*ゲームを読む*

ゲームまるごと文字起こし

リベリオンズ -Secret Game 2nd stage-【17】

 

・・・。

 

――三ツ林司の頬に最初の雨が当たったのは、今から30分前になる。

それからずっと木陰で雨宿りをしているのだが、今のところ天気が回復する気配はない。

すると傍らに控えている瞳が、気遣わしげに司を見つめてくる。

 

f:id:Sleni-Rale:20200628121651j:plain



「・・・司様、今回は中止に致しましょうか?」
「・・・・・・いや、このまま決行しよう」
「しかし、お体を冷やされては――」
「だからだよ」
「は?」
「瞳と同じように、今の彼には気遣い相手が2人いる。 だから彼は僕らの接近に気付いたとしても、あの場所を捨てる事ができないはずなんだ。 だから――彼らが絶対に移動しないという保証がある今こそが、彼らを襲う絶好の機会なんだよ」
「・・・確かに、司様のおっしゃる通りですね。 申し訳ありません。 私はまた差し出がましい真似を」
「いいさ」
「それでは、司様」
「ああ。 瞳の時間も限られているし、そろそろ行こう」


――それから司は、瞳に罠を解除させながら山を登り――

 

・・・。


「・・・瞳、真正面から一気に攻めるよ」
「はい。 仰せの通りに」


瞳は嬉しそうに微笑むと、手にしたチェーンソーに火を入れた。

本降りになり始めた雨の中に、排気ガスがもやもやと煙る。



そのとき山小屋のドアが開き、修平と琴美が姿を見せる。

 

f:id:Sleni-Rale:20200628121709j:plain



「司・・・っ!」

「――司くんっ!?」

「ま、さすがに気付くよね」


そして修平は、その手に銃を握っていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20200628121729j:plain



「瞳、向こうは銃で武装しているみたいだけどいけるかい?」

「もちろんでございます。 私が盾になりますので、司様は私の後ろからお出にならないようにご注意下さい」

「ああ、わかった」

「では、私と一緒に」


そう言って、瞳が悠然と前進を開始する。

司もsteyr gbの安全装置を外しながら、彼女の真後ろに続いた。

山小屋までの距離は15m――。

昨日の内に試射をしてみてわかったのだが、司の銃の命中精度はせいぜい7~8mと言ったところだろう。

そして司には、無駄弾を使うつもりなどなかった。

やがて山小屋までの距離が、10mほどに縮まった時――

 

f:id:Sleni-Rale:20200628121744j:plain



「止まるんだ、2人とも! 止まらなければ発砲する!」

 

 

f:id:Sleni-Rale:20200628121756j:plain



「ふふっ、望むところです」

「くっ、この――ッ!」


――!!!


修平が発砲した弾を受け、瞳のチェーンソーが火花を散らす。


「なっ・・・!」

「これはこれは・・・素人にしては、なかなかの腕前ですね」

「みたいだね。 藤田先輩なら確かに体もしっかりしているし、僕より筋が良さそうだ」

「っ・・・く、くそぉおおおっ!」


――!!!


「ふふふっ、いくら撃っても無駄ですよ。 私は司様の盾、そしてあなたを殺す矛なのですから」


嬉しそうに笑いながら、瞳がさらに前へと進む。

だが司は銃弾が飛び交う中を歩きながらも、さほどの興奮は感じていなかった。

逆に『こんなものか』という感想が、司の思考を冷たくする。

だがやはり、何かがおかしくなっていたのだろうか?

そのとき不意に、頭の中にある疑問が浮かび――


――春菜がいない?


直後、どこかで何かが放たれた。


「はっ――司様っ!!!」

「ッッ!?」


――!!

 

f:id:Sleni-Rale:20200628121817j:plain



「ぐっ」

「っ・・・!? 瞳、お前・・・」

「っ・・・ご心配には及びません。 こんなのはかすり傷です」


そう言って瞳が苦痛に顔を歪めながら、司をかばって肩に受けた矢を、片手で引き抜いて地面に捨てる。

その矢じりに付着している赤い血に、司は思わず硬直した。

だがその一瞬の停滞さえ、状況が許さない。


「っ――!」


――!!!


「くっ!」


修平の容赦ない銃撃を、瞳が辛うじてチェーンソーで防ぐ。

彼女の顔からは、もう先ほどまでの余裕は消えていた。

司はすぐに矢が飛んできたであろう方向を見やったが、森の中にそれらしい影は見当たらない。


「くそっ!」


三人とも山小屋にいるものとばかり思っていたのだが、完全に裏をかかれてしまっている。

いくら瞳が超人的な感覚と身体能力を持っていようと、司をかばいながらでは、2方向からの攻撃を防ぐ事など不可能だろう。


――このままでは2人ともやられる!?


司の脳が、その答えをはじき出した――その時。


「司様、彼らの攻撃は私が引き受けます! どうぞ、お先にお逃げ下さい!」

「っ!? だけど、それじゃあ瞳は――」

「――行って下さいっ! さあ早くっ!」


短くそう告げて、瞳が山小屋に向けて突進する。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20200628121905j:plain



「はぁあああああぁあああーっ!」


――!!!


山小屋と森――

2方向からの攻撃が、修平の命を狙う瞳へと殺到する。

だが司には、どうする事もできず――


「っ・・・!」


その壮絶な光景に背を向けて、山道を駆け下りた。


・・・・・・。

 


・・・。

 

――それからどれくらい時が経っただろう。

ふと見るとPDAが示す時刻は、14時を回っていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20200628121958j:plain



「瞳は・・・やられてしまったのか・・・?」


耳を澄ませても、山に銃声は響いていない。

そんな事は、しばらく前からわかっていたはずなのに・・・。

勢いを増す雨が、容赦無く司の体を打ち据える。

 

「くっ・・・僕は、何をやっているんだ・・・。 裏をかいたつもりが、まさか行動を読まれていたなんて・・・」


いや、違う。

司は瞳を手なずけた事で、慢心してしまっていたのだ。

恐らく最強のプレイヤーである瞳さえいれば、自分は確実にゲームの勝者になれると、短絡的に考えて――。

だが、その瞳はもういない。

全ては司の、失策が招いた事だった。


「・・・瞳・・・っ」


司の苦渋の呻きが、雨音の中に弱々しく響く。


だが、その時――

 

f:id:Sleni-Rale:20200628121943j:plain



「はい・・・私は、こちらに・・・」

「っ!?」


弾かれたように振り向くと、そこに弱々しく笑う瞳がいた。


「瞳・・・お前、無事だったのか・・・!?」
「もちろん、ですとも・・・ご主人様よりも先に、メイドが倒れるなど・・・あり得ない、ことですから・・・。 ですが・・・さすがに、少々疲れました・・・。 うっ・・・」
「――瞳っ!?」


瞳がよろめくのを見た途端、司は彼女の下へ駆け寄って、その体を支えていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20200628122016j:plain



「も・・・申し訳、ありません・・・」
「いや、謝るのは僕の方だ。 僕の考えの甘さが、この事態を招いたんだ」
「いえ・・・そのような事は・・・。 ですが、安心致しました・・・司様が、こうしてご無事で・・・」
「っ・・・」


瞳が血に濡れた手で、司の頬を愛しげに撫でる。

だが彼女の虚ろな目に映るのは、司本人ではなく、司の姿をかたどった別の何かに違いない。


「・・・行こう。 すぐにお前を治療しないと」
「はい・・・お手数を、お掛けします・・・」


そして、2人寄り添いながら歩き出す。


――僕らのこの関係は何なんだろう?


