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-ノベルゲーム・タイピング-

光輪の町、ラベンダーの少女【5】

このブログはゲームのテキストを文字起こし・画像を投稿していますので、ネタバレを多く含みます。

読んで面白いと思ったら購入し、ぜひご自身でプレイしてください。

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・・・。

 

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翌朝は一人で登校した。

いつも起こしに来る幼馴染は、今日は来なかった。


・・・。

 

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「みなさん、おはようございます。 今日は、みなさんに悲しいお知らせがあります」


何も悲しくなさそうだった。


「一緒に仲良く勉強を共にしていた鈴木はるかさんが、近いうちに転校することになりました」


教室がざわめいた。


「鈴木さん、挨拶して」

「はい。 父の仕事の都合により、転校することになりました。 今まで、仲良くしてくれて、本当にありがとうございました」


はるかは明るく振る舞った。


「そういうことなので、残念ですが鈴木さんは学園を去ります。 以上」


栗林は教室から出て行った。

 

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「はるかさん、今の話は本当ですか?」

「本当だよ! 急でごめんね。 リコちゃん、せっかく友達になれたのに、ごめんね」

「嫌です! 今からでも、転校を取り消しにしてください」

「ううん。 こればっかりは仕方ないの。 お父さんとよく話した結果だから」

「そんなの嫌です。 だったら、リコも転校します」

「リコ、駄々をこねるな。 鈴木さん、困ってるだろ」

「でも・・・」

「転校しても、手紙は書くから」

「絶対ですよ。 一日に3回は手紙をだします」

「それはちょっと多いかな・・・」

「一日に20回はメールします」

「それじゃただの迷惑メールだぞ」

「あらら」

「ヒカルちゃんも、短い間だったけど、仲良くしてくれてありがとうね」

「仲良く? ・・・そうでもないがな」

「色々、ごめんね」

「・・・仲良くなるのは・・・その・・・これからだったんじゃないのか」

「え?」

「なんでもない。 ただ、ちょっと勝手だと思うんだ。 私や椿をけしかけて、自分だけ転校してしまうなんて」

「ヒカルちゃん・・・ごめんね、その通りだよ」


桜木がふと思い立ったように言った。


「学園が、退学させたのか?」

「ううん。 違うよ」

「栗林が鈴木さんを辞めさせたのか?」

「本当に違うの。 お店のことがあったから」

「・・・そうか」

「・・・・・・」

「宗介もありがとうね」

「・・・・・・」


はるかは教室を出て行った。


・・・。


「お前はそれでいいのか?」

「いいわけねぇよ」

「安心したよ」

「は?」


桜木は、すまし顔で席に戻っていった。


「あたしに魔法が使えたら、はるかさんを転校させなくてすむのに」

「そうだな」

「あたしには動物としゃべる能力しかないから・・・」

「その能力も十分凄いけど」


ふと、教室のあちこちで、声が聞こえた。


「ねぇ、鈴木さん、なんで転校するの?」

「知らない。 学園でチラシ撒いてたりしてたじゃない」

「あれでしょ? 女子剣術部。 入るわけないよね~」

「それに、八百屋だっけ? 忙しくなったんじゃない?」


色めいた声だった。

どこか、楽しそう。


「でも、あのお店、あんまりお客入ってないって噂だよ」

「倒産だったりして・・・」

「やだぁ。 ほんとにあるんだね、そういうの」

「てかさ、鈴木さんって、空回りしてたよね」

「それ、分かる! なんか友達多いと思ってるみたいだけど、実際はそうでもないよね」

「私も、一応、仲良くしてたけど、絡みづらいっていうかさ~」

「すっごいそれ分かる。 面倒臭い子の典型みたいな~」


横行する陰口を、俺は当然のことのように聞いていた。

・・・そういえば、はるかは誰からも好かれる性格だが、すげー仲のいい奴っていたのかな・・・。

友達多そうだけど、実際はそうでもなかったのかもしれない。

俺みたいな不良とつるんでたからかもな・・・。


「宗介?」


何ができるのか。

授業中、ずっと考えていた。

俺に、何ができるのか。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

 

学園が終り、することもないので早めに帰宅した。

気になるのは、鈴木青果店だった。

我が家の隣で店を開いているだけあって、どうしても気になってしまう。


「はるか? いるのか?」
「・・・・・・」


声をかけると、はるかの顔が、二階の窓から出てきた。


「どうしたんだ? 店、開けっ放しで誰もいねーぞ」
「もう、いいの・・・」
「もういいって、客が来たらどうするんだよ」
「いいんだよ。 どうせ、もうすぐしたら、引っ越すし」
「だったら、店閉めろよ」


俺は、上に向かって声を張り上げた。


「もう、やる気がないんだったら、最初から店なんて開けてんじゃねーよ」
「・・・もう、この店、無くなるんだよ」
「だったらなんだよ」
「私が店にたったって、意味がないから」
「本気でそう思うのか?」


未練があるから、店を開いてるんじゃねーのかよ・・・。


「もういいって。 今までありがとう、宗介」
「勝手なこと言うなよ」


許せなかった。


「私、もう、居場所ないから。 学園にも、宗介のそばにも・・・なにより、このお店にも・・・」


窓が、閉められた。

もう、開くことがないように思われた。

もう、はるかの顔を見ることがないように思われた。

俺は店のなかに踏み入った。

野菜も果物もさびしげに置かれていた。

たまらず、レジのそばにあったエプロンを手に取った。

古ぼけて糸のほつれたエプロン。

しかし、シワの一つもない。

俺とはるかに残された、唯一の絆のように見えた。

それを首からかけて、制服を隠し、通りに出た。


「いらっしゃいませ」


初めは小さく、つぶやいてみた。

鬱憤がたまっていく。


「いらっしゃいませ!!!」


力の限り、叫んだ。

誰も通らない商店街に、俺は精一杯の声を出した。

俺の声が寂しく、響く。

そこから先は、一気だった。


「いらっしゃいませ! 鈴木青果店、ただいま営業中です! いらっしゃいませ!」


人気はない。

ただ、気が済まなかった。

わだかまりを爆発させなければ、やりきれなかった。

 

