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シークレットゲーム -KILLER QUEEN-【3】


・・・。

 

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「咲実さん、この部屋へ入って」
「はいっ」


総一は咲実を小さな部屋に押し込むと、自分は通路に残ってあたりをきょろきょろと見回し始める。


―――誰も追って来ていない、か?


郷田を振りきれたかどうか。

手塚が追って来てはいないか。

それを確認しないうちは呑気に休むわけにはいかないのだ。


「御剣さん」


咲実が部屋の中から総一に呼びかける。

彼女は総一を、とりわけ左の上腕に刺さったままになっているクロスボウの矢を気にしていた。

当たり場所が良かったのか出血は多くなかったものの、まだ止まっていなかった。

彼の制服のその部分は赤く染まり、次第にその染みは広がっていた。


「ごめん咲実さん、少し静かにしていてくれるかい?」


だが総一はそんな彼女に耳を貸さず、慎重に今来た道を戻っていく。

そして角から通路の奥を覗き込むと、総一は小走りに部屋まで戻った。


「大丈夫みたいだ。 誰も追って来てないよ」


「御剣さんっ!」


少しだけ安堵の表情を見せていた総一。

そんな彼に咲実は少しだけ頬を膨らませると、怪我をしていない総一の右手を取った。


「咲実さん?」
「早く! こっちに来てください!」


そして彼女は部屋の中へ総一を引っ張り込んだ。

 

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「そこに座ってください、御剣さん」
「あ、ああ」


咲実は総一を部屋にあった木箱に座らせると、彼の左側に回り込んだ。

 

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「………痛みますか?」


刺さったままの矢を前に一瞬だけたじろいだ彼女だったが、すぐに気を取り直して総一の顔を見た。


「さっきまでは痛かったけど、今は熱い感じがするよ」
「手当てをしたいので矢を抜いて良いですか?」


そして彼女は両手で持った小さな救急箱を総一に示す。


「それはいいけど………。 救急箱なんてどうしたの?」
「今御剣さんが座ってる箱の中で見つけました。 他にもいろいろ入っていましたけど、とりあえず手当てをしたくてこれだけ出しました」
「この箱に?」


総一は思わず腰を上げかけたのだが、


「御剣さんっ!」
「………ハイ」


咲実の剣幕に再び箱に腰をおろした。


「お願いですから、手当てをさせてください」


彼女は真剣だった。

その大真面目な瞳を覗き込んでしまった総一は体の力を抜いた。


「お願いします、咲実さん」
「はい」


するとようやく彼女は小さく笑顔を見せた。


「抜きますよ?」
「ひと思いにやって」


咲実の左右の手が、それぞれ矢と左上腕に伸びる。


「つ」


咲実がそれらに触れるとかすかな痛みが走り、総一は小さく顔をしかめた。


「ちょっとだけ我慢してて下さいね」
「ああ」


そして咲実は一度深呼吸してから思い切り矢を引き抜いた。


――ッッ


「いっ、いててててっ!!」


幸い矢は一度で引き抜かれたものの、引き抜く時の激痛に総一は身体を折り曲げた。

そして傷口を服の上からぎゅっと押える。


「御剣さん、御剣さんっ!」


咲実がしゃがみ込み、下側から総一の顔を覗き込む。

心配そうな瞳が総一を見上げていた。


「だ、だい、大丈夫」


いつまでも彼女にそんな顔をさせていたくなかった総一は、痛みをこらえて顔を上げた。

強かった痛みも徐々に引き始め、我慢できないほどではなくなってきていた。


「服、脱げますか?」


立ち上がった咲実は総一の左上腕に触れる。

手当てをするには服を何とかしなければならなかった。


「ああ、多分」


総一は傷を刺激しないようにゆっくりと制服に手をかけた。



咲実に手を貸してもらって上着とシャツを脱ぎ、Tシャツ1枚になった総一。

そのTシャツの左側の袖の部分は真っ赤に染まっていた。

ちょうどTシャツの袖の部分のあたりに傷口があった。


「消毒します。 痛みますから我慢して下さいね?」
「うん」


咲実は総一のTシャツの袖をまくりあげると、救急箱の中から消毒薬を取り出した。

改めて救急箱を見ると中身は色鮮やかで、埃をかぶってすすけた印象の強いこの建物の中では異彩を放っていた。


―――これだけ新しい。


わざわざ置いたっていうのか?

総一には不可解だった。

戦うように強いておきながら、救急箱を用意して多少延命もする。

総一には矛盾があるように思えてならなかった。


―――こんな事をして、いったい何の意味があるっていうんだ?


「いてっ」


消毒薬が吹き付けられ、総一の考え事が中断する。


「じっとして下さい、さっきよりは痛くない筈です」
「そんな事言ったって痛いもんは痛いんだよ、もう………」


とっさの事だったので、無意識にその名前が出そうになる。


「え?」
「あ、いや。 痛いものは痛いんだよ。 さっきとは痛さの種類が違うしさ」


総一はそう言い直した。


「子供みたいなこと言わないでください、御剣さん」


咲実はその事には特に注意を払った様子もなく、苦笑しつつ手当てを続けていた。


「これでいいかな?」


包帯を巻き終わると、咲実はそれを包帯の固定用の小さなゴムと金属で出来たフックで止めた。


「痛むでしょうけど、少し動かしてみてください御剣さん」
「分かった」


言われて総一は左手をゆっくりと動かした。

傷口が軽くひきつるような感覚とそれに伴う痛みがあったものの、問題になるほどではない。

包帯もずれたりはしないようだ。

 

 

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「大丈夫みたいだ。 ありがとう、咲実さん」
「いいえ。 このくらいお安いご用です。 ふふ、やっとお役に立てましたね?」


救急箱を閉じた咲実は嬉しそうに目を細める。

 


「そんな事気にしなくていいのに」


総一も笑う。

咲実はずっと何もできずにいた事を気にしていたようだ。

だが総一にとって、咲実がそうしてそこにいるというのは、それだけで特別な意味があった。


「咲実さんがいてくれるおかげで、ずいぶん助かってるんだから」
「本当ですか? ………例えばどんな?」


咲実は少し不安げに総一を見上げる。

総一が気を遣ってそう言ってくれているのではないかと考えていたのだ。


「そうだねぇ」


総一は一瞬だけ答えに詰まる。

だがすぐに誤解のない言い方を思いつく。


「こんなとこにさ、1人は困るんだよ咲実さん。 怖いもん1人きりじゃ」
「怖い?」
「そ。 1人じゃ心細いしさ、しゃべる相手もなしに3日もこんな所に入れられたら頭がどうかしてしまいそうだよ」


するとほんの少しだけ咲実の表情が弛む。


「その点咲実さんがいてくれると助かるんだ」
「御剣さん………」
「今だってそうだよ。 ひとりきりで怪我して走りまわってクタクタになってここにいる自分を想像したら恐ろしくなるんだ。 俺はその時、どんな顔をしているのかってさ」


言われて咲実も考えた。

もし1人きりでここにいたら。

郷田と手塚に追われ、あるいは怪我もしていたら。

その時の自分の気持ち。

そしてその表情。


「だから無理して役に立とうなんて思わないでくれよ咲実さん。 死んだりしないで、最後までそこにいて欲しいんだ」


そして理由はもう1つ。

しかし総一はそれを口に出さなかった。

 

「はいっ、ありがとうございます」


笑顔で頷く咲実。

けれど彼女はその笑顔の裏で、だからこそ総一の役に立ちたいと思うのだった。


・・・。


「なるほど、いろいろ入ってるね」
「はい」


総一は自分が腰かけていた木箱を開け、中を覗き込んでいた。

咲実もその横に立って一緒に覗いている。

一度は木箱の中を覗いていた咲実だが、実は何が入っているのかは良く知らなかった。

総一を治療したくて、分かり易いマークがついていた救急箱を慌てて引っ張り出しただけなのだ。


「お、なんか食べ物が入ってるよ、咲実さん」


箱の中から袋をひとつ取り出してみると、そこには非常用の食糧が詰め込まれていた。

その袋の隣には携帯用のコンロや鍋も見える。


「御剣さん、これ………」


妙に緊張した様子で咲実が総一を呼んだ。


「え?」


顔をあげると、彼女は棒状の何かを総一に差し出した。


「こんなものが入ってました」
「………ナイフかこれ。 それにしてはずいぶん大きいなぁ」


咲実が持っていたのは大型のナイフだった。

そのナイフは鞘に収まっていて、鞘の分を差し引いてもなおその大きさはよく分かった。

菜切り包丁ほどもあるかもしれない。


―――まさか、コンバットナイフってやつか?


総一は咲実からナイフを受け取ると、慎重に鞘から引き抜いた。

すると思った通りの大きさの刃が現れる。

分厚い何かの合金でできたそれには鋭い刃が付けられており、そこに反射して自分の顔が見える。

オイルか何かで虹色に光る刃は鋭く、その鈍い光が不安を掻き立てた。


―――これで戦えっていう事じゃないだろうな?


