*ゲームを読む*

ゲームまるごと文字起こし

水平線まで何マイル? -ORIGINAL FLIGHT-【1】

 


当ブログは、私個人の趣味でゲームを"ほぼ全文"文字起こししています。

ローマ字入力・かな入力・親指シフト等、タイピング練習も兼ねています。

※誤字・脱字が多々あるかと思われます。 【○少女 ✕処女 etc...】

最初の頃は頑張ってひとりで校正をしていましたが、横着な性格のせいで挫折。

その時間をゲームに充てたいので止めました。(開き直り)

これは趣味であって、お金貰ってるライターさんのお仕事とかじゃないのだぜ!

もし、このブログ?を読んで面白いと思った方は、そのゲームを購入してプレイしましょう。

ゲームは自分でやった方が楽しいよね!

 



・・・。

 

 

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「くあぁ~~」

 

盛大なあくびを飲み込むことなく大口を開ける。

大きく伸びをしたその勢いのまま、ごろんと横になった。

空はどこまでも高く蒼い。


「昼寝にはもってこいのシチュエーションだよなぁ」


ホントにいい天気だ。

授業をサボって出てきたのは正解だったな。

音の方向にのんびりと視線を向けると、空に浮かぶ"モーターパラグライダー"が見えた。

地面に寝転がっている俺に気がついただろうか。

このあたりは風がいいので、パラグライダーのようなレジャー系の"スカイスポーツ"を楽しむ人が多いらしい。

空港への航路から離れているので利用しやすいっていう利用もあるんだったか。

実は小さい頃にやったことがある。

そういえばあの時は危うく遭難しかけたんだっけ。

パラグライダーと思って馬鹿にしちゃいけない。

エンジンを背負って自由に飛べるから行く先を自分で選ぶことができるし、高度だってやろうと思えば結構出せる。

上手くやれば富士山よりもずっと高いところまでだっていけるぐらいだ。

あの時、必死に無線で呼びかけられなかったら、そのまま空の彼方にあるという楽園まで一足飛びでたどり着いていたかも知れない。

まぁ、今になって考えてみればあれもいい経験ってやつだ。


ゆっくりと遠ざかっていくプロペラ音を子守唄に昼寝を決め込むことにした。


・・・。

 

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「こんなところで寝てると、踏んじゃうよ?」

「そこは『風邪を引くよ』とかが定番だろ」

「えー、定番なんてつまんないじゃない。 それとも、本当に踏んだほうがよかった?」


ニヤニヤ笑いながら足を上げてみせる。


「・・・なによ?」

「いや、別に」

「こんなところでお昼寝なんてぜーたくだよね」

「まぁな・・・なんだよ?」

「べっつにー」


ニヤニヤ笑ってやがる。

ヨダレでもついているのかと口の周りをぬぐってみるけど濡れている様子はなかった。


「そんなところに突っ立ってるのなら俺の枕になれ。 余は膝枕を所望いたす」

「なによ、えらそーに」

「俺は横になっている。 だが枕がない。 だから適当な枕を欲している。 そこでお前の膝を希望したい」

「ほうほう。 キミ流のやりかたでは、それが人にモノを頼むときの態度なわけですか。 親御さんのお顔をぜひとも拝見したいものですねー」


こいつめ。

俺の親の顔なんて見飽きているだろうに。

ガキの自分からの付き合いだから、かれこれ10年以上になるのか。

まぁ、腐れ縁ってやつだよな。


「・・・膝枕をしてください」

「んー、どうしよっかなー」

「人が下手に出れば、いい根性してるじゃないか」

「あはは、冗談冗談。 いいよ、膝枕ぐらい」

「え? まじで?」


むしろ頼んだ俺の方がびっくりだ。

どういう風の吹き回しだ?


「ほら、頭上げて」

「お、おう」


おお、柔らかな感触が後頭部にぃぃ。

これは・・・クセになりそうだ。

 

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「これ、膝枕をするほうはあんまり楽しくないね」


それはそうだろう。

楽しめるのはどう考えても一方的に膝枕をしてもらっている俺の方だ。

世の男子が膝枕を潜在意識のうちで求める気持ちが俺にはわかった気がする。

俺は今、喝破した。


「ふむ。 もっと硬いものかと思ってたけど意外に・・・ふががっ。 鼻をつまむな!」

「あはは。 おもしろーい」


俺は面白くない。


宮前朋夏(みやまえ ともか)は俺の幼なじみだ。

物心ついた頃から、朋夏は俺の後ろか横か前にいた。

ちなみに、『前』にもいたところがポイントだ。

おそらく世にあまねく存在するパブリックイメージにおいて、幼なじみの占めるポジションは『守られるべき存在』だろう。

具体的には、いじめっ子やらガキ大将から守られる存在。

それが幼なじみの、あるべき役割だと言える。

だが、朋夏の場合は少々そのイメージから外れる。

いや、少々というのは語弊があった。

かなり外れると言った方が正しい。

いじめっ子やらガキ大将をこいつが返り討ちにした武勇伝は、ひとつやふたつではない。

むしろ朋夏の方が彼らに恐れられていたぐらいだ。

『ボウクントモカ』の二つ名はしばらく近隣に轟き響いていた。

まさに触らぬ神にたたりなし。


「なによ、人の顔をジロジロ見て」


クラスの男子の大半より足が速かったし、器械体操ではオリンピックの強化選手に選ばれたぐらいだもんな。


「いや・・・アレを見ててさ。 小さい頃のことを思い出してた」


俺の指先を追うように朋夏の視線があがる。


「"モーパラ"? そういえば、小さいころに一緒にやったよね。 あのときは・・・ふふ」


調子に乗って4000メートルまであがった時にはさすがにヤバかった。

まさに後悔先に立たず。

夏場の、しかも地上で快適に過ごすための格好でそんなところまであがれば凍える。

そりゃもうすごい勢いで。

とにかく寒かった。

なにより怖かったのは寒さで指先がかじかんで動かなくなることだ。

当然、操作だってままならない。

真面目な話、あの時ばかりは幼いながら俺も死を覚悟した。

必死に俺の名前を呼び続けてくれなければ、ここで空を見上げていることはなかっただろう。

あの時の涙まじりの声を、俺は今も忘れてはいない。


「その最後の含み笑いが気になるところだが、あえて言及はせずにすませておく」

「お気遣いどーも」

「ふん」


・・・。


「あのさ・・・授業サボってよかったのかな?」
「なんだよ、いまさら」
「だって気になるじゃない。 先生とか怒ってないかなーとか。 単位大丈夫かなーって」
「お前、今までちゃんと授業出てたんだろ? なら大丈夫だって」


むしろ危ないのは俺の方だ。

去年に比べると、会長に誘われて授業をサボることが格段に増えたもんな。


「そうなの? じゃー、いっか」


お気楽な奴だな、ホント。


「でも、そろそろ戻らない? 授業終わるころだし」


もうそんな時間になるのか。

幸せな時間ほど短く感じられるっていうのは、どうやら本当のことらしい。


「戻るのはいいけど、会長たちがどこに行ったか聞いてるか?」
「知らない。 そういえば集合時間とかも聞いてなかったね」


普段は縛りが少なくてテキトーにやっていられるから気楽なんだけど、こういう時のてんでバラバラ加減はいささか面倒だ。


「携帯で位置確認ぐらいできたっけ」


俺は脇に置いてあった端末を手に取ると、二人の居場所を検索した。


「湖景(こかげ)ちゃんはそこの海辺にいるみたいだな。 よし、合流するか」


・・・。

 

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「夏になったらさ、みんなで水着もって泳ぎに来ようよ。 この辺って人もいないし、穴場だと思うよ」

「そいつはいいな。 早速、会長に提案してみるか」


お祭り好きな会長ならこの手の提案には絶対にノッてくれるはずだ。


・・・。


ん? これ、鼻歌か?

歌の聞こえてくる方へ足を運んでいく。


「お、いたいた」

 

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女の子が無心に磯遊びをしている姿っていうのは、なんだか心が和むなぁ。

麦わら帽子が制服姿に微妙にマッチしてなくて、それがなんだか可愛らしく見える。


「おーい、湖景ちゃーん」


たっと軽快に朋夏が走り出す。

こうした赴きある風情を解しない奴だ。

 

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俺たちの声に気がついたのか、津屋崎湖影(つやざき こかげ)ちゃんが顔をあげてにっこりと微笑んでくれた。

湖景ちゃんは下級生という素敵属性に加えて小柄で気が弱いという追加ボーナスを所持している。

その奇跡的な存在価値が俺の保護欲をほどよく刺激してくれるのだ。

もっとも外見や年齢や性格なんて関係なく、湖景ちゃんは俺にとって面倒を見てあげたくなる可愛い後輩であることにかわりはない。

出会った頃から薄っすらと感じていたことだけど、湖景ちゃんは男子と話をするのをちょっと苦手にしているようだった。

しかし、この数ヶ月の間に俺にだけはどうやら慣れてきてくれたらしい。

湖景ちゃんのクラスメイトの男子どもよりよほど打ち解けられているのだ。

これを誇らずに何を誇るというのかっ。

ここまで来るのにはかなり苦労をしたわけだけど、この達成感に比べればそれまでの苦難の道のりなんてどうということはないだろう。

何よりあれだ、褒めてあげる時に頭をなでなでしてあげられる女子が身近にいるっていうのが実にいいのだ。

主に俺の精神的に。


「なにしてるの?」

「あの・・・カニさんがいたので。 あと、おさかなさんとか」


カニとか魚にさん付けしちゃうところもまた湖景ちゃんの可愛いところのひとつだろう。

どこかの誰かにも見習ってもらいたいものだ。


「え、ホントに? 食べられるかな?」

「どうでしょう。 イソガニとかオウギガニって食べられるんでしょうか?」

「んー、ちっちゃいねー。 お味噌汁の出汁ぐらいにしか使えないかも」

「あの、このオウギガニさんがかわいいんですよ。 ほらっ」


湖景ちゃんの小さな手が水面にかざされると、驚いたカニがピタリと動きを止めた。

もしかして死んだフリか?


