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-ノベルゲーム・タイピング-

光輪の町、ラベンダーの少女【6】

このブログはゲームのテキストを文字起こし・画像を投稿していますので、ネタバレを多く含みます。

読んで面白いと思ったら購入し、ぜひご自身でプレイしてください。

ご意見・ご要望がありましたら
─メール─ zippydle.scarlet@gmail.com
または
Twitter─ @Zippydle_s
まで連絡下さい。


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目覚めの悪い朝だ・・・。

色々と考えることが多すぎて、よく眠れなかった。





玄関を出ると、俺の心とは裏腹に、外はまさに晴天といった感じだ。


「お、おはようございます」
「リコ・・・」


申し訳なさそうに立っている。


「天気が良かったので、散歩がてらに宗介くんの家の前まで来てしまいました」
「日差しが強いな。 今日は暑くなりそうだ」
「け、決して、宗介くんを待ち伏せしていたわけではありません」
「分かってるよ」
「昨日はごめんなさいです」
「・・・」
「嘘をついてしまって、本当に反省してます」
「気にしてないから」
「宗介くんや、はるかさんには酷いことをしてしまいました・・・」
「もう、いいよ」


そうは言ったものの、明後日には道場が取り壊されてしまう。

どうしたもんか・・・。

 

「ところで・・・学園はどっちですか?」
「なんだ? 道が分からないのか?」
「すいません、リコは極度の方向音痴なんです」
「そうなのか?」
「たまに寄り道をすると迷ってしまい、家まで辿り着けなくなるのです」
「俺んち、よく分かったな」
「犬さんが、教えてくれました」
「動物と話せるって便利だな」
「はい。 リコは動物達に支えられて生きています」
「それ、本気で言ってるのか?」
「え?」
「動物と話せるって話、本気かってことだよ」
「もちろんです」
「・・・そうか」
「嘘じゃありません・・・それだけは」
「・・・まぁ、いいけどさ」
「道が分からないので、宗介くんのあとを、こっそりつけてもいいですか?」
「別にこっそりつけなくてもいいよ」
「では、堂々とつけていきます」


リコは俺の後ろに回った。

俺は学園に向かった・・・。

リコは俺のあとから、ちょこちょことついて来る。





教室についた。

今日は思いのほか、早く登校できたな。

ホームルームまでは、まだ時間がある。


「無事、到着です」

「リコちゃん、おはよう!」

「はるかさん、おはようです」

「あれ? 珍しいね。 宗介と登校したの?」

「冗談やめろよ。 リコが勝手について来ただけだ」

「そうです。 一緒に登校はしておりません」

「でも、遅刻しなかったから偉いよ!」

「・・・早く起きちまってさ」

「眠れなかったの?」

「ああ」


・・・道場が取り壊されること、いつ切り出すかな。


「どうしたの?」

「なんでもないよ」


・・・リコの件は早めに言わないとな。


「リコちゃん、部員を集めないといけないから放課後って時間あるかな?」

「はい、あります」

「じゃあ、今日も頑張ろうね! 中庭中心に攻めてみようよ」

「もちろんです」


リコは平然とした顔で答える。


「リコ?」

「なんですか?」

「言わないつもりか?」

「・・・すいません」

「自分の口で言えよ」

「なに? どうしたの?」

「それが・・・」

「リコ、ちゃんと話せ」

「それが・・・剣術部に入るといったのは嘘です」

「え? 嘘?」

「はい、リコははるかさんに嘘を言いました」

「嘘って・・・入部できないってこと?」

「入部はできません。 嘘を言って、ごめんなさい」

「・・・そんな」

「もうしわけありません」


リコは深々と頭を下げた。


「・・・そっか」


はるかは力なく呟いた。


「・・・ごめんです」

「納得できないよ」

「え?」

「そんな説明じゃ、私、納得できないよ」


俺は意表をつかれた。

優しいはるかは、きっとリコの嘘を簡単に許すと思っていた。

だが、はるかの表情は硬く、険しい。


「なんで、嘘をついたのか、ちゃんと理由をいってもらえないかな?」

「・・・理由は・・・特になし」

「リコちゃん、私、真剣だよ」


はるかの言葉に、リコは真顔になった。


「どうして私たちに希望を与えるような嘘をついたの?」

「・・・・・・・・・喜ぶかなぁって思って」

「嘘をつかれて、喜ぶわけないじゃない」

「そうですよね」

「ねぇ、どうしてできないの?」

「・・・」

「リコちゃんが、何かに悩んでて、つらい思いをしてるんだったら、私に何でも話してよ」

「つらい思い・・・」

「私たち、友達だよね? 力になれること、ないかな?」

「友達・・・ですか」

「お母さんやお父さんが許してくれなかったの?」

「それは・・・」

「リコの両親、海外の危険地域で働いてるんだ」

「え? それ、本当なの?」

「・・・本当です」

「・・・大変だね。 連絡は取れてるの?」

「・・・たまに」

「じゃあ、今は一人で暮らしてるの?」

「そうみたいだぜ」

「・・・そうなんだ」


リコはどんどんと塞ぎこんでいく。


「リコちゃん自身はどうなの?」

「なにがですか?」

「剣術部に入ること。 嫌なのかな?」

「・・・ここでは話しづらいので・・・夕方にでも・・・」

「・・・うん。 夕方だね。 どこで話そうか?」

「・・・公園」

「分かった! 公園に放課後、待ち合わせしましょ」

「そうですね」

「はるか、店はいいのかよ?」

「うん。 今はリコちゃんの方が大事だよ」


はるかはきっぱりと言った。

「友達の大事な話は、最優先だよ」


はるかの表情を見て、頼もしくさえ思えた。


「・・・では夕方、公園で」


リコはすごすごと席に戻っていった。





午後の授業が終わった。

俺は中庭で昼休みを寝て過ごすことにした。

目をつぶると、色々なことが頭を巡る。

明後日には道場が無くなる・・・。

そうすれば俺は退学か・・・。

退学することは怖くなんか無い。

ただ、栗林の思い通りにだけはさせたくなかった。

リコ入部は無理そうだし、どうすっかな・・・。

芝生の匂いが、俺の疲れた心を少しだけ癒やしてくれた。


──「お気楽なもんやな」

「ん?」

「気持ち良さそうな顔して」
「さ、沢村か?」
「そうや」


そこに立っていたのは沢村だった。


「なんや、その間抜けづらは」
「メガネ!」


沢村はメガネをかけている。


「コンタクトを象に踏まれたんや」
「象!?」
「ちゃうわ。 そんなわけない」
「は?」
「象なんておらんわ」
「そうか」
「冗談も通じんとは、相当、切羽詰まっとるようやな」
「なんだ、冗談か・・・アハハ」
「これは重症やな」
「てか、久しぶりだな」
「そやね。 ファーストフード店以来やな」
「今日は、コンタクト忘れたのか?」
「寝坊してしまいそうになってな、慌てて出てきたら忘れてもうて、仕方なしにメガネかけたっちゅーわけや」
「そうか」
「大変なことになっとるな」
「まあな」
「風紀委員会でも話題になっとったけど、明後日、あの道場取り壊されるそうやな」
「らしいな」
「どないすんの? あれが無くなったら、剣術部はおろか、あんた、退学やろ?」
「そうなんだよなぁ・・・なんかいい方法ないかな?」
「道場に立てこもるっちゅうのはどうや? ヘルメット被って、銃もって、来るな~いうて」
「最悪、それしかないよな」
「あほか。 冗談や冗談」
「冗談か・・・」
「やっぱり重症やね」
「なぁ? 沢村、入部しない?」
「うちが入部できるわけないやん」
「どうして?」
「うちは裏やもん」
「裏?」
「そうや。 表のアキナが出来んことは、うちもできん」
「なんだか複雑だな」
「生徒会長にならなあかんみたいや」
「そんなに凄いことかな、生徒会長になることって」
「少なくとも、アキナにとっては重要なことや」


なんでそんなに生徒会長にこだわるんだろ・・・。


「まあ、あんたとは敵になりたないから、程ほどにするんやな。 うちも出来ることはしてやりたいけど、いかんせん裏やし、次、いつ会えるか分からんしな」
「ありがとな」
「ち、違うわ。 あんた退学になったら、アキナが悲しむやろ」
「そうなのか?」
「ほら、取り締まる相手がおらんことなったら、寂しいやろ」
「なるほどね」
「あ、あんた、ちょっと髪が長いんと違うか?」
「そう?」
「校則違反やな」
「堅いこというなよ」
「一応、風紀委員やからな」


──「あなたたち、邪魔よ」


イカが仁王立ちで現われた。


「今から、ここは私のプライベート地帯となります」

「なんやそれ?」

「ここの中庭は、只今よりレイカのリラックススペースとなるので、出て行ってもらえるかしら?」


今日のレイカは機嫌が悪そうだ。


「さぁ、一般の生徒たち、出て行きなさい」

「なに寝ぼけたこというとんねん」

「え?」

「なにがリラックススペースや。 ここは、みんなの中庭や」

「あなた・・・沢村さん?」

「そうや。 いかにも沢村や」

「あなた、・・・イメチェンしたの?」

「いや、メガネかけると色々と複雑でさ」

「お嬢様かなんかしらんけど、我がままは許さんよ」

「な、なによあなた! 私に指図しないで!」

「なんやその髪は。 ちょっと派手すぎや」

「生まれつきなんですけど!」

「校則違反やな」

「・・・なんなのよ、あなた」

「こりゃ、親のしつけが悪いんやな。 うちが、しっかりしつけさせてもらいますわ」

「・・・気持ち悪い」

「なにがや」

「しゃべり方よ」

「コテコテやっちゅーねん」

「・・・」


なんだか面倒になってきたな。


「じゃあ、俺はそろそろ・・・」

「椿宗介、待ちなさい」

「なに?」

「あなたのクラスの佐田リコに伝えてちょうだい」

「リコに?」

「あの方、私のコンサートに着たいってネットを使ってメールくれたみたいなの」

「へぇ」

「それなのに、佐田さん、コンサートに来なかったみたいなのよ」

「ドタキャン?」

「わざわざ席まで用意してたというのに、どういうことかしら?」

「用事があったんじゃないか?」

「あの席、いくらすると思ってるのかしら。 来れないなら最初からメールをしないでもらいたいわ」


リコ、そんなことしてたのか・・・。


「私、約束を守らない人は嫌いだわ」

「まぁ、コンサート自体、中止になったわけだし許してやってくれよ」

「そういう問題じゃないわ」

「それはうちも、同感やな」

「沢村もなんかあったのか?」

「この前、佐田先輩、遅刻したんや。 それで、うちが取り締まったら、どうしても見逃して欲しい言われたんよ」

「見逃したのか?」

「一度だけやし、理由が理由やったしな」

「どんな理由かしら?」

「飼ってる猫が死にそうやーいうて、それを看病してて遅れたいうて」

「ペットが重症なら仕方ないわね」

「そやけど、この前あったときに、猫の具合はどうですか? って聞いたら、なんの話ですか? リコ記憶にありませんって、いうたんや」

「・・・どういうつもりかしら」

「佐田先輩が嫌いとかそういうんやなくて、ちょっと気になっただけなんやけど・・・」

「あの人、嘘つきなんじゃない?」

「・・・」

「私、確信しましたわ。 あの人のあだ名は、今日から『嘘つき子』にします」

「なんや、その安直なあだ名は」

「分かりやすくていいでしょ? さすが私!」

「そやな~」

「まぁ、そんなに責めないでやってくれよ。 多分、悪気はないからさ」


俺は、出来るだけフォローした。


「ちゃんと、友達おるんやろか」

「・・・うーん」

「一人でおるのよく見かけるし、ちょっと心配やな」


確かにリコは一人でいることが多いな。

リコって、評判悪いのかな・・・。

俺は少し、心配になってきた。





放課後、俺とはるかはリコとの約束まで、一旦、店に戻ることにした。

夕方のこの時間は一日でもっともお客の来る時間だ。

すこしでも、はるかの親父さんを手伝ってあげたいと思った。


「宗介くん、悪いね。 手伝ってもらって」
「いいっすよ。 さすがに大変でしょ」
「いつか、ちゃんとバイト代は出すから」
「じゃあ、期待して待ってますよ」


はるかの親父は随分と元気になっているようだ。

3人で店を切り盛りする。

俺は出来るだけ大きな声で、客を集める。

はるかは、テキパキと常連客をさばいていく。

はるかの親父は奥から野菜を出したり、せわしなく動いていく。

店が・・・。

俺が好きだった、あの店に戻っていくのを感じた。


「時間、いいのかい?」

「うん、もう少しだけなら」

「友達と会う約束をしてるんだろ? 店は父さんが何とかするから、二人とも、行ってきなさい」

「ありがとう。 じゃあ、宗介、そろそろ公園に行こうか?」

「そうだな」


俺とはるかは、エプロンを取った。


──「ナス、もらえるかしら?」


「栗林先生・・・」

「随分と活気が戻ったみたいじゃない」

「・・・はい」


俺はナスを袋に詰めて、栗林に突きつけた。


「サービスしてやるから、さっさと帰れよ」

「まぁ、ガラの悪い店員ね」

「・・・俺も客は選ぶんでね」

「あなたたち、随分と頑張ってるみたいじゃない」

「そうですね」

「でも残念ね。 明後日には道場が無くなってしまうなんて」

「え? どういうことですか?」

「あら? 鈴木さんは知らなかったのかしら?」

「道場がなくなる?」

「そうよ。 明後日に取り壊しの業者が入ることになってるわ」

「そんな・・・」

「椿くん、そういう大事なことはちゃんと伝えなきゃダメよ」

「・・・帰れ」

「ナス、ありがたく頂くわね。 それじゃ」


栗林は店をあとにした。


「栗林先生の言ってたこと、ほんと?」
「ああ。 隠してすまなかったな」
「ううん。 明後日か・・・」
「時間、ないんだよな」


俺はポツリと呟いた。


「何言ってるのよ。 まだ時間は充分にあるよ」
「でもさ・・・」
「弱音吐いてる場合じゃないよ! リコちゃんだって入ってくれるかもしれないし、まだ諦めるには早すぎるよ!」


はるかは笑顔で答えた。

そうだ・・・。

俺の知ってるはるかは、こんなことくらいじゃ諦めない強い女だ。

はるかの笑顔をみて、俺のやる気が少しだけ戻った。


「公園に行こう! リコちゃん待ってるかもしれないから」
「分かった」


俺とはるかは、店をはるかの親父さんに任せ、公園に向かった。





俺とはるかは公園に到着した。

公園には人の気配が無い。


「まだ、来ていないみたいだね」
「そうだな」
「座って待ってようか」


俺たちはベンチを探した。


「あ、ちょっと待って」
「なに?」
「ペンキ塗りたてじゃ・・・ないよな」
「大丈夫みたいだけど」
「なら、いいんだけどさ」


俺とはるかはペンチに腰掛けた。


「ペンキ塗りたてだと、大変なことになるからさ」
「大変なことって?」
「20人くらいの不良に絡まれて、そのあとサムライがやってきて俺を守ってくれるみたいな」
「なにそれ?」
「こっちの話だよ」
「変な宗介」
「リコのやつ、遅いな」
「そうだね」


空は少しずつ、色を変え始めている。

あたりもだんだんと静かになり始め、太陽はゆっくりと西の空に隠れようとしていた。

俺たちはリコが来るのをひたすら待った。


・・・・・・。


カラスが空を通り過ぎていく。

一羽・・・。

また、一羽・・・。

雲がゆっくりと流れていた。


「どうしたんだろ、リコ」
「何かあったのかな・・・」


中々現れないリコに不安を感じ始めた。


「ちゃんと来るよな?」
「きっと来るよ」
「だよな」
「私、帰らないよ」
「え?」
「リコちゃんが来るまで、帰らないから」
「付き合うよ」


俺たちはリコが来るのをじっと待った。

辺りは次第に暗くなっていく。


「なぁ? 喉乾かないか?」
「ちょっと乾いたかも」
「俺が、ジュース買ってきてやるよ」
「ありがとう!」
「何がいい?」
「じゃあ、オレンジジュース」
「了解」





俺は公園を出て、自動販売機を探した。

あったあった。

オレンジジュースっと・・・。

俺はお金をいれ、オレンジジュースのボタンを押す。

取り出し口に手を入れる。

・・・ん?

俺はジュースの缶を手で探った。

あれ? おかしいな・・・。

いくら手で探っても、ジュースの缶らしきものが全く見つからない。

・・・どうなってんだよ。

覗き込むがジュースの缶はないが、出てきた音がしたのは確かだ。


・・・ふざけやがって。


俺は自動販売機に蹴りを一発いれた。


ーーッッ


いって~え。 さすがに固いな。 こうなったら苦情の電話だ!

自動販売機にちょこんと貼ってある苦情センターの電話番号をみつけ、ダイヤルした。


・・・さっさとでやがれ。

でた!