司は冷たい雨にさらされながら、今自分が支えている瞳の温もりを、意識せずにはいられなかった。


・・・・・・。

 

・・・。

 


――そして山小屋で、激しい戦闘があった2時間後――

 

細谷春名がベランダに出て空を見上げると、曇天ではあるものの、雨はもうすっかり止んでいた。

まだ気が早いのではと思うのだが、木陰や葉裏で羽を休めていた虫たちが、1匹また1匹と空中に飛び立ち始めている。

 

f:id:Sleni-Rale:20200628122039j:plain



「・・・・・・」


春菜はそんな虫たちから視線を逸らしてPDAを取り出すと、各プレイヤーの行動を把握するために、特殊機能を起動させた。

 

f:id:Sleni-Rale:20200628122058j:plain



まず赤髪の女――『J』は、『A』と共にほぼ1つのエリアに留まり続けているようだ。

次に墨色の髪の女――『9』は、【8】【5】【7】と接触した後に【8】と行動しているらしく、今はフィールドの南西にいる。

『5』と『7』も同じく南西にいるが、『9』『8』とは別のエリアにいるようだ。

『JOKER』と『Q』は、まるで他のプレイヤーとの接触をさけるかのように、北西のエリアへ向かっている。

そして『2』と『K』――瞳と司は、2時間ごとに廃村エリアを移動しているものの、こちらに向かってくる気配はない。


「しばらく接触情報に現れてないって事は、『10』が最初に死亡したプレイヤーと考えて、まず間違いなさそうね・・・。 と言うことは、セカンドのトリガを引いたのは、『10』と最後まで一緒にいた『Q』のプレイヤー・・・?」


春菜はこれまでに得た情報から、『A』『10』『Q』が、まり子、大祐、初音の3人だという事は把握していた。

だが、誰がどのナンバーなのかまでは特定できていない。


「いずれにせよ、注意した方がよさそうね・・・」


すると、背後でドアが開く音が聞こえ――

振り向くと、そこに琴美がいる。

 

f:id:Sleni-Rale:20200628122113j:plain



「春菜ちゃん、修ちゃんが呼んでるよ?」
「・・・わかった。 今行く」


小屋に入るとベッドで寝ていたはずの修平が、もう起き上がっている。

 

f:id:Sleni-Rale:20200628122125j:plain



「修平・・・脳震盪はもういいの?」

「ああ、まだ多少はクラクラするけどな」

「ごめんね、修ちゃん・・・。 私が余計なこと言ったばっかりに・・・」

「琴美、そんなこと気にするな。 仕方なく戦いにはなったが、できれば俺だって誰も殺したくはなかったんだ。 春菜には、甘いと言われるだろうけどな」

「当たり前よ。 まさか、あの瞳を捕えようとするなんて」


思い出しただけでもゾッとする。

動きが止まったところを組み伏せようとした修平は、春菜が駆けつけなければ、もう少しで真っ二つにされるところだったのだ。

春菜のきつい視線を受けて、修平と琴美が押し黙る。


「・・・でも、2人ともこれでわかったでしょ? このゲームが、ただの殺し合いに過ぎないって事が」

「・・・ああ、そうだな」

「し、修ちゃん・・・?」

「もちろん、このゲームを肯定するつもりはないさ。 だけど――このままじゃ俺たちは、きっと生き残れない」

「っ・・・」

「・・・なぁ春菜、司と瞳が今どうしているかわかるか?」

「大丈夫。 かなり離れたエリアにいるわ。 でも雨も上がったし、きっとまたここに来るはずよ」

「だろうな」

「え? どうして2人とも、そう思うの?」

「司はきっと、このゲームに乗ることを選んだんだ。 さっきは俺の特殊機能を使っていたから、琴美の特殊機能で司のクリア条件を確認する事はできなかったけど――たぶん司のクリア条件には俺たちの内の誰かの死亡か、もしくは不特定多数のプレイヤーの死亡が、入っているんだと思う」

「じゃあ、ここはもう安全じゃないってこと?」

「ああ。 さっきは春菜の特殊機能のお陰で、たまたま裏をかくことができたけど――たぶんあの2人に、同じ手はもう通用しない」

「でしょうね。 私の経験から言っても、瞳は最強クラスのプレイヤーよ。 今度襲われたら、正直撃退できる自信はないわ」

「でも、それじゃあどうすればいいの?」

「別の隠れ場所を見つけるしかないな。 春菜、ここの他にどこか良い場所はないか?」

「そうね・・・」


春菜はPDAを取り出すと、『地図』を開いた。

候補地は、すでに思いついている。


「・・・ここ、なんてどう?」

「え!? そこって!?」

「・・・!」


春菜が指差したその場所を見て、2人の顔色が変わる。

やがて修平がにやりと笑う。


「・・・なるほど、その場所は盲点だったな」


――それから春菜たちは身支度を整えると、すぐに移動を開始した。

 

f:id:Sleni-Rale:20200628122142j:plain



外に出ると、空はいつの間にか秋晴れに変わっている。


「よし、行くか」

「うんっ」


そう声を掛け合いながら、修平と琴美が山を下りて行く。

春菜はその後に続いて歩きながら、何気なく後ろを振り向いた。

 

f:id:Sleni-Rale:20200628122157j:plain



修平と2日間だけ過ごした山小屋――。

ベランダで修平と語り合ったのが、遠い昔の出来事のようだった。


「・・・・・・」

「春菜、どうした?」

「・・・ううん、何でもない」


恐らくあの場所へ帰る事は、もう一生ないだろう。

春菜はその感傷を胸の奥へ押し込みながら、少し離れてしまった修平の背中を追って、小走りに山を駆け下りた。


・・・・・・。

 

・・・。

 

――やがてゲームフィールドに、3度目の夜が訪れ――

昼間に降り始めた雨は、今ではもう止んでいた。

そして、湿気が立ち込める夜の森の中を、藤堂悠奈は神妙な顔で、まり子が待つ小屋を目指して歩いていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20200628122209j:plain



「はぁ・・・私、何やってんのかしら・・・。 あの彼だって・・・ファーストステージの内に会えていれば、あんな風に死なせずに済んだかもしれないのに・・・」


山道を進んだその先で、悠奈が一軒の家屋を見つけたのは、まだ森がオレンジ色に染まっていた頃の事だった。

そこで見つけてしまったあの彼が、恐らくセカンドステージのトリガとなったプレイヤーだったのだろう。

あの家屋に立ち込めていた血の臭いを思い出し、たちまち胸が悪くなる。

とは言っても、いつまでも沈んでばかりはいられない。


「・・・私も見習わなくっちゃね、あいつの強さを」


やがて前方に、目的地が見えてくる。

悠奈は暗い表情を改めると、うしっと気合を入れてから、辿り着いたその小屋のドアをノックした。

するとすぐに、中から緊張した声が聞こえてくる。


「だ・・・誰・・・っ!?」
「ああ。 私よ、まり子」
「・・・悠奈、さん?」
「そ。 今から入るけど、間違っても私を撃ったりしないでね?」


そう声をかけながらドアを開けると――

 

f:id:Sleni-Rale:20200628122222j:plain



小屋の中では布団から起き上がったまり子が、護身用に残しておいた銃を、ちょうど下ろしているところだった。


「お・・・おかえりなさい、悠奈さん・・・」
「ただいま。 まり子、調子はどう? ってか、その顔色からするとあんまりよくはなさそうね?」
「はい・・・すいません・・・」
「いいのよ、別に謝らなくても。 まり子は怪我人なんだから。 それより、食事はちゃんと食べたの?」
「それが・・・食欲がなくて・・・」
「ダメよ。 弱っている時こそちゃんと食べないと」
「は、はい・・・」
「ほら、私が缶詰開けてあげるから」


そう言いながら、悠奈がまり子の枕元にある桃缶を拾い上げ表とした時――

 

f:id:Sleni-Rale:20200628122234j:plain



「っ・・・!」
「ん? どうしたの?」
「ゆっ、悠奈さん・・・それ、何ですか・・・!?」
「え?」


まり子が青ざめた顔で指差した先に目をやると、スカートの裾に、血が付着しているのがわかる。


「あ、そっか・・・。 さっき、死体を調べた時に付いたのね」
「しっ・・・死体って・・・!?」
「そう、実は見つけちゃったのよ・・・たぶん彼が、セカンドステージのトリガだったと思うんだけど・・・。 茶髪で青っぽい制服を着た男だったんだけど――まり子は、心当たりあったりする?」
「茶髪で・・・青っぽい制服って、言ったら・・・!」
「ん? もしかして、知ってるの?」
「・・・いと、う・・・」
「ん? えーと、よく聞こえなかったんだけど?」
「・・・・・・」
「あれ? どうしたの?」


改めてまり子を見ると、知り合いの死にショックを受けているのか、その顔がさっきよりもさらに青ざめている。

すると、急にその体が傾いていき――


「・・・ぅ、・・・」
「え!? ちょっとまり子!? アツっ――なにこれ、すごい熱じゃない!」
「・・・・・・」


触れた瞬間にわかるほど、まり子の体は高熱を発していた。

だがそれだけではない。

全身がガタガタと、激しく震えている。


――全身性痙攣!?


矢傷でこんな風になるものなの!?

