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シークレットゲーム -KILLER QUEEN-【11】


・・・。


4人が行動を開始したのは、3階が侵入禁止になってしばらく経ってからの事だった。

3階が侵入禁止になったのは朝の7時。

彼らが4階へ上がってきたのは夜明け前の事だったから、その頃はまだ休憩の最中。

彼らが休憩を終えたのは9時を回ってからの事だ。


「どうにも悪循環だね。 侵入禁止のルールに追い立てられて、落ち着いている暇もない」

「その点では完全に出遅れてますね」


総一と葉月は倉庫の奥に積まれていた木箱をゆっくりと部屋の中央へ運んでいく。

この箱は他と比べてやけに重い。

気をつけなくては腰を炒めそうだった。

主に葉月の方が。

 

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「総一、降ろす時に指を挟まないように気を付けて」


総一の隣にはもちろん麗佳。

彼女も箱を運ぶのに手を貸している。

 

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「はい。 葉月さん、降ろしますよ」

「ああ。 いち、にの、さんっ」


――ッッ


葉月の掛け声と共に木箱が床の上に降りる。


ガチャッ


箱の中からは金属同士がぶつかり合う音が聞こえてくる。


「さて、何か役に立つものが入っていてくれれば良いが」


葉月が箱のふたに手をかけた。

 

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「そんな事言って~、さっきは空っぽだったよね~」


すると渚がくすくすと笑って緊張感を台無しにする。

木箱のふたが外れる。


「そ、総一、これって………」

「は、はいっ」


箱を覗き込んだ2人の目に飛び込んできたのは、物騒な武器の数々だった。


「どおりで重かった筈だ………」


ゴクリ


葉月の喉が鳴る。

そこに納まれていたのは、これまで総一達の使っていた拳銃など問題にならないような武器ばかりだった。

より大きな口径の大型拳銃をはじめ、これまでのと同じ口径でもより連発の利くオートマチックピストル、果てはサブマシンガンまであった。

銃以外にも日本刀や山刀などといった、ナイフより殺傷力の高い武器がこれでもかと詰め込まれている。

箱が人間1人分の重さがあったのは、こういう理由だったのだ。


「これでなら、手錠、壊せるでしょうか?」


総一は震える手で大口径のリボルバーを取った。

ずっしりした重さはこれまでのリボルバーとは次元の違う威力を想像させる。


―――マ、マグナムってやつか?


そして総一は両手に握ったそれをじっと見つめる。

ここまで状況が切迫してくると、それが偽物なのか本物なのかを疑ったりはしない。

総一は目の前の全てを、迷う事無く現実だと考えていた。


「嫌よ、だめっ!」


総一の言葉に反応して、麗佳が彼の右手を掴む。

彼女の表情は真剣だった。

 

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「どうしてすぐにそんな事ばかり考えるの! 私との約束はどうなるのよ!」


その時の麗佳の力は強く、総一は弾みで銃を取り落してしまった。

総一の手からこぼれた銃は武器の山の上に落ちた。


「焦る気持ちは分かるが、僕もそう願いたいね」


葉月は総一が落とした拳銃を拾い上げながら苦笑する。


「とはいえ、僕はこいつでは駄目だと思うよ」

「どうしてですか?」

「………ここがまだ4階だからさ」


葉月は溜め息をついた。

それで総一にも分かった。


―――そんなに簡単に手錠は外させてもらえない、ってか。


「試してみるかい、総一君?」


葉月はそう言って総一に拳銃のグリップを向けたのだが、


「冗談もいい加減にしてください」


銃を取ったのは総一ではなく麗佳だった。

そして鋭い瞳で葉月を睨みつける。


「子供相手に、撃ってみるかいは無いでしょう!」

「す、すまん、そうだったな」


麗佳の指摘に、葉月は慌てて頭を下げた。


「ず、ずっとここに入れられて、僕も少しおかしくなっているのかもしれないな」


そして葉月は照れ臭そうに頭を掻く。


「しっかりして下さい、葉月さんっ」


対する麗佳は大した剣幕だった。


「………こ、子供………」


麗佳に子供と断言されてしまった総一は、その成り行きをただ見つめていた。


「そうよ、子供よ」


麗佳は耳聡く総一の声を聞き付け、今度はその視線を総一に向ける。


「変なヒーロー願望がある子供。 人にはいろいろ言うくせに、自分だけは勝手な事をやってしまう厄介な子供よ」


言いながら麗佳は総一の胸を軽く叩く。


「今のお前と、最初の私、どこに違いがあるって言うのよ! 人の都合を考えないで、自分の都合ばっかりでっ!!」


もう一度。


「図体ばっかり大きくなってないで、少しは大人になりなさい! そしてもっと子供らしく、私達大人に頼りなさい!」

「………大人ったって、麗佳さん俺よりひとつ上なだけじゃないですか」


総一は高校3年。

麗佳は大学1年。

その差はたったの1年だ。


「それが何?」


しかし麗佳はそんな事はどうでも良いとばかりに総一を睨みつける。


「………なんでもありません」


総一には今の麗佳の迫力に逆らうのは無理だった。

もともと押しに弱いところがある総一だ。

それに確かに麗佳の言う通りでもあるのだ。


―――俺は、焦っているのか?


総一はそんな事を考え始める。


「総一」


囁き声。


「せめて私には甘えなさい。 コーヒー飲みに来るんでしょう?」

「………はい」


そして麗佳は総一の左手を両手で包み込んだ。

その細くしなやかな指が、総一の大きな手に絡みつく。


「なら、よし」


するとようやく麗佳の表情は明るいものに戻った。


・・・。


「結局、すぐに役に立ちそうなのはそれだけだったか」


葉月は箱の中から出てきた小さなプラスチックの箱を見た。

PDAに機能を追加する小箱。

それは今、渚のPDAに接続されている。

渚のものに接続されたのは、総一のPDAが壊れてしまっている事を踏まえ、PDAが壊れてしまった時のリスクを分散する為の処置だった。

仮に1台に全機能を集約した場合、それが壊れたりバッテリーが切れてしまったら、全ての機能が使えなくなってしまう。


「地図の拡張って書いてありますけど、どういう事なんでしょうね?」


「すぐに分かるわよ」

「終わったみたいです~」


渚はそう言いながらPDAの側面端子に取り付けられていた小箱を引き抜いた。

そしてPDAもろとも総一に手渡す。


「えへへ、お願い総一くん。 私こういうの苦手」


渚はバツが悪そうに笑う。


「分かりました」


総一はそれらを受け取ると、PDAの画面を覗き込んだ。


「どう?」


麗佳も一緒になって覗き込む。


「ちょっと待って下さい。 今地図を呼び出します………。 出ました」


総一が地図を呼び出すと、そこにはこれまでには見た事もない表示がいくつも踊っていた。


―――拡張ってこの事か?


小箱は地図に施設名を追加する為のものだったようで、多くの部屋にその部屋の名前が記されていた。

倉庫1、倉庫2といった単純なものから、変電施設やセキュリティーセンターの所在まで記されている。

階段もエレベーターも、使えるものと使えないものの情報まできちんと記されている。

「あっ」


そして総一にとって何よりありがたかったのは、戦闘禁止エリアまでがそこに記されていた事だった。

興奮した総一が戦闘禁止エリアの文字を指先でなぞると、小さなウィンドウが開き、その部屋の中にあるものを詳細に説明する文章が表示された。

厨房、シャワー室、寝室、談話室。

それらは総一が以前戦闘禁止エリアで見たものと同じものだった。


「これ、使えますよ! 地図に詳細な説明がつきました! どこに何があるのか全部分かるようになっています!」


内容の確認を終えた総一は、3人に興奮気味にそう説明する。


「って事は、戦闘禁止エリアに直行、って事も出来る訳だな?」

「その通りです!」


すると全員の表情がパッと明るくなる。

葉月のPDAがアラームを発したのは、そんな時の事だった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

この時の漆山の行動は何も間違っていなかった。

今の状況は流石の彼にも痛いほど分かっている。

だからこれまでは警戒は怠らなかったし、年若い女の子だからといって一番最初に麗佳にしたような事をするつもりも無かった。

単に首輪を外す条件を満たす為、ようやく見つけたその少女に近付いていったに過ぎないのだ。


「おい、君! ちょっと待ってくれんか!」

 

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「だれ?」


漆山の声に少女が振り返る。

少女が振り返った事で、漆山は一度足を止めた。

怖がらせて逃げられては元も子もない。

今の漆山は慎重だった。


「傍に行っても良いだろうか? 俺の首輪を外す為に、必要な事なんだ!」

「………いいよ。 そうしてくれるとあたしも助かる」

「そ、そうか!」


大きな安堵。

漆山は自分の顔が綻ぶのを止める事が出来なかった。


―――これで首輪を外す事が出来る………。


やっと、やっとこの忌々しい首輪から解放される!!