「もしもし、あの・・・」
「お客様のおかけになった電話番号は、大変混み合っており、ただいまお繋ぎすることができません。 しばらくたってからおかけ直しいただくか、あきらめるかをお選びください」
「おい、あきらめるってなんだよ」
「あきらめきれないお客様は、お手数ですが、悔しさをぐっとこらえていただきますか、泣き寝入る、もしくは別の自動販売機をご使用のうえ、気を紛らわす等をお選びください」
「・・・なんだこれ」
「まだ、ご用件のあるお客様は、このあと、ピーという発信音がいたしましたら、2秒以内にご用件をお残しください」
「に、2秒!」
「2秒以内のうちに、苦情の内容、お客様のお名前・電話番号をお伝えください。 こちらの気が向きましたら、折り返しお電話を差し上げる可能性がわずかにございます」
「2秒って、おい・・・」


ピー・・・。


「わぁ! 椿宗介、電話番号090・・・」


ガチャ、ツーツー・・・。


「なんなんだよ!」


とんでもない自動販売機で買ってしまった。

はるかのオレンジジュースどうすっかな・・・。


──「ムニュー!」


「ん?」


俺は聞き覚えのある声の方を振り向いた。


「サシミ!」
「お前は確か、公園で合った・・・」
「サシミ!」
「そうだ、サシミだ」
「ムムム!」


なんだよ・・・。


「これ、ムムム!」


よく見ると手にオレンジジュースを持っている。


「それ、オレンジジュースか?」
「アゲル! ソースケ、アゲル!」
「俺に、くれるのか?」
「ムニュ! ムニュ!」


サシミはオレンジジュースを突き出してくる。


「あ、サンキュー。 ちょうど今、オレンジジュースが出てこなくてさ・・・」
「トレップ、トレップ、ムニュー!」


俺は、受け取ったオレンジジュースを見た。


「てかさ、お前これどこで買ったの?」
「アソコ」


サシミは壊れている自動販売機を指差した。


「まさか、これ、俺の買ったやつじゃね?」
「チガウ」


首を横に振っている。


「ダンジテチガウ」


首を更に激しく振っている。


「ソレデハマタ
「おい、待てよ!」


サシミは走り去っていった。

高速移動して俺のジュースを盗んだとかじゃないよな・・・。

あるわけないか・・・。

おっと、早くもどんねーと。





もう日は完全に落ちてしまった。

公園の街灯が光っている。


「おかえり。 遅かったね」
「手間取っちまってさ。 ほら、オレンジジュース」
「ありがとう」


俺は辺りを見渡した。

どこにもリコの姿がない。


「リコ・・・まだみたいだな」
「うん。 そうなんだよね」
「・・・約束、守らない気かな」


俺は昼間に沢村やレイカが言っていたことを思い出した。


「また嘘かよ・・・」
「ダメだよ。 そういうこと言っちゃ」
「でもさ」
「きっと来るよ。 少なくとも私は来るまで待ちたいの。 だって、友達だし」
「はるか・・・」


俺ははるかの隣に座った。

時間はもう、随分とたっていた。


──「・・・」


「リコちゃん!」

「・・・こんばんは」


草の陰からリコが申し訳なさそうに出てきた。


「リコ、遅いじゃねーかよ」

「もう! 心配したんだよ。 でも良かった。 来てくれて」

「ずっと、待ってたですか?」

「うん」

「・・・そうですか」


リコの表情は曇った。


「だって、私、来るって信じてたもん」

「・・・」

「友達でしょ」

「・・・」


リコは顔をあげない。


「座る?」

「いいです」


リコは今にも泣きそうな顔をしている。


「話してくれるかな? どうして、剣術部に入れないのか」


リコはうわずった声で、ゆっくりと話し始めた。


「その・・・そのことなんですが、実は、さっき、お父さんから連絡がありまして・・・剣術部に入っていいって・・・」

「それ、本当なの!?」

「・・・はい、本当です」

「宗介! やったね!」

「・・・それで、どうするんだ?」

「お父さんが、いいと言ったので、入ることに・・・します」

「私、嬉しいよ」

「はい。 だから、その・・・剣術部に入れない理由とか、そういうのはもう、ないです」

「じゃあ、これからは一緒に頑張れるんだよね」

「・・・そうですね」

「良かったぁ・・・」


はるかは安堵の表情を浮かべた。


「色々とすいませんでした」

「気にしないで。 お互い、頑張ろうね!」


はるかはリコに手を伸ばした。

リコは力なく、はるかの手を握る。


「なんだか安心しちゃった」

「・・・そうだな」

「じゃあ、私、店に戻るね」

「片付け、残ってるのか?」

「うん、でも問題も解決したし、もう一頑張りだね! それじゃ! また明日学園でね」


はるかは、駆け足で公園を出て行った。

俺とリコは薄暗い公園に取り残されたようになっていた。

なぜか、嫌な沈黙が流れる。

風がスーッと公園を吹きぬける。

生暖かい風が、より沈黙を深めていった。

その沈黙を破ったのはリコだった。


「・・・今日は遅れてすいませんでした、では」


リコは後を向き、そそくさと公園を出て行こうとした。


「待てよ」
「・・・なんですか?」


俺はためらいながら、リコに聞いた。


「さっきの話、本当か?」
「・・・え?」
「リコの父親が、入部していいって言ったことだよ」


俺は完全には信じることが出来なかった。


「・・・本当です」


また、沈黙が訪れる。

俺は、もうためらう事をやめた。


「俺、お前の言ってること信じてないよ」
「・・・どうしてですか?」
「俺さ、不良だし、ろくな人間じゃないから、お前を疑ってるんだよね」


俺ははっきりとリコの目を見て、言い放った。

リコは戸惑っている。


「また、嘘をついているんじゃないかって思ってる」
「・・・嘘はついていません」
「信じられねーよ」
「・・・」
「もし、嘘だったらどうすんだよ」
「・・・それは」
「俺はいいよ。 騙されたって気にしねぇ。 でも、はるかはどうだ? あいつはお前が入部してくれたことを凄げー喜んでんだぜ?」
「・・・」
「そんな、はるかをお前は騙せるか? 平気な顔で人の気持ちを踏みにじったりするような奴なのかよ?」


リコの顔は次第に崩れていく。


「違います・・・嘘じゃ・・・ないです」
「俺だって嘘くらいつく。 でも、ついていい嘘と、ついちゃいけない嘘くらい、分かってるつもりだぜ」
「嘘じゃ・・・ないです」


リコの目には涙が溢れている。


「違います・・・ぐすん・・・リコは嘘つきじゃないです・・・」
「泣いてたって解決することじゃないだろ」
「でも・・・ぐすん・・・でも・・・」
「本当に、親父さんが許可してくれたんだよな」
「ぐすん・・・」


リコは泣き始め、返事すら出来ない状態になっていった。


「・・・泣くなよ」


リコは目から大粒の涙をボロボロと流した。

公園にリコのか細い鳴き声が響く・・・。

静寂の中に悲しい音が響く・・・。


「本当のこと、話してくれないか?」
「・・・お父さんとは連絡が取れません」


リコは声を振り絞るように答えた。


「そうか・・・」
「一年に・・・3回くらい・・・お母さんから連絡が来ます」


リコの声は震えている。


「・・・もう、5年も二人には会ってません」
「5年か・・・」
「会いたいけど、会えません」
「でも、なんでそんなに剣術やるのが嫌なんだよ」


リコはためらいながら答えた。


「リコのお父さんとお母さんは・・・遠い国で軍人をやっています」
「軍人?」


その事実を聞いて、俺は驚きを隠せなかった。


「遠い国で、毎日、毎日、誰かを殴ったり、誰かを蹴ったりしています」


誰かを殴る・・・。

軍人なら当然だ。

殴るどころじゃない、きっと誰かを殺しているかもしれない。


「だから、リコは誰かを傷つけたりすることは・・・したくないんです」


リコは小さく怯えている。


「三ヶ月前に、お父さんから写真が送られてきました」
「親父さんから?」
「その写真のお父さんは顔に、いっぱい傷がありました。 誰かにつけられた傷が・・・いっぱい」
「・・・どこかで戦って出来た傷なんだろうな」
「・・・怖いです。 もう、見たくないです」


リコは小刻みに震えている。


「わかったよ、リコの気持ち」
「・・・」
「つらいこと聞いて悪かったな」
「・・・」
「でも・・・はるかをだますのは、もう二度としないでくれ」


リコはまた、大きく泣いた。


「わぁーん・・・わぁーん」


まるで子供のように、辺りを気にせず泣きじゃくった。

リコの気持ちは痛いほど分かる。

だが、泣きじゃくるリコを見て、俺は同時にウザさを感じていた。

誰にだってつらいことはあるんだ。

リコだけじゃない・・・。

俺は次第に苛立ちを覚えた。


「もう、泣くなよ」
「でも・・・涙が、勝手に出るです」
「道場、明後日で取り壊されるんだ」
「え? どういうことですか?」


リコはきょとんとしている。


「だから、明後日までに部員が集まらなかったら、俺は退学ってことだよ」
「退学・・・」
「もう、集まりっこないし、退学決定だな。 ・・・リコとも、もうすぐお別れだ」
「そんな・・・」
「仕方ねぇだろ。 それが俺と栗林の約束なんだからな」
「でも・・・」
「どうせ退学になるんだ。 最後に道場でも見て帰るか」


リコを突き放すように言い放ち、公園を出た。

公園に再び、沈黙が走る。

リコは一人、公園に残されていた。

言いようのない気持ちがリコを襲った。

また、生暖かい風が公園を吹きぬける。




 

学園長、新山大九郎はあの古い建物の前にいた。

栗林もまた、道場の前に立っている。


「栗林君、君はスズランという花を知っているかね?」
「はい。 もちろん知っています。 ユリ科スズラン属に属する多年草。 君影草、谷間の姫百合とも呼ばれる白い花です」
「そのとおり。 だがスズランが強い毒性のある植物だということを知っているかね?」
「ええ知っています」
「君は博学だね」
「スズランがどうかなされましたか?」
「観賞用で栽培を始めたんだよ」
「いいご趣味ですね。 この道場がなくなったら、ここに何を建設なさるおつもりですか?」
「そうだなぁ。 サウナでもつくろうかな。 そのまわりをスズランで埋め尽くすんだ」
「学園長のお好きなように」
「ところで、女子剣術部の設立の話はどうなったんだい?」
「すでに終息したと思われます。 彼らに協力するものはこの学園には誰もおりません」
「だといいんだけどね。 もう、生徒の遊びには付き合っておれんのでな。 ついに明日は取り壊しの日だね。 清々しい気分だよ」
「その事なのですが、一つだけ問題が生じてしまいまして」
「なんだい? やっかいな話はごめんだよ」
「学園の事務のミスで工事の業者に発注依頼が届いていなかったんです」
「なんだって!? それは大問題だぞ。 栗林くん、どうするつもりだ」


大九郎の表情は曇った。


「工事が入るまで、最低でも10日はかかるそうです」
「10日・・・。 そんなにかかるのか」
「ご安心ください。 このことは一部の関係者しか知りません。 明日になったら予定通り椿宗介を退学にしましょう」
「フッ・・・非情だね。 私は君のそういうところがたまらなく、いとおしいよ」
「それでは、予定通り椿宗介の退学を明日、進めます」


道場の脇の草むらが僅かに揺れた。


「誰? 出てきなさい」

「ニャー、ニャー」

「ね、猫! 猫なの!」


栗林は一瞬ひるんだ。


「いや、犬じゃないのか?」

「ワン、ワン」

「どうやら・・・犬のようです」

「いや、象かもしれないね」

「ぞ、ぞーう、ぞーう」

「・・・どうやら人間のようですね。 隠れてないで出てきなさい」


草むらから、ゆっくりと姿をあらわす。

 

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「君は・・・新山学園の生徒だね」

「佐田さん・・・私のクラスの生徒です」

「お、おはようございます」

「あなた、こんなところで何をしているの」

「その、この道場が明日、取り壊しになると聞いて、見に来ました・・・」

「栗林くん、今の話、聞かれていたんではないだろうね」

「佐田さん、あなたいつからここにいたの?」

「結構、前からです。 二人がここに来るずっと前からです」

「そんなに前から・・・。 あなた、もしかして私たちの話を聞いていたんじゃないでしょうね?」

「・・・何も聞いていません。 ここで、ぼんやりしていただけですから、二人のお話なんて聞いていません」

「学園長、どうやら話は聞かれていなかったようです」

「・・・取り壊しは延期になるんですか?」

「・・・栗林くん、どうやらこの子はしっかり話を聞いていたようだよ」

「みたいですね・・・。 少し変わった生徒ですから、私も扱いには困っていて」

「ここの取り壊しが延期になるというこてゃ、宗介くんの退学も延期になるということですか?」

「どうするつもりだ? 栗林くん」


栗林は冷静さを取り戻し、言い放った。


「佐田さん、今、聞いた話、黙っていてもらえないかしら?」


リコはきょとんとした顔をしている。


「誰にも言わないで欲しいの。 もちろん椿宗介にも」

「でも、延期になるなら宗介くんには言わないとです」

「・・・あなた、確か両親は軍人だったわよね?」

「そうです。 今は海外に出かけています」

「お父さんやお母さんに連絡してみたいとは思わない?」


リコの心を惑わすように栗林は聞いた。


「・・・連絡は取りたいです。 でも、取ることはできません」

「もしも、ご両親と連絡が取れるといったら嬉しい?」

「それは・・・嬉しいです。 でも無理です」

「無理ではないわ。 学園長の力を使えば、あなたのご両親に連絡を取ることなんて容易だわ。 そうですよね? 学園長」


大九郎は栗林の考えを察し、それに合わせる。


「もちろんだよ。 軍の関係者にかけあってあげよう。 新山学園の卒業生には司法関係者も多くいる。 簡単なことだよ。 どうする?」

「お父さんと、お母さんと話したいです。 お願いします」

「・・・ただし、条件があるわ」

「条件、ですか?」

「今聞いた話は全部忘れてもらうわ。 取り壊しが延期になるということもね」

「・・・でも、宗介くんが」

「ご両親とは話したくないの? 会いたいわよね?」


リコはうつむいている。


「ちょっとだけ黙っていればいいのよ。 少しだけ嘘をつけばいいの。 佐田さんなら簡単なことじゃない」

「ウソですか・・・」

「どうせ、椿宗介たちは、あなたを受け入れてはくれないわ。 この話は聞かなかったことにするのよ。 そしたら、あなたの大好きなご両親とお話ができるの。 悪い話じゃないと思うけど」

「考えさせてください・・・」




 

俺は昨日のリコとの出来事をはるかに話そうと思った。


「道場の取り壊し、明日だね」
「そうだな」
「リコちゃんは入部してくれたけど、まだあと3人足りないんだよね」
「そのことなんだけど、リコが入部するっていった話、あれ、やっぱりウソだったんだ」
「ウソってどういうこと? お父さんが入部することを許してくれたんじゃないの?」
「あいつ、親とは連絡取れないんだってさ。 危険地域で軍人をやっていて、もう5年も会えてないんだって」
「5年!? ・・・そうだったんだ」
「だから、リコは入部できないよ」
「また振り出しに戻っちゃったね」


はるかは残念そうな顔をしている。


「クヨクヨしてても仕方ないよね。 昨日の夜にね、クラスの何人かに剣術部に入部しない? って連絡とってみたの」
「どうだった?」
「みんな、話は聞いてくれるんだけど、入部するって言ってくれる人は誰もいなくて。 考えてみるっていって電話切られちゃった」
「そうか」


はるかは必死で頑張ってくれているようだ。


「明日までに4人の部員・・・。 大変なことだけど、私は絶対に諦めないからね」
「・・・そうだな」

──「あの・・・明日だな。 椿の退学の話」


桜木が申し訳なさそうに会話に入ってきた。


「そう。 明日が俺の運命の日だ」

「なんと言っていいか分からないが・・・すまない」


桜木は頭を下げてきた。


「なんでお前が謝るんだよ。 別にお前のせいで退学になるわけじゃねーから」

「だが、私にも責任がないわけじゃない。 もし、椿が退学になったら、うちに来てもいいぞ」

「なんだよそれ」

「キュウリを食べに来てくれ。 たくさん用意しておく」

「ありがとな」

「ヒカルちゃん、まだ私たち剣術部を設立出来ないと思ってないから」


桜木はばつの悪そうな顔をした。


──「宗介、ついに明日だね! 本当に退学しちゃうの?」


「もしも部が出来なかったら、潔く辞めるよ」

「そうなのか。 ごめんな、俺、何にも出来なくて。 退学になったとしても絡んでくれよな」

「・・・そうだな」

「・・・まぁ、お前にはひとりが似合ってるよ。 なんつーか、群れてなんかするタイプじゃないだろ? 一匹狼っていうかさ」


水嶋は笑っている。


「そんな後ろ向きなことばっかり言わないでよ。 まだ退学って決まったわけじゃないんだから」

「そうだよね。 一気に部員が集まるかもしれないしね~」


俺はリコの方をみた。

机に頭を伏せたまま、起きようとしない。

教室のカーテンが風で揺れ、リコの頭をかすめた。




 

放課後、俺とはるかの最後の悪あがきだ。


「大量にチラシすってきたから! 声出して行こう!」


チラシの束を渡される。

『集え! 女子剣術部!』


「女子剣術部! 入部する人はいませんか~!」


大声で下校する生徒に呼びかけている。


「只今、部員を募集していま~す! 一緒に青春の涙を流してみませんか~!」


生徒達は、はるかの声を無視して通り過ぎてゆく。

それでも、はるかは声を掛けるのをやめない。


「女子剣術部をよろしくお願いします~。 今なら新鮮な野菜をもれなくプレゼントいたしま~す!」


誰もはるかの声に立ち止まろうとしない。


「入部してくださ~い! お願いしま~す! ほら、宗介も声出して」
「分かったよ」


俺は恥ずかしさをこらえて声を出す。


「女子剣術部をお願いします!」

「よろしくお願いしま~す! 最後のお願いで~す!」


誰も振り返ることは無い。

チラッと視線をこちらに向けるが、すぐに去ってしまう。

それでも、はるかは声が枯れるほどに呼びかけを続ける。

簡単に入部するやつなんていない。

ましてや剣術部なんて、普通の生徒からすれば敷居の高い部活だ。


「初心者大歓迎で~す! 一緒に頑張っていける部員を探していま~す!」


俺たちはポツンと取り残された、はぐれ物のようだが、一生懸命なはるかを見て、悪い気はしなかった。


「女子剣術部に入ってください! よろしくお願いします!」


俺も声を出す。

最後まで諦めたくはない。

俺は遠くの方から、強い視線がこっちに向けられていることに気づいた。


「あれ、リコちゃんじゃない? ほら、校門の影に隠れてる人」
「リコ?」


リコがこっちの様子を伺っている。


「リコみたいだな」
「やっぱり、私たちのことが気になってるんだよ」


リコは俺たちに気づかれたことを察知し、ゆっくりとこっちに近づいてきた。


「・・・なんだ?」


リコは黙って俺たち前に現れて、下を向いている。


「どうした? 言いたいことでもあるのか?」

「あの・・・宗介くんに伝えなければいけない、大事な話があるのです」

「・・・なに?」


リコはモゴモゴとしている。


「なんだよ?」

「それは・・・その・・・」


──「佐田さん? ちょっといいかしら?」


栗林が突然割り込んできた。


「栗林・・・」

「あなたたち、校門でこういう活動をすることは校則で禁止されていると、何度言ったら分かるの?」

「すみません。 気をつけます」


はるかはチラシの束を後ろに隠した。


「佐田さん、朝の件、どうなったかしら? 答えが聞きたいわ」


朝の件? 何かリコとの間にあったのか?


