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リベリオンズ -Secret Game 2nd stage-【9】

 

・・・。


――掘り返した土は、丸く盛り返されていた。


静かに降り続く雨が、その土を色濃く染めては、中へと消えていく。

ぎゅっと拳を握りしめ、修平はゆっくりと立ち上がった。

 

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「・・・・・・」

「・・・修平」


琴美を弔う一連の作業の中、修平に声をかける者は誰もなく、1人、また1人とその場を後にして行った。


そして――悠奈だけが、そこにいる。

修平は声をかけられてから何拍も遅れて、彼女の方へ目を向けた。


「こんな時に言うのは酷かもしれないけど・・・まだゲームは終わっていないのよ」
「・・・・・・」
「全員のクリア条件が新たなものに更新された。 ここからは血で血を洗う本当の殺し合いが始まるわ。 こうなってはもう、誰も銃の引き金を引くことを戸惑わない。 撃てなければ自分が死ぬだけ、戦わなければ生き残れない本当の地獄が待っているだけ。 励ましも慰めも、今はなにも聞こえないかもしれない。 だけど、いつまでもここで膝をついているわけにはいかないの。 全員の生存はもう叶わない。 だけど私は、出来る限りたくさんの命を救いたい。 そのために、修平、あなたの力を――」
「・・・うるさい」
「・・・愛する人を失った悲しみは私にもわかるわ。 だからって自暴自棄にならないで。 あなたは生き残らなければならないの。 それが、彼女の――琴美の願いだったはずだから」


その言葉に修平は、短い沈黙の後――


地の底から湧き上がるような声で、呟いた。


「その、琴美がいないんだ・・・。 もう、世界のどこを探しても、琴美がいない・・・」
「・・・?」
「いないんだ・・・また、失くしてしまったんだ・・・俺は・・・だから・・・」
「修平・・・あなた、まさか――」


そう言う悠奈の言葉を、遮るように――


修平は彼女に、銃を向けた。

 

 

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「・・・俺にはもう、誰も必要ない・・・!――仲間ごっこは、もう終わりだ」


自分に銃を向けた修平を見て、藤堂悠奈の背筋に電流が走った。

雨粒が彼の髪を打っては、頬を伝って流れ落ちる。

そこにはもうすでに、笑みの欠片も残ってはいなかった。



「・・・修平、本気?」
「あぁ、本気だ」
「でも、そんな事をしたら、運営の思う壺――」


悠奈がそう言いかけた時、修平の指が引き金に掛かる。

 

「くっ!」


――!!

 

その指が引かれる直前、悠奈は転がって銃口からその身を外した。

しかし、ただ回避しただけではない。

実戦を潜り抜けたことを証明するかのように自然な動作で、悠奈も修平に銃を構えていた。

そのまま、冷たく生気のない修平の目をきつく睨みつける。


「・・・なんだ、その目は」
「さっきも言った通り、私はできる限りたくさんの命を救いたいの・・・。 でもね、そのためには私も生き残る必要があるのよ」


悲しみに満ちた言葉が、強い意志の篭った威圧感へと姿を変える。

 

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「もう一度言うわ。 修平、あなたの力を貸して」
「・・・それはできない」
「どうして・・・!? 他人の事は、もうどうでもよくなっちゃったの!?」
「・・・違う。 さっき、お前が言った言葉だよ」
「え?」
「『俺が生き残る事が、琴美の望み』・・・だったらお前とはもう、一緒にいられない。 セカンドステージに入るなり、俺のクリア条件が変わった。 新たな条件は素数ナンバーのプレイヤー全員の死亡』・・・お前も殺害対象に入ってるんだ」


その言葉に悠奈は、表情を強張らせた。

悠奈のプレイヤーナンバーは『J』。

紛れもなく素数だ。

自分はもはや修平とは、相容れない存在になってしまった。

それでも悠奈は修平を見つめ、言葉を絞り出す。


「そう・・・それなら最後に、私を殺したっていい」
「何・・・?」
「でもせめて、その時が訪れるまでは、私と一緒にいて。 たとえもう、ほとんどの人を救えなくなったとしても、私は1人でも多くの命を救いたい。 そのためにあんたの力が必要なの。 お願い修平・・・!」


その言葉に修平が、胡乱(うろん)な声を上げる。


「・・・お前は何を言っているんだ? 最後に自分を殺してもいいから、それまで一緒にいろだと? そんな言葉、信じられるわけがないだろう。 お前の狙いはなんだ?」
「狙いなんかないわ。 私は本気よ。 だから――」


悠奈がそう言いかけた時、視界に影がよぎった。


――!!


「――っ!?」


修平に向けて構えた銃を、何かが僅かに掠めていった。

何者かが横槍を入れてきたのだ。

取りこぼしたかけた銃を咄嗟に持ち直し、暗闇の奥を睨みつける。

そこへさらに、修平の銃が火を噴いた。


――!!


「っ!」


さっきまで悠奈のいた場所にあった石が、無残に砕け散る。


「修平、やめて! 私の話を聞いて!」

「・・・悪いが、聞く気はない」


得体の知れない森の奥からの攻撃と、修平からの銃撃に、悠奈は歯噛みした。

しかし、悔しがっている余裕は全くない。

何かがいるであろう方向から遠ざかりつつ、修平を軸に回り込むように動き、少しずつ距離を取っていく。

自分に向けて銃を構える修平ならば、照準を絞らせなければいいだけ。

しかし、攻撃を仕掛けてきた何者かの第2射が来ない。

これまでは、迂闊に近寄ることもできず、かといって立ち止まることもできない。

修平1人なら何とか近寄って押さえ込むことも可能なのにと、悠奈は舌打ちをした。


「退散するしかないってことか・・・っ!」


癪に障る――と続けながら、傍の茂みへと体を投げ込む。


――!!


その直後、修平の放ったであろう銃弾が、ほんの数メートル先にあった木の枝を撃ち抜いた。


「ちっ・・・」


こうなっては、どうあがいても自分の身を守ることしかできない。

腰を落とした姿勢で木の陰を辿りながら、悠奈は小走りにその場を後にした。

 

・・・。

 

・・・山小屋に戻る道を歩きながら、悠奈は深いため息をつく。

 

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「はぁ・・・どうしていつも、こうなっちゃうのかしら・・・。 リピーターとして潜入した意味が、まるでないじゃない・・・」


