*ゲームを読む*

ゲームまるごと文字起こし

リベリオンズ -Secret Game 2nd stage-【12】

 

・・・。

 

―6日目―


――そして陽は昇り、ゲーム最終日の朝。

『他の全プレイヤーのPDAを操作不能にする』というクリア条件を課せられた、藤堂悠奈は――

 

f:id:Sleni-Rale:20200607163720j:plain



未だ他のプレイヤーの姿を求め、フィールドを彷徨っていた。

だが、人のいそうな場所、出そうな場所を中心に歩き回っているものの、未だに悠奈はほとんどプレイヤーと遭遇できていない。


「・・・まいったわ。 こうしている間にも、確実にプレイヤーの数は減ってきているっていうのに・・・」


悠奈が手にしたPDAのモニターには、操作不能状態になっていないPDAの総数が表示されていた。

その数は、悠奈自身のものを除外して、残り4台。

実に9人ものプレイヤーが死亡、もしくはPDAが壊れている計算になる。

昨夜、爆発音があったのもそうだし、他のプレイヤー同士が殺し合いを続けているのは確かだった。


「・・・もう、何もかも引き返せないところに来てるのね・・・」


ゲーム終了24時間前の連絡が来てから、既に6時間以上が経過している。

あと18時間で、残り4台のPDAを操作不能にしなくてはならない。

だがそれ以上に、悠奈は今もなお、できるだけ多くのプレイヤーを生存させたいと願っていた。

もちろん、まり子や結衣を殺した犯人まで、許してやるつもりはないが。


「既に条件を満たしたプレイヤーが守りに徹して、どこかに潜伏している可能性も高い・・・か。 ・・・こうなってくると、苦しいわね」


と、思わず弱音を吐いた時――


「・・・あれ?」


そんな折、悠奈はリノリウム張りの床に不可解な染みを見つけた。

黒く変色した染み。

それは・・・


「・・・血痕ね。 少し前のものだけど」


点々と廊下に続く染みを追いかけていくと、その血痕はロビーの突き当たりで消えていた。


「なに、これ・・・? 床板が・・・」


いや、板ではない。

正確に言えば、これは――


「蓋・・・?」


リノリウム板の一部の色が他と異なっている。

更に、金属が埋め込まれた部位を押し込むと、予想通り取っ手に変わった。


意を決してそれを引いてみれば、蓋は重苦しい鉄の悲鳴と共に持ち上がった。

その奥には、地下に続く縦長の空間と、金属製の梯子が見える。


「・・・地下へと続く秘密の通路ってわけね」


リピーターである悠奈すら知らなかった地下への入り口。

しかも、つい最近、誰かが使用した形跡が残っている。

こんな場所に地下室への階段を造るなど、一般的な建築様式ではありえないことだ。

だとすれば、何者かが作為的に作らせたもの。

当然、そんなことをするのは運営の連中以外にありえない。


「虎穴に入らずんば、虎子を得ず・・・。 行ってみるしかないわね」


懐から引き抜いたベレッタの安全装置を解除し、残りの弾数を確認。


・・・。


そうして、覚悟を決めるためにひとつ大きく深呼吸をしてから、床にポッカリ空いた空洞に身体を潜り込ませた。

梯子を下りきって、そこにあったドアを開けると、そこには壁一杯のモニターの群れが待っていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20200607163738j:plain



「これって、もしかして全部監視カメラの映像・・・?」


部屋の壁には一面にモニターが並び、その数は40台をゆうに越えるだろうか。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20200607163756j:plain

 

編集用の機器が所狭しと並べられ、あしの踏み場もないほどのケーブル類が床をのた打ち回っている。

更にその奥には、身の丈を越える大きな棚が並び、これまた無数のサーバーが鎮座して、耳障りな重低音を響かせている。


「ゲームフィールド内に設置された監視カメラの映像が、ここに集約してるわけね」


無数のモニターを適当に眺めてみると、悠奈の見覚えのある場所が大量に見つかった。

洞窟を移しているモニターには、まり子の姿も映っている。


「プレイヤーの行動を監視するための部屋・・・? ・・・だとしたら、人がいないのはおかしいか」


部屋を見渡しても、人が住み込んで常駐するような設備はなかった。

恐らく、ここはカメラの映像を中継し、別の場所に送るための設備なのだろう。

そして、もしもその通りならば、映像を保存している可能性が高い。


「・・・よし、ちょっと弄ってみますか」


データを管理していると思しきPCの前に立って、備え付けのキーボードを叩く。

PCに搭載されたOSは一般に普及しているメーカーのもので、並のPCの知識しかない悠奈でも、操作に支障はない。


「こいつを使いこなせれば、生き残っているプレイヤーの位置がわかるはず。 ・・・それに、結衣やまり子を殺した犯人を調べられるかもしれない」


記憶の中の時間と場所を照らし合わせ、それらしい名前の振られたフォルダを片っ端から開いていく。

モニターを見つめる悠奈の視線には、強い怒りが浮かんでいた。

目の前で非常にも刈り取られた命たちへ、報いるために・・・

悠奈自身も自覚することなく、マウスを握る手に力が篭った。


・・・。

 

モニターの前に張り付いてから20分が経過した頃、目的の動画を見つけた悠奈は、再生されたそれを前に言葉を失った。

 

f:id:Sleni-Rale:20200607163811j:plain

 

 

「何なのよ、これ・・・」


彼女の目に映るのは、2日前の小屋での映像――

結衣が死んでいた、あの小屋の光景を、悠奈は目の当たりにしていた。

人の死は、何度体験しても慣れるものではない。

ましてや、それが寝食を共にした仲間となればなおさらのこと。

結衣を殺した犯人を見つけ出すということは、当然その殺害現場の映像を見ることであり、悠奈も相当の覚悟を持って臨んだことだ。


しかし、想像を上回る悲惨な光景に、悠奈は口元を震わせながら机に拳を叩きつけた。

 

 

「酷い、こんなの・・・っ!」


薄暗い闇の中に引きずり込まれた結衣を、まるで物でも扱うかのように角材で殴りつけ、徹底的な暴力が加えられる。

やがて、抵抗する気力を失っ結衣の服に男の手がかかり、そして――

 

 

f:id:Sleni-Rale:20200607163839j:plain



「く・・・っ! こんなのっ・・・人間のやることじゃない・・・」



 

f:id:Sleni-Rale:20200607163858j:plain

 

あまりに残酷すぎる映像に、悠奈は思わずモニターから目を背けた。

スピーカーから流れる結衣のすすり泣く声が、カビと埃の臭いが沈殿した地下室に響き渡る。

やめて、やめて・・・と悲痛な叫びを上げる結衣の顔が、絶望と涙でぐしゃぐしゃに歪んでいく。


・・・やがて事を終えた男は、そのまま小屋の隅に置いてあったショットガンを手に取り――


結衣に向けて、撃った。

結衣の体が震え、画面内に血が飛び散る。

死に瀕した彼女の喉が、僅かに空気を震わせた。


『たす・・・けて・・・――ゆうな・・・さん』


「・・・っ!!」


スピーカーから洩れ聞こえた自分の名前に、悠奈の心が凍りつく。

結衣は懇願していた。

他の誰でもない、悠奈に助けを求めていたのだ。


悠奈は口元を押さえて、嗚咽を押し殺す。


――どうして、結衣の傍にいてやれなかったのか。

――どうして、もっと早く見つけてあげられなかったのか。


悠奈の心を後悔が蝕み、自分を殺してしまいたい衝動に駆られた。

 

・・・。

 


・・・それから、どのくらいの時間が経っただろうか。

地下室の床に膝をついた悠奈の身体が、ゆらりと起き上がる。


「・・・許せない」


もはや、悠奈の頭の中からは、ゲームクリアのことなどすっぽりと抜け落ちていた。

胸の奥から湧き上がる怒りに身を任せ、荒々しくキーボードを叩き続ける。

悠奈の目の前に並んだモニター群に、フィールド内のあらゆる場所の映像が、リアルタイムで表示されていく。


「・・・アイツだけは、絶対に許さない」


罪もない少女を毒牙にかけた男を探し出し、自らの命で償わせる。

万が一にも、アイツがゲームから生還するようなことがあってはならない。

ヒトの形をしたあの悪魔を、人間の世界に帰すわけにはいかない。

今はただ、その使命感だけが悠奈を突き動かしていた。

 

「アイツ、どこに隠れているのっ・・・!?」


しかし、モニターを上から順に眺めていくも、どこにもその姿は映っていなかった。


「・・・監視カメラを抜けるなんて、不可能なはずでしょ」


監視カメラには多少の死角はあるものの、ゲームフィールドのほぼ全てを網羅している。

監視の網を完全に抜けるには、カメラの配置を全て把握していない限り到底不可能を言えた。


「監視カメラでフォローしきれない場所があるとすれば・・・」


あるとすれば、どこだろうか?


