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ゲームまるごと文字起こし

リベリオンズ -Secret Game 2nd stage-【16】

 

・・・。

 

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「なっ・・・嘘、でしょ・・・? ッッ――何でよ、もうっ!!」


【参加者の死亡により、ステージがランクアップしました。 ただいまより、ゲームはセカンドステージに突入します】


PDAに表示されていたその通知を目にした途端、藤堂悠奈の全身の血は沸騰した。

このゲームを主催する運営への怒りが――

殺人を犯したプレイヤーへの怒りが――

何より、それを未然に防げなかった自分への怒りが――

悠奈の目の奥を、ヂリヂリと震わせる。

だが引かれてしまったトリガを、元に戻す事はできない。


「っ・・・!・・・仕方ない、なんて思いたくないけど、でも・・・」


一度は振り切れてしまった感情を何とか抑え込みながら、悠奈はPDAを操作し、セカンドステージのクリア条件を確認した。


「『他の全プレイヤーのPDAを操作不能にする』か・・・。 つまり運営の連中は・・・私に、できるだけ多くのプレイヤーと接触して、彼らに殺されろって言ってるわけね・・・」


確かに悠奈のPDAには、『PDAを操作不能にする』特殊機能が与えられている。

だが、その有効距離は『半径1m以内』だ。

誰もが殺気立つセカンドステージで、全プレイヤーの半径1m以内に近づくなど、不可能と言って良いだろう。

すると小屋の奥で寝ていたまり子が、うっすらと目を開けた。

 

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「ぅ・・・ゆ・・・悠奈、さん・・・?」
「あ、ごめん・・・起こしちゃったね」
「いえ・・・それは、いいんですけど・・・。 あの・・・何か、あったんですか・・・?」
「あっ、えーと、その・・・――」


足の治療を終えたとは言え、昨日もほとんど寝たきりだったまり子の顔には、まだ血の気が戻っていない。

だが隠しているわけにもいかず、悠奈はセカンドステージの存在をまり子に告げた。


「セカンドステージ・・・?」
「そう・・・だからまり子も、今すぐ新しいクリア条件を確認して」
「でも・・・私のPDAは、悠奈さんに・・・」
「たぶん大丈夫よ」
「え?」
「確かクリア条件の画面が出たままになってたはずだから、電源を入れるだけで確認はできるはずよ。 いいから、ちょっと確認してみて?」
「は、はい・・・」


神妙な顔でうなずいて、まり子がPDAの電源を入れる。

そして案の定、まり子はすぐに顔色を変えた。


「ッ――!? そんな・・・どうして、こんな・・・っ!」

――やっぱりね・・・。

殺し合いを見たがっている運営が、それを助長させるセカンドステージの条件を、見れないようにするわけがないのだ。


「ぃ・・・、いやぁ・・・。 ――どうしてっ、どうしてこんなクリア条件にっ!」


錯乱気味に叫ぶまり子の手元を覗き、悠奈はそこに表示されているセカンドステージのクリア条件を確認した。

すると、そこに記されていたのは『一番長く一緒にいたパートナーの死亡』という一文だった。


「悠奈さん・・・わ、私・・・っ」
「大丈夫・・・まり子は何も心配しなくていいわ。 まり子にはちゃんと、私の命をあげるから」
「え・・・? 悠奈さん・・・いったい、何を・・・?」


まり子が怪訝そうな目で見つめてくる。

悠奈はただでさえ弱っているまり子を、できるだけ不安がらせないように、あっけらかんとした口調で言った。


「実を言うとさ、私このゲームって2度目なんだ」
「に、2度目・・・?」
「そ。 運営の連中は『リピーター』って呼んでるみたいなんだけど――つまり、私がそれなわけ。 いやー、前回のゲームで私の代わりに死んでくれたプレイヤーが、すっごいイイ奴でさ。 本当はそいつの敵討ちをしたかったんだけど、運営の関係者を探して暴れまわってる内に、逆に連中に捕まっちゃってね。 で、もう少しで殺されるところを運営と取り引きして、このゲームに舞い戻って来たっていうわけなのよ。 もちろん、今度こそセカンドステージへの移行を阻止して、プレイヤー全員を生還させるためにね。 ま、私なりのささやかな反抗ってところかな。 でも今回も、またセカンドステージは始まってしまった。 だから私、まり子には私の命をあげてもいいと思ってるの。 やけになってるとかそういうんじゃなく、もともとそのつもりだったから」
「そっ、そんな・・・そんなのダメよ、悠奈さん・・・。 悠奈さんは・・・何も間違ったことは、していないはずなのに・・・。 悠奈さんは・・・私を助けてくれたのに・・・。 悠奈さんが思うように動けなかったのは・・・私が倒れちゃってたせいなのに・・・。 だから・・・だから・・・」
「あー、だからいいんだってば――」

 

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「・・・!」
「ほら、静かなもんでしょ? 私の心臓って。 私はさ、もともと死人みたいなものなのよ。 本当は死んでたはずの人間なの。 だから、死ぬことなんて全然怖くない。 でも悪いんだけど、私が死ぬのはもう少しだけ待っててくれるとありがたいかな? まり子以外にも救える命があるなら、私その人たちの事も救ってあげたいからさ」
「悠奈さん・・・。 悠奈さん、ごめんなさい・・・私、すごく怖くて・・・! 死にたくないって・・・そればっかりで・・・! 結局・・・何もできなくって・・・!」


そう言ってまり子が、胸にすがりついてくる。

悠奈はもう一度『だからいいんだってば』と言いながら、震えるまり子の頭を優しく撫でた。

 

・・・・・・。

 


・・・。

 

 

―そして別の場所で、PDAを確認する男が1人―

 

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「『未使用のメモリーチップを10個以上所持し、他プレ
イヤーの所持数を同数未満にする』か・・・ずいぶんとまた、面倒になったものだな」


しばらく前に更新されたそのクリア条件を確認し、真島章則はうんざりと嘆息した。

真島が昨日、偶然にも森の中で黒い箱を発見したのは、もう日も落ちかけようとしている頃だった。

だがその時に得たメモリーチップは、すでに食料を得るのに使ってしまっており、所持数は未だにゼロのままになっている。


「それにしても・・・さっきの通知にあった、『参加者の死亡』というのは本当なのか?」


この目で見ていない以上実感は持てないが、黒河のようなプレイヤーがいる事を考えれば、少し落ち着かない気分になってくる。

ゲームなどくだらないと思っていたが、もうそんな事も言っていられないのだろうか?

真島が今後について真剣に考え始めた時――

川に顔を洗いに行っていた結衣が、能天気な顔で戻って来る。

 

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「はー、さっぱりしたぁ。 真島さんもどうですか? パチッと目が覚めますよ?」
「何を呑気なことを言っている。 荻原、今すぐPDAを確認しろ」
「へ? 何かあったんですか?」
「いいから早くしろ」
「いやっ、でも――あたしのPDAって、まだ壊れたままだしぃ・・・」
「ん? 確か昨日、あの茶髪の男からドライバーを奪ったはずだが?」
「それが、そのっ、あたしがいじったりしたら、余計壊しちゃいそうで・・・」
「だから、まだ使っていないと言うのか?」
「は、はい・・・」
「・・・・・・」
「うぅ、そんな怖い顔で睨まないで下さいよぅ」
「っ・・・・・・もういい、わかった」
「え?」
「PDAとドライバーをこっちによこせ」
「え? っていうことは・・・? ――やった! 真島さんがあたしのPDAを直してくれるんですね!」
「ああ。 できるかどうかは、わからんがな」
「でもでも、試してもらえるだけでも嬉しいです!」
「っ・・・・・・荻原、いいから早くよこすんだ」
「は、はいぃっ」

 

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真島は結衣からPDAとドライバーを受け取ると、とりあえずバッテリーカバーを開けてみた。


「・・・ん?」


見ると、バッテリーパックが斜めになっているのがわかる。

結衣が初日に落とした衝撃で、ずれてしまったのだろう。

はめ直してみると、それまで無反応だったディスプレイが、あっさり光を取り戻す。


「ああっ! 尽きましたね、真島さんっ!」
「っ・・・・・・荻原、わかったからくっつくな」
「もー真島さんってば、なに恥ずかしがってるんですか? 別にいいじゃないですか、このくらい」
「やめろと言っている。 いいからお前は、さっさとPDAを確認するんだ」
「・・・はぁ~い。 えーと、この『人』っていうアイコンを開けばいいんですよね?」
「そうだ」