『リピーター』とは――


前回以前のゲームに参加して生き残った人間であり、主催者が意図的にゲームへと交ぜるプレイヤーである。

ある者は、ゲームに勝ち残った賞金を目当てに――。

ある者は、殺人の快楽を追い求めて――。

リピーターの多くは、過去の戦いで培った経験を活かし、ゲーム内で有利に立ち回ることができるのだ。

だがそんなリピーターにも、特別な追加ルールが与えられていた。

それは、自身がリピーターであることや、セカンドステージに関する情報を他のプレイヤーに漏らさないこと――

そして、セカンドステージに移行する前に、必ずファーストステージのクリア条件を達成しておく、というものだった。

だが、悠奈のファーストステージでのクリア条件は、『最終日までの生存』――。

それはセカンドステージへの移行を阻止し、プレイヤー全員の生存を目指していた悠奈を、嘲笑うかのような条件だった。

そしてこのゲームの運営者たちは今、悠奈を見てさぞ喜んでいることだろう。

悠奈が初めてこのゲームに参加させられた時と同様に、またもや最初の犠牲者が出てしまったのだ。

それも、最悪の形で。


そして運営が待ち望んでいるであろう負の連鎖が、すでに始まりつつある。

今日の昼までは、一緒に笑い合っていたはずの修平からの発砲――


それが、裏切りではない理由だからこそ、悠奈にとっては余計に悔しかった。


「これじゃ、前と何も変わらない・・・」


忌々しいデジャヴに、再び溜息がこぼれる。


――セカンドステージに移行するのが前回と同じであれば、結果も前回と似たようなものになるのは目に見えていた。

各人のクリア条件が、『他者に害を与えるもの』に変わったプレイヤーが多いことは、用意に想像できる。

悠奈自身のクリア条件も、極めて攻撃的なものに変わっていた。

悠奈は自分のPDAを見て、苦々しく呟く。


『他の全プレイヤーのPDAを操作不能にする』って・・・また大幅に変わったものね・・・」


他のプレイヤーのPDAを操作不能にする方法は、3つある。

まず悠奈のPDAには、『半径1m以内の他者のPDAを操作不能にする』特殊機能が与えられている。

1つはそれを用い、悠奈の特殊機能を使って操作不能にする事。

もう1つはPDAを物理的に壊す事。

そしてもう1つは、PDAの持ち主を殺す事だ。

だがそのどれもが容易な方法ではない。

他人が容易く受け入れてくれるわけはないだろう。

しかもクリア条件が苛烈なものに変更された事による影響は、それまで信頼を結んでいた仲間との関係にも及ぶ。

この先は誰もが他人を信用することが難しくなり、『命を狙われているのではないか』という疑心暗鬼に囚われるだろう。

そう思うと不意に、例によって山小屋に残してきたまり子と結衣の事が、心配になってきた。


「・・・結衣、まり子・・・!」


あの2人に限って、セカンドステージに突入したから、即殺し合いをするなどという事はないはずだ。

だが2人に与えられた新条件次第では、彼女たちにどんな心境の変化が訪れているかはわからない。

それにまり子のPDAの特殊能力は、極めて危険なものだ。

互いの疑心暗鬼が募り、さらにそこに何かのきっかけが加われば――爆発が起こるかもしれない。

悠奈がそう思った時、どこかで銃声が鳴った。


「ッ!!」


それは山小屋の方角から聞こえたような気がした。

銃声はさらに続く。

明らかに何かが起きている。

悠奈はいても立ってもいられず、山小屋に向けて駆け出した。

 

・・・。


やがて山小屋が見えてきた。

悠奈は警戒しつつも、その扉を開ける。

 

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「2人とも、無事!?」


開けるなりそう声をかけたが、しかし――

答えはない。

2人の姿は、もう既にそこにはなかった。


「あ・・・ど、どうしてあの2人まで・・・!」


このゲームの経験者である悠奈にも、信じられなかった。

自分を信頼しきっていたと思えたあの結衣とまり子が、セカンドステージに移行するなり、姿を消すなどとは。

その理由を悠奈は、一瞬考えてすぐに気づく。


「・・・ひょっとして、まり子が・・・?」


まり子の条件は、『特定のパートナーと、ずっと一緒に行動する』というものだった。

だがセカンドステージに移行した時、この条件はどう書き換わったのだろうか。

恐らく『今までパートナーだった相手を、殺害する』というものに変わったのではないか?


「ありうる・・・っていうか、可能性はかなり高い・・・!」


このゲームが2つのステージに分かれている理由は、まさにそこにあった。

ファーストステージの時点で与えられるクリア条件は、他のプレイヤーとの共存・協力がある程度必要なものが多い。

まり子の条件など、その最たるものだろう。

しかしこれがセカンドステージに移行すると、反転する。

今まで関係を築いた相手を、殺害するような条件に変わる場合が多々あるのだ。

だとするとまり子は、今後自分を殺害するために行動せねばならない。

望むと望まざるとにかかわらず。

その現実に耐えかねたか・・・あるいは既にそのために動いていて、山小屋を出たのか。

結衣はまり子を追って山小屋を出たか、まり子に襲われて逃げ出したか。

あるいは結衣すらも、自分を殺すために動いているか――可能性はいくらでも考えられる。

その可能性のどれもが血なまぐさいものだと察し、悠奈は苦い声で呟く。


「・・・そうだ、私たちは・・・世界一タチの悪い、殺し合いゲームをやってるんだ・・・!」


だが、それでも悠奈の行動が変わるわけではない。

彼女の意思は書き換わらない。


・・・。


今は敵に回ってしまったかもしれないまり子と、そして結衣を探し――悠奈は独り、山道を歩き出した。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

 

・・・修平は、夢を見ていた。


遠い昔のような気がする、子供の頃の話。


まだ、傍らの少女と背が同じくらいだった、在りし日の話――


気がつけば、琴美はいつも隣にいた。


2人で黙って空を見上げて、修平が母の死を受け入れたあの日から、ずっと。


施設の中にこそ入れなかったものの、それ以外の場所には、どこにでもついてくるようになった。


そんな彼女は、修平にとって最初からくすぐったい思いだったが、慣れてくると逆に、いない方が不自然な気がする程になっていた。


彼女は、ある時は母のように、ある時は姉のように、ある時は妹のように接してくる。


頼んでもいないのに世話を焼き、ふとしたことで甘え、修平を振り回す。


かつての修平であれば、それを面倒臭いと一蹴しただろう。


しかし、母の死を受け入れてからの修平は、彼女のことを必要な存在であると認識するようになっていた。


そして――


いつまでも、一緒にいてくれるのだと、漠然と思っていた。

 

・・・。


なのに、それなのに今は、少しずつ遠くなっていく。


琴美の声が、少しずつ遠くなっていく。


――どこに行くんだよ?


修平が声をかけてみるも、何を言っているのかが分からない。


近寄ろうとした。


しかし、修平が1歩踏み出すと、琴美は2歩離れた。


さらにもう1歩踏み出すと、琴美の体や声は余計に小さくなった。


口は開いているのに、何を言っているのか、よく分からない。


琴美は笑顔で手を振ってくれているのに、どうしてか、その笑顔が無性に寂しい。


――琴美、行くな!


我慢できずに叫んだ。


琴美は笑顔のままだった。


手を伸ばした。


琴美の顔が、まるで水面の波紋に揺られるようにぼやけた。


足を踏み出した。


琴美の顔が、どんどんと小さくなった。


名前を叫んだ。


何度も繰り返して呼びかけた。


――行かないでくれ、琴美!


