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シークレットゲーム -KILLER QUEEN-【28】(終)

 


・・・。

 

 

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郷田が6階から屋上へ出た時、ちょうど大型のヘリがそこへ着陸した所だった。

そのヘリには文香に倒された部隊の代わりの部隊が乗り込んでいる。

特別に呼び寄せられた部隊だから、もちろんその強さは先の部隊の比ではない。


ヒュンヒュンヒュン


大型のローターが勢い良く回転し、郷田に強い風を吹き付ける。

彼女はその中を目を細めて屋上をヘリに向かって進んでいった。

それと同時にヘリの中からは灰色の都市迷彩服を身に着けた完全武装の男達が続々と姿を見せる。

 

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「私は今回の『ゲーム』を担当しているゲームマスターの郷田よ! 協力するわ!」


―――巻き込まれて怪我をするのは御免だわ。


郷田がいち早く彼らに接触したのはそういった打算的な理由からだった。

 

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「聞いている。 だが不要だ」


先頭の男は郷田に向かって首を横に振ると、何故か彼女に銃口を向けた。


「な、何のつもり!?」
「我々の任務は少女を無傷で保護するだけではない」


そして男は無造作に引き金を引く。


「少女を除く、エクストラゲームの参加者7名を例外なく殺害する事も任務だ」


――!!!


その音はすぐにヘリのローター音にかき消される。


「例外はない」


―――私は詰め腹にされたのか!


最後の瞬間、郷田は自分が今回の事件の全ての責任を着せられたのだという事を理解した。

彼女はその事が悔しくてたまらなかったが、額を撃ち抜かれた以上どうする事も出来ない。

郷田にはそのまま力なく倒れてゆくことしか出来なかった。


「さあ行くぞ野郎共! ショーの始まりだ!」

『ウォォォォッ!』


死にゆく彼女が最期に耳にしたのは、そんな男達の雄叫びだった。


・・・・・・。


・・・。

 

 

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「文香さん、よくこんなに見つけてきましたね」

「備えあれば憂いなしって言うでしょ?」


呆れ気味の総一の言葉に、文香は何かの装置を組み立てる手を止めて笑顔を作った。

そしてその続きの言葉は、すぐ隣の総一にだけ聞こえるように囁かれる。


「・・・あたしの派閥が所在を把握しているものは全部持って来たわ」


文香が組み立てているのは、彼女の仲間達が長い時間をかけてこの建物に隠した道具だった。

参加者として、あるいはスパイとして『組織』に入り込んだ『エース』の情報員達は、来るべき戦いに備えてこの建物で2つの事を行ってきた。

1つは文香が以前戦いに用いていたような仕掛け。

カメラに偽映像を仕掛けたり、センサーを一時的に止めたりする工作だ。

2つ目は、戦いが起こった時に備えて武器や道具を隠しておく事。

文香が今組み立てているのは、彼らがこの建物の6階にバラバラに隠しておいた装備なのだった。

基本的に『ゲーム』では上の階へ行けば強力な武器が手に入るのだが、もし『組織』と『エース』の最終的な戦いが起こった場合は、この場で従来通りに武器や道具が得られる可能性は無い。

もちろんPDAについても同じ事が言える。

ソフトが追加される事はありえないだろうし、ソフトは有効に機能しないだろう。

今回もそのケースにあたり、5階や6階には全くと言って良いほど武器や道具は置かれていなかった。

そこで文香はこれまでに仲間達が少しずつ運びこんでおいた武装を回収してきたのだ。


―――コロンブスの卵って奴だよな。


総一は優希が文香の組み立てた何かの探知機をツンツンとつつく姿を見ながらそんな事を思う。


―――『組織』の連中もまさか武器が貰える場所で、自分から新たに武器を隠す奴が居るだなんて思わないんだろうし・・・。


文香の周りに並んでいる物は1つや2つではなかった。

拳銃、マシンガン、ライフル、小型のロケットランチャー。

武器以外にも監視カメラや温度センサー、暗視スコープなどなど。

それはさながら武器の見本市の様相を呈していた。


「下から上がってくる時に拾った武器とこれで何とかなれば良いんだけど・・・」


沢山の装備に囲まれていながらも、文香の表情は暗い。

横で手伝う総一にしてみれば、これだけの武器があれば1人で戦争が出来そうな気さえしてくるのだが、文香はなおも不足だと考えているようだった。

 

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「・・・そんなにすごい相手なんですか?」


咲実はそれに不安を覚えたようだった。

すると文香は迷わず頷く。


「そうよ咲実ちゃん。 次は最初の男達みたいなアマチュアじゃない。 まず間違いなくプロを送り込んでくる筈よ。 それだけの時間はあったでしょうし」


そして彼女は作業を再開する。


「向こうの装備は変わらないだろうけど、きちんと訓練を受けた人間が使えば道具の効果は何倍にもなる。 心してかからないと、すぐにやられてしまうでしょうね」


文香は新たに組み上がった銃を無造作に投げ捨てる。

 

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「そんなの相手に、勝てるのかなぁ~」

「文香さん、まぜっかえすつもりはないんですが、俺達は早まったんじゃありませんかね?」

「総一くん、このエクストラゲームに乗らなくても、どの道あたし達は1度は連中と戦う事になったわ。 どうせそうなら相手がルールに従っている間の方がなんぼかマシよ」

「・・・でもその前に文香さんの仲間達が攻撃を始めたら、戦わずに済むのでは?」


総一はその部分だけ声をひそめる。

すると文香もささやき声で答える。


「そうでなかった場合のリスクが高すぎだわ。 ゲーム終了まで攻撃が始まらない場合だってあったんだもの」


―――そういえば文香さん、正体を話してくれた時にそんな事を言ってたっけ・・・。


「こうなったら腹をくくるしかないわ。 もうあたし達には戦って勝つ以外に生き延びる方法はない」


―――そしれそれ以外に、このふざけた『ゲーム』を終わりにさせる方法もない、か・・・。


「分かりました。 それでこれからどうします?」


すると全ての組み立て作業を終えた文香は立ち上がった。


「罠とセンサー類を配置しに行くわ。 総一君も手伝ってくれる?」

「はい、もちろんです」


頷くと総一も立ち上がる。

総一達の最後の戦いは、もう目の前に迫っていた。


・・・。


交代で見張っていた監視装置のモニターに反応が出たのは、総一達が全ての準備を終えた20分ほど後。

時計の針が夜の8時半にさしかかった時の事だった。

総一達のいる部屋の防御を固める作業は終わっていた。

しかしそれでも敵が近付いてくる気配は総一を緊張させた。


「ふ、文香さん、3番の反応が消えました」


うろたえ気味の総一の報告に、文香は落ち着いた様子で頷く。

 

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「やっぱり南周りで来たわね。 思った通りだわ」

「でもそれにしては向こうのレーダーとかに反応がありませんけど」

「向こうもしっかりした準備はあるって事よ。 3番の罠は特別だからどうしても駄目だったみたいだけど、こっちの電子装備は端から順に潰して進んできてるようね」


3番の罠というのは手榴弾にワイヤーを繋いだものを幾つか用意して通路を塞いだものだ。

しかしその罠は実は囮で、本命は手榴弾のトリガーワイヤーをレーザー測定器で見張る事で敵の接近を知る為の仕掛けだった。

ワイヤーを切断すればもちろんのこと、触れただけでも測定器は反応する。

電波が出ている訳でもないし、遠くから飛んで来ている可視光ではないレーザー光を目視で見つけるのは不可能だ。

最初からそれを想定した装備を持っていれば別だろうが、総一達は本来この建物には無い筈の道具を使っている。

流石に敵にはそこまでの備えは無いようだった。


「咲実ちゃん、コントローラーのファンクションの1を押しながらAのトリガーを引いて」

 

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「あ、は、はいっ!」


咲実は『エース』が事前にこの建物に施した仕掛けの操作を担当している。

今文香が指示した操作は、彼女が以前に戦いで不意打ちに使ったものと同じだ。

このスイッチを入れると6階の監視カメラに割り込んで、ループする偽映像を流す事が出来る。

敵は監視カメラの映像で総一達の様子を見張っている筈だ。

だからどうしても見られたくない行動をする時や、今回のように本格的な戦いが始まる時には目潰しをしておく必要があった。

これまではカメラの映像が総一達を守ってくれていたが、敵がルールの枠の中に入ってきたおかげでカメラは敵へ情報を流す役割しか果たさない。

身を守る為にはこういった細工は必要だった。

咲実は家庭用のゲーム機の銃型のコントローラーにも見える、建物の仕掛けのコントローラーを慎重に操作する。

するとその動作状況を伝えるインジケーターがチカチカと点滅する。


「入れました」

「これで何分間かは時間が稼げるわ。 咲実ちゃん、LEDが赤になったら今度はファンクション1でトリガーはB」

「分かりました」


ファンクション1でトリガーがBの操作だと、周辺の監視カメラがシャットダウンする。

コントローラーのインジケーターのLEDが赤に変わるのは、カメラの制御が取り戻されそうになっている事を意味する警告だ。

その場合は制御を奪われる前に先手を打ってシャットダウンする事になる。

そうすれば制御を取り上げられたとしてもシステムの再起動が必要になり、更に何分か時間が稼げるのだ。


「咲実ちゃんがシャットダウンしたら連絡をお願いね、渚さん」

 

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「うん~、分かった~!」


渚は小型の無線機を握り締めてこっくりと頷く。

それは文香が耳に漬けているものに直通のデジタル通信機だった。


「あとは総一君、君とあたしの頑張り次第よ」

「わ、分かりました」

「慣れないとは思うけど、冷静に敵の動きを見て無駄弾は撃たないように。 あたしを攻撃しようとするヤツをターゲットに指定してくれるだけで構わないから」

「はい」


総一の担当は先制攻撃と牽制だった。

といっても実際に銃を持って攻撃する訳ではない。

総一が担当するのは事前に『エース』が細工して乗っ取った建物の防衛装置や、先程文香と仕掛けてきた自動兵器のい操作だった。

文香達『エース』が乗っ取っているのは監視装置だけではない。

それほど数は多くはないものの、建物内の装置もいくつか管理下に置いている。

今総一達がいる部屋のあたりだと『スタングレネード投射装置』と『緊急閉鎖システム』の2点が利用できる。

前者は壁が開いてそこから相手を気絶させる爆弾を射出する兵器。

後者は防火壁をコントロールするものだが、PDAのソフトウェアによるものよりも高度な操作が可能になる。

どちらも今の総一達には有り難いものだった。

それらに加え、先程文香が組み立てた自動攻撃装置付きのマシンガンなども設置されている。

総一の担当はそういった攻撃装置のコントロール

この部屋から小型のパソコンやコントローラーを使って装置を遠隔操作し、敵を牽制するのだ。

 

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「文香さん、頑張ってね」

「ありがとう優希ちゃん。 優希ちゃんは見つからないように隠れてるのよ?」


優希は文香が武器や防具を身に着けるのを手伝っていた。

文香の担当はオフェンス。

唯一の戦闘要員である彼女は総一達のバックアップを受けて前に出るのだ。


「わたしも何かやった方が良くないかなぁ?」


優希には仕事が割り当てられていない。

その事が少しだけ気になっている優希だった。


「わたしだけ守られてるだけじゃ、なんか悪い気がする」

「そんな事はないぞ優希。 敵の目的は優希なんだから、隠れるのも立派な仕事だ。 俺達がいくら頑張っても優希が捕まっちまえば元も子も無いんだ」

「うん・・・」


総一の言葉にも優希の表情は晴れない。

そこで総一は少し考える。


「よし、優希。 そしたら優希にも任務を与える」

「ほんと!?」

「これで麗佳さん達を守ってて。 それと苦しそうだったら看病」

「分かった!」


優希は総一から1丁の拳銃を受け取ると、嬉しそうに意識の無い麗佳達の方へと走っていく。


「敵が来たら隠れるのだけは忘れるなよ!?」

「うん! だいじょぶ!」


そして優希は救急箱を引っ張り出して麗佳の枕元に座り込んだ。


「・・・良いんですか? 優希ちゃんに銃なんて持たせて」


咲実の表情は総一を暗に非難していた。

そんな咲実に苦笑すると、総一は片目を閉じてみせる。


「・・・実はあの銃、弾入ってないんだ」


そして優希に聞こえないようにそっと囁く。


「そうでしたか」


すると咲実はホッとしたように笑い始めた。


「よしっ」


そんな時、文香が準備を終えた。

防弾チョッキや武器、その他のツール類を身に着けた文香。

彼女は最後に大型のマシンガンをその手にとった。


「それじゃ行ってくるわね。 ・・・あたし達がチームを組むのは初めてだけど、役割を忘れずに落ち着いて頑張りましょ?」


総一は武器や装置の操作。

咲実は敵の監視と総一の手伝い。

渚は通信と優希を守る。

文香は直接攻撃を仕掛ける。

素人ばかりの即席チームだったが、それを言い訳には出来ない。

敵は彼らの都合など気にしない。

むしろ歓迎する事だろう。

だからこそ、それぞれに最善を尽くさなければならないのだ。


「頑張ります」

「任せて文香さん~~」


頷く咲実と渚。

2人の横顔には迷いや恐怖は感じられない。

総一がちらりと視線を移すと、優希は意識の無い3人を甲斐甲斐しく世話していた。

そして最も危険な場所へ赴く文香は、落ち着いた様子で微笑んでいる。


「・・・はい」


そんな仲間達を見て、総一も頷く。


―――今度こそ守り切る。


みんなの為に。

そして俺自身の為に。

みんなで生きて帰るんだ・・・!

仲間と共に生きようという決意は、不思議と恐怖からくる手の震えを止めてくれるのだった。

 

・・・。


エクストラゲームが発動した時点で生存者は11名。

発動時点で意識が無い者は不参加となるので、参加者は8名。

だからエクストラゲームで送り込まれてくる敵の数は同数の8名となる。

総一達は通路に姿を現すのはその8人だと考えていた。

しかし総一が見守る監視装置の映像に最初に姿を見せたのは彼らではなかった。


「文香さん、先頭にいるのはロボットです! 連中はその15メートルぐらい後ろをついてきています!」


総一は見たとおりの事を無線で文香に報告する。

総一は通信機を右耳に着けている。

文香が身に着けているのと同じものだった。

 

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総一の見ているモニターには見覚えのある小型のロボットが映っていた。

それは4階で総一達を襲ったものと同じものだった。

ただし今回はあの時のように1台だけではなく、4台のロボットが編隊を組んで通路を前進していた。


「数は4台。 そのままだと1分ほどでロボットが文香さんの所からも見えるようになると思います」


文香は男達の進行方向の先に身を潜めている。

このまま何もしなければ、すぐに彼女は敵と遭遇する事となる。


『・・・今度の連中は手強いわね・・・』


無線の向こうで文香が黙考する気配が伝わってくる。

その間にも画面の中ではロボットと男達が移動を続けていた。

男達はロボットを囮に使うつもりなのだ。


「予定通りに先頭を攻撃しますか?」


もう何秒かするとロボットがスタングレネードの射程に入る。

元々それで先制攻撃を仕掛ける手筈だったのだ。


『待って総一君。 ロボットはあたしの方で何とかするから、総一君はロボットを無視して後ろの連中を狙って。 ロボットにはスタングレネードの効果は期待できないから』


無線から聞こえてきたその声で、総一はグレネードの操作パネルから1度手を離した。


「わ、分かりました」


―――やっぱり人間を攻撃しなきゃいけないんだな・・・。


そんな総一の迷いを感じ取ったのか、通信機のレシーバーから文香の気遣うような声が流れ出る。


『落ち着いて総一君。 その武器では誰も傷ついたりしない。 酷くても明日いっぱい頭痛がするぐらいだわ。 あたしが保証する。 訓練で何回も食らった事があるもの』


戦闘において最も重要な事は、戦場で標的に向かって撃てるかという事だった。

自転車と同じで1度やれるようになれば2度目は問題ない。

重要なのは最初の1発だった。

実際の過去の戦争でも、大半の兵士が初戦では敵を撃つ事が出来なかった。

正確には敵がいる方向に銃を向けて引き金を引く事は出来ても、弾が当たるように狙いを付けて撃つ事ができないという事だ。

やはり戦争であっても殺人への抵抗感は根強かった。

近代化に伴う精神科学分野の発達により、最近の兵士は最初から撃てる傾向は強くなってきているものの、根本的な問題は今も変わっていない。

だから文香は総一のこの反応を当然のことと考えている。

彼女自身だってかつてはそうだったのだ。

それに総一の場合は何の訓練もしていない一般人でもある。

いきなり撃てと言われても、はいそうですかとはいかないのが普通だ。


「だ、大丈夫ですよ文香さん。 やれます!」


―――しっかりしろ。


俺が撃たなきゃ文香さんが死ぬ。

誰も死なない武器ぐらい、初めてでもちゃんと使ってみせろ御剣総一!