 

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「はい、開きました。 『クリア条件:未使用のメモリーチップを16個以上破棄する』って書いてますね。 あっ! という事はあたしたち、お揃いって事ですよねっ!」
「っ・・・まったく、何を喜んでいるんだ? つまり俺たちのクリア条件は、競合しているという事なんだぞ?」
「え? キョウゴウ?」
「互いに競い合えという意味だ」
「えええっ!? もしかして真島さん、あたしのこと見捨てたりしないですよね!?」
「・・・・・・今のところはな」
「今のところはって、じゃあその可能性はあるって事ですか?」
「ああ、その通りだ」
「そんなー! せっかくここまで一緒だったんですから、最後まであたしと一緒に、ゲームのクリアを目指しましょうよ?」
「いいのか、お前はそれで?」
「へ?」
「俺とお前が手を組むということは、単純計算で、必要になるメモリーチップは26個になるんだぞ」
「に、26個って――それって、すごく大変じゃないですかっ!? だってあたしたち、ゲームが始まってからまだ1個しかメモリーチップを見つけられていないんですよ? それにご飯を食べるのにだって、メモリーチップが必要だし――」
「だから、よく考えろと言っているんだ。 このままのペースでいけば、俺たちは2人とも・・・」


――ゲームオーバー。


その言葉が脳裏を過ぎり、真島は拳を握り締めた。


「・・・大丈夫ですよね、あたしたち?」
「いや、このままでは無理だな」
「っ・・・! もー、どうして気休めでも『大丈夫』って言ってくれないんですか? あたし・・・すごい不安になってきちゃったじゃないですか・・・」
「だろうな。 だが、現実を誤って認識させるわけにはいかない」


気休めの言葉など、いざという場面では何の力にもなりはしないのだ。

真島はかつてボクシングを通じて、それを嫌というほど思い知らされていた。

そして、それはこのゲームでも同じだろう。


「ところで荻原、特殊機能の方はどうなっているんだ?」
「え? 特殊機能ですか?」
「ああ、今すぐ確認したほうがいい。 何かの役に立つかもしれないからな」
「そっか・・・それも、そうですよね」


結衣はそう言うと、さっそくPDAを操作し始めた。

むろん真島は、対して期待をしていなかったのだが――


「んーと・・・・・・――あああああっ!」
「っ!? なんだ? 急にどうした?」
「みっ、見て下さいよ、真島さんっ! あたしの特殊機能、すっごいのだったんですよっ!」
「ん?」
「ほらっ、これですよ、これっ! 『半径10m以内にある未発見のキューブを表示する』って、なんか、そういう感じのになってるんですよっ!」
「な、に・・・!?」


結衣が突き出してきたPDAを見ると、確かに同じ文言が書いてある。

まさに、真島と結衣のためにあるような特殊機能――。

めったな事では緩まない真島の口元に、自然と笑みがうかんでくる。


「・・・荻原。 これで何とか、クリアの芽が見えてきたな」
「ですね。 もー、どうなる事かと思いましたよ。 じゃああたしと真島さんは、これからもパートナーって事でいいですよね?」
「パートナー? 俺とお前が?」
「えええっ!? もしかしてダメなんですか!?」
「いや、そうは言わんが・・・。 お前は、俺が怖くないのか?」
「え? どうしてですか?」
「どうしてって、それは――俺がその気になればしかるべき時にお前を殺して、メモリーチップを独り占めすることも可能なんだぞ?」
「ええっ!? 真島さんって、そんなあくどい人だったんですか!?」
「いや、もちろんそんな事をするつもりはないが・・・」
「あー、びっくりした。 だったらそんなおっかないこと、言わないでくださいよ」
「それは・・・お前が、あまりにも無防備すぎるからだ」
「違いますっ。 あたし、無防備なんかじゃありませんっ」
「なに?」
「あたしは、真島さんの事を信じてるんですよっ」
「信じてる、だと?」
「はい。 だって真島さんは、昨日あたしの事を助けに来てくれたじゃないですか? カッコ良かったですよ、あの時の真島さん。 ヒーロー見参って感じで」
「っ・・・・・・俺がヒーローなものか、バカバカしい」
「もー、どうしてそういうこと言うんですかぁ? せっかく褒めてるのにぃ? でもいいです。 真島さんがシャイなのは、よ~くわかりましたから」
「っ・・・」
「それで、パートナーの件はどうしますか?」
「・・・ああ。 それは、こちらからお願いしよう。 俺のクリア条件に、荻原のPDAの特殊機能は必須だろうからな」
「ですよねっ」


結衣がそう言って、ほっと胸を撫で下ろす。

確かに非力な結衣からすれば、真島の存在は心強いに違いない。

だが真島は、そこまで安心するつもりにはなれなかった。


「あとは、他のプレイヤーがどう動くかだな・・・」


そう呟き、真島は森の方を見た。

これまでに真島と結衣が遭遇したプレイヤーは3人――。

黒河、茶髪の弱い男、そして眼鏡の男。

だがこのフィールド内には、他にも見知らぬプレイヤーがあと9人もいるのだ。

そして彼らの中に最初の殺人を犯した人間が潜んでいるのだと思うと、真島は気を引き締めないわけにはいかなかった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

―PDA DATA ; 2nd stage―


■上野まり子(うえの まりこ):プレイヤーナンバー『A』
クリア条件:『3時間以上離れずに指定したパートナーと行動する』→『一番長く一緒にいたパートナーの死亡』
特殊機能:『半径2m以内にいるプレイヤーの首輪を指定して爆発させる』

■粕谷瞳(かすや ひとみ):プレイヤーナンバー『2』
クリア条件:『12時間以上同じエリアに留まらない』→『2時間以上同じエリアに留まらない』
特殊機能:『半径100m以内にあるPDAにメールを送信する。 一度メールを送ったPDAには範囲外からでも送信ができる』

■細谷春菜(ほそたに はるな):プレイヤーナンバー『3』
クリア条件:『他のプレイヤーに対して3回以上危害を加える』→『プレイヤーを殺害した他プレイヤー全員の死亡』
特殊機能:『プレイヤー同士の接触情報を閲覧出来る。 接触情報が履歴として残るのは『首輪同士の距離が10m以内のときのみ』

■藤田修平(ふじた しゅうへい):プレイヤーナンバー『4』
クリア条件:『素数ナンバーのプレイヤー全員のクリア条件を満たす』→素数ナンバーのプレイヤー全員の死亡』
特殊機能:『半径10m以内にあるPDAの特殊機能を無効化する』

■荻原結衣(おぎはら ゆい):プレイヤーナンバー『5』
クリア条件:『メモリーチップを使用して食料を8つ以上確保する』→『未使用のメモリーチップを16個以上破棄する』
特殊機能:『半径10m以内にある未発見のキューブを表示する』

■吹石琴美(ふきいし ことみ):プレイヤーナンバー『6』
クリア条件:『自分を中心とした5つ並びのナンバーに危害を加えない』→『自分を中心とした5つ並びのナンバーの他プレイヤーが死亡し、かつ、それらのPDAを自分のPDAに読み込ませる』
特殊機能:『半径10m以内にいるプレイヤーのナンバー、クリア条件を表示する』

■真島章則(まじま あきのり):プレイヤーナンバー『7』
クリア条件:『未使用のメモリーチップを10個以上所持する』→『未使用のメモリーチップを10個以上所持し、ゲーム終了まで他のプレイヤーには同数以上所持させない』
特殊機能:『半径10m以内にいるプレイヤーのメモリーチップの所有数を表示する』

■黒河正規(くろかわ まさき):プレイヤーナンバー『8』
クリア条件:『クリア条件を満たしたプレイヤーのPDAを3台以上所持する。 ただしJOKERは除く』→『クリア条件を満たしたプレイヤーのPDAを4台以上所持する』
特殊機能:『死亡したプレイヤーの名前とナンバーと死亡地点を閲覧できる』