――傍にいてくれ!


――お願いだから!

 

――頼むよ・・・!


――ことみ・・・。


しかし、もう修平には、琴美の姿は見えなかった。


・・・。

 

修平の目から、涙が零れる。

悲涙は、吸い込まれるように消えていった。


・・・。

 

 

―4日目―

 

 

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・・・藤田修平が目覚めたのは、空がようやく明るくなり始めた頃だった。

昨夜の雨で濡れた服が乾きつつあり、その代わりに体が冷え切っていた。

その寒さ――冷たさに、修平はここが現実であることを認識する。


「・・・・・・」


ため息の後、樹木を背に下ろしていた腰を持ち上げた。

それから、修平はふらふらと歩を進め、琴美の墓の前に立った。


「・・・・・・」


全員の生存を考えた結果が、今の惨状だとするならば、もう、誰が死のうとどうでもいい。


『――もしもこの手に拳銃が握られていたら、目に映るやつらをみんな撃ち殺してやるのに』


ちょうど、施設に入れられた頃のような気分だった。

しかし、今の修平の手の中には、本物の拳銃がある。

指先を動かせば、それだけで人の命を奪える実物がある。

思い出す。

あの頃、守るものも何もなかったことを。

目に映る全てが敵で、何もかもを憎悪していた時のことを。


「・・・殺す」


もはや、躊躇はない。

クリア条件は『素数ナンバーのプレイヤー全員の死亡』。


ならば――たとえ全員を撃ち殺すことになろうと、生き残ってみせる。

それが、修平の出した答えだった。


「・・・琴美・・・今まで、ありがとう」


――そして、さようなら。


音にならないように呟いて、修平が琴美の墓に背を向ける。

彼女をその場所に、置き去りにして。


・・・。

 

「――修平様」

 

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そうして少し歩いたところで、いつかのメイドが現れた。

彼女は華麗な仕草のお辞儀の後に、修平に期待に満ちた眼差しを向ける。


「出発されるのですね」
「・・・・・・」
「よろしければ・・・私も、お連れ頂けないでしょうか?」


修平は、何の反応も見せずに、ただ冷静に瞳の行動を注視した。

粕屋瞳のナンバーは『2』――。

素数ナンバーの持ち主であり、今では修平の殺害対象の1人だ。

真正面から撃ち合っても簡単に殺られてくれる相手ではないが、不意をつける今なら、彼女を始末する事は可能かもしれない。


しかし――


「私は、主が命じるのであれば、どのようなご命令でも必ず遂行いたします。 武器も直りました。 お望みとあらば、参加者全員を皆殺しにしてご覧にいれます。 ですから、どうか、私のことを必要として下さい」
「・・・・・・」


他の参加者全員を殺す――

実際に、瞳であれば、それは可能かもしれない。

黒河たちを相手取った時と、修平自身が対峙した経験からすると、全参加者中最強クラスの実力者であるように思える。

そんな彼女を手駒として使えるなら、確かに悪い契約ではないだろう。

使い捨ての駒として割り切るのであれば、利の方が大きい。

ただし、それは・・・彼女が裏切らなければの話だ。


「・・・俺は、お前を信用していない」
「修平様のご信頼に足らないことを恥ずかしく思います。 ですが、機会を頂けるようでしたら、あなた様への忠誠を証明してみせます」
「・・・だったら、お前のクリア条件を教えろ」


先に得た情報では、瞳のクリア条件は『12時間以上同じエリアに留まらない』だったはずだ。

しかし、セカンドステージに移行して、ゲームは振り出しに戻ってしまった。

新たなクリア条件は、全ての情報の中でも重要度が高く命にも関わってくる。

それを公開するのは、生半可な覚悟では不可能なはずだ。


「俺の信頼が欲しいなら、答えられるだろう?」
「はい、おやすい御用でございます」


瞳が慇懃(いんぎん)に頭を下げ、PDAを修平へ差し出してくる。

その動作には、一切の迷いがない。

不可解に思いながらも、修平はPDAを受け取って、その画面に目をやった。


『2時間以上同じエリアに留まらない』・・・か」


瞳のクリア条件は、一見すればファーストステージの強化版でしかない。

しかし、2時間以上同じエリアに留まれないということは、2時間以上の睡眠が許されないということだ。

これから先、ゲームが何日間続行するかは明らかにされていない。

いつどこから命を狙われているかもわからない状況で、睡眠時間を削られるのは、メンタル的にかなりの負担を強いられるだろう。

やはりセカンドステージの条件は、ファーストのそれとは比べものにならないほど難易度が上がっている。


「・・・俺の命令には、全て従うんだな」
「はい」
「・・・この先、なにが起きても俺を裏切らないと誓えるか?」
「はい」
「分かった。 それなら、ついてこい」
「はい、ありがとうございますっ!」


彼女にとっては、修平の答えがよほど喜ばしいものだったのだろう。

瞳は頬を紅潮させ、満面の笑みを浮かべながら優雅に一礼してみせた。


「今後、修平様はクリア条件を満たすために行動されるのだと思います。 そのために必要なことは、何なりとお申し付けください」
「・・・ああ」
「まずは、いかがいたしましょう?」
「そうだな・・・今は少し眠っておけ。 2時間経つ前に、俺が起こしてやる」
「しかし、そのようなお手間を・・・」
「気にするな。 この先は、休みなしで働いてもらう」
「はい、かしこまりました」
「それとお前のPDAは、起きるまで借りておくぞ」
「はい、どうぞご自由になさって下さい・・・ですが、どうなされるのです?」
「このPDAの特殊機能は、一種のソナーとして使える。 半径100メートル以内にいる他のプレイヤーがいれば教えてくれる。 身を守るには、これ以上優秀な性能は他にはないだろう」
「そういうことでしたか。 さすがは修平様、ご慧眼(けいがん)でございます。 やはり、私の目にくるいはありませんでした。 修平様は、我が主として相応しい。 ご友人を失ってなお、冷静さを失わない強靭な意志をお持ちです。 吹石様のことは――」
「黙れ」
「・・・っ」
「俺の前で・・・2度とその名前を口にするな・・・いいな?」
「・・・は、はい。 申し訳ございません・・・っ!」


修平が見据えるなか、瞳は体を萎縮させた。


――いま俺は、どんな目をしているのかな?