「色々と考え中です。 でも、どうしたらいいのかチンプンカンプンです」

「実は、朝から学園長が必死に取り計らってくれて、すでに向こうの親御さんと連絡をとる準備はできているそうよ」


親御さん?


「そ、それは本当ですか? お父さんとお母さんと話せるのですか?」

「もちろんよ。 私はウソはつかない主義なの。 どうするの?」

「お話したいです! 今すぐに、お話させてください。 どこに行けばお話できますか?」


リコは今までに見せたことのないような顔をした。


「職員室に来なさい」

「行きます! 早く声が聞きたいです」


栗林の口がニヤリと歪んだ。


「ただし、今すぐというのは違うわね。 朝の件の答えをもらわなきゃ」


リコは俺たちの方を見た。

朝の件?

何か栗林と取り引きでもしているのか?


「明日の朝になって、椿くんが退学になったら、職員室に来なさい。 そうすれば、あなたの一番大切な人と喋ることができるわ」

「本当ですか?」

「もちろんよ」


リコはチラチラと俺たちの方を見ている。

俺が退学になったら?

リコは頭を掻きむしり、困惑した目をしている。


「さぁどうするの? そんなに悩むことかしら? 私があなたの立場なら、すぐにでも答えをだすわ。 自分の心に聞いてみたらどう? おのずと答えは出ていると思うけど」


・・・何の答えだ?


「自分の心にきいてみる・・・ですか?」


リコは胸に手をあて、目をつぶった。


「・・・自分の答えが出たです。 栗林先生・・・よろしくお願い致しますです」


リコは深々と栗林に頭を下げた。

栗林の口元はさらにニヤけていく。


「私、どうやらあなたのことを誤解していたようね。 出来の悪い生徒だとばかり思っていたけど、佐田さん、あなた頭のいい子だったのね」


どういうことだよ・・・。


「賢い判断よ。 明日の朝、職員室に来なさい。 約束は必ず守るわ」


栗林は職員室に戻っていった。


「リコちゃん、栗林先生と何、話してたの?」


リコは何も答えようとしない。


「大切な人と喋れるってどういうことだよ」


下を向き、俺の質問に応じようとはしない。


「教えて? 私や宗介に関係あることなの?」


はるかはリコに詰め寄る。


「俺が退学になったら、どうなるんだよ?」

「・・・なんでもないです。 ごめんなさいです・・・」


そういうとリコは、校門を抜け走り去ってしまった。


「おい、リコ!」


リコの姿は小さくなり、次第に坂道の奥に消えていった。


「栗林、リコに何をしたんだ・・・」
「リコちゃん、思いつめてるみたいだったね。 何も怒らなきゃいいけど」
「どうする? まだ続けるか?」

「栗林先生も行っちゃったし、こっそりもう少しだけチラシを撒いて帰ろうよ」
「店はいいのか?」
「今日は大丈夫。 店も大事だけど、私にとって剣術部も大事なことだから。 それから、宗介も・・・」


はるかは少し照れたように言った。


「おじさん、一人で平気なのかよ?」
「昨日、言ってくれたの。 はるかのやりたい事をやれって。 お店は自分でなんとかするから、今まで散々迷惑かけてきたぶん、今度はどんどん迷惑かけていいからって」
「そうか・・・良かったな」


はるかの父親も何かが変わっているようだ。


「じゃあ、もうひと踏ん張りといきますか」
「うん! 学園に人がいなくなるまで、粘ってみようよ。 神様はきっと見てるって私、信じてるから」


俺たちはチラシ配りに没頭した。

誰からも相手にされなくてもいい。

最後まで全力でやり抜くことが重要だ。

チラシの束を配りながら、俺はそう思った。




 

学園から帰った頃には、太陽は完全に沈んでいた。

チラシのインクで手が真っ黒だ。

喉は枯れていた。

体も疲れていた。


「結局、誰も入部してくれなかったね」
「そうだな。 でもこればっかりは俺らが悪いわけじゃねーよ」
「私・・・悔しいよ」


はるかは唇を噛みしめた。


「俺も・・・悔しいよ」
「明日の朝に、また太陽が昇ったら道場、無くなるんだよね」
「そうだな」
「宗介も・・・いなくなっちゃうんだよね」
「・・・あぁ」
「心配しないで。 宗介にだけつらい思いをさせたりしないから」


はるかの目は強い意志に溢れていた。


「ありがとう・・・はるか」


俺は心の底からそう思えた。

ただの幼馴染ではない、特別な感情があることに気づいた。

その感情は、ずっと伏せてきたものだった。

だが、伏せてきた感情が、今にも溢れかえりそうで、怖かった。


「・・・まだ時間はあるよね。 まだ終わりじゃないよね」

 

諦めかけそうになる自分に言い聞かせるように、はるかは呟いた。


「・・・リコに時間を取られちまったからな」


俺は八つ当たりするように愚痴をこぼした。


「リコがもう少しはっきりしてくれたら他に手だって考えられたのに。 あいつがウソついたりするから」


俺はどこかに苛立ちをぶつけて自分を抑えるのに必死だった。


「クソッ」


そんな俺をみて、はるかは無言で首を振った。


「・・・」


誰かのせいにしてはいけない。

無言のはるかから、そう聞こえてきた。

だけどさ・・・。


──「あのぅ・・・」


小さな姿が俺たちの前に立っていた。


「リコ・・・」

「リコちゃん、こんな遅くにどうしたの?」

「二人に・・・その、謝りたくて・・・」


リコはしょんぼりとしている。


「今まで・・・色々と迷惑かけてしまって・・・ごめんなさいです」

「もう、いいよ」


俺は少し投げやりな言葉をかけた。

今更、謝られたところで時間が戻ってくるわけでも、部員が集まるわけでもない。


「今まで、いっぱいウソついてきたことを、その・・・謝りたくて・・・」

「だから、もういいって」

「宗介、ちゃんと聞いてあげて」


はるかの顔は真剣だ。


「だってさ・・・」

「リコちゃんの話、聞いてあげて」

「・・・分かったよ」


リコは小さく、怯えている。


「そのぉ、ウソをついたこと、本当に、ごめんなさいです」

「どうして、ウソなんてついたの?」

「その、宗介くんたちが困っていたので、助けてあげたかったですし、協力したかったんです」

「だからって、ウソをついたら、結局、誰かを助けることにはならねぇだろ」


リコはビクビクしている。


「私たちの力になりたかったんだよね?」

「・・・はいです。 でも、お父さんとは電話も繋がらないし、剣術も怖いし、どうしていいか、わからなかったです」


リコはうつむいている。


「剣術部に入れば、リコは宗介くんや、はるかさんと友達でいられると思ったです。 でも、やっぱり出来なくて・・・ウソをつくしかなかったです」


リコは震えながら喋っている。

俺たちに怒られることに、怯えているようだ。


「本当に、ごめんなさいです。 リコは嘘つきの悪い子です」


リコの表情はどんどんと曇っていく。


「こんな悪い子は、誰も友達なんて・・・出来ないです」


友達なんて出来ない・・・。

リコは自分の言葉で、自分を責めていく。


「ウソをついたリコは、もう宗介くんや、はるかさんとは友達にはなれないですよね?」


俺は何も言うことは出来なかった。


「リコには友達を作る資格がないです。 剣術部にも入ることが出来ませんし、なんの役にも立ちませんし・・・」


リコは続けた。


「今日で、絶交です。 本当にごめんなさいでした。 それから、今まで友達でいてくれて、ありがとうございました」


リコは居心地の悪さに、押しつぶされそうになって、今にも消えてしまいそうなほど、小さく震えている。


「もう、二度と喋りかけたりはしませんから、許してください。 さようなら・・・です」


リコは俺たちから離れようとした。


「リコちゃん、勘違いしてるよ」


リコは、はるかの言葉を聞き、更に怯えた。

まるで母親に叱られる前の子供のような表情だ。


「剣術部に入らなかったら、友達じゃないの?」

「・・・そうです。 リコは役立たずです」

「それは違うよ。 別に剣術部に入らなくたって、友達だよ」


はるかは優しく言った。


「でも・・・」

「リコちゃんが、入部しなかったとしても、私たちの力になれなかったとしても、そんなことは友達とはなんの関係もないことなんだよ」


リコはキョトンとした顔をしている。


「友達ってね、そんな簡単に壊れたり、無くなったりしないから」


はるかの表情は優しさに溢れている。

その表情をみて、次第にリコの震えがおさまっていく。


「リコちゃんが剣術が嫌いで、やりたくないなら正直に言ってくれればいいんだよ。 それが出来ないからっていって、リコちゃんを責めることなんて、誰も出来ないんだから」


リコは、はるかの優しい目を見て、心の緊張が解けていっているようだ。

 

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「心配しないで・・・。 つらかったね。 ずっと友達だから、安心して」


はるかはリコの頭を優しくなでた。

まるで母親が小さい子供をあやすように、愛情を注ぎ込むように、優しくゆっくりとリコの頭を撫でた。


「もう、大丈夫だから。 ね、リコちゃん」


はるかに撫でられ、リコの目は涙で溢れていた。

涙をいっぱいに浮かべてはいたが、リコの顔は安心と安らぎに満ちていた。


「リコちゃん、私たちはずっと友達だから。 宗介だって、気持ちは同じはずだよ」


はるかは、リコを撫でながら俺をみた。

リコは放心したように茫然と・・・呟いた。


「・・・リコのお父さんとお母さんがいつも言っていました・・・」


リコはポツリ、ポツリと撫でられながら話す。


「来年には帰るからって、明日には連絡するからって・・・帰ったら動物園と水族館に行こうって・・・」


はるかは優しく頷いている。


「お母さんと買い物に行く約束もしました。 お父さんはリコの大好きなオムライスを作ってくれるって約束しました」


リコは零れ落ちそうな涙を必死で抑えている。


「でも、お母さんは買い物には連れて行ってくれませんでした。 お父さんもオムライスは作ってくれませんでした」

「どうして? どうして約束を守ってくれなかったの?」

「仕事が忙しくて、リコにかまっている暇なんてありませんでした」


リコの親は軍人だ。

危険地域に配属されているとなると、そう簡単に戻ってくることなんてできない。

気安く連絡を取ることすら許されないだろう。

小さな約束を守ることすら、難しい。

それくらいのことは、俺でも容易に想像できた。


「全部・・・ウソだったんです。 いつも、いつもリコは待っていたけど、いつも、いつも・・・ウソだったんです」

「そっか。 つらかったね」


はるかはリコを優しく慰める。


「よく我慢したね。 リコちゃん、偉いよ」

「いつまでたっても帰ってきません。 帰ってくるって言うけど、それも全部、ウソなんです」

「大丈夫。 きっと帰ってくるよ。 きっと・・・」

「・・・それは、ウソじゃないですか?」

「ウソをつきたくてついてるんじゃないよ。 お父さんも、お母さんもきっとリコちゃんに会いたくてたまらないんだよ」

「お父さんと、お母さんに、会いたいです・・・でも、いつもウソだったんです・・・」


リコは悲しそうに呟いた。


「私たちがついてるから。 私たちはリコちゃんの友達だよ」


リコははるかから離れ、くるりと後ろを向いた。


「・・・ウソだったんです」


リコの背中は悲しそうで、俺に泣いているように見えた。

小さな足で、ゆくりと俺たちから離れ、見えなくなった。

俺たちはその背中を静かに見守ることしか出来なかった。




 

運命の朝だ。

俺の心とは裏腹に太陽は強く輝いている。

いつもと同じように、いつもの席につく。

カバンを机の上におき、俺は深く溜息をついた。


「おはよう」


はるかは俺に笑顔で話しかけてきた。


「おはよう」
「昨日の夜も、みんなに電話したの。 でも、いい返事はもらえなくて・・・。 でも、心配しないで。 私、まだ諦めてないから」
「・・・うん」


はるかは最後まで俺を守ってくれている。

その優しさが逆につらい。


「おはよう・・・。 昨日は眠れたか?」


桜木が遠慮がちに俺に話しかけてくる。


「ああ。 ばっちり快眠だよ。 恐ろしいくらいにな」


桜木もどこかで責任を感じているのだろうか・・・。


「宗介・・・なんか、俺、寂しいよ」

「・・・俺もだよ」


水嶋・・・。

他の生徒達も、俺をチラチラとみている。

同情なんて、まっぴらごめんだ。

たかが、退学だ。

大したことじゃない。

俺は自分に言い聞かせた。

教室の隅に座っているリコをみた。

リコは窓の外をボーッと見ている。

教室の扉が開き、栗林が入ってきた。


「みなさん、おはようございます」


クラスに緊張が走る。


「朝のホームルームを始めます。 最近、学園内にゴミが落ちていることが多いようですね。 今週は各自、学園内の美化活動に力を入れてください。 学園の汚れは、心の汚れ。 心の汚れは、非行の始まりですから」


栗林はチラリと俺を見て、すぐに目をそらした。


「連絡事項は以上です。 今日も一日、規律ある学園生活を送りましょう」


以上・・・?


「・・・あら、私としたことが、大切なことを忘れていたわ」


・・・。


「みなさんに、悲しいお知らせがあります。 今まで一緒に仲良く勉学に励んできた椿宗介くんが、今日で、新山学園を退学することになりました」


教室内から、変なざわめきが起こる。


「椿くん、立ってもらえるかしら?」


俺は、しぶしぶその場に立った。


「椿くんは、学園内における規則を破ってしまいました。 剣術部を作るなどという、ウソのチラシを撒き、他の生徒を混乱させ、学園の秩序を乱しました」

「・・・チッ」

「ルールを守らない生徒は、残念だけど新山学園には必要ありません。 私も、あなたを退学させることを好ましくないけれど、それがこの学園のルールだから、仕方ないわね」


好ましくないだって? 淡々と話す栗林に怒りをおぼえた。

こんな学園なんて・・・。

こんな教師のいる学園なんて・・・退学になってもかまいやしない。

俺はグッと唇を噛みしめた。


「先生!」


はるかが手を挙げる。


「先生、もう少しだけ、もう少しだけ待ってはくれないでしょうか」


はるか・・・。


「鈴木さん、それは、どういうことかしら?」

「宗介の退学の期日を、あと少しだけ延ばしてください。 私たち、必死で部員を集めてるんです。 だから、道場の取り壊しも、もう少しだけ待ってください」

「できません。 あなたは約束を破る気? 道場が取り壊される今日までに部員を集めることが出来なかったら、退学するって決まりだったじゃない」

「ですが・・・」

「はるか・・・もういいよ」

「でも・・・、こんなのおかしいよ。 私たち、何も悪いことしてないじゃない」

「何も悪いことをしていない? フッ。 鈴木さんは学園を乱したという自覚がないようね。 椿宗介は今日で退学です。 もう、決まったことだから、諦めることね」

「・・・だったら、私も退学します」

「あなたがその気なら、私は止めませんけど」

「何言ってんだよ。 お前は残れよ」

「宗介だけに、つらい思いはさせないよ」

「バカ。 お前は残れって。 俺が退学になればそれで済むんだ。 お前はお前の夢叶えるために、新山学園をちゃんと卒業しろよ」


はるかは黙って下を向いた。


「頑張れよ、はるか」


はるかはじっと下を向いている。


「茶番は終わったかしら? じゃあ、椿宗介くん、みんなに最後の挨拶をして」

「挨拶なんかねーよ」


俺は机の上のカバンを乱暴に持ち、席を立った。

この学園とも今日でおさらばだ。

遅刻ばかりの学園生活とも、今日でおさらばだ。

俺は教室から出ようとした。

その時だった。

教室の後から微かに声がした。


「・・・あのぉ」


か細く小さな声だった。

その声の主はリコだ・・・。

リコはゆっくりと立ち上がる。

 

 