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「いらっしゃいませ! どうぞお立ち寄りください!」


営業の声というには、怒気をはらみすぎていた。


「いらっしゃいませ! 新鮮で美味しい鈴木青果店です! 見ていってください! よろしくお願いします!」


俺の剣幕に異常を察したのか、男が立ち止まった。


「・・・い、いらっしゃいませ。 なんにしますか?」


俺の顔は相当にひきつっていると思う。


「じゃ、じゃあ、リンゴをひとつもらおうかな」
「あ、ありがとうございます!」


俺は、深々と頭を下げた。

気持ちが良かった。

誰かに深く感謝した記憶なんて、ここのところずっとない。

赤く熟れたリンゴを両手で渡したとき、なにか温かいものが胸の内に広がった。

最初驚いていたお客さんも、最後には笑顔になって去っていった。

それが、活力になった。


「いらっしゃいませ! 鈴木青果店、鈴木青果店でございます! 安くて美味しくて、新鮮な鈴木青果店でございます!」


はるかを想った。

はるかもこうやって大声を出して、暗くなるまで店先に立っていた。

雨の日も、元気に輝いていた。


「こんにちは! どうですか!? ちょっと寄ってみてくれませんか!?」


帰宅を急ぐ人々で商店街が賑わってきていた。

俺は腰を落とし、彼らの顔色をうかがうように、一人一人の目を見て呼びかけていった。


「いらっしゃいませ、どうぞ!」


一人が足を止めると、おずおずと人が集まってくる。

やがて、注文が入る。


「キャベツとナスですね。 かしこまりました。 ありがとうございます」


俺が精一杯やっているからじゃない。

もともと、モノはいいのだ。


「見ない顔だねぇ。 娘さんはどうしたの?」
「今日は、ちょっとお休みなんです」
「彼女によろしく。 この八百屋にはいつも元気をもらってるよ」


・・・あいつに、聞かせてやりたかった。

居場所がないとか言ってふてくされてる、あいつに。

あいつはこうやって、毎日、誰かと小さな絆をつむいているんだ。


「あのさ」


若い、女だった。

いまいましげに俺をにらんでいる。


「はい、なんでしょう?」
「お釣りが間違ってんだけど」


お釣りを確認する。


「申し訳ありません。 ほんとうに申し訳ありません」


頭を下げる。


「ていうか、このお店、潰れるって噂だけどマジ?」


小さな商店街だった。

噂が広まるのも早い。


「ねえ、聞いてんの?」


薄ら笑いを浮かべていた。


「潰れませんよ」


俺の返した笑顔が、かたくなっていないことを祈る。


「ぜったいに潰れません。 もう十年、二十年とずっと続いてこいたんですから」


潰させるものか。

女は、どこかつまらなさそうに俺の前を離れていった。

俺は女の背に向かって、なけなしの誠意を投げかけた。


「これからも、鈴木青果店をよろしくお願いします! ありがとうございました!」


まったく俺は体力がない。

普段から運動もせず、遊び歩いていたせいで、もう息が切れかけてきた。


「いらっしゃいませ! いらっしゃいませ!」
「あら、なにやってるのかしら?」


ふと、聞き覚えのある声がした。


「どうしてあなたが店番してるの?」


顔を上げると栗林がいた。

相変わらず表情のない顔で、見下すように俺を見ていた。


「いらっしゃいませ。 先生こそ、またどうしたんですか?」
「帰り道なのよ。 知らなかった?」
「そうですか。 なにか買っていきませんか?」
「気持ち悪いわね」


俺の態度のことだろう。


「あなたみたいな人がたまたまやる気になっても、すぐにわかるわよ」


わかっている、そんなこと。


「鈴木さんは毎日店先に立ってたのよ? 継続した努力のできないあなたとは違うの」


身にしみる思いだった。


「先生、どうですか? このキュウリ、はるかが自信を持って売ってたんです」


栗林は、俺を値踏みするような目でにらみつけながら、うなずいた。


「じゃあ、もらおうかしら」
「ありがとうございます!」
「ふっ、どうしたのよ、声が枯れてるわよ」


黙ってお金を受け取り、笑顔でキュウリを手渡そうとした。

そのとき、栗林がふと手を引いた。


「あっ・・・」


地面に落ちる、一本のキュウリ。


「なにしてくれるのよ」
「・・・・・・」
「なによ、その顔。 まるで私が意地悪してるみたいじゃない?」
「・・・・・・」
「なに? 怒るの? 怒って化けの皮がはがれるのかしら?」
「も・・・」
「え?」
「申し訳ありません、すぐに代わりを用意しますんで」
「・・・・・・」


栗林は怪訝そうな顔で下唇を噛んでいた。

そんな表情を見せる栗林を見たのは初めてかもしれない。


「どうもありがとうございました。 また立ち寄ってください」


今度こそ、しっかりと栗林の手にキュウリを握らせた。


「・・・そう」


深いため息をついて、栗林は雑踏に消えていった。

 

いらっしゃいませ! 鈴木青果店です! いらっしゃいませ!」


次第に声が出なくなる。

俺はかすれていく声を振り絞った。


「鈴木青果店は、見た目は小さな店ですが、野菜や果物は最高の物を出しています! ボロボロで、今にも潰れそうな店ですが、真心だけはどこの店にも負けません! お客様が安心して食べられる野菜と、心から元気になれる、そんな八百屋です! いつも明るくて、商店街にとって、俺にとって、大切な店なんです!」


しだいに、自分でも何を口走っているのかわからなくなってきていた。


「大切な幼馴染の、最高の店なんです!」


声が震えていた。


「・・・ここには、俺とはるかの思い出が、いっぱいつまってるから・・・」


青臭くて、ばかばかしくて、格好が悪かった。

でも、恥ずかしくはない。


「だから・・・だから・・・無くすなんて言わないでくれよ・・・」


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

「・・・宗介・・・」


二階の窓が、ぎしりと軋んだ。

 

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・・・。

 

「ありがとうございました!」


最後の客に頭を下げた。

すでに、営業時間はとっくに過ぎていた。

気のすむまでやりきった俺は、両手を膝の上にのせて息を上げていた。

 

「・・・・・・」


いつの間にそこにいたのか。


「よう」
「・・・・・・」


俺は息を整えて、エプロンを脱いだ。


「明日も、明後日も、その次の日も、来るからな」


はるかは、何も言わない。

少し、目が腫れていた。

気になって詰め寄ったとき、店の奥で物音がした。


「宗介くん、ありがとう、ほんとにありがとうね」


親父さんが腰を低くしていた。


「気にしないで下さい。 俺がやりたくてやってるだけなんで」


「なんだか、盛況だったみたいで、ほんとに助かったよ」

「いいっすよ」

「その・・・お金とか間違ってないよね」

「なんすか?」


あまりにさらりとその言葉が出てきたので、最初聞き間違いかと思った。


「いや、さっきもお釣り間違えてたみたいだから」

「えっと・・・」

「ごめんね」


こういう人が、たまにいる。

余裕がない大人。

怒りを通り越して、つい甘やかしたくなるような、辟易させられる人間。

はるかの善意も、そりゃ、伝わらなかっただろうな・・・。


「売り上げは全部、レジにいれておいたんで、確認してくださいよ」

「ごめんね、その、アルバイト代とかは出せそうにないんだよ」

「いや、別に・・・」


体が疲れきっているせいか、なにもかも遠く聞こえた。


「そういってもらえると、ありがたいよ。 なんせ、不景気なもんでね」


こんな人だったろうか。

はるかの父は、レジに入っている売り上げを器用に数えている。

当然のように、お札や小銭を確かめている。

あさましくて、ちっぽけだった。

はるかは、こんな人についていくのか。

はるかもいずれ、ああいうふうに腰を曲げて人と接するようになってしまうのだろうか。


「じゃあ、帰ります」


いたたまれなくなって、軽く頭を下げた。


「ちょっと待って」

「はい?」

「あ、えっと、宗介くん、ごめん。 ちょっとお金、合わないんだけど・・・おかしいなあ」

「ちゃんと数えましたか?」

「数えたんだけどなぁ。 宗介くん、どうして合わないか、わからないよね?」

「・・・・・・」

「いや、その疑ってるわけじゃないんだよ」

「疑ってる?」


また、とんでもない言葉が飛び出してきた。


「違うんだ。 そういうつもりじゃない」


支離滅裂なことを言ってなお、気づかない。


「宗介くんのことは、小さいころから知ってるからね。 信じてるよ。 信じてるんだけどね・・・」


・・・はっきり言え。

馬鹿馬鹿しくなってきた。


「おかしいなぁ、どうしてもお金が合わないんだよなぁ」

「どうすれば信じてもらえるんですか?」


ガラガラになった喉から、ひどく低い声が出た。


「その、出来ればポケットの中とか見せてくれないかな」


頭に血がのぼる。


「ちょっと見せてくれないかなぁ?」


俺は拳を握り締め、はるかの親父を睨んだ。

もう、めんどくさい。

疲れ果てた体が、殴れ殴れと暴力を求めていた。

けっきょくは、俺も、この人と変わらない。

いままでやったことを全て否定された気になって、腹を立てている。

つまりは、こういうことだ。


「怖い顔しないでくれよ、念のためだから・・・」


この俺があんだけしてやったのに、なに言ってんだこの野郎――!