確かに深い傷を負う事で組織反応が起こり、発熱や震えが起こる事はある。

だがこれは、ただの発熱による震えではなさそうだ。

手や足、胸元や顔の筋肉にまで痙攣が起こっている。

そんな症状を引き起こす病を、悠奈は1つだけ知っていた。


「じゃあ・・・もしかして、これって・・・!?」


――破傷風


状況から考えて、それに罹った疑いがある。

それは、傷口から細菌が入ることによって発症する死の病――。

そしてその症状を抑えるためには、こんな山の中では手に入るかどうかもわからない、抗生物質が必要だった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

―4日目―

 

――室内には、スースーという規則的な音が、慎ましやかに続いていた。

三ツ林司は傍らで眠る瞳の寝顔を見下ろしながら、PDAで現在の時刻を確認した。

 

f:id:Sleni-Rale:20200628122258j:plain



「4時30分・・・このエリアに入ってから、そろそろ1時間半か」


瞳のクリア条件は『2時間以上同じエリアに留まらない』――。

本当は傷を負って寝ている彼女を運べる力があればいいのだが、どう考えても司の細腕では、そんな事は不可能だ。

だから司にできる事と言えば、せめて自分は眠らずに、制限時間ギリギリまで瞳を寝かせておいてあげる事だけだった。

やがて朽ちた壁の隙間から、白い靄のような光が差し込んでくる。


「・・・朝か・・・」


宙を舞う埃がキラキラと輝き、どこか幻想的だった。

光の中で浮き彫りになった瞳の寝顔を見て、司は素直に綺麗だなと感心した。


「そう言えばどうしてるかな? 僕のシクラメンたちは」


ふと部屋で育てている植木の事を思い出しながら、司は改めて瞳の寝姿に目を向けた。

シクラメンは、小まめな世話を欠かしさえしなければ、毎年必ず美しい花を咲かせてくれる。

司に絶対服従を誓い、ただただ献身的に尽くしてくれる瞳は、そんなシクラメンと何処か似ていた。


「・・・本当に綺麗だな。 こうして見ると、嘘みたいに・・・」

 

そしてシクラメンにもそうしていたように、瞳の頬をそっと撫でる。

すると彼女は、ぴくりと反応し――

 

「・・・ぅ、・・・つ・・・司、様・・・?」


「・・・おはよう、瞳。 そろそろ時間だよ」

 

f:id:Sleni-Rale:20200628122314j:plain



「もしかして・・・ずっとそうしていらっしゃったのですか・・・?」
「ああ。 瞳があんまり綺麗だったから」
「っ・・・ご、ご冗談はおやめ下さい!」
「そうかな? 僕は本気で言ってるつもりだけど?」
「お、お戯れを!」


瞳が頬を赤らめながら立ち上がると、そそくさと襟を正す。

詰襟を立て直し、エプロンの腰帯を締め、皮手袋を手首側へ引く。

最後に髪のほつれを直し、優雅な一礼を司に向けた。


「・・・それでは私は、一度隣のエリアに行って参ります」
「待って。 ここからは僕も一緒に行動するよ。 瞳の怪我の具合が心配だからね」
「いいえ。 こんなものは、もう何でもありません」
「いや、それじゃあ僕の立場がないでしょ? 僕の考えが甘かったせいで、瞳に怪我をさせてしまったんだから」
「何をおっしゃいます。 昨日の事は、全て私がいけなかったのです。 私がもっと周囲を警戒していれば、司様をあのような危険な目に遭わせることもありませんでした。 ですから私は、何とお詫び申し上げればいいか――」
「瞳・・・・・・わかったよ。 お前がそう言うなら、僕もこれ以上は言わない事にするよ。 でもその代わり、1つ教えてくれないかな?」
「何を、でございましょうか?」


そう言って、瞳が不思議そうに見つめてくる。

司はその目を見つめ返しながら、静かに問いかけた。


「――お前は、どうして僕にここまで尽くしてくれるんだ?」
「それはもちろん、司様が私のご主人様だからです」
「いや、そういう事じゃなくってさ」
「・・・?」
「じゃあ質問を少し変えるよ、瞳が僕のメイドでいることに、何かメリットはあるのかい?」
「いいえ。 ご主人様を心より慕い、敬服し、そして護る。 それが私の唯一にして絶対の存在意義なのです。 そこにメリットなどはございません」
「・・・・・・つまり僕のメイドでいる事が、瞳の一番の望みだと?」
「もちろんでございます」
「じゃあ瞳は――僕に、あくまで主人としての振る舞いを望むんだね?」
「はい。 ご主人様」


そう言って、瞳が司に恭しく頭を下げる。


「・・・わかった」


それが彼女に必要な水と肥料だと言うなら、喜んで与えよう。

司は短く息を吸うと、瞳に向けて冷たく告げた。

 

f:id:Sleni-Rale:20200628122331j:plain



「それじゃあ命令だ。 僕は、今よりも強力な武器が欲しい。 手に入れて来てくれるね?」
「はい。 お任せ下さいませ、ご主人様。 どうぞ、こちらでお待ち下さい。 すぐに目的を遂げて戻って参りますので」


瞳が嬉しそうに微笑みながら一礼し、壁に立てかけてあったチェーンソーを取り上げる。

そして昨日の怪我の影響を全く感じさせない足取りで、廃屋の外へと歩き出す。

司は黙ってその背中を見送った。

得体の知れない苛立ちを感じている自分に、多少の戸惑いを覚えながら――。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 


――中央管理施設。


細谷春菜がこの場所を新たな拠点に選んだのは、多くのプレイヤーにとってこの場所が、盲点になっていると考えたからだった。

ここで運営が主催する説明会が行われた以上、ここは今回のゲームのスタート地点と言っていいだろう。

そして春菜の経験上、スタート地点に戻ろうとするゲームプレイヤーは、実はそれほど多くない。

とは言えやはり不安はあり、春菜がカーテンの隙間から外の様子をうかがっていると――


「・・・あ、あのさ春菜ちゃん」


部屋の隅でずっと黙っていた琴美が、急に話し掛けてくる。

修平は今、施設内の散策に向かっていていない。

会議室に残っているのは春菜と、山歩きに疲れた琴美だけだった。

 

f:id:Sleni-Rale:20200628122347j:plain



「・・・なに?」
「ずっと黙ってるのも何だし、何かお喋りとかしない?」
「お喋り?」
「えーと、ほらっ、最近見たテレビの事とか?」
「私、テレビってほとんど見ないから」
「じゃあ、よく聞く音楽とか?」
「・・・・・・」
「あれ、もしかして興味ない?」
「正直。 それに、今はそんな事を話している場合じゃないと思うし」
「あっ、うん・・・それも、そうだよね」
「それよりお兄ちゃんがいない内に、琴美に聞いておきたい事があるんだけど――いい?」
「えっ!? ど、どんな事っ!?」


修平との関係について言及されるとでも思ったのか、琴美が恥ずかしそうに声音を上げる。

だが春菜が聞きたいのは、そんな事ではない。

水を差すようで申し訳ないと思いつつ、それでも春菜は質問した。


「このままゲームが進行したとして、もしクリア条件を達成する以外に生き残る方法がないとしたら、琴美はどうするの?」
「えっ・・・どうって・・・?」
「琴美のクリア条件には、お兄ちゃんの死亡が含まれていた。 だから聞かせてほしいの。 もしその時が来たら、あなたは生き残る事を選ぶのか、それとも死ぬ事を選ぶのか」
「は、春菜ちゃんっ!?」
「・・・考えたくないというのはわかるわ。 本当は、私だってそうだから。 でも、選択の時は確実に迫ってきているの。 その時が来たら私もあなたも、きっとどちらかを選ばなきゃならない。 そして私はそんな時、いつも自分が生き残る事を選んできた。 そうして、手を血で赤く染めてきたのよ・・・。 でも今回は、私にもどうしたらいいかわからないの。 お兄ちゃんは私にとって、特別すぎる人だから。 だから聞かせて。 あなたの答えを。 あなたにとってもお兄ちゃんは、特別な人のはずだから」
「っ・・・・・・私は・・・私は、修ちゃんのいない世界なんて・・・考え、られないよ・・・」
「それが、あなたの答え?」
「・・・うん・・・」
「そう・・・」
「・・・な、ちゃんは?」
「ん?」
「春菜ちゃんは、どっちを選ぶつもりなの・・・?」
「私は・・・・・・私も、たぶん琴美と同じだと思う・・・」


それが今の今まで考え続け、春菜が導き出した答えだった。


「・・・そっか。 じゃあ、私たちは仲間だね?」
「そうね・・・」
「ねぇ、春菜ちゃん?」
「ん?」
「この事は、修ちゃんには内緒にしようね?」
「・・・ええ、わかってる」


