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・・・。
今日の授業も淡々と過ぎていく。
「ふあー。 やっと昼休みかぁ」
「お前、眠そうだな」
「うん、徹夜で剣術部のチラシ作ってたんだぁ」
「チラシ、作ったのか!?」
「可愛いチラシが出来たよ!」
「そのことなんだけどさ・・・」
「お店終わってから徹夜で作ったんだからね」
はるかはチラシを一枚取り出した。
「『集え! 女子剣術部!』」
「お! 剣術部のチラシもう作ったの!?」
「手書きだけど自信作なんだよ」
「なんだこれ?」
チラシには変なイラストが書いてある。
「ほら、可愛いイラスト載せた方が、興味もってくれるかなぁって思って」
「このキャラクターなに?」
「これは、女子剣術部のマスコットキャラクター、ブドウちゃん! パンダをモチーフにしてみた」
「この、ヘドロの妖怪みたいなのが、パンダ?」
「こっからどう見てもパンダでしょ。 ねぇ水嶋くん」
「う、うん」
・・・はるかは底抜けに不器用だ。
「なぁ、はるか」
「何?」
「せっかく作ったところ悪いんだけどさ、撒くのやめないか?」
「どうして?」
「いや、その・・・なんとなく」
「チラシ、もう学園中に撒いちゃったよ」
「え!? 撒いたの?」
「うん! こういうのは早い方がいいでしょ?」
・・・すでに遅かったか。
「あの、撒いたなら仕方ねぇけどさ、桜木は勧誘しないでもらえないかな?」
「どうして?」
「あいつはもう剣術はやらないと思うんだ」
「だから、どうしてよ」
「やりたくないんだってさ」
「ヒカルちゃんに言われたの?」
「そうじゃねぇけど」
「ヒカルちゃんは剣術強いんでしょ?」
「・・・まぁ」
「だったらやるべきだよ」
「そうかもしんねぇけど、本人が嫌がってるからさ」
「きっと本人もやりたいと思ってるよ。 そのためにチラシ作ったんだから」
「とにかく、桜木だけは勧誘しないでくれ」
「納得できない。 私、直接ヒカルちゃん誘ってみる」
「だから、やめろって!」
「宗介は口出ししないで」
はるかは教室に戻っていった。
「はるかちゃん、なんであんなに必死なんだろ?」
「たく、頑固なやつ」
・・・困ったな。
ますます、はるかはやる気にさせちまった。
・・・・・・。
・・・。
下校しようと校門の前を通りかかるとはるかがいた。
「おい、何やってるんだ?」
「待ってるの」
「誰を?」
「誰でもいいでしょ。 ほら、宗介はさっさと帰ったら?」
「なんだよその言い方」
「いいから、いいから」
校門の前を桜木が通り過ぎる。
「ストップ!」
「・・・鈴木さん」
「お嬢さん、ちょっと時間はありますか」
「・・・ない」
「お嬢さん、これをどうぞ」
はるかはチラシを桜木に渡す。
「集え・・・女子剣術部」
桜木は俺の方を睨む。
「違うって。 俺はちゃんと説得したんだからな」
「宗介は黙ってて」
「これはどういうことだ?」
「ねぇ、ヒカルちゃん? 剣術部に入部しない?」
「断る」
「今、入部したら特典があるんだよ」
「特典?」
「そう。 うちの八百屋から、好きな野菜をひとつだけ進呈します」
「・・・なんでもいいのか?」
「うん。 野菜ならなんでもいいよ」
「・・・キュウリはあるか?」
「キュウリ? もちろんあるよ」
「・・・いや、いらない」
「いらないの?」
「物にはつられない! 悪いが剣術部に入部するつもりは一切ない」
「どうして? ヒカルちゃんは剣術をやるべき人だよ」
「前にも言ったはずだ。 私はもう二度と竹刀は持たないと」
「そんな意地張らないでさ、やろうよ。 絶対そっちの方が楽しいって」
「楽しい? いい加減にしてくれないか?」
「才能のある人には、続けて欲しいの」
「・・・私はやらない。 それに才能などない」
「私、諦めないから」
「え?」
「ヒカルちゃんが剣術やるまで、私、諦めないから」
「はるか、ちょっと強引すぎないか?」
「私、ヒカルちゃんには剣術やって欲しいから」
「・・・どうしてだ?」
「え?」
「どうして、鈴木さんはそんなに私に剣術をやらせたがる」
「それは・・・」
「そこまでして私に固執する理由はなんだ」
「話さなきゃダメかな?」
「ここまで付きまとうからには、それなりの理由があるんだろ?」
・・・はるかが桜木に剣術をさせたい理由?
「昔ね、野球が大好きな男の子がいたんだぁ」
「野球?」
「そう。 その男の子はピッチャーだったの。 物凄い球、投げるんだよ」
「それで?」
「でもね、その男の子、ある日を堺に野球を辞めちゃったの」
「・・・・・・」
「私はその男の子がボールを投げてるところを見るのが大好きだったんだぁ。 その男の子には、才能があった。 それなのに彼は野球を辞めた」
俺はうつむいた。
「野球が大好きで、たまらないはずなのに、続けたいはずなのに、男の子は野球を辞めちゃったんだ」
「それは、好きじゃないから、辞めたんじゃないのか?」
「ううん。 大好きだったよ。 それは私が一番知ってるもん。 だから、私はもう、そういう人を二度と見たくないの」
はるかは俺の方を見た。
「その男の子と私をダブらせるのはやめてくれ。 迷惑だ」
「迷惑?」
「ああ。 迷惑だ。 勝手な私情で私を巻き込まないでくれ」
「・・・そうだね」
「そうだ」
「いけない、私、帰らなきゃ」
「・・・店か?」
「うん。 じゃあね」
はるかは帰って行った。
「なぁ、野球が大好きな少年はお前か?」
「・・・知らねぇよ」
「幼馴染とは、やっかいなもんだな」
「・・・ああ」
「行ってみないか?」
「どこへ?」
「鈴木さんの八百屋だよ」
「なんで?」
「はっきりさせたいんだ。 これ以上、私に剣術を勧められても困るからな」
「あいつ、頑固だからな。 まだ諦めてないと思うぞ」
「行くか・・・」
・・・・・・。
・・・。
鈴木青果店の前につく。
はるかは忙しく働いている。
「いらっしゃいませ! あ、ちょっと待ってくださいね」
はるかは同時に何人もの客を相手にしている。
「ありがとうございます! あ、すいませんキャベツですね」
「鈴木さん、一人で働いてるんだな?」
「親父が調子悪いみたいでさ」
「あれだけのお客さんを一人でまわすのは大変だろ」
「仕方ねぇよ」
「そんなに調子が悪いのか?」
「ああ、最近は一人で店に立ってることが多いみたいだ」
「学園が終わった後に仕事か・・・。 頑張るな」
「あいつがいないと、店、終わっちまうよ」
店は常連客でそれなりに込んでいる。
「いらっしゃいませ! ・・・お父さん」
はるかの父親が店の奥からゆっくりと出てきた。
さすがにはるか一人では大変だから、手伝うつもりなのだろうか・・・。
「具合は大丈夫なの?」
「なんとかな」
「店出れそう?」
「それは、ちょっとなぁ・・・」
「今、凄く混んでるから、手伝ってもらえると助かるんだけど・・・」
「いや、今日は無理だぁ。 一人でなんとかしてくれないか?」
「わかった」
「すまんなぁ、はるか」
「気にしなくてもいいよ」
「悪いなぁ・・・」
はるかの父はへこへこと頭を下げ、店を出て行ってしまった。
「あれが、鈴木さんの父親か?」
「そうだよ」
「生気のない父親だな」
「まだ調子が悪いんだろ」
「ただ、やる気がないだけにしか見えないが・・・」
「それは俺にはわかんねぇよ。 ただ言えることは、昔はもっとしっかりした親父だったってことだよ」
「変ったのか?」
「ああ。 あんなんじゃなかったよ」
「そうか」
「あ、ヒカルちゃん」
遠巻きに見ていた俺たちに気づき声を掛けてきた。
「忙しそうだな」
「うん。 でも大丈夫。 いつものことだから」
「親父さん、辛そうだな」
「そうなの。 だから、お父さんの分まで、私が頑張らなきゃ!」
「父親には言わないんだな」
「え?」
「お前の父親はなぜ働かないんだ?」
「お父さんは、腰の具合が悪いから」
「そういう風には見えなかったぞ。 出て行ったみたいだし」
「動けるけど、店に立つのは無理なんだよ」
「父親はどこに行ったんだ?」
「・・・お父さんのことは、いいよ」
はるかはバツの悪そうな顔をした。
「私には剣術をやれというくせに、自分の父親には働けと言わないんだな」
「・・・お父さんはまだ働けないから」
「他人に言う前に、自分の身内に言ったらどうだ? 鈴木さんだって一人で働くのは大変だろ」
「桜木、そこまで言うことないだろ。 他人の家のことだ。 ほっといてやれよ」
「・・・椿だってそうだ。 椿には野球を続けろって言わないのか?」
「俺のことはいいよ」
「なんだ、ばれちゃったのか」
「なぜ椿には野球をやれと言わない?」
「言ったよ・・・でも、ダメだったの。 どんなにやりたくても、宗介は続けられなかった。 だから、せめてヒカルちゃんには剣術やって欲しいんだよ!」
「結局、椿は野球を辞めてしまったんだろ?」
「俺のことはいいって!」
「・・・そうだね」
「私だって椿と同じだ。 もう、剣術を勧めたり、部を作るなんて話は持ち掛けないでもらえるか?」
「・・・でも、ヒカルちゃんは剣術が好きなんでしょ?」
「悪いが私は剣術が大嫌いなんだ」
「大嫌い?」
「そうだ。 大嫌いだ!」
「そうなんだ。 ・・・分かった。 もう誘ったりしないから。 ごめんね。 ヒカルちゃんの気持ちも考えないで、私、ひとりで突っ走っちゃって・・・」
申し訳なさそうな顔をして目を逸らした。
「・・・鈴木さんには、人を動かすだけの力がないんじゃないか?」
「え?」
「誰かを変えるだけの情熱がないんだと思う。 少なくとも、私は鈴木さんに何か言われたところで自分の気持ちを変えるつもりはない」
「・・・そうかもしれないね。 私が言ったところで、誰かを変えることなんて出来ないのかも」
「はるか・・・」
「私はやりたくてもやれない人をもう見たくないの」
「そんな、中途半端な気持ちで人をけしかけないでくれ」
「・・・ごめん」
「正直、迷惑だ・・・」
「・・・うん」
桜木は去っていった。
「ごめんね・・・」
はるかはうつむき、去っていく桜木の背中に呟いた。
「はるか・・・」
「誰も変えることなんて出来ないのに、一人で空回りしちゃって、バカみたい・・・。 私って、ほんと無力だよね・・・」
はるかの頬から静かに涙が落ちた。
「ほんと、バカみたい・・・」
「・・・・・・」
俺はかける言葉も無く、家に戻った。
・・・・・・。
・・・。
こんな時間に、客か?
