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水平線まで何マイル? -ORIGINAL FLIGHT-【2】

 

・・・。

 

 

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「聞いたか、平山。 いや、聞いているよな。 聞いているに違いない」


なにやら一人で納得したようだ。

ならば問題はないだろう。


「やはりおれの情報網は素晴らしいとは思わないかね」
「まったくだ」
「……我が親友よ。 なぜだかバカにされている気がするのだが、実際のところはどうなのだろうか」
「はっはっは。 何を言うのかね、我が親友。 馬鹿にしているに決まっているじゃないか」


上村の体がオーバーリアクション気味にぐらりと傾いた。


「しかしいつものことながら、おまえはどういうルートで情報をゲットしているんだ」
「ハッ! それはおまえといえども教えられないな。 情報というのは独占してこそ価値があるもの。 情報源を自ら公開してのけるなど愚の骨頂」


先ほど受けたショックなど最初からなかったかのようにケロリとしている。


「ったく、どっかのスパイさんかおまえは」
「いやな、おれはただ人間というものを観察していたいだけなんだ」


実際、こいつは妙な知り合いがたくさんいる。

わけのわからない人脈を持った男なのだ。

トボけたところもあるけど、交渉能力も高くて、締めるところはきっちり締めてくれる。

会社組織だとスルスルと出世しそうなタイプだった。


「それってさ、悪の美形幹部あたりが口にしそうだよな」
「ふむ、そのポジションは魅力的だな。 特に『美形幹部』のくだりが素晴らしい」
「調子にのるな!」


――ッッ


我ながら、ほれぼれとするほどのキレのある手首の返しだった。


「だがしかし、今一番ホットなのはおまえだ。 おまえは、俺を熱くさせてくれる」
「近寄りすぎて火傷するなよ」
「安心しろ。 見てるだけだ」
「本当に、見てるだけで満足できるのか?」
「今はまだ、な」


そんなある種危険な会話をしている俺たちの横を通りかかった女子が露骨に避けていった。

そんな冷たい目で見ないでください、お願いします。


「で、そんな情報通のおれのところに、また耳寄りなニュースが飛び込んできた」
「ほほう、そいつはどんな?」
「なんでも、執行委員長殿と宇宙科学会が全面対決したそうじゃないか」


昨日の一件のことか。

多少事実と相違があるニュアンスだけど、こいつの情報収集能力は本気で高いな。


「だからさ、どこでそんな情報を拾ってくるんだよ」
「ふふふ、それは秘密だと先ほどもいったではないか。 こればかりはいくら相手がおまえであっても譲ることはできんぞ」
「この瞬間、俺の中でおまえの危険度がゲージレッドまでランクアップした」
「それはそれは、光栄の極み。 それはさておき、あの委員長殿が宇宙科学会の部室へ赴き強制排除を敢行。 該当会員らと激しいもみ合いになったというが、実際のところはどうなんだ?」
「残念だが、そいつはかなり脚色が入ってるな。 宇宙科学会の解散について話し合っただけだよ」
「ほう、では宇宙科学会は解散か?」
「と思いきや、最後の一線で踏みとどまった」
「なんと」


上村に部室での一件を話してやった。


「つまり、チャンスをもらえたわけか?」
「ああ。 執行委員長は案外いい人だったぞ。 確かにちょっとおっかないところもあったけど」
「うむ、そうらしいな。 見る目がある人間から見れば、実に人間味のある御仁というわけだ」
「確かにそんな感じだったな。 だって宇宙科学会を潰せば、その分の予算と部室が空くわけだろ? そっちのが委員会としても得っていうか、いいことだと思うんだよ」


もっとも、その潰されるかどうかの瀬戸際にある宇宙科学会に所属している俺が言うことではないんだろうけど。


「うむ、もともと宇宙科学会には解散が通告されているわけだしな」
「そこへもってきて、いわば温情措置ってんだからな。 学生の自主性を重んじるこの学園ならではの展開だな」
「本来的には学校の課外活動というのは須くそういうものであるべきだが、あくまで建前。 むしろ厳しく対応せねば責任者が責められる」
「だよなぁ。 やっぱりあの委員長っていい人だわ。 ……俺は嫌われちゃったみたいだけど」
「基本的には、執行委員長は怠惰な者を嫌っているそうだからな」
「まぁ、それはいいさ。 提示された存続条件をなんとかしたら少しぐらいは見直してくれるだろ。 あれはなかなか厳し内容だったからな」
「そうそう、そっちの件だ。 宇宙科学会としてはどうするつもりなんだ」
「さぁな。 今のところは特に考えてないけど」
「そうなのか? ……ふっ、そういうことか」
「なんだよ、どういうことだって?」
「いやなに、事ここに至った割にスロースタートだなと思ったんだが、どうやらまだ機は熟していないようだな。 おまえはやる時にはやる男だが、そこに至るまでが長い」
「……なんだよそりゃ。 勝手に言ってろ。 それよりアイディア募集中だから、おまえなんか思いついたら教えてくれ」
「まことに遺憾ではあるが、おれは宇宙科学会の会員ではないのでな」
「所属は関係ないだろ。 宇宙科学会では広く一般からの意見を募集中なんだよ。 パブリックコメントってやつだ。 むしろこの機会にちゃんと入会したらどうだ。 半分、会員みたいなものだろう」
「おまえは、北斗七星のかたわらに輝く星を見たことはあるか?」
「……は? 今度はどういうボケだ?」
「ならばおれの出る幕はないということだ」
「……そうか」
「あまり動じないな」
「もう慣れたよ」


実はこういう会話自体はじめてではない。

たまに俺を訪ねて宇宙科学会の部室に顔を出してはくだらない会話をしていくから、実質的にはメンバーみたいなものだと認識している。

時々こうやって入会してみないかと勧誘しているんだけど、頑として首を縦に振ろうとしない。

まぁ、所属なんてどうだっていいんだけど。


「おっと、そろそろ教室行こうぜ」
「ここまで来ておいていまさら遅刻というのもいささか格好が悪いな。 よかろう、教室まで競争だ!」


「小学生かよ、おまえは」


結局、俺たちは並んで校舎に入っていった。


・・・・・・。


・・・。

 

放課後になって部室に顔を出すと、待ち構えていたかのように湖景ちゃんが駆け寄ってきた。

 

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「平山先輩っ」
「おお? そんなに慌ててどうしたの」
「わたし、できることないかと思って……その」


湖景ちゃんがしっかりと握っているものを見る。

どう見ても雑巾だな、それは。

 

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「で、掃除してたの?」
「は、はい」
「自分のできる範囲で頑張ってみたんだ」
「はい……あの、他になにも思いつかなくて」
「まぁ、掃除じゃなにひとつ解決しないけど、その気概は評価するよ」


心の中にある『よくできたで表』を広げて、湖景ちゃんの名前の横にシールをひとつ貼っておいた。

俺以外は誰も見られないのが些細な問題点だな。


「ありがとうございますっ」

 

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「おはよーござーす」

「おーす」

「空太、解決した?」

「だから、教室で何度も言っただろ。 解散の件がいきなり解決するわけないんだって。 というか、なんでそれを俺に聞くんだよ」

「……だって」

「…………」

 

気がつけば湖景ちゃんまでが心配そうな目で俺を見つめている。


「なんか期待されてるみたいなんですけど?」


「だって――」

「唯一の男子じゃん」

「だ、男女同権! そういうのはセクハラで訴えられるのですよ?」

「…………せくはら」

「女の子から男の子へのセクハラは成立しないの!」


ひどいことを力いっぱい言い切りやがったな。

思わず勢いでうなずきそうになったじゃないか。


「あの、平山先輩。 わたしにもできることはないでしょうか?」

「そう聞かれてもねぇ」


湖景ちゃんのやる気は買うけど、そう簡単に妙案が出てくるものなら初めからこんな事態になっていない。


「うーん、いい手かー……」


「なにかないでしょうか?」

「そうだなぁ。 まずは活動の正常化……」

「ほうほう……それは具体的には?」

「天体観測は宇宙科学会って名前にもマッチしてるだろ。 まずこれを定期的にやって、記録もちゃんとつける。 逆に海で遊んだりスキーなんかはあまり関係ないから、これはメニューから外す。 マラソン大会は遊びのイメージはないから残しでいいか」


そもそも、そういった娯楽系のイベントが宇宙科学会の活動に関係しているとは俺をはじめとして全員が思っていないはずだ……たった一人を除いて。


「なるほど……」

「あとは天文学的な研究をしていくとか? そういうのをまとめて発表する。 ……思いつくのはそんなところだ」

「うーん……」

「さ、俺は意見を出したぞ。 朋夏や湖景ちゃんも案を出すように」

「わ、わたしですか?」

 