■蒔岡玲(まきおか れい):プレイヤーナンバー『9』
クリア条件:『JOKERのPDAの所持』→『JOKERのPDAの破壊』
特殊機能:『半径50m以内にあるJOKERのPDAを初期化する』

 

――【DEATH】――
■伊藤大祐(いとう だいすけ):プレイヤーナンバー『10』
クリア条件:『10人以上のプレイヤーとの遭遇』→『半径2m以内に同時に3人以上のプレイヤーを侵入させない』
特殊機能:『半径1m以内にいるプレイヤーの死亡時、このPDAのプレイヤーを除く半径5m以内のプレイヤーの首輪を爆発させる』

 

■藤堂悠奈(とうどう ゆうな):プレイヤーナンバー【J】
クリア条件:『最終日までの生存』→『他の全プレイヤーのPDAを操作不能にする』
特殊機能:『半径1m以内にあるPDAを操作不能にする』

■阿刀田初音(あとうだ はつね)プレイヤーナンバー『Q』
クリア条件:『プレイヤー全員の生存』→『自分以外のプレイヤー全員の死亡』
特殊機能:『半径20m以内に他のPDAが接近すると警告をする』→『半径20m以内に他のPDAが接近すると警告をする。 "死亡したプレイヤーPDAの特殊機能が順次追加される"

■三ツ林司(みつばやし つかさ):プレイヤーナンバー『K』
クリア条件:『クリア条件を満たしたプレイヤーが3人以上』→『ゲーム終了時点でクリア条件を満たしたプレイヤーが3人未満。 ただし本人は含まない』
特殊機能:『半径6m以内にあるPDAの特殊機能を使用できる』

■城咲充(しろさき みつる):プレイヤーナンバー:『JOKER』
クリア条件:『―――(変化したPDAのクリア条件)』→『変化したことがあるPDAの持ち主全員の死亡』
特殊機能:『半径10m以内のPDAに変化。 ゲーム設定、特殊機能は変化したPDAに準拠。 コピーした機能はコピー毎に一度だけ使用可能』

 

 


――そして多くのプレイヤーが、セカンドステージという現実に直面し始めた頃――


阿刀田初音は、そこかしこにカメラが仕掛けられているその森を、自分の役どころについて考えながら歩いていた。

ドラマの収録と違い、ここには監督も脚本家も存在しない。

だがカメラの向こう側に初音を見ている視聴者がいる以上、そこには何かしらのニーズがあるはずだった。

 

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「――誤って友人を殺してしまった罪の意識から、狡猾な殺人者に変貌した少女。 きっと、そんなところなのです」


ならば初音は、求められている通りに演じればいい。

初音は少し前に手に入れ、今はポケットに忍ばせているその小道具の重みを、はっきりと意識した。

すると、突如として電子音が鳴り――

初音は気を引き締めながら、音を立てないように足を止めた。

半径20m以内に誰かがいる。

初音は素早くPDAの特殊機能をOFFにすると、何者かの接近に備え、深く息を吸い込んだ。

やがて、誰かが草むらを忙しなく走る音が聞こえ――


「あうぅ・・・だ、誰かこっちに来るのです・・・!」


初音はリハーサルとして、怯えた少女のように呟いた。

修平、琴美、まり子、司、春菜――。

初音が彼らの顔を浮かべたのは、弱々しい初音の姿を知っている彼らならば、騙すのが簡単だと思ったからだ。

音がだんだん近づいてくる。

本番を告げるカチンコが、初音の頭の中に鳴り響く。


「うぅ・・・初音は、どうすればいいのですか・・・?」


数本の木立ちの間にその声が反響し、初音の耳にも返ってくる。

それを聞く限り、わざとらしさは皆無と言っていいだろう。


直後、目の前の草むらが大きく揺れ――

 

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「っ!?」


初音の前に飛び出してきたのは、まったく見知らぬ男だった。

だが慌てずに、初音が悲鳴を上げようとした時――


「――うわぁあああっ!」
「っ・・・!」


森に男の悲鳴が響き渡り、初音は思わず息を呑んでいた。

どうやらその男にとって初音との遭遇は、まったく予期せぬ出来事だったらしい

もしかすると、誰かから逃げている途中なのかもしれない。

すると初音の小ささに気付いてか、いきなり逃げ腰になっていた男が、思い直したように急停止する。


「っ・・・! き・・・君は・・・――」
「あっ、あの・・・初音は、その・・・」


初音はあえて口ごもりながら、上目遣いに男を見た。

そうして『怯える少女』を演じながら、初音が名乗ろうとした矢先――


「――君は、安藤初音ちゃんじゃないかっ!?」
「え?」


『安藤』は、初音が芸能活動をする際に使う芸名だった。


「あ、あなたは・・・初音を、知っているですか・・・?」
「しっ、知ってるも何も・・・――ほら、公式ファンクラブの会員ナンバー38番の! ファンクラブの中じゃ、『貧弱眼鏡さん』って呼ばれててさ!」
「あ・・・初音の、ファンクラブの方だったですか・・・?」
「あれ? わからない?」


そう聞き返され、初音は急いで自分の記憶の中を探った。

だが、やはりその男に見覚えはない。


「ご、ごめんなさいです。 20番代までの方なら、わかるですが・・・」
「あ・・・そっか・・・そ、そうだよね・・・それに僕のファンクラブの中でも、特に影が薄い方だし・・・」
「・・・・・・」


落ち込んだ様子を見せる男に、初音はどんな顔をしていいのかわからなかった。

まさかこんな所で自分のファンと遭遇するなんて――。


「――それより、初音ちゃんがどうしてこんな所に?」
「そっ、それは、ですね・・・」
「もしかして初音ちゃんも、このゲームに参加させられているのかい!?」
「あ・・・はい、です・・・」
「くそっ、運営の連中め! 僕らの初音ちゃんになんて事を!」
「っ・・・あの、えと・・・ところで貧弱眼鏡さんは、どうして走っていたですか? もしかして、誰かに追われているとか・・・?」
「あっ、いや――大丈夫だから安心してよ、初音ちゃん。 あるプレイヤーの所から逃げ出してきたばかりで、ちょっと焦っていただけだから」
「あるプレイヤー、ですか?」
「ああ、黒河っていう男なんだけど。 ルールが変わったせいで、その人の所にいられなくなっちゃって」
「そう、だったですか・・・」
「それはそうと、初音ちゃんはずっと1人だったのかい?」
「いえ・・・本当は説明会で知り合った人と、一緒にいたですが・・・今朝になって、急に誰かに襲われて・・・それで・・・はぐれてしまったです・・・」
「襲われたって――それは、何時ぐらいのことなの?」
「・・・6時、くらいなのです・・・」
「えっ!? その時間って!?」
「はいです・・・セカンドステージの通知が来たのは、そのすぐ後だったです・・・。 だから殺されたのは・・・もしかすると・・・それまで一緒にいた・・・大祐っていうプレイヤーかもしれないのです・・・。 初音は・・・だから怖くて・・・ずっと・・・森の中に、隠れていたのです・・・」
「そう、だったんだ・・・」


今にも泣き出してしまいそうな初音に、男が同情の目を向けてくる。

どうやら初音の演技に、まったく気付いていないらしい。


――これなら、今すぐにでも殺せそうなのです。


初音はそう判断すると、いきなり男の胸に飛び込んだ。

 

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「――貧弱眼鏡さんっ!」
「わっ――は、初音ちゃんっ!?」
「初音はあれから、ずっと心細かったのです・・・。 だからお願いなのです・・・初音を仲間にしてほしいのです・・・」
「あ、いやっ、だから、その――」
「だめ、ですか・・・?」


初音はそう言いながら、涙を滲ませた目で男を見上げた。

眼鏡の下で頬を赤らめた男の視線が、初音の顔に釘付けになる。

その隙に、初音はポケットに手を忍ばせた。

そして初音の指先が、ゴロリとしたそれに触れた――その時。

 

