ゲームを読む。

-ノベルゲーム・タイピング-

光輪の町、ラベンダーの少女【7】

このブログはゲームのテキストを文字起こし・画像を投稿していますので、ネタバレを多く含みます。

読んで面白いと思ったら購入し、ぜひご自身でプレイしてください。

ご意見・ご要望がありましたら
─メール─ zippydle.scarlet@gmail.com
または
Twitter─ @Zippydle_s
まで連絡下さい。


--------------------

 


・・・。

 

俺とはるかは、レイカのコンクールが行われる『向井台ホール』に到着した。


「ここで神山さんが演奏するんだね。 それにしても大きな会場だね」
「流石だよな」


向井台ホールは著名人や、芸能人が使う施設だ。

ここで、レイカと右近のコンクールが開かれるのは財力が成せる技だろう。



f:id:Sleni-Rale:20211229170005p:plain

「こんにちは。 少し迷ってしまいましたが、なんとか辿りつけました」


リコは手にハムスターをのせている。


「そいつに聞いたのか?」

「このハムスターさんは、ハムスター界でも有名な道のエキスパートなんです。 なので道案内をしてもらいまいた」

「便利だな。動物と話せるって。 ・・・あ、レイカはどうした?」

「レイカさんなら、昨日の夜にお家に帰りました」

「神山さん、リコちゃんの家にいたんだね」

「コンクールの調整をするといって、出て行きました。 楽しみです」

「レイカがやる気になってくれて、良かったな」


そこへ、真っ赤なリムジンが横付けしてきた。


「すっごい車だね・・・誰だろう?」

「もしかしたら、レイカさんかもしれませんね」

「しかし、派手な車だな。 趣味わるっ」


車のドアが開き、中から誰か出てくる。

 

f:id:Sleni-Rale:20211229170021p:plain



「着いたようね。 ごくろうさまですわ」


ゆっくりとリムジンからおりてきたのは、右近シズルだ。


「あの人って誰? すっごいお金持ちオーラでてるけど」

「星雲学園の右近シズル。 右近コンツェルンの娘だよ。 んで、今からレイカと戦うことになる宿敵だ」

「え? じゃあ、神山さんのライバル?」

「そうだよ。 しかも、あの右近ってやつ星雲の剣術部なんだってさ」

「剣術部なの? それなのに、なんでピアノやってるの?」

「大人の事情だよ・・・」


俺たちの方に、右近シズルが近づいてくる。


「あら? あなた、確か椿・・・なんとかさん?」

「椿宗介だよ」

「そうだったわね。 椿宗介さん・・・。 すっかり記憶から消していましたわ。 私、覚えなきゃいけない人が多いから、どうでもいい人から名前を消すようにしてますの」


このまま、消しといてもらってもいいけど。


「確か、あなた新山学園の生徒よね? ・・・ということは神山さんの応援に来たのかしら?」

「そうです。 私たち、新山学園で神山さんの友達なんです」

「友達? 笑わせないでよ。 神山さんに友達なんているわけがないじゃない」


右近は皮肉な笑いを浮かべた。


「友達かどうかは別として、レイカを応援しに来ただけだから」

「応援? 無駄にならなければいいんだけど」

「どういう意味?」

「だって私、勝ってしまいそうですもの・・・失礼。 勝ってしまったらどうしましょう。 ピアノしか取り柄のない神山さんに、私が勝ってしまったら、さぞお辛いでしょうね」

「凄い自信だな。 レイカをあなどっていると痛い目みるぞ」

「痛い目? あら、あなた案外失礼ね。 さすが神山さんの僕だけはあるわね。 レイカ会? でしたっけ?」

「入ってねぇーよ」

「コンド、『シズル組』っていうのを作ろうと思ってるの。 良かったら入ってみないかしら? レイカ会なんて早く脱退しなさいよ」

「・・・誰が入るかよ」

「そういえば、あなた都築ヒカルと知り合いだったわね」

「だったらなんだよ」

「このどうでもいい、コンクールで神山さんを片付けたら、次は都築の番よ。 もちろん剣術でね」

「都築なんて人、知りませんから」

「・・・まぁいいわ」

「出場者は神山さんとウンコさんの二人ですか?」

「・・・あなた今、なんておっしゃいました?」

「ウンコさん」

「右近よ!!」

「ウンコさん!!」

「なんなのよ、あなた!」

「おい、リコ・・・」

「・・・今回のコンクール、他の参加者には辞退してもらったわ」

「てことは・・・」

「そうよ。 エントリーしているのは、私と神山さんの二人だけ」


まさに・・・企業同士の争いって感じだな。


「あなたたち、私と神山さんの真剣勝負に水を差すような真似しないでね」

「・・・あのぅ」

「な、なによ」

「レイカさんは、あなたと勝負しに来るわけじゃないと思います」

「はぁ? じゃあ何しに来るのよ」

「リコたちに演奏してくれるんです・・・」

「あなた、さっきから何を言ってるの? 理解不能だわ」

「リコの言うとおりだよな」

「そうだよ。 勝負とかじゃなくて、純粋に神山さんの演奏を聴きたいの」

「ふん。 そんなこと言っていられるのも今のうちよ。 ・・・まぁ、神山さんが逃げずに現れたらの話ですけど」

「レイカさんは来ます! 約束しましたから」

「来ないほうが、良かったりして。 ・・・それじゃあ、ごきげんよう


右近はお付きの人間とホールに消えて行った。


「なんか、感じの悪い人だね」

「金持ちっていうのは、なんであんなに偉そうなんだろうな」

「でも、神山さんはそんなことないよ。 あの人は本当は優しい人だから」

「そろそろ、あたしたちも会場にはいりましょう」

「そうだな」


俺たちはホールに入った。

ロビーは開けていて、高級感があった。

花輪が沢山飾られている。

どこどこ会社だとか、どれそれプロダクションやら、きな臭い名前が書かれていた。


「外観だけじゃなくて、中も豪華だね」

「ポップコーン買ってから入りましょう」

「売ってないだろ」

「え? そうなんですか?」

「映画館じゃないぞ。 これはクラシックのコンサートだからな」

「それは、残念です」

 