しかし幸いな事に総一は今の状況をきちんと把握していた。

それは先程咲実に現実を直視させられていたからだろう。

そこに自分に都合の良い勝手な解釈や言い訳は含まれなかった。


――ッッ


総一は両手で自分の頬を叩くと気合いを入れなおした。


「御剣さん、ロボットが」


そんな時、カメラの前を1代目のロボットが通過する。


―――おっと、いけない。


「文香さん、カメラの前をロボットが通過。 すぐにそっちでも見える筈です!」

『分かった。 こちらで目視したら始めるわよ。 あたしの合図で攻撃して』

「分かりました!」


総一の返事と同時に2台目のロボットがカメラの前を通過する。

そして3台目と4台目も続く。

男達の姿もいぐんぐん近づいて来ている。


『こっちでもロボットが見えたわ!』


その声と同時に総一はグレネードの操作パネルに手を伸ばした。


『2台目も来たわ。 ・・・3台目、・・・4台目! 始めるわよ総一君!』

「はいっ!」


そして総一はパネルのボタンを押し込んだ。

 

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―――!!!


文香の銃撃と総一のスタングレネードの攻撃はほぼ同時に行われた。

このため文香の射撃の音はグレネードの炸裂する音にかき消され、その周辺はただグレネードの作る轟音と震動に満たされた。

文香のサブマシンガンが吐き出した銃弾は通路の角で方向転換中のロボット達に襲いかかった。

元々動きが鈍いロボット達はそれをまともに浴びてスクラップとなった。

その直後にグレネードの閃光が通路を満たした。

文香はその光が消え去るよりも早く、ロボットの残骸のある通路の角へと走っていった。


・・・。

 

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「やっぱりそう上手くはいかないか!」


文香が角から先をうかがった時、確かにそこでは『組織』の兵達の大半がスタングレネードの影響で動きを止めていた。

しかし2人が既に立ち上がりかけていた。


――!!!


文香は通路の角に隠れたまま、近い方の1人に狙いを定めサブマシンガンを連射する。


「ぐあっ」


グレネードの影響で攻撃に気付かなかった彼はそれで動かなくなった。

しかしその時の文香に気付いてもう1人が行動を起こした。

その男は何故か文香に向かって攻撃をしようとしなかった。

彼はすぐ傍で倒れている仲間に取りつくと、仲間が握っている黒い小さな箱を取り上げた。

そしてそれを文香の方へ向ける。

しかしそれは攻撃のようには見えない。


―――何かする気だわ!!


だが嫌な予感がした文香は咄嗟に銃を引き射撃姿勢を解いた。

それと同時に男の指が黒い小さな箱に付いたスイッチを押し込む。

だがやはりそれは文香への攻撃ではなく、男からは攻撃らしい攻撃はやって来なかった。

しかし文香はこの時、男がニヤッと笑うのを見た。


「そうかッ! しまったっ!!」


その嫌な笑顔で男が何をしたのかを悟った文香は全力で通路を戻っていった。

そしてその全力疾走の勢いを殺す事無く思い切りジャンプすると、頭を守るようにして床に身体を投げ出した。

 

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――!!!!

ロボットの残骸が爆発したのは、丁度その時の事だった。

ロボットには2つの役目があった。

1つは兵隊よりも先に行かせて囮に使う為。

罠があればロボットがかかるだろうし、敵がいるなら代わりに攻撃したりされたりしてくれる。

無人兵器ならではの使い方だった。

そしてもう1つ。

それは敵の近くまで爆発物を運ぶという役目だった。

ロボットの車体の下、車輪と車輪の間にその爆薬は取り付けられている。

こうしておけばロボットがやられたとしても、その後に兵達を攻撃しようとのこのこロボットのあたりまで近付いてきた敵を吹き飛ばす事が出来る。

これもまた、無人兵器ならではの使い方だった。

流石に人間で同じ事はできない。

 

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「あいたたたぁ」


文香にとって幸運だったのは爆発したのが4つの爆薬全てではなかったという事だろう。

文香の攻撃によりアンテナや起爆装置を破損したものがあり、爆発したのは半数の2つだけだったのだ。

加えて『組織』の兵達自身を傷付けないように、元々爆薬の威力は加減されている。

そのおかげで文香は危うい所で難を逃れていた。


『文香さん、答えてください文香さんっ!! 無事ですか!?』

「だ、大丈夫。 生きてるわ」


―――やられた。


やっぱり一筋縄ではいかないわ!

文香は総一に返事をしながら、爆発の衝撃で痛む身体を無理やり引き起こした。

すぐにも爆薬を起爆した男がとどめを刺しにくる。

寝ている暇などないのだ。


「総一君、もう1度グレネード! それとあたしと奴らの間で隔壁を下ろして!」

『はいっ!』


――!!!


文香が立ち上がった時、再び通路は閃光と轟音に満たされる。

その場所は文香の背後、通路の角を折れた先だ。

2度目の総一の攻撃だった。


――ッッ

 

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しかしそれはすぐに隔壁によって遮られる。


「甘かった・・・。 アマチュアはあたしの方ね・・・」


―――思った以上に奴らはここでの戦い方を知り尽くしてる・・・!


危うい所で難を逃れたものの、文香は自分の予測がなお甘かった事を痛感していた。


『文香さん、今監視カメラをシャットダウンしました! 向こうはこの建物の装置の制御を取り戻しつつあるようです!』

「参ったわね・・・。 踏んだり蹴ったりだわ」


壁に手をついた文香は頭をぶるっと振った。


―――左の足首と左肩、それと頭が痛む。


足は挫いただけ、この感じだと肩は破片でも刺さってるのかしら。

頭は・・・、爆発の衝撃だけだと良いけど・・・。


「すぐにそこから逃げなさい総一君!」

『でも!』

「攻撃は失敗よ! 1人しか倒せなかった!」


戦いは長引けば長引くほど不利だ。

素人だらけの総一達では、プロを長時間相手にするのは無理だ。

だからこそ文香としてはこの攻撃で決着をつけたいと考えていたのだ。

しかし結果はこの通り。

1人しか倒す事が出来ず、逆に文香は傷を負った。


「あたしがやられた時の事は言ってあるでしょう!? その通りになさいっ!」

『文香さん、待って!』

「何とかみんなで逃げ切るのよ、総一君! あたしが何人か道連れにするから!」

『文香さんっ!!』


総一の声はまだ続いていたが、文香は強引に通信を切った。

そして彼女は怪我した身体を引きずって歩き始める。

『組織』の兵達がこれからどうするのかは分かり切っていた。

だから文香はそこに先回りして、再び攻撃を仕掛けるつもりでいた。

だが文香は怪我を負っているうえ、総一達のバックアップもない。

それがどういう結果をもたらすのかは彼女にも良く分かっていた。

だがこのまま総一達の所へ逃げ帰る訳にもいかないし、そもそもこの怪我の状態で敵よりも早く帰れるかどうかも怪しい。

文香にはこうする他は無かったのだ。

しかし文香には恐怖は無い。

文香の所属する『エース』の仲間達は、何人も彼女と同じようにここで命を落としている。

最初から生きて帰る保証が殆ど無い事を覚悟してやって来たのだ。


「結局、ヒーローには成り切れないのよね、あたし達は・・・」


文香はそれが『エース』の宿命なのだろうと感じていた。


・・・。


「文香さんっ、文香さんっ! くそっ!」


総一は焦った様子で通信機を頭から外した。

文香からの通信は途切れてしまっていた。

監視カメラの映像も途切れており、文香の姿は見えなかった。


「お兄ちゃん、文香さんはどうなったの?!」

「1人は倒したけど攻撃は失敗、文香さんは怪我をしたらしい! それでそのまま文香さんは俺達が逃げる時間稼ぎをするつもりだ!」


総一は優希の方を振り返ってそう言った。

するとすぐに優希が駆け寄ってくる。

咲実や渚も同様だった。

 

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「でも御剣さん、それじゃあ文香さんは・・・!?」

「ああっ! 文香さんは相打ち覚悟だった! 事前の取り決めに従って逃げろって言われた!」


6階には物理的に監視装置や攻撃装置を全て取り除いた部屋がある。

ダミー情報が流してあるので、そこに隠れればかなりの時間を稼げるだろうとの事だった。

万一の時はそこに逃げ込む手筈になっていた。

 

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「どうするの~、総一君~~」

「どうもこうもないでしょう!」


総一は慌てて拳銃やらライフルといった装備を身につけ始める。


「俺は文香さんを助けに行って来る! みんなは手筈通りに例の部屋へ!」

「危険だよ~、総一君~」

「危険でもなんでも、今さらあの人だけ置いていける訳ないでしょう!? みんなで帰るって約束したじゃないですか! 誰も欠けずに帰るって!」


総一の意志は固い。

そしてだからこそ総一は咲実の説得にも応じた。

総一の取るべき道は1つだった。


「御剣さん、私も手伝います」


咲実も武器や防弾チョッキの準備を始める。

彼女が総一を説得した時の言葉はでまかせではない。


「頼むよ咲実さん」


それが分かっているから総一は咲実を止めようとはしない。

そして逆に、そう言ってくれる彼女の事が嬉しくもあった。


「渚さん、優希をお願いします。 2人で例の部屋へ行っていて下さい」

「お兄ちゃん! わたしも行くよ!」

「駄目だ優希。 優希は隠れるのも仕事だって言っただろう?」

「でも・・・」

「私と御剣さんで必ず文香さんを連れて帰ります。 だから優希ちゃんは例の場所で待っていて下さい」

「約束できる?」

「ああ。 俺が約束を破る男に見えるか?」

「・・・見えない」


優希は不安そうだったが、渋々といった雰囲気で首を縦に振る。


―――ごめんな優希。


今度ばっかりは約束は守れないと思う・・・。

総一は現実が良く分かっている。

だから優希と約束を交わしながらも、内心で詫びていた。


「行くのね、総一くん」


準備を終えた総一に、渚がいつになく静かな声で話しかける。


「はい。 また後で会いましょう、渚さん」


総一は頷くと彼女に笑い掛ける。


「行こう咲実さん、時間が無い」


そして間髪入れずに部屋の出口へと向かう。


「はいっ!」


咲実もすぐにその後を追う。


「総一くん! 1つだけ教えてほしいの!」

「なんです?」


渚の声に、総一はドアに手をかけた状態で振り返った。


「もし・・・、もし総一くんが『組織』の回し者だったとして・・・それなのに文香さんを、みんなを助けたいと感じていたら、総一くんならどうする?」


それは奇妙な質問だった。

しかし急いでいた総一はそれを深くは考えず、素直に答えを口にした。


「俺はもう約束をしてるんですよ、渚さん。 みんなで生きて帰るって。 だから例え俺が何者であっても、やる事は今と変わらないでしょう」

「そっか・・・。 そうよね・・・。 そういう約束、なんだもんね・・・。 ありがとう総一くん。 よく分かったわ」


総一の答えを聞くと、渚はその両目からポロポロと涙をこぼし始める。

その涙はどんどん量が増え、やがて長い筋となって彼女の頬を伝う。


「じゃあ行きます。 後は頼みます、渚さん。 行くよ、咲実さん」

「はいっ」


そして総一はドアノブを回し、ドアを押し開ける。


「待って総一くん! もっと良い方法があるわ。 みんなで生きて帰る為の方法が!」

「えっ?」


その声に、総一は再び動きを止めた。

 

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「やっと来たのよ、私の運命の時が。 私はこの為に、ここに居たんだわ・・・」


渚はそう言いながら軽くうつむいて涙を拭った。


「渚さん・・・?」


そんな渚の姿に総一は戸惑っていた。

隣にいた咲実も同様だ。


「大丈夫よ、みんな。 私がみんなを勝たせてあげる。 絶対に!」


渚が再び顔を上げた時、彼女の瞳には強い決意の光が漲っていた。

そしてその光は、彼女自身が見出した希望でもあるのだった。

 

・・・。

 

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通路の先に『組織』の兵士7人が姿を現した時、文香は自分の最後の時を悟った。

敵は7人。

文香は1人。

仕掛けの制御は『組織』に取り返され、総一達のバックアップも受けられない。

その上怪我まで負っている。

文香にも勝負にならないのは分かっていた。

しかし何もせずこのまま行かせては、総一達が皆殺しにされる。

少しでも敵を減らす。

少しでも時間を稼ぐ。

それが今の彼女の目的だった。

男達は文香を見つけると熟練を伺わせる隊列を崩す事無く距離を詰め始める。

文香が1人だからといって、怪我をしているからといって、行動に変化はない。

彼らは純然たるシステムとして文香を殲滅しようとしている。

そこには隙など全くなかった。

文香は壁に寄りかかったままサブマシンガンを構える。


―――総一君達、ちゃんと逃げたかしら・・・。


ほんの一瞬後に銃撃戦が始まるという時だったが、彼女が考えていたのは自分の事ではなく年若い仲間達の事だった。

だがここで思いがけない事が起こった。


――ッッ


文香の目の前で隔壁がゆっくりと下り始める。


「文香さんっ! 下がって!!」


そして背後から総一の声。

それとほぼ同時に銃撃が始まった。

しかしそれは文香が思っていたように前にいる男達からではなく、背後、つまりは総一の居る方向からだった。


――!!!


銃弾が文香を追い越して前に飛んでいく。

その銃撃は男達を狙ったものだった。

だが銃弾は攻撃に気付いて散開していた男達には命中しない。


――!!!


とはいえ命中しないまでも、その連続した射撃は男達を物陰に押し込め一時的にだがそこに釘付けにした。


「文香さん、立って! あいつらが立て直す前に逃げますよ!」


振り返った文香の目に、総一と咲実の姿が飛び込んでくる。

 

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「えっ!?」


文香は驚いて目を剥いた。

しかしこの時彼女が驚いたのは総一達が来た事にではなかった。


――!!!

 

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文香を何よりも驚かせたのは、大型のライフルを慣れた手つきで扱う渚の姿だった。


――!!!


渚の放った銃弾は的確に撒き散らされ、反撃しようとする男達を何度となく遮蔽物の向こうに押し戻していく。


「なっ、渚さんが!? どういう事なの!?」


それはどう見ても素人の手腕ではない。

普段の渚のイメージとはあまりにかけ離れた姿だった。


「文香さん、話は後で!」


――!!


総一の言葉と同時に男達からの反撃がやってきた。

渚の隙を突き、男の1人が発砲したのだ。


「うわっ」


その銃弾は総一の頬をかすめて飛んでいく。

ほんの僅かでもずれていれば総一の頭には大きな穴があいていた事だろう。

 

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「総一くん、姿勢を下げて!」

「は、はいっ!」


――!!!


驚く暇もなく総一が頭を下げると、すぐさま渚が攻撃してきた男のあたりを銃弾で薙ぎ払う。


「うわあッ」


すると銃弾は男の腕に命中し、その手が握っていた拳銃を弾き飛ばした。


「弾が残り少ないわ! 早くこっちへ!」


射撃しながら渚が叫ぶ。

それを聞いた総一は下げていた姿勢を上げる。


「行きましょう、文香さん!」

「ええ!」


総一と咲実は文香を連れてやってきた通路を戻っていく。

その間も渚は器用にライフルを操って相手の動きを封じ続ける。


「うまくいったわ!」


――ッッ

 

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総一達が渚のところまでやってきた時、はじめに渚が居たあたりで動いていた隔壁が床まで下りた。

渚によって足止めを受けた男達は分厚い鋼鉄の隔壁の向こう側に取り残された。

ゆっくり動く分だけ強固なその隔壁は、爆薬などで突破される恐れはない。

化学火災用の隔壁なのだ。

おかげでさしあたっての危機は回避されていた。


「さ、咲実さん、文香さん、無事?」

 

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「私は大丈夫です。 文香さんは?」

「あたしは最初からの怪我だけよ。 新しい怪我はしてないわ」


総一と咲実の息は荒い。

慣れない銃撃戦の中で走り回ったのだから無理もない。

あべこべに助けられた文香の方が余裕があった。


「逃げろって言ったでしょうに」

「すみません、全会一致で助けに来ちゃいました」

「・・・みんな馬鹿なんだから。 死んじゃったらどうするのよ」


文香は口ではそうやって文句を言っていたが、その表情はどことなく嬉しそうだった。


「ふぅ」


小さく溜め息をついた渚は弾を撃ち尽くしたライフルを投げ捨て、安堵して笑顔が見え始めた総一達に近付いていく。

 

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「みんな、これで一安心なんだけど、カジノのコントロールルームからならあの隔壁はすぐに開けられるの。 ぐずぐずしていないで優希ちゃん達の所へ戻りましょ?」

「そうね。 それがいいわ」


渚の提案に文香はすぐに頷いた。

文香には疑問は多かったが、それを解決している余裕がない事は文香にも十分に分かっていたのだ。


「みんなこっちへ。 案内するわ!」


そして総一達は渚に先導されて通路を移動し始めた。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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渚が総一達を案内したのは、地図にも載っていない不思議な通路の先にある部屋だった。


―――中央制御室?