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「おや、お取り込み中でしたか?」


「っ!?」

「・・・! ち、チェーンソーを持ったメイドって――もしかして『ジョンブル・ブラッド』のテキサスマリーのレイヤーさん?」

「まぁ・・・あの作品をご存知とは、なかなか高尚な趣味をお持ちの方のようですね」

「っ・・・」


美しいメイドの微笑みを受け、男が短く息を呑む。

だがそれは、彼女に心を奪われたからではないだろう。

チェーンソーを持ったメイドの笑みは、男の体を震わせるほどの禍々しいモノだった。


「・・・・・・」


空気が緊迫するのを感じ、初音は文字通り固唾を呑んだ。

森に満ちているはずの葉擦れの音が、止んでいるようにさえ思えた。

メイドの一挙手一投足から、目が離せなくなってしまう。

だが一方のメイドは、あっさりと後ろを振り向き――


「司様。 遭遇してしまいましたが、この方々はいかがいたしましょう?」



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「え・・・?・・・司がそこにいるですか?」


初音がそう呟いた時、草むらを揺らしながら、メイドの背後から司が現れる。

 

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「どうも初音。 それに城咲先輩も」

「――つ、司くん!?」

「えっ、あの・・・貧弱眼鏡さんも、司と知り合いだったですか?」

「ああ、彼と僕は同じ図書委員なんだ」

「そう、だったですか・・・」

「ええ。 まさか城咲先輩まで、このゲームに参加しているとは思いませんでしたけどね」

「それは僕だって同じだよ。 でも、知り合いに会えて良かった。 なあ司くん、僕たち組まないか? もちろん、クリア条件次第だけど」


城咲先輩と呼ばれた男が、期待を込めた目で司を見る。

初音も密かに、司がその要求を呑んでくれる事を期待したが――


「――申し訳ありません、城咲先輩。 僕の行動方針は、もう決定していますので」

「っ・・・」


それは説明会の時と変わらない、他者を切り捨てるような口調だった。

そして何かを割り切った顔で、司が傍らのメイドに告げる。


「瞳、頼んだ」

「ですが、よろしいのですか?」

「ああ。 僕にはもう、瞳以外のプレイヤーは必要ないからね」

「・・・はい。 かしこまりました」


司と短いやり取りを交わし、メイドが幸せそうに笑う。

 

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そして一気に、チェーンソーのリコイルスターターを引いた。

周囲にガソリンと灯油の入り混じった匂いを撒き散らしながら、チェーンソーの駆動部が荒々しい呼吸を開始する。


「つ、司くん!?」

「本当は僕も、こんな展開は望んでいなかったんですけどね。 まあ、ルールが変わってしまった以上、どうもこうするのが一番良いみたいなんです」

「司は・・・初音たちを、殺すつもり、なのですか・・・?」

「まあね。 だってこれは、元々そういうゲームでしょ?」

「っ・・・!」

「話し合いとか、そういうのは――」

「無理ですね。 さっきも言った通り、僕はもう行動方針を決定しています」

「そ、そんな・・・!」


「――ご安心下さい、城咲様。 苦しいのは、ほんの一瞬だけですので」


そう言ってメイドが刃を回転させながら、チェーンソーを振り上げる。


「うわわっ! は、初音ちゃん逃げようっ!」

「ッ――」


男が初音の手を握り、メイドに背を向けて走り出す。

 

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「――逃しませんよ!」



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「ひ、ひぃいいいぃっ! く、来るなっ!」


――!!!!


男がズボンのポケットから拳銃を取り出し、そのまま3度引き金を引いたが――その全弾が、メイドのチェーンソーに阻まれる。

まるで映画のワンシーン――。

だがCGでは再現できない硝煙の臭いが、事の異常性を助長する。


――この男は、きっとすぐに殺されてしまうのです。

 

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そう悟り、初音の口元に笑みが浮かぶ。

PDAは、すでにその特殊機能をONにしてあった。

司が自分たちを殺すつもりだとわかった時に、すでに片手でセットしておいたのだ。


「――はあぁああああっ!」


メイドが一気に肉薄し、男に向けてチェーンソーを振りかぶる。

そのとき初音を中心とした半径5m以内に、初音を含む4人全員が収まっていた。


「ひぃ――」

「っ!」


だが――その刹那。


「瞳、待つんだ!」

「っ!?」


司の命令を受けて、メイドの動きがぴたりと止まる。

 

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「え・・・なんで・・・!?」

「――初音ちゃん、止まっちゃダメだっ!」


驚く初音の手を引いて、男がさらにスピードを上げる。

そうして司とメイドから遠ざかりながら、初音は今起こった出来事の理由について、考えないわけにはいかなかった。


・・・・・・。

 

・・・。

 


――初音と充の背中が、森の木々の向こうに消える。

三ツ林司はその様子を、自分のPDAを手にしながら見送った。


「・・・」


不可解な出来事がいくつかあった。

 

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そのピースを頭の中で整理していると、急に静止を受けた瞳が動揺を抑え込むのに苦労しながら、主人である司の顔を見つめてくる。


「なに? どうしたの?」
「いっ・・・いえ・・・その・・・司様は、どうして私をお止めになったのかと思いまして・・・」
「わからない?」
「は、はい」
「だから、僕に説明しろと?」
「っ・・・・・・」
「・・・ま、さすがに察しろというのも無理かもね。 わかった、教えてあげる。 ほら、これを見て」


司は嘆息まじりにそう言うと、特殊機能をONにしていたPDAを瞳に見せた。


【半径1m以内にいるプレイヤーが死亡した時、このPDAのプレイヤーを除く半径5m以内のプレイヤーの首輪を爆発させる】


そこに表示されている文言に、瞳の表情が変わる。


「これは・・・! では先程あの男を殺していれば、私はおろか司様の命まで・・・!」
「ああ、そうなるね。 どう? これで納得がいった?」
「はっ、はい・・・申し訳ありませんでした。 ご主人様の命を危険に晒すなど、私はメイドとして失格です」
「いや、そこまでは気にしなくていいよ。 攻撃を命令したのは僕だしね。 でも・・・どうも腑に落ちないな」
「腑に落ちない、と申されますと?」
「初音がさっき使おうとしたこの特殊機能は、大祐のPDAに与えられていた特殊機能のはずなんだ。 それに、あっさり城咲先輩を切り捨てようとした、あの態度も気になるしね」
「そうでしたか・・・。 だとすると彼女が、今回の『キラークイーン』なのかもしれません」
キラークイーン?」


瞳が運営の用意したリピーターと呼べるプレイヤーである事は、すでに司も彼女の口から聞かされていた。

その時このゲームに関する様々な情報を聞き出していたのだが、その単語については初耳だった。

すると瞳が頷いて、その詳細を説明してくれる。


キラークイーンとは、セカンドになれば使用できる『裏機能』を持ったPDAを与えられたプレイヤーの事を言います。 その機能の詳細については、毎回内容が異なるために生憎不明なのですが――プレイヤーを殺害すればするほど、その持ち主が有利になるような機能が与えられている点は、毎回共通しています」
「なるほどね。 だからゲームを盛り上げる『キラークイーン』というわけか」
「はい」
「でもまあ、こうして分かってしまえば怖くないかな」
「は?」
「だって運営がやりたいのは『無害だと思っていたプレイヤーが、実は一番危険なプレイヤーだった』っていうギミックでしょ? でも僕は、もう彼女が『キラークイーン』だって知っている。 これまで把握している特殊機能から察するに、強力な特殊機能ほど、有効範囲が狭くなる傾向があるみたいだからね。 これから初音のPDAにどれくらい特殊機能が増えるのかは不明だけど、一定の距離を保って対処すれば問題ないよ。 それに瞳がいれば、不用意に接近される事もないし、こっちには銃もあるしね」
「・・・さすがは司様です」
「いや、別に褒めるほどの事じゃないさ。 分析力のある人間なら、即座にたどり着ける答えだよ。 例えば僕や、藤田先輩のような人なら」
「・・・ずいぶんと、藤田様のことを買っていらっしゃるのですね?」
「ま、同族嫌悪ならぬ同族贔屓ってところかな?」
「だから、危険視もしていると?」
「ああ。 僕みたいな人間の怖さは、よく知っているからね。 さてと、それじゃあ本来の目的に戻ろうか?」
「かしこまりました。 あっ」
「・・・どうしたの?」
「いえ。 忘れておりましたが、もう1人の方はよろしいのですか?」
「もう1人って・・・ああ、城咲先輩のこと?」
「はい」
「城咲先輩は――確かに頭の回転は早いけど、度胸も行動力もない人だから、そんなに警戒する必要はないんじゃないかな? もちろん油断していいってわけじゃないんだけど――特殊機能も『プレイヤーの死亡情報を閲覧できる』っていう、如何にも害のないものだったしね」
「そうでしたか。 それならば安心致しました」