修平はそんなことが少し気になったが、だがそれも、すぐにどうでもよくなった。


「いつまでそうしているんだ? 話は終わっただろ」
「・・・はい。 それでは、お言葉に甘えて、先に休ませていただきます」
「ああ」


修平の返事を確認してから、木の幹に寄りかかり、ほどなくして瞳は寝息を立て始めた。

普段の仰々しい態度や、驚異的な戦闘能力とは程遠い、無垢な子供のように安らかな寝顔を見下ろす。

瞳の使いどころは、素数ナンバーの人間の探索と殺害だ。

それが終わり次第、仮初めの信頼ごとボロ雑巾のように投げ捨てる。


「今のうちに、いい夢を見ておくんだな・・・」


修平は冷め切った表情で、小さく鼻を鳴らした。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

――一言で表すなら、絶望的だった。

 

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PDAのクリア条件を見た瞬間に、阿刀田初音の心臓はどくんと1つ高鳴り――

それからじわじわと、汗が滲むように心拍数が上がっていった。

このゲームは、決して嘘や幻なんかではない。


「初音はまだ、死にたくない・・・です。 こんなクリア条件・・・絶対に無理なのです・・・・・・どうして初音ばっかり・・・こんな・・・」


PDAの画面に、大粒の涙が落ちる。

その滴の先、若干傷ついた液晶に映るのは、彼女の生死を定めるルール。

 

『自分以外のプレイヤー全員の死亡』――。


それが初音に課された、新たなクリア条件だった。

『全員の死亡』と表記されているものの、ただ座して待っていても、他のプレイヤーが死亡するわけはない。

即ちこのクリア条件が示す真意は、『全プレイヤーを殺害せよ』と言っているのと同義だった。


「初音に、人が殺せるわけないです・・・でも、死にたくもないです・・・」


しかし司から話を聞いた限りでは、昨夜、琴美は死んだのだ。

今はもう、琴美に頭を撫でてもらうこともできない。

それは悲しい出来事だった。

だが同時に、自分がそうなってしまうことへの焦りに似た恐怖が、初音の中に吹き出してくる。


「初音は、どうすればいいのですか・・・? 助けて・・・助けて、ママ・・・ママ・・・おうちに帰りたいです・・・もう、わがまま言わないから・・・お稽古が嫌でも、逃げたりしないからぁ・・・」


祈るように、崩れるように、PDAに頭を押しつける。

そうしたところで、何かの救いがあるわけでもないのだが――


「あ・・・」


救いの代わりに、初音はある考えに至った。


「・・・もし司に、こんなクリア条件が知られたら、初音は仲間のままではいられないのです。 全員を殺すのが条件の人間なんて、誰だって、傍にいるのは嫌なのです・・・」


初音が隣の部屋を覗いてみると、司と玲は修平のことについて話していた。

初音に気を留めている様子は特にない。


「い、今のうちに逃げないと・・・っ!」


そのためにできることは何か――そう考えた時に、初音はまず、特殊機能について思い当たった。

初音の機能は、プレイヤーの探査。

司たちから、逃げるためには、2人を探査対象に追加しておいた方が得策だ。

PDAの音量を最小にしつつ、急いで特殊機能を操作していく。


「え、えっとたしかこのボタンを・・・・・・あれ?」


特殊機能の画面には、見知らぬアイコンが表示されていた。

だが今は、そんなことに気を取られている場合ではない。


「ま・・・なあいいです。 後で確認すれば、それでも済む話なのです。 とにかく今は――」


特殊機能の探査条件に、司と玲を対象として追加する。

それから、隣の部屋で話す2人の動きを見ながら、こっそり窓へ近付いていった。

 

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「玲、更新されたクリア条件は確認した?」


朝――起き出してきた墨色の髪の少女が水を飲むより先に、三ツ林司はそう言って彼女の目を覗き込んでいた。


「・・・婦女子の寝起きの顔を見るとは、無礼千万ですね。 司ももう少し、デリカシーというものを学ぶべきです」
「あいにくと、僕は男だからね。 ――それより、どうなの?」
「・・・確認はしました。 以前に比べ、厳しい条件になっています」
「そう・・・まあ、プレイヤー全員がそうだろうから。 ひとまず、みんなで集まって条件の競合を確認しようか」
「そうですね・・・ですが、競合していた場合はどうします?」
「それは・・・その時考えるよ」


司はそう言って、玲から目を逸らしていた。

実のところ、ある程度の結論は出ているのだが、それを知られたくないとおもったのだ。

すると玲が、背後でポツリと呟く。


「司・・・あの人は、立ち直れるでしょうか」
「・・・藤田先輩のこと?」
「はい。 亡くなった女性の方とは、親しい間柄だったように見えました」
「うん。 幼馴染だったって聞いてるよ。・・・藤田先輩には、ゲームに生き残ること以上に優先される目的があったんだってさ」
「なんの話です?」
「ゲームの初日にね、藤田先輩が言ってたんだ。 もしかしたら、それは彼女のことだったのかもしれない。 まあ、今となっては、確認のしようもないけどね」
「そうですか・・・。 大切な人がある日突然消えてしまう辛さは、私も痛いほどよく分かります」
「・・・弟さんのことだね」
「はい」
「・・・僕には、自分以上に大切なものなんてないから、そういう感情はよく理解できないな。 だけど、弟さんの仇討ちは、とりあえず後回しにした方がいいと思うよ。 これだけ状況が変わると、まずは自分が生き残ることを先決した方がいい」
「・・・私の身を、案じてくれるのですか?」
「ハハッ、僕はそこまでお人良しじゃないさ。 生きて帰るためには、君の力が必要なだけだよ」
「そうですか。 司が人の心配をするなんて気味が悪いと思いましたが、小憎らしいままの司で安心しました」
「うん、褒め言葉だと思っておくよ。 さあ、とりあえず、クリア条件について話し合おう。 全部それからだ」
「そうですね。 初音を呼んできます」


・・・。


「・・・ふぅ」

玲が部屋を出て行ったところで、司は小さくため息をついた。

セカンドステージに関しては、概ね想像通りの内容だ。

それはいい。

しかし、パートナーの目的まで考えるとなると、この先かなりのリスクが予想できた。

玲には弟の仇討ちを諦めてもらうのがベストだろうが、恐らく彼女がそれを諦めることはないだろう。

止めても突撃していって、最悪の場合は司まで巻き添えをくらいかねない。


「・・・条件が競合していたり、どうしても足を引っ張るような行動を取るようであれば、切るしかないかな」


眉間に寄せた皺を右手で弄りながら、司が再度ため息を漏らす。


そのため息が、乱暴にドアの閉まる音でかき消された。


「玲? どうしたんだい、そんなに慌てて――」
「初音が! 小屋を飛び出していきました!」
「・・・っ!? 玲、彼女を追いかけて!」
「了解!」


返答するや否や、風のような速さで玲が飛び出していく。


「・・・これはこれで、予想通りの展開だけど、初音も意外と決断が早かったね。 頑張って集めたパーティーメンバーも、これで見納めかな・・・案外、気に入ってたんだけどなぁ」


司は頭を抱えて、大きく左右に首を振る。

それから、一呼吸の後に気を取り直して、玲たちの後を追って走り出した。


・・・。

 


「――初音、止まってください!」

「こっ、こっちに来ないで!!」

「危ないですよ! もし、他のプレイヤーに襲われたらどうするのです!?」

「っ・・・う、ぅぅぅっっ!」

「初音、どうして逃げるのですか!? 初音!」

 