「はーい」
下に耳を澄ます。
「あのぉ・・・」
「誰ですか?」
「クラスメイトの佐田リコです。 宗介くん、いますか?」
「まぁ? クラスメイト? 宗介なら部屋にいると思うけど、ちょっと待っててね」
「はい」
「宗介! 佐田さんが来てるわよ」
「リコ?」
階段を降りて、玄関の外に出た。
「こんばんは」
「どうしたんだよ、こんな遅くに」
「フラフラしていたら、ここにたどり着いてしまったのです」
「なんだよそれ」
「暇ですか?」
「暇っちゃ暇だけど」
「リコもちょうど暇なんです。 奇遇ですね」
「何か用か?」
「元気ですか?」
「・・・元気だけど」
「昨日の追試、なんとか合格できそうな気がします」
「あ、そうだな。 発表は明日だったな」
「宗介くんはどうですか?」
「俺も、なんとかなりそうだよ」
「それは良かったです」
「うん」
「・・・」
「なんだ?」
「おかげさまでテストを乗り越えられました」
「俺は何もしてねぇよ。 礼なら沢村に言ってくれ」
「そうですね。 今度会ったら、いいます」
「ああ」
「暇ですか?」
「いや、暇だけど・・・」
「リコも暇です」
「それはさっき聞いたよ」
「宗介くんは、動物だと何が好きですか?」
「動物?」
「リコは大体好きです」
「あのさぁ、こんなに遅くに帰らなくて家族は心配しないのか?」
「え!? あ、そうですね。 でも今日は、遅くなるってお母さんに伝えておいたので」
「なんかリコっていつも家に帰るの遅いよな」
「そ、そんなことないですよ」
「家まで、送ってやるから、もう帰った方がいいぞ」
「わ、わかりました」
俺はリコを送ることにした。
・・・・・・。
・・・。
大きなマンションの前に到着した。
「リコの家ってここか?」
「はい。 分譲です」
「立派なマンションに住んでるんだな」
「そうですね」
高くそびえるマンションは高級感があり、リコの家はそれなりに裕福な家庭なんだと推測できた。
「じゃあな」
「あ、待ってください」
「・・・なんだよ」
「もう少しだけ、お話しませんか?」
「話なら、また明日聞くよ」
「今、話したいんです」
「どうしたんだよ。 家族が心配してるだろ。 早く帰った方がいいぞ」
「多分、大丈夫です」
リコは俺を必死で引き止める。
様子がおかしいな・・・。
「リコってさぁ、誰と暮らしてるんだっけ?」
「え?」
「家族構成だよ」
「えっと、お父さんと、お母さんと、おばあさんと、おじいさんと、妹と、弟と、お姉さんと、お兄さんと・・・知らない叔父さんと・・・」
「家族、増えてないか?」
「え!」
「前に聞いたときには、もっと少なかったような・・・」
「いえ、その増殖しました」
「増殖!?」
「リコの家族は、その、日によって増殖したり、減少したりを繰り返します」
「なんだよそれ」
「アメーバのような感じです」
・・・こいつ、ウソ言ってるな。
「リコの部屋ってどこ?」
「10階の一番左の部屋です」
「・・・電気消えてるぞ」
「いや、その、省エネです。 我が家はエコ家族なんです」
「真っ暗で生活してるのか?」
「た、たまにです」
「お父さんは何の仕事してるんだ?」
「父は、その、パ、パイロット」
「へぇ~・・・凄いな」
「う、ウソじゃないですよ!!」
「ウソとか思ってねぇよ」
「そ、そうですか」
・・・もしかして、リコって家族いないんじゃ・・・。
「・・・リコは大家族で楽しく暮らしてるんです」
「なぁ、なんで夜歩き回ってるんだ?」
「それは・・・」
「普通、家族がいたら夜出歩いたりしないだろ」
「グハ・・・」
「お前って、もしかして家族がさぁ・・・」
「あ、お母さんからだ!」
「え?」
「もしもし、お母さんですか? もうすぐ帰りますよ。 今ですね、友達の宗介くんと一緒に他愛もない会話をしてました」
「・・・なんだ。 いたのか」
「今日のご飯はなんですか? え? ハンバーグ牛丼ですか!?」
「ハンバーグ牛丼?」
「リコの大好物ではないですか。 楽しみです。 もうすぐ帰るので心配しないで下さい。 ではでは。 お母さんからでした」
「そうか」
どうやら、家族はいるみたいだな。
「今日の夜ご飯は、リコの大好物みたいです」
「良かったな」
「はい。 あ、そういえば剣術部作るんですか?」
「どうだろうな」
「今日、学園ではるかさんにチラシをもらいました」
「リコももらったのか」
「もし、リコが剣術部に入って、全国大会で優勝したら、お母さんやお父さんは褒めてくれますかね?」
「どうだろうな」
「兄弟達も喜んでくれるでしょうか?」
「普通は喜ぶんじゃねーか? 知らねーけど」
「ですよね・・・」
「もう、帰った方がいいんじゃないか?」
「あ、そうですね。 お母さんが心配しちゃいますから。 ではでは」
「じゃあな」
「・・・今日は、リコの会話に付き合ってくれてありがとです。 それではまた、明日。 おやすみなさい」
リコはマンションの中に入っていった。
・・・もう、こんな時間か。
俺も帰るか。
・・・・・・。
・・・。
帰り道の途中に、大きな屋敷の前を通りかかった。
しかし、でかい家だよな。
リコの家も立派だけど、それとは比べ物にならない豪邸だ。
ん?
あれ?
レイカじゃん。
レイカ会の人間もいるようだな。
「これは今月分の給料よ」
「ありがとうございます!」
「生徒A、あなたは今月いい働きをしたのでイロをつけておいたわ」
生徒は袋をあけ中のお金を確認している。
「こんなにもらえません」
「いいのよ。 所詮お金なんてこういう使い方しかないんですもの」
なんか見ちゃいけない場所に来たみたいだな・・・。
「これは生徒Bの分よ」
「ありがとうございます」
「なに? あなた、あまり嬉しくなさそうね」
「そんなことありません」
「額が足りないならいってちょうだい」
「そんなぁ」
「では、また明日」
「レイカ様」
「なに? 生徒A」
「今度のリサイタル、頑張ってください」
「レイカ様のピアノ、楽しみにしています」
「・・・ええ」
「では、さようなら」
生徒AとBは帰っていった。
「・・・リサイタル。 くだらないわ」
「よう!」
「椿宗介! あなたいつからいたの」
「いや、たまたま通りかかっただけだよ」
「あなたもお金が欲しいのかしら?」
「ちげーよ」
「あ、そういえばチラシ、見たわよ」
「チラシって?」
「チャンバラの部員募集のチラシ」
「ああ、はるかが配ってたやつか」
「鈴木はるかが、この私にチラシを配ってきたのよ。 許せないわ」
・・・レイカにも配ったのかよ。
「チャンバラなんてやりたい人いないと思うわよ。 野蛮ですもの」
「・・・野蛮ねぇ」
「まあ、鈴木はるかの考えそうなことだわ。 私の知り合いにもひとりチャンバラをやっている方がいますけど、それはそれは野蛮よ」
「知り合いに剣術やってるやついるの?」
「ええ。 お父様の付き合いのある会社の方。 まあ、神山グループと比べれば屁みたいな会社ですけど」
「へぇ~」
「品のない人だわ。 私、大っきらい」
「レイカは嫌いな事が多いんだな」
「そんなことないわ。 好きなものだって多いもの」
「例えば?」
「そうね、チェリーパイでしょ。 イチゴのミルフィーユでしょ。 あとマロングラッセも好きだわ」
「なんか高そうなものばっかりだな」
「椿宗介も嫌いじゃないわ」
「え?」
「あ、勘違いしないでね。 嫌いじゃないだけで、好きでもないわ」
「あっそう。 俺もレイカのこと嫌いじゃないぜ」
「なに様?」
「・・・やっぱあんま好きじゃねーな」
「ところで、あなたは、鈴木はるかのなに?」
「え? 急になんだよ」
「いつも一緒にいるみたいだから・・・」
俺は少し考えて答えた。
「幼馴染だよ」
「幼馴染っていうのはなに?」
「なにって、その小さい頃から一緒にいるやつだよ」
「そう。 許嫁ってこと?」
「結婚の約束はしてないけど」
「そのうちするの?」
「いや、それはねーだろ」
「そう」
「なんなの?」
「別に。 いけない。 これからお父様と会食でしたわ」
「今から?」
「そう。 私は忙しいのよ。 それじゃ、おやすみなさい」
レイカは家の中に入っていった。
・・・・・・。
・・・。
俺ははるかの家を見上げた。
・・・電気、消えてるな。
大丈夫かな、あいつ。
桜木との事で、きっと落ち込んでるだろうな・・・。
俺はメールを打つ。
『マコトへ。 今日は色々ありました。 人との繋がりって、マジでめんどくさいものですね。 やっぱり友達なんて・・・いらないかも』
俺は携帯を閉じ、はるかの部屋をしばらく見つめていた。
・・・・・・。
・・・。
「栗林君、これはなんだね?」
大九郎は手に持ったチラシを栗林に見せた。
「それは・・・」
「校門のあたりに落ちていたらしいんだが」
「なんでしょうね」
「なんでしょうではないよ」
「沢村さん、あなた知ってる?」
「・・・いいえ」
アキナは大九郎と栗林を前に、緊張している。
「集え女子剣術部!! なんだこれは」
「剣術部?」
「部活動は禁止にしたんじゃないのかね?」
「そうなのですが、勝手に一部の生徒が」
「許可などは出していないだろうね」
「もちろん出していません」
「ここに書いてあるこの変な生き物はなんだね」
「ブドウちゃん、ではないでしょうか」
「そうだね。 書いてあるもんね。 ブドウちゃんってね」
「剣術の武道とかけているのではないでしょうか」
「そうだろうね。 君、ちょっとこっちの吹き出しを読んでくれ。 私はこっちを読むから」
「分かりました」
「『ブドウちゃん、ブドウちゃん、剣術をすると、どんないいことがあるの?』」
「『とりあえず、痩せるよ!』」
「『や、痩せる? わたし、入部します!』」
「『じゃあ、ここにサインして。 拇印でもいいよ』」
「『はい!! 喜んで』」
「・・・・・・」
「沢村くん、なんだこれは」
「四コマ漫画だと思います」
「君たちは私を愚弄しているのか?」
「私は別に」
「不快だね。 特にこのキャラクターは不快だよ」
「安心してください。 剣術部が設立されることなど、決してありませんから」
「当たり前だよ。 しかし、誰がこんなものをばら撒いたんだ」
「沢村さん、あなた何か知ってる?」
栗林は再度、沢村に問いただす。
「・・・いいえ」
「その顔は知ってる顔ね」
「私は何も知りません」
「あなた、風紀委員長なのよ。 こんな物がばら撒かれてほっておくなんて、責任はあなたにもあるわ」
「すいません。 私がもっとちゃんとしていれば・・・」
「・・・誰がこのチラシを撒いたの?」
「・・・・・・」
「時期、生徒会長候補の君がそんなことでは困るなぁ」
「え?」
「生徒会長になりたいのなら、学園の悪に立ち向かわなきゃね」
「悪、ですか?」
「そうよ。 いちいち私情を挟んでいるようでは、生徒会長にはなれないわよ」
「生徒会長に、なれない・・・」
「沢村君、生徒会長になりたいんだろ?」
「・・・はい」
「だったら答えはおのずと出ているんじゃない? 誰がこのチラシを撒いたの?」
「そのチラシを撒いたのは・・・鈴木先輩です」
「鈴木? それは鈴木はるかの事かしら?」
「・・・はい」
「それは本当か?」
「私、見たんです。 鈴木先輩が廊下で生徒たちにそのチラシを配っているところ・・・」
「鈴木はるかといったら、君のクラスの生徒じゃないか」
「すいません」
「・・・これは問題だな」
「処分はどうしますか?」
「学園の風紀を乱すものは・・・退学してもらわないとね」
「そんなぁ、いくらなんでも退学は酷すぎます」
大九郎はアキナをにらみつける。
黙れ、と威圧していた。
・・・酷いのは、チラシをまいた鈴木はるかではないか?