「えー、なになに。 おもしろーい」


バシャバシャと朋夏が水面を叩くと、ぱっと小魚やら蟹たちが逃げていく。

まさにボウクントモカにふさわしい行動といえよう。


「やめとけって。 彼らの平和な生活を脅かすなよ」

「はーい」


困ったような表情をしていた湖景ちゃんもいほっとしたようだった。

湖景ちゃんは本当に優しい子なんだな。


「このカニって珍しいの?」

「そんなことはないと思います。 データベースにも載ってましたし。 あ、あの・・・ごめんなさい、よくわかりません」

「いいよ、謝らないでも。 もしかして、海に来るの初めてとか?」

「はいっ」


うーん、いい笑顔だ。

まぶしすぎる。


「磯の香りってこんな感じだったんですね。 あと風も気持ちいいです。 水面に反射した光も眩しくて、波の音とかも聞いていると穏やかな気持ちになります。 こうして磯だまりでおさなかさんとか見ているだけでもとっても楽しいです。 こんなにたくさんの生き物がいるんだなぁって」

「そっか」


湖景ちゃんがいつになく饒舌だ。

それだけでもここに来てよかったと思う。


「あはは。 この調子だと、真剣に眺めすぎて日射病になっちゃいそうだよね」

「大丈夫ですよ。 会長さんが麦わら帽子を貸してくれましたから」

「そういえばさ、なんでそんなのが"宇宙科学会"の部室にあったんだろ。 宇宙科学会と麦わら帽子に接点なんかないよね」

「そういえば、そうですね・・・」


あの人の真意とか、宇宙科学会の存在理由というのを考えるだけ無駄あと思うけどな。

意外性とう点についていえば、会長の右に出る奴なんてこの"学園"にいないだろうし。

まぁ、それ以外にもあの人の右に出る奴なんて滅多に存在しないだろうけど。


「そういや、夏になったら泳ぎに来ようかって朋夏と話してたんだ。 その時は湖景ちゃんも一緒に来ような」


当然、その時は水着だ。

・・・いや、別に深い意味はないけど。

泳ぐのならば水着が当たり前というただそれだけのことだ。


「はいっ」

「湖景ちゃん、泳げる?」

「あ・・・いいえ。 泳げないとダメ、ですか?」

「ううん、大丈夫だよ。 あたしが泳ぎ方を教えてあげるからさっ」


運動神経抜群な朋夏の指導があれば、湖景ちゃんもすぐに泳げるようになるだろう。

体育会系の部活をやっていたせいか朋夏は後輩の面倒見もいいからな。


「実は、あたしも泳ぎ方は空太に教えてもらったんだけどね」


そういや、そんなこともあったなぁ。

随分と昔の話ではあるんだけど。


「すごいです、平山先輩っ」


いや、尊敬するような目で見ないでください。

今じゃ朋夏にはとてもかなわないし。


「あ、いっけない。 そろそろ帰ろうかって空太と話してて、湖景ちゃんたちを探してたんだった」


おっと、そうだったそうだった。

思わず湖景ちゃんとの素敵トークを楽しんでしまった。


「もうそんな時間ですか」

「電車の時間もあるしね。 湖景ちゃんは会長がどこにいるか知ってる?」

「いえ・・・ごめんなさい」

「いいっていいって。 携帯で探すから。 朋夏とここで待っててよ。 俺が呼んでくる」

「おっけー。 よろしくね」

「おう」


・・・。


朋夏と二人で歩いた道を今度は一人で歩いていく。

会長はこの先にある灯台にいるらしい。

湖景ちゃんじゃないけど、こうして波の音を聞き、海風を受けているだけで気持ちよくなるんだな。

こいつは新たな発見だった。


・・・。

 

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世界はとても穏やかで、とても綺麗だ。

海も空も空気も、親父たちの頃に比べればずっと綺麗になったらしい。

 

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坂の途中にある"旧校舎"の校門前を通り過ぎる。

俺たちの通っている学園はもともとこの場所にあった。

さっきまで俺が寝転んでいたところが当時のグラウンドだ。

都会の空気が文字どおり息苦しかった時代、内浜学園は自然環境をウリに学生を集めていたそうだ。

それが40年ほど前、海を埋め立てて広大な工場用地が作られ、山を削って住宅地が作られた。

もっとも開発によって環境が悪くなったせいで学園が転移したわけじゃない。

 

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工業地帯の開発が不振に終わり、埋め立て地が空き地だらけになると、もとからあった港町は前にもまして寂れていったらしい。

20年あまり前にとうとう学園のすぐそばを通っていたローカル線が廃止されてしまった。

住宅地の方の大きな駅からだと旧校舎までのんびり歩いたら20分はかかってしまう。

そのため土地が広いだけがとりえの不便きわまりない立地に耐えかねて、学園ごと都心よりに引っ越した次第だそうだ。

そうした事情を知っているせいなのか校舎はやけに古びて見え、20年という月日以上のものを感じさせた。

会長の気まぐれがなければ、こんなところまでくることはなかっただろう。

ただ、ほとんど忘れられたこの場所に漠然とした懐かしさを覚える。

俺自身が通ったことはないというのに不思議なものだ。

古びた校舎のせいなのか、かつてここを学び舎としていた人たちの息遣いが残っていると感じてしまうせいだろうか。

ともかく懐かしいと思う。

何か大切なものをここに忘れている気がする。

それを探し出すまでここにいたいと思う。

爺さんや親父の世代の人たちが通っていたであろうここに郷愁を覚えてしまうのは何故なのだろう。


・・・。

 

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それは心を打つ美しい一枚の絵画を見た時のような印象で――。

夏を間近に控えた暑いといっても差し支えのない日差しにもかかわらず、何故だか冷たさを感じさせ――。
なにより、たまらない孤独感に満ちていた――。


「かい、ちょう・・・」


かすれた俺の声は灯台まで届かない。

だから行き先を見失った言葉は途中で解けて霧散する。

一年前に宇宙科学会という何が活動目的なのかよくわからない部活へ俺を引き入れた人。

勉強も運動だってできて、トボケているようで意外に頼りになって、それなのに何を考えているのかよくわからなくて・・・。

この一年ちょっと、ただただ俺はこの人の言動に翻弄され、でもそれが決して嫌ではなくて。

むしろ一緒にいる時を楽しく感じさせてくれて。

何故だろう。

いつだって楽しそうにしているのに、ほんの少しの寂しさを同時に感じさせる人だった。

やけに海鳥の鳴き声がうるさい。

まるでこの声が会長の姿をかき消そうとしているなんてことまで夢想させる。

まったく、どうかしている。

ただ海を眺めているだけだというのに。


「会長!」


自分の中にある不安をかき消すために、いつもより大きな声で呼びかけた。

 

 

