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リベリオンズ -Secret Game 2nd stage-【11】

 

・・・。


―5日目―

 

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ゲームが始まって5日目の朝、廃村の中のとある一軒家の軒下――


修平は、誰かが砂を踏みしめる音で目を覚ました。


「・・・・・・」


しかし、それには気付かないふりをしながら、こっそりと腕を組んだ陰で拳銃を握り締めようとして、

誰かに、その動きを制された。


「動かないで」

「・・・誰だ?」


ゆっくりと顔を上げ、声の主を仰ぎ見る。

 

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「お前・・・なるな・・・か?」
「ええ」


そこには、クロスボウの照準を修平の眉間へと定めた、はるなの姿があった。

説明会以降、まったく姿を現さなかったプレイヤーの登場・・・そして彼女が手にした武器に修平の目がにわかに細まる。

クロスボウを武器として使用しているプレイヤーは、修平が知る限り只一人しか存在しなかったからだ。


「まだ、生き残っていたのか・・・」
「・・・別に難しいことじゃない」
「どういう意味だ?」
「勘違いしないで。 話をしているのは私」


そう言って、はるながクロスボウを持ち上げる。


「・・・わかった。 それで、何の用だ?」
「あなたに警告しにきたの」
「なんだと?」
「他のプレイヤーを殺すつもりなら、止めて。 この先一切、誰も傷付けずに最終日を迎えてほしいの」
「まさか、この期に及んで、死人は出したくない・・・なんて考えているわけじゃないだろうな?」
「安心して。 別に死人が出ることを懸念してるわけじゃないから。 他のプレイヤーの命なんて、私にとってはなんの価値もないもの」
「だとしたら、お前の目的はなんなんだ?」
「私のクリア条件が、関係しているから」
「クリア条件・・・?」
「『プレイヤーを殺害した他プレイヤー全員の死亡』。 それが、私のクリア条件よ」


つまり、修平が他のプレイヤーを殺害すれば、はるなのターゲットが1人増えることになる。

そうなる前に、修平の行動を抑止しておけば、はるなのクリア達成がそれだけ容易になるという理屈だ。

確かに、筋は通っている。

だが、それは彼女のクリア条件だけを考えればの話だ。

 

「お願いだから、他のプレイヤーを殺すのは止めて」
「・・・それは無理な相談だな。 だいたい、俺のクリア条件が、他のプレイヤーの殺害を必要とするものだったらどうする? もしそうだった場合、お前は俺に死ねと言っているのと同じだ」
「・・・・・・それなら、殺したい相手を私に教えて。 修平が殺さないといけない人間がいるなら、私が代わりにやってあげる」
「・・・はぁ?」


――こいつは一体、なにを言っているんだ?


はるなの突飛もない返答に、さすがの修平も半開きのまま呆けてしまった。

ただでさえ、過酷なクリア条件を背負っているにもかかわらず、他人のクリア条件にまで手を貸そうといっているのだ。


「・・・話が見えてこないな。 なぜお前が、俺の命に執着する?」
「・・・・・・あなたを、殺したくないから」
「・・・それは、おかしいな。 ゲームの初日に、あの麦畑で俺たちを襲ってきたのはお前だったはずだ。 そのクロスボウで、俺たちを狙撃してきた。 違うか?」
「・・・それが、私のクリア条件だったから。 『他のプレイヤーに対して3回以上危害を加える』。 それが私の、ファーストステージにおけるクリア条件。 説明会の時、何も言わずに修平の前からいなくなったのも、それが理由・・・私は自分が生き残るためなら、手段は選ばない」
「・・・お前の言ってる事は矛盾だらけだな。 だったら、どうして今、俺を殺さない? 生き残るために手段を選ばないっていうなら、問答無用で俺を撃てばいい」
「・・・嫌」
「なぜだ? お前にとって俺にどんな価値がある?」
「・・・それはクリアすればわかるわ。 修平にだって、本当はもうわかっているはずよ・・・」
「・・・・・・」


抑揚のない言葉と冷めた表情の中に、僅かに垣間見えた彼女の素顔。


どこか寂しそうで、物悲しい・・・


それは、哀愁だった。


「はるな・・・お前はまさか――」


喉まで出かかった言葉を寸前で呑み込み、修平はあえてかぶりを振った。

これまでに、13人のプレイヤーのナンバーがおおよそ判明している。

あと明らかになっていないのは、『3』『9』『JOKER』。

もしはるなのプレイヤーナンバーが『3』だったら、彼女も修平の殺害対象に入る。

だとしたらはるなの要求を聞き入れたとしても、いずれ彼女と殺し合う未来は変えられない。

しかしそれ以上に、修平を駆り立てるものがあった。


「はるな。 悪いが、お前の要求は聞けない」
「どうしても?」
「ああ。 俺には・・・どうしても、この手で殺さなきゃならない奴がいるんだ」
「・・・・・・そう・・・だったら、次に会った時は、敵同士ね」
「ああ、そうだな」
「・・・・・・さようなら、修平」


何かを言いかけた後に、結局は口をつぐみ、はるなは去っていった。

その後姿を見送った後、修平は深くため息を漏らす。

傍から見たら、どうしようもなく不器用で滑稽な2人だった。

純粋に条件の達成を目指すだけなら、はるなは修平を殺すべきだった。

ここで彼女が修平を生かしておく理由は、なにもない。

いつでもそれができたはずなのに、はるなは修平に情けをかけた。

逆に、修平も彼女を利用する事ができたはずだった。

はるなにターゲットを始末させ、最後の最後で切り捨てる事が。

なのに、それをしなかった。


「・・・次に会った時は敵同士、か・・・結局、俺たちにはそういう生き方しか許されていないんだ、はるな」


今更になって感じる主催者の悪意に、修平は苦笑した。

そうしてひとしきり笑った後、暗い光を瞳に宿し、無言で村を後にした。


・・・。

 

――その日、修平は、1つの事しかやらなかった。

ただ、黒河を探し続けた。

他の素数ナンバーのプレイヤーは、恐らく瞳が始末してくれるだろう。

だから彼は、仇を討つことのみに専心したのだ。


・・・。

 

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エリア内を隅々まで探し回る。

周囲に注意を張り巡らせながら。

そうする間、ずっと頭に引っかかっていたのは、今朝のはるなとのやり取りだった。


彼女の行っていた事が真実だとしたら、このゲームを運営する者たちは――

今回のゲームに参加したプレイヤーと、それぞれに与えられたルールを、ずいぶん念入りに考えたに違いない。

それは悪意ある計算の下に成り立っている。

だがそれを理解したところで、修平の行動が変わるわけではない。


『黒河の殺害』は、修平のクリア条件とは全くの無関係だ。

即ち修平は今、このゲームのルールとも、運営側の思惑とも関係なく、自分の意思で黒河を殺そうとしているのだ。


ただ、琴美の仇を討つために。


ドス黒い復讐心を満たすために・・・。


・・・・・・。

 

・・・。

 

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・・・そうしてどれくらい歩いただろう。

太陽が西の空に落ち、銀色の月が天に昇った頃――


ようやく木々の彼方に、仇敵の背中を見つけた。


「・・・いたか」


修平は銃を手に呟く。

黒河はこちらに気付いていない。

銃を弄びながら、山道を歩いていく。

だが彼我(ひが)の距離は、およそ100mと遠い。

この距離での狙撃は、拳銃では難し過ぎる。

せめて20mくらいまで接近しなければ、こちらの弾は当たらないだろう。

だが距離を詰めようとすれば、向こうにこちらの存在を知られてしまうかもしれない。

修平は冷静かつ慎重に、歩みを進めていった。


・・・。


・・・そうして尾行を続けていくうちに、徐々に距離が詰まってきた。

黒河はまだ気付いていない。

そして距離は約20m。

もう、射程距離だ。


「・・・!」


修平の心臓が、どくんと跳ねる。

修平は自分に、『冷静になれ』と言い聞かせた。

だが銃を構え、安全装置を外した時――

 

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「あ?」


そのわずかな音を聞きつけたかのように、黒河が振り返った。


「――ッ!」


その瞬間、修平の頭の中で、何かが弾け飛んだ。

抑え続けていた感情が、胸の奥からほとばしる。


「黒河ぁあああああ!」


気づいたらそう叫び、銃を向けていた。

だがそれと同時に、黒河も銃を抜いていた。

それぞれの銃が火を噴いたのは、ほぼ同時だった。


――!!!


