*ゲームを読む*

ゲームまるごと文字起こし

リベリオンズ -Secret Game 2nd stage-【18】

 

・・・。


男が放った弾丸は、細谷春菜の大腿をかすっただけで終わっていた。

だが初音が放った弾丸は、修平の胸骨と肺を貫いていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20200704162911j:plain



「春菜ちゃん、私どうすればいいの!? 修ちゃんの血、全然止まらないんだよ! このままじゃ修ちゃんが・・・修ちゃんがっ!」


修平の胸を押さえる琴美の両手は、すでに真っ赤に染まっていた。

溢れ出た血液が、地面に黒い染みを作っている。

修平は、恐らく助からないだろう。

琴美が代わりに取り乱してくれてるせいなのか、春菜は自分でも嫌になるくらい冷静に、その現実を見つめていた。

そして修平も、春菜と同じように冷静だった。

 

f:id:Sleni-Rale:20200704162924j:plain



「琴美・・・もう、いいんだ・・・。 この傷じゃ・・・どうせ、助かりっこない・・・」

「いやぁ、嫌だよ修ちゃんっ! そんなの嫌だよぅっ!」

「琴美・・・」

「お願いだから、諦めないでよ・・・! 修ちゃんがいなくなったら・・・私、生きていけないよ・・・」

「琴美・・・そんな事を言って、お兄ちゃんをそれ以上苦しめないで・・・」

「でも・・・ダメだよ、私・・・ダメだよ、修ちゃん・・・」

「大丈夫・・・大丈夫だよ、琴美・・・」


そう言いながら心配そうに、修平が琴美の髪を撫でる。

だからきっと、春菜は冷静でいられるのだろう。

これから死ぬ修平に、それ以上心配を増やさないようにするために。


「なぁ、春菜・・・」

「なに、お兄ちゃん?」

「琴美のこと・・・お前に頼んでも、いいか・・・?」

「うん、わかってる」

「悪いな・・・」

「ううん。 私も琴美のこと好きだから。 それにお兄ちゃんには、ずっと恩返ししなきゃって思ってたし」

「恩返し・・・?」

「うん。 だって私・・・お兄ちゃんがあのとき幸せを願ってくれたから、今まで生きてこれたんだもの・・・」

「そうか、ありがとな・・・」


修平はそう呟いて、琴美の髪をまた撫でた。

修平の命の炎は、もうすぐ消えてしまうだろう。

多くの死を見てきた春菜には、悲しいまでにそれがわかった。


「ねぇお兄ちゃん・・・他には、もう言い残す事はない?」

「そう、だな・・・。 琴美と、春菜と、3人で・・・一度でいいから・・・街を、歩いてみたかった、かな・・・?」

「そうね、私もよ」

「春菜・・・」

「なに、お兄ちゃん?」

「お兄ちゃん・・・もう、いかなきゃ・・・」

「え・・・?」


修平の目から、急速に光が失われていく。

琴美の髪を撫でていた手が、どんどん遅くなっていく。


春菜が自分の命よりも優先したかった人が。

何よりも失いたくなかった人が。


春菜のお兄ちゃんが。


だが、春菜が偽りの冷静さを捨て去ろうとした時には――

 

f:id:Sleni-Rale:20200704162942j:plain



修平はもう動かなくなっていた。


「お兄、ちゃん・・・?」

「――修ちゃんっ! 修ちゃんってば! いや・・・いやあああああああああああーっ!」

 

琴美の悲痛な叫び声が、切り開かれた山道に響く。

春菜の頬にも、涙が止め処なく流れていた。

だが春菜はクロスボウを握り締め、決して鳴き声を上げなかった。

 

・・・・・・。

 


・・・。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20200704162953j:plain



「はっ・・・はっ・・・はっ・・・はっ・・・」


黄昏に染まる森に、阿刀田初音の息遣いが響く。


だが、どんなに速く走ろうと――

その男が執拗に、初音の後を追ってくる。


「初音ちゃん、待ってくれよっ! 僕は君を守りたいんだっ!」


「――く、来るなですっ!」

――!!


「うわっ! うぅ撃たないでくれよ、初音ちゃんっ!」

「だから来ないでと言っているのです! 今度は本当に当てるですよっ!?」

「どうしてだよっ!? どうして1人になろうとするんだよ、初音ちゃんっ!?」

「――うるさいのですっ! 初音の後を追ってくる、充の方がおかしいのですっ!」


初音のクリア条件は『自分以外のプレイヤー全員の死亡』だ。

それを知りながら追ってくる、充の真意がわからない。

 

「充っ! お願いだから、何処かに行ってなのですっ! 初音はもう、充の知っている『安藤初音』じゃないのですっ!」

「嫌だっ! 僕は絶対に、初音ちゃんから離れないっ!」


そう言って、充が猛然と向かってくる。

初音はもう1度、小さなデリンジャーを構えた。

だが引き金を引いても――


「っ・・・!? た、弾切れですか!?」

「ッ――初音ちゃああああぁんっ!」

「ッッ!?」


その雄叫びに顔を上げた瞬間――

初音は飛びかかってきた充に押し倒され――

気が付けば両手首をつかまれ、地面に押さえ付けられていた。


「あぅぅっ・・・はっ、放すのですぅ・・・!」


激しく身をよじりながら、充から逃げようとする。

そのとき初音の頬に、ぽたりと熱い何かが当たった。

しかもそれは1度だけではなく、ポタポタと頬を濡らしていく。


「ッ・・・!?」

 

f:id:Sleni-Rale:20200704163043j:plain



 

見上げると、充が初音の上で泣いていた。

さっきの衝撃で外れたのか、その顔に眼鏡はない。


「どうして・・・どうしてなんだよ、初音ちゃん・・・? どうして初音ちゃんが、人殺しなんか・・・?」
「っ・・・! し、仕方なかったのですっ! だって、初音のクリア条件は――」
「――違うっ! 違うんだよ、初音ちゃんっ! 僕が言いたいのは、そういう事じゃないんだよっ!」
「え・・・?」
「僕が言いたいのはさ、初音ちゃんがやらなくても、良かったって事なんだっ! 初音ちゃんがやらなくても、言ってくれれば、僕が代わりにやったんだ! 初音ちゃんは、もう傷つかなくていいっ! 初音ちゃんは、もう誰も殺さなくていいんだよっ! あの時、僕が言った言葉は本当なんだっ! 初音ちゃんは僕が守るっ! 頼りないかもしれないけど、初音ちゃんのためになら僕は死ねるんだっ! だから初音ちゃん、僕のことを信じてよっ!」


充の熱い涙が、際限無く初音の頬に降ってくる。

初音には、その涙の意味がわからなかった。

アイドルの『安藤初音』は、もうどこにもいないはずなのに――。


「・・・充は、そんなに初音の事が好きなのですか?」
「あぁ・・・大好きだよ、初音ちゃん・・・」
「でも、初音はもう2人も殺しているのですよ? それでも初音が好きなのですか?」
「もちろんだよ・・・だって初音ちゃんは、いつだって僕らの初音ちゃんじゃないか・・・」
「そう、なのですか・・・?」
「あぁ・・・そうなんだよ、初音ちゃん・・・」
「・・・・・・」


初音はわけもわからぬまま、泣きじゃくる充の顔を見上げた。

おかしいのは充なのか、それとも初音の方なのか――?

今の混乱する初音の頭では、それさえも、よくわからなくなっていた。


・・・・・・。

 


・・・。

 


――そのとき朦朧とする意識の中で、上野まり子は確かに何者かの気配を感じ、重い瞼を持ち上げた。

 

f:id:Sleni-Rale:20200704163059j:plain



すると目の前に広がっていたのは、何もかもが歪んだ異様な世界だった。


「・・・!?」


どうして自分がこんな所にいるのか、光熱のせいか、記憶が混濁していてわからない。

目覚めたつもりでも、まだ夢を見ているのだろうか?

だが、体を襲う凄まじい悪寒は本物だった。

そして目の前に、わけのわからないモノがいる。

血の臭いがする化け物だ。

それがよろよろと、まり子の方へ近づいてくる。


「・・・――子・・・――いて・・・――」

「いや・・・来ないで・・・」

「――・・・うぶ――・・・く――・・・たの・・・」

「来ないで・・・来ないでよぉ・・・」

「――・・・ら――・・・き――・・・って・・・」

「来ないでって言ってるのにぃぃぃっ!」


――!!!


何かを言いながら近づいてくるそれに、まり子は、いつの間にか手にしていた銃を乱射した。

だが――瞬く間に、その銃を奪われる。

そして手首をがっしりと掴まれ、体の自由さえも奪われる。


「ッ――!!! いや・・・止めて・・・! 離して・・・お願いだから、殺さないで・・・!」

「こら、まり子・・・ だから、私だって言ってるでしょーが・・・」


耳元で囁かれたその声に――


「え・・・?」


曇っていた、まり子の目も一気に晴れる。

 

f:id:Sleni-Rale:20200704163111j:plain



「あ・・・ゆ・・・悠奈、さん・・・!?」
「そうよ・・・まったく、気付くのが遅いんだから・・・」
「じゃあ・・・さっき、私が撃ったのは・・・!?」
「ほら、そんな事はいいから・・・さ、腕出して・・・」
「え・・・?」


見ると悠奈は、その手に注射器と液体の入った小瓶を持っていた。


「これ・・・私の、ために・・・?」
「そうよ・・・。 でも、ごめんね・・・遅くなっちゃって・・・」
「そんな・・・悠奈さんの方こそ、傷だらでじゃないですか・・・!?」
「いいって、いいって・・・。 ほら、私が打ってあげるから・・・じっとしてるのよ・・・」


悠奈はそう言って、手早く注射の準備を終えると、それをまり子の腕に打った。


「よし・・・これで、もう安心ね・・・」
「あ・・・ありがとう、ございます・・・」
「だから、いいってば・・・」
「でも悠奈さん・・・本当に、大丈夫なんですか・・・?」
「うん・・・。 でも・・・さすがに、ちょっと疲れたかな・・・」


