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リベリオンズ -Secret Game 2nd stage-【8】


・・・。

 


522勝、523敗。


それが、蒔岡玲の、双子の弟――蒔岡彰(まきおか あきら)との勝負の対戦成績だった。

 

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玲の実家は、江戸時代中期から続く、歴史ある剣術道場を営んでいる。

『蒔岡流』――それは誰もが知るような名門の流派ではない。

だが実戦性に重きを置いたその技術体系は、剣の世界では知る人ぞ知る強豪として、恐れられていた。

剣力が生きる上で直接的な意味を持っていた幕末期などは、多くの門下生で賑わっていたという。

短筒など銃器を持った敵を制圧する技術さえも開発され、志士たちは望んでその門を潜った。

しかし明治に入り、廃刀令が交付されると、小さな道場の多くは時代の流れに取り残されていった。

蒔岡流も同様だった。

そして平成の世ともなれば、玲の父が営む道場に通う生徒は、双子の娘と息子を含めてわずか5人ばかりとなっていた。

それでも父は、道場を閉めようとはしなかった。

先人が編み出した技の数々と、古来より日本が培った武の精神を後世へと伝えることを生き甲斐としてきた昔気質の父だった。

そんな父の下、5人は日々稽古を重ね、ひたすらにその腕を磨いた。

少人数の道場では、必然的に年齢の近い者同士、体格の近い者同士が互いの稽古の相手となる。

玲と彰は、その条件で言えば、まさにうってつけの対戦相手だった。


2人の実力は、高いレベルで伯仲(はくちゅう)していた。

1本取っては取られ、勝っては負けての繰り返しで、またそれがよく2人の実力を伸ばしていった。


・・・考えれば、それはもう勝負というより、姉弟としてのコミュニケーションだったと言っていい。

剣術家の父に教わり、剣術家の姉弟で打ち合う。

剣を交わすことが、2人にとっての遊びであり、会話だった。

食べて、寝て、学校に行って、道場で剣を交えて、2人で笑う。

同じことの繰り返しのような日々だったが、それでも、文句のつけようがないほどに幸せだった。

彰が家を出るか、玲が他所へ嫁ぐか・・・

そんな日が来るまでは、ずっと一緒にいるものだと、当然のようにお思っていた。


しかし、永遠のような日々の崩壊は、突然訪れた。

ある日突然、彰は姿を消してしまった。

剣の道を選んでからというもの、1日も休むことなく鍛錬を続けていたはずなのに。

先週の勝負で負け越した玲に、今週はフルで付き合うと言ってくれていたのに。

煙のように、しかし匂いの1つも残さずに、文字通り消えてしまった。

父と2人で探し回った。

捜索届けを出した。

方々に連絡もした。

それでも、彰の足取りは掴めず、ただ時間だけが過ぎていった。


――そして、彰が死んだ。


玲も涙したが、それ以上に、父の落胆は凄まじいものがあった。

道場にも顔を出さず、たった数ヶ月で、数年分も歳を取ったようだった。

そんな父を見ていられず、玲はひたすらに関係者の間を駆け回った。

ありとあらゆる場所に足を運び、彰の痕跡を染み1つでも見つけようとした。

もちろん、普通であれば、そんなことをしてもまず徒労に終わっただろう。

父と同じく、くたびれて色褪せて・・・いずれ、彰のことも忘れていったかもしれない。

しかし、そうはならなかった。

 

――そして今、玲はここにいる。


弟の仇を討つために。

 

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「はあぁあっ!!」


――!!


「ふぅぅ~・・・」


息を落ち着かせ、滑らかに曲線を描く刀の切っ先を見据える。

幼い頃から慣れ親しんだこの刀の技を頼みに、復讐を果たさなければいけない。

抜き身の刀身を鞘に戻し、深い森の奥に視線を向ける。


――いつでも人を斬れるという、心構えを持ちなさい。


それが元気だった頃の、父の教えだった。

恐らく自分はこのゲームの中で、人を斬ることになるだろう。

だが玲はそのとき、躊躇などしないつもりだった。


・・・。


「・・・それで、まだ僕のことは信用してもらえないのかな?」
「・・・・・・」


玲が小屋に戻ると、そこでは、司と初音が既に何度か見たやり取りをしていたところだった。

やり取りと言っても、塞ぎ込んだ初音に司が一方的に話しかけているだけなのだが。

 

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「ああ、玲か、お帰り。 丁度いいところに来た。 ちょっと助けてくれないかな」

「なにを助ければいいのですか?」

「いや・・・見たら分かるでしょ。 初音を説得してもらいたいんだよ。 僕はカウンセラーじゃないし、正直、こういうのって面倒臭いんだよね。 でも一応、仲間だからさ。 彼女にも色々頼みたいことがあるし」

「・・・あなたのそういう発言が、信頼を得られない原因だと思います。 全く、司はデリカシーがなさ過ぎです」

「・・・まあ、それは認めるけどさ。 だったら玲が代わってくれないかな。 それと誤解されたら面倒だから言っておくけどね。 僕は信頼していない人間の前では本音は言わないんだ」

「つまり司は、信頼する人間を絶望させるのが好きということですね?」

「・・・玲の発言に悪意がないことを、僕は祈ってるよ」

「失礼ですね。 私の発言には誠意しかありません。 だから・・・」


玲はそう言うと、初音の手を両手で包み込んだ。

やけに小さく、そして冷たい手だった。

だがそれを温めながら、玲は真っ直ぐ初音に告げた。


「私が初音を守ると一度口にしたならば、何があっても初音を守り通します」

「・・・・・・本当に?」

「君を懐柔するためにそんな嘘がつけるほど、玲が器用な人間に見える?」

「・・・・・・見えないです」

「だってさ。 玲は信頼を得たみたいだよ」


「これが司との人徳の差です」

「そーかな。 大して変わるとは思えないけど」

「じゃあ、服装の差です。 司もセーラー服を着てみたらどうです」

「いや、意味が分からないから」

「着てみれば分かります。 きっと新たな境地が見えますよ?」

「見たくないよそんなもの!」

「そうでしょうか? 意外と需要はあると思うのですが?」

「なんの需要だよ。 というか、その需要を僕が満たさなきゃいけない理由ってなに?」

「それは、そこに需要があるからです!」

「・・・はぁ、話にならないね」


司が呆れたようにため息をつく。


と、その時――

 