「・・・ッ」


弾丸は、どちらも外れた。

修平と黒河は、それぞれ銃を握り締めたまま、約20mの距離を置いて対峙した。

 

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「・・・ほぉう? オメー、まだ生きてやがったのか」


先に口を開いたのは、黒河だった。

虚仮(こけ)にするような笑みを浮かべ、修平を見据える。


「あの琴美とかいう女の復讐ってわけか? ご苦労なこった」

 

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「・・・黙れ」

「言っとくがあの女が死んだのは、俺のせいじゃねぇぜ。 あの女が俺を撃ちやがったから――」

「黙れって言ってるんだ!」


修平の感情が、再び弾ける。

努めて保っていた冷静さは消え、感情の赴くままに駆け出していた。


――!!


走りながら銃を撃つ。

その弾丸は全て黒河の周囲、地面や木の幹に穴を穿った


「アホが!」


そして黒河は身じろぎもせず、修平の眉間に狙いを定める。


――!!


そうして放たれた弾丸は、修平目掛けて飛び――

コメカミの辺りを掠め、後方に吹き抜けた。


「ッ!」


そのわずかな痛みが、修平の目を覚まさせた。

いつか悠奈に聞いた言葉が、耳に蘇る。


『とにかく基本は、標的に当てたい時は必ず止まってから撃つこと』


――それはまだ琴美が生きていた頃、彼女を護るために教わった、銃の撃ち方。

修平はそれを思い出し、立ち止まった。


――!!


黒河の第2射が、今度は脇腹を掠める。

飛来する弾丸の恐怖に耐え、修平は銃を構える。

そして当たりやすい胴に狙いを定め――


撃った。


――!!


「がっ!!」


今度は当たった。

黒河の体がくの字に折れ、2、3歩後ずさる。

だがそれでも黒河は銃を持つ腕を上げ、修平を撃とうとしたが、


「させるか!」


修平はそこに、2連射を浴びせた。


――!!

――!!


「ぐっ、が、かはっ!」


黒河は体を震わせながら、その場に倒れこんだ。

持っていた銃が手を離れ、地面に転がる。

修平はそこに駆け寄り、黒河の頭に銃を向けた。

 

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黒河が仰向けに倒れたまま、修平を見上げる。

表情は苦痛に歪んでいたが、眼には憎悪の色が浮かんでいた。


「・・・気分はどうだ、黒河?」


そう呟く修平に、黒河は強がるような声を返す。


「はっ・・・最悪だ。 テメーみてぇな坊ちゃんに、この俺が土つけられるとはな」

「俺が坊ちゃん・・・?」


黒河のような男には、修平はそう見えるのかもしれない。

自分が坊ちゃんであるなどとはとても思えないが、訂正する気も起きなかった。

代わりに修平は、黒河に問いかける。


「・・・まぁいい。 それより琴美に対して、何か言う事はないのか」

「あの女に言う事だ? ねぇよ、そんなもん」

「ない、だと・・・?」


ぎり、と奥歯が軋る。

引き金にかかった指を止めるのが、辛いほどだった。

殺意を抑えながら、言葉を一言一言振り絞る。


「・・・あいつはな、黒河。 こんなところで命を落とすべき奴じゃなかったんだ。 誰よりも優しくて、いつだって穏やかで、こんなゲームの中でも、他人を信じようとしていて・・・。 そんな奴が、お前のせいで死んだんだ。 琴美に謝る言葉はないのか、黒河ァ!」

「ねぇっつってんだろうが!」


黒河の怒声が、夜の森に響き渡った。


「オメー忘れたのかよ!? あの女が俺を撃った事を! 当り所が悪けりゃ俺は死んでた、違うか!?」

「――っ・・・」

「その事についてウダウダ言うつもりはねぇよ、俺もオメーを殺そうとしてたからな。 人を殺そうとする人間は、殺されたって文句は言えねぇ。 俺もオメーも、琴美って女もそうだ。 それがこの世のルールだろうが?」

「なっ・・・」


叩きつけられた声に、修平は言葉を失った。

死生観も罪の意識も、全く違う人間がそこにいた。

黙り込む修平に、黒河はなおも続ける。


「俺が泣き言吐いて謝って、命乞いでもすると思ったかよ? するかボケ。 そんなことするくれぇだったら、死んだほうがマシだ。 つーかいつまでウダウダ言ってやがんだ? 殺すんならさっさと殺せや。 それともオメーにゃ、人を殺す度胸はねぇか?」

「・・・さえずるな、黒河。 だったら望み通り、殺してやる!」


修平はそう言うや、黒河に向け――


――!!!!!



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弾丸をありったけ、叩き込んだ。


そうして弾を撃ちつくした時・・・。


「なっ・・・!」


修平は、驚愕の声を上げた。


「へ、へ・・・どう、した、よ・・・? まだ、俺は、死んじゃいねぇ、ぜ・・・!?」


黒河は血塗れになりながら、なおも生きていたのだ。

彼は撃たれる寸前に、両腕で顔と胸を覆っていた。

まさかそんな事で、銃弾が防げるわけがないと思っていたのだが――


「し、知らねぇのか、よ・・・? 鉛弾も、骨だの筋だのにあたりゃ、軌道がちったぁ逸れるんだぜ・・・? 人間ってのァ、案外、頑丈なもんだろうが・・・ええ、おい?」


そう言いつつも黒河の腕からは、止め処なく血が流れ出していた。

その血溜まりの中で、手負いの獣が嗤う。


「・・・おら、もういっちょ来いや・・・さっさと弾ァ詰め替えて、俺を殺してみろや・・・! テメェの望んだ、事なんだろうが・・・!」

「っっっ・・・」


修平はその光景に絶句する。

自分を支配していた復讐心――それの行き着くところが、この血塗れの光景だった。

そこには欠片も美しいものはなく。

ただただ惨たらしく、ひたすらに現実的で――。

『人間を殺す』という事がどういう事なのか、これ以上なく雄弁に語っていた。


「くっ・・・」


引き金にかけていた指が強張る。

背筋に寒気が走り、胃がむかむかし、全身に脂汗が滲む。

視界を染める赤い色と、痛みにもがく黒河の姿が、ある感情を呼び起こす。

それは琴美の死後、修平が忘れかけていたもの――


即ち、罪悪感だった。



「・・・・・・」


手の震えを悟られぬようにしながら、修平は銃を下ろした。

背を向けると背後で、黒河のか細い声が響く。


「あ・・・? どうしたよ・・・殺さねぇのか・・・?」

「・・・黙れ」

「ビビっちまったのか・・・? なぁ、おいよォ・・・」

「・・・違う。 お前を一思いに死なせるのが、惜しくなっただけだ。 お前は、そこで苦しんで・・・死んでいけ」


そう告げる修平の胸にも、たとえようもない苦しさがあった。


――これが俺の望んだ事なのか?


そう思いながら彼は、頼りない足取りで歩き出す。


殺しきれなかった恋人の仇を、そこに残して・・・。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 


――それから、約20分が過ぎた後も――

 

 

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黒河正規は、己の血の中に身を横たえたまま、空を見上げていた。

そして、消え入るような声で、独り呟く。


「・・・の野郎・・・戻って、こねぇな・・・。 けっ、情けねぇ・・・殺す覚悟もねぇくせに、復讐なんざ、するなってんだ・・・」


黒河の胸を、怒りが満たす。

あんな心の弱い人間に、自分が負けたのが、たまらなく苛立たしかった。


――修平はあのように非難したが、黒河はこれまでの自分の行動を、何一つ恥じていない。

命がけのこのゲームで、自分が生き残るために最善を尽くした。

かつて自分を打ちのめした真島を始め、危険なプレイヤーを全力で排除しようとした。

それは本能に基づく行動であり、一切非難される謂われはない。

ただ、この結果は許せなかった。

あんな男に、撃たれて殺されるなど――!