直後、悠奈の体が横に傾き――


倒れた彼女を中心に、見る間に血溜まりが広がっていく。

 

f:id:Sleni-Rale:20200704163122j:plain



「ゆ・・・悠奈、さん・・・? もしかして・・・さっき、私が撃った弾が・・・っ!?」
「ああ・・・いいのよ、まり子・・・」
「――いっ、いいわけないじゃないですかっ!? 確か、包帯がこっちに――」
「まり子・・・だから、いいんだってば・・・。 ちょっとヘマやっちゃってさ・・・私ってばもともと、助かりっこなかったのよ・・・。 だから、いいのよ・・・私は、これで・・・。 これでようやく・・・私も、あいつの所に行けるんだから・・・」
「そんな・・・そんな・・・!」
「まり子・・・あんた・・・ちゃんと、生き延びるんだよ・・・。 じゃないと、私・・・なんのために頑張ったのか、わからなくなっちゃうからさ・・・。 だから・・・まり子、生きて・・・。 ね・・・良い子、だから・・・」


その言葉を最後に、悠奈は静かに息を引き取った。

気付けばまり子の膝は、悠奈の流した血で真っ赤に濡れていた。

そして静寂に沈む室内に、軽快な電子音が鳴り響く。


【クリア条件が達成されました。 おめでとうございます】


「そんな・・・悠奈さん、どうして・・・。 私、何もしてないのに・・・。 いつも、ただ怯えているだけで・・・死にたくないって、そればっかりで・・・。 悠奈さんなら、もっと沢山の人を救えたはずなのに・・・。 なのに・・・どうして・・・」


傷だらけになって眠る悠奈の上に、涙がポタポタと落ちる。


「・・・間違ってる・・・。 こんなの・・・絶対に間違ってる・・・。 悠奈さんが、私のために死ぬ事なんてなかったのに・・・。 私が・・・私が、悠奈さんを殺したんだ・・・。 本当は私が・・・私が、死ねば良かったのに・・・」

 

f:id:Sleni-Rale:20200704163134j:plain



その言葉が、悠奈の願いを無にするものである事はわかっていた。

でも、自分の命と引き換えに時間を戻す事ができるなら――。

そんな事はあり得ないと知りながら、まり子はそれを願っていた。

するとその後悔を、すくい取るように――



f:id:Sleni-Rale:20200704163146j:plain

 

「・・・じゃあ、そうしてあげようか瞳」

「はい。 お望み通りに」


「え・・・?」


見上げると、そこにはいつの間にか、冷たい目をした司と、1人の美しい死神が立っていた。

そして、チェーンソーの音が鳴り響き――

それが振り下ろされた時――

 

f:id:Sleni-Rale:20200704163202j:plain



まり子の意識は決して叶わぬ願いと共に、虚無の彼方へと消えた。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

 

――真島章則はその薄闇の中で、自分の拳を見つめていた。


かつて一日に何百何千とサンドバッグを叩いていた拳には、まだその時の名残りとして硬い皮膚が残っている。

何の技術も持たない素人が相手なら、それは十分に、武器として成立するだろう。

だが相手が武装していれば、その前提はもう通用しない。


「なのに、俺はなぜ・・・?」


すると首からスコーピオンをぶら下げた結衣が、横から真島の顔を覗き込んでくる。

 

f:id:Sleni-Rale:20200704163216j:plain



「あのー、どうしたんですか真島さん? さっきからじーっと拳を見つめてたりして、なんか気持ち悪いですよ?」
「・・・別に、気持ち悪くはないだろう」
「いやでもー、もう1時間くらいやってますけど?」
「・・・うるさい。 俺の勝手だろう」
「あ、いやっ、それはそうなんですけど・・・何て言うか、横でずっとしかめっ面されると、なんか気になるじゃないですか?」
「・・・悪かったな」
「別に、悪いとかは思わないですけど――良かったら、あたしが相談に乗りますよって事なんです。 こう見えてもあたし、そういうの得意なんですから」
「そんな風には見えないがな」
「あー、人を見かけで判断しないでくださいよ。 あたし、自分のことは全然だけど、他人の事はよくわかっちゃうんですから。 例えば真島さんが今考えていたのって、自分がサブマシンガンを持ちたがらない理由が、よくわからないって事ですよね?」
「・・・!」
「ほら、当たりましたよね?」
「っ・・・」
「それであたし、ちょっと思ったんですけど――」
「・・・なんだ?」
「あっ、ところで真島さんって、どうしてボクシングをやめちゃったんですか?」
「っ・・・荻原、なぜ途中で話を変える?」
「えー、別にいいじゃないですか? それにこれ、すっごく重要な事だと思うんですよ。 というか、できれば真島さんがボクシングを始めた理由も聞きたいんですけど?」
「・・・・・・話さなければ、ダメか?」
「はいっ! 絶対ダメだと思いますっ!」
「っ・・・わかったよ」
「えへへっ。 じゃあ、ボクシングを始めた理由からお願いします!」
「ああ・・・と言っても、大した話じゃない。 俺がボクシングを始めたのは、単純に、強くなりたかったからだ。 俺には1つ年上の姉がいたんだが、小さな頃から、俺たちはいつも同年代の人間から、バカにされて生きてきたんだ」
「それって、いじめられたって事ですか?」
「まぁそうだ。 中学に上がった頃、それが本格的に酷くなって――ボクシングジムに通うようになった理由は、そんな所だ。 どうやら俺には才能があったらしくてな。 その日から俺は強くなる実感と共に、めきめきと実力をつけていったんだ」
「えーと・・・いじめは、どうなったんですか?」
「ああ。 気付けば誰も、俺たちには手出ししなくなっていたよ。 それまでずっと反対していた姉が、ボクシングをする俺を応援してくれるようになったのも、確かその頃だったと思う。 それから俺は、ますますボクシングにのめり込んでいったんだ」
「へぇ・・・。 それじゃあ真島さんって、もしかしてプロボクサーだったんですか?」
「いや、プロテストはまだ受けていない。 だがスパーリングでは、ライセンスを持っている先輩にも、負けないくらいにはなっていた」
「じゃあ、プロ並って事ですよね?」
「そうなるな」
「でも、それならどうしてボクシングをやめちゃったんですか? お姉さんだって、応援してくれていたんですよね?」
「ああ、去年まではな・・・」
「え・・・?」
「俺の姉は――去年、交通事故に遭って死んだんだ」
「っ・・・!」
「それから俺は、全てがどうでもよくなって・・・だから、その日からボクシングジムには通っていない」


それからは誰とも関わりを持つ事なく、ただ淡々と生きているだけの日々だった。

そして姉を失って半年を経った頃から、真島は父親の下を離れ、今は1人で暮らしていた。


「そうか・・・そう言えば、あの頃だったな・・・」
「え? 何がですか?」
「1人暮らしを始めてすぐの頃、繁華街で俺に妙なものを売りつけようとした男に絡まれ、そいつを殴った事があったんだ」
「えーと、それってもしかして・・・?」
「ああ、黒河だ。 そう・・・確かにあそこは、神明通りの脇道だったな」


真島はそう呟いて、己の拳をまた見つめた。

あの時も黒河は何度もしつこく食い下がってきて、結果的に、黒河が動けなくなるまで殴るハメになったのだ。

そして全てが終わった時、そこに雨が降り始め――

あまりに後味が悪すぎたその出来事を、真島は今の今まで、あえて忘れたフリをしていたらしい。


「・・・あのーそれで真島さんは、その後どうしたんですか?」
「その後? 別にどうもしないが?」
「ええぇっ!? じゃあ黒河さんをボコボコにして、そのまま帰っちゃったんですかっ!?」
「そうだが・・・それがどうかしたのか?」
「どうしたのかって――真島さん、それってなんか無責任じゃないですか!?」
「無責任? なぜだ?」
「だって、他人にボコボコにされてそのままにされるなんて、なんか惨めじゃないですか?」
「それは・・・負けたのだから当然だろう。 ボクシングの試合でも同じだ。 勝者が敗者にかける言葉などありはしない」
「でも、その時の喧嘩はあくまで喧嘩で、ボクシングの試合ってわけじゃないんですよね?」
「それは、そうだが・・・」
「じゃあやっぱりあたし、真島さんのした事って、無責任だと思いますっ! 真島さんがボクシングを身につけたのって、別にそういう事のためじゃなかったはずですよね?」
「っ・・・!」


そのとき不意に、昔の記憶が甦る。


――そんなのは本当の強さじゃないよ。


姉にそう言われたのは、いつの事だっただろう?


「――わかりました、真島さんっ!」
「っ!? ・・・な、何がだ?」
「あたし、真島さんって、黒河さんともう1回向き合ってみるべきなんだと思いますっ!」
「・・・荻原、お前は何を言っているんだ? だいたい論点がずれているだろう? その事と、俺が銃を持ちたがらない理由と、何の繋がりがあると言うんだ?」
「繋がりならありますよ。 たぶんですけど」
「たぶんだと?」
「だって真島さんと黒河さんって、なんかちょっと似たところがあるじゃないですか?」
「俺と黒河が似ている?」
「はい。 2人とも何かにこだわっちゃってるところなんか、結構そっくりだと思いますけど。 真島さんは『ボクシング』で、黒河さんは『真島さん』で。 それに黒河さんだって、真島さんを倒すために特訓してたじゃないですか?」
「しかし、あれは・・・」
「――誰がなんと言おうと、あれは特訓ですっ!」
「っ・・・」
「という事はですよ、黒河さんも真島さんが昔そう思っていたように、強くなりたいって思ってるって事じゃないですか?」
「それは、そうかもしれんが・・・」
「ほら似てる。 絶対似てますよ。 なんかもう、兄弟みたいじゃないですか?」
「っ・・・」
「だからあたし、真島さんはもう1度黒河さんと向き合えば、きっと何か得るものがあると思うんです。 ほら、あるじゃないですか? 男の人ってそういうの」
「・・・・・・」


はっきり言って真島には、結衣の言っている言葉の意味が、半分も理解できていなかった。


だが――


「黒河と向き合う、か・・・」


まるで狐に摘まれているかのような気分だが――

真島は洞窟の入り口から差し込む月明かりに拳を照らしながら、真剣にその事について考え始めていた。


・・・・・・。

 

