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シークレットゲーム -KILLER QUEEN-【8】


・・・。


「それで麗佳さん、これからどうしましょうか?」


総一はその場に散らかっていた自分の荷物をリュックに詰め込みながら麗佳に訊ねる。

すると麗佳は歩き回る総一に引かれて一緒に歩きながら、憮然とした表情で答えた。

 

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「まず、手錠を外す方法を見つけましょう」
「やっぱり手錠ですか」


総一は体操服を右手で拾い上げる。

散らかっていた私物はこれで最後。

全ての物が再びリュックの中に納められていた。

ただしナイフは鞘ごと総一の腰に下げられ、拳銃は懐にしまわれている。

これは総一がリュックにしまいこもうとした時に麗佳に反対された結果だった。

敵が居る状況で武器をしまうな。

麗佳の反対は強固だった。


「ええ。 この手錠が外れない限り、身を守る事も出来ないわ」


麗佳のその言葉には総一から身を守れないという意味も含まれている。


―――麗佳さんは俺を信じてないんだな。


それを総一は残念に思ったが、この状況では仕方が無いようにも思った。

例の少女の死に様を思えば、誰だって冷静ではいられないだろう。

総一が麗佳を助けようと思ってのは、少女の死を見て同時に別のショックを受けていたからだ。

それがなければ総一だってどうしていたのかは分からないのだ。


―――でもいいさ。


麗佳さんを落とし穴から助けられた。

この調子で麗佳さんを手伝っていけば良い。

それに総一のPDAは既に壊れてしまっているから、それ以外にやる事も無い。

総一は自分でも不思議なくらい、自分が死ぬという事が気にならなかった。


「そうですね。 さっきみたいな罠もあるかもしれませんし、このままでは危険ですよね」


麗佳が総一を信じていないという事を差し引いても、手錠で繋がっているという状況はあまり良い状況とは言えない。

郷田や麗佳を襲った罠からして、手錠で繋がれた状態でそれらをかわしていくのは難しい。

また武器を持った誘拐犯が居る事も明らかだった。

総一の拳銃がそれを物語っている。

銃を持った敵に追われた場合、手錠で繋がっていては逃げ出す事は難しい。


「それと、同時にPDAを集めておきたいわ」
「PDAですか」


そう言われて、総一は咄嗟にルールを思い出していた。

PDAを集めたいというのなら、該当するのは2・6・8・Kの4台。

恐らく麗佳のPDAはそのうちのどれかなのだろう。


「分かりました。 出来る限りやってみましょう」


仲間を増やすのでも良い。

条件次第ではPDAを借りる事だって出来る筈だ。

手錠を外すのが第一だが、余力でPDAを集める努力をしておくのは悪い事ではない。

時間は限られているのだ。

総一が頷くと、麗佳の目はすっと細く、厳しくなった。

そしてまるで総一を試すかのように、ゆっくりとその言葉が告げられた。


「………それで御剣、おまえの要求は?」


麗佳の視線は鋭い。

手錠で繋がっているから彼女の瞳は総一の目の前で、その鋭い眼光は総一を刺し貫かんばかりだ。

総一が何を企んでいるのか、自分に何を望むのか、総一のPDAが何なのか、麗佳は総一の意図を漏らさず見抜こうと目を光らせていた。


「ありません」


しかし麗佳の予想に反し、総一の答えはあまりにもシンプルだった。


「ない!? ふざけないで!! 無い筈は無いでしょう!? このままだと死ぬのよ、おまえは!!」
「それでも無いんですよ、麗佳さん」


―――まあ、普通はそう思うよな。


総一は苦笑するとリュックの小物入れに手を入れた。

そしてそこにしまったままだった自分のPDAを引っ張り出す。


「何を企んでいるの!? 私を助けたのはその為?!」
「いいえ、そんなに複雑な理由はないんですよ」


総一は軽く首を横に振ってから、彼女に自分のPDAを見せた。


「俺のPDA、壊れちまってるんです」

 

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それを見た麗佳は大きく目を見張る。

総一のPDAのパネルには大きくひびが入り、トランプの絵柄が映っている筈の画面は何も映し出してはいない。

総一がボタンを押し込んでもPDAは何の反応も見せず、操作した時に鳴る軽い電子音も聞こえてこなかった。


「強いて言えばこの首輪を外したいんですけど、それも難しいでしょうね」


首輪は強固だ。

総一は何度か無理やりにでも外せないものかと引っ張ってみたりしたのだが、首輪はぴくともしなかった。

もしかしたら手錠と似たような金属でできているのかもしれない。

加えて首輪は首に密着しているから銃で壊す訳にもいかない。

強固な首輪だけを壊して、首や頭には傷をつけない。

総一にはそんな都合の良い方法が簡単に見つかるとは思えなかった。

それに手錠で麗佳と繋がれたままの状態で下手に首輪にちょっかいを出す訳にはいかない。

中途半端に壊れて誤動作でも起こしたら目も当てられない。

総一に加えられる攻撃に麗佳も巻き込まれてしまう。


「だから良いんですよ、俺の事は気にしないで。

まずは手錠を外しましょう。 このまま72時間過ぎれば麗佳さんが俺への攻撃に巻き込まれてしまいますから」


あの少女の死を目の当たりにしてから、総一は自分の死をあまり恐れていなかった。

それは自分の死よりも恐ろしい事があるのだと、少女を見て思い出したからだった。


「………」


しかし麗佳は総一に疑いの目を向けるのを止めなかった。


―――このPDAは本当に御剣のものなのだろうか?


死んだ少女はPDAを持っていなかった。

事前に彼女から盗んでいたという事は?

あるいは私を騙す為に壊したJOKERだったりしないだろうか?


「さあ、行きましょう麗佳さん」


そんな麗佳の胸の中に渦巻いている疑惑をよそに、総一は立ち上がる。

そして多少手間取りながらもリュックを背負う。

普通腕を手錠で繋がれていてはリュックを背負えないが、幸い総一のものは腕を通す部分がプラスチックのパーツで2つに分かれる構造になっていたので問題はなかった。


「………わかったわ」


麗佳は厳しい顔のまま頷いた。

胸の中の疑惑は消えていないが、今は行動すべき時だった。

それに総一の目的が何であるにしろ、彼が行動を起こす前に手錠を外してしまえば何の問題も無い。

麗佳は自分にそう言い聞かせると立ち上がる。

この時総一は立ち上がる彼女を手伝おうと手を差し伸べていたが、麗佳はその手を取らなかった。


・・・・・・。


・・・。

 

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「いない………? なんでだろう? ここで待っててくれる筈だったのに」

「そういうものよ。 誰だって自分の命は惜しいわ。 さっきもそう言った筈よ?」


総一達は郷田達と別れた場所まで戻ってきていた。

総一が一度郷田達の所に戻ろうと提案すると、誰も信じないと言っていた割に麗佳は反対しなかった。

しかしその結果はこれだ。

麗佳が反対しなかったのはこうなる事を予想していたからだ。


「でも来て良かったわ。 これで彼らも敵に回ったと考えて問題ない。 それが分かっただけ収穫だわ」
「そうでしょうか?」


総一はそうは思えなかった。

いや、思いたくなかったというのが本音だった。

漆山はともかく、総一には郷田や葉月が敵になったとは考えられなかった。


―――あの2人がまさかそんな………。


自分の為に俺達を置いていったっていうのか?