総一はそんな事を思った。

もしかしたら郷田のクロスボウもこうやって箱に入っていたのかもしれない。


「す、すごいですね」


同じように不安を感じたのか、咲実の喉がゴクリと鳴った。


「ああ、でも助かったよ。 便利そうだし」
「便利?」
「ウン。 ホラ、せっかく非常食があるのに、缶切り無かったら困るなーとか思って」


総一は非常食の袋から顔を覗かせている缶詰を刃先でつついた。


「あはは、御剣さん、最近の缶詰は缶切りなんて要りませんよ」


咲実の表情から緊張が抜け、笑顔が戻った。


「でもさ、料理する時には必要だよ。 包丁とかはいってないもん、コレ」


総一はナイフを鞘に納めると、今度は箱の中を指さした。


「ああ、確かにそうですね」


くすくす


咲実は妙に楽しげだった。


―――仕方ないよな。


あんなクロスボウで追われたばかりなんだし。

総一は咲実の笑顔を見ながら少し安堵した。

咲実が武器を見て不安になる理由は総一にも良く分かる。


「咲実さん、料理は得意?」
「はい。 一通りは」


咲実は笑顔の種類を変える。

ほんの少しだけ自身ありげな雰囲気が覗いていた。


「俺が料理しても良いんだけど、毎回平均点以下になるんだ」
「ふふふ、それなら私がやります」


咲実は箱の中からコンロと鍋を取り出した。


「お願いできる?」
「はい」
「なら、この包丁は咲実さん担当という事で」
「くすくす、はいっ、くすくすくす」


総一は包丁、つまりコンバットナイフを彼女の持つコンロの箱の上に乗せた。

しかし笑い続ける彼女はもうナイフを不安には感じていないようで、笑顔は崩れなかった。

彼女にとってこのナイフは包丁という認識に改まったようだった。


「あれ?」


しかし彼女の笑い声が途切れる。


「どうしたの?」
「御剣さん、あれはなんでしょう? コンロの箱のあったところに、何かがあります」


咲実は言葉通り、箱の中のコンロがあった場所を見つめていた。


「うん?」


総一が箱の中をのぞくと、そこにはマッチ箱程の大きさと厚みのプラスチック製の板が転がっていた。

どうやらコンロがこれの上に乗っかっていたようだ。


「なんだろ」


総一はそれに手を伸ばし拾い上げた。

 

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「軽いな、これ」

 

そして手のひらに乗せてまじまじと眺める。


「何かのパーツか? これ………」


そのプラスチックの板は側面に金属製の端子が覗いていた。


「つーる、ぷれーやー・かうんたー?」
「どうしたの? 咲実さん」
「書いてあるんです。 ホラ」


咲実の細い指先が板の表面をなぞる。


"Tool:Player Counter"


板の表面に黒い角ばった文字でそう刻印されていた。

 

―――プレーヤーカウンター? 何の事だ?


「従兄弟のゲームソフトみたいです」
「あ!」


何気ない咲実の一言に、総一は慌ててPDAを取り出した。

 

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「やっぱりそうか!」


総一がPDAを横に向けると、そこには小さなコネクターがあった。

それは丁度プラスチックの板についているコネクターとはまりそうな形状だった。

PDAの下面のコネクターは首輪と接続するためのもの。

側面のコネクターはこれまで使い道が分からなかったのだが、どうやらこの為のものだったようだ。

総一は何気なくコネクターにはめ込もうとしたのだが、咲未が総一の手を取ってやめさせた。


「御剣さん、そんなもの取り付けちゃって大丈夫でしょうか? あ、あの人みたいになっちゃったりしないでしょうか?」


緊張した面持ちで総一を見つめる咲実。

彼女はこの事がルール違反に当たるのではないかと心配していた。


「うーん………」


そう言われると総一も不安になった。

これはルール上規定されたものなのだろうか?

その時、総一の手の中でPDAが例の電子音を鳴らした。


「うわっ、な、何事だ?」


PDAを取り落としそうになりながらも、総一はPDAの画面を覗き込んだ。

すると『機能』の所が点滅しており、何か項目が追加されたようだった。


「PDAの機能拡張だって?」


新たに追加された項目には、写真入りでマッチ箱の機能が解説されていた。


『このツールボックスをPDAの側面コネクターに接続することで、PDAに新たな機能を持ったソフトウェアを取り込み、カスタマイズすることが可能です。 ソフトウェアを組み込めば他のプレーヤーに対して大きなアドバンテージとなりますが、強力なソフトウェアは起動するとバッテリー消費が早まるように設定されています。 使いすぎてPDAが起動できなくなり、首輪を外せなくなる事がないように注意しましょう。 なお、ひとつのツールボックスでインストール可能なPDAは1台のみです。 どのPDAにインストールするかは慎重に選びましょう』


「どういう事ですか?」
「どうやらこれをPDAに付けると、PDAに新しい機能が追加されるらしい」
「へぇ………これが………」


咲実はピンとこないのか、不思議そうに箱を見つめていた。


「罠って訳でもなさそうだし、試しに俺のに付けてみるよ」
「大丈夫でしょうか?」


咲実はまだ心配そうだった。


「大丈夫大丈夫。 心配し過ぎだって」
「だといいんですが………」


総一も咲実の言いたい事は分からないではない。

しかし説明の書き方を見ると追加のソフトウェアの数は1つではなく、しかもかなり便利なものもあるらしい。

もしそんなものが沢山あるのなら、総一達だけ使わずにいるのは危険かもしれない。


―――郷田さんのクロスボウみたいな事になったら大変だからな。


総一は一方的にクロスボウで攻撃されたような事が再び起こるのではないかと心配していたのだ。


「こうかな?」


カチン


軽い音を立ててプラスチックの箱はPDAに接続された。

すると例の電子音と共に、新たな画面が表示される。


『プレイヤーカウンター 機能:残りの生存者数をトップ画面に追加する。 バッテリー追加消費:極小 インストールしますか? YES/NO』


―――バッテリーはそれほど食わない、か。


それなら特に問題はないな。

総一はYESに触れる。


『インストールしています。 しばらくそのままでお待ちください。 *注意* インストール中はコネクターを外さないで下さい。 故障の原因となります』


その文字の下に、ゆっくりと伸びるバーがあった。

バーには0から100までの数字が刻まれており、どうやらバーが伸びて100の所まで来るとインストールが完了するようだ。


『インストールが完了しました。 ツールボックスをコネクターから外してください』


総一が箱を外すと、PDAは起動ボタンを押してすぐの画面に戻った。


『ゲーム開始より23時間04分経過/残り時間49時間56分 ルール・機能・解除条件


おなじみの項目が並んでいる。


「おっ」


その更に下の部分に新しい項目が追加されていた。


『残りの生存者 12名』


「どうですか?」
「心配ないよ咲実さん。 書いてあった通りだった」


総一の答えに、咲実はあからさまな安堵の表情を見せた。


「それで、何が追加になったんですか?」
「残りの生存者の数だって」


総一は咲実にPDAを見せた。


「12名………。 って事は、まだみんな無事って事ですね」


画面を見た咲実はパッと顔を綻ばせた。


「そうだなね。 みんなうまく郷田さんから逃げられたんだ」

 

総一も同意して笑顔を作る。


『残りの生存者』


それをわざわざカウントする以上、この先はもっとひどい事になる筈だ。

そうでなければこんなものがある意味が無かった。

このソフトは総一達をここに閉じ込めている人間の意図を如実(にょじつ)に表しているのだった。

総一はその事に気付いていたのだが、それを咲実には告げなかった。


「心配したり安心したりしていたら、おなかがすいてきました。 そろそろごはんにしましょう御剣さん」


総一は目の前で輝くその笑顔を崩したくはなかったのだ。


・・・。


食事を終えると、総一と咲実は交代で休憩をとる事にした。

総一は部屋のドアが見える位置に座り、咲実はそんな総一の横で毛布にくるまっていた。

この毛布も木箱の中から見つけ出したものだった。

総一は警報機代わりに部屋にあった段ボールに空き缶などの金属ゴミを詰めてドアの前に置いた。

少しでもドアが開けば、箱が揺れてカラカラと音を立てる仕組みだった。

総一はじっとその段ボールを眺めていたが、音が鳴ったのは別の所からだった。


カサ、パサッ


そこへ目を向けると、ちょうど咲実が寝返りをうったところだった。

向こうを向いて眠っていた筈の彼女がこちらを向いている。

彼女は目覚めているようで、まっすぐに総一を見つめていた。

 

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「眠れないの?」
「なんだか………、今日は色々な事があり過ぎて………」


眠れないと言ってはいても、咲実の声は鼻にかかった甘い声だった。

もう身体の方はほとんど眠ってしまっているのかもしれない。


「そうだねぇ………。 俺も、未だに信じられないよ」


無人の部屋での目覚め。

咲実との出会い。

謎の男の死。

他の人達との出会いと別れ。

敵となっての再会。

襲われて傷を負い。

追い散らされて咲実と2人きりになり、今、ここでこうしている。

今日1日の事を思い出してみても、総一には未だにそれが現実とは思えなかった。

まるで映画でも見ているかのような気分だった。


ズキリ


しかしあの男は本当に死んでいた。

そして腕に負った傷は本物だ。

その事実が物語っている。

いくら信じられなかろうが、これは現実なのだと。


「ふふふ、おかしいなぁ………。 御剣さんとは今日会ったばかりの筈なのに」
「うん………?」
「今日出会ったばかりなのに、どうもそんな気がしなくって。 もっと、そう、ずぅっと前から一緒だったような、そんな気が………」


甘い声でそう囁くと、咲実は幼児のように目を細めた。


「………そうだね」


総一も同感だった。

目の前の少女が初対面の相手とは思えない。

あるいはそれこそが、総一にとって一番現実味のない真実であったかも知れない。


「ねえ、御剣さん。 御剣さんは、どうして私を、守ってくれるんですか?」


咲実の声は途切れ途切れだった。


「さあ、なんでだろうね」


それを口にするのは気がひけた。


「おしえて、くれないんですか?」


その声に混じる、甘えのようなもの。

それは総一の勘違いだろうか?