そう言って瞳が、ついさっき銃弾を受けたばかりの人間とは思えない顔で、司に陶酔したような目を向けてくる。

それはまるで、殺し合いが加速するセカンドステージを、歓迎しているかのような顔だった。

だが、ゲームが殺し合いへと移行してしまった以上、超人的な力を持つ瞳は、司にとって最大の武器と言っていいだろう。

 

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「・・・さて、それじゃあ行こうか?」
「はい」


司のセカンドのクリア条件は『ゲーム終了時点でクリア条件を満たしたプレイヤーが3人未満。 ただし本人は含まない』――。


そして、瞳のセカンドのクリア条件は『2時間以上同じエリアに留まらない』――。


司は最低でも11人のプレイヤーを排除しなければならず、2時間ずつしか休めない瞳の体力は、これからどんどん低下する。

ならば早い内から、行動を起こした方がいいだろう。

それが瞳という強力な武器を期せずして入手した、三ツ林司の判断だった。

そして、従順なメイドを従えて歩き出す。

目指すは、フィールドの北東――。

そこには罠が張り巡らされた、例の山がそびえ立っていた。

 

・・・・・・。

 


・・・。

 

 

――やがて司と瞳が立ち去った後、そのすぐ隣のエリアでは――

 

無力な少女を演じ続けている阿刀田初音は、その眼鏡をかけた男と共に荒い息をつき、森の中で立ち止まっていた。

 

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「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
「ぼ、僕たち・・・逃げ切れた、のかな・・・?」
「えと・・・たぶん、追って来てないようなのです・・・」
「そっか・・・・・・それより、初音ちゃんは大丈夫だった? 怪我とかしてないかな?」
「はい・・・大丈夫だったです」
「・・・そう、良かった。 は、ははっ・・・怖かったね、初音ちゃん」
「・・・はいです」
「ごめんね・・・僕がもっと強かったら、良かったんだけど」
「ううん、そんな事はないのです。 貧弱眼鏡さんが、あの時バンバンって銃を撃ってくれたから、初音たちはこうして生き残っているのです」
「そ、そうかな・・・? まぁ、1発も当たらなかったんだけどね・・・」
「それは仕方ないのですよ。 あのメイドの人は、とても人間とは思えません。 きっと宇宙人なのですよ」
「ぷっ、あははっ。 そんなこと言うなんて、初音ちゃんらしいや。 あ、でも・・・それなら、どうしてだったのかな?」
「え? 何がですか?」
「いや、どうして司くんはさっき、あのメイドを止めたりしたのかなって思って」
「そ、それは・・・」


恐らく司があのタイミングでメイドを止めたのは、初音の特殊能力に、直前で気付いたからだろう。

そして司が持っていたPDAには、きっと、それが可能な特殊機能が備わっていたに違いない。

でも初音は、逃げている間にようやく辿り着いたその答えを、男に言うつもりはなく――


「――それはきっと、貧弱眼鏡さんの気迫に驚いたからなのです」


初音がそう断言すると、男がびっくりしたように言う。


「え!? 僕の気迫が!?」
「ですです。 あのままだと貧弱眼鏡さんにやられてしまうと思ったから、司はあのメイドを下がらせる事にしたのです」
「そ、そうかな・・・?」
「はい。 絶対そうに決まっているのです。 貧弱眼鏡さんがいなければ、初音はきっと、あの時やられてしまっていたのです。 だから貧弱眼鏡さんは、初音の命の恩人です」
「命の恩人・・・僕が、初音ちゃんの・・・!?」


そう言って、男が嬉しそうに笑う。


――これは、もう一押しですね?


初音はそう判断し、男に大きく1歩近づいた。


「あのっ――貧弱眼鏡さんは、名前はなんて言うですか?」
「え? 僕の名前?」
「ですです。 初音は貧弱眼鏡さんの事を、ちゃんと名前で呼びたいのです」
「うわっ、初音ちゃんにそんなこと言われるなんて――鳥肌が立っちゃったよっ」


そして男が興奮気味に、名前を告げてくる。


「僕は充。 城崎充って言うんだ。 ちなみに、初音ちゃんと同じ貴志田学園の生徒だよ」
「あっ、そう言えばそのベストは――すぐに気付かなかった初音は、ずいぶんなお間抜けさんだったです」
「いや、そんな事ないって。 このベストを着てるのはウチの学校でも少数派だから、仕方ないさ。 どうしてか僕ってこう、地味な方にいっちゃうんだよね」
「地味だなんて、そんな事ないのです。 初音はよく似合ってると思うですよ」
「はははっ、お気遣いありがとう初音ちゃん。 でも・・・初音ちゃんとこんな風に話せるなんて、なんか夢みたいだなぁ」
「初音も、充と学校トークができて、少しほっとしたのです」


初音はそう言いながら、それとなく充の表情を観察した。

少し上気したようなその顔は、もうかなり、初音に心を開いていると見ていいだろう。


――そろそろ、頃合と見てよさそうですね。


初音はさらに充に近づくと、その目を見つめて問いかけた。


「それで充、さっき話していた件なのですが・・・」
「えと・・・それって、何の話だっけ?」
「初音を、充の仲間にして欲しいという話なのです・・・。 事情があって初音のクリア条件は、どうしても充に教える事ができないのですが・・・」
「もしかして、それもクリア条件の内とか・・・?」
「・・・はいです。 だから、充が良ければなのですが・・・」


そう言って、初音は充の手に触れた。

途端に充の体が、電撃を食らったように硬直する。


「っ・・・!」
「だめ、ですか・・・?」

 

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「ッッ!! もっ、もちろん僕はオッケーだよっ!! 僕じゃ頼りないかもしれないけど――でも、安心してくれよ初音ちゃんっ! 初音ちゃんは何があっても、僕が命に代えても守るからさっ!」
「充・・・ありがとう、なのです・・・」


初音はそう言って目に涙を浮かべると、充の如何にも貧弱な胸に顔をうずめた。

そうして顔を隠しながら、内心で冷たく思考する。


――この男は、もう落ちたのです。

――今の初音なら、いつでも簡単に殺せるのです。

――だったら今は生かしておいて、利用してやればいいのです。


メイドや司のような好戦的なプレイヤーがいる以上、きっと捨て駒は必要だろう。

初音はそう判断し、今度はポケットの中にある武器に、手を伸ばしたりはしなかった。

 

・・・・・・。

 


・・・。

 

 

――その頃、3時間ほど前に食料を取ってくると言って出て行った充を待つ黒河正規は、いい加減しびれを切らし始めていた。

 

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「ったく、どこで油売ってやがるんだあのバカは!? ちっ、まさか誰かに殺られちまったんじゃねーだろうな!」


ゲームがセカンドステージとやらに移行し、あの臆病な充が、遠くに行くような危険は冒さないと思っていたのだが――


黒河は念のためにPDAを取り出すと、ディスプレイの中にある『旗』のアイコンを押して、特殊機能を作動させた。


【死亡情報】
3日目。 AM5:59。
プレイヤーナンバー『10』。 伊藤大祐。
8エリアにて死亡。

死亡者数1名。 生存者数13名。

 

「んだぁおオイ? やっぱ死亡者数は、1のまんまじゃねーか?」


黒河の特殊機能は『プレイヤーの死亡情報を閲覧できる』だ。

だがそこに、充の死亡を告げる情報は載っていない。


「ああ? つーことは・・・もしかしてあの野郎ォ、俺の所から逃げやがったのか? ちっ、『JOKER』のクリア条件は変わってねーとか言ってやがったクセしやがって――っの野郎ぉおおおっ、ざけた真似しやがってぇえええっ!!」


黒河のセカンドステージでのクリア条件は、『クリア条件を満たしたプレイヤーのPDAを4台以上所持する』。

恐らく充の更新されたクリア条件は、それと競合するか、あるいは敵対するものに変わっていたのだろう。

 