――ッッ


殴りつけていた。

激しい音が夜の商店街に響き渡った。

親父さんの顔が大きくぶれた。

腕が伸びていた。


・・・俺ではなく、


「いい加減にしてよ・・・!」


はるかの・・・。

 

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「いい加減にしてよ」


親父さんを殴ったのは、はるかだった。


「お父さん、いい加減にしてよ! これ以上、惨めな思いさせないでよ!」


ちょうど、昔、タバコを吸おうとした俺を殴りつけたように。


「もう我慢できないよ。 こんなの絶対、おかしいよ」


大切な友達の過ちをとがめるように。


「宗介の気持ち、踏みにじるようなことしたら、お父さんだって許せない」

「踏みにじる・・・?」

「気づいてよ! お父さんはおかしいんだって!」


親父さんがはっとしたように息をのむのがわかった。

うすうす感づいていたことを叱られて、困り果てる子供の顔。

つい、許してしまいたくなる。

けれど、はるかは、それをはねのけた。


「甘えないでよ! お母さん死んで、辛かったのは私だって同じなんだよ。 だからってこの店、潰してどうなるっていうのよ」

「でも、体が・・・」

「嘘だよ! お父さん、どこも悪くない! お父さんは自分で病気を作ってるだけだよ。 ただ、逃げてるだけじゃない」


溢れる涙をこらえ切れず、はるかは泣いた。


「宗介、ごめんね。 私、間違ってた。 宗介の言ったとおりだった。 逃げてたのは私も同じ。 誰かに嫌われたくなくて、ずっと優しいふりしてた。 ヒカルちゃんのこともそう、お父さんのことも、宗介のことも。 みんなに嫌われたくないから、いつでも中途半端だった。 誰かと本当に関係を築くのって難しいね。 うわっつらだけじゃなくて、厳しいこともあるんだよね。 でも、もうやめるよ。 自分が傷つかないために何も言えないなんて、そんなの本当の人間関係じゃない・・・」


嗚咽が漏れる。


「・・・はるか、私は」

「働きなよ! 働いて、この店、守ってよ! 私だけじゃ出来ないよ」

「・・・・・・」

「私、この店、無くなるなんて嫌だよ。 頑張ろうよ。 二人で一生懸命頑張れば、潰さなくってすむはずだよ」

「一生懸命・・・」

「この店には、お母さんがいるんだよ。 お母さんがずっといるんだよ。 ここがなくなったら、お母さん、行くところが無くなるじゃない」

「・・・母さんが・・・」

「絶対に、店潰したりしたくない。 だから、二人で、頑張ろうよ。 お父さんなら出来るよ。 きっと出来るよ」

「はるか・・・」

「甘えてたら、許さないんだから」


父親の顔も次第に歪んできた。


「やれるよ。 ね、お父さん」

「ごめんな・・・ごめんな・・・」


親子はどちらからでもなく、抱き合った。

俺の入る余地はなかった。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

 

俺は思い出していた。

はるかに殴られた日のことを。

俺がタバコを吸った日、あいつは俺を思いっきりビンタした。

その時の頬の痛みがじんわりと蘇ってきた。

あの痛みは・・・忘れられねーよ。


・・・・・・。

 

・・・。

 


もう、寝るか・・・。


「宗介、はるかちゃんが来てるわよ」

「え?」

「降りてきなさい」

「分かった」

 

 

 

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「今日は、ありがとう」
「目が真っ赤じゃねえか」


恥ずかしくて直視できない。


「・・・こんなに泣いたの、お母さんが死んだ日以来だよ」
「あの日か・・・」
「弱いね、私」
「そんなことねーよ」
「お店、続けることになったの」
「それ、本当か?」
「うん。 お父さんがね、頑張ってみるって言ってくれたの」
「良かったな」
「全部、宗介のおかげだよ」
「そうかな?」
「うん。 私、宗介がいなかったら自分の弱さに気づけなかった」
「そっか」
「タバコ、やめたんだね」
「当たり前だろ、あんなビンタ喰らったら、嫌でも吸わなくなるよ」
「もし、吸ったら、容赦なくいくから、覚悟しといてね」
「言っとくけど、お前のビンタ、結構痛いんだからな」
「それはそれは光栄です」


久しぶりに、はるかの笑顔を見た。

「いい顔だな」
「いい顔?」
「そっちのほうが、お前らしいよ」
「・・・ありがとう」
「うん」
「私ね・・・剣術やろうと思うんだ」
「ん?」
「本気だよ」
「でも、店があるだろ」
「お店と両立するつもり。 お父さんがね、協力してくれるっていってくれたの」
「マジか!」
「うん。 だから、私、やります!」
「おう!」
「今度は私が宗介を守るから」
「守る?」
「退学させたりしないから」
「そりゃ、ありがとうな」
「それに、私、ヒカルちゃんに剣術やって欲しいから」
「あぁ・・・そうか・・・」
「一緒に剣術部、作ろうよ!」
「わかった。 頼んだぞ」
「じゃあ、準備して」
「何を?」
「ヒカルちゃんの家に行く準備だよ」
「行くって、今から!?」
「当然!」
「・・・急だな、おい」
「こういうことは、早い方がいいんだよ!」
「だけどさ・・・」
「私、諦めないから。 どんなに断られても、ヒカルちゃん説得するまで諦めない」
「お前なぁ」
「ヒカルちゃんはきっと剣術やりたいはずだから、私、頑張る!」
「わかったよ」
「ヒカルちゃんの竹刀持ってるよね?」
「部屋にあるけど」
「じゃあ、それも持っていこうよ」


俺は竹刀を部屋に取りに戻り、はるかと一緒に桜木の家に向かった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

「電気、付いてるね」
「まだ起きてるみたいだな」
「宗介、心の準備はいい?」
「ああ」


俺たちは階段を恐る恐る上がっていった。


・・・。


「誰だ?」

「あのぉ、鈴木です」

「鈴木さん?」

「うん」

「どうしたんだ? こんな夜中に」

「ヒカルちゃんに話したいことがあって」


一瞬の、間が空いて、桜木は言った。


「・・・入れ」

 

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「よう」

「なんだ、椿もいたのか」

「ごめんね。 寝てたよね」

「いや、寝てないぞ」

「何やってたんだ?」

「夜食を食べていた」

「夜食?」

「ああ。 キュウリだ」

「・・・そうなんだ」

「いいキュウリを食べていたんだ。 非常にカリカリしていたぞ」

「そうなんだ」

カリカリしてはいるが、それでいて瑞々しい。 さすがは鈴木青果店のキュウリだ」

「うちの?」

「こんないいキュウリは滅多に出会えない」

「新鮮さが売りですから」

「いいキュウリに出会えて、私は幸せだ」


そこまでキュウリにこだわれるとは、謎だ・・・。


「で、話ってなんだ?」


桜木の目が細くなった。


「私ね、剣術部に入ることにしたんだ」

「なに?」


今度はあごを引いた。


「お店、大丈夫になったの」

「ということは、転校もしなくてもいいのか?」

「うん」

「それは良かった・・・」

 