地上は網羅されているのだから、残るは水中だろうか。

あるいは、樹の上か。

はたまた地中か。

行動可能な範囲の中で、監視カメラに映っていない場所は――

この地下室以外に、ありえないのだ。


「まさか!」


悠奈が、心当たりを発見した瞬間、背後に迫る誰かの気配に気がついた。

 

f:id:Sleni-Rale:20200607163929j:plain



反射的にその場から飛び退き、デスクの上に置かれたベレッタを振り向き様に構え――


――!!!!


地下室に、2発の銃声が同時に響き渡った。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

「・・・俺は、何をやっているんだろうな・・・?」


藤田修平が瞳と別れて単独行動を始め、立ち寄った廃村で悠奈を発見したのは、1時間前のことだった。

悠奈のナンバーは『J』。

数字に直すと素数の『11』。

つまり、修平にとって必ず始末しなくてはならないターゲットの1人だった。

だが、昨夜から修平を苛み続けている自問の答えは、まだ出ていない。

そして、その迷いの中で修平は、中央管理施設に消えた、悠奈の戻りを待ち続けていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20200607164116j:plain



「しかし、遅いな・・・? 気付かれた気配はなかったが・・・」


尾行を察して逃げたとは、考えづらい。

悠奈を追って施設に入るべきか否か考えていた、その時――


――ッ!


「・・・銃声かっ!?」


施設の中からくぐもった銃声が轟いた。

考えられるのは、悠奈と他のプレイヤーとの施設内での遭遇。

その可能性に気づいた途端、修平は――


「っ・・・!」


自分でも正体不明の感情に突き動かされ、施設の入り口に向かって駆け出していた。


・・・。


施設の扉を押し開け、1階のロビーに足を踏み入れる。

先ほどまで激しく鳴っていた銃声は止み、施設の中は静まり返っていた。

既に戦いには決着がついた、と考えるべきだろう。

だとすれば、死んだのは悠奈か、それとも他のプレイヤーか・・・。


すると慎重に歩みを進める修平の視線に、不可解な光景が飛び込んできた。

それは扉・・・というよりも、地下に続く蓋と表現すべきだろうか。

リノリウム張りの廊下の一角が、ポッカリと口を開けている。

そのとき施設のどこかから、誰かが走り去る足音が聞こえてくる。


「・・・!?」


戦いの勝者が、修平に気づいて逃げ出したのだろうか?

だが、逃げたということは、もうここへ戻っては来ないだろう。

仮にそれが悠奈だった場合、おそらく修平では追いつけない。

それよりも修平は、目の前にある地下室の入り口が気になった。

それは明らかに、異質な雰囲気を放っていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20200607164157j:plain



「・・・行ってみるしかないか」


・・・。

 

「なんだ、この場所は・・・?」


――壁一面を覆いつくす、無数のモニター。


だがそれらは一切機能しておらず、黒い闇を映すだけだ。

部屋の中央に備えられたデスクトップPCは、散弾を派手に浴びて、完全に沈黙していた。

そしてその部屋の一角に、腹部を押さえて壁によりかかる、赤い髪の女がいた。

 

f:id:Sleni-Rale:20200607164220j:plain



「・・・悠奈? 死んでる、のか・・・」

「・・・その声・・・修平、なの?」

「っ! ・・・まだ、息があったのか」

「・・・やだ、なぁ・・・勝手に殺さないでよ」


強がってはいるものの、か細い声で話す悠奈の姿に、修平は彼女の死が目前であることを悟った。

すると修平の顔色から全てを察したように、悠奈が尋ねてくる。


「ねぇ・・・私、死ぬの・・・?」

「・・・ああ。 もう、手の施しようがない。 時間の問題だ」

「・・・そっか」

「最期に、なにか言い残したいことはあるか?」

「最期に・・・か。 修平には、言いたい事がたくさん・・・あったはずなんだけど、忘れちゃった」

「・・・・・・」

「ねぇ・・・代わりに、1つだけお願いを・・・聞いて貰える?」

「・・・俺にできることなら」

 

f:id:Sleni-Rale:20200607164256j:plain



「こっちに来て・・・私の手を握って・・・・・・お願い」

「・・・・・・」


修平は悠奈の下に歩みより、その傍らに膝を付いた。

そして、赤に染まった悠奈の手を両手で覆うように握り締める。

大量の血液を失った身体は、明らかに体温が低下していた。


「それで・・・どうすればいい?」
「このまま・・・ずっと、手を握っていて・・・」
「俺なんかで、いいのか?」
「・・・ええ」


悠奈の視線は虚空を見つめたまま、ほとんど光を失っていた。

既に、目の前にいる修平の顔すら見えていないのだろう。

そんな彼女が、修平の存在を確かめるように、微かな力で手を握り返してくる。


「・・・悠奈、お前は結局何者だったんだ?」
「・・・私は、リピーターよ」
「リピーター?」
「そう・・・このゲームの、経験者・・・」


その言葉を聞いた瞬間、修平は全てに合点がいった。


「そうか・・・だからお前は、色々と詳しかったんだな。 でも、だったらどうして結衣や俺たちを・・・無関係の人間を助けようとした? お前にはセカンドステージがあることが、最初からわかっていたはずなのに」
「・・・・・・それが私の・・・役目、だから」
「どういう意味だ?」
「・・・前にね。 私のために、命を捨てた人がいたの。 本当は、私が死んで、彼が生き残るはずだった・・・。 あいつが生き残るはずだった時間を貰って、私は今日まで生きてきた・・・。 だから、今度は私が・・・彼から預かった命を、誰かにあげるの・・・。 それが・・・私の役目」
「・・・・・・」
「フフッ・・・、違うわね。 きっと、私は・・・彼に怒られたくなかっただけ・・・胸を張って誇れる生き方をしたかった、それだけなのかも・・・」


懐かしい記憶に想いを馳せるように小さく微笑んで、悠奈は咳き込んだ。


「ずっとね・・・修平のことが、心配だった・・・。 琴美が、いなくなって・・・修平、壊れちゃいそうで、怖かったから・・・。 あなたの気持ちが、痛いほど、よく分かったから・・・」
「・・・っ! こんな時に、他人の心配してる場合じゃないだろ・・・っ!」


琴美が死んだ時。

あの時は、ただひたすらに混乱し、現実を受け入れまいと抵抗していた。

けれど彼女は、自身の不可避の死を受け止め、修平のことばかり心配していた。


「あ、あははっ・・・。 だって、もう、私は無理だもん・・・」


琴美に何もしてやれなかった後悔が、今更ながら修平に押し寄せる。

死に瀕しながらも、健気に修平を気遣う悠奈に、幼馴染の姿が被って見える。


「何で・・・悠奈も、そんな風に笑うんだ。 どうして・・・そんな目で、俺を見るんだ。 助けてって、まだ死にたくないって、素直に言えよっ!」
「だって、さ・・・修平・・・泣き出しそうだったから・・・だから、泣かせたくないな、って・・・」
「俺は、お前のことを、殺そうとしてたんだぞっ! 俺のクリアには『J』の、悠奈の死が必須条件なんだ・・・。 そして、死に掛けているお前の姿に、俺は安堵している。 そんな奴に最期を看取られて、お前は本当にそれでいいのかっ!?」
「・・・・・・」
「・・・悠奈?」
「ああ・・・ごめん。 ちょっと、聞こえなかった。 なに・・・? 今度はちゃん、と、聞いてるから・・・」
「っ・・・だからっ・・・俺は、俺は・・・なのに、どうして・・・」
「・・・なんだ、前の、しゅうへ・・・じゃん」
「悠奈・・・?」
「うん・・・いいや・・・ばとん、たっち・・・」
「っ・・・おい、しっかりしろ、悠奈! バトンタッチって、なにをだよっ! 勝手にそんなもん押し付けてくんなよ!」
「・・・ごめん、ね・・・」
「何で・・・お前も、琴美も・・・俺に謝るんだ・・・。 謝んなよ・・・頼むから・・・」
「しゅ・・・へ・・・クリア、が・・・ばれ・・・」
「悠奈? おい、悠奈っ! 悠奈・・・」


修平が呼びかけても、もう返事は返ってこなかった。

僅かに微笑を浮かべたまま、悠奈は四肢を床に投げ出して・・・

そのまま、二度と動くことはなかった。


「っ・・・」


握り締めていた手を、そっと床へ下ろす。


「何が、『クリア頑張れ』だよ・・・。 どうして・・・今の俺に、そんなこと・・・」


修平は、それ以上は何も言わず、緩慢な動作で立ち上がった。


・・・。

 

それから、悠奈の亡骸を一瞥して、地下室を後にした。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20200607164325j:plain



――それからの修平は、ゲームの最終日を、無為に過ごした。

今さらやるべき事など、ほとんど思いつかない。


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20200607164346j:plain



琴美の墓参りをした後は、フィールド内をあてどなく歩く。


・・・。



f:id:Sleni-Rale:20200607164401j:plain

 