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「・・・あははっ」


僅かにだが、それでも確かに、初音から笑みが零れていた。

今の真剣なやり取りの、いったい何がそうさせたのか、玲にはまったく理解できなかった。


――でも、悪いことではないですね。


玲がそんなことを思いながらふと見ると、司がこちらを見て、なぜか『よくやった』と言わんばかりに笑っていた。


・・・。

 

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「それじゃ、初音が元気になったところで、改めて説明を始めようかな。 僕の考えでは、このゲームはチームを組んで行動する方が有利な設計になっている。 集団はそもそも戦闘に強いし、役割分担すれば同時に複数の目的がこなせる。 PDAの特殊機能を共有できるのも大きい。 特に大事なのが特殊機能だね。 最終的にはプレイヤーのほとんどが銃器を持つことになり、個々の戦力は均衡してくるだろう。 そんな中で、唯一差がつくのが特殊機能なんだ」

「なるほど、納得です」

「というわけで、一度、全員の特殊機能を確認していこう。 最初は・・・そうだな、初音から頼むよ」

「は・・・はいなのです・・・初音の特殊機能は『半径20m以内に他のPDAが接近すると警告をする』なのです」

「うん。 敵対者の接近から身を守るには優秀な機能だね。 狙撃されたとしても、20mもあればまず当たらないよ。 よほど訓練してたり、ショットガンでもあれば話は別だろうけど。 じゃあ、次は玲の特殊機能。 いいかな?」

「私のは、『半径50m以内にあるJOKERのPDAを初期化する』です」

「対JOKER特化のPDAだね。 『無効化』ではなく『初期化』って書いてある辺り、『JOKER』は何かを付加していくタイプのPDAなのかな。 あえて対抗手段を設けているってことは、よほど強力な機能を積んでいるんだろうけど、玲のPDAはその切り札になる」

「切り札・・・いい響きです」

「・・・司のは、どうなのです?」

「ああ、僕のはちょっと特殊なんだ」

「特殊? 『特殊機能』ですから、当然ですよね?」

「ああ・・・うん、そうだね。 僕の特殊機能は、『半径6m以内にあるPDAの特殊機能を使用できる』。 つまり、他のPDAの特殊機能を距離限定でコピーできる機能だ」

「・・・一見凄そうに見えて、実は微妙な気がします」

「うん。 他のPDAが傍になければ使えないし、コピー対象のPDAが使えない機能でも意味ない」

「初音にしろ、私にしろ、コピーして得することがなにもありません」

「その通り。 だけど、この能力の真価はそこじゃないんだよ」

「真価?」

「そう・・・」


司がニヤリと口元を歪める。


「伊藤大祐の特殊機能――『半径1m以内にいるプレイヤーが死亡した時、このPDAのプレイヤーを除く半径5m以内のプレイヤーの首輪を爆発させる』

「え・・・?」

「上野まり子――『半径2m以内にいるプレイヤーの首輪を指定して爆発させる』」

「っ・・・!?」

「粕屋瞳――『半径100m以内にあるPDAにメールを送信する。 一度メールを送ったPDAには範囲外からでも送信ができる』。 吹石琴美――『半径10m以内にいるプレイヤーのナンバー、クリア条件を表示する』。 藤田修平――『半径10m以内にあるPDAの特殊機能を無効化する』」

「それは、もしかして・・・」

「そう、僕がこれまで遭遇した参加者全員の特殊機能だよ。 コピーできるってことは、相手の特殊機能を知ることができるってことさ。 おまけとして、そのプレイヤーの名前もね」

「なるほど・・・。 つまり、私と初音の特殊機能など、聞くまでもなく既に知っていたということですね。 ・・・覗き見機能。 司にお似合いです」

「褒め言葉と受け取っておくけど、もう少し言葉は選んだ方がいいと思うよ」

「・・・違うのです」

「ん?」

「修平と琴美の特殊機能が・・・聞いていたのと全然違うのです」

「初音・・・」


初音の表情がにわかに青ざめ、俯いたその目に涙が浮かぶ。

信頼していた仲間に裏切られたという事実が、彼女のトラウマを呼び起こさせたのかもしれない。


「・・・信じたくないのです・・・あの2人が初音に嘘をついていたなんて、信じたくないのです」

「・・・・・・まあ、藤田先輩ならそれは当然だろうね」


初音の深刻な様子とは正反対に、さも当然の如く司が言い放つ。


「修平・・・が?」

「もともと、クリア条件も特殊機能もお互いに隠し合ってたチームなんでしょ?」

「・・・はい」

「だったら、藤田先輩の判断は正しいんじゃないかな。 同じ状況だったら僕もそうするよ。 だって、真実を公表したってなんのメリットもないでしょ」

「そう、なのですか・・・?」

「司はゲームクリアを優先していますからね。 そのよな判断も時として必要なのでしょう。 ・・・もっとも、口先だけで他者を謀る人間と、私は信頼関係を築けそうにもありませんが?」

「・・・なんで、僕を見ながら言うのさ」

「別に司はなにも言っていませんよ。 自意識過剰なんじゃないですか。 ・・・まあ、それは今は置いておきましょう。 なので、初音もあまり気にしないことです。 このゲームは参加者の命がかかっているのですから、誰もが全力を尽くしてくることでしょう。 たとえそれが、初音の気持ちを裏切る形になってしまっても、その相手を責めることはできません」

「はい・・・」


初音は悲しそうな顔をしつつも、ゆっくりと頷いた。


「――ですが、それは正々堂々の勝負であった場合に限ります。 不用意に、もしくは欲望のためだけに初音を傷付ける者がいたならば・・・。 そのような下郎、この私が刀の錆にしてあげましょう」

「・・・・・・本当に?」

「私が、嘘をつけるほど器用な人間に見えますか?」

「・・・見え、ないのです」

「だったら私を信じてください。 不本意ながら、司もそれなりに信頼のおけそうな男です」

「・・・君の口からそんな言葉が聞けるなんて嬉しいね。 涙が出そうだ」

「やはり前言撤回します。 司はただの嘘つき野郎です。 ――というわけで初音、あなたは私だけを信じるのです。 いいですね?」


玲はそう言って、また真っ直ぐに初音を見た。

すると初音はなにも言わず、ただコックリと頷いた。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

 

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「――ここを出て行く?」

「ああ」


雨が完全に止んだところで、藤田修平は、悠奈たちにそう切り出していた。

 