何故か立ち上がる湖景ちゃん。


「あの……学会の名前にもありますし、"ロケット"を使って飛ばす、とかは?」

「宇宙、だもんな」


やはり出たか、その意見。


「あのね、湖景ちゃん。 ロケットはさすがに無理だと思うよ」

「……そ、そうですよね」

「最近はツアーで宇宙っぽいところまで行って無重量体験とかできるようになったけど、自作ロケットを飛ばすのはさすがにちょっとね」


おそらく湖景ちゃんが思い描いているような有人ロケットを飛ばすというのはどう考えたって無理だ。


「…………ぅぅ」


ああ、ますますしゅんとさせてしまったか。

ごめんな、湖景ちゃん。


「じゃあさ、模型の飛行機を飛ばしてみるとかはどう?」

「そんなものを飛ばしているところをあの委員長閣下に見てもらったとして、遊んでると思われるのが関の山だと思うぞ」

「だ、だよね……あは、あはは」

「あれも奥深い世界だっていうけど、執行委員会には通じないだろうな」


俺たちがこれまでに積み上げてきた輝かしい信用の実績も加味すると、なおさらだ。


「うーーーん…………」

「ふぅ……」


三人揃って黙り込んでしまった。

 

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「はいはい、ちゅうもーく!」


威勢よく入ってきた会長は小脇に丸めた紙の筒を抱えていた。


「会長……それは?」

「よくぞ聞いてくれました。 みんな、これを見るといいよー」


会長が楽しそうに広げたのは一枚のポスターだった。

一番大きな字を朋夏が読み上げる。


「えるえむじー?」

「"ライトモーターグライダー"で、LMGね。 簡単に言うと、"モグラ"のひとまわり小さい版」

「つまり、"ヒコーキ"ですか?」

「んー、ちょっと違うかも」

「まぁ、自力で離陸できるあたりは飛行機っぽいのかな。 動力付滑空機(モーターグライダー)っていうぐらいだから」

「さすがソラくん。 モグラも基本はあくまでグライダーなんだけどね」

「そういえば、ちょうどさっき、模型の飛行機を飛ばしたらどうかなって話してたんですよ」

「まさかそれで執行委員会を説得しようと思ったとか?」

「ちょっとだけ……」

「ぷっ」

「あ、ひどいですよ」

「ごめんごめん。 さすがにそれはないかなって思って、つい――」

「もうー」

「でも会長さん、ロケットが作れないなら飛行機も無理だと思うんですけど……」

「ちょっとっ」


会長は腹を抱えて笑い出した。


「コ、コカゲちゃんは、活動にロケット作りを提案しちゃったんだ……」

「はい、しちゃいました……」

「はいはい、会長もそこまでにしてください。 そんなに笑うことないじゃないですか。 宇宙に関する何かという発想自体は別に悪くないと思いますよ」

"軌道エレベーター"が完成すれば俺たちだって宇宙に行けるようになるかも知れないんですし。


「だって、梅雨時に雪が降ったりしたらみんな笑うよね」

「それは置いといて話を先に進めてください。 で、そのグライダーがどうしたんですか」

「えっとね、見ればわかると思うけど、コンテストが開催されるようになったわけ」


ポスターをよく見ると、「LMG」より一回り小さな字で「純電気飛行コンテスト」、その左肩に「第一回」とある。


「あの、まさか……」

「これに参加するよー」

「それって本気で言ってるんですか?」

「うん。 飛ぶよ。 ひゅーんと水平線まで、ね」


朋夏と湖景ちゃんが目を見開いて固まる。
俺も顔を覆った。

またとんでもないことを思いついたもんだ……。

確かに"スカイスポーツ"は部活動の花形だし、"モーターパラグライダー"なんて小中学校の遠足でも体験できるくらいだ。


「一口にグライダーといっても、いろいろな種類があるけどね。 大きく分けて三種類になったんだけど……はい、ソラくん、答えて」

「えーと、モグラ、つまりモーターグライダーあたりが有名ですかね。 エンジンを使って空高く舞い上がり、ある程度まで上昇をしたら滑空飛行に移るタイプの」

「そう、機体重量850キロ以内のレシプロエンジンを搭載した滑空機。 まさにスカイレジャーの王様だね」


モグラもいまや家族と楽しむレジャーになっている。

全国の"滑空場"はフル稼働中だ。

まぁ、ちょっと高級な趣味ってところか。


「いやいや、スカイレジャーの基本、王道と言ったら、やはり"ライトグライダー"でしょう。 簡単に言えば、モグラはこいつにエンジンを載せたものなんですし」

「無動力の滑空機のことね。 動力なしで風の力を借りて滑空飛行を楽しむ機体。 その次は?」

「あとは超小型の飛行機がありますよね。 滑空場に行くとレンタル機がいくつか置いてあるあれです」


「"ウルトラライトプレーン"――つまり超軽量動力機だね。 レジャー産業では大人気だけど、厳密にいうとこの種類は"航空機"の分類になるからグライダーとは呼べません。 ハズレだねー」


え、そうだったんですか。


「はい、みっつめはなにかな~」

「そう言われても、もう他に思いつかないんですけど」

「これこれ」


会長の指先を追って、ポスターにもう一度目をやる。


「ライトモーターグライダー? それってモグラの一種じゃないんですか?」

「んー、ちょっと違うよ。 動力が軽量で小型なタイプだからね。 さっきいってたウルトラライトプレーンに近い感覚だけど、飛び方はグライダーと一緒」

「すみません、聞いたことがないです。 そもそも、そんなにスカイスポーツに詳しいわけじゃないですし」

「うん、世界初だもん」


なんてこったい。

そりゃ俺が知っているはずがない。


「それで、そのコンテストっていうのは?」

「ライトモーターグライダーを作って、その飛距離を競うってコンテスト」


今、なんとおっしゃいました?

『飛距離を競う』の直前なんですけど。


「コンテストに参加するのはいいんですけど……その、グライダーはどうするんですか? 新しいカテゴリーってことになると、費用とかいるような気がするんですけど……」


聞き違いであってくれ。

だが、その祈りは会長のダメ押しによって見事に粉砕された。


「作るっていったはずだよ」

「作るって、つまりグライダーの自作をするってことですよね? そしてそれに乗る? 誰が? ……もしかして俺たちが?」

「そうだよ。 上昇気流に乗って、どーんと優勝を狙うよー」

「む、無謀すぎる……」


さすがにその発想はなかった。

前から思っていたけど、一度会長の頭を外して、常識のネジがゆるんでいないか確かめておきたい。


「参加するからね。 もう申し込み資料も、ほら」

「はやっ!」


思い立ったら吉日の会長は、こういったことに対する行動力は抜群だった。


しかし、いざ作業が始まったら、会長はまったく手を貸してくれないだろう。

そして面倒事はすべて俺に回ってくるわけで……今度こそ破綻コース確定だな。


「あのー、会長。 それはさすがに無謀だと思いますよ」

「わたしも……無理じゃないかと思うんですけど」

「んー、でも参加は決定なの。 おーけー?」

「予算とか知識とか……っていうか俺たちにそんな技能はないわけですよ。 思い立ってすぐできるようなものではないと思いますけど」


"航空部"がやるような本格的なスカイスポーツのためには、小さなエンジンを背負って舞い上がるモーパラみたいなお気楽なレジャーと違って厳しい訓練が必要だ。

装備や施設使用料もそれなりにかかる。

要するに何もないところから準備を始めて参加するには、敷居が高すぎるってことだ。


「うん。 きっとソラくんががんばってくれるよー」

「……それ、ちょっといい加減じゃないですか」

「人が乗るものを適当に作って、もし落ちたら大変なことになりますよ」

「えー? ソラくんなら平気でしょ」


しかも、俺がパイロットなんだ……ひでぇ。 マジで手伝う気ゼロでやんの。


「あの、さすがに冗談でもそういうことは……」

「それにその手のやつって、パイロットは軽い人のが有利なんじゃないですか?」

「会長、言いにくいですけど俺も無理だと思います」


別に飛行機が怖いとかそういうことじゃない。

技術はない、準備もろくにできなていない俺たちが手を出せば痛い目を見るのは明らかだ。

下手をすれば命にかかわりかねない。


「決定事項っていったよー」

「でも素人がいきなりモーターグライダーとかありえないですよ」

「こらこら。 説明はちゃんと聞かないとダメ。 モグラじゃなくてライトモーターグライダー」

「でも、どっちにしても……」

「構造はだいたい同じだけど、このふたつはまったくの別物。 台風と竜巻くらいの差だよー」


どっちもたいそう危険そうですけど。


「モーターを使った小型グライダーでしたっけ?」

「普通のモグラよりだいぶ小さいし、この大会ではたいして高度も取らないから。 安全はばっちり保証。 なにしろこれから盛り上がっていく分野だから、とにかく楽しいと思うなー」

「……あ」


何か考えるような表情でやりとりを聞いていた湖景ちゃんが、口を開いた。


「でも今までその『ライト』のクラスがなかったのは、きっとなにかその……危険とかがあったからでは?」


おお、湖景ちゃん、いいことを言う。

シールもう一枚追加だ。

つまり小型ではうまく飛ばない理由があったから、今まで存在してなかったってことだよな。

 

「そうそう、あたしもそこのところが引っかかってました!」


話を合わせやがったな。

で、どうなんですか、会長?


「それは小さな機体と小さな翼では、重い重い発動機(エンジン)を持ち上げられなかったからだねー」


ほらほらほら!