「人の良さそうな顔をして、以外とやり手だったって事ね。 人は見かけによらないわ」


麗佳は辛辣だ。


「郷田さんが………」


総一には信じられない。

最初からずっと行動を共にしていただけに、総一はすっかり郷田の事を信用していた。

それだけに麗佳の言葉はにわかには信じられない。

しかし郷田がこの場に居ない事もまた事実だった。


「行くわよ御剣。 こんな所でグズグズしていたら時間はすぐに無くなる」


麗佳は総一の様子を半ば無視するように身を翻す。

とっさの事で動けなかった総一。

おかげで2人を繋ぐチェーンが伸び切り、大きな音を立てた。


「ちょっと御剣、早く歩きなさい!」


麗佳は総一を睨みつけると、自分の右手首の丁度手錠がはまっているあたりを撫でる。

先程から何度となくチェーンに引っ張られ、彼女の手首は僅かにすりむけていた。


「す、すみません」


総一は慌てて彼女の隣に並ぶ。

さっきからずっとこの調子だった。

総一は麗佳よりも頭一つ以上大きい。

歩幅もかなり違うから、上手く歩調を合わせないとすぐに彼女の手を思い切り引っ張ってしまうのだ。

おかげで総一も麗佳も手首が軽く痛むようになっていた。

金属の輪のエッジは結構きついのだ。


「まったく………。 一刻も早くこの手錠を何とかしたいのよ。 だからボーっとしてないでくれるかしら?」
「すみません、気をつけます」


総一はもう一度謝ると頭を下げる。


―――銃があるから強攻もできるかと思って来てみたけれど空振りだったか。


総一を醒めた目で見下ろす麗佳。

彼女は実はそんな事を考えていた。

十中八九郷田達は居ない。

しかしもしそこに居たなら、総一の拳銃を使ってPDAを奪う。

相手は非武装のサラリーマンと中学生。

手に入るPDAは4台。

拳銃があれば簡単な筈だった。

しかしやはり郷田達の姿はなく、彼女の目論見は空振りに終わった。


―――なかなか楽にはいかないって事ね。


まあいいわ。

銃が使えるうちはせいぜい利用させて貰うわ。

手錠で行動は制限されている。

しかし自分達だけが拳銃を持っているなら話は違ってくる。

弾は残り5発。

それを使い切るまでの短い期間だが、手錠で繋がれている不利など問題にならないのだ。


「分かったなら良いわ。 いくわよ、御剣」
「は、はいっ」


しかし現実は、麗佳の思うようにはならないのだった。


・・・。


エントランスから出られなかった事で、総一達はルールに従って上のフロアを目指していた。

それを基本として、首輪を外す道具を見つける事とPDAを手に入れる事を並行して行う、それが総一達の行動方針だった。

総一達がその少女を見つけたのも、総一達が階段へ向かう途中に立ち寄った倉庫から出た時の事だった。

 

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「あれは………?」


先に部屋を出た麗佳が立ち止まる。

すると後に続いていた総一にも麗佳の頭越しに彼女の見ているものが見えた。


「女の子………?」


そこには総一達に気付かないまま複数の通路が接続されたホールを歩いていく少女の姿があった。

少女の背は麗佳よりもさらに低い。

長沢と同じぐらいかもしれない。

ボーイッシュな服装と幼女の顔立ちからして、長沢と同じぐらいの年齢であるように思われた。

その顔には多少緊張した様子が見受けられたものの、年相応の健康的な印象があった。


「どうしますか?」


総一は話が出来そうだと考えていた。


「御剣、銃を貸して」


しかし麗佳は少女を注視しながら総一に拳銃を要求する。


「はい………。 危ないから気を付けて下さいね」


総一は素直に拳銃を麗佳に渡した。

総一は、麗佳は念の為に護身用に使うのだろうと思っていたのだ。


「危ないのはあの子の方よ」
「えっ?」

 

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意味がわからない総一は麗佳に問い返したが、麗佳はそれを無視して拳銃を両手で構えた。


「ちょ、ちょっと、麗佳さん!?」


麗佳は大きく深呼吸すると少女の背中に狙いを定めた。


―――特殊部隊は3発撃つって聞いたけど、5発しかないから沢山撃つのは得策じゃないわね。

やがて麗佳の指が引き金に掛かる。


―――おまえに恨みはないけれど、私が帰る為よ。


立場が逆ならおまえも撃つんでしょう?


そして麗佳が指に力を込めようとした瞬間の事だった。


「麗佳さんっ!!」


――ッッ


総一が思い切り手錠のチェーンを引っ張った。

すると麗佳の銃口は少女の背中からそれる。


――!!


それと同時に拳銃が火を噴いた。

しかし幸い、銃弾は少女をかすめただけで終わった。

その瞬間、少女がこちらを振り返り驚きに顔を強張らせる。

しかし総一も麗佳も少女を気にしている余裕はなかった。


「何やってんですか、麗佳さんっ!!」


総一はチェーンを引っ張ったまま麗佳の右手を押さえ込もうとする。

彼女の右手の中にはまだ拳銃が握られていた。


「放しなさい御剣っ! おまえは状況が分かっているの!?」
「分かってますよっ! 麗佳さんが無意味に人を撃とうとしたっ! ちゃんと分かってますよっ!!」


総一は力一杯麗佳を捕まえようとするが、彼女も抵抗して簡単には捕まらない。


「いいえ、分かってないっ!! 自分が生きるか死ぬかなのよ!? 他人の事なんて構っていられないわっ!!」
「じゃあ、あの子が死んだって良いって言うんですか!?」
「そうよっ! 私は生きて帰る為にPDAが欲しいっ! その為になら多少の犠牲は仕方ないわっ!!」
「話し合えば良いでしょう!? うまくしたら協力し合えて、何もしないでPDAが手に入るかもしれないのに!!」
「話し合いですって!? この建物の中で誰が信用できるっていうの!? 誰もが私を狙う理由があるわ!! 御剣、おまえだってそうよ! この手錠が無ければ、おまえだっていつ豹変したっておかしくないのよ! なのに話し合いですって!? むざむざ殺されに出て行けっていうの!?」


麗佳がそう叫んだ時、総一はようやく彼女の手を捕まえた。

そして素早くそこから拳銃を取り上げる。


「そんな人ばかりじゃありませんよっ! どうしてそこまで疑うんです!? 少しぐらい他人を信じたって良いじゃないですか!!」
「生きて帰りたいだけよっ! 信じて裏切られて殺されるのなんてまっぴらっ!! 私はこんな所で死ぬのは嫌なのよっ!」


生きて帰る為に人を信じろという総一。

生きて帰る為に人を信じられない麗佳。

2人の怒鳴り合いは平行線をたどっていた。

それぞれの意志を支えているのは正反対の思い。

総一は人と助け合う事を優先したい。

しかし麗佳は逆に自らの命を優先したいのだ。

総一は自分の死にはあまり恐怖を感じていない。

しかし麗佳は自分の死が怖くてならない。

自分を大事にしない人間と、他人を大事にしない人間。

この怒鳴り合いの中心にはそんな根本的な行き違いがある。

だから結局互いの考えを受け入れる事が出来ない。

互いが歩み寄らなければ、決して理解し合う事は出来ないのだ。


「どうせおまえも追い詰められれば私を殺すわ! 賭けたって良い!!」
「そんな事はありませんよっ!!」


そんな2人だから、問題の少女がとっくに姿を消している事に気付くまでにはしばらく時間がかかるのだった。


・・・・・・。

 


・・・。

 