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「どうして? 2人で行動するメリットはないんじゃ?」

「そうだよ。 そんなこと言わずに、みんなで一緒に最終日まで頑張ろうよー!?」


「うん、本当はそうしたいんだけど・・・」

「修平のクリア条件のことなら、私が手伝ってもいいけど?」


そういって修平に視線を向けた悠奈の顔は真剣だった。

だがそれでも、修平は首を横に振った。


「いや・・・悠奈たちには、このまま自分のクリア条件を満たして欲しいんだ。 特に悠奈と結衣さんは、素数ナンバーのプレイヤーだからな。 その方が俺も助かる」

「じゃあ、素数ナンバーじゃない私が――」

「まり子さんもだ。 3人は一緒にいて、互いに身を守りあっていた方がいい」

「で、でも――」


なおも不服そうにするまり子の肩を、悠奈がぽんと叩いて止める。


「悠奈、さん・・・?」

「・・・まり子、行かせてあげましょう」

「どうしてですか、悠奈さん!? こういう時、力づくでも止めようとするのが、悠奈さんのはずじゃないですか!?」

「・・・・・・本当はね。 無理なんじゃないかと思ってたの」

「ん・・・?」

「このゲームから全員で生きて帰ること、誰も争わずに最終日を迎えること・・・。 人間ってどうしようもなく利己的で、欲深くて、脆弱な生き物だから・・・。 そして、ゲームの主催者たちもそれをよくわかってる。 今この瞬間も、連中は私たちが殺し合いを始めるのを舌なめずりしながら待っているわ。 そんな連中の思惑通りになんて・・・絶対になりたくない」

「・・・・・・」

「君らを見ていてね、少しだけ自信が湧いた気がするわ」

「それは・・・どういたしまして、かな」

「ええ、ありがとう」


なにかを吹っ切るように小さく息を吐いた悠奈は、今度は笑顔で修平たちに向き直った。


「よしっ! こっちはこっちでなんとかするから、君らも頑張りなさい。 困ったことがあれば、いつでも戻ってくるといいわ」

「ああ、助かるよ」

「はい、ありがとうございます」


修平と琴美が、2人で並んで頭を下げる。


「うぅー・・・また、寂しくなっちゃうよー・・・」

「なによ、私もまり子もいるじゃない」

「でも、せっかく増えた仲間なのに・・・寂しいだけじゃないよ、やっぱり心配だよ~・・・」


それはまり子も悠奈も同じ気持ちなのだろう。

まり子も修平たちをじっと見つめて言う。


「またお別れね・・・それも今度は誤解じゃなくて、自分の意志で」

「ごめんな。 でも俺よりきっと悠奈の方が頼りになるよ」

「あったりまえよ。 まり子も結衣も私が守るわ。 だからあんたは、琴美をしっかり守るのよ。 いいわね?」

「ああ」


力強く答える修平に、悠奈もまり子も笑みを返す。

結衣も空元気を振り絞るように、明るい声を上げた。


「わかったよ、快く送り出すよ。 バイバイ2人とも! 最終日にまた会おうねー!」

「うん! またねー!」


それぞれ握手を交わして、修平と琴美は山小屋を後にした。


・・・。

 

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「・・・いい人たちだったね」
「ああ、そうだな」


いずれ敵同士になるかもわからない状況にもかかわらず、悠奈も結衣も気持ちのいいくらい人が良かった。

何かと険の強かったまり子も、悠奈の影響か、少し性格が柔らかくなっているように思えた。

できれば修平も彼女たちと一緒に行動したかったが、危険を冒さずともクリア条件を満たせる3人を巻き込むわけにはいかない。


「修ちゃんのクリア条件も早く達成できるといいね。 まだ会った事ののない素数のナンバーは『3』と、『7』と、『K』の3人かな」
「ああ。 悠奈たちから聞いた話を整理すると、14人全てのプレイヤーについて、ある程度情報が集まったことになる」
「うん。 まだ私たちが会ってないプレイヤーは、結衣ちゃんを助けたって言うボクサーの真島さんと・・・」
「あとは、悠奈が最初に仲間にしようとした刀使いの少女・・・そして、昨日会った2人の男だ。 あの金髪の名前は、たしか黒河だったか」
「それで、これからどうするの?」
「真島って奴と、刀使いの少女。 この2人を探してみよう。 話ができそうな連中なら、交渉してみる価値はある。 とりあえず、もう一度、廃村に行ってみよう」
「廃村に? どうして?」
「さっきまで雨が降ってただろ。 雨露を凌ぐのに、村の家を使っているプレイヤーがいるかもしれない」
「ああ、そっか。 さすが修ちゃん!」
「道がぬかるんでるから、足下気をつけろよ」
「うん、わかった」


そう言って修平たちは、廃村に向けて歩き出した。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

 


「――さあ、僕たちもそろそろ動き出そうか」


先ほど降りだした雨は収まりを見せ、雲の隙間から僅かに日の光が射し込み始めていた。

自分たちが拠点としている山小屋の守りは堅牢だが、そこに籠もっているばかりでは、新しい情報は手に入らない。

仲間と目的意識を共有できた今、行動範囲を広げるべく活動を再開する頃合だ。

三ツ林主はそう考え、不思議そうにこちらを見ている玲と初音に対し、理解を促すための言葉を重ねた。



「既に、僕らは最低限の食料と武器を手に入れている。 これから探していくのは、僕の勝利条件を確実に満たすための4人目の仲間と、『JOKER』のPDAの持ち主だ」

「・・・司、私の仇のことを忘れていませんか?」

「もちろんわかってるよ。 『リピーター』の捜索も、僕らの目的のうちの1つだ」

「僕らの? 司は関係ないはずでは?」

「いや、そうとも言えないよ。 『リピーター』と接触できれば、僕の知りたい情報は、ほぼ全て手に入るだろうからね」

「・・・?」

「ああ、わからなければ別にいいよ」


ここで『セカンド』の存在や、その『トリガ』がなんであるかという疑問を、いちいち玲に説明しようとは思わない。


「さあ、それじゃいこうか。 今後は他のプレイヤーと接触していくことになるからね、争いになる可能性は常に考えながら行動していこう」


日が落ちるまでもういくらも時間はなかったが、雨で足止めを食らった参加者が行動し始めるかもしれない。

この山小屋に戻ってくるのは、恐らく明日以降となるだろう。


・・・。

 