受付付近で、三田さんが慌しく動いている。


「三田さーん!」

「椿くん、来てくれたんだね」

「はい。 三田さん、忙しそうっすね」

「ああ。 ちょっとね」

「ポップコーンは売っていますか?」

「ポップコーンはちょっとないかな」

「では、動物はいますか?」

「動物は、動物園にいるよ」

「そうですね」

「リコ・・・」

「もう、中には入れるよ」

「はい。 レイカ、戻ってきたみたいですね」

「・・・君のおかげで戻ってきたよ。 帰ってきたと思ったら、急にピアノを弾き始めてね。 朝までやっていたんじゃないかな」

「レイカは控え室ですか?」

「いや、それが・・・。 ちょっと今、忙しくてね。 終わったらまた話そう。 じゃあ」


三田さんはそういうと、周りのスタッフの中に混じり、指示を出し始めた。


「なんか慌ただしいね。 何かあったのかなぁ」

「本番前だからだろ。 席に着くか」


──「あの・・・」


「え?」


振り返るとレイカ会の生徒が立っていた。


「・・・レイカ会の」

「生徒Aです」

「生徒Bです」

「生徒A・Bか。 てかそういう名前なの?」

「いえ、本当は本田っていうんですけど、レイカ会は記号で呼び合いますから」

「なにか用ですか?」

「それが・・・」

「どうした? なんかあった?」

「レイカ様が、まだ会場に来ていないんです」

「え? また、いなくなったのか?」

「はい。 もうすぐ本番だっていうのに、どこにもいなくて」

「トイレにでも行ってるんじゃない?」

「トイレも見に行ったんですけど、いなくて・・・」

「楽屋に隠れてるんじゃないですか?」

「楽屋も探しました。 でもどこにもいないんです」

「きっと、レイカさんは来ます。 信じた待ちましょう」

「はい。 そうですね。 レイカ様はきっと来ますよね」


生徒Aこと本田と生徒Bこと名前不明はロビーから出ていった。


「私たちも席について待とう」

「そうだな」

 



 

会場内に入り、指定された席に座った。

席は満席状態で、スーツを着た男性や、ドレスアップした女性で埋められていた。


「なんだか偉そうな人がいっぱいいるね」

「流石、大会社の令嬢のコンサートだけはあるな」

「ドキドキします・・・ドキドキしすぎて寝そうです」

「寝るなよ」


会場の前列にはコンクールの審査員らしき人たちが、陣取っているようだ。


「神山さん、もう、来たかな?」

「どうだろうな・・・」


雑談していると、ステージの中央にマイクを持った男が現れた。

どっしりとした体型。

風格のある顔つき。

まるで悪徳会社の社長のような、その男は壇上に立ち、客席に向かって喋り始めた。

 

f:id:Sleni-Rale:20211229170045p:plain



『みなさま、本日はピアノコンクールにお集まり頂きまして、誠にありがとうございます。 本日は神山レイカ、右近シズル、両者による、ピアノコンクールであります。 みなさま、両者の演奏を心ゆくまでお楽しみください』


会場から大きな拍手が湧きあがった。


「ねぇ、あの進行役をやってるオジサン、どこかで見たことがない?」

「え? あのオッサン? 誰だろう」


俺は進行役の男の顔を見た。


「誰だったかなぁ・・・絶対に見たことあるんだけど」

「お前の店の常連じゃないの?」

「違う。 ・・・うーん、誰だったかなぁ」

「・・・学園長です」

「え?」

「あのオジサンは新山学園の学園長、新山大九郎です」

「・・・あの人が学園長?」

「リコ、それ、本当か?」

「間違いありません。 道場の前で栗林先生とヒソヒソ話してたのを見ましたから」

「・・・あいつが、学園長か」


俺はじわじわと怒りがこみ上げてきた。

はるかの答案を書き換え、退学に追い込もうとした。

親に合わせるといってリコを買収しようとした。

全て裏で操ってるのが、今、目の前でニヤニヤと喋っている、あの男か・・・。

新山大九郎。

俺は脳裏に、大九郎の顔を焼き付けた。

忘れるもんか・・・。


「でも、なんで学園長が進行役なんてしてるんだろ」

「神山グループと繋がりがあるからだろ」


それだけじゃない。

このコンクールで買った方の会社に乗り換えるためだろう・・・。


『それでは、早速ではありますが、右近シズルさんの演奏からお聞きいただきましょう』


そう言うと大九郎は舞台の袖に消えた。


「右近からか・・・レイカは来てんのかな?」


ドレスに身を包んだ、右近シズルが上手から登場する。

場内のあちこちから拍手が上がる。

が、一部部の場所からは全く拍手をせず腕を組み、苦い顔を見ているゾーンがあった。

あそこは、神山グループの関係者だろう。

俺たちは、拍手をした。

 

f:id:Sleni-Rale:20211229170112p:plain



右近は会場の隅から隅まで見渡し、一礼をする。

勝ち誇ったような堂々とした態度だ。

ステージに置かれている、大きなグランドピアノの前に座り、鍵盤に手を置いた。

ゆっくりと、演奏が始まる。


優しい音色が会場内に響き渡る。

右近の性格とは裏腹に、優しい光が会場を包み込んでいくようだ。

リズミカルに、時には激しく、鍵盤を叩く。

いや、叩くというよりも、指が鍵盤の上を踊るようだ。

右近の指は華奢なダンスを繰り広げる。

その光景に、観客達は息をするのを忘れる程に引き込まれていく。

まるでそこが、別の世界に誘われているかのように、変化していく。

あまりの心地よさに、俺は前のめりになった。

前列の審査員たちも、うんうんと頷いたり、感嘆の溜息をもらしているのが、後ろから見ても分かった。

クラシックなど興味のない俺からしても、右近の演奏は何時間でも聞いていたくなる。

そんな、魅力があった。

演奏は静かに終焉を迎えた。

一瞬の沈黙の後、場内から割れんばかりの拍手や歓声がおくられる。


「凄いね・・・」


はるかは放心状態のようだ。


「・・・右近さんは天才です」

「・・・そんなこと、分かってるよ。 でも、想像以上だったよな」


俺たちは、あまりの凄さに拍手をすることすら忘れていた。

右近は再度、壇上から客席全てを見渡した後、ゆっくりと一礼をした。

会場は再び拍手の渦に巻き込まれる。

さっきまで、腕組みをして、無愛想な顔でステージを見ていた神山グループの人間すらも、ウコンの圧倒的なパフォーマンスに押され、パラパラと拍手をしていた。


『皆様、お聴きになられたでしょうか? 今、まさに私たちは奇跡という名の音楽に触れたのです。 右近シズル、音楽会の新しい未来のホープに、今一度、大きな拍手をおおくり下さい』


歓声と拍手は鳴り止むことをしらないようだ。


『それでは、本日お越しいただきました、音楽界の権威の方々に、今の演奏の点数をお聞きいたしましょう』


前列に並ぶ5人の審査員たちが、点数を付けるシステムのようだ。


「・・・何点なんだろ」


係の人間が、審査員から点数の書いた紙を受け取り集計している。


「・・・」

『どうやら、集計結果が出た模様です』


場内に緊張が走る。


『右近シズルさんの今の演奏は・・・』


大九郎に会場中の視線が集まる。


『・・・これは』


・・・何点だ?