総一が扉に書かれている文字を読んだ時、先頭の渚がその扉を開けた。


「こっちよ総一くん。 奥に医務室もあるから、麗佳ちゃん達はそこへ連れて行ってあげて」


部屋の中から渚が呼ぶ。

総一は意識の無い麗佳を背負って部屋の中に入っていく。


・・・。

 

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―――なんだ、この部屋は・・。


その部屋は奇妙な部屋だった。

埃だらけだった建物とは違い、清潔で手入れの行き届いた部屋。

壁には大きなモニターが幾つも並んでおり、1台の大型のワークステーションと、それと繋がるいくつかの端末が置かれていた。

そのどれもが稼働中で、小さな冷却用のファンの音が部屋を満たしていた。


―――これ、この建物の映像なのか?


モニターに映っていたのは見覚えのある通路や部屋。

そして歩きまわる武装した男達。

どうやらこのモニターには建物の監視カメラの映像が映し出されているらしい。


「お兄ちゃん、止まってないで入ってよ」

「おお、すまん」


思わず立ち止まっていた総一は慌てて部屋の中に入っていく。

すると総一の後からかりんを支えて歩く優希と、文香を支えて歩く咲実が続く。

 

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「変な部屋だね、総一」

「ああ」


部屋に入ったかりんは総一と同じような感想を持ったのか、困ったような様子でそう呟いた。

総一がちらりと振り返ると、彼女の手足に巻いた包帯に血が滲んで痛々しかった。

かりんは文香を救出した直後ぐらいに薬が切れて目を覚ました。

傷は痛むようだったが、彼女は自分の足で歩く事が出来た。

おかげで総一は葉月と麗佳を運ぶだけで済んでいた。


「そうだ、葉月さんも運ばなきゃいけないんだった」


それを思い出した総一は麗佳を背負い直して足早に部屋の奥へと向かう。

総一は彼女をそこにある医務室に連れて行ったあと、すぐに葉月を迎えに行くつもりだった。

葉月はこの部屋の少し手前にある階段の所に置き去りになっている。

流石にこの状況で意識の無い葉月と麗佳を同時に運ぶのは不可能だったのだ。


「渚さん、医務室は?」

「そこの扉を抜けて左側よ」

「分かりました」


総一は急いで扉をくぐり、医務室へと向かう。

時間はあまり無かったし、葉月をいつまでもそんな所で寝かせておきたくはなかったのだ。


―――しかし、ここは一体・・・?


総一はその疑問を呑み込んで、医務室へと入っていった。


・・・。


総一が葉月を医務室のベッドに寝かせて始めの部屋に戻ると、そこでは咲実達が総一の帰りを持っていた。

 

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「御苦労様です、御剣さん」


総一の姿を見ると真っ先に咲実が立ち上がる。

この時の彼女は最近総一だけに向けられるようになった特別の笑顔を浮かべていた。

咲実はそのまま総一に近付いて行く。

しかし最初に総一の傍までやって来たのは優希だった。

 

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「お兄ちゃん、重かったでしょ?」

「葉月さんはな」


総一は傍までやってきた優希の頭を撫でてやる。

すると彼女は満足そうに目を細めた。


「麗佳さんは?」

「それは秘密だ」

「あは、そうだね」


渚はそんな優希の姿を穏やかな瞳で見守っていた。

彼女は今も全員が無事である事が嬉しいようで、終始笑顔だった。

その横にはかりんの姿もある。

かりんは怪我の事もあって、端末の置かれているデスクの椅子に腰を下ろしていた。

総一達はここに来るまでの間に、彼女が薬を飲んで眠りについてからの経緯を話してあった。

この為かりんも今の状況はよく理解している。

 

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「・・・・・・」


そんな中、1人だけ難しい表情をしていたのは文香だった。

彼女はデスクの1つに寄りかかり両腕を組んで何事かを考え込んでいる。

彼女は総一が戻ってきたのを確認すると、視線を渚に向けて口を開いた。


「それで早速なんだけど、事情を説明してくれないかしら、渚さん」


―――どうしたんだ? 文香さんは・・・。


文香は厳しい表情を崩さない。

総一はそれが不思議だった。


―――そりゃあ、渚さんが強かったり、こんな場所を知っていたりしてびっくりしたけど、あんな風に敵でも見るようにする必要なんてあるのか・・・?

 

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「文香さんは、もう想像がついているんじゃないですか?」


渚は文香の厳しい視線にも穏やかな表情を崩さない。

そして穏やかな声で話し続ける。


―――でも渚さんも渚さんで様子が変なんだよな・・・。


あんなに落ち着いて、まるで別人みたいだけど・・・。

総一はその事も疑問に感じていた。


「ええ。 貴女、ゲームマスターなんでしょう?」

「はい」

「やっぱりそうなのね・・・」


総一の知らない単語が飛び出してくる。


ゲームマスター? 何ですかそれは?」

「総一くん、ゲームマスターっていうのは、一言でいえばこの『ゲーム』の管理人」


渚は笑顔を崩さなかった。

そして次の一言も、笑顔のままに口にした。


「つまりね、私は総一君達の敵。 『組織』の回し者なの」


渚が何事もなかったかのように口にしたその言葉。

その一言は、一瞬で部屋の空気を凍り付かせた。

 


「渚さんが敵の回し者!?」


総一はその告白がまるで信じられなかった。


「じょ、冗談でしょう!? だって渚さんが? 嘘ですよそんなの!」


総一の記憶の中にある渚は、いつだって呑気な笑顔と行動を繰り返していた。

いつだってのんびりとして優しげだった彼女。

そんな彼女が居てくれたからこそ、殺伐とした状況でもめげずに済んでいたのだ。


「でも、それが真実なのよ」

「ほ、本当なんですか渚さん? 私にはとても信じられません!」


咲実の表情も強張っている。

その声は悲鳴じみていた。


「本当よ。 信じてくれていたのは嬉しいけれど、そもそも疑われているようじゃ仕事にならないもの」

「仕事?」


再び総一の気になる言葉が現れる。


「仕事って何です?」

「私の仕事はね、総一くん」


そして渚は端末の1つを操作し始める。

すると建物内のどこかを映していたモニターの1つの映像が切り替わった。

切り替わった映像は、何故かコンピューターの端末の画面を映し出していた。


「今回の私の仕事は、参加者の様子を至近距離から撮影する事」


渚は真っ直ぐに総一を見た。

すると同時にモニターの映像が回転する。


「ば、馬鹿なっ!?」


コンピューターの端末が映っていた筈のモニター。

そこには総一の姿が大写しになっていた。


「この頭の飾りの所にカメラが、胸の飾りの所にマイクが仕込んであるの。 それで『ゲーム』の参加者の生の姿を至近距離から撮影するの」


渚が頭の飾りのあたりに手をかざすと、総一が映っている映像に大きく手が映し出される。

そのほっそりとした指は、間違いなく渚自身のものだった。


カチン


そして渚は頭の飾りに手を触れ、そこから小さなパーツを外した。

するとモニターの映像が消える。


「これが撮影用のカメラ。 小さいけど綺麗な映像が取れるのよ。 なんでもこれ1個で家が建つぐらいの値段なんだって」


渚は両手でそれを捧げ持ち、総一に近付いてくる。


「これが・・・」


渚が持っているのはマッチ箱よりも小さなカメラだった。

レンズ部分と本体は離れており、それを光ファイバーが接続している。

レンズはとても小さなもので、髪飾りに付ければ飾りの1つと見間違うだろう。

そして本体は髪の中、あるいは服の中に隠してしまえば誰にも分からない。

流石にこの証拠は決定的だった。

総一としても納得せざるを得ない。

綺堂渚という女性は、信じ難い事に『組織』の仲間なのだ。


「馬鹿な・・・」


―――この人が、俺達に殺し合いをさせようとした連中の、仲間、だって・・・?


頭では間違いないと分かっている。

しかしどうしても総一の感情が納得しない。

総一にとって、綺堂渚という人物はもう随分前から絶対に信じられる仲間の地位にあったのだ。


「だ、だったらどうして俺達を助けたんです!? 敵だっていうならどうして!? こんな事をしたって、何一つ貴女の得にはならないでしょうに!!」


総一は否定して欲しかったのだ。

敵の一味だというのは間違いだと。

そして渚は総一達の仲間なのだと言って欲しかった。


「実は私ね・・・昔、『ゲーム』で親友を殺したの。 あの子は私を信じきれず、私に銃を向けた。 だから私も彼女に銃を向けた。 どっちが先に撃ったのかも分からない。 気付いた時にはあの子は血まみれで倒れてた」


ずっと微笑んでいた渚。

彼女はここで初めてその笑顔を消した。


「それ以降は誰の事も信じられなかった。 信じていたのは誰だって裏切るんだって事。 だから誰が苦しんでも、誰が死んでも、何も感じなかった。 ゲームマスターになってからもそう。 初めて総一くん達と会った時だってそう思ってたの」

「そ、そんな・・・」


思わぬ渚の告白に、総一には言葉もなかった。

それは他の4人も同じで、彼女達も固唾を呑んで渚の言葉の続きを待っていた。


「でもね、総一くん達はそうじゃなかった。 あなた達は何があっても裏切らなかった。 誰も見捨てたりしなかった。 いつまでたっても私達のようにはならなかった」


そして彼女の表情は笑顔に戻った。


「だから総一くん達には死んで欲しくないなって思ったの。 みんなで帰って欲しいなって思った。 ただ、それだけなのよ」


―――あ・・・。


だが渚のその笑顔は、総一には泣いているように思えた。

涙なんて流れていない。

しかし総一にはどうしてもそれが泣き顔に見えるのだ。

そしてそれを泣き顔だと捉えた瞬間、脳裏に蘇る記憶があった。


『もし・・・、もし総一くんが"組織"の回し者だったとして・・・それなのに文香さんを、みんなを助けたいと感じていたら、総一くんならどうする?』


それは以前、渚が言った言葉だった。


―――そうか・・・、あれはそういう意味だったのか・・・。


そしてそれに対して総一がどう答えたのかも。

それに気付いた総一はようやく混乱から立ち直っていた。


「はぁぁぁぁ・・・」


ガリガリ


総一は頭を掻きながら大きく息を吐きだす。


「何を言い出したかと思えばもう・・・」


渚の想いを理解した総一は緊張を解き苦笑し始める。


「びっくりさせないでよ、渚さん」


そして総一は笑いながらデスクの1つに腰掛ける。

そんな総一の様子に全員の視線が彼に集まった。

中でも当の渚は特に戸惑っているようで、眉を寄せて不思議そうに首を傾げている。


「別に今から渚さんが敵になるとか、そういう話じゃないんでしょう? まったく・・・。 要するにこういう事ですよね? 昔は悪い事もしたけど、今は俺達の味方なんだって」

「ああ、なぁんだそっか~!」


すると暗かった優希の顔が一気に明るくなる。

優希は難しい話が続いて頭が混乱しつつあった事もあり、総一のその単純は説明を素直に受け入れた。

また大好きな総一の言葉でもあるから、優希としては疑う理由はなかった。


「渚ちゃんと喧嘩するなら困っちゃうけどさ。 別にこれまで通りで良いんでしょ、ねぇ、お兄ちゃん?」

「ふふっ、そうだよ優希」


総一は小さく笑いながら優希の頭を撫で続ける。


「何の事はない、たったそれだけの話なんだ」

「わたし、もったいぶるのは大人の悪いところだと思う」

「プッ」


総一は優希の物言いに思わず吹き出した。


「アッハッハッハッハッハ、そうだ優希、本当にそうさ! 俺達はなんて馬鹿なんだ! クックック、アーッハッハッハッハ!!」


総一の笑いは爆笑へと変わる。


―――そうさ。


俺達は何をやってるんだ。

俺が咲実さんに怒られた時もそう。

渚さんがこうして告白した時もそう。

どうしてこんなにもって回ったやり方をしているんだか。

話はもっと単純だろうに!!


「ったく、どうして仲良くしようの一言が言えないかな、俺達はさ!」


総一は額をおさえながら、やれやれといった様子で顔を伏せる。

そしてそれこそが、唯一無二の問題だった。


「御剣さん・・・」

「総一・・・」


そんな総一を見て、咲実とかりんは顔を見合わせて頷き合う。


「・・・渚さん、これからも仲良くしましょうね?」

「そうそう。 あたしとも仲良くしてね! あたし、渚さんの作るごはん好きだからさ!」


そうして2人とも笑顔を作る。

咲実とかりんも渚を信じる気になったのだ。


「・・・みんな、許してくれるの? 信じてくれるの?」


渚は目元に滲んでいた涙を拭う。

彼女は総一達の反応が信じられないといった様子だった。

しかしそう言って貰えた事も嬉しくて。

その2つの感情が混じり合い、彼女は微妙な表情を作り上げていた。


「信じるも何も、疑う理由なんてないでしょ」


これまでの渚の行動には何もおかしな所は無かった。

最初こそ敵意を持っていたそうだが、総一の記憶の中ではいつだって渚はちょっととぼけた可愛らしい女性だったのだ。


クックックック


だから総一は笑い続ける。

彼が時折顔をゆがませるのは、笑い過ぎでお腹が痛いから。

渚の事を疑っているからではない。


「はぁ~~。 みんな呑気ねぇ・・・」


文香も小さく笑い始める。

どうやら完全に気合いが抜けてしまったらしかった。


「でも、あたしもみんなの言う通りだと思うわ。 大人になるって嫌よねぇ・・・」


文香は頬に手を当てて溜め息をつく。

実のところ文香にもいくつか心当たりがあるのだ。

渚が総一達を見て発したいくつかの言葉。

そしてその時の態度。

それらは今の渚の言葉を裏付けている。


―――意地っ張りなんだな、文香さんは・・・。


文香の言葉は呆れ気味だ。

しかしそのどことなく優しげな横顔を見て、総一は彼女も渚を信じているのだろうと思った。


「みんな・・・」


渚の瞳に再び涙がにじむ。


「渚さん、あとは渚さん次第だよ。 渚さんは俺達とどうしたい?」


そこでようやく総一は笑いを収めた。

すると自然と全員の視線が渚に注がれる。

部屋はいつの間にか静寂に包まれていた。


「私は・・・」


渚は1度言葉を切り、両手を胸に当てて目を閉じる。

そしてじっくり何十秒か考えた後、再び口を開いた。


「仲良くしたい、な。 今までと、同じ、ように」


その遠慮がちな声は、静かな部屋に響き渡る。


「はい、大変良くできました!」


すると優希が大仰な仕草でウンウンと頷く。


「まあ、優希ちゃんったら・・・」

「エヘヘ」


そんな優希の姿に、部屋は再び笑い声に包まれる。

しかし1つだけさっきまでとは違う事があった。


「ふ、ふふ、あははははっ」


そこには渚の笑い声も混じっていたのだった。

 

・・・。


少し時間をおき、全員の感情が落ち着くのを見計らって文香が再び口を開いた。

 

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「渚さんの件はそれで良いとして、ここはどんな場所なの?」

「ええと~、ここは中央制御室といって~、ゲームマスターがこの建物を直接コントロールする為の場所なんです~。 だから監視装置とかも付けられていません~」


渚の口調はいつものそれに戻っていた。

しかし服装は少し変わっていた。

カメラとマイク、そして映像を中継するための通信装置を外した彼女は少し身軽になっていた。


「じゃあ渚さんなら操作出来るって事?」

「はい~。 先程、私に権限が回ってきた時にPDAからログインしておきましたので~、全部コントロールできます~」

「ちょっと待って、権限が回ってきたってどういう意味なの?」


疑問を感じた文香が質問する。

もちろん彼女だけでなく、総一もその部分が気になっていた。


「それはですね~、本来撮影係のサブマスターにはこの建物は不完全にしかコントロールできません。 例外はメインのゲームマスターが行動不能になった場合です。 その時点からサブマスターは撮影よりも『ゲーム』の管理が優先されるようになり、メインマスターのアクセル権限が継承されるんです~」

「つまり今は、一時的により上位の管理者に昇格したって事なのね?」

「はい~、そうです~」

「って事は渚さん、本来のゲームマスターに何かがあったって事だよね?」


かりんがそれを指摘する。


―――そうか、その筈だよな・・・。


総一はかりんのその指摘に思わずうなる。


「はい~。 怪我をしたか、それとも亡くなったか。 それで私がゲームマスターに昇格したんだと思います」

「それはいつの事なのかしら?」

「このエクストラゲームが始まってすぐぐらいです」

「でも何があったんだろう? 参加者に殺されるようなヘマはやらないだろうし・・・」

「それが総一くん~、さっきからゲームマスターの所在を探しているんだけど~、何でか見つからないんだ~。 多分~、センサーやカメラに映らない場所に居るんだと思う~」

「・・・う~ん・・・」


―――怪我でもしてそこで動けなくなってるとかだろうか?