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「ここが2階か………」


総一は階段を上ってすぐの所にあるホールを見渡しながら大きく息を吐く。

それは1階と見分けがつかない風景だった。


「………」


しかし麗佳は総一の言葉には反応しなかった。

彼女は総一から目を逸らして黙り込んでいた。

総一と麗佳は2階への階段を見つけ出していた。

地図を頼りに階段に向かっていた総一達だったが、最初に見つけた階段は鉄条網や建材で厳重に封鎖されていた。

総一達が登って来たのは2つ目の階段だった。

2番目に見つけた階段には封鎖は施されていなかったのだ。

そこで総一達は地図の階段のマークに微妙な違いがある事に気付いた。

1つ目の階段の所には、階段に重なるようにして大きなバツ印が描かれている。

しかし2つ目にはそれはない。

どうやらバツ印は使えない階段を示しているらしいのだ。

2人が2階へ上がってきたのは、戦闘禁止が解除されてから3時間が経過した午後6時過ぎ。

麗佳が例の少女を撃とうとしてから1時間以上が経過していた。

その間ずっと2人はこの調子だった。

怒鳴り合いをやめた2人は、それ以降コミュニケーションをとること自体をやめてしまっていた。

手錠がなければ2人はきっとこの時点で別の道を行っていただろう。

あるいは戦いになっていたかもしれない。

しかし堅固な手錠がそれを許さなかった。

2人は半目しあいならがも、同じ道を行くしかなかった。

手塚義光が2人を見つけたのは丁度そんな時の事だった。

総一がその不意打ちに気付いたのはただの偶然だった。

麗佳と反目していたおかげで彼女とは別の方向を向いていた総一。

その視界に近付いてくる男の姿が飛び込んで来たのだ。

総一はまず見知らぬ男が足音を殺して近付いて来ている事を知って驚いた。

そして総一が彼が足音を殺している理由を悟る前に、男は腰の後ろからナイフを取り出した。

男の手にあるナイフは左右に一本ずつ。

男は相当距離があるにも拘わらず、右手のナイフを振り上げた。

すると手に持ったナイフと、彼の首に巻かれた首輪がギラリと銀色の輝きを放った。


――なんだ!? いや、これはっ!?


総一が行動を起こす前に男の右手からナイフが離れる。

男の投げたナイフは音もなく飛ぶ。

そしてナイフは男に気付いていない無防備な麗佳にまっしぐらに向かっていった。

 

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「麗佳さんっ!!」


総一は左手の手錠を思い切り自分の方へ引き寄せた。


「きゃあぁっ!?」


すると手錠に右腕を引かれた麗佳の身体は総一に向かってすっ飛んで来る。


――ッッ


それと同時に麗佳の鼻先をナイフがかすめていった。

ナイフはそのまま通路の壁に当たり、総一達の足元に転がった。

 

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「へっ、お前達面白い事になってるなっ!!」


男は総一達に向かって走って来た。

その途中で左手に持っていたナイフを右手に持ち帰る。


「何をどうすれば手錠で繋がれたりするんだっ!?」


男は奇妙なほど楽しげだった。

ナイフを手に駆け寄ってくるその姿。

普通なら楽しそうなどという事はあり得ないだろう。

しかしこの時、総一にはどうしても彼が楽しんでいるように思えた。


―――首輪?!


って事は13人のうちの1人!?

 

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「撃ちなさい御剣ッ! ボーっとしてたら死ぬわよっ!!」


麗佳が叫ぶ。


一見それは総一を心配しての言葉だったが、実際の所は違う。

総一が死んで重たい荷物を抱える事を心配しての事なのだ。

 

「は、はいっ!」


麗佳の思惑がどうあれ、彼女の言い分は正しい。

総一は彼女の言葉に押されるようにして慌てて懐に手を突っ込んだ。

 

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「だが手錠で遊ぶにゃ場所が悪かったなッ!!」


男はまっしぐらに突っ込んでくる。

男がナイフを振り下ろしたのと、総一が銃を引き抜いたのはほぼ同時だった。


――ッッ


総一が取り出したリボルバーと男のナイフが激突する。

おかげで総一を狙った筈のナイフはなんとか防がれた。

とはいえ銃に受けた衝撃は大きく、思わず総一の指に力がこもって銃口から弾が1発飛び出していく。

弾が顔をかすめた男は総一の目の前で顔色を変えた。


「手錠で遊んでるだけかと思ったら、とんでもネエおもちゃを持ってやがるな」


男はナイフを持った手で総一の銃を押しのけながら、総一を思い切り蹴った。


「うわっ!?」

「きゃあっ!」

総一が蹴り飛ばされると手錠のおかげで麗佳まで体勢が崩れる。

しかしその麗佳のおかげで総一は遠くまで蹴り飛ばされずに済んでいた。


「ちっ」


男は自分の蹴りが思ったほどの結果を残さなかった事に舌打ちする。

同時に身体を引き起こした総一と目が合った。

するとすぐに男の視線は総一の銃へ向く。


「そ、それ以上近付いたら、う、撃つぞ!」


男が拳銃を警戒している事に気付いた総一は銃口を男に向けた。

蹴られた腹や打ち付けた背中が痛む。

床にぶつけたのか、頭も少しふらふらしている。

だが行動を起こさなければ、目の前の男のナイフが総一か麗佳に襲いかかる事になる。

この時の総一は自分と麗佳を守ろうと必死だった。

自分が死ねば麗佳は逃げ切れない。

麗佳が死んでは元も子もない。

どちらか片方では駄目なのだ。

すると銃口を向けられた男は足を止めた。


「だが、それを撃てるのか? お前みたいな平和そうな奴が、人間に向かって銃を撃てるってのか?」


男は銃口から視線を離さないまま、ゆっくりとナイフを総一達の方へ向ける。


「撃つさ、必要なら!」


総一は内心で冷や汗をかきながらなんとかそう答える。

男の言う通りだった。

男に向かって銃を向けた時から、総一は身体の震えが止まらなかった。

銃を撃つという事。

他人を傷つけるという事。

それらが総一の心に重くのしかかっていた。


―――頼むから退いてくれ。


でないと本当に撃たなければならなくなるぞ………。


総一はそんな弱気が顔に出ないようにするのに必死だった。

男は最初、無防備な麗佳に向けてナイフを投げつけてきた。

手錠で繋がれている総一達を見てカモだと思ったのかもしれない。

そして今、男はもう1本のナイフを手に目の前にいる。

男の殺意は明らかだ。

彼のナイフから身を守る為には、生身ではどうにもならない。

手の中にある人殺しの道具を使わなければならないのだ。

この時総一は恐怖していた。

総一と麗佳、どちらか片方が動けなくなるほどの怪我を終えば、その時点で2人とも殺されてしまう。

総一は自分が傷つけば麗佳も死ぬという現実に強い恐怖を感じていた。


―――そうか、麗佳さんはそれで………。


そして総一はこうやって追い詰められた事で初めて、自分の斜め後ろにいる女性の気持ちを理解する事が出来た。

麗佳は怖ろしいのだ。

傷つけられ、死んでいくのが怖ろしくてたまらないのだ。

今、総一が自分が傷つく事を怖れているように。

だから他人を殺してでも命を守ろうとする。

だから誰も信じない。

今、総一が銃を男に向けているのと同じ理由なのだ。

思いやりや優しさが無いんじゃない。

彼女は怖くて仕方がないだけなのだ。

 

―――それなら、なおの事、麗佳さんにはさせられない!!


麗佳が怖がっているのだという事実が総一に力を与えていた。

自然と拳銃を握る手に力がこもる。


「………なるほどね。 確かにお前なら撃てるかもしれないな」


そんな総一の様子を察してか、男は総一と拳銃から目を離さないようにしながら慎重に通路を後退していく。


――行け、頼むからそのまま行っちまえっ!