・・・。

 


――焚火からの放射熱によって、地肌がジリジリと炙られる。

黒河正規はそうして乱暴に暖を取りながら、信じられないほどクソ不味い豆の缶詰を、大口を開けてあおり続けていた。

噛めば噛むほど口内の水分を奪われ、ザラザラとした食感はひたすら不快で、紙でも食ってるのかと思うほど味がない。

これだけ腹が減っていてそう感じるのだから、なかなか大したクソ不味さだ。

黒河はついには豆を丸呑みにし始めながら、焚火を挟んで座っている、墨色の髪をしたクソガキに目を向けた。

 

f:id:Sleni-Rale:20200704163236j:plain



「はぐっ、もぐもぐもぐ。 はぐっ、んぐんぐんぐ」


黒河が手に入れたコンビーフと魚肉ソーセージが、次々にガキの胃袋に収まっていく。

そして黒河の拳銃は、そんなガキの足元に転がっている。


「・・・・・・」
「・・・黒河、もの欲しそうに見ていても無駄ですよ」
「ちっ、気づいてやがったか」
「当たり前です。 このコンビーフと魚肉ソーセージは、絶対に譲りません」
「っ・・・そっちじゃねぇよ、バーカ」
「むうっ、では私の体が目当てだというのですか?」
「はあ? オイオイ、誰がてめぇみてぇなションベン臭ぇガキに欲情するっつーんだよ?」
「なっ、何を言うのです! 私はさっき水浴びを済ませました! だから臭いはありません! ほぼ無臭状態です!」
「うっせーぞ、このバカ! んなことは、どーでも良いっつーんだよ! だいたいてめぇ、何時まで俺にまとわりついてるつもりだ!? つーかオイ、使わねぇんだったら銃返せオラ!」
「それは、お断りです。 あなたが蒔岡流剣術の真髄を理解するまで、この銃を渡すわけにはいきません」
「そーかよ。 そいつはいつになったら終わるんだよ?」
「どうでしょう? 少なくとも私は、それを理解するのに10年の時を要しましたが」
「――ふざけんなっ! このゲームがそんな長く続くわけねーだろうが! てめぇも一緒に爆死してーのかこの野郎ォ!」
「む、それは困ります。 今は黒河があまりに弱すぎるので力を貸していますが、私は目的があってこのゲームに参加しているのです。 ですから、その目的を遂げずに爆死するわけにはいきません」
「じゃあ俺の事はもういいから、その目的とやらのためにとっとと行動してくれや。 武器は奪うわ、人のことわけのわかんねぇ事言ってぶん投げまくるわ、食料は奪うわ、てめぇは疫病神かっつーんだ」
「何を言うのです。 それもこれも、黒河が弱いからいけないのではありませんか」
「だから、んなこと言うんならさっさと俺に銃を返せっつーんだよ! あん時だって、そいつがありゃあ真島のクソをぶっ殺してやる事ができたんだ。 それを、てめぇが――」
「ふっ、愚かですね黒河は」
「ああ?」
「銃を使って真島に勝ったところで、それが何になると言うのです? それで本当に、強くなったと言えるのですか?」
「『本当に、強く』だァ!? ハッ! てめぇ、なにくだらねーこと言ってやがんだよ!」


黒河はそう言って、ガキに侮蔑の目を向けた。

するとガキから、思いのほか鋭い視線が返される。


「・・・くだらない? 何がくだらないというのですか? 返答次第では、ただでは済ませませんよ!」
「おお、上等だコラァ! 俺はなァ、11で親に見捨てられてから、この歳になるまでずっと1人で生きて来たんだ。 ドブさらいみてぇな事ばっかりやらされて、クソ野郎どもに散々カモにされて――それでも俺が、ここまで生きてこれたのは何でだと思う? 『力』だろうがっ! 力があったから、俺は、俺をクソ舐めやがった連中を、どいつもこいつも捻じ伏せる事ができたんだ! いいかクソガキ、てめぇ自身にとっての他人ってのはなァ、所詮は『奴隷』か『敵』かの区別しかねぇんだよ! 『敵』はいつも俺らを『奴隷』にしようとしやがるし、『奴隷』はいつも隙を見て、俺らの『敵』に回ろうとしていやがる! だから俺たちは常に、自分が力を持ってる事を、連中に分からせなきゃならねぇんだ! それが力だって言うんなら、武器だろうが、財力だろうが、使えるもんならどんなもんだって構わねぇ! てめぇの言う強さがどんなものかは知らねぇが、んなもんがいくらあったって、力がなきゃあ意味ねぇっつーんだよ!」
「っ・・・なるほど・・・それが黒河の考え方ですか・・・」
「ああ? てめぇ、なにいきなりしおらしくなってやがんだコラ?」
「・・・私には、双子の弟がいました」
「オイオイてめぇ、何いきなり身の上話とか始めてんだァ? んなこと誰も聞いてねぇっつーんだよ!」
「いいから黙って聞きなさい。 聞かないと、その目をえぐり出しますよ」
「なっ!・・・ちっ、好きにしてくれや」
「そうです。 黒河は私の言う事を、ハイハイ黙って聞いていればいいのです」
「っ・・・」
「弟は、名前を『彰』と言いました。 そして私と彰は姉弟であると同時に、共に蒔岡流剣術を盛り立てていこうと誓い合った、同志でもありました。 黒河は『剣道』と『剣術』の違いはわかりますか?」
「けっ、知らねぇよ」
「でしょうね。 剣道とは読んで字の如く、『剣』の理法の修得を通じて人間形成を行う『道』の事を言います。 対する剣術は、どうすれば『剣』で人を斬れるのか、それをとことんまで追求した『技術』の事です。 つまり剣術とは、人殺しのための技術なのです」
「人殺しのための技術って――オイオイ、んなもんこのご時世にどうやって盛り立てるっつーんだよ?」
「それは・・・正直言って、私にもよくわかりません。 当代の継承者である私の父は、技術を受け継いでいく事にこそ、意味があると考えていたようです。 しかし実戦剣術の存在意義など、もはや失われていると言って過言ではないでしょう。 私たちの母でさえ、父の考えを理解できず、家を出て行きました。 ですが私と彰は、父が人生をかけて守ってきたものを、無駄にはしたくありませんでした。 だから私たちは父から剣術を学び、互いに切磋琢磨し、これまで心身を鍛えあげてきたのです。 もちろん、周囲からは奇異な目で見られましたが――それでも私たちは、自分たちが身に付けた強さには、意味があると信じていたのです」
「信じていた? じゃあ今は信じてねぇのかよ?」
「・・・わかりません」
「ああ?」
「彰が自殺の名所として名高い県境の海岸で、遺体で見つかったのは、今から1年前になります。 そして先日、私は彰の死の真相を、このゲームを運営している人間から知らされたのです」
「あ? つーことは・・・?」
「はい。 彰はこのゲームの中で何者かと戦い、そして命を落としたというのです。 だから私は、わからなくなってしまいました。 私たちは、何のために強くなったのか? 彰の命さえ守れなかった剣術に、何の意味があるというのか?」
「・・・・・・」
「今回のゲームには、彰を殺した仇も参加しているそうです。 私は、彰を殺したその仇が憎い。 ですがそれだけではなく、彰の仇を討てた時に初めて、蒔岡流剣術が現代に存在する意義が、見えてくるように思うのです」
「けっ、んだよそりゃ? 意義だか何だか知らねぇが、だから何だっつーんだよ? それが飯のタネに、何かつながるっつーのかよ?」
「そうですね・・・私も黒河のように、シンプルに考えられればいいのですが・・・。 ですが私は、この問いをやめるわけにはいきません。 それをやめてしまえば、即ちそれは、蒔岡流剣術そのものを否定する事につながります」
「けっ、だから知らねぇっつーんだよ」
「いいえ、それは認めません」
「ああ?」
「もしかすると黒河に、蒔岡流剣術の理念を理解させる事ができれば、その時に答えが見つかるかもしれません」
「っんだそりゃ!? てめぇ、思いつきで行動するのも大概にしろよコラ!?」
「問答無用です。 もう私の決定は覆りません」


そう言ってガキが、足元の拳銃を拾って立ち上がる。


「あ? てめぇ何するつもりだ?」
「お腹が一杯になったので、黒河に見つからない場所で寝てきます。 貞操は守らなければなりませんから」
「ああ!? だから興味ねぇっつってんだろーが。 まな板みてぇな胸しやがって!」
「なっ・・・あなたは、そんな事だから女性にモテないのです!」
「モテない? 俺が? くっ、ははははっ、馬鹿言うな。 俺みたいな男にはなぁ、女なんて腐るほど寄ってくるんだよ。 てめぇみたいに乳も尻も貧相じゃねぇ女がな」
「失礼な! 私の胸や尻は貧相ではありません! 発展途上なだけです! それに、寄せて上げれば私だってそれなりです! ほら、こうしてこうすれば――」


ガキはそう言って胸を寄せて上げたが、まな板は所詮まな板だった。


「・・・・・・で? 何を寄せて上げたって? 空気か?」
「む、むぅ・・・どうやら、少々無理があったようですね・・・。 と、とにかくっ! 黒河、私が目覚めたらすぐに特訓開始ですっ! 先に言っておきますが、逃げたら地の果てまで追いますからねっ!」
「ちっ、誰が逃げるかよバーカ。 てめぇこそ、明日はボコボコにしてやるからな」
「ふっ、それは楽しみです」


そう言い残し、ガキが焚火が照らす明かりの外へ歩き出す。


黒河は残りのクソ不味い豆を一気に流し込むと、どうすれば玲を屈服させる事ができるのか、その方法について考え始めた。

 

・・・・・・。

 


・・・。

 

―5日目―

 

―それは奇妙な悪夢だった。

 

f:id:Sleni-Rale:20200704163253j:plain



見知らぬ少女が泣きながら、鉈を振り下ろしてくるという夢だ。

当然、夢だから痛みはない。

そのせいか、恐怖もあまり感じなかった。

少女が鉈を振り下ろす度に、身体は血溜まりの中へ沈んでいった。

その血は熱くもなく、冷たくもなく――

ああ、僕は彼女に殺されたんだと、そう思うだけで――

そんな中、少女はずっと泣いていた。

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。

血溜まりの中に、少女の心が伝わってくる。

いいんだよ別に、君はそんなに悲しまなくたって・・・。

そう伝えてあげたくて、少女に静かな目を向ける。

だが彼女の顔を見つめた時、ふいに見覚えがある事に気付く。

瞳・・・?