いかにも危なそうな香りがするじゃないですか。


「だから世界初になるんだよ。 ほら、ここ見て」


会長が指差したポスターの大きな文字のところを確認する。


――純電気飛行コンテスト。


それは、つまり?


「そう、電池と電動機(モーター)でプロペラを回して飛ぶってこと。 クリーンでパワフル、おまけに軽量といいこと尽くめ」

「す、すごいです! そのバッテリー、いったいどこが開発したんですか?」


会長の言葉と湖景ちゃんの反応とで、都合二度びっくりした。


「それ、もう市販されてるんでしょうか……?」


湖景ちゃんはポスターに食いついて小さな文字を追っている。

……なんていい表情をするんだ、湖景ちゃん。

湖景ちゃんに続いてポスターに寄ってみる。

そこにはカタカナと英語がたくさん踊っていて、最後の数行には『特許出願中』という文字がいくつも並んでいた。

 

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「そんな高密度デバイスがもう実用化されるなんて……思いもしませんでした。 これが出回ったら、きっと世界が変わりますよ」


湖景ちゃんがそう言うんだから、きっとすごいことなのだろう。


「電池一本でどこまで飛べるか勝負ってとこだねー」


会長が得意げな顔をしているのは、なんか違うと思うけど。

どこかの電機メーカーが自社の新技術をスカイスポーツ業界に売り込むためのベンチマーク

つまるところの大会はそういう趣旨らしい。


「コンピューターのメーカーが、円周率計算とか暗号解読のコンテストをやるのと同じですね」

「そういうのもあるのか」


どっちの業界のこともよく知らない俺には、なんというか勉強になることばっかりだ。


「これが本当なら……飛べますよ。 どこまででも」

「ホントに飛べたらすごいとは思うけどさ」

「というわけで、この大会がとても安全だということについては納得できたかなー」

「安全性と言われても、自分たちで作るとなると途端に不安に襲われますけどね」


ポスターをもう一度眺めてみる。

キャパシタだかバッテリーだかの新技術が信頼に値するかどうかっていうところはそれほど問題じゃない。

正直、わからないから判断のしようがない。

ただ確実に、そして決定的に足りないのは俺たち自身の知識、技量、そして経験だ。


「それは錯覚だよ。 安全なように作ればおーけー。 その程度はやる気を出せばできることだから」

「……会長は率先して手伝ってくれますか?」

「んー、きっとソラくんががんばってくれるよー」


どこの世界の平山空太が頑張れば、その世界初のグライダーで好成績をあげられると言うんですか。

少なくともここにいる平山空太はそんなハイスペックを要求しても無駄ですからね……自分で言うのは悲しいので口にはしませんけど。


「せめてもっとこう……現実的な案というか……」

「現実的、ね。 ふぅん」


会長は、ポンとばかりに手を打った。


「そうだ。 運動神経が良くて小柄なトモちゃんが搭乗者をやるってのもいいかなー」

「小型飛行機なら乗ったことありますけどね。 なんとかウルトラスペシャルでしたっけ?」


それはウルトラライトプレーンのことを言っているのか。


「きっと楽しいと思うよ。 自由に空を飛ぶのは。 自分たちで作ったグライダーならなおさらねー」


あ、その説得は体育会系の朋夏には効果は抜群だ。

こいつは熱血とか結束とか努力とか友情とか勝利とか、そのあたりのキーワードが好きだからな。


「ううーん」


げ、迷ってる。


「……いや、やっぱ無理ですよ。 まともに飛ぶようなものを作れるとは思えませんもん」

「でかしたぞ、朋夏」

「え?」

「良識的な判断をありがとう」


「湖景ちゃんはどう? 味方してくれたらパイロットやってもいいよー?」


すると湖景ちゃんは風を起こすほどにぶんぶんと首を振った。


「高いところに行くなんて無理です!」


おお、これは会長の暴虐を阻止する流れだ。

この機を逃してはいけない。


「俺は反対です! うおー、反対です!」

「あらら。 こうまで反対されとは予想外。 なら、執行委員会のほうはどうするのかなー」

「ぐ……」

「じゃ、こうしよっか。 各自、明日までに改めて代案を考えてくる。 で、いいのがなかったら会長権限でこれ」


と、ポスターを持ち上げた。


「――だって。 どうする?」

「真剣に考えるしかないだろ。 さもないと、ホントにこの中の誰かがグライダーに乗せられることになるからな」


俺の言葉に、朋夏と湖景ちゃんの顔から血の気がさーっと引いていった。


「か、考える!」

「わたしも、知恵をしぼってみます」

「俺ももっと気の利いたこと考えてくるよ。 グライダー作りなんて俺たちの手に余るしな」

「いい若者がサボることばかり考えるのは、どうかと思うけどー」

「あなたも立派な若者ですよ、会長」


それも、どちらかというとサボる部類のね。


「……おやま」


腹の底から響くような俺の言葉に会長は軽く肩をすくめてみせた。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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「お、どうやら本日の活動は無事に終了したようだな」
「なんだよ、用事があるのなら部室に入ってくればよかったじゃないか」


いつもだったら断りもせずに部室に入るだけじゃなく、お茶の一杯でも飲んでいくくせに。


「おぬしの時間をしばらく借りたいと思ってな。 これからどうだ?」


ああ、そういえば前に約束したんだっけか。

仕方ない、交わした約束を反故にするのもよくないし、時間を割いてやるとするか。


「いいけど、何をしたらいいんだ」
「では、ついてきたまえ」


・・・。


約束だからと黙って上村に従ってついてきたんだけど、なんでこんなところにいるんだ……。

 

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「ここは某(それがし)がおごってやるから好きなものを注文するといい。 特にドリンクバーなどがおすすめだ」
「せめてピザとかパスタにドリンクをセットにしろ。 そんなことより他に俺に話しておくことはないのか?」
「悪いが初めて入った店だから、味については俺にもわからんぞ」
「いや、そんなことを聞いているのではないことぐらい聡明な上村くんならわかっていると思うのだが」
「平山よ、おれの名は上村だ。 植村ではないと何度もいっておるではないか」
「いや、お前の名前のことなどどうでもいい」
「では某が適当に注文を取っておいてやろう。 なに、おごりだからお主は気にすることはないぞ――そこな店員!」


俺の希望など聞こうともせず、本当に適当に注文をすませてくれた。


「さあ、遠慮なく食べてくれたまえ。 もちろん、おれのおごりだ」
「おごりおごり繰り返すなよ。 そもそも俺が甘いものを苦手にしているのを知っているくせに、なんでパイなんて注文するんだ」
「それはおれが好きだからに決まっておろう」


くそう、おごりなのにこんなに嬉しくないのは初めてのことだ。


「よりにもよってクリームたっぷりじゃないぁ。 こんなの食べたら絶対に胸やけするぞ」
「そうかね? その甘さがよいと思うが」
「甘いものが好きならそれでいいのかも知れないけどさ、俺みたいな苦手な奴には拷問レベルだろ」
「ふむ、このパイはなかなかいけるな。 生地のサクサクとした感じが実にいい。 お土産として買っていくのもありかも知れん。 なんだ平山、せっかくのおごりだというのに食べんのか。 なんだったらおれがもらってやるぞ」
「好きにしろよ。 どうせ俺が注文したのじゃないし」
「そうか、ではそちらもいただくとしよう……ほほう、舌触りも上品なクリームの味わいは中々のものだ。 シェフを呼ぶべきかも知れんな」
「やめてくれ。 ファミレスでいちいち厨房の人を呼び出すような真似は迷惑以外の何ものでもない」


ガリガリとアイスコーヒーの氷をかみ砕きながら諭す。

こいつの場合は本当に呼びかねないから釘を刺しておくに越したことはない。


「結局、おごりっていってもドリンクだけじゃねぇか。 もっと腹にたまるものを注文させろよ」


メニューを取って普段ならば注文しないようなステーキなどのページを開く。

せっかくのおごりなんだ、高いものを食べさせてもらおう。


「よし、そろそろ時間だな。 移動をするぞ」


上村が伝票に手を伸ばす。

どうやら本当におごってくれるらしい。


「ちょっと待て、俺はまだ何も食べてない」
「時間なのだから仕方なかろう。 ほら、立った立った。 某が会計をすませてすくから外で待っていたまえ」


座っていても仕方がないので、渋々席を立つ。

そもそも、こんなおごりってありなのかよ。


・・・。


結局、俺が連れてこられた場所は――



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「だから空港にどんな用事があるっていうんだよ!」
「ここにきて第一声がそれか。 要するに、随分とその台詞を口にするのを我慢していたようだな」
「約束だったからな、ここまで付き合ってはやったが、まさか空港とは思ってなかったぞ」


途中でファミレスに寄ったのは、飛行機の到着時間を考えて調整したのだろう。

こんなことならサンドウィッチでもいいからさっさと注文をしておくんだった。


「それで、どんなお偉いさんのお出迎えだよ」


まさか有名人の姿を一目みたいということはないだろう。

こいつの顔を見るに、心の底から大歓迎をしているようではないみたいだけど。

 