総一は銃を支えながら胸の内で叫ぶ。

それほど重くない筈の拳銃。

それが今は重くて仕方が無い。

今すぐにでも下してしまいたい衝動に駆られる。

しかし今それをする訳にはいかないのだ。

総一は震える手に更に力をこめる。


「クク、そんなに怖い顔するなよ。 心配しなくても襲ったりはしない。 少なくとも、俺も銃を見つけるまではな」


男は下がりながらそんな事を言った。


「御剣」


麗佳が囁くように言う。


「撃ちなさい。 逃がすと厄介な事になるわ」


その声は総一にだけ聞こえるように調整されていた。

総一とにらみ合いを続けながら、下がっていく男には聞こえていない。


「麗佳さん、このまま行かせましょう」


総一も声をひそめて答える。


「何故!? 危険なのが分からないの!?」

「分かってます。 理由はあとで」


総一が気にしていたのは弾の残りの事だった。

拳銃に装填されていた弾は6発。

チェーンに1発、少女に1発、そして今ここで暴発したのが1発。

3発が発射され、残りの弾は3発だ。

今逃せば、いずれ男が武器を持ってまた現れるのは分かる。

総一も麗佳が言う意味を十分に承知していた。

しかし果たして残りの3発で目の前の男から自由を奪えるのか?

もしそう出来なかった場合、その後はどうなる?

弾切れを知られた後、彼はナイフで突っ込んでくるのではないか?

今、男が拉致してこないのは銃にまだ弾が入っているからなのだ。

ここで銃弾を使い切ってしまったら、総一達には身を守る方法が無くなってしまう。

そして総一達を襲うかもしれない人間は目の前の男だけではない。

この男の他にも、誘拐犯達は確実にそうだ。

更にはこの男以外にも『ゲーム』に乗って襲ってくる人間が居るかもしれないのだ。

手錠で繋がれた総一と麗佳には、ナイフで襲ってくるだけでも十分すぎる脅威なのだ。

それを防げるのは今のところこの銃一丁だけ。

総一にはどうしても、この時点で身を守る手段を捨てる事が出来なかったのだ。


「………いけ、いってくれ………」


総一は祈るような思いで下がっていく男を見つめていた。

その数十秒間、総一はまるで生きた心地がしなかった。

手は震え、額に汗は滲み、力を入れすぎた膝はかくかくと笑っている。


・・・。


「い、いってくれた………」


だから男が通路の角に姿を消した時、安堵した総一はその場に座り込んでしまった。

 

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「はぁ、はぁ、はぁ………」


総一には何もかも初めての経験だった。

明確な命の危機。

他人に殺されかけた。

そして自分が、身を守る為とはいえ相手に銃を向ける。

どれもこれも現実とは思えない出来事だった。

しかしこれはまぎれもない現実なのだ。


「………御剣、これで分かったでしょう? 甘い事を言っていたら、死ぬのは私達の方よ。 次は、誰が現れてもためらわないで」
「麗佳さん………」


総一は荒い息を整えながら麗佳を見上げる。

麗佳の言う事は、総一にも身を染めて分かっていた。

彼女が何を言っているのかはもう全て分かっている。

しかしそれでも総一は麗佳にそんな風に言って欲しくはなかった。


「私は生きて帰りたい。 生きて帰って、元の生活に戻りたい。 その為なら何だってするわ。 他人を傷付ける事だってやってみせる!」


元の生活。

そこへ帰りたい。

その言葉は不思議と総一の胸をうった。

元の生活に戻る、それは総一が何度も夢見つつも決してかなわない夢だった。

それはPDAが壊れて首輪が外せないからではない。


「麗佳さん、俺は、1人で帰っただけじゃ駄目だったよ」


数ヶ月前に起こったある事件。

その日、総一は確かに家へ帰る事が出来た。

しかし結局、1人で帰っただけでは元の生活には戻れなかった。

決定的に欠けた何かが、総一をそこへ帰らせてはくれなかったのだ。


「え?」


麗佳が戸惑いの表情を浮かべる。


―――しまった。


余計な事を言った。


「………ともかく身を守る為なら戦うのも良いですけど、こちらから積極的に仕掛けるのだけは止めておきましょう」


口を滑らせた事を後悔した総一は素早く話題を変えた。


「何故? 危険なのはもう分かっているでしょう?」


幸い麗佳は新しい話題に乗ってきてくれた。


「危険は分かっています」


そして新たな疑問を口にする麗佳に、総一は手錠を持ち上げてみせる。


「でも俺達には、まだ手錠がついています。 だから戦いは避けた方が良いんです。 銃弾にも限りがありますから」
「でも………」
「冷静に考えて下さい麗佳さん」
「弾は残り3発。 でも、まだこの建物には俺達以外に最低でも10人の人間がいるんです。 全員を相手にするにはたった3発じゃ無理です」


銃弾を使い切り武器が互角になってしまえば、手錠の分圧倒的に総一達が不利だ。

銃があればこそ互角以上にやっていられるだけなのだから。


「だからなるべく穏便に進めたいんです。 せめて誰が戦いを選んだのかがはっきりするまでは。 もちろん一番良いのは手錠を、いや首輪を外してしまう事なんでしょうけど、今の俺達には不可能です」


総一はそうやって麗佳を説得しようとしたが、実のところ本音はただ麗佳を戦いから遠ざけたいだけだった。

単純に怖がる彼女を見ていられなかったのだ。

これ以上その口から他人を撃てなんて言葉を吐き出させたくなかった。

総一が口にした提案はその為の方便だった。


―――悪いな。


このぐらいの嘘は許してくれよな………?


だから総一は心の中で誰かに詫びる。

その人物は嘘や曲った事が大嫌いだった。


「………良いわ。 でも、少しでも攻撃された時は決してためらわないで」


そして頷いた麗佳を見て、総一は2度目の安堵の息を漏らした。

 

・・・。

 

探索を再開した総一達は、途中にある部屋を調べながら上のフロアへ続く階段を目指していた。

部屋を調べる目的はもちろん手錠を外す事。

そして身を守る為の方法を見つける為だった。


キィィィィ


総一は少しだけ開いたドアの隙間からそっと部屋の中を覗く。


「………大丈夫です。 誰もいません」


ギギッ


中が無人である事を確認すると総一はドアを大きく開いた。

 

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「何かあると良いんですけどね」
「探してみましょう」


2人が入ったのは通路の脇にあった小さな部屋だった。

入り口は通路からのドア1つだけ。

他に出口は無かった。

もともと古い倉庫だったらしく、大小様々な箱に加え、ひっくり返されたテーブルや椅子などが積み上げられていた。


「そっちの山になっている方は探さなくても良さそうね」


麗佳は部屋を一瞥すると、積み上げられた家具を見てそう言った。


「そうですね」


総一もそちらを見て納得する。

そこには収納向きの家具は置かれていなかった。


「この辺の箱に何かあれば良いんですけど」


総一が部屋に置かれていた箱に触れると、蓋の上に乗っていた埃がもうもうと舞い上がる。


―――もうちょっと綺麗にしておいてほしいもんだ。


明らかに手入れの施されていない部屋に胸の中で悪態をつくと、総一は箱の蓋を開けた。


「がらくたばかりね」


総一の耳元で麗佳が囁く。

手錠で総一の傍から離れられない彼女は総一の隣で同じ箱を覗き込んでいた。

彼女の言う通りで、箱の中身はがらくたばかりだった。

薄汚れた食器、カラになった缶、ボロボロのテーブルクロス。

総一の開けた箱には台所用品のなれの果てが詰まっていた。


「使えそうなものといえばこんなものぐらいですね」


総一は箱を閉める間際に中から小さな折りたたみナイフを取り出した。

それは果物の皮を剥いたり、実を切り分けたりするのに使うような小さなナイフだった。

1階で郷田と一緒に見つけたようなコンバットナイフと比べると見劣りする代物だった。


「こんなものじゃ、チェーンを切れる筈もない、か………」


総一は溜め息をつく。

コンバットナイフを跳ね返し、銃弾でも僅かな傷しかつけられなかったチェーン。

それはこんな小さなナイフでどうにかできる筈もない。


「御剣、向こうの箱は?」


部屋を見回していた麗佳はそう言いながら右手の手錠を軽く揺すった。

するとチェーンに引っ張られて総一の手錠が小さく揺れる。


「どれですか?」


手錠の揺れに誘われて総一は部屋を見回すが、それらしい箱は見当たらない。


「ほら、あれよ。 奥の方にあるけど、箱が妙に新しいやつ」


麗佳は部屋の奥を左手で指し示した。


「ああ、本当だ。 あんなところに」


その箱は、他の古い箱で隠すようにして置かれていた。


「確かにあれだけ新しくて変ですね。 それに隠すようにしてあるのも気になります」
「開けてみましょう」
「はい」


2人はゆっくりとその箱に近付いていく。


―――そういえば、郷田さんと拳銃を見つけた箱もこんなだったっけ。


でも、あの時は部屋のど真ん中にわざとらしく置かれてたけど………?