多くのに人間が命を落とした、このフィールドを。

そうして歩き疲れた彼は、瞳との待ち合わせに向かった。


・・・。

 

そうして歩き疲れた彼は、瞳との待ち合わせに向かった。

診療所の壁に寄りかかって、瞳が来るのを待つ。

程なくして、彼女はやってきた。

 

f:id:Sleni-Rale:20200607164415j:plain



「報告します。 標的の発見はならず、目的を達することはできませんでした・・・・・・力が及ばず、申し訳ございません」
「・・・いや、構わない。 もう瞳に動いてもらう必要はなくなったんだ」
「それは、どういう意味でしょうか?」
「悠奈が死んだ。 俺のクリア条件は、これで達成だ」
「本当ですか!?」


瞳の顔に、ぱあっと笑顔の花が咲く。

 

f:id:Sleni-Rale:20200607164441j:plain



「おめでとうございます、修平様!」
「ああ、ありがとう。 これも全部、お前のおかげだ」
「いえ、私はそんな・・・」
「今までご苦労だったな」


その言葉と共に、修平は瞳の手を引き、その体を抱きしめた。


「あ・・・」
「俺がクリアできたのは、瞳のおかげだ」

 

頭を撫で、髪を梳いてやりながら、耳元で囁く。


「ありがとう」
「修平様・・・嬉しいです・・・。 私は・・・粕屋瞳は、修平様にお仕えできたことを、本当に幸せに思います・・・。 これからも一生・・・私は、修平様のメイドです・・・」


首もとに巻きつけた瞳の腕に力が篭もり、強く修平を抱き返してくる。

視界に映る瞳のうなじを、修平は見下ろした。


「・・・ごめんな」
「えっ・・・?」


修平は右手に隠し持っていた注射器を瞳の首筋に突き立てて、その中身を注ぎ込んだ。


「修平様っ!? なっ・・・何を!?」
「・・・・・・」


修平が瞳に投与した薬品は、臨床の現場で手術の際に即効性の鎮静剤として使用されている。

効果時間は短いが、注入から即座に効果が発現し、数十秒で意識を失う。

過剰に摂取すれば、命を落としかねない劇薬だ。

修平に医学の知識はないが、何かのニュースを通じて名前だけは知っていた。

廃村の診療所で偶然にもこの薬品を発見し、これまで密かに隠し持っていたのだ。


「修平、様・・・どうして・・・?」


足がもつれて、地面に膝をつきながら、瞳が修平の名前を呼ぶ。

 

f:id:Sleni-Rale:20200607164457j:plain



「わ・・・私を、殺す、おつもりなのですか・・・!?」
「・・・・・・」
「私を殺して、あなたが生き残る・・・ひどいシナリオですが、それが運命なら従いましょう。 でも、だったらこんな事をしなくても・・・私は修平様が命じれば、自ら命を絶ちました・・・。 私は、そんなにも、信用がなかったのですか・・・?」
「違う、瞳。 死ぬのはお前じゃない。 俺だ」
「――え?」


瞳の目が見開かれる。

修平は彼女の綺麗な眼を見返し、言葉を続けた。


「・・・瞳、お前のクリア条件は、『2時間以上同じエリアに留まらない』こと・・・。 現在22時12分。 もうここで寝ていれば、それだけでクリア条件を満たせるんだ。 だから、後は寝ていろ。 目覚める頃には、ゲームは終わっている」
「で、でも、修平様・・・だったら、修平様は、どうするおつもりで・・・」
「1つだけやり残した事があるんだ。 それを終えたら、俺は自分で自分にケリをつける。 でもその事を話したら、お前、俺を止めるだろ? だから、俺は・・・」
「しゅ、修平様・・・!」
「・・・ごめんな、瞳。 俺はお前のご主人様には、最後までなれなかった。 『生きる』っていう約束も守ってやれない。 ・・・それでも、せめて、最後の命令をさせてくれ。 生きろ、瞳」
「い・・・いやっ・・・! あ・・・あなたが死ぬのなら・・・私も・・・いっしょに・・・」


瞳が必死で声を振り絞る。

だが、その強靭な肉体も、ついには薬の力に負け――


「・・・・・・」


瞳は電源を落とされたように、その場に倒れ伏した。


――気絶した瞳を抱え、診療所の床へと横たえる。

眠っている間に、もっと効果時間の長い薬を持っているため、多少の衝撃があっても目を覚ますことはないだろう。

一応その間に両手足を縄で拘束し、一切の身動きがとれないようにした。


「瞳・・・」


彼女の安らかな寝顔を見ていると、修平の方が辛い気持ちになった。

思えば彼女の存在が、琴美を失った修平を、ギリギリのところで支えていたのかもしれない。

慰みといってしまえば、それまでのことだろう。

だが修平のことを心から信頼し、健気に尽くそうとする彼女に、修平は確かに救われていたのだ。


「・・・悠奈、これでいいんだよな?」


だがその問いに、答えてくれるものはいない。

修平は最後に瞳を一瞥し、そして診療所を後にした。


・・・。


外に出た修平は、あたりを見回した。

周囲に人の姿は見えない。

だがどこかに彼女がいると信じ、修平は声を上げる。


「いるんだろう、はるな!? 出てきてくれ!」


そう呼びかけると、ほどなくして――

 

彼女が、姿を現した。

 

f:id:Sleni-Rale:20200607164526j:plain



「修平・・・あのメイドは、どうしたの?」


はるなの問いに修平は、とっさに嘘を答えた。


「・・・殺したよ。 薬を使ってな」
「万が一の事もあるし、とどめを刺した方がいいと思うけど?」
「いや、いいんだ。 無駄弾は使いたくない」
「そう・・・」
「・・・なぁ、はるな」
「なに?」
「少し付き合ってくれないか? 話したいことがあるんだ」


修平の誘いに、彼女は一瞬だけ戸惑った顔をした。

そして、細い手首に巻いた腕時計を見つめて言う。


「・・・少しだけなら。 私にはまだ、やらなきゃいけないことが残っているから」
「時間はとらせないさ。 ちょっと、世間話がしたいだけだ」
「・・・うん。 わかった」


行こうぜ、と、修平が歩き出す。

その横に、小走りではるなが並びかけた。


・・・。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20200607164546j:plain



「・・・はるなには、家族はいるのか?」
「ええ。 両親と、歳の離れた弟と妹の5人暮らし。 全員、血は繋がっていないの。 お母さんは小さい頃に大病を患って子供が産めない身体なんだって」
「だから、はるなを?」
「うん。 養子にしたんだって。 お父さんは、そんなお母さんの事情を知った上で結婚を申し込んだの。 もちろん、周囲は大反対。 でも結局、お父さんは意思を曲げなかった。 情に流され易くて、弱いものを見ると方っておけなくて、とんでもないお人好し・・・。 私のことも、実の娘のように可愛がってくれたし、時には厳しく叱ってくれた」
「・・・いい親父さんだな」
「うん。 でも私は、いい娘にはなれなかったかも・・・」
「どういう意味だ?」
「養子に貰われた当時はね、全然懐けなかったから。 本当のお母さんじゃないくせに、っていうのが口癖。 それでいつもお母さんを泣かせてた。 学校でも問題ばかり起こしてたし、家出して警察に保護されたこともあったかな」
「へえ、意外と不良娘だったんだな」
「フフ、そうね。 ・・・怖かったのよ。 大切なものを見つけて、もしもそれを失ってしまったら・・・今度こそ、自分が壊れてしまうと思ったから。 失くしてしまうくらいなら、2度と誰も好きになんてならない。 もう、家族なんていらない・・・。 あの頃の私は、ずっとそう思ってた・・・」
「・・・今は、どうなんだ?」
「大好きだよ。 2人のことも、弟と妹のことも」
「・・・そうか。 いい家族ができてよかったな」
「うんっ」

 

f:id:Sleni-Rale:20200607164656j:plain



感情の起伏に乏しいはるなが、その時ばかりは人が変わったように無邪気な笑顔を浮かべた。

修平はごく自然な動作で、あたかもそれが当然と言わんばかりに、彼女の頭に右手を伸ばしていた。


「・・・っ!」


そんな修平に、はるなは身体を硬直させ、警戒心を露わにする。


「悪い。 つい・・・」
「・・・ううん。 ちょっと驚いただけ。 いいよ」


慌てて手を引っ込めようとした修平に、はるなは小さく微笑み返して、肩の力を抜いてみせた。

やり場がなくなった手の平を、今度こそ彼女の頭にのせて、髪を優しく撫でる。

はるなは無言のまま、気持ち良さそうに目を細めた。


「・・・昔、よくこうやって頭を撫でてくれた」
「そうだな・・・『春菜』」


修平は妹の名を呼び、かすかに微笑んだ。

彼女も寂しげな笑みを返し、問いを口にする。


「・・・いつから気づいてたの?」
「最初に会った時から違和感はあった。 確信したのは、ついさっきだ。 お前は、最初から?」
「・・・うん。 姿も声も全然変わっちゃってたけど、もしかしたらって思った。 ・・・『藤田』の名前を聞いた時に、ピンときたの」