アキナは不服そうに口を濁した。
「ですが・・・」
「剣術部など・・・もってのほかだ」
「沢村さん、よく話してくれたわね。 あなたのおかげでこの学園の風紀が守られたわ」
「・・・・・・」
「栗林君、鈴木はるかの退学の件、まかせたよ」
大九郎は不敵な笑みを浮かべた。
・・・・・・。
・・・。
『本日の授業は、学園内の施設点検の為、午前中の授業で終了となります。 授業後は速やかに下校しましょう』
「え? マジで! ラッキーじゃん。 カラオケ行く?」
「行かねぇよ。 今日は、追試の結果発表の日だろ」
『また、先日追試を受けた、3年Aクラスの椿くん、桜木さん、鈴木さん、佐田さん、水嶋くんへ連絡です』
「おっと、名指しできたぞ」
『追試の結果を職員室近くの廊下にある掲示板に張り出していますので、各自、確認してください』
「ついに、判決の時だな」
「俺、緊張して見れないかも~」
「お前はホントに緊張感ゼロだな」
「合格してるといいがな」
「リコは合格していると踏んでいます」
「俺だけ不合格だったら嫌だな・・・」
「・・・鈴木さん?」
「なに?」
「・・・行こう」
「うん」
・・・。
「誰かひとりでも退学になったら、みんなで全力で慰めあおうな」
「お前は変な機械使ってんだから、どうせ合格してるだろ」
「ドキドキするです」
「じゃあ、自分の点数を確認するか」
俺たちは掲示板に張り出されている結果を恐る恐る見た。
「桜木ヒカル・・・。 91点、ふ、ギリギリか」
「すげー!」
「言っただろ。 私は元々、頭は悪くないと」
桜木って頭いいんだな。
「俺はっと。 ・・・97点!! やった~!」
「あの機械凄いな・・・」
水嶋は機械の力か。
「リコはどうだ?」
「99点です」
「リコちゃん、凄い! 沢村さんと勉強した結果がでたんだね!」
「はい。 (鳥さんと虫さんに感謝です)」
「どうなってんだよ・・・。 プレッシャーだな」
「椿、お前はどうだ?」
掲示板を見るのが怖い・・・。
椿宗介・・・。
・・・。
「ん? ・・・あれ?」
「宗介、もしかして・・・。 みんな! 全力で慰める準備だ!」
「はい。 徹底的に慰めます!」
「いや、その・・・」
「椿、落ち込むんじゃないぞ」
「そうじゃなくて・・・」
・・・。
「・・・100点」
「え? 今、なんて言った?」
「俺、100点ってなってるんだけど・・・」
俺は自分の目を疑った。
「なにかのミスだな」
「そうです。 これはなんらかのトラブルが起こっています」
「いや、でもここに・・・」
何度みても赤い字で、しっかりと100点と書かれている。
「・・・そうか。 やっぱりな」
「え?」
「・・・やれば出来る男なんだよ。 俺は!」
急に天狗になる俺。
「宗介、もしかしてあのノート全部覚えたの?」
「必死でな・・・」
「凄いよ宗介・・・」
「はるかの、おかげだよ」
「ううん。 よく頑張ったね」
「うん。 はるかはどうだったんだ?」
「はるかさんは頭がいいから、100点ですね」
はるかは学年でもトップクラスの成績だ。
問題ないだろう。
「・・・あれ?」
「どうしたんだ?」
「おかしいなぁ・・・」
「え?」
俺たちは掲示板を見た。
「・・・鈴木はるか。 87点・・・」
「87点ってもしかして・・・」
「合格点は90点です。 それはまずいです」
「そんなぁ・・・」
「おい、マジかよ」
「マジみたいだよ。 だって、書いてあるし」
「何かの間違いだよ。 はるかが合格点を割るなんてありえねぇーよ」
「だが、どう見ても87点と書いてある」
掲示板には『鈴木はるか87点』の文字が刻まれている。
「そうだね・・・私、不合格みたい」
「はるか・・・」
はるかが不合格なんて、なにかの間違いだ。
「追試の結果が出たようね」
「栗林先生!」
「椿くん、まさかあなたが100点だなんて、私感動したわ」
「・・・どういう意味だよ」
「どんな手を使ったかは知らないけど、とりあえず退学は免れたみたいね。 桜木さん、佐田さん、水嶋くんの3人も合格ね」
「・・・鈴木さんは?」
「鈴木さん、残念だったわね」
栗林は皮肉と同情の入り混じった声で言った。
「・・・はい」
「まさか、あなたみたいな優秀な生徒が不合格だなんて・・・先生、悲しいわ」
「はるかは、どうなるんだよ」
少し間をあけて、栗林は言い放った。
「もちろん、退学よ」
「退学ですか・・・」
「ええ。 残念だけど」
「待てよ」
「なにかしら?」
「本気で退学にするつもりか?」
「当然です。 約束は守るためにあるのよ」
「だけどさぁ」
「・・・・・・」
「鈴木はるかさんには今日をもって、この学園を去ってもらいます」
「・・・そんなぁ」
「分かりました」
「・・・はるか」
「退学の手続きをしたいから、日を改めてご両親と職員室に来てちょうだい」
「・・・はい」
そんな・・・。
・・・・・・。
・・・。
はるかが不合格という事実が信じられず、俺たちは放課後、はるかの周りに、自然と集まった。
「はるか、どうするんだよ」
「ちょっとミスっちゃったなぁ。 勉強にはそれなりに自信あったつもりだったんだけど。 仕方ないよ」
「仕方ないって、お前、本気で退学するつもりか?」
「しょうがないよ。 だって点数取れなかった私が悪いんだもん」
「・・・諦めるのかよ」
「え?」
「それでいいのかよ」
「うん。 大丈夫」
「鈴木さん、その、なんて言っていいか・・・」
「ヒカルちゃん、気を遣わないで。 私は平気だから」
「嫌です。 退学なんて、悲しいです。 はるかさんはリコの大切な友達です」
「ありがとう、リコちゃん。 でも、現実は受け入れなきゃね」
「学園辞めてどうするんだよ」
「私にはお店があるから! しっかり働いて、鈴木青果店を守っていく」
「・・・ほんとに辞めちゃうの? 栗林先生に交渉してみようよ」
「ううん。 ちょっと、すっきりしたかも。 私が辞めても、みんなお店に来てね! 安くするから!」
「・・・・・・」
「ごきげんよう、3年Aクラスの皆さん」
「・・・なんだレイカか」
「なんだとは何よ。 失礼な人ね」
「今、ちょっと取り込んでてさ」
「あなたたち、明日は暇かしら?」
「・・・・・・」
「どーせ暇なんでしょ? 明日、私のコンサートが向井台ホールで開催されます」
「コンサートですか?」
「ピアノコンサートよ。 無料で招待してあげるから来なさい」
「コンサートか・・・」
「あなたたちに理解できるかは分からないけど、私の華麗なるピアノテクニックを見るのも悪くないんじゃないかしら?」
「何で上から目線なんだろ・・・」
「鈴木はるか、あなたも来るのよ」
「う、うん」
「歯切れが悪いわね。 どうしたのかしら?」
「それがさ・・・」
「ごめんね。 私、お店があるから、いけないと思う」
「お店?」
「うん。 うち、八百屋だから」
「八百屋? 八百屋って何?」
「野菜を売ってるの」
「野菜? あなたそんなもの売ってるの?」
「・・・そうだけど」
「大変ね。 私、野菜は大好きだけど、売っている人には初めて出会ったわ」
「また機会があったら誘ってね」
「だったら、お店をお休みにすればいいんじゃない?」
「それは出来ないよ」
「悪いけど、今、俺たちコンサートって気分じゃないんだよ」
「なんですって!」
「それに、私はピアノなど興味はない」
「愚かね・・・。 まあいいわ。 明日だから、みなさん是非、いらしてね」
「話、聞いてた?」
「・・・あら、鈴木さん、顔色が悪いよ」
「そう?」
「何かあったの?」
「実は私・・・この学園を今日で辞めなければいけなくなったの」
「それは、どういうこと?」
「追試があったんですけど、はるかさんだけ、不合格になってしまったんです」
「鈴木さん、それは本当のことなの?」
「うん。 だから神山さんとも今日でお別れだね。 今までありがとう」
「そうなの・・・。 少し・・・寂しくなるわね」
「寂しい? そう言ってもらえると、嬉しいよ」
「ち、違うわよ。 レイカ会の宿敵がいなくなるから、その、張り合いがなくなるだけよ!」
「うん。 そうだね」
「なんでこんなことになっちまったんだろ」
「ちゃんと勉強したんだけどなぁ・・・」
「あなたが勉強でミスをするなんて変ね」
「え?」
「だってあなた、頭だけはいいじゃない。 顔は私に劣るけど」
「そんなことないよ」
「答案用紙、見せてくれない?」
「いいけど」
レイカは、はるかの答案用紙を見た。
「・・・87点。 ふーん。 鈴木さんにしては低い点数ね」
「頑張ったつもりだったんだけど・・・」
「あら?」
「どうした?」
レイカは答案用紙を凝視している。
「ここ、おかしいわね・・・」
「どういうことだ?」
「ここの文字だけ、変よ」
レイカは答案を指差した。
「なんだか別の人が書いたような文字だわ。 明らかに他の字と違うもの」
「ほんとだ・・・はるかの字じゃない」
筆跡が違うのがすぐに分かった。
「・・・うん」
「これってもしかして・・・」
「もしかして・・・?」
「あなた、字を色々と使い分けるタイプの人かしら?」
「そんなつもりはないけど」
「・・・じゃあどうして、文字が違うのよ」
「あとから、誰かが鈴木さんの答案を書き直したとしたら・・・」
「そんな・・・」
「ここも、おかしいです!! 消しゴムのあとが残っております」
誰かに消された後がある。
「椿、これはもしかして・・・」
「・・・誰だよ、こんな事したヤツは」
「これを採点したのは誰?」
「栗林先生です!」
「どうする椿?」
「もし、栗林が書き換えたんだとしたら、絶対に許せない」
「私も同感だ」
「栗林先生がそんなことするはずないよ。 もう、このことはいいから」
「いいからってなんだよ」
「え?」
「こんなことされといて、黙ってられるかよ」
「宗介」
「学園やめて、どうすんだよ」
「だから、お店を・・・」
「諦めんのかよ? 人には散々諦めるなっていったはるかが、自分の夢は簡単に諦めるのかよ?」
「だけど・・・」
「俺は、こんなことで、はるかの夢、潰すなんて絶対に嫌だし、許せねーからな」
「・・・でも」
「職員室に行くか?」
「当たり前だろ」
俺たちは栗林の元へ急いだ。
・・・・・・・。
・・・。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ほら、宗介! もう泣かないの」
「・・・泣いてねーよ」
「悔しいのは分かるけど、また次に頑張ればいいじゃない」
「だって、俺のせいで負けたんだぜ」
「メソメソしてても、上手くならないぞ!」
「分かってるよ」
「・・・いい球だったよ」
「・・・そうかなぁ?」
「うん、真っ直ぐで綺麗なストレート」
「真っ直ぐ過ぎて、打たれちまったけどな」
「私ね、宗介の真っ直ぐな珠、大好きなんだよね」
「俺、カーブとか無理だからさ」
「気持ちが、スカッとするんだぁ。 宗介が投げるところを見てるとね、私も頑張ろうって思うんだよ」
「負けたら意味ねーよ」
「そんなことないよ。 宗介の未来はこれから続いていくんだから」
「・・・未来?」
「そう。 もっともっと上手くなって、もっともっと真っ直ぐな珠が投げられるようになるまで、私はずっと宗介の近くにいたいんだぁ」
「・・・はるか」
「ほら、足の傷、見せてよ」
「うん」
「派手に転んじゃったね」
「俺が点数とられたんだから、俺が取り返すしかないだろ」
「いいスライディングだったんだけどなぁ。 残念、残念」
「・・・すげー痛い」
「消毒しなきゃね」
「・・・痛てっ!」
「我慢、我慢。 男の子でしょ」
「もう少し、優しく出来ないのかよ。 ほんとに不器用だな、おまえ」
「どうせ私は不器用ですよ」
「あとは自分でやるからいいよ」
「私ね、決めたんだ!」
「何を?」
「将来、看護士さんになって、宗介が野球で怪我したときに治してあげるの」
「はるかが看護士? 出来るのかよ」
「出来るよ。 少しでも宗介の力になってあげたいんだ」
「じゃあ、まずは手先を器用にしなきゃだな」
「看護士になるためには、いっぱい勉強しなきゃだなぁ・・・」
「どうやったらなれるの?」
「新山学園を卒業して、看護の勉強してみようかなぁ」
「新山学園かぁ・・・。 あんな頭いい学園、俺は無理だな」
「宗介も、一緒に入学しようよ」
「無理だよ、俺、バカだし」
「宗介はバカじゃないよ。 やれば出来る子だって私が一番知ってるもん」
「・・・そりゃどうも」
「次の試合は勝つんだよ。 絶対だからね!」
「うん。 俺は、どんなことがあっても、野球だけは辞めたりしないから、お互い、夢に向かって頑張ろうぜ!」