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にっこり微笑んでくれたのを見て不思議と安心する。

まったく何を不安に思っていたんだ俺は。


「そこから何か見えるんですか?」
アメリカ?」
「いや、それは無理ですから」
「じゃ、富士山?」


なんですか、その「じゃ」っていうのは。


「海、かなー」
「・・・なるほど」


やっぱり会長のことはよくわからない。

何故だか理解できないことに安心をしてしまった。


会長――古賀沙夜子(こが さよこ)先輩は俺たちの所属する宇宙科学会の代表であり、学園でも指折りの有名人だ。

この場合の有名ってのは「よい」意味でも「わるい」意味でもある。

「よい」意味で会長をあらわそうと思ったら一言ではとても足りない。

まず会長は美人だ。

俺だって初めて見た時は驚いた。

アイドルより美人ってホントにいるんだと思ったものだ。

加えて頭もいい。

入学してからこっち、学力考査で学年一位の座を誰にも譲ったことがないらしい。

こりゃマジですごいことだろう。

そして宇宙科学会なんていう宇宙を観測するんだか科学するんだかよくわからない文化系部活動の会長でありながら、実はスポーツもそつなくこなす。

宇宙科学会主催で強制参加させられたスキー合宿では、それこそプロスキーヤーばりの滑りを見せられて度肝を抜かれた。

スキーだけじゃない。

後にKIXの悪夢と個人的に呼んでいるハーフマラソンの時だってすごかった。

神様は生きてはいるけど実に不公平だ。

天は三物も四物も与えるべき人には与えている。

「わるい」意味で会長を表現するならば、控えめに言って「変わって」いる。

まず会話が成り立たないことがある・・・ような気がする。

なんとなく言わんとすることはわかるんだけど、真意がつかめないことが多い。

そこに独特の専門用語がところどころに挟まれると、もうわけがわからない。

会長として自然な例えのつもりらしいけど、残念なことに周囲でそれについていける奴は俺を含めていないのだった。

そんなわけで、我らが会長は学園内でもいろんな意味で有名だ。


「風、強いですね」


耳元を過ぎていく音は大きく、目を細めないと前を向いているのもつらいぐらいだった。


「でも気持ちいいよ」


確かにこいつは爽快だ。

強い風を受けて会長の長い黒髪がひっきりなしに踊っている。


「授業をサボって海を見るっていうのもいいですけどね、会長は単位とか大丈夫なんですか?」


聞いてはみたものの会長と湖景ちゃんは成績優秀だし、いつもの朋夏は真面目に授業へ出ているのを思い出した。

客観的に考えて一番やばいのは俺だ。


「テストでいい点を取ればいいんだよー」


そうはおっしゃいますけど、凡人はテストでいい点を取れないから苦労をしているわけで。


「テストはまるで自信ないです。 そうだ、よかったら今度、勉強をみてくださいよ」


何故だか、きょとんとした表情をする。


「あれ? ソラくんはテスト嫌い?」
「賭けてもいいですけど、テストが好きだって奴は少ないでしょうね」
「そっか。 うん、べつにいいけど・・・スパルタ式?」
「えー・・・」
「あはは。 低気圧発生。 雨になる前に帰ろっか」


会長がくるりと踵を返すと黒髪もあわせてゆれる。

 

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「では、毎秒一メートルの速度で西南西へ移動を開始」
「秒速一メートルってあんまり速くないですよね」
「んー、ちょっと違ったかも。 じゃ、毎秒二メートルに修正」
「それは速すぎますって」


まぁ、この人の突飛な行動は今に始まったことじゃない。

今日だっていきなり俺たちを呼び出して授業をサボる宣言をしたと思ったらこんなところまで連れてくるし。

かれこれ一年以上の付き合いになるけど、いつもこの調子で会長の真意はわからないままだ。

この人が何を考えて行動しているのか理解できる日なんて訪れるのだろうか?

理解できたらそれはそれでどうかと思わないでもないんだけど。


「置いてっちゃうよー?」
「はいはい・・・」


・・・。


坂道を降りていく会長に小走りであっさり追いつく。



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「ふむふむ、追いついたら"閉塞前線"だねー。 実によく発達した低気圧」
「いや、別に不機嫌とかそういうつもりはないんですけど、そう見えました?」
「んー、ちょっと違うよ。 ソラくんは足が長いねってほめてるんだよ。 じゃ、改めて出発進行~」


・・・。


「おーい、平山ー!」

 

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ちょうど校門の前あたりで見飽きた――もとい見慣れた男が声をかけてきた。


「なんだ、上村か」


こいつは男のクラスメイトの中でも一番――改めて確認すると癪な気もしてくるけど、一番親しくしている奴だ。

少なくとも言葉を交わす数はダントツに多い。

一見してイケメンのメガネ君と言えなくもない風貌を備えるものの、その裏で何をやっているかは定かではない。


「その発音では『植村(ウエムラ)』になってしまうと常々いっているはずだが、いくら指摘しても変わらないのは、直すつもりはないということなのかね。 それともなにかそれは私に与えられた二つ名なのかね? にしても『越後の虎』や『学園の暴走特急』なら迫力があっていいが、『植村(ウエムラ)』ではまるで迫るものがないではないか」
「まぁ、そんなことは置いておくとしてだ」
「友人の話を聞かないところは、我が友の108ある悪い癖のひとつであるな」


人を煩悩の塊みたいに言うひどい奴だ。

こんな時は、こう切り替えしてやるのがいい。


「ところで、おまえ、メガネ割れてるぞ」
「割れてなどいない!」
「ったく、朝から無駄に元気だな、おまえは」
「誰が無駄なことをいわせているのだね」
「まぁ、いつものことだから気にするな。 というわけで改めて。 おっす、今日もいつも通りの時間だな」
「・・・ごきげんよう、我が友よ」

上村は疲れたようにため息をついた。


「それよりもだ、平山のところは平気なのかね?」
「平気って、何がだよ」
「なんたることだ、聞いていないのかね!? 今まさに"宇宙科学会"が存続の危機に瀕しているというのに」
「ソンゾクノキキ、だと?」


上村の言っている言葉の意味がなかなか理解できなかった。

あまり好ましくない内容なのはなんとなくわかるけど。


「そりゃ、なんの冗談だ。 エイプリルフールはとっくに過ぎたぞ」
「ふう、やはり把握していなかったか。 まさかとは思ったが、のんきにもほどがあるぞ。 所属学会の危機だというのに知らないとは、我が友人ながら将来が思いやられるな」


やれやれ――と言わんばかりに肩をすくめやがった。

ったく、そういうポーズすらいちいちサマになっているからムカつく奴だ。


「そもそも、そんな掲示なんて見てる奴がいるのかよ」
「いるのだろうな。 現におれは知っていたし、おそらく学内のほとんどの者が目を通しているだろう」


なんだその目は。

まるで俺だけが見ていないのを責めているみたいじゃないか。


――と俺が考えていることを読み取ったかのように上村は深々とため息をつく。

ったく、そんなのすらカッコよく決めてくれるから神様は不公平だと言いたくなるんだよ。


「せっかくのシステムも利用していない者にとっては無用の長物でしかないわけだ」
「で、いったい何事なんだ」
「実はな、宇宙科学会に解散命令が出たのだよ。 所属会員の卒業によるやむなき休部や休会はあっても、お取り潰しというのは、おれが記憶しているだけでもここ10年はなかったことだぞ」


あー……なるほど。

さすがに深夜に全館停電させたのはマズかったか。


「学内は今、その話題で持ちきりなのだがね。 もっとも解散通知を当事者が知らないというのが、なんとも宇宙科学会らしいといえるのかも知れんが」
「いや、そんなに褒めるなよ。 照れるじゃないか」
「なに、おぬしにとってみればこの程度のことなぞ気にするまでもないということだな。 さすが我が親友殿はできていらっしゃる」
「……あの、いろいろとすみません」
「うむ、気にするな」


上村は鷹揚(おうよう)にうなずいてみせた。

これまた決まっているから神様というヤツは―――


「時に、このことはおまえも含めて全員が知らなかったということか?」
「いや、さすがに会長ぐらいは知ってる……」
「と、思うのかな?」
「……わからん」


あの人ならこの一件について関知していない可能性がありえる。

なにしろ俺以上の自由人だし。

 

「宇宙科学会に副会長はいないのだったかな」
「人数も少ないし、まともに活動してないからな。 副会長なんてご大層な役職は必要ないんだよ」


学会なんて仰々しい呼び方をしても所詮は部活動……というか同好会だ。

"内浜学園"では、運動部は普通に○○部なのに、文化系は△△学会とか□□研究学会とか、大仰に命名する習慣になっている。


「実質、平山がそうなるのではないのか?」
「どうだろう。 俺なんて会長のオモチャみたいなものだぞ」
「なるほど、いいえて妙だ。 おまえのところの会長はなかなか興味深い人物だからな」
「なんだ、会長のこと詳しいみたいな口ぶりだな」
「なにをいう。 この学園において古賀嬢といえば、入学三日目の新入生でも知っていよう」


そういや俺も入学して三日目に勧誘された気がするな。

なんで俺なんかを誘ったのか理由は知らないけど。

それで入会する俺も俺だが。


「そもそも宇宙科学会がどのような活動をしているのか寡聞(かぶん)にして知らないのだが、普段はなにをやっているのかね」
「そうだな……部室でダベったり、授業を抜け出してブラブラしたり、遊びという名のレクリエーション活動をしたり。 そういったところかな」
「それはそれは、なかなか有意義そうな活動内容だな。 屋上に鎮座しているアレは使ってないのか?」

 

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ああ、そういや校舎の屋上に天体望遠鏡があったなぁ。

入学して以来、一度として使ったことはないけど。


「あー、あれは使ってないんだ。 むしろ宇宙科学会では目視を重要視しているからな」
「ほほう。 後学のためになんの観測をしているか伺いたいものだね」


空を指差すと、上村の視線が上へ向いた。


「……なにもないようだが」
「おまえ、メガネでも割れているんじゃないのか?」
「割れてなどいない!」
「そうか、ならいい眼科を知っているから紹介してやろう。 ついでに視力の矯正でもしてきたらどうだ」
「なに、それには及ばない。 いきつけの病院があるからな」


『いきつけ』って……それを言うなら『かかりつけ』なんじゃないのか。


「それで、なにを観測しているというのだね」
「太陽だよ。 毎日、高度を記録してる。 たまに月とかもやるけど」
「……それはそれは、実に大変なことで」


大げさな身振りで肩をすくめた。

こういう演劇めいた振る舞いが板に付いた男だ。


「それにしても解散とは、またいきなりな話だな」
「たしかにな。 しかし過去の宇宙科学会における悪名と悪行の数々を耳にするにつけ、おれはこの学園の懐の深さに感心をしてきていたのだがね。 さすがに異常な電力消費による全館停電は許しがたい、ということではないかと想像しているのだが」