そう言って春菜と琴美は、弱々しい笑みを見せ合った。

やがて廊下から、修平の足音が聞こえてくる。


「あっ、修ちゃんが戻ってきたみたい・・・! 春菜ちゃん、いつも通りにね?」
「え、ええ・・・」
「・・・・・・」

 

f:id:Sleni-Rale:20200628122401j:plain



「ん・・・?」

「――あっ、修ちゃんお帰り!」

「あ、ああ・・・なんだ、2人とも? 何か話してたんじゃなかったのか?」

「ううん。 ねっ、春菜ちゃん?」

「ええ。 そうね」

「・・・?」

「もー、修ちゃん! だから、何でもないんだってば!」

「おいおい、別に怒る事はないだろう?」

「だって修ちゃんが、私たちに疑いの目を向けるから!」


どうやら琴美は、シラを切るのが苦手らしい。

そう判断し、春菜はすかさず琴美の役目を引き受けた。

自然に切り替えられそうな話題を選び――


「お兄ちゃん、施設の捜索はどうだった?」

「ああ、それなんだが・・・春菜、ちょっとお前のPDAを貸してくれないか?」

「いいけど、どうして?」

「ちょっとな」

「?」


春菜はその物言いに違和感を覚えつつ、とにかくPDAを手渡した。

すると修平がさっそく特殊機能を起動させ、プレイヤー接触情報を確認し始める。


「ねぇ修ちゃん? 何か気になる事でもあるの?」

「いや、大したことじゃないんだ」

「・・・?」

 

f:id:Sleni-Rale:20200628122415j:plain



口にした言葉とは裏腹に、修平の目は真剣だ。

だが何を考えているのかわからない。

その内に操作を終え、春菜にPDAを返してくれる。


「ありがとう」

「ううん。 それより、何だったの?」

「だから、大したことじゃないよ。 司と瞳が今どこにいるのか、ちょっと気になっただけさ。 でも、ここには向かってないみたいで安心したよ」

「・・・そう?」


とりあえず頷きはしたものの、どうも腑に落ちないモノがある。

すると修平は、春菜の視線から逃れるかのように――


「じゃあ俺、またちょっと施設内を回ってくるから」

「え?」

「待ってお兄ちゃん。 さっきから何か様子が変よ。 施設内はもう充分時間をかけて、捜索したはずなのに、これ以上何を調べるつもりなの?」

「いや、それは・・・」


春菜の厳しい言及を受け、修平が急に口ごもる。

だがやがて観念したように、口元に苦笑を浮かべて言う。


「・・・実はもう少しで、ずっと考えていた事の答えが見つかりそうなんだ」

「ずっと考えていたこと?」

「もしかして、それって今後の事とか・・・?」

「まあ、そんなところだ。 だからもうしばらくの間、1人で考えさせてくれないか? その答えが見つかったら、その時に全て話すからさ」

「うん。 そういう事なら・・・。 ね? 春菜ちゃん?」

「・・・・・・」


今後の事については、ついさっき春菜も琴美と話したばかりだ。

確かに修平の立場を思えば、1人で考えたいという気持ちはわからなくもなかった。


「・・・そうね。 わかったわ」

「ありがとう、2人とも。 じゃあ悪いけど、またぐるっと施設を回ってくるよ。 ちょっと時間はかかるかもしれないけど、それまで2人はこの部屋で待っていてくれないか?」

「――うん。 わかったよ」

「私も了解」

「そっか、本当に悪いな。 じゃあ、行ってくる」


そう言って、修平が会議室を後にする。


――でもお兄ちゃんは、どんな答えを出すのだろう?

春菜は残された琴美と一緒に、どこか空虚な空気に満ちた会議室の中で、その時が来るのをじっと待つ事しかできなかった。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 


――昨日降った雨の湿気はもはやなく、森に心地好い風が吹いている。

だがそれとは対照的に、真島章則の心は、決して晴れやかとは言えない状態だった。


「・・・・・・」


――やはり俺は、おかしくなっているのか?


黙って歩いているだけで、そんな疑問が湧いて来る。

いつの間にか自分がこのゲームを肯定していた事に気付いたあの時から、正体不明の違和感がずっと付きまとっていた。

と、その時――真島にその事を指摘した張本人が、後ろで情けない声を上げた。

 

f:id:Sleni-Rale:20200628122431j:plain



「ふえぇっ、真島さーん。 やっぱりさっきのこれぇ、脱いじゃダメですかぁ? あたしぃ、もう重くって暑くって汗だくでぇ」


結衣の言う『さっきのこれ』とは、メモリーチップを使って食料を手に入れた際に、一緒に見つけた物の事だろう。

しかしそれは、脱いでしまってはまったく意味を成さないものだった。


「・・・ダメに決まっているだろう? お前は何を言っているんだ?」
「で、でもぉ」
「我慢しろ。 昨日言った事を忘れたのか?」
「あうぅ・・・はぁい」


そう言って結衣が力なくうなだれる。

朝から歩き通しだった事もあり、そろそろ疲れてきたのだろう。


「次のポイントはすぐそこだ。 もう1つの食料を手に入れたら、2人で食事にしよう」
「ええっ? いいんですかっ?」
「いいも何も、そのために俺たちは貴重なメモリーチップを使っているんだろ?」
「それは、そうですけど・・・・・・真島さんがなんかちょっと、昨日より優しいような・・・」
「ん? 何か言ったか?」
「いや、別にその――な、何でもないですよっ、あははっ」
「・・・まぁいい。 行くぞ」
「はっ、はぁ~い」


結衣を連れ、メモリーチップを差したPDAを持って歩く。


・・・。


やがて辿り着いたのは、何の変哲もない腐葉土の上だった。

 

f:id:Sleni-Rale:20200628122444j:plain



「・・・どうやら、ここらしい」
「了解です。 それじゃあ穴掘り開始ですね」


その言葉に頷いて、2人で地面にしゃがみこむ。

穴を掘るのに必要な枝は、すぐ側に2人分落ちていた。


「真島さん、今度もまた食料以外に何か入ってるといいですね?」
「そうだな」
「真島さんだったら、次は何が欲しいですか? グローブとかですか?」
「っ・・・なぜ俺がそんなものを」
「あれ? でも真島さんって、ボクシング習ってるんですよね?」
「いや、今はやってない」
「え? やめちゃってるんですか?」
「・・・・・・荻原、いいから手を動かせ」
「あー、なんか話を逸らそうとしていませんか?」
「荻原。 悪いが俺は、お前に身の上話をするつもりはない。 だいたい、そう何度も食料以外の物が手に入るわけが――ん?」


見ると掘り出した缶詰の横に、また何かが埋まっている。

さきほどの物よりは大きくないが――取り出してその包みを解いてみると、それは予想もしていなかったものだった。


「これは・・・!」

 

f:id:Sleni-Rale:20200628122459j:plain



「うわー、なんか強そうな銃ですね?」
「ああ・・・俺も、詳しくはわからんが・・・形からすると、恐らくサブマシンガンの一種だろう・・・」
「さぶましんがん、ですか?」
「・・・軽機関銃の事だ」
「えええっ!? 機関銃って言ったら、『ダダダダダッ』ってヤツの事ですよね!? でもこれっ、すごい小さいですよ!?」
「確か『スコーピオン』とかいう銃だ。 マンガで読んだ知識だから、当てにはならんがな」
「ひえぇー、どっちにしろ凄いじゃないですか! でっ、でも――これ、どうするんですか? これって、つまりそのっ、人殺しの武器なんですよね?」
「そうだな・・・」


真島は頷いて、改めてその軽機関銃をじっと見た。


人殺しの武器――。


恐らくこのゲームに参加している人間の中で、その事を知らない人間はいないだろう。


「・・・・・・荻原、これはお前が持て」
「え? あ、ちょっと――うわわっ、ほ、本物だぁっ!?」


結衣に持たせておくだけでも、戦いを抑止する力はあるだろう。

真島はそう判断し、その軽機関銃を、自分の体から遠ざけていた。


・・・。

 


――そして、昼食を済ませた後――


2人は昨日と同じく、メモリーチップ探しを再開した。

すると首から下げた軽機関銃の重さに顔をしかめつつ、結衣が、PDAの特殊機能をONにしながら言う。

 

f:id:Sleni-Rale:20200628122517j:plain



「でも変ですよね、真島さん」
「何がだ?」
「だってあたしたち、もう12個もメモリーチップを集めているのに、真島さんのクリアってまだみたいじゃないですか?」
「確かにな・・・」