桜木は言葉とは裏腹に、真顔のまま言った。


「それで、ヒカルちゃんにも剣術部に入って欲しいんだ」


はるかは桜木の目を見つめた。

その目の色にこれまでとは違うものを、俺は認めた。


「・・・なぜだ?」

「ヒカルちゃんには剣術をやって欲しいの。 私はヒカルちゃんの剣術が見たい。 一緒に剣術をやってください」


はるかは頭を下げた。


「前から言ってるだろ・・・」

「違うの、もう、いままでとは違うお願いなの」

「どこが違う?」

「私の覚悟が」

「ほう・・・」

「いままで私、ヒカルちゃんに嫌われたくなかったの。 だから、ちょっとヒカルちゃんに嫌われそうになっただけであきらめてたの」

「・・・・・・」

「でも、もう違うの。 私は、ヒカルちゃんにどう思われてもいいから、それでもお願いしたいの」

「・・・なりふりかまわない、ってことか?」

「ごめんね。 何度も何度もうざったくて」


その瞬間だった。


「まったくだな・・・!」


桜木は、いまやはっきりと怒りを見せた。

少女とは思えないような気迫が伝わってくる。

はるかの表情が、一瞬だけ凍りついた。


「・・・理由を聞かせて欲しいの」

「理由だと・・・?」

「ヒカルちゃんが竹刀を握らない理由。 なにか力になれることがあれば・・・ううん、話すだけでも、気持ちが軽くなることってあると思うの」


はるかはまっすぐに、桜木を見据えていた。


「友達になりたいの・・・本当に・・・」


しばし、二人は見つめあった。

どちらも、一歩も譲らない。

やがて、桜木が深いため息をついた。


「・・・変ったな」

「え?」

「生気がある。 まるで別人のようだ」

「そうかな?」

「それは私の竹刀か?」

「ああ」

「貸してもらえるか?」


俺は黙って言われたとおりにした。

桜木は、久しぶりに握った竹刀の感触を確かめていた。


「外に出るぞ。 ついて来い」

「あ、おい・・・!」


勝手に玄関に向かった。


「なぁ、もしかして・・・」

「ヒカルちゃん、竹刀、もったよね?」

「てことは、もしかして!」

「剣術部に、入ってくれるってことだよね!」

「ありえるぞ!」

「やった!」


俺たちは桜木のあとを追った。


・・・。


夏とはいえ、深夜の外はまだ肌寒い。

月明かりに照らされた桜木の影が、うっすらと伸びる。

その姿はまるで、モノの本で読んだサムライのようだ。

 

 

「私、ヒカルちゃんが剣術部に入ったら、いっぱい教えて欲しいことあるんだ!」

「だよな。 はるかは初心者だからな」

「足手まといにならないようにしないと!」

「なぁ桜木、素振りからでも教えてくれるのか?」


浮かれる俺達に、けれど桜木は頭を振った。


「ちょうどこんな夜だったな・・・」

「一緒にがんばろうね! 今からすっごく楽しみだよ!」

「・・・・・・」

「ヒカルちゃん?」


桜木は、ぼんやりと月を見上げていた。

その視線が、ゆっくりと俺達の方を向く。


「何を勘違いしている?」


恐ろしい、とはっきり思った。


「私はやらない」


俺もはるかも息を詰めて、目の前の桜木に呑まれていた。


「鈴木さんは真剣だ、だから私も真剣に答えよう」


ぎり、と唇を噛んだ。


「なぜ、私が剣術をやらないのか・・・」


忌々しげに眉を釣り上げて、竹刀を見た。


「私は・・・コイツで・・・」


背筋が凍り、肌が粟だった。

いつの間にか、竹刀が俺のすぐ目の前に突き出されていた。

抜き身の刀が月光をまとって、血に濡れている。

桜木ヒカルの全身から、狂気めいた殺気が感じられた・・・。


「殺したんだ、人を・・・」

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

 


昨日、俺たちはあれ以上、何も聞けなかった。


『殺したんだ、人を・・・』


桜木の過去に何があったのか・・・。

俺たちには分からなかったが、桜木の言葉から、壮絶なものだということは容易に想像が出来た。

桜木は多くを語ることはなく、俺たちは黙って帰ることしか出来なかった。

 

・・・。

 

 

「栗林くん、おはよう」
「おはようございます」
「なんだか今日は、いつにも増して、美しいね」
「美しい? ご冗談を」
「いや、今日は何か輝いて見えるよ。 まるで女神のようだ」
「私が女神ですか? ・・・ギャグとして成立していませんよ」
「ところで剣術部の方はどうなったんだい?」
「それが・・・」
「どうした? もう諦めて解散でもしたか?」
「いいえ。 鈴木はるかが入部しました」
「それは、どういうことかな? 彼女は店が潰れて、転校を余儀なくされたと聞いていたんだが」
「鈴木はるかの店は、存続することになりました」
「なぜだ?」
「・・・椿宗介が加担したようです」
「困るねぇ~。 そういう無駄なことをしてもらっては」
「・・・そうですね」
「まさか、このまま剣術部が出来るなんてことは、ないよね」
「もちろんありません。 まだ、たったの一人ですよ・・・」
「だと、いいんだが」
「これ以上、部員が集まるようなことは決してありませんから」
「当たり前だ。 新山学園に剣術部など、もっともあってはいけないものだ」
「それは私が一番、理解しているつもりですが」
「・・・そうだといいんだが」


大九郎は溜息をついた。


・・・・・・。

 


・・・。

 


俺とはるかは、作戦会議を開いた。

闇雲に部員を募っても集まりっこない。

ターゲットを決めて、交渉するしかないと踏んだのだ。

 

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「剣術部を作るためには、あと最低4人は必要なんだよな」
「そうだよね。 5人集まらないと部には出来ないし」
「誰かいないかな・・・」
「ヒカルちゃんは、やっぱり無理だよね」
「あんなこと言われたら、誘えねぇよ」
「昨日のヒカルちゃん、凄かったよ」
「あの桜木の顔は忘れられねーよ」
「うーん。 他に剣術やってくれそうな人いないかな~」
「このクラスだと・・・リコくらいだよな」
「リコちゃんか・・・」
あいつだったら、適当にごまかせば、やってくれそうじゃね?」
「適当に?」
「そうそうノリで! 動物も剣術部に入部したらしいよ! とか言えば入ってくれそうじゃないか?」
「ノリはよくないよ」
「でもさ・・・」
「真剣にお願いしようよ。 そしたら、リコちゃんにも気持ちが伝わるかもしれないし」
「・・・そっか、そうだな。 真剣に頼まないとな」
「さっそく、リコちゃんに話してみよう!」


俺とはるかはリコを探した。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

俺たちは中庭でリコを発見した。

リコは草むらに向かって座っている。

 

「おーいリコ~」

「宗介くんに、はるかさんではないですか」

「こんな所で何してるの?」

「虫さんとお話していました」

「なに話してたんだ?」

「最初は、魔法少女ミルティーChanの話で、そのあとは、リコの将来の話です」

「将来の話? 結構、深い話してたんだな」

「はい。 リコはこう見えて、それなりに人生設計を考えていますので」

「そっかそっか」


俺ははるかに合図を送った。

 

「私から話すの?」
「俺から話すより、はるかから話した方が、いいと思うぞ」
「うん。 わかった」


「あのぅ、リコに何か御用ですか?」

「それがね、その・・・」

「なんですか?」

「実は、私たち剣術部を作ろうと思ってて」

「おお! その話は知ってます」

「私、入部することにしたんだ」

「そうなんですか! それはそれは」

「うん。 それでね、リコちゃんも入らないかなぁって」

「え? 私が剣術部ですか?」

「そう。 無理にってわけじゃないんだけど、良かったら、一緒に剣術やらないかなぁって思って」

「ほう」

「どうだリコ? 剣術部に入らないか?」

「私たち、真剣なの」

「・・・どうでしょう」

「お願い! 一緒に剣術、やろうよ!」

「でも剣術部は少し気がひけます」

「どうして?」

「リコは叩くのも叩かれるのも、得意ではありませんので」

「それは心配いらないよ。 私だって初心者だし、一緒に一から学んでいこうよ!」

「ふむ」

「ね! やってみようよ!」

「・・・剣術部じゃなくて」

「あ?」

「猫部を作りましょう」

「猫部? それ何?」

「人間も猫も、みんな猫のように暮らす部です」

「・・・うん」

「基本的な活動は、縁側での昼寝です」

「・・・昼寝」

「気が向いたら、起きて猫との会話。 活動中の食事はキャットフードを主に食べます」

「食べられるの?」

「食べられます。 午後からは猫語をマスターするために、ニャー以外は禁止です」

「・・・・・・」

「では、明日より、猫部の活動をスタートさせますので、猫耳を各自用意してください」

「ちょっと待て」

「はい?」

「猫部はまた今度の機会ということで、剣術部の話に戻してもいいかな?」

「ちょっとその件に関しましては、後日ということで」

「でも、あんまり時間ないんだよね」

「そうですか。 では!」

「おい、リコ!」


リコは走り去ってしまった。

 