『これは驚きました』


大九郎の表情が、一瞬、冷静に戻る。


『・・・・審査員、全員一致で・・・満点のようです!』


会場からはまたもや、大歓声が起こる。


「そんな・・・満点って・・・」

「す、凄いです・・・」


『これは驚きました。 奇跡が二度起こるとは・・・』


右近の演奏は確かに凄かった。

でも、全審査員が満点をつけるなんて・・・。

俺はピアノの知識なんてないし、全く分からないけど、満点・・・。

結果を発表する前に、一瞬、冷静な顔をした大九郎が気になった。

まさか・・・。

結果はやる前から決まってたとかじゃねーよな。

すべて右近コンツェルンの息がかかってるんじゃ・・・。


『続きまして、神山レイカさんの演奏にうつらせていただきます・・・』


「ついに、神山さんの出番だね!」

「がんばれ・・・レイカさん」


『おっと・・・運営の方から・・・只今、情報が入りました』


情報?


『次に演奏を控えてます、神山レイカさんですが・・・まだ、会場に到着していない模様です』


場内にどよめきが走る。


「宗介・・・神山さん、どうしたんだろ」

「・・・なにやってんだよ」


『これは、困りましたね・・・』


「新山学園長、マイクを貸していただけるかしら」


右近はピアノから離れ、マイクを受け取り中央に立った。


『みなさま、本日はご来場頂きまして誠にありがとうございます。 私の演奏、楽しんでいただけたでしょうか?』


拍手が上がる。


『どうやら、神山レイカさんがまだ、到着なさっていないようで、大変残念に思っていますわ』

「どうしたものかね・・・」

『まさか、私のようなピアノをかじっただけの人間に、恐れをなして現れなかった・・・なんてことはないとは思いますけど』


場内から笑いが漏れる。


「大事なコンクールに遅れるとは、神山レイカくんも大したもんだね」

『遅れているのではなくて・・・もう来ないのではないかしら?』


右近は高笑いをした。


「まずいねぇ・・・」

 

「右近のやつ、言いたいこと言いやがって」

「どうしよう・・・」


『これ以上、みなさまをお待たせするわけには、行きませんね。 残念だが・・・神山レイカさんは棄権とみなし・・・失格と・・・』


「ちょっと待った!」


俺は我を忘れ立ち上がった。

会場中の視線が俺に注がれる。


「あなた・・・」

「君は・・・椿宗介くんだね」

「もう少しだけ、もう少しだけ待ってください!」

「宗介・・・」

「お願いです。 必ず、レイカは来ますから!」

「君が噂の椿宗介くんか・・・」


大九郎は品定めでもするように、俺を見た。


「待つ価値なんてあるのかしら? だって神山さんはまるで、負け犬のように逃げ回ってるんでしょう?」

「レイカさんは負け犬なんかじゃありません!」

「でも、現に会場に来ていないじゃないか。 棄権とみなされても仕様がないんじゃないかい?」

「・・・」

「彼女には期待していたんだが・・・」

「残念ですわね。 私も神山さんのピアノ、聴きたかったわ」

「もう神山くんの負けだ。 どうしようもない生徒だね、彼女は・・・」


俺は怒りを押さえるのに必死だった。


「椿宗介くん、君と関わるとろくなことがないねぇ」


・・・俺と関わると。


「ダメな生徒にはダメな生徒が集まるようだ。 そしてその風潮は拡大していく。 早いうちに芽を摘んでおくべきだったよ」


・・・俺は頭に血が上る。


「なんだい? その顔は。 まるで捨てられた子犬のような目だね。 子犬なら子犬らしく、尻尾を振って大人しくしていればいいものを」

「・・・子犬じゃねーよ」

「ほう? じゃあ捨てられた野良犬かね?」

「・・・レイカを待ってくれ」


俺は怒りをぐっとこらえた。


「もう、時間だ。 神山くんには失望したよ。 やはり三流だったようだ」


三流・・・。

イカは三流なんかじゃねぇ・・・。

あいつは・・・。


「だめだよ、宗介」


はるかの声が微かに聴こえたが、俺は無言でステージに向かって歩き出していた。


「宗介!」

「止めんな。 俺は、あいつが許せない。 あいつだけは・・・」


係員が俺を止めようとする。

俺はそれを振り切り、大九郎を目指した。


「結局、暴力でしか答えを見つけ出せない、哀れな人種ってことね。 神山さんにはお似合いだわ」

「椿宗介をさっさと止めろ」


大九郎は冷たく指示を出す。

俺は係員の押さえを更に、振り切る。

誰かが俺の左腕をがっしりと掴んで離さない。

・・・止めんな。

俺の腕を掴んだ人間の顔を見た。


「落ち着くんだ、椿宗介」
「三田さん・・・」
「君がやっていることはレイカ様にとって不利にしかならないぞ」
「だけど・・・」
「・・・君は誰のために、こんな騒ぎを起こしているんだ?」
「それは・・・」
「大人しくしていろ。 私がなんとかするから」


俺は怒りを沈め、三田さんに従うことにした。


「申し訳ありません、みなさま。 これはただの余興です」

「余興? どういうことかな?」

「この椿宗介はレイカ様の華麗な登場のための前座にすぎません」

「前座? どういうことかしら? 神山さんは来ているの?」

「もちろんです。 君、なかなか迫真の演技だったぞ」

「・・・」

「ほら、お客さんに礼をして」


俺は、三田さんの指示通り、頭を下げた。


「ふん。 くだらない」

「さぁ、君は自分の席に戻りなさい」


言われるがままに、席に戻ろうとした。

三田さんの顔が耳元に近づく。


「時間を引き伸ばしてくれてありがとう」

「三田さん・・・俺のほうこそ、すいません」

「いいから。 レイカ様の演奏を応援してやってくれ」


「神山レイカはどこにいるんだ? 説明してもらおうか?」

「ステージ下手をご覧下さい」

 