「うん。 私も頑張ってみる。 宗介と一緒だと心強いなぁ・・・これからも一緒にいようね」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
・・・・・・。
・・・。
「椿、これが本当だったら、私は許せない」
「俺、手が出ちゃうかもしれないな」
俺は自分をうまくコントロール出来るか心配だった。
「そんなことしたら、宗介まで退学になっちゃうよ」
「こんなことされて、黙ってられるかよ」
「安心しろ。 椿が手を出しそうになったら、私が全力で止めてやる」
「・・・頼むぜ」
「あ、沢村さんです」
「椿先輩!」
「栗林って職員室にいるか?」
「いると思いますけど、何かあったんですか?」
「それが、鈴木さんの追試のことで色々とあってな」
「色々って・・・もしかして」
「沢村さん、何か知ってるですか?」
「それが・・・その・・・私が言ったって内緒にしてもらえますか?」
「どういうことだよ?」
「実は・・・あの追試の答案、書き換えたみたいなんです」
「書き換えたのは誰だ?」
「私が言ったって言わないで下さいよ」
「約束する」
「書き換えたのは栗林先生です」
「ひ、酷いです!」
「でも、書き換えろと指示を出したのは・・・」
「出したのは?」
「・・・新山大九龍・・・学園長です」
「学園長が? なぜそんなことをしたんだ」
「・・・ビラを撒いたからです」
「ビラ?」
「はい、鈴木先輩、剣術部のビラを撒いてたじゃないですか? あれがどうやらまずかったみたいで・・・」
「ビラを撒いただけで、退学なんてどういうつもりだ」
「私も、抗議したんですけど、剣術部というところが引っかかったみたいです」
「・・・剣術部か」
「今の話、信じていいんだな?」
「すいません。 私は必死で止めようとしたんだけど、やっぱりダメで・・・でも、まさか本当にこんなことになるなんて・・・」
「・・・ちゃんと止めたのか?」
「え?」
「お前、はるかのこと、かばってくれたんだよな?」
「・・・はい」
「ありがとうな」
「私・・・」
「本当のことを教えてくれて、ありがとうな」
「椿先輩」
「生徒会長になりたいんだろ? 沢村、ありがとうな」
「・・・・・・」
沢村は俺と目を合わせようとしない。
「職員室に、乗り込むぞ」
「なぁ、桜木、俺が暴走したら頼むぜ」
「・・・任せておけ」
・・・。
俺たちは職員室に入り、栗林を探した。
栗林は机で作業をしているようだ。
「あの・・・」
「何か用かしら?」
「ちょっと、話あるんすけど」
「何かしら?」
「鈴木さんの追試の件なんだが」
「残念だったわね。 学園としては惜しい人材を退学させないといけなくなってしまったわ」
「・・・ふざけるな」
俺は今にもキレそうな自分を必死でコントロールした。
「椿、落ち着け」
「・・・どういうつもりだよ」
「・・・どういうつもり? 何のことかしら」
「あんた、はるかの答案用紙、書き換えただろ」
「・・・意味が分からないわ」
栗林はポカンとした顔をしている。
「これ、見ろよ」
俺は栗林の机の上に、答案を突きつけた。
「・・・・・・」
栗林は表情一つ変えない。
「明らかに、ここの文字が違います!」
「なんのつもりだよ」
「言いがかりはよしてもらえるかしら」
「ビラを撒いたのは、はるかが悪いけど、それをこんなかたちで退学で追い込むなんて教師のすることかよ」
「・・・ビラ? ああ、剣術部のことね」
「汚ねぇことしやがって」
「椿くん、言葉を慎みなさい。 それが教師に対する態度ですか?」
「俺は絶対に許さないからな」
「許さない? どうするつもり?」
「・・・・・・」
「鈴木はるかも馬鹿な生徒よね。 大人しくしていれば優秀な生徒なのに、よりによって剣術部を作りたいなんて言い出すんですもの」
「バカな生徒?」
「そうよ。 愚かよ」
「もういっぺん言ってみろ」
俺は拳を握り締めた。
もうこれ以上、自分を抑えることができない・・・。
「何度でも言ってあげるわ。 鈴木はるかは愚かな生徒よ」
「・・・ぶっ殺す」
拳は栗林に向かって伸びていく。
「椿!」
「宗介! やめて!」
拳は二人の声のおかげで、当たるギリギリで止まった。
「はるか・・・」
「もうやめて! そんなことしたら、宗介まで退学になちゃうんだよ」
「でもさ」
俺は手をおろし、拳をギュッと握りしめる。
「私のことはいいから。 ビラを配ったりした私が悪かったんだから。 栗林先生、すいませんでした。 剣術部を作ろうとした私が悪かったんです」
「・・・当然よ」
「だから、宗介のことは許してください。 お願いします」
「なんで謝るんだよ」
「私が悪いんだよ・・・簡単な気持ちで剣術部なんて作ろうとしたから。 そのせいで、ヒカルちゃんや、学園にまで迷惑かけちゃったし、私が辞めればそれで済むんだから」
「はるかさん・・・」
「全部私が悪いんです。 だから、みんな、もうよそうよ」
はるかは訴えるような目で俺を見た。
「・・・滑稽ね」
「え?」
「鈴木さん、あなた滑稽だわ。 自分のしたことで、どれだけ学園に迷惑がかかったか分かっているの?」
「分かっています」
「あなた、学園の風紀を乱したのよ」
「はい」
「学園は集合体なの。 誰か一人でもその輪を乱したらどうなると思う?」
「それは・・・」
「退学すればそれで終わりだと思っているのかしら?」
「そうは思っていません」
「あなた、さっき言ったわね。 簡単な気持ちで剣術部を作ろうとしたって」
「はい」
「そんな中途半端な気持ちで、他の生徒を混乱させるなんてどういうつもり? イタズラにしては悪質だわ」
「そうですね。 私のせいで、色んな人に迷惑がかかってしまいました。 すいません」
「剣術部を作るという話はウソだったのね」
「・・・」
「ウソのビラを撒くなんて、あなた最低の人間ね」
「そうです・・・私は最低です」
「退学になって当然の人間ということね。 もう話すことはないわ」
「中途半端な気持ちで、学園を混乱させてすみませんでした。 今日で、私は退学します。 今までお世話になりました」
「・・・ちょっと待てよ」
「まだ何かあるのかしら」
「本気だったら良かったのかよ」
「どういうことかしら?」
「はるかが、本気で剣術部を作る気だったら退学にならなかったのかよ?」
「そういう問題じゃないわ」
「剣術部を作れって言ったのは俺だ」
「・・・なんですって」
「俺がはるかに作らせたんだ。 退学なら俺がする」
「宗介、何言ってるのよ!」
「俺は本気で剣術部作る気だったぜ」
「冗談はやめてもらえるかしら」
「冗談じゃないぞ」
「椿くん? あなたみたいな友達もいない、友達も持てない人が本当に本気だったの?」」
「ああ。 そうだ」
「そんなはずないじゃない」
「本気で作ろうとしてたんだ。 ウソじゃない」
「だったら、あなたも同罪かしら?」
「でも、あんただって罪をおかしてるんだぜ?」
「・・・どういうこと?」
「答案用紙書き換えただろ」
「書き換えていないわ。 証拠なんてないわよね?」
「こっちには証人だっている」
「調べれば分かることだ」
「・・・私をゆする気かしら?」
「あんただって教師として、やってはいけないことをやってるよな?」
「・・・・・・」
「取引しないか? 俺が本気で剣術部を作ったら、はるかのことは退学にしないでくれ」
「あなたが本気で剣術部を作るなんてありえないわ」
「その条件を呑んでくれたら、俺はあんたの不正を公にしない」
「剣術部ねぇ・・・。 出来るわけないわ」
「言っただろ。 本気だって」
「面白いことをいうのね」
「あのビラがウソじゃなかったら、学園を混乱させたことにはならないよな」
「・・・・・・」
「宗介、もういいよ」
「はるかは黙ってろ。 これは俺の問題だ」
「道場はもうすぐ取り壊される予定よ」
「道場?」
「桜木さんは道場のこと知っているみたいだけど」
「・・・・・・」
「それまでに部を作ることが出来れば、あなたが本気だったことを認めてあげるわ。 鈴木さんの退学の件も考えてあげましょう」
「本当か?」
「そうね。 でもあなたにそんな力があるとは思えないわ」
「・・・やってやるよ」
「ただし、取り壊しの前に剣術部を作ることが出来なかったら、そのときは、わかっているわよね」
「ああ。 大人しく、この学園から出て行くよ」
「・・・楽しみだわ」
栗林は職員室を出て行ってしまった。
周りの教師達は見て見ないふりをしている。
他の教師達ですら、栗林は恐ろしい存在なんだろう。
「なんであんな約束したんだ」
「見てらんねーからだよ」
「宗介・・・」
「はるかが、あんな風に言われて、黙って見てられるわけねーだろ」
あんなこと言われて、殴らなかったことが自分にとって奇跡だった。
昔の俺なら、確実に殴っていた。
我慢できたのは桜木とはるかがとめてくれたから。
俺は暴力ではなく、違う方法ではるかをまもりたいと、強く思った。
・・・・・・。
・・・。
栗林は学園長室に入り、学園長に報告する。
「なぜ鈴木はるかの退学を取りやめた」
「・・・すいません」
「彼女は危険なことをしたというのに」
「退学が伸びただけに過ぎません」
「剣術部を作れなどといったそうだな。 君は何を考えてるんだ?」
「椿宗介に剣術部を作る力などありません」
「だといいんだが」
「私に考えがあるのです」
「考え?」
「学園にとって、本当に退学させたいのは誰でしょうか?」
「・・・・・・」
「鈴木はるかを利用することで、椿宗介を退学に追い込むことができそうです」
「それが君の計算だというのかね?」
「もちろんです」
「私は計算ミスだけは許さないよ」
「わかっています」
「もし、剣術部が出来たらどうするつもりだい?」
「絶対に、それはありません」
「・・・栗林君、君が変な気を起こさなければいいんだがね」
「心配はいりません」
「だといいんだが」
「もっとも、剣術を嫌ってるのはこの私ですから」
「・・・失敗は許されないよ」
「私に失敗など、ありえません」
・・・・・・。
・・・。
校門を出ると、沢村が心配そうに俺たちを待っていた。
レイカも待ってくれたみたいだ。
「鈴木先輩、どうでした?」
「退学だけは、免れたよ」
「ほんとですか?」
「ただし、条件が出来ちまったけどな」
「条件? なにかしら?」
「道場がなくなる前に、剣術部を作ることになっちまった」
「どういうことですか?」
「はるかが撒いたビラを実行することだよ。 そしたら、退学だけは免除になる」
「とんでもない条件だな」
「・・・どうしよう」
「なぁ沢村。 どうやったら部として成立できるんだ?」
「部を作るには最低でも5人の部員が必要です。 それと、顧問の先生が一名必要ですね」
「なるほど。 5人と顧問か・・・」
「どうするつもりよ」
「5人か・・・集まるのかな?」
「この中で、剣術部に入部するやつ手を挙げて!」
「・・・」
誰も手を挙げない。
「おいおい、誰もやってくれなかったら、俺、退学になっちゃうんだけど」
「椿、悪いがこの話だけは私は力になることは出来ない」
「桜木~。 頼むよ。 お前しか頼る人いねーんだけど」
「残念だが、他を当たってくれ」
桜木は去っていった。
「リコ? お前は力になってくれるよな?」
「剣術ですか?」
「そうそう」
「・・・殴り合いはちょっと」
「有名になったら、家族も喜ぶんじゃねーか?」
「リコは貧弱なのですみませんが、別の人でお願いします」
「レイカは助けてくれるよな?」
「笑わせないでよ。 なんで私がチャンバラなんてやらなきゃいけないのよ」
「やってみたら、意外とおもしろかったりして」
「野蛮なスポーツなど興味ないわ」
「そんなぁ・・・」
「あのぉ・・・」
「お! 沢村は入ってくれるのか?」
「私も勉強と生徒会の活動がありますから、部活をやる時間はないんです」
「勉強時間を少しだけ削ればできるだろ」
「これ以上削れませんよ。 もっともっと勉強しなきゃ」
「・・・なんだよお前ら」
あっとう間に、みんな散っていった。
「ごめんね」
「謝らなくていいよ」
「ううん。 私をかばってこんなことになって・・・」
「お前は剣術部に入れないよな」
「うん。 お店があるから」
「だよな・・・」
「ごめん」
「俺も、男だ。 一回決めたことは貫き通してみせるよ」
「誰もいなくても、俺は本気で剣術部を作るよ」
「・・・ありがとう宗介」
「任せとけって!」
・・・俺は一体、何をやってるのだろうか。
俺に、剣術部なんて本当に作れるのか?