 

――そしてその疑問を最後に、司は目覚めの時を迎えた。

 

身体に深く根を張るような疲労感――。

三ツ林司はそれに呻きながら目を開けると、やけに重く感じられる頭を動かして、その廃屋の中を見回した。

だが瞳の姿は見当たらず、もちろん血溜まりなんてものもない。

 

f:id:Sleni-Rale:20200704163304j:plain



「・・・・・・瞳に殺される、夢か・・・。 はぁ・・・知りたくはなかったかな・・・。 まさか僕が、こんなナイーブな人間だったなんて・・・」


司は溜め息と共に呟いて、自分の両手を見下ろした。

たちまちその手が地で染まっているかのような幻覚が、まり子の死に様を伴って、脳裏に襲いかかってくる。

まり子に直接手を下したのは瞳だ。

でも瞳に、それを命令したのは司だった。

そう思えば思うほど、喉の奥から吐き気が這い上がってくる。

司という人格の中から、何かがぽっかりと失われているのがわかる。

そのせいで司そのものが、今にも崩れてしまいそうだった。

 

f:id:Sleni-Rale:20200704163316j:plain



「・・・これが、瞳の住んでいる世界か・・・」


司がそう呟いて、朝の冷たい空気と共に、吐き気を飲み下した時――


食料を取りに行っていたのか、室内に入ってきたのは、数個の缶詰を大事そうに抱えた瞳だった。

そして目覚めている司に気づき、微笑みを浮かべて頭を下げる。



f:id:Sleni-Rale:20200704163333j:plain

 

「・・・おはようございます、司様」
「ああ。 おはよう」
「・・・?」
「なに? どうしたの?」
「い、いえっ。 司様の雰囲気が、以前よりもさらに凛々しくなられたように思いまして・・・。 はっ!? 私はご主人様に対して、なんと失礼な事をっ!?」
「・・・・・・そうか・・・どうやら僕は少しだけ、瞳に近づけたみたいだね・・・」
「司様・・・今のは、どういった・・・?」
「何でもないよ。 それより瞳、1つお願いがあるんだけど?」
「はい。 何なりとお申し付け下さいませ」
「今日は瞳も、僕と一緒に食事を摂らないか? ずっと別々だったろ?」
「しかしそれでは、メイドとしての規範が――」
「瞳、これは命令だ。 いいね?」
「っ・・・・・・はい、かしこまりました」


・・・。



司はそうして、瞳と行動を共にするようになって以来、初めて2人で食事をした。

慣れない出来事に戸惑うメイドを、密かに慈しみながら――。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20200704163355j:plain

 

「さてと、それじゃあ行こうか?」
「はい。 ですが司様、その前にこちらを」


そう言って瞳が差し出してきたのは、2つの弾倉だ。


「これは・・・?」
「司様がお休みの間に、弾を詰めておきました。 どちらもM93Rで使えます」
「・・・そうか、ありがとう」


司は礼を言い、その弾倉を受け取った。

そして自分が今、瞳と同じ世界に立っている事を、また強く認識した。


・・・・・・。

 

・・・。

 


――気付けば森は朝の陽光を受け、森らしい彩りを取り戻していた。


その光景を見つめながら、細谷春菜は静かに深呼吸した。

ずっと春菜の感情を昂ぶらせ続けていた悲しみと怒りは、今はもう胸の奥底に沈んでいる。

 

f:id:Sleni-Rale:20200704163407j:plain



「・・・そろそろ、動き出さなきゃね」


そう呟き、クロスボウと修平が使っていた拳銃を手に立ち上がる。

一晩中泣き続けていた琴美は、泣きつかれてしまったのか、修平を埋葬したその場所に、すがりつくようにして眠っていた。


「・・・琴美」

「ん・・・」

「琴美、お願い起きて」

 

f:id:Sleni-Rale:20200704163422j:plain



「ぅ・・・、・・・春菜、ちゃん・・・? ねぇ、春菜ちゃん・・・修ちゃんは・・・?」
「・・・・・・琴美、寝惚けているの?」
「・・・?・・・あ・・・そっか・・・修ちゃんは・・・」
「・・・・・・琴美、悲しむのはもうやめて」
「え・・・?」
「どんなに悲しんだって、その事実は消えたりしない。 そして――このゲームは今も、終わりに向かって進んでいる。 だから私たちは、何時までも悲しんでいるわけにはいかないの」
「でも、私・・・」
「なに? お兄ちゃんの後を追いたいとか思ってる?」


春菜が尋ねると、琴美は土の中で眠る修平の方へ目を向けた。

そして見る間に、抜け殻のようになっていく。


「・・・・・・」
「・・・呆れた」
「・・・・・・」
「じゃあお兄ちゃんは、何のために死んだの?」
「・・・・・・」
「お兄ちゃんは、私と琴美をかばって撃たれたのよ?」
「・・・・・・」
「そ、別にいいわ。 お兄ちゃんが死んでしまった以上、私のクリアを妨げるものは何もないわ。 どうせ多くのプレイヤーを殺す事になるだろうから、ついでに琴美のクリア条件も私が達成しておいてあげる」
「・・・・・・」
「じゃあね、琴美。 あなたは中央管理施設の地下にでも隠れてて。 あそこなら、そう簡単には見つからないはずだから」


春菜は冷たくそう言って、琴美に背を向けた。

だが、春菜が歩き去ろうとした――その時。


「・・・待って・・・っ・・・」


背後からかけられた琴美の声に、春菜は応じるべきか逡巡した。

このまま一緒にいると、春菜まで悲しみに押し潰されてしまいそうだったから――。

だが結局は立ち止まり、後ろを振り向いてしまう。


「なに、琴美?」
「・・・・・・私も、春菜ちゃんと一緒に行く・・・。 だから・・・」


そう言って、琴美が手の平を向けてくる。


「琴美・・・?」
「大丈夫・・・修ちゃんの銃で、死んだりなんかしないから・・・」
「・・・わかった。 琴美、信じるわよ?」
「うん・・・」


春菜の頷きを見届けて、春菜は銃を差し出した。

そのとき強い秋風が吹き、森がざわめきに包まれる。

だが、それも直に止み――

銃は、琴美の手の中に収まっていた。


・・・・・・。

 


・・・。

 

水が流れの中で互いにぶつかり合う音が、周囲には満ちていた。

秋にしては薄着の黒河正規にとっては、川辺はやや肌寒さを感じる場所だったが、といって動きが鈍るほどじゃない。

普段であればストレスにしかならない砂利の足場も、今に限って言えばむしろ好ましい。


「・・・さて黒河、そろそろ特訓を始めましょうか?」


その声に後ろを振り向くと、墨色の髪をしたガキは、すでに両腕をだらりと下げ、全身を脱力させている。

隙があるように見えなくもないが、その姿勢が持つ危険性を、黒河はもう嫌というほど理解していた。

 

f:id:Sleni-Rale:20200704163442j:plain

 

「・・・おいクソガキ、その前に1つ聞かせろ」
「なんですか?」
「てめぇのクリア条件はなんだ?」
「むっ・・・どうして私が、黒河にそんな事を話さなければならないのですか?」
「オイオイまさかてめぇ、まだPDAの使い方がわからねぇっつーんじゃねぇだろうな?」
「ふっ、愚かな。 私はすでに、この『てくのろじー』を攻略しています」
「ハッ。 なら、証拠を見せてみろよ?」
「いいでしょう。 耳の穴をかっぽじってよく聞きなさい。 私のクリア条件は『JOKERのPDAの破壊』です。 それ以上でも以下でもありません」
「けっ。 んなもんに、以上も以下もあるかっつーんだよ。 だが、『JOKERのPDAの破壊』とはな――クハハハハッ、こいつはいいぜぇ」
「っ? 何がおかしいのです? その理由如何では、ただでは済ませませんよ」
「っせぇなバカ。 別にてめぇの事を笑ったわけじゃねーよ。 俺はそいつの持ち主を知ってんだよ。 ずいぶんとまぁ、チョロイ相手だと思ってな」
「ほう、それは誰なんですか?」
「知りてぇか?」
「はい。 知りたいです」
「ダメだ。 ただじゃ教えねぇ」
「っ・・・やはり黒河は、私の身体が目的だったのですね。 なんと汚らわしい」
「ああ!? てめぇは、何ですぐそーなるんだよ!? まな板には興味ねぇっつってんのが、わかんねーのかコノ野郎ォ!?」
「むっ・・・」
「俺が言いてぇのはな、交換条件があるって事だ」
「交換条件?」
「俺のクリア条件『クリア条件を満たしたプレイヤーのPDAを4台以上所持する』だ。 だから、クリア対象を教える代わりに、てめぇは俺の奴隷として働いてもらう」
「お断りします。 私が黒河のような弱い人間に、従う意味がわかりません」
「なっ、てめぇ・・・! じゃあてめぇは、俺がてめぇをブチのめす事ができたら、俺に従うっつーんだな?」
「ええ。 万が一にも黒河が私に勝つ事ができるのなら、その時は黒河の言う通りにしましょう」


それを聞き、黒河は口角を引き上げた。

とっさの思いつきではあったが、この状況はなかなか悪くない。

黒河が再び、靴底の砂利の感触を意識した――その時。


「・・・しかし黒河も、相変わらず浅はかな男ですね」
「あ?」
「こんな風に足場の悪い場所に誘い込めば、私に勝てるとでも思ったのですか?」
「・・・!」
「・・・図星、ですか」
「っ・・・」
「だから前にも言ったではありませんか? あなたは負けることを恐れすぎているのだと。 そして精神力が弱いから、こんな小賢しい手に頼ろうとするのです」
「て、てんめぇ・・・!」
「残念ですが、蒔岡流剣術は全状況対応型の実戦剣術です。 この程度の事では、私の優位は揺るぎません。 さあ、来なさい黒河。 強さなき力が如何に無力なものであるか、身をもって思い知らせてあげます」
「――じょ、上等だコノ野郎ォおおおおぉおおっ!」