蒔岡玲がどんなに呼びかけても、初音は止まってはくれなかった。

いったい何があったのか、玲にはまったく見当がつかない。

ただ『逃げている』という事実だけが、目の前にある。

だが昨日、彼女を裏切らないと約束した以上、彼女をここで1人にするわけにはいかなかった。


・・・。


やがて玲は、行き止まりの断崖絶壁の前で、彼女に追いつき――

 

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「初音・・・、やっと追いつきました」
「ひ・・・っ!?」
「さぁ、司のところに戻りましょう、初音」
「あ・・・い、いやっ・・・!」
「・・・新しいクリア条件に動揺しているのですね? それなら大丈夫です。 私と、司と、みんなで解決策を考えましょう。 そうすれば、きっとみんなで生き残る方法が見つかるはずです」
「やだっ・・・いやです、絶対にいやなのですっ!」


初音がひどく混乱した様子で、崖の方へと後ずさる。


「ほら、こっちへ来て下さい。 そのままだと、崖から落ちてしまいますよ?」


何とか初音を安心させようと、玲なりに精一杯の笑顔を作り、初音へと手を差し伸べる。

だが、その途端――


「うあぁあああぁっっっ!!!」


――!!

 

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「っ!?」


突然飛んできたナイフの切っ先に、玲が思わず飛びさがる。


「初音っ!? なにをっ!?」
「く、来るな・・・来るなですっ!! わぁああぁっっ!!」
「は、初音! 危ないです、止めて下さいっ!」
「来るな! 来るな! 来るな来るな来るなぁああっっ!!」


――!!


「っ・・・!」


ナイフを振り回しながら近付いてくる初音に、玲が息を呑む。

初音が錯乱するという予想外の事態に、為す術なく後ずさる。


「お・・・落ち着いて下さい! 初音っ!」
「うわぁああぁああぁぁっっ!!! 来るな、死ね、死んじゃえぇええぇっっ!!!」


――!!

――!!


「初音っ・・・!」


もはや玲の声すら届いていないのか、初音が泣き叫びながらナイフを振るう。

玲からすれば、それを回避すること自体は容易い。

ナイフで襲われることよりも、むしろあの大人しかった初音がここまで変わったことの方が驚きだった。

一瞬驚愕に身をすくませたところに、初音の刃が迫る。


「あぁあああぁぁっっ!!! 死ねぇええええ!!!」


そう叫んで飛び掛かる初音を、玲は思わず突き飛ばした。


「や、やめてください!」

 

 

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「あっ!?」


日々鍛え上げられた玲の膂力が、初音の小さな体を弾き飛ばす。

初音がたたらを踏み、よろめいたその先には、崖が――


「初音! 危ない!」


玲が刀を投げ出し、初音を捕まえようと手を伸ばす。

しかし、その手は空しく空を切り――


「きゃあああああ!」

「初音ぇええぇぇぇっっ!!!」


初音は崖下へと真っ逆さまに落ちていった。


「わ、私は・・・なんてことを・・・」

 

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「――あ、いたいた。 こんなところまで走ってきてたの。 あれ? 初音は? というか――」


そして顔色を変え、尋ねてくる。


「玲、大丈夫? なにがあったの?」
「初音を・・・私が・・・そんなつもりでは、なかったのに・・・初音が、ナイフを取り出して・・・でも、私はただ・・・彼女を助けようと・・・」
「・・・・・・初音を、斬ったの?」
「いいえ・・・突き飛ばして、しまって・・・」
「それで、彼女は?」
「崖の、下に・・・」
「・・・!」


司が崖の方へ目を向ける。

そこから人が落ちればどうなるか、理解できない司ではないだろう。


「・・・初音に抵抗されて、不可抗力で反撃してしまった。 そんなところかな?」
「・・・でも、私はっ・・・! 初音は、ただ錯乱してただけなのに・・・助けを求めていたはず、なのに・・・」
「・・・残念なことだけど、あまり気を落としていても仕方ないよ。 僕の予想が正しければ、セカンドステージのクリア条件にはある程度の法則性がある。 たぶん、僕たちの命が初音のクリア条件に関わっていたんだろうね。 そうでなければ、彼女がなんの相談もせずに、小屋から逃げ出したりはしないよ」
「・・・それでも・・・そうだとしても!」


玲は手のひらに爪が食い込むほど、きつく拳を握り締めた。

だがその痛みすら、自分が初音に与えてしまった恐怖と苦しみに比べれば軽すぎる。

 

「・・・後悔するのはいいけど、大事なのは、同じ間違いを繰り返さないことだよ。 僕らだってクリア条件次第じゃ、初音と同じようになっていたかもしれないんだ。 だからさ、ほら」


司が地面に落ちた刀を拾い上げて、玲に差し出してくる。

玲はしばらく、黙ってそれを見つめた。

そんなものを持っていたからこそ、初音をあそこまで怯えさせてしまったのではないだろうか。

そんな、苦い思いが去来する。

でも――目の前にいる男はその刀を、自分へと差し出していた。

何一つ恐れることなく、いつもと変わらない平然とした目で。


「・・・玲、早く受け取ってくれないかな? 重いんだけど」
「司・・・わかりました」


玲は頷いて、その刀を受け取った。

どういうわけかそれは、以前よりも遥かに重く感じられた。


「行こう。 こうしてる間にも、他のプレイヤーたちは次の行動を起こし始めている。 僕らのクリア条件を交換して、これから先のことを考えるんだ。 いいね?」
「・・・はい」


・・・・・・。


・・・。

 

 

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「僕のクリア条件は、これだ」


山小屋に戻るなり、司が自身のPDAを玲へと見せた。


『ゲーム終了時点でクリア条件を満たしたプレイヤーが3人未満。 ただし本人は含まない』


――画面には、そう示されている。


「ファーストの段階では『クリア条件を満たしたプレイヤーが3人以上』だったから、内容が真逆になったわけだね。 14人のプレイヤー全員がそうなのかはわからないけど・・・。 セカンドステージのクリア条件は、ファーストのものと関連しているのかもしれない。 初音のクリア条件は『プレイヤー全員の生存』だった。 もしこれが反転したとすれば・・・」
「プレイヤーの・・・皆殺し」
「だとすれば、初音が凶行に走った気持ちもわからなくはないね」
「初音・・・」


握り締めた刀の鞘が、カチリと音を鳴らす。

では、あの時、どうすれば良かったのかと考えてみても、やはり答えなど見つからない。


「ファーストステージはあくまで前座の茶番。 1人目の犠牲者が出てからが、ゲームの本当の始まりだったんだよ。 だって本来なら吹石先輩が亡くなった時点で、初音もクリア条件を満たせなくなって、首輪が爆発しているはずなんだ。 だけど、初音は死ななかった。 セカンドステージに移行して、クリア条件が更新されていた」
「・・・なぜ運営は、そんな回りくどいことをしたのです?」
「理由はいくつか思いつくけど・・・ま、どうせ連中の考える事だからね。 まともな理由じゃないと思うよ」
「・・・・・・」
「話を元に戻そう。 玲のクリア条件を教えてもらえるかな?」
「私の条件は・・・これです」