俺が退学になることなんて、どうでもいい。
ただ、俺は、はるかの退学だけは許せなかったんだ。
先行き不安だが、頑張るしか・・・。
頑張るしか・・・ねぇよな。
・・・・・・。
・・・。
第二章 友
・・・。
夢。
なつかしい夢だった。
「またメソメソしてる~」
「メソメソしてねぇ~よ」
「何があったの?」
「何にもねーよ」
「ほら、強がらないで話してよ。 はるかが聞いてあげるから」
「・・・負けた」
「負けたって、宗介、また喧嘩したの?」
「うん」
「喧嘩はダメだっていっつもいってるでしょ~」
「うるせーよ」
・・・。
夢は、すぐに終わった。
目覚めてすぐに、夢だとわかる夢。
どこか、暗示めいていた。
・・・。
今日は学園が休みだ・・・。
ゆっくりできそうだな。
「宗介! 水嶋くん来てるわよ」
水嶋?
休みの日になんだよ・・・。
俺は玄関までおりていった。
・・・。
「悪いね、朝早くに」
「せっかくの休みなんだから、ゆっくりさせろよ。 何か用か?」
「デートしない?」
「朝から気持ちの悪いことを言うな」
「てかさ、お前、剣術部作るらしいじゃん」
「あ、うん」
「本気か?」
「引き受けちまったからな。 それに、退学の件もあるしさ」
「でも、宗介に出来るの?」
「・・・どういう意味だよ」
「いや、深い意味はないけどさ」
「やれるだけ、やってみるよ」
「そっか。 でも、あんまり無茶なことしない方がいいよ」
「・・・分かってるよ」
「その辺、ちょっと聞いてみたくてさ」
「話って、それだけか?」
「まぁね。 じゃあ、明日な」
「水嶋・・・」
「なに?」
「カラオケでも・・・いや、なんでもないよ」
「じゃあ、明日ね! バイビ~」
そうだ・・・。
剣術部の部員集めないといけないんだよな・・・。
八百屋では、はるかが忙しそうに働いている。
「今日も店やってるんだな」
「うん。 鈴木青果店は年中無休ですから」
「少しは休まねぇと、体壊すぞ」
「そうも、言ってられないから」
「親父さんは?」
「今日も、調子が悪いみたい。 まだ寝てるんじゃないかな」
・・・大丈夫かよ。
「宗介、昨日はごめんね」
「なにが?」
「剣術部のこと。 私がいい加減なことやったから、宗介にまで迷惑かけちゃって」
「気にすんなよ。 お前は悪くないよ」
「ううん。 全部、私が悪いの。 私、誰かを傷つけてばっかり」
「だからいいって」
「ごめんね。 結局、剣術部にも参加できないし、私って、ほんと勝手だよね」
「もうやめろよ」
「・・・ごめん」
「俺の知ってるはるかは、そんなに謝ってばかりの女じゃねぇよ」
「え?」
「俺の知ってるはるかは、誰からも好かれる、優しくて明るい女のはずだ」
「・・・・・・」
「もう、謝るなよ」
「あの~」
お客が俺たちの間に割り込んでくる。
「いらっしゃいませ」
「あの~野菜って売ってますか~?」
「はい。 八百屋なんで」
「マジで? 超助かる」
「はぁ」
「あれ?」
「あ」
「宗ちゃん?」
「宗ちゃん?」
「確か、お前は星雲学園の・・・」
「七星樹だよ!」
「そうだそうだ! 星雲剣術部の樹!」
「久しぶりだね~。 元気だった?」
「知り合い?」
「ちょっと公園で知り合ったんだ」
「そうなんだ」
「宗ちゃんに会えて嬉しいなあ~」
「樹、お前、また裸足なのか?」
「あったりまえでしょ。 健康のためですから!」
「なんでここに来たんだ?」
「もうすぐ練習試合なの。 だからビタミン取ろうと思ってさ~」
「なるほど」
「宗ちゃん、ここでバイトしてるの?」
「そうじゃなくて、知り合いの、はるかが店やってるんだ」
「はるか?」
「はじめまして、新山学園の鈴木はるかです」
「あ、こちらこそ、はじめまして! 樹で~す! もしかして一人で店やってるの?」
「ううん。 お父さんと二人で」
「偉い! 超尊敬する」
「そんなことないよ」
「あたしなんて、部活ばっかりで家の手伝いなんて全然しないし。 店手伝うなんて凄いな~!」
「ありがとう」
「二人はどういう関係?」
「・・・ただのご近所さんだよ」
「またまた! もしかして・・・彼女!?」
「ち、違うよ!」
「ふ~ん」
「樹、野菜買いに来たんだろ?」
「そうだった。 オススメはなんですか?」
「うちにあるものはどれも新鮮だから、全部オススメかな」
「じゃあ、ニンジンと、ジャガイモと玉ねぎもらおっかな~」
「カレーでも作るのか?」
「部活のあとに、うちでパーティーやろうと思って」
「そっか」
「宗ちゃんも来る? ・・・なんちゃって」
「・・・セツナも来るのか?」
「うん。 来るよ」
「そっか。 仲がいいんだな。 星雲の剣術部は」
「どうだろう。 仲間っていうより同士って感じかな」
「同士か・・・」
「はい、これ。 玉ねぎおまけしとくね」
「ありがとう!」
「剣術部って楽しい?」
「楽しいよ。 あたし、強いから」
「そうなんだぁ」
「うん。 誰にも負けないよ。 でも、もっともっと強くならなきゃいけないんだよね~。 日々、努力って感じかな~」
「努力かぁ。 あ、これ、お釣り」
はるかは樹にお釣りを渡す。
「ちょっと待って」
「え、なに!?」
樹は、はるかの手を掴んだ。
「どうした!?」
「・・・この手」
「え? 私の手がどうしたの?」
「どうなってるのよ・・・」
樹ははるかの手をじっと見つめている。
「あの、放してもらえるかな・・・」
「ねえ、鈴木さん、何かスポーツやってた?」
「真剣にやったことはないけど、運動は好きだよ」
「・・・やったほうがいいよ」
「え?」
「鈴木さん、才能あるかもね」
「何の才能だよ」
「・・・剣術だよ」
「え? 無理だよ。 出来るわけないって」
「でも、実際やられると、面倒かもしれないけど・・・」
「どういう意味だよ」
「まぁ気が向いたら、私の試合でも観に来てよね~。 鈴木はるかさん、暗記した! それじゃ~」
樹はそのまま駆け足で去っていった。
「変な奴だな」
「剣術か・・・」
「どーせ適当に言ってんだろ。 お気楽な性格みたいだからさ」
「うん」
店先からはるかの父親が出てきた。
「やあ、宗介くん」
「どうも」
「お父さん、起きて来て大丈夫なの?」
「ああ。 なんとかな」
・・・なんとかって今、何時だよ。
「ちょっと、出かけてくるよ。 お店、頼んだよ」
・・・また出かけんのかよ。
「うん。 大丈夫だよ。 行ってらっしゃい」
「あの?」
「なんだい?」
「どこ行くんすか?」
「その、まあ、病院だよ」
「今日は休日ですよ」
「診察の予約しているから」
「そうっすか」
「それに、通院の証明書が必要でね」
証明書・・・。
「お父さん、気をつけてね」
「あ、ああ。 夕方には帰るよ」
はるかの父親は逃げるように店を出て行ってしまった。
「・・・ほんとに病院なのかよ?」
「・・・そうだよ」
「だといいんだけどな」
「ごめんね、宗介にまで心配させちゃって」
「だから、謝るなって」
「うん」
ふと、誰かの気配。
気づけばスーツ姿の男が、いつの間にか笑顔を向けていた。
「久しぶりだね、椿宗介くん」
「あ、あんた確か、レイカの側近の三田さん」
「いま、大丈夫かな?」
「なんすか?」
「ちょっと一緒に来て欲しいんだが・・・」
「どこっすか?」
「レイカ様のコンサート会場だよ」
「あ、そういえば今日でしたよね」
「すぐに来てくれないか?」
「いや、いいっすよ」
「これは絶対なんだよ」
「は!?」
「レイカ様の命令なんだ」
「命令って」
「椿宗介を必ず連れて来いと言われてるんだ」
「・・・」
「車は用意している。 さ、乗ってくれ」
「でも・・・」
「手荒なマネはしたくないんだ」
げ! こいつむちゃくちゃ強いんだった・・・。
「わ、分かりましたよ・・・わぁっ」
俺は用意された高級外車に詰め込まれた。
・・・・・・。
・・・。
俺は向井台駅近くの建物の前で、降ろされた。
駅前にはコンサート会場がある。
「着いたよ。 これがチケットだ。 指定席を用意している。 急ぎなさい」
「わ、分かりましたよ」
俺はホールの中に入った。
・・・。
でっかいホールだな。
「間もなく、神山レイカピアノコンサートが開催されます。 いましばらくお待ちください」
少し待つか・・・。
俺は席について、開演を待った。
「偉いご身分ね」
「え?」
「もうとっくに開演時間は過ぎてるっていうのに」
「あれ? お前どっかで」
「え? あ、あなた新山学園の・・・」
「確か、星雲の・・・」
「右近シズルでございますわ」
「そうだ! 桜木に喧嘩売ってきた・・・なんでお前がここにいるんだ?」
「招待されたからに決まってるでしょ」
「招待?」
金持ち同士のコミュニティってとこか。
「神山グループと右近コンツェルンは取引相手でもあるからよ」
「そうだったんだ・・・」
「わざわざ練習を休んで来たっていうのに、早く始めてもらえないかしら」
「あ、そういや樹がカレーパーティーやるっていってたぞ」
「え? 聞いてないわよそんな話」
「そうなの? 星雲の剣術部でやるって言ってたけど」
「まさか、私を仲間はずれにしたんではないでしょうね」
「・・・さあ?」
「許せないわ・・・」
「たまたまじゃないか?」
「ふん。 どうせ、そんなパーティーあったとしても行くもんですか」
「・・・・・・」
右近のイライラはマックスに達しているようだ。
「もう、さっさとコンサート終わらないかしら・・・」
『開演時間ではありますが、もうしばらくお待ちください』
「何をやってるのよ。 私を待たせるなんて神山さん、いい度胸ね」
「何かあったのかなぁ?」
「さっさとやればいいのに。 私、ピアノなんて全く興味ないわ」
「俺もないけどさ・・・」
「私の貴重な休日を無駄にするなんて・・・」
「まぁ、落ち着けって」
「あと1分待って、始まらなかったら帰らせていただきますわ」
右近は大袈裟だが、開演時間はかなり過ぎている。
もう始まってもいい頃なんだけどな・・・。
俺は携帯の時計をチェックした。
と、ステージにスポットライトが当たる。
「お! 始まるみたいだぜ!」
「ふん。 私、眠くなっちゃうのよね、クラシックを聴いてると」
ステージに三田さんがマイクを持って現れた。
「あ、三田さんだ・・・」
三田さんはマイクをチェックし、硬い表情で話し始めた。
『ご来場の皆様、お待たせしております、神山レイカピアノコンサートですが・・・』
「さっさとやりなさいよ」
『神山レイカ様の体調がすぐれないため、中止とさせていただきます』
「中止!?」
会場が一瞬、どよめく。
『多くの皆様にご迷惑をおかけしたことを、お詫び申し上げます』
「マジかよ」
ふと横を見ると、鬼の形相の右近がいた。
「ふざけてるのかしら」
「え?」
「中止ですって! なんて傲慢な人なの」
「まあまあ」
「体調不良なんて、絶対にウソよ。 時間を取らせるだけ取らせて、やらないなんて、まるで詐欺じゃない」
「いや、ほんとに体の調子が悪いかもしれないだろ」
「ウソに決まってるわよ! あの神山さんが体調が悪くなるわけないもの。 これは間違いなく私に対する嫌がらせ以外のなにものでもないわ」
「考えすぎだって」
「もう、付き合ってられないわ。 私、失礼します」
右近はそそくさと、会場を出て行ってしまった。
仕方ない。