これまで手に入れたメモリーチップは、一応真島が全て所持しているのだが、PDAにそれらしい変化は現れていないのだ。


「・・・恐らく俺たちよりも多い数を所持しているプレイヤーがいるのだろう。 仕方ないさ。 俺たちは、動き出すのが遅かったからな」
「それって・・・あたしのPDAが、壊れてたせいですよね・・・」
「いや、それは関係ないだろう。 むしろ悪いのは俺の方だ。 荻原がメモリーチップを探そうと言った時にも、俺は別の事に気を取られていたからな。 もっと早い段階から荻原の言葉に耳を傾けていれば、今頃もう少しは楽になっていただろうに・・・」
「・・・・・・あのー、真島さん?」
「なんだ?」
「なんかあたしに隠れて、変なものでも食べたりしました?」
「・・・それはどういう意味だ?」
「いやなんか、また昨日と様子が違うなーと思いまして」
「・・・やはり変か?」
「変、とかではないんですけど・・・。 なんて言うか、あたしの方の調子が狂うって言うか、その・・・。 いやでもっ、今の真島さんの方が絶対に良いんですけどね」
「今の方が良い・・・? そんなはずはないと思うが・・・?」


自分の変化を自覚しているだけに、真島には、結衣の言葉の意味が余計に理解できなかった。

と、その時――木立ちの向こうから奇妙な物音が聞こえてくる。


――『ぐっ、こ、このぉ・・・っ!』

――『甘いです』

――『ッッ・・・ち、くしょ・・・!』

 

「・・・?」
「真島さん、この音って・・・?」
「わからん。 荻原、物音を立てるなよ?」
「は、はい・・・!」


そうして、2人して木の陰からそちらを覗くと――

 

f:id:Sleni-Rale:20200628122534j:plain



――『てめぇいい加減に俺の銃を返しやがれっつってんだろーが!』
――『不許可です。 あなたはあの真島という男を超えたいのでしょう? ならば素手で挑まなければ意味がありません』
――『あぁああっ!?』
――『わからないのですか? だからあなたはダメなのです』
――『っの野郎ォ、てめぇナニわけわかんねぇ事ばっか言ってんだコラァ、このクソガキがぁああああっ!』
――『だから甘いと言っていますっ』


――ッッ


――『おがっ・・・ぐ、う・・・っ!』
――『そしてこれは、私をガキと呼んだペナルティですっ』


――ッッ


――『がっ・・・は・・・!』


少女の細い足が、容赦無く黒河の腹部を踏みつける。

あれだけ体格差があるというのに、少女は黒河を圧倒していた。


「・・・なんか、あの子すごいですねぇ」
「ああ。 あれで手を抜いているんだから、大したものだ」
「へ? そんなの、わかるんですか?」
「彼女は黒河が攻撃するのを、待っている節があるからな」
「それって、稽古でもつけてるんですかね?」
「かもしれん。 黒河がそれを望んでいるようには見えないが」
「ふぅん、やっぱりすごいんですねぇ」


確かに彼女の技術は素晴らしい。

真島でもやりあえば、勝てるかどうかわからないだろう。

だが――


「なんにせよあんな技術も、このゲームでは役に立たんがな」
「え? どういうことですか?」
「考えてもみろ。 サブマシンガンを持っている今の荻原なら、彼女を殺す事なんて簡単だろう?」
「ちょ――なに物騒なこと言ってるんですか!? あたしがそんな事するわけないじゃないですか!?」
「あくまで仮定の話だ。 だが、どんな技術を身につけていても、銃を持った人間には敵わない。 それがまぎれもない現実だ」
「現実、ですか・・・。 でも、だったらどうしてなんですか?」
「ん? なにがだ?」
「だってそれが現実だって言うんなら、どうして真島さんはさっき、あたしにサブマシンガンを渡したりしたんですか? どんくさいあたしなんかが持つより、絶対真島さんが持った方がいいはずなのに。 それって、なんか矛盾してないですか?」
「それは・・・」


確かに結衣の言う通りだった。

真島は昨日、このゲームに乗ると決めたのだ。

にもかかわらず、真島の行動はその決定に反していた。

真島がこれまでボクシングに頼ってきたのは、それが一番信頼できる武器だったからに他ならない。

だが強力な武器が手に入った今、その理屈は通用しない。


『どんなに技術があっても、銃を持った人間には敵わない』


――なのに俺は、いったいなぜ・・・?


その時、一発の渇いた銃声が森の中に木霊した。


――その音が鼓膜を震わせた時――

黒河正規はそれを気にかけつつも、『今だ』と思っていた。



クソガキの視線が、その音が鳴った方向へそれたのだ。

これでようやく、わけのわからない事ばかり言うクソガキの顔に、思い切り拳をぶち込んでやれる。

黒河の口元に、歓喜の笑みが浮かぶ。


――ッッ


だが――振り下ろした黒河の拳は、なぜか大きく右にそれる。


「あ・・・?」

「――黒河っ!?」


膨張していたはずの全身の筋肉が、一気に萎んでいく。

黒河の腹部が焼けるように痛んだのは、体がガキの横を通り抜け、地面に倒れた後だった。

その拍子に木の枝に引っかかり、腕にも浅い痛みが走る。

「ッッッ・・・!! まっ・・・マジかよ、オイ・・・!? 撃たれたのは・・・俺だった、ってぇのかよ・・・っ!?」

「――黒河、こっちです!」


ガキに手首をつかまれ、無様に木の陰まで引きずられる。

だが幸い、次の銃声は鳴らなかった。

姿の見えぬ狙撃者が逃走を始めたのか、草を掻き分ける音が急速に遠ざかって行く。


「ち、くしょ・・・!」
「――黒河、死んではいけませんっ! お前が死んでしまったら、私はこれからどうやって食料を確保すればいいのですかっ! だから黒河っ! 私のために死なないで下さいっ!」


耳元でガキが、勝手なことを口走る。


――そんなにひでぇ傷なのか!?


黒河は青ざめながら撃たれた腹に手をやった。

だが出血は思ったほどではなく、体に穴が空いているというわけでもない。


「あ・・・か、かすっただけ、じゃねぇのかコレ・・・?」
「え・・・?」
「オイ、てめぇ大袈裟なんだよ・・・!」
「っ・・・わ、私は悪くありません!」
「ああっ!?」
「その程度の傷で、倒れる黒川が悪いのです! まったく心配して損しました! 私の心配を返して下さい!」
「っるせぇよ、このガキ! 顔の真ん中に、でっけぇ節穴を2つも付けやがってよぉ!」
「せいっ」


――ッッ


「痛づッッッ! ――っの野郎ォ、傷口殴ってんじゃねーぞコラ!」
「黙りなさい! 一言多いのがいけないのです!」

 

 

f:id:Sleni-Rale:20200628122614j:plain

 

「ちっ・・・にしても、どこのバカが俺を弾きやがったんだ? オイ、面は拝んだのか?」
「いえ、まったく見えませんでした。 しかし、陰からこそこそ狙撃するなど所詮はただの臆病者です。 大した相手ではありません」
「臆病者ね・・・ま、確かにそうかもしれねぇが。 場所を特定される前に引いたって事は、なかなか頭が使える野郎だって事だぜ、クソッタレが」
「・・・意外ですね」
「ああ?」
「あなたはもっと、短絡的な行動を好む人間かと思っていましたが」
「アホか。 命のやり取りなんてもんはなぁ、どんな手を使おうが最後に勝ちゃあいーんだよっ」
「確かに、それには私も同意ですが――ですが未熟な者がその考えに頼るのは、ただの甘えでしかありません。 そして黒河、あなたには明確に足りないものがあります」
「ああっ!?」
「それは、精神力です。 恐らくあなたは、常に負けることを恐れているのでしょう。 だから相手を恫喝し、体格差や武器に頼り、戦いをすぐに終わらせようとする。 自分を律し、恐怖を克服し、勝利のためにのみ行動する。 そのために必要な精神力が、あなたには圧倒的に不足しているのです」
「っ・・・このクソガキが、やっぱてめぇは気にいらねぇぜ」
「これは奇遇ですね。 私もあなたの事が好きではありません。 目がチカチカする金髪も、無駄にゴツゴツしたゴリラみたいな身体も、その軟弱な精神も」
「っ・・・てめぇ、ゼッテーぶっ殺してやるからな」
「無理ですね、それは。 私は黒河に負けるなど、万に一つもありません」


――いや、ゼッテーぶっ殺す。


黒河は腹の痛みも忘れ、ありったけの殺意を込めて、墨色の髪をしたガキを睨みつけた。


・・・・・・。

 

・・・。

 


―― 一方、その頃――



「はっ・・・はっ・・・はっ・・・! 待っててね、まり子・・・これさえ打てば、もう大丈夫なはずだから・・・!」


そうして山道を走る藤堂悠奈の手には、小さな瓶に入った抗生物質と注射器が握られていた。

廃村で見つけた診療所跡を捜索した結果、運よくそれを手に入れる事ができたのだ。

できるだけ多くのプレイヤーを救いたい。

まり子を無事に、日常の世界へ戻してあげたい。

だが、強くそう願っていた悠奈は――

その時、周囲への警戒を怠っていた。


――『司様、今です』

――『ああ』


「っ!? しまっ――」


――!!!!