f:id:Sleni-Rale:20211229170138p:plain



三田さんが指差した方向に、レイカが立っていた。


「神山さん!」


イカは黙ったままステージの中央に向かって歩いてくる。


「どうやら、来たようだね・・・」

「あら? いらしていたのね。 遅れてくるなんて、どういう気かしら」


イカは無言で、右近の前を通り過ぎる。


「あら? 神山さん、その格好は何?」


右近がドレスを着ているのとは対照的に普段着のままで現れた。


「そんな格好でコンクールにくるなんて、あなた、どうかしてるわね。 皆さん、これが神山さんの衣装みたいですわよ。 地味ね」


右近が笑うと、つられて会場の客達もどっと笑った。


「そんな格好で何をするつもり? まさか、コントでもやるんじゃないでしょうね?」


イカは右近をまるで見ていない。


「・・・」


イカはピアノの前に座った。


「言っておきますけど、あなた、私の点数をご存知? 満点よ。 その私に勝てるわけないわ」

「・・・相変らず、うるさい人ね」

「わざわざ負けに来るなんて、相当の命知らずのようね。 あとで泣いても知らないんだから」

「・・・右近さん、少しはお黙りになったら?」

「・・・」


イカはゆっくりと鍵盤に手を添えた。

大きく息を吸い、吐いた。


「レイカさん・・・頑張るのです」


手がゆっくりと鍵盤をなぞり、演奏が始まる。

 

f:id:Sleni-Rale:20211229170208p:plain



美しいメロディーが場内を駆け巡る。

ざわついていた客席も、次第にレイカの音に飲み込まれていく。

イカは体全体で音を楽しんでいるようだ。

指は加速度をあげ、なにかに取り憑かれたように演奏する。

会場もその演奏に魅せられ、息を飲むような緊張感が走る。

右近の時とはまた違う、異様な緊張が駆け抜ける。


「・・・」

 

f:id:Sleni-Rale:20211229170224p:plain



楽しんでいた。

神山レイカの顔が高揚している。

普段の言動からは想像もできないような、演奏を披露している。

聞いているぞ、レイカ・・・。

イカのピアノを聴いて、俺は心が熱くなるのを感じた。

これが・・・神山レイカの・・・。

イカの弾くピアノなのか。

初めて聴いたはずなのに、どこか懐かしく、それでいて、愛しい音色だった。

何か遠くの記憶を思い出し、俺は目頭が熱くなった。

ふとリコを見ると、目が潤んでいるのが分かった。

その空間の中でゆっくりと演奏は終わった。


会場からは大きな拍手が湧きあがる。

中には立って拍手する観客もいる。


「凄い・・・凄いよ神山さん・・・」

 

イカはホッと溜息をついた。


「レイカ! スゲーぞ!」


俺はつい大声を出してしまった。


「そんな・・・」

「・・・さすが、神山レイカといったところかな」

「・・・こんな演奏が出来るなんて・・・」


右近の表情は固まっている。


「なにをそんなに怯えているんだい? 君だって負けちゃいない」

「と、当然ですわ・・・」

「右近くん、君は満点なんだ。 負けるはずがないよ」

「・・・」


イカはピアノから離れ、立ち上がった。

つかつかと、右近や大九郎の前を通り過ぎ、ステージの真ん中に立った。


審査員を無視し、礼もしない。

イカはリコを探しているようだ。

俺はレイカが気づくように、手を振った。

それに気づいたレイカはこっちを向いて、小さく一礼した。


「レイカさん・・・凄いです!」

「当然よ。 ・・・だって今の演奏は佐田さんの為にやった演奏ですもの」

「あたしの為?」

「どう? 最高だったでしょ?」

「はい! 最高です!」

「それは、良かったわ」


イカはそのまま審査結果も聞かずに、ステージを出ようとする。


「待ちなさい。 ・・・まだ結果は出ていない」

「結果?」

「そ、そうよ。 これは勝負なのよ! 結果を聞く前に逃げる気?」

「勝負? 違うわ。 私はただ、ひとりの友人のために演奏したのよ・・・」

「・・・」

「音楽に・・・勝負なんてないわ。 チャンバラじゃあるまいし」


イカはそのまま出て行ってしまった。


「宗介、私たちも神山さんのところに行こう!」
「ああ!」


俺たちはホールを出た。




 

イカが会場から出てくるのを待った。


「私・・・感動したよ。 音楽って、あんなに素敵なんだね」

「そうだな。 俺も・・・感動したよ」

「レイカさんに会いたいです」


イカは三田さん連れられ、会場から出てくる。


「レイカ・・・」

「あら、あなたたち、こんなところで何をしているの?」

「凄かったです! やっぱりレイカさんは天才です!」

「当然よ・・・私は天才ですもの」

「レイカの点数はどうなったんだ?」

「知らないわ。 ・・・どうせ負けは決まっているもの」

「決まっているってどういうことですか?」

「最初から決まっている採点なんて興味はないわ」

「どういうことだよ?」

「レイカ様、私から事情を話しましょう」

「三田、お願い」

「今回のコンクールは右近コンツェルンが仕組んだものだったんだよ」

「右近さんが?」

「あそこにいた審査員はみんな、右近コンツェルンの息のかかっている人間なんだ」

「それ、本当かよ・・・」

「右近コンツェルンがスポンサーになっている雑誌の編集長だったり、演奏家だったり、批評家だったりね」

「ということは、右近さんの点数も・・・」

「右近シズル・・・彼女の演奏は確かに素晴らしかった。 だが、彼女が満点をとることは最初から決まっていたんだ」

「そんな・・・ズルイです」

「レイカ様がどんなにいい演奏をしても、負けるようになっている。 はなから、政治力で負けていたんだ」

「・・・そんな話あるかよ! 仕組んだのは新山学園長だろ?」

「・・・そうだ。 椿くん、彼には近づかないほうがいい」

「でも・・・」

「冷血な人間だ。 恐ろしいほどにね」

「レイカはどうなるんですか?」

「・・・そのことなんだが」

「勘当なんですか?」

「私に任せてくれ」

「三田・・・大丈夫なの?」

「私がなんとか神山社長に取り計らってみます。 だから、レイカ様はご心配なさらずに」

「さすが三田さん」

「あ、椿くん、君、あんまり僕に迷惑をかけないようにね」

「すいません・・・」

「すぐにカッとなる癖は治さないと、本当に強い男にはなれないぞ」

「分かりました」

「それでは、レイカ様。 私はこの辺で。 あとはお友達同士、ごゆっくり」


三田さんは去っていった。


「レイカさん、ほんとうに、ほんとうに感動したです!」

「そうだよ! 右近さんも凄かったけど、神山さんの方が、数倍、凄かったよね!」

「ああ。 レイカのピアノは最高だった!」

「リコにもピアノ教えてください!」

「え~! 私も教えて欲しい!」

「お前ら、その前に、剣術だろ」

「・・・忘れてた。 もう時間ないんだよね・・・」

「グハッ」

「でも、レイカ! 良く頑張ったな。 なかなか来ないから冷や冷やしたんだぞ」

 