ってことは、あの騒ぎを引き起こした実行犯が宇宙科学会であるという情報が上村の耳にまで届いているのか。

やはり無理にでも会長を止めておくべきだったか……いまさらだけど。


「言っておくけど、さすがに夜中の校舎で焼き肉はやばいって意見は表明したんだからな」
「なるほど。 つまりあの一部校舎に残された芳香の原因は焼き肉ということか。 ますます宇宙科学会が解散になる理由がわかった気がするのだが?」


くそ、墓穴を掘ったか。


「そもそも宇宙科学会が活発に活動しようと思っても、もとが抽象的で地味な分野なんだよ。 会長が突飛な活動を思いつきがちなのもそのせいだ。 だから温情措置があってもいいと思うんだけどなぁ」
「それをおれに主張されても困るのだが、そう思っているのならば"中央執行委員会"に掛け合ってみたらどうだ?」


確かに上村に愚痴をこぼしても仕方がない。

それが筋なんだろうとは思うけど――


「で、平山よ。 この難局、どうするんだ?」


正直、面倒なことは他の人にお願いしたいところだ。

まぁ、会長がきっとなんとかするだろ。 俺は重鎮らしくどんと構えているよ」
「重鎮、か」
「なんといっても俺はあの会長直々にスカウトされたくらいの逸材だ。 参ったか」
「別に参る理由はないがな。 ふっ、まあいいさ。 おれはそんなおまえの振る舞いをしかと観察させてもらうだけだ」
「またかよ。 たまには他の奴を観察したらどうなんだ」


上村曰く、人間観察は趣味であるらしい。

その対象がもっぱら俺だというのが気になるところだけど。


「おまえは見ていて飽きないからな。 ともすれば退屈になりがちな学園生活というものを彩るには、おまえのような人材が必要なのだよ」
「いいけどさ。 おまえまさか……じゃないよな?」
「うん?」
「ほら、あるじゃないか。 びーえるっての? 美少年同士でアレレしちゃうとかいうのがさ。 まさか、おまえそのクチだったりしないよな?」
「愚かなり平山空太。 たしかにおれは美形だが、おまえのほうは腐女子の皆様にお披露目し、かつ妄想をかき立てていただくには今少し物足りない」
「うるせぇ、どーせ俺は平均的な人間だよ」
「案ずるな。 おまえは背が高いから、それなりに整って見えることもあるぞ」
「『それなり』とか『こともある』ってなんだよ」
「平山にはムラがあるのさ。 だからこそ見ていて飽きないわけだが」
「なんだよそりゃ。 まぁ、おまえに変な趣味がなけりゃどーだっていいけどな。 そんなことより、そっちはどうなんだよ」
「おれが、どうだと?」
「いや、おまえのところの学会だよ」


上村はどこかで副代表をしているらしい。

らしいけど、どこでやっているのか全く教えてくれようとしない。


「ノープロブレム」


そう断言すると、上村は堂々と胸を張った。


「このおれが所属する、ありとあらゆる組織は公明正大かつ品行方正に活動している。 この学園に奇跡のように存在する我らが組織になんの問題があろうか、いやない!」


役者みたいに両腕を広げ、通学してくる連中全てにアピールする勢いで叫んだ。


――ッッ

「痛っ!」
「いきなり叫ぶな」
「う、青いな平山。 豊かな感情表現は人間として当然のことであり、真なる知性というものもまた機械的な算術だけでは成立しないのだよ」
「もういいから行くぞ!」


一人演劇を続ける勢いの上村の背を押して、俺は校舎へと足を向けた。


・・・。


教室につくと、待ちわびていたように朋夏が俺のところにやってきた。

 

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「どうしたんだよ」
「ねー、大変なんだけど!」
「もしかして解散の件だったりするか?」
「あ、見た?」
「いや、聞いた。 上村から」
「上村くんから……そう」
「おまえは見たのか?」
「うん。 この目で確認したよ。 宇宙科学会は解散しろって書いてあった。 ねー、どうしよう空太ぁ」
「そんな心配することもないんじゃないか」
「なんでよ、解散だよ解散!? ああ、やっぱりあのときあたしがちゃんと反対しておけばよかったのかなー」


さすがにあの焼き肉を思い出すか。

率先して参加していたんだけどな、我が幼なじみ殿は。

ゴツくてデカイ鉄板を運ばされた時はなんの嫌がらせかと思ったものだ。


「やっちまったことはいまさら後悔したって遅いだろ。 解散したくなきゃ、これからどうすればいいのか考えるしかないって」
「つまり真面目にやってますってアピールするわけ? なんかそれっていまさらじゃないかな」
「確かにな。 じゃあ、解散しかないか」
「簡単にあきらめないでよ! あたしたちの居場所がなくなっちゃうかも知れないんだから、なんとかしないとダメじゃない! 空太もなんか考えてよ!」

 

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近い、近いって!

鼻息がかかるまで顔を近づけるなよ。

どことなく甘酸っぱいような朋夏の匂いが鼻腔をくすぐる。


「もっと真剣にやろうよ。 あんまりヌルいところにいると人間ダメになっちゃうんだからね」


そんなこと言われても、俺はそういった宇宙科学会のヌルいところを気に入っているわけなんだけど。

しかし朋夏の奴はなんだか真剣に悩んでいるみたいだし、俺も何か考えてみるか。


「とりあえず、だ。 なんらかの実績を提示すればいいんじゃないか。 それで解散させるのはもったいないと思わせることができたら、もしかするかも知れないぞ」


「実績かー……でも、あたしたちってなんかやってきたことあったっけ?」
「太陽高度の観測」
「それ、実際に測って記録したことなんて、あったっけ?」
「もちろん過程は省略して結果だけ記録しているさ」


誰が観測しても結果は同じだからな。

あとは会長の思いつきによる突発的な課外活動ぐらいか。

それを執行委員会が実績としてカウントしてくれるかどうかだけど……難しそうだな、さすがに。


「発表会に向けて研究したり、記録をつけたり、会誌作ったりすればいいのかな。 それとも他になんかある?」
「うーん、ぱっとは思いつかないな」


というか、そんなことで解散命令が撤回されるかどうかは俺にもわからない。

あえてそのことを口にする朋夏を落ち込ませるだけなので言わないでおこう。

でも朋夏を見ていると、案外、あっさり命令が覆るかも知れないなんて思えてくる。

なんだかんだで学生の自主性を重んじるのが学園の方針だし、やる気と反省の色を見せればあるいはいけるかも知れない。

授業が単位制だったり、文化部のことを学会だなんて呼んでたりするのも学生主動をよしとする校風のあらわれなんだろうけど、逆にそれが隙を生んだりするわけで。


「……うん、やっぱりさ、もうちょっと真面目に活動をしてますってアピールすればいいんだよ。 そうすればきっと考え直してくれるって」
「おまえってすげぇな。 その真面目なところを少しわけてもらいたいぐらいだよ」
「空太、目つむって」
「なんでだよ」
「いいからつむってっ」


あんまりに真剣なので、仕方なく目をつむってやる。

まったく何をするつもりなんだか。


「せーのーでっ!」


――ッッ


いい音をたてて、朋夏は俺の頭をはたいた。


「痛ぇなぁ」
「おかげで目がさめたでしょ。 ちょっとは真面目にやろうよ。 あたしらが置かれている状況も、もう少し危機感をもって理解してよね」
「そりゃわかるけど、こういうのってさ、ぶっちゃけた話、会長の力でなんとかできるんじゃないのか」


上村から解散を知らされてなお俺がさほど取り乱さなかった理由――それが会長の存在だ。

あの大物が頭(トップ)にいてくれる以上、そういう宇宙科学会が揺らぐことはないと考えてしまう。


「そりゃ、会長がすごい人だとは知ってるけどさ、ちゃんと動いてくれるのかな?」
「危機感を持ってくれればあるいは」
「持ってくれてると思う?」
「…………わからん」
「ね? 放っておいたらあっさり解散とかしそうじゃない」


それは考えられる。

美人で文武両道という完璧超人のくせして、油断のできないレベルで変な人だからなぁ。

 

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「ありそうな話だな、それって」
「でしょ?」


急に不安になってくる。

あの会長のことだ。

もし本気で宇宙科学会を大事に思っているのなら、執行委員会や学園側に見とがめられない程度の活動実績を捏造するぐらいのことは造作もなかったはずだ。


「でも今の段階で俺たちにできることもないわけだ。 どのみち会長に確認してみないとな」
「うん、そうだね。 放課後、みんなとも相談してみよ」
「ああ、そうだな」


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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「こんにちは」


教室に入ると湖景ちゃんが近寄ってくる。

どうやら俺たちが来るのを待っていたらしい。


「湖景ちゃん、早いね」

「は、はい……あの、気になってしまって……」


湖景ちゃんの表情を見るだけで何を考えているのがわかってしまう。

これぞまさに以心伝心……なわけないか。

誰にだってわかる。

要するに不安なんだ。

この先、宇宙科学会がどうなってしまうのか、どうすれば解散せずにすませられるのか、と。

 