刹那、悠奈の体は凄まじい衝撃に包まれていた。


右腕、右肩、左脇腹、左大腿――。


体の至る所から、バラバラに痛みが伝わってくる。

そして気が付けば、山道の上に倒れていた。


「あっ・・・、いぃっ、う・・・ッ」


自分はいったい、どんな攻撃をされたのだろう?

確かなのは、それが連射性の高い銃器だという事だ。


――『瞳、彼女にとどめを』

――『はい』


「ッ――!?」


――この声って、あの時の・・・ッ!?


それはゲーム初日に遭遇した事がある、線の細い男と、あのメイドの声に違いない。

だが体が言う事を聞かず、その声の方向を確認する事もままならない。

そして奇妙な音が、悠奈の方へ近づいてくる。


――ま、まずい・・・!

 

f:id:Sleni-Rale:20200628122657j:plain



「ぎっ・・・、うぅ・・・!」


「おや、まだ動けるとは驚きですね。 でもご安心下さい。 今、楽にして差し上げます」


メイドと思しき足音と共に、その音も悠奈に近づいてくる。

だが、悠奈は歯を食いしばり――


「・・・ね、ない・・・」

「は?」

「こ・・・んなところで・・・! こんな所で、死んで――ら、れるかぁあああああっ!」


「なっ!?」


気合と共に起き上がり、全身に鞭を打って走り出す。

だがこんな穴だらけの体で走ったところで、恐らくメイドから逃げ切る事は不可能だろう。

だから悠奈は、一か八か――

まり子の命をつなぐための、抗生物質が入った小瓶と注射器を胸に抱きながら――


「うあああぁああああああああああーっ!!!」


崖の向こう側にある引力の世界へ、その身を投げ出していた。


・・・・・・。

 

・・・。

 

三ツ林司がその崖の下を覗いた時には、彼女の姿はそこになかった。


「・・・逃げられた、みたいだね」


すると傍らに控えていた瞳が、顔に痛恨の念を浮かべてうなだれる。

 

f:id:Sleni-Rale:20200628122715j:plain



「・・・申し訳、ありません・・・」
「・・・いや、いいさ。 ここから飛び降りるなんて、僕だって予想してなかったからね。 さ、下に降りて彼女を追うよ」
「しかし・・・よろしいのですか?」
「何が?」
「我々の標的は、あの者たちだったはずでは・・・?」
「ああ、もしかして藤田先輩たちの事を言ってる?」
「はい」
「そうか。 でも、それはもういいんだ。 僕はもう、彼らにこだわらない。 だいたい今からあの山小屋に行ったところで、彼らはもう別の場所に移動しているだろうしね。 だからさ、確実に1人ずつ始末していこうよ。 瞳の今の体力を考えれば、きっとその方が、このゲームを早く終わらせられる」
「ですが司様、私の事はどうか・・・」
「・・・わかってるよ。 僕は別に、お前のことを案じてるわけじゃない。 合理的に考えて、その方がいいって判断したんだ。 だからお前は僕のメイドとして、僕の命令に従っていればいい」
「はい。 かしこまりました、ご主人様」


そう言って、瞳が恭しく頭を下げる。

だが彼女が本当に慕っているのは、司自身ではないだろう。

彼女がいま目にしているのは司ではなく、あくまで『ご主人様』という偶像なのだ。

司はその事に確かな歯痒さを感じながら、手にした拳銃を握りしめた。



f:id:Sleni-Rale:20200628122731j:plain

 

M93R――。

瞳と並び立つために、新たに手に入れた力――。

それは連射性の高い3点バースト機能を備えた、最強の拳銃だった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

――そこは、カーテンが締め切られた会議室の中――


細谷春菜はその一室で、15分ほど前から1人きりになっていた。

琴美は今、なかなか戻って来ない修平を探しに行っているためにいない。

 

f:id:Sleni-Rale:20200628122754j:plain



そのうち春菜は暇になり、またPDAを取り出して、プレイヤーの接触情報を確認した。


11時13分:『2』及び『J』及び『K』。 12エリアにて接触
11時14分:『2』及び『K』。 12エリアにて接触


新たな接触情報は、その2つ――。

どうやら瞳と司が、あの赤い髪の女と接触したらしい。

だが、両者がどうなったかまではわからない。


「はぁ・・・遅いな、お兄ちゃんも琴美も・・・」


思わずそんな溜め息をつき、ドアの方へ目を向ける。

だが、2人の足音さえも聞こえない。


「もしかして私・・・お兄ちゃんが、何とかしてくれるって思ってる・・・?」


そんな言葉が口から漏れる。

殺すのか、殺されるのか?

春菜には、その2択しか与えられていないはずなのに。


「でも、お兄ちゃんなら・・・もしかしたら・・・」


現実を忘れ、春菜がぽつりと呟いた――その時。

 

f:id:Sleni-Rale:20200628122810j:plain



「春菜ちゃんっ! 大変だよ、修ちゃんがっ!」
「え・・・? お兄ちゃんが、どうかしたの・・・?」
「いいから早く! こっちに来て!」


琴美が春菜の手を引いて、そのまま廊下へ走り出す。

彼女の様子は、とても只事ではなかった。


そうして春菜が連れて来られたのは、1階にある施設のロビーだった。

 

f:id:Sleni-Rale:20200628122835j:plain



「春菜ちゃん、あそこ!」
「・・・?」


琴美が指差したその場所を見ると、リノリウム張りの床の一部が開いている。

近づいて中を覗くと、地下に続く縦長の空間と、金属製の鉄格子が見える。


「地下室・・・? この施設に、こんな場所が・・・? もしかしてお兄ちゃんは、この下に・・・?」
「ううん、違うの! でも、急いで!」


そう言って琴美が、その空間に身を躍らせる。

予想外の展開に戸惑いながら、春菜も慌ててその後を追った。


そして、辿り着いたその場所で見たものは――

 

f:id:Sleni-Rale:20200628122855j:plain



「な・・・によ、この部屋・・・!?」


壁一面に並んだモニターに、フィールド内の映像が映し出されている。

その中には、春菜も見知ったプレイヤーたちの姿も見て取れた。


「春菜ちゃん、これを見て!」


そう言って、琴美が機材に手を触れる。

するとモニターに、『四日目/8エリア・03/11:00』と表示された映像が映し出され――


「――お、お兄ちゃんっ!?」


その直後、画面の中で修平の銃が煙を上げる。

そして悔しげに銃を下ろし、その場から走り去って行く。


「ッ!!??」
「ねぇ春菜ちゃん、これって修ちゃんなんだよね? 別にCGとか、そういう事じゃないんだよね?」
「・・・わ、わからないわ」


とりあえずそう答えたが、運営がこんな映像を捏造するメリットがあるとは思えない。

という事は――


「琴美っ! このときお兄ちゃんが誰を狙っていたのか知りたいんだけど、すぐ探せる!?」
「う、うんっ! やってみるっ!」


だが春菜の中に、答えはもうすでに出ていると言って良かった。

なぜ修平はあの時、春菜のPDAを借りに来たのか?

なぜ春菜と琴美に、あの会議室で待っているように言ったのか?