目論見を看破されていようと関係ない。

黒河は砂利を蹴散らしながら、玲を目掛けて突進した。

対するガキが、いつもの自然体で身構える。

そして2人の間にあった距離が、一気に縮まった時――


――『あ、いたいた! いましたよ、真島さん!』

 

「あ?」


場にそぐわない能天気な声を聞き、黒河の体が急停止する。


そして声がした方向に目を向けると、河原脇に並ぶ木々の間に、その人物の姿があった。


「ああっ!? 真島だぁっ!?――てんめぇえっ、ここに何しに来やがった!?」

 

f:id:Sleni-Rale:20200704163456j:plain



「・・・・・・」

「何しに来やがったって聞いてんだろうがよぉっ!?」

「・・・・・・」

「ほら真島さん、ちゃんと言わないと」

「あぁああっ!?」

「・・・・・・黒河、俺と勝負しろ」

「は、はぁっ?」

「『下さい』が抜けてますよ、真島さん」

「っ・・・・・・黒河、俺と勝負して・・・下さい」

「はぁあああああっ!? っんだてめぇ? 脳にウジでもわいたのか?」


するとガキが、横から真島に応対する。


「お断りします」

「あっ――おいクソてめぇ、なに勝手に答えてやがんだ?」

「ですが黒河、今のあなたでは絶対にあの男に勝てませんよ?」

「っるせえんだよ、クソガキが! おい真島、やってやるよ。 ただし、俺が勝ったらてめぇは殺す。 それでいいな?」

「なっ、なに言ってるんですか!? そんなの、ダメに決まってるじゃないですか!」

「ああ!? んだてめぇは、さっきからよぉ!?」

「ひ、ひぃっ・・・」

「で? どうなんだ、真島サンよ?」

「・・・ああ、好きにしろ」

「フッ、ククククククッ、おいおい、お前マジでどういうつもりだ? わざわざてめぇから、勝負を持ちかけてくるなんてよ?」

「それは・・・俺にもよくわからん。 この口うるさい女と行動している内に、どうしてかお前ともう一度戦っておきたくなってな」

「けっ、てめぇも疫病神に取り憑かれた口かよ?」

「黒河、私は疫病神ではありません。 むしろ、勝利の女神ですっ」

「はい! あたしもそれに立候補します!」

「っ・・・」

「っ・・・おい真島、とっとと始めるぞ。 早くしねぇと、バカどものせいで気分がそがれちまう」

「・・・ああ、そうだな。 こっちから持ちかけておいて悪いが、手加減はしないぞ」

「手加減だぁ!? てめぇそんなクソ舐めた真似しやがったら、マジでぶっ殺すぞコラァ!」

「ふっ、面白い男だ」


その余裕のある笑みを目にした瞬間――

黒河の脳内で、アドレナリンが一気に分泌された。


「なに・・・笑ってんだコラァ・・・! てめぇが笑っていいのはっ、あの世に行った時だけだコノ野郎ぉおおおおおおおおっ!」


砂利を蹴散らしながら突進し、そのまま拳を振り下ろす。

だがその瞬間に、真島は視界から消えていた。


「っ!」


――来るっ!?


それだけを理解し、また一撃で意識を飛ばされないように奥歯を噛み締める。


その直後――


「シッ」


――ッッ


右から放たれた鋭いジャブに、顔面を後ろへ跳ね飛ばされる。

だが、何とか倒れずにたたらを踏むと――


「ハッ!」


――ッッ


――ッッッ


「ぶえっ、がはっ、ぐっ――っの野郎があああああっ!」


痛みを堪えながら、とにかく腕を振り回す。

だが拳は空を切り、真島はステップバックを使い、黒河から距離を取っていた。

遅れて、右頬、腹、左頬、右脇腹の順に熱を持ち始める。

黒河はそのコンビネーションを、1つも視認できていなかった。


「黒河っ、自分から向かうなど何を考えているのですか! 相手をよく見て、腕の振りはコンパクトにです!」

「っるせぇんだよ、クソガキ!」

「真島さん! 負けちゃだめですからね!」

「ああ、元よりそのつもりだ」


真島が言いながら、懐に潜り込んでくる。

何でもいいから動きを止めようと、黒河の両手が反応する。


だが――


――ッッ


――ッッッ


腹、腹、顎の順番で、重い衝撃が炸裂し――

黒河の両手が真島のいた場所に辿り着いた時には、空気以外につかむものがない。


「シッ! シッ!」


――ッ


――ッッ


「おっ、がっ」


「――フッ!」


――ッッ


ジャブから踏み込んでストレートが、黒河の頭蓋骨に突き刺さる。


「ぐおっ・・・ぉ、おおっ、お・・・!」


真島の猛攻に、黒河は踏み止まるのがやっとだった。

もうすでに、何発もらったのかわからない。

ゲーム初日の時と違い、真島はすでにギアとトップに入れている。

そしてそのスピードは、まるで悪夢のようだった。



「ハァアアアッ!」


――ッッッ


「黒河、下がってはいけません! 気迫で負けては呑まれます! 黒河、精神力です! 精神力!」

「っ・・・」


すでに意識が朦朧とし、もう玲に言葉を返す気力すらない。

あまりに重いパンチを受けすぎて、どこが痛いのかもわからない。


――ち、ちくしょう・・・。


――やっぱ、真島は強ぇぜ・・・。


――このままじゃ、俺はあの時みたいに・・・。


真島にブチのめされたあの日から、黒河はひたすら体を鍛えてきた。

いつの日か、真島にリベンジするために。


――いや、それとも俺は・・・。


――ただ、真島の事が・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20200704163526j:plain



「黒河、何を恐れているのです! 負けるのを恐れていては、本当に負けてしまいますよ!」


恐れている?


俺が?


真島を?


――認めねえっ!


――そんなのは、ゼッテー認めねえッッ!!


「あ、あぁ・・・ああおおおおおおおおおおっ!」


途切れかけていた自分の意識を、雄叫びを上げて呼び戻す。

目の前の真島が、一瞬ひるんだのがわかる。


「っ・・・!」


――ひるんだ?


――なぜだ?


――クッ、ハハハハッ! そうか!


――この野郎ォ、打ち疲れやがったな!


「まっ、じまぁあああああああっ!」


錯覚ではなく、無尽蔵に力が湧いてくる。

それは黒河が、この半年で溜め続けてきた力だった。


「ま、真島さん!」

「くっ――終わらせてやるッッ!!」


それまでコンパクトだった、真島の体が大きく開く。

 

f:id:Sleni-Rale:20200704163538j:plain



渾身の右ストレートが突き出される。

拳が黒河の顔面に迫る。

だがそれは、その瞬間まで見る事すらかなわなかった拳だった。


――怖かねぇんだよ、んなもんはよぉッッ!!


黒河は小さく息を吸いながら、その拳へ向けて踏み出した。


――!!


額で何かが砕ける音がした。

額で受けた、真島の拳が砕ける音だった。


「ぐあッッ!!」


真島の動きが一瞬止まる。

黒河はそれを見逃しはしなかった。

素早く真島にタックルし、腰に両腕を回す。

あとは、力任せに真島を持ち上げながら――


「――くたばれやあああああああっ!」


そのまま体を背後に反らし、地面に叩きつけていた。


――ッッ


両腕に確かな衝撃が伝わってくる。

直後、真島の体からだらりと力が抜けていた。


「ぶはっ・・・、はぁ・・・はぁ・・・んっ・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」


荒い息をつきながら、真島を横に押し退ける。

いつもスカしていた真島は、完全に失神しているようだった。

だが角度が甘かったのか、胸がかすかに上下しているのがわかる。


「真島さん!? 大丈夫ですか、真島さん!?」

「・・・・・・」


駆けつけて来た女が揺さぶっても、真島は目を覚まさない。

黒河は河原に落ちているソフトボール程度の石を手に持つと、立ち上がって女の体を足蹴にした。


「オラ、どけよ」

「きゃっ。 え・・・? あ、あの・・・そんな物持って、何するつもりなんですか!?」

「何するって、真島を殺すつもりに決まってんじゃねーか? ハナからそういう約束だっただろーが?」

「だ、ダメですよ! もう勝負は付いてるじゃないですか!」

「クッ、カハハハハッ――バカかてめぇ? 勝負が付いたから、だろーがよ。 負けた人間は、勝った人間に何されたって文句は言えねぇ。 それがこの世のルールってもんじゃねーか。 なぁクソガキ、てめぇもそう思うよな?」

「・・・確かに、そういう側面はあるかもしれませんね」

「な? だから勝った俺には、真島を殺す権利があるんだよ」

「違いますっ! そんなの絶対に間違ってますっ!」

「んだてめぇ? これ以上グダグダ言ってやがると、まずはてめぇから頭かち割るぞ、このクソアマがぁ!」

「――い、嫌ですっ!」

「ああぁあっ!? てめぇいい加減にしねぇと――」


女のキンキンした声が気に入らず、黒河は女に石を振り上げた。


だが――

 

f:id:Sleni-Rale:20200704163554j:plain



「あ・・・? てっ・・・てめぇ・・・!」

「――撃ちますよっ! あたし嫌だったけど、撃つ練習は真島さんにさせられてるんですからっ! あたしが撃ったら、黒河さん死んじゃうんですからねっ!」

「こ、この・・・!」


どうせ虚勢だろうと思ったが、安全装置はすでに外されている。


――これだから女って連中は。


ゲーム2日目にも、別の女に殺されかけた事を思い出す。

そして目の前にいる女も、あの時の女と似たような目をしていた。


「は、早くその石を捨てて下さいよぉっ! あたし、本当に撃っちゃいそうなんですからぁっ!」

「っのヤロォ・・・!」


だが女の指は、すでに引き金にかかっていた。

パンパンに張り詰めた風船のように、ほんのちょっと刺激を与えただけで、恐らく簡単に弾けるだろう。


――くそっ! なんで俺がこんなクソアマにっ!