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「佐田さん? どうしたの?」

「あのぉ・・・その・・・」

「リコ、どうしたんだ?」


教室に沈黙が走る。

リコはモゴモゴしながら、ゆっくりと続けた。


「栗林先生は・・・ウソを・・・ウソをついています・・・」


教室がざわめく。


「栗林先生はウソをついています!」

「リコちゃん、それ、どういうこと?」


栗林の顔が、キュッとひきつる。


「佐田さん、あなた・・・」

「道場を取り壊すのは今日じゃありません!」

「佐田さん、座りなさい! それ以上、わけの分からないことを言ったら、あなたも退学ですよ!」


栗林はいきりたった。


「今日じゃないって、どういうことだ?」

「なんでもないわ。 椿くん、さっさと教室から出て行きなさい!」

「今日じゃないんです。 道場の取り壊しは延期になりました。 確か、10日後に延期になったって栗林先生は言いました!」

「リコちゃん、その話、本当なの!?」

「はい。 本当です。 昨日、言っていました! だから宗介くんの退学も延期になるはずです!」

「佐田さん、あなた・・・」

「リコの言うことが本当だとすると、椿の退学は10日後ということになるな」

「いいえ、そんな話はでたらめよ。 佐田さん、座りなさい」

「座りません! ウソはダメです。 もうウソはつきたくありません」

「あなた・・・ご両親とは連絡取れなくてもいいのね」

「・・・それは」

「今ならまだ間に合うわ。 今、言ったことを撤回しなさい。 そうすれば、ご両親と話が出来るようにしてあげるわ」

「・・・うぅ」

「佐田さん? 今の話はでたらめよね? そうでしょ?」

「・・・いいえ。 でたらめでは、ありません」

「・・・」

「お父さんやお母さんとは話したいけど、ウソはダメです! 宗介くんの退学は延期です!」

「先生、説明してください。 リコちゃんの両親って、どういうことですか?」

「みなさん、佐田さんの言うことを信じてはいけません。 佐田さんはみなさんが知っているように、ウソをつくのが得意ですからね」

「・・・リコはウソつきですか?」

「そうです。 あなたは今まで散々、ウソをついてきたんじゃない? あなたの言うことなんて、誰も信じませんよ」

「・・・」

「道場は予定通り、今日、取り壊されます。 椿宗介の退学も今日よ。 その事実は変わらないわ」

「・・・ニャー」

「ふざけてるの?」

「ニャー!」

「やめなさい!」

「ニャー! ニャー! ニャー!」

「猫の真似はやめなさい!」

「猫さんは言っていました。 ウソをついてはいけないって。 動物さんはウソをつきません。 だから、リコも、もうウソはつきません」

「動物が言ったですって? それ自体がウソじゃない」

「いいえ。 ウソではありません。 昨日、道場の前で栗林先生と学園長は言っていました。 学園の事務のミスで工事の業者に発注依頼が届いていなかったって!」

「・・・」

「だから、宗介くんの退学も延期ですか? って言ったら、栗林先生は、このことは誰も知らないことだから、明日、予定通り椿宗介を退学にしちゃいましょう! っていいました」

「・・・どうやら、リコの言ってることが本当のようだな」

「誰も知らないことだって言いましたが、リコはこっそり聞いてました。 栗林先生は、ウソをついています!」

「先生、リコちゃんの言ってることは本当なんですか?」

「・・・フフフ。 あなた、よほどご両親と話したくないようね」

「話したいです。 でも、もうウソをつくのは嫌です!」

「いいのかしら? こんなチャンス、もう来ないわよ」

「はるかさんは言いました。 ウソをつきたくてついてるんじゃないよ。 お父さんも、お母さんもきっとリコちゃんに会いたくてたまらないんだって。 だから、リコもいい子で待つです。 そしたらきっと帰ってくるから」

「リコちゃん・・・」

「・・・そう。 やっぱりあなたは、どうしようもなく頭の悪い生徒のようね。 でも、延期なんて証拠、どこにもないじゃない。 椿宗介の退学はかわらないわ」

「先生、説明してください。 もしも、道場の取り壊しが、リコちゃんの言ったように10日後に延期したんだとしたら、宗介の退学も延期のはずじゃないですか?」

「しつこいわね。 もう諦めたら」


窓から一匹の猫が教室に入ってくる。


「猫さん!」

「ね、猫!」


さらに猫が窓から入ってくる。


ニャー、ニャー


「猫さん、来てくれたですか?」


教室に猫が数匹入ってきた。


「・・・な、なんなのよこれ」

「リコの友達です」


栗林は、猫に動揺している。


「猫さん! いくです!」


ニャー、ニャー


リコが指示を出すと猫達は栗林にジリジリと近づいていく。


「や、やめなさい! ちょっと、来ないで!」

「栗林先生は、猫さんが嫌いですか?」

「き、嫌いよ。 あっちに行きなさい! しっ! しっ!」

「でも、猫さんは栗林先生のことが好きみたいです」

「わ、私は好きじゃないわ!」

「可愛いですよ猫さん! なでなですると喜びます」

「出来るわけないじゃない! 佐田さん、さっさと教室からつまみ出しなさい」

「いやです。 だって栗林先生はウソをついています。 でも、それを認めませんから、リコも先生の言うことは聞きません」


猫は栗林のまわりを取り囲む。


「きょ、教師にこんなことして、ただで済むと思ってるの!」

「悪いことはしてません。 ただ猫さんは栗林先生と遊びたいだけです」


ニャー、ニャー


「ヒィ! 佐田さん、お願いだから、猫を止めなさい!」

「どうしてですか? 猫さんはとても可愛いです」


猫はゆっくりと栗林に近づく。


「は、早く! 早く止めて!」

「・・・仕方ないですね。 じゃあ、本当のことをいうですか?」

「・・・」

「道場の取り壊しが延期になったことを認めるですか?」

「それは・・・」

「猫さん、栗林先生はポケットにキャットフードを隠し持っている模様です」


ニャー、ニャー


「ヒィ! も、持ってないわ!」

「持ってるですよ。 とっても美味しいです」

「わ、分かったわ! 言うわ! そうよ。 道場の取り壊しは延期になったわ! だから、早く、この猫をどうにかして!」

「そうですか。 ということは、宗介くんの退学も延期になるですか?」

「そ、そうよ! そういうことになるわね!」

「分かりました。 猫さん、もう帰っていいですよ」


ニャー


猫は次々と窓から外へ飛び降りていった。


「ハァ、ハァ、ハァ・・・」


栗林はその場にへたり込む。


「栗林先生、今言ったこと、本当ですよね」

「ハァ、ハァ、ハァ・・・だったらなんです!」

「宗介の退学も、延期なんですよね」

「クッ・・・好きにすればいいわ」


栗林は立ち上がり、服を払った。


「椿くん・・・命拾いしたようね」

「・・・」

「あなた達に行っておくけど、退学が取り消しになったわけではないわ。 10日後には道場も取り壊されます。 少しだけ期限が延びただけよ」

「・・・そうっすね」

「フン。 佐田さん、この借りは、必ず返させてもらうわ。 おぼえておくことね」

「リコは何かかしましたか? とくにかした物はありません」

「う、うるさい!」


栗林は顔を真っ赤にしている。

リコはバックから何かを取り出した。


「先生、これはキャットフードです。 猫さんに上げると、大変喜びます」

「い、いりません!」

「それは残念です」

「こんなことをして、ただで済むと思わないでね! ホームルーム終わります! さっさと授業の用意をしなさい!」

「じゃあ、俺、もう少しこの学園にいてもいいんすよね?」

「・・・勝手にしなさい。 どうせ10日後には退学が待ってるんですから」


栗林は教室から出て行った。


「リコ・・・」

「・・・退学は、なしです。 良かったです」

「リコちゃん、ありがとう。 ほんとうに、良かった・・・」


教室に光が差し込んだ。

リコは自分の席に着いた。

リコが俺の為に・・・。

栗林と交わした取り引きはなんとなく想像が出来た。

リコにとって、何にも代えることの出来ないかけがえのないこと。

それなのに、俺をかばうために・・・。

俺は心が熱くなった。

自分でも驚くほどに・・・心が熱く、優しく燃えた。





授業が終わり、俺とはるかは、リコに呼び出され廊下に出た。


「リコちゃん、朝は本当にありがとう」

「リコのおかげで、退学免れたよ。 マジで・・・ありがとう」

「そんなことないです。 お礼を言うのはリコの方です」

「え?」

「今まで、ウソばかりついていてごめんなさいです。 いっぱいいっぱい迷惑かけてごめんなさいです」

「ううん。 そんなことないよ。 もしかしてリコちゃん、栗林先生に口止めされてたんじゃない?」

「はい。 されました。 道場の延期のことを黙っていれば、お父さんやお母さんと連絡を取ってくれるって」

「リコちゃん・・・そうだったんだ」

「・・・黙ってれば、親と話せたんだろ? なのに、なんで俺なんかかばったりしたんだよ」

「・・・ウソはよくないからです。 ウソをついてお父さんやお母さんと話しても、嬉しくないです。 宗介くんは言いました。 ウソをついても、誰も助けることにはならないって。 だからリコは正直になりたいと思いました」

「リコ・・・」

「・・・きっと会えるよ。 こんなにいい子にしてるんだもん。 神様はきっと、リコちゃんの味方だよ」


はるかは優しくリコの頭をなでた。


「はるかさん、ありがとうです・・・リコは・・・」

「どうした?」

「リコは・・・剣術部に入ります」

「それ、本当か?」

「本当です。 リコが入部してもいいですか?」

「でも、リコちゃん、剣術は人を傷つけるから嫌だって・・・」

「傷つけるのは嫌です。 でも、リコははるかさんに感謝してるんです」

「え? どうして?」

「はるかさんは、言ってくれました。 リコは勘違いしている。 剣術部に入らなくたって、友達だって。 それが嬉しくて、嬉しくてたまらなかったから・・・」

「そうか・・・」

「だからこそ、困っている友達のために、今度はリコが助けたいです。 友達を助けるために、リコは剣術部に入りたいんです」

「リコちゃん・・・ありがとう」

「リコは弱いし、剣術なんて多分、ちゃんと出来ないけど、リコが入ることで少しでも二人が助かるなら、リコは入部したいと思うんです」

「・・・はるか、どうするよ?」

「リコが入ったら迷惑ですか?」

「迷惑なわけ、ないでしょ? リコちゃん、剣術部に入ってくれて、ありがとう。 これから一緒に、頑張ろう」


はるかは、リコの手をとった。


「はるかさんの手・・・温かいです。 お母さんの手と同じです」

「これから、よろしくね! リコちゃん」


リコははるかの手を強く握りかえした。


──「廊下で握手する女子生徒たち・・・微笑ましい光景ね」


「レイカ! いつからいたんだ?」

「そこの影から、見ていたわ。 こっそりとね」

「レイカさん、コンサート行けなくてごめんなさいです」

「・・・あぁ、そんなこともあったわね」

「メールをしたんですが、行くことが出来なくて・・・」

「私との約束を裏切るなんて、佐田さん? あなたどういうつもり?」

「リコはウソつきでした。 本当はコンサートに行く気なんてなかったのに・・・友達になりたくて、そのメールしました。 ごめんなさい」

「友達? どういうことかしら?」

「レイカさんと、友達になりたかったです」

「笑わせないでよ。 私と友達になりたいなんて、どういう考えよ」

「もう、リコはウソをついたりしませんから、リコのことを見捨てないで下さい」

「佐田さん? もうウソはつかないんでしょうね?」

「はい。 だから、ごめんなさいです」

「・・・まぁ、私も大人ですから、一回くらいのドタキャンは大目に見てあげますわ」

「ほ、本当ですか!? レイカさんは優しいです」

「当然よ。 私は優しくて可愛くて、最高なのよ」

「最高です! レイカさんは最高です!」

「あら、あなた、なかなか分かってるわね。 悪くないわ」

「ほんとうに、この前はごめんなさいです」

「・・・あの日は、コンサート、中止になったのよ。 だから、来ても私の演奏は聴けなかったわ」

「だよな。 俺、わざわざ行ったのにさぁ」

「でも、今度はちゃんとやるから、椿宗介も、佐田さんも観にきてちょうだい」

「行くです! 楽しみです!」

「あのぉ・・・私も観に行ってもいいかな?」

「鈴木さんが? もちろんよ。 あなたには、もっと私の華麗さを教える必要があるようだし」

「うん、ありがとう」

「次のコンサートはコンクールなの」

「コンクール?」

「そう。 全国から選ばれたピアノ奏者たちが、競い合うレベルの高いコンクールよ」

「もちろん、レイカが優勝なんだろ?」

「当然よ。 私より優れたピアノ奏者なんて、そうはいないわ・・・ただ、気になることが一つだけあるのよ」

「なに?」

「エントリーされている名前の中に、忌々しい名前を見つけてしまったの」

「誰?」

「・・・右近シズルよ」

「右近シズルって星雲の剣術部だろ? ピアノやってるのか?」

「そんな話、聞いたことないわ。 神聖なるコンクールにどうしてあの野蛮な右近さんが出場するのかしら。 きっと私に対する嫌がらせね」

「まぁ、そんなに気にすることないんじゃないか?」

「・・・右近さんには辞退してもらうように、お父様に言っておかないと」


イカは眉間にしわを寄せている。

でも、なんで星雲の剣術部がピアノなんか・・・。


「そういえば、あなたたち、退学になるとか言ってなかったかしら?」

「それが、リコのおかげでなんとか延期になったんだよね」

「あら、そう。 じゃあ、もう少し、椿宗介のアホヅラを見れるってわけね。 悪くないわ」

「どうも」

「でも、あと10日で部員を3人集めなきゃいけないの。 じゃなきゃ、宗介は退学・・・」

「大変ね。 まぁチャンバラなんて、私には関係ない世界の話ですけど、頑張りなさいね。 それじゃ」


イカは去っていった。


「神山さんは・・・無理だよね」

「天地が逆さになっても、やらないだろうな。 俺たちも帰るか」

 




放課後、三人ではるかの店を手伝うことにした。

はるかの親父さんには少しだけ休んでもらって、俺たちで店を回すことにした。

もし、剣術部が設立できて忙しくなったら、はるかはこの店に出ることも減るかもしれない。

その時の為に、今は少しでも力になりたかった。

店の前にはいつも以上に人だかりが出来ている。


「じゃあ、宗介は声かけ、よろしくね」

「了解」

「リコちゃんは、宗介のサポート」

「わかりました。 お店をやったことがないので、失敗したらごめんなさいです」

「大丈夫。 そんなに難しくないから」

「いらっしゃいませー! いらっしゃいませー! 安くて美味しい鈴木青果店だよー!」

「いらっしゃいですー! いらっしゃいですー! はるかさんのお店です!」

「その調子、その調子」


リコははるかに褒められて照れている。


「いらっしゃいませー! あ、リンゴですね、ありがとうございます!」


何度か店に立ったせいか、俺は少し慣れてきている。


「ただいまタイムサービスしてまするー!」

「タイムサービス?」

「今なら、このキャベツがなんと無料です!」

「ちょっと! 勝手なことするな」

「無料の方が、売れますよ」

「無料はちょっと困るかな・・・」

「ごめんなさいです。 無料はウソです! はっ、もうウソはつかないと決めたばっかりなのに・・・グスン」

「大丈夫だよ。 ほら、リコちゃん頑張って!」

「落ち込んでる場合じゃないぞ。 客は次々来るんだから」

「はい! いらっしゃいませー! 安くて美味しい、鈴木青果店ですー!」

「いらっしゃいませ! 宗介、レジお願い」

「分かった!」

「いらっしゃいませー! いらっしゃいませー! 今から、私が面白いことをします!」

「しなくていいから! 袋に詰めて!」

「はい、やります!」


俺たちは閉店まで必死で働いた。

一心不乱に協力してできるだけ多くの野菜を売った。





日も暮れ、閉店の時間がやってきた。


「ふぅ~。 やっと終わったな」

「足が、ごぼうのようです」

「二人とも、ほんとにありがとう」

「気にするなって」

「では、リコはそろそろ帰ります」

「あ、リコちゃん」

「なんですか?」

「これ、夜食にでも食べて」


はるかは、みかんの入った袋をリコに渡した。


「おぉ! みかんです。 もらっていいですか?」

「バイト代だせないから、せめてものお礼だから」

「こんなにいっぱい! 帰ってゆっくり食べるです」

「それから、寂しいときは言ってね」

「え?」

「寂しいときとか、つらいときは、いつでも家に泊まっていいんだからね」

「本当ですか?」

「うん。 お父さんと二人で、家も寂しいから、リコちゃんが泊まりに来てくれると楽しいし」

「はるかさん・・・ありがとうです」

「良かったな。 リコ」

「はい。 それでは、また明日です!」


リコとはトコトコと帰って行った。


「リコちゃん、元気になって良かったね」

「そうだな。 退学もなんとか延期になったし」

「・・・うん。 あと3人だよね」

「10日もあれば何とかなるだろ」

「絶対に剣術部作ろうね!」

「もちろんだよ」

「うん。 じゃあ、おやすみ」

「お休み」


はるかは店に入っていった。

何とかなるとはいったものの・・・。

あと3人か・・・。

俺は目星のつく人物を頭に浮かべた。

桜木ヒカル・・・。

桜木は無理だ・・・。

剣術をやるはずがない。

沢村アキナ・・・。

生徒会長のことで頭がいっぱいだろうな。

神山レイカ・・・。

チャンバラなんて野蛮よ・・・か。

なかなかいねぇな・・・。

俺は家に戻った。

今日の夜はやけに暖かい。

 



 

今日は学園が休みだ。

はるかに連絡して、部員集めに精を出すか。

俺は窓を開けた。

見覚えのある顔が外にあった。


──「早く降りてきなさい」


「レイカ!」


二階の窓から下を見下ろすと、神山レイカが腕を組んで、こっちを見上げている。


「レイカ会の活動を行うわ。 降りてきなさい。 私から出向いてもいいのよ。 ・・・おっと、部屋に入ってはいけないんでしたわね」
「すぐ行くから、待ってろ」


俺はしぶしぶ下に降りていく。




 

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「おはよう。 椿宗介」
「おはよう。 なんか用か?」
「今日はあなたにレイカ会の仕事を伝えに来たわ」
「いや、俺は関係ないっすけど」
「何を言ってるの? あなたはレイカ会の新人でしょ。 仕事がもらえることを喜びなさい」
「は? 俺、部員集めで忙しいんだけど・・・」
「チャンバラと私、どっちが大事なのかしら?」


・・・チャンバラ。


「あなたに今回頼みたい仕事、それは・・・」


イカは一方的に話を進めてくる。


「私を連れ去りなさい」
「はい?」
「私がいいというまで、私を連れ去る。 それがあなたの今回の仕事よ!」
「朝から、意味が分からないこというなよ・・・」


俺はレイカを無視して、家に戻ろうとした。


「待ちなさい! 報酬はいくらでもだすわ」
「・・・金の問題じゃねーよ。 俺、剣術部のことで頭いっぱいだからさ、レイカのお遊びに付き合ってる場合じゃないんだよね」
「遊びじゃないわ。 この仕事に私の運命がかかっているの」
「運命?」
「私をどこか遠くに連れ去りなさい」
「連れ去るっていったって・・・」
「私、・・・危険な人間に追われているの」


イカの表情が一瞬、シリアスなものになった。

追われている?