「………そんな事はないよ。 実は咲実さんに一目惚れしたんだ」


すると咲実は本当に楽しそうな笑顔を作った。

しかしそれもすぐに彼女の眠気の向こうへと消えていく。

彼女はもうすぐにも眠りに落ちるのだろう。


「それが、本当、だったら、嬉しか………」

 

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そして沈黙。


「咲実さん?」
「すぅ、すぅ」


総一の問いにも、帰ってくるのは穏やかな寝息だけ。

咲実は完全に眠りに落ちていた。

 

・・・。

 

「どうして助けてくれるのか、か………」


総一は視線を段ボールへと戻した。


「自分の為だよ、多分」


誰も聞く者の無い部屋の空気に、総一のつぶやきが溶けていく。

そんな総一の小さな声には、何故か後悔が色濃く滲んでいるのだった。


守り切るんだ


今度こそ……

 


・・・・・・。

 


・・・。

 

眠りこけていた総一を叩き起こしたのは、いつもの電子音だった。


「御剣さんっ」


跳ね起きた総一のもとへ見張りをしていた咲実が駆け寄ってくる。

鳴っているのは総一のPDAだけのようで、咲実は自分のPDAを一瞥するとポケットに戻した。


「ああっ」


総一はアラームが鳴り続けている自分のPDAを取り出した。

するとアラームに合わせて画面で何かが点滅していた。


『残りの生存者 11名』


点滅していたのは昨日インストールしたばかりの、生存者の数を表示する部分だった。


「なんだって?!」
「どうしたんですか?」

 

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咲実が顔を寄せてくる。

平和な時なら照れもする距離だが、この時の2人は何も感じていなかった。


「見て咲実さん、残りの人数が11人になってるんだ!」
「ええっ!?」


総一がPDAを咲実に向けると、彼女は総一に頭をくっつけるようにしてPDAを覗き込んだ。


「ちょ、ちょっと待ってください、こ、これってつまり………」


慌てる咲実の表情が自然と硬くなる。


「誰かが、亡くなった、んだろうね」


総一は乾いた喉で一言ずつ確かめるように呟いた。

誰かが死んだ。

最初に死んだあの男を除けば、初めての出来事だ。

そして恐らく誰かが『ゲーム』のルールに従って殺した初めての例になるだろう。

流石に総一にはこの時点で単なるルール違反で死んだとは思えなかった。


―――殺したっていうのか、本当に。


昨日郷田に殺されかけたというのに、総一はそう思わないではいられなかった。

昨日の咲実との会話ではないが、まだ信じられなかったのかもしれない。

しかしそこにドライに表示された11という数字は、奇妙なほどのリアリティを総一に感じさせるのだった。


―――『ゲーム』が始まったんだ。


きっと誰かが俺達を、咲実さんを殺しにくる………。


総一はPDAを見つめて顔を強張らせている咲実に目を向ける。

昨日の夜、総一が見た穏やかな瞳が、やわらかな唇が、優しげな目元が、恐怖と緊張に強張っている。


―――こんな顔をして良い子じゃないんだ、この子は………。


日の光の下で、幸せにならなきゃいけないんだ。

そう出来なかったあいつの―――


「咲実さん」
「えっ」


揺れる瞳がこちらを向く。


「上に登るより先に、首輪を外そう」
「え?」


咲実は戸惑った。

最初の予定では上に登りつつ首輪を外す方法を探すという事だったのだ。


「上に登りながら、みんなで首輪を外すんじゃ?」


全員で協力してそうする筈ではなかったか?


「みんなと確実に合流できるならそうだけど、今は俺達だけだ。 先に出会うのが敵と仲間、どっちになるか分からないんだよ咲実さん!」


総一が心配していたのは、仲間を探して移動しても、先に出会うのが仲間である保証が何処にもないという事だった。

昨日12人だったのが今は11人。

誰かが誰かを殺したのは間違いない。

移動する中で、その誰かと出会ってしまったら?

 

「早く咲実さんの首輪をはずして、どこかに隠れて時間切れを待った方が良い。 これだけ広いんだ、隠れるだけなら簡単だよ」
「咲実さんの首輪って…、御剣さんのはどうするんですか?」
「ああ、俺のは良いんだ。 気にする事はない。 咲実さんの分だけ考えれば良いさ」


総一は首を横に振る。

しかし咲実は引かなかった。


「どうしてですか? 外さなくては殺されてしまうんですよ?」
「咲実さん、俺の首輪は外すのは無理なんだよ」
「無理!? そんなのやってみないと分からないじゃないですか!」


興奮した咲実は総一の服の胸元をつかんで軽く揺すった。

それはこれまでの受身の彼女とは違い、不思議と力強い姿だった。

 

「無理なんだよ咲実さん、ホラ」


総一はPDAに付いているボタンを押した。

このボタンはPDAのオンとオフ両方の用途に使用される。

だから総一がそのボタンを押すと、画面は一度消え、待機画面に戻った。


「え―――」


画面を見た咲実の表情が硬くなる。

そこに表示されていたのはスペードのエース。


「俺には人は殺せない。 だから咲実さん、俺の首輪は外せないんだ」


首輪を外す為の条件はクイーンのPDAの持ち主を殺す事。

だが総一には人は殺せない。

そう出来ない理由がある。

つまり総一には首輪を外す為の方法が最初から存在していなかったのだ。

 

 

「分かったかい、咲実さん。 俺のは良いんだ。 咲実さんのを外して、どこかへ隠れよう」
「………」


咲実は何も答えなかった。

総一のPDAを凝視して、茫然と立ち尽くしていた。


「咲実さん?」


そんな咲実の様子に、総一は問いかけ直した。


「み、御剣さん、あ、あのっ!」


咲実は慌てて何かを言おうとしたが、動転していて言葉にならなかった。


「………良いんだよ咲実さん、俺の事はさ」


総一は咲実が驚いているのをそんな風に解釈した。

総一の首輪を外せないという事を知り、心配してくれているのだと。


「で、でも、あの、だけどっ!」
「どうしようもないよ。 俺には誰も殺せないし、それに誰がどのPDAを持っているかなんて分からないもの。 目的を果たそうとしたら、1人殺すだけじゃ済まないんだよ咲実さん」


誰がどのPDAを持っているのかは分からない。

この状況では訊ねても教えてはもらえないだろう。

特にクイーンの持ち主は教えない筈だ。

仲間にすら誤魔化そうとするかもしれない。

結局、実際に殺してPDAを確認する以外、その人がどのPDAを持っているかなんて分からないのだ。

つまりクイーンの持ち主を探して殺すという事は、クイーンのPDAを見つけるまで出会った全ての人間を皆殺しにするのと同義なのだ。

だがいくら生き残るためとはいえ、総一にはそれは出来ない。

道義的にもそうだし、そして彼自身の都合でもそうだった。


「だから咲実さん、俺の事は忘れてくれていい。 咲実さんの首輪を外そう」
「あ、でも、その………」

「それで咲実さんのPDAって、何番なんだい?」


総一は自分のリュックの中からルールをメモしたノートを引っ張り出した。

咲実のPDAの番号次第では、協力しなければいけない人間も出てくるかもしれない。


「わ、私は、その、私のPDAは………」


この時彼女は総一から目をそらした。

戸惑いと混乱、そして深い悲しみがその顔に張り付いていた。

しかしノートに視線を落としていた総一はその事には気付かなかった。

 

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「よ、4です、私のPDA、ハートの4です」


そして彼女は両目をギュッとつぶるとそう答えたのだった。


「4か。 4ねえ………」


総一はルールの一覧を見ながら考え込む。


―――咲実さんのPDAが4って事は、首輪を外す為には他の人の首輪を3つ集めなければならないのか。

俺のは無理なんだから、どうしてもあと3人の協力が必要、か。

3人に協力して彼らの首輪を外し、彼らから外れた首輪を貰えば咲実さんの首輪を外す事が出来る。


って事は………。


「咲実さん、合流よりも首輪を外すのを優先しようと言っておいてなんだけどさ、やっぱり葉月さん達と合流するのが一番良いみたいだ。 彼らなら信用できるし、きっと首輪が外れたらくれると思うんだ」
「………」
「咲実さん? 聞いてる?」