「――これだから奴隷はクソなんだよっ! 自分に不都合な事が起こると、すぐにトンズラこきやがってっ! 何でも言うこと聞くとか言ってたクセしやがってっ! ゼッテーぶっ殺してやるよ、うおらぁあああぁあぁっ!!」


――ッッ


「フーッ、フーッ、フーッ・・・」


怒りは、まだまだおさまらない。

だがいつまでも農具を破壊しているわけにもいかず、黒河はとりあえず空腹を満たそうと、メモリーチップを探しに出掛けた。

外に出ると、少し湿った空気が頬に触れた。

どうやら雨雲が近づきつつあるらしい。

黒河はあのジメジメした、雨というヤツが嫌いだった。

 

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「そういや、あん時も・・・ちっ、くだらねぇこと思い出してんじゃねぇっつーんだよ・・・」


黒河がそう言って、忌々しい記憶を胸の奥に押し込んだ時――

すぐ脇にある森の中で、奇妙な音が鳴り響いた。


「ああ? んだぁあ?」

 

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見るとそこに、墨色の髪をしたガキが立っている。

真っ直ぐにこちらを射抜く目を見た瞬間、黒河の頬の筋肉は張り詰めた。


「オイ・・・誰だ、てめぇ?」

「私の名前は・・・蒔岡玲です・・・。 そして私は・・・とてもお腹が空いています・・・」

「ああ? 誰もんなことまで聞いてねぇっつーんだよ」

「いいえ・・・聞きなさい・・・。 私はお腹が空いています・・・もはや、一刻の猶予もなりません・・・。 だから、私に食べ物をよこしなさい・・・。 さもないと・・・あなたに襲いかかります・・・」


暗い声でそう宣言し、ガキがゆらりと森から踏み出して来る。


「なにが襲いかかりますだっ、ボケが。 やれるもんなら、やってみろっつーんだよォ!」


黒河がガキを睨みつけ、コルト・パイソンを向ける。


だが、その途端――


こちらに向かって前進するガキの体が、左右にふらふらと揺れ動き始め――


「・・・あ? んだよ、そりゃあ? 酔っ払ってんのか、てめぇ?」

 

とは言いつつも、その不規則な動きに翻弄され、なかなか照準が定まらない。

黒河が銃口を向けようとする度に、ガキの体は思わぬ方向へ揺れる。

 

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「ちっ、いい加減止まりやがれってんだこの――」


――このクソガキが!


黒河が苛立ち混じりにその言葉を口にしようとした――その刹那。


「ッ――」


鋭い呼気の音が耳に届いたかと思うと――

ガキの貧相な体が一足飛びに、黒河の腕の下に潜り込み――


「っんな!? ッ――!? ぶっ、お・・・っ!」

 

気付けば天地が逆さまになり、地面に背中を殴打されていた。

と同時に小石が背中の数カ所にめり込み、身をよじるほどの激痛が走る。


「ッッッ・・・――っのぉおお、クソガキがあぁああっ!」


黒河は脳内の血流を沸騰させながら、起き上がり様に銃を差し向ける。


――が、その手に持っているはずの銃がない。


見ると黒河のコルト・パイソンは、ガキの手に収まっていた。


「・・・・・・あ?」


間抜けな声が口から漏れた。

黒河には何から何まで、何ひとつ意味がわからなかった。

自分がどうやって投げられたのかも、クソガキがどうやって銃を奪ったのかも――。

そこにあの奇妙な音と共に、墨色のガキが歩み寄ってくる。

 

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「無駄な抵抗は止めなさい・・・。 大人しく、私に食料を差し出すのです・・・。 さもなくば・・・――」


2つの墨色の目が、静かに黒河を据える。

そこに慈悲の色はなく、あるのは獣の意思だけだ。


――このガキはヤバい!


これまでの人生で、危ないモノを色々目にしてきた黒河の眼力が、ようやく警告を告げてくる。


「――・・・ぉ、ぉお、おおおおおおおっ!」


恥も外聞もなかった。

黒河がこの世で最も恐れるモノ――。

それは事を起こすのに、全く躊躇のない人間だった。

彼らの前では、計算も、意地も、度胸も、武器も、ほとんど役に立ちはしない。

気付いた時には殺されている。

黒河はそんな体験を、我が身で体験したくはなかった。

だから黒河は、全力で、その場から逃げ出した。


だが墨色の影が、背後から執拗に追いかけて来る。


「逃しませんよ・・・。 私はもう・・・お腹と背中がくっついてしまいそうなのですから・・・」

「――く、来るんじゃねえ!」

「食料・・・食べ物・・・出来れば美味しいモノ・・・」

「なっ、何なんだよ、てめぇはよぉっ! くっそ、マジで何だっつーんだよぉおおおっ!」

 

・・・・・・。

 


・・・。

 

――黒河が墨色の少女に追われながら、森へ入ったその頃――


真島章則もまた森の中で、周囲を警戒しながら歩いていた。

できるだけ物音を立てないように手足を動かし、森の中に無数に存在する木や藪の陰に、忙しない視線を送る。

脱力状態でいる方が素早く始動できるはずなのに、どうしても肩に不必要な力が入ってしまう。


【参加者の死亡により、ステージがランクアップしました。 ただいまより、ゲームはセカンドステージに突入します】


あれからだいぶ時間が経っているというのに、PDAに表示されたあの文言が、未だに真島の脳裏にこびり付いている。

このままではいけないと思いつつ、真島が呼吸を整えようとした――その時。

 

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「あっ! また反応がありましたよ、真島さんっ!」

「っ・・・」


背後で上がった結衣の能天気な声を聞き、思わず真島の眉間に力がこもる。


「・・・あれ? 真島さん、ちょっと聞こえてます?」
「ああ、聞こえている」
「もー、だったらどうして返事してくれないんですか? だからメモリーチップの反応があったんですってば?」
「・・・声が大きい」
「え?」
「物音を立てるなと、さっきも言ったばかりだろ?」
「あっ・・・そう、でしたね。 あはっ、あはははっ」
「っ・・・」
「うぅ、そんなに怒らないで下さいよぅ」
「・・・次は気をつけろ。 で、キューブがあるのはどっちなんだ?」
「はい・・・こっちです・・・」


結衣がうなだれたまま、真島をその場所に案内する。

キューブは藪の真ん中に、ぽつりと置かれていた。

藪が音を立てないように手を伸ばし、キューブ上面にあるボタンを押す。

すると蓋が開き、黒い緩衝材が詰められた中に、小さなメモリーチップが現れる。

 

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「これで9個目か・・・まだまだ先は長いな」
「そうですか? あたしは、順調にクリアに向かってると思いますけど?」
「ん?」
「だって3時間で9個も見つけられたって事は、今日1日頑張れば、あたしたちはクリア達成って事ですよね?」
「・・・そう上手くいけば、だがな」
「え? どういう意味ですか?」
「1つのエリアに隠されているキューブの数は、恐らく5~6個だろう。 となると俺たちは、最低でも5つのエリアでキューブを捜索しなければならなくなる。 今は他プレイヤーとの接触は避けられているが、今後はどうなるかわからない」
「でも――もし他のプレイヤーさんと遭遇しても、協力してクリアを目指せばいいじゃないですか?」
「お前はそれが黒河のようなプレイヤーでも、同じ事が言えるのか?」
「黒河さん、ですか・・・? それは、話し合えば何とか・・・」
「っ・・・では、お前の殺害がクリア条件になっているプレイヤーだったらどうするつもりだ? それも話し合いで何とかできると思っているのか?」
「それは、確かに困っちゃいますけど・・・」
「・・・・・・」
「・・・あの真島さん?」
「なんだ?」
「どうしてさっきから、そんなに機嫌が悪いんですか?」
「っ・・・別に、機嫌が悪いわけではない」
「でもあたしには、そんな風に見えますけど?」
「・・・・・・」


――それはお前が、楽観的すぎるからだ。


その言葉を言おうか言うまいか、真島が迷った――その時。


「・・・?」
「え? 急にどうしたんですか?」
「しっ」
「・・・?」


わけがわからないというように、結衣が首を傾げた時――

それまで葉擦れにまぎれる程度だったその音が、急速に勢いを増した。

草むらを掻き分けながら、猛然と何かがこちらに向かって来る。


「なに? もしかして猪とか?」
「わからん。 とにかく荻原は、俺の後ろへ」
「――は、はいぃっ」


結衣を背後に回しながら、両拳を胸の前で軽く握る。


そのとき草むらから、日に焼けた男が姿を現し――

 

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「お前は、黒河っ!?」

「――ま、真島じゃねぇかよクソッタレがっ!」


予期していなかったというように、黒河はその場で急停止する。

素早く視線を走らせてみたが、なぜか黒河は例のリボルバーも持っていなければ、あの眼鏡の男も連れていない。


「黒河・・・俺たちにいったい何の用だ?」

「っるせぇ! 今はてめぇに構ってる暇はねぇ!」


そう言って、黒河が焦った顔で背後を気にかける。

何かに追われているのだろうか?