誰に?

確かにレイカは金持ちだ。

身代金目的の誘拐もありえる。

俺は少しだけ、レイカの話を真剣に聞くことにした。


「誰に追われてるんだ? なにか事件にでも巻き込まれたのか?」
「そうね。 事件に巻き込まれたわ。 追ってが来ないうちに、私を安全な場所に連れ去りなさい」
「・・・わかったよ」
「はっ! 追っ手が来たようだわ。 私のことを聞かれたら、知らない、知らないの一点張りで乗り切ってちょうだい。 頼んだわよ!」
「え! おい!」


イカは商店街の店の影に隠れる。

追っ手って誰だよ。

仕方ねぇな・・・。

俺は身構えた。

商店街の先の方から黒いスーツを着た男が近づいてくる。

あれが追っ手か・・・。

って・・・。

見覚えのある顔が近づいてくる。


「君は、椿くんじゃないか」
「三田さん!」
「家はこの辺なのかい?」
「そうなんですよ」
「あ、そうだ。 レイカ様を見なかったかい?」
「え?」


追っ手って、三田さんのことなんだろうか・・・。

俺は様子を見ることにした。


「レイカ様がピアノの練習中に突然いなくなってしまってねぇ、探してるんだが・・・」


練習中?

イカのヤツ、そういうことか・・・。


「いや、見てないですよ。 どこにいったんでしょうね」


俺はとぼけた。


「本当に見てないんだろうね?」
「は、はい。 知りません!」


・・・三田さんの目が怖い。


「そうか。 おかしいなぁ。 この辺のはずなんだが・・・」


三田さんは発信機のようなものをいじっている。


「もし、レイカ様を見かけたらお屋敷に戻るように言ってくれ。 それじゃ」
「了解です」


三田さんは来た道を戻っていった。


・・・ふぅ。


店の影からレイカがこっちの様子をチラチラと見ている。


「もう、いったぞ」
「あなた、なかなかいい働きをしたわね。 さすが次期、レイカ会の代表を務めるだけの男だわ」
「務めませんけど・・・」
「それにしても、三田はしつこい男ね。 逃げても逃げても追ってくるわ」
「おい、レイカ。 戻れよ」
「何を言っているの? さっさと私を連れ去って」
「お前、ピアノの練習を抜け出して来たんだってな」
「余計なことばかり言うのね。 三田は」
「何があったか知らないけど、戻ったほうがいいんじゃないか?」
「あなたも私の周りの大人と同じことをいうのね。 イメージダウンだわ」
「なんだよそれ」
「あっ! 三田が戻ってくるわ! 逃げるわよっ!」


イカは俺の背中に飛び乗った。


「お、おいっ!」
「話は後よ。 いくわよっ! 走れ! 馬! 走れ!」


イカは俺のお尻をバシバシ叩く。


「いてっ!」


しかたなく、俺はレイカを背負い、三田さんから逃げるように走りだした。





俺とレイカは公園まで辿り着いた。


「はぁ、はぁ、はぁ・・・おまえなぁ・・・」
「いつまで背負っているつもり? 早く下ろしなさい」


・・・こいつ。

俺はレイカを下ろした。

 


もっと体力をつけないと、レイカ会の仕事はつとまらないわよ。 生徒Aなんて、最近は一人で私のソファーを支えられるようになったのよ。 見習いなさい」


イカと付き合ってると体力だけはつきそうだな。


「じゃあ、俺はこれで・・・」
「待ちなさい。 まだ仕事は終わってないでしょ。 ジュースを買ってきて、喉がカラカラだから」
「なんか事件に巻き込まれてると思ったから、手を貸したけどさ、ただ練習したくないだけなら、俺は帰る」
「早く、甘いジュースを買ってきて。 喉がおかしくなっちゃう」
「じゃあな」


俺はレイカを無視して、公園を出ようとした。


「・・・練習はしたくないの。 だけど、誰もそれを理解してくれない」


イカは寂しそうに呟いた。

俺は足を止めた。


「なぁ? なんでピアノやりたくないんだ?」
「聞きたい? 教えてあげてもいいわ。 ただし、ちゃんと私を連れ去ることが出来たらね」
「おまえなぁ・・・」
「とりあえず、ジュースを買いましょう」
「飲みものは我慢しろよ」
「我慢? 出来ないわ! それに何よこのベンチ! 汚すぎて座れないわ。 椿宗介、座布団代わりになってもらえる」
「断る!」
「お金あげるから、早く人間座布団になりなさい」


イカはどんどんと我がままになっていく。


「もう、付き合いきれねーよ」
「あっ! 三田だわっ!」


公園の入り口の辺りに黒いスーツがちらついた。


「逃げるわよっ! 椿宗介!」


イカはまたもや、俺に飛び乗った。


「早く行って!」


俺はしぶしぶ走り出した。





俺とレイカは繁華街にでた。

 

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「下ろして。 また、変なところに連れてきたわね」
「ここだと、人も多いし、見つからないだろ」
「人ごみは嫌いよ。 あなたに新しい指令を出します。 ここにいる人々を半分にしなさい」
「はぁ??」
「早く半分にして。 簡単なことでしょ」
「・・・出来るわけないだろ」
「じゃあ、場所を変えましょう。 空気も汚いし、我慢できないわ」
「じゃあ、息しなきゃいいじゃん!」
「へ? 息をしなかったら、死ぬわよ? あなた頭大丈夫?」
「・・・そうだね」


くそっ・・・。

はぁ・・・レイカから開放されたい・・・。


「それにしても、なんで三田は私の居場所が分かるのかしら」


そういえば・・・。


「三田さん、さっき手に機械みたいなの持ってたんだよな。 あれって、もしかしたらレーダーか何かかも」

「レーダー? 椿宗介、新しい指令です。 そのレーダーを三田から奪ってきなさい」
「無理だろ! ていうか、レイカに発信機が付いてるんじゃないか?」
「わ、私にそんなものが? 新しい指令です。 私からその発信機を取り除きなさい」
「ここで?」
「そうよ。 早く私の体を調べて!」


・・・人がいっぱいいるのに出来るかよ。


「場所、変えようぜ」
「分かったわ。 ここは私の趣味じゃないから別の所に行くわよ」


俺たちは場所を移動した。





人通りの少ない場所に移動する。

 

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「ここなら、平気だろ」
「ここは嫌よ! もっとマシな場所はないの? 綺麗なビーチが見えるところがいいわ」
「我がまま言うなよ」


俺は強引にレイカの体を調べた。


「ちょっとやめて! 何をするのよ。 触らないで!」
「調べろって言ったのはレイカだろ」
「新しい指令です。 私の体に指一本触れずに、発信機を探し出しなさい」
「できねぇよ! 超能力者じゃあるまいし」
「だったら超能力をマスターしてきて!」
「うるせーな! ちょっとおとなしくしてろよ!」


俺はレイカを無視して、発信機を探した。


「ちょっと、あっ、あっ! やめなさいっ!」


俺は、レイカの腰のあたりに小さな機械を見つけた。


「あった!」


俺はその機械をつまみ出す。


「椿宗介! 謝りなさい。 私の体によくも触れたわね」
「はいはい。 ごめんなさい。 でも、見つかったぞ」
「・・・ふん。 で、その発信機、どうするつもり?」
「この辺に捨てようぜ」
「いいえ。 三田を困らせないといけないわ。 そうね、この発信機を海外に郵送するっていうのはどう? そしたら三田は海外まで私を探しに行くことになるわ」
「・・・悪知恵だけは働くんだな」
「新しい指令です。 あそこにいる小汚い鳥を捕まえて来なさい」
「鳥? あぁ、あの鳩か」
「その鳥の足にその発信機を取り付けるのよ」
「・・・色々とよく考え付くな」
「鳥を捕獲せよ! 行け!」


・・・俺はしぶしぶ鳩を捕まえる。


「発信機を付けなさい! やれっ!」


・・・ごめんな。

ちょっと付けさせてもらうぞ。

俺は鳩の足に発信機を付けた。


「鳥よ! 遠くへ行きなさい! この世の果てまで飛んで行きなさい。 そして三田を混乱させるのよ。 飛べっ!」


俺は鳩を逃がす。


鳩は遠くへ消えて見えなくなった。


「行っちゃったな」
「これで三田が私の居場所を特定することは不可能になったわね。 お疲れ様」
「・・・じゃあ、俺の役目も終わりだな」
「何を言ってるの? これからじゃない。 場所を移動するわよ。 そうねぇ、どこかの別荘に行きましょう。 あなた知らない?」
「知らないっ! ・・・てかさ、なんでピアノがやりたくないわけ?」
「つまらないからよ。 クラシックなんてやりたくないわ」
「ジャズだっけ? ヘンリー・ピーターソン」
「そうよ。 支給したCDは聴いてくれたかしら?」


やべっ・・・。

聴いてなかった。

適当に合わせるか。


「も、もう最高だよな! 俺、感動しちゃった」
「当然よ。 私もああいう音楽がやりたいわ」
「やればいいじゃん」
「無理よ。 お父様はジャズなんて認めてくれないもの」
「そっか」
「場所を変えて。 もっとマシなところはないのかしら?」
「この町でレイカの気に入る場所なんて、レイカの家くらいじゃないか?」
「・・・行きたいところがあるわ。 ついて来て」
「え? あ、うん」


イカはスタスタと歩き出した。




 

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「ここよ」
「ここって、向台台駅前か?」
「新しい指令よ。 今から向井台ホールに潜入します」
「向井台ホールって、レイカがこの前、コンサートをやってたとこじゃん」
「そうよ。 今日、そこで、野蛮な女がピアノの練習をしているらしいのよ」
「野蛮な女?」
「わざわざホールまで貸し切って練習するなんて、どういうつもりかしら」
「それって、右近シズルのこと?」
「彼女、私が今度、出演するコンクールにエントリーしてきたのは知ってるでしょ? お父様に右近さんの出演を辞めさせてっていったのに、出来なかったみたいなの」
「てことは、レイカと右近シズルが同じコンクールに出るってことか?」
「それだけは絶対にいやだわ。 あの人が出るような下品なコンクールなら私が辞退するわ」
「だから、逃げ回ってるのか?」
「違うわよ。 もうクラシックはやりたくないだけ」
「で、なんでわざわざウコンの練習なんて見に行くんだ?」
「右近さんがどんな無様な演奏をするのか、見ておこうと思って」
「性格悪いな・・・。 右近シズルって剣術部だろ? ピアノなんて出来るのかよ」
「バカにするチャンスだわ。 行くわよ」


・・・バカにしたいだけなのか。

イカと俺は向井台ホールに潜入した。





向井台ホールのロビーに入ると、ピアノの演奏が響き渡っていた。


「お! もうやってるみたいだな」
「そうみたいね。 あんな野蛮な人が鍵盤を上手く叩けるのかしら? 力余って、ピアノを破壊しないか心配だわ」


会場からピアノの音色が流れてくる。

流れてくる旋律は優しく、儚いメロディーだ。

はっきり、くっきりと硬質ながら明るい音が響き渡る。

音の粒が溢れるように耳に押し寄せてきた。


「へぇ~。 良くわかんないけど、ちゃんと弾けてんじゃん」


俺は、適当に感想を言った。


「そうね・・・思ったより、マシじゃない」
「素人の意見だけど、これじゃあ、レイカの足元にも及ばないんじゃないか?」


ピアノの音色がピタリと止んだ。


「練習、終わったのかな?」
「・・・本当に、右近さんのピアノかしら?」
「え?」
「今の演奏よ。 誰か、別の人じゃないわよね?」
「右近なんじゃないの?」


イカの表情に焦りが見えた。


「なに? そんなに今の演奏いいの?」


イカは無言でいる。


「あな? あなた、神山レイカさんじゃない?」


ホールから、右近が出てきた。

 

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「・・・お久しぶりね」

「あなた、椿宗介? でしたわね?」

「よう!」

「わざわざこんなところまで、神山さんともあろう人が何しにいらしたのかしら?」
「たまたま、前を通りかかったら、耳障りな曲が聴こえてきたもんだからつい、入ってしまったわ」

「耳障り? あら、ごめんなさいね。 神山さんに聴いてもらえるレベルじゃなかったわね」


・・・なんだこの重い空気は。


「右近さん、棒を振り回すお遊びはもう辞めたのかしら?」

「・・・剣術のことかしら? 辞めてないわ」

「なんで、コンクールなんかに出場したの? 棒を振り回していればいいのに」

「それが、お父様がどうしても参加しろってうるさいのよ。 私はピアノなんて、退屈だからやりたくないって言ったのに」

「迷惑だわ・・・ううん違うの。 あなたみたいな野蛮な人、じゃなかった、活発な人にはピアノなんて繊細なことはあわないでしょ?」

「そうよね。 ピアノってレイカさんみたいな、みみっちい人間・・・じゃなかった、か弱い人間がやる道楽ですものね」

「・・・道楽。 まぁ、チャンバラとかいう暴力行為よりは幾分かマシだと思うけど」

「チャンバラじゃなくて、剣術ですわ」

「エントリーする気かしら?」

「もちろんよ。 でも、神山さんに勝ってしまったら、どうしましょ」

「・・・ありえない話ね」

「そうね。 私なんて、幼い頃に少しピアノをかじっただけですもの。 経歴としては、コンクールで数々の賞を頂きましたわ。 それから、海外で音楽の英才教育も受けましたの」

「・・・あなた、ピアノの経験があったのね」

「でも、すぐにマスターしてしまって、やることが無くなってしまいましたの」

「・・・」

「剣術の稽古をサボってまで、ピアノコンクールなんて出たくないんですけど、お父様がどうしてもというものですから」

「レイカ?」

「ごめんなさいね。 でも神山さんには勝てませんもの、お手柔らかにお願いしますわ」

「・・・当然よ。 恥をかく前に、チャンバラにお戻りになったら?」

「そうですわよね。 もしもピアノコンクールで私が勝つようなことがあったら、神山さん、屈辱ですものね。 あ、それから、チャンバラではなく、剣術ですわ」

「同じようなものよ。 では右近さん、ごきげんよう。 ・・・行くわよ。 椿宗介!」

「あ、うん」


イカはホールを出た。


「お互いに、がんばりましょうね!」





「・・・右近さんがピアノをやってたなんて・・・下品だわ」


イカは怒りを押し殺している。


「右近がいくらピアノやってたからって、レイカには到底かなわないんだろ?」
「当然よ! 言っておきますけど、私、出場したピアノコンクールは全部優勝してるのよ」
「すげーな。 だったら尚更、次のコンクール楽しみだな。 レイカVS右近の傲慢対決!」
「・・・私は出場しないわ。 何度も言わせないで」
「どうしてだよ。 にっくき右近シズルに恥をかかせるチャンスだろ」
「・・・あなたの家に行くわよ」
「うち?」
「当然でしょ。 コンクールが終わるまではお屋敷には戻れないわ」
「うちはまずいって!」
「どうして? ・・・あ、そうか。 あなた、役に立たたないわね」
「戻ったほうがいいと思うぞ。 三田さんも心配してるだろうし」
「戻らないって言ってるでしょ。 ・・・あら?」


──「こんにちは。 二人とも何してるですか?」


「佐田さん、いいところに現れたわね」

「はい。 お散歩をしていました」

「椿宗介、行く先の変更を告げます。 新しい行く先は、佐田さん、あなたの家よ!」

「はっ! あたしの家! ・・・なんのことですか?」

「説明してる暇はないわ。 佐田さんの家に行くわよ」

「分かりました。 リコの家はこっちです!」


リコは方向を変え、歩き出した。


「おい、物分かり良すぎじゃね?」

「椿宗介、何をしてるの。 任務はまだ終わってないわ。 あなたも早く来なさい!」

「俺もかよ・・・」


しぶしぶリコとレイカの後を追った。





「着いたです。 リコのお家はここでございます」

「悪くないわ。 思ったよりもいい建物ね」

「ここの10階がリコのお部屋になります」

「10階? なんだ一部屋だけなのね」

「当たり前だろ」

「まぁいいわ。 佐田さん、案内して」

「こっちです」


俺たちはリコの部屋へ向かった。





「お邪魔するわよ。 ・・・なかなか狭いわね」


イカはズケズケとリコの部屋に入っていく。

 