「あったよ! ほらこれ!」


見ると『四日目/8エリア・06/11:00』という映像の中に、墨色の髪の少女と、金髪の男が映っている。

やがてモニターの中で、金髪の男の方が狙撃を受ける。

春菜はそれを確認すると、すぐにPDAを取り出し、彼らのものと思しき接触情報を探した。

そうして判明した、男のプレイヤーナンバーは――


「や・・・やっぱり・・・っ!」
「春菜ちゃん、どういう事なの?」
「琴美・・・お兄ちゃんが狙撃した、その男のプレイヤーナンバーは『8』・・・あなたの、クリア対象の1人よ・・・」
「え・・・?」
「きっとお兄ちゃんも、この場所を見つけてたのよ・・・。 そしてここの映像と、私のPDAから得た情報を合わせて、琴美のクリア対象を特定したんだわ・・・」
「そんな・・・それじゃあ、修ちゃんは・・・!?」
「ええ・・・お兄ちゃんは、選んでしまったのよ・・・。 自分が殺人者になって、琴美をクリアさせるって・・・。 それに・・・たぶん、私のことも・・・。 そして、お兄ちゃん自身は最後に・・・」


――じゃあ、行ってくる。


そう言って部屋を出て行った時、修平はどんな顔をしていたのだろうか?


「修ちゃん・・・なんで・・・!? 私たち・・・修ちゃんに、そんなこと望んでないのに・・・!」
「っ・・・」


単独行動をしている修平を、春菜のPDAで補足するのは不可能だった。

先ほどの情報がPDAに現れなかったのは、修平が接触と見なされないほどの距離から狙撃したからだろう。

どちらにしろ接触情報を見てから行動したのでは、とても間に合わない。


――このままでは、お兄ちゃんが人を殺してしまう。

――自分と同じ世界に堕ちてしまう。


「・・・・・・」
「・・・探そう、春菜ちゃん」
「え・・・?」
「私・・・修ちゃんに、人殺しなんてさせたくない・・・! だから、探そうよ春菜ちゃん! ここの機材を使えば、きっと修ちゃんの行き先だって!」
「琴美・・・! そうね、すぐにお兄ちゃんを探しましょう! 2人で手分けすれば、きっと、まだ間に合うはずだから!」
「うんっ!」


春菜はそうして琴美と頷き合い、モニターの映像を次々に切り替えながら、その中に修平の姿を探し求めた。


・・・・・・。

 

・・・。

 


――いま自分は、カメラにどんな風に映っているのだろうか?


阿刀田初音は、前を行く充の背中を見つめて歩きながら、ついついそんな事を考えていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20200628122918j:plain



「・・・あの、充」
「なんだい、初音ちゃん?」
「充のPDAの事を、お尋ねしてもいいですか?」
「うん、もちろん。 僕のPDAは『JOKER』。 特殊機能は『半径10m以内にあるPDAに変化できる』だよ」
「えっ・・・それじゃあ、もしかして初音のPDAにも・・・!?」
「もちろん変化できるけど――でも、そんな事しないから安心してよ。 僕のセカンドステージのクリア条件は、『変化したことがあるPDAの持ち主全員の死亡』なんだ。 そんな事しちゃったら、初音ちゃんは僕のクリア対象になっちゃうからね。 だから僕は、初音ちゃんのPDAをコピーしたりなんかしない。 約束するよ」
「充・・・! はいです! 初音も充を信用するのです!」


そう言って満面の笑顔を浮かべながら、初音はまた森に仕掛けられている無数のカメラを意識した。

これだけ1人の男を騙せているのだから、見ている人もきっと喜んでいる事だろう。


――本当に、充は馬鹿な男なのです。


そうして初音が、内心で邪悪な笑みを浮かべていると――

突如として鳴り響いたその音に、充が即座に反応する。


「――初音ちゃん、この音って!?」
「えと、これは・・・初音のPDAが、初音たちの20m以内に誰かが近づいた事を知らせている音なのです・・・!」
「な、なんだって!? い、いったい何処に!?」


充がそう言って取り乱し、周囲に忙しない視線を送る。

その間に初音は万が一に備え、素早くPDAの特殊能力を『例のモノ』に切り替えた。

すると充が、ある方向を指差し――


「初音ちゃん、あそこ・・・!」
「え・・・?」


初音もそちらに目を向けると、木々の向こうに見える山道を、誰かが1人で歩いている。

 

f:id:Sleni-Rale:20200628122937j:plain



「あれは・・・修平?」
「え? もしかして知ってる人なの?」
「はいです。 最初の説明会を一緒に受けた人なのです」
「どんなプレイヤーだったか覚えてる?」
「ええと、途中ではるなってプレイヤーを追いかけて出て行ってしまったですが、わりと優しい感じの人だったです」
「そっか・・・でも、どうする初音ちゃん? このまま隠れてる? それとも彼に接触した方がいい?」
「えっ・・・初音が決めるですか・・・?」
「だってほら、初音ちゃんのクリア条件は初音ちゃんしか知らないから」
「あ、そうだったですね・・・」


クリア条件を他人に知られてはいけない――。

そうした内容があたかもクリア条件に含まれているかのように話していた事を思い出し、初音は急いで考えた。

修平をどうするのか?

だが初音のクリア条件が『自分以外のプレイヤー全員が死亡する』である事を考えれば、答えは自ずと決まっていた。


「・・・初音は、ちょっと修平と話してみるです」
「え? でも、それって危険なんじゃ――」
「大丈夫なのです。 初音が1人だけで行った方が、きっと警戒されにくいはずなのです。 だから充は、ここで待っててほしいのです」
「――あっ、初音ちゃん!?」


だが初音は充の制止を無視し、草むらから飛び出した。

初めから他人に冷たかった司ならいざ知らず、修平ならば初音に油断してくれるに違いない。

いきなり修平を殺したりすれば充は驚くだろうが、初音にはどうとでも言い繕える自信があった。

すでに修平は物音に気付き、こちらに意識を向けている。

頭の中で、新しいシーン撮影を告げるカチンコの音を鳴り響かせながら、初音は森から山道へ抜けた。


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20200628123000j:plain



「――修平っ!」
「っ!? ・・・なんだ、初音か」
「はいなのです! まさか修平ともう一度会えるなんて、初音は思ってもみなかったのです!」
「そうだな。 説明会以来だな」


そう言って、修平が構えかけていた銃を下ろす。

初音はしっかりそれを見届けてから、次の言葉を口にした。


「ところで修平は、あれからどうしてたのですか? はるなとは無事に会えたですか?」
「ああ、なんとかな」
「それは何よりだったです! でも、今はどうして1人なのですか? 琴美の姿も見当たらないようですが?」
「2人とも、今は別の場所にいるよ。 こっちのエリアに用事があるのは、俺だけだったからな。 それより初音こそ、まり子さんや大祐と一緒じゃなかったのか?」


――来た。


待っていたその問いを受け、初音は演技に熱を入れた。


「それが・・・まり子とは途中ではぐれてしまって・・・・・・大祐は・・・大祐は誰かに殺されちゃったのです・・・」
「殺された?」
「はい・・・だから初音は・・・初音は・・・とても怖かったのです・・・!」


そうして目に涙を溜めながら、修平との距離を一気に詰める。


と同時に、上着のポケットに手を忍ばせる。

あとは修平の胸に飛び込んで、その引き金を引けばいい。

初音は、そう思っていたのだが――

 

 

f:id:Sleni-Rale:20200628123019j:plain

 

「え・・・?」


気付けば初音の額に、銃口が突き付けられていた。

見上げると、そこに氷のような視線がある。


「修・・・平・・・?」
「初音、『誰か』じゃないだろう?」
「え・・・?」
「大祐は、お前がその手で殺したはずだよな?」
「ッ――!?」


――どうしてその事を!?


そのとき横手の草むらを割って、誰かが山道に飛び出して来る。



f:id:Sleni-Rale:20200628123627j:plain

 

「――初音ちゃんっ!?」

「っ・・・!」


待っていてと言ったはずなのに――!