真島がそれを疑った時、黒河の後方から異様な音が聞こえてくる。


――ぐ~・・・


「なっ・・・なんですか、今の変な音・・・!?」

「ちっ、もう来やがったか! おい真島ァっ、てめぇそこにあるメモリーチップを俺によこしやがれ!」


黒河がハンターに追われた獣のような切羽詰まった眼で、繁みの中にある開放されたキューブを見やる。

だがどんな理由があるにせよ、メモリーチップは渡せない。


「断る」

 

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「ッッッ・・・――いいからよこせっつってんだろーがコノ野郎ォ!」


破れかぶれの勢いで、黒河が拳を振り下ろす。

それは一見派手に見えるが、少し上体をそらせばかわせる程度の、雑なテレフォンパンチだった。

だが真島はその拳に向かって、あえて体を前進させた。

黒河のうんざりするほどのタフさと、その背後から迫る何者かの存在――。

その2つの要因が、真島に一か八かの掛けを選ばせていた。


「ッ――!」


頬に摩擦を感じながら、黒河の拳をやり過ごす。

と同時に鋭い左フックを、狙ったポイントに向け打ち放つ。


――ッッ


重くも軽くもない感触が、腕から肩へと突き抜ける。

真島の拳は正確に、黒河の顎先を据えていた。


「ぅ・・・、・・・」


白目を向いた黒河が、そのまま地面に崩れ落ちる。

火傷に似た痛みを頬に感じながら、真島は静かにそれを見下ろした。

 

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「・・・・・・」
「す・・・すごい・・・!」
「いや、別に対した事ではない。 今のはこの男が、あまりに不用意過ぎただけだ」
「やっ、でも――それにしたって、一撃必殺じゃないですか!?」
「・・・・・・」


真島はそれ以上何も答えず、黒河の右手首を持ち上げた。

そうして浮かせた二の腕に、足の裏を押し当てる。


「・・・えーと、あの、真島さん?」
「なんだ?」
「それって、何をしようとしてるんですか?」
「・・・悪いが、肩を抜かせてもらう」
「肩を抜くって・・・――えっ、えええええっ!? そ、そんなのダメですよ真島さん!? だって、勝負はもう付いてるじゃないですか!?」
「いや、この男をこれ以上野放しにするのは危険だ。 ここで再起不能にしておかなければ――」


言いながら、足に体重をかけていく。

だが結衣がベルトを引っ張って、それを許そうとしない。


「――真島さんっ、やめて下さいってば!」
「断る」
「もー、どうしてそんな酷い事しようとするんですかっ!? 黒河さんの肩は、畑に生えてる大根じゃないんですよっ!?」


それでも真島は、構わず黒河の二の腕を踏み抜こうとした。

靴裏を通して、骨と筋が軋む感触が伝わってくる。


だが――その時。


黒河が飛び出してきた草むらが、再び掻き分けられたかと思うと――

 

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そこには墨色の髪をした少女が立っていた。


「・・・なんだ、お前は?」

「・・・・・・」


――ぐ~・・・

 

無言の少女を差し置いて、彼女の腹が壮絶な音を鳴らす。


「う、うわぁ・・・これって、お腹の音だったんだぁ・・・!」

「っ・・・おい女、お前は何だと聞いている」

「ま・・・き、おか・・・れ、い・・・」

「まきおか、れい? あなたは『蒔岡玲』って名前なんですか?」

「・・・・・・」


――ぐ~・・・


「・・・? 真島さん、今のって返事をしたんですかね?」

「知らん。 俺に聞くな」

「いや、それはそうですけど・・・。 えーと、あなたは『蒔岡玲』さんで間違いないですか?」


結衣が改めて尋ねると、今度こそ少女が頷いた。

どうやら結衣だけは、彼女とコンタクトが取れるらしい。


「――荻原、彼女に何の用か聞いてくれ」

「あっ、はい。 あの、蒔岡さんは、あたしたちに何の用でしょうか?」


すると少女は首を振り、気絶している黒河を指差した。


「あっ、もしかして黒河さんに用があったんですか?」


――ぐ~・・・


「・・・・・・」

「そうなんですか・・・でも、どうして?」

「おなか・・・すいた、ので・・・」

「え!? それじゃあもしかして、黒河さんを食べるつもりなんですか!?」


その問いに、少女がまた首を振る。


「あー、びっくりした。 それはそうですよね。 という事はもしかして、黒河さんから食べ物を貰おうとしてたとかですか?」


――ぐ~・・・


「・・・・・・」

「あっ、やっぱりそうだったんですか? という事は・・・黒河さんは蒔岡さんの食料を手に入れるために、メモリーチップを探してたって事になりますよね?」

「なんだ? 俺が悪いと言いたいのか?」

「だって、実際そうじゃないですか? なのに肩を引っこ抜こうとするなんて、やっぱり真島さんは間違っていたんですよ」

「っ・・・」


思わぬ非難を受け、真島は言葉を失った。

確かに結衣の言う通りかもしれないが、やはり何か腑に落ちない。

だが、結衣の事はともかく――

真島は改めて、少女に油断のない目を向けた。

するとそれに反応したかのように、少女がゆらりと身構える。

途端に空気が重くなり、背筋にじわりと汗が滲む。


――ぐ~・・・


そして考えられないほどの大きさで、彼女の腹がまた鳴った。


「・・・!」


正体不明の緊張が、真島の意識を引き締めさせる。

だがそれを無視する形で、結衣が横から話し掛けてくる。


「あの、真島さん・・・?」

「なんだ?」

「蒔岡さんに、このメモリーチップをあげませんか?」

「馬鹿な? 何を言っている?」

「じゃあ真島さんは、今度は蒔岡さんと戦うつもりなんですか?」

「・・・・・・」

「ダメですよ、真島さん。 蒔岡さんは、お腹を空かせているだけなんですから」

「っ・・・」

「もー、あたしの言う通りにして下さいってば! 争わなくて済むなら、それが一番良い方法じゃないですか!」

「っ・・・わかった――おい、そこの女!」


真島はイライラとそう声をかけ、キューブの中から取り出したメモリーチップを、彼女に向かって放り投げた。


「これ、は・・・?」

「お前はメモリーチップも知らないのか?」

「メモ・・・リ・・・?」

「っ・・・そいつの使い方は、この男にでも聞いてくれ」


真島はそう言って黒河を一瞥すると、さっさと少女に背を向ける。


「――荻原、行くぞ!」

「あっ、ちょっと真島さん!? ごめんなさい蒔岡さん、あたしも一緒に行かなくっちゃ。 これ、食べかけですけど、ビスケットの残りです。 それと、もし黒河さんが起きたら『やり過ぎてごめんなさい』って、伝言をお願いしてもいいですか?」


――ぐ~・・・


「・・・・・・」

「はい! それじゃあ、よろしくお願いしますね!」


「っ・・・!」


背後から聞こえて来たそのやり取りさえも気に入らず、真島はさらに大股になって、さっさとその場を後にした。


・・・。

 


――それからしばらくの間、真島は無言で歩き続けていた。

にもかかわらず、結衣が後ろから絶えず声をかけてくる。

 