「・・・許せねぇよなァ・・・!」


血塗れの獣が、時を孕んだ声を吐く。

両腕はもう使いものにならず、片足も動きそうになかったが、まだ自分は生きている。

ならば這ってでも、必ず奴を殺してやる。

両腕が使えないなら、喉笛に噛み付いてでも。

そうしなければ、修平に屈服した事になる。

己の力だけを頼りに生き抜いてきた黒河にとって、それだけは我慢ならない事だった。


「絶対ェ、あの野郎にも・・・土を舐めさせてやる・・・!」


黒河がそう言って、身を起こそうとした時――


視界の端に、人影が見えた。


「あ・・・?」


黒河が胡乱な目をそちらに向けた時、

――!!


風を斬り裂く音がした。


「がッ!」


黒河の胸に、熱い痛みが走った。

両腕を染める血よりなお大量の血が、胸の傷から溢れてくる。

急速に闇に落ちる視界の中、黒川はその人影を見た。


「なっ・・・テメェ、は・・・!?」


その声も、口から溢れた大量の血に遮られる。


そうして黒河の意識は、永遠の闇に沈んだ。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

「・・・・・・」


黒河のもとを去った後、修平はあてどなく彷徨っていた。

体も心も、鉛のように重かった。

脳裏を黒河のあの姿がよぎる。

あの傷では、恐らく助かるまい。

修平は、黒河を、殺したのだ。


「・・・やったぞ」


胸中の苦しさを吐き出すように、そう声に出してみた。


「俺が、殺した・・・俺は、琴美の仇を、討ったんだ・・・! フ、フフ・・・ッ・・・ハハハッ! アハハハハハッ!!!・・・ハハ・・・ハ・・・ハァ・・・・・・なのに、なんで・・・なんでこんなに・・・虚しいんだ・・・」


ようやく悲願を果たせたというのに、達成感など欠片も感じられなかった。

黒河を殺したからといって、誰かに祝福されるわけでもない。


「あいつがいなければ、琴美は死ななかったんだ・・・。 だから、俺はあいつを撃った・・・なのに・・・」


修平の中で燻っていたものの一部は、確かに消えた。

何かを殴りつけずにはいられない、身を焼くような怒りや憎悪はもう感じない。

ただ、消え去ると同時に、それが詰まっていた場所がぽっかりと空洞になっているような感覚があった。

そして、その感覚にもまた、言い知れぬ気持ち悪さがあった。


「――クソッ!」


今なお汗のように背中へ張りつく不安に、修平は樹の幹を殴りつけた。


「・・・違う、後悔じゃない。 あいつを殺すのに、後悔なんて感じるわけがない・・・なのに・・・何なんだ、これは・・・!?」


逃れるように叫び、叩き付けるように虚空を睨む。

しかし、そんなことをして気が晴れるわけもなく、ただただ修平の中で虚しさが積みあがっていく。


「くそっ・・・何なんだよ・・・何なんだよ・・・。 琴美・・・なんで、俺を置いていなくなってしまったんだ・・・。 お前の声が、聞きたい・・・俺は・・・」


かすれた声が漏れると共に、体から力が抜けた。

周平の通り落とした拳銃が、地面に当たって乾いた音を立てた。

うな垂れる様に膝をついたまま、両手で顔を覆い隠す。

その後はただ、修平の悲痛なうめきが、宵闇に木霊していた。


・・・・・・。

 


・・・。

 

 

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――ここを出よう。


それが、日中を使って出した、玲の結論だった。

戦闘要員として近接戦闘を任されていたにもかかわらず、あのメイドには歯が立たなかった。

加えて今は傷を負い、熱まで出てきて、体が言うことを聞いてくれない。

戦いはおろか、移動ですら司の足を引っ張ることは確実だった。

この様では、弟の仇を取るどころか、生き残ることさえ難しいかもしれない。


「これ以上、司に面倒をかけるわけにもいかないですね・・・」


本当は、最後まで司と共にありたかった。

自信家で頭が回るのに、どこか危なっかしい・・・

そんな彼の姿を、一番近くで見ていたかった。

けれど、足手まといになってまで傍にいるのは、玲にとって耐えられることではない。


「・・・司には、伝えないほうがいいですね」


玲が司の下を去ると言ったら、彼はどんな顔をするのだろう。

いつものように飄々(ひょうひょう)とした態度で、別れの言葉を口にするのだろうか。


それとも――


「・・・私は、なにを期待しているのでしょうね」


小さく笑って、玲は足を引きずりながら山小屋を後にした。


・・・。

 

彼に見つからないように、窓からこっそりと外に出る。

そして去る前に、せめて相方の姿を一目見ようと思ったが――


「おや・・・?」


山小屋の前で見張りをしていたはずの司の姿は、どこにもなかった。

 

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「どこに行ったのでしょう・・・?」


気配を殺しながら、司のいそうな場所を探してみる。

だが小屋の裏手にも、山道にも、どこにも姿が見当たらない。



「・・・適当に歩いていたら、罠にかかってしまいそうですね。 思えば、司の罠にかかったことが出会いのきっかけでしたか・・・」


逆さ吊りでの出会いというのは、恐らく、かなり珍しい部類だろう。

以前はそれを恨めしく思っていたものだが、今となっては懐かしい気持ちで一杯だ。


「・・・・・・司・・・――っ!」


背後に迫る何者かの気配を感じて、玲は瞬時に刀を抜き放ち、振り向き様に一閃を放つ。

・・・はずだった。

傷つき疲労しきった玲の身体は、普段の俊敏な動作を実現してくれない。

その挙動は、悲しいまでに緩慢だった。


「――うぶっ!?」


隙だらけの玲の口に、何かが押し当てられる。

さらに何者かの腕が首へ巻き付けられ、背後へと引き倒された。


「~~っ! ~~~~っ!!」


抵抗しようとするものの、怪我と熱とで体に力が入らない。

振り解くことができないまま、右腕が首へとどんどん食い込んでくる。

残る抵抗は、引っ掻く程度のものしかない。


「・・・っ! ・・・っ、・・・」


そうしている間に、どんどん玲の視界が白んでいく。


――司っ!


最後に叫ぼうとした名前は言葉にならないまま、玲の意識は呆気なく消えていった。

成すすべもなく、玲の身体が地面に倒れる。

どこからか、チェーンソーのエンジン音が響いていた。


・・・。

 

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「・・・あー、痛たた。 玲のヤツ、思いっきり爪を立ててくれたなぁ・・・」


司は血が出た腕をさすりつつも、玲の体を抱え上げた。

遠くでおどろおどろしい音が響いている。


「・・・悠長なことしてる暇はないね。 急がないと」


早くしないと、あのメイドが来てしまう。

向こうにプレイヤーを探知する機能がある以上、この場に留まれば、いずれ発見される。

山小屋周辺のキューブを探してはみたが、これといって決め手になるような武器は見つけられなかった。

新たに仕掛けた罠の数も足りていない。

瞳を迎え撃つ準備を整えるのに、あと1日は時間がほしかったというのが本音だった。


・・・。


山小屋へと飛び込んだ司は、すぐさま玲の身体を床へと下ろした。

水、食料、メモリーチップ――そして、日本刀。

それらを全部、玲の隣に置いて、今度は床下に作られた狭い食料貯蔵庫の蓋を持ち上げる。

事前に確認していた貯蔵庫の大きさは、おおよそ2m四方。

中には何も入っていなかったが、むしろ好都合だった。

 


「よっこいしょっと・・・」


貯蔵庫の中に、玲の体を横たえる。

かき集めたものを全て中へと入れてやる。

それから、改めて、墨色の少女を見下ろした。



「玲・・・」


その名を呼ぶと、彼女との出会いが頭をよぎった。

宙吊りになって、それでも媚びず自身を曲げない玲に、司は『この子で大丈夫か』と思わず心配したものだ。

だがそんな心配は杞憂でしかなく、玲は何度も司の命を救ってくれた。

彼女は目を覚ました時に、何というだろうか。

きっと、この少女らしく、思っていることを全てそのまま口にするのだろう。


「・・・僕のこと、馬鹿だって言うんだろうね。 自分でもそう思うよ。 だけど、なんだかんだ言って許してくれるんだろうな。 君は他人に甘いから」


そう言う司の頬に、笑みが浮かぶ。


――この娘と過ごした時間は、悪くなかった。


司にとって他の人間など、状況を作る要素に過ぎなかったはずなのに。

このゲームが自分を変えてしまったのだろうか?