「・・・やっぱりリコちゃんには無理だったのかな」

「そんなことねぇよ。 俺たちの真剣な気持ちを伝えたら、きっと力を貸してくれるって」

「そうだよね。 まだ諦めちゃだめだよね」

「猫部かぁ・・・」

「動物が本当に好きなんだね」

「そうだな」

「他の人にも声をかけてみようよ」

「数こなさないとな」

「まだまだこれからじゃない。 諦めるには早すぎるよ」

「そうだな」


・・・・・・。

 

・・・。

 

俺とはるかは放課後、校門の前で生徒に声をかけることにした。

 

「入ってくれそうな顔してるやつがいたら、突撃するぞ」
「了解」
「やっぱ剣術やりそうなやつっていったら、体がでかくて、気が荒そうなやつだな」
「そんな人、新山学園にいるかなぁ?」
「確かに、この学園の女子ってみんな可愛いよな」
「あんまり乱暴そうな人はいないよね」
「まぁ、中には桜木みたいなやつも紛れてるから、見かけで判断するのは早いかな」

 

「椿先輩、何やってるんですか?」

「沢村!」

「もう下校の時間ですよ」

「ちょっと剣術部に入会する人を探してて」

「そうですか。 でも、あんまり目立つ行動はやめた方がいいかもしれません」

「なんでだ?」

「栗林先生から、そういう活動をしている生徒をみたら、取り締まるようにと風紀委員会に通達があったんです」

「マジか・・・」

「だから、もし先輩達が、そういうことしてたら、私、注意しなきゃいけない立場なんです」

「そうなんだ・・・」

「仕方ねぇな。 別の場所で勧誘するか」

「そうしてくれると、とても助かります」

「あ、もうこんな時間・・・」

「店か?」

「お父さんが、今日は一人でやってみるって言ってくれたんだけど、やっぱりちょっと心配だから、お店に行くね」

「了解。 あとのことは俺に任せとけ」

「ありがとう」

「明日になったら、部員の一人くらい増やしとくからさ」

「期待してるね!」

「おう!」

「それじゃ、沢村さん、さようなら」

「さようなら」


はるかは店に戻った。


「鈴木先輩、大変そうですね」

「あいつならもう平気だよ」

「偉いなぁ。 尊敬しちゃいます」

「はるか、剣術部に入部したんだぜ」

「え? そうなんですか?」

「あいつ、自分のことだけで、精一杯のはずなんだけどさ、俺を退学させないために必死で頑張ってくれて」

「・・・そうですか」

「これは、聞き流して欲しいんだけど・・・」

「なんですか?」

「沢村は剣術部に入部したり出来ないよな?」

「・・・無理ですよ」

「どうして?」

「私、生徒会長になりたいから」

「それは分かってるんだけどさ、俺たち本気で困ってて」

「先輩の力になりたいって思いますけど、こればっかりは出来ません」

「だよな・・・。 両立は厳しいよな」

「お店と両立している鈴木先輩は凄いと思いますけど、私、生徒会長になることに賭けてますから」

「そこまでしてなりたいんだ」

「はい。 なりたいです。 それが私の夢だから」


沢村の目は真剣そのものだった。


「悪かったな。 生徒会長、なれるといいな」

「こっちこそ、すいません。 何の力にもなれなくて」

「気にすんな。 他にもあてはあるからさ」


・・・あてなんてないけどな。


「影ながら、応援してますから」

「沢村、ありがとう!」

「・・・はい」


沢村は申し訳なさそうな顔をした。

 

・・・・・・。

 


・・・。

 

 

学園では誰も入部してくれなかったな・・・。

もう一度、リコに話してみるか。

ここなら、きっとリコが現れるに違いない。

俺は野良犬を見て、確信した。

動物のいるところに、リコあり。

ちょっと張り込むか・・・。


わんっ!

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「い、犬さん!」


犬の声を聞きつけ、どこからともなくリコが飛び出してきた。

やっぱり現れたな。


わんっ!


「可愛いです! 持って帰りたいです」


リコは、カバンを空け、犬を詰めようとしている。


「おい! やめろって!」
「へ?」
「野良犬をカバンに詰めるのは、やめとけ」
「宗介くん、こんばんは」
「よお、犬を持って帰るのはよせよ」
「どうしてですか?」
「どうしてって、ダメに決まってるだろ。 飼い犬が他にいるかもしれないし」
「・・・そうですか」
「やっぱりここにいたんだな」
「はい、この公園はリコの第二の家ですから」
「まだ、帰らないのか?」
「そうですね。 今日もお母さんとお父さんは仕事で遅いみたいなんで、リコは、無意味に時間つぶしをしています」
「リコの親って、いつも忙しいんだな」
「は、はい。 忙しいのはいいことです」
「なぁ、昼間に話したことなんだけどさ」
「はい」
「入ってくれないかな」
「いいですよ!」
「ほんとか!」
「ええ。 猫部」
「・・・猫部じゃなくて、剣術部のことなんだけど」
「はて、それはちょっと」
「なぁ、頼むよ」
「宗介くん、困ってるですか?」
「とっても、困ってる!」
「あらら・・・。 でもリコは剣術なんて、とても出来ませんよ」
「剣術部に入ったら、色々といいこともあるんだぜ」
「なんですか?」
「体重が減ったり、筋肉がついたり」
「・・・あまり惹かれません」
「あ、そうだ! 仲間が出来るぞ。 一緒に頑張る仲間が出来る」
「それは、友達とは違いますか?」
「ちょっと違うんじゃないかな。 同じ目標に向かって、努力する仲間だからな」


・・・俺、何言ってるんだろ。


「仲間・・・それは欲しいです」
「だったら、入部するしかないよな」
「むーん・・・。 悩みます」


リコは気持ちが揺らいでいるようだ。


「きっと楽しいと思うんだけどな」
「でも、お母さんとお父さんに聞いてみないと、リコの判断では入れません」
「そうなのか?」
「もしも、二人がやってもいいよ! って言ってくれたら出来るのですが・・・」
「じゃあ、今すぐ、聞きに行こうぜ!」
「い、今はちょっと」
「リコの両親は何時くらいに帰ってくるんだ?」
「・・・分かりません」
「今日中には帰って来るんだろ?俺、待つからさ」
「今日は、帰ってくるかは分かりません」
「え?」
「お母さんは、どこか遠くの町に出かけていて、お父さんもどこか知らない国は仕事で行ってますから、今日、戻ってくるかどうか・・・」
「なんだよ、タイミング悪いな」
「だから、今からリコのうちに来られても、意味がないです」
「いつ帰ってくるんだ?」
「明日には必ず帰ってきますから」
「じゃあ、聞いといてもらえるかな」
「わかりました。 入ってもいいかどうか、聞いて、明日また宗介くんに伝えます」
「分かった。 いい返事、期待してるぜ」
「期待に応えられるように、しますから・・・」
「ありがとう。 じゃあ、俺、帰るよ」
「はい。 リコはもう少し、犬さんと戯れてから帰ります」
「あ、犬を持って帰ったらダメだぞ」
「ぐぅ・・・我慢します」
「じゃあな」
「おやすみなさいませ」


俺は家に戻った。


・・・・・・。

 

 

・・・。

 

リコが入部してくれることを祈るしかないな。

もし、入部してくれたとして、あと3人か・・・。

先は長いな。


――携帯の音が鳴る。

マコトか・・・。


「はーい! 私、マコトです。 今日もノリノリでメールしちゃいました」


相変わらず、元気がいいな。


「宗介くんって、好きな食べ物ってある? マコトはトマトが大好きなんだよね~。 だから、家庭菜園を始めたのです。 ちゃんと育ってくれればいいんだけど~。 今日って、何か変わったことってあった? メール待ってます!」