f:id:Sleni-Rale:20211229170245p:plain



「・・・ありがとう」

「え?」

「・・・来てくれて、ありがとう」


イカは恥ずかしそうに言った。


「・・・今、ありがとうって言ったよね?」

「いいました! ありがとうって!」

「神山さんが・・・ありがとうって!」

「な、なによ! 私がお礼を言ったら悪いの?」

「ううん。 悪くないよ。 こちらこそ、いい演奏を聴かせてもらって、どうもありがとう」

「ありがとうです」

「ありがとう、レイカ

「・・・やってあげてもいいわよ」


イカはボソリと呟いた。


「え、何を?」

「・・・チャンバラよ」

「えっ! 神山さんが!?」

「レイカさんが剣術をやるですか?」

「・・・あなたたち、困ってるんでしょ?」

「でも、本当に大丈夫なの?」

「・・・だから、どうしてもって言うんだったら」

「どうする? 宗介?」

「でも、なんでやる気になったんだ?」

「・・・今回は私の負けよ。 仕組まれたものだったとしてもね。 だから、次ははっきりシロクロつくチャンバラで、あの右近シズルに勝つわ」

「・・・そうか」

「あの人は私にピアノで挑んできたわ。 次は私がチャンバラであのひとに挑むわ。 正々堂々とね」

「うん。 いいと思うよ」

「だから、入ってあげるわ。 チャンバラ部」

「チャンバラ部じゃなくて、剣術部です」

「・・・それに、佐田さんにも色々とお世話になったし」

「リコは特にお世話してませんよ?」

「あなたがしてなくても、私はされたのよ。 それに、感謝してるわ」

「感謝ですか?」

「そうよ、あなたはいい働きをしたわ」


イカは照れくさそうな顔をしている。


「感謝・・・リコ、誰かに感謝されて・・・嬉しいです」

「だから、そのお礼よ。 感謝しなさい」

「はい。 今度はレイカさんに感謝するです」

「それから、入ってあげるんだから、私がケーキが欲しいっていったら、すぐに買ってくるのよ」

「はい! すぐに買いに行きます」

「ジュースが飲みたいっていっても、すぐに持ってくるのよ」

「はい! 買って来ます!」

「おい・・・それ、ただのパシリだろ」

「人聞きが悪いわね。 それが友達でしょ」

「・・・神山さん、友達ってそういうのじゃないと思う・・・」

「まぁいいだろ。 なんにせよ。 部員が増えたんだし」

「そうだね! あと2人」


──「あのぉ~、レイカ様」


「生徒A、それにBじゃない」

「感動しました! レイカ様のピアノ・・・」


生徒A・Bの目が赤い。


「当然よ。 あなたたちも来てくれて、ありがとう」

「ありがとうなんて、もったいないです」

「椿宗介、私、この2人と少しだけお茶をして帰りますわ」

「そうだな。 2人とも心配してたしな」

「それでは行くわよ。 生徒A・B」


イカとレイカ会の人間は町に消えていった。


「部員・・・増えたね」

「まさかレイカがやってくれるとはね」

「あとちょっとだね! がんばろうね」

「そうだな」

「リコも、頑張るです!」


俺たちはそれぞれ、家路についた。




 

家に帰ると日が暮れていた。

母親の作っておいてくれた、オムライスを食う。

うめぇ~。

食事がこんなに美味いのは久しぶりだった。

新山学園女子剣術部・・・。

まだ存在しない部を俺は想像した。

鈴木はるか・・・。

佐田リコ・・・。

神山レイカ・・・。


現在3名。

残り2名で正式な部になる。

俺はなんだか嬉しくなった。

まだ、2人も足りないというのに。


ん?

メールか。


『こんばんは~! 可愛い可愛いマコトだよ! セクシーキュートなマコトだよ!』


マコトからのメールにオムライスを食っているスプーンが止まった。


『最近、宗介くん何やってるの? あんまり連絡が取れてない気がする~。 マコト、少し、寂しいです。 もしかして、他に友達が出来たのかなぁ? ドキドキ・・・。 それとも好きな人が出来てたりして! さらにドキドキ・・・。 あのねぇ・・・マコト以外に友達つくっちゃダメなんだからねー★ もしも作ったら、マコト・・・嫉妬しちゃうぞ~★ それでは、返信お待ちしております~! スーパー可愛い、マコトより』


俺は携帯を閉じた。

マコトに返信をしなかったのは・・・初めてかもしれない。

オムライスの味がしなくなった。

スプーンを置き、窓の外の月を俺は眺めていた。


・・・。


神妙な顔つきで栗林はそこに立っていた。


「みてくれ、この手の傷を」
「どうなされたんですか?」


大九郎の指にかすり傷のようなものがある。


「飼っていたモモ子が私の手を噛んだんだ。
「モモ子?」
「そうだよ。 モモちゃんがパクッと私の手をかじったんだ。 餌をあげるときにね」
「モモちゃんというのは?」
「モモちゃんは犬だよ。 可愛かった」
「可愛かった」
「6年も飼ってやったんだがね・・・」
「・・・そうですか」
「仕方ないことだ。 私は歯向かう人間が大嫌いだから。 君もそれは良く知ってるだろ?」


栗林は黙って頷いた。


「指が疼くねぇ・・・。 ところで栗林君、剣術部はどうなったんだね?」
「特に問題はありません。 椿宗介がチョロチョロと動き回っているようですが、部になることはないでしょう」
「私が何も知らないとでも思っているのかね?」
「と、おっしゃいますと?」
「神山レイカが入部したそうじゃないか」
「そのようですね。 現在、入部が確定している者は、鈴木はるか、佐田リコ、神山レイカの3人です」
「5人で部にする約束だったね。 もう、3人も集まってしまったじゃないか。 どうするつもりだ」
「もう、では、ありません。 まだ、3人です」
「私が用心深い男だということは君も知っているよね? 部にすることだけは絶対にあってはならないんだよ」
「5人集まったとしても、部にしなければいいことではないでしょうか?」
「ほぅ。 そんな規定は、最初から無かったと」
「はい。 所詮は口約束ですから、生徒の戯言など無視すればいいのでは?」
「それが出来なくなってしまったんだよ」
「神山レイカ・・・ですか?」
「そうだ。 神山グループ内から情報がマスコミに流れてしまった。 あのお嬢様が、剣術部を設立しようとしているとな」
「では、5人集まれば部になることを世間は知ってしまうと?」
「それは時間の問題だね。 新山学園は正式に右近コンツェルンと提携をすることにしたよ」
「その方が、よろしいかと」
「神山め・・・最後の最後で余計なことをしてくれたもんだ」
「マスコミにとっては面白いネタになりますね」
「神山グループと右近コンツェルン・・・。 令嬢同士の剣術対決か・・・。 くだらん」
「そうなってしまったら、あのことも蒸し返される可能性がありますね」
「それだけは、絶対にあってはならない。 どんな手を使ってでも、剣術部を・・・潰せ」
「ご安心ください。 たとえ、5人部員が集まったとしても部にするためには顧問の教師が必要になります」
「なるほど・・・顧問か」
「剣術部の顧問になる教師はこの学園には誰一人としていません。 そちらの統率もしっかり取っていますから」
「そうだね。 顧問さえいなければ、部を作りたくても、作りようがない・・・顧問がいなければ・・・」