郷田に置いてきぼりにされ、手塚、長沢といった若者達に良いように追い回されたこの2日間。

しかしそんな事ももう終わる。

首輪を外せれば下の階に降りて、時間切れを待てばいい

漆山の安堵感と達成感は計り知れないほど大きかった。

彼は踊るような足取りで少女に近付いていった。


―――ラッキーだ。


見つけるのには随分手間取ったが、最後の子は俺を襲う気配がない!

これで全て終わりだ!

 

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だからその少女―――北条かりんが無表情に銃を抜いた時の驚きは大きかった。


はえっ!?」


その銃口が彼の方を向いても、まだそれが信じられない。

漆山は歩くスピードを落とす事もせず、まるで吸い寄せられるようにかりんに近付いていき、そして、


――!!!


あっけなく撃たれた。


「ありがとう、おじさん。 本当に助かるわ」


――!!!


漆山は、死んでいく最後の瞬間まで、自分がその少女に撃たれて死ぬのだという事が理解できなかった。


「7と………、こっちは2か………」


かりんは漆山の荷物の中からPDAを引っ張り出すと、自分のスポーツバッグの中に放り込んだ。


「こ、これで、よ、4枚。 かれん、かれん、お姉ちゃん、す、すぐにお金を持って帰るからね」


バッグの中には3台のPDAが入っている。

彼女自身のものに加え、他に2台。

そこへ漆山の持っていた2台が加わり、PDAは全部で5台になった。


「ふ、ふふ、ふふふふふふふっ、あははははははっ」


彼女はそれを見ながら笑い続ける。


「簡単よ、思ったより簡単だわ! あは、あはははっ、助けてやれる、あたし、あの子をっ、かれんを助けてやれるわ!」


そして彼女はバッグを閉じると立ち上がる。

死んでいる漆山には何の興味もないらしく、あっさりと背を向ける。


「あと1台。 いや、2台。 ふふふ、あははははっ、あの2人にしよう。 手錠をしてた2人。 それで全部終わりよっ。 かれん、待っててかれん!」


そして彼女はその場に漆山を残し、通路の先へと消えていった。


・・・・・・。

 


・・・。

 

残りの人数が8人となった事もあり、総一達は安全の確保の為にも一気に6階へ向う事に決めた。

渚のPDAの新機能のおかげで、6階の戦闘禁止エリアにピンポイントで向う事が出来るのも総一達に決断を促した要素の1つだった。


「………誰が亡くなったんでしょうね?」


総一達は現在4人。

他に生きている人間は4人。

総一達がこれまでに出会った事のある人間は4人より多いのだから、長沢以外にも確実に誰かが命を落としている筈だった。

 

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「話が出来る相手が残っていてくれれば良いが、この状況だとなぁ………」


戦いを望む者同士の潰し合いなら良いが、普通に考えて彼らがわざわざそんなリスクを冒すとも思えない。

逃げ惑う人間を襲う方が何倍も簡単で安全なのだ。

 

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「郷田さん達、無事でしょうか」

「6階の戦闘禁止エリアできっと会えるわ。 6階へ上ったらそこを目指すしかないんだもの」


総一達が6階の戦闘禁止エリアを目指すのはそういった理由からだった。

戦いを望まないものは必ず戦闘禁止エリアにやってくる。

総一達はそう考えたのだ。


「みんな、ここからは静かに行こう。 もう上への階段は近い。 誰かがまた先回りしているとも限らないし」

「分かりました」

「すみません葉月さん」

「はぁい~」


そして彼らは慎重に5階へ上がる為の階段へ近付いていった。


・・・。

 

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「ふぅ、階段だけはどうしても緊張するね」


葉月は階段を上りきったところで額を拭う。


「そうですね………。 でも良かったじゃないですか。 今回は誰もいなかったんですし」


総一達は無事に5階へ上がる事が出来ていた。

心配していた待ち伏せなどもなく、フロアは静寂に包まれていた。


―――でも、本当の所はどうなんだろうな?


葉月に頷き返しつつも、総一は内心では心配していた。

2階にはナイフ。

3階には拳銃。

4階にはサブマシンガン

武器は次第にエスカレートしている。

だとしたら5階、そして6階は?


―――頭の良い連中なら、もう6階に行って武器を探してるんじゃないかな………?


総一は唇を噛み締める。

それはあまり嬉しい想像ではなかった。

するとずっと繋いだままになっている麗佳の右手が、総一の左手を握る力を少しだけ強めた。

それは2人がいつの間にかするようになっていた、言いたい事やしたい事があったりする時の合図だった。

 

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総一が無言のまま麗佳に目を向けると、彼女はそっと首を横に振った。


―――麗佳さん………?


そして穏やかな視線を総一に向け、目を細める。


『大丈夫よ』


総一には彼女の目がそう言っているように思えた。


―――そうですね。


総一は気を取り直すと、5階のホールを見渡した。


「静かですね………」


総一達以外には残り4人。

たったそれだけの人数がこの広さの建物の5階と6階にいるのだから、そもそも音を出すような状況に乏しいのだ。


―――あれ? おかしいぞ?


そこで総一は気付いた。

人数が少なければ人間同士の遭遇率も下がる。

仮にそうでなくともこの広さだ。

武器を手に入れようが何しようが、他の人間を見つけられるものなのだろうか?


「どうしたの、総一?」

 

黙りこんだ総一を心配した麗佳が、総一の顔を覗き込む。


「………不思議なんですよ」

「不思議? 何が?」

「俺達をここに入れた連中は、どうやって俺達を―――」


――!!!


着弾は銃声よりも先だった。

総一と麗佳を繋ぐ手錠に、どこからか飛んできた銃弾が接触する。


当たった場所は総一の手首に巻き付いている輪の部分。

しかし当たった角度が浅かった為、銃弾は手錠の表面を薄く削っただけでどこかへ飛び去っていった。


「きゃあっ!?」

「なんだっ?!」

 

それでも銃弾を受けた手錠は衝撃を受けて暴れ、総一と麗佳の腕を大きく揺らした。

驚いた2人はよろけるが、互いに抱き合うようにしてなんとか身体を支える。


「どうしたんだ2人とも!」

「分かりません、手錠に何か衝撃と―――」


総一が葉月に説明しかけた時、渚が総一の服の袖を引っ張った。

 

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「総一くん、あそこに誰かいる! おっきな銃でこっちを狙ってる!!」


その声は渚にしては珍しく、随分な早口だった。


―――狙撃!?


総一は慌てて渚の示す先を見た。

総一が人間の姿を確認するのと同時に、その人物の構えていた大型のライフルの銃口が光った。


あいつだ!」


――!!!


それは総一達がこれまでに何度も追われてきた、あの男だった。

 

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「なるほどねぇ、ライフルってのは扱いが難しいな」


手塚義光はライフルに次弾を送り込みながら呟いた。


「拳銃なんかとは比べ物にならないぐらい狙いは正確になるが………、これは俺の腕が悪いのかねぇ?」


そして彼はライフルに取り付けられているサイトを覗く。

すると彼の動きが止まった。

そのまま十数秒の時が過ぎ、


――!!!