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「忘れ物はない?」

「私は刀さえあれば充分ですので」

「初音も特にないのです」


装備品は、司がハンドガンと予備のマガジン2つ、玲は日本刀。

初音には護身用のナイフを持たせてある。

荷物を減らすため食料は1回分に抑え、代わりにメモリーチップ5枚を携帯。

その他は武器も含めて、全て山小屋の傍に隠しておいた。


・・・。

 

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「ところ我々は、どこに向かうのですか? 人がいそうなところに、心当たりでもあるのですか?」

「うん。 雨を凌げる場所は限られているからね」

「なるほど。 このフィールド内で雨露を凌げそうな場所といえば・・・」

「・・・廃村、なのですね」

「そう。 ご名答」


司はそう答えて、玲たちと共に、廃村に続く道を歩き出した。


・・・。

 

だが、山を下りて廃村に入ったところで――


「――2人とも、止まって下さい」


玲に鋭く呼び止められ、司は首を傾げながら彼女を見た。

 

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「・・・どうかした?」

「この先は・・・危険です」

「え・・・?」

「・・・凶暴な野獣の気配がします」

「野獣って・・・」


司がそう呟いた時――


理性の欠片も感じさせない咆哮が、村の奥から聞こえてくる。


「くそったれがぁああっっ! なんで何もねぇんだコラァアァッッ!」

「ちょ、ちょっと落ち着いてくれよ黒河くん・・・」

「うっせんだよ! だったらテメェ、なんか役立ちそうな物探して来いや!」


仲間らしき誰かの声も聞こえてきたが、その男はそれをまるで意に介していない。


「うぅ・・・確かに、野獣なのです」

「思った通り人はいたけど、あまり関わりたくない人種だなぁ・・・」

「こちらに近付いてきますが、どうしますか?」

「そうだな・・・少し様子を見よう」


司の目配せに、2人が頷きを返してくる。

そうして、足音を立てないように場所を移そうとした――その時。


ピー

ピー


「ひっ、わっ・・・な、なんなのですっ!?」


PDAが鳴り出したことに気付き、初音が慌てて特殊機能を解除する。

しかし、時既に遅く・・・


「んだオイ、誰かそこにいんのかっ!?」


荒々しい怒鳴り声と共に、男が駆け寄ってくる気配が届く。


「ちっ、僕としたことが・・・ぬかったね」

「どうします、司?」

「そうだね・・・」


――逃走するべきか、それとも交渉するべきか。

逃げ切れる可能性と、交渉が通じる可能性の2つを、司が急いで天秤にかける。

そして、選択したのは――


「よし、ここは逃げよう!」

「承知!」

「は、はいなのです!」


野卑な叫び声に追われながら、3人で森へ向かって走り出す。

間に合うかどうかは怪しい。

それでも、まともに話し合うよりはマシだと判断して全力で走る。


「――待てやオラァアアッ!」


――!!


「ひっ!?」

「初音っ!」


背後からの発砲に、初音が頭を抱えて屈み込む。

男が放った弾丸は、大きく逸れていたのだが――


「初音、大丈夫ですか?」

「あ、あ、足が・・・」

「・・・・・・司、これ以上逃げるのは無理です! 受けて立ちましょう!」

「・・・はー、了解」


恐らく、恐怖で竦んでしまったのだろう。

司は大きなため息をつきながら、2人の下へ引き返した。


「初音、君は足手まといになりそうだ。 ちょっとその辺の建物の陰に隠れててよ」

「は、はいっ・・・」


初音が這うようにして、近くにあった茂みに隠れた時――野獣の声の主が現れた。

 

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「おい、やっと見つけたぞコラ・・・コソコソ逃げ回ってんじゃねぇよ」


そう言った男の傍らには、眼鏡をかけた少年がいた。

それと顔を合わせた時、司とその少年が同時に目を見開く。

 

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「あれ? 城咲先輩ですか?」

「えっ・・・!? 司くんかい!?」


その言葉を聞いた金髪の男が、訝しげに眉根を寄せる。


「あぁ? 充オメー、このガキと知り合いかよ?」

「あ、ああ。 学校の先輩後輩ってだけだけど」

「・・・妙なところで会ったものですね」


思わぬところでの再会に、司はため息をつく。

確かに互いに知り合いではあるが、別に仲が良いというわけではない。

その程度の関係性は、今の状況ではさほどプラスになる事はないだろう。

そう思いつつも探りを入れる。


「・・・城咲先輩、そちらの人はお仲間ですか?」

「あ、ああ。 黒河くんには色々と世話になっていてね・・・」


充の態度から見るに、子分になっている、あるいは無理やり従わせられているといったところだろう。

だが司に味方してくれることはなさそうだ。

それ以上何も言わない充を一瞥し、黒河と呼ばれた男が言う。


「まあ、そんなこたぁどーでもいい。 とりあえず、持ってるもんを全部よこしな。 食い物も、武器も、PDAも、情報も・・・全部だ」


黒河はリボルバーを司に突きつけ、唇を醜く歪めた。

あまりにも予想通りの展開に、司は嘆息する。


「食料だったらちょうど手持ちがある。 条件次第では譲っても構わないですよ」

「オイ、オイオイオイ・・・。 俺は今、最高に気が立ってんだ。 てめぇのクソつまらねぇギャグに付き合ってる暇はねぇんだよ・・・! 黙ってさっさと、出せやボケェ! 素直に出さねぇなら・・・てめぇらの死体から漁らせてもらうぜ・・・?」

「いやいや・・・それじゃ、交渉になってないでしょ」

「あっそ。 じゃあな」

「――は?」


・・・目の前にいる金髪の男を舐めていた、と言えばそれまでだ。

しかし、それは司にとってまったく予想外の出来事だった。

人を殺すという行為には、数字で例えるなら100の段階を要する。

話を重ねて、様々な思考を連ねて、その末でそれが唯一の手段だと考えられた時点で、初めて殺しという最終手段が取られる。

倫理の壁を越える理由を求めているわけではない。

殺人というハイリスクな手段を、可能な限り回避したいという打算的な思考である。

だから――そんな思考をする司だからこそ、黒河という男を理解できなかった。

1から2になった瞬間に相手を殺せる人間など存在しない、そう確信していたのだ。

そうしている内にも、黒河の指がリボルバーの引き金にかかる。

司に向いた銃口が、撃鉄を起こすダブルアクションの影響で僅かに震える。

コンマ5秒後には弾丸が射出され、1秒後には司の体が吹っ飛ぶ。

今からでは、もうどうしようもない。

コンマ1秒が過ぎ、間もなく弾丸が発射される――

――墨色の影が動いたのは、その瞬間だった。

 

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「はああぁぁっっ!!!」


――!!