大九郎はハッとした表情をして、栗林を睨んだ。


「・・・どうかされましたか?」
「君、まさか・・・、よからぬことを考えてはいないだろうね」
「・・・いいえ」


複雑な表情を浮かべる。


「最近、道場の中に人がいるという噂があってね。 髪の長い女が道場の神棚の方を向いて正座していると」
「それは、私のことでしょうか?」


悪びれることもなく答える。


「どういうつもりかな? 何か懐かしむ過去でも道場に置いてきたのかい?」
「違います。 業者が入る前に道場内の確認をしたいと思いまして。 それだけです」
「・・・ならいいんだが。 まさか、未練なんてないよね」
「そんなものはありません。 一刻も早く取り壊されることを祈っています」
「あの日のことは・・・忘れもしないよ」


遠い目をして大九郎は語り始めた。


「暑い日だったなぁ・・・。 ちょうど8年前だ。 もう8年か・・・。 時がたつのは早いねぇ」


栗林は冷静さを崩さない。


「君が竹刀を持っていた頃がなつかしいね・・・」
「・・・その話はよしませんか?」
「たまにはいいじゃないか。 ただの昔話だよ」
「・・・ですが」
「もう、未練はないんだろ? だったら大いに語ろうじゃないか」


大九郎は栗林を試すように続けた。


「あの事故で新山学園の名前は地にまで落ちた。 いや、正確には危うく落ちるところだった・・・。 マスコミの連中を押さえ込めなかったら、この学園は今頃、無くなっていただろうね」
「・・・」
「確か栗林君は主将だったね。 強かった。 君は強かったよ」
「・・・そんなことはありません」


栗林の額から、汗が一滴落ちる。


「あのバス事故で死者が出なかったことが唯一の救いだ。 あの時の顧問はどうしているんだろうね?」
「・・・」
「その顔だよ。 その顔。 君をこの学園に迎え入れようと言ったときも同じ顔をしていたよ」


栗林は下をむく。


「複雑な顔だ。 まるで義務を背負わなければいけなくなった人間が最初に見せる顔。 全く同じだね・・・。 私はその顔が嫌いじゃない」
「・・・剣術など・・・くだらない」
「当然だ」
「学園長がどうお考えかは知りませんが、私は剣術部を作らせる気など毛頭ありません」
「・・・信じるよ。 君は優秀な教師だ。 そして、これからの新山学園には必要な人材だ。 期待を裏切るようなことはしないでくれ」
「もちろんです。 学園長に拾っていただいたご恩は一生忘れないつもりです」
「君をモモちゃんのようにはしたくないんだよ」


指をさすりながら、栗林を見た。


「よろしく頼んだよ。 栗林君」
「・・・ただ、学園長は私が主将だった頃・・・熱心に応援してくださいましたね・・・」




 


「生徒A・B、あなたたちに指令を出します」


イカはレイカ会所属の生徒A・Bを廊下に呼び出した。


「なんでしょうか?」


不安げな顔を浮かべる。


「二人とも剣術部に入部しなさい」


生徒A・Bはポカンとした顔をしている。


「なに黙ってるのよ。 いいこと? 入部するのよ。 これは命令です」


更に困惑した表情を浮かべている。

 

f:id:Sleni-Rale:20211229170311p:plain



「・・・レイカ、ちょっと唐突すぎないが?」

「どうして? あなたたち部員が足りないんでしょ? だったらさっさと集めて右近シズルを打ちのめすのよ」

「でも、二人とも困ってるみたいだし・・・」

「鈴木さん、入部申し込みの手続きに移るわよ。 準備して」


イカはどんどんと話を進めていく。


「でも、こいつらにも意志ってもんがあるだろ。 なぁ?」


二人はウンウンと首を縦にふっている。


「なに? あなたたち、剣術部に入れない理由でもあるの?」

「大丈夫だよ。 遠慮しないで話して」

「その・・・レイカ様の力になりたいのは山々なんですが・・・私、生まれつき体が弱くて、激しいスポーツはしてはいけないって言われてるんです」

「そうなの? 丈夫そうに見えるけど?」

「すいません」

「・・・仕方ないわね。 じゃあ、生徒Bだけでいいわ」

「私も・・・その・・・おばあちゃんの介護をしないといけなくて・・・学園が終わるとすぐに戻らないといけないんです」

「そうなんだ・・・。 それは大変だね」


生徒Bは申し訳なさそうにしている。


「もう、使えないわね。 それでもあなたたちはレイカ会の人間なの?」

「おい、そういう言い方は良くないぞ。 二人にだって事情があるんだ。 ・・・おまえら、気にするなよ」

「だったら他のレイカ会の人間に聞いてみるわ。 呼んで来てもらえる?」

「・・・その」

「なによ?」

「レイカ会は、現在2名ですけど」

「え!? そうなの!?」

「・・・ち、違うわよ。 椿宗介と佐田リコ、それから鈴木はるかもいるから、5人よ!」

「・・・」

「私も入ってるんだね・・・」


はるかは苦笑いしている。


「レイカ会以外で探すしかなさそうだな」


プリントを持った沢村が通りかかる。


「あ、先輩こんにちは」

「なにやってるんだ?」

「栗林先生から頼まれたプリントを運んでいるんです」

「プリント?」


俺は沢村が持っているプリントを一枚取った。


「なになに・・・生徒会長選挙のお知らせ・・・」

「あ、もう勝手に見たらダメですよ」

「そういえば、もうすぐ生徒会長選挙だね」

「そっか。 そういや、そんなのがあったな」

「では、急いでるんで・・・」


沢村は俺からプリントを奪い去っていこうとした。

 