ゲームの初日、崖から落ちかけていた彼女を助けた時、修平は僅かに違和感を覚えた。

春菜の顔が、誰かに似ている気がして・・・

今にして思えば、なんのことはない。

修平は、春菜の容姿に母の面影を感じていたのだ。


「なあ・・・春菜も、リピーターだったのか?
「・・・なんだ、それにも気づいてたんだ?」
「まあな。 じゃなきゃ、初日に説明会場を抜け出した、お前の行動に説明がつかないからな」
「そう・・・私がリピーターになった理由を聞きたい?」
「ああ、教えてくれ」
「お父さんの会社が、数年前に経営に失敗して、凄い借金を作ったの。 転がり落ちるのはあっという間だったわ。 家にあるものが、どんどんなくなっていくの。 一昨日は花瓶、昨日はソファー、今日は食器棚がなくなって、明日は何がなくなるんだろうって、あの頃は毎日思ってた。 最後には、住む家さえなくなってしまった・・・。 地位も名声も地に落ちて、あとに残ったのは莫大な借金だけ。 お父さんはいつも弟たちに『ごめんな』って謝るの・・・。 私にも、同じ風に謝ってきて・・・でも、目の周りは泣き腫らして真っ赤になってて・・・・・・とても、見てられなかった」
「・・・・・・」
「そんな時よ、このゲームに初めて参加したのは」


どこか遠い景色を見るように、春菜は空を見上げた。


「最初は何も分からず逃げ回っているだけだった。 だけど、他のプレイヤーたちが私の知らないところで殺しあって、気がついたら最終日に生き残っていたのは私だけ。 クリア条件も難しいものではなかったし、運がよかったのよ。 そうしたら、運営の男が言ったの。 ゲームクリアの報酬に、なにか欲しい物はあるかって」
「だから私は、お金が欲しいって答えた。 運営が用意した額は、お父さんが背負った借金に比べれば微々たるものだったけど、一生働いても稼げないような金額よ。 それを自然な形で、お父さんに渡るようにしてもらった。 ・・・お父さんもお母さんも喜んでいたわ。 下の子たちも、2人が嬉しそうにしているのを見てなにかを感じたのね。 みんなに笑顔が戻ってきた」


少しの照れと、仄かな愁いを帯びた微笑を春菜が浮かべる。

けれど、その笑みはすぐに消え、能面のような無表情な顔だけが残った。


「その時、私は理解したの。 このゲームでお金を稼ぐことが、私のすべきことなんだって。 それが、本当の家族みたいに接してくれたあの人たちへできる、唯一の恩返しなんだって。 それから、私はリピーターになって、何度もゲームに参加した。 ・・・それから幾度となく、人を殺したわ」
「・・・・・・」
「騙して、裏切って、私はずっと勝ち続けた。 今回も、最初はそのつもりだった。 だけど・・・修平と、出会ってしまった。 そこから先は、修平も知っての通り。 2人とも生き残る方法はないか探してみたけど・・・。 結局、結末はなにも変わりそうにないわ・・・」
「・・・そうか」


春菜は両手を挙げて小さく伸びをすると、息を吐き出した。


「今度は、私から質問してもいい?」
「なんだ?」
「吹石さんは、修平の・・・恋人、だったの?」
「・・・どう、だったんだろうな。 あいつと出会ったのは、お前が養子に引き取られてから半年後くらいだ。 いつもしつこく話しかけて、最初はウザくてしかたなかったのに、いつの間にか2人でいるのが当たり前になってた・・・。 恋人とか、幼馴染っていうより、兄妹みたいな感じだったのかもな。 だけど、もし叶うなら・・・あいつと2人で新しい家族を作ってみたい・・・。 そんな、夢を見ていた」
「・・・そう」
「あいつがどう思っていたかは、よくわからないけどな。 ちゃんと確かめる前に逝ってしまったし」
「・・・ごめんなさい」
「別に、春菜が謝ることじゃない」
「・・・違うの。 吹石さんが死んだのは、ただの偶然なんかじゃないから」
「え・・・?」
「吹石さんは、私が殺したようなものだよ」
「どういう意味だよ・・・それ」
「ゲームを主催してる連中が、なんでこんなことを始めたか知ってる? なんで、このゲームにファーストステージとセカンドステージがあるか、修平は知ってる? 私たちに殺し合いをさせて、見世物にしたいだけなら、こんな周りくどいルールにしなくても幾らでも方法はあるはずなのに」
「だったら、どうして・・・?」
「彼らが見たいのは、ただの殺し合いじゃないから。 ファーストステージのクリア条件は、プレイヤー同士が互いに協力しあわなきゃ達成できないようになっている。 見ず知らずの他人が集められて、すぐに仲良くなんてなれるわけない。 1人1人の理解と協力があって、初めて全員の生還が可能になるの。 だけど、セカンドステージのクリア条件は・・・そうやって、ファーストステージで信頼を築き上げた者同士が、殺し合うように出来てるのよ」
「・・・っ」
「このゲームの本質は、殺し合いのショーなんかじゃない。 大切な誰かを殺さなくては自分が生き残れない。 そういう状況に置かれたプレイヤーが、足掻き苦しむ姿を見せることなのよ」
「・・・なんだよ、それ」


映画や小説では、誰かのために命を投げ出した人間は英雄のように祭り上げ、その物語は美談として描かれる。

愛する者の命が、自分自身の命か・・・究極の選択を迫られた登場人物が葛藤する姿に、観衆は一喜一憂し、共感の涙を流す。

それは、人の生き様と死に様こそが、最高のエンターテインメントだからだ。


「そんなことを・・・現実の世界でやろうとした連中がいるってことなのか・・・?」


春菜が語って聞かせた話が真実であるならば・・・


・・・これが、本当に人間の所業なのだろうか。


「私が言ってることの意味、修平にならわかるよね?」
「琴美が死んだのは、ただの偶然なんかじゃなくて・・・」
「実の妹である私がいたから、修平がここにいるの。 私がゲームに参加していたから、修平と吹石さんは、役者に選ばれたんだよ。 悲劇を演じるための、主人公とヒロインとして」
「・・・・・・」
「2人がゲームに巻き込まれた根本的な原因があるとするなら、それは私。 だから、修平が吹石さんの仇を取りたいって言うなら・・・。 私を、殺すしかないんだよ」


・・・。

 


2人が最初に出会った崖の傍ら、小高い丘にまでやってきたところで、春菜はごく自然に、修平の隣から正面へと歩みを進めた。


そろそろ、このゲームも終わる――。


修平は安堵にも似た感情を抱きながら、心の中でそう思った。

青白い月光が、春菜の姿をぼんやりと浮かび上がらせる


「・・・そろそろ、時間よ」
「春菜・・・」
「最期に話ができて、本当によかった」



f:id:Sleni-Rale:20200607164726j:plain

 

振り返った彼女の手には、クロスボウが握られていた。

鋭い光を放つ矢の先端が、真っ直ぐに修平へと向けられている。


「私のプレイヤーナンバーは『3』。 クリア条件は『プレイヤーを殺害した他プレイヤー全員の死亡』よ。 だからあの、阿刀田初音って子も、殺さなければならなかった・・・私は生きるために人を殺す人間よ。 そしてこのゲームから修平と私、2人が同時に生きて帰ることはできない。 生き残れるのは・・・どちらか1人だけ」


修平がPDAを操作し、パーソナルデータ画面を表示する。


そこに表示されている文言は、相変わらずの『素数ナンバーのプレイヤー全員の死亡』。

素数のナンバーをもつ彼女は、修平にとってもクリア条件を満たすために必須の殺害対象だった。

十数年ぶりの再会を果たした兄妹が、最後に殺し合う結末・・・


どうやら春菜はどこかで、修平のクリア条件を知ってしまったらしい。

全ては、主催者の手の平の上で、予め決定されていた運命だった。

 

f:id:Sleni-Rale:20200607164740j:plain



「・・・俺も最期に、春菜と話ができてよかった」


修平も春菜へと銃口を向ける。

照準を通して見る妹は、本当に母とよく似ていた。


「・・・今回が、私の最後のゲームなの。 このゲームをクリアすれば、お父さんの借金が全て返済できるから。 だから・・・私、ここで負けるわけにはいかない」
「・・・そうか。 だからといって俺も、ここで無抵抗に殺されてやるわけにはいかない。 たとえその結果、自分の妹を手にかけることになったとしてもだ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」


春菜は足元に視線を向け、屈んでなにかを拾い上げた。

それは、かつてこの場所で繰り広げられた数知れぬ戦いの証・・・

錆び付いた、銃弾の薬莢だった。

 

「これが合図。 いい?」
「ああ」


修平はそう答えてから、かすかに視線を落として言った。


「・・・なぁ、春菜。 もしも、別の形で再会できていたら・・・。 俺たちはまた、家族に戻れたのかな・・・?」
「そうね。 もしそんな・・・別の未来があったなら、私たちはきっと・・・」


春菜はそれ以上先を言わなかった。

言っても意味のない事だからだろう。

馬鹿な質問をしたと思う修平に、春菜は感傷を振り切るように――


薬莢を親指の先で、宙高く弾き上げた。

月明かりを浴びて鈍く光る金属片が、コインのように回転しながら夜空に弧を描く。

修平と春菜の2人は、改めて互いの武器を構え直す。

それぞれの引き金に指がかかり、2人の視線が交差する。


銃弾の薬莢が地面を叩き、乾いた音が響き渡った。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20200518161549p:plain

 

「――きて――おきて、お兄ちゃん!」


――ああ、わかってる。


――すぐ起きるから、そんなに急かすなって・・・

 

f:id:Sleni-Rale:20200607164827j:plain



「コラーッ! おきなさいってばっ! がっこう遅れちゃうよ!」

 

――わかってるわかってる。


――そんなに焦らなくても大丈夫だよ、春菜。


――だから、あと10分だけ・・・


「もう、知らないんだから!」

 


――!!