ライフルから3発目の銃弾が飛び出していく。


「まぁたはずれか………。 1発目が一番近かったなぁ。 ………そうか、これは俺の腕ばっかりじゃないな」


手塚はライフルを引き起こしながらサイトを軽く叩いた。


「こいつが少しずれてやがるんだ。 だからいつも左に曲がっていくんだ」


厳密にはライフリングがそのほかの問題もあって一概には言えないのだが、狙いが左にずれているのは事実だった。

だから手塚は狙いを手錠をしている少年の頭から少しだけ右へずらした。


「何十メートルも先だからな。 これだけでもかなりのずれになるんだろうが………」


そして手塚は引き金に指をかけたのだが、すぐにサイトを覗くのをやめ、引き金から指を離した。

 

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「逃げたか………。 気付くのも逃げるのも早かったな。 のんびりした奴らばかりに見えたんだが」


トントン


手塚は苦笑しながら、ライフルの銃身を軽く叩く。


「まっ、こんなチマチマした攻撃は俺には向かねえって事さ」


そしてライフルを投げ捨てる。

ライフルには弾は残っていたしまだまだ使えるのだが、彼はあっさりと捨ててしまった。

未練も何もない、見事な思い切りだった。


「この方が俺らしくって良いってね」


捨てたライフルの代わりに手塚は傍に置いてあったサブマシンガン2丁を両手に構える。


「質より量! それが若さってもんよ!」


そして手塚は彼が居るのとは別の通路に姿を消した4人を追って走り出した。

 

・・・。

 

 

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「追って来てる?」

「分からないが、距離があるうちに早く逃げよう麗佳さん!」


後ろを向いて速度を落とした麗佳の横を、焦って額に汗を滲ませた葉月が追い抜いていく。


「あ」


麗佳は正面に向き直り、総一を見る。


「ごめん、総一。 行こう」

「はいっ」


そして総一と麗佳は互いの手を取って走り始めた。

 

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「渚さん、戦闘禁止エリアがあるって言ってたけど、ここからどれぐらいなんだい?」

「えっと、この先の通路を曲って、突き当りにある扉を抜けて、大きな部屋を通り抜けた先!」


渚はPDAを覗きながら答える。

両手でPDAを握りしめ、慣れないそれを必死に操っている。


「年寄りには応えるね………。 みんな、そこまで何とか逃げ切るぞ」

「はい」

「はいっ!」


そして4人は戦闘禁止エリアへ向って走り出した。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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「葉月さん、大丈夫ですかっ?!」

「あ、ああ。 見た目ほど酷くはないよ、総一君………」


なんとか戦闘禁止エリアに辿り着いた一行だったが、全く無傷という訳にはいかなかった。

例の男の追撃は激しく、葉月が左腕と左の脛に銃弾を受けていた。

今、葉月の怪我には渚がハンカチを当てていた。


「なんとか逃げ込めたから良かったものの………」


総一は戦闘禁止エリアの入り口を振り返った。

どこのドアとも変わらない、ごく普通のドア。

この部屋と外の世界はそれで仕切られている。

しかし向こうとこちらでは、天と地ほどの差があった。

総一達を追い詰めていたあの男が攻撃してこないのも、そのせいなのだ。

 

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「総一、救急箱があったわ」


総一のリュックを開けていた麗佳が救急箱を取り出してくれる。


「渚さん」

 

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「はいっ」


渚はそれを受け取ると葉月の手当てを始めた。

それを見届けると、総一は麗佳の方を向いた。


「麗佳さん、ここを少し調べてみましょう」

「ここを?」

「ええ。 誰か隠れているかもしれませんし、そうでなくても何か役に立つものがあるかもしれません」

「そうね。 もともと戦闘禁止エリアは誰かと会えると思って目指してたんだし………」


目指していたのは6階のものだが、それが5階でもやっておいて損はない筈だ。


「トイレとシャワー室、あとは仮眠室。 人が隠れてるとすればそのどれかだと思います」

「分かった。 探してみましょう」


総一と麗佳は、まずトイレに近付いていく。


「2人とも、無理はしないようにな」


そんな総一達に葉月の声が飛ぶ。


「平気ですよ。 ここで襲ってくる相手もいないでしょうし」


総一はそれほど危険だとは考えていなかった。

ここではお互いに手出し出来ない。

ただ誰かが居るのだとしたら、素通りするのは勿体ないと思っただけだ。


「………ここに、あの子が居てくれると嬉しいわ」


あの子。

妹を助けたいと言っていた少女。

麗佳も総一も、彼女の事はずっと気になっていた。


「そうですね………」


頷く総一の手がトイレのドアを開けた。

トイレは男女共用で、3つの個室が並んでいる。

そのドアの全てが開放されていて、総一達の所からも一目でそこが無人だという事が分かった。


「流石にここに隠れている人間はいないわよね」


ガコン


麗佳が入ってすぐの所にあった掃除用具入れを開けた。

中にはモップやバケツといったおなじみの掃除用具が詰め込まれている。

もちろんそこに隠れている人間はいない。


「小学校の頃にはそういうところに入って遊びましたよ」

「お前に逃げられたら、こういうところもきちんと探す事にするわ」


ガコン


麗佳は笑顔のまま掃除用具入れを閉めた。


「よし、それじゃあ次に行きましょうか」

「ええ」


2人はトイレを出ると、そのまま近くのシャワー室に向かっていく。

そして総一の手がシャワー室のドアに伸びた時、ドアは総一が触れる前に勝手に開いた。


「!?」


総一はとっさに麗佳を自分の背後に隠した。


「総一っ!」


麗佳はそんな総一の手を強く握り締める。

 

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「………そんなに怯える必要はない。 ここで襲ってくるような相手もいない、そうだろう?」


聞き覚えのない低い声。

ドアの向こうには大柄な男の姿があった。

がっしりとした体格に、清潭な面構え。

鈍重な印象はなく、足の運びも軽い。


「あなたは………」


総一は突然姿を現した男に驚いたが、彼が両手を上げていた事と首輪をしていた事ですぐに気を取り直した。

しかし緊張感まではなくさない。

そのまま総一は男の出方をうかがう。


「総一君!」


後ろから葉月の声。

総一は油断なく男を見つめたまま返事をする。


「葉月さんと渚さんはそのままそこにいて下さい!」


―――首輪があるんだから、確かにここでは襲われる心配はないが………。


どういうつもりだ?


「俺達は協力し合った方が良いと思うんだがな。 お前達はどう思う?」


男は手を上げたままそう言った。


「………なら、どうして隠れていたんです? 最初から姿を見せてくれれば良かったのに」

「ここに近付く物音を聞いただけでは、話が通じる相手かどうかが分からなかった。 姿を見せる気になったのは、お前達となら話が出来そうだと思ったからだ」


―――葉月さんを撃ったあの男のような奴もいるんだから、これは正しい判断だが………。


なら、話が出来ないと思った時はどうなった?

俺達が出て行った後をつけて、後ろから襲ったんじゃないのか?

背後には麗佳がいる。

それだけに総一には安易な判断はできなかった。

そして総一は慎重に言葉を選ぶ。


「貴方の目的は?」

「欲しいものがある。 お前達が差し出すかどうか次第だ。 お前達の協力があれば難しい事ではないな」


―――欲しいものだって? 首輪? PDA? それとも俺達の命?

 

そんなものが次々と総一の頭の中をよぎっていく。


―――俺達の命が狙いならこの部屋に入る前に、あるいは出て行った後に攻撃を仕掛ければ良い。

わざわざ姿を見せる意味なんてない。

首輪を集めているのは葉月さん。

あるとすれば首輪を作動させたいか、PDAが欲しいって所か?

PDAなら5台なのか、JOKERなのか、どっちだ?


「一時的に俺にPDAを貸して欲しい。 それだけで構わない。 必ず返そう」


―――PDA、貸す、そして必ず返す………。


PDA絡みの条件なのか?

だが………、信じて大丈夫なのか?


「………それを―――」


保証できますか。

そう言いかけて総一は口をつぐむ。

それは誰にも出来ない事だった。


「それを信じろと?」

「お前達にとっても決して悪い条件ではない筈だ。 うまくいけば首輪とPDAが手に入るんだ。 俺は首輪さえ外れればどちらにも興味はないんでな」


―――メリットとデメリット。


そんなに悪い取り引きではない?

本当にそうか?

麗佳さんや葉月さん、渚さんの命がかかってるんだぞ?

そんな時、麗佳が総一の手を握る力を強めた。


―――麗佳さん?


「ふふふっ、総一、お前は他人の命がかかっているとそううやって迷うのね。 お前をずっと邪険に扱った私を、それでも信じたようには出来ないかしら?」

「麗佳さん………?」


―――迷っているのか? 俺が?