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「なんかさ、それらしいことをやればいいんじゃないかなって思うんだよね」

「そう、なんでしょうか」

「でしょ? はっきりいってさ、今までなにもやってなかったじゃない」

「そんなことはないぞ。 走ったり滑ったりしたじゃないか」

「そうなんですか?」


どれも湖景ちゃんが入る前のことだから、知らないのも無理はない。

そういえば、湖景ちゃんはなんで宇宙科学会に入ったんだっけ。


「あれって、会長の趣味っていうか、全部その場の思いつきじゃない」

「なんだ、ちゃんとわかってたのか。 その割に楽しんでたみたいだけど」

「わかってたよ。 楽しかったのも否定しないけどさ。 でもね、それじゃダメってことでしょ? 宇宙科学会としてなにをするかってのが大事で」

「まぁ、そうだろうな」

かといって俺も宇宙科学会が具体的に何をするところなのか知らないんだけど。

下手をすると会長すら知らないかもしれないし。

何をするところなのかはっきりしないのに、部室だけは立派なのがまずかったのか。

それ以前に、これまで積み上げてきた悪行の数々のツケが回って来たと考えるべきか。


一応、屋上にある大きな天体望遠鏡は宇宙科学会が使用できるらしいけど、俺の知る限りにおいて利用したことはない。

そういえば一度だけ星の観測をするという名目で夜の屋上に集まったことがあったな――コンロと鍋を囲むのが本当の目的だったわけだけど。

鍋で満足してればいいのに、誰だよ鉄板まで持ち込んだ奴は。


「だからさ、会長にどうすればいいか聞けばいいだろ」


ぷぅーと朋夏のほっぺたが風船のように膨らんだ。

なんだ、なんか悪いことでも言ったか?


「それでいいの? 本当に?」

「本当も何も決定権を持ってるのは会長だしさ。 俺たちがあれこれ気に病んだって仕方ないってことだよ。 多分、会長がなんとかしてくれるさ」


まずはそこからだ。

何も考えてないとか、なんのアクションも起こさないという可能性も否定できないけど。

ますます朋夏が不機嫌になる。

だからなんでそんな不機嫌そうな顔をするんだよ。

どうせ俺たちがここで話し合ったって、何も変わらないだろうに。


「空太は……それでいいの? 解散になっちゃうかも知れないんだよ」

「だから、解散するってまだ決まったわけじゃないだろ」

「でも、このままなにもしなかったら本当にそうなっちゃうかも知れないんだよ? あたしたちの居場所がなくなるってことなんだよ?」


そんな大げさな。

そうなったらそうなったで、他の学会に籍を移せばいいだけのことだろうに。

その時は上村のところに入るってのも悪くないかも知れない。

上村がどこに所属しているのか知らないけど、あいつが副代表でまわってるぐらいのところだし、そんな堅苦しいところじゃなさそうだ。

俺としては、のんべんだらりと居心地のいいヌルさが感じられるところならどこだっていい。

その点で宇宙科学会は最適な場所だったんだけどな。


・・・。

 

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「あれ? なんか気圧低い?」

「それつまり雰囲気が悪いってことですか」

「んー、ちょっと違うかもー」

「あ、会長! あの話、どうするんですか?」

「あのってどの? 泳ぎに行くなら水着の用意するけど、時期的にはちょっと早くない?」


泳ぎに行くことは会長の中ではすでに決定事項のようだ。

いや、この人の生き方はまことにもって楽しそうだ。

うらやましい。


「そうじゃなくて! 宇宙科学会に解散しろって命令が出てるじゃないですか」

「それは大変。 でも、ソラくんがなんとかするよー」

「うわ、まるで他人事のようにさらりと流して、しかもそれが俺へのスルーパスですか」

「そのお話はまた今度~」

「でも……」

「トモちゃん、もうお話は変わってるよ。 わかるかなー?」


こうなったら朋夏が何を言っても無駄だ。

テコを持ってきても、赤ん坊が泣いたって会長が意見を変えることはない。


「……はい」

「それで、今日はお掃除をするから」

「お掃除、ですか」

「うん。 衣替え?」

「なるほど、夏も近いですし」


切り替え早いな。

それよりもだ、何故おまえは会長のネタ振りに対して普通に受け答えしているのか。


「でしたら、いつもはやれないところまできれいにしましょう」


ホント、湖景ちゃんはいい子だ。

発言から察するに、俺たちの知らないところで普段から掃除をしてくれていたらしい。


「あの蛍光灯がそろそろ切れそうだから、交換しちゃおうか」

「……そこでなんで俺を見る」

「だってさ、役割分担とか考えた最適でしょ? 男だし、一番大きいし」

「ソラくんは宇宙科学会の積乱雲だねー」


積乱雲って、入道雲のことか。

イメージとしては間違っていないかも知れない。


「あはは……」


湖景ちゃんに力なく笑みかけられては仕方あるまい。

椅子を寿命間近な蛍光灯の下へ持って行く。


「よっと……」

 

「足りないのは根性?」

「やる気じゃないですかね?」

「平山先輩でも届かないですね」


二名ほどが好き放題を言ってくれる。

根性ややる気でどうにかなる問題に見えますかね、これが。


「あんまり言ってると、積乱雲からカミナリが落ちちゃうかもー」

「部室に脚立ってあった?」

「さすがに見たことないなぁ」


何に使うかわからないものはゴロゴロ転がっているのに、脚立なりその代わりに使えそうなものは見たことがない。


「んじゃ、借りてきてね。 その間に、あたしたちは掃除しちゃうから」


部室にいたら他にも押し付けられそうだから、ここは大人しく脚立を探しに行くか。


「いい、サボったら承知しないからね!」


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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サボるなと言われてサボらないのは人としてどうかしている。

適当に時間をつぶして部室に戻るプランを考える。

そもそも好き好んで掃除をする必要なんてないだろう。

どうせ会長の思いつきで始まったものなんだし。

もっとも、これまで部室が快適に使えていたのは湖景ちゃんの陰の努力によるところが大きかったみたいだけど。

あとで頭をなでなでして褒めてあげなければ。

うむ。

などと余計なことを考えながら歩いていると、"美化委員会"やら"報道委員会"やら、ナントカ委員会の部室が集まっているフロアにたどり着いた。


――ッッ


「いった~」


なんかすげぇでかい音がしたみたいだけど……こっちか?

半開きになったドアから中を覗いてみると、女子が尻餅をついていた。

 

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奥に積まれていたダンボールが一部崩れている。

どうやら荷崩れを起こして、中に入っていたものが散らばったらしい。

これは――紙の束か。


「ケガはないか?」
「うん、大丈夫だとおも、いたたた……」
「おいおい、ホントに大丈夫かよ」
「ちょっとひねっただけだと思うから。 大丈夫よ」
「ならいいけどさ。 しかし派手にやったなぁ」


今どきこんなにたくさんの紙なんて見たことない。

ある意味、貴重なものを見せてもらったな。

足元の紙を一枚拾い上げる。

どうやら報告書のようなものらしい。

日付を見て納得した。

20年近く前のものだ。


「――って、ヤベっ」


崩れきっていなかったらしいダンボールが、今まさに次の崩壊を起こそうとしていた。


「何?」


慌てて部屋に踏み込んで落下寸前のダンボール支える。

支える、けど……重いぞ、これ。


「ちょっと、大丈夫?」
「だ、大丈夫じゃない……助けてくれ」


このままだとつぶされてしまう。

紙ってこんなに重いのかよ。

利用されなくなった理由がわかる気がする。


「ちょ、ちょっと待ってて……いいわよ」

 

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「……ところで、ひとつ質問があるんだけどさ」
「いいわよ、何?」
「どうしてドアの方に行くんだよ! 一緒に荷物を支えてくれないと、俺がつぶれるって!」
「男子なんだからそれぐらいなんとかしなさいよ。 頑張ってね」


頑張れるか、ボケー!


――ッッ


・・・。

 

「まったくなんで崩しちゃうのよ。 おかげで片付けるのが大変になったじゃない」


ブツクサ文句を言われる。

理不尽だ。

そもそもこの荷物が崩れたのは俺のせいじゃない。


「ちょっと待った。 俺がいなきゃ、あんたの頭の上に落ちていたかも知れないんだぜ。 感謝の言葉ぐらいあってもいいんじゃないか?」
「なるほど、それもそうね。 どうもありがとう。 さっきは助かったわ」
「……いや、別にいいけどさ」


なんだよ、今度は素直にお礼を言ったりして。

最初の感じと全然違うじゃないか。

こうも素直になられると、なんでか俺が悪かったみたいな感じでやりにくい。

 

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「私は名香野陽向(なかの ひなた)。 三年よ。 貴方は?」


よくよく制服を見ると、確かに三年生の赤いタイをしていた。


「ひ、平山空太。 二年です」
「そう、平山君ね。 改めてお礼を言うわ。 ありがとう」
「腰をさすってたみたいですけど大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ。 最初に支えようとした時に無理な体勢だったから、ちょっとひねったみたいだけど。 それより貴方の方こそ大丈夫なの?」


上体を左右にひねってみる。

まったく問題はない。


「その分だと大丈夫そうね」


おしゃべりはこれで終わりってことなんだろう。

名香野先輩は黙って紙を拾い始めた。


「貴方も何か用事があったんでしょう? 引き止めてしまって悪かったわね」


用事――

確かに脚立を探しに来たんだけど、このまま立ち去るのもバツが悪いな。 仕方がない。

少しだけでも手伝っておくか。


・・・。

 

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「時間をとらせてしまってごめんなさいね」
「いや、ただ紙を集めるのを手伝っただけですし、別にいいですよ」
「でも貴方も何か用事があったんでしょう? 私でよければ手伝うわよ」
「ああ、そういえば。 でも脚立を借りたくて探してただけなんで」
「脚立だったらそこにあるわよ。 しばらく使う予定はないから持って行っていいわ」
「まじですか。 助かります」
「他に何か手伝えそうなことがあれば言って。 なんでもいいわよ」
「大丈夫です。 お気持ちだけで」
「そう……」
「じゃあ、脚立はお借りしていきます」
「ええ、またね、平山君」


・・・・・・。

 

・・・。

 

「うぃーす」

 

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「おっそーい!」


――!!