f:id:Sleni-Rale:20211229170327p:plain



「待ちなさい、そこのマジメな後輩」

「私のことですか?」

「そうよ。 あなたよ。 沢村アキナ」

「はい、なんでしょうか?」

「今日は、メガネじゃないのね」

「ええ。 コンタクトですから」

「ふ~ん。 まぁいいわ。 あなた、剣術部に入部しなさい」

「え? 剣術部ですか?」

「そうよ。 人が足りないの。 入部しなさい」

「ごめんなさい。 部には入れませんから」

「どうしてよ。 私の命令が聞けないの?」

「生徒会に所属してるんで、部活をやってる時間が無いんです。 すいません」

「じゃあ、その生徒会っていうのをやめればいいだけじゃない?」

「おい、レイカ

「ね? 辞めましょうよ。 生徒会。 だってあれってあっても無くても同じでしょ?」

「そんなことないです。 学園にとって生徒会は重要な役割を担っています」

「担ってないわ。 辞めてしまいなさいよ」

「それは出来ません」

「私の命令が聞けないっていうの?」

「残念ですが・・・」

「なんですって! 生徒会はレイカ会を敵に回そうっていうの?」

「落ち着けって」

「まだ、仕事が残ってますから。 それじゃあ」

「待ちなさい! いま剣術部に入部したら好きなものを買ってあげるわ。 何がいい? 車? 家? 高級な置物?」

「車は運転できないし、家もありますし、置物もいりませんから。 それじゃ・・・」

「待ちなさい! モノではつられないようね。 だったら有名人に合わせてあげるわよ。 誰に会いたい?」

「・・・特に会いたい人いませんから」

「待ちなさい! あなた、中々、強情ね・・・剣術部に入るまで、逃がさないんだから」

「先輩・・・どうにかしてください」


沢村は俺に泣きついてくる。


「まぁ、沢村は忙しいみたいだし、とりあえず行っていいぞ」

「ちょっと、逃したらダメよ!」

「すいません。 私、仕事ありますから!」


イカから逃げるように沢村は去っていった。


「待ちなさい! 追え! 椿、あの女を追うのよ! 鈴木! あなたも追うのよ!」

「・・・神山さん、一回落ち着こう」

「・・・沢村アキナ。 彼女を危険人物ファイルに書き記すわ」

「・・・」

「この私を無視した罪は重いわよ。 絶対に入部させてやるんだから」

「そう、ムキになるなって」

「椿宗介、鈴木はるか。 いいこと? あの子をなんとしてでも勧誘するのよ!」

「・・・」

「神山さん・・・強引・・・」





俺は授業を抜け出して、中庭で昼寝をすることにした。

沢村は無理だよな・・・。

うつらうつらしかけた時、声がした。

 

f:id:Sleni-Rale:20211229170344p:plain



「宗介くん! 宗介くん!」


ん・・・?


「寝てますか? 起きてますか? それとも死んでますか?」


リコか・・・。


「・・・死んでるよ」
「それはマズイです。 蘇生! 蘇生!」


リコは激しく、俺の胸を押してくる。


「お、おい、やめろって」


俺は起き上がった。


「生き返りました! おめでたいです!」


リコはニコニコしている。


「なんだ? いま登校か?」
「はい。 今日は国の人とお話してきました。 お父さんとお母さんのことで」
「どうだった?」
「二人とも元気だそうです。 近いうちに連絡が取れるかもしれません」
「良かったな」
「だから、リコも元気で頑張らないと」
「そうだな」
「剣術部の部員は集まりましたか?」
「う~ん。 進展なしってところかな」
「そうですか・・・。 でもきっとなんとかなるです」
「だな」
「あ、あれはヒカルさんですよ」


遠目に桜木がこっちを見ている。

 

f:id:Sleni-Rale:20211229170404p:plain



「よう! 何やってるんだ?」

「・・・授業が退屈でな」

「お前もサボリか?」

「そうじゃない。 外の空気が吸いたくなってな」

「それをサボリっていうんだよ」

「空が、綺麗だな」

「そうか? いつもと変んねぇよ」


桜木は流れる雲を見つめている。


「あの雲は、お魚さんみたいです。 自由に泳いでいます」

「・・・自由か」

「・・・そうだな。 自由だ」

「・・・いいな」


桜木は軽蔑とも同情ともとれる目を俺に向けた。


「みんなで教室に戻るです」

「俺はもうちょっとここにいるよ」

「リコ、行こうか」

「はいです」


俺を残して、二人は去って行った。

・・・自由か。

空が俺にのしかかってくるような錯覚に陥った。


・・・・・・。


芝生のいい匂いがした。

 



 


放課後、沢村が慌しく動いている。


「相変わらず、忙しそうだな」

「先輩は相変らず、眠そうですね。 フフッ」


──「沢村アキナ、見つけたわ」


「か、神山先輩・・・。 こんにちは」

「剣術部に入る気になったかしら?」

「すみません。 部活は無理ですから。 それに、今、3日後にある生徒会長選挙の準備でもの凄く忙しいんです」

「選挙? 3日後にそんなものがあるの? ふ~ん。 くだらないわね」

「くだらなくないですよ。 新山学園にとっては大事な行事です。 それから、私にとっても・・・」

「沢村は確か生徒会長になりたかったんだよな」

「はい。 立候補するつもりです」

「あなた、生徒会長になってどうするつもり? 意味あるのかしら?」

「意味があるかどうかは分からないけど、私にとっては重要なことですから」

「この学園をよくしたいんだったよな?」

「はい。 これからの後輩達のためにも、私に出来ることはやりたいんです」

「生徒会長ねぇ・・・。 興味が無いわ」

「レイカに意味が無くても、沢村にはあるんだよ。 俺は、沢村に一票入れてやるよ」

「先輩・・・ありがとうございます!」

「生徒会長ってどうやったらなれるのかしら? お金?」

「お金じゃないですよ。 一応、立候補した中から学園生の投票で選ばれるんです」

「普通だよな」

「でも、基本的には学園側が選んだ生徒しか立候補できないんです」

「なーんだ。 結局コネじゃない」

「選挙っていうよりも、信任投票に近い形なんです」

「てことは、沢村も学園側から選ばれた立候補ってことになるのか」

「そういうことになりますね」

「ふ~ん。 で、沢村さんはいつ剣術部に入部するのかしら?」

「だから、無理だって」

「無理ではないでしょ。 あなたが、その選挙に落選したら可能なんじゃない?」

「お前なぁ」

「だって落選したら暇になるんでしょ? だったら、私、あらゆる手段を使って、あなたを落選させるわ」

「・・・やめろって」

「生徒会長にはなりますから」


沢村はきっぱりと答えた。


「大した自信ね」

「それが私の夢だから・・・」

「頑張れよ」


沢村は小さく頷いた。


「だったら、生徒会と剣術部を掛け持ちしたらいいじゃない」

「それは出来ません。 部に入ったら生徒会もやめなきゃいけなくなるんです。 それでは」


沢村は頭を下げて、去っていった。


「沢村はやめようぜ。 あんなに生徒会長に固執してんだから無理だよ」

「そうね・・・」


ふぅ・・・。

どうやらレイカも分かってくれたようだ。


「こうなったら、なんとしてでも落選させるしかないようね」


分かってねぇー!!!