「総一、お前が何を恐れているのかハッキリと分かった気がするわ。 ………良いわよ、私達はその条件を呑んでも構わない。 ただし貴方のPDAが何なのかは明かして貰うわ」


麗佳は迷う総一をよそに、男に向かってそう返事を返してしまった。


「麗佳さんっ!!」

「信じなさい総一。 誰も彼もが、そんなに悪い事ばかり考えてやしないわ」


微笑む麗佳の表情は力強い。

それは様々な困難を乗り越えてきた事で、強い確信に裏打ちされていた。


「それに仲間を作るって決めたんでしょうが」


そして麗佳は笑い続ける。


「………妥当な判断だ」


男はそのまま大きく頷く。


「俺の名前は高山。 PDAはクラブの2。 首輪を外す為に、JOKERを見つけ出す必要がある」

「2という事は、私達のPDAに触れる必要までは無いわね?」

「そうだ。 こちらに向けて差し出してくれるだけで構わない。 その代り、持っているPDAを全部だ」

「分かったわ。 でも高山さん、1つ良いかしら? この子………総一のPDAは壊れてしまっているの。 総一、見せてあげて」

「分かりました。 ………これです」


総一が高山にPDAを見せると、彼は全く動揺した様子もなく頷く。


「壊れている分には何も問題は無い。 俺の条件はJOKERのPDAを破壊する事だ。 それが本当にお前のものなら関係ないし、よしんばJOKERだったとしてもやはり問題がない」

「それなら結構よ。 私のPDAは―――」


そう言って麗佳が自身のバッグに手を突っ込んだ時、前触れもなく戦闘禁止エリアのドアが部屋の中に向かって吹き飛んだ。


――!!!


「きゃあぁぁっ!?」

「うわぁぁぁっ!!」


突然の爆発に、総一と麗佳は一緒に床に転がった。

爆風の直撃を受け、ドアの正面にあった家具は全て吹き飛んでいた。

だが突然起こったこの爆発にも総一達は無傷で済んでいた。

爆発はドアの外で起こったらしく、爆発のエネルギーの大半が反対側に向けて逃げたのが幸いした。

それにドアの近くには誰もいなかったのも幸運だった。


「一体なんだ!?」

「多分、手榴弾だ」


もうもうと巻き上がる粉塵の中、高山はいち早く身体を起こしていた。


「手榴弾!?」

「なるほどな、こんなやり方もあるのか」


高山はそう言うと腰の後ろから拳銃を引き抜いた。


「戦闘禁止エリアなのにどうして―――」

「敵は外だ。 ここでは武器を使っていない」


早口で総一の疑問に答えると、高山はドアの向こうに目をこらした。


「最初は武器が無いから完全な安全地帯。 そのつもりでいると後半は外から攻撃されて袋の鼠。 ここを作った奴も、今攻撃してきている奴も、頭がどうかしているぞ」


オートマチックの拳銃の弾倉を確認した高山は姿勢を低くしてドアに近付いていく。


「高山さん、ここは―――」

「分かってる。 出るまで撃つ気は無い。 煙が立っているうちに―――」


高山がドアのあった場所に辿り着いた時、それは再びやってきた。


カンッカララン、ココンッ


「2発目!?」


それは新たに床を転がってくる手榴弾だった。

榴弾は高山の足元をすり抜け、なおも部屋の中を転がっていく。

 

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「まずい、拾って投げ返せ!」


カコン


榴弾はテーブルの残骸に当たって止まった。

そこで爆発しようものなら、総一達は助からないだろう。

 

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「任せろ!」


しかし幸いな事に、その近くには葉月が居た。

彼は慌てて手榴弾に駆け寄ると、それを掴んで部屋の外へと投げ返した。

2発目の手榴弾を投げた後、手塚は戦闘禁止エリアからそんなに離れていない路地に身を潜めていた。

 

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「いやーしかし、狭い場所で爆弾なんて使うもんじゃないねぇ」


クックック


指先に残った手榴弾のピンをくるくる回しながら、手塚は1人で笑い続ける。


「俺まで爆風で真っ白じゃないか」


そう言いながら手塚はPDAを起動する。


「ルールの通りなら、これで最低1人はやれる筈だが、果たしてあいつらはどう出てくるかな?」


手塚のPDAにはルールの一覧が表示されていた。

彼のPDAは途中で見つけた小さなプラスチックの箱のおかげで機能がいくつか強化されている。

そのうちの1つに、ルールの一覧表が含まれていた。


「しかし戦闘禁止エリアのルールを考えた奴は天才だな。 それかよっぽどの変人か。 反吐が出るほど便利だよ、このルール」


クックック


再び手塚が笑う。


「ん?」


ちらりと通路の角から戦闘禁止エリアの方を見ると、部屋の中から手榴弾がこっちに向かって転がってくる。

幸い手塚の所まではやってこないようだが、また爆風には巻き込まれそうな位置だ。


「投げ返して来たか。 意味は分かってないだろうな、投げ返した奴は………」


だから手塚は遠く離れずにこの場所に残っているのだ。


――!!!


通路が激震する。


「………分かっていても、あんまり気持ちの良いものじゃないな。 ゲホッ、ゲホッ。 というかさ、爆弾なんて用意するんならもうちょっと空調効かせろよ。 これじゃ何にも見えないだろうに」


手塚は2度目の爆風で再び真っ白になった視界に難儀していた。

手で顔の前を仰ぎながら、何度となく咳き込む。


「まあ良いか。 見えても見えなくても同じだ」


手塚はさらに何度か咳き込みながら、傍に置いてあった手榴弾を拾い上げる。


「3発目、っと」


手塚は素早く3発目のピンを抜き、戦闘禁止エリアに向かって投げた。


・・・。


『貴方は首輪の解除条件を満たす事が出来ませんでした』


榴弾を投げ返した直後、葉月の首輪とPDAから警告のアラームと合成音声が流れ出していく。

そして首輪に赤いランプが点灯して、点滅を繰り返し始める。

 

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「なんでだ!? どうして!? 身を守っただけじゃないか!?」


総一は愕然とした表情で葉月を見つめていた。

 

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「そうか、手榴弾を投げ返したのを反撃と、戦闘行為と取られたんだ!」


高山が総一の言葉に答える。


「思い出せ! 6時間のルールには正当防衛の特記事項があったが、戦闘禁止エリアのルールには無かった! これは『ゲーム』開始前から巧妙に練られた罠だったんだ!」

「そんなっ!!」


この時の総一の脳裏にはルールが駆け巡っていた。

ルールの7『指定された戦闘禁止エリアの中で誰かを攻撃した場合、首輪が作動する』。

そしてルールの8『開始から6時間以内は全域を戦闘禁止とする。 違反した場合、首輪が作動する。 正当防衛は除外する』。


―――確かにそうだ! 戦闘禁止エリアのルールの方は正当防衛が許されていない!! なんて事だっ!!


「総一君、これをっ!」


その葉月は、いつの間にか総一の所へやってきていた。

そして総一に向かってPDAを差し出す。


「葉月さん!? 何のつもりですか!?」

「僕はもう駄目だ。 最初の女の子のようになるだろう」


葉月の顔は蒼白だった。

彼は自分の運命を知っている。

一番最初に死んだ少女のように、死んでいくのだと分かっているのだ。


「だから僕が行く。 反撃として首輪が作動したって事は、逆に言えば敵はまだあの先に居るんだ。 早くなんとかしないと皆殺しになる。 敵は手榴弾を次々投げてれば良いんだ。 投げ返せば首輪が作動する。 投げ返さなければ手榴弾で皆殺し。 分かるだろう! もう一刻の猶予もないんだ!」


葉月はPDAを総一の手の中に押し込むと、腰にさしてあった拳銃を引き抜いた。

その手は小刻みに震えている。

銃を撃つ事も怖い。

自分が死ぬのも怖い。

だが無駄に死ぬくらいなら、総一達を守ってやりたい。

そんな気持ちが何とか葉月の折れそうな気持ちを支えていた。


「援護する。 行くなら煙の晴れないうちに!」

「ありがとう、高山さん」

「葉月さん、貴方の活躍に期待するしかないようだ」


葉月と高山は頷き合う。


「葉月さんっ! 高山さんっ! 待って! 麗佳さんも葉月さんを止めてください!」


総一は必死に葉月を止めようとするのだが、彼は総一達の方を向かなかった。

その時間を惜しむほど、葉月は焦っていたのだ。

 