それとも――


「・・・玲、君がいたからかな・・・?」


司は呟き、ゆっくりと貯蔵庫の蓋を下ろしていく。


「それじゃ、行って来るよ」


そう、最後に囁いて、司は完全に蓋を閉めた。


・・・。

 

「・・・はぁー、何をかっこつけてるんだろうね。 僕は」


今でも、自身の行動が信じられない。

どう考えても合理的ではなく、どう考えても不利益しかない。

 

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「人間は面倒臭いね、色々と」


最後には計算を放棄してしまった自身に、司はほとほと呆れ返っていた。

それでも、それを思う顔に悲壮感はなく、『やれやれ、コイツはやっちまったな』という困ったような笑いを浮かべていた。


「それじゃ、行こうか。 可能性はゼロじゃないしね」


銃を手にし、装弾数を確認する。

それから、その他の装備を確かめて、緩んだ顔を引き締めてから、森の中へと駆け出した――


・・・。

 

瞳の注意を山小屋から逸らすために、まず司は茂みの中へと飛び込んだ。

それから、なるべく罠を有効活用するように、大きく移動を開始する。


「・・・1つは諦めるか」


現在のチェーンソーの聞こえる方角と、司の位置とを考えると、どうしても仕掛けた罠の1つは無駄にせざるを得ない。

残る殺傷目的の罠は2つ、足止めが1つ。

その他、ナイフが1本、拳銃が1丁の装弾数は7、手榴弾が1つ――これが、司の現状の戦力だった。

これらを上手く使えば、あるいは――

そんな望みを抱えながら、司はチェーンソーの音へ向かって発砲する。

途端、こちらの位置を察した瞳が、猛烈な勢いで接近し始めた。

 

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程なく見える白い影――闇に浮かび上がる純白のエプロン。


「銃撃されてるのに怯む態度の1つも見せやしない。 相変わらず、いい度胸してるよ・・・」


――!!


「・・・あのメイドは、遮蔽物を利用して銃の射線に入らないように常に動き回っている。 そして、弾切れのタイミングを狙って一気に距離を詰めて来る」


理屈としては簡単だが、完璧に実践するのは至難の業だ。

彼女はそれを可能とする鍛え抜かれた肉体と、瞬時の判断能力を持っている。

殺し合いを日常とする者が、多くの経験を経て手に入れる――戦いの嗅覚。

チェーンソーという非効率な武器を手にしながらも、司との戦闘能力の差は歴然だ。


「・・・分が悪い勝負だってことはわかってる。 だけど、そう簡単に負けてやるわけにはいかないね。 こちらの動きを見て、狙撃を回避しているというなら・・・。 銃口の見えない射撃なら、どうかな?」


司の注視する先で、瞳が罠の設置位置を通過した。

その足が、地面に張り巡らせた木綿糸を引っかける。

拳銃を用いた簡単なブービートラップだが、木綿糸が切断された瞬間、その射線上に銃弾が撃ち込まれるようになっている。

予期せぬ方向からの銃撃は、いかに瞳といえど回避できるものではない。


しかし――


「・・・っ!」

 

 

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木綿糸が切れる寸前に、瞳はその存在に気がついた。

次の瞬間、全力疾走により慣性のついた身体を、筋力で強引に捻じ伏せながら地面を蹴りあげる。

木綿糸が切断されるギリギリのタイミングで、彼女はそれを飛び越えてみせたのだ。


――!!


そして、長い銀髪とメイド服をはためかせながら、華麗に着地――


「――姑息な真似をしてくれますね」


そんな言葉とは裏腹に、瞳が唇の端を吊り上げる。


「・・・化け物め」


常人を遥かに超えた身体能力を見せつけられ、司は忌々しげに舌を打った。

しかし、いつまでも悔しがっている暇はない。


――!!


牽制射撃を行いながら、後退を開始する。


「致死性の罠が効かないとなると、もう策は残っていない。 だとすれば、残された道は1つか・・・」


唯一、瞳に弱点があるとすれば、彼女がなぜかチェーンソーに固執していることだ。

飛び道具を使われた日には、それこそ絶望しかなかっただろう。

瞳が司を仕留めるためには、どうしても互いが接近する必要ががある。

だからこそ、彼女を仕留めるチャンスはまだ残っている。

「・・・できれば、これだけはやりたくなかったんだけどね」


・・・。


司は樹木が密集していないひらけた場所までくると、足を止めた。

拳銃を握り締めたまま、メイドが現れるのを待つ。

 

 

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「追いかけっこは、お終いですか?」

「・・・ああ、そうだよ」


程なくして、瞳が司の前に姿を現した。



「では、命乞いでもしてみますか?」

「いや、やめとくよ。 あまり格好いいものじゃないからね」

「潔いですね。 そういう人間は、嫌いではありませんよ」


――互いが必中の距離まで迫ったところで、最後の一撃に賭ける。


そんな司の思考を、瞳も分かっているのだろう。

先ほどまでのように、全力で追いかけてくるようなことはなく、一歩一歩優雅な歩みで司へと寄ってくる。

そのとき司は、懐からPDAを取り出した。

それを見て、瞳が不思議そうに足を止める。


「この状況で、何をするつもりです?」

「いや、ちょっとやり残したことがあってね。 少し待っててもらえる?」

「・・・昨日の接触で、あなたの特殊機能はコピー系であると見当がついています。 他の機能を装っても意味はありませんよ?」

「ははっ、別にそんなつもりじゃないさ」

「では、なんのために・・・?」


その問いには答えず、司は手元のPDAを操作する。

瞳が躊躇している数十秒ほどの時間で、司はPDAの操作を終わらせた。

それから顔を上げ、嘶(いなな)くチェーンソーを従えたメイドに視線を合わせる。


「もう、宜しいですか?」

「ああ、準備はできたよ」

「では、参ります」


司の不審な行動に眉を顰(しか)めつつも、瞳が前進を再開する。

互いの距離はあと6メートル。

まるで弓を引き絞るかのように、瞳の身体が沈みこむ。

彼女の脚力ならば、一瞬で司までの距離を詰めることが可能なはずだった。

 

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「・・・来いっ!」


瞳が、大地を蹴った。

対する司はPDAを投げ捨て、拳銃を握り直す。


「――遅いですねっ!」


その動きを見て、チェーンソーが足元から掬い上げるように振り上げられた。


――!!


「ぐっ・・・!」


最初の一撃が、照準を合わせようとしていた司の拳銃を、狙い済ましたように叩き落とした。

いや――むしろ、司は自らそれを投げ捨てていた。

そして、予定通りだったと思えるほど滑らかな動作で、空いた右手をポケットに突っ込む。

だがそこへ、瞳が大きく踏み込んでくる。

 

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「これで、終わりですっ!!」


――!!