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「実はだな、おれの従姉殿が帰国する予定なのだよ。 その出迎えの命を受けてここまで来たわけだ」


それだけを言うと、上村は口をつぐんでしまった。

待っていても話が続く様子はない。

上村のイトコがやってくるのはいい、その出迎えに俺が付き合うのは……まぁ、百歩譲ってそれもよしとしよう。

しかしこの流れならばどんな奴なのかぐらいの話はあってしかるべきだと思うのだが。


「それだけか?」
「他になにか話して欲しいことでもあるのか」
「ほほぅ?」


下から覗き込むようにして上村の顔を見る。

明らかにバツが悪そうな顔をしていた。


「上村くん、僕たちはお友達でしたよね?」
「う、うむ、そうだな。 何故、いまさらそのようなことを聞くのだね、マイフレンド」
「だったら隠し事なんてするなよ。 俺は約束を守っておまえに付き合った、だったらおまえは俺に事情を説明する必要があるんじゃないか」
「……一理あるな」


一理どころじゃないだろ。

どう考えたって俺の言っていることのが正しいだろうに。


「小さいころにご両親と一緒に海上都市開発のために日本を離れてだな、一段落がついたので一時的に帰国することになったらしい。 もっとも、ご両親は手続きやら引き継ぎやらで本人よりも遅れるそうなのだが。 ちなみにおれたちと同学年で、内浜学園編入することもすでに決まっている」
海上都市ってあれか、日本が中心になって進めてるフロートアイランドだろ。 確か赤道のあたりでやってるんじゃなかったっけ」


海の上に多様な生態系を形成し、ある程度の食料などは自給自足できるように植物プラントを併設した都市を造り、そこから宇宙への架け橋を作る計画だったはずだ。


海上都市の生活ってどんなものなのかちょっと興味あるな。 落ち着いたらその辺の話とか聞かせてもらえるといいな」
「それは……おそらく大丈夫だと思うが」
「なんだよ、煮え切らない言い方だな。 あ、もしかして日本語に不自由してるとか? だったら仕方ないけど」
「いえ、日本語にはそれほど問題はないはずだ。 おれとのやり取りは基本的にメールだったが怪しいところはなかったし、向こうでも日本語は通じるらしいしな」


その割には表情が冴えないようだった。

何か隠していることがあるようだ。


「ご両親が帰国されるまで、おれの家族で面倒を見ることになっていてな。 面倒を見るといってもこちらの家はすでに確保してあるから、しばらくひとり暮らしになるのだが」
「そりゃ、あっちとは生活習慣とかが違うかも知れないけど、もともと日本で生活してたんだろ。 そんなに心配しなくても大丈夫なんじゃないのか」


でもまぁ、上村の心配もわかる気がする。

ちょっとした違いを見つけて仲間から外すなんてことは人間社会においてよくあることだし。

しかしそのあたりは置いておくとしても、なんだか上村の態度がいつもと違っているのが気になった。

もしかしたら、そのイトコに苦手意識でも持っているんだろうか。

同年代のイトコとなると、一緒に遊ぶぐらい仲がいいか、それともほとんど連絡を取らないパターンが多いような気もする。

これまでの発言からすると、上村の場合は後者というところか。


「おまえ、そのイトコと仲が悪いのか?」
「む、そのようなことは……おそらくはないと思うのだが」
「その言い回しだと、苦手意識があるようにしか思えないぞ。 珍しいな、おまえのそういうの」


友達付き合いなどはそつなくこなすタイプだと思っていたけど、それは過大評価だったのだろうか。


「実はだな、小さいころにちょっとしたことがあって泣かしてしまってな。 それが某の心に暗い影を落としておるわけだ」
「自分で暗い影とか言うなよ。 でも、ガキの自分ならそんなの普通のことじゃないか」


俺だって今思えばどうでもいいことで取っ組み合いの喧嘩をしたことはあるし、それで泣かされたり泣かしたりしたものだ。 男同士ならそれもまたコミュニケーションのひとつだと思うけど。


「でも、おかげでおまえの態度の理由がわかったよ。 俺からのアドバイスとしては、そんな小さいことは忘れてしまえってところだな」
「そんなものかね?」
「下手したら向こうだって覚えてないんじゃないのか。 でなきゃ、嫌いな相手を出迎えに選ばないだろ」


もっとも、他に知り合いがいなくて仕方なくという可能性もないわけではない。


「やはり、おまえに声をかけてよかったよ。 拙者としては今日この日をどうやって演出しようかと散々考えてきたのだが、平山のアドバイスのおかげで良好な再会を果たすことができそうだ」
「もっとも、相手が泣かされたことをずっと恨んでいて、今日ここで百年の恨みを晴らすという展開もなきにしもあらず、だけどな」
「……っ」


おーおー、上村のひきつった顔なんて滅多に見られないぞ。 こいつは貴重なものを拝ませてもらった。


「み、見返りはなんだ」
「そうだな、昼飯のおごり10回でどうだ?」
「三回が妥当だろう」
「七回で」
「くっ……五回だ」
「そのあたりで妥協してやるか。 楽しみにしてるぞ」
「はー……そのかわり、この場は見事に仕切ってもらうぞ」
「任せておけって」


男同士の再会なんてそんな面倒な事にはならないだろうし、お安い御用ってね。


「む、どうやら来たようだな」


ゲートを抜ける人々の流れが一段落したと思ったら、そこに小柄な人影がぽつりと立っていた。

 

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「……え?」


きょろきょろとあたりを見回している姿はまるで小動物のようでひどく弱々しい。

赤道直下にある人工島からやってきたという割にはそれほど日に焼けているようには見えなかった。 むしろ肌の色は白い方だろう。

すらりとした細い手足、ふわふわと柔らかそうな髪。

耳にはヘッドフォンをつけている。

手にした荷物の方が大きいのではないだろうか。

外見的な特徴をあげるとすれば、それは間違いなく大きな胸だろう。

あのスタイルであのサイズはちょっとした驚きだ。

朋夏あたりが見たら羨ましがること間違いない。


「おまえ……イトコって女の子だったのかよ」
「そうだが? いってなかったか」


言ってない。

てっきり男だとばかり……しかもあの様子だと「昔のことなんてきれいさっぱり忘れちゃいました」ってタイプじゃなさそうだ。


「おーい、こっちだ、こっち!」


上村が大きな声で呼びかけて手を振ると、ようやく俺たちに気がついたらしい。

荷物を文字通り引きずってこちらへやってくる。

 

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「ど、どうも……」


ヘッドフォンを外してぺこりと頭を下げると、短い髪が踊る。


「ミノルちゃん、だよね?」

「いかにも」

「なんだか、ミノルちゃんは小さいころからあんまり変わらないね」


こいつは小さい頃からこうだったということか。

そいつはまた随分とこまっしゃくれてたんだな。

しかし『ミノルちゃん』って……いや、イトコ同士だからそういうのもありかも知れないけど『ちゃん』付ってのもギャップがあるなぁ。


「こちらは、香椎真澄(かしい ますみ)さん。 俺の従姉殿だ」


上村が紹介をすると、何故だか香椎さんはびくりと肩をすくめた。


「は、はじめまして」

「真澄です。 よ、よろしくおねがいします……」


一瞬だけ目があったけれど、挨拶のために頭を下げると再び視線が絡むことはなかった。

どこかでこのしぐさを見たことがあるように思ったけどなんのことはない、出会ったばかりの頃の湖景ちゃんに似ているのだ。


きょどきょどと視線が泳ぐさまも、落ち着きがなく指先が動くところもそっくりだった。

イトコの紹介をして人仕事終えたと言いたげな表情の友人の肘をちょいちょいとつつく。

 

「うん?」

「本当にこの子なのか」

「先ほどのやり取りを聞いてなかったのかね。 直接会うのはそれこそ10ねんぶりになるが、写真も送ってもらっていたし間違いはなかろう」


それにしたってこいつの説明してくれたキャラとイメージが随分と違うような……って、具体的な説明をしてもらってなかった。


「上村、悪いが昼飯おごりの件はなかったことにしてくれ。 これはどう考えてもお前を恨んでいるタイプだ」

「おいおい、いまさらそのようなことが通ると思っているのかね。 約束を交わした以上、最後までその責任を果たしてもらうぞ」


くそう、だって女の子なんて想定してなかったんだよ。

はてさて、この場をどう切り抜けるか……。


改めて見直してみると、瞳は大きくて黒目がちだし、鼻筋はすっとしてるし、なかなかの美形だと思う。

上村はこんなかわいい子を小さい頃に泣かしたというのか。

どんだけいじめっ子だったんだよ、こいつは。


「こちらがおれの級友たる平山空太だ。 今日は君が帰国すると聞いて喜んで出迎えを買って出てくれたのだよ」


……なんだと?