無言でこっちを見ている咲実に呼びかけると、彼女は驚いて身体を震わせた。


「あ、ご、ごめんなさいっ、もう一回お願いします」


どうやら聞いていなかったらしい。

総一は小さく微笑むともう一度同じ言葉を繰り返した。


「だからね、結局葉月さん達と合流するのを目指さなきゃいけなくなったって話。 残念だけど先に咲実さんの首輪を外すのは無理みたいだから」
「はい、そうですねっ、私もそう思いますっ」
「咲実さん? 大丈夫?」


少し心配になる総一。

先程から彼女の様子がおかしかった。


「大丈夫です、そんなに心配しないで下さい」


―――優しい咲実さんの事だから、また人が死んだ事や、俺のPDAの事を気に病んでくれてるのかもしれないな。

総一はそう考え、この事を深く考えたりはしなかった。


「それで咲実さん、思うんだけど、みんなと合流するなら上の階で待っているのが良いと思うんだ」
「上の階、ですか」


咲実が聞き返してくる。

その調子がいつもの彼女に戻りつつあったので、総一は内心で安堵の息を漏らした。


「そう。 みんなを探す方法ってこれといって無いじゃない?」
「………はい」

 

総一が咲実に首輪を外して隠れようと言ったのは建物が広いからだ。

隠れてしまえばこの建物の広さなら敵も総一達を簡単には見つけられない。

しかしそれは逆に仲間を見つけたい場合にはマイナスに働く事になる。


「だから急いで上の階まで上がって、階段を見張っていれば合流できると思うんだ」


その広さゆえに各フロアを探しながら上へ登るのは難しい。

特に今は仲間がどのフロアにいるのかさえ分からないから、下手をすれば無人のフロアを探す事だってありうるのだ。

だから大急ぎで上のフロアを目指す必要がある。

地図を見る限り各フロアで上にあがる為に使える階段は1つきり。

先回りさえできれば、この方法で合流できる筈だった。


「でも、文香さん達がエレベーターで上がってきてしまったらどうするんですか?」
「そうか。 それもあったね」


総一は少しだけ考える。


「そうだねぇ、どうせ登って行く途中でエレベーターの近くに行くだろうから、その時エレベーターを止めてしまうのはどうかな?」


そして咲実にウィンクする。


「止めるって、壊してしまうんですか? 良いんですか?! そんな事してしまって!!」


咲実は目を見張った。


「多少強引だけど、そうしてしまえば間違いはないよ。 それとも咲実さん、俺と二手に分かれて1人でエレベーターを見張るかい?」
「あ………」
「一緒にいようよ咲実さん。 お互い1人は危ないじゃない?」
「はい、そうですね」


咲実はゆっくりと頷いた。


「ふふ、でもエレベーターにいたずらか。 何年ぶりだろ」
「あは」


笑う総一に、咲実もようやく笑顔を見せる。


―――やっぱり咲実さんは笑ってるのが一番良いや。


総一は胸の中でそう呟くと、しばらく彼女と一緒に笑い続けるのだった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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はじめ長沢が歩いていたのは2階から3階へ上がる為だったのだが、今では別の目的に切り替わっていた。

長沢はこのフロアでナイフを見つけた後は慎重な行動を心がけていた。

彼自身が見つけている以上、他の人間も同じように何かを手に入れている可能性は考えなければならなかった。

先ほど長沢は通路の途中で血痕を発見した。

誰かが怪我をして血を流した事になる。

血痕は通路の上に点々と続いていた。

彼は今、それをたどって歩いていた。

しばらく歩き、長沢は通路の壁際でクロスボウの矢を見つけた。

その傍には布の切れ端や血痕の付着したハンカチも落ちていた。

その様子からすると恐らくここで応急処置をしたに違いない。

そのせいか、ここから先では血の跡は少なくなっていた。

 

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「けど、生きてるのか? こいつは………」


長沢は後ろを振り返る。

ずっと続いていた血痕。

その量は少なくない。

これを全て1人の人間が流したなら、出血だけで死んでいてもおかしくはない。

生きているなら目的も果たせると思って追っていた長沢だったのだが、そこで思わず足を止めてしまっていた。


「………どっちにしろ行った方が良いか」


残りの人数を確認する為にも、死んでいようが生きていようが、確認は必要だった。

長沢は総一が手に入れたソフトウェアは持っていなかったのだ。

その総一と彼が出くわしたのは、丁度そんな時の事だった。


・・・。

 

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「へぇ、御剣の兄ちゃん、まだその人と一緒だったんだ」

「長沢か!」


総一達は角を曲ったところで、床にある何かを調べていた長沢に鉢合わせした。


「足手まといをなんで連れまわしてんのさ? あ、後でその人を殺せば首輪が外れたりする感じ?」


立ち上がった長沢は腕組みをしながら意地悪そうに口の端を持ち上げる。


「何を言ってるんだお前は! そんな訳あるか! こんな馬鹿げた『ゲーム』に乗ってどうする!」

「………でも、死ぬよ・ ふふ、ホラ、手に怪我してるし。 大方その足手まといのせいじゃないの?」


組んでいた腕を崩し、楽しげに総一の左腕の傷を指さす長沢。

お見通しだとでも言いたげだ。


「結局僕―――俺の言った通りになってるじゃんか」


言われて総一は彼が最初に出会った時の別れ際に同じ事を言っていたのを思い出した。


「御剣さん………」

「咲実さんは足手まといなんかじゃない」


総一は何かを言いかけた咲実を遮るようにして言った。


―――彼女は足手まといなんかじゃない。


居て貰わなくちゃ困るんだから。


「ま、どっちでもいいんだけどね。 兄ちゃんが認めなくても、現実に足手まといなのは変わらないし」

「長沢、どこへ行く!? 話は終わってないぞ!」

「どこだっていいじゃんか。 俺は兄ちゃんと協力するつもりなんて始めからないんだし」


言いながら長沢は一歩一歩後ずさっていく。

その視線は総一の腰に吊られているコンバットナイフに注がれていた。

彼は総一と戦う事を警戒しているようだ。


――そうか、だから長沢はそんな事を言うのか!


総一の背中に冷たいものが走る。

足手まとい。

彼がそう繰り返す本当の理由が分かったのだ。

もし攻撃してきたら、真っ先に咲実を狙う。

彼は遠回しにそう言っているのだ。

お互いに武器が同じなら不利なのは小柄な長沢だ。

協力し合う気がないと公言しているのだから、長沢は『ゲーム』に乗って戦う気でいる。

しかしわざわざ自分に不利な状況で戦う気はない。

だから長沢は総一に釘を刺す。

今襲ってくれば足手まといから殺す、と。

長沢が戦うのは、もっと彼に有利な状況で構わないのだから。

 

「俺はお前を傷つけようだなんて思っていない!」


「どうかな? 俺はその足手まといみたいに、順番に殺されるのを待つ羊じゃない。 それに他人の為に苦労してやる趣味も無いしね」


長沢はニヤニヤ笑いながら下がっていく。

もう総一達とはかなり距離が開いていた。

総一はそれを見送るしかなかった。

追えば彼は咲実を攻撃するかもしれない。

ハッタリかもしれないが、その可能性はある。

考えたくはないが先程死んだ人間を殺したのいが彼である可能性も十分にあった。

そして仮に彼を捕まえる事が出来たとしも、その後はどうなるんだろう?

縛ってこの場に放り投げておけば、彼は死んでしまう事になる。

自由を奪った上で連れ回す?

それも現実的ではない。


「じゃあね、御剣の兄ちゃん。 次はきっと挨拶する暇もないだろうから、今のうちに言っておくよ。 俺、あんたの事嫌いじゃなかったぜ」


そして長沢はにこやかに手を振り、通路の先にある角を曲がって姿を消した。

結局、彼は最後まで咲実を一人の人間とは扱わなかった。


・・・。


「ふぅ………」


話し合いすら成り立たなかった状況を残念に思いながらも、総一は安堵を隠せなかった。


――咲実さんみたいに信用できる相手ってのはなかなかいないもんだな。


つくづくそう思い知らされる総一だった。

状況は悪い。

良い出来事なんて1つもなかった。

状況は常に悪い方へ悪い方へと流れていく。

総一は互いに武器を持った事もマイナスに働いているような気がした。

正直総一も長沢もナイフを持っていなければ、もう少し話をしたに違いないのだ。


「しかしまるっきり収穫なしって訳でもなかったかな」


総一はリュックからノートを取り出した。

そこにはルールが全て書き込まれている。


「長沢があんな風に言うって事は、戦わなきゃいけない条件って事かな」


―――3名以上殺害の『3』。


4は咲実さんだから違う。

PDAを5台壊さなきゃいけない『8』もあるかもしれない。

『9』………皆殺しってか………。

まさかな………?