「ッッ――!!」


2度目斬撃は司の肩口を斜めに切り裂き、回転する刃が骨を砕き肉を抉っていく。

しかし、絶命するまでには、あと数秒の猶予がある。

その数秒で、充分だった。



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「あなたにも・・・一緒に来てもらうっ!!」


司が、ポケットに突っ込んでいた手を引きずり出す。


「――なっ!?」


その手には、ピンとクリップがどちらも外れた手榴弾が握られていた。

それに気付いた瞳が、大きく目を見開き――


――!!!!


その直後、周囲に爆音が鳴り響いた。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

木々の隙間から覗く空には、無数の星たちが輝いていた。

爆発音の轟は一瞬だけ。

数十秒の後、静寂を手にした虫たちは、再び綺麗な音を響かせ始める。


――彼の思惑は、間違ってはいなかった。


榴弾の爆発は、彼と瞳の至近距離で起こった。

彼の体は、言葉に尽くせぬ姿になってしまっていて、ぴくりとも動かない。

瞳もまた、その破片が体のあちこちに突き刺さり、服は血に染まっている。

だが、それでもなお――

瞳はやがて、よろよろと立ち上がった。


「くっ・・・や、やってくれましたね・・・!」


瞳は忌々しげに呟き、彼の亡骸を蹴り飛ばした。


――司の思惑は、確かに間違ってはいなかった。

榴弾の爆発は、瞳から1m程の所で確かに起こった。

正確には彼を挟んで、瞳から1m程の位置で起こった。

彼の手に手榴弾を確認した瞳はあの時、咄嗟に彼の体を盾にしたのだ。

榴弾自体に威力はさほどなく、本来は爆風よりもその衝撃で飛び散る破片等での殺傷が目的のもの。

地面で爆破すれば、木片や石ころが、殺傷力を持つ弾丸と化する。

だがその大半は、彼の体に遮られ、瞳の体を抉るには至らなかった。

それでも幾つかの破片は、確かに瞳を捉え、かなりのダメージを負わせていた。



「・・・ともかく、修平様のもとに、戻らなければ・・・!」

 


瞳は、このゲームに参加してから初めて発するような苦しげな声で言う。

震える手でPDAを取り出し、そして悲痛な表情を浮かべる。


「いけない・・・待ち合わせの時間が、迫っています・・・。 修平様を、お待たせするわけには・・・いきません・・・」


瞳は傷ついた体を引きずるように、夜の帳へと溶けていった。


・・・・・・。

 

・・・。

 


「ん・・・ここ・・・は?」


玲が目を覚ますと、周囲は真っ暗だった。

しかし、ひんやりとした空気とかびの臭い、響かず奥行きのない声音で、すぐにそこが狭い場所なのだと気付く。


――まさか、閉じ込められた?


意識を失う直前、何者かに背後から羽交い締めにされた記憶が蘇る。

しかし、腕や足が縛られている様子はなく、手探りで探す先には刀があった。

閉じ込めたのだとしても、相手から武器を奪わない手はないだろう。

天井の隙間から光が洩れ出ており、そこが扉になっていることがわかった。

玲が、それを両手で押し上げる。

外に出ようと身体を起こすと、何かがパラパラと床に落ちた。

見るとそれは、メモリーチップだった。


「これは、一体・・・?」


自分の置かれた状況が、玲にはさっぱり理解できなかった。

周囲を見回してみると、そこは司と逃げ延びてきた山小屋の中。


手足をペタペタと触ってみるが、特に危害を加えられた様子もない。

自分を襲った何者かは、意識を失った自分をこの場所まで運び込み、メモリーチップや食料を残して去っていったのだ。


「・・・まさかっ!」


一つの可能性に思い当たった瞬間、彼女の思考が停止した。


「司が・・・っ!?」


だとすれば、彼がそうした理由も明らかだった。

急いでPDAを取り出し、時間を確認する。

時刻は午後の8時40分。

意識を失ってからまだ、それほど時間は経過していない。


その時、玲の手の中でPDAが鳴った。


「メール・・・?」


司から、瞳の持つ特殊機能は、メールを送信するものだと聞いている。

しかし今、この状況でメールが来るとは、どういうことなのだろうか。


意を決して、玲がPDAを操作し、メールを選択する。


――!!


それと同時に、爆音が玲の耳へと届いた。


「爆発・・・っ!?」


そんな物騒な音がするということは、誰かが戦っているということだ。

この山小屋の近くでそんなことをしている人間がいるとすれば、心当たりは1人しかいない。


「・・・まさか、司がっっ――!」


血相を変え、音の聞こえてきた方向を睨む。

開きかけていたメールを放り、PDAをポケットへ押し込んだ。


「どうして、そんな無茶な真似を・・・っ!」


玲は刀を掴み、脇目も振らずに山小屋から飛び出した。

爆発の音が聞こえた方向へひた走る。

全身の傷口が開いて、意識が飛びそうになるほどの激痛に苛まれながらも、全力で身体を動かし続けた。


・・・。


――そして、玲は司を見つけた。


「ぁ・・・」

 

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森の中で、その場所だけが異彩を放っていた。

煙っているかのように立ち込める火薬の臭い。

凍えるような銀の光の下で、赤々と飛び散った血液。

周囲の木々は傷付き、その場所だけ地面が抉り取られている。


「つか、さ・・・」


その中心に、無残に変わり果てた三ツ林司の姿があった。

ズタズタに引き裂かれた肉体は、もはや原型を留めてすらいない。

その破壊の凄まじさを――仲間の死を前に、刀を取り落して立ち尽くす。


「どう、して・・・司は、命がけで他人を守るような人間じゃ・・・なかったじゃないですか・・・。 何で、私の代わりに、なんて・・・っ・・・何で・・・私を、庇って・・・」


玲は、唇を震わせながら、ただ呆然と司だったものを眺めていた。

今にも泣きそうな顔で、涙声で、司に呼びかけながら。

涸れ果てた瞳を、困惑と悲哀の形に歪めながら。


「役立たずの私なんて、見捨てればよかったのに・・・。 あなた1人だけなら、逃げられたはずなのに・・・。 どうして、こんなことをしたんですか・・・? 何とか言って下さい、司ぁ・・・」


玲の問いに答えるものは、この場には誰1人として存在しない。

かつて、あれほど雄弁だった司は、今は物言わぬ屍となって玲の前にいる。

それが、無性に寂しくて、悔しくて、仕方がなかった。


「・・・っ」


ふと、玲は先ほどのメールを思い出した。

爆音が聞こえてくる直前に送られてきたメール。

瞳と司の2人が交戦していたとするならば、果たしてそれは、一体誰が送ってきたのだろうか。


「これは・・・!」


PDAを見つめる玲の目が、驚きに見開かれる。

見つめる先にあるのは、彼が遺した最後のメッセージ――

 

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『部屋の花に水をやってくれ』


メールの内容は、その一文だけだった。


「・・・花?」


・・・かつて、司が玲に語って聞かせた話がある。

司の部屋には、彼が大切にしていたシクラメンの植木がある――と。

それは、人間という生物自体を忌み嫌っていた彼が唯一愛した、寡黙な友人だった。

そして、その言葉の裏に隠された本当の意味を理解した時、玲の頬を、小さな雫が伝っていった。


「司は・・・本当に・・・本当に、馬鹿です・・・」


このメールを打ち込んでいた時の司は、最期も最期、本当にもうどうしようもない状態だったのだろう。

瞳と対峙して、死の恐怖を目の前にしていたに違いない。

それでもなお、彼は彼らしさを失わずに、こんな内容のメールを送って寄こした。


彼は玲に・・・『生き残れ』と、そう言っているのだ。


「らしくないですよ、司・・・こんなの、本当にあなたらしくない・・・!」


今の玲に、司の最後の頼みを断る事などできるはずがない。


涙で頬を濡らしながら、玲が司に視線を向ける。

その口元には、緩やかな笑みが浮かんでいた。


「・・・あなたの願いは、確かに引き受けました」


震える声で、しかし笑顔で呟いて、玲が取り落した刀を再び拾い上げる。

ふぅとゆっくり深呼吸して、制服の袖でゴシゴシと涙を拭う。

再び開いた双眼には、強い覚悟が篭められていた。


「ですが――私はあなたが知っている通り、物分りの良い人間ではありません。 だから私は、あなたと彰の仇を討ちます。 その上で、必ず生き残ってみせます」


玲は刀を握り締め、そして司の亡骸に別れを告げた。


・・・・・・。

 