変わった事か・・・。


「俺の好きな食べ物は月並みだけど、オムライスかなぁ。 家庭菜園、うまくいくといいね。 今日の俺はというと、学園で剣術部を作ることになってしまって部員を集めてるんだけど、やっぱり無理みたいです。 もちろん、俺なんかが誘っても協力してくれるはずもないし、それは分かっているから、多分、諦めるつもりだよ。 というわけで、取り立てて話すこともない平凡な一日でした!」


俺はマコトに返信する。

さぁ、明日から本格的に部員集めだな。

頑張るか・・・。

 



 

「宗介! おはよう」
「なんだ? 今日はいつにも増して元気そうだな」
「分かる?」
「そりゃ、その顔見てたらな」
「実は今日、誕生日なんだよね~」
「へぇ~、そうなんだ」
「なんだよその薄い反応は」
「・・・おめでとう」
「心がこもってないな~もう一回!」
「おめでとう」
「足りない。 そんなんじゃ、俺の誕生日の幸せ感が全然でないよ」
「おめでとう、おめでとう、おめでとう、おめでとう、おめでとう、おめでとう、おめでとう。 これでいか?」
「・・・ありがとう」
「そんなに嬉しいか? 誕生日って」
「あたりまえじゃん。 俺がこの世に生まれた日だよ」


この世に生まれた日・・・。

そんなに幸せか?


「水嶋くん、誕生日なの?」

「そうなんだよ! はるかちゃん、何かくれるの?」

「野菜でいい?」

「・・・遠慮しとく」

「あの後、どうなった?」

「え?」

「部員集め。 誰か入ってくれそう?」

「一応、声はかけてみたんだけど、まだ分かんねぇ」

「そうかぁ」

「部員集め、大変そうだね~。 少しは集まったの?」

「いや・・・」

「それが、まだ一人なんだよね」

「一人? え? 誰?」

「実は、私なの」

「はるかちゃん? 剣術部に入ったの?」

「うん。 正式に入部することにしたの」

「でも、お店は大丈夫なの?」

「平気だよ。 両立していくことになったから」

「じゃあ、転校もなしってこと?」

「そうなの」

「そうなんだ~! それはめでたいね~」

「これからも、よろしくね」

「もちろん! でも、なんで剣術部に入れるようになったの?」

「宗介が、色々と助けてくれて」

「宗介が?」

「ち、違うって! 俺は何もしてないから!」

「ふーん。 でも、良かったね」


水嶋は俺をチラッとみた。


「あ、ヒカルちゃん、おはよう!」
「・・・おはよう」
「ヒカルちゃん! 実は俺、誕生日なんだよ!」
「・・・で?」
「でって・・・。 おめでたいよね?」
「・・・お前の頭がな」
「・・・」


「ヒカルちゃん・・・おはよう」

「おはよう」


微妙な緊張感が走る。

あの夜以来、桜木とまともに話すのは初めてだ。


「宿題やったか?」


俺はあえて、どうでもいいことを聞いた。


「もちろんだ。 宿題は大好きでな」

「宿題が好きだなんて、珍しいね」

「何か、与えられたことをこなすのは嫌いじゃない」

「俺は、大嫌いだけどな」

「ちゃんとやらないと、また栗林に怒られるぞ」

「確かに・・・」

「ねぇ、ヒカルちゃん」

「なんだ?」

「一昨日はごめんね」

「別に気にしてない」

「もし、私になにか力になれることがあれば、何でも言ってね」


はるかは笑顔で聞いた。


「その笑顔は罪だな」

「え? 罪?」

「つい心を許してしまいそうになる」

「どんなことでもいいの。 最近、太ってきたなぁ~とか、この教科が苦手だなぁ~とか、このアイドルが好きなんだよね~とか、そういう、何でもない相談でもいいから」

「好きなアイドルか・・・探しておくよ」

「なんでも話してね」

「あの時は、すまなかった。 脅すような言い方をして」

「ううん。 こっちこそ、ごめんね」


はるかは満面の笑顔を見せた。

もう、後ろ向きなはるかはいない。


「やはり鈴木さんの笑顔は、悪くない」

「鈴木さんってなんか固いよね~。 はるかでいいから」

「いや、そういうのは苦手なんだ」


──「カメさん知りませんか?」


「リコちゃん、おはよう」

「おはようです。 リコのカメさん知りませんか?」

「どうした? カメがいなくなったのか?」

「はい。 大量のカメさんが次々といなくいなりました」

「ねぇリコちゃん、俺、今日、誕生日なんだよね~」

「カメさん・・・」

「聞いてる?」

「カメさんは、1万年生きると言われていますが、そんなには生きないと思いますが、どうでしょう?」

「・・・」

「カメって飼ってたカメか?」

「はい。 リコはカメさんを10匹飼っていたのですが、朝起きたら、一匹もいなくなっていたんです」

「逃げちゃったのかな?」

「どうしよう・・・」

「ちゃんと探したのか? カメは歩くのが遅いから、そんなに遠くにはいってないはずだ」

「そうなのですが・・・」

「一緒に探そうか?」

「それはありがたいです。 ・・・は!」

「どうしたんだよ」

「大事なことを思い出しました」

「なんだ?」

「夢でした」

「え?」

「カメさんを飼った夢を見ただけでした。 実際は飼っていません」

「・・・」

「今度、飼うことにします」

「・・・今までの時間を返せ」

「すいません」

「そんなことより、昨日の件どうなった?」

「昨日の件?」

「ほら、両親に聞いてくれるって言っただろ?」

「あぁ、剣術部のことですか?」

「え? リコちゃん、考えてくれたの?」

「両親の了承が取れたら、入部できるって言ってくれて。 なぁ?」

「はて・・・」

「言っただろ」

「そうですねぇ~」

「どうだった?」

「色々とお話した結果・・・」

「結果?」

「・・・みなさん、宿題は終わりましたか?」

「おい、結果はどうなった?」

「今日の体育の授業は逆上がりらしいですね」

「・・・うん」

「リコは逆上がりが出来ません。 なので、欠席したいです」

「それは分かったから、結果!」

「逆上がりになんの意味があるんですか? 逆さに回ってなんの得になるのか理解できません」

「だからさぁ・・・」

「鉄棒は嫌いです・・・」


「リコ・・・」

「なんですか?」

「はぐらかすな」

「はぐらかす? はて?」


リコはとぼけた顔をした。


「椿と鈴木さんは真剣に話してるんだ」

「真剣・・・」

「真剣に向き合っている人間には、真剣に答えるべきだろ」

 

桜木は鋭い目つきでリコを見た。


「・・・そうですね」

「親は剣術部に入ること、何て言ったんだ?」

「・・・許可が出ました」

「それ、ホント?」

「はい。 剣術部に入ってもいいそうです」


リコは戸惑いながら答えた。


「やったじゃん!」

「リコちゃん、ありがとう!」

「はい」

「絶対にダメだろうなぁ~って思ってたから、マジで嬉しいよ」

「リコちゃん、一緒に頑張ろう!」

「・・・はいです」


「・・・良かったな」

「うん、すっごく嬉しいよ」

「これで、2人目か! あと3人、希望が見えてきたんじゃね?」

「そうだね! この調子で頑張ろう!」

「・・・」

 




放課後、俺とはるかとリコは、次なる部員を探すため校門で張り込むことにした。


「沢村はいないみたいだな?」

「そうだね。 他の風紀委員もいないみたいだし、今なら部員集めしても平気そうだね」

「リコも頼んだぞ」

「・・・はいです」

「あと3人・・・あと3人・・・」


はるかは呪文のように口走っている。


「誰かいいやついないかなぁ~」


──「椿宗介くんじゃないか」


「あんた、三田さん!」

「レイカ様のコンサート以来かな?」

「そうっすね」

「悪かったね、あの時は」

「聴きたかったんですけどね、レイカのピアノ」

「私もだよ。 ん? 君たちは?」

「鈴木はるかです」

「はじめまして。 私はレイカ様のお世話係をやっている三田です」

「リコです!」

「よろしく」

「レイカはいないんですか?」

「もうすぐ来ると思うんだが」

「送り迎えですか?」

「そうなんだよ」

「あの、ちょっと頼みがあるんですけど」

「なんだい?」

「三田さんからレイカに、剣術部に入らないか? ってさりげなく聞いてもらえませんかね?」

「・・・どういうことかな?」

「剣術部を作るためには、あと3人部員が必要で」

「・・・それは出来ないね」

「どうしてですか?」

「レイカ様には剣術など、似合わないからだよ」

「そうかなぁ? やってみる価値あると思うんだけど」

「だめだよ。 それに学園側は反対してるんじゃないのか?」


・・・なんで知ってるんだ?