あとは『10』の、首輪が5個作動もあるかもな。

自分から作動させるのを待つよりは戦って捕まえて、強制的に作動の方が確実だ。

でも長沢は賞金狙いの部分もあるようだから、一概にPD――

 

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「―――さん、御剣さんっ!」
「ん?」


総一が考え込んでいると、咲実が総一の名を呼びながら彼の腕を掴んで大きく揺さぶった。


「どうかしたの、咲実さん?」
「あ、あの、えっと………」


しかし咲実はそこで口籠り、視線をそらした。

そしてちらちらと横目で総一の顔を見る。


「わ、わたし、あの、長沢君の言うとおり、御剣さんの、足手まとい、かなって………」
「咲実さん………」


昨日から何度目かの言葉。

自分は役に立っているのか、足手まといではないのか。

咲実はずっと不安だった。

自分が総一の役に立っていない事、一方的に守ってもらっている事、いたずらに総一の命を危険に晒している事。

彼女は自分が総一の仲間としてまともに機能していない事に不安を感じていたのだ。


「だから私、このままでいいのかなって。 何かもっと、私にしかできない何かが………」
「良いんだよ咲実さん。 昨日も言ったじゃないか、そのままそこに居てくれって」
「でも………」
「俺だって役に立ってないじゃないか。 そりゃあ男で多少体力もあるからその面では役に立ってるのかもしれないけどさ。 他は駄目だよ。 だって今も咲実さんを不安にさせてる訳だし」
「え………」
「葉月さんみたいに大人だったらさ、もうちょっとこう、気の利いた事を言ったりなんかしてさ。 咲実さんもそんな不安な気持ちになったりしなくて済んだんだよ」


気配りが足りない。

それはずっと総一の考えていた自分の欠点だった。

だからあんな取り返しのつかない事が起こってしまったのだ。


「でも御剣さん、私にも何かさせてください! 私だけ何もしていない気がして申し訳なくて!」
「何もやってないって事はないでしょ。 昨日の夜だって咲実さんが代わりに見張りしてくれたからこそ俺もグーグー寝てられたんだよ? 1人じゃ寝不足だよ。 それにあれもだ。 晩飯美味かったし」


昨日の夕食は彼女が作った。

缶詰や何かが中心ではあったのだが、それでも総一ができる以上の食事を用意してくれていた。


「で、でも、御剣さんばかりが危ない目に遭っています!」
「咲実さん、俺達はチームなんだからさ。 その、何というか、そうだ、ゴールキーパーがシュートしようとする事はないと思うんだ」


―――それにどの道俺の首輪は外しようがない。


危ない事をするなら俺で良いんだよ、咲実さん。

総一は口にした以外にそうも思っていたが、口には出さなかった。


「………」
「ね、咲実さん」


総一は咲実に笑いかける。

咲実は笑う総一をじっと見つめ続ける。

総一はあまり彼女に言い過ぎてもいけないと思い、それ以上何も言わずに手元のノートに目を落とした。

しかしもちろんそのためだけの行為ではない。

考えておいた方が良い事は多かったのだ。


「………」


しばらくそうして総一を見ていた咲実だったが、


「………あ」


突然その頬が紅潮する。

けれどノートを見ていた総一はそれには気付かない。


「わ、わたし………」


咲実はようやくそれに気付いた。


―――そうだったんだ、私、だから御剣さんと同じ事がしたくって。


何でも分かち合って欲しくって。

だから私………。


足手まといを嫌うのも、役に立ちたいと思うのも。


「私………」


―――この人が好きなんだ。


出会ってばかりで、ほとんど何も知らないけど、それでも好きなんだ。

この御剣総一という人が………。


咲実は頬を染めたまま総一を見つめ続けた。


―――ねぇ、御剣さん………。


私は、あなたの為に何ができますか?

結局、咲実は総一の役に立ちたいのではなかった。

総一に必要として欲しかったのだ。


・・・。

 

 

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階段のホールが視界に入った時、総一と咲実のポケットの中でそれぞれに電子音が鳴った。

 

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「何でしょう?」


総一も咲実もすぐにPDAを取り出して画面を覗き込んだ。

するとそこには次のような文章が表示されていた。


『開始から24時間が経過しました! これよりこの建物は一定時間が経過するごとに1階から順に進入禁止になっていきます。 1階が進入禁止になるのは今から3時間後の午後1時を予定しています。 1階にいるプレーヤーの皆さんはただちに退去して下さい』


「始まったか………」


総一は今の時間を確認するとPDAを再びポケットに戻した。

時間は10時1分。

残り時間は3時間を切っている。


「私達はもう2階に居るから良いんですけど、まだ1階にいる人って居るんでしょうか?」
「ルールを全部把握してなかった残りの人達はそういうのもあるかもしれないね」


総一達が出会っている人間は7人。

総一・咲実に加え、郷田・麗佳・長沢・文香・手塚。

そして後で合流した葉月と渚。

総一達2人プラスこの7人の合わせて9人はルールをすべて把握している。

死んだ1人を除いた、残りの3人はルールを全ては知らずにいる筈だ。

もちろん先の7人に出会って、情報を得ていれば話は別なのだが………。


「そういえば、階段の所で手塚さんと喧嘩してたあの人はどうしたんでしょうね?」


咲実は話の流れから、2階へ上がってくる時に見かけた大柄な男を思い出していた。


「そういえば………。 でも俺達がPDAにソフトをインストールしてすぐの時は12人生きてるって表示されてたじゃない?」
「あ、そうですね!」


少しだけ安堵する咲実。

見ず知らずの人間を心配する彼女の姿に、少しだけ嬉しくなる総一だった。

彼女はきっと同じように総一を心配してくれている筈だから。


「だから小競り合い程度で済んだんだと思うよ」
「ふふ、そっか、そうですね」


咲実は笑顔を取り戻した。

しかしその笑顔も3階へ続く階段に辿り着くとたちまち掻き消えてしまうのだった。


・・・。

 

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「葉月さん!」

「良かった! 無事だったんですね!」


階段の前のホールに入った総一と咲実は長らく探していた仲間の1人・葉月を見つける事が出来た。

彼は階段の下の方の段に腰を下ろし、手すりに寄りかかった姿勢で手に持った紙を眺めていた。


「葉月さん! 渚さんも無事なんですかっ?」


総一と咲実は笑顔で駆け寄っていく。

しかし葉月は顔をあげる事なく、うつむいたまま手元の紙を眺め続けていた。


「葉月さん?」


―――寝てるのか?


不思議に思った総一がその肩を揺する。


―――なんだ!?


揺すった時のその手応えは、これまでに総一の感じた事の無いものだった。

異常なほどひんやりとした体温。

そして抵抗なく力の入っていない身体。

なのに身体は強張っていて、揺すると全体が揺れるのだ。

 

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「葉月さん!?」


そんな咲実の叫び声と共に、葉月の身体が揺すった総一の方に向かってゆっくりと倒れてくる。


「なっ」


総一は慌てて支えるが、腕の中の葉月は倒れていく人形のように、自分からはぴくりとも動かなかった。

そして再び感じる低すぎるその体温。


「ま、まさか………」


ゴトン


驚いた総一は思わず手を離してしまった。

しかしそんな扱いにも葉月は文句ひとつ言わない。

黙ったまま、階段に横たわっていた。



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そして横倒しになった事で、これまで見えていなかった部分が見えるようになる。

彼は右肩に服を裂いて作ったらしき包帯を巻いていた。

しかしそれは出血で真っ赤に染まっている。

そしてその出血は彼の服の右の背中や腰、果てはズボンのあたりまで広がっていた。

それだけでなく、彼の腰掛けている段にも赤い染みが大きく広がっていた。


「は、葉月、さん………?」


そう言いながら総一は、彼の口元に手を伸ばした。


「み、御剣さんっ」

「い、息、し、してないっっ!」


総一の手には何も感じられない。

彼が吐く筈の息も、吸い込む筈の空気も、そして何より感じる筈の体温も。


「死っ、死んでるっ、葉月さん死んじまってるぞ!!」


それは総一達にとって、最高にショッキングな出来事だった。

 

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「ま、間違いじゃ、ないんですか?」

 

咲実はそう言いながらも総一の腕を取った。

そして無意識にそれを抱きしめる。


「ま、間違いない。 息、してないし、それに、か、身体もこんなに冷たいし」


総一も自分の腕を抱きしめる咲実の手の上に自由な方の手を重ねた。

そしてぎゅっと握り締める。

2人とも人のぬくもりが欲しかった。


「ど、どうしてこんなことに………」
「きっと、血、血が止まらなかったんだ」


総一は葉月の背中の部分を指し示した。

ベッタリと血に染まったシャツ。

そしてズボン。

溢れ出た血は彼の座っていた床にも広がっていた。

軽傷だった総一とは違い葉月は動脈に傷がついていたのだろう。

出血が止まらず、葉月はここで力尽きた。


「は、葉月さん、だったのか………」


総一は今朝自分を叩き起こしたPDAの事を思い出していた。

生存者の数が減った。

そう表示されていても、まさかそれが自分の仲間だとは思わなかったのだ。

郷田からは逃げのびる事が出来たのだから、無事なんだと思っていたのだ。

しかし現実はこうだ。

葉月は郷田から逃げ出す事は出来たが、結局は郷田に殺されたのだ。


「葉月さん………」


痛かっただろう。

苦しかっただろう。

そしてこんな所で死ぬのはどれだけ寂しかっただろう?


