・・・」
修平はガックリとうな垂れて、大きなため息をついた。
――よく知っている。
この幼馴染みは昔から、一度言い出したことは是が非でもい押し通す頑固な性格なのだ。
「よしっ! 準備終わり! それで、修ちゃん。 いつ出発するの? 外は雨が降ってるから、それが止むのを待って――・・・あっ」
荷物の準備を終えて振り向いた琴美の身体を、何の前置きもなく抱き締めた。
琴美の柔らかい髪に顔を埋め、その感触を確かめるようにゆっくりと撫でる。
「・・・どうしたの、修ちゃん?」
「・・・どうして俺は、こんなお転婆娘に惚れちまったのかと思ってさ」
「・・・後悔、してる?」
「だったら、こんなことしないよ」
「うん、そっか・・・」
琴美が両手を修平の背中に回し、ギュっと力を込める。
「・・・ねぇ、修ちゃん」
「・・・ん?」
「・・・昨日ね、初めてキスしてくれた時からずっと、胸がドキドキして止まらないの。 修ちゃんに触れたくて、甘えたくて、ギュってしたくて感情が抑えられなくなりそうだった・・・。 だけど、今はこんな状況だからって自分に言い聞かせて、必死で我慢してたんだよ。 ・・・でもね、ダメなの。 こうやって2人きりになると・・・修ちゃんがまたキスしてくれるんじゃないかって、心のどこかで期待しちゃってる。 ・・・馬鹿みたいでしょ?」
「・・・奇遇だな。 実は、俺もなんだ。 それにもう、キスだけじゃ止められそうにない」
それを聞いた琴美の頬が急激に紅潮して、気恥ずかしさをごまかすように修平の胸に顔を押し付けた。
「・・・えっち」
「男の子だからな」
「・・・そ・・・っか、それじゃ・・・仕方ない、よね」
琴美の顎に手を添えて、ゆっくりと持ち上げると、潤んだ艷っぽい瞳が目の前にあった。
琴美の細い身体が、小刻みに小さく震えているのが伝わってくる。
「しゅう・・・ちゃ・・・ん・・・」
少しずつ互いの唇が近付いて、そして――
「っ!」
「・・・・・・」
「――悠奈さん、次あたしの番・・・だよっ!」
「待って、今いいとこ・・・っ」
「ちょ、ちょっと2人とも、覗きはやめなさいって! 藤田くんといい、どうしてそうデバガメしたがるの!?」
「覗かれたから覗き返してるだけよ!」
「見えないぃ! もうちょっとズレてぇっ!」
「こ、これ以上は・・・無理っ、ちょ、ちょっとぉっ、押さないでよ!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
修平は無言のまま、入り口の前まで歩み寄って扉を開け放つ。
「え? きゃ・・・!」
「・・・っ!?」
扉に張り付いていた2人が、重力に従って倒れ込んできた。
足元に転がった2人をジロリと見下ろして、修平が大仰に息をつく。
「・・・なにやってんだ、おまえら」
「え、えええっと、これはっ・・・! ゆ、悠奈さんが見張りの交代の時間だから、えっと、2人を呼びにいって・・・それでっ!」
「そ、そうそう。 ただ見張りの交代のために――」
そういう悠奈の後ろから、まり子が姿を現して言う。
「し、知らないわね。 悪いのは全て結衣よ」
「ええええーーーーー!! ひどい悠奈さん、裏切るんですかぁ!?」
・・・・・・。
・・・。
雨が止み、雲の隙間からうっすらと光の差し込み始めた初秋の空に、結衣の悲痛な叫びが木霊する。
その後、必死の形相で弁明する結衣の姿があまりに可笑しくて、修平は笑いを堪えきれずに吹き出してしまった。
やがてその笑い声は、悠奈と琴美にも連鎖して・・・。
その様子はまるで、仲のよい学生たちが教室の片隅で繰り広げる日常の1ページのようで。
その場所だけが、日々の平穏を取り戻したかのような――そんな束の間の喧騒に包まれた。
そして、その瞬間が――
彼らが揃って笑いあえた、最後の時間になった。
・・・。