「でも御剣さん、私達運が良かったんですね?」


考え込んだ総一に、それまで黙って聞いていた咲実が呼び掛ける。

総一が目を向けると、咲実はその続きを話し始めた。


「渚さんの権限が昇格してなかったら、私達は誰も助からなかったんですから」

「そういやそうだな・・・」


改めてそう言われると、総一は背筋が寒くなった。

文香を助けに行った時も、その後の敵の追跡を振り切るのにも、どちらも渚がこの建物を完全に掌握しているからこそ出来た事だった。

そうでなかった時の事を思うとあまり冷静ではいられない。


「でも『組織』を裏切ったのがばれたら、コントロール出来なくなるんじゃなくて?」

「だから裏切る前にあらかじめログインしておきました~。 こうすればシステムを全てシャットダウンしない限り、私のアクセスは有効です~」

「その辺の抜かりはない訳ね」

「でもそろそろ私の裏切りがばれて、向こうから手だししてくるのではないかと思います~。 今はそれに備えて、色々細工を、しているところです~」


説明しながらも渚の指がコントロールパネルの上を忙しそうに動き回っている。


「カジノにある制御室からのコントロールゲームマスターと同格の権限を持っているので、私が閉じたドアとかも簡単に開けられるんです~。 だから今は敵の部隊の侵入を防げていますけど~、いずれ彼らもここに入ってくる筈です~」

「どのくらい時間が稼げそう?」

「この中央制御室はシェルター構造になっていて隔壁を全部封鎖してしまえばロックを外されたとしても開けるのには時間がかかります。 多分15分か、長くて20分ってところだと思います」

「ギリギリね・・・」


文香は腕時計を見ながらそう呟く。

今の時間は9時を回ったところ。

最新の情報では『エース』の攻撃は9時30分に予定されている。

ボスの身柄の確保に数分かかるとすると、9時40分頃までは持ちこたえなければならない。


「文香さんって~、『エース』の方なんですよね~?」

「ええ、そうよ」

「やっぱり~。 ずっとそうなんじゃないかって思ってました~」


渚は隔壁を封鎖するコマンドを打ち込みながら小さく笑う。


「もしあなたがそれを報告してたら、あたし達の完敗だったと思うわ」

「って事は~、わたしはずいぶん早い時期に裏切ってたんですねぇ~」


渚は楽しそうに目尻を下げる。

すると彼女の笑顔はほんの少し大きくなった。


「おかげで勝ち目が出てきたわ」

「えっ・・・、もしかして攻撃があるんですか~?」

「そうよ。 何も問題がなければ30分から」

「そっか、それでギリギリって言ってたんですね・・・」

「待って、貴女それを知らないで裏切ったの? それじゃあ勝ち目なんて無いって分かったでしょう?」


渚の言葉の意味に気付き、文香は驚きに目を剥いた。


「だってしょうがないじゃないですか~。 総一くん達の事が大好きなんですから~」

「・・・それじゃあ仕方無いわね」

「はい~」


渚と文香は顔を見合わせて笑い合う。


・・・。


「・・・よし、シェルター内の隔壁の封鎖が完了。 文香さん、総一くん、奥に武器庫があるから戦いの準備をしてください~」

「分かったわ。 やっぱり敵は来るのね?」

「はい~。 まっすぐこっちに向かってます~。 ここへ来る時に閉じておいた通路の隔壁も次々開けられています~」


渚は次々とモニターの映像を切り替えながら総一と文香に向かって頷いてみせる。

モニターには隔壁を開けながら進む7人の兵士の姿が映っている。

まだ距離はあったが、彼らは着実に総一達へ近付いていた。


「分かりました。 ここはお願いします渚さん」

「うん~」

「手伝います」


総一の後に咲実が続く。


「わたしも!」

「優希はかりんや麗佳さん達を頼む」


優希も総一に続こうとしたが、総一は首を横に振った。


「あたしは大丈夫だよ」

「馬鹿。 包帯が真っ赤だぞ。 優規に替えて貰え。 優希、頼むぞ」

「わかった! いこ、かりんちゃん!」

「あ、うん」


優希はかりんを連れて総一達から離れていく。


「・・・あんまり時間はないわよ、総一君。 その先の時間は長そうだけど」

 

準備に使える時間は短い。

しかし身を守って戦わなければならない時間は長い。

わずか数十分という時間が、これほど問題になる事は珍しいだろう。

しかし泣き言を言っている暇はない。

今は戦う時なのだ。


「はい。 急ぎましょう」


そして総一達は武器庫へと踏み込んでいった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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総一が手にしている熱感知センサーは隔壁の向こうにある僅かな熱源を捉えていた。

それを確認した総一は頭に装着していた通信機のマイクに向かって囁く。


「文香さん、隔壁の向こう側に連中が来てるみたいです。 レーダーには反応してませんけど、音響と熱源のセンサーに反応があります」


今総一が居る場所は、中央制御室に一番近い所にある隔壁の前だった。

ここから先には総一達を守るものはない。

敵がここを突破すれば戦いが始まる事になる。

総一達はこの隔壁の外側に文香が持ち込んだセンサー類を配置していた。

この建物自体にも監視装置が備わっていたものの、『組織』側からの横槍でうまく情報が得られない状況にあった。

この状況で偽情報を掴まされては目も当てられない。

コンピューターを経由している情報は当てにできなかったのだ。

レーダーに関しては反応が無かった。

ジャミングされているのか、それとも彼らの着ているものが電波の吸収素材なのか。

ともかく対人用レーダーでは彼らの動きを捉えられなかった。

しかし他の2つ、音響センサーと熱源センサーは彼らの動きをとらえていた。

ただしその性質上、レーダーよりも近距離でなければ探知できないという欠点もあった。

だから総一が気付いた時には、敵はもうすぐそこまでやってきていたのだった。


「数は7、いや、6か? そちらのカメラはどうですか? 映ってます?」

『今確認したわ。 隔壁の外に6人』


最初は8人。

そこから文香が1人倒し、渚に撃たれた1人が戦線を離脱。

彼らは現在、6人で総一達を追っていた。


『渚さんが言うには、もうすぐその隔壁の閉鎖コードが破られるって。 爆薬の設置は済んでる? 終わってたらすぐに戻ってきて』

「今やってるところです」


文香と話しながらも、総一の作業は続いていた。

彼がここでやっていたのは爆薬を使った罠の設置作業。

といっても罠自体は文香が準備したので、総一はそれを壁に貼り付けてスイッチを入れるだけだ。

用意した罠は2つ。

総一は文香に返事をした後、2つ目の罠のスイッチを入れた。


「終わりました。 今からそちらへ戻ります」

『良かった。 何とか間に合ったわね』


無線のレシーバーからは文香の安堵の息が伝わってくる。

総一はそれを聞きながら通路を逆行して中央制御室へと向かっていく。

最後の隔壁から中央制御室までは少し距離がある。

長い直線通路、そして部屋が1つあり、その奥にある階段を降りた先が中央制御室だ。

総一が戻っていくと、通路や部屋に仕掛けられたいくつもの阻止装置の横を通り抜けていく事になる。

総一相手には沈黙しているそれらも、敵が侵入して来た時には牙を剥くだろう。

動く敵を自動的に攻撃する設置型のマシンガンや対人地雷をはじめ、かつて総一達を攻撃してきた事のあるロボットなども用意されている。

それらは全て中央制御室の武器庫にあったものだ。

もともとこの建物にはこういった攻撃装置が取り付けられている。

渚がボタンを押せばどの場所からも武器が顔を出し、敵を攻撃するだろう。

しかしそれらは建物のコンピューターを経由して制御されている為、センサー類と同じで信用ならないものだった。

だからコンピューターから独立した阻止装置が必要だったのだ。

ちなみにこの建物の管理システムは敵が最後の隔壁を開放した時点で物理的にシャットダウンする予定になっている。

結局、外からのおかしな横槍を阻止する為にはコンピューター自体を止めてしまうのが1番だ。

特に『組織』は後発のチームを出撃させた時点では渚の裏切りを想定していないから、電子装備は基本的にこの建物の機能に頼っている。

その意味でもシャットダウンは効果的な作戦と思われた。


―――だが、おかしな話だな、本当に。


阻止装置の数々を横目に走りながら、総一はそんな事を思う。


―――俺達がこんなものを使っているなんて信じられない。


まるで俺達が『ゲーム』を仕掛けてるみたいじゃないか・・・。

奇妙な事に、制御室を占拠して建物をコントロールしているのは総一達だった。

そして攻めてくるのは本来は制御室に居る筈の『組織』の連中。

それを待ち構えているのは元は総一達を攻撃する筈だった装置の数々。

 

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「何がどうして、こんな事になったんだか・・・」

『どうしたの総一君。 何か言った?』


レシーバーからは文香の声。

総一はそれに小さく苦笑を漏らした。


「いいえ、ただの独り言です。 それと、そろそろ着きます」


総一は制御室の手前の階段にさしかかっていた。


ブルルルルルルッ


その時、総一のポケットに入ったままになっていた携帯電話が振動する。

それは時間が来た事を告げるアラームだった。


『総一君、時間よ』


文香も同じ事に気付いたのだろう。

レシーバーからはそんな彼女の声が聞こえてくる。


「はい」


時間は夜の9時30分。

総一の携帯のアラームはそこで鳴るようになっていた。

それは以前文香が言っていた通りなら、『エース』が各地で攻撃を開始する筈の時間だ。


―――遂に始まるか・・・!!


総一は階段を駆け降りた勢いをそのままに制御室へと飛び込んでいく。

 

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「お帰り、お兄ちゃん!」

「御苦労様です、御剣さん」

 

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「総一くんっ、あいつらが隔壁を開けたよ!」


総一が部屋に入るなり、優希と咲実はねぎらいの言葉を、渚は切羽詰まった報告を投げかけてくる。

かりんは制御室には姿が無かった。

彼女は大分前に医務室へと移動している。

彼女は怪我人だったし、エクストラゲームの参加者ではない。

下手に手を出すと何が起こるのかは分からないのだ。

 

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「咲実ちゃん、防衛装置類を全て起動! 渚さんはコンピューターをシャットダウン! 総一君はあたしと一緒にここへ!」


渚の報告に反応して、すぐさま文香が早口で命令を伝える。


「は、はいっ!」

「わかった~!」


するとすぐさま咲実と渚は所定の作業へ移った。


「分かりました!」


総一も返事をすると部屋を横断して、壁寄りに築かれたバリケードを飛び越える。

そのバリケードは急ごしらえのものだったが、意外にしっかりとしたものだ。

これからの何分間かの間、総一達の命を守る最後の防壁だった。

文香はそこで総一を待っていた。

総一達はそこで敵を迎え撃つ事になる。

その総一を追うようにして、自分の作業を終えた咲実達もバリケードへとやってくる。


―――あとはただ、みんなで生きていれば良い。


それだけで良いんだ!

そうやって自分を鼓舞すると、総一は文香の差し出すライフルを受け取る。

みんなで生きている為には、今は戦わなければならないのだ。


総一達、『組織』、『エース』


誰にとっても最後となる戦いは、こうして幕を開けたのだった。


・・・。

 

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最初に作動した防衛装置は総一が設置した爆薬だった。


――!!!


敵の侵入に反応して、隔壁のすぐ内側で炸裂する。

 

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「フン、古典的な手だ」

「隊長、相手は大半が素人なんでしょ? 古典的な手を選んできただけ、評価を上げてやらないと」

「・・・確かにな」


侵入者である6人の兵達はまるっきりの無傷だった。

この攻撃を予測していた彼らは、手持ちの小型ロボットの1つを先行させた。

罠はロボットに反応して爆発、男達を傷付ける事は無かった。

男達は余裕の会話をしながら隔壁のハッチをくぐる。


「だが油断は禁物だ」

「そうですね。 その油断で2人もゲームオーバーですからね」


油断や隙の無い彼らだったものの、流石にゲームマスターの1人が裏切っているという事は想定外の事だった。

それにより2人の人員を失ってしまった。

実際には1人目は文香と『エース』の工作のせいで倒されたものだが、彼らはその両方をゲームマスターの裏切りによるものだと考えている。

更に別の侵入者がいるというよりは、その方が自然な考え方だった。


「俺達の前に送り込まれてたチームも、その裏切り者のせいで全滅したのかもしれませんね」

「ありうる話だな。 だがそうと分かっていれば負ける相手じゃない。 装備も経験もこちらが圧倒している」


それは油断でも傲慢でもない。

純然たる事実だ。

そして彼らはその事実を事実として認識するだけの冷静さも持ち合わせている。


「いくぞ! 『ゲーム』は始まったばかりだ!」


総一達の敵は、そういうレベルの相手なのだった。


・・・。


爆発の衝撃は中央制御室まで届いた。

総一達5人はバリケードの内側でその音を耳にした。

総一は遠くから響くその音に耳を傾けながら、じっと制御室の入り口の扉を見つめていた。

爆発の起こった場所はその先にあるのだ。


「やっつけたんでしょうか?」


ポツリと呟いた咲実の言葉に、文香はすぐに首を横に振る。

 

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「これで倒せるような相手ばかりなら、あたし達は大分前に奴らの『組織』を根こそぎ倒してたと思うわ」

「映画とかで言う所の、これが挨拶代わりだってヤツですか?」

「・・・挨拶にしかならないのがこちらの辛いところだわね、総一君」


文香は総一に向かって苦笑する。

 

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「みんな~、音響センサーが復活したよ~」


音響センサーは爆発の時の大きな音で許容量を超え、一時的に機能を凍結していた。

しばらくたった今になってようやくその機能が回復したのだ。


「・・・うん、やっぱりあの人達無事みたい~」


渚もそれを予想していたからか、いつもの調子を崩さずにそう告げる。

総一が彼女の手元を覗き込むと、確かにセンサーの画面には周期的に6つの光点が表示されていた。

その光点はゆっくりとだがセンサーのある場所から離れていく。

中央制御室へと向かっているのだ。


「そろそろスマートガンの感知範囲に入るよ~。 咲実ちゃん、監視カメラの視界に入らないかな~?」


スマートガンとは、光学センサーで敵を識別して自動的に攻撃する設置型のマシンガンだ。

これは本来建物の壁の中に設置してルール違反者を処罰する為に使われているものだが、今回は制御室の武器庫にあったそれを通路の途中に設置している。


「あっ、今姿が見えました! すぐに来ますよ!」


そしてスマートガンが設置しているあたりに、一緒に監視カメラもとりつけてあった。

咲実が見ている小型モニターはそこからの中継映像を映していた。

すぐにモニターの中央、通路の奥のあたりに見覚えのある6人の男達が姿を現した。

すると画面の下側、つまり通路の手前に置かれている2基のスマートガンが同時に銃口をそちらに向ける。

その首を振る時のタイミングの合った動きは餌をねだる水族館のペンギンのようで、ユーモラスですらあった。

しかし笑い事ではない。

その目的は近付いてくる男達を攻撃する事なのだ。


キィィィィィィィン


監視カメラに取り付けられているマイクがモーターの回転音を拾う。

スマートガンが男達の接近を感知して攻撃の準備を始めたのだ。

このモーターの回転音はスマートガンの装弾システムが発する音だった。


「ロボットの方も動き出したよ~」


モニターのスマートガンが映っているあたりに、新たに4台の機械が姿を現した。

小さな4輪駆道のボディに小型のマシンガンとロケット砲を備えた自動攻撃兵器。

総一達を攻撃した事もあるあのロボット兵器だった。

ロボットは固定式のスマートガンと比べると攻撃力は劣るものの、機動力がある上に背が低く、戦い難い相手だった。


「頑張ってるね~、ロボット君達~」


実の所、固定式のスマートガンはそのスペックを知っている『組織』の兵達にはあまり効果が無い。

設定された攻撃範囲の外側から狙撃されたり、手榴弾で攻撃されて終わるだろう。

スマートガンはどの場所にも埋め込まれているからこそ意味のある攻撃システムであって、1ヶ所にしかない現状ではあまり有効な攻撃手段とは言えない。

だからその欠点を補う為にロボットが配置されたのだった。

ロボットはスマートガンの攻撃範囲の中をちょろちょろと動き回り、敵を攻撃するように設定されている。

つまりスマートガンを攻撃する為に距離をとっても射程の長いロボットが攻撃し、そのロボットを倒そうと近付けばスマートガンの攻撃範囲に入らざるを得ない。

この場所ではロボットが小型である事と比較的射程の長いロケット砲を装備している事が役に立つのだ。

男達は距離を保ったままライフルでロボットを攻撃する。

しかしその距離ではロボットに対して決定打を与える事が出来ない。

すぐにそれを見てとった男達は、素早く後退していった。


「やった!」

「随分簡単に退いたわね・・・」


男達を撃退し、思わず喜びの声をあげる総一。

しかし横の文香は真面目な顔を崩さなかった。


「あれ、総一くん、文香さん、敵の数が増えたよ!?」


画面から姿を消した男達の様子を音響センサーで追っていた渚が驚きの声を上げる。


「なんですって!?」


文香が振り返ると、渚はモニターを文香が見易いように差し出した。


「本当だわ・・・」


総一が一緒になって画面を覗き込むと、そこには確かに先程の倍以上の光点が映し出されていた。

 