―――何を持っているんだろう?


咲実は葉月が手に持っている紙に気付き、そっと持ち上げた。

葉月の指が軽く抵抗したが、すぐにその紙は咲実の手に渡った。

 

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「………み、御剣さんっ、こっ、これをっ、私、もうっ、もうっ、耐えられませんっ」


紙を一瞥した咲実は突然大きく嗚咽を漏らし始める。

両頬には涙があふれ、いくつもの筋を作っていた。

その声も涙に濡れ、言葉は咳き込むような声になっていく。


「もう、わたしっ! どうしてこんなっ、うっ、うぅっ、うあぁぁぁぁぁっっ」


そして彼女はその場に泣き崩れた。


「ひ、どい、こんな、こんなっ、あぁぁ、うあぁぁぁっ」


咲実はその声が辺りに響き渡る事も構わず、思い切り泣いた。


「うっ」


総一も紙切れを覗くと思わず口元を押さえた。

同時に視界がぐにゃりと歪む。

気をしっかり持たないと総一までその場にうずくまって泣き出してしまいそうだった。


「葉月さん………」


小さな家を背景に3人の人間が立っている。

葉月が真ん中で、右側には彼と同じくらいの年齢の婦人が、左側には総一達よりも少し年上くらいの女性が立っていた。

その誰の表情も明るく、幸せそうに輝いていた。

葉月が握っていた紙。

死ぬ間際の彼が最後に求めたもの。

 

 

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それは彼の家族だった。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 


総一達は落ち着くまでにずいぶんと長い時間を必要とした。

その間に敵対的な人間が現れなかったのは幸いだったとしか言いようがないだろう。


「咲実さん」
「すみません、もう大丈夫です」


泣き続けて赤く腫れた瞳で咲実は総一を見上げる。

その瞳に意志の力が戻っている事を確認すると、総一は彼女に向かって小さく頷いた。


「………葉月さんは?」
「ん、ああ、あんなところに横倒しだと可哀想だから、あっちにちゃんと寝かせたよ」


総一は言いながら背後を示した。


「はい」


咲実はコクリと頷くと立ち上がり、そこへと近付いていく。


「咲実さん?」
「………写真を、返してあげないといけませんから」


彼女は一度振り返り、手に持った写真を軽く振った。


「……そうだね」


家族に会いたいと願っても会えなかった葉月。

その写真まで取り上げてしまうのはあまりにも不憫だ。

総一は咲実に同意して頷き返すと、彼女の後を追って葉月のもとへと向かった。


「取り上げたりしてごめんなさい、葉月さん」


咲実は眠るように横たわる葉月のシャツのポケットに写真を入れた。

そして彼女はシャツの反対のポケットに入っていた葉月の老眼鏡を取り出した。


「咲実さん?」
「………ご家族に届けてあげようかと思って」

 

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そして咲実は小さく微笑む。

それは悲しくなるほど切ない笑顔だった。


「それにもし御家族が見つからなくても、これでお墓を作ってあげられるかなって」


咲実は老眼鏡をハンカチで包むと、そっと彼女の通学カバンにしまい込んだ。


「咲実さん………」


総一はそんな咲実を見ながら感じていた。

この人がいてくれて本当に良かったと。

総一に残された時間は2日と少し。

その先には避けられない死が待っている。

他人を殺せない以上、その覚悟はあった。

だが覚悟はあっても寂しい事にはかわりない。

こんな場所で誰にも知られずに死んでいくのは酷く寂しかった。

けれどそんな心配はいらない。

その時が来ても、総一には咲実がいる。


「咲実さん」
「はい?」


彼女は涙を拭うと立ち上がる。

振り返った彼女は本当に美しかった。


「俺、ここで咲実さんと会えて本当に良かったと思う」

 

総一の発したその一言は、咲実に再び涙を流させるのだった。


・・・。

 

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結局、総一も咲実も葉月から首輪を回収する事は出来なかった。

死んでいるとはいえ、親しく言葉を交わした人間の首を切断する事は彼らには出来なかった。

手塚や長沢あたりが聞けば、自分の命がかかっているのに甘いと笑うのかもしれない。

けれど彼らはそれが出来なかった。

しかしそれこそが、今も彼らが手を取り合える理由の一つなのだろう。

葉月はPDAを持っていなかった。

何者かが持ち去ったのだろう。

そこまで考えた時、総一と咲実は渚の事を思い出した。

彼女はここまで葉月と一緒にやってきた筈だ。

しかし彼女は今ここにはいない。

きっと1人で先に進んだに違いない。

それに気付いた総一と咲実は、なんとか3階へ登る事が出来た。

これ以上犠牲を出さないためにも、早く合流しなくては。

そんな思いが崩れかかる足を支えていた。


・・・。

 

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「渚さん、無事でしょうか?」
「大丈夫だと思う。 葉月さんの怪我を手当てしたのは彼女だろうから、多分彼女は元気な筈だよ。 それにもし襲われたのなら葉月さんを連れていたら逃げ切れてなかったと思うんだ。 だから襲われてもいない筈さ」
「そうですね………。 そしてあの場に居なかったって事は、1人でも動ける状態だったって事ですもんね」


渚を心配して表情を曇らせていた咲実は、総一の言葉にホッと胸をなでおろした。


「でも急いだ方が良いよ」
「渚さんがまだ近くにいるかもしれませんしね?」
「いや、その逆だよ」


総一は首を横に振る。


「どういう事ですか?」
「ほら、アラームが鳴った時間を思い出して咲実さん。 その、なんというか、あの時に葉月さんがあそこで亡くなったんだと思うんだ」
「あ………」


葉月の名前が出ると咲実の表情が少し強張る。


「だからきっとその時には渚さんもそこに居て、その後彼女はこのフロア、3階に登ったんだと思うんだ」
「って事は、もうずいぶん時間が経ってしまっていますね?」
「そうなんだ。 だから急がないと追いつけないかもしれない気がするんだよ」
「なるほど、確かにそうですね」


咲実が頷く。


――!!!


その時、あたりに風船が割れる時のような奇妙な音が響いた。

音は連続して3回。


「何の音でしょう?」
「なんだろう? 工事をやってる訳でもないだろうに」


工事現場で聞くような種類の音。

コンクリートを割るような音。

総一も咲実もそんな風に感じた。

実際はもっと別の音なのだが、総一達はそれを現実で聞いた事はなかった。

映画やアニメで時折耳にするその音はもっと甲高く、大げさで演出過剰だった。

だから頭の中でそれらが結び付かなくても仕方がないだろう。

総一と咲実は首をかしげながらも先を急いだ。


・・・。

 

「………あれ?」


咲実が通路の途中で立ち止まる。

 

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「御剣さん、これ、なんでしょう?」
「どうしたの?」


総一も足を止めると、咲実は壁の近くに立って見上げていた。

彼女が見ているのは壁と天井の境目ぐらいの場所。

総一も一緒になってその部分を見上げた。


「こいつは………」


それはまるで北斗七星のようだった。

薄汚れてはいても、なめらかなコンクリートの壁材。

そこに1センチ程の穴が7つあいていた。

その並びかたと、見上げるような角度があいまって星座のようにも見えるのだ。

しかしこれはそんな優しげなものではなかった。


「御剣さん?」
「これ、銃弾のあとだ………」


総一は思わずゴクリと唾を飲み込む。

それはつまり、かつてここで銃の撃ち合いがあったという事でもある。


「銃弾?! これが!?」


咲実は一度総一の顔を見てから再び頭上を見上げる。


「………映画でしか見た事がないけど、多分間違い無いよ」


海外へ行った人間以外では、現実に弾痕を見た事があるのは警察官や自衛官ぐらいだろう。

そのどちらでもない総一には映画の知識しかなかった。

しかし弾痕は映画でもただの弾痕で、現実とさほど違わなかった。


―――待て、するとさっきの音は!?


「御剣さん!!」


咲実も総一と同じ事に気付いたのか、真剣な表情で総一の方を向く。

 

「あ、ああ」


総一も厳しい顔で頷く。

そう、さっきの音が射撃の音であるのなら。

『かつて』ではなく『今』撃ち合いが行われている事なのだ。


銃撃戦。


その可能性に気付いた総一達は、より一層慎重に行動していた。

もともと総一も咲実も罠への対策に慎重な移動を心がけていた。

また郷田に襲われた時のような事になっては困るからだ。

罠に分断された所を襲われる。

今そうなったら致命的な結果をもたらしかねない。

これまで出会った罠はあの時の1つきりだったが、無視できるような状況ではなかった。

それに加えて今度は銃の心配が必要になった。

長沢や手塚、手塚と戦っていた男もそうだろう。

そういった連中が銃を持ったらどうなるだろう?