・・・。

 



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「まだあの女は、遠くには行っていないはず・・・!」


深い森の中を歩きながら、玲は瞳の後を追った。

司が放った手榴弾の一撃は、恐らく瞳にも深手を追わせたはずだろう。

もっとも月明かりでは暗すぎて、瞳が残した血の跡をたどることはできない。

だが玲は勘の赴くままに、仇を探して歩いていた。

闇の中にどことなく、殺気が残っている気がする。

それを頼りに、玲は歩み続けていた。


「・・・っ!」


やがて、行く手の茂みの彼方に、人の気配を感じた。

姿は見えずとも、そこに誰かがいる。

そしてその誰かは、確かに殺気を纏っている気がする。

それを察知した玲は、静かに呼吸を整え――


刀を振りかぶり、茂みに飛び込んだ。


「死ね!――っ!」


だが振り下ろされた刀は、空中で止まった。

茂みに潜んでいた者の正体は、瞳ではなかったからだ。

 

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「は、初音!」

「玲っ・・・」


そこにいたのは、崖から落ちて死んだと思われていた、初音だった。

武器は持たず、PDAしか持っていない。

そして怯えたような表情は、あの時のままだった。

だがその姿を見て玲は、ひどく安堵した。


「生きていたのですね・・・良かった!」

「わっ」


玲は思わず刀を手放し、初音を抱き締めた。

司を失った悲しみが癒えたわけではない。

だが見知った者の生存を知った事は、今の玲にとってはこの上なく嬉しい事だった。

 

「れ、玲、どうして抱き締めるですか?」
「ずっと心配してたんです・・・あの時は、本当に、ごめんなさい・・・」
「あの時って、初音が崖から落ちた時の事ですか?」
「そうです。 私のせいで初音をあんな目に・・・!」
「あはっ、いいんですよ。 あれは初音が、パニックになってしまったせいです。 玲が気にする必要はありません」
「そ、そうですか・・・」


その答えに玲は、心から安堵する。

やがて初音が、おずおずと問いを漏らした。


「と、ところで玲・・・司は、どうしたですか?」
「司は・・・司は死んでしまいました」
「え!? だ、誰かに殺されたんですか?」
「あのメイド女です・・・あいつのせいで、司は・・・!・・・だから私は、あの女を追っていたんです」


玲は消え入りそうな声で、今に至る経緯を説明した。

初音のためにも、瞳を倒さなければならない。

これ以上、誰かを失うなどたくさんだ。

だからすぐにでも、初音をどこか安全な場所に連れて行き、瞳の追跡を再開しなくては――

そこまで考えた時、不意に玲の背筋が凍りついた。

 

「・・・!?」


さきほどまで自分は、瞳の殺気を追跡していた。

そして茂みの中に、色濃い殺気を感じた。

そしてそこにいたのは初音だった。

だがそれはおかしい。

なぜ武器も持たない初音が、殺気を漂わせていたのだろう?


「・・・初音、あなたの条件は――」


そう言いかけた玲の言葉が、

首元で響いた、電子音に遮られた。

それを聞いた玲の全身の毛が逆立つ。


「・・・首輪が・・・!」


それがいきなり警告音を鳴らした理由はわからない。

だが誰のせいで鳴ったのかはわかった。

眼前の初音が、ゆっくりと、禍々しい笑みを浮かべたからだ。

 

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「は、初音! これはあなたが!?」
「そうです。 初音を殺そうとした玲は、その報いを受けるのです」


初音はそう言うや、踵を返した。

そして嘲りの笑みを残し、闇の中に消えていく。

 

「ご、誤解です! 私はあなたを殺そうなんて、一度たりとも――」


玲は弁解しようと思ったが、それは叶わなかった。

その時、彼女の首元で、閃光が瞬いた。


――!!!


「ぎっ・・・・」

 

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鮮血が噴水のように噴き上がり、闇を紅く染める。

痛みは感じなかった。

ただ意識がたちまち薄れていく。


「つ・・・司・・・! ごめんなさい・・・約束は、守れなかった・・・です・・・」


玲が最期にそう呟き、彼の笑顔を思い浮かべた時――

 

彼女は力尽き、地面にどさりと倒れ伏した。


・・・・・・。

 


・・・。

 

 


――黒河を殺めた後、修平は幽鬼のような表情で、エリア内を彷徨った。

琴美の仇を討ち、目標を失った彼の心には、ただ黒々とした虚無があった。

なのにゲームは終わらない。

むろん琴美も戻ってこない。

全てを失ったまま、修平の生は続く。

やがて瞳との待ち合わせの時間が訪れると、例の場所に彼は向かった。


・・・。

 

・・・だが、待ち合わせの場所に行っても、瞳は来なかった。

 

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「遅いな・・・」


時折PDAを確認しながら、修平は独り闇の中に佇む。

待ち合わせの時間はすでに5分を過ぎている。

修平の中にも、幾らかの焦りが見え初めていた。

瞳が俺との約束を破るはずがない――という確信が、修平にはあった。

だがそれは逆に言うと、『遅刻=死亡』という考えさえも、肯定することになる。


「とにかく待つしかないか・・・」

 

仮に瞳が死んだとしたら、共倒れが理想だ。

瞳と司の2人が倒れる――という状況を、頭の中でシミュレーションしてみる。

どちらにしろ修平が生き残るためには、その結果は必須だ。

だが、それが叶えば嬉しいはずなのに・・・嬉しさなど、欠片も湧いてこない。

修平のPDAには殺害対象のプレイヤーナンバーが表示されるが、なぜか今それを確認することは躊躇われた。


「・・・くそっ・・・なんなんだ、畜生・・・!」


黒河の死を堺に、自分は少しずつ冷静さを取り戻しているのかもしれない。

そして、気づきつつあるのだろう。

復讐心の命ずるままに、人の命を奪おうとしていた、化け物のような自分の姿に・・・。


「・・・でも、だったら、どうすればよかったんだ・・・? 俺は、どうすれば・・・」


彼がそう呟いた時――


眼前の闇の向こうで、何かが動いた気がした。


「っ! 瞳か!?」


思わずそう叫んでいた。

だが闇の向こうから返って来たのは、彼女の声ではなく――

 

「修平・・・・っ」


ずいぶん久しぶりに聞く、あの子の声だった。

 

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「・・・初音・・・」

「修平、やっと会えたです! ずっと探していたんですよ! 信用できそうな人は、修平しかもういないから・・・」


初音がそう言いながら、駆け寄ってくる。

だが修平は反射的に銃を抜き、彼女の向けていた。


「来るな! それ以上近寄るな!」

「えっ!?」


初音が戸惑ったように、20mほど離れた場所で立ち止まる。

そして泣きそうな表情を浮かべて続けた。


「しゅ、修平、どうして・・・!? 初音が、何かしたですか・・・?」

「いや・・・だが、武器を持っているかもしれない奴を、易々と近づけるわけにはいかない」

「初音は、武器なんて持ってません・・・何も手に入れられず、ただずっと逃げ回るばかりで・・・」

「・・・本当か?」

「ほ、本当です! ほら、何も持ってないでしょう?」


初音が服のポケットを全て漁り、中身を見せる。

だが中から出てきたのは、PDAだけだった。

彼女の特殊機能は『半径20m以内に他のPDAが接近すると警告をする』だった。

害のあるものではない。

他にも初音は、懐に隠している武器がないかも見せようと、上着を脱いでパタパタと振って見せた。

その仕草1つとっても、修平に信用してもらうため、必死である事が見て取れた。


「・・・どうですか、武器なんてないでしょう・・・?」


上着に再び腕を通し、恐る恐る見つめてきた初音に、修平はため息混じりに言う。


「・・・どうやらそうみたいだな。 しかし、司たちはどうしたんだ? 確か一緒に行動してたんじゃないのか?」

「セカンドステージに移行した時、司の条件が、『偶数ナンバーのプレイヤー全員の死亡』というものに変わったのです。 初音のナンバーは、Qだから・・・それで殺されかけて、崖から落とされたりもして・・・。 それからずっと逃げていたんです・・・」