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「真島さーん、もうちょっとゆっくり歩いて下さいよー」
「・・・・・・」
「もー、どうしてあたしを置いて行こうとするんですかー?」
「・・・・・・」
「なんだ、さっきからそんなに怒ってるんですかー? あたし、別に何も悪い事してないじゃないですかー?」
「っ・・・」
「ねー、なんでなんですかー?」
「っ・・・!」
「ねー、真島さんってばー?」
「――うるさいっ! 大声を出すなと言ったはずだっ!」
「っ・・・!?」


まさか怒鳴られると思っていなかったのか、結衣がその場で硬直する。

だが真島は結衣に対し、もう遠慮しようとは思わなかった。

 

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「荻原、お前は本当にわかっているのか? このゲームは遊びじゃない。 本当に人が死ぬゲームなんだ。 なのに、お前は――お前のような甘い考えの人間が、このゲームで生き残れると思っているのか?」
「っ・・・で、でもぉ・・・それはぁ・・・」
「まだわからないと言うのか? だとすれば、ここでお前との関係は解消だ。 仲良しクラブがやりたいのなら、さっきの妙な女の所にでも、あの黒河の所にでも行けばいい」


それが真島が結衣に対し、思っていた事の全てだった。

案の定、結衣の目に見る見る涙が溜まっていく。


「うぅ・・・酷いですよぉ、真島さん・・・。 そんなの・・・このゲームが殺し合いのゲームだって事ぐらい、あたしにだってわかってるんですよ・・・」
「なに?」
「だけどぉ・・・このゲームが怖いのは、あたしたちだけじゃなくて、みんな同じじゃないですか・・・? だからあたし、少しでもみんなが怖くないように・・・できるだけいがみ合ったりしないようにって・・・。 なのに、どうして真島さんは・・・あたしが悪いみたいに言うんですか・・・? だって悪いのはあたしじゃなくて・・・このゲームの方じゃないですかぁ・・・」
「っ・・・」


確かに結衣の言っている事は正論だった。

結衣がついに涙をこぼし、それに呼応するかのように、空からポツリポツリと滴が落ちてくる。


「うぅ・・・変ですよ、真島さん・・・。 真島さんは本当は、もっと優しい人のはずなのにぃ・・・。 変なんですよぉ、真島さんは・・・ルールが変わってから、なんかおかしくなっちゃってるんですよぉ・・・」


結衣のすすり泣く声と共に、本格的に草木を打ち付け始めた雨音が、真島を厳しく責め立てる。

だが、その雨に濡れながら――それでも真島は呟いた。


「だがな荻原・・・俺たちが生き残るためには、そのルールに乗る以外に道はないんだ・・・」


そして真島は、いつしか自分がその現実を受け入れていた事に、ようやく気付かされていた。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

 

雨が、次から次へと顔に降りかかっていた。

木の葉から落ちた滴が、一定のリズムで鼻先を打ってくる。

顔が濡れ、目のくぼみに水が溜まっていくのがわかる。

それでも黒河正規は、目を開けようとは思わなかった。

なぜならあの日も、雨が降っていたからだ。

 

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神明通りのゲーセンの脇道で、半殺しにされたあの日――。

目覚めた時に見た、あいつらの冷めた目を思い出す。


――あんな思いは2度としたくねぇ。


だから黒河はこのまま雨が止むまで、眠り続けていようと思った。


そう、思っていたのだが――

 


「すみませんが、私はそろそろ限界です」

「ッッッ!!!」



 

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突如、顔の中心で起こった激痛に、黒河はかっと目を開けた。

見ると墨色の髪をしたガキが、黒河の鼻と口の間にある狭い箇所を、指でグリグリと押している。


「痛ッッッ――てめぇ、やめろバカこのっ!」
「ふむ。 ようやく起きてくれましたか」
「『起きてくれましたか』じゃねえっつーんだよ、このバカ! てめぇ何やってくれてんだ、ああっ!?」
「何、と言われても――今のは『人中』というツボです。 押すと激痛が走り、気絶中の人間の目を覚まさせる事ができるのです。 だから私は、そのツボを押したまでです。 私は何も悪い事はしていません。 いつまでも起きないあなたが悪いのです」
「こっ、この野郎ぉ・・・っ! 何でてめぇはちょっと前と、口調も雰囲気も全然変わってやがるんだよ!? 一貫性はねぇのか、このクソガキが!」
「それは・・・頂き物のビスケットを少し食べたので、普段の冷静さを取り戻したまでの話です。 少し前の私は、私であって私ではありませんでした。 もしそのせいで、ご迷惑をお掛けしたのであれば謝ります」
「ちっ、ペラペラとよく喋るガキだぜ」
「ガキではありません。 私はれっきとしたレディです。 ところで、あなたはこれをご存知ですか?」
「そいつは・・・んだよ、ただのメモリーチップじゃねぇか」
「ほう。 では、あなたはこれの使い方を知っていますね?」
「ああ? ったりめぇだろーが。 まさかてめぇプレイヤーのくせしやがって、そんな事も知らねぇっつーのかよ?」
「それは・・・十中八九、知りません・・・」
「ああ? じゃあ、知らねぇんじゃねーかよ?」
「・・・はい、実は知りません」
「ちっ。 知らねぇで、んなもんどうやって手に入れてたんだよ?」
「それは、さっきの男に貰いました」
「あ?」
「あなたをKOした男です」
「・・・真島の野郎か?」
「そう、確かそんな名前でした」
「くっそ、嫌な事を思い出させやがって・・・。 おい? あの野郎は、どこに行きやがったんだ?」
「それはわかりません。 ですが、あなたに伝言を預かっています」
「伝言だぁ?」
「はい。 『やり過ぎてごめんなさい』だそうです」
「なっ・・・! 『やり、過ぎてっ――ごめんな、さいっ』だぁあああぁっ! あの、野郎ォ・・・! っ・・・人を、コケにしやがってぇええええっ! ――おいクソガキ!? てめぇ、俺の銃どこやった!?」
「銃ですか? 銃ならここにありますが?」
「おいコラ!? てめぇそいつをよこせオラ!?」
「お断りします」
「あ?」
「あなたみたいな人間に銃を渡すと、ろくな事になりませんからね」
「オイ・・・オイオイオイオイオイッ! いいから寄越せっつってんだよ、このクソガキがああああっ!」


黒河は起き上がり様に、ガキの喉に手を伸ばそうとした。


だが――


「甘いですね」
「んなっ!? ぐぉっ――がはがはっ・・・ちくしょう・・・何なんだよ、てめぇはよ・・・?」
「名前はすでに名乗っているはずです。 私は蒔岡玲。 蒔岡流剣術道場の跡継ぎです。 そしてガキではなく、レディです。 だいたいあなたは、そんな無礼な事ばかり言っているから、私にもあの真島という男にも勝てないのです」
「んだとコラ!? んなこと関係ねぇだろうが!?」
「ありますね。 心・技・体。 その全てが整っていなければ、本当の強者とは言えません」
「ああ!? てめぇ俺が弱ぇっつーのかよ!?」
「はい。 弱いですね」
「あぁああぁっ!?」
「事実です」
「・・・こっ、んの野郎ぉおおおぉおおっ!」
「無駄です」
「がっ、ぐおっ・・・!」
「ほら、弱いじゃないですか?」
「くっ・・・くそ、が・・・っ!」
「悔しいですか?」
「あ・・・ああ・・・?」
「悔しいという事は、強くなりたいと願っているという事です。 どうです? 悔しいのではありませんか?」
「て・・・てめぇ、何言ってんだコラ・・・?」
「なるほど、悔しそうですね。 では、交換条件です」
「あ・・・?」
「強くなりたいと言うのなら、私が蒔岡流剣術道場の跡継ぎの名にかけて、あなたを鍛えてあげましょう」
「は?」
「だからその代わり、このメモリーチップという奴の使い方を教えて下さい」
「て、てめぇ何勝手なことばっか――」
「――残念ですが、異論は一切認めません。 私は、まだまだお腹が空いているのです。 はっきり言って、一刻の猶予もありません。 それともあなたは、また私ではない私に、森中を追いかけ回されたいのですか?」


そう言って、玲が黒河を見下ろしてくる。


――だから雨は嫌いなんだっ。


黒河は泥に塗れながら、玲の顔を睨み上げた。


・・・・・・。

 

・・・。