真横から疾風のように現れた玲が、剣撃で黒河の銃口を空高くへと逸らしてた。


「なにっ・・・!?」


狙い、狙われていた両者が、共に驚きの声を上げる。

白刃を振りかざす少女の姿に、その場の全員が瞠目(どうもく)する。


「司、ここは私が預かります」

「玲っ・・・!?」

「こ、こいつ・・・今なにをしやがった!?」


常人では反応できないほどの速度で放たれた、居合いの刃――。

黒河の顔から、先ほどまでの余裕が完全に消えていた。


「・・・その気なら腕を飛ばすことも出来ました。 まだ、続けますか?」

「て・・・てめぇええええっ!!!!」

「ふっ――遅いですね」

「なにっ!?」


――!!


「おわっ!」


「っ・・・!」


殺意を持った敵に対して全く怯まない玲を前に、司は言葉を失っていた。

いや、心を凍りつかせていたのだ。

殺されかけたという事実を、受け入れることができなくて。


「くっ・・・そがああぁぁっっ!!」


――!!

 

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銃と刀が弾け合い、火花を散らす。

刀とぶつけ合っても銃を取り落とさない黒河の膂力(りょりょく)は驚嘆に値するが、その差が圧倒的なことに変わりない。

圧倒的に、剣が銃を押している。

黒河が距離を取ろうとしても、玲は即座に間合いを詰める。

銃をまともに構える暇すらなく、ただひたすらに玲の斬撃をいなしていくしかない。

その優勢を目の当たりにして、ようやく司の心が解けてくる。


「・・・剣術をやっているとは聞いていたけど、まさかこれほどとはね。 1つ、仮りができちゃったな・・・」


その攻防を見つめながら、司は知らず呟いていた。

近距離戦要因として計算には入れていたが、黒河のような体格差を圧倒できるとは思っていなかった。


「さあ、僕は僕にできることをしようか」

 

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司は即座にPDAを取り出して、黒河の特殊能力をコピーする。


黒河正規――『死亡したプレイヤーの名前とナンバーと死亡地点を閲覧できる』。


ダメだ。

戦闘にも交渉にも使えない。

ならば次は、もう1人の特殊機能をコピーすると――


「っ!・・・何だ、これ」


城咲充――『半径2m以内にいるプレイヤーの首輪を指定して爆発させる』。


強力な攻撃用の特殊機能。

しかし、司が驚いたのはそこではない。

この特殊機能は、確か――まり子の特殊機能ではなかったか?


「オイ、充ぁッッ!!!」

 

「くそっ・・・!」


声につられて見れば、黒河と玲は既に抜き差しならぬ状態にまで陥っていた。

やはり圧倒的に玲が黒河を押し込めている状況だ。


「何やってんだテメェ! 早く手伝えっ!」

「あ、う、うん! 分かった!」


黒河に促されて、充が懐からPDAを取り出した。


――まずい。


玲は、あのPDAの特殊能力をまだ知らない。

 

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「動くなっ!」


司はとっさに銃を引き抜き、充に銃口を向けた。


「そのPDAを捨ててください。 少しでも不穏な動きを見せれば・・・迷わず撃ちます」

 

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「っ・・・!」


「充っ! なにやってる、早くこの女をぶっ殺せっ!!!」

「だ、だけど・・・っ!」


司の行動に充が怯み、手の動きが止まる。

しかしPDAはまだ、その手に握ったままだ。


「玲、そいつに近付くな。 そいつの特殊機能には君でも勝てない!」

 

「・・・っ!」


黒河に猛然と追撃をかけていた玲の動きが止まり、即座にその場から飛び退く。


「ハァ・・・ハァ・・・てめぇらぁ・・・」


4人の動きが完全に止まり、互いを牽制しながら睨み合う。


「司、指示を」

「待って。 考えてる」


玲に及ばずとも、黒河の戦闘能力はかなり高い。

充には必殺の特殊機能があり、迂闊に近付けば待つのは死だけだ。


「・・・クソッ」

「司、どうしました?」

「・・・・・・」


これだけ互いの戦力が拮抗している状態では、1人の死者も出さずに危機を脱するのは不可能だ。

何度、シミュレーションし直しても導かれる結末は変わらない。

司の額を汗が滴り、表情から余裕が消える。

自分自身の過信、怠慢が生んだ些細なミスが、最悪な状況を生んでしまった。

お互いの戦闘能力、特殊機能、推測が絡み合った結果、その場は完全に膠着状態に陥っている。

誰一人その場を動くことができず、誰一人言葉を発する事もできない。

拮抗を破ること自体は簡単だ。

そのとき死ぬのは、玲か、それとも――


「・・・冗談きついね。 僕に、それを選べっていうのか・・・!」


夜の闇が、すぐそこまでやってきていた。


・・・。

 

――藤田修平がその音を聞いたのは、村がようやく見下ろせるようになった辺りだった。

 

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「今の音って、もしかして・・・っ!」
「・・・ああ、銃声だな」


修平の予想通り、村には誰かがいたらしい。

しかし、プレイヤー同士の抗争に遭遇してしまうとは、運がいいのか悪いのか・・・。


「どうするの?」
「そうだな・・・もう少し近付いて様子を探ってみよう。 もし手遅れになって死者が出たら、元も子もないからな」
「・・・うん!」


・・・。

 

「あれは・・・っ!?」
「黒河っていう人と、あれは・・・司くん?」


そこで修平たちが見たのは、黒河と膠着状態に陥っている司の姿だった。

2人の傍らでは、眼鏡の男と、日本刀を構えた少女が睨み合っている。

恐らくあれが、悠奈の言っていた『刀使いの少女』だろう。

更にその奥、茂みの陰には、PDAを握り締めて状況を見守っている初音の姿もあった。


「あの状況は、かなりまずいな・・・!」


見るからに一触即発の危険な状態だ。

ある者は殺気に満ちた視線を交錯させ、またある者は恐怖に怯えて身を怯ませている。

修平にとって一番意外だったのは、狡猾で抜け目のないあの司が、こんな最悪の状況を作り出してしまったことだ。
仲間が増えて油断したのか、それとも、あの黒河という男の凶暴性を計算し切れなかったのか。

なんにしても、司の表情にいつもの余裕は見られない。

 