俺も帰るか・・・。
・・・。
「椿くん」
「あ、三田さん」
俺が帰ろうとすると、三田さんが追いかけてくる。
「今日は悪かったね。 無理言って来てもらったっていうのに、中止になってしまって」
「いいっすよ。 どうせ暇だし」
「いや、申し訳ないよ。 今度、ご飯でも奢らせてくれないか?」
「まじっすか?」
「高級クルーザーでのディナーでもどうだい?」
「いや、いいっす。 牛丼とかなら嬉しいけど」
「牛丼はちょっとな」
「いいっす、いいっす。 それより、レイカの体調はどうっすか?」
「それが、思いのほか重症でね」
「悪いんすか?」
「そうなんだよ。 今、控え室にいるんだが・・・」
「病院に連れて行った方がいいんじゃないっすか?」
「その必要はないわ」
ホールからレイカがゆっくりと出てきた。
「あ、レイカ。 体は大丈夫なのかよ」
「当然よ」
「レイカ様、控え室にお戻りください」
「嫌よ。 あの控え室、狭いもの」
レイカの様子から、体調の悪さは感じ取れない。
「おまえ、元気そうじゃん」
「もちろん、元気よ」
「レイカ様!」
「もしかして、仮病?」
「・・・違うわよ。 気分がすぐれなかったのは本当よ」
「どういうこと?」
「三田、ちょっと席をはずしてもらえるかしら?」
「ですが・・・」
「椿宗介と二人で話したいの」
「分かりました」
三田さんはすっと、ホールの中に消えていく。
「今日は悪かったわね」
「びっくりしたよ。 急に中止だもん。 どうしたんだ?」
「・・・弾く気になれなかったのよ」
「は?」
「今日はピアノって気分じゃなかったの」
「おいおい」
「私ね、クラシックって大嫌い」
「え?」
「私がやりたいピアノはこんなのじゃない」
「この前いってたヘンリー・ピーターソンだっけ?」
「彼は素晴らしいピアニストだわ」
「へぇ」
「私がやりたいのは・・・ジャズなの」
「どう違うの?」
「全然違うわよ。 まあ、あなたには分からないでしょうけど」
「あ、右近シズルってやつが、怒って帰っちゃったぞ」
「あら、右近さん、いらしてたのね」
「みたいだぞ」
「あの人も暇ね。 チャンバラやってればいいのに」
「仲悪いのか?」
「眼中にないわ。 あんな野蛮な人」
金持ち同士って面倒くせぇな・・・。
「そういえば、椿宗介もチャンバラ部を作るとか言っていたわね?」
「まぁ・・・」
「やめておきなさいよ。 あんなくだらないこと」
「もうやるしかねぇんだよ」
「今日は来てくれてありがとう」
「うん」
「・・・次はちゃんとやるから、懲りずにきてちょうだい」
「ああ」
「どうせ、あなた暇でしょ」
一言多いんだよ。
「それじゃ」
レイカはホールに戻っていった。
俺も帰るか。
・・・・・・。
・・・。
ふぅ・・・。
明日から剣術部を作らないとな。
入ってくれる奴、いるのかな・・・。
不安だ・・・。
というか、俺自身、剣術なんてやったことねぇしな・・・。
なんかいい方法ねぇかな。
「宗介! はるかちゃん来てるわよ」
はるか?
どうしたんだろ。
俺は家の前に出た。
・・・。
「・・・宗介」
「どうしたんだよ」
「・・・宗介、どうしよう」
はるかは今にも泣きそうな顔をしている。
「なにがあったんだ?」
「お父さんが・・・」
「どうした?」
「お父さんが・・・帰ってこないの」
「なんだ。 ビックリさせんなよ」
「いつもだったら、もうとっくに帰ってくる時間なのに」
「子供じゃねーんだ。 そのうち帰ってくるだろ」
「でも、今までこんなことなかったし・・・」
「心配しすぎだって」
「でも、途中で事故にあったりしてたら・・・お父さん、体弱いから、倒れてたりしてたら・・・」
「落ち着けって」
「でも・・・」
はるかは真っ青な顔でうなだれている。
「ただいま」
「お父さん!」
「どうしたんだ?」
「もう、どこに行ってたのよ! 心配したじゃない」
「すまん、すまん・・・病院が、その、混んでてな」
「・・・良かった」
はるかは目に一杯、涙を浮かべている。
「連絡しなくてすまなかったね」
はるかの父親は手に紙袋を抱えていた。
「それ、なんすか?」
「いや、これはその・・・」
「中身、いいっすか?」
「・・・」
俺は紙袋の中を見て驚いた。
「これ・・・」
袋の中には、お菓子が大量に入っていた。
「ははは・・・」
「・・・お父さん」
「ギャンブルっすか?」
「面目ない・・・。 たまには、こういう遊びもしたくなって・・・すまん、すまん」
「あんた、何やってんだよ」
「え?」
「自分の娘がどんな思いで、店に立ってると思ってんだ」
「どんなって・・・」
「はるかが、どんな気持ちでこの店、守ってると思ってんだよ!」
「それは・・・」
「それなのに、あんたは・・・」
「宗介! やめて!」
「なんでだよ」
「お父さんにそういうこと、言わないで。 お願い・・・」
「・・・」
「いいんだよ。 たまには遊びたいよね」
「すまんね・・・」
はるかの父は店の中に入っていった。
「いいのかよ」
「・・・・・・」
「お前はそれでいいのかよ!」
「いいんだよ。 だって仕方ないことだもん」
「・・・納得できねぇよ」
「ごめんね」
「謝るなよ」
「もし、剣術部が作れなくて、宗介が退学することになったら、その時は私も一緒にやめるから」
「・・・何もわかってないんだな」
「・・・ごめん」
「俺がなんで、お前かばったかとか、考えないんだな・・・」
「・・・私、どうしたらいいかわかんなくて」
「・・・じゃあな」
「・・・お休み」
俺は部屋に戻った。
・・・。
・・・ちくしょう。
俺はいい知れぬ、苛立ちを感じていた。
・・・優しすぎんだよ、はるかは・・・。
ちくしょう・・・。
最低の休日だ・・・。
俺は布団の中に潜った。
優しいだけじゃ・・・ダメなんだよ。
ん・・・マコトか・・・。
『宗介くん! 宗介くん! こちらマコトでございます。 至急応答願います。 応答願います』
毎回、手が込んでるな・・・。
『最近、フラワーアレンジメントに凝りはじめ、三日で挫折したマコトでございます』
早っ。
『宗介くんは、今日の休日、何をしていたでありますか? 至急連絡お願い致します』
ちょっとウザイな・・・。
俺は返信する。
『今日は、知り合いのコンサートに行ったよ。 まぁ、行ったといっても半ば強引に連れて行かれたんだけど。 でも、コンサートは中止になっちまって、結局、何も起こらない休日でした。 マコト? ひとつ聞きたいんだけどさ、優しいってどういうことだ? 優しすぎて、誰かを傷つけることなんてあるのかな・・・。 俺は、優しくないから、もしかして誰かを傷つけてるかもしんねーけどさ・・・。 まぁ、ただの愚痴だから、笑って見過ごしてくださいな。 んじゃ』
俺は携帯を机に置き、布団に潜った。
・・・・・・。
・・・。
「いらっしゃいませ~! 今日はキャベツが特売です~!」
ん、ふあぁ~~。
はるか、もう働いてるのか。
俺は、窓の外から聞こえてくる、はるかの声で目が覚めた。
今日も学園は休みだ。
・・・。
「おはようございます」
「いつも元気だね」
「はい。 元気だけが取り柄ですから」
「はるかちゃん、おはよう。 今日も頑張ってね」
「ありがとうございます」
俺は遠巻きに、はるかが働いているのを観察する。
来る客の数は決して多くないが、店に立つはるかの笑顔に自然と人が集まってくるようだ。
「おはよう」
「桜木か。 どうしたんだ? こんな早くに」
「ジョギングだ」
「へぇ」
「何もしないでいると、体がなまってしまうからな」
「なるほど」
「ついでに、キュウリを買いに来た」
「はるかの店にか?」
「ああ。 だが、忙しそうだな。 またの機会にするよ」
はるかは常連客の対応に追われている。
「いいのか?」
「スーパーで買って帰るよ。 じゃあな」
「んじゃ」
「・・・・・・」
桜木は立ち止まった。
「なんだ?」
「言わないんだな、剣術をやれと」
「・・・言わねぇよ」
「・・・退学がかかっているんだろ?」
「やりたくねぇ奴に、無理やりやらすのは趣味にあわねぇからさ」
「なるほど」
「それに、やりたくない事をやらされるのが辛いことくらい、俺が一番知ってるよ」
「そうみたいだな」
「いい店だろ?」
「八百屋か?」
「ああ」
「そうだな。 いいキュウリだ。 瑞々しいよ。 今すぐとって食べたいくらいだ」
「でも、昔はもっといい店だった」
「昔?」
「今は、はるか一人の声が聞こえてくるだろ? でも、昔は他に二人いたんだよ」
「二人? 鈴木さんのお父さんか?」
「そう。 それから、もう一人は、はるかの母親だよ」
「確か病気で亡くなったっていってたな」
「はるかの母親は、明るくて、みんなに好かれる、いい人だった」
「鈴木さんにそっくりだな」
「俺は3人で頑張ってる、この店が大好きだった・・・」
「・・・そうか」
「はるかの母親がいたときは、おじさんだって、全然違ったし、もっと活気に溢れてたんだ」
「・・・今は少し、寂しいな」
「でも、はるかの母親が死んで、おじさんが今みたいになっちゃってさ」
「今みたい?」
「・・・はるかは、優しいヤツなんだよ、でも全部中途半端なんだよな」
「・・・中途半端とは思うが・・・優しいかどうかは、私にはわからないな」
「どういう意味だ?」
「だから、わからん。 言ってみただけだ・・・」
「おいおい」
「優しいとは都合のいい言葉だな」
「・・・俺は優しくねぇからな」
「そんなことはないと思うぞ。 ・・・わからんが」
「わからないづくしだな」
「そろそろジョギングに戻るよ。 じゃあな」
桜木は走り去っていった。
・・・。
俺は八百屋の前から離れられずにいた。
はるかが働いている姿を、ぼーっと眺めていた。
「誰か待ってるの?」
「別に」
「せっかくの休みなのに時間がもったいないぞ」
「うるせーよ」
「朝、ヒカルちゃん来てたよね?」
「ジョギングの途中に通り過ぎただけだよ」
「店に寄ってくれれば良かったのに」
「お前、接客してたから気を遣ったんだろ」
「そうかな?」
「なんだよ」
「ヒカルちゃん、私のこと嫌いなのかも」
「なんでだよ」
「嫌われちゃったのかな・・・」
「そんなことねーよ」
「いいのいいの。 私、嫌われるような事したし、仕方ないよ」
はるかは苦笑いを浮かべた。
「もう一度、聞くけど、お前、なんで、桜木に剣術やれって言ったんだ?」
「・・・才能あるから、やったほうがいいんじゃないかって、軽い気持ちで・・・私も、なにか手伝えないかなって・・・そしたら、もっと友達になれるかなって・・・」
「友達?」
「うん、友達」
「それが目的か?」
「そうかもね」
「それって、結局、自分のためなんじゃないか?」
「え?」
「はるかが誰かのために思ってやってることは、結局、自分のためにやってることだろ」
「そんなつもりないよ」
「いや、つまり、俺が退学になったらお前も辞めるっていうのは、そういうことか?」
「え、だから、どういうこと?」
「いや、俺もわかんねーけどさ」
「なにそれ・・・?」
「悪いな、俺、馬鹿だからさ。 ほら、客が来たぞ」
「あ、ごめんねっ・・・いらっしゃいませー」
・・・本当は、俺にもわかっていた。
俺と同じレベルまで落ちてきて、それでもまだお友達ごっこしたいってことだろ?