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「いちにいさん・・・、14個になってるねぇ?」


優希が総一の下から顔を出し、指折り光点を数えていく。


「どういう事かしら? 増援が来た? いえ、ルールがある以上、増援って事は無いはず・・・」


文香は男達の人数が増えて、力押ししてくる事を想像していた。

だがルール上そんな事はありえない。

文香は戸惑っていた。

しかしその文香の言葉を聞いて、総一の脳裏にはその疑問への答えが閃いていた。


「増援はルール違反・・・。 ・・・!! そうかっ、その手があったか!!」

「御剣さん?」


全員の視線が一斉に総一に集まる。


「あいつらロボットを使う気なんですよ! 俺達が使ってるのと同じ奴! ロボットが増援なら、ルールに違反しない!!」

「そうかっ、それであんなに簡単に退いていったのねっ!」


文香は総一の言葉を聞いて目を見張った。

そしてすぐにその意味を理解する。

ロボットを増援にして手数を増やす。

彼らの目的はそれだけではない。

総一達と同型のロボットを使えば、スマートガンの標的にはならない。

あとはロボット同士の戦いになる。

そうなれば数の多い方が勝つが、増えた光点が8つある以上、恐らくは・・・。


「あ、戻って来ました! えっ・・・、8台! ロボットは8台です!!」


監視カメラを見ていた咲実が悲鳴じみた声で報告する。

男達は8台のロボットを前面に押し立てて戻ってきたのだ。


―――やられた・・・。


やっぱりここでは向こうの方が1枚も2枚もうわ手か・・・。

総一は整然と進んでくるロボットと男達の映像を見た瞬間、この仕掛けが突破されると直感した。

そしてその直感は、すぐに現実のものとなるのだった。

ロボットとスマートガンが排除されてからは、彼らの動きは1度も止まらなかった。

8台あるロボットを文字通り使い捨てにして前進してきたのだ。

その後の地雷や火炎放射器をはじめとする攻撃も役に立たなかった訳ではない。

現に8台のロボットは殆どがスクラップとなり、男達にも多少の手傷を負わせていた。

しかし彼らの戦闘能力を奪うまでには至らず、6人揃っての前進は止められなかった。


「来たよ。 階段のすぐ上に居る。 攻撃の準備をしてるみたい」


こうなると流石の渚もいつもの雰囲気とは違っていた。

声は少し硬く緊張していて、いつもの間延びした声ではない。


「結局、何分もかからなかったわね」


文香のその言葉に、総一は携帯電話で時間を確認する。

時間はちょうど9時35分になったところ。

男達が隔壁を抜けてから5分とかかっていない計算になる。


「向こうではどうなってるんでしょうね・・・」


咲実の言う『向こう』とは、カジノ船を始めとする『組織』の拠点への攻撃の事だ。


「始まったって報告はあったけど、続報は無いわ。 あたし達と似たような事をしてるんじゃないかしら」


―――似たような事か・・・。


でも攻守は逆なんだろうな・・・。

総一はゴクリと唾を飲み込んだ。

『組織』は総一達を攻めていながら、同時に『エース』に攻められている。

本当に突入作戦が始まったというのなら、今頃向こうは大混乱の筈だった。


「それでも、あの人達は攻めてくるんでしょうか?」


カジノ船が攻撃されているなら、その報告はここを攻撃しようという兵士達にも伝わっている筈だ。

咲実にはそれでなお彼らが攻撃してくるとは思えなかったのだ。


「ボスが逃げ切ればどうとでもなるわ。 組織と拠点だけが『組織』の全てじゃないもの」


仮に人と拠点を失おうとも、資金源や人脈、政財界への脅しの材料等は依然健在だ。

彼らが本気になれば、国の1つや2つはかんたんに傾くのだ。

ボスや重要な地位を占める幹部を全て同時に押さえなければ『エース』に勝ちは回って来ない。


「それに相手はプロよ。 戦況を見て勝手に任務を放棄したりはしないわ」


兵にとって任務は絶対だ。

上から中止命令が出たならともかく、それを勝手に放棄してしまっては話にならない。

その性質上、どんな仕事よりも信用第一の仕事と言えるだろう。


「って事は、やっぱり俺達はここで撃ち合いをするって事ですね・・・」


銃を握る総一の手が微かに震える。

総一は何もかも分かっている。

そうするしか無いという事も、そうしなければ何を失うのかという事も。

しかしそれが分かっていても、自分が人を殺そうとしているのだという事はなかなか納得がいくものではない。

だからといって文香や渚だけにそれをやらせるのも間違いないのだ。

その事も総一は分かっている。

 

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「怖いですか? 御剣さん」


そして咲実も分かっている。

総一の怯えも、その意味も。

総一は仲間と自分の命を守る為に、他の誰かの命を犠牲にしようとしている。

正当防衛と言い繕う事は出来るだろうが、どんなに繕っても現実は動かない。

総一はその現実に苦しんでいるのだ。


「怖いさ。 みんなが死ぬのも、俺が死ぬのも、そして敵が死ぬのも。 ここへ奴らがやってくれば誰かが死ぬ」

「許せませんか? それに対して何もできない御自分が。 甘んじて誰かの死を見つめなければいけない事が」

「・・・ああ」


幼馴染の死。

拭いきれないそのイメージ。

今もなお、何かが出来た筈だと思わずにはいられない過去。

それが再び目の前で繰り返されようとしている。

理屈では仕方ないと分かっているし、納得もしている。

しかし感情はなかなかそれに従わない。

ずっと総一を悩ませてきただけに、簡単な事ではなかった。


「私は構いませんよ。 御剣さんが何百人殺しても。 世間から殺人鬼と罵られても。 そして御剣さん自身が、ご自分を罪人だと思っていても」


だから咲実は両手で総一の手を優しく包み込むと、同じぐらい優しげに微笑むのだ。

彼女はそれが、それだけが必要なのだと知っているから。


「私は今ここで悩んでいるあなたを知っています。 私と優希ちゃんを守ってくれたあなたを知っています。 そしてあなたが人を殺したという人間を赦せる事も知っています」


咲実のその言葉に渚が小さく微笑みを浮かべる。

それこそが、渚の見出した救いでもあったから。


「だから私は赦します。 たとえあなたが誰を殺しても。 あなたが守りたいものを守りきれなくても。 そしてあなたがあなた自身を赦せなくても」


咲実は知っている。

総一に必要なのは、彼を赦してやれる人間だという事を。

失敗したって構わないと、言ってやれる人間だという事を。


「そのくらいのズルは、したって構わないんですよ?」


そして咲実はもう1度微笑むと、総一の手を握る力をほんの少しだけ強めた。


「・・・咲実さんはさ、ズルいんだよね」


総一は咲実を見ながらポツリとそう呟く。


「俺にズルするなって言って自殺させてくれなかったのに、こんな時ばっかり赦すとか言い出すんだ」

「・・・理不尽は女の子の特権だと思います」


そして咲実は少しだけ笑顔に悪戯っぽい感情を混ぜ、僅かに首を傾げてみせる。


「俺の周りには昔からその特権を振りかざす奴が多いんだ」


するとようやく総一の顔にも笑顔が戻る。

小さくはあったが、確かにそれは笑顔だった。


「こういう時に、他の女性の話を持ち出すのはどうかと思いますけど」


咲実はさっきまで以上に悪戯っぽい表情を作る。

彼女は総一の和らいだ表情を見た事で安堵していた。

そしてそれだけに彼女の作る笑顔は華やかだった。

少し悪戯っぽい顔なのは形式的な抗議であるだけだ。


「悪い。 この手の話題には慣れてなくてさ」


そして総一は咲実の手を力強く握り返す。

この時にはもう、総一の手の震えは止まっていた。


「気を付けてくださいね、御剣さん。 さっき気が付いたんですけど、私って独占欲と嫉妬心が激しいみたいなんです。 あんまりデリカシーに欠ける事をすると、何をするか分かりませんよ?」


―――独占欲と嫉妬心、何をするか分からない、ねええ・・・。


その言葉に総一は苦笑する。


―――この子にそんな事が出来るもんか。


俺を赦すって言ってくれる子なんだから・・・。


咲実という少女は、今も総一の勇気を守り続けている。


「ああ。 気を付ける」


しかし心では反対の事を思っていても、口では同意する総一だった。

彼女が嫌いな訳ではないし、不快な思いをさせたい訳でもないから。

そんな時、優希がひょっこりと顔を出した。

彼女は右手の人差し指を総一に向けて左右に揺らしながら片目をつぶった。

 

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「お兄ちゃん、浮気ならわたしにすれば良いんだよ。 咲実お姉ちゃんはわたしには手出しできないもん」


そして彼女は自信満々にそう言い切った。


「・・・まあ」


咲実は1度目を丸くして驚いてから、とても楽しそうにクスクスと笑い始める。


「検討しとくよ、優希」

「うんっ!」


―――何とかやれそう、だな・・・?


総一は2人のおかげで何とか戦えそうな気分になっていた。


―――ありがとう、2人とも。


俺、やってみるよ。

だから総一はライフルを握り直しながら、心の中でそう呟くのだった。


・・・。


敵が待ち受けている封鎖された空間に突入していく場合、基本的に相手の目と耳を塞ぐ必要がある。

特に銃が主兵装の相手には目を使わせない事が重要だ。

それゆえ多くの場合、突入前に相手の居る場所の電源を落とす事になる。

しかし今回は突入する場所は中央制御室で、独立した電源を持っている。

電源を落とす事は不可能だ。

そこで攻撃側の取り得る方法は大きく分けて2つ。

煙幕や閃光弾といった視界を奪う武器を投げ込んでくるか、薬物を使用して無力化するかだ。

しかしながら優希の重要度からして薬物やスタングレネードといった、後遺症が懸念されるような攻撃は無い。

ここまで分かっていれば総一達にはそれを防ぐ事は簡単だった。


――ッッ

 

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ドアが開いた瞬間、凄まじい閃光が中央制御室に満ちた。


「やっぱり閃光弾で正解ッ!」


――!!!

 

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文香はそう叫びながら発砲する。

すると閃光弾と同時に部屋に侵入してきた男にあっさりと銃弾は命中した。


「うわぁっ!?」


男は入り口の所で倒れるが、すぐに傍にいた仲間によって部屋の外へと引っ張り出された。

文香はそれを狙撃しようとしたが、いかに色付きのゴーグルをかけていたとしても閃光弾が近過ぎて上手く狙えなかった。

そのおかげで初手で複数人を同時に倒すチャンスは失われてしまっていた。


「ちっ、・・・でもまあ、1人倒したので満足しておくべきかしらね」


文香は消えていく閃光を見守りながら、ずれていたゴーグルの位置を直した。

結局、閉鎖空間で煙幕を張ってしまうと空気の流れがなく、いつまでも周りが見渡せない。

そこで文香は閃光弾と読んだ。

結果は文香の読み通りで、上手い具合に敵の1人に怪我を負わせる事に成功していた。


「みんな、もう目を開けて大丈夫よ!」


文香は閃光が弱まった所で総一達に合図をする。


「渚さん、手榴弾投げて! あいつら入り口の外に固まってる筈だから!」


――!!!


そう言いながら文香は部屋の入口に向かって発砲する。

それで部屋の中を伺っていた敵の1人が顔を引っ込めた。


「了解ッ!」


総一達のいるバリケードから部屋の入り口までは十数メートルの距離がある。

渚の投げた手榴弾はその十数メートルを使って綺麗な弧を描き、大きく開いたドアの枠に飛び込んでいった。


――!!!!


その直後に爆発が起こった。

真っ赤な炎が総一達のいるバリケードからも見え、続けて爆風が部屋の中にも飛び込んでくる。


「うわっぷ」


――ッッ


爆風に飛ばされて、何かの金属の破片がバリケードに当たり大きな音を立てる。

それと同時に身を乗り出していた文香が慌ててバリケードの内側に逃げ込んできた。


「今は敵が突っ込んできそうだったから仕方ないけど、手榴弾はもう止めた方が良いわね。 こっちが火傷しそう」


爆風が収まった後、文香はそう言いつつ再びバリケードから顔を出す。

総一と渚もライフルを手にしてバリケードから入り口の方を覗き見た。


「・・・やったと思う?」

「それは希望的な観測だと思いますよ」

「私もそう思う。 外には隠れるところ結構あるし」


渚は部屋の外の構造を思い出しながら答える。

元々中央制御室は舞台裏の性質が強い。

そのためにメンテナンス用の通路や配管のたぐいが部屋のすぐ外を這い回っているのだ。


「そうだ、工事用の通路だ!!」


渚がそう叫んだ時の事だった。


――ッッ


全員の注意が入口に集まっていたその時、総一達のすぐ近く、バリケードの内側のあたりの天井が大きな音を立てて開いた。

そしてそこから1人の兵士が飛び降りてくる。

 

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「お兄ちゃんっ!」


最初にそれに気付いたのは後ろにいた優希だった。

彼女の居る場所からなら飛び降りてくる男の姿がちょうど視界の端にかかった。

だがこの時、総一は動く事が出来なかった。

何故なら正面からも敵が4人突入してきていたのだ。

中央制御室は一見難攻不落の要塞に見えるのだが、それはあくまで見た目だけの話だ。

実のところ、その反対に攻撃側が攻撃しやすい作りになっている。

メンテナンス用の通路が制御室の周辺に張り巡らされているのはその為でもあるのだ。

設計の段階からこの場所を要塞化するのはたやすかった。

だが『ゲーム』をあやつる悪役が潜んでいる場所なので、本当に攻略不能にしてしまうと演出上の問題になる。

何回か『ゲーム』が行われれば、1回ぐらいは参加者側に謎を解かせて、『ゲーム』の悪の親玉と対決するシチュエーションが欲しい。

その方がカジノの客達も喜ぶのだ。

要するに『ゲーム』のボスは勝てる相手にしておくべき、という事だ。

それはコンピューターゲームであろうと、この『ゲーム』であろうと事情は同じだ。

この事はゲームマスターの中でも知っているものは少ない。

渚が知らなかったのも無理のない話だ。

この事を知っている者は中央制御室ではなく、その1つ手前にある部屋で戦おうとする。

そこの方がかえって守りやすく、安全な作りなのだ。

だがもちろん攻撃する『組織』の兵士達はこの部屋が攻めやすいように作られている事を知っている。

結局のところ、何から何まで向こうの手の平の上だった、という事になるだろう。

男達はまず正面から突入するふりをした。

閃光弾を投げ込み、1度やられてみせる。

それで総一達の気が緩んだ所でメンテナンス用の通路を通って奇襲をかける。

そして2度の陽動で足並みが乱れた所で、本体が正面から突入する。

作戦は3段構え。

それは素人の多い総一達に対するには、不必要な程に慎重で油断のない攻撃だった。


――!!!


「きゃあぁぁっ!!」


天井から降りた男は真っ先に渚を銃撃した。

男達の持っている情報では、一番危険なのは裏切ったゲームマスターである彼女なのだ。

渚は発射された弾のうち2発を身体に受けた。

彼女は防弾チョッキを着てはいたものの、ライフルの口径が大きかった事から1発がチョッキを貫通して身体の中に食い込んだ。

もう1発は角度が良かった為にチョッキで防いだものの、その衝撃で肋骨を数本居られてしまっていた。

 

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「渚ちゃんっ!」


目の前で渚が倒れるのを目撃した優希が大きく悲鳴をあげる。

するとぎらついた男の目が優希を見た。


「優希ちゃんっ!!」


男の手が優希に伸びかけた所で、咲実の手が優希を引き寄せた。

おかげで男の手は空を切る。


――!!!


これと同時に総一の銃が正面の敵に向かって火を噴いた。

正面から来た男達は、先頭の1人が機動隊が使うような大きな盾を構え、残る3人が1人目の背後に隠れるようにして突っ込んできていた。

総一は先頭の男の盾がカバーしきれてない右半身を狙って引き金を絞った。

スタングレネードで敵を攻撃した経験と、背後にいる咲実と優希の存在がそうさせるのか、総一は抵抗感を感じつつもなんとか引き金を引く事が出来ていた。

もしここで総一が戸惑っていれば、この時点で決着はついていただろう。


―――う、うおぉ、ね、狙いが、さ、定められない!?


敵が来るまでの間に多少の練習はしたものの、焦って連射してしまうと途端に銃口が暴れて弾は狙った場所には飛んでくれない。

だが今回はその事が逆に幸いした。

先頭の1人を狙った筈の攻撃は広範囲に弾を撒き散らし、男のうちの1人に手傷を負わせ、ほんの僅かだが男達の事を怯ませていた。


「総一君ッ、その調子で頑張って!」

「は、はいっ!」


文香は後ろの様子に気付き、正面を総一に任せて背後を振り返った。

するとそこでは男がちょうど咲実に銃口をつきつけた所だった。

咲実の背後には優希の姿があり、男は優希を確保する為に咲実を排除するつもりなのだ。


「咲実ちゃんっ!!」


しかし男は銃を構えて振り返った文香に気付くと目標を彼女へと移した。

ほぼ同時に文香も銃口をそちらへ向ける。


――!!!


銃声は同時。


「きゃあっ!?」


間近での発砲劇に咲実は悲鳴をあげ、優希は身体を硬くしてその咲実にしがみつく。


「ぐうっ」


男は文香からの銃弾を腹のあたりに浴びて膝をついていた。


「しまった!?」


対する文香は右肩を撃ち抜かれ、構えていたライフルを取り落した。

男はそれを目にするや銃口を再び文香へと向ける。


―――やられる!?