そう言えば、先ほどちらりと見えた初音の肌には、ひどい打ち身の跡があった。

言動もつじつまが合っている。

嘘を言っているようには見えない。


「・・・あの、修平・・・お願いですから、せめて・・・その銃を下ろしてもらえませんか?」

「あぁ、いいだろう」


修平はそう答え、銃を下ろす。

そして初音が安堵の笑みを浮かべ、近づいて来ようとした時――


修平の背筋に、冷たい電流のようなものが走った。


「・・・っ?」


初音の表情や様子に、何か変わったところがあるわけではない。

先ほど確認したように、武器も持っていない。

なのに彼女の目の奥に、闇が潜んでいるような気がしたのだ。

恐らく修平自身の目にも宿る、漆黒の闇が――。


「・・・初音、お前――」

「なんですか?」


そう答える初音は、残り15mの距離まで迫っていた。

なおも近づいてくる初音に、修平は問いかける。


「人を、殺したのか・・・?」

「なっ・・・そんなわけないですよ!」


残り10m。

初音は歩みを止めない。

 

「俺の事も、殺すつもりで・・・?」

「修平、どうしちゃったんですか?」

 

残り5m。

修平は思わず後ずさる。


「どうやって? 特殊機能か? 人を直接殺せる特殊機能・・・」


「初音の特殊機能は、他のプレイヤーの接近を報せる機能です! 修平も知ってるはずじゃないですか!」


残り3m。

初音がPDAを取り出し、修平に向ける。


「ほら、この機能ですよ! 初音はこの機能で――」

「人を殺したんだな?」


修平にはそれが、直感的にわかった。

黒河が纏っていたような濃密な殺気を、眼前の初音からも感じたのだ。


「・・・隠さなくてもいいんだ。 俺も人を殺したから・・・」

「・・・修平」


そこでようやく、初音の顔を覆っていた、作られた表情が崩れた。

表情が抜け落ち、冷たい無表情が、彼女の顔に浮かぶ。

 

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「・・・クリア条件のせいで、殺さざるを得なかったんですか?」

「いや・・・復讐だ。 琴美の死の原因を作った男を、俺はこの手で・・・殺したんだ」

「・・・そうですか」


初音が哀しそうに、修平を見つめる。

わずかな沈黙の後、修平は続けた。


「俺のクリア条件は、素数ナンバーのプレイヤーの死亡・・・。 そして琴美の仇の男は、素数ナンバーじゃなかった。 ・・・ゲームのルールとはなんの関係もない、ただの私怨だった」

「・・・羨ましい話ですね。 そんな余裕があるなんて・・・」

「羨ましい?」

「初音のクリア条件は『自分以外の全プレイヤーの死亡』です。 皆を敵に回して、たった1人で全員殺さなきゃならなかったんですよ」

「っ」


銃を握っていた修平の手が、ぴくりと動く。

だがそれを制止するように、初音が続けた。


「動かないで下さい! 動けばあなたは死にます!」

「なに!?」

「初音がいま使おうとしている特殊機能は、『半径2m以内の首輪を爆破する』なのです。 あと1歩踏み出して、この機能を使えば、修平の首輪は爆発するのです」

「そうか・・・その機能で殺人を・・・」


どうして初音が、2つの特殊機能を持っているのかはわからない。

初音のPDAにだけ、複数の特殊機能を持ち得るような、何らかの秘密があるのだろうか?

ともかく彼女の目には殺意がみなぎっている。

嘘やハッタリとは、とても思えなかった。


「・・・初音は修平と琴美のことは、信用してました。 でも修平は、初音に嘘をついていたのです・・・司から聞かされた修平の特殊機能は、ぜんぜん違うものだったです・・・」

「っ・・・」


どうすべきかわからず、修平は己が手にする銃に目をやった。

すると初音が、それを見透かしたように言う。


「・・・その銃で、初音と戦いますか? 初音が1歩踏み出すのが早いか、修平が初音を撃つのが早いか・・・」

「ッッ・・・!!」

 

その問いに、修平の心は揺さぶられた。

目の前にいる小さな少女と、殺し合いをする。

その状況を簡単に受け入れられるほど、修平の精神はもはや逸脱してはいなかった。

 

「・・・戦わない、と言ったらどうする?」

「え?」

「初音はその機能で、俺をあっさりと殺してくれるのか? 琴美のところに、送ってくれるのか・・・?」

「修平・・・?」

「・・・なんだか、もう・・・疲れたんだ。 琴美のいない世界で、血塗れになりながら生きるよりは・・・その方が、いくらかマシなのかなってさ・・・」

「・・・っ」


闇しかなかった初音の目にも、わずかな光が灯った気がした。

それは出会ったばかりの頃の、無邪気な彼女の目の色のようで――。

初音は沈んだ声で、修平に言う。


「・・・それが修平の望みなら、初音はためらわずあなたを殺します。 それが初音のクリア条件でもあるから・・・」

「・・・そうだよな」


初音がそう言って、1歩踏み出す。

彼我の距離は2m――。


「・・・さよなら、修平」


そして初音がそう呟き、PDAに触れようとした時――


――!!


風を斬る音がした。

 

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「え・・・?」


初音は不思議なものを見るような目で、自分の胸に刺さった矢を見る。

そして、短い悲鳴を上げて後ずさる。

 

「いっ・・・ひ、ぁ・・・!?」

「なっ!?」


修平もその光景に、目を疑う。

気づけば初音の胸に、何かが生えている。

それは今朝、修平にも向けられたもの。

クロスボウの矢だった。


「な・・・なにこれ・・・!? 誰が、初音に・・・こんなものを・・・!」


初音は自分に何が起きたのか、理解できていないようだった。

そこに再び、矢が飛んでくる。


――!!


「かっ!!」


初音はその矢に射抜かれ、その場に倒れこんだ。

 

「初音! 大丈夫か、初音!」


修平は思わず叫んでいた。

敵であるはずの初音を心配する声を。

初音はその言葉に答えない。

ただ空を見つめ、虚ろに呟く。


「い・・・痛い、よぅ・・・死にたく、ないよ・・・ママ・・・! お稽古も、ちゃんと、するから・・・わがまま、いわないから・・・だから・・・・・・」


初音は消え入るような声でささやき、そして沈黙した。

口の端に、血が一筋流れている。

もう事切れているのがわかった。


「初音・・・!」


修平は奥歯を噛み、それから周囲の闇に向けて叫んだ。


「はるな! いるんだろう、はるな! なぜ俺を助ける! なぜ俺を生かそうとするんだ! 答えろ、はるな!」


その問いに答えは返ってこない。

だが答えはなくとも、もはや修平自身、彼女の行動の意味を理解していた。

それがあまりにもやりきれなく、修平は拳を握る。


そうして佇んでいると、やがて問いの答えの代わりに、背後で声が聞こえた。


「・・・修平様」

「!」

 

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はっとして振り返ると、そこに瞳が立っていた。

ボロボロに傷つき、今まで見たことのないほど、弱々しい姿の彼女が。


「・・・瞳」
「申し訳ありません、定刻に遅れてしまいました・・・」
「無事なのか?」
「えっ? あ、はい・・・私は大丈夫なのですが、お約束の時間に――」
「よかった・・・」

 

修平はそう言って、彼女に駆け寄った。


「この傷はどうしたんだ? ボロボロじゃないか」
「実は・・・三ツ林司の、手榴弾を使った自爆攻撃を受けてしまいまして。 私もその余波を」
「司が、そんな真似を・・・?」
「はい。 ですが、ご安心下さいませ。 三ツ林司の死亡は、この目でしかと確認して参りました」
「そうか・・・とにかく、よくやったな」
「ですが、そのせいで待ち合わせのお時間をだいぶ過ぎてしまいました」
「そんなことはどうでもいい。 俺は、よくやったって褒めたんだ。 それでいいじゃないか」
「・・・お許し頂けるのですか?」
「許すもなにも、咎める理由なんかどこにもないだろ。 瞳はよくやったよ。 褒めるばかりだ」
「・・・ありがとうございます」


体を小刻みに震わせ、瞳は丁寧に頭を下げた。

 

その瞬間、修平は自分でも信じられない行動を取った。

抱きしめ、声を震わせる。


「とにかく、瞳が無事ならそれでいいんだ。 本当に・・・それだけでいい」

 

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「修平・・・様・・・!」


瞳の戸惑うような言葉を耳にした瞬間――

修平の胸中に、冷たい風が吹き抜けた。

だが、この感情は何なのだろう?