そもそも俺は何も知らされずにこの場まで連れてこられたはずだぞ。

 

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「あ……空太くんって、いつもミノルちゃんがメールに書いてた、あの空太くん?」

「おまえ、俺のことをこの――香椎さんだっけ? どんなふうに伝えてたんだよ」

「ぅー、その……私のことは真澄で、いいです、から」

「そう? じゃあ、真澄さんにどういうことを伝えたのかこの場で明らかにしてもらおうか」


場合によっては、昼飯のおごりの回数を増やしてもらうことだって厭(いと)わないからな。


「どんなことを問われても、ありきたりなことしか伝えていないと思うが」


「その……宇宙科学会っていう部活に所属しているんですよね? そこの偉い人だって聞いてます」

「いやぁ、別に偉いわけじゃないけど。 そもそも俺を入れて四人しか会員がいないような弱小学会だし」


しかも現在進行系で解散の危機に立たされているし。

 

「そういえば宇宙科学会は得になにもしてないんですよね。 もったいないです……」


ははは……その通りなので乾いた笑いしか出てこない。


「空太くんはいつでもぐーたらしてるってミノルちゃんがメールに書いてましたけど本当ですか?」


「上村くん、ちょっと話をさせてもらってもいいかな」

「よかろう。 なにかね」

「おまえ、あることないことを勝手に教えるとはどういうことだ!」


俺の右ストレートが唸りをあげて上村に迫る。


「なにをいうか。 某は確たる真実しか伝えておらぬわっ」


上村の左が俺の右にかぶさるようにして打ち出される。

これぞまさにクロスカウンター。

そして互いの頬にそれぞれの拳をグリグリと押し付け合った。


「個人情報を勝手に流すな。 しかもマイナス方向ばっかりじゃないか」

「自分のこれまでの行いを省みてみたまえ。 プラス方向の活躍をしたことがあったのかね」

「うるさい、せめて親友としてちょっとはカッコいいところを宣伝してしかるべきだろうが」

「残念だが情報はいつも正確にをモットーとしているのだよ。 虚偽情報など流せるか」


クロスカウンターのポーズでお互いを罵り合う。

どう考えたって傍から見たらただの危ない奴らにしか見えないだろう。

どちらからともなく互いの拳を引いた。


「おごり、10回な」

「5回だ。 先ほど交わした条件ではないか、健忘症にでもなったのかね」

「いらぬ情報を流した罪を上乗せしただけだ。 妥当なところだろうが」


と、ここまでやれば、そろそろツッコミでも入るだろうかと思っていたけど、一向にその気配がない。


はてどうしたものかと思って真澄さんを見ると、何故だかこの世の終わりを目撃したかのような顔をして俺たちの事を見ていた。


「どうかしたの?」

「ぅー、その……け、けんかはよくない、です……」

「別にただじゃれ合っていただけだよ。 こんなの喧嘩じゃないし。 なぁ」

「うむ。 このようなことは平山と過ごしていると日に10回はあるな」

「そ、そうなの? よかった……」


ほっとしたように胸をなでおろしている。

むぅ、南国の人工島では日本式(ジャパニーズスタイル)は通用しないものらしい。


「さて、いつまでもここで時間をつぶすのもよろしくないし、そろそろ出発するか」


加えて、さっきまでのじゃれ合いのおかげで微妙に視線を集めているしな。

 

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「荷物、持つよ」

「ぅー、でもその……」

「重いでしょ、ここまでの移動で疲れただろうし、持つから貸して」

「あの……ありがとう、ございます……」


なんかペースがつかみにくいというか、おどおどしすぎというか。

この子は本当に上村のイトコなのだろうか。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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電車に乗って移動中、真澄さんはずっと窓の外を見ていた。

けれど、久しぶりに見る日本の風景を楽しんでいるようには見えなかった。

どことなく落ち着かないというか、すべてに対して警戒をしているようだ。

ご両親の帰国がしばらく遅れるから、それを気にして緊張しているのかも知れない。


・・・。

 

電車を降りる頃にはすっかり日は傾いて、空が赤く染まりつつあった。

 

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「そういえば、真澄さんも俺たちと同じ内浜学園に通うんだよね」

「は、はい……」

「じゃあ、同じクラスになれたらいいね」


けれど、真澄さんはどこか浮かない表情で笑っているような顔をしている。

何か変なことを言ったかな。

 

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「では、おれはこのまま彼女を家まで送っていくよ。 今日は悪かったな」

「いいって、気にするな。 ついでに近所のお店とかも紹介してあげろよ」

「そのあたりに抜かりはない。 ただそれは明日だな。 今日は疲れているだろうし」

「じゃあ、また明日」

「うむ」

「失礼します……」


雑踏に二人の背中が消えるまで見送った。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

 

これも天の配剤なのだろうか、真澄さんは俺たちと同じクラスに編入されることになった。

挨拶の際にクラスメイトの視線を一身に集めると昨日以上に体を竦(すく)めていたのは少し可哀想な気がしたけど、こればかりは仕方がない。

どうにも彼女は注目を集めるのが苦手なタイプのようだ。

まぁ、よほどの目立ちたがり屋でなければその気持ちはわからないでもないけど。

 

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「ねーねー、真澄ちゃんって英語とかフランス語とかも話せるの?」

 

そして休み時間なればこうして個別の質問者によってさらに問い詰められることになる。


「え、っと・・・フランス語は話せないです、ごめんなさい」

「ふーん。 じゃあさ、あっちのおいしい食べ物とかってなにがあるの? やっぱり南国のフルーツとか? あたしさー、まだドリアンって食べたことないんだよねー」


おまけにこうして質問をする側に悪意なんてこれっぽっちもないものだから、質問される側の困惑なんてお構いなしに続いていく。


「ドリアンってやっぱりくさいのかな? くさいのはちょっとイヤだよねー。 あとねマンゴーとかも好き。 甘いよね、あれ。 真澄ちゃんは食べたことある?」


「おいおい、さっきから質問攻めじゃないか。 少しは自重しろよ。 真澄さんはまだこっちの生活に慣れてないんだからさ」


もっとも、朋夏の場合は質問より自分の好きなものを語っている時間のが長かったかも知れないけど。


「あー、そうだね。 ごめんね」

「い、いいえ・・・」

「ははは。 宮前さんは面倒見もいいし、わからないことがあったら彼女にいろいろと聞いてみるといい」

「そういうのなら任せて! なんだって相談に乗っちゃうよ」


体育会系のノリというか、実際、朋夏は面倒見がいい。

ただこいつのテンションについていけるかどうかは別の問題だ。


もっとも、朋夏の場合は質問より自分の好きなものを語っている時間のが長かったかも知れないけど。


「あー、そうだね。 ごめんね」

 

「は、はい・・・よろしくお願いします、宮前さん」

 

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「は、はい・・・よろしくおねがいします、宮前さん」

「あはは、そんな固くならないでもいいからさ。 あたしのことは朋夏って呼んでね」

「わかりました・・・と、朋夏、さん」

「べつにさん付けじゃなくてもいいし」

「は、はい・・・」


うん、完全に朋夏の勢いに飲まれているな。

これはいいことなのか悪いことなのか判断に困るところだ。


「とりあえず、どこかの部活か委員会に入った方がいいだろうな」


というか、この学園では必ずどこかの組織に所属しなければならないことになっている。


「上村のところはどうなんだ? おまえが副代表をしているんだから融通がきくだろ」

 

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「できなくはないが、なにかと忙しい部署だからな。 学園生活どころか日本での生活に慣れていない彼女にはいささか大変かも知れぬぞ」

「じゃあ、あたしたちのところにこない? "宇宙科学会"っていうんだけどさ」

「宇宙科学会って、空太くんと同じところなの?」

「うん、そうだよ。 って、どうして空太くんが宇宙科学会にいるって真澄ちゃんが知ってるの?」

「答えは簡単だ。 すべて上村の差し金だからな」

「はっはっは。 おれの知っている情報の多くはメールを通じて彼女に教えてあるのだよ。 たとえば――宮前嬢は79のBとかな!」

「うん? それってまさか・・・こんのぉ!」


唸りをあげて朋夏の右フックが上村のアゴに炸裂した。


「どぅほぉう!」


綺麗に吹っ飛んだ。

うむ、腰の入った実にいいパンチだった。

この右があれば世界だって狙えるだろう。

と、このやり取りを見ていた真澄さんは半分涙目になっていた。

 

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「け、けんかはだめです・・・」

「へ? ああ、こんなのケンカじゃないし。 上村くんと一緒にいると一日に10回ぐらいあるよね」

「うむり、このようなことが日常茶飯事なのは事実だが――そんなことよりも宮前さん、おれは上村だとこれまでも何度か言っているではないか」

「上村のことはどうでもいいとして、宇宙科学会に誘うのはどうかと思うぞ。 いつ解散するかも分からないってところに」

「あ、あははは・・・そうだったねー」


俺と朋夏は二人して力のない笑顔をしてみせた。


「宇宙科学会は本当に解散してしまうんですか?」

「まぁ、このまま何もしなかったらそうなることになるのかな」

「して、解散を免れるための案はどうなっているのだね」


「あ、一応、考えてきたよ」


「ほほう、そいつはぜひとも聞かせてもらいたいな

「うんとね、近々、"流星群"があることは知ってる?」

「知ってます!」

 