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「総一」


ぐっ

麗佳が総一の手を引く。


「総一、聞いて」

「麗佳さんっ、葉月さんがっ!!」

「総一、お願いよ、聞いてっ」


麗佳は今度は強く総一の手を引いた。

するとようやく総一が振り返る。


「れ、麗佳さん?」


麗佳は涙をボロボロとこぼしていた。


「葉月さんはね、私達が『ペナルティ』に巻き込まれないように距離を取ってくれようとしているのよ! あの『スマートガン』とかいうものが壁から出てきた時に、このままじゃ私達が巻き込まれてしまうからっ!」

「そんなっ!」

「そして無駄に死ぬよりはって、ああやって戦ってくれようとしてる! 分かるでしょう!? お前が私にやってくれていた事と同じ事なのよ!!」


そして麗佳は総一の手を強く握り締める。


葉月は助からない。

死ぬのは確実で、時間の問題。

だが今はまだ生きている。

だから総一や麗佳、渚の為に残された時間をまっとうに使う。

それは総一がこの3日間、ずっと繰り返してきた事だった。


「君達の為と思えば、あんまり怖くない。 分かったよ総一君。 こうなったら、こうするしかないだなぁ」


最後に葉月が総一を向いて笑う。

その気持ちは総一には痛いほど分かった。

確かにずっと、そうやって来たのだから。

 

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「じゃあな、みんな! ここでみんなと出逢えて良かった!!」


そして葉月は部屋を飛び出していく。

高山も僅かに遅れて部屋を出て行こうとする。

だが、そこへ3発目の手榴弾がやってきた。

葉月に気を取られていた総一と麗佳。

葉月を援護しようと走り出しかけていた高山。

部屋に飛び込んで来る手榴弾を3人は成すすべなく見送った。


「みんなっ、伏せてっ!!」


その高い声。

その声に反応して、麗佳が総一に抱きついた。

そしてそのまま床に押し倒す。

床に倒れ込みながら総一は見た。


――ッッ

 

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渚が手榴弾の上に身体を投げ出す、その瞬間を。


―――渚さんっ!!


総一がそう叫ぶ前に、部屋は閃光に包まれた。


――!!!


これまでとは違う、くぐもった爆発音。

そして爆風。

渚が身を持って爆発を抑え込んだとはいえ、その威力は大きかった。


―――葉月さんっ、渚さんっ!!


だから爆風に巻き込まれた総一と麗佳の意識は、そこで途切れてしまった。


・・・。

 

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後ろで起こった爆発に一瞬だけ気を取られたものの、葉月は通路を走るのを止めなかった。

手遅れなら戻っても仕方がないし、そうでないなら前の敵を排除する必要があった。

敵がさらに攻撃を仕掛ける前にやらなければならない。


―――渚さん、ありがとう。


痛むものの、左腕も左足も何とか動く。

これなら敵が居る場所まで辿り着けそうだった。


―――3度目の爆発が役に立ってくれている!?


葉月の周りにはもうもうと煙が立ち込め、彼が走る姿を隠してくれていた。

電燈がいくつか爆発で消えた事もプラスに働いていた。

 

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「いた!」


そして葉月は、通路の先の角に揺れている人影を見つけた。


『ゴホッ、ゴホッ』


その人物は巻き上げられた埃を吸い込んだらしく、大きく咳き込んでいる。

どうやら葉月には気付いていないようだ。


「よ、よし」


走りながら葉月が銃を構えた時、角の向こうに居る人物が葉月に気付いた。

 

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「き、貴様っ!?」


男は慌てて銃を葉月に向けようとした。


――!!


その前に葉月が銃を2連射する。

 

「うわっ」


直撃こししなかったが、男は1度のけぞり、大きな隙が出来た。

葉月はその間に距離を詰めていく。


―――撃ってみると、意外に簡単なものなんだな。


葉月は走りながら奇妙な感慨にとらわれていた。

実際に撃った感触は、これまで葉月が抱いていた銃へのイメージとはかなり違っていた。

彼はもっと複雑で扱いが難しいものだと思っていたのだ。


―――でも、だからこそ、戦争や犯罪で使われるんだろうな。


手軽に人を殺せる武器。

1度使えば、その威力と手軽さに誰もが手放せなくなる。

そして誰もが引き返せない道を進んでいくのだ。


「あっ」


少し距離を詰めた所で、角の所に居る男が再び葉月に銃口を向けた。


――!!


再び葉月は撃つのだが、


――!!!


今度は男の銃撃を止める事は出来なかった。


「うわぁっ!?」


男の銃弾を受け、葉月の手から銃が弾け飛んでいく。

それだけに留まらず、銃弾の列は葉月の身体を斜めに横切って行った。

葉月の拳銃よりも口径こそ小さかったが、サブマシンガンの威力は絶大だった。

身体に直撃を受けた葉月は、走ってきた勢いをそのままに、床をもんどりうってころがっていった。


「ぐぅっ、が、ガハッ」


角まではあとほんの僅かだった。

そこまで行って、男がこれ以上手榴弾を使うのをやめさせる。

そんな葉月の決死の突撃は、わずか数メートルを残して頓挫してしまった。

 

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「ククッ、おっさんの割には頑張ったじゃないか?」


角の向こうから男の笑い声が聞こえる。


「じゅ、銃を………」


通路に這いつくばった葉月は必死になった手を伸ばす。

身体からはどんどん血液が流れ出て、意識は遠のいていく。

だが、ここで止める訳にはいかない。

背後には総一達が居るのだから。


「おおっとぉ、危ない危ない」

角の向こうに居た筈の男が、いつの間にか葉月の目の前までやってきていた。

彼は手の上で4発目の手榴弾を弄びながら、葉月の拳銃を蹴り飛ばしていた。


「残念だなぁ、おっさん。 あとちょっとで勝てたのにさ。 でも心配すんな。 負けんのはお友達も一緒さ」


そして男は手榴弾からピンを引き抜いた。

そのまま男が投げ捨てたピンは、葉月の目の前に落ちる。


「は、はは、あははははははははははっ」


それを見た葉月は何故か笑い始めた。

そして何度も床を殴りつける。


「ん、どうしたんだおっさんよぉ。 死ぬのが怖くて頭がおかしくなったかい?」

「い、いや。 そんな、事は、無いよ。 ふふっ、あははははっ、だが、おかしくってね」


葉月は笑い続ける。


「なんでだ?」


その笑い声に不吉な気配を感じた男は、不審そうに葉月に尋ねた。


「君の負けだからさ」

「お前の勝ちだって? どこをどう見たらこれがそう見える? 吹き飛んだ部屋、ぼろぼろの身体。 仲間は生きてるかどうかも分からないってのに?」

「みんなはまだ無事さ。 そんなに弱い子たちじゃない。 ………なあ、青年。 ゴフッ、『スマートガン攻撃システム』って、知ってるかい? あはははは、わっはっはっはっは!」

「なに?」


甲高いモーターの回転音。


「僕の銃を蹴りに来たのだけが君の敗因だよ。 放っておけば良かったんだ。 それ以外は本当に、君が悪魔に見えるほど、圧倒的に君の勝ちだった」

『貴方は首輪の解除条件を満たす事が出来ませんでした』


葉月の首輪は赤い光の点滅を繰り返している。


「そうかっ!? お前が投げ返して―――」


――!!!!


壁から突き出した4基の銃は無造作に銃撃を始めた。


「みんな、元気で………」


だから4発目の手榴弾は、その場で爆発した。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

「あ~ら~ら~、めっちゃくちゃじゃないの………」


周囲の惨憺(さんたん)たる有様に、郷田は大袈裟に頭を抱えてみせる。

郷田は静寂が戻った通路に1人きりだった。

彼女がその場所に姿を見せたのは、葉月と手塚の戦いが終わった30分程度の事だった。

 

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「葉月さんは死亡、手塚君も死亡」


彼女は死体を数えながら戦闘禁止エリアに近付いていく。


「高山さんは………息はあるけど、これは助からないわね。 この傷はやっぱり手榴弾かしら?」


そして高山を覗き込んでいた郷田は腰から銃を引き抜いた。


――!!