「それから、ライバル会社の令嬢が剣術をやっていてね、それを神山社長が嫌っているんだよ」


・・・神山社長っていうのはレイカの父親かな。

ライバル会社の令嬢っていうのは・・・星雲学園の右近シズルか。


「そこをなんとか、三田さんの力で・・・」

「じゃあ椿くんが私と勝負して勝ったら、レイカ様に話をしてやってもいいよ」

「勝負って・・・なんすか?」

「そうだな・・・拳と拳のぶつかり合いってところかな」


三田さんの目つきが鋭くなった。


「いいっすよ」


俺は身構えた。


「宗介! ダメだよ喧嘩は」

「喧嘩じゃねーよ。 これは男と男の戦いだ」

「ダメだって!」

「お嬢さん方は審判をしてくれないかな?」

「はいです!」

「リコちゃん!」

「さぁ、どうする? やるのかね? やらないのかね?」

「俺が勝ったら、レイカに話してくれるんですよね」

「武士に二言はない。 武士じゃないが」

「やりますよ」


俺は、拳を握り締めた。


「いい構えだ」


隙のない構え、今まで色んなやつと戦ってきた。

誰にも負けない自信があった。

だが目の前にいる三田さんという男はどこか不気味な怖さがあった。

・・・この人、確かめちゃくちゃ強いんだよなぁ。

俺は自分の力を試してみたくなった。


「さぁ、はじめようか」


三田さんは大きく息を吸った。

・・・くそ、動けない。

三田さんの気迫に、俺は微動だに出来ないでいた。

今まで対峙してきた誰とも違う、あの桜木とも違う強さを感じた。

勝てるのか・・・。

次の瞬間、先に動いたのは三田さんだった。


「じゃんけん!!」


・・・え!?


三田さんは拳を振り上げた。

そして、降ろす。


「ぽん!!」


三田さんの拳はハサミの形をしている。


「え!? あ、ぽん!!」


俺もとっさに拳を前にだす・・。

ちょうどその拳はグーの形をとっていた。


「なに!?」

「・・・」

「そ、そんな・・・」

「勝者、宗介くん!」

「ば、馬鹿な・・・」

「・・・拳と拳のぶつかり合いって・・・」

「・・・なんだ、じゃんけんか」

「・・・ありえない」

「・・・俺の勝ちみたいです」

「ず、ずるいぞ!」

「え?」

「君、あと出ししただろ!」

「してませんよ」

「いや、私が出したのを見てから、グーを出しただろ! ずるいなぁ~! ずるい!」

「いや、じゃんけんするなんて知らなかったし」

「拳と拳のぶつかり合いといったら、じゃんけんに決まってるじゃないか」

「とっさに出しちゃったから」

「三田さんはチョキで、宗介くんはグーだから、宗介くんの勝ちです」

「だめだ。 今のは完全なる不正行為だ。 さぁ、もう一回勝負だ」

「もういいじゃないっすか。 俺の勝ちですから。 レイカの説得、お願いしますね!」

「いやだ」

「・・・見かけによらず、子供みたい」

「私は生まれてこの方、一度もじゃんけんに負けたことがないんだよ」

「そうなんですか?」

「じゃんけんだけには特別な自信と誇りがあるんだ。 こんなところで負けるわけにはいかない!」

「でも、今、負けたじゃないっすか」

「だから、今のは椿くんがずるをしてだね・・・」

「じゃんけん、ぽん!」

「え!」


三田さんはとっさに、グーを出す。

リコの手はしっかりと開かれていた。


「リコの勝ちです!」

「なっ!」

「リコ、じゃんけんで、初めて勝ちました」

「そ、そんな・・・」


三田さんはがっくりと、うな垂れている。


「全然、強くないじゃないですか」

「これは何かの間違いだ。 いや、誰かの呪いだ。 そうだそうに違いない」


──「楽しそうね、三田」


「レイカ様」


気だるそうにレイカが校門から出てきた。


「何をやっていたの?」

「じゃんけんです」

「じゃんけん? くだらないわね」

「レイカ様、車の手配は出来ています」

「ごくろうさま。 では、みなさんさようなら」


イカは黒くて無意味に長い高級車に乗り込もうとした。


「ちょっと待った!」

「なにかしら?」

「三田さん、ほら、レイカの説得を」

「・・・私は負けていない」

「負けたでしょ!」

「神山さん、剣術部に入ってもらえないかな?」

「何度も言わせないで。 チャンバラに興味はありません」

「お願いします。 私たち、必死なの」

「なんでそんなに必死なのよ」

「それは・・・」

「三田、車を出して」


イカは車の後部座席に乗り込む。


「すまんな椿くん、そういうことだ」


三田さんは車の扉を閉めた。


「・・・また、誘いますから」

「剣術は・・・無理なんだよ」

「どうしてですか?」

「いずれ分かるよ」

「じゃあ、今度はガチで対決してくださいよ」

「じゃんけん・・・でか?」

「いいえ」

「椿くんとは戦いたくないんだけどなぁ」

「単純に強い人とは戦ってみたくなるもんっすよ」

「・・・暴力は嫌いだからなぁ」

「俺もっすよ」

「君とは仲良くしたいんだが・・・」

「三田、さっさと車をだしてよ。 ミルティーchanの再放送に間に合わなくなるわ」

「はい、只今。 ・・・それじゃあ、頑張って」


イカを乗せた車は煙を出しながら去っていった。


「行っちゃったね」

「レイカさんも、ミルティーchan好きなんですね。 友達になれそうです」

「宗介、ダメだよ喧嘩したら」

「違うよ。 なんか、あの三田さんって人と、戦ってみたくなってさ」

「どういうことよ」

「スポーツに近い感覚だよ。 試合っていうの? いがみ合いとかじゃなくて純粋に戦ってみたい相手っていうか。 自分の力を試してみたいっていうかさ」

「喧嘩とは違うんだよね?」

「そう。 そういうんじゃないよ。 はるかもそのうち思うんじゃないか? 剣術はじめたら、そういうライバル出てくるかもしれないし」

「ライバルか・・・。 でもまだ初心者だから。 ライバルなんておこがましいかな」

「それもそうか」

「ヒカルちゃんにも、ライバルっていたのかな?」

「・・・いたかもな」


俺はセツナのことを思い出した。


「いっけない! 店に戻らなきゃ」

「もうこんな時間か」

「二人ともごめんね」


はるかは走って坂を下っていった。


「リコは大丈夫なのか?」

「・・・はい」

「剣術部、絶対に、作ろうな」

「そ、そうですね」

「どうした?」

「あのぉ~・・・すいません、帰ります」

「何か予定でもあるのか?」

「この後、お母さんと買い物に行く約束があるのです」

「へぇ~。 それは楽しみだな」

「・・・はい。 それでは今日はこの辺で」


リコは下を向いたまま帰っていった。

母親と買い物か。

あんまり、家にいないみたいだし今日は家族団欒って感じかな。

俺は、ちょっと安心した。

さて、俺はもうひと頑張りするか。


「こんなところで、何をしているのかしら」


・・・ちっ、栗林か。


「何もしてないっすよ」
「剣術部の勧誘してたんじゃないのかしら?」
「ち、違いますよ」
「学園内でそういうことは止めてもらえるかしら」
「・・・してねぇよ」
「あなたに、いいことを教えてあげるわ」
「いいこと? 退学取り消しとか?」
「道場の正式な取り壊し日が決定したわ」
「・・・なんだって」
「取り壊しは4日後よ」
「・・・マジかよ」
「業者が入って一日で、あの道場は跡形もなくなるわ」
「そんな・・・」
「あなたに残された猶予はあと4日」
「・・・くそ」