 

「・・・・・・」
「・・・・・・」


山から吹き降ろす冷たい風が、修平と春菜の髪を揺らして通り過ぎる。

修平が撃った弾丸は、春菜の髪を掠めて夜闇に消えた。

同時に春菜が放った矢も、修平の遙か上空を飛んで、夜空へと消えていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20200607164844j:plain



「・・・なんで・・・当てなかったの?」

「・・・お前こそ、なんでだよ」


春菜がクロスボウを下ろし、修平を見つめる。

その目から涙が零れて、頬を伝い落ちた。


「撃てない・・・よ。 頭では理解してるの。 このままじゃ生き残れない・・・・・・だけど、私には無理だよっ」


春菜の悲痛な叫びが、修平の胸を突き刺してえぐる。

彼女の揺れ動く気持ちが、泣き叫ぶ心が、修平には痛いほど理解できたから。


「・・・そんなんじゃ、ダメだろ。 春菜・・・お前は、生きて帰るんだ。 お前にはまだ、帰りを待ってる奴らがいるんだから」

 

f:id:Sleni-Rale:20200607165017j:plain



「そんな、残酷な事言わないでよっ!」
「だったら、しかたないな・・・」


修平は、わずかに硝煙を上げるソーコムに視線を落とした。

その弾倉には、まだ何発かの弾丸が残されている。

修平が頭に思い描いた行為を、実行に移そうとした――その時。


――!!


「な・・・っ!?」


突然の銃声を、全身を揺さぶる衝撃。


「・・・えっ?」


春菜の顔が驚きと混乱に染まり、その視線が一点に注がれていた。

彼女の視線を追いかけて、修平は自分の胸元を見下ろす。

胸の真ん中には、真っ赤に鮮血の華が咲いていた。


「ぐ・・・かは・・・っ!」


直後に修平の身体を襲う激痛と目眩。

激しい嘔吐感を堪えきれず、喉に溜まったものを吐き出すと、おびただしい量の血液が地面を濡らした。


「がっ・・・はっ・・・春・・・菜・・・にげ、ろっ・・・」

「危ないっ! 修平っ!!」


――!!


再び銃声が鳴り響き、突き飛ばされるような衝撃を背に受けた。

修平は抵抗もできずに地面に崩れ落ちる。


「修平っ!!」


春菜が修平に駆け寄り、その体に縋り付く。


「・・・いや~、いいねぇ、兄妹愛ってヤツは」


その正面から、拍手の代わりとでも言わんばかりに、嘲笑が注がれた。


「・・・誰っ!?」

「酷いなぁ、春菜ちゃん・・・説明会の時に自己紹介しただろ?」



f:id:Sleni-Rale:20200607165038j:plain

 

「伊藤・・・大祐」

「そうそう。 覚えててくれて嬉しいぜ」


ゲーム初日の説明会で、春菜と大祐は顔を合わせている。

しかし、春菜にとってはそれだけではない。

この男はクリア条件を満たすための重要なプレイヤーの1人・・・

春菜の殺害対象の1人なのだ。


「よくも・・・よくも修平を・・・っ!」

「オイオイ、なんで睨むんだよ? 感謝されることはあっても、恨まれる覚えはないはずだぜ? そいつが死ななきゃ、春菜ちゃんは生き残れないんだろう? だから、俺が代わりに殺してやったんだ。 どうせ生かしてはおけないもんな、誰がやっても変わらねぇよ」

「修平は・・・あなたの殺害対象だったの・・・?」

「いいや、俺のクリア条件とは関係ねぇさ」


そういって大祐は、懐から取り出したPDAの画面を春菜に向けた。


「『半径2m以内に同時に3人以上のプレイヤーを侵入させない』・・・?」


14人のプレイヤーの中で最も難易度の低いその条件は、奇しくも、春菜が初めてゲームに参加した時と同じものだった。

このクリア条件を満たすには、他人との接触を避けて身を潜めていればいいだけのはず。


「だったら、どうして・・・」

「なぁに、これも余興ってヤツだよ。 折角のゲームだからな、楽しまなきゃ勿体無いだろう?」

「・・・楽しむ?」


大祐の口から出てきた、ゲームの感想として相応しくない単語に、春菜は眉をしかめた。

ニヤニヤと醜悪な笑みを浮かべるその目の奥には、危険な色が見え隠れしている。

いや、そもそも春菜は、この男が危険なプレイヤーであることを前から知っていた。


「・・・あなたが、上野まり子を殺したのね」

「あぁ? なんでお前がそれを知ってる?」


春菜のPDAの特殊機能は、『プレイヤー同士の接触情報を閲覧できる』――


他のプレイヤー同士が至近距離に近付いた情報を、春菜に与えてくれる特殊機能だ。

そして、大祐とまり子が最後に接触した直後、彼の名前が春菜の殺害対象として登録された。

それはつまり、彼女を殺したのが、目の前の男だという事実に他ならない。


「まさかお前も、あの地下室のことを知っていたのか?」

「地下室? なんのこと・・・?」

「説明会が開かれた施設の地下にある、モニタールームのことさ」


春菜は何度もゲームに参加し、会場で戦った事もあったが、そんな部屋の存在はまったく知らなかった。


「なんのことかわからねぇって顔してんな。 だったら教えてやるよ。 あの場所には、プレイヤーに隠された地下室があって、フィールドに設置された全ての監視カメラの映像が見れるのさ。 それだけじゃねぇ。 この首輪には超小型CCDカメラとマイクが仕込まれてんだ。 その映像も音声も、全部その場にいながらにして、確認できるんだよ」

「そんな場所が・・・」

「しかもリアルタイムの映像だけじゃなくって、ゲームが始まった瞬間から現在までの映像記録を、遡って観る事までできる。 他のプレイヤーがどこにいるのか、どんなクリア条件で、なにを目的に行動しているのか・・・全てお見通しってわけさ、 つまり、このゲームで、俺を欺ける奴は1人もいなくなったってことだ。 後は簡単だ。 プレイヤー同士が勝手に殺し合うように、火種を巻いてやればいい。 修平が運営の男と話している映像を見つけた俺は、そのことを黒河っていうイカレ野郎に垂れ込んでやったのさ。 まあ、適当に尾ひれをつけさせてもらったけどな」

「なんで、そんなことを・・・。 あなたは無闇に争いを起こす必要なんてなかったはずなのに・・・」

「なんで? そんなもん、邪魔な連中をぶっ殺すために決まってるじゃねぇか。 特に、修平と司の2人だ。 いかにも自分は利口です~って顔して、人様に命令してくるんだ。 いけすかねぇったらねぇよな。 まぁ、残念ながらこの作戦は失敗だった。 邪魔な男共は全員生き残って、目当てだった琴美ちゃんが死んじまったからな。 惜しい事したよ」

「なっ・・・じゃあ、あなたのせいで吹石さんは・・・!」

「まぁそういうこった。 修平は最後まで、本当の敵を見誤ってたって事だよ。 どいつもこいつも、ご大層な理屈を並べて自分の能力を誇示したがる割には、案外素直に騙されてくれるのな。 そう・・・そういう意味じゃ、意外だったのは初音だ・・・」

 

f:id:Sleni-Rale:20200607165057j:plain



あいつだけは俺の本性に気づきやがった。 さすが役者やってただけのことはあるな、素人の演技は通用しないらしいぜ。 だから真っ先に、あいつを痛めつけてやったのさ。 誰かに相談する気も失せるような方法でな」