おおう、思わぬところから特大の反応が。


「夏にあるペルセウス座流星群と時期が重なるから、かなりの流星が見られるんですよ」

「え、そうなの?」

「知らなかったのかよ」


「だって・・・ねえ」


『ねぇ』じゃないだろ。

自分でネタを振っておいて。


「それでね、もし流星雨が降ってきたら地表は大ダメージを受けて大変だと思うんだよ」


「・・・え?」

「そこで考えたんだけどさ、災害対策レポートをまとめて発表したらどうかな?」


真澄さんの表情が面白い具合に固まっていた。

題して、『驚愕する少女』ってところだろうか。


「・・・おまえはアホか?」

「むー、なんでよー」

「馬鹿だ馬鹿だと思ってたけど、まさかここまでとは思ってなかったぞ。 とりあえず、これを読めサイエンスブレイカー」


携帯で検索した情報サイトを朋夏に突きつける。


「えーと、なになに・・・」


携帯に表示された内容を読み進めていくと、自分の大いなる勘違いに納得がいったらしい。


「へー、そうだったんだー」

「流星雨と大災害との直接的な因果関係はありませんよ」

「もー、知ってたのなら先に教えてよー」

「す、すみません・・・」

「馬鹿。 おまえが勘違いで変なことを言い出しただけだろ。 他人のせいにするなよ」


勘違いというカテゴリーに入れてもいいものかと悩みたくなるほどだったけどな。

あれが素だったのが本当に恐ろしいわ。


「そうなんだけど・・・ごめんね、真澄ちゃん」

「い、いいえ。 気にしないでください。 ただ、さすがにびっくりしましたけど・・・」


世の中の広さを思い知らされたという顔をしてたもんな。

朋夏の成績を知ったらさらに驚くことだろう。

 

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「だったらどうする? もうこうなると流星雨の観測くらいしかやれることないと思うんだけど」

「それだけだと地味だな。 満場一致で没だろう。 間違いない」

「残念だが、ここは平山に一票と投じるしかあるまい。 それにたった一度、流星雨を観測したところで会の解散が免れるとは思えんな」

「そうなんだよなぁ。 結局、部活としてずっと活動していく方針にならないといけないわけだからさ」

「だったらさ、新しい星を発見とかしちゃえばいいんじゃないの」

「それは面白そうだけど、そう簡単に見つかるものなのか」

「かつてはアマチュアでも新しい"小惑星"を発見して名前を付けていたようだが、今はコンピューターが自動的に探索をしているから難しいかも知れないな」


「え、星の名前って勝手につけてもいいのかよ」


「新惑星だと正式に確認された場合は発見者が好きな名前を付けられることになっているぞ。 地名や人名、神話の登場人物などが多いがな」

「でも、とてもいいアイディアだと思います。 宇宙にはいくつもの小惑星帯があるし、もしかしたらまだ発見されていない小惑星だってあるかも・・・」

「おお、真澄ちゃんは賛成ね。 じゃあ、やってみる価値はあるんじゃない? 見つけたら宇宙科学会の名前を付けちゃえば永久に残るんだし、それなら誰も文句のつけようがないでしょ」


そういうことになったらすごいとは思うけど、新しく小惑星を発見するのって砂浜に落ちた特定の砂粒を探すようなものなんじゃないだろうか。


「なによ、そんないかにもめんどくさそーみたいな顔して。 だったら空太が意見だしてよ」

「そんなことを言われても、これといってないな・・・」

「なんでよー。 ひとつぐらいあるでしょ。 ここでがんばらないと本当に解散になっちゃうんだよ」

「そうなんだけどさぁ」


そりゃ青春を部活動に捧げて何かに打ち込むっていうのも理解はできるけど・・・なんていうか、そこまでの熱量が俺にはないって感じか。


「どうしてそうやる気がないの。 自分たちの乗ってる船が今にも沈みそうなのに」

「そういうのは会長に言ってくれよ。 あの人ならなんとかしてくれるんじゃないか。 もっとも、面倒事は全部こっちに押し付けられるかもしれないけどさ」


面倒なのは勘弁なんだよ。

宇宙科学会の解散を撤回させるために、今まで以上の苦労を背負い込むのもゴメンだった。


「空太くんって、本当にめんどくさがり屋なんだね」

「うむ、おれの情報に誤りなどはないとこれで証明されたな」

「はは、ははは・・・」


まったくもって事実なので言い返す気にもなれなかった。


「でもさー、宇宙科学会がなくなっちゃったら、空太はどうするつもりなの?」

「うーん、どうするかな・・・」


宇宙科学会がなくなれば困りはするけど――


「おまえが考えてることをおれがズヴァリ当ててやろう! 宇宙科学会がお取りつぶしになったら、また別の活発ではない学会に入ろうと思ってるな?」

「う、上村くん! い、いったいなんの根拠があって!」

「くくく、このおれに見抜けぬ謎などがあるだろうか、いやあるはずがない! 正直にいいたまえ、面倒なんだろう?」

「ぎく」

「この学園では必ずどこかの部や会に所属しなければならないと数少ない校則が定められているからな。 さしずめ、部活内容の自由と引き換えのささやかな束縛といったところか。 ここで平山の思考をトレースしてみるとしよう。 下手に活発に活動しているとことに入って苦労を強いられるのなら、幽霊部員を許している会に籍だけ置いて安穏と過ごしたほうが楽だと考えないだろうか」

「ああ、空太だったらそう考えてそうだよねー」

「おい、俺がいつそんなことを考えていると言った」

「だって、日ごろの空太を見てたら誰だってそう思うでしょ。 ねえ、真澄ちゃん」

「ぅー、その・・・会ったばかりだからよくわからないけど。 空太くんは星の観測って面倒だと思ってるの?」

「それはやってみなくちゃわからないというか、その準備が大変そうかなーとは思うけど。 あとずっと続けるのかどうかとかさ」

「ほらね、面倒だって言ってるようなもんじゃん」

「そんなこと言ってないだろ、大変そうだってだけでさ。 いいよ、そんなに言うなら朋夏の案でいこうぜ」

「宮前さんの案とはどちらのことなのだね? 新小惑星の発見か、それとも流星雨の観測か」

「とりあえず両方ともやればいいよ。 要するに当面のやる気を見せればいいわけだし。 その先のことはまた考えればいい」

「でもさ、そんな妥協するみたいに決めないでも・・・せっかくみんなでやることなんだし」

 

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「でも楽しいと思いますよ。 たくさんの星を眺めているだけでも時間なんてあっという
間に過ぎていきますし」

「真澄さんは星関係が本当に好きなんだね」

「両親がそういうお仕事をしているから自然に、かな」


そういえば、ご両親は海上都市で"軌道エレベーター"の開発に携わっているんだっけ。

俺も同じ環境にあったら星に興味を持っていたんだろうか。


「じゃあ、これに決めたちゃっていいの? とりあえず結果がすぐ出る流星雨メインってことでいい?」

「ああ、それでいこうぜ。 宇宙にまつわることなら宇宙科学会らしいし、悪くないんじゃないか」


もっとも、これまでは一度たりとも宇宙科学会という名称に相応しい活動をしたことはなかったんだけど。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

待ちに待った放課後。

部室にはすでに湖景ちゃんが待機中だった。

 

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「平山先輩!」


ほとんど抱きつくくらいに駆け寄ってくる。

近いね、眼前15センチ。


「おおっと・・・なんかここんとこ、このパターン多いね」


つくづく近い。

しかし、うっかり抱きしめたりしてはいけない。

この距離は湖景ちゃんの信頼の証なのだから。

俺の笑顔に対して今にも横槍が入りそうな空気を無視しつつ、湖景ちゃんに優しく声をかける。


「どうしたのだね、可愛い我が後輩よ」

「フンだ、嬉しいくせに」

「いやぁ、そんなことはないですぞ?」

「へー、どーだかねー」


宇宙科学会において湖景ちゃんは唯一の後輩なんだ。

多少ひいき目になるのは当然だろう。


「宮前先輩も」

「うん。 おつかれさま、湖景ちゃん」

「なんだかいつにもまして早いみたいだね」

 

 

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「はい・・・あの、実は・・・いてもたってもいられなくて・・・」

「どーしたの?」

「それは、もちろん解散の件です」

「あー、そうそう、聞いてよ湖景ちゃん。 朋夏が解散の件を超ヘビィに考えちゃってさ。 休み時間中、その話ばっかりするんだよ。 笑っちゃうよなー」

「あ・・・わたしも重く考えてしまっています。 ご、ごめんなさい・・・・・・」

「ぐわ」


この子の性格を考えたら真剣に考え込むのはわからなくもないけど。



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「ふーん。 誰が、なんだって?」

「いえ、なんでもありません。 ボクが言い過ぎました」

「わかればよろしい」

「あの・・・それで、どうにか解散せずにすむ活動内容はないだろうかと思って、いろいろ考えたんですけど、一晩悩んだだけでは、結局、なにも思いつかなくて・・・すみません」