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「あのぅ・・・レイカさん、靴を脱いでください」

「どうして? 靴を脱ぐなんて話、聞いたこともないわ」

「お願いです。 リコの部屋が泥だらけになります」

「分かったわ。 脱いであげるわよ。 ありがたく思ってね」

「ありがたき幸せ」

「あなたたちレイカ会の方々に重大なお知らせがあります」

「なんだよ」

「今日からこの部屋は、私の部屋になりました」

「はっ!」

「・・・なんだそれ」

「狭くて居心地は悪いけど、くつろいでちょうだい」

「の、乗っ取られた・・・」

「佐田さん、冷たい飲み物を用意して。 うんと冷たいものよ」

「か、かしこまりました」


リコは台所に走る。


「椿宗介、あなたはローストチキンを買ってきなさい!」

「断る!」

「断らせません! 早くチキンを用意して!」

「レイカ様! 冷たい飲み物でございます!」

「佐田さん、動きがいいわね。 口座に多額のお金を振り込んでおきますからね」

「嬉しいです。 そのお金でミルティーchanのDVDボックスを買います」


リコは完全に僕と化している。


「凄いことに気が付きました」

「なにかしら?」

「ミルティーchanとレイカ様は、似ています」

「・・・確かに。 全てを金で解決するところとかそっくりだな」

「ふーん。 どうでもいいわ。 そんなことより、椿宗介、チキンはまだかしら?」

「あのさぁ・・・」

「何かしら?」

「なんでそんなにコンクール出たくないわけ?」

「クラシックはやりたくないって何度言えば分かるのよ」

「本当にそれだけか?」

「そうよ。 それに右近さんが出るようなコンクールに何で私が出なきゃいけないのよ」

「右近シズルねぇ・・・」

「右近シズル、危険人物リスト001よ」

「そうなのか」

「私は、やりたくないことは、やらない主義なの。 だから、コンクールが終わるまで、私は逃亡し続けますから、お二人もそのつもりでいてね」

「ということは、コンクールが終わるまではこの家は、レイカさんの家になるということですか?」

「良かったわね」

「グハッ・・・あたしの部屋が消滅しました」

「今日は、パーティをしましょうか?」

「パーティ? なんの?」

「私の逃亡記念パーティよ。 ケーキを買ってきて」

「もう、お店も閉まってます・・・」

「閉まっていたら、開ければいいじゃない」

「なんなんだ・・・この我がままっぷりは・・・」

「ケーキ! ケーキ! ケーキ! ケーキ!」


謎のケーキコールが始まった。


「ケーキ! ケーキ! ケーキ! ケーキ!」

「真似してないで、早くお店のシャッターを開けて来なさいよ」

「あ、確か冷蔵庫にケーキがあったかもしれません」

「なんだ。 だったら早く持ってきて」

「あのさ、俺、そろそろ帰るよ」


さすがに泊まるわけにはいかないしな・・・。


「帰るですか? ケーキ食べていけばいいのに・・・」

「分かったわ。 今日はご苦労様。 明日からもしっかりと働いてちょうだいね」

「・・・」

「佐田さんは、ここに住んでもいいわよ」

「す、住みます。 住まわせてください」

「じゃあな・・・」


俺はリコの部屋を出た。





イカ、このままリコの家に居座るつもりなんだろうか・・・。

まぁリコも一人だと寂しいみたいだし、なんだかんだで上手くやっていける気もするが・・・。

ビルの隙間から強い風が吹いた。

もうすぐ、夏か。

俺は下からリコの部屋を見上げた。

イカのやつ、そこまでピアノコンクールを嫌うことないのに。

いくらクラシックが嫌いだとしても、家出まですることないのに。

俺は携帯を取り出した。


『マコトへ』


メールをうつ。


『今日は、朝から我がままで傲慢なお嬢様に付き合わされたよ。 一方的に拉致られて、あちこち連れまわされました。 マコトは何をやってたんだ? 最近、メールが・・・メールが・・・蛋白でごめん。 その、なんていうか・・・』


俺はメールをうつ手を止めた。

文章を全部削除する。


『今日は一日、家で寝てました。 夢でピアノを弾いていたんだ。 クラシックなんだけど・・・。 まぁ、とりわっけ何もない一日だったよ。 それじゃ・・・また、メールするね』


俺はメールを送った。





「おはようございます。 今日の連絡事項は2点です」


栗林がホームルームを開始する。


「間もなく道場の取り壊しの業者が下見に入りますので、道場付近には決して近づかないようにして下さい」


もうすぐ取り壊しか・・・。

早く部員を集めないとな・・・。


「それから、もう一点。 隣のクラスの神山レイカさんが昨日から消息を絶ちました」

「神山さんが、いなくなったって・・・。 先生、それは本当ですか?」

「ええ。 神山社長から、学園に連絡が来ています。 昨日の朝、出かけたきり、戻って来なかったみたいなの」


・・・なんか大変なことになってるな。

 

「どんな情報でも構いません。 このクラスで、神山さんを見た人はいない?」


俺はリコを見たが、ぼんやりしている。


「椿くん、何か知らないかしら?」

「え!? いや・・・なにも」

「あなた、レイカ会に入っているって聞いたんだけど」

「入ってませんよ」

「そう。 もしも、何か知っていることがあったら、ちゃんと伝えるように」

「・・・はい」


栗林は教室を出て行ってしまった。


「神山さん、どこに行ったんだろうね」

「あのお嬢様のことだ。 どこかでのんびりバカンスでも楽しんでるんじゃないか?」

「でも、家の人も行く先知らないなんて、変だよね。 もしかして、何か事件に巻き込まれたとかじゃないよね」

「それはないだろ」

「どうして言い切れるの? 神山さんの家はお金持ちだから、誘拐されたりするかもしれないでしょ」

「それはないです」

「リコ? ・・・何か知ってるのか?」

「とにかく、誘拐は絶対にねーよ」


──「失礼するよ」


教室に三田さんが入ってくる。


「やぁ、椿くん。 君たちにちょっと話を聞きたくてね」

「どうしたんですか?」

「廊下でゆっくり話そうか?」





「話って、レイカのことですよね?」

「そうなんだよ。 レイカ様が、あの後もも戻って来なくてね」

「昨日も探してましたもんね」

「何か知っていることはないかい? どんな些細なことでも構わないんだが・・・」


正直に、言ったほうがいいのかな・・・。


「知らないです。 リコは、何も知らないです」

「君は、たしか・・・佐田さんだね」

「はいです。 あたしはレイカさんの居場所など、決して知らないです」

「そうか。 ありがとう」

「警察には言ったんですか? 何か事件に巻き込まれていたら大変ですよね?」

「今日、見つからなかったら、その事も視野にいれている。 まぁ警察よりも優秀な捜索隊が神山グループにはいるからね」

「お嬢様ひとり見つけられないようじゃ、側近としては失格だな」

「ほんとにその通りだよ。 誰かがレイカ様の失踪の手助けをしてなきゃいいんだが」

「どういうことですか?」

「レイカ様をかくまっている人間がいると、私はみているんだ」

「協力者か? あの我がままなレイカをかくまうとなると、相当苦労しそうだな。 そんな物好きがいるとは思えんが」

「ギクッ」

「リコちゃん、どうしたの?」

「なんでもないです・・・」

「レイカ様はスケジュールでいっぱいなんだ。 だから、一日でもいなくなられると困ってしまうんだ」

「そうなんですね。 三田さんも大変ですね」

「もう何件もキャンセルの電話を入れていてね。 いつ戻ってくるか分からないから、当面の予定を白紙に戻さなければいけないんだよ」

「どこに行ったんだろうな。 心当たりはないのか?」

「それが、上空を徘徊しているみたいなんだ・・・」

「上空?」

「いや、なんでもない」


そうか・・・鳩に発信機を付けたもんな。

そりゃ見つかるわけないか。


「君たち、本当にレイカ様の居場所を知らないんだよね」

「ごめんなさい。 分からないです」

「見つけたら連絡するよ」

「椿くんも、頼むよ・・・」

「・・・は、はい。 もちろんっすよ」

「見つけてくれたら、お礼はさせてもらうよ」

「お礼? それはお金か?」

「好きなものをなんでも、買ってあげよう」

「キュウリもか?」

「キュウリ? もちろん、好きなだけ買ってあげるよ」

「鈴木さん! 手分けして探すぞ!」

「・・・ヒカルちゃん・・・」

「時間をとらせて、すまなかったね。 じゃあ」


三田さんは去って行った。


「神山さん、どこに行っちゃったんだろうね」

「・・・」


俺はリコの方を見た。


「・・・知らないです」

「なぁ椿、知っているんじゃないか?」

「え!?」

「レイカのいる場所だよ」


す、鋭いヤツ・・・。


「ほんとにしらないんだって」

「なら、いいんだが」


俺は適当に誤魔化した。

リコはかたくなに隠している。

イカをかばっているのかな・・・。

ここはリコに任せるか。




 

俺はレイカの様子を見るため、リコの家にやってきた。


「あら、椿宗介。 遅かったじゃない」

「あのさ、ちょっと大変なことになってるぞ」

「大変なこと? 何かしら」

「レイカさんのこと、みんな探しています」

「それがどうしたの?」

「どうしたのって、学園中、大騒ぎだぞ」

「それは賑やかでいいわね」

「そうじゃなくて、学園に三田さんまで来ててさ」

「三田が? しつこい男ね。 こわい、こわい」

「スケジュールが飛んで、困ってるみたいだぞ」

「困ればいいじゃない。 そして、イライラして、お菓子を食べて、どんどんと太ればいいのよ」


イカはボリボリとスナック菓子を食べている。


「これ、美味しいわね。 食べたことない味だわ」

「あまり、食べないで下さい。 リコの分が無くなるです」

「あとで、大量に購入しておきなさい。 庶民の食べ物もなかなか美味しいわね」

「そうやって、お菓子ばっかり食べてたら、レイカの方が太るぞ」

「お屋敷には戻りませんから。 三田に聞かれても、絶対に私がここにいることは言ってはダメよ」

「もういいだろ。 コンクールに出ればいいじゃん。 どうせレイカが優勝するんだし。 いつなの? コンクール」

「明後日よ。 明後日のコンクールが終わるまでは、少なくともここにいますから」

「明後日・・・わかりました」

「あんな馬鹿げたコンクールなんて出てられないわよ」

「三田さんが、神山グループの捜索隊に頼むとかいってたぞ」

「それは本当なの? だとしたら、厄介なことになりそうだわ」

「なに? そんなに凄いの? その捜索隊」

「神山グループが誇る最強の情報部隊よ。 うかうかしてたら、このマンションごと爆破しかねないわね」

「それは困ります。 住むところが無くなるです」

「あなたたち、とんでもない部隊を敵に回すことになりそうね」

「・・・はぁ?」

「私を命がけで守ってちょうだい」

「・・・俺、三田さんに言ってくるわ」

「待ちなさい! 裏切る気?」

「・・・」

「出たくないのよ・・・あのコンクールだけには」

「レイカさんがやりたくないことは、しないほうがいいです。 レイカさんはリコの友達です」

「・・・友達? なんども言わせないで。 あなたは僕よ」

「しもべ友達です。 だから、リコは絶対にレイカさんがここにいることは内緒にするです」

「・・・佐田さん」

「どうなっても知らないからな。 好きにしろよ」

「・・・なんだか、喋っていたらお腹がすいたわ」

「・・・スナック菓子を食いながら言うなよ」

「二人とも、新しい指令です。 すぐに食事の用意をしなさい」

「・・・冷蔵庫に食糧あるのか?」

「もう、すっからかんです。 レイカさんが一人で食べてしまいました」

「はぁ? 一緒に食べたでしょ。 私、一人のせいにしないで」

「鳥さんたちの餌が少しだけあります」


リコは袋に入った鳥の餌を取り出した。


「どうするんだ?」

「鳥さんたちのご飯の時間です」


リコはそう言うとベランダに出て行く。


「ベランダで鳥を飼ってるのか」

「違うわ。 佐田さん、餌を撒いて、鳥が寄ってくるのを楽しんでるだけよ。 行動が理解できないわ」

「なぁ? 本当に戻らない気か?」

「コンクールが終わったら戻るわよ。 こんな狭いところに長くはいられないわ」

「そっか・・・」

「そんなことより、さっさと食糧の買出しに行って来なさい! 佐田さん! 鳥なんてどうでもいいから、私のディナーの準備を早急に手配するのよ!」

「は、はいです。 宗介くん、一緒に買い物に出かけましょう」

「・・・分かったよ」


俺とリコは部屋を出た。





「どこに買い物に行きますか?」

「レイカって普段、どんなもの食ってるんだろうな」

「高級なものです。 安いものは口にしません。 でも、ドッグフードを出したら、これは美味しいといって食べてました」
「え? ドッグフードだしたのか?」
「もう、それしかなかったので・・・つい」
「レイカの舌も良く分からないな。 とりあえずスーパーにでもいってみるか」


──「やぁ、椿くん。 こんな所で何してるんだ?」


三田さんがどこからともなく現れた。

俺は少しだけ身構えた。


「ちょっと、買い物に・・・」


三田さんは手にこの前の機械を持っている。


「レイカ見つかりましたか?」


俺は白々しく聞いた。


「それが、まだ見つかってないんだよ」

「そうですか」

「君たち、レイカ様を見かけたりしてないよね?」

「見かけてませんよ」


リコは平然と言い放った。


「おかしいなぁ・・・この辺りにいるはずなんだが・・・」


三田さんは機械をいじっている。


「その機械、なんですか?」

「なんでもないよ。 10階か・・・」

「え?」

「ひとつ聞きたいんだが、ここは佐田リコさんのお宅かい?」

「ち、違います」

「違うのか? おかしいなぁ・・・」

「私は家がありません。 外で生活しています」

「外で? それは本当かい?」

「そうです。 このマンションに住んでいる自分をシミュレーションして遊びます」

「それは楽しそうだね」

「レイカさんの居場所など、リコは全く知りませんし、レイカさんとも友達ではないので、リコの家にはいません」

「・・・君の家にいるとは言ってないんだが・・・」

「グハッ・・・。 そろそろ行かなきゃ」

「隠してないよね? 椿くん」

「いや、俺は・・・知らないです」

「はっ! そういえば、駅前付近でレイカ様のそっくりさんが、変な踊りを踊っていたのを見ました」

「そっくりさん?」

「はい。 多分、あれは、そっくりさんです」

「私は別にそっくりさんは探してないんだが・・・」

「では、そっくりさんが必要な時は駅前に行ってみてください。 それでは・・・」


やべぇ・・・完全に怪しいよ。

三田さんの目が怖い・・・。


「ちょっと待って。 ウソをついてはいけないよ」

「ついてません! リコは生きていて一度もウソはついたことがありません」

「・・・レイカ様に言われたのか?」

「はて? なんのことだか。 レイカ? それは誰ですか?」

「・・・初めてみたよ」

「え?」

「私以外でレイカ様をかばう人間をだよ」


三田さんはクールに笑った。


「・・・ほんとに知らないんです。 行くぞ、リコ」

「はいです。 それでは三田さん、さようなら」

「あ、待って。 ・・・負けず嫌いのレイカ様をよろしく」

「・・・どういう意味っすか?」


三田さんはそのまま去っていった。

バレてんのかな・・・。


「ふぅ・・・危ないところでした。 完全に騙しきれましたね」

「バレてると思うぞ。 でも、なんでそんなにレイカをかばうんだ?」

「レイカさん、嫌がってるから。 だから・・・」

「分かったよ。 じゃあ、行くか」


とりあえず、レイカの夕飯の買い出しに行かないとな。





俺たちは、はるかの店で食料を調達することにした。

店では、はるかがせわしなく働いている。


「よぉ、はるか!」

「宗介! リコちゃんも。 二人してどうしたの?」

「食糧を買いにきたです。 高級な野菜を下さい」

「高級な野菜? うちは安くて新鮮が売りだからなぁ」

「じゃあ、はるかチョイスで、すげぇ美味いやつ頼むよ」

「そうだなぁ、じゃあ、カボチャなんてどう?」

「はい。 リコはカボチャ好きですから、それをください」

「ねぇ? この後、何かあるの?」

「いや、なんもねーよ。 リコが野菜を食いたいっていうから、付き合ってるだけ」

「宗介、私に何か隠してるでしょ?」

「隠してねーよ。 なぁ?」

「隠してません。 カボチャ頂きます」

「なんか怪しいなぁ~。 あ、神山さん見つかったのかな?」

「まだみたいだぞ」

「どこにいっちゃったんだろ。 無事だといいけど」

「きっと無事です。 ピンピンしてるはずです」

「だといいんだけど。 一人で寂しくしてたら、可愛そうだなぁって思って」

「いや、図太く生活してると思うぞ」

「店が終わったら探しに行こうかな・・・」

「そんなに心配か?」

「当たり前じゃない」

「でも、はるかは、レイカの危険人物ファイル002なんだぜ? むこうはお前のこと、そういう風に思ってるのにさ・・・」

「そんなの関係ないよ。 私、神山さん、好きだよ。 我がままで、傲慢で、ちょっと取っつきにくいところもあるけど・・・。 素直で、まっすぐで、本当は優しくて。 でも不器用な人なんだと思う」