文香は訓練通りの動きで腰の拳銃を引き抜こうとしていた。

しかし男の銃が火を噴く方が早い事は文香自身にも良く分かっていた。

文香の視界の真ん中で男の表情が醜く歪む。

文香を撃ち殺す事に喜びを感じているのかもしれない。


――!!


しかし男の銃よりも先に火を噴いた銃があった。


「文香さんっ!!」


――!!

 

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その少し高い銃声は、咲実が両手で構えた小さなリボルバーが発したものだった。

咲実は至近距離から1番的の広い男の胴の中央を狙って引き金を引いていた。

これだけの好条件が揃えば、全くの素人である咲実でも外しようがない。

吐き出された3発の銃弾は全て男の身体に命中した。

しかし非力な彼女でも扱えるようにと選ばれた口径の小さなリボルバーでは男の着ているボディアーマーを撃ち抜く事が出来ず、決定的なダメージにはならない。

男は銃弾を浴びて僅かによろけたものの、その動きを完全に止めるまでには至らなかった。

だが文香にはその一瞬の隙で十分だった。


「ナイス咲実ちゃんッ!!」


――!!!


咲実の銃とは違う、太く低い銃声。

彼女は流れるような動作で引き抜いた拳銃の引き金を迷わず引いた。

その大型のオートマチックピストルは易々と男のボディアーマーを撃ち抜いていく。

そして合計3発の弾を浴びた男は、力なくその場に崩れ落ちた。

後ろの戦いが決着がつく少し前から、総一は狙いのつかない連射をやめて一発ずつの発砲へと切り替えていた。

狙いはやはり先頭の男で、盾が覆いきれていない右半身だった。


――!!!


落ち着いて狙った総一が発砲する。


ギィンッ


しかし銃弾は狙いを逸れ、金属製の盾に当たって跳ね返った。

金属板と合成樹脂、そして強化繊維を複合的に用いた盾は軽いながらも強固だった。

真正面からの命中弾ならともかく、少しでも角度が悪ければライフル弾でさえ完全に受け流されてしまう。

もちろん盾は斜めに構えられているから、総一の居る場所からでは撃ち抜く事は不可能だった。


――!!!


そして総一が撃つごとに、反撃は何倍もやってきた。

だがバリケードがあるおかげでこちらも防御は万全だった。

敵の弾はバリケードに当たって弾け飛び、総一を傷付ける事はなかった。


―――まずい、このままじゃまずい!


――!!!


しかし総一は発砲を繰り返しながらも焦っていた。

互いに相手を倒せないままに、敵との距離だけが詰まって来ている。

男達がバリケードの所にやってくるまでにもう何秒もない。


―――敵は4人。


なんとかしないと俺達は・・・ッ!!


――!!!


総一はなおも発砲する。

すると偶然、そのうちの1発が先頭の男ではなく、その背後にいた男の足へと命中した。

足も比較的防御しにくい部分だった。


ドサッ


弾を受けた男は床に倒れる。


「やった・・・」


1人を倒したという現実に、高揚感と不快感が入り混じった何とも言えない気分が湧き上がってくる。


――!!!


しかし男達は仲間がやられても動きを止めなかった。

男達は前進を続けながら、逆に僅かに動きが止まった総一に発砲する。


「うわっ!?」


やはりその弾の多くはバリケードによって受け止められたが、そのうちの1発が総一のこめかみをかすめていった。

大きな衝撃と痛み。

総一のこめかみの所の皮が裂け、そこから大量に出血する。

総一はこのダメージでよろけ、尻餅をついてしまいそうになる。


「総一君ッ!」


後ろの敵を排除し終えた文香が再び正面に向き直る。


――!!!


銃撃を受けて大きくバランスを崩した総一に代わり、すぐに文香は手に持っていた拳銃で攻撃を開始する。


「これで終わりだ素人ども!!」


だが文香が攻撃出来たのはほんの僅かな時間だけだった。

残った3人の男達はもうバリケードの目の前に迫っていた。

ここまで来れば盾は必要ない。

先頭の男は盾を投げ捨てると右手で持っていた拳銃を両手で構える。

後ろの2人はライフル。

それが全て文香を狙っていた。


「文香さんっ!!」


それに気付いた総一がくらくらする頭と身体に鞭打って、横にいた文香を思い切り突き飛ばした。


――ッッ


「そ、総一君!?」


――!!!


その瞬間、文香の居た場所を何発もの銃弾が通り過ぎる。


「ぐあっ!!」


文香を突き飛ばした総一の手はその場所にあったから、うち2発が総一の左腕に命中した。

1発は総一の腕の肉を削ぎ取り、もう1発は腕の中にもぐりこんで突き抜ける。

だが痛みは感じない。

感じている余裕など総一には無かった。


「うおぉぉぉっ!!」

 

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総一は懸命に銃口を男達の方へと向けた。

だがその時にはもう男達の銃は総一を狙っていた。


―――くそうっ! まだだぁっ!!


それでも総一は諦めなかった。

ここでやめれば死ぬのは自分だけではない。

自分は死んだとしても、なんとしても後ろの人達を守らなければならなかった。

そしてそれは彼らの為だけではない。

彼らとの未来を選択した総一自身の為でもあったから。


――!!!


1人目の男の拳銃が火を噴く。

それは総一の左の脇腹に命中する。

弾は当たった角度が浅かったおかげで防弾チョッキにより弾かれたが、総一はその衝撃に息が詰まった。

そしてその直後、総一は2人目と3人目の男の引き金にかかった指が動き出すのを見た。


―――だ、駄目か!?


流石の総一もここで覚悟を決めた。

弾を受けた衝撃に身体は硬直し、攻撃は間に合わず、逃げる事も出来ない。

盾を使っていた1人目とは違い、この2人の武器はライフルだ。

引き金が引かれてしまえば、吐き出されたライフル弾は防弾チョッキをものともせずに総一を引き裂くだろう。

だがここで思いがけない事が起こった。


「だめぇぇぇぇぇぇっ!!」


その高い声と共に、小さな影が総一と男達の間に割って入った。


――ッッ

 

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「お兄ちゃんを殺したら許さないんだからぁっ!!」

「優希!?」


まさに間一髪というタイミングだった。

総一の危機を察した優希は今まさに攻撃されようというタイミングで総一と男達の間に割って入った。


「くそっ!!」


――!!


男達は慌てて銃口を別の方向へと向けた。

幸い発射された弾は優希をかすめただけで明後日の方向に向かって飛んでいく。


「お兄ちゃんっ!!」


そして優希は総一の首へとしがみついた。


「お兄ちゃんはわたしが守るんだぁっ!!」


それは誰もが考えもしなかった防御方法だった。

優希は総一達にとっては守るべき相手、兵士達にとっては回収すべき相手。

その優希を盾にしようなどとは誰も思わなかった。

優希を回収したい兵士達にとって、彼女は何があっても傷付けてはならない相手だ。

だから確かにそうすれば誰も総一を攻撃する事は出来ない。


「―――ずっと、ずっと守ってもらってばっかりだった! 咲実お姉ちゃんみたいにお兄ちゃんの支えになってあげたりもしてない! だから最後ぐらい、わたしがお兄ちゃんを守る!! 守ってみせる!!」


だが総一を守ろうとした優希自身は、彼らのそんな事情は知らない。

彼女はただ、湧き上がる総一への感情によって突き動かされて飛び出してきただけだ。

彼女がそうした理由はシンプルだ。

総一が死んでいくのを見ていられなかっただけなのだ。


「優希!?」

「お兄ちゃんっ!」


優希は震える身体を総一に押し付け、ぎゅっとしがみつく。

その瞬間、その場にいた全ての人間の動きが止まった。

咲実は何も出来なかった自分を責めた。

優希を止められなかった事、自分が今総一に何もしてやれない事、そういった想いで彼女の胸は潰れてしまいそうだった。

文香は身体を起こした所だった。

そして彼女は総一と優希の姿を見て絶句する。

彼らは文香の目の前で男達に銃を向けられたまま身動きが取れなくなっていた。

優希はもはや何も考えていなかった。

総一にぎゅっとしがみつき、固く目を閉じている。

総一はこの状況に驚いていたが、どうしていいのかは分からなかった。

仕方なく震えている優希の身体をそっと抱き締める。

対する男達も優希の行動に対応を決めかねていた。

だがその迷いはほんの数秒の事だ。

すぐに優希の身体が覆いきれていない総一の頭に狙いを定め、発砲する事だろう。

結局のところ、この近距離では優希の行動はそれほどの意味はない。

だがその数秒の迷いが勝敗を分けた。


――ッッ

 

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「ヘッ、待った甲斐があったってなァ!


このエクストラゲームにはまだ参加者がいる。

それはこの場にいる誰もが忘れていた、2人の参加者だ。


「陽動作戦っていうのはよ、こうやってやるんだよな、高山の旦那」

「口を動かす前に手を動かせ」

「ヘイヘイ」


――!!!!


――!!!!


その場の雰囲気を無視したような、何気ない男達の会話。

そして連続した銃声。


「ま、俺達に勝負を挑もうなんてな、10年はええんだよ10年」


総一の目の前で倒れていく3人の兵士達。

彼らが倒れたその向こう側には、2人の人間が立っていた。

チンピラ風の男と、寡黙そうで意志の強そうな男。


――!!!!


2人は倒れた兵達に無造作に止めを刺すと、そのまま総一達に近付いてくる。

 

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「はい、おしまい」


優希を抱いて立ち尽くす総一の前に現れた2人の男達。

2人とも首輪を着けており大型のライフルで武装している。

そして総一には片方の男には見覚えがあった。


「あんた、確か・・・」


総一の脳裏に記憶が蘇る。

彼は初日に情報を交換した、手塚という男だった。


「よう。 確か御剣って言ったよな、お前」


人を殺した直後だというのに、その男―――手塚は全く気にした様子はなかった。

彼はそのままごく自然な動作でライフルの銃口を総一に向ける。


「それでお前達はどうなんだ? 俺と遊ぶ気はあるかい?」


そして彼は奇妙なほど陽気な表情を作ると、口の端を持ち上げる。

それは間違いなく笑顔なのだが、総一には威嚇する猛獣にしか見えなかった。


「・・・冗談でしょ、せっかく生き残ったってのに。 戦争なら1人でやって頂戴」


そう言いながら文香が立ち上がる。


「まぁな」


クックックック


喉の奥を鳴らしながら手塚はあっさりと銃を引いた。


「手塚、悪趣味だぞ」


もう1人の男が手塚にそう言いながら煙草に火を点ける。


「そう言うなよ高山のおっさん。 いいじゃねえか。 俺の数少ない趣味なんだからよ」


手塚も男―――高山の点けたライターの火に自分のタバコを近付ける。

どうやら目の前の2人は総一達と戦うつもりはないようだ。


―――なんだか分からないけど、た、助かった、のか?


その瞬間、総一は全身から力が抜け、その場に座り込んでいた。

 

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「お兄ちゃん・・・?」


総一が座り込んだ事に気付き、彼の腕の中にいる優希が顔を上げる。

どうなったのか状況を掴みかねている彼女は、総一を見たり周囲を見たりという事を繰り返していた。


「そこにいる人達が助けてくれたんだ」


総一が示すと、優希は背後にいる手塚と高山をまじまじと見つめる。


「・・・」

「なんだ?」


優希の無言の視線に、手塚がタバコの煙と一緒に疑問を吐き出した。


「・・・おじさん達、良い人? 悪い人?」

「お、おじ・・・? ・・・。 もちろん良い人さ、お嬢ちゃん」

「ゴホゴホッ、ゲホホッ」


そう手塚がにこやかに答えた時、何故か横にいる高山がむせた。

どうやらタバコの煙が変な所に入ったらしい。

 

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「優希ちゃん~、この人は趣味が悪い人だよ~」


そこへ文香に支えられて渚がやってくる。

渚の怪我は決して浅くはないが、命には別状はなかった。


「・・・1度はあたし達を襲ったってのに、どういう風の吹きまわしなの?」


にこやかな渚に対し、文香の表情は厳しかった。


「えっ?!」


文香の言葉は総一の身体を再び緊張させた。


「総一君、この2人なのよ。 4階の戦闘禁止エリアであたし達を襲ったのは」

「ま、まさか!?」


総一が手塚を見ると、彼は楽しそうに慌てる総一を見ていた。

そこに悪びれた様子は微塵も感じられない。


―――この人達があの時、俺達にロボットをけしかけてきたってのか!? だったら今度は!?


「お前達を助けたつもりはねえよ。 楽して楽して勝ちたいだけさ。 ・・・今も昔もな」


そう言った瞬間だけ、手塚の目が剣呑(けんのん)な光を放った。

しかしそれはすぐにシニカルな笑みの向こう側に消えていく。

勝ちたいだけ。

総一達の事なんてどうだって良い。

それが彼らの論理だ。

だからこそ、彼らは総一達の危機をぎりぎりまで放っておいた。

敵の全員の意識が緩むか、逆に1点に集中するその瞬間を待って。

総一達が死んだって構わないのだ。


「じゃあ今あたし達と戦わないのは?」

「その方が楽だからに決まってるじゃねえか。 知らねえのか? 窮鼠猫を噛むってサ」


―――猫どころか、ライオンが良く言う・・・。


総一は笑い続ける手塚と、むっつりと黙りこんだ高山を見てそう思っていた。

4階で総一達を襲った手腕、そして今の彼らの様子。

どうみても総一には、自分達と彼らでは生き物としての水準が異なっているように思えた。


「それに俺はこう見えて平和主義者なんだ」

「嘘つきなさいよ。 真顔で良くそんな事を言うわね」


―――だけどどうやら、本当に戦う気はないようだな・・・。


彼らの真意はよく分からなかったが、それだけは間違いないようだった。

総一はもう1度安堵すると、ようやく優希を抱く力を緩めた。

本当なら警戒した方がいいのかもしれないが、総一は戦いはもう沢山だと思っていた。

だから戦わずに済むなら、過去の事なんて目を瞑ったって良い、そんな気分だった。

 

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「御剣さん、優希ちゃん」


そこへ咲実が近付いてくる。


彼女は総一の横までやってくるとぺたりと腰を下ろした。


「さ、咲実さん。 ・・・無事で良かった・・・」


脱力してうなだれていた総一だったが、咲実の顔を見ると僅かに笑顔が戻った。


「うんうん!」


それは優希も同じだ。


「御剣さん達も」


そんな2人の笑顔を見た咲実も涙の滲んだ顔で小さく笑顔を見せる。

それと同時に彼女は抱えていた救急箱の蓋を開く。


「御剣さん、左腕を見せて下さい。 ・・・酷い怪我ですよ?」

「ん? ああ」


そこで総一はようやく、自分が酷い怪我をしている事を思い出した。


「い、いて、いてててっ」


緊張と興奮で忘れていた痛み。

しかし1度思い出してしまうと再び忘れる事は出来なかった。

それまで感じていなかった痛みが一斉に押し寄せてくる。


「手伝うよ、咲実お姉ちゃん」
「お願いします、優希ちゃん」
「うんっ!」


優希は素早く総一の上からどくと、咲実と向かい合うようにして座った。

咲実を手伝って総一の傷の手当てをするつもりだった。

総一は痛みをこらえながら赤く染まった左腕を彼女達の方へ差し出した。

怪我は痛かったが、そうしてくれる2人の姿が嬉しくもあった。

生きていればこそ。

守り切ったからこそ。

その代償がこの程度の怪我ならば、我慢するべきなのだ。

2人の姿を見ていると、じわじわと胸の奥にみんな生きているんだというあたたかな実感が湧き上がってくる総一だった。


「・・・それにしてもおかしいな。 スミスの野郎、出てきやがらねえ」


手塚はPDAの画面を覗きながら、2度3度と画面を小突く。

 

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「手塚くんが嫌いなんじゃないの~?」

「うるせえよ」


「・・・出て来れないのよ。 もう」


そう言いながら文香は耳から通信機を外した。


「今連絡があったわ。 すぐに助けが来るって」

「それじゃあ!?」

 

総一の顔に驚きの色が浮かぶ。

しかしそれはこれまでのような悪い驚きではない。


「そうよ総一君」


文香は微笑んだ。

そしてほんの少し溜め息を吐く。

 

 

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「この『ゲームは』、あたし達の勝ちよ」

 


長く続いてきた『ゲーム』。

そのラストゲームはこんな風に幕を閉じたのだった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 


深夜の住宅地を1台の黒いバンが走っていく。

そのバンは狭い路地をすり抜け、ある民家の前で停車した。

すると停車したバンの中から数人の黒ずくめの男達が姿を現した。

最初に降りた1人が手で合図すると、彼らは音もなく散開して夜の暗闇の中へと消えていく。

その場に残ったのは合図を出した男だけだった。

そしてそれを待っていたように、車の中からもう1人の男が姿を現した。


「鴻上隊長、配置につきました」


その場に残っていた黒ずくめの男が、最後に車から降りてきた男に向かってそう報告する。


「そうか。 逃がすなよ」


鴻上と呼ばれたその中年の男性は言葉少なに頷く。

彼は背が高く、がっしりと体格の良い男だった。

だがその大きな身体にも拘わらず、乱雑な雰囲気はない。

逆に穏やかで繊細なイメージを持った人物だった。


「逃しませんよ。 相手は素人じゃないですか」

「確かにな。 だが、それでも『組織』の資金源の1つである事には変わりはない」

「ここまでやる必要があるんですかね? ここの奴はオンラインで賭けていただけなんでしょう?」


黒ずくめの男はそう言いながら窓の1つを見上げる。

その窓には明かりがついており、彼らが狙う相手はそこにいるようだった。


「・・・例外は無い。 そういう事だ」


ここに住んでいるのは例のカジノの客の1人だった。

とはいえカジノ船に招待されるほどの大物ではない。

『組織』が作った専用のクライアントソフトを使って、オンラインで『ゲーム』の賭けに参加していた人物だ。

黒ずくめの男達はログやアクセスの経路をトレースしてこの人物を特定した。

ダミー情報でない事も既に確認されている。


「まあ、別に俺も不満があるわけじゃないんですけどね。 安全な所から人の生き死にに金を賭けてたんだ。 自分も危険な事に手を染めていたんだって自覚してもらわないと」


黒ずくめの男は口元を歪めると安全装置を解除して弾を薬室へ送り込む。

戦いに勝利した『エース』は捜査の範囲を広げていた。

『ゲーム』に金を賭けた人間は例外なくその対象となった。

誰がどこで、何者と繋がっているのか分ったものではない。

その時、男の通信機が小さくアラームを鳴らした。

それは全ての準備が整ったという合図だった。

電話線を始めとする通信用のケーブルはカットされ、携帯電話の周波数帯にはジャミングがかけられている。

そしてたった今、男達の見ている前で部屋の電気が消えた。

送電もカットされたのだ。


「体調、準備完了です」

「うむ。 気付かれないうちにすぐにかかれ。 抵抗するようなら容赦はいらない。 民間人といえども立派に『組織』の一員なんだからな」

「了解。 ・・・突入!」


黒ずくめの男は鴻上の言葉が終わるなり通信機にそう告げ、自らも現場へと向かっていった。

残された鴻上は、黒ずくめの男が闇の中に消えるのを見届けるとバンの中へと戻っていく。


『・・・!? ・・・!!』


――!!!