総一が郷田と一緒に見つけた箱もこんな風に奇妙に新しい箱で、そこだけ景色の中で浮いて見えた。

だからもしかしたら今回も同じように何かが入っているのかもしれない、総一はそんな期待を持っていた。


「罠って事はないかしら?」
「分かりません。 拳銃を見つけた箱は大丈夫でしたけど」

 

箱の正面に立った2人は罠の事を思い出していた。

総一のPDAを壊した罠、そして麗佳がはまりそうになっていた落とし穴。

どちらも危険極まりないものだった。

それが箱に仕掛けられていても不思議はない。

特に、新しくて人の手が触れた形跡があるだけに、罠があるとすればこの新しい箱が一番怪しいのだ。


「やめますか?」
「いいえ、開けましょう。 罠にしても、確率は低いんでしょうし。 これだけ歩いてまだ2つな訳でしょう?」
「ええ………」


歩き回った時間は既に数時間。

その間に遭遇した罠は2つだけ。

罠が仕掛けられている頻度はとても低いのだ。


「それに私達はどうしても手錠を外さなければならない。 その為には多少の危険は覚悟で開けなくては」


そして麗佳は総一の答えを待たずに箱の蓋を開けた。


「やっぱり罠はなかったようね」


麗佳は落ち着いた口調でそう言うと箱の蓋を投げ捨てた。

木製の箱の蓋は床に激突すると大きな音を立てる。


「心臓には悪いですけど」
「何かしら、これ………」


麗佳は総一には答えず、箱の中に手を伸ばした。


「………御剣、これが何か分かる?」


麗佳の手の中にあったのはテレビのリモコンのようなものだった。

その大きさといい、つや消し黒の色といい、大きめのテレビのリモコンを彷彿とさせるのだ。


「これ、スタンガンですよ!」


リモコンの赤外線ポートにあたる部分には2つの電極が取り付けられている。

そこを見て総一はそれが何かに気付いた。

実物を見るのは初めてだが、スタンガンに間違いなかった。


「スタンガン………これが………」


 見た事はなくても麗佳にはスタンガンの知識があったらしい。

総一に教えられた彼女はまじまじと手の中のスタンガンを見つめていた。


「そう何度も使えるものじゃないですけど、大男でもノックアウトできます。 使うのに腕力は要りませんし、麗佳さんみたいな女性には向いていると思います」


総一はスタンガンは彼女に持ってもらうつもりでいた。

これなら彼女が先走っても相手が死ぬような事はないだろうし、彼女の身を守る武器としても優秀だった。


「それと、こっちは………、保存食みたいですね」

箱にはスタンガンの他にもいくつかの包みが入っていた。

ラベルを読むと、災害用の保存食のセットだった。

包みの中には保存食と一緒に水の入ったペットボトルも入っていた。


「………これをここに置いた連中は、本気で私達を3日間ここに閉じ込めておくつもりでいるのね」


保存食を見た麗佳は忌々しそうにそう呟いた。

唇を噛みしめ、その顔は悔しいとも恐ろしいともつかないあいまいな表情を浮かべていた。

すぐに終わるなら食べ物などいらない。

しかし食べ物がここにある以上、誘拐犯達の意図は明らかだ。

彼らは総一達をすぐに帰すつもりはないのだ。


「とりあえず食べ物も持っていっておきましょう。 何が起こるか分かりませんし、それにここが都会から遠かったりしたら帰るのに必要になるかもしれません」

首輪を外したその後。

建物を出れたが、町に着く前に餓死しましたでは話にならない。


「………ええ………」


しかし難しい顔をしたままの麗佳の答えはあいまいだった。

彼女には総一の言葉は届いていなかった。


・・・。

 

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「そう簡単にはいきませんよ、麗佳さん」
「………」


少し落胆気味の麗佳。

総一はなんとか彼女を元気付けようと声を張り上げた。


「建物は広いんです。 気を落とさないように頑張りましょうよ」
「………」


しかし通路には総一の声が響くだけ。

麗佳は黙り込んだままだった。

スタンガンの箱を開けてからというもの、麗佳は沈みがちだった。

はじめ総一は単純に彼女が手錠を外す道具が見つからない事に落胆しているのだと考えていたが、どうやらそれだけではないようだった。

手錠のチェーンが鳴る。

先程から麗佳の足は遅れ気味だった。

総一は最初の麗佳のペースで歩いていたから、歩くのが速すぎるという訳ではない。

単に彼女が遅いのだ。


「………駄目だわ、こんな事じゃ………。 このままじゃ私は死………」


麗佳が小声で何かを呟く。

しかしその声は小さ過ぎて総一には聞き取れなかった。

彼女が何かを呟いたという事に気付いただけで、内容までは分からなかった。


「麗佳さん、何か―――」


振り返ってそう言いかけた時だった。

背後の麗佳に気を取られていた総一の足元で何かの音が鳴った。

それは金属のぶつかる音と、バネの音が混じったような音で、総一はあまり馴染みのない音だった。


―――なんだ?


気になった総一が首を巡らせようとした時、天井のあたりで何かが動いたのが目に入った。

下を見ようとしていた総一だったが、すぐに視線を上げる。

そこで彼が見たものは予想だにしないものだった。


「隔壁!?」


それは分厚い金属で出来た、化学火災用の防火シャッターだった。

そのシャッターは何故か総一達の真上から降ってこようとしていた。

位置は総一と麗佳の中間。

そのままシャッターが落ちれば総一達は手錠をシャッターに押さえられて身動きが取れなくなってしまう筈だ。

 

「麗佳さんっ!!」


総一は左手で麗佳の右手を掴んだ。

今回は手錠で引き寄せるだけでは間に合わない。

シャッターは下向きにどんどん加速している。

それは通常の防火壁にはあるまじき速度だ。

明らかに罠として使う為に改造されているように見えた。


「きゃあっ!?」


総一は彼女の手を掴むと思い切り引き寄せる。

だがそれだけでは足りなかった。

このままでは加速する防火壁が彼女の頭に当たってしまう。

だから総一は引き寄せる動きを止めずにそのまま後ろへ跳んだ。


――!!!