「へぇ~。 そんなもんかね」

「私が転校しなきゃいけなくなるかもしれなかった時、あったでしょ。 あの時、神山さん、寂しくなるわねって言ってくれたの」

「そんなことあったな」

「たった一言だったけど、嬉しかったなぁ・・・。 口では綺麗なこというけど、本心の見えない人よりも、ずっと信頼できるもん」

「そうです。 レイカさんは、我がままだったりもするけど、優しいところもいっぱいあるです」

「いなくなると、やけに褒めるな。 でも、あいつその話聞いたら喜ぶだろうな」

「そうかなぁ? 私を褒めるなんて、何様のつもり! って怒られれそう」

「俺たちも探してみるから・・・まぁ、はるかはそんなに心配するな」

「うん。 じゃあ、カボチャの他にもサービスしとくね!」


はるかは袋に野菜をたくさん詰めてくれた。


「サンキューな!」


俺とリコは部屋に戻ることにした。





部屋に戻ってくるとレイカは隣の部屋で寝ていた。


「レイカさん、気持ち良さそうに寝ています」
「どうする? このまま起きないでもらえると助かるんだけどな」
「あ、鳥さんたちに餌をあげなきゃ」
「さっきやってただろ」
「鳥さんたち、いっぱい食べます」


リコはベランダで鳥達に餌をあげはじめた。


「なんの鳥がいるんだ?」
「カラスさんと、スズメさんと、なんだか分からない種類の鳥さんと、あと、鳩さん!」
「色んな鳥が集まってくるんだな」
「はい。 特にこの鳩さんが一番食べます」
「鳩がねぇ・・・ん? 鳩!?」


俺はリコが餌をあげている鳩を見た。


「どうしたですか? 宗介くんは鳩好きですか?」
「そうじゃなくてさ・・・この鳩・・・」


俺は鳩の足に発信機が付いているのを確認した。


「あれ? この鳩さん、足に機械が付いてます。 なんででしょう?」
「・・・運が悪いな」


なるほどな・・・。

だから三田さん、レイカがここにいることが分かったのか。


「おとなしくしててくれよ」


俺は鳩から発信機を取り外し、足で踏み潰した。


「なんだか良く分かりません・・・」
「気にするな。 もう大丈夫だから」
「レイカさんが起きる前に、料理を作り上げるです」
「リコ、料理できるのか?」
「できません。 宗介くんは出来ますか?」
「・・・少しだけな」
「おぉ! それは楽しみです」
「仕方ないな。 ちょっと台所借りるぞ」


親父が生きていた頃に少しだけ習った記憶がある。

親父は料理が得意だった・・・。

あまりおぼえてないが。

俺は今の男は料理が出来なきゃダメだと思ってる。

この先、俺は一生一人かもしれないから、自分の食事くらい、自分で作れる男になりたい。

・・・キッチン用具はそろってるな。

俺はカボチャの皮を剥いて、一口大に切って鍋に入れた。


「おぉ! 宗介くん、本格的ですね。 わくわく」
「大したもんは作れないけどな」


適当に調味料を入れ、火にかけた。

はるかから貰った野菜を切り、皿に盛る。

ドレッシングを作り、上からかける。

しかし、野菜ばっかだなぁ・・・。

まあ、ヘルシーブームだし、いいとするか。


「どんなのできるかなぁ~♪ どんなのできるかなぁ~♪」
「なんだよその歌」
「どんなのできるかなの歌です。 リコが作りました」
「あんまり期待するなよ」
「宗介くんが、料理できるなんて思ってもみませんでした。 人は見かけによらないです」
「・・・だろ? あ、俺が料理出来ることは、はるかには内緒だぞ」
「どうしてですか? はるかさんにも報告しなければ」
「はるかって、あんまり料理上手くないんだよ。 だから、あいつには内緒にしといて欲しいんだ」
「分かりました! 言いません」
「うん」


俺は居間に料理を運んだ。


「・・・遅い。 遅すぎるわ!」

「レイカ・・・起きてたんだ?」

「起きてたわよ。 というよりも、寝ていないわ。 寝たふりをして、あなたたちの働きぶりを見ていたのよ」

「ぬ、抜き打ち!」

「だらだらとクダラナイことばかり、おしゃべりして、いっこうに料理を作らないのね」

「もう出来たから。 口に合うかは分からないけどさ」


イカは俺の料理をジロジロと見ている。


「なんだか、地味な料理ね。 佐田さん、先に食べなさい」

「・・・毒見?」

「そして、味を私に報告しなさい」

「はい。 モグモグ・・・」


リコはカボチャに手を伸ばす。


「お、おいしいです・・・。 モグモグ・・・こっちも美味しいです」

「良かった」

「ふ~ん。 あ、でも大事なこと言い忘れてたわ。 私、お野菜は嫌いなの」

「・・・」

「お肉が食べたいわ。 椿宗介、作りなおして」

「肉、ねぇーよ」

「だったら買いに行って来て。 売っていなかったら、ブタや牛を飼育するところから始めればいいじゃない」

「せっかく、宗介くんが作った料理です。 食べるですよ」

「いやよ。 私、野菜を食べるとイライラしてしまいますもの」

「じゃあ食うな。 肉は買って来ないから」


俺はレイカのあまりに上からな態度にイラッとした。


「お肉が食べたい! とびきりのお肉が食べたいの!」


イカは子供のように駄々をこねた。


「だったら、自分ちに帰れよ」

「・・・帰れないわ」

「なんでコンクール出るのが、そこまで嫌なんだよ」

「クラシックなんて弾いていられないからよ」

「でも、いままでずっと弾いてきたんだろ?」

「・・・そうだけど」

「家出する程のことか? それとも、それ以外にも理由があるのか?」


イカは顔を歪め、しぶしぶ口を開いた。


「もう・・・うんざりよ。 お父様にも三田にも」

「どうして?」

「窮屈なのよ。 うちは代々続く由緒正しき神山家。 しきたりも厳しいわ。 休みなんてほとんどないもの。 政治家との会食、企業のパーティ、著名人との交流会、寝る時間なんてほとんどないわ」

「・・・かわいそうです。 リコは寝るのが大好きです」

「遊びに行く暇なんて、ここ2年くらいないわ。 どれもこれも神山家の付き合いと称した仕事」

「友達と遊んだりは?」

「もともと友達なんていないわ。 興味もないし・・・」

「リコは友達ではないですか? 昨日の夜は楽しかったですよ。 トランプしました」

「佐田さん、ずるばかりするんですもん。 ちっとも楽しくなかったわ」

「でも、レイカさんは負けるとトランプを破ります。 リコのトランプはなくなりました」

「当然よ。 私が負けるだなんて、あってはいけない話ですもの」

「お前がコンクールに出場することや、家に帰りたくない理由はなんとなく分かったよ」

「・・・わがまま言って、ごめんなさい」

「え?」

「あなたにも、迷惑かけてることは分かっているわ」


・・・。


「でも、その・・・今は助けて欲しいの・・・私、頼る人が、その・・・椿宗介しかいないから・・・」


イカは恥ずかしそうに呟いた。

お金持ちで、なんの苦労もしてない、お気楽なお嬢様だと思っていたが、金持ちなりの苦労があるんだと、俺は感じた。


「コンクールが、終わるまではいさせて。 もうクラシックはやりたくないから」


イカは俺の作った、サラダに手を伸ばした。


「食うのか?」

「・・・他に食べるものがないからよ・・・」


イカはサラダを口に入れた。


「・・・おいしい」

「だろ?」

「・・・野菜は嫌いだけど、このサラダは・・・おいしいわ」

「俺の腕もあるけど、なんたって鈴木青果店の野菜だからな」

「鈴木さんの・・・」


イカはほっとした表情を見せた。


「レイカさん・・・ウソついてますね」


リコが突然、呟いた。


「ウソ? なんのことかしら」

「レイカさん、コンクールに出たくないのはクラシックだからじゃないです! ウソです!」

「な、何を言ってるの!? ウソなんかついてないわ!」

「いいえ。 ウソをついています」

「佐田さん? あなたに何が分かるのよ! どうウソをついてるかいってちょうだい!」

「なにがウソかまでは、分かりませんがとにかく、レイカさんはウソを言っています! それは絶対です!」

「証拠みせなさいよ! ウソをついてるって証拠を!」

「証拠はリコです。 なぜならば、リコは人のウソを見破る能力があるからです!」

「そんなの証拠にならないわ! ふざけないで!」


イカとリコは口論を始める。


「いいえ。 この能力だけは譲れません! リコはウソつきだから、人のウソも分かるんです!」

「なんなのよ、その自信は! 私に盾突かないで!」

「いいえ。 リコの特殊能力は絶対です! レイカさんはウソをついてます!」

「おい、リコ・・・」

「頭にきたわ! 佐田さん、ここから出て行きなさい!」

「い、いやです」

「出て行きなさいよ! ここは私のお家よ! 私のお家から今すぐ出て行って!」

「いや、ここはリコの家なんだが・・・」

「出て行きません! レイカさんがウソを認めるまでリコはここにいます!」

「もう、なんなのよ! 私、ウソなんてついてないわよ!」


イカは別の部屋に行ってしまった。


「おい、ウソついてるってどういうことだ?」
「レイカさんがコンクールに出たくないのは、ピアノがやりたくないからだけじゃないです」
「・・・なるほどな」
「ウソつきはウソつきの気持ちがよくわかるです」


・・・レイカのあの取り乱し具合からして・・・。

どうやらリコの言ってることは正しいようだな・・・。


「とりあえず、レイカのこと頼むな」
「はいです。 朝になれば、レイカさんは多分怒ってないです」
「だといいな。 じゃあ、俺は帰るよ」
「さようならです。 あ、お料理、美味しかったです。 また作ってください」
「・・・あぁ」


俺はリコの部屋を出た。





俺は部屋に戻った。

他人に料理を作るなんて、何年ぶりだろう・・・。

俺はどこか物凄い罪悪感を感じていた。

・・・俺は。

不意に携帯が鳴った。

誰だ?

俺はディスプレイを確認する。


・・・佐田リコ。


俺は電話に出た。


「もしもし・・・」
「宗介くんの携帯ですか?」
「ああ。 何かあったか?」
「レイカさんが・・・」
「レイカに何かあったのか!?」
「その・・・」


俺は少し動揺した。


「その・・・寝ました」
「・・・ん?」
「ぐっすりと寝ています。 その報告です」
「なんだよ、びっくりさせんなよ。 何かあったと思うだろ」
「レイカさん、寝てるときは大人しいです」
「当たり前だろ。 寝てる時までうるさいヤツなんていねぇーよ」
「そうですね・・・」
「それだけか?」
「それが・・・なんだか、寝てる時にブツブツ言ってたんです」
「寝言か?」
「・・・負けたくない・・・負けたら認められない・・・人に認められない・・・って」


俺はハッとした。


「悲しそうでした。 それだけです」
「そうか・・・」
「では、報告でした。 おやすみなさい」
「おやすみ」


俺は携帯を切った。

負けたくない・・・。

認められない・・・。

なぜレイカがコンクールを避けるのか、分かった気がした。

誰にも負けたくないんだ・・・レイカは。

そうか・・・。

俺はベッドにごろんとなった。




 

「今日も神山さん、お休みみたいだね」
「まだ見つかってないんだな・・・」


俺はとぼけた。


「リコも休みだな。 椿、何か知らないか?」

「昨日は元気だったんだけどな・・・」


リコも休みか・・・。

帰りにリコの家にでも寄ってみるか。


「ねぇ宗介? 最近、リコちゃんと仲がいいみたいだね」

「別に、そんなんじゃねーよ」

「ふーん。 ていうかレイカ様どこいっちゃったんだろ。 懸賞金の話聞いた? レイカ様を見つけだした人には、物凄い額のお金がもらえるんだってさ」

「・・・探し出すしかないようだな」

「ヒカルちゃん・・・目が怖いよ」

「心配しなくても平気だよ。 レイカのことだ。 どーせどこかで我がままな生活をしてるよ」

「レイカ様の居場所を知ってるみたいな口ぶりだね」

「なわけねーだろ・・・」


水嶋は変に鋭いところがある。


「んじゃ、俺、先に帰るわ」




 

俺は校門を出た。


「椿くん、待ちなさい」


栗林が俺を呼び止めた。


「なんすか?」
「あなた・・・神山さんの居場所を知っているのかしら?」
「し、知りませんけど」
「そう。 あなたなら知っていると思ったんだけど」
「なんでですか?」
「だってあなた、レイカ会の人間なんでしょ?」
「違いますけど」
「神山さん、まだ見つからないのよね」
「みたいですね」
「困ったわ。 これ以上、学園を無断で休まれると、大変なことになるわ」
「大変なこと?」
「いくら神山グループの令嬢とはいえ、このままこういう状態が続くようなら、退学になる可能性もあるわ」
「それはないでしょ? だってレイカの親父さんは新山学園長と仲がいいみたいだし」
「そうね・・・。 神山グループは新山学園に多額の投資をしているものね。 ただ・・・」


栗林はニヤリと笑った。


「学園側がいつまでも神山グループに頼っているかどうかは疑問だわ」
「どういうことっすか?」
「神山さん、今度、ピアノコンクールに出場するそうね」
「そうみたいですね」
「そのコンクールがとっても重要なイベントであることまでは知らないようね」


重要?


「そのコンクールに、右近コンツェルンのご令嬢がエントリーしたそうよ」


右近シズルのことか・・・。


「聞くところによると、今度のコンクールは、右近と神山のご令嬢のどちらが優れているかを競うコンクールらしいのよ」
「・・・なんだって?」
「学園長がそのコンクールで優勝した方と繋がりを続けていくそうよ」
「てことは・・・」
「万が一、神山さんが、右近コンツェルンのご令嬢に負けるなんてことが起こってしまったら、新山学園は神山グループとの契約を破棄し、右近コンツェルンとの契約に乗り出すみたいなの」
「なんで、たかだかピアノの勝敗で取引が変わるんだよ」
「学園長は優秀な生徒が大好きですからね。 でも、同情するわ。 大人の見栄に付き合わされている、神山さんに」


栗林は白々しく、眉をひそめた。


「ばかばかしい・・・」
「そうね。 ばかばかしいわね。 でもそれが現実。 子供のあなたには分からないでしょうけど」
「子供とか、大人とかの問題じゃねーよ。 人として、どうかと思うね」
「あなたみたいな人間に、人を説く資格があるのかしら? だってあなた・・・」


・・・なんだよ。

言いたいことがあるなら、はっきり言えよ。


「・・・あなたのことはいいわ。 それよりも、神山さんが心配だわ。 もしも、コンクールで負けるようなことがあれば・・・私、神山さんに厳しく指導していかなければならなくなるもの」


栗林は権力のなくなったレイカに仕返しするつもりか・・・。


「でも、神山さんがピアノで負けるはずないものね」
「そうだな。 あいつは天才だからな」
「天才? そういえば右近シズルさんの演奏を少しだけ聴かせてもらったけど、素晴らしい演奏だったわ」
「・・・そう」
「彼女のような人間が、本当の天才かもしれないわね」
「俺は、ピアノのことは良くわかんねーから。 それじゃ」


俺は栗林を置き去りにして、歩き出した。


「神山さんに会うことがあったら、言ってもらえるかしら? 敵前逃亡なんて、みっともないわよって」
「・・・」


俺はその足でリコのマンションに向かった。





俺は繁華街に着いた。

リコとレイカにお土産でも買っていってやるか。

イカはケーキが好きかな・・・。

でも、安いケーキなんて買っていったら食ってもらえないかもしれないな。

慎重に選ばないと。

俺はキョロキョロと辺りを見回した。


わぁ!