玲のセカンドステージのクリア条件は、『JOKERのPDAの破壊』――。

『JOKER』に関連するのは相変わらずだが、その内容が『所持』から『破壊』に変化している。

このゲームでPDAを破壊されることは死に等しい。

『JOKER』の所有者と敵対するのは避けられないクリア条件だった。


「なるほど、対象者が1人とは言え面倒そうだね。 しかし、幸いというべきか・・・僕らのクリア条件に競合はない。 僕のクリア条件を達するためには、14人のプレイヤーのうち、11人の死亡が必須だ。 だけど、僕は玲を殺すつもりはない。 僕らは引き続き、パートナーとしてやっていけるわけだね」
「・・・・・・司は、それでいいのですか?」
「なにか問題でも?」
「私は・・・仲間を崖から突き落としました。 そんな人間と一緒に行動することに、抵抗はないのですか?」
「それはお互い様じゃないかな・・・。 僕が生き残るには、たくさんのプレイヤーの命を犠牲にしなければならない。 いざとなれば、君を裏切って自分だけ生き残ろうとするかもしれない。 それでも玲は、僕と行動を共にしたいと思うかい?」
「・・・・・・私にも、よくわからなくなってしまいました。 だけど、司は私は殺すつもりはないと言った。 今は、それを信じます」
「そう・・・だったら、玲の考えがまとまるまで、しばらくは仲間でいよう。 その方が、お互いのためだろうからね」
「・・・はい」


玲はもう一度、握り締めた刀の重みを確かめながら、司の言葉にそう答えた。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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――廃村の一角にある、打ち棄てられた診療所は、しばらくぶりにその本来の役目を果たしていた。


今朝になってその場所を見つけた城咲充が、黒河の肩の傷を治療するために、その場所を利用していたのだ。


「・・・黒河くん、肩の具合はどう?」
「ああ? どうもこうも、痛ぇっつーんだよクソッタレが・・・! あんのクソアマ、マジで撃ってきやがって・・・」
「でも、大した怪我じゃなかったから、まだよかったよね」
「んだと充? てめぇ、大した怪我じゃないっていうなら一発撃ってやろうか?」
「い、いや、そういうことじゃないよ! ただ、痛み分けにしては、向こうの被った損害の方が大きいっていうか・・・」
「まあ、あのアマはくたばりやがったからな」


『ざまぁみろ』と、黒河が冷たい笑いを浮かべる。

しかし、充は、琴美のことを笑う気にはなれなかった。

本当に首輪が爆発する様を目の当たりにしたことで、自分の首元にあるものを意識せずにはいられなかった。


「おい充、てめぇ何さっきから首を気にしてんだよ」
「だ、だって、目の前で本当に爆発したし・・・」
「チッ、ビビってんじゃねーっつーの。 要は、俺たちは爆発しねぇように動けばいい。 それだけだ」
「それは・・・そうだけど・・・」
「うだうだ言ってんじゃねぇよバカ。 さっさとクリアする案を考えろ」


口腔に放り込んだ干し肉を咀嚼しながら、黒河が充に顎で指示を出す。

それを横目で眺めながら、充は深々とため息をつき、『とりあえず』と前置きした。


「何にしても、変更されたクリア条件を確認しよう。 昨日はそれどころじゃなかったし、黒河くんもまだ確認してないんだよね?」
「ああ・・・畜生、こうして話してると、またあのクソアマがムカついてきた」
「と、とにかく条件の確認を頼むよ」
「っせーな、分かってんよ・・・・・・あぁん? 前半とあんま変わんねーな」
「えっ、本当にっ!?」
『クリア条件を満たしたプレイヤーのPDAを4台以上所持する』だとよ」


黒河に提示されたPDAには、確かにその通りのクリア条件があった。


「PDAを集める数が1台増えただけじゃねーか。 ついでに、てめぇの『JOKER』を含めても構わねーって話だ。 こりゃ逆に楽になるんじゃねーか?」
「そ、そうだね。 あんまり変化してないみたいだ・・・」


その言葉とは裏腹に、充はもっと黒河の条件について、深刻に考えていた。

ただPDAを集めるだけなら、なんの問題もない。

しかし、黒河の条件は『クリア条件を満たしたプレイヤーのPDA』に限定されている。

しかし、セカンドステージに移行して、参加者全員のクリア条件が過酷なものになっていたとしたら。

果たして残り13人のうち何人が、その条件を満たす事ができるのか・・・。

一見、難易度は大きく変化していないように見えるが、黒河のクリア条件は格段に難しいものになったと考えていい。

そんな分析を交えつつ、充もPDAを取り出した。

そして一抹の不安を抱えながら、自分のクリア条件を確認し――


「っ・・・!」
「で、お前のクリア条件は何だったんだ?」
「え・・・僕?」
「ああ? てめぇ以外に誰がいるっつーんだよ?」
「あ、ああ・・・そう、だよね」
「あ?」
「いや、そのっ、僕のクリア条件は・・・ファーストステージと変わってなかったんだ。 だから、ちょっと驚いて」
「あん? そんなことあり得んのか?」
「でも黒河くんだって、前半と大して変わってなかったでしょ?」
「・・・まあ、それもそうか。 それに、お前のPDAは『JOKER』だしな。 そういうのもアリか」
「元々、『コピーしたPDAのクリア条件』が僕のクリア条件だったからね。 『JOKER』のPDA自体にはクリア条件はなかったし、周りの難易度が上がれば、僕の難易度も上がるって話なんじゃないかな」
「ハッ。 まあ、せいぜいクリアしやすいヤツをコピーして、俺を楽させてくれ」
「それなんだけど・・・黒河くんは、仲間を集めないといけないよね?」
「まあ、そうだな」
「でも黒河くんは怪我をしている」
「うるせーな。 だったらなんだっつーんだよ」
「だから、僕が交渉して回るよ」
「・・・あ?」


黒河が眉間に皺を寄せ、充の真意を質すべく睨み付ける。


「てめぇが交渉して回るだぁ?」
「黒河くんは、その身体じゃしばらく動けないだろうし・・・。 早めに仲間を集めておかないと、クリア条件を満たした瞬間に隠れられる可能性もあるからね」
「・・・なるほどな。 たしかにてめぇの言う事ももっともだ。 よし、行ってこい。 ただし、俺を裏切ったらどうなるか、わかってんだろうな?」


黒河が、拳銃をちらつかせて、充に笑いかける。


「わ・・・分かってるよ」


それに、充はうなだれるように頷いた。

そして黒河に背を向け――

PDAを懐にしまいながら、充は診療所を後にした。

・・・・・・。


・・・。

 


「はぁっ・・・はぁっ・・・!」


息が切れる。

足がもつれる。

心臓が早鐘のように高鳴る。

まだまだ気温の低い朝だというのに、どんどんと滲み出てくる汗。

朝食を入れていない胃がきゅうと縮こまり、荻原結衣の胸に吐き気が込み上げてくる。

 