 

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防火壁が轟音を立てて床に接触する。

その時麗佳の靴のかかとが防火壁をかすめて軽い音を立てたが、防火壁の音にかき消されて総一達の耳には届かなかった。

総一達は間一髪というところで難を逃れていた。


「一体、何が………?」


総一の両腕の中で頭を振りながら麗佳が顔を上げる。

その麗佳の様子を見て総一は無事で済んだ事が分かった。


―――間近で見ると、やっぱりえらい美人なんだな………。


安堵したからか、総一は不謹慎にもそんな事を考えていた。

彼女は未だに総一の両腕の中にあった。


「罠ですよ、麗佳さん」
「罠?」


総一の鼻先で麗佳が首を傾げる。


「防火シャッターが細工されてたみたいで、真上から降ってきたんですよ」


そう説明されると、麗佳は身体を起こして背後を振り返った。

 

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「これが………」


麗佳は驚いているようだった。

その横顔が緊張しているのが総一にも伝わってくる。


「俺が罠を作動させたみたいです。 すみませんでした麗佳さん」
「………」


麗佳は何も言わない。

彼女はしばらくそのまま防火壁を見上げていた。


「俺と麗佳さんがこのシャッターで分断されたらえらい事になっていました。 手錠があるから身動きがとれませんし」


総一がそう言うと、麗佳の顔がこちらを向く。


「ッ!?」


その瞬間、麗佳の表情が強張った。


「御剣ッ!! 伏せて!!」


――ッッ


そして麗佳は総一の頭を抱きかかえるようにして押し倒した。

そしてそのまま彼女は総一の顔に胸を押しつけるようにして自分の身体を倒す。


「なんだっ!?」


訳の分からない総一が麗佳の下でもがくと、彼女はその身体を押しつけるようにして総一を無理やり押さえ込む。


「いいからっ!!」


――!!


その時2人をかすめて何かが防火壁に当たる。

風切り音と壁に激突した音からして凄まじい速度だ。


「立って! 逃げるわよ御剣ッ!!」


麗佳はすぐさま立ち上がる。


―――なんだ? どういうんだ?!


押さえ込まれたり、立って逃げると言われたり、総一には訳が分からない。


「さっきのあの男が居るのよ! 弓矢の銃でこっちを狙ってる!!」
「あいつが!?」

総一はとっさに首をめぐらせる。

防火壁、そのすぐ傍らに転がっている矢。

そして背後にはクロスボウを構えた男の姿。

そんなものが次々と総一の目に飛び込んでくる。


「行くわよ、走って!!」
「は、はいっ!!」


状況を把握した総一は麗佳の声に従ってすぐさま走り出した。


・・・。

 

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「あいつら、なかなかチームワークが良いじゃねえか」


男―――手塚義光は慣れないクロスボウに次の矢を装填しながら楽しそうに呟いた。

手錠で繋がれた男女。

クロスボウを手に入れた手塚は真っ先に彼らを狙う事に決めた。

その理由は簡単だ。

2人連れでしかも手錠で繋がれているとなれば動きは鈍い。

しかも片方を動けなくすれば2人とも動けなくなる。

つまり的が広くて狙いやすい。

拾ったばかりのクロスボウに慣れていない手塚におあつらえ向きのターゲットだったのだ。


「あの音に釣られて見に来て、奴らが居た時には俺はなんてツイてると思ったが、なかなかうまくいかないもんだ」


手塚は何か金属同士が激突する大きな音を聞いてここまでやってきた。

その音は例の男女―――総一と麗佳がシャッターを落として出した音だった。

つまり防火壁の出した大きな音が、近くをうろついていた手塚を総一達の元に引き寄せたのだ。


「まあ、次はうまくやるさ。 コイツの使い方も分かったし」


手間取っていたクロスボウの再装填が終わる。

総一と麗人佳が逃げ切れたのは手塚がクロスボウに不慣れだったからだ。

もし彼がもう少し手慣れていたなら、逃げていく総一と麗佳の背中に突き立っていたかもしれない。


「どのみち2人じゃ遠くまではいけないだろうしな」


ククク


手塚はクロスボウを構えて狙いを確かめながら喉の奥を鳴らす。


「さてどうするお2人さん? 俺は自信満々だぜ?」


そして手塚は総一達の逃げ去った通路を見ながらニヤリと笑うのだった。

それは見る者がいれば寒気がするほどの楽しげな笑顔だった。


・・・・・・。

 

・・・。

 


「追って来てないです」


総一は荒い息を殺しながら、曲がり角の向こうを覗き込んでいた。

それは例の男が追って来ていないかの確認の為だった。

しかし幸い男は追い掛けてきていなかった。

耳を澄ましても何も聞こえない。

誰も追って来ていないのだ。

今の総一の耳に入っているのは麗佳の呼吸だけだ。

しばらくそうやって様子を見ていた総一だったが、数分が過ぎると麗佳に向き直った。

 

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「もう大丈夫みたいです。 どうやら逃げ切ったみたいですね」
「そう………。 とりあえずはひと安心ね」


麗佳は総一の報告を受けると大きくハァァァッと息を吐いた。

そうしたくなるほど彼女も安堵しているようだった。


「助かりました、麗佳さん。 助けて下さってありがとうございます」


総一は麗佳に庇って貰った事を思い出して頭を下げた。

そして小さく笑顔を浮かべる。

麗佳はあの時、総一を守る為に押し倒した。

彼女にそうしてもらえた事が少しだけ嬉しい総一だった。

 

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「あ、当たり前でしょう? おまえが動けなきゃ、私も動けなくなるんだから。 それにその前には私が助けて貰ってるんだから、貸し借り無しよ」


麗佳は少し早めの口調でまくし立てる。


―――もしかして、照れてるのかな?


総一はそんな風に思ったが、すぐにその考えを打ち消した。


―――そんな筈はないか。


あの麗佳さんだもの。

今も俺の事は信用してないんだろうし。


「あんまりのんびりもしていられないわ。 逃げ切れたとはいえ、あいつが偶然ここに来る事だってあるわ。 もう少し移動しましょう」


麗佳は寄りかかっていた壁から背中を離す。

そして総一から顔をそむけるようにして歩き始める。

手錠のチェーンが伸び、軽く音を立てる。


「そうですね。 あいつが近くにいるかもって思ったら、生きた心地がしません」

総一もすぐにその横に並んだ。


―――なんだか、調子が狂う………。


麗佳は自分が総一を信用し始めている事に戸惑っていた。

クロスボウで撃たれた時、身体は勝手に動いていた。

そこには手錠の計算や妥協があった訳ではない。

ごく自然に、当たり前のように、麗佳は総一を庇っていたのだ。


―――こんなんじゃ駄目よ、麗佳。


こいつだっていつ裏切ってもおかしくないんだから。

緩み始めていた警戒心を呼び起こそうと、麗佳は自分にそう言い聞かせる。


「麗佳さん、ちょっと良いですか?」
「は、はい?」


そんなタイミングで声をかけられたから、麗佳の声は少し上ずってしまっていた。


「考えてみたんですが、こうしてみませんか?」


そして総一は左手で麗佳の右手を取った。

総一の左手と麗佳の右手は手錠で繋がれている。

だからこうやって直接手を繋ぐと、手錠のチェーンはたわんで下に垂れ下がる形になる。


―――あったかい、手だな………。


麗佳は総一が何故そうしたのかを問おうともせず、手に感じる総一の体温に意識を向けていた。


―――こうしてると不思議と―――


「こうすれば手錠に引っ張られて手首が痛む事もありませんし。 ………って麗佳さん?」


ボーっとしていた麗佳の視界に、総一の顔がにゅっと飛び込んでくる。


「みっ、御剣?!」


慌てた麗佳は総一の手を思い切り握り締めてしまう。


「大丈夫ですか麗佳さん? どこか痛いとか?」
「だっ、大丈夫っ、そんな事はないわっ!」
「そうですか」


総一は麗佳の動揺には気付いていない様子だった。


「ふぅ」


麗佳は小さく深呼吸すると、少しだけ落ち着きを取り戻していた。


「あんまり軽々しく女性の手を握るのはどうかと思うんでうが、非常時ですし。 麗佳さんの手首、傷だらけじゃないですか」
「え、ええ………」


―――本当に、調子が狂う………。


麗佳は本気で戸惑っていた。

総一に手を握られていても不快には感じない。

漆山に腕を掴まれていた時はあんなに嫌だったというのに。

それは総一への警戒が緩んでいる証拠だった。

だがそれだけに麗佳の戸惑いは深い。

しかしそんな彼女の想いも、次に総一の口から飛び出した言葉に一気に掻き消される事になる。


「それにこのまま手錠で引っ張りっこしてたら、手首から千切れちゃいますよ」


―――手首から千切れる!?