ましてやさっき発砲音が聞こえた。

既に誰かの手の中に銃があり、その引き金が引かれたのは確実なのだ。

このため総一達の移動する速度は普段の半分以下になってしまっていた。

急ぎたい総一達だったが、こればかりはどうしようもなかった。


カチ

 

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音を立てないようにそっとドアを開けた総一は部屋の中を覗き込む。

すると中は暗く静寂に包まれていた。

幸い中には誰もいないようだった。

ホッと胸を撫で下ろす総一だったが、渚や文香を探していた事を思い出して複雑な気分になった。

状況が悪くなるにつれ、他人と出会う事を恐れるようになっている自分。

気をつけないと物のはずみで渚や文香を傷つけてしまいかねない。


―――しっかりしろ、総一。


自分を知ったすると総一は背後を振り返った。

そこには同じように心配そうな咲実が立っている。



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「大丈夫そうだよ咲実さん」
「………そうですか」


咲実も同様に安堵の表情を見せる。

彼女もまた総一と似たような心理状態だった。

2人で小さく笑い合うと、総一と咲実は部屋の中へと入っていった。


ドサ


総一はドアを閉めるとその場に座り込んだ。

例によって部屋は埃まみれだったが、既に総一も相当汚れてしまっていた。

総一にはもはや僅かな埃を気にする必要はないように思えた。

咲実は部屋の中を歩き回って、比較的きれいな箱を見つけるとそこをパンパンと払ってから腰をおろした。

流石に女の子は総一のようには開き直れないらしい。



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「くたびれました………」
「同感」


咲実も総一もそう言って苦笑する。

身体が疲れているのはもちろんなのだが、2人とも一番疲れているのは心の方だった。


罠。


頻度は低くても、見逃せば危機的な状況をもたらす。

すでにかかった事のある総一達は身に染みてその事が分かっていた。


そして銃。


これから出会う人間は銃を持っている可能性がある。

直接見た訳ではないが、総一達は銃声と弾痕を確認している。

これまで状況が好転した事は一度もない。

楽観はできなかった。


「渚さんや文香さんは大丈夫でしょうか………」
「大丈夫だよ。 アラームも鳴らないし」


総一はPDAに新たにインストールされたソフトの事を人の命を数える不愉快極まりない機能だと思っていた。

しかしこの状況になると間接的にではあっても仲間の無事を教えてくれるこの機能は総一達には必要なものだった。

カウンターが減りさえしなければ、多少危機的状況であったとしても仲間は生きているのだ。


「向こうも私達をこうやって心配しているかも―――」


――ッッ


「きゃあっ!?」


咲実が少しだけ笑顔を零した時、木の乾いた音と共に彼女の身体がガクリと揺れた。


「咲実さん、大丈夫?」
「だ、大丈夫です。 フタがはまっただけみたいです」


咲実は両手で身体を起こすと、困ったような表情を見せながら右手でトントンと自分が座っている木箱を叩いた。

彼女が綺麗だからという理由で選んで座っていた木箱。

それはどうやらフタがちゃんと閉まっていなかったようで、上に乗った彼女が身体を傾けた拍子にフタがはまったらしい。

それで彼女の身体が揺れ、フタは大きな音を立てたのだ。


「まったく人騒がせな」
「ごめんなさい、御剣さん」

 

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咲実は彼女にしては珍しく小さく舌を出して微笑んだ。

彼女も自分の様子がおかしかったのだろう。


「ふむ………」


総一が改めてみると、咲実の座っている箱は確かに奇麗だった。

他の箱と比べると明らかに浮いて見える。

咲実ではないが座るなら確かにこれが良いだろう。


―――しかし………。


総一はその奇妙な真新しさが気になっていた。


―――そういえば救急箱が入っていた箱も確か―――


「あ、あの、なんですか?」


咲実は総一の目が自分のスカートと太ももの辺りに注がれている事が気になり、思わず頬を赤らめてしまっていた。


「ああごめん、咲実さん、ちょっとどいてもらえる? その箱に何が入っているのかなって思って」
「………あっ」


すると咲実の頬がさらに赤く染まる。


「は、はいぃぃっ」


咲実は自分の大きな勘違いに気付き慌てて箱から飛び降りた。

答える声も上ずってしまっている。

咲実はてっきり総一が彼女にそういう視線を向けているのだと思っていたのだ。


「咲実さん?」
「な、なんでも、なんでもないですっ!」
「………?」


真っ赤になったまま慌てる咲実。

その意味が分からない総一。

久々に2人の間に漂っていたのどかな空気も、直後に箱の中から出て来たものを目にした途端吹き飛んでしまうのだった。


「お、おもちゃじゃ、ないんですか?」
「そ、そう思いたいけど」

 

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手に取っていた総一がそれを隣にあった木箱の上に置くと、金属の塊が木の板に当たる時の重々しい音が部屋に響き渡った。

思わず2人の視線がそこに集中する。


「鉄砲、なんですよね? これ………?」


ごくり


咲実の細い首が鳴る。

緊張していた総一にはその音がやけに大きく聞こえた。


「多分………」


2人の目の前にあるのは拳銃以外の何者でもなかった。

口径こそ小さいようだが、警察官が使っているようなリボルバー式の拳銃がそこにあった。

だが分かってはいても2人には信じられなかった。


「ひ、人を殺す、道具、なんですよね?」
「あ、ああ………」


銃声を聞いている。

弾痕も見ている。

それなのになお信じられないのは、やっぱり日本が平和だからなのかもしれない。

とはいえ奇妙な現実感もあった。

これがもっと口径の大きい、ハリウッド映画御用達の銃であったなら総一達も逆に驚かなかったのかもしれない。

しかし目の前にある銃はより小型で構造も分かりやすく、素人目にも扱いは簡単そうに見えた。

『自分にも扱えそうだ』という印象は逆に総一達をたじろがせる結果となっていた。


「やっぱり、あったんですね、拳銃」
「ああ………」


――!!!


総一が頷いた時、部屋の外から銃声が聞こえてくる。

そう、これは銃声だ。


「きゃっ!?」


銃声は以前に聞いたものよりもクリアーで、総一には距離が近いように感じられた。


「咲実さん!」


すぐに総一の脳裏には渚と文香の顔が思い浮かぶ。

もしかしたら2人が襲われているのかもしれないのだ。


「ここにじっとしてて! 渚さんと文香さんが撃たれてるのかもしれない!」


――!!!


総一は続く銃声に後押しされて目の前にあった銃を手に取った。


「私も行きます!」
「危険だよ咲実さん!」
「1人きりではどこに居ても同じです! それより急ぎましょう、御剣さん!」


葉月の死が2人を後押ししていた。

これ以上知っている人間の死体は見たくない、そんな思いが2人の恐怖を上回っていた。


「分かったっ!」


時間がない事もあり、総一は説得をあきらめると部屋のドアに向かって駆け出した。


・・・。

 

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「御剣さん、こっちです。 こっちに続いています」


周囲を警戒していた総一を咲実が呼ぶ。

その声は敵の存在を警戒してか押し殺したものだった。


「分かった」


銃のあった部屋を飛び出した総一と咲実はいくらもいかないうちに血痕を見つけていた。

2人は仲間の無事を祈りつつ、その血痕を辿っていたのだ。

総一達は血痕の続きを探していた。

この十字路に飛び込んだ所で、これまで追っていた血の跡が途切れてしまっていたのだ。


「こちらへ。 ずっと続いています!」


咲実は十字路にある道の1つを指し示す。

総一が見るとその先には確かに点々と血の跡が続いていた。


「それにこれが」


咲実が何かを総一の顔の前に差し出す。


「薬莢か?」

 

彼女の手に乗っていたのは、弾を撃った後の拳銃が吐き出す薬莢だった。


「誰かが撃たれてるのは間違いないみたいです」
「急ごう、咲実さん」
「はいっ!」


2人は頷き合うと通路を走り出した。


「無事でいてくれ、渚さんっ、文香さんっ!」


危険だと分かってはいても声が大きくなる。

PDAのアラームは鳴らない。

弾を受けた人間はまだ生きている。

しかし床に残る血を見る限りそれは簡単な怪我ではない筈だ。

怪我が軽いうちに見つけてやらなければ取り返しのつかない事になる。

葉月のようになってしまいかねないのだ。


「御剣さん、この先で大きな部屋にぶつかります!」


地図を持った咲実が道を案内する。


「分かった! 気を付けるよ!」


そこに銃を持った人間がいるかどうかは分からない。

しかし居た場合、無策に飛び込んで自分が撃たれては元も子もない。

ましてや後ろには咲実がいる。

総一達には急ぎながらも慎重さが必要とされていたのだった。


・・・。


その部屋に辿り着いた時、ドアは半開きになっていた。

総一達はドアに駆け寄ると戸口に身体を隠したままそっと中を覗き込んだ。

 

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総一が最初に目にしたのは、見覚えのない少女だった。

それはショートヘアに動きやすそうなボーイッシュな服を着た小柄な少女だ。


―――誰だ、あの子は?! それにあの怪我は!


その少女は全身が真っ赤に染まっていた。

右脇腹、それから左足。

そこからはおびただしい量の血液があふれ出していた。

総一達の追ってきた血痕は彼女の足元まで続いていたが、この部屋に入ったあたりからは明らかにその量が増えていた。

そんな少女の前に立ち塞がる者があった。

その人物には総一も見覚えがあった。


「麗佳さん!」


思わずそう声を漏らした総一だったが、中にいた麗佳はこちらには気付かなかった。


――!!