「やっぱり高山さんは死亡、と」


郷田は高山を撃った後、何事もなかったかのように戦闘禁止エリアに入っていく。


・・・。

 

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「あらやだ、渚ちゃんまで死んでるじゃないの! ………どういう風の吹き回しかしらね? この子が他人を庇って死ぬなんて………。 でも御苦労さま、渚ちゃん。 ずいぶん頑張ってくれたみたいね。 きっと向こうは盛り上がってるわ」


彼女はまるでいい成績をとった子供を褒める教師のように、動かなくなった渚に笑いかける。

 

「あらやだ、こっちの2人はまだ生きてるの?」


郷田は総一と麗佳に気付くと目を丸くする。

2人に駆け寄るとそれぞれの口元に手を伸ばし、呼吸を確認する。


「………息はある。 大きな傷もない。 これならいずれ目を覚ますわね。 よかった………」


総一達の無事を確かめた郷田は立ち上がる。


「御剣さん、麗佳さんは生存。 って事は、どういう事になるのかしら?」


そのまま彼女は腕を組んで考え込む。


「生きてるのがこの2人と、かりんちゃん。 葉月さんのPDAは御剣さん達が持ってて、渚ちゃんのPDAは無事だったんだから、彼らを争わせるには………。 外の2人のPDAを壊しておけば十分、かな?」


かりんにはPDAが更に2台必要で、総一達には3台が必要だ。


だから外で死んでいる連中のPDAを壊しておけば、どうしたってこの2組は接触する必要が出てくる。

壊しすぎてクリア出来ないようでも困るので、2台で止めておかなければならない。


「ふふふっ、この先どうなるのかしらね? 私も楽しみだわ」


郷田は上機嫌で部屋を出て行く。


・・・。


「さっさと首輪を外して、ゆっくりと観戦させてもらうとしましょう。 ………頑張るのよ、御剣さん、麗佳さん」


ドアの所で1度立ち止まり2人ににっこりと笑いかけると、郷田は戦闘禁止エリアから姿を消した。


「それにしても本当に今回はハードだったわ。 私も歳かしらね………やだやだ」


そして誰も聞く事のない彼女の言葉は、動くもののない通路に響き渡るのだった。


・・・・・・。

 

・・・。

 


「あの男と、高山さんのPDAはやっぱり駄目です。 戦いで壊れたみたいです」


総一は5台のPDAを床に並べ、その前に座っていた。

動くものは5台のうち2台だけだ。

 

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「そう………。 って事は、無事なのは葉月さんと渚さんのPDAだけね………」


麗佳は渋い顔で考え込む。

無事なのは葉月と渚のものだけ。

残る3台は銃弾を受けて動かなくなっていた。


「あの男と高山さんのPDAがあれば、ここで麗佳さんの首輪を外せただろうに………」


高山が持っていたPDAは1台。

あの男が持っていたのは2台。

渚が1台、そして葉月も1台。

合わせれば5台のPDAがそこにある。

麗佳が首輪を外す為には5台のPDAを自分の傍で壊さねばならない。

数は合う。


「それは考えても仕方のない事よ。 それに仲間のPDAだけじゃないんだし、5台あっても安易にここでは外せなかったわ」


5台ギリギリなら、外すのは時間切れ寸前でだ。


「………でも、この先は厳しいですよ」


生存者数は残り4人となっていた。

戦闘禁止エリアの戦いで、一気に半減した事になる。


「そんな事は無いわ。 あの子は最低でもPDAを2台持っている」


彼女自身のもの。

そして長沢を倒して手に入れたもの。


「もう1が誰なのかは分からないけれど、その人のPDAを合わせれば間違いなく3台はある。 私達にはまだ帰れる目が十分にあるわ」


問題の少女を除けば、総一達の出会った人間の殆どが死んでしまっていた。

その死を確認ていないのは郷田と漆山だけ。

出会っていない人間は他に2人。


「郷田さんや漆山さんなら、話が出来そうですけど………」
「気にしても仕方ないわ。 それに会った事の無に人であっても、戦いを望んでいない人である場合も十分にある。 無意味に悲観する事は無いわ」


麗佳はPDAをバッグにしまうと総一に頷いて見せる。

その顔は埃にまみれていたが、生気と意志の力は失われていない。

彼女はまだ諦めていないのだ。


「麗佳さんは強いですね」


総一は立ち上がると、麗佳の手を取った。

彼女は総一の手に掴まって立ち上がる。

すると彼女の笑顔が総一の目の前で輝いていた。


「開き直っただけよ」
「………俺は、なかなかそんな風に割り切れません」


総一はそう言うと、高山の残した荷物の中にあった大型の拳銃を取り上げた。

ずっしりと思いそれはハンドガンの中では最大級の口径を持ったシロモノだった。

しかもこめられている弾は徹甲弾

もしかしたら戦車の装甲すら、穴をあけられるかも知れない。

 

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「総一、また手錠を外そうとか考えてるでしょう?」
「はい。 これでならいけるでしょうし………。 それに、俺達は考えが甘かったんじゃないかって………」
「甘い?」
「ええ。 ………思い出して下さい。 さっきの戦い、俺達は何か出来ましたか?」
「それは………」


何もできなかった。

身動きもとれず、素早く動けず、ただ葉月と渚に守って貰っただけ。

そして何もできないままに、爆風に巻かれて気絶した。


「もし手錠が外れていれば、葉月さん達だって助かったかもしれない。 そして、今はもう俺達だけです。 次は守ってくれません。 次に同じ事が起きたら、俺達は―――」
「………私と死ぬのは嫌?」


総一の言葉を遮るように麗佳が口にしたのは、思わぬ言葉だった。


「麗佳さん、一体何を?」
「私は構わないわよ、総一と一緒なら。 最後までお前の手を離さずに、一緒に諦めずに頑張って、それで駄目だったら構わない」
「俺は………構います」


そんな総一の答えに、麗佳はそっと笑顔を浮かべる。


「構うのは、私やお前が死ぬのが嫌だから? それとも私と一緒じゃ嫌だから?」
「人が死ぬのは恐ろしいです」


特に守るべき人を守りきれないのは、総一には耐え難い苦痛だった。


「私はね、死ぬ事よりもお前と離れ離れになるのが嫌だわ」


唐突に麗佳は総一の頬に口付ける。


「れっ………」


突然の事に総一が戸惑っていると、彼女はさも嬉しそうに笑った。


「逆にお前が愛してるって囁いてくれるなら、今ここで死んでも構わないけれど」


そして麗佳は総一の持つ拳銃の銃口を自分の胸に向けた。


「冗談はやめてください、麗佳さん」


総一は慌てて銃口を引き戻した。

麗佳に銃口を向けていると思うと落ち着いていられなかった。


「あら、私は本気よ?」


そして彼女は自分の髪の毛を弄りながらもう一度微笑んだ。


「だって仕方無いじゃない? 好きになっちゃったんだもの。 お前と一緒に、コーヒーが飲みたいなって思っちゃったんだもの。 そうできないなら、ここで死んでも同じだわ」


麗佳はそう言って今度は総一の背中をポンっと叩く。


「さあ、行きましょ? ぐずぐずはしていられないわ。 それともし手錠を撃ってごらんなさい? 私、ここでうずくまって一歩も動いてやらないから」


そんな麗佳を前に、総一は先ほどと同じ言葉を再び口にする。


「………麗佳さんは強いですね」


総一も笑う。


―――この頑固さだけは、最初からずっと変わらないよなぁ………。


「強くはないわよ。 ただ―――」


しかし麗佳の答えは先程とは違っていた。


「ただ、お前を愛してるだけよ」


そして麗佳は総一の手を握り締め、再び総一に口付けたのだった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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「いよいよ大詰めって感じね」