その言葉を聞いた時、麗佳の背筋は凍りついた。


―――そうだ。


それなら出来るんじゃないの?!

何気なく総一が発した言葉。

それが恐らく総一の冗談である事は想像がついた。

しかし麗佳は気付いてしまったのだ。

仮に総一を殺しても、彼の手首を切断すれば自由になれるのだ、という事に。

 

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ドクン、ドクン、ドクン


麗佳の心音が早くなっていく。

血圧は高まり、耳の奥で血液の音が鼓膜を叩いている。

まずスタンガンで総一を気絶させる。

この位置関係なら総一には回避できない。

確実に気絶させられるだろう。

そしてナイフを奪って刺し殺し、彼の手首を切断する。

そうすれば麗佳は自由になれる。

そして裏切られる心配もなくなるのだ。


ドクン、ドクン、ドクン


麗佳の視線が総一の腰の後ろにぶら下がっているコンバットナイフに注がれる。


―――あれでなら、刺し殺す事も、手首を切り離す事も簡単だわ………。


緊張にじっとりと手に汗が滲んでくる。


―――それに、同じ事は御剣にだって出来る………。


麗佳がそうやって自由になれるという事は、逆に総一だって麗佳を殺す事が出来るという事でもある。

つまり手錠が付いているからといって、総一を信用しても平気だという根拠にはならないのだ。


―――けれど殺すの? さっきは命懸けで守った相手を? そして守ってくれた相手を?


ドクン、ドクン、ドクン


―――でも守ってくれたのだって演技かもしれない。


私を利用する為の演技かもしれない。

だったら、裏切られる前にやらなくちゃ………。


ドクン、ドクン、ドクン


―――この手の持ち主を殺すの? このあったかい手を。


それで安全になるの? その方が良いの?

麗佳は完全な混乱の中にあった。

これまでは自分の身を守る為に総一を守る必要があった。

協力し合う必要があった。

しかしこれからは違う。

総一を守る必要なんてない。

協力し合う必要もない。

総一が死にそうになったら、そのまま見殺しにしたって良いのだ。

何故なら麗佳は総一が死んでも生き延びられるのだから。

そしてもちろん総一もそうだ。

これまで麗佳には総一は手錠があるから助けてくれているように見えていた。

しかし本当は彼には最初からそんなつもりなんて無かったのかもしれないのだ。

麗佳を手錠を使って信用させて、さんざん利用した上で使い捨て、いざとなったら手首を切り離す。

それが狙いだったのではないか?


「麗佳さん、本当に大丈夫?」


再び総一の顔が視界に割り込んでくる。


「だっ、大丈夫、大丈夫だからっ!」


この時の麗佳の動揺は、総一を信用しかけている自分に気付いた時以上だった。

だが結局、総一はそんな彼女の様子には気付かなかった。


・・・・・・。


・・・。


「くそっ、まさか長沢までこれとは!」


総一は走りながら舌打ちしていた。

 

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「ちょっと待ちなよ御剣の兄ちゃん! 俺の為に死んでくれるだけで良いんだからさぁ!」


総一は麗佳の手を引きながら走り続けていた。

そして2人の十数メートル後ろには長沢の姿。

彼は大きなナタを振りかざして2人を追っていた。

 

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「御剣、撃ちなさい!」

「でも………」

「今撃たなきゃいつ撃つっていうの?! このままじゃ追いつかれるわ!」

「わ、分かりました………」


総一と麗佳が長沢と出くわしたのは大きなホールでの出来事だった。

初めは見知った顔を見つけて喜んだ総一だったが、彼の手に握られた大型のナタを見てその喜びも消し飛んだ。

長沢は手錠で繋がれた総一達を見るや、そのナタを振りかざして襲いかかって来たのだ。


―――相手は中学生だ。


当たらないでくれると良いけれど………。


迷いながらも総一はリボルバーを引き抜くと背後に向ける。


「撃ちます」


総一はまだ迷ってはいたが、引き金に手をかけた。

直接狙わずに威嚇すればいい、そう決めた分だけ気は楽だった。

素人が走りながらろくに狙いもせず片手で背後の相手を撃つ。

仮に狙ったとしても、明らかに当たる筈もない状況だったが、それが分からないほど総一は素人だった。


――!!


引き金を絞る。

例によって手に伝わる衝撃は大きい。

自分の意志で撃つのは2度目だが、どうにもこの感触にはなじめないと感じる総一だった。


―――良かった、外れてくれた………!


銃弾は通路に大きな反響を残して飛び去っていく。

長沢にはかすりもしない。


「ほ、本物なのかっ!?」


しかし幸い長沢の足は鈍ってくれた。

威嚇がうまくいったようだった。


「卑怯だぞっ! 兄ちゃん達だけ!!」


総一達は逃げる足を緩めない。

2人はわめく長沢の声を背に、通路を全速力で走っていった。


・・・。


長沢から逃れる為に通路を走る総一と麗佳。

何度か角を曲がり2人がある部屋の前にさしかかった時、麗佳のバッグから聞き覚えのあるアラームが鳴った。

 

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「何なのっ!?」


走りながら麗佳はPDAを引っ張り出した。

そして画面を覗き込んだ瞬間、麗佳の表情が変わった。


「御剣ッ!」
「ど、どうしました?」

すると麗佳は慌てた様子で総一にPDAの画面を見せた。


「戦闘禁止エリアよ! このドアの向こうがそうらしいわ!」


麗佳は立ち止まると、たった今通り過ぎてしまったドアを指さした。


「戦闘禁止エリア?! って事は!」
「長沢が追って来ても攻撃できないわ!」


麗佳の答えとほぼ同時に、総一は彼女の手を引いたまま問題のドアを開け放つ。


「麗佳さんっ!」
「ええっ!」


そして2人はその部屋へと飛び込んでいった。


・・・。


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」
「ハ、ハ、ハァッ」


ずっと走り通しだった2人は、部屋に飛び込んだ後もしばらく口を利く事が出来なかった。

部屋の壁によりかかり荒い呼吸を整えていた。

 