突然、視界が奪われる。

背後から何者かが、俺の目を塞いだ。


「おとなしくしろ」


男の声がした。

俺は危険を感じたが、身動きが取れない。


「おまえを・・・殺す」


殺意のこもった声が俺の鼓膜に響いた。

殺す・・・。

俺は背筋に恐怖を感じた。


「・・・だーれだ?」


殺意は消え、聞き覚えのある声がした。


「・・・三田さん?」
「ご名答」


目を塞いでいた手は、すっと消えた。


「椿くん、隙が多すぎだよ。 そんなことじゃ、レイカ様は守れないぞ」


笑顔の三田さんが立っていた。


「・・・もう、ビックリさせないで下さいよ」
「本当に殺されると思ったかな?」
「・・・少し」
「まだまだ修行が足りないようだね。 君は磨けば光る男だと思ってるんだけどなぁ」


三田さんは優しい微笑みを浮かべた。

・・・くそっ・・・悔しいけど、かっこいい。

普段の俺だったら、こういうイタズラは大嫌いだ。

振り返って速攻、殴っているはず・・・。

だけど、三田さんだと許してしまう・・・。

俺はどこかで、この人に憧れているのかもしれない・・・。


「どうしたんですか?」
「レイカ様に伝えて欲しいことがあってね」
「伝えて欲しいって・・・俺、レイカとは会ってませんよ」


俺は誤魔化した。


「そうか。 だったら、レイカ様にこの先、会ったら伝えて欲しい」
「・・・分かりました。 万が一会う機会があったら伝えときますよ。 なんですか?」


三田さんは全てを知っているような口ぶりだ。


「神山社長が、お怒りだ。 神山グループ全体に、良くない空気が流れている」
「レイカの親父さん、怒ってるんですか?」
「ああ。 なんでも、右近コンツェルン代表との会食中に恥をかかされたらしい。 右近コンツェルン代表が自分の娘がコンクールにエントリーしたことで、レイカ様が失踪したのではないかと言ったそうだ」
「・・・そうですか」
「神山社長はどこかで、右近コンツェルンをバカにしていた。 娘は剣術という野蛮なスポーツをやっていると」
「星雲学園剣術部・・・ですよね」
「だが、その野蛮な人間がピアノもやっていたことが判明した。 しかも、なかなかの腕前だというじゃないか。 神山社長としても、面白くないだろう」
「大人の事情ってやつですか」
「椿くんはそういうの嫌いそうだね」
「まぁ・・・」
「その会食以来、神山社長の機嫌がすこぶる悪くてね。 私も困っているんだよ」
「なるほど・・・」
「社長は、もしも、レイカ様がコンクール出場を辞退した場合、レイカ様を勘当するとまで、おっしゃられている」
「勘当って、親子の縁を切るってことですか?」
「そういうことだな。 神山社長はレイカ様に増して、プライドの高い人間だ。 娘とはいえ、自分の顔に泥をぬった人間には容赦しない」
「似たもの親子なんすね」
「一番厄介なことがある。 それは、レイカ様がコンクールに出場し、右近シズルに負けてしまったときだ」
「・・・どうなるんですか?」
「勘当ではすまない事態になるだろうな・・・。 考えただけでも恐ろしいよ」


三田さんは冷たい目をした。


「このことをレイカ様に伝えて欲しい」
「・・・分かりました。 あ、レイカに会えたらですけど」
「私ではダメなんだ。 椿くん、もう君にしか頼めない。 頼んだよ」
「俺にしか頼めないって・・・」
「君は中々の男だと私は思っているよ。 色々と大変だろうが、頑張るんだ」


色々と大変だろうが・・・頑張るんだ。

頑張るんだ。

俺は大人が嫌いだ。

大人は俺を、クズだといった。

大人は俺を、腫れ物に触るように接してくる。

誰も俺を分かってはくれなかった・・・。

三田さん・・・。

この人はどこか、他の大人と違う。

信じていい、大人なのかもしれない。

初めてそう思えた。


「・・・なんとか、やってみます」
「あ、ちなみにレイカ様は、あそこのケーキ屋のチェリーパイが大好物なんだ」
「チェリーパイか・・・」
「それじゃ、期待しているよ」


三田さんは脇に停めてあった高級車に乗り込んだ。

チェリーパイ、買っていってやるか。

俺はなけなしの小遣いで高級なパイを購入し、寂しくなった財布を嘆きつつ、リコの家に向かった。





パイを持って、俺はリコの部屋に入った。


「訂正しなさい! 私をウソツキ呼ばわりしたことを訂正して!」

「嫌です。 リコは間違ったことを言っていません。 レイカさんはウソをついています!」

「強情な人ね! あなたなんかレイカ会から追放してやるんだから!」

「あたしはレイカ会から出ていきません!」

「出て行って! 私の部屋から出ていかないと、危険人物リスト004に追加するんだからね!」

「追加されても構いません!」

「いいから、早く謝ってよ! 謝らなかったら、嫌なことが次々と降りかかってくるんだからね!」

「謝りません! 降りかかってきたらよけます!」


イカは物凄い剣幕でリコを睨む。

リコも負けじと立ち上がり、一歩も引かない様子だ。


「おいおい・・・喧嘩するなって」

「椿宗介は黙ってて。 これは私と、佐田さんの問題なんだから。 ほら! 早く謝りなさいよ!」

「プー!」

「な、なによ! プーって! バカにしないで!」


イカはリコに詰め寄った。


「プププー!」


それでもリコはやめない。


「椿宗介、佐田リコをこの部屋から追い出しなさい!」

「まぁ、落ち着けって」

「これは命令よ! さっさとつまみ出しなさいよ!」

「ニャー!」

「うるさいっ!」

「リコも落ち着けって」

「もう、出て行ってよ!」


イカはリコの腕を掴んだ。


「ほら、出て行って! あなたの顔なんてもう、見たくないわ!」

「や、やめて下さい!」


イカはリコを力ずくで部屋から追い出そうとする。


「出て行ってよ! 出て行け~!」


イカはリコを突き飛ばす。


「お、おい、やめろって!」

「わ、わぁ!!」

「あっ・・・」


イカはリコを突き飛ばしてしまった。

リコの小さい体がそれなりに吹っ飛んだ。


「うぅ・・・」

「・・・」

「おい、リコ! 大丈夫か?」

「・・・はい。 元気です」


リコは力なく、答えた。


「レイカ、なにやってんだよ!」

「わ、わざとじゃないわよ・・・。 あなたの体が軽いから・・・。 それに私は力なんてないし・・・重い物だってほとんど持ったことないし・・・」

「・・・暴力・・・反対」

「あ、あなた、自分から吹っ飛んだんでしょ? 私、力なんていれてないし・・・。 そうよ。 今のは自作自演よ!」

「とりあえず、謝れよ」

「い、いやよ・・・先に悪いことをしたのは佐田さんでしょ。 佐田さんが先に謝ってよ」

「・・・リコは悪いことはしてません」

「だったら、私だって謝らないから。 それに、謝るなんて大嫌い・・・」

「・・・レイカが悪い」

「何よ! 私は悪くないわ。 絶対に謝らないんだから」

「・・・」

「リコ?」


リコは無言で部屋を出て行ってしまった。


「あいつ・・・どこいくんだよ」
「・・・やっと出て行ったようね。 少しは反省したほうがいいわね」
「お前なぁ・・・」
「塩をまいてちょうだい! 私の家が汚れてしまったわ」
「リコの家なんだけどな・・・」
「・・・あなたは帰らないの?」
「さっき、三田さんに会ったよ」
「・・・三田に? なにか言ってたかしら?」
「お前の親父さん、怒ってるらしいぜ」
「・・・当然よね。 私、色々とスケジュールをキャンセルしてるもの」
「もしも、レイカがコンクールに出場しなかったら、親子の縁を切るってさ」
「お父様らしいわね。 のぞむところよ。 私は何があったってコンクールにはでませんから」
「いいのか? それで」
「右近さんが出るような低レベルなコンクールに出ても意味がないわ」
「出場して、負けるようなことがあったら、大変なことになるらしいな」
「それもお父様が言ってたの?」
「会社に傷がつくってさ・・・神山グループにとっては大損害みたいだぞ」
「大人は・・・勝手ね。 いつもそう。 私の気持ちなんて何も考えてないんだから」
「なぁ? 右近シズルのピアノって、そんなに凄かったのか?」


俺はレイカの本心に探りをかけた。


「・・・」
「もしかして、その、違ってたらごめんな。 その、右近シズルに負けるのが怖いのか?」
「負けるのが・・・怖いですって?」
「あぁ」
「・・・右近さんのピアノは・・・素晴らしいわ」


イカは戸惑いながら答えた。


「この前、ホールで聴いて確信したわ。 あれは・・・天才よ」
「天才か・・・」
「私は、小さいころからずっとピアノをやってきたわ」


イカはゆっくりと語り始めた。


「毎日毎日7時間くらいピアノと向かい合って、ずっと努力してきたの」
「英才教育ってやつか」
「色んなものを犠牲にしてきたわ。 まわりの子達が遊んでいるときも、私は常にピアノに集中してきた」
「そうか・・・」
「友達なんて必要なかったわ。 私にはピアノがあったから」


イカはうつむいた。


「なのに、この前、右近さんの演奏を聴いて、私の中の何かが壊れたの・・・」
「壊れた・・・」
「私がやってきた努力を簡単に飛び越えて、いとも簡単にあんな演奏をするなんて・・・」
「そんな凄いのか・・・。 右近の演奏は」
「初めてだわ・・・努力もしないで、人を感動させる曲を弾ける人がいるなんて」


イカの心は塞ぎこんでいく・・・。


「でも、負けるって決まったわけじゃないし」
「ぜったいに負けるわ・・・きっと負ける」
「レイカ・・・」
「もうどうしたらいいのよ・・・逃げるしか方法はないじゃない」


イカの目から・・・涙がこぼれた。


「負けたくない・・・。 私は誰にも負けたくないのよ!」


あの勝気で負けず嫌いのレイカが、負けると言って泣いている。

不思議で、異様な光景だった。

誰にも屈しない、我がままで勝気なレイカが・・・。

絶望の淵に立たされ、もがいて泣いている。

俺が出来ることはないだろうか・・・。

考えてもいい案が浮かばない。

俺に出来ることは買ってきたレイカの好物のチェリーパイを食べさせることぐらいしか・・・ない。


「泣くなよ・・・」
「泣いてないわよ・・・ただ・・・悔しいだけよ」


大粒の涙を隠すようにレイカは言った。


「これ、食うか?」


俺はチェリーパイを皿にのせ、レイカに出した。


「これ・・・ミラブルのチェリーパイ・・・どうして?」
「お前、好きって言ってたろ? まあ、落ち込んでないで・・・食えよ」
「ありがとう・・・」


イカは目をこすり、パイを食べた。


「どうだ? 美味いか?」
「当然よ。 私が認めたパイですもの。 ・・・おいしいわ」
「美味いもん食えば、気持ちも晴れるだろう」


イカは無言でパイを食べ続けた。

無言の状態が続いた。

イカは黙ったまま膝を抱えている。

微動だにせず、じっと一点を見つめていた。

帰っても良かったのだが、出て行ったリコも気になり俺は動けずにいた。

ただ、気まずい時間だけが流れていく。


「あなたは・・・帰らなくてもいいの?」


沈黙を破ったのはレイカの方だった。


「いや・・・なんとなくな」
「もう・・・帰ってもいいわよ。 ごくろうさま」


イカは寂しそうに呟いた。


「リコ、どこに行ったんだろうな」
「私が突き飛ばしたから、嫌になって出て行ったのね」
「悪いとは思ってるのか?」
「・・・少しだけ我がままが過ぎたわ。 帰ってきたら・・・謝るわ」
「そうか・・・」
「でも、あの人だって悪いんだから、謝ってもらわないと」
「お互いで謝れば問題ないだろ」
「・・・早く帰ってこないかしら。 私の退屈を紛らわすのは佐田さんの役目なのに」
「リコはいい話相手だったんだな」
「そんなんじゃないわよ。 ・・・でも、嫌いじゃないわ」
「あいつはあいつで、嬉しかったと思うぞ。 今まで、ずっと一人だったからレイカが来てくれて賑やかになったって、喜んでたし」
「・・・佐田さん、いつも一人だったの?」
「ああ。 親も遠くにいるみたいだしな」
「・・・そうだったのね」
「だから、仲良くしてやってくれよ」


イカは複雑な表情をしている。

と、玄関の扉がゆっくりと開いた。

そこに、リコがポツンと立っている。


「リコ! おかえり」


リコはモゴモゴして、中々入ってこない。


「・・・ゆ、許してあげるから入ってきなさいよ」


リコはスゴスゴと部屋に入ってきた。


「どこに行ってたんだ?」

「荷物があるので手伝ってください」

「荷物?」

 

 

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「レイカさんにプレゼントがあります」

「プレゼント? 何かしら?」

「宗介くん、重いので中に運んでください」


どうやら玄関脇に荷物を置いているようだ。

俺は、玄関にリコが用意したプレゼントを取りに行った。


「重たいな・・・リコ? これなんだ?」


箱はそれなりの大きさと重さがあった。


「レイカさん、開けてみてください」

「何かしら? ブランド物は腐るほどあるから、もういらないわよ」

「まぁ、そう言わずに開けてみて下さいです」


イカは箱を開けた。


「これ・・・」


中から出てきたのはキーボードだった。

イカの表情が一気に曇る。

 

 

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「・・・なんなのよこれ」

「小さなピアノです。 お父さんが振り込んでくれたお金で買いました」

「高かったんじゃないか?」

「それなりです。 本当は大きなピアノを買いたかったのですが、お金が足りませんでした」

「・・・どういうつもり?」


リコの買ってきたキーボードを睨んでいる。


「レイカさんにプレゼントです」

「・・・いらない」


イカは不機嫌そうに言った。


「小さいですが、ちゃんと音はでますよ」


リコは鍵盤をはじいた。


「レイカさん、弾いてください」

「嫌よ。 ピアノなんて見たくもないわ」

「ここで、コンサートを開いてください。 この前、観に行けなかったので聴いてみたいです」

「コンサートですって!? ・・・冗談じゃないわ。やりません!」

「ここでコンクールをやりましょう。 さ、レイカさん、ピアノの前へ!」

「・・・あなた達には分からないわよ」


イカは真剣な顔で語り始めた。


「・・・負けるということがどういうことか、あなたたちには分かってないのよ」

「・・・そうかもな」

「お金持ちが我がままできるのは、お金を持っているからよ。 美人がちやほやされるのは美人だからよ。 わたしが認められているのは、ピアノが上手いから・・・」

「レイカさんはピアノが上手です。 だから聴きたいです」

「もし、私が右近シズルにピアノで負けるようなことがあったら・・・」


イカは顔を下に向けた。


「私の価値は無くなってしまうわ。 ただの我がままで、つまらない人間になってしまう・・・」


つまらない人間・・・。

俺は少し驚いた。

イカは自信家で、ただプライドが高いだけの人間だと思っていた。

自分をつまらない人間だなんて思うやつじゃないと。

でも違った。

イカは誰よりも自分を冷静に、客観的に見れている。

だからこそ、誰かに負けるのがたまらなくつらいのだろう。


「・・・負けたくない」


イカはポツリとつぶやいた。


「・・・ここには勝ち負けはないです」

「え?」

「リコの家で開かれるピアノコンサートには勝ち負けはありません」

「・・・でも、明日のコンクールでは勝ち負けはあるわ」


イカはリコの言葉に反論した。

 

「リコはただ、レイカさんの演奏が聴きたいだけです。 ただ、それだけです」


イカはハッとした表情でリコを見た。


「レイカさんが羨ましいです。 夢中になれることがあって素敵です」

「・・・どういうことよ」

「一生懸命にピアノをやれて、羨ましいです。 リコには何もないから・・・。 宗介くん、レイカさんのピアノはきっと凄いですよね?」

「そりゃそうだろ。 なんたって天才だからなレイカは」

「・・・そうよ。 私は天才よ。 でも、期待に応えられなければ、凡人になってしまうわ。 私にはそれが耐えられないのよ」

「リコは誰からも期待されてません」

「・・・リコ」

「リコはお父さんやお母さんと、もう5年も会っていません」

「・・・それは本当なの?」

「ああ。 リコの親は軍人なんだ。 だから、そう簡単には会えないんだよ」

「たとえ、リコがピアノを弾いてもピアノが上手くなっても、褒めてくれる人が・・・いません」


リコは悲しそうに言った。


「認めるとか、勝つとか、負けるとかそういう話の前に、会うこともできないです・・・」

「・・・」

「レイカさんは、みんなに期待されてるです! リコもレイカさんのピアノが楽しみです! 誰かに期待されながら生きている人はそれだけで凄いです。 だから、羨ましいです」


イカは目の前にあるキーボードを見つめ、リコの話を聞いている。

誰かに期待されるだけで、幸せか・・・。

そういや、俺も誰にも期待されない人生だったな。

イカのまわりにはレイカに期待する人間で溢れている。

イカはそれだけで幸せなんだと・・・俺はリコの話を聞いて思った。


「演奏、聴かせて下さい! 勝ち負けじゃない、レイカさんのピアノをリコは聴きたいです」


リコはレイカの前にキーボードを置いた。


「・・・」


イカは無言で、キーボードを部屋の隅に追いやった。


「・・・弾いてくれないですか?」

「・・・こんなもの、弾けるわけないわ」

「・・・そうですか」


イカの態度に、俺はムッとした。

リコがここまでしているのに、その気持を踏みにじったからだ。


「おい、レイカ。 その態度はあんまりじゃないか?」

「・・・」

「リコはお前にピアノを弾いて欲しくて、親から貰った金で、お前の為にキーボードまで買ったんだぞ」

「・・・頼んでないわ」

「少しはリコの気持ち考えろよ」

「あたしは大丈夫ですから・・・。 レイカさんを責めないで下さい」

「でもさ・・・」

「・・・聴かせてあげるわよ」

「え?」

「本物のピアノで演奏してあげるわ・・・明日」

「・・・本当ですか?」

「・・・二人とも、必ず観に来なさい。 私の本気の演奏を」




 

イカが明日のコンクールに出場することになった。

右近シズルに負けるかもしれない・・・。

でも、それでもいいと思えた。

勝ち負けだけじゃない。

それは俺もリコも分かってる。

ただ、俺はレイカの演奏を、心から楽しみたかった。


「宗介! どこに行ってたの?」
「いや、その散歩してた」
「神山さん、見つかったの?」
「え? なんで?」
「宗介、私に隠し事してるでしょ?」
「し、してないよ」
「幼馴染をなめるなよ。 神山さんの居場所知ってるんでしょ?」


・・・鋭い。


「宗介のことは何でも分かるつもりだから」
「・・・今はちょっと言えないな。 でも、明日になったら分かると思うぞ」
「どういうこと?」
「レイカ、コンクールに出ると思うから」
「コンクール? そういえばこの前、神山さんが言ってたよね。 そっかぁ、明日なのかぁ」
「そう。 だから、お前も一緒に観に行かないか?」
「うん。 そうだね。 お店もお父さんが頑張ってくれてるし、この前は行けなかったけど、神山さんの演奏、聴いてみたいし!」
「・・・剣術部のことも頑張ろうな」
「今ね、必死で女子を説得してるの。 時間はあまりないけど、きっと見つかると思うから」
「おっ、自信ありげだな」
「もちろん。 私、諦めないよ。 それだけが、取り柄だもん」
「わかった。 俺も出来るだけのことはやってみるよ」
「うん。 じゃあ、明日ね」


はるかは店の中に入っていった。

俺も帰るか・・・。


ふと空を見上げると星がいつも以上に、輝いて見えた。

イカ・・・頑張れよ。

俺は強く、星に願った。


・・・。