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「修ちゃん・・・みんなの目、怖いよ・・・これじゃ、このままじゃ・・・っ!」
「・・・・・・琴美。 聞いてくれ。 これまで俺が自分の耳で聞いて、目で見て、考えた結果だ。 いくつも仮設を立てながら、推論を繰り返して導き出した答えだ」
「・・・う、うん」
「14人のプレイヤーのうち、もし誰か1人でも命を落とせば、このゲームは次の段階へ『移行』する」
「・・・次の、段階? どういうこと?」
「それがどういった内容かまではわからない。 だけど、このクソッ垂れなゲームを運営している連中が考える事だ。 今よりもっと酷い地獄のような惨状が始まるのは間違いない」
「そん、な・・・っ!?」
「悠奈はそれを阻止しようとしていた。 だから、あいつがこの状況にいれば、間違いなく止めに入る」
「それは・・・そうかもしれないけど!」
「悠奈の言う事を100%信じるつもりはない。 あいつ自身、まだ正体のわからない怪しいプレイヤーだからな。 だけど、俺はあいつの言葉をある程度だけ、信じてみようと思ってる。 悠奈の目的を、覚えているか?」
「・・・うん。 このゲームから、誰1人として死者を出さないこと・・・」
「琴美。 お前はそれをどう思う?」
「そ、そんなこと・・・! わ、私は・・・」


言葉にしなくても、答えはわかっていた。

琴美は初めから悠奈の意見に賛成だったはずだ。

全員で生きて帰る――最も理想的な結末を誰よりも真摯に望んでいたはずだ。

だけど、今この時になって琴美は悩んでいる。

形のいい睫毛が、大きな瞳が不安と恐怖に歪んでいる。


――理解していた。


もしも修平の質問にYESを答えたならば、その後の彼の行動を琴美はわかっていた。


「わ、わたし・・・! 修ちゃんと――」
「――琴美。 俺は、司たちの争いを止めにいく」
「――っ!?」


悠奈に言われた言葉が頭の隅を掠めた。


『武器を手に入れたからといって、ヒーローになった気になるな』

『人間1人が守れるものなど、たかが知れているのだから』


そんなことは、言われなくてもわかっている。

だけど、それでも――


「琴美はここに残ってくれ。 たとえ俺の身に何が起きても、絶対にこの場所から動くんじゃない。 いいな?」
「・・・い・・・や――・・・嫌だ・・・よ。 そんなの嫌だ・・・」
「さっきの銃声は悠奈たちの山小屋にも届いたはずだ。 あいつはお節介だからな。 きっとこの事態に駆けつけてくる。 それまで時間を稼げばいい、それだけだ。 今ここで戦いを止めないといけないんだ。 それが出来るのは、俺しかいない」
「だけど、だけど・・・っ! ずっと一緒にいようって約束したよね・・・? もう危ない事はしないって約束したよねっ!」
「・・・大丈夫。 俺は死なない。 生きて、お前の下へ帰ってくるから。 約束だ」
「・・・やくそく?」
「ああ」
「・・・・・・」


それから僅かの時間だけ、琴美は俯いた顔を上げず無言のままだった。

やがて、勇気を振り絞ったように、目に溜まった涙を拭って修平を見返す。


「修ちゃんは嘘つき」
「そうだな・・・」
「私はいつでも修ちゃんのことを心配してるのに、全然察してくれないし、私の言う事なんてちっとも聞いてくれない。 いつも自分勝手で意地っ張り・・・」
「自覚はあるけど、あまり直す気はないんだ」
「だけど、今回だけは本当に・・・約束だから」
「ああ」
「絶対、守って」


手の平を合わせて、互いのぬくもりを確かめ合う。

それも束の間、名残惜しそうに繋がった手を振りほどいて、修平は村の中心に向かって駆け出した。


「私っ! 上手くいくって、信じてるからっ!」

「・・・ありがとう」


手持ちの拳銃――ソーコムを確認。

弾は入っている。

悠奈から選別にもらった予備の弾丸は12発。

できる事なら使いたくはないが、準備しておくに越したことはないだろう。

念のためPDAは特殊機能をONにしておく。

用意は万全だ。


「ふぅ・・・」


修平は深呼吸する。

ソーコムを握る手に汗が滲む。

上がった心拍数はもうどうしようもなくて、落ち着いてくれるのを祈って、再度息を吸い込んだ。

そして、その息を使って――

 

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「全員、その場を動くなっ!」


大声を張り上げながら、膠着している場へと乱入した。


「あれは、藤田先輩・・・っ!?」

「あぁ!? てめぇは・・・!」

「黒河、武器を捨てるんだ! おかしな動きを見せたら構わず射殺する!」


銃口は黒河へ向けて、1歩ずつ距離を狭めていく。

修平の登場に、その場にいた5人は少なからず戸惑っている。

それぞれの視線が激しく交錯する。

 

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「司。 俺に協力しろ。 あいつを拘束する」

「・・・大胆ですね。 藤田先輩はもう少し慎重な人だと思っていましたが」

「ああ、俺も意外だ。 とにかく、ここで死人を出すわけにはいかない。 この意味がお前にならわかるはずだ」

「セカンドステージへのトリガ・・・ですか?」

「そうだ。 14人のプレイヤーが1人でも欠けた時点で、このゲームはセカンドステージへ移行する」

「信憑性のある情報ですか?」

「ほぼ間違いない。 俺はそう確信している」

「・・・なるほど」


司が理性的に判断すれば、彼が修平の側につくのは明白だ。

司を味方に引き込めれば形勢は崩れる。

そして、黒河も不利を認めれば降伏するだろう。

実際、昨日の黒河は、瞳が迫っていると気付いた時点で修平を放置して逃げている。

修平の計算は間違っていないはずだ。

しかし拮抗は、予想外のところから破られた。

 

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「――ハッハッハ!! てめぇら、そいつに騙されてんじゃねーよっ!!」

「なに・・・っ!?」

「俺は知っているぞ! てめぇが1人でメモリーチップを独占していることをなぁ! それだけじゃねぇ。 お前は運営と取引して、このゲームから1人だけ生き残ろうとしているそうだな!」

「・・・なにを、言ってる。 俺は――」

「・・・聞いたんだ。 あんたが運営の連中と、ゲームの報酬について話していたって・・・」


黒河の陰に隠れて、まるで存在感を感じさせなかった眼鏡の男がボソリと呟いた。


「ゲームの、報酬・・・?」


過去の記憶を掘り起こす――

 

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説明会の後の運営とのやり取りで、確かに修平はゲームの報酬について言及していた。

聞き様によっては、修平が運営と取引しているように解釈できないこともない。


――しかし、なぜそんなことをこの男は知っている?