「っ・・・! 最低っ! あんた、人間の屑よ!」


「ハハッ! そう褒めるなって! まぁそのせいで半日ですっかり歪んじまったよ。 あげくに殺人者になっちまったのは予想外だったけどな。 そのくせ結局一番憎いはずの俺は殺せず、お前に殺されたってあたりは、さすがに同情するよ。 揃いも揃って可哀想にねぇ」


まるで自慢話でもしているかのように、恍惚の笑みを浮かべながら大祐は語り続ける。

春菜にはその姿がまるで、人の形をした醜悪な獣のように映った。

理性を捨てた人間という獣の本性を、そこに見ていた。

同時に、長年回答を得られなかった問いに、ひとつの正解を導き出す。

こういう人間がいるから、このゲームが存在しているという事実を。


「次の標的にしたのは、まり子と、あの結衣って女だ。 あの2人は散々逃げ回って、ずいぶん手こずらせてくれたよ。 でもモニタールームに戻れば、どこにいるのかなんて一目瞭然だ。 時々居場所チェックして、あとは人間狩りさ。 まり子は生意気にも撃ち返してきやがったから、ショットガンでズドン。 ちょっともったいなかったけど、まぁ前からあいつにはムカついてたしな。 その後は結衣をさらって、山小屋でお楽しみさ」

「・・・っ! このケダモノっ!! そんな酷いことをして、なんで平気な顔していられるのっ!? あなたが殺した人たちにだって、帰りを待ってる家族や、大切な想い人がいたはずなのに・・・っ!」

「・・・オイ、随分と偉そうなこと言うじゃねぇか。 身勝手な願いのために、これまで散々人を殺してきたリピーターの分際でよ」

「・・・っ!」

「お前がこれまでやってきたことと、俺がやったことの何が違う? 結局は、自分の欲望を叶えたかっただけだ。 本質はなにも変わらねぇ。 お前はただ、人殺しの言い訳に家族を利用してるだけなんだよ」

「そん、な・・・こと・・・ない。 私は・・・」

「・・・なぁ、こいつは最高にいかしたゲームだとは思わないか? 人間を何人殺そうと、女をどうしようと、全てが自由だ。 その上、最後には願い事をひとつ聞いてくれるっていうんだぜ? 欲望のままに、全てが叶う楽園のような場所じゃねぇか。 なぁ? 俺は、なんで自分がこのゲームに連れて来られたのか、直ぐに理解できたぜ。 あれを見てみな」


大祐の動きを警戒しながらも、春菜は彼が指指した方向に視線を向ける。

 

f:id:Sleni-Rale:20200518162133p:plain

 

そこには朽ちかれた老木が1本だけ立っていて、その幹の中頃にはこちらを見つめる監視カメラの視線があった。


「あのレンズの向こう側で、ケダモノ共が舌なめずりしてやがる。 連中は、人間が夢や希望を失う瞬間に見せる、最高の表情がご所望だ。 春菜ちゃんの、ぐしゃぐしゃに歪んだ絶望の表情をなぁ!」

「な・・・っ!」

「オイオイ、なんだよ、その呆けたツラは? 俺がただの自慢話で、長々と演説垂れていたとでも思うのか? ゲームの終了まであと2時間かそこらだ。 せいぜい楽しませてくれよ」


大祐が唇を舐め、いやらしげに口の端を持ち上げる。


「――っ!」


大祐の視線に怖気が走り、春菜は慌ててクロスボウを構える。


しかし――


先ほど、修平に向けて放ったばかりのクロスボウには、矢が装填されていなかった。


・・・もっとよく考えるべきだった。

大祐がなぜ、今このタイミングで修平と春菜の前に姿を現したのか。

修平を確実に仕留めた上で、春菜の反撃を受ける事のない、このタイミングを・・・


「く・・・っ!」


春菜は周囲に視線を巡らせて、武器になりそうなものを探した。

その視線が、修平の取り落したソーコムで止まる。


「ハハッ、お見通しだったーの!」

「きゃぁっ!!」


大祐は素早く走り寄り、春菜の腕を掴んで思いきり投げ飛ばした。

そして地面へ転がった体に覆い被さり、腕を取って春菜を組み伏せる。

 

f:id:Sleni-Rale:20200607165137j:plain



「このっ! 放せっ!!」
「その反抗的な態度がそそるねぇ・・・」


春菜の服を剥きながら、大祐がその柔肌に手を這わせる。


「いやっ、やめて! やだぁ!!」

「ハハハッ、いい顔だ。 もっとよく見せてくれよ」

「いやああぁあぁっっ!!!」


春菜は叫びながら抵抗を試みるも、男女の力の差は大きく、大祐の行為を遅くする程度の効果しかなかった。

次第に服が剥ぎ取られ、体に大祐の手垢がついていく。

唇を守ろうと顔を背けたが、大祐は構わず彼女の頬を舐め回した。

興奮して豚のように荒げた鼻息が、ひたすらに耳障りで気持ちが悪い。

そんな春菜を、大祐は心底楽しそうに嘲笑して、体を密着させるようにして体重をかけてくる。


「いやぁ、助けて・・・助けて、修平ぇっ・・・!」

「ばーか、助けに来るわけねぇだろうが。 とっくに死んでるよ、アイツは」


ほら、と大祐が顎をしゃくって指し示す。


そこには――

 

f:id:Sleni-Rale:20200607165153j:plain



「あぁ・・・?」


血塗れの修平が、銃を構えて立っていた。


「修平・・・っ!?」

「・・・春菜から、離れろ」


弾丸を撃ち込まれ、動くのも辛いほどの激痛に苛まれているにもかかわらず、修平がそれでも大祐へと狙いを定めている。

喉を上がってくる血を飲み込み、吐き気と目眩に耐えながら、大祐の顔を睨み付けている。


「へぇ、まだ生きてたのかよ、お前」


全身が震え、顔面は蒼白、風が吹けば倒れそうにもかかわらず目の前に立つ修平を、大祐は嘲笑った。


「銃なんか構えちゃって、俺を撃つつもりか? マジで?」

「・・・何が、おかしい」

「オイオイ、俺の特殊機能を忘れたわけじゃねぇだろうな? 『半径1m以内にいるプレイヤーが死んだ時、このPDAの所持者を除く半径5m以内のプレイヤーの首輪を爆発させる』。 俺が死んだら、春菜ちゃんの首輪もボンだ。 それでも撃てるのか? あぁ?」

「・・・・・・」

「分かったら、そこで妹がいたぶられるのを指でも銜えて見てろ」

 

f:id:Sleni-Rale:20200607165225j:plain



大祐が再び組み敷いた春菜へ向き直る。

そうして、秘所をまさぐろうと手を伸ばし、

 

 

――!!!

 


――肩口に撃ち込まれた45口径の弾丸によって、横殴りに飛ばされていた。


「・・・!?」


「っ・・・いぎゃあぁぁっっっ!!! がっ、くっ、いぃいいぃぃぃっっ!! 痛ぇえええぇぇっっ!!!」


「・・・・・・」

 

f:id:Sleni-Rale:20200607165310j:plain



「くっ、こ、この、お前、な、何で撃ってんだよクソがっ!!! お、お前、説明したじゃねぇかよ!? 撃ったら死ぬつってんのに何で撃ってんだよお前馬鹿か、マジでよぉおぉぉっ!?」


――!!!


「あがっ!! あ、ああああ、痛い、痛い、ぐぐぅうぅっ・・・だ、だから、何で、撃って、もう1発撃ってんだよぉおおぉ!! お、お前、俺マジで死ぬぞ! 俺が死んだらお前らも死ぬんだぞ!?」


目に涙を浮かべ、ぜーぜーと息を荒げて見苦しく叫ぶ大祐に、修平は小さくため息をついた。


「・・・俺はあの時、お前に嘘をついた」

「う、嘘っ!? 何がだよっ!?」

「俺の、本当の特殊機能は・・・『半径10m以内にあるPDAの特殊機能を無効化する』だ」

「な・・・っ!」

「だから、お前の特殊機能は効果を発揮しない」

「なん・・・だと?」

「・・・・・・」

「う、嘘だよなっ!?」

「・・・そう思いたいなら、思ってろ」

「うっ・・・わ、わわ、分かった! 修平、俺が悪かったっ!! お前の妹に手を出したのは、つい出来心だったんだよ! マジで!」

「・・・・・・」

「ちょ・・・だ、だから、そんな目で見んなって! あ、あああれだ、俺たちそんなガキじゃないだろ!? 仲直りしようぜ修平!? なっ!?」

「・・・もういい、黙れ」

「だっ・・・あ、あぁあごめん! ごめん! 助けてくれよ俺が悪かった!! お、俺の賞金は全部お前たちにやるよ! なぁっ!? だっ、だっだから、だからいい命だけはたすけ――」

「・・・1度だけ、チャンスをやる」


修平は、足元に転がった大祐の拳銃を蹴り飛ばした。

地面をカラカラと転がりながら、その拳銃は大祐の足に当たって止まる。


「あ、あぁ・・・? な、なんだよ、これ・・・?」

「・・・死に方は、自分で選ばせてやる。 お前に、少しでも罪の意識があるなら・・・殺した人たちに懺悔しながら、自分でやれ」

「ハ・・・?」

「できないなら、俺がやる・・・」

「ハ、ハハッ・・・」

「・・・・・・」

「わ、わかった・・・わかったよ・・・自分で、やる・・・」


大祐は、まだ動かせる左手で拳銃を拾い上げて、こめかみに押し付ける。


「しゅ、修平・・・最後に、1つだけ言い残したいことが、あるんだ・・・」


ガタガタと震える腕と、血と涙で汚れた顔を引きつらせながら、大祐が懇願する。


「・・・言ってみろ」

「・・・お、俺は、ずっと修平、お前のことが――大っ嫌いだったんだよぉっ!! クソがあぁぁああああぁあっ!!」


――!!!