微かな悲鳴と銃声。

しかし鴻上がバンのドアを閉じると何も聞こえなくなる。

元々それほど大きな音ではない。


「さて、次はどこだったか・・・?」


鴻上は既にこの場所に住む人間からは興味を失っていた。

彼らが今夜襲撃しなければならないのはここだけではない。

いちいち1人1人の事になど構っていられなかった。

黒ずくめの男達が戻って来たのはその数分後の事だ。

誰も怪我などしていないし、疲れた様子もない。

相手は所詮ただの素人。

多少抵抗した所で苦戦するような相手ではない。

そして再び彼らを乗せたバンは、何事もなかったかのように静かに去っていくのだった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

 

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季節は春。

雪解けの時期も過ぎ、あたたかな日差しが戻ってきていた。

3月に入った事もあり、時折の寒さに耐えて桜がピンクの花をつけている。

その小さくも優しい花は、卒業式、そして入学式と新たなスタートが続くこの時期の代名詞とも言うべきものだった。

そんな満開の桜でいっぱいの公園に2人の少女の姿があった。

どちらもあまり背は高くない。

ショートカットの健康そうな少女と、彼女よりもひと回り小さな線の細い少女。

どことなく似通ったその容姿からすると、2人は姉妹なのかもしれない。

周囲の桜に負けない華やかな衣装で着飾った2人の姿は、それこそ卒業式の帰りといった雰囲気だった。

 

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「ねえかれん、これおかしくないかな? 大丈夫?」


ショートカットの少女がスカートのすそを持ち上げて不安そうな表情を作る。

いつも健康的で明るい彼女にしては珍しい表情だった。


「だから大丈夫よ。 何度も訊かないで、かりん姉さん」


すると隣に立っている小柄な少女は眉を寄せて苦笑する。

この質問は朝から5回目だった。

かりん、そしてかれん。

2人の苗字は北条という。


「だ、だって、もう待ち合わせの時間だし・・・」
「だったら手遅れでしょう、お姉ちゃん。 駄目でみおもう直してる暇なんてないから」


2人にはそこで、誰かと待ち合わせがあるようだった。


かれんはこの日のかりんの様子を見て、ここ数ヶ月の間に姉が時折見せていたおかしな行動の謎が解けるのではないかという気がしていた。

 

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「ちょ、ちょっとかれん、って事はどっかおかしいの!?」
「くすくす、そんな事は無いけど」


―――今日は特におかしいのよね。


もしかしたら、もしかするかも・・・?


元々彼女の姉のかりんは着飾ったりする方ではない。

それなのにこの日に限っては新しい服を引っ張り出し、朝から熱心に化粧をしていた。

それに昨日は美容室にも出かけていたのだ。

いつも髪なんてほったらかしだった体育会系のかりんが、だ。


「でもおかしいって言えばおかしいんじゃないかな」
「どっ、どこがっ!?」


かれんは姉がこの日に賭ける意気込みを感じ取っていた。

だからかれんは思っている。

もしかしたら、今日は姉の好きになった男の人に会えるのではないか、と。


「おかしいよ。 姉さんがちゃんと女の子に見えるんだもの」
「か、からかわないでかれん! 怒るよ!?」


―――間違いない。


きっと姉さんにとって特別な人が会いに来るんだ。

かれんは慌てる姉の姿を見ながら、それを確信するのだった。


・・・。


「おーい、2人とも~!」


そこへ姉妹の連れの人物がやってくる。


「あっ、おじさんが帰ってきたよ!」


かれんはすぐにそれに気付き、未練がましく前髪を弄っている姉の服の袖を引っ張った。

 

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「意外とゴミ箱って無いもんだねぇ」


近付いてきたのは1人の中年男性だった。

彼の名前は葉月克己。

背が高く、細身で穏やかな風貌の持ち主で、その外見の通りに穏やかな性格の人物だった。


「ゴミ捨てぐらい、私が行っても良かったのに」

「かれんさんはまだ病み上がりだろう? 病気が完治したからって、まだ無理はしない方が良いさ」

「もう平気ですよ。 お姉ちゃんと一緒で心配性なんだからぁ・・・」


かれんは再び苦笑する。

この葉月という人物は、去年から何かと姉妹の力になっていた。

姉妹とは縁もゆかりもない人物なのだが、不思議と救いの手を伸ばしてくれていた。

苦労続きのかれんは最初はそれが信じられなかったのだが、必要以上になかなか他人を信用しない姉が彼の事を信用していた。

だからすぐにかれんも彼の事を信用するようになった。

かれんの手術も、その後の事も、手配してくれたのは全て葉月だった。

今では彼は2人の身元引受人でもあった。


「ところで2人とも、例の件は考えてくれたかい?」

「あ、は、はいっ」


葉月のその言葉を聞くと、上の空だったかりんは慌てて姿勢を正した。

それはかりんにとってもかれんにとっても重大な話題だった。


「急な話だとは思うけど、前々からかれんさんが退院したらって思ってたんだ。 それでどうだろう、2人でうちの娘になってはくれないかい?」


葉月は先月かれんが病院を退院した時、養子にならないかと2人に持ち掛けていた。

姉妹が彼を慕うように、彼もまた姉妹の事を実の娘のように思っていたのだ。

葉月にも実の娘達がいる。

しかし彼女達はもう結婚して独立し、家には葉月の妻しか残っていない。

だから少しだけ人生に張り合いが無くなってきた時期だった。

だからもし2人が娘になってくれるのなら、自分の人生はもう1度活力を取り戻すのではないか、葉月はそんな風に考えていたのだ。

無論、全ての事情を知る彼の妻もこの事には乗り気だった。


「あ、あの、本当に宜しいんですか?」


かりんは慣れない敬語を使って遠慮がちにそう訊ねる。

実の所、この問題の答えはとっくに出ていた。

かりんにしろ、かれんにしろ、葉月を父と呼ぶ事に抵抗は無かった。

この半年、まさしく父親として2人を支えてきたのは彼なのだから。

だがそう思えばこそ、かりん達は逆に思うのだ。

自分達が葉月達の重荷になったりはしないだろうかと。

何年も2人で苦労してきただけに、姉妹にとっては軽い気持ちでは答えられなかったのだ。


「なんでだい?」

「だってそお、養子にするって言ったって、簡単な事じゃないし・・・。 お、お金だって、その・・・」

「あははは、馬鹿だなぁかりんさんは。 カジノの勝ち分がまだ山のように残っている。 それに僕もまだ働き盛りなんだ。 金銭的な心配ならいらないよ。 だから気持ちだけで良いんだ。 僕達と、君達の気持ちだけで」

「・・・はい」


かりんは真面目な顔で頷くと隣のかれんを見た。

するとかれんは大きな笑顔を作って頷いた。

その笑顔を見て、かりんは小さく溜め息をついた。

そして彼女もまた笑顔を作る。


「あたし達を、葉月さんの家族にしてください」

「おねがいします」


そして姉妹は2人そろって頭を下げた。


・・・。


麗佳がそこへやって来たのはその少し後の事だった。

 

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「あら? どうしたのみんな。 何かあったのかしら?」

麗佳は葉月達3人が泣いている事に気付き、少しだけ心配そうに首を傾げる。


「い、いや、違うんだ。 これはちょっと、そう、とっても良い事があってね!」

 

だが葉月が涙を拭いながら明るい表情を見せると、麗佳は安心したように肩の力を抜いた。


「詳しい話はみんなが揃ったらするよ」

「・・・ええ、分かった」


微笑む麗佳が頷くと、その手入れの行き届いた長い髪がばさりと風に流れていく。


「・・・すっごい綺麗な人だねぇ・・・」


麗佳と初めて会ったかれんは目を丸くする。

すらっと高いその背、整った顔立ち、強い意志を感じさせる切れ長の目。

その品の良いファッションセンスともあいまって、かれんはまるでモデルか何かのように見えた。


「・・・・・・」


それはかりんも同じなのか、彼女も麗佳をじっと見つめていた。

ただし彼女の場合は妹とは違い、そこに感心以外の微妙な感情が混じっていた。

姉の顔を見たかれんはそれに気付き、悪戯そうな表情を作るとその頬をつんつんとつつく。


「姉さん、もしかしてあの人、ライバルなの?」

「っ!? ち、ちがっ!」


そんなかりんの慌てた声に、問題の麗佳の声が2人の方を向いた。

 

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「あなたが噂の妹さんね?」

「はい。 初めまして、北条かれんです。 姉がいつもお世話になっています」


そして激しく動揺するかりんをよそに、麗佳とかれんは挨拶を交わす。


「矢幡麗佳よ。 お姉さんや葉月さんとはお友達なの。 これからよろしく、かれん」

「はい!」

「麗佳君、大学の方は順調かね?」

「はい、おかげ様で」

「ははっ、頭の良い君にそんな心配は無用だったかねぇ」

「麗佳さんは大学生なんですか?」


かれんが口を挟むと、麗佳は嫌な顔一つせず口元に穏やかな微笑みを浮かべながら頷いた。


「そうよ。 数学と論理学を勉強しているの」

「そうなんですか~。 お姉ちゃんとは正反対ですね」

「こ、こらかれん!」


かれんはこの麗佳という女性が気に入っていた。

美人であるというだけでなく、物腰にも嫌味な所がない。

かれんには素直にこういう女性になれたらと思えた。


・・・。


「おじさまー!」


その時、遠くから張りのある高い女性の声が聞こえてくる。


「みんな~、久しぶり~~」


そのすぐ後にのんびりとした声が続く。


「お、文香君達も来たぞ」


言われてかりん達が目を向けると、公園の入口の方から2人の女性が大きく手を振っていた。


「文香さん! 渚さん!」


かりんは顔を綻ばせると彼女達に手を振り返した。


「あれ、あの人達は確か・・・」


かれんにはその2人の女性に見覚えがあった。

元気な方が陸島文香、のんびりとした方が綺堂渚。

2人ともかれんの手術の時に1度だけ病院で会っている。

葉月の説明では、病院の手配をしてくれたのがその2人なのだという事だった。

 

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「はぁいみんな、お久しぶり。 かれんちゃんも元気そうで良かったわ」

「こんにちは~~! 天気も良くて気分が良いね~~」


2人はそれぞれに挨拶を口にしながら近寄ってくる。


「2人ともお変わりなく」

「お久しぶりです。 その節はお世話になりました」


かれんは姉の挨拶に合わせて頭を下げる。


「固い事言いっこ無しよ、2人とも」

「あれ~~、かりんちゃん、今日はずいぶん気合入ってるねぇ~~!」

 

 

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「あらいやだ、本当だわ! 珍しいじゃない、かりんちゃんがおめかししてるなんて」