「そりゃまぁ難題だからさ、一晩ぐらいで思い浮かばなくても仕方ないよ」

「ご、ごめんなさい。 わたし、なにもできないし、ぜんぜん協力できなくて・・・」

「そんなことはないって。 湖景ちゃんのその気持ちが嬉しいんだからさ」

「おーい。 なんかさー、あたしのときとえらい対応違うじゃないの?」

「いや、だって考えてみろよ。 湖景ちゃんはかけがえのない可愛い後輩だぞ?」


その湖景ちゃんが流す涙を見て喜ぶような輩など、男の風上にも置けないじゃないか。


「・・・・・・」

 

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「かわいいクラスメイト」


朋夏はこれでもかとアピールするように自分を指さして言った。


「えー?」


「こらこらこら!」

「冗談だよ」

「まー、いいけどさ。 ねーねー、湖景ちゃん。 あたしたちも生き残り案、考えてたんだよ」

「本当ですか? よかった。 それで、その・・・どんな?」

「んー、独創的なアイディアってわけでもないんだけどさ」

「うるさいなー。 あんたは意見出さなかったくせに」

「それはそれ、これはこれ、アレはアレだ」

「アレ?」

「湖景ちゃん・・・そうやって改めて聞かれると恥ずかしいかも?」

「えっ、それって、あの・・・わたし・・・ごめんなさい!」

「こらこら、やめなさいってセクハラは」

「・・・ハイ」

「あの、それで・・・その、案というのはどういう?」

「今度、流星雨があるって知ってた?」

「あ、そういえば彗星の最接近と流星雨って、もうすぐでしたね。 わたし、なんだか不安で・・・」

「それそれ。 朋夏ってばなかなかケッサクな勘違いをしてたんだけどさ。 大災害になるとか非常用の酸素がいるとか。 上村にそそのかされて、しまいにはタイヤのチューブを買いに行こうと――」

「あ、はは・・・」


あらら、湖景ちゃんが目をそらしたぞ。

また何かマズいことでも口にしちゃったか?」


「あの、すいません!」


湖景ちゃんは、トトトと部室の隅にまで走っていき、無造作に置いてあるダンボール箱をごそごそしていたかと思うと、蓋を締めてこっちに戻ってきた。


「なに探してたの?」


どっちかというと隠したような感じだったけど。

 

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「いえ、探してたんじゃなくて、むしろ逆で・・・あああ、ダメですダメです」


容赦なくさっきのダンボール箱に取りついた朋夏は、がばっと蓋を開けた。


「・・・これって?」


あっけに取られている俺と、慌てふためく湖景ちゃんのもとに、黒くて細長い物体が届けられた。


「チューブ・・・だよな。 おそらくは自転車のタイヤの」

「なんか、ガスマスクみたいなのも入ってたけど?」

「違うんです、本気で彗星のガスとか衝突とかに備えていたわけじゃなくて・・・でもあちこちでそんなふうにいわれるから、もしかして、もしかしたらって念のために・・・」


顔を真っ赤にして主張する湖景ちゃんに優しく告げた。


「そうだよな。 湖景ちゃんがそんなサイエンスブレイカーな考えを信じるわけがないって。 湖景ちゃんはいつも夢いっぱいなんだねぇ」

「また、あたしのときと対応が違う!」

「はわ・・・」


っていうか、なんでこの部室にはゴムチューブなんてものが平然と置いてあるんだろうか。 ・・・どうせ会長が持ち込んだに決まってるんだけど。


「それで、その流星雨の観測記録を取ってレポート化して提出しようって話でさ」

「ああ、それはいいですね!」

「おお、さっすが湖景ちゃん! 見る目アリーナ」

「夢があってイベント性があって、すごくいいと思います! これなら委員会の人も納得してくれますよね」


そうか、湖景ちゃんはこの案を倍プッシュなのか。

ふーむ・・・。


流星雨レポートなんてその場しのぎの凡作かと思ってたけど、意外と女の子受けがいいってことか?

観測レポートまでまとめようとしたら、時間も手間もかかってしょうがないんだけど。

存続の希望が出てきたせいか、朋夏と湖景ちゃんがやけに盛り上がっているものだから、そういうネガディブなことは口に出しにくい。


「レポート作成って手間はかかるだろうけど、"モグラ"を作るよりはマシだよね」

「そ、それは確かにな」


気を遣われてしまったか。

こいつとも長い付き合いだしな。

思考パターンを読まれているというか、お互いに手の内がバレているというか。

俺が内心で面倒そうに思っていることを察していたんだろう。


「どうせ手間なしには解決しないんだし、ひとつ腹を決めてこれで押し切っちゃおうよ」

「んー、そうだなぁ」


どうせ面倒ごとは全部こっちに回ってきて、最後は俺がボロ雑巾状態になるんだけどな。

言い出しっぺである朋夏はアシスタントとしてさんざん使い倒してくれよう。


「わかった、それでいいよ」

「やった。 さすが空太」

「で、観測の計画について、どうするつもりなのか聞こうか」

「・・・え?」

「やることはわかった。 あとは計画の立案だ。 流星雨なんて自然現象を観測するんだから、計画ってものがいるだろ?」

「う・・・それは、そうだけど」

「そいつを聞かせてくれよ」

「だから・・・写真を・・・」

「写真を?」

「とる?」


おいおい、なんで疑問形なんだよ。


「ごめん、詳しいことはわからない。 そのへん、空太にお願いできない?」


朋夏は手を合わせて頭を下げた。

ったく、開き直るのが早すぎだ。


「そういうことになるんじゃないかと思ってはいたんだよ、俺は」

「できる限り、空太に協力するからさ!」


いやいや、よく考えないとな。

この決断に学期の残りと楽しい夏休みの計画がかかっているわけだし。

安請け合いをして、あとで地獄を見るようなことはなんとしても――


「わたしからもお願いです」

「わかった、任せろ」


そりゃ、可愛い後輩にそんな顔で頼まれたら、こう返事するしかないじゃないか。


「あのあの、わたしたちにお手伝いできることってありませんか?」


「できることはもちろんだけど、好きなだけ率先してやってくれていいからね。 なにしろ、みんなでやることだからさ」

「そうだね、うん、がんばるっ」

「とにかくまずは計画・・・いや企画書だな」

「企画書、ですか?」

「はーい、質問! どうしてそんなものがいるんですか? っていうか、企画書ってなんですかー?」

「とにかく俺たちがこれを本気でやる気だって意思を見せないといけないんだよ、会長に。 活動内容の決定権は会長が持ってるからな」

「なるほどー。 地味だからNGなんて可能性もあるもんね」

「そういうこと。 もっとも、駄目だしされても会長からは代案は出てこないだろうけどな。 それが会長イズムだから諦めるしかない」


その結果として、俺たちは"ライトモーターグライダー"なる代物で空に挑戦させられることになるわけだ。


「うーむむむ・・・。 でも企画書ってなに書けばいいのかなあ」

「実は俺も書いたことはない。 湖景ちゃんは?」

「ありません・・・あの、ごめんなさい」

「謝らないでよ。 言ってみただけだしさ。 まぁ、書類の体裁とかはともかくとして、それなりに詰めた計画にしてこっちでどんどん進めていかないとな。 ぐずぐず検討ばかりしてると、権力にものをいわせてひっくり返される可能性も高くなるし」

「うぅ、それは恐ろしい」

「あの、今度の流星雨についてなんですけど・・・」


端末をいじりながら話していた湖景ちゃんが画面をこちらに向けてくれた。

どうやらネットを検索していたらしい。

表示されていたのは流星観測の手引きとなるサイトだった。


「へー、結構まとめられてるもんなんだ」

「みたいだな。 天体観測の世界じゃ大イベントだって話だし」

「なるほどね。 このくらいだったらあたしでもなんとか・・・・・・」


うむうむ、朋夏がやる気を出すのはいいことだ。

何故ならば――俺の仕事が減るからな!