あの場に潜み、修平の話を聞いていたのは司と瞳だけではなかったというのだろうか。


「・・・違う、それは誤解だ!」

「ハハッ! こいつ、運営と内通していたことを認めやがったぜ! ぶっちゃけ俺もこの話には半信半疑だったんだが、まあ、本人が認めちゃ信じねぇわけにはいかねーわなぁ!・・・んで、司っつったか、てめぇ」


黒河の視線が、今度は司に向けられる。


「てめぇも、あいつとグルなんだろ?」

「・・・なんのことだか」

「わかりやすいんだよなぁ、こんなゲームの中、女連れで歩きやがって。 どうせ、てめぇが上手く口車に乗せて味方につけたんだろ? そこの女とも随分お楽しみだったそうじゃねーか、なぁ?」

「・・・勝手な推論で、僕の仲間を混乱させないでもらえるかな」

「ハハッ! 可哀想だよなぁ、最後には全員まとめてあの世行きだってのによぅ。 そもそもてめぇら馬鹿なのか? ちっとは足りねぇ脳みそで考えてみろや! この状況で、なに仲良しごっこやってんだよ。 信じる信じない? 関係ねぇーじゃねぇか! 最後に信じられるのは自分だけだ! それ以外の何者でもねぇ!」


黒河はその手に掴んだ拳銃を高々と空に掲げ、高笑いをあげる。

その姿に、修平も司も、その場にいる全員が圧倒されていた。

身震いするほどに、おぞましい・・・野獣の姿に。


「――オイ、充。 あいつを撃て」


黒河はそう言って、修平を顎で指した。


「え・・・だけどっ・・・!」


「・・・っ!」

充と対峙していた少女が、奥歯を噛み締める。


「その女はてめぇを斬れねぇよ。 誰が敵かもわからねぇこの状況で、ヘタに動いたら命に関わるもんなぁ・・・オイ!」

「わ、わかったよ・・・っ!!」


充の構えた拳銃の銃口が、修平へと向けられる。

それでも少女は、動かない。

黒河の言葉に惑わされ、修平を味方として見れなくなっているのだろう。

しかも、黒河の言う事はただの妄言ではない。

修平が運営と話していたことを知っている辺り、どこからか情報を得ているのは確かだ。

だとすれば、黒河の心理を誘導してプレイヤー同士の争いを助長している者がいる。

誰が、何の目的でそんなことを――


「――くそっ!!」


とっさにその場を飛び退いた修平を、銃声が追い越していく。

それを発端に、状況が激しく変動した。

少女と司がすぐさま反応し、廃屋を盾にして姿を隠す。

その最中、黒河が猛然と修平との距離を詰めてくる。

「てめぇ、そこを動くんじゃねぇぞ!!!」

「くっ・・・!」


修平が慌てて照準を合わせにかかる。

射撃の練習は何度もしたが、動いている標的を狙うのはやはり至難の業だ。

それでも、何とか照準を合わせることには成功。

黒河との距離は5メートル。

これだけ近ければ、銃弾は外れることはないはずだ。

修平の人差し指が、拳銃の引き金にかかる。


「!?」


いや、引けない。

引いてはいけない。

照準の位置は――黒河の眉間。

致命的過ぎる、どちらの意味でも。

そうして、為す術なく動きを止めた修平の顔面を、


――黒河の拳が貫いた。


「オラァアァァッッ!!!」


――!!


「ぐあっ――!!」


修平の体が吹き飛び、その衝撃に拳銃を取り落とす。

泥水の水たまりの上を滑り、何メートルも無様に転がる。


「が・・・く、あぁっ・・・!」


――銃は・・・?


――ダメだ。

見つからない。

廃屋の軒下にでも入ってしまったのか、ソーコムがどこにも見当たらない。

反撃は断念して、今は一刻も早くこの場を離れるしかない。

ふらつく頭をなんとか持ち上げて、体を翻す。


「オイ、なんだぁ? まさか逃げるつもりかよ。 さっきまでの威勢はどこへいったよ、コラァ!!」

「っ・・・!」


黒河の追撃から逃れるため、修平は森の中へ駆け込んだ。


・・・。

 


――だがすぐに、修平は追いつかれてしまっていた――


「オッラァアア、これでもくらえやァッ!!!」

「ぐっ!!・・・く、あ」

 

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「ハハッ! 思いのほか手間取らせるじゃねーか、このクソが!!」


――!!


「あっ、ぐ・・・!」


濡れ湿った土の中に殴り倒され、さらに地面を蹴り転がされる。

修平は蹴られた腹を押さえ、うずくまるしかなかった。

 

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「・・・さて、っと」
「う・・・ぐっ!」
「まあ、俺も鬼じゃねぇ。 てめぇの持ってるメモリーチップを全部出しな。 それとPDAもだ。 素直に出しときゃ命だけは助けてやる。 もっとも、助けてやるのは命だけだ。 手足の何本かは覚悟しとけよ?」
「・・・断る」


――!!


「ぐはっ・・・!!」
「・・・なぁ、てめぇ俺を舐めてんのか? 殺されないとでも思ってんのか? 出せ」
「・・・・・・」


――!!


「ぐッ・・・!! ハァ・・・ハァ・・・」
「見上げた根性だな。 ま、それもいつまで持つか」
「・・・地獄に、堕ちろ」
「・・・・・・そうかい、じゃあ死ね」


つまらなそうに鼻を鳴らし、黒河が修平の首に両手を触れた。

そして手のひらに、一気に全体重をかけてくる。


「ぐ・・・あ、がっ、か、か、はっ・・・!」


気道が急激に押しつぶされる。

喉に、黒河の指が食い込んでくる。

視界が揺れ、寒気が走り、耳鳴りが始まる。

鼻の奥が重くなり、急速に意識が遠退いていく。

黒河の手を引き剥がそうともがいたが、何をしようと無駄だった。


「っ・・・ぅ・・・!ぁ・・・」


死ぬ。


ここで、俺は・・・。

 

こと・・・み・・・。

 

ごめん・・・。

 

最後まで嘘つきで・・・。

 

お前との約束は・・・。

 

もう・・・。

 

――!!