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「はっ・・・く、はぁっ・・・!」
「結衣さん、大丈夫!?」


少し前を走っていたまり子が、結衣の様子に気づいて足を止める。


「だ、大丈夫・・・! それより、もっと遠くまで、逃げないと・・・」
「ううん、もう限界よ。 少し休みましょう。 ここしばらく奴が追ってきている様子もないし」
「は、はい・・・」


まり子はそう言って、結衣を近くの洞窟に連れて行った。


・・・。


その中に潜みながら、まり子が結衣に囁く。

 

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「・・・辛いだろうけど、くじけちゃだめよ。 ようやく夜が明けて、自分の居場所がわかるようになってきたんだし・・・山小屋にも戻れるわ」
「うん、早く悠奈さんと合流しなきゃ・・・」


そう答えながら、結衣は先の出来事を思い出す。


――結衣とまり子は、悠奈を裏切ったわけではなかった。

まして山小屋を離れた事自体も、彼女たちの意思によるものではなかった。

昨夜、結衣とまり子と悠奈が、山小屋に3人でいた時、不意にどこかで銃声が鳴った。

悠奈は例によって、『2人ともここにいて!』と言い置き、その銃声の聞こえた方向に向かったのだ。

結衣はまり子と共に、悠奈を心配しながら、山小屋で待った。

しかししばらくすると、突然PDAが鳴り出し、ステージがどうこうと意味不明なアナウンスを聞かされたのだ。

結衣たちの心配はさらに膨らんだ。

まさか悠奈に何かあったのではないか?

そうして意を決して山小屋を出て、悠奈が向かった方角に、結衣とまり子が向かった時――

2人は、何者かに襲われたのだ。

連続する銃声と、銃弾の雨。

襲撃者の姿は見えなかったが、明らかに自分たちの命を狙っている。

2人は半ばパニックになりながらも、宵闇の中を闇雲に逃げ出した。

だがそれがいけなかった。

必死で逃げている内に道に迷い、山小屋に帰れなくなってしまったのだ。

止む無く、山の中で夜を明かし、そして迎えた朝。

そこで再び、またも姿の見えない襲撃者に襲われ、2人は共に逃げていたのだ。


「・・・悠奈さんのところに戻れば、きっと守ってもらえる・・・」
「・・・うん、だけど・・・山小屋に戻っても、悠奈さんに会える保証はないわ。 彼女も今ごろ山小屋を出て、どこかに行っているかもしれないし・・・」
「そんな・・・でも、だったらどうやって、あたしたち2人で生き残るの?」


結衣は泣きそうな声を上げ、まり子を見る。


――セカンドステージに入ると共に、結衣たちにも新たな条件が与えられた。

結衣の新たな条件は、相変わらずPDAが壊れていて、確認できない。

それは保留としても、問題はまり子自身の条件の方だ。

彼女が逡巡の末、ようやく昨夜教えてくれた条件は――


『一番長く一緒にいたパートナーの死亡』


即ち、悠奈を殺害する事だった。

そんな事ができるわけはない。

だが悠奈ならあるいは、いい方法を見つけてくれるのではないか?

まり子はそう言って、怯える結衣を連れて、ここまで逃げ続けていたのだ。

だがお人よしの結衣も、さすがにそれは引っかかっていた。

まり子は悠奈を殺すつもりはないというが、本当なのだろうか?

道に迷ったというのも嘘で、わざと山小屋に帰らなかったのではないか。

悠奈から1度離れ、隙をついて殺すつもりなのではないか・・・?

休んでいるうちに、疑心は急速に広がっていた。

やがてそれは、口をついて出た。


「あ、あの、まり子さん・・・?・・・まり子さんは、本当に・・・悠奈さんを殺すつもりはないの・・・?」
「な、ないわよ! 疑うのもわかるけど、それは信じて! 私はあの人に命を救われた。 私を無条件に、仲間として受け入れてくれた・・・それを裏切るなんて、私にはできない」
「・・・・・・」
「お願い結衣さん、信じて。 私たちが他のプレイヤーたちに比べて、優位なのはひとつだけ。 それは互いに信頼がある事。 悠奈さんが繋いでくれた、私たちの信頼関係。 それだけが、私たちの武器なの。 だから――」


まり子がそう言った時、洞窟の外で、足音がした。


「ひっ・・・」
「しっ!」


まり子が口に指を当てて、洞窟の外の様子を窺う。

瞬時の後、銃声が響いた。


「きゃっ!」

「っ!!」


まり子が驚いて尻餅をつく。

彼女の顔の傍、洞窟の入口付近に、弾丸がめり込んでいた。

恐怖で溢れそうになる悲鳴を、結衣は必死で抑える。

その銃声は、昨夜から結衣たちを付けねらっている『襲撃者』の銃によるものだ。

弾丸は当たらなかったが、恐怖は急速に募る。

逃げても逃げてもなぜか敵は、自分たちを的確に追ってきているのだ。


「ど、どうして・・・どうしてあたしたちの居場所がわかるの・・・?」
「わからないわね・・・特殊機能によるものかしら・・・。 奴がもっと近づいてくれれば、こっちの特殊機能で倒す事もできるんだけど・・・」


まり子が自分のPDAを手に、特殊機能画面を開いて呟く。

そこに表示されているのは、『2m以内にある首輪を爆破する』という特殊機能。

接近戦では無敵だが、それより少しでも離れると何の役にも立たない。

結衣がそう思った時、さらに銃声が響いた。

またも外れ。

向こうはおおよそのあたりをつけて、適当に撃っているらしい。

銃声を聞く限り、敵までの距離は、恐らくまだ遠い。

姿は見えず、声さえも聞こえなかったが、圧倒的優位を感じている事は伝わっていた。

そしてこちらが、絶望的に追い詰められている事も。

・・・今は適当に撃っているが、洞窟から出れば場所を補足されるだろう。

逃げ出しても即座に背中を撃たれる。

ここに潜んでいてもいつかは見つかる。

体は震え、心は徐々に、絶望に満たされてきた。


「も、もうダメ・・・! あたしたち、ここで死んじゃうんだ・・・! 悠奈さんのところに、戻れないんだ・・・!」


結衣が泣き言を口にした時、まり子が結衣の肩を掴んで言う。


「諦めちゃ駄目! 悠奈さんが言っていたでしょう、万が一の時は、自分で自分の身を守れって! 逃げられないなら、戦うのよ! 悠奈さんがくれたこれを使って!」


まり子は持っていたPDAをポケットに押し込み、代わりに腰に挿していた拳銃を手に取った。

結衣もはっとして、自分の拳銃に目をやる。


「で、でも、あたし、戦えない・・・殺し合いなんて、できないよぅ!」
「駄目よ! 戦わなきゃ殺されるのよ!」
「でも、でも!」


嫌々とかぶりを振る結衣を見て、まり子が小さく息をつく。


そして意を決したように、彼女は囁いた。


「・・・そうよね。 結衣さんは、そういう事をできる人じゃない・・・だったら、仕方ない・・・私が戦うわ」
「・・・え?」
「私、ようやくわかったの・・・口だけの正義じゃ、何もならないって。 悠奈さんのように、自分で行動しなきゃ、人の信頼を掴むことなんてできないって。 あなたに信じてもらうためにも、悠奈さんのところに帰るためにも・・・。 私が、奴を・・・!」
「だ、駄目だよ! そんなの危ないよ、まり子さんが――」


――!!