そりゃあ、優しさでもなんでもねぇよ・・・。
・・・・・・。
・・・。
とりあえず、部員集めしなきゃな・・・。
手当たり次第にかけてみるか。
俺は、クラスの連絡簿を取り出した。
誰かひとりくらい、入ってくれるかもしれない。
そういや、はるか以外の人間に電話することなんて、あんまりなかったな。
「あ、もしもし、あの、俺、同じクラスの椿ですけど・・・あれ?」
・・・電話が切れた。
もう一度かけ直してみる。
「もしもし、椿・・・」
・・・また切れた。
もしかして、避けられてる?
くそ、他の奴に電話してみるか。
「もしもし! え? ああ、俺、椿宗介だけどさ、剣術部に入らないか? ・・・おい、何かしゃべれよ! ・・・聞こえてますか~?」
・・・。
切られた・・・。
俺って、自分で思っている以上に嫌われてるのかも・・・。
・・・心が折れそうだ。
いや、これくらいでめげてちゃ、剣術部なんて作れねー。
「もしもし!」
『どちらさま?』
「レイカか?」
『そうだけど。 私を呼び捨てにするってことはお父様?』
「・・・違うけど」
『お父様でしょ? 声が変よ』
「お父様じゃなくて、椿ですが」
『椿! なぜあなた、私の番号を知っているのよ!』
「いや、連絡簿があってさ」
『あなた、何を企んでいるの!』
「企んでねーよ」
『今、私、ティータイムなの。 何の用かしら?』
「あのさ、剣術部に入らないかなって思って」
『剣術部? どうして?』
「前にもいったけど、人が足りなくてさ」
『チャンバラには興味ないっていったはずだけど』
「そうなんだけど・・・」
『そんなことより、デパートでケーキを買ってきてもらえる?』
「は?」
『私としたことが、ティータイムに似合うケーキを用意しわすれたのよ』
「で?」
『あなた、ちょっと買ってきてちょうだい。 お金は立て替えといてもらえる? あとで払うから』
「なんで俺が・・・」
『あなた、レイカ会の人間でしょ? 少しは役に立つ努力をした方がいいわね』
「・・・違うし」
『あーケーキが食べたいわ。 あー食べたい』
「・・・やだ」
『早くしてよ!』
「俺は、パシリじゃねー!!」
・・・レイカに電話した俺がバカだった。
次はもっとまともな人間を誘うか。
「あ、もしもし・・・」
『はい。 こちらは佐田でございますか?』
「・・・」
『佐田でございますか?』
「多分・・・」
『はい。 佐田です』
「・・・椿だけど」
『宗介くんですか? どうしました、こんな昼間に』
なんか、会話がやっかいそうだぞ・・・。
「あのさ、剣術部のことなんだけど」
『剣術部ですか?』
「そう。 学園でも話したけど、リコは入る気ないかな?」
『・・・どうでしょうか?』
「出来れば入部してくれると助かるんだけど」
『ほぅ』
「猫の手も借りたいくらいでさ」
『ね、猫さん!』
「う、うん」
『リコは猫さんが好きです』
「う、うん」
『猫さんの手は肉球がプニプニして可愛いですよ』
「う、うん」
『そうですね』
「で、入ってくれるのか?」
『なんにですか?』
「いや、だから剣術部なんだけど・・・」
『さあ、それが問題でもありますね』
「・・・」
『わかりました。 入りますん』
「・・・どっち」
『リコは入ったとしても、やる気はないと思います』
「どうして?」
『剣術は出来ません。 リコは弱いので』
「練習すれば強くなれるかもしれないぞ」
『練習も出来ません。 リコは思いのほか、ダメな子ですから』
「・・・だよな」
『諦めるですか?』
「他の奴に頼むよ」
『それは、大変ですね。 応援しております』
「んじゃな」
『はいです』
・・・・・・。
・・・リコに電話した俺がバカだった。
もうだめだー・・・・。
・・・・・・。
・・・。
はるかまだ頑張ってるな。
ちゃんとメシとか食えてるんだろうか。
「椿くん?」
「栗林! ・・・先生」
「まるで鬼に出会ったようなリアクションね」
「・・・鬼の方がまだましだったりして」
「あなた、笑いのセンス低いわね」
「・・・すんませんね」
「部員集めの方は順調かしら?」
「・・・もう、バンバンっすよ。 ははは・・・」
「あなた、嘘をつくのが苦手のようね」
・・・す、鋭い。
「まあ、正直に言うとまだゼロって感じっすね」
「ゼロ?・・・一人も集まっていないのね。 椿くんらしいわ」
「これからっすから」
「せいぜし悪あがきすればいいわ」
・・・こいつ、それでも教師かよ。
「あら?」
「なんすか?」
「ここ、鈴木さんのご実家なのね」
「そうっすよ」
「・・・それにしても、随分と寂れたお店ね」
「・・・どういう意味だよ」
「そのままよ。 これで、ちゃんとやっていけてるのかしら」「見れば分かるだろ。 はるかがちゃんとやってるよ」
「・・・時間の問題ね」
「あ?」
「・・・無くなるのも」
「ざけんなよ」
「・・・相変わらず、乱暴ね」
「あんたに、この店の何が分かんだよ」
「何も分からないけど」
「家族三人で、必死で守ってきたこの店の何が分かんだよ」
「だから、分からないって言ってるじゃない」
「母親がいなくなって、どんな気持ちではるかがこの店盛り立ててきたかも知らないで、気安く無くなるなんて言うな」
「・・・お客には分からないわ。 経営者の思い出なんて」
「・・・・・・」
「ほら、お客だって余りいないじゃない。 それが何よりの証拠よ。 この店は必要とされてないのよ」
「てめぇ・・・」
俺は拳を握り締めた。
「・・・暴力で解決する気かしら? 椿宗介くん?」
「・・・しねぇ」
「え?」
「俺は、退学しねぇ。 部員集めて、あんたを見返すまではな」
「・・・随分と冷静になったのね」
「・・・・・・」
「ここ・・・昔はいい店だったわ」
「え?」
「今でも覚えているわ。 ここは商店街でも有名なお店だった・・・」
「知ってたのかよ」
「・・・なんだか寂しいわね」
栗林は遠い目をして、去っていった。
・・・・・・。
・・・。
栗林と別れ、俺は家でぼーっとしていた。
夜の8時くらいになって、不意に呼び出された。
・・・。
「どうした」
はるかだった。
「宗介に・・・大事な話があるんだ・・・」
「なんだよ改まって」
「私、もうどうしたらいいかわかんないよ・・・」
困り果てた顔だった。
「何があったんだよ」
「お父さんがね・・・お店をたたむって言い出したの」
意を決したように言った。
「それ、本当か?」
「うん。 さっき店の片づけが終わったあとに、言われたの」
「なんでそんな話になったんだよ」
「儲けも少ないし、このまま続けても、先は見えてるから、店と家を売りに出すんだって・・・」
「お前らどうなるんだよ」
「田舎に帰ることになりそうなの」
「田舎?」
「お婆ちゃんが住んでる田舎に引っ越すって」
「学園は?」
「転校することになるよね」
「・・・転校」
「ごめんね。 私を退学させないために宗介がせっかくかばってくれたのに、無駄になっちゃって」
「そんな・・・」
「ほんとうに、ごめんなさい」
「そんなもんなのかよ」
「え?」
「お前ら家族にとって、お前にとって、あの八百屋はそんなものなのかよ」
「でも・・・」
「家族三人で必死で繋いできた、大切な場所なんじゃねーのかよ」
「でも、もうお母さんもいないし・・・」
「はるかの母さん、何て思ってるだろうな」
「・・・・・・」
「こんな現状見て、天国でなんて思ってるだろうな」
「しょうがないよって、笑ってくれてるかな」
笑っているのははるかの方だった。
力のない、どこか媚びた笑み。
「笑うなよ」
「・・・笑うしかないよ」
煮え切らない態度に、どこか辟易とさせられる。
「だいじょぶだよ、田舎に帰ったとしても、宗介には会いに来るから・・・」
「会いたくねーよ」
「そんなこと、言わないでよ。 だって私たち友・・・」
「それ以上言うな」
「・・・宗介にも嫌われちゃったかな」
「俺は最初から、友達なんて、いねーよ」
「・・・うん」
「なぁ、いやなんだろ?」
「い、いやだけど・・・しょうがないよ」
「何でもそうやって、しょうがないしょうがないか?」
「だって・・・」
「いやなら、親父さんに言えよ。 お前の気持ち伝えろよ」
「お父さんにはそんなこと言えないよ」
「なんでだよ」
「・・・お父さんだって、つらいだろうし。 仕方ないよ」
「・・・」
「・・・」
この空気がたまらなく歯がゆかった。
「じゃあな」
「私、なにやってるんだろうね」
涙が溢れていた。
思わず目をそらし、はるかを見捨てるようにその場をあとにした。
「私・・・私が、悪いんだよね・・・」
耳に尾を引く声。
・・・ほんと、なにやってるんだよ。
・・・・・・。
・・・。
・・・どうなってんだよ。
気持ちがとまらない。
はるか・・・。
がらがらと、自分の中のはるかが音を立てて崩れていくのを感じた。
壊れて、なくなってしまいそうだった。
『ひゃほ~! マコトだよ。 いま宗介くん、何してますか? 落ち込んでたりする?』
・・・マコトか。
『もしも、辛いことがあったら、マコトに相談してよ。 マコトはいつだって、宗介くんの近くにいるよ(笑)』
宗介くんの近くにいるか・・・。
返す気力もない中、メールを無造作に作る。
『今日の俺は一人ぼっちです。 誰とも会っていません。 ずっと部屋で寝てました。 誰かと話したり、遊んだりすることは体力がいるし、このままずっと誰とも交わらずに・・・誰とも交わらずに、ひっそりと沈没したように生活していきたいんだ・・・。 そうだ。 一人で・・・いたいんだ。 また明日、メールするよ。 おやすみ・・・マコト・・・』
送信・・・。
・・・。
うまく寝付けない夜がきそうで、怖かった。
・・・・・・。
・・・。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「またメソメソしてる~」
「メソメソしてねぇ~よ」
「何があったの?」
「何にもねーよ」
「ほら、強がらないで話してよ。 はるかが聞いてあげるから」
「・・・負けた」
「負けたって、宗介、また喧嘩したの?」
「うん」
「喧嘩はダメだっていっつもいってるでしょ~」
「うるせーよ」
「でも、宗介が負けるなんて、相手はどんな強者だ~?」
「・・・水嶋」
「え! 水嶋くん?」
「うん」
「なんで喧嘩したの? 二人は親友でしょ?」
「あんな奴、親友でも何でもねーよ」
「どうして喧嘩したの?」
「あいつがいけないんだよ。 俺が大事にしてたプラモデル壊したりするから」
「わざとやったの?」
「それは分かんねーけどさ」
「きっとわざとじゃないよ」
「・・・」
「殴られたの?」
「・・・うん」
「だから、メソメソしてたの?」
「殴られたからメソメソしてんじゃねーよ」
「じゃあ、どうして?」
「悔しいからだよ」
「悔しい?」
「・・・負けたことが、悔しいんだよ」
「そっか」
「・・・次は負けないからな」
「うん。 宗介、それって」
「・・・」
俺はポケットから煙草を取り出した。
「・・・宗介?」
はるかの抗議の視線が怖くて、そっぽを向いた。
黙って、口に咥える。
はるかは・・・。
はるかは・・・その直後、はるかは・・・俺に・・・。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
・・・。
「椿先輩!」
「あ、沢村」
「おはようございます。 どうしたんですか? 遠い目をして。 先輩らしくないですよ」
「最近、色々とうまくいってなくってさ」
「剣術部、人は集まりましたか?」