猶予ってことは、今日もいれてかよ・・・時間が無い。


「あと4日以内に部員が集まらなければ、道場も、あなたも消えてしまうことになるわね」
「・・・勝手なこと言いやがって」
「残り少ない学園生活を謳歌してちょうだいね」


自信たっぷりの栗林の顔が憎たらしい。


「ところで、部員は集まったのかしら?」
「どうでしょうね」
「隠す必要なんてないでしょ?」
「着々と増えてますよ。 残念なことに」
「そう。 誰が増えたのかしら」
「知りたいっすか?」
「知りたいわぁ。 先生、知りたがりなの」
「佐田リコっすよ」
「佐田さんが・・・?」
「いやぁ、あと3人ですね。 部が出来るのは時間の問題かな」


俺は嫌味たっぷりに言った。


「あの佐田さんが剣術部に入るなんてありえないわ」
「本当ですよ。 親の了承もとってるんで」


栗林の口元が歪んだ・・・。


「フフフ・・・」


栗林の不敵な笑い声が校門に響いた。


「何がおかしいんだよ」
「ごめんなさい。 あなたが変なこというもんだから、つい笑いが込み上げてきたのよ」
「おかしなこといったつもりねぇーけど」
「佐田さんのご両親が剣術部に入ることを許可したですって?」
「そうだよ」
「ありえないわ」
「どういうことだよ」
「あなたに面白いこと教えてあげるわ」


栗林はニヤニヤしている。


「佐田さんのご両親はこの町にはいないわ」
「え?」
「佐田さんのご両親、海外の危険地域に赴任しているのよ」
「危険地域!?」
「だから、すぐに連絡なんて取れる状況じゃないはずよ」
「でも、リコが・・・」
「騙されたんじゃないかしら?」
「今日は、母親と買い物に行くって・・・」
「行けるわけないじゃない」
「そんな・・・」
「まぁ、あなたが誰を信じるかは勝手ですけどね」


まさか、リコが嘘をつくなんて・・・。

栗林の口元は笑っている。


「部員、集まるといいわね」
「・・・そんなはずねぇよ!」


俺は、真偽を確かめるためリコの後を追った。





俺は公園に着いた。

いつもだったらここにいるはずだ。

リコはこの公園が大好きだ。

俺は辺りを見渡した。

公園はいつにも増して、寂しさを醸し出している。

誰もいない。

野良犬さえもいない・・・。

リコ、どこいったんだよ。

お母さんと買い物に、行ってるんだよな・・・。

俺の足は自然と、リコのマンションに向かっていた。





冷たく伸びた高層マンションの前に辿り着いた。

確か、リコのマンションは・・・。

10階の一番左の部屋・・・。

俺は窓を見た。

明かりが・・・ついている。

帰ってきてるみたいだ。

俺は、エレベーターに乗るのも忘れ、とっさにマンションの階段を駆け上がった。

 

ハァハァハァ・・・ここがリコの家か。

インターホンを鳴らす。


「はい、どちら様ですか?」
「俺だ、椿だ」
「宗介くん! どうしたですか?」
「お前に聞きたいことがあるんだよ」
「・・・分かりました。 今出ます」


俺は真偽を確かめたくて焦っていた。

額からはじんわりと汗がにじむ。

リコが扉をあけ、顔を出す。


「なにか御用ですか?」
「なにやってたんだ?」
「リビングでテレビをみてました」
「買い物は?」
「・・・楽しかったですけど」
「本当か?」


俺はリコの表情の変化を感じとった。


「本当ですよ」
「さっき、栗林から聞いたんだ。 もし、それが違っていたら、ごめんな」
「・・・なんですか?」
「リコの両親、海外の危険地域で働いてるって本当か?」
「・・・なんのことですか?」
「とぼけないでくれ。 もし、違うならそれでいいんだ」
「危険地域? どうしてリコの家族がそんなところに行かなければいけませんか?」
「でも、栗林が・・・」
「そんなはずないですよ。 だって、今まさに、お母さんがリコが大好物の・・・オムライスカレーライス・・・を作ってくれましたから」
「オムライスカレーライスなんて、ねぇーよ・・・」


リコは適当に言っているに違いない。


「ありますよ。 オムライスの上にかれーをかけて、その上にライスをさらに盛るのです」
「そんな料理ねーよ。 なぁ、とぼけないでくれ・・・」
「とぼけてませんよ。 お母さんもお父さんも家にいます」
「じゃあ、上がってもいいか」
「・・・」


俺は自分でもビックリするくらいに積極的だった。

リコの表情は曇っていく。


「・・・上がるですか?」
「いるんだったら、上がっても問題ないよな?」
「・・・でも」
「悪いな。 上がらせてもらう」


俺は半ば強引にリコの家へ侵入した。


「待ってください!」


玄関を抜け、廊下を抜け、リビングに上がる。

 

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綺麗に整理された、さっぱりとしたマンションのリビング・・・。

部屋中を見ても、誰の気配も感じない。


「・・・家族は?」
「・・・います」


奥の部屋からも、人の気配はしなかった。

聞こえてくるのはテレビの空しい音だけだ。


「・・・どういうことだよ」
「・・・ごめんです」


ガランとした部屋に、俺とリコの二人だけ・・・。


「やっぱり、栗林の言ったことは本当なのか?」
「・・・本当です。 お母さんとお父さんは海外に行っています」
「帰ってこないのか?」
「・・・ずっと帰ってきません」
「他の家族は? 兄弟や、おじいちゃんや、おばあちゃんは?」」
「・・・いません。 リコは一人っ子です」
「・・・そうか」
「騙してごめんなさいです」
「じゃあ、両親が許可を出したっていうのも嘘か?」
「・・・はい。 連絡はとれませんから」
「剣術部に入るって言ったのも嘘か?」
「・・・はい」
「なんでそんな嘘ついたんだよ」
「宗介くんとはるかさんが困ってたから、だからつい・・・」
「・・・なんだよ」
「え?」
「最初から入る気なんかなかったのかよ」
「・・・リコ、人を殴ったり、人に殴られたり、そういうの、出来ません・・・」
「・・・だったらそういえよ。 嘘とかつかないでさ」
「ごめんなさい・・・リコ、剣術部には入れません」
「期待しちゃったじゃねーかよ・・・」
「期待?」
「そうだよ。 俺もはるかも必死なんだよ。 だから、リコが剣術部に入ってくれて、その、嬉しかったっていうか・・・」
「嬉しかった・・・ですか?」
「嬉しかったよ。 一緒に頑張れるって思ってたのに・・・」
「・・・一緒に」
「・・・勝手に家に入ったりして悪かったな。 俺、帰るよ」
「・・・はい」


俺は無言で部屋を出た。


「・・・でも、ひとりは寂しいです」




 

俺は外からリコ部屋の明かりを眺めていた。

嘘をつかれたことが、悲しかった。

リコは、素直でいい子だと思ってたのに・・・。

あの広い部屋でリコが一人でいることを想像すると・・・寂しかった。

遠くからリコの部屋の明かりを見つめた。

ふっと電気が消える・・・。

あいつ、寝たのかな・・・。

それはまるで、小さくか弱い火が消えていくかのように・・・ひっそりとマンションの窓の明かりは消えていった・・・。

今日を含め、あと4日で道場が取り壊されてしまう。

そうなったら、術部どころか俺は退学・・・。

間に合うのか・・・。

ここに来て、俺は言いようのない不安にかられた・・・。

 

・・・。