ごくりと唾を飲み込んだ麗佳は、箱の中身を見ながら呟く。

その表情は緊張して硬く、僅かだが瞳は不安げに揺れている。


ここは6階の倉庫の1つだった。

4階が侵入禁止になったのに前後して6階へ上がった総一と麗佳は、念の為に物資の補給をする事に決めた。

幸い渚のPDAの地図が拡張されていたおかげで、補給物資を見つけるのは難しくなかった。

しかし問題はその補給物資の中身だった。


「ここまで来ると、笑いたくなってきますね」
「同感だわ」


総一も麗佳も笑顔を浮かべてなんとか心の均衡を保とうとする。


2人が最初に開けた箱の中に入っていたのは、大型のロケットランチャーだった。

それは1発ずつの使い切りのタイプで、威力は折り紙つきだった。

2番目に開けた箱には、ドクロのマークが書き込まれた大型の手榴弾が1発だけ入っていた。

添付されている説明書によればそれは化学兵器であるらしく、吸い込むとほぼ即死する毒物であるとの事だった。

サービスなのか、一緒にいくつかガスマスクが入っていた。

3番目の箱は最初の2つ程すごいものは入っていなかった。

これまでにもお馴染みの拳銃やマシンガン、ナイフといった携行武器の数々だった。

最初の2つで受けたショックが大きかっただけに、総一達はそれらを見て安堵すら感じていた。

6階で新たに追加された武器は、使えば相手が即死するようなものばかりだった。

しかも使い方を誤れば自分だって簡単に死んでしまう。

ロケットランチャーにせよ、毒ガス兵器にせよ、これまでの武器とは次元が違った。

敵対する者同士が互いにこれらを振るえば、あっけなく互いを殺してしまう事だろう。

しかもここまでくると少しぐらいの実力差は関係ない。

ひと1人を攻撃するには意味がないほど威力は高い。

先手を取って攻撃した方の勝ちなのだ。


「少しずつ与える武器を強くしていった理由が分かった気がするわ」


麗佳は毒ガスの手榴弾のドクロマークを指先でなぞりながら呟く。


「安易に敵対させたかったのよ。 簡単な武器で争わせておいて、次第に武器がエスカレートしていく。 相手よりも有利な状況に立ちたいから、私達はどんどん武装していった。 もし最初から毒ガスがあったなら、私達は警戒して戦わなかったかもしれないわね」
「怖ろしい話ですね………」
「そうよ。 敵対してしまった今なら、使うのかもしれないけれど」


既に争いは始まってしまっている。

殺し、殺されるという状況の中に居る。

だったらこれを持っていかなくては、敵だけが有利になってしまうのだ。


「でも、俺達は使わない」


総一は箱の蓋を閉めた。


「ええ。 使わないわ」


麗佳は総一に向かってコクリと頷いて見せる。


「私達は誰も殺さない。 殺してやるもんですか」
「………結局、俺達に使えそうなのはこの辺ぐらいですね」


スタンガン、催涙スプレー、煙幕。

それは2階や3階でよく見かけたような武器だった。

総一と麗佳は武器の山からそういう相手を殺さずに済む武器を選び出していく。


「防弾チョッキは?」
「無いよりマシです。 着ておきましょう」
「ん。 総一の言う通りにするわ。 それとガスは使わないけれど、ガスマスクの方は持っていっておきましょう?」
「そうですね」


総一は頷くとリュックにガスマスクを2つ放り込んでいく。


―――いつの間にか、俺の生活とは関係ない荷物ばっかりになっちまったな。


リュックの中身。

ここへ来たばかりの頃は学校帰りのままだった。

勉強道具に体操服、着替えや卓球のラケットしか入っていなかった。

しかし今は違う。

それこそガスマスクに始まり、保存食や救急箱、予備の銃や弾丸といった、本来の総一の生活とはかけ離れた道具が詰め込まれている。

逆に本来の総一の荷物は殆どなくなっており、その名残は卓球のラケットぐらいしか残っていなかった。


―――もうこいつだけ、か………。


総一はラケットを手に取る。


「想い出は、なかなか捨てられないわよね」
「えっ?」


身を乗り出した麗佳が、総一の手元を覗き込んでいる。

彼女は総一の肩に寄りかかるようにして微笑んでいた。


「大事なものなんでしょう? そのラケット」
「………はい」


総一は以前に麗佳に話していた。

大事な人からのプレゼントだったのだと。

だからずっと捨てられなかった。

勉強道具も体操服も投げ捨てたのに、そのラケットだけは手放す事が出来なかった。


「ふふふ、悔しいわね………」


総一の肩越しにラケットに触れながら麗佳が苦笑する。


「私は総一にそのラケットほど必要とされていないのよ」
「そんな事は―――」
「もし本当の意味で必要とされてるなら、お前が手錠を外そうなんて言う筈がないわ」


麗佳は右手を軽く上げて手錠を示す。


「今は麗佳さんが誰よりも大事です」
「きっとそうなんでしょうね。 もう他に仲間はいないんだし………。 でも大事って事と、必要って事は別なのよ。 つまり―――」


そして麗佳は総一の手を取る。


「―――お前は私を、愛してくれてはいない。 力尽くで、手元に留めようとは思ってない」
「………」


総一は、それには何も答えられなかった。


「ねえ総一、お前にそのラケットをくれた人は、どうやってお前に愛されたの? どうやってお前に必要だって思わせたの?」


麗佳は顔を伏せたまま総一の腕を抱きしめる。


「俺は、馬鹿だったから、いつもあいつの世話になってばかりで。 あいつがいないと、どうやって生きたら良いか分からなかった」
「あいつが居なくなったら、どうやって呼吸をしてたのかさえ、分からなくなった」
「今お前が呼吸しているのは、そのラケットがあるからというだけ? そこには、少しも私は混じっていないの? 私は、そんなにどうでもいい女?」
「………」


けれどやはり総一は、それには答えられなかった。


「ごめん、総一」


すぐに麗佳は顔を上げる。


「お前を困らせるつもりはなかったんだけど………。 本当にごめんなさい。 そろそろ行きましょうか」


そして彼女は総一から身体を離して先に立ち上がり、両手で総一の手を取る。


「………はい」


総一はリュックを背負い、大型のライフルを肩にかける。

総一にも麗佳にもライフルを使うつもりなんてなかったが、持っていかざるを得ないのが辛いところだった。

何が起こるか分からない。

事態はそれほどまでに切迫していた。


「すぐにあの子に会えるといいけれど」
「頑張って探しましょう」


・・・。


しかし、問題の少女との出会いは2人が思うよりも遥かに早く訪れるのだった。

 

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「あの子と話が出来た場合はそれで良いとして、もし駄目だった時は?」
「捕まえて、俺達の手で彼女の首輪を外してやった後に、どこかに閉じ込めておくしかないでしょうね。 あの子のPDAは多分キングな訳ですから、麗佳さんの首輪を外してしまうとあの子を助けられなくなります」


総一と麗佳は通路を進みながら、少女と出会った時の相談をしていた。

さしあたり2人が目指していたのは戦闘禁止エリア。

これまでの事からもちろんそこに入るつもりはなかったのだが、


「私達がPDAを3台持っていて、あの子が長沢のと合わせて最低2台は持っている訳だから、順番はそれしかない、か………」


麗佳は指折り数えながら計算する。

麗佳の条件はPDAの破壊。

総一達の推測の通りなら、少女のPDAはキングで、首輪を外す為には5台のPDAの収集が必要になる。


「どこかへ閉じ込めて、PDAだけ全部あの子に渡してやるのはどうかしら?」
「………そうしても彼女が俺達を信じてくれなかったら、彼女が自分で首輪を外した後にPDAを全部壊してしまうかもしれません」


妹の為にお金が必要な彼女。

その為にかかる金額次第では、首輪が外れた後も総一達の命を狙う可能性は十分にある。

壊すのはあくまで麗佳の手で成されなければならない。

彼女に壊されてしまったら、その時点で麗佳の首輪は外れなくなってしまう。


「どうしたってあの子のを先に外してやるしかないって事ね………」
「そうですね。 今出会えば、彼女の首輪を外してやる事は出来るでしょうけれど、麗佳さんのを外す為には最低でももう1台必要です。 彼女が余分に1台持っていなければ、残るもう1人に会う事も必要です」
「彼女に追われながらそれをするのは危険ね」


麗佳の表情は厳しい。

これまでに敵に追われた経験から、それが大きな危険である事は理解していた。


「こっちから打って出なければ、負けるでしょう」


―――それをこの状態でやらなきゃいけない。


総一は無言で手錠を見る。

 