 

 

・・・。

 

 


「・・・・・・」


・・・全てが終わった後に、修平が、硝煙の立ち上る銃を下ろす。


春菜は、それらの全てを見ていた。

顎の真ん中を撃ち抜かれて、仰向けに転がった大祐の目は、深淵の闇を睨みつけたまま微動だにしない。

途端に、修平の全身から力が抜けていく。

崩れ落ちた修平の身体を、咄嗟に春菜は受け止めた。

 

f:id:Sleni-Rale:20200607165337j:plain



「春菜・・・」

傾ぐ視界の中で、守りきった妹の名前を呼ぶ。

体を巡っていた熱もいつしか冷め、徐々に眠気がやってきた。


「・・・修平! 修平しっかりして!!」
「・・・身体が、重い・・・な」
「待ってて、今、手当てをするから! わ、私・・・応急処置だけは得意だから、何度もやったことあるから、だから・・・」


春菜が修平のワイシャツを裂いて、腹部に手を伸ばす。


「ぁ・・・あ・・・あぁ・・・」


聞こえてきたのは、愕然とした声だ。

大祐の放った凶弾のうち1発は、背中から修平の腹部へと進入して、そのまま中で止まっていた。

体の内部で変形した弾は、運動エネルギーを衝撃に変えて、修平の内蔵をズタボロにしていた。

到底、応急処置でどうにかなる状況ではない。


「・・・はる、な」
「えっ・・・な、なに?」
「そんな・・・顔をするな」
「そ・・・そんな顔って、私、なにも・・・大丈夫、必ず、どうにかするから・・・もう少し頑張れば、運営の人が来るはずだから・・・大丈夫だよ、修平。 大丈夫・・・だから・・・」


春菜が制服に入れていたらしい、包帯やガーゼ、ソーイングセット、消毒液などを取り出す。

恐らく、そんなものではどうにもならないはずだが、それでも春菜は必死に修平を治療しようとする。


「今から、止血をして、傷を消毒して・・・それから・・・包帯を巻いて・・・」


だが修平は、そんな春菜の手に、そっと自分の手を添えた。


「春菜・・・もう、いいんだ」
「よくない・・・全然、よくない・・・っ! 修平は、助かるからっ・・・一緒に生きて帰るんだから・・・っ!」
「春菜・・・・・・俺たちは、2人で帰ることは・・・できないんだ」
「・・・っ!・・・い、や・・・嫌だっ!!・・・助けてっ!! 誰か修平を助けてよっ!!」


春菜は叫んだ。

その声は、首輪のマイクを通してたくさんの人間に聞こえているはずだ。

たとえそれが、自分たちをこのゲームに巻き込んだ連中だったとしても、春菜はその連中に縋り付こうとした。


「貰ったお金は一生働いてでも返すからっ!! あなたたちが望むなら、死ぬまでゲームに出てあげるからっ!! そんなに私の苦しむ姿が見たいなら・・・誰かに体をあげたってかまわない! だ、から・・・お願い、だから・・・誰か・・・お兄ちゃんを助けて・・・助けてよぉ・・・」


春菜は幼い子供のように泣きじゃくる。

ボロボロと零れ落ちる大粒の涙が、修平の頬を濡らした。

目の前にある泣き顔を見て、修平は、『ああ、昔もよく泣かせたっけな』と、昔のことを思い出した。

そんな妹の姿に、修平は小さく微笑んで見せる。


「なんだか・・・懐かしいな」
「お兄ぃ・・・ちゃん・・・」
「春菜が・・・お兄ちゃんって、呼んでくれるの、いつ以来かな・・・だけど・・・今は、春菜が姉さんなんだろ・・・? そんな顔してたら・・・お前の弟たちが、心配する」
「う・・・くっ・・・」


命のバトンは、琴美からも、悠奈からも託されてきた。

彼女たちの死に報いるためには、修平はそのバトンを持って、生きて帰らなければいけないと考えたこともあった。

しかし、今はもう、春菜がいる。

バトンを必要としている妹がいる。

それなら――修平は、アンカーでなくても構わない。

この先も頑張れと、春菜に託してやることができる。

 

f:id:Sleni-Rale:20200607165351j:plain



「わかっていたんだ・・・琴美を死なせたのは、俺自身だってことくらい・・・だけど、誰かを恨まなきゃ・・・心が堪えられなかった・・・この世は理不尽だから、しかたないって・・・言い訳しなきゃ、無理だった。 馬鹿、だよな・・・本当は、自分で選ぶ事ができたはずなのに・・・・・・琴美、怒ってるかな。 でも、あいつは・・・こんな俺でも、許すんだろうなぁ・・・どうしようもないくらい、お節介焼きで・・・頑固で、お人好しだから・・・・・・」


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20200607165429j:plain



「ねぇ、修ちゃん。 もう、いいの?」
「・・・ああ。 あいつには、余計なものを背負わせて申し訳ないと思ってる。 だけどもう、俺に心残りはない」
「・・・そっか」
「だから、これからは・・・お前の傍にいさせてくれ」
「・・・うん。 それじゃ、いこっか」
「ああ」

 

 

f:id:Sleni-Rale:20200607165440j:plain



「・・・」
「お兄ちゃん・・・? ねぇ・・・お兄ちゃんってば・・・・・・おにい・・・ちゃん」


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20200523005123p:plain

 

【――ゲームの終了時刻となりました。 只今を以ちまして、全日程を終了させていただきます。 参加者の皆様は、大変お疲れ様でした。 今回のゲームの勝者を発表いたします。 『ナンバー2 粕屋瞳』『ナンバー3 細谷春菜』。 以上、2名の方となります。 壮絶な死闘を戦い抜いた勇敢なるプレイヤーたちに盛大な拍手を。 この6日間の経験が、プレイヤーの皆様の人生の糧になりますことを、切にお祈り申し上げます。 それでは皆様、またのご来場を心よりお待ちしております】

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

 

 

f:id:Sleni-Rale:20200607165525j:plain

 

――故郷に戻ってくるのは、もう何年ぶりになるだろうか。

都心から電車で3時間、バスで40分、さらに徒歩で15分の距離にある、小さな寺。

かなりの遠出ではあったが、道中の風景を眺めていれば、特に退屈するようなことはなかった。


「・・・故郷とは言っても、あんまり見覚えはないわね」


幼い頃に住んでいたとはいえ、所詮は人生の3分の1にも満たない期間でしかない。

どの景色も春菜にとっては記憶にないものだった。

もっとも、仮に覚えいてる何かがあったとしても、その何かが現存しているという保証はない。

かつての家が取り壊され、とうの昔から空き地になっていたように、季節が移ろう度に街は変わっていく。

だから、彼女が『藤田春菜』だった頃の風景は、もうなくなっていても不思議ではない。


「・・・私の中の思い出はとっくになくなっているのに、この場所に覚えててって言うのは、ちょっとわがままかな」


誰にでもなく肩を竦めて、春菜は小さく息をついた。

感傷に浸りながらも、春菜は寺の奥へと足を進める。


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20200607165539j:plain



境内の掃除をしていた住職の老人に案内してもらい、藤田家先祖代々の墓の前に立つ。

両親の墓は綺麗に手入れされ、周囲の地面には落ち葉の一つも見当たらなかった。

親戚筋とは疎遠だった藤田家の墓に、今更、墓参りに来てくれる人間は、思い浮かばない。

だとすれば、寺の人間が手入れをしてくれているのだろう。

完璧な仕事に感心しつつ、春菜は老人に感謝の気持ちを伝える。

長い間、墓参りの一つも来なかった彼女のことを責める素振りも見せず、年老いた僧侶はにこやかな笑みを残して去っていった。

春菜は手荷物と水桶を置くと、改めて墓石に向き直る。


「お久しぶりです。 お父さん、お母さん、それに・・・お兄ちゃん」


・・・ゲームで死亡したプレイヤーは、行方不明者として扱われる。

だから、この墓に修平が眠っているわけではない。

それは、春菜も分かっているのだが、彼を偲ぶ場所といえば、ここ以外に当てがなかった。


「・・・来るのが遅くなって、ごめんなさい。 どんな顔をして会えばいいのか、よくわからなくって・・・覚悟が決まるまで、時間がかかっちゃった」


しばらく墓石を見つめた後、途中で買った花を竹筒へと供え、線香に火をつける。

それからお供えものをして、手を合わせ――ゆっくりと顔を上げた。


「・・・お父さんの借金はね、全部返せたよ。 だから、私はもうゲームに参加してないよ。 大切なものをたくさん失ってしまったけど、今は家族みんなでまた、一からやり直している最中なの。 もっとも、私はその暖かい光景に、戻ることはできないけど・・・」