「いってーな! いきなりなんだよ」
「どうせサボってたんでしょ。 脚立を持ってくるだけで、どうしてこんなに時間がかかるのよっ」
「しょうがないだろ。 ちょっとした頼まれごとをされちゃったんだから」

 

正確には見捨てておけなくて手伝っただけだけど。


「よいことをしたのなら、ほめてあげるよー」


いえ、結構です。

対価として大事なものを差し出さなければならなくなりそうなので。


「ふーん……どうせ女の子に頼まれたとかそういうのでしょ」

「ひ、ひねたこと言ってるとモテないぞ」

「べーだ」


・・・・・・。

 

・・・。

 

今日は早めに教室にやって来ていた。

クラスメイトがまだほとんどいない教室でぼんやりと時間を潰すのはそれなりに好きだ。

時間の経過とともに少しずつ人は増えていく。

特に運動部の朝練が終わる頃合いになると、どっと賑やかになる。

朝特有の喧噪を感じながら、ぼんやりと自分の椅子に座っていた。

だが断じてダラけているのではない。

ふふふ……これは一種の特訓!

忙しい現代を生きる者たちには到底理解することのかなわない深遠なるライフスタイルなのだ。

途方もないこの行為に秘められた意味を一言で説明するのは難しい――というか無理。

つまり俺だけが俺を理解するのであり、なんだか哲学的だ。

静かな教室に身を置けば、少しずつうるさくなっていく周囲の情景を受け入れざるを得ない。

このように静寂から騒然とする教室の空気に身をひたしながら、少しずつ始業に向けての気力を練りあげることは、とても崇高な修行なのだ。

やばい、自分で自分に惚れそうだ。

参ったねどーも。

出会い頭に人に惚れられないように注意せねば。

そうだ、これから会う奴すべてに『惚れるんじゃないぜ』と警告してやろう。

俺、親切すぎる。

 

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「おお我が親愛なる友よ、今朝もまた無事に通学を果たしたことまずはお祝い申し上げるぞ」

「俺に惚れるんじゃないぜ」

「……な、に……?」


上村がうろたえる。

奴が見せる珍しい態度にほくそ笑んだ。


「どういう意図で口にしたのかはわからんが、大丈夫であると返答させてもらおう」


メガネをずらしながら上村はそう言った。

気分的に勝ったという印象だな。


「それじゃ重畳(ちょうじょう)」

「うむ……それよりも、だ。 時にこのやうな話を聞いたのであるが事実なのかね、マイフレンド」
「ん、どのやうな?」
「"執行委員会"のい委員長閣下が平山のこといをいたく称賛していたということなのだが。 それは事実なのか?」
「はぁ?」


なんだそりゃ。

見に覚えがないというのを通り越して、ほとんど他人事に近いような話だぞ。


「大げさに噂することを金棒を引くなどというが、話半分であっても委員長の信頼を得るというのは誉れあること」

「いや、心当たりがないぞ。 わけがわからん」

「ふむ。 恍けるのかね。 空太だけに『そらとぼける』などということでもあるまいに」
「くだらないことを言うなよ。 本当に知らないと俺はおおせなんだ」
「むう、こう見えて、貴兄なかなかの曲者だな」
「だいたい仮にそれが事実だとして、どうしておまえが知ってるんだよ」
「ふっ、いい質問、ナイスクエスチョンであるな。 その答えはただひとつなりけり」
「もったいぶるなよ」


奴はその場でくるくると三回転を決め、フィギュアスケートを思わせる動きで俺に指を突きつけた。

どうでもいいけど、他人に指を突きつけるのはやめろ。


「それは、平山と委員長との仲が街中で噂になっているからである!」
「なななんだってー!」


衝撃の事実だ。

さすがの俺ものけぞらざるを得ない。


「いまやこのホットニュースが街を席巻しているといっても過言ではなかった――のだった」
「マジかよ! しかも過去形かよ!」
「ああ、そうだとも! 本気と書いてマジ! だが注意せよ我が友よ。 『セッケン』といっても体を洗うやつではない!」
「当たり前だろ。 『セッケン』というのは体育祭の時につけるやつに決まっている!」
「む、それは『ゼッケン』なのではないのか?」
「ぐおっ、しまった!」
「ふっ、おれの勝ちだな、平山」


ぬかったぜ。

上村はこう見えてなかなかのボケキャラ。

今のようにハイレベルのボケを披露してくれるとことも多い。

まぁ、最後のところでは俺の笑いのセンスがものをいうだろうが……それまでは苦しい戦いを強いられることになるだろう。

いずれ来るであろう奴との決戦の時を密かに心待ちにしている――のだった。


「それにしても街全体で噂されているとはな…‥」
「いや、正確には委員長のおまけとしての噂だ。 やはり知名度という点では執行委員長のほうが格段にアッパー気味であることは万民の認めところ」
「やはりそうか。 最初からおかしな話だと思ってたんだよ」
「まだまだだな、平山」
「街中ってのも嘘だろ?」
「うむ」


うなずく上村を見て、笑いの神に導かれるままズッコケた。


「"学園"内ではそれなりに話題になっているがな」
「やれやれ。 やっぱり執行委員長ってのはメジャーなんだな」
「当然だ。 そんな話題の人物に関するエピソードがおれの耳に入らないなんてことはないからな」
「侮れない奴……」
「だが委員長に褒められたといっても、宇宙科学会解散の危機が去ったわけではない」
「む」


痛いところを突かれた。

上村の言う通りだ。


「噂の出所なんて気にしている暇があったら、自分の所属する"太陽系占星術学会"のことを考えた方がよいのではないかな?」
「宇宙科学会だ。 そんななんとかいう怪しげな集団じゃない」
「宇宙科学会だって、十分怪しい響きだと思うが」
「いやいや、そんなおかしなことはしてないぞ。 実際の宇宙に、実際の技術に……そう、つまり地球科学を愛する学会なんだ」
「その真面目な会の行く末をだな、もう少し心配したらどうかなという話だ」
「……そうだね」
「ところで、おぬしが忙しいのを承知の上でひとつ頼み事があるのだが」
「金ならないぞ」
「それは最初からアテにはしていないから大丈夫だ」
「彼氏のいない女の子も紹介できないぞ」
「そっちも期待してはいないから心配するな」


だったら何を頼むと言いたいのだ、おまえは。


「近いうちに平山の時間を借りたいのだが」
「ほほう、そいつは構わんが、高くつくぞ。 何しろ俺の時間はかなり貴重だからな」


やれやれと言いたげに上村が肩をひょいとあげてみせた。

これがまた様になっているからむかつくわけだが。


「この際、それは致し方なかろう。 それで、どうなのだ」
「仕方がない、おまえに貸しを作っておくのも悪くないから貴重な時間を割いてやるとするか。 それで、いつなんだ」
「悪いな。 そのあたりの予定がわかったら改めて話をさせてもらう」
「わかったよ。 でも急ぎの用事が入ってる場合は付き合えないから、その時は勘弁な」
「うむり、その場合は仕方なかろうて」


はてさて、こいつに付き合って何をさせられることになるんだか。

まぁ、今はそれを心配するよりも宇宙科学会の件を優先しないとな。


・・・・・・。

 

・・・。

 


「はい?」


ここの会員にノックして入ってくるような奴はいない。

そもそも会長をはじめ全員がそろっている。

つまりこれは来客か。

この部室に来るなんて珍しいな。


「ちょっとソラくん、出てくれる?」

へいへい、おおせのままに。

いじっていた携帯を机の上において扉の前へと向かう。


「はーい」

 

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「失礼いたします」


その人は俺の前を通り過ぎて、ずいと室内に踏み込んできた。

はて、どこかで見たような。

お客さんは部屋の真ん中に置いてある机の前にばーんと立ち、どう見ても一番偉そうな会長に目を向けた。


「"中央執行委員会"委員長の名香野陽向です。 本日は通告するためにやってまいりました」


あー、思い出した。

この人、脚立を借りた時に会った三年生の人だ。

書類に埋もれてたから書紀かなにかだと思ったらこの人が委員長だったとはね。

ということは上村の言っていたことは一部とはいえ事実だったのか。

相変わらずあいつは侮れない。


「へー、通告~?」

「そうです。 これまで執行委員会は活動が滞っている学会に対し解散も視野に含めた警告を定期的に行ってまいりました」

「あわわ……」

「そしてつい先日、なんら活動状況に改善の見られないいくつかの学会に対し最後通牒を送達したのですがっ!」

「はうう……」


朋夏と湖景ちゃんが『!』のタイミングでびくっと身を震わせた。

試合は完全に委員長閣下のペースだ。


「これは確認なのですが、掲示板はご覧になったのですか」

 