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この3日間、総一と麗佳を繋いできた手錠。

慣れた今でこそ互いに自然に振る舞うこともできるようになったが、初めは苦労の連続だった。

そもそも互いに感情が行き違い、相手に不満を持っていたからだ。


―――仲良くなったのが悪かったのかな。


総一はそんな事を思う。

手錠で繋がれた状態では、2人いても1人以下の働きしかできない。


―――でも仲が悪いままじゃ協力し合おうなんて思わないから、結局駄目なのか。


最初のままの総一と麗佳では、今のように協力し合ってはいなかっただろう。

今の2人を繋いでいるのは、手錠が強制的に作り出した協力関係の中から、新たに生まれ出た不思議な信頼関係なのだ。


「具体的にはどうするの?」
「向こうより先にこっちが見つけて、不意打ちで捕獲がベストですかね」
「先に話し合わないで、そんな事をするのは気が引けるけど」
「でも話しかけて向こうが聞く耳をもたなかったら、その時点でアウトです」
「う~ん、何か遠くから話し掛ける方法は無いかしら?」


麗佳が腕を組むと手錠のチェーンが鳴る。

麗佳は不意打ちを避けたかった。

それはもちろん彼女の為だったのだが、それ以上に麗佳が気にしていたのは総一の事だった。

可能な限り総一を危険に晒したくなかった。

今の彼女にとって、総一が一番大切で、しかも必要な相手だった。

どうしても彼との未来が欲しかったのだ。


「ん?」


そんな時、麗佳の目が通路の壁に取り付けられているものに気付いた。

館内放送用のスピーカーだ。


「総一!」


麗佳の表情がパッと明るくなる。


「あれを使いましょう!」


興奮気味の麗佳は右手でスピーカーを指さした。

すると久しぶりに総一の手が手錠に振り回される。


「スピーカー?」
「そうっ! 放送設備のある部屋へ行って、あの子に話しかけるのよ!」


麗佳は振り回された総一の手を掴むとその手を引いた。


「警備室でも、事務室でも、どっちでもいいから―――」


麗佳はそこまで言った所で表情を強張らせた。

そしてその直後に総一に向かって飛びつく。


――ッッ


突然の出来事に、総一は壁に頭を打ち付けてしまっていた。


「れっ、麗―――」


――!!!


総一が麗佳に抗議の声を上げる前に大きな銃声が通路に鳴り響いた。

銃弾が彼女の左側のおさげの先端をかすめて跳ね上がり、千切れた髪が数本宙に舞った。


・・・。

 

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「あは、あははははっ! あんた達、初めて会った時の借りは返したわよ! それにしても笑えるわっ、あんた達まだそんな馬鹿な事をしてるのね! あは、あはははははははっ!!」


音の方を向いた総一が目にしたのは、大型のライフルを手にこちらを狙う問題の少女の姿だった。


「かれん、もうちょっとよ! こいつらを殺したら、PDAが3台手に入る! そうしたらお姉ちゃん、かれんの所にすぐに帰るから!!」


―――3台だって?!


一瞬それを疑問に思う総一だったが、彼女の雰囲気に飲まれ、すぐにその事を忘れてしまっていた。


―――しかし一体どうしたんだ、この子は!?


少女の様子は明らかにおかしかった。

疲れ果て、汗にまみれた顔。

目の下には大きなくま。

常に大きな呼吸を繰り返し、口元は何故か笑っている。

銃を持った手は震え、追い詰められたような瞳でこちらを見ている。


「あは、はは、あはははっ、もう勝ったも同然だわ。 こんな事をしている連中が居てくれた事を、感謝しなくっちゃ!」

「そんな必要ないのよ! 私達のPDAを貸してあげる! だから銃をおろして! 戦う必要なんてないのよっ!」

「うるさいっ!」


――!!!


再びライフルが火を噴く。


「きゃあっ」


しかし小柄な彼女には口径が大き過ぎるのか、総一達に命中させる事は出来なかった。


「麗佳さんっ、あの子はもう駄目です!」


総一は麗佳を抱くと、少女から隠すように抱きかかえる。


―――なんであの子はこうなった?! あの時の彼女はこんなじゃあなかったのに!


最初に出会った時とはまるで違う。

ついこの間会った時だって、これほどではなかった。

今の彼女は、一目でそれと分かるほど異常だった。


「話を聞いて! 私達は―――」

「駄目だ、麗佳さんっ!」


なおも少女に話しかけようとする麗佳。

総一はそんな麗佳を抱えたまますぐ目の前の脇道へと飛び込んで行った。


――!!!


「うわっ」


僅かに遅れて総一達の居た場所に銃弾が降り注ぐ。


―――どうする!? ライフル相手に近寄っていくのは自殺行為だ! だからと言って、ただ逃げても殺される! どうしたらいい!?


総一は咄嗟に今後の方策を考える。

持っているもの、彼女の武器、そして麗佳、手錠。

頭の中で戦いを左右する要素が次々と流れていく。

 

「そんなところに隠れても無駄よぉ! 影が見えてるんだもの! あは、あははははっ!!」


―――見えているっていうなら!!


総一はいくつかバラで持っていた金属の塊をいくつかポケットの中から取り出した。

それは野球のボールより少し大きいぐらいの、ピンの付いたスプレー缶のようなものだった。


「麗佳さん!」


「う、総一?」


総一の下敷きになっていた麗佳が頭を振りながら顔を起こす。


「俺のリュックからガスマスクをだして!!」
「ガス!? だめよ、あの子が死んじゃう―――」


「聞いて麗佳さんっ! 使うのはこっちの方です!!」


総一は両手に持ったそれを麗佳の目の前に差し出した。

すると一瞬で麗佳の瞳に理解の色が走る。

それと同時に総一はそのうちの1つのピンを引っこ抜く。


「すぐに出すわ!」

「お願いしますっ!!」


そして総一はそれを少女の居る元の通路の方向に向かって投げる。

 

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「ほうら、やっぱりここにいた!」


――ッッ


総一の手を離れたスプレー缶に似たものは、ちょうど角に姿を見せた少女の足元に転がっていった。


「ん?」


少女はすぐにそれに気付いたが、もはや手遅れだった。


「総一っ!」


総一の顔に何かが被せられる。


「麗佳さんっ、気を付けてっ!!」

「ええっ!!」


総一と麗佳は抱き合うようにして身をかがめる。


「あんた達、何をっ?!」


少女が戸惑いの声をあげた瞬間、例の缶がまるで爆発したかのように白い煙を吐き出し始める。


――ッッ


「何なのよ、これはっ!?」


一瞬の後に、少女の姿は白煙の中に消えてしまう。


「ごほっ、げほっ! ぐぅっ、目、目がっ!」

 

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「ありがとう、総一!」


時を同じくして、総一と麗佳がその場に立ち上がる。


「ただの発煙弾です、長くは持ちません。 急ぎましょう!」


そして総一は麗佳を抱えて引きずるようにして移動し始める。


「あの子は!?」


その間にも少女にこだわる麗佳は何度も後ろを振り返り、足の運びがおぼつかないでいた。


「ライフル相手に、このままじゃ死にに行くようなもんです!」


総一は麗佳に手錠を示す。

濃密な煙が充満しているとはいえ、手錠をしたまま突撃するにはライフルは手に余る相手だった。

ガスマスクをしているとはいえ、それで視界が確保されるという訳ではない。

相手が見えないというのはお互い様だ。

煙が晴れてしまうまでに何とかできるかどうかは分からない。

それに総一達が毒ガスを見つけていたように、彼女だって得体のしれない武器を持っているのかもしれない。

不意を打たれてしまった以上、総一としては傷を広げる前に逃げ出しておきたかった。

その後に再び対話する方法を見つければ良い。

それこそ館内放送だってかまわないのだから。


「分かった、一度引いて、何かやり方を考えましょう!!」

「はいっ!!」


納得したのか、麗佳の足が速まる。


「ま、待て、ごほっ、あ、あたしに、PDAをよこすのよっ!」


少女の声。

しかしもちろん2人が足を止めることはなく、煙の立ち込める通路から逃げ出して行った。

 

・・・。