 

「――っ!!」


首にかかっていた重さが、突然、消えてなくなった。
暗転しかけていた意識が、一気に光を取り戻す。


「がはっ!!! ハッ! ハァッ・・・ハァッ・・・」


体が咳き込む。

酸素を貪るように、大きく喉を鳴らす。

その繰り返しの過程で、息苦しさで、修平は自分がまだ生きているということを理解した。


「ハァ・・・ハァ・・・なん、で・・・」


なぜ、黒河はあの状態から手を離したのか?

目眩を湛えながら体を起こすと、黒河が肩口を押さえながら呻いていた。

浅黒い肌の上には、鮮やかな赤い血が流れていて、先ほどの銃声により黒河が撃たれたのだと知れた。


――誰が、助けてくれたんだ?


ゆっくりと周囲を見渡す。

 

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すると、そこに司と玲がいた。

どうやら気になって、修平の様子を見に来たらしい。

だが、その表情を見る限り、修平を救ったのは彼らではないようだ。

 

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そして、悠奈も近くにいた。

やはり駆けつけて来てくれたのだ。

だが、その手に持った拳銃からも、硝煙は上がっていない。


――じゃあ、誰が・・・?


その時、修平の視線が1つの影を捉えた。


「・・・あ」



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「ハァ・・・ハァ・・・」


彼女の震える手には、修平の落とした銃が握られていた。

その銃口は黒河へと向けられ、今もまだ、微かな硝煙を吐き出している。


「ッ――!」


周囲からは、音の全てが消えていた。

修平が感じていた体中の痛みも、すでに何処かへ消え――


少しずつ、目に映る光景と記憶とを繋ぎ合わせていく。


琴美のプレイヤーナンバーは『6』――。

クリア条件は『自分を中心とした5つ並びのナンバーの他プレイヤーに危害を加えない』――。


そして、黒河のプレイヤーナンバーは『8』――。


黒河が、撃たれた肩を押さえながら立ち上がり、茂みの奥へと消える。


「こ・・・琴美・・・?」

「ごめん・・・修ちゃんだけjは、死なせたくなかったから」

「なん、で・・・」


ピー


「っ・・・」

「・・・やっぱり、鳴りだしちゃった」

「う・・・嘘、だろ・・・?」


混乱はまだ収まってはいなかった。

最悪の目覚ましが鳴り響く。

それでも、目の前の悪夢から覚めることはなく。

琴美の頬を一筋の涙が伝った。


「なに、やってんだよ・・・」

「ごめんね・・・修ちゃん・・・」

「どうして、琴美がここにいるんだよっ!」

「約束、守れなかったのは私の方だね」

 


手をつき、膝を立て、体を起こす。


抜けていた力を呼び起こし、駆け出そうと――

 

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「ダメよ修平!」

「なっ!? は、離せっ!」


無情にも押さえこまれる身体。


すぐそこに琴美がいるのに・・・。


その場所まで駆け寄ることすら許されない。

 

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「私・・・ここまでみたい」

「違うっ! 琴美が死ぬわけが――」

【クリア条件の達成が不可能となりました。 首輪を爆破します】


「あ、あはは・・・やっぱり、ちょっと怖いかも・・・」

「ダメだ、琴美! 今、助けるからっ!!」

「・・・来ちゃダメだよ、修ちゃん。 もう・・・無理だから・・・ね?」

「無理なんかじゃない! これで終わりなんかじゃない! だから・・・っ!」

「私・・・修ちゃんと逢えて、本当に良かった」

「琴美・・・」

「・・・修ちゃん」


琴美が、愛しさを込めて名を呼ぶ。

1人だった俺を、懲りもせずに何度も呼んでいた声。

最初は、どうしようもなくウザかった。

なのに、何度も何度もしつこいから、しょうがなく答えてやっただけ。

でもいつしか、それが当たり前になり、そして必要になって・・・。

俺は、その声に生かされていた。

その声に、生きる力をもらった。

そして今は、その声だけじゃない・・・。

琴美が・・・琴美自身が俺には必要な存在だった。



「ね、修ちゃん」

「琴美・・・」

「大丈夫・・・後悔なんてしてないよ。 だって、修ちゃんのこと、守れたんだもん」

「こと・・・み・・・」


傍にいて当たり前だと思ってた。

俺から目を背けることも、俺から離れることもないと思ってた。

けれど琴美は・・・勇気を振り絞って守ってくれた。

その相手が俺だから。


――だから琴美が向けた銃口に、躊躇いはなかったんだ。


「今まで・・・ありがとうね、修ちゃん」


違う、ありがとうじゃない。

まだ終わりじゃないんだ。


そう、これからは俺が――


「お前を――」


守ってやるから――

 

 

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「――ばいばいっ」

 


――――!!!!

 

 

「こ・・・琴美ーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

 

 

・・・。

 

 

 


再び降り出した雨の中。

その場にいた誰もが、一言も発せず息を呑んだまま・・・。

ただ流れる時間に任せて、その光景を凝視していた。


「・・・こと、み・・・」


おぼつかない足取りで、琴美の下へ歩き始める。

修平が見つめるその先に、琴美が横たわっている。

真っ赤なシーツが、琴美の体を覆うように広がっていく。


「・・・琴美」


向かい合ってそっと呼びかけ、両手を差し伸べる。

優しく、包み込むように髪を撫で、そして抱きしめた。

膝をついたまま、大切だった彼女を、力いっぱい抱きしめた。

生温かい赤が、修平の体に染みていく。


「う・・・くっ・・・こと、み・・・っ!」


言葉をいくつも呑み込んだ。

呼びかけようと探した言葉を、喉の奥へと押し戻した。

 

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「うっ――うあああああああああああああぁぁあああっっ!!!」


身を引き裂くような絶叫が、森の中に響き渡る。


何度も、何度も・・・。


耳を覆いたくなるほどの絶望が、世界を紅色に染め上げていく。

ただ、その悲しみに空が涙しているかのように、


――静かに、雨が降っていた。

 

 

 


ピー


ピー

 

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【参加者の死亡により、ステージがランクアップしました。 ただいまより、ゲームはセカンドステージに突入します。 クリア条件が更新されています。 各自パーソナルデータを確認してください】


・・・。

 

 


■藤田秀平(ふじた しゅうへい):プレイヤーナンバー『4』
クリア条件:『ナンバーが素数のプレイヤー全員のクリア条件を満たす』


――『ナンバーが素数のプレイヤー全員の死亡』――

 


・・・。