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「えーと、どうだっけ? トモちゃん」

「はい、見ましたけど……あたしは」

「見たのですね」

「いや、ですから、あたしが、あたしは、あたし個人が……」


朋夏の手が猫のようにもどかしく宙をかいていた。

そこに壁があればカリカリと乾いた音がしたことだろう。


「あの解散候補を掲示したリストにありながら、まったく反応を示さない団体がひとつだけ存在します。 前代未聞のことです!」

「あらあら……そんな不届きな学会が?」

「貴女がたのところです!」


怒りすぎて頭のてっぺんから湯気でも出すんじゃないかと思った。


「あ、そうだったの。 ふーん」

「……まさか認識していないのではないかと思い、こうして直接口頭で伝えにきた次第です」

「ほうほう、それはまたご丁寧にありがとうございます」


会長はまるで相手にしていないようだった。

あれは完全にからかい対象にしている態度だ。

わかるぞ、よくわかる。

俺もさんざんああしてからかわれてきたからな。


「あの委員長……質問よろしいでしょうか、オス」


おずおずと挙手しつつ朋夏。

なにゆえ体育会系ノリなのかは謎ではある。


「……なんです?」

「そういうのって、わざわざトップが自ら通達するものなんですか?」

「いいえ。 本来なら通知を掲示したらそれで解決する問題なのですが」

「で、ですよね」

「まさか確認にも来ない学会があるなんて想定外でしたから、誰かが様子を見に来なければならなかったんです」

「そんなの部下に任せればよかったと思うよ~?」

「委員たちには彼らの仕事がありますから」


きっぱりと委員長は言う。

かっこいいんだけど、どこか強がってるみたいな印象もあるような。


「ヒナちゃんさ、それって手下に見くびられてるんじゃないのかな~?」

「な、なんですって? それにヒナちゃんって……」

「だって、普通は部下が率先してやるべき仕事だと思うけどなー、こういうのって」

「頼めそうな人が他にいれば、ちゃんと頼みました!」

「つまり、いなかった、と」


会長が楽しそうにニヤリと笑う。

いいオモチャを見つけたぞって感じの邪悪な笑みだ。

これも俺にはわかる。

この笑みを見て何度覚悟を決めたことか。


「それはたまたまです!」


しかし委員長、根はすごくいい人なんだろうな。

権力を笠にきて威張り散らしているという感じはしないし。


「そうなんだ。 もしかして、いつも貧乏クジをひいてるんじゃないかな~」

「え?」

「いろんな雑務を押し付けられたりとか~」

「そ、そんなことは……」

「委員会で使っている部屋、自分一人で掃除してたりとか」

「……そんなの当然のことですから」

「書類の電子化を自力でずっとやってたりとかー」

「………っ」


正解だけに沈黙するしかないのだろう。

見ていたわけではないはずだけど……会長、恐ろしい人。


「ヒナちゃん、かわいい。 "豆台風"って感じ?」

「だ、だからそのヒナちゃんっていうのはやめてください! からかっているんですか!?」

「うん」

「なっ――!」


うわ、ここぞというところで胸元をえぐるような直球を投げてきた。

鬼だよな、これ。


「なんて失礼な!」

「どうして怒るの?」


それはですね、あなたが怒らせているからです。

 

「き、きぃ、きぃぃっ」


初対面でこれをやられると、キレるかヘコむか呆れるかしかないんだよなぁ。

しかも会長ってこれを計算した上でやっているみたいだし。


・・・。

 

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「……ごほん」


おお! 自力で、しかもこの短時間で立ち直った。

さすが執行委員会のトップだけのことはある。

 

「ええと、つまりですね。 今日はこの宇宙科学会の解散指示の件で説明に来たんです」

「いいわよ。 じゃ、話し合いましょ。 適当に座ってくれるー。 あと湖景ちゃんはお茶をいれるといいよー」

「は、はい」


はらはらと成り行きを見守って、結局、最後まで見守ることしかできなかった湖景ちゃんは、両手で顔を覆ったままふらりとお茶を淹れに行った。

思い思いの場所にパイプ椅子を広げ机を囲む。

必然、俺たち宇宙科学会の面々と委員長は差し向かいになる。


「あ、貴方……!」

「ども」

 

ようやく俺の存在に気付いたようだ。

これは委員長が鈍いのではなく、彼女の意識をこれまで独占していた会長がすごかったと言うべきだろう。


「平山君、でしたね」

「はい、ご無沙汰しております」


「一日しか経っていません!」


うぉ、怒鳴られた。

つい茶化すようなことを口にしてしまった俺が悪いのかな、今のは。


「ぷっ……クク……ッ!」


あ、会長がウケてる。


「くぅ……!」


うわ、また怒ってるし。

話し合いを荒れさせる気はない。

のに、今の俺って会長(悪)の手下みたいなポジションに立ってるよな、絶対。


「貴方はいい人だと思っていたのに……そうですか、そういう態度を……」

「いや、俺はそんなんじゃなくてですね」

「こんな何もしていない自堕落な会に属している時点で、どう言い訳しようと説得力なんてありません!」

「す、すみません!」


つい謝罪してしまった。

これでは俺に非があると認めたみたいじゃないか。

というか、そこまで怒られることか?


「信じた私が莫迦(ばか)でした」

「信じたって……俺のことを?」


昨日の一件だけで?


「もう信じていません!」

「は、はい、すみません」


ってことは、さっきまでは信じていたのか。

こりゃ会長の言う通り、損な役回りばかり押し付けられてもおかしくないタイプみたいだな。


「ふんっ」


「おーい」

「ん?」

「なになに、空太って委員長と知り合いなの?」

「昨日、脚立を借りた時に知り合った」

「でもさ……なんか、すごく嫌われてない」

「昨日はそうでもなかったんだけどな」


というか評価とい意味では昨日と今とでひっくり返っているっぽい。

それも俺の意志はまったく関係のないところで。

 

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「あ、あの、すみません………粗茶をお持ちしました……」

「ありがと」

「俺は後でいいから、お客さんから配ってあげて」

「あ、そうですよね。 ごめんなさい」


慌ててテーブルを回り込んで、委員長のもとへお茶を運んでいく。


「粗茶です……」

差し出した湖景ちゃんの顔をしばらく見つめたのち、何故だか委員著の両目がまたも驚きに見開かれる。

 

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「貴女……?」

「え?」


一方、湖景ちゃんはきょとんとした様子。

顔見知りってわけじゃなさそうだけど。


「……いえ、なんでもないわ。 ごめんなさい」


かすかに委員長がため息をついていたのがわかる。

なんだっていうんだろうな、この人は。


「いえ、こちらこそ……ごめんなさいです」


・・・。

 

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お茶を配り終えた湖景ちゃんが席に付き、いよいよ話し合いという雰囲気になった。


「それでは、お話をうかがいましょうかね」

「まずこの宇宙科学会の活動内容について、申し開きする点はありますか?」


いきなり本題から来た。

ここが宇宙科学会の存続を決める最大のチャンスだ。

うまく言いくるめることができれば生存に向けて大きく一歩前進になる。

会長なら……会長なら絶対になんとかしてくれるはずだ!

固唾をのんで会長の神対応を待つ。


「ん~……………なし?」

「ないのかよっ」
「ないんですかっ」


ツッコミが委員長と被ってしまった。


「うん、気持ちいいくらいにありません」

「いくらなんでも、少しくらいあるでしょう」


お取りつぶしの話を持ってきた委員長のが焦っているというのも変な話だ。


「んー、ないかもー」

「ああ、会長――あなたはあまりにも大物すぎて、呆れてものも言えません」

「ありがと」


褒めてません。

今のは呆れていたんです。


「つ、つまり、言い逃れする気は――」

「まったくナシ」


「そ、そうですか……」


委員長の額を一筋の汗がつたい落ちた。

これはもしかすると行くところまで行ってしまいそうな雲行きだぞ。


「か、かいちょー……」


朋夏が隣でどんよりと沈んでいる。

こいつは根っこが熱血だけどまっすぐ過ぎるから、この手の話には弱い。


「それでは解散の手続きを開始する前に、その理由を述べさせていただきます」

「どうぞどうぞ」

「まず宇宙科学会というのは歴とした学会として登録されていて部室と部費の配分を受けているにもかかわらず、活動の形跡がありません。 活動報告も出てこないし、たまに提出されたものもまったく要領を得ません」

「ちょっといいですか。 それって登録時に問題にならなかったんですか?」

「もともとなにやってたのかさっぱりわからない会だったみたいだし、いいかなって」

「えっ、ちょっと待ってください。 宇宙科学会って、会長が立ち上げたんじゃなかったんですか?」


「んー、ちょっと違うかもー。 だいたいあってるけどね」


「履歴を確認したところ、長らく休会状態だった宇宙科学会の活動再開申請をしたのは確かに古賀沙夜子さんです」

「そんな大事なこと、今の今まで知りませんでしたよ」

「んー、でも別に説明をして面白くなることでもないし」


面白い面白くないって判断基準、そろそろやめませんか。

ほら、見てくださいよ、朋夏と湖景ちゃんが微妙な顔してるじゃないですか。


「では話を続けます。 それでこの学会の活動方針や内容についてなのですが、内容不明というのでは他に示しがつきません。 この場で改めて説明していただけますか?」

「いいけど、ヒナちゃんはどんなのだと思うか言ってみるといいと思うよ」

「そうですね……たとえば天体観測とかが適切ではないかしら」

「んー、天体観測だけじゃ宇宙科学とは呼べないでしょ。 他にもこのカテゴリーでいろんなことができると思うし」

「たとえばどんな」


「近海に実際に赴いて海洋について研究するとか、氷期に関する体験学習とか――」


海遊びとスキー合宿のことだな。


「人体の耐久力を調べる実験を行って、ヒトという種の環境適応力について研究したり――」


……それはもしかして、ハーフマラソン大会のことか?