「っ・・・!」

「・・・黒河、ここはあなたの負けですね」

「ああっ!? 何言ってくれてんだ、このクソガキがっ!?」

「では勝てるのですか? そんな浅漬けぐらいしか作れなさそうな石コロで。 相手は機関銃なのですよ?」

「っ・・・」

「はぁ・・・まったく少しは見直そうかと思っていたのに、やっぱり黒河は愚かですね」

「んだとぉ・・・!?」

「力なんですよね? 黒河が信じているものは。 そして、力さえあれば何をしても構わないと、黒河は昨日言いました。 ならば黒河は、力を持った彼女に従うべきです。 それがあなたの信じている、世界の姿ではないのですか?」

「っ・・・・・・そうかよ。 そういやてめぇは、最初から俺の敵だったよな? ハッ、くだらねえ。 つまりてめぇも、俺を見下そうとする連中の1人ってわけだ? なあオイ?」

「・・・・・・いえ、それは違います」

「あ?」

「私は、あなたの敵でも奴隷でもありません。 ましてクソガキでも、まな板でも、チンチクリンでもありません。 私は蒔岡玲です。 それ以上でも以下でもありません」

「っ・・・」


なぜか怒ったように言う玲に、黒河は言葉を失くした。

そして全身から、ゆるゆると力が抜けていく。

石を握り締めた手が、ゆっくりと下がっていく。

そして全てがアホらしくなり、黒河はぽつりと呟いた。


「けっ・・・チンチクリンは、俺の言葉じゃねぇっつーんだよ・・・」


そうして黒河は、手にした石を川に捨てた。


・・・・・・。

 

・・・。

 


――そんなのは本当の強さじゃないよ。


姉が真島章則の頬を叩いてそう言ったのは、真島が小さな果物ナイフを手に、家を飛び出して行こうとした日の事だった。

弱い自分が許せなくなったあの日、真島は安易な力を求めたのだ。

恐らくだが、もしあの時姉が止めてくれていなければ、真島がボクシングに出会う事はなかっただろう。

安易な力がダメだと言うのなら――。

真島がボクシングを始めた理由は、そんな単純なものだった。

そんな気持ちを見抜いていたのか、姉は当初、真島がボクシングを習うことにも反対していた。

でもいつの頃からか、真島を応援してくれるようになっていた。

姉がどうして心変わりをしたのか、真島はその理由を知らない。

そして姉はそれを語る事なく、この世に別れを告げてしまった。

でも、今ならほんの少しだけ――


「――・・・ぅ、・・・」

 

f:id:Sleni-Rale:20200704163633j:plain



後頭部に鈍痛を覚えながら、真島はうっすらと目を開けた。

すると目の前に、目に涙を浮かべた女がいる。


「真島さんっ! 良かった、気がついたんですねっ!」
「・・・荻原・・・?」


どうやら真島は、川原に倒れているらしかった。

結衣の向こう側には玲と、冷めた目をした黒河がいる。


「俺は・・・そうか、負けたのか・・・」


右拳に視線を向けると、赤々と腫れあがり、小刻みに震えている。

指を内側に動かそうとしただけで、電流のような痛みが走る。


「ッ・・・!」

「真島さん!?」

「あ、ああ・・・大丈夫だ・・・しかし、どうして俺は生きているんだ・・・? 黒河、どうしてお前は・・・?」

 

f:id:Sleni-Rale:20200704163659j:plain

 

「ちっ、こっち見んじゃねぇぞコラ」

「・・・?」

「真島、結衣に感謝するのです。 彼女がいなければ、あなたは本当に黒河に殺されているところでした。 ですが彼女が、身を呈してあなたを守ったのです」

「荻原が・・・?」


すると結衣が、泣きながらすがりついて来る。


「ごめんな、真島さん・・・あたしが黒河さんと向き合えばなんて、勝手なこと言ったせいで・・・。 あたし・・・あたし、こんな事になるだなんて思ってなくて・・・」

「・・・いいんだ、荻原。 いいんだ」

「でもぉ・・・でもぉ・・・」


真島は無事な左手で、泣きじゃくる結衣の背中を優しく撫でた。


「・・・けっ、胸クソわりぃぜ。 真島てめぇ、いったい何がイイっつーんだよ? てめぇは俺に負けたんだぞ? ちっとは悔しいとか思わねぇのか、ああ?」

「悔しいか・・・確かにな」

「だからよぉ、その顔の、どこが悔しそうだっつーんだよ!?」

「黒河・・・俺はわかったんだ」

「ああ?」

「俺がボクシングを始めたのは、力が欲しかったからじゃない。 ただ、強くなりたかったからなんだ。 そしてこの拳は、誰かを傷つけるためのモノではなかったんだ」

「はあぁあ!? てめぇ、強く頭打ちすぎてマジでおかしくなっちまったんじゃねーだろうな!? 人のことを散々サンドバッグにしておいて、そりゃあねぇだろうが真島サンよぉ!? それだけじゃねぇぞ、この! 俺はあの時てめぇが絡んでこなきゃなあ、もっと楽に稼ぐ事ができたんだ! なのにてめぇのせいで、舐められるわ、裏切られるわ・・・連中をブチのめすのに、どれだけ苦労したと思ってやがんだ!?」

「でもそれって、黒河さんに人望がなかったせいじゃ・・・?」

「そうですね。 結衣の言う通りです」

「ああ!? っんだとコラァ!?」

「ひっ」

「黒河、うるさいです。 意趣返しはもう済んだのですから、過去の事は良いではありませんか? 真島も、素直に敗北は認めますね?」


玲の問いを受け、真島はもう一度拳を見つけた。

真島はあの時黒河の気迫に押され、黒河を殺しても構わないという気持ちで、その拳を放ってしまったのだ。


「ああ・・・ボクサーが、拳を砕かれてしまってはな」

「あぁああ!? 拳ぐらいでなんだっつーんだよ!? その程度で、俺の気が収まるとでも――」

「だから、うるさいと言っています」


そう言って玲が音もなく動き、黒河の腕をひどくねじる。


「ぐ、おっ・・・玲、てめぇコノ・・・っ!――いぎッッ!!」

「うわぁー、痛そうですね・・・?」

「良いのです。 黒河は丈夫にできていますから。 このくらいはなんとも」

「おがっッッ!!」


「・・・さて、とりあえずこれで黒河と真島の遺恨は解消されたわけですが、あなたたちに2つほど質問をしてもよいでしょうか?」

「質問、ですか・・・?」

「どんな事だ?」

「1つは『JOKER』のPDAについて。 もう1つは『リピーター』についてです。 この2つに、聞き覚えはありますか?」

「『JOKER』に、『リピーター』・・・?」

「いや、どちらも聞いた事がないな」

「そうですか・・・」

「なんだ? もしかして、それが玲のクリア条件に関係しているのか?」

「はい。 『リピーター』については別ですが、『JOKER』についてはそうです。 黒河はその持ち主について知っているようなのですが、なにぶん口を割ろうとしないものなので、こうして――苦労しています」

「あッッ!!」

「おい、そろそろ折れるんじゃないのか?」

「大丈夫です。 これでも手加減はしています。 それによしんば折れたとしても、もう1本あるから平気です」

「そうか、ならいいのだが」

「あ、あはははっ・・・全然良くはないと思いますけど・・・。 ――あの、ところで玲ちゃん?」

「なんでしょうか?」

「ちなみに、黒河さんのクリア条件って知ってますか?」
「知っていますが、それを聞いてどうするのですか?」

「いや、だってほらー、黒河さんと真島さんって、もう争う理由はなくなったんですよね?」

「ええ、理論上は」

「だったら、もしクリア条件が競合してなかったらですけど、あたしたち、これからみんなで協力しませんか?」

「・・・!」

「良いのですか? 真島が変な顔をしていますが?」

「ええっ!? もしかしてダメでしたっ!?」

「いや、ダメというわけではないが・・・」


気になるのは、黒河の反応だが――

今は苦痛に悶えているため、よくわからない。


「・・・・・・」

「もー、なに気にしてるんですか? 黒河さんの事なら大丈夫ですよ。 玲ちゃんがいれば、きっと安心ですってば。 ねっ、玲ちゃん!」

「はい。 黒河の扱いには慣れていますから――ねっ」

「ッ!」

「ちなみに、黒河のクリア条件は『クリア条件を満たしたプレイヤーのPDAを4台以上所持する』です」

「あっ、てめ――」

「うるさいです」

「ッッ!!」

「・・・!」


――疫病神。


真島はふと、黒河が玲のことをそう呼んでいた事を思い出した。

そして不意に、正体不明のおかしみが腹の底から込み上げて来る。


「ふっ、なんだこの状況は」


あの黒河を仲間に引き入れる――。

そんな馬鹿下駄発想は、真島にはとてもできないものだった。


「荻原・・・」

「はい? なんですか?」

「俺にはもう、お前が良いのか悪いのか判断できん」

「へ・・・?」

「だから、お前の好きなようにしろ」

「い、いいんですか?」

「ああ」

「本当の本当ですか?」

「ああ、本当だ」


真島の返答を聞き、結衣がにっこりと笑う。

真島はその笑顔を見つめながら、砕けた拳の痛みを忘れていた。


だが、その刹那――


――!!


「ッッ!!」


空気をつんざくドラムのような音と共に、結衣の体が痙攣する。

同時に彼女の周りにだけ、無数の黄色い火花が散っていた。


「――荻原っ!?」

「っ!?」

「ッ!?」


「・・・え?」


結衣自身が一番状況を理解できていないというように、そっと自分の胸に目を向ける。

数発の弾丸が、そこにめり込んでいる。


「あっ・・・なに・・・こ、れ・・・――」


「――荻原ぁッッ!!」


最後まで不思議そうにしながら崩れ落ちた結衣の下へ、真島は慌てて駆け寄ろうとした。

だが――その刹那にも、さっきと同じ音が鳴り響く。


――!!


「ぐあっ!」


――!!


「くっ!」


――!!