答えは、返ってこない。

それでも、春菜は1人で話し続けた。

田舎町の墓地は、休日だというのに人気はまったくない。

わずかな沈黙の後、春菜は再び口を開く。

 

「・・・ねぇ、お兄ちゃん。 あれから、ずっと考えていたの。 私たちが銃口を向け合った、あの時・・・お兄ちゃんが私を撃たなかった理由を。 私が生かされた、その意味を。 ・・・私ね。 お兄ちゃんになら殺されてもいいって、そう思ってたんだよ。 何度もゲームに参加して、何度も人の命を奪って、それでも家族のためなら平気だって自分をごまかしてきた。 でも本当は、苦しくて苦しくて・・・堪えられなかったんだ。 この手で殺した人たちにも、家族がいたはずなのに・・・大切に想っている人がいるはずなのに・・・。 その人たちの未来を奪ってまで、私が生きることにどんな意味があるのか。 ・・・私には、それがわからなかった。 『人殺しの言い訳に家族を利用してる』って・・・伊藤大祐にそう言われた時、何も言い返すことができなかった。 あの男がやったことは最低だけど、でも、本質は私となにも変わらない。 私は『家族』っていう都合のいい言葉で、自分の行いを正当化して、美化して、取り繕っていただけなんだ。


「そんなこと、言われなくたってわかってた。 だから・・・お兄ちゃんに殺されるなら、それが贖罪になるんじゃないかって・・・心のどこかで思っていたの・・・・・・それなのに、私はまだ生きている。 私の命に、どんな価値があるのかよくわからなかった。 だけど、私なりに考えて、答えを出したから。 だから、今日は・・・それをお兄ちゃんに伝えに来たの・・・」


春菜は瞼を閉じて、ゆっくりと息を吸い込む。

覚悟を決めて、もう一度、家族の墓に視線を向けた。


「もう家族の為なんて、言い訳したりしない。 許されない罪を犯したことを、私は受け止める。 これからは、自分が正しいと思った道を、胸を張って生きていく・・・それが私の命の価値につながると思うの。 だから、私はね、お兄ちゃん・・・・・・これから運営の組織に、戦いを挑む。 私の手で、あのゲームを、終わらせてみせるよ」


そう言う彼女の眼には、意志の光が宿っていた。


「・・・家族にはもう、別れを告げて来たんだ。 もうあの家には戻らない。 自らゲームに乗った私が、そうする事で何になるのかはわわからないし・・・。 あの組織がどれほど大きいのか、見当もつかない。 きっと勝ち目のない戦い・・・だけど私は、やらなきゃならない。 それがあのゲームで命を落とした人々に、私ができる、唯一の手向けだから・・・・・・」


春菜は晴天の空を仰ぐ。

そこに誰かの面影を追い求めるように。

真っ直ぐに見つめた瞳には、迷いや不安はなかった。


「・・・・・・じゃあね、また会いに来るから」


春菜がそう言って、立ち上がった時――


「お待ちください」


背後で、声が聞こえた。


「ッ!!」

 

f:id:Sleni-Rale:20200607165603j:plain




弾かれるように振り向くと、そこにあの女がいた。

修平が残した、もう1つの命。

彼に忠誠を誓った、忠実な僕が。


「お、お前は・・・!」


驚愕に息を呑む春菜に、ナイフを持った女は、静かに続ける。


「・・・あなたの命の価値? そんなものは、ありませんよ。 お金のために、人の命を奪い続け、魂までもが薄汚れたあなたに、生きる意味があるとでも? 運営の組織と戦おうとすれば、罪が清められるとでも思っているのですか。 馬鹿も休み休み言いなさい。 あなたの贖罪の術は、ただ1つ。 死ぬことです。 あなたがいなければ・・・修平様が死ぬ事も、なかったんですから!」


彼女は漆黒の闇を湛えた目で、春菜を睨みつける。

その背後には、黒い服を着た男が、2人控えていた。


「・・・あなたがたは、運営の組織の・・・!?」

「・・・・・・」

「・・・なるほどね。 もう、追っ手がかかったってこと」


女も、黒服の男たちも答えない。

だがその沈黙が雄弁に、質問を肯定していた。

どうやら春菜の反逆の意思は、既に運営側に悟られていたらしい。

そして修平が命を捨ててまで救った、もう1つの命を、こんな風に道具にしている。

春菜は奥歯を噛み、しかし視線を逸らさずに言う。


「・・・だったら、これが私に与えられた、最初の試練ね。 罪を償うことなんてできないかもしれないけど、それでも・・・。 私はこれから、そのためだけに生きる」


春菜はそう告げて、隠し持っていた特殊警棒を取り出した。

万が一の事もあろうかと所持していた、護身用の武器。

そんな脆弱な武器で、強大な敵に立ち向かう事など、初めから無理な話かもしれないが――

兄がくれた命を護るため、自分の意志を貫くため、彼女はそれを握り締めた。



f:id:Sleni-Rale:20200607165616j:plain

 

「・・・そんな玩具で、私と戦うつもりですか・・・。 ならばいいでしょう。 あなたの罪、流血をもってそそいであげます」


女はそう言って、ナイフを構えた。

春菜はその刃を前にしても、露ほど臆す事なく――


「やあああああッ!」


裂帛(れっぱく)の気合と共に、眼前の敵に飛び掛った。


・・・・・・。

 

・・・。

 

――その結末から遡ること、数日。


あのゲームが行われていたエリアの外。

とある場所にて――


男が独り、薄暗い部屋で、朗々と語っていた。



f:id:Sleni-Rale:20200607165629j:plain

 

「――さぁ! いかがでしたか皆さん、今回のゲームは? 壮絶な結末も含め、皆様の心に残る内容になったかと思いますが」


男の周りには、エリア内で行われていたゲームを監視するための無数のモニターと、彼自身を映すカメラがある。

彼はそのカメラの向こう、どこかでゲームを見ていた者たちに向け、明るく口上を述べる。


「いやぁそれにしても今回は、様々な意味で、哀しくも痛ましい展開でしたねぇ。 『復讐は何も生まない』というのは一種の常套句ですが、けだし名言というものですね。 果たして、この凄惨な結末を回避することはできたのでしょうか? ほんのちょっとの歯車のズレで、ゲームの展開は大きく変わっていたのかもしれませんが・・・」


男はわずかに考え込むそぶりを見せ、ふと思いついたように続けた。


「・・・たとえば、そうですね。 あの兄妹が、ゲーム開始時点から、一緒に行動していたとしたら・・・? 彼らが互いに力を合わせ、共にゲームを生き延びようとしていたら? ・・・その一点の変更だけで、運命は大きく変わっていたように思います。 もっとも全ては過ぎ去ってしまった事ですから、別の展開を望むなど無理なことですが――あるいは別の世界では、全く別の展開と、美しい結末が待っていたのかもしれませんね」


それを聞く『客』たちのいったい何人が、そんな結末を望んでいるだろう。

さらなる血を欲する者ばかりである事を重々承知しつつも、男は微笑んで続ける。


「・・・もしそのような展開をお望みの方がいらっしゃいましたら、お気軽にご意見をお寄せください。 私共はユーザーの皆様が望む展開が実現するよう、最大限の努力を惜しまないものであります。 それではまた、次のゲームで!」


・・・。

 

 


――1つ目の物語は終わり、別の世界の物語が幕を開ける。


――プレイヤーたちはそれぞれ、再びゲームの駒として動き出す。


――同じメンバー


――同じルール


――だけど、絆を結ぶ相手が変わることにより・・・


――ゲームの展開もまた、全く別のものとなる。


――そして始まる、更に熾烈な戦い・・・。


――フィールドには鉄風雷火が吹き荒れ、


――その場は戦場と化した・・・。


――血縁と硝煙が立ち込める世界で立ちこめる世界で、


――プレイヤーたちは、己の本性を知る・・・。


――選べる道は2つある・・・。


――それでも人間らしく生きようとするのか・・・。


――本能のままに戦う獣になるのか・・・。


――生き延びるためにはどうすべきか・・・。


――答えは初めから出ているはずだ・・・。


【Secret game ; Bloody Rave】


このゲームを勝ち抜くのに必要なのは――


――圧倒的な、暴力だ。

 

――To Next Rebellion――