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「どうやら追ってきては、いないようね」


呼吸が整ってくると、麗佳は自分達が入ってきたドアの方を見た。


「そうみたい、ですね」


総一もそちらに顔を向ける。

ドアが開く気配はない。

長沢はここへ来る前の段階で総一達を追うのをやめたのだろう。


「戦闘禁止エリアか………」


『あなたが入ろうとしている部屋は戦闘禁止エリアに指定されています。 部屋の中での戦闘行為を禁じます。 違反者は例外なく処分されます』


麗佳のPDAにはそう表示されていた。

それを信じるなら、仮に長沢が部屋に入ってきたとしても総一達を攻撃する事は出来ない。

そんな事をすれば彼の首輪が作動して、最初に死んだ少女のようになることだろう。


「とりあえずは、ひと安心、ね」


すると麗佳はその場に腰を下ろして座り込んだ。


「ええ………」


総一も腰を下ろす。

2人とも疲れ切っていた。

歩き回り、罠にはまり、襲われ、追い回された1日。

既に精魂尽き果てていた。


「ここが戦闘禁止エリア………」


座り込んだ総一はこの時になって初めて部屋の様子に注意を向けた。

もう身体を動かすのは億劫だったし、さしあたって見回すしかする事も無かった。

部屋は一見するとワンルームマンションのようだった。

テーブルセットや休憩用のソファー、調理用のキッチンまで備わっていた。

それだけでなく、部屋はさらに奥に続いており、他にも何かの設備があるようだった。


―――ベッドでもあれば最高なんだけど。


正直、ぐっすり寝たい総一だった。


「ここだけは綺麗なんだな」


そして他の部屋との最大の違いは、手入れが行き届いている事だった。

他の部屋は汚れ放題だったが、この部屋は違う。

チリひとつない床、真新しい家具。

汚れを運び込んでいるのは総一達だった。


―――なるほどね。


戦闘禁止エリアってこういう為のものなのか。

部屋の設備、そして行き届いた手入れ。

戦闘から逃れるという意味もあるのだろうが、ここは休憩の為の部屋なのだ。

ゆっくり休憩する為に戦闘禁止になっている。

部屋が綺麗なのと同じ理由だろう。

総一は部屋を眺めながらそう結論していた。


「ねえ麗佳さん、さっき見つけた食料を―――」


そう言いかけたところで総一は気付いた。


「すー、すー、すー」


麗佳は総一の隣に座ったまま、静かに寝息を立てていた。


「………寝ちゃったのか」


―――仕方ないよな。


体力は俺よりないんだろうし。

その俺がこれだけ疲れてるんだもの、麗佳さんは当然かな。


総一は自分のあくびを噛み殺しながら眠り続ける麗佳の横顔を見守る。


「ん………」


その唇から小さな吐息が漏れる。

寝顔にはいつもの緊張感は無く、穏やかなものだった。


―――こういう顔も出来るんだな………。


年上である事も手伝って、総一には真面目で冷静な印象の強い麗佳。

しかし今の総一は、彼女からそんな印象は受けない。

この時ばかりは、麗佳はどこにでもいるような少女だった。


―――年上に少女も無いもんだけど。


総一は麗佳の寝顔を見ながら小さく苦笑を漏らす。


「んんっ………」


トサッ


その時、麗佳の身体が総一の方へ傾いた。

すると彼女の頭が総一の肩に乗る。


「麗佳さん?」
「すー、すー、すー」


しかし麗佳は眠ったままだった。

どうやら意識してのことではないらしい。

そんな麗佳を見ながら総一は思った。


―――やっぱり少女でいいや、この人は………。


実際は違うのだが、こうしていると総一は麗佳に頼られているような気がして少しだけ嬉しいのだった。


・・・。


そのぬくもりに包まれていると何もかもをゆだねてしまいたくなる。

まどろみの中、麗佳はその真っ白な光の中で漂っていた。


―――何をしていたんだっけ?


それは思い出せない。


―――誰と一緒にいたんだっけ?


それは多くのイメージを同時にもたらした。

しかしどれも漠然としていてはっきりとは思い出せない。

しかし1つだけはっきりしている事があった。

その人物こそがこのぬくもりの持ち主なのだ。


「………!!」

 

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その瞬間、急速に意識が覚醒する。

同時に薄く開いた目から周囲の様子が飛び込んでくる。

そしてそこからさまざまな事が連想されていく。

部屋。

綺麗な部屋。

戦闘禁止エリア。

ゲーム。

ルール。

手錠。

御剣総一。

仲間?

敵?


―――しまった、眠ってしまっていた!?


麗佳の意識が完全に覚醒し、今の状況が一気に意識の中に呼び起こされていく。


―――この状況で眠ってしまったら、御剣に何をされていてもおかしくはない!!


両目が開く。

眠気は完全に吹き飛んでしまっていた。

眠りこけてしまった後悔と、今自分がどうなっているのかが分からない不安が心に重くのしかかる。

総一は眠っている麗佳をエリアから連れ出して殺す事だって出来るのだ。


「麗佳さん?」


近すぎる声。

そして自分が顔を押し付けているぬくもり。


―――私は一体何をしている!?


「目が覚めましたか?」


そして麗佳はようやく、自分が総一に寄りかかるようにして眠っていたという事実に気が付いた。



「あ、うあ、ああ………」


麗佳はそんな自分が信じられない。


―――信用ならない相手の前で無防備で眠って、しかもその相手に寄りかかって寝ていただなんて!


「ふぁぁぁぁっ」


そんな麗佳の気持ちも知らず、総一位は彼女の目の前で大口を開けてあくびをする。


「すいません麗佳さん、ちょっと見張り代わって貰えますか?」


そして総一は目元を拭う。


「み、見張り?」


動揺を必死で隠しながら麗佳は問い返す。


「はい。 ちょっと、寝ておかないとどうにかなりそうで………」


しかしそんな麗佳の努力をよそに、総一はあっさりと両目を閉じてしまう。


「あ、ちょっとまっ………」
「そんな長くなくて、構いませんから、あとは、よろひく、おれがいしやす」


沈黙。


―――み、御剣?


「くー、くー、くー………」


そして麗佳が呆気にとられている目の前で、総一はあっさりと眠りについてしまったのだった。

本当に寝てしまったのかどうか確信が持てなかった麗佳はしばらく総一を見つめていた。

しかし寝息を立てるばかりでぴくりとも動かない総一に納得したのか、やがて彼から視線を外してPDAを取り出した。


―――PDAはとられていない。


そして麗佳はPDAのスイッチを入れた。

軽い電子音と共に起動する。


―――私が眠っていたのは4時間くらい、か………。


麗佳が最後に確認した時間からは4時間以上が経過している。


―――御剣は、その間ずっと見張りをしてくれていたんだろうか?


麗佳は隣で眠っている総一の顔を見つめる。


「………おまえは、私の敵? それとも味方?」


彼女の眠っていた4時間。

その間、麗佳の心配していたような事は起こらなかった。

総一が麗佳を傷つける事は無く、PDAも無事だった。

それは戦闘禁止エリアだから?

手錠が付いているから?

麗佳を騙したいから?

それとも?


「くー、くー、くー………」


眠っている総一は答えない。


―――今なら、殺して手錠を………。


「………いえ、無理ね。 私には彼を起こさずにこの部屋から連れ出す事は出来ないし………」


総一なら麗佳を抱いて部屋から出る事が出来るだろう。

しかし非力な麗佳には総一を抱いて出るなどという芸当はできない。

引きずっていくぐらいが関の山だ。


―――でも引きずっていけばきっと総一は目覚めてしまうから………。


「仕方ない、ルールだもの………」


麗佳はそう言いながら眠る総一の顔に手を伸ばす。


「信用していないし、殺さないといけないけど、戦闘禁止エリアだもの。 それに………私の力じゃ静かに運び出せやしないし………」


そして麗佳の手が総一の頬に触れる。


「信用した訳じゃ、ないんだから………」


静かに運び出せない。

それは言い訳だ。

深く眠った総一は、ちょっとやそっとでは起きないかもしれないのだ。


「ん~」


麗佳の手が触れた事で、総一がくすぐったそうに顔を歪める。


「あ………」


そして自分が何をしていたのかに気付き、麗佳は慌てて手を引っ込める。


「敵よ、こいつは敵なのよ! 仕方なく一緒に居るだけなんだから!! 気を許して駄目!!」


そうやって麗佳は必死に自分に言い聞かせる。

総一を信じてしまいたい自分。

総一を信じられない自分。

2つの自分が麗佳の中でせめぎ合っている。

何か1つきっかけがあれば麗佳は心を決められただろう。

しかしその1つが麗佳には示されなかった。

 

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「私、私は………」


麗佳は迷っている。

その迷いは無防備に眠っている総一の顔を見ているとなおのこと深まっていく。


「わたし、は………」


だから麗佳には総一から目を背け、ひたすらに総一が目覚めるのを待つ他に無かった。

それは麗佳にとって、果てしなく長い時間だった。


・・・。