「がっ!」


真島が右大腿と脇腹に熱い痛みを感じたのとほぼ同時に、黒河と玲からも苦痛の呻き声が上がる。

見ると黒河は脇腹と腕に、玲も体の数箇所に、それぞれ銃弾を浴びていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20200704163721j:plain



そして森の中から、川原に2つの人影が現れる。


「さすがに3人を同時に狙うのは、僕じゃ無理だったみたいだね」

「いいえ、あれだけ手傷を負わせる事ができれば十分です。 向こうの第一戦力も、沈黙できている事ですし」

「そうだね。 あとは焦らずに、1人ずつ潰していこうか?」

「はい。 ご主人様のご命令の通りに」


メイドが手にしたチェーンソーに火を入れる。

そのメイドに『ご主人様』と呼ばれた男も、全弾を撃ち尽くして白煙をあげる拳銃に、新たな弾倉を装填する。


そうしてこちらに前進する、2人の足並みは揃っていた。


「あ・・・あの2人は・・・!」

「知っているのか?」

「はい。 少年の方はともかく、あのメイドは恐ろしい相手です」

「ああ!? 危ねぇのはどう考えたって、銃を持ってる小僧の方だろーがよ!?」

「それは・・・やればわかります」


玲の実力は間違いなく、真島や黒河よりも上だ。

彼女の緊迫した呼気を肌で感じ、真島の背筋が冷たくなる。

メイドと男の態度を見る限り、戦闘を避けるのは不可能だろう。

右大腿と脇腹の傷は、かすり傷と言っていい。

だが黒河に砕かれた右拳が、やけに重く感じられた。


「おい真島、なにボケッと突っ立ってんだ!? てめぇはあの小僧の的になりてぇのかよ!? それと玲、てめぇはあの銃を俺に返しやがれ! 俺みたいな素人に、丸腰で戦えっつーのかよ!」

「・・・仕方ありませんね」


そう言って玲が差し出したリボルバーを、黒河がすぐにひったくる。

 

f:id:Sleni-Rale:20200704163738j:plain



「カハハッ、久しぶりにずしっ来るぜぇ――オラ真島ぁっ、ボケっとすんなっつっただろーが!? てめぇはあそこでくたばってる、女の銃を早く取りに行きやがれ!」

「っ・・・」


砂利の上に倒れた結衣――。

軽機関銃のベルトは、まだ彼女の首にかかったままだ。


「てめぇ、早く行けっつーんだよ!」

「・・・わかっている」


「いや、させるわけないでしょ?」


――!!


「おわっ!」

「っ!?」

「てんめぇ、調子コイてんじゃねぇぞこの野郎ぉおおおおっ!」


――!!!

 

f:id:Sleni-Rale:20200704163756j:plain



「――ハァッ!」


「あ・・・?」

「・・・司様、あの方から殺して良いでしょうか?」

「そうだね。 1人だけ銃を持ってるし」

「オ、オイオイ・・・冗談じゃねぇぞ!? あの女、あんなクソ重たそうなもんで弾丸を防ぎやがったぞ!?」

「っ・・・!」

「だから言ったのです。 やればわかると」

「あの女は何者なんだ?」

「わかりません。 ですが――」


玲はそこで言葉を区切り、メイドに鋭い視線を向ける。


「そこのメイド! あなたに1つ質問があります!」

「・・・・・・」

「その強さ――あなたはリピーターですね?」

「・・・・・・」

「答えないという事は、肯定と受け取りますよ?」

「・・・・・・」

「くっ・・・。 答えて下さい。 あなたは1年前に、『蒔岡彰』という名前のプレイヤーを殺しましたか?」

「・・・・・・」


「瞳、いいよ? 彼女に答えてあげても」

「いえ、私は殺した相手の事などいちいち覚えておりませんので。 どちらにしろ、このゲームの敗者になど興味はありません」

「・・・き、貴様ぁ・・・っ!」

「むろん、これから死ぬ彼らの事も私の記憶には残りません。 これから私の中に残るのは、司様との思い出だけです」

「そっか、じゃあ仕方ないね」


「ちっ、マジでイカれた連中だぜ・・・!」

「ああ、別にそれは否定しないよ」


黒河と男が銃口を向け合い、玲がメイドを睨みつける中――

ただ1人真島だけが、別の事に気を取られていた。

だがそれでも戦いの火蓋は、そのとき切って落とされた。


「――うおらああっ!」


――!!!


黒河が、男に弾丸を放ちながら横に走る。

それを合図に、真島と玲も動いていた。


「――フゥッ!」


メイドが銃弾を弾く音を聞きながら、結衣の下へと向かう。


「させないよ」


――!!


「くっ!」


真島は寸前でサイドステップを踏み、その弾道から逃れていた。

弾丸が、空気を焼き焦がしながら鼻先を過ぎる。

死の香りに肌を粟立たせながら、真島は上体を左右に振った。


――!!


風切り音が耳元を過ぎる。

どうやら男は、真島の動きを予測し切れていないようだった。

銃の腕前も、黒河よりも数段劣る。

だが男の顔に焦りの色はない。


――厄介な事だ。


恐らく男は、真島を結衣に近づけさせなければそれで良いと思っているのだろう。

その証拠に残弾数を気にしてか、単発でしか撃ってこない。


――!!


「ッ――!」


今の真島にできるのは、ひたすら男の銃口が他へ向かないようにするために、男の注意を引き続ける事だけだった。

そしてこの局面を打開できるのは、真島ではなく黒河と玲だ。

2人がメイドを制する事ができれば、形勢は逆転する。

だが、真島がそう思った――その矢先。


――!!


「おがぁっ!」

「黒河っ!?――このぉおおおおおおっ!」


「フッ、邪魔ですね」


――!!


「がッッ!!」


「っ!?」


それらの音に戦慄し、とっさに振り向いた真島が目にしたのは――

川原で膝をつく黒河と――

チェーンソーの駆動部で殴られ、凄まじい勢いでこちらに吹き飛ばされてくる、墨色の少女の体だった。


「ぐおっ! くっ・・・!」

「はい。 動かないで」


見ると男が、真島の胸に銃口を向けている。

玲はすでに気を失い、ぐったりとしたまま動かない。

そして黒河の手からは、すでにリボルバーは失われていた。


「司様、この方に止めを刺しても?」

「ああ。 こっちの2人は僕が引き受けるよ」


川原に倒れた真島たち3人を、無傷の男とメイドが冷たく見据える。


――ダメだ。

――やられる。


メイドが黒河に向けてチェーンソーを振り上げる中、男が真島に向けて銃の引き金を引き絞る。

その時、真島は死を覚悟した。

銃口から放たれた弾丸が、自分の胸を貫く光景が目に浮かぶ。

だが、真島の視界の端で誰かが起き上がり――

 

f:id:Sleni-Rale:20200704163819j:plain



「やめてええええええええっ!」


――!!!


結衣が泣き叫びながら引き金を引いたスコーピオンから、超高速の弾丸が、横殴りの五月雨となって吐き出される。

――!!!


ばらついたその雨が、近距離にいた男の体をかすって通り抜け、ほとんどの弾丸が川原に着弾し、石を砕き、火花を上げる。

 

f:id:Sleni-Rale:20200704163831j:plain



「うっ・・・、く・・・どう・・・して・・・?」


「つ、司様ぁあああっ!?」


倒れた男の脇腹と肩から流れ出した血が、川原をじわりと染めていく。

メイドが半狂乱になって、男の下へ走り寄る。

 

f:id:Sleni-Rale:20200704163843j:plain



「おいバカ女! アイツらをしとめろ!」

「・・・!」

「ああ!? 何ボケッとしてやがるんだ!? 撃てって言ってるんだろーが、このタコ!」


だが結衣は、黒河からどんなに罵倒されようと、微動だにしない。

その隙に、女が男を抱えて走り出し――

とても人ひとりを抱えているとは思えない速さで、木々の向こうに姿を消した。


・・・。

 

「・・・・・・」

「ちっ――このバカがっ! なんだっつーんだよ、てめぇはよぉッッ!」

「よせ、黒河」


結衣に詰め寄った黒河を、慌てて間に入って押し留める。

昨日からずっと服の下に着させていた防弾チョッキのお陰で、結衣は一見すると無傷に見えた。

だが結衣は、その目に見る見る涙を溜めていく。


「ま・・・真島さぁん・・・あたし・・・あたしぃ・・・」

「どうした? 撃たれた所が痛むのか?」

「違うんですよぉ、真島さん・・・撃たれた所は痛いけど、そういう事じゃないんですよぉ・・・」

「・・・?」

「あたし、銃なんて撃ちたくなかったのにぃ・・・あんな事、本当はしたくなかったのにぃ・・・。 どうしよう、真島さぁん・・・! あたし・・・あたしぃ、人を撃っちゃいましたぁ・・・! この手で、人を撃っちゃったんですよぉ・・・!」


そう言って、結衣がその場で号泣した。

結衣自身が薬莢を撒き散らした、その場所で。

真島はそんな彼女に、何も答えてやれず――

砕けた右拳を、きつく握り締める事しかできなかった。


・・・・・・。

 

・・・。

 


――川原のほど近くにある草むらの中。


細谷春菜は、その場所から川原で行われた戦いの一部始終を見届け、そしてひっそりと呟いた。

 

f:id:Sleni-Rale:20200704163856j:plain



「両者、痛み分けか・・・そう、都合よくはいかないものね・・・」


ひそかに司とメイドが、琴美のクリア対象である『5』『7』『8』のプレイヤーを、排除してくれる事を望んでいたのだが――


どうやらその3人は、春菜が直接殺さなければならないらしい。


「・・・琴美、移動するわ」


後ろで待っていた琴美に、そう声をかけて歩き出す。

すると無言のまま、琴美もついてくる。

 

f:id:Sleni-Rale:20200704163909j:plain



「・・・・・・」

「・・・・・・」


琴美と言葉を交わしたのは、たぶん修平の銃を彼女に手渡した、あの時が最後になるだろう。

琴美があの時、どうして修平の銃を欲したのか?