 

「このように枠に収まらない広範な分野を扱うのが宇宙科学会の趣旨なわけ。 おーけー?」

「そ、それはグレートだと思いますが……」


委員長は煙に巻かれたような顔をしていた。

いや、実際、煙に巻いてるんだけどな。


「……とは名ばかりで、遊んでばっかり」

「ちょっと!」

「活動再開申請が通らなかったら、適当な体裁を整えようと思ってたんだけど、受理されちゃったからいいかなーって」


あえて言いませんけど、今は『あはは』と爽やかに笑っていいタイミングじゃないですから!


「要するに地球と宇宙の自然について研究するということでは?」

「んー、ちょっと違うかも。 もっとこう大らかな感じ? いい加減な感触でニュアンス勝負。 というか、適当ってうのが一番的確?」

「……真面目に活動していないということを認める発言になりますよ、それ」

「そう?」

「わかりました、そういう認識で話を進めます」


流れを切り替えるためか、改めて背筋を伸ばした委員長は俺たちを順番に見やってから再度口を開いた。

 

「宇宙科学会は活動していない――これはつまり実質、幽霊学会もしくは架空学会と見なされます」

「架空学会というと」

「活動をせず、予算と部室を私物化することを目的に登録されている学会のことです」


ぎゅんと俺をにらみつけながら委員長は仰る。


「あはは、それ近いかもー」

「明確な処分対象なんですよ! それから、これは言わないでおこうと思ったんですが、学園内で頻発している迷惑事件と関係があるのではないかという話も上がっています!」

「へー、具体的には?」

「夜の間に一教室分の机が屋上に並べられていた件、グラウンドに意味不明の巨大模様が描かれていた件、打ち上げ花火の件、入学式の日に白昼堂々行われた仮装パーティーの件などです!」


うーむ、どれもこれも見に覚えのあることばかりだから返す言葉もない。

 

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「あの……これまで本当にそんなことを?」


おずおずと湖景ちゃんが声を上げた。

まぁ、どれも湖景ちゃんが入る前にやったことだから知らないのも当然なんだけど。


「やったなんて一言もいってないけど?」


湖景ちゃんは俺と朋夏の微妙な表情を一通り確認して事実であったことを認識してくれたらしい。

さすが、この前の焼き肉を一緒にやった仲間だった。


「本来なら、とっくに学園側から処分が下っているところです。 自主的な改善の機会を与えたいからしばらく存続させられないかと、執行委員会から願い入れを続けてきたんです!」


そうだったのか……俺たちが知らないところで守ってくれていたんだな。


「ですが、この先も改善が見られないのであれば、解散させざるを得ません!」

「……改善」

「たいして活動してないってのは事実だよー」


それを会長が言ったら駄目なんですってば!


「ここはひとつ宇宙科学会としての活動方針をビシッと決めたらいいんじゃないですかね。 ですよね?」

「ええ。 それは誠意ある態度だと判断できます。 ただ貴方がたの場合、口約束や文書一通だけで何もかも信用するわけにはいきませんので、条件付きでの存続ということになりますが」

「条件……ですか?」

「一例としては、一定期間内になにがしかの成果を出すなどですね。 大会に参加するとか、発表会で賞を取るとか」

「もし大会が宇宙とかで開催されてたら……」

「こらこら」


どこの銀河連邦なんだよ。

宇宙が身近になっているとはいえ、さすがに学生の課外活動で気楽に行ける場所ではない。


「古賀さん、部の方針を決め、なんらかの成果を出すという態度を示してくださいませんか?」


ぷっと会長が吹いた。

きょとんとしている名香野先輩は、どうして会長が笑ったのか理由がわからないみたいだ。


「なんかさ、ヒナちゃんってば、うちの会を助けにきたみたいだよ?」

「これまでも助けてきたし、これからも助けるのが私の仕事です! 別に趣味で潰してるわけじゃないんです!」


ホント、いい加減な部活ですみません……。


「態度ねー。 うーん……」

「何故なんです? どうして解散の通知に対してノーリアクションだったんですか? ここは貴女たちにとって、大切な場所なんじゃないんですか?」


大切な場所、か。

どうなんだろう……そう突き詰めて考えたことはなかったな。

確かに楽しい場所だった。

のんびりして、たまに面白くて、居心地がよくて。

みんなで昼寝でもしているみたいな場所――


――けれど、体を張って守るべき場所なのかどうなのか。

会長をはじめとして、みんなどう思っているんだろうか。


「大切なのは、場所や形なんかじゃない。 人の気持ちなんだよ」


会長が今、いいことを言った。


「おおっ!」


体育会系文化人見習いの朋夏が感動していた。


「……っ」


あの大人しい湖景ちゃんが血潮を燃やしていた。


「え……潰していいってこと?」

「あ、違う違う! それまずいです、会長!」

「はぁ……綺麗事すぎて流されかけたな」

「あははは」

「会長さん……」


俺たちのコントみたいなやり取りが、委員長にはふざけているように見えたのだろう。


「活動はしてない……部室は私物化する……告知も無視する……所属しているのはいい加減な人ばかり……」


最後のは八つ当たりって気もするけど、とにかく委員長、怒り心頭に発した。

多分それは義憤に近いものだろう。

つまり俺たち悪い方。

イェー。


「その態度を改めないと、問答無用で会を潰しますよ!」

「……できるかなー?」


とんでもなく挑発的なことを会長が呟く。

さすがにひやっとした。

幸い小声だったので委員長の耳には届かなかったようだけど。

 

「……事態を把握できていないようなので、今日は引き上げさせてもらいます。 ただし、次はこちらから伺うことはしません。 もしやる気があるのなら、そちらから委員会に出頭なさい」

「出頭って、それはまた大げさな……」

「出頭であってます、貴方たちのような人には!」


会長以外の三人が同時にぴーんと直立した。


「ぷはっ」


そんな俺たちを見て、会長がお茶を吹く。


「我々が納得できるような活動内容の改善案を提出すること。 これ以外に宇宙科学会が生き残る道はないと思ってください」


背筋を立てながらも委員長は言葉を続けた。


「期限は一週間以内。 それ以上は待ちません。 もちろん、ふざけた案を出すようならその時点で宇宙科学会の登録は失効します。 規則第五条の但し書きにより、元構成員については以後一年間、新たな学会の登録申請をする権利が保留されます」

うわ、厳しいな。

期間限定、しかも一発勝負かよ。


「……以上です。 皆さんの誠意に期待します」


・・・。


委員長が出て行くと、一気に空気が弛緩した。


「……会長」

「豆台風ちゃん、思ったより勢力強いね。  どうしよっか、ソラくん?」

「俺に聞かないでくださいよ。 こういう時はハイスペックな会長がスペシャルなテクニックで華麗にフィニッシュするもんでしょう」

「フィニッシュね……じゃ、爆竹大量持参して委員会に特攻して派手に散る?」

「そういう意味のフィニッシュで言ったんじゃありません。 お願いですから、そのより混沌とした方に流れる性格をなんとかしていただけませんかね」

「んー、無理無理。 だってエントロピーは増大するからー」

「なんかみんなで考えよう!」

「そ、そうですよね……」

「ま、なんとかなるでしょ。 幸い時間は一週間もあるんだし」


会長はもう座っていることに飽きたのか、そわそわとした様子でそう言った。

今回の一件について特別気にしている様子はまるでない。

一方、朋夏と湖景ちゃんは不安そうな顔をしていた。

そして俺――俺は正直なところ会長と近い意見だったりする。

なんとかなる。

時間はある。

会長みたいに、いざという時に力任せにどうにかできるほどスペシャルじゃない俺が、どうしてこうも楽観的なのか。

その理由はなんとなくだけどわかっている。

ここがかけがえのない場所なんだって心の底から信じることができていないからなのだろう。

遊び場としては最高の場所。


だけど――


ここを守りたいって強く願うため、どんな思い入れを持てばいいのか――俺はまだ知らないからなのだと思う。

 

・・・。