「修平様・・・私は・・・修平様のためでしたら、何でも致します」
「何でも・・・」
「はい。 ですので、どうか・・・私を信じて下さいませ」


目を合わせない会話。

忘れかけているのか、それとも失いかけているのか。

どちらにしろ、消えかかっている何かが、修平の心にぽつりと影を落として。


「・・・とみ」


思わず呟いてしまったのだろうか。

はっきりとしない名前が、修平の口から零れた。

もちろん、瞳はそれに反応していたのだが、敢えて尋ねなおすことはせず・・・。


「・・・ご安心下さいませ。 私は、修平様のためならば、何でも致しますから」


微かに震えながら、それでもしっかりと繰り返した。

たとえどちらの名前だったとしても、瞳の言葉は同じだっただろう。

修平の立場を必要としない、瞳自身の意思のある返事だった。


「・・・瞳」
「はい・・・・・・んっ!」


優しく頬に添えた手が、瞳の顔を持ち上げた。

修平が瞳の唇を覆い隠した瞬間――ほんの一瞬だけ、瞳の体が見せた拒絶の反応。

しかしすぐに、瞳は自ら修平へとキスを返す。


「ん・・・ちゅっ」


柔らかい唇が、ぎこちない唇を挟む。

口から零れる甘い息が、修平の鼻をくすぐった。

そして、2人の唇が静かに離れる。


「・・・すまない」


通い合っていた視線を外したのは、修平の方だった。

だが瞳は諭すように、優しく囁く。

 

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「謝らないでくださいませ。 キスして頂けたのは・・・本当に嬉しかったですので・・・」


そう返事して起こした穏やかな顔が、驚きへと変わる。


「修平・・・様・・・?」


戸惑いは一瞬。

すぐさま瞳の指が、修平の頬を拭った。


「どうして・・・泣いておられるんですか?」
「・・・えっ?」
「申し訳ありません。 ハンカチを持っておりませんので・・・」


ゆっくりと伝い落ちる粒を、優しくなぞる白い指。

それを否定するかのように修平は慌てて顔を背けた。

 

「・・・悪い。 ちょっと目が乾いただけだ」
「修平様・・・その、何かあったのですか?」
「いや、何もないよ」
「そんなはずはありません! 私と会わないでいる間に、一体何が――」
「だから大丈夫だって。 それよりとりあえず、今日は休もう。 瞳も疲れているだろうし」
「・・・!」


瞳は一瞬、逡巡するように黙り込み――


「修平様!」
「ッ!」

それから意を決したように、修平をぎゅっと抱き締めた。


「ひ・・・瞳・・・?」


戸惑う修平に、瞳が寂しげな声で囁く。


「・・・修平様のお心は、愚かな私には、とてもわかりません。 だけど少しは、察せられる事もあります。 あなたがとても傷つき、弱っておられる事は・・・」
「・・・いや、気にし過ぎだ。 俺が傷ついているなんて、そんなわけが・・・」


そう言いかけた修平を、瞳はさらに強く抱き締める。

その腕に包まれ、言葉を呑み込んだとき、彼女が静かに言う。


「だったらなぜ修平様は、震えておられるのですか・・・?」
「っ・・・!」
「・・・私はあなたの心の痛みを、正確には理解することができません。 『あの方』を失った哀しさも・・・あなたに何が起き、いま何に苦しんでおられるのかも・・・」


瞳は修平の言いつけどおり、彼女の名を口にはしなかった。

その名を伏せながらも、精一杯気遣うように続ける。


「だけどこうしていると、伝わってくるものがあります。 修平様のお心が砕けそうな事も・・・生を諦めようとしている事も・・・」
「・・・そうか・・・お前にわかるほど、俺の体には力がないか・・・」


そう呟く修平に、瞳は辛そうにうなずく。

しばしの沈黙の後、修平は呟いた。


「・・・瞳、俺は気づいたんだ。 このゲームの中で、俺が生き残るという事の意味を・・・。 自分が生きるためには、この手を血に染めていかなきゃならないって事を。 だけどそうして生き残ろうとすればするだけ、俺は以前の俺から離れていく。 ・・・あいつと一緒にいた頃の俺じゃ、なくなっていくんだ。 それでも俺は、生きなければならないのか・・・?」


そう問う修平に、瞳は沈黙を返す。

そして腕をそっと離し、修平を見つめて言った。


「・・・私はあなたのメイドです。 主を尽くすことが使命であり、このような事を口にするのは、分を超えた事だとは思いますが・・・それでも一つだけわがままを言わせて頂いても、よろしいでしょうか」
「・・・なんだ?」
「どうか・・・生きてください。 いつかこの悲しみも、癒える日が来るかもしれません。 それまで、どうか・・・生き続けて下さい・・・!」


その言葉は修平の胸に、突き刺さった。

それは琴美の願った事。

琴美を失った自分が、彼女の望みを叶えるために、自ら選んだ事だった。

だがそれを果たすためには、これからも手を血に染めなければならない。

その事実はいまや身を切るほどに、修平の心を苛んでいたのだが――


「・・・わかった・・・俺は、生きるよ。 生きられる限りは、ずっと・・・」
「・・・修平様。 ありがとう、ございます・・・」


瞳が目を潤ませ、安堵したように微笑む。

修平は、その目を見つめ返すことができず――


ただ無言で、空を見上げた。

 

寂寞(じゃくばく)とした闇の中、修平は力なく佇んでいた・・・。

 

・・・。

 


――それから、修平がある自問を繰り返しているうちに、時刻は24時を回った。

様々な思いを抱えたまま、ゲームは6日目に突入――


それと同時に、修平のPDAが、メールの着信を知らせてきた。


「・・・なんだ?」


確認してみると通知内容は『終了24時間前のお知らせ』。


つまり、明日のこの時間には、ゲームが決着するということだ。


「あと24時間・・・」


イムリミットを意識した瞬間、ぞわりと、修平の背が粟立った。

童話の少女と同じく、24時を迎えた途端に魔法が解けるように、これまでぼやけていた意識が鮮明になった。

そして、傍らに寝ている瞳に声をかける。

 

「・・・瞳」

 

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「ん・・・はっ・・・! わ、私はもしや・・・」
「寝てたよ。 だからエリア移動だけはしておいた。 安心していい」
「も、申し訳ありません・・・」
「それより、ようやく24時間前らしい」
「まあ、本当ですか?」
「ああ。 PDAを確認してみるんだ」
「は、はい。 今すぐに」


修平の命令を受けて、瞳が慌ててPDAを操作しにかかる。

その様子を傍で眺めながら、修平は心の整理を続けていた。


「・・・・・・」


・・・星空は、静かに広がっていた。

辺りには僅かに虫の音が響くだけ。

迷いと惑いが渦巻き、静寂の中でも纏まることはなく。

その想いが深いため息となって、夜の空気に溶けていった。


・・・。