「それが、なかなかやりたい奴、いないんだ」
「私は入部できませんけど、少しでも力になりたいんで、何かあったら言ってください」
「ありがとな」
「あら、椿宗介」
「レイカか」
「あなた、昨日のイタズラ電話はなんのつもりかしら」
「イタズラじゃなくて、本気だよ」
「先輩、そんなことしてるんですか」
「そうよ。 この人、私の家に変な電話をしてきたのよ」
「先輩・・・」
「違うよ。 部員を集めるために電話しただけだろ」
「ケーキは買ってきたの?」
「は?」
「電話で頼んだでしょ?」
「・・・」
「もう少し、いい働きをしないとレイカ会から追放されるわよ」
「むしろ、追放してくれ」
「おっと、こんな所で時間を無駄にしている場合じゃないわ」
「どこかにいくんですか?」
「これから、神山グループ主催のお食事会に参加するの」
「あの、授業は?」
「授業?」
「はい」
「そんなものは私には必要ないわ」
「でも勉強しないと困りますよ」
「困る? なにも困らないわよ」
「卒業できなくなりますよ」
「何を言ってるの? うちのお父様と、新山学園長は古くからの付きあいなのよ。 卒業できないわけないじゃない」
「コ、コネだ・・・」
・・・・・・。
・・・。
朝のホームルームが終わった。
「宗介くん、おはようです」
「ああ、リコおはよう」
「どうしたんですか? ボーっとしてますよ」
「昨日は電話して悪かったな」
「気にしないで下さい。 リコは基本的に暇ですから」
「入部する気になったりしてないよな」
「全然です」
「そっか」
「ところで、昨日のミルティーchanみましたか?」
「ミルティーchan? ああ、あのアニメか」
「みてないですか?」
「忙しくてみれなかったよ」
「それは残念です」
「あーあ。 現実にミルティーchanがいてくれたら助かるんだけどな」
俺ははるかのことを思い出した。
「来週は最終回です」
「え? そうなの?」
「はい。 だから寂しいです」
「ずっとみてた番組がなくなるって悲しいよな」
「はい。 でも、スーパー魔法少女ミルティーchanネクストアゲインとして来月また復活するらしいです」
「・・・そうなんだ」
「さらにパワーアップします。 楽しみです」
「じゃあ、いいじゃん」
「・・・宗介くん、元気が無いです」
「そんなことねーよ」
「椿、リコ、おはよう」
「おはようです」
「ああ。 おはよう」
「なんだ? 椿、元気がないな?」
「そんなことねーって」
「鈴木さん、休みみたいだな?」
「そういえば・・・」
俺は、はるかの席をみた。
「どうしたんだろう」
「鈴木さんが休むなんて珍しいな。 家でなにかあったのか?」
「まあ、話せば長い話なんだけどさ」
「ねえ、聞いてよ。 クエクエでSSクラスになったよ」
「良かったな」
こいつはいいな・・・悩みがなさそうで。
「あれ? 宗介、元気ない?」
「そんなに俺、元気ないように見える?」
「うん。 生気がまったくないよ」
「はぁ・・・はるかの店にあとで行ってみるか」
栗林が教室に入ってくる。
「それでは授業をはじめます」
栗林は教壇に立った。
「それでは昨日の続きからはじめます」
「先生・・・」
「なんですか?」
「はるかが休んでるけど、どうしてですか?」
「風邪です」
「でも、昨日はそんな感じしなかったんだけど」
「風邪という報告を受けているわ」
「そうっすか」
「では教科書の39ページを開いて」
「先生!」
「なんです? 椿くん」
「その・・・」
「あなた、授業を妨害するつもり?」
「いや、そうじゃなくて・・・お腹が痛いんですけど」
苦痛の表情で、腹を大袈裟にさする。
「腹痛?」
「はい。 朝からヤバイんすよね」
「何か変なものでも食べたのかしら? トイレに行って来なさい」
「それが、落ちてたアイスクリーム食っちゃって」
「・・・どういうつもり?」
「なんで、病院に行ってもいいですか?」
「・・・仕方ないわね」
「はい!」
俺は席を立ち教室を出た。
・・・ふぅ。
なんとか誤魔化せたな。
俺もなかなかの演技派だ。
・・・。
「桜木さん」
「なんだ?」
「椿くんはどこに行ったの?」
「病院じゃないのか?」
「・・・そうかしら?」
「私は知らない」
「・・・まあいいわ。 どうせもうすぐ退学になる生徒ですものね」
「・・・ニャー」
「なんです? 佐田さん」
「ニャー! ニャー!」
「ニャーニャー言うのはやめなさい」
「ニャ-!」
「・・・・・・」
・・・・・・。
・・・。
俺は、はるかが気になり鈴木青果店に来た。
店はやっているようだが、店先に誰もいない・・・。
「やあ、宗介くん」
「・・・おじさん、いたんですね」
奥のほうに力なく座っている。
「なにか買っていくかい?」
「・・・・・・」
「なかなかお客が来なくてね」
「あの・・・」
「なんだい?」
「この店、締めるって本当ですか?」
「・・・誰から聞いたんだ?」
「誰でもいいでしょ。 たたむんですか?」
「・・・はるかがそう言ったのか?」
「答えてくださいよ」
「宗介」
「はるか、具合はいいのか?」
「少し、きついけど、なんとか店には立てそう」
「病院にはいったのか?」
「ううん。 大丈夫だから。 それより学園は?」
「抜け出してきた」
「え! どうしてよ。 ダメじゃないサボったら」
「いいんだよ」
「良くないよ」
「いいって! ・・・はるか、ちょっとツラかしてくんねーかな?」
「ツラって、ガラが悪いなぁ~」
「冗談で言ってるわけじゃないから」
「・・・分かったよ。 お父さん、すぐに戻るから」
「え、おい・・・」
「すぐ済みますから」
どこか酷薄な声が出た。
親父さんが怯えたように目をそらした。
「行くぞ」
「・・・うん」
・・・・・・。
・・・。
「・・・・・・」
「話ってなに?」
「・・・・・・」
「もう、なんで喋らないのよ?」
「・・・・・・」
俺は、はるかを睨んだ。
「そんな怖い顔しないで」
「・・・・・・」
「・・・どうしたの?」
俺はポケットからタバコを取り出した。
「それ・・・」
「吸ったら悪いか?」
「・・・・・・」
「俺、不良だからさ・・・」
「・・・うん」
「なんかムシャクシャすっから、こいつでもやんねーと、やってられなくてさ」
「・・・そう」
俺はタバコに火を点けようとした。
はるかの目が、戸惑いに揺れる。
けれど、抗議の言葉はなかった。
「なにも言わないんだな」
はるかはうつむいたままだ。
「・・・俺、タバコ吸おうとしてんだぜ?」
「・・・・・・」
「なんか言えよ・・・」
「・・・・・・」
「こんな俺が、友達とか語る資格なんてねーけどさ・・・」
「え?」
「はるかは、ただ、誰かとの関係が崩れるのが怖いだけだろ」
「・・・どういうこと?」
「桜木に嫌われるのが怖くて、父親に嫌われるのが怖くて・・・」
「・・・え?」
「今度は俺に嫌われるのが、怖いのか?」
「・・・っ」
「なんで、何も言ってくれないんだよ」
「・・・宗介」
「もう剣術部とか、退学とか、そんなんどーでもいいよ。 そんなことよりさ、今のお前見てる方が、よっぽど辛れーよ」
「・・・ごめん」
卑屈そうに頭を垂れている。
「これ、チョコレートだよ、馬鹿」
はるかが顔を上げる。
「タバコなんて吸うかよ・・・」
はるかが何か言いかけたとき、俺はすでに踵を返していた。
・・・・・・。
・・・。
もう、何を言っても無駄なのか・・・。
・・・どうして、変わってしまったのか。
はるかは、優しかった。
いまは、違う。
表面的に優しいだけの、普通の女の子だ。
俺のせいだろうか。
俺が、変わってしまったからなのか。
・・・。
ぼんやりと家路についていたときだった。
「宗介じゃん!」
「水嶋・・・」
「あらら、顔色悪いよ」
「・・・そうか?」
「うん。 すっごく辛そう」
「お前、学園は?」
「宗介が帰ったあとにね、無性に俺も帰りたくなって、抜け出してきちゃった!」
「いいのかよ?」
「だって学園って退屈なんだもん!」
「そうだけどさ」
「宗介はこんなところで何してたの?」
「・・・はるかと」
「はるかちゃん!?」
「いや、そうじゃなくて、腹痛いから病院に行ってきたよ」
「ふーん。 で、どうだった?」
「食あたりだってさ。 薬飲んだから、もう平気だけど」
「なーんだ。 本当に腹痛だったんだね」
「どういう意味だよ」
「いや、宗介が腹痛になるなんて思えないからさ」
「は?」
「だって丈夫そうだし」
「俺は案外、繊細なのだよ」
「てっきり、はるかちゃんの店に行ったんだと思っちゃった」
「え?」
「だって、最近、宗介とはるかちゃん、様子変だからさ、もしかして・・・って思って」
「そんなわけないだろ。 はるかとか、どうでもいいよ」
「ほんとに?」
「ああ。 関係ない・・・」
「ならいいんだけどさ」
「お前はなんでサボったんだ?」
「もう少しで試験だからさ、帰って勉強するんだよね~」
「お前が、勉強!?」
「・・・なんだ、そのリアクションは」
「ごめん、少しショック」
「こう見えても俺、天才肌だからさ!」
「・・・そっか」
「学園の授業とかかったるいから、家で勉強するのであります」
「・・・がんばれ」
「サンキュー! 宗介も退学しなくていいように、がんばれよ」
「そうだな」
「バイビ~」
水嶋は去っていった。
・・・いや、そうだよな。
あいつと俺は違う。
俺は何やってんだろ。
なにか、一人だけ、取り残されたような空しさに襲われた。
・・・・・・。
・・・。
俺はタバコを取り出した。
いつから吸わなくなったのだろう。
昔はカッコつけて、よく吸っていた。
吸うことで俺は自分の存在を大きく見せていた。
自分を大きく見せることに必死だった。
でも、あの日、俺はタバコをやめた。
あいつが、やめろと言ったから。
あいつが、本気で怒ってくれたから・・・。
なのに・・・。
タバコを一本取り出した。
・・・甘い匂いがした。
俺は、ちゃんと約束は守ってるんだぜ・・・。
・・・電話だ。
『もしもし・・・』
「・・・なに?」
『さっきは、ごめんね』
「・・・俺こそ、ごめん。 なんかイラついててさ」
幼馴染だった。
『具合はいいのか?』
どれだけ失望しても、はるかは俺の幼馴染だった。
『うん。 もう平気だよ』
「風邪引いてたのに、俺、感じ悪かったな。 すまん」
だから、見捨てられない。
『いいよ』
「うん・・・」
『あのね・・・私、宗介の気持ちは凄く分かった』
「うん」
だから、期待してしまう。
『でも、ごめん・・・』
期待はすぐに裏切られる。
『お父さんさ・・・変わったよね?』
「ああ」
『でも、しょうがないよ。 お母さんが死んじゃって、もうどうしていいかわかんないみたいなの』
・・・どうしていいかわかんないのは、お前だろう?
『きっと、居場所がないんだと思うの。 私しか、頼れる人いないから。 私、そんな人を裏切れないよ』
裏切るってなんだよ?
言いたいことも言えないような親子関係なんて、初めからなかったも同然じゃねえか。
『・・・おやすみ』
電話は、不意に打ち切られた。
・・・ごめん、か・・・。
謝るなってあれほど言っただろ。
俺はベッドに大の字になった。
はるか・・・。
俺・・・。
中途半端で、ダメで、クズ呼ばわりされてきた俺だけど・・・。
今回は、今回だけは・・・。
譲れねぇんだ。
譲っちゃダメなんだ・・・。
もう、後悔だけはしたくない・・・。
俺ははるかのことが・・・。
だから・・・。
あきらめたり、しないんだ・・・。
・・・。