「うわっ」

 

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その瞬間、麗佳が発砲した。

麗佳が総一達の気配に気付かなかったのは、慣れない発砲に集中していたからだ。


「え………」


麗佳の拳銃から吐き出された銃弾は少女に吸い込まれていく。

少女は腹に弾を受け、軽くバランスを崩した。

しかし左足を一歩踏み出してなんとか持ちこたえる。

少女はもはやボロボロだった。

傷も出血も酷く、立っているのが不思議なくらいだった。

それに対する麗佳は全くの無傷だった。

よく目立つそのワンピースに染みひとつなく、怪我をした様子はなかった。

しかし何より総一達が気になったのは彼女の表情だった。

明らかに前日に出会った時の麗佳のそれではないのだ。

麗佳は少女を睨みつけていた。

そして今も右手に持った拳銃を少女に向けている。

その横顔はゾッとするほどに冷静で、何かを覚悟したような怖い目をしていた。

昨日別れてからの麗佳に何があったのかは分からない。

しかし今の彼女は昨日とは全くの別人だった。

そんな状況に総一は一瞬立ち竦んでしまっていた。

麗佳が少女を銃撃しているという光景は、総一には完全に予想外だった。

特に総一は麗佳とは話が通じるかもしれないと考えていただけにショックが大きかった。

 

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「こ、んな、ことでっ」


少女は右手が動かないのか、左手で銃を持ち上げた。

そしてそれを麗佳に向けるが、ふらふらと狙いが定まらなかった。


――!!


だから先に撃ったのは麗佳だった。


「きゃあっ!?」


銃声に驚いた咲実の悲鳴の直後に、少女の手の中から拳銃がこぼれおちる。

それは彼女の足元に出来ていた水溜まりの中に落ちた。

そしてそれを追うようにして少女がその場に崩れ落ちる。

彼女が水溜まりに倒れ込んだ事で、溜まっていた液体が辺りに撒き散らされた。

この時飛び散った液体で、綺麗だった麗佳の服は赤く染まった。


―――あれではもう、助からない………。


総一は自分が出遅れてしまった事に気付いた。

この部屋に入った時点で止めていれば。

そんな風に総一は後悔した。

しかし実際のところはあの時点で止めても手遅れだっただろう。


―――また間に合わなかったっ!!


だが総一は後悔で一杯だった。

自分の手が届く場所で人が死ぬ。

それは総一には耐え難い苦痛だった。


「れ、れいか、さ………」


強いショックを受けた咲実が呆然とそう呟く。

その声はさほど大きくはなかったが、静まり返った通路ではよく目立っていた。

総一はそんな咲実の声で我に返った。


―――まずい! 麗佳さんに気付かれる!


そして慌てて咲実を抱き寄せて彼女の口を塞ぐと、総一は彼女を抱えるようにして元来た道を慌てて戻っていく。

 

 

・・・。

 

 

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「………ん?」


麗佳は誰かの声が聞こえた気がして背後を振り返った。


「………気のせい?」

 

しかしそこには誰の姿もない。

耳を澄ましてみても何も聞こえない。

麗佳はそれを確認すると少女の方に向き直った。


ちゃぷ、ちゃぱ


水溜まりが揺れている。

痙攣する少女の身体に合わせて水面がゆらゆらと揺れていた。


「これで、死んだかしら………?」


麗佳はそう呟くと、ゆっくりと少女に近付いていく。

そして少女の目の前までやってくると、麗佳は冷静な表情のままそっと少女に手を伸ばした。


「………死んでる、わね」


少女はもう動かなかった。

首筋に触れても鼓動は感じない。

息もしていない。

麗佳の度重なる攻撃に少女は完全に絶命していた。

麗佳が再三に渡って銃撃を繰り返したのは、どこまでやれば人間が死ぬのかが分からなかったからだ。

銃を持ってはいても結局は素人。

訓練を受けた人間のように、一度で敵を倒すのに必要な攻撃というものが分かっている訳ではない。

麗佳にはそうするしかなかったのだ。


「………次はもっと上手くやらないといけないわね」


そう呟くと麗佳は拳銃を自分のバッグに戻した。

その姿は不思議なくらい落ち着いていた。


・・・。


総一達が麗佳達のいる部屋を離れてすぐ、生存者のカウンターは10人に減った。

 

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念のためしばらく時間をおいてから総一達が問題の部屋に戻ると、そこにはもう麗佳の姿はなかった。

あったのは部屋の真ん中に倒れてぴくりとも動かない少女だけだった。


「ごめんな、助けてやれなくて」


総一が少女の傍に寄った時、最初にしたの詫びを口にする事だった。

あの時点で総一が何をしようと、既に重傷だった彼女は死を免れなかった。

そしてもしかしたらこの少女の方が先に麗佳を襲ったのかもしれない。

総一もそれをおぼろげながらに分かってはいるのだが、なかなか割り切る事は出来なかった。

 

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「御剣さん」


同じように少女を見ていた咲実が彼女の右手を指さした。

少女の手はその先にあるものに手を伸ばす形になっていた。


「携帯電話?」


彼女が取ろうとしていたのは床に落ちている携帯電話だった。

しかしその前に力尽きてしまったようで、携帯電話までは僅かに手が届いていなかった。

総一は携帯電話を拾い上げると電源ボタンを押し込んだ。

 

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「写真………」


待ち受け画面に表示されたのは2人の少女の写真だった。

1人は今目の間で死んでいる少女。

もう1人は病院のベッドに横たわる幼い少女だった。

2人とも笑顔を浮かべており、見ていて微笑ましかった。

妹の見舞いをする姉。

総一には丁度そんな風に見えた。

総一はその写真を見て、少女が何故この携帯を取り戻そうとしたのかが分かった気がした。


「姉妹でしょうか?」
「そうかもしれないね」


例えそうでなくても写真をこうしているという事は特別に意味のある相手の筈だ。

それが親友だろうが家族だろうが同じだ。

総一はそれ以上携帯を弄ることなく電源を切り、倒れたまま動かない少女の右手の中に押し込んだ。

そして総一は開いたままになっていた少女の目と口を閉じてやる。


――最初の男、葉月さんに続き3人目ともなると、結構冷静にやれるもんだな。


総一はそんな自分が少しだけ悲しかった。

自分が人の死に慣れていくことが許せなかった。

総一はそれが悔しくて思わず固く手を握り締める。


「御剣さん………」


そんな時、背後から咲実の声がかかる。


「うん?」
「なんでもないです」


総一が振り返ると、咲実は目元を拭って小さく微笑んだ。

その顔はとても優しかった。

そしてその笑顔が自分を許すと言ってくれているような気がして、総一はほんの少しだけ心が軽くなるのだった。


「北条かりんさん、か」


総一は近くに転がっていたスポーツバッグから学生証を見つけていた。

そこに貼ってある写真は亡くなった少女のもので、着ている制服は真新しく、今年に入学したばかりという事だった。


「身元の手がかりになりそうなのはそれぐらいですね」


バッグを調べていた咲実はそう言いながら荷物を元に戻していく。


「そういえばPDAはあった?」
「ありませんでした。 きっと麗佳さんが持って行ったんじゃないかと思います」


総一達が彼女―――北条かりんの荷物を調べたのは身元の確認以外にもPDAを探すという目的があった。

首輪を外す上でPDAを探したり、壊したりという条件がある以上、持っていた方が良い筈だった。

仲間が必要とするかもしれないし、そうでなくても交渉材料に使えるかもしれない。


「………そっか。 ごめんなかりんさん。 勝手に荷物を漁っちまって。 迷惑ついでにこれだけ貰っていくよ?」


パタン


総一は近くで眠るかりんに向かって学生証を軽く振ると立ち上がった。


「咲実さん」
「はい、ありがとうございます」


咲実は総一から学生証を渡されると、葉月の老眼鏡と一緒に通学鞄にしまい込んだ。

そして咲実も立ち上がる。


「咲実さん、大丈夫かい?」
「はい。 御剣さんと一緒ですから」


総一は咲実がショックを受けていないか心配していたのだが、どうやらそうでもないようだった。

もちろん麗佳の事もかりんの事も悲しんでいるのだろうが、以前のようにうずくまってしまう事はなかった。


「それは俺も思うよ。 咲実さんと一緒で本当に良かった。 1人だったらどうなっていただろうかってさ」
「ずっと1人でいて、銃を手に入れた後に御剣さんと出会っていたら、私は御剣さんを撃とうとしたかもしれません」


―――麗佳さんはそうだったんだろうか?


総一は咲実の言葉にふとそんな事を思った。

ずっと1人で過ごし、葉月の血まみれの遺体を見た後に拳銃を手に入れ、同じように拳銃を持った相手に出会う。

その時自分は一体何を思うのか?

総一はその想像に背筋を寒くした。


「そう思うと、最初に御剣さんと出会えた幸運に感謝すべきかと思います」
「そうだね………」


目の前の人間を無条件に信用できるという事は、きっとそれだけで幸せな事なのだ。


・・・。