そこにさらに銃声が響いた。

音が近くなっている。

徐々に向こうが距離を詰めてきているのだ。

まり子は拳銃を握り締め、そして微笑んだ。


「練習通りにやれば、なんとかなるはず・・・生きて、2人で悠奈さんのところに戻りましょう」


まり子はそう言って、洞窟を飛び出した。


「まり子さん!」


――!!


結衣の制止の声は、銃声に遮られた。


――!!

――!!!

 


さらに何発も銃声が響く。

まり子の銃のものと、襲撃者の銃のものと。

銃撃戦は互角のようだ。

結衣が加勢すれば、さらにこちらが有利になるかもしれない。

だが、どうしても体が動いてくれなかった。

結衣の体は萎え、力が入らなかった。


「ま、まり子さん・・・まり子さん、死なないで・・・!」


祈ることしかできない自分が情けなかった。

自分はまり子に対し、疑心を抱いていた。

だがそんな結衣を助けるため、今まり子は敵と戦っている。

そんな彼女が眩しかった。

彼女が必死で戦っているというのに、自分だけコソコソ隠れていていいのだろうか?


「い、いや・・・! あたしだって・・・!」


結衣の胸の中で、なけなしの勇気が燃え上がる。

震える手で、銃を握り締める。


「あたしだって!」


結衣がそう叫び、洞窟を飛び出した時――


今まで聞こえていた銃声とは違う、轟音が響き渡った。


「っ!!」



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――目に見えたのは、赤い色。


全身を弾丸に撃ちぬかれたまり子が、倒れ伏す姿だった。


「ま・・・まり子さん!」


その瞬間、勇気も恐怖も吹き飛んでいた。

血塗れになったまり子に、結衣は思わず駆け寄った。

「まり子さん! 大丈夫、まり子さん!?」
「ゆ、結衣さん・・・逃、げ・・・」

 

ごぶっ、とまり子が血を吐く。

体には幾つもの穴が空いていた。

散弾銃か何かで撃たれたのだろうか。

敵は拳銃以外にも、そんな武器を隠していたのだろうか。

だがそんな事は、今はどうでもいい。

まり子を手当てするためにも、敵を倒さなければ――

そう思った時、すぐ後ろで気配がした。


「ッ!!」


結衣が振り返ろうとした時、風を切る音と共に、頭に衝撃が走った。


――!!


「ぎっ!!!」


頭を殴られ、頭蓋が割れるような激痛の中で、結衣が悲鳴混じりの呻きを漏らす。


地面を悶え転がり、必死で頭を押さえながら、滲む視界の向こうに誰かの姿を垣間見る。


「あ、あなたは・・・っ!?」


そこにいた襲撃者の姿を、彼女が目の当たりにした時――


再び散弾銃の銃把(じゅうは)が、結衣の頭を襲った。

――!!


「っ・・・ぎっ、あっぐ・・・うぅぅぅ!!!」


視界が斜めに傾いた。

それが昏睡に陥る前の目眩だと気付き、必死で堪えようと思うものの、上手く意識を保っていられない。

奈落の底に追い込まれるように、結衣の目の前が暗んでいく。


「ぅ・・・」


吐き気と痛みの中、落ちゆく意識にしがみ付こうと、結衣は呻く。

しかし、抵抗はほとんど無意味だった。

まり子同様、自分も殺されるのだろう。

閉じた彼女の瞳から、涙が音もなく零れ落ちた。


・・・・・・。

 

・・・。

 


どこかで断続的に響く銃声が、傷ついた体と心を苛(さいな)む。

崖から落下し、痛んだ体を引きずるようにして、阿刀田初音は森の中を歩いていた。

 

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「うぅ・・・! どうして、初音ばかり、こんな目に・・・」


あまりの理不尽な運命に対し、初音は哀しみと憤りの入り混じった声を漏らす。

先ほど崖から落ちた際、体を木々が受け止めてくれ、初音は奇跡的に軽傷で済んだ。

打ち身や擦り傷は全身にあるが、派手な出血はなく、命に別状はない。

だが果たしてそれが本当に、幸運だったと言えるのだろうか?

達成不可能に近いクリア条件を押し付けられ、仲間には崖から突き落とされ――

武器はナイフ1本しかなく、それさえも先ほどの落下時にどこかに失くしてしまった。

PDAの特殊機能も、過酷なクリア条件に見合うような、役立つものではない。

どう考えても生き残る芽など、ほとんど残っていないではないか。

ならばこの苦界(くがい)のようなゲームの中で生き長らえるより、いっそ崖から落ちた時に、死んでしまった方がマシだったかも知れない。


「もう嫌、もう嫌、もう嫌・・・! 誰も助けてくれない・・・玲も司も、みんな敵・・・!」


そう呟きながら、ふらふらとあてどなく歩く。

彼女の精神は、幾度となく痛めつけられ、限界に達しつつあった。

修平たちに嘘をつかれた事や、玲に崖から突き落とされた事だけではない。

彼女はすでにこのゲームの中で、口にするのもはばかられるような暴虐に曝された事があるのだ。

このゲームに参加してから起きた事の全てが、彼女をどこまでも追い詰めていた。


・・・。

 

・・・そうして、どれくらい歩いただろう。


やがて彼女の目に――禍々しい光景が、映った。

 

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「あ・・・」


そこには、見知った少女が、血塗れで倒れていた。

上野まり子。

このゲームの初日に出会い、初音に辛く当たった少女。

それが全身を撃ち抜かれ、変わり果てた姿で死んでいるのだ。


「ま・・・まり子・・・?」


そう呼びかけても、まり子は反応しない。

虚ろな目で、ただ空を見ている。


「まり子も・・・殺されてしまったんですか・・・。 初音も、きっと同じように・・・」


そう呟いた時、不意に背筋が震えた。

彼女を殺害した者が、近くに潜んでいるかもしれない。

殺人者が20m以内にいるか否か、初音は己のPDAの特殊機能で確かめようとした。


が――


「・・・?」

 

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ディスプレイを見た初音は、再び気になるものを見つけた。

いつの間にか特殊機能の画面に追加されていた、例の見知らぬアイコン。

それは先ほど玲と司のもとから逃げる前に発見し、確認を後回しにしていたものだ。


「・・・そう言えば、これ、なんなんでしょう・・・」


初音は手早くPDAを操作し、アイコンをタップする。

すると、そこに表示されたものは――


初音の運命を左右する、1つの啓示とも言えるものだった。

 

・・・。