でも今は、充のその行動がありがたかった。


「おい、お前っ! その銃を今すぐ下ろせっ!」

「・・・・・・」

「――お、おおっ、下ろせって言ってるじゃないかっ!?」

「・・・・・・」


だが充のヒステリックな命令にも、修平はまったく動じない。

それどころか、落ち着き払った声を充に向ける。


「・・・なあ、あんたは知ってるのか?」

「し、知ってるって何をさ?」

「初音のクリア条件だ」

 

 

f:id:Sleni-Rale:20200628123050j:plain

 

「っ!?」


「いや、知らないけど――だから何だって言うんだよ!」

「やっぱりな。 本当のことを知っている人間が、初音と一緒に行動できるはずはない。 そうだろ、初音?」

「修平・・・何を言うですか・・・?」

「『初音が生き残るためには、他の船員を、1人残らず溺死させなきゃいけない』。 これはお前の台詞だったよな?」

「っ・・・!?」


「さ、さっきから、何の話をしているんだ?」

「まだ、わからないのか? つまり初音がクリアするためには、初音以外の全プレイヤーの死亡が必要だっていう事さ」

「え・・・!? ってことは、僕もその中に・・・!?」

「そうだ」

「で、デタラメなのです! 修平が嘘をついているのです!」

「・・・いいのか初音? そんな事を言っても?」

「え?」

「お前が身の潔白を証明したければ、ここで彼に、お前のPDAを見せる必要がある。 そんなこと、お前にできるのか?」

「っ・・・」


挑発的な修平の言葉――。

何があったのか知らないが、今の修平は初音の知る彼ではなかった。

だが、付け入る隙がないわけではない。


「・・・・・・わかったです。 見せればいいのですね?」

「・・・?」

「どうするのですか? 見ないのですか?」

「いいだろう。 ゆっくりPDAを取り出すんだ。 そっちの彼も、それでいいな?」


「・・・ああ」


「初音、妙な真似はするなよ?」

「しないのです。 初音はただPDAを取り出すだけなのです」


初音はそう言って薄く笑い、別のポケットからPDAを取り出した。

そしてそこに書かれている文言を、修平に突き付ける。


【半径1m以内にいるプレイヤーが死亡した時、このPDAのプレイヤーを除く半径5m以内のプレイヤーの首輪を爆発させる】


それを見て、修平の顔色がさすがに変わる。

 

f:id:Sleni-Rale:20200628123116j:plain



「っ・・!」

「さあ修平、もう銃を下ろすのです! もし初音が死にでもしたら、首輪が爆発してしまうのですよ!」


「うぅ・・・嘘だろ、初音ちゃん・・・!? どうして僕がここにいるのに、そんな機能を・・・!?」

「は・・・はははははっ。 初音は最初から、充のことなんてどうでもよかったのです! そのうち使い捨てにするつもりだったのですよ!」

「じ、じゃあ・・・!?」

「ですです! 修平の言った事は、全部正しいのです! 初音の本当のクリア条件は『自分以外のプレイヤー全員の死亡』だったのです!」

「そんな・・・初音ちゃん・・・」


充の哀しそうな眼が、初音の顔を見つめて歪む。

初音はそれを突っぱねようと、さらに声を荒げて笑った。


「あはははははっ、さあ2人とも銃を地面に捨てるです! この距離なら、2人は初音の言うことを聞くしかないのです!」

「・・・いや、それはどうかな」

「はあ!? この状況で、修平に何ができるというのですか!?」

「悪いな、初音。 俺のPDAの特殊機能は『半径10m以内にあるPDAの特殊機能を無効化する』なんだ。 だからここでお前を殺しても、俺と彼の首輪は爆発しない」

「え・・・!?」

 

 

f:id:Sleni-Rale:20200628123153j:plain



何処までも冷たい修平の目――。


初音はとても、そこに嘘があるとは思えなかった。

初音のような演技とは違う。

それはあのメイドと同じ、簡単に人を殺す事ができる者の目だった。


「さあ、そっちの彼もわかっただろ? あんたは初音に、利用されてただけなんだ。 初音が大祐を殺している以上、俺は初音を殺さなきゃならない。 だがあんたは、俺の殺害対象じゃない。 だからもう、俺に向けているその銃を下ろすんだ」

「っ・・・」

「もし俺と利害が一致するなら、あんたと協力関係を結んでやってもいい。 だから――」

「い、いやなのです・・・初音は・・・初音は死にたくないのです・・・」

「・・・悪いな、初音。 俺はもうすでに、1度プレイヤーの殺害に失敗しているんだ。 だから今度こそ、しくじるわけにはいかない。 なぁ、あんた? 手出しはしないでくれるんだよな?」

「・・・・・・」


修平の声を聞き、充がそのままの姿勢で硬直する。


「み・・・充ぅ・・・」


あれだけ酷い事を言ったのだ。

たぶん充は、もう初音を助けようとはしてくれないだろう。

すると同じ事を思ったのか、修平も充を見るのをやめた。


「初音、俺を恨んでくれて構わない。 だが俺もすぐ後を追うから、その時は俺を好きにしてくれ」


そう言って修平が、改めて狙いを定める。


「い、いやぁ・・・!」


消える。


これまで培って来た、初音の全てが消えてしまう。


だったら何のために、初音はこんなに努力してきたのだろう。


嫌だ。


こんな所で死にたくない。


でも大祐だって、あの時はそう思っていたはずだった。


だとすればあの時、初音がしてしまった事は――


これから修平がしようとしている事も――


きっと――


修平の指が、引き金を引き絞る。


初音には、もうどうする事もできなかった。


だが――その時。

 

f:id:Sleni-Rale:20200628123211j:plain



「――お兄ちゃん、ダメっ!」

「修ちゃん、止めてっ!」


「っ!?」


初音との間に割り込んできた2人を見て、修平の動きが止まる。


「春菜・・・それに琴美も・・・。 どいてくれ、2人とも! 俺はもう決めたんだ! こうする以外に、お前たちを救う方法は――」

「――ダメ! 絶対にさせない!」

「そうだよ修ちゃん! 修ちゃんが人殺しになる必要なんてないんだから!」

「だったら2人とも、どうやって生き残るつもりなんだ?」

「――生き残らなくてもいいよっ! 修ちゃんにこんな事させるぐらいなら、私、生き残らなくてもいいっ!」

「琴美・・・!?」

「私もお兄ちゃんのためなら、命を捨てても構わない! でもお兄ちゃんが、私たちのために死ぬのだけは絶対にイヤ!」

「春菜・・・どうして、お前まで・・・!?」


「あ・・・ああぁ・・・」


人は誰だって死にたくなんかない。

だから人は、それ以外にどうしようもないという状況に陥った時は、他人を殺しても構わないはずだった。

なのに修平たちは、誰もが誰かのために死のうとしている。


カルネアデスの板を譲り合っている。


彼らは初音と――

苦しみから逃れるために、大祐を殺した初音と――

その罪の意識から逃れるために、仮面を被る事にした初音と――


――あまりに違い過ぎていた――

 

「ああああああああああっ!」

 

f:id:Sleni-Rale:20200628123302j:plain



気が付けば初音は、ポケットからそれを抜いていた。


――デリンジャー


全長123・8mmのその銃を、震える手で3人に向ける。


「っ――!」


琴美と春菜を押し退けて、修平が前に飛び出してくる。

初音は、無我夢中で引き金を引いていた。


――!!!


森に銃声が鳴り響き、修平の胸の中心に大きな穴が穿たれる。

爆ぜた白いシャツが、見る間に鮮血で染まっていく。


「ぐ・・・かは・・・っ!」


「――修ちゃん!?」

 

 

f:id:Sleni-Rale:20200628123445j:plain

 

「お兄ちゃんっ!? よくも・・・よくもお兄ちゃんを・・・っ!」



「・・・?」


春菜の構えたクロスボウが、ぴたりと初音の胸に向けられる。

初音はそれを、まるで他人事のように見つめた。

衝動的な殺意が去った後の虚脱感――。

その最中で、初音はぼんやりと自分は死ぬのだろうと思った。


だが――

 

 

f:id:Sleni-Rale:20200628123034j:plain



「う、動くなぁっ!」


――!!


「っ!?」


充が放った威嚇射撃が、春菜の足元を2度えぐる。


「うぅ動かないでっ! 動くと、次は当てるからねっ!」

「っ・・・!」


「み・・・つ、る・・・? なんで・・・なの、ですか・・・? なんで充が・・・初音を助けようと、するですか・・・?」

「だ、だって・・・だって、初音ちゃんは僕の――」


それは今、初音が一番聞きたくない言葉だろう。

そう思った直後には、初音は大声を出してそれを掻き消した。


「ああああああああああーっ!」

「っ・・・!?」


充の目が、初音を見て驚いている。

充の目が、初音をとらえて離さない。

初音は充の目が怖くなり、とっさにその場に背を向けた。


「えっ!? 初音ちゃんっ!?」

「逃さないッッ!!」

「――や、やめろっ!」


――!!


「きゃあっ!」

「――春菜ちゃんっ!?」

 


銃声と悲鳴が、走り出した初音の背後から聞こえてくる。
どうやら初音に矢を放とうとした春菜に、充が発砲したらしい。

そしてすぐに、充が初音を追いかけて来る。

 

「待って! 初音ちゃん、待ってよ!」

「ッ――!」


初音は全速力で走った。

走りながら、口元に残忍な笑みを浮かべようとした。

だが初音はどうしても、その演技を続ける事ができなくなっていた。


・・・。