春菜は今も、その理由を聞いていない。

そして――沈黙を続ける琴美の胸の内がどうなっているのか、春菜は知りたくないと思っていた。

恐らく知ってしまえば、自分は引き返せなくなるだろう。

だから今は、琴美のクリア条件を達成する事だけを考えていればいい。

春菜はそう自分に言い聞かせながら、琴美からあえて目を逸らしていた。


と、その時――


ふと視線を向けた木々の向こうから、誰かの話し声が聞こえてくる。

 

f:id:Sleni-Rale:20200704163926j:plain



――『初音ちゃん、特殊機能は変更した?』

――『・・・はいです。 ちゃんと大祐のにしたのです。 でも、本当に大丈夫なのですか・・・?』

――『ああ、黒河くんは僕の事をただの臆病者としか見ていなかったからね。 それに今は疲れてるだろうし、きっと油断してくれるはずさ』


「っ・・・!」


初音と充――!

その2人に気付いた瞬間、春菜の中に破滅的な何かが湧き起こる。

だが春菜が行動に移ろうとした――その矢先。


「ッ――!」


気付けば琴美が、2人の声がした方へ駆け出していた。


「っ!?」


声を出すわけにもいかず、慌ててその後を追う。

だが琴美の足音が、彼らにこちらの存在を知らせてしまう。


――『この音って――誰か来る!?』

――『ど、どこからなのですか!?』


――その直後。


琴美が拳銃を構えながら、彼らの前に飛び出していた。

 

f:id:Sleni-Rale:20200704163938j:plain



「っ!?」

「こ、琴美っ!?」

「ッッ――!!」


「――琴美、やめて!」


琴美が初音を殺せば、その時から琴美は、春菜の殺害対象になってしまう。

春菜は琴美を止めるため、森の中を疾駆した。

だが、とても間に合いそうもない。

琴美の指は、すでに引き金にかかっていた。

そして次の瞬間には、銃声が鳴り響くかと思った時――


「っ・・・!」


突如として苦悶の表情を浮かべ、琴美がぴたりと動きを止める。

正体不明の葛藤が、その顔には渦巻いていた。

だが、それに触発されたように――

 

f:id:Sleni-Rale:20200704163953j:plain



「う、あ――あああああああおおおおっ!」


充が雄叫びを上げながら、取り出した銃で琴美を狙う。


――!!


「琴美ッッ!!」


その刹那、春菜は琴美を押し倒す。


間に合った――!

 

f:id:Sleni-Rale:20200704164007j:plain



そう安堵しながらも、春菜はとっさに充へ向けて、クロスボウの引き金を引いた。


――!!

 

f:id:Sleni-Rale:20200704164028j:plain



狙いも付けずに放った矢が、充の左腕に突き刺さる。


「ぎゃっ!」

「――み、充っ!?」

「う、くっ・・・は、初音ちゃん逃げよう・・・!」

「は、はいですっ!」


2人が森の向こうへ逃走する。

その背中にクロスボウを構えてはみたものの、矢を再装填している暇はない。


「くっ・・・!」


2人の背中は、瞬く間に木々の向こうへと消えていた。

と同時に、行き場を失った春菜の感情が――無謀な行動を取った、琴美に向かって爆発する。


「琴美っ! あなたは何を考えて――!? こ・・・琴美・・・!?」

 

f:id:Sleni-Rale:20200704164042j:plain



見ると琴美は、目から涙をこぼしていた。


「あなた・・・いったい・・・?」
「う・・・うぅ・・・わからない・・・わからないよ、私にも・・・」
「・・・?」
「私・・・こんな事、するつもりなかったのに・・・。 本当は、修ちゃんの代わりに春菜ちゃんを守りたいって・・・そう思って、春菜ちゃんについて来たはずなのに・・・なのに・・・うぅ・・・私、怖い・・・。 私・・・今の自分が怖くてたまらないよ、春菜ちゃん・・・」
「琴美・・・!」


その時、春菜は『ああ、ダメだ』と思った。

胸の奥にどうにか押し込めていたモノを、もう抑えられそうにない。


――お兄ちゃん、ごめんなさい・・・。


――私、やっぱり初音が許せない・・・。


――お兄ちゃんを殺すなんて・・・!


――琴美まで、こんなに苦しめるなんて・・・!


その時、春菜の中の何かが砕けた。

そして冷たい感情が、どっと流れ込んで来る。


「・・・・・・わかったわ、琴美・・・」
「え・・・?」
「・・・初音は、私が殺してあげる・・・」
「は・・・春菜、ちゃん・・・?」
「・・・いいのよ、琴美・・・私の手は、もう血で真っ赤に染まっているんだから・・・」


だからあの2人は、私が殺す――。

春菜はクロスボウに矢を装填し、即座に行動を開始した。


・・・・・・。

 

・・・。

 


――『うわああっ! く、来るなああっ!』


絶叫と銃声――。


近くの森から聞こえてきた2度目となるその音を聞き、黒河正規は思わず笑い声を上げていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20200704164100j:plain



「クハハッ、何だよずいぶん派手にやってるじゃねぇか。 5日目ともなると、さすがに煮詰まってきたっつーことかよ――なぁ、おい?」


そう言って3人の方を見る。

だがそこに、黒河が求める表情は1つもなかった。

 

f:id:Sleni-Rale:20200704164110j:plain



「うぅ・・・ひっく、ひっく・・・」

「っ・・・」

「・・・・・・」


「ああ? んだてめぇらは? つーか玲、てめぇまでなにシケた面してんだコラ?」

「それは・・・だってあのメイドは、彰の仇だったのかもしれないのですよ? なのに私は、完膚なきまでに負けてしまいました」

「はあ? だからなんだっつーんだよ? じゃあ一度負けただけで、もう尻尾巻いて逃げるっつーのかよ?」

「・・・・・・」

「ハッ! 大したことねぇなオイ、何とか流ってのもよぉ?」

「・・・蒔岡流、剣術です」

「ッッ・・・だから、その面をやめろっつってんだろーがっ!」


黒河が玲に銃口を向ける。


「く、黒河さん・・・!?」

「黒河・・・!」


「うるせぇ! てめぇらはすっこんでろ! ――オラ玲、どうしたてめぇ? かかって来いよ?」

「・・・・・・撃ちたければ、撃ちなさい」

「あ?」

「今の私にはもう、黒河に教えられる事は何もありません」

「っ・・・おいおい、おいオイオイオイオイっ! んだよてめぇは、さんざん偉そうな口叩いたクセしやがって!? 何なんだそのクソくだらねぇザマはよォ!?」

「・・・ですが、あのメイドは化け物です。 今の私では、とても太刀打ちできません」

「アホか! だったら力を持てっつーんだよ! あんな化け物に素手で挑んで、勝てるわきゃねぇだろうが!」

「・・・・・・」

「っ・・・! ――おい真島ァ、それに女もだ! てめぇら俺にクリア条件を教えやがれ!」

「・・・?」

「あの・・・どうして、ですか・・・?」

「ああ!? いいから教えろっつーんだよ!」

「ひぃっ・・・あ、あたしのクリア条件は『未使用のメモリーチップを16個以上破棄する』です・・・」

「真島はッ!」

「・・・『未使用のメモリーチップを10個以上所持し、他プレイヤーの所持数を同数未満にする』だ」

「けっ、つまりどっちもメモリーチップが条件ってわけかよ・・・しかもマジで、俺の条件と競合していやがらねぇとはな。 で? 今のところ何こ持っていやがるんだ?」

「・・・えと、18枚です」

「じゅ、18枚だぁ!? なんでそんなに溜め込んでやがんだよ!? こっちは1枚も持ってねぇってのによ!」

「それは、その・・・あたしの能力が『半径10m以内にある未発見のキューブを表示する』だから・・・」

「んだよそりゃ!? てめぇ、その条件と特殊機能はちょっと楽過ぎるんじゃねぇか!? ああ!?」

「そ・・・そんなこと、あたしに言われてもぉ・・・」

「ちっ、オイ真島、てめぇらの持ってるメモリーチップを何枚か俺によこしやがれ!」

「え・・・? まさか、こんな時にカツアゲ・・・?」

「黒河、貴様という男はこの期に及んで――」

「ちげーよバカ! あのメイドをぶっ殺すのに必要なもんを、4人分そろえるんだよ!」

「4人分、だと・・・?」

「え? それって、もしかして――」


――真島と女が、『まさか』という顔をする。


そうだろう。

黒河自身ももちろん、望むところではなかったが――


「ああ。 仕方ねぇから、しばらくてめぇらと手を組んでやる」

「っ・・・!?」


意を決して発した言葉に、真島たちが目を見開いた。


「本当ですか? さっきはあんな不満そうだったのに?」

「良いも悪いもありません・・・どちらにしろ黒河のクリア条件は、2人と組んだ方が良いのですから・・・」

「うっせーぞ、玲! てめぇは気持ち悪ぃから、そんな口調で喋るんじゃねぇ!」

「・・・・・・」

「ったく――おい真島、てめぇも文句はねぇだろうな?」

「そうだな。 荻原が、今もそれを望んでいるならな」

「え? あたしですか? あたしはもちろん、協力できるならしたいですけど・・・」

「・・・わかった。 ならば俺もそれに従おう」

「ちっ、やっぱてめぇは気に入らねぇぜ。 てめぇの意見はねぇのかよ? まぁいい。 とりあえずてめぇとは、あのメイドをぶっ殺すまでは休戦だ。 いいな?」

「ああ、わかった」

「それと玲、てめぇは今から俺の奴隷だ。 文句はねぇな?」

「・・・・・・」

「このっ・・・!」


逃げるように目を伏せた玲を見て、黒河の頭にカッと血が上る。

だが今の玲に、何を言ったところで無駄だろう。


「――行くぞオラッッ!」


黒河はそう言うと、さっさとその場に背を向けた。

『JOKERのPDAの破壊』と『未使用のメモリーチップを16個以上破壊する』――。


その2つは、恐らく順当にクリアさせる事ができるだろう。

 

つまり黒河がクリアに必要なPDAは、あと2つ――。

 

黒河は当然のように、自分と一緒にクリアする4人のプレイヤーの中に、真島を含めてはいなかった。


・・・。