「望遠鏡とかの機材は屋上にあるのを使わせてもらえばいいだろ」

 

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立派な天体望遠鏡が校舎の屋上に設置されているけど、俺たちは今まで一度として使ったことがない。

なんでも昔、星の好きな先生の強い主張によって作られたものらしいけど、これだけ見事な無用の長物も珍しいような気がする。

もっとも利用してない俺たちが胸を張って言うことじゃないけど。


「なんとかなりそうな雰囲気ですね」

「日程的にも問題ないみたいだし、これだったらものすごく現実的だ」

「ねーねー、夜遅くに学校入るのって、ちゃんと許可取るにはどうするのかな?」

「ああ、そりゃ確か――」


どうするんだっけ。

許可を取らずに忍び込む方法については熟知しているのにな、俺たちは。


・・・・・・。


・・・。

 


それから話し合いを進め、個々の具体案を検討することにした。

まったくこんな面倒事なんて誰も期待してないっていうのに。


「Nobody expects the Spanish inquisition!」



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さてこれからというまさにその時、怪しげな発音の英語らしき台詞とともに部室のドアが勢いよく開かれる。

何事かと振り返ると、そこには見知った奴が偉そうな態度で立っていた。


「あれー、水面ちゃんじゃない、久しぶりー。 いきなりどうしたの?」

 

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「朋夏センパイ! ご無沙汰してました! 相変わらずお元気そうでなによりですっ」

「あはは。 あたしは元気だけが取り柄だからさ」

「そんなことないです! 体操をしてた時の朋夏センパイはすっごくステキでした!」

「そ、そう? そういわれるとなんだか照れちゃうなあ」


朋夏はポリポリと後ろ頭をかいている。

実際にかゆいわけではないだろう。

部室のドアを壊れてしまえ! とばかりに力いっぱい開けたのは千鳥水面(ちどり みなも)――俺と朋夏の後輩だった。


「で、なんでおまえがここに来るんだよ。 部外者以外は立入禁止だぞ」


もっとも部外者であるところの上村は何度か部室に顔を出し、時にはコーヒーなどを飲んでいくわけだけど。



「うっさいわね、平山空太! あんたこそなんでこんなところにいるのよっ」


ビシッと指をつきつけられる。

どうでもいいけど、それが上級生に対する態度なのか。

まったく、こいつは初めて会った頃からそうだったけど、なんだってこうつっかかってくるんだか。


「いいか、ここは宇宙科学会の部室で、俺はその部員だ。 ちなみに朋夏も湖景ちゃんも部員だ。 果たしてこの部屋には何人いるでしょう?」

「はぁ? シツレイな質問するんじゃないわよ。 そんなの三人に決まってるじゃない」

「・・・もう一度聞くぞ。 果たしてこの部屋には何人いるでしょう?」

「だから三人・・・あ、ウチを入れたら四人だ」


どうやら数をかぞえる能力はまだあったようだな。

このやり取りをもう一度最初からやらされるなんてゴメンだぞ。


「宇宙科学会に用があるなら、会長もいないし俺が代理で聞いてやるが」

「HA! HA! HA! HA! なるほど、なんの活動もしていない架空学会にはお似合いの部員だものね」


悪魔的な嘲笑をされた。

まったく、口だけが達者なのは相変わらずか。


「そもそも朋夏センパイみたいな優秀な人がこんなお気楽極楽――もとい、悪の枢軸たる宇宙科学会にいるのが間違いなのよ」


悪の枢軸って・・・ひどい言われようだなぁ。

 

「見たわよ、聞いたわよ、宇宙科学会が解散するって!」

「はわわ・・・なんだかすごい迫力です・・・」

「それもこれも、日ごろの怠惰な活動のせい! 言わば自業自得! 天網恢恢祖(てんもうかいかいそ)にして漏らさずってやつよ!」


そして再びズビシと俺に向けて指を指す。

だからそれをやめろと。


「言っておくがまだ解散って決まったわけじゃない。 これからそれを回避するための活動をしていくんだから邪魔をするな」


しっしとばかりに手を振って追い返す。

 

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「シツレイね。 人を犬や猫みたいに扱わないでくれる」


きゃんきゃん吠える子犬みたいなおまえにぴったりな対処法だと思うんだが。


「ウチは"報道委員会"として広くこの問題を知らしめる義務があるのよ! ここが年貢の納め時、さあ、覚悟しなさい!」

「ほうどういいんかい?」

「えっと、『うちはまプレス』や『うちはまタイムス』を発行している委員会のことです」

「ああ、なんかそんなのもあったな」


定期的に携帯へ情報が届くらしいんだけど、今まで一度も見たことはない。

そもそもプレスとタイムスがある理由もよく知らないし。


「そうよ、この内浜学園が誇る報道委員会は、世の正義を守るために日夜努力を続けているんだから!」

「この場合、誰が正義で誰が悪になるんだ?」

「決まってるでしょ。 ウチが正義で平山空太が悪よ。 すぐにあんたを改心させてやるんだから!」

「俺個人が悪なのかよ!」


悪の枢軸とやらはどこへ行った。

それから、そのうねうねとした奇妙な動きをやめろ。

 

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「まったく、そんなだから堕落するのよ。 『うちはまプレス』を読まないでいたら時代に置いていかれるに決まってるじゃない。 いいこと、学内の情報については『うちはまプレス』が一番詳しく載っているんだからね。 部活動で活躍した人の紹介や参加する大会の告知、ウチがこれはと認めた人には特別インタビューも敢行して、その雄姿をより多くの人に知ってもらっているよのよ! 内浜学園周辺のイベントやお買い得情報といった地域密着情報は『うちはまタイムス』を見ればバッチリ! 情報化社会を賢く生きる人の強い味方――それが内浜学園報道委員会なのよ!」

「悪いが、興味ない」

「あは、あはははは・・・」


どうやら朋夏もろくに目を通していないようだな。


「ダメダメ星人であるところの平山空太は置いておくとしても、朋夏センパイも読んでくれてないんですか?」

「ごめんねー、あたし、ああいうの苦手でさー」

「わ、わたしは読んでます、けど・・・ごめんなさい」

「えーと、あなたが津屋崎湖景さんよね? ありがとう! きっと内浜学園の大半はあなたみたいな心が綺麗な人なのよ。 これからも読者でいてね」

「は、はい・・・ごめんなさい」


つまり俺や朋夏はその大半から外れるってことか。

そうやって自分の価値観を無理に押し付けるなよ。

ほら、湖景ちゃんも困った顔をしているじゃないか。


「でも朋夏センパイだったら、スイーツ食べ放題の話題とか好きなんじゃないですか?」

「それ、どこでやってるの!?」

「おいおい、そんな血相を変えるような情報なのかよ」

「当たり前でしょ! 限られたお小遣いを上手にやりくりしないと一ヶ月の生活が成り立たないんだし」


そりゃそうかも知れないけど、甘いものを食べ放題ってどんな拷問なんだよ。


「近くの商店街で季節に一度ぐらいのペースでやってますよ。 クーポンもついているので、お店で携帯の画面を提示したら割り引きもききますから」

「わかった。 次の号からは欠かさずチェックするから」


朋夏の目の色が変わっていた。

一応、読者を一人獲得ってことでいいんだろうか。


「でも相変わらず水面ちゃんってそういうのを追いかけてるんだ」

「そうですねー、ウチの場合のこれは、もう趣味みたいなものですから。 だから報道委員会に入ったわけですし。 実は内浜学園に入学する前から外部スタッフとして『うちはまタイムス』に参加させてもらってたんですけどね」

「あれ? 最初にあたしのところへ取材に来たころって新聞部じゃなかったっけ?」

「ええ、そうですよ。 内浜学園は新聞部がなくて、その代わりに報道委員会があったから、今はそっちに所属してるんです」

「へー、そうなんだ。 報道委員会って面白いの?」

「写真を撮ったり記事を書いたりっていうのは前と同じですけど、やれることが増えた分、楽しいですね」

「俺も聞いたことがあるぞ。 確か内浜学園のパパラッチって名前で――ぐほっ」

「うるさい! 今度ウチのことその名前で呼んだらただじゃおかないんだから!」


いや、もうすでに一発殴られているんですが・・・。


「ところで、どうして朋夏センパイともあろうお方がこんなところにいるんですか? センパイだったらどの運動部に行っても歓迎されると思うんですけど・・・」

「まあ、それはいいじゃない。 今のあたしはこういうので案外満足できてるし。 それに、空太と一緒に馬鹿なことやってるのもそれなりに楽しいんだよ」

 

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「そう、なんですか・・・朋夏センパイがそうおっしゃるのならいいんですけど」

「うん、心配してくれてありがとうね」

「そんな、ウチこそあれからあんまり会えなくて・・・すみませんでした」

「いいのいいの。 こうしてまたお話しできてるんだからさ」

「おまえのことだから、どうせまた取材と称して誰かにべったりくっついてるんだろ」


それこそ、中学時代の朋夏の時のように。


「いいじゃない。 ウチはすっごいがんばってる人たちを応援するためにこうして取材をしているんだもの。 言っとくけど、平山空太、あんたみたいなぐーたら男だけは絶対に取材対象にはならないんだからね!」


そんなことを力いっぱい本人に向かって宣言するなよ。

俺の繊細なガラスのハートにヒビが入るじゃないか。


「俺を取材対象にしないのはいいとして、どうしてここに来たんだよ。 こう見えて宇宙科学会の幹部なんだぞ? のんびり会話してていいのかよ」


もっとも幹部とはいっても会長のオモチャになるぐらいしか役割はないわけだけど。


「あ、そうだった。 貴重な時間を無駄に・・・もう、それもこれも平山空太がみーんな悪いんだからね!」

「ちょっと待て。 おまえに何をしたっていうんだ」


あと、いちいちフルネームで呼ぶのはやめてくれ。


「いいわ、今日のところは予定があるから引き上げてあげる。 でも次に会った時には一切合財まるっと全部白状してもらうんだから覚悟しておきなさい!」


そう言い残すと、来た時と同じようにすごい勢いでドアを閉め去っていった。


「・・・結局、あいつは何をしたかったんだ」

 

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「あはは。 まあ、いつものことだから気にしないほうがいいんじゃない」

「あ、あは、あははは・・・」


・・・。