文香達はすぐにかりんの姿に気付いた。

するとかりんは頬を赤くして俯く。


「ちょ、ちょっと、大人っぽくしてみようかな、なんて・・・」

「か~~~わいい~~~!」


照れて俯いていたかりんを渚がぎゅっと抱きしめる。


「な、なぎささんっ!?」

「この子は渚お姉さんがおうちに持って帰る~~~~!」


かりんは何とか逃げだそうともがいたが、渚の腕の力は強く、なかなかうまくいかない。

やがてかりんは諦めて身体から力を抜いた。

すると興奮した渚はかりんに頬擦りを繰り返した。


「あはははっ」


いつものしっかりものの姉らしくない姿を見て、かれんは嬉しくなっていた。

姉から子供らしさを引き出す事が出来るという事は、それだけでかれんにとっては好意に値する事なのだ。


「ところで文香君、その格好はなんなんだい?」

「これの事?」


その声に誘われてかれんがそちらを向くと、そこでは文香が自分の服を指さしながら軽くポーズを取っていた。


「これはね、今の派遣先の制服。 今はキャビンアテンダント、いわゆるスチュワーデスをやってるの。 ・・・お客様、搭乗の際には携帯電話の電源はお切りください」

「はっはっは、なるほどねぇ~」

「フライトが終わってからそのまま来たから、着替えてる暇がなかったのよ」


かれんは文香の職業は派遣社員だと聞かされている。

どこにでも派遣されて、完璧に仕事をこなすスーパー派遣社員なのだという触れ込みだった。

ちなみに渚も同じ職場で働いているという話だ。


「渚さんもキャビンアテンダントを?」

「渚ちゃんはね、今メイド喫茶

メイド喫茶ぁ!?」


文香の答えに麗佳は目を剥いた。

冷静な彼女にしては珍しい事だった。


「お帰りなさいませ~! ご主人さま~~!」


話題が自分に向いた事に気付いたのか、かりんと遊んでいた渚がその手を休めて麗佳に向かって手を振る。


「・・・な、なんでまたメイド喫茶に?」

「それがね、そこに来る客に紛れて取引してるらしいのよ」


文香はそう言って肩を竦める。

そのほんの一瞬だけ、彼女の表情から笑顔が消えた。


「なるほど、そうでしたか」


それを聞くと麗佳の表情は元の冷静な彼女の表情に戻った。


「何のお話ですか?」


けれど麗佳とは違ってかれんにはそれだけでは何の事なのかさっぱりわからない。


「ふっふっふ、実はね、あたし達って派遣社員というのは名ばかりで、本当は女スパイなの! 社会の闇に潜む悪と日夜戦っているのよ!」

「うそですよそんなの! あはははははっ」


かれんは文香の言葉を聞くとすぐに笑いだした。


「信じてよ~、かれんちゃ~~ん」

「あははは、文香さんって楽しい方なんですね?」


かれんはもう子供ではない。

自分のような普通の少女の前にスパイなどというものが現れる筈がない事をよく理解していた。

それにもしそうだとしても、自分からスパイを名乗るような馬鹿なスパイは居ない。

だからかれんはすぐにそれを文香の冗談だと判断したのだ。


「嘘じゃないのにぃ~」

「あは、そういう設定なんですね?」


そしてかれんは肩を落とす文香の横でしばらく笑い続けた。


・・・。


「総一さんっ、もっとちゃんと走って下さい! もう大分待ち合わせの時間に遅れてるんですから!」

「ちょ、ちょっと待って、俺は家からも走ってきたから、も、もう限界で・・・」

「お兄ちゃんもっと頑張ってよぉ、ヘタレ返上するんじゃなかったの?」

「そ、そうは言ってもだなぁ・・・」


やがてそんな賑やかな声が聞こえてくる。

声の主達の姿はまだ見えなかったが、その元気そうな声だけは遠くからも聞こえてきていた。


「総一くん達だ!」


真っ先に反応したのが渚だった。

渚のその声を聞くとかりんは身体を強張らせて頬を染める。


「これで全員そろうね~~!」

「そ、総一が、きた・・・!」


―――姉さんがあんな顔をするって事は、やっと来たかな、問題の人が。


姉さんにおめかしさせて、こんな顔をさせる人が・・・。

かれんは期待に胸を膨らませてその声が聞こえてきた方向を見る。

しかしそこにはまだ誰の姿も見えない。

公園の植え込みの木々のせいでその姿が隠れてしまっているのだ。


「なんで私が仕掛けておいた目覚ましを止めて寝ちゃうんですか! あれほど言っておいたのに!」

「止めてないって! 起きたら止まってたんだってば!」

「お兄ちゃんが寝ながら止めたんだね、きっと」


3人の穏やかな声は次第に大きくなっている。

彼らが姿を見せるのはもうすぐだ。


「相変わらずみたいだなぁ総一君達は。 優希ちゃんも元気そうだ」

「ふふふっ、すっかり咲実ちゃんの尻に敷かれてるわね、あれは」

「総一もあの扱いに耐えてないで、私に乗り換えれば良いのに」

「おおっ、麗佳ちゃん大胆発言~~!」


姿こそ見えていないが、彼らの元気そうな様子はここまで伝わってきていた。


―――あれ・・・。


その時、かれんはある事に気が付いた。


―――みんな、楽しそうだな・・・。


かれんの周りにいる大人達の表情、それが明らかに変わっていた。

誰の笑顔もワンランク上のものへと変わっていたのだ。


「へぇ・・・」


―――それほどの3人なのか、それとも全員揃う事に意味があるのか。


・・・ううん、きっとその両方なんだろうな・・・。


かれんはそんな風に考えた。

そして彼女のその想像は間違っていなかった。


「そんなに言うなら咲実、これからはお前が起こしに来い!」

「朝時間通りに起きるぐらいは御自分の力でやって下さい! どうして総一さんはそうやってすぐに人に頼ろうとするんですか!」

「お兄ちゃん、わたしが毎朝優しく起こしてあげるよ」

「よし、頼む、優希」

「うん!」

「優希ちゃん、あまり総一さんを甘やかさないでください!」

「いいじゃないちょっとくらい」

「駄目です! 総一さんなんですから!」


やがてその騒々しい3人が植え込みの向こうから姿を現した。


「総一く~~ん! 咲実ちゃ~ん! 優希ちゃ~ん!」

「おーい!」


渚と葉月が呼びかける。

すると総一達はそれで言い合いを止めた。


「皆さん、お久しぶりです!」

「御無沙汰してました!」

「こんちはー! ・・・うわっ、お兄ちゃん、もうみんな揃ってるよ!?」

「総一さんのせいですからね」

「うっ、悪かったよ」

「走ろう! みんな待ってる!」


そして3人はかれん達に向かって走り出した。


―――この人達が・・・。


かれんは走ってくる3人を観察する。

1人目は少年。

歳の頃はかりんの幾つか上といったところ。

それに続くのは髪の長い少女。

年齢は少年と同じくらい。

最後の1人はかれんと同じくらいの歳格好の少女だ。

言い合いをしていた筈の3人。

しかし彼らは時折顔を見合せて笑い合う。

かれんの見たところ、あの言い合いは形式的なものであるようだ。

今の3人にはさっきまでの言い合いの影響は微塵も感じられない。


「んもう、遅いわよ総一君」

「すみません文香さん。 寝坊しました」

「総一くんは相変わらずヘタレなんだね~」

 

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「はぁ・・・。 苦労してます」

「お姉ちゃん毎日怒ってるの」


総一達がやってくると、その場の雰囲気は一気に華やかになった。

総一、咲実、優希、葉月、文香、麗佳、渚、かりん。

全部で8人。

かれんも含めると9人。


―――この人達が私を助けてくれたのね・・・。


かれんは旅先のカジノで大勝ちした彼らがお金を寄付してくれたと聞いている。

手術を受けられたのは、ひとえにその時のお金のおかげなのだと。

だが見れば見る程不思議な8人だった。

姉のかりんは友人だと言っていたが、性別も年齢もバラバラ。

かれんには彼らが友人になるきっかけが全く想像できなかった。

それでもかれんの目の前の8人は確かに友人同士なのだ。

今楽しげに言葉を交わすその姿は、固く友情で結ばれているとしか思えないのだ。


―――良いか、そんな事。


不思議ではあったが、かれんは考えるのを止めた。


―――今友達なんだもの。


理由なんてどうでもいいじゃない!


大事なのは今あらわされているもの。

その原因を追求する必要なんてどこにも無かった。

だからかれんも笑顔を作ると大きく口を開いた。


「改めて御挨拶させていただきます。 北条かりんの妹の、北条かれんです! 皆さん、その節は大変お世話になりました!」


そしてかれんは満面の笑顔と共に、ようやくそろった8人の命の恩人達に頭を下げるのだった。


結局、総一達は優希には今も真実を伝えていなかった。

父親が人殺しの『ゲーム』の主催者で、1000人以上の人間を死に追いやり、優希自身が死にそうな目に遭ったのもそのせいで、そして彼はもうすぐその罪を命であがなう事になる。

そんな残酷極まりない真実を、総一達はまだ幼い彼女にはどうしても伝える事が出来なかったのだ。

伝える事が正しいのは分かっていたが、その正しさは彼女の未熟な心を壊しかねない。

だから総一達は彼女の心の成長を待つべきだと判断した。

総一はこの真実を彼女が大人になった時に話そうと考えている。

だから優希は今も父親は仕事で不在だと考えている。

そしてその帰りを待っている。

2度と戻る事のない、父親の事を。

総一と咲実はそんな優希を支えていこうと考えている。

2人にとって優希は、なくてはならない存在になっていたのだ。

総一達9人は公園の遊歩道を進んでいた。

目的地はこの遊歩道の先にある小さな霊園だ。

そこにはある人物が眠っている。

それはかつて総一の恋人であり、咲実とよく似た容姿と、優希という名前を持つ少女だ。

今日は彼女の命日なのだった。

かれんの退院と前後していたため、退院祝いと兼ねて墓参りとなった。

墓参りが済めば9人で宴会へなだれ込む予定になっている。


「良い天気だ・・・」


総一は一団の最後尾を歩いていた。

そこから前を行く8人の背中を眺めながら、のんびりと歩き続ける。

満開の桜の並木道。

その間を歩いて行く仲間たち。

そしてその向こうに広がる青い空。

今日は絶好の行楽日和だった。

 

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「わたしはお兄ちゃんとお姉ちゃんとは血は繋がってないけど、2人はわたしのお兄ちゃんとお姉ちゃんなんだよ」

「2人も家族が増えたんですね。 うらやましいです」

「へへ~、あげないよ? かれんちゃんにはかりんちゃんがいるんだから」

「あはは、はい」


優希はかれんと何かを話し合っている。

時折振り返って総一や咲実、かりんの顔を見ている所からすると、話題は家族の事なのかもしれない。


「でも~、かりんちゃんの場合は~、お化粧は多過ぎない方が良いと思うな~~」

「いいえ、男心をくすぐるには、従来のイメージの打破が必要だわ!」

「え、あ、ちょ、ちょっとぉ!?」


渚と文香はかりんを捕まえて遊んでいる。

人の良いかりんは遊ばれていると分かっているのかいないのか、目を白黒させている。


「私は、あそこで誰かを傷つけていたらと思うと、たまにゾッとします」

「特に総一君を、かい?」

「ふふ、それが無いとは言いませんが」


麗佳と葉月は真面目に何かを話し合っている。

だがあまり深刻な話題ではないらしく、時折笑顔がのぞいていた。

 

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「総一さん」


最後は咲実。

彼女は麗佳と葉月と話をしていたのだが、総一の視線に気付くと彼の所へとやってきた。


「俺の事は放っておいて良いぞ。 別に用事があって見てた訳じゃないし」

「私も別に用事があって来た訳じゃありません」

「・・・そうか」


そして咲実は総一の横に並んで一緒に歩き始めた。

しばらく黙って歩いていた2人だが、霊園が見えてきたあたりで咲実が口を開いた。


「総一さん」

「うん?」

「こうしてると、あそこであった事が何もかも嘘みたいですね」


そして咲実は総一を見上げて微笑む。


「ああ。 そうだな・・・」


総一も同感だった。

こんな風に仲間達と穏やかな時間の中にいると、半年前の出来事が何もかも嘘に思えてくる。


「そういう風に思えるようになったって事は、終わったって事なんだろうな」

「・・・私もそう思います」


現実へと帰ってきた最初の頃は、時折まだ『ゲーム』が続いているような感覚が蘇り、意味もなく不安に駆られる事があった。

そんな時は総一、咲実、優希の3人で集まって、互いに励まし合った。

しかしここ最近はそんな事はない。

事あるごとに3人で集まっていたが、それはあくまで純粋に3人が楽しいからだ。

不安だからとか、励ますとか、そんな事の為ではない。


―――これで良いんだろう? 優希・・・。


総一は胸の奥で幼馴染の少女に語りかける。

総一はこの時、彼女なら今の自分を褒めてくれるに違いないと思っていた。

きっといつもの見慣れたあの顔で、笑ってくれるに違いないのだ。

今総一の目の前で咲実がそうしてくれているように。


―――それとも優希、お前は俺の浮気を責めるかい?


それもまた、ありそうな気がする総一だった。


「あ、またお兄ちゃん別の女の人の事考えてる!」


もう1人の優希が見咎める。


不思議な事に、この少女は総一が咲実と自分以外の女性の事を考えている時の表情を見分けてしまう。


「どうしてお兄ちゃんは他の女の人の事を考えるかなぁ。 お姉ちゃんがいるじゃない。 こんなにお兄ちゃんを好きになってくれる人って、なかなかいないよ?」

「・・・俺は君らの相手だけで精一杯だよ。 他の女の人の事なんて考えてる暇なんてないよ」


見破られる度にそうして誤魔化す総一だ。

今回も他の女性の事を考えていたのは確かなのだが、別に優希や咲実をないがしろにしているつもりはない。

今の総一にとって何よりも大切なのは咲実であり、優希なのだから。


「失礼しちゃう。 ・・・お姉ちゃん、こんな事言ってるよ」


優希は少しだけ頬を膨らませながら咲実を見上げる。

しかし当の咲実は穏やかに微笑んだままだった。


「優希ちゃん、今日ぐらいは許してあげて?」

「えっ?」


咲実は優希から視線を外し、ほんの一瞬だけ霊園の門を見た。

優希の目がそれを追うのを確認すると、咲実は再び視線を優希に戻し、にっこりとほほ笑む。


「・・・そうだね。 うん。 ごめん、お兄ちゃん」


優希はそれだけで咲実の言いたい事に気付き、形の良い眉を寄せて申し訳なさそうな表情を作り、小さく頭を下げた。


「えらいわ、優希ちゃん」


咲実は優規の頭を撫でながら、再び視線を霊園へと向ける。


―――今日だけは、総一さんを貴女にお返しします・・・。


そこに眠るという、咲実と同じ顔の少女。

咲実は総一が彼女へのこだわりを捨てきれていない事を知っている。

その事が気にならないと言えば嘘になる。

しかし誰かが死ぬという事をそんなに簡単に割り切れるような男であれば、咲実はこんなに好きになったりはしなかっただろう。


―――いつか、私の事もこんな風に思って貰えるようにすればいい。


今は生きてこの人の横にいられる事で満足しよう。

そしてこの人を1人にせずに済んだ事で満足しよう。

それ以上は望み過ぎですよね、優希さん・・・?


間違いなく、それを誰よりも望んでいた少女の筈なのだ。

そこに眠る桜姫優希という少女は。


「咲実・・・」


―――相変わらず俺の考えてる事は筒抜けか・・・。


総一にはその事が情けなくもあり、同時に嬉しくもあった。

新しく他人とそこまで深い繋がりを持てるとは思っていなかったのだ。

そう思えばこそ、安易に自殺などという考えが出てしまった。

今の総一には、咲実や優希を置いて死のうなどという考えは無い。

だから総一は小さく微笑むと、先ほどと同じ言葉を口に乗せた。


「・・・俺は君らの相手だけで精一杯だよ」

「ふふふ、信じます。 あなたはいまも、出会った時と変わらず御剣総一でいてくれていますから」


それは咲実の言葉であったが、同時に桜姫優希の望みでもあった。

2人の望みは一致している。

そしてそれこそが、あの日の総一の優希を支えていたのだ。


「結局さ、お姉ちゃんが一番甘いんだと思うよ」

「あら、どうしてですか?」

「普通は好きになった男の人が他の女の人の事を考えてたら、もっと怒るもんだよ」

「私はそういう部分も総一さんらしくていいと思うんですけど」


―――俺はお前との約束を果たして帰ってきたんだな、優希。


陽気に話し合う2人の姿を見ながら、総一はそう感じていた。

ズルをするな、真っ直ぐに生きろ。

それが彼女との約束。

だったら彼女が望んでいたのは、きっとこういう風に総一が彼女に会いに来る事だろう。

諦めず、ただ真っ直ぐ、精一杯に生きて。

そして多くの仲間達と手を取り合って。


―――約束だけじゃなく、お前の日頃の言動を思い出すべきだったんだ。


そうだろう? 優希・・・。


『いつまでもそんな調子じゃ、誰もアンタの事を分かってくれないわよ? 嫌なんだもん。 ・・・アタシの大好きなアンタが、みんなに勘違いされてるのが』


約束だけを見て、その意味を曲解して都合の良い判断をした。

咲実達だけではない。

結局総一は、桜姫優希の事も自殺の道具にしようとしていたのだ。

そして彼女との想い出も。


「そんな事じゃ、麗佳さんやかりんちゃんにお兄ちゃんを取られても知らないから」

「大丈夫ですよ。 そんなに簡単に割り切って他の人とお付き合いできるような人じゃありませんから」

「・・・俺ってそんなに信用ないか?」

「うん、ないよ。 朝1人で起きてこないし」

「私は信じていますよ。 総一さんの強い所も、弱い所も」


咲実のその言葉を聞くと、優希は笑い出した。


「それってぇ、結局何一つ信じてないって事じゃないの?」

「俺にもそう聞こえた」


つられて総一も笑い出した。

そんな2人の反応に咲実は一瞬だけきょとんとする。


「おかしいですね、大好きだって言ったつもりだったんですが」


最後に咲実も一緒になって笑い始める。

それは総一が総一のままであれば構わないという咲実のささやかな宣言だったのだが、残念ながら優希には伝わらなかったようだ。


「総一く~~ん! 咲実ちゃ~~ん! 優希ちゃ~~ん!」

「遅ーい! おいてくわよー!!」


そんな時、先行していた渚と文香が総一達を呼んだ。

のんびり歩いていた総一達は、他の6人と随分距離が離れてしまっていた。


「ほらお兄ちゃん、お姉ちゃん、みんなが待ってるよ。 ・・・は~~~いっ! いまいくよー!!」


優希はそう言うが早いか走り始める。

完全に出遅れた総一と咲実はその場に取り残された。


「・・・元気だなぁ、優希は」

「ふふふ、私達も行きましょうか」

「ああ。 ・・・咲実」


総一は咲実に向かって右手を差し伸べる。

すると咲実の顔から表情が消え、総一の意図を探るかのようにその視線が総一の顔を彷徨う。


「・・・・・・」


咲実は、今日このタイミングでは総一はそんな事は望まないだろうと思っていた。

死んだ恋人の墓参りをしようという、このタイミングでは。


「・・・大好きだって言っているつもりなんだけど」


その言葉を聞いた途端、咲実は驚きの表情と共に涙をこぼし始める。

やがてそれは泣き笑いへと変わっていく。


「・・・はいっ」


そして咲実は総一の手を掴み、しっかりと握り締める。

2度と放してしまわないように、強く、強く。


「・・・時々、総一さんってこういう意地悪をなさいますね?」

「ん? そうだったかい?」


総一も同じように咲実の手を握り返す。

その手のぬくもりを、幸せだと感じながら。


「んもうっ! 2人ともなにやってるの!!」


そこへ先に行った筈の優希が戻ってくる。


「みんな待ってるんだから!」

 

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そして優希は総一の左手を掴むとぐいぐいと引っ張り始める。

手を取ろうか悩んだ咲実とは違い、随分とあっさりしたものだった。


「お、おい優希?」

「そんな事良いから、ダッシュ!」


優希を先頭にして総一、咲実。

手を繋いだ3人は優希の勢いに引きずられるようにして走っていく。


「ほんとにもう、肝心な時は2人とも駄目なんだからっ」


優希の鼻息は荒い。


「すまん」

「ごめんなさいね、優希ちゃん」


続く総一と咲実は苦笑しながら顔を見合わせる。


「・・・ふふ、結局、私達には優希ちゃんが必要なんですね?」


そして咲実は総一にだけ聞こえるように囁く。


「ああ。 しっかり者だからな、優希は」


足が止まりそうな時、2人を走らせるのは常にこの少女だった。

今までも、きっとこれからも。


「ごちゃごちゃ喋ってないで、ちゃんと走る!」


優希の声は厳しい。


総一と咲実はもう一度頷き合うと走るスピードを上げる。


そうして総一達は穏やかな風に揺れる桜の木々の間を、先で待つ仲間達に向かって走っていったのだった。


・・・。

 

 

シークレットゲーム -KILLER QUEEN-  END