「レイカ、あんまり、沢村の邪魔するなよ」

「なによ! 沢村さんの肩ばかり持って! あなた、沢村さんが好きなの!?」

「ハァ?」

「好きなんでしょ? いやらしい男だわ。 あ~下品。あんなマジメちゃんのどこがいいのかしら」

「俺は別に・・・」

「私みたいな美人が近くにいながら、あんなメガネっ子に興味持つなんて、下品よ」

「・・・メガネっ子」

「メガネも生徒会も、うんざりよ。 私、カフェでお茶して帰りますから。 さようなら」

「おいっ! レイカ!」

「椿宗介のバカッ! もう知らない!」

「バカって・・・なんなんだよ」


イカは走り去ってしまった。

なんか、ややこしくなってきたな・・・。





俺はふらりと公園に寄った。

一人でいると、ほっとする瞬間があることを自分でも良く分かっている。

夜の公園は静かだ。

だから、俺はここが一番好きだったりもする。

ポケットから携帯を取り出し、メールをチェックする。

マコトからのメールはきていないようだ。

俺の指定席に、先客がいるのが分かった。

スーツをバリッと着こなした、男が座っている。

目を凝らしながら男を見た。


「・・・三田さん?」


男はこっちに気づいたようだ。

 

f:id:Sleni-Rale:20211229170425p:plain



「椿くんじゃないか」

「やっぱり三田さんだ!」


三田さんが公園のベンチに座っている。

品格のある三田さんと、古ぼけた公園のベンチはアンバランスで、ミスマッチだ。


「三田さん、こんなところで何やってるんですか?」
「ちょっと、黄昏れてたんだよ」
「黄昏?」
「そう。 色々と考えることが多くてね。 たまにはこうやって、何も考えない時間も必要かなって思ってね」
「俺も、一緒に黄昏てもいいですか?」
「もちろん」


俺は三田さんの隣に座った。


「何かあったんですか?」
「君にも話をしに行こうと思っていたところだったんだ・・・」


三田さんは神妙な顔つきで言った。


「なんすか?」
「神山グループを抜けることになったんだ・・・いや、正確には解雇された」
「え!? 解雇ってクビになったんですか?」
「この前のピアノコンクールが原因でね。 社長はレイカ様を勘当するとおっしゃられた。 それを止めるためには、私が責任を取るしかなかったんだ」
「そんな・・・」
「後悔はしていないよ。 勘当されてしまってはレイカ様は生きていけない。 私の仕事はレイカ様を守ることだ。 だから、後悔していないんだ」
「三田さん・・・」
「金持ちというのはどうして、ああも我がままなんだろうな」
「ですね」
「全てがお金で解決できると思っている。 でもね、この世の中にはお金でどうにもならないモノが沢山ある。 君なら分かるよね」
「・・・」
「少し肩の荷がおりたよ。 長い休暇がとれそうだ」
「これからどうするんですか?」
「実家が牧場をやってるんだ。 その手伝いでもしようかと思ってる」
「三田さんが牧場?」


俺はあまりに似合わなさ過ぎて、つい笑ってしまった。


「す、すいません」
「牛や馬はいいぞ。 自由で純粋で・・・」


三田さんもニッコリと微笑んだ。


「田舎ってどこなんですか?」
「田舎はラベンダーに囲まれた、北の大地だよ。 ここみたいに何もないが、ここにないものがそこにはある」
「ラベンダー・・・」
「どうかしたかい?」
「いえ、なんでもありません」


ラベンダー。

俺はその花の匂いが好きだ。

いつか行ってみたいと思った。

ラベンダーの咲き乱れる、北の大地・・・。


「椿くんと会うのも、もしかしたらこれで最後になるかもしれないな」
「寂しいこと言わないでくださいよ」
「色々とレイカ様のことで世話をかけたね。 お別れの握手だ」


三田さんは手を出してくる。

俺はその手を握った。

大きく、暖かい、大人の男の手だった。


「剣術部を作るんだろ? レイカ様のこと、これからも頼んだよ」
「えっ・・・」
「これからは、私の代わりに椿くんがレイカ様を守ってくれ。 気が強くて、少々、じゃじゃ馬だが、根はやさしい、いい子だ」
「・・・はい。 あ、レイカにはクビになったこと伝えたんですよね?」
「一身上の都合で辞めたことになっている。 本当の理由は言わないでくれ。 きっと駄々をこねるからね」
「わかりました」


三田さんは微笑むと、俺の腹に一発ボディを入れた。

グハッ。


「ちょっと、なんすか!? ゲホッ・・・、ゲホ」
「すまん、すまん」
「・・・勘弁してくださいよ」
「心の強い男になるんだぞ」
「・・・はい」


三田さんは公園から去っていってしまった。

心の強い男・・・。

暴力ではない・・・。

本当に強い男に・・・。

三田さんの後姿を見ながら、もう存在するはずのない父の姿が、ぼんやりと見えた気がした。

三田さん・・・。

さよなら・・・。

 



 

部屋に戻ると、夕飯が置かれていた。

ん?

置手紙のようなものがある。

ボールペンで紙切れに書かれた文字。


「しっかり食べて、立派な大人になりなさいよ」


執筆は母親のものだった。

なんだか分からないが、じんわりと涙が出てきた。

俺は用意された、コロッケを噛みしめて食べた。

・・・うまい。


──携帯が鳴る。


誰だろ?

登録していない電話番号だ。

俺は電話にでた。


「もしもし?」
「今、ええか?」
「え? 誰?」
「うちや、うち」
「うち? ・・・誰だよ」
「なんや、分からんのかいな。 鈍いやっちゃな~」


受話器からなまり全快の声が聞こえてくる。


「誰に電話支店だよ。 間違いなんじゃねーの?」
「あんた、椿宗介やろ?」
「・・・そうだけど」


謎の相手は俺の名前をしっているようだ。


「てか、誰だよ。 もったいぶらないで言えよ」
「はぁ・・・まだ、分からへんの? 沢村や、沢村アキナ」
「あ、沢村か! ってもしかして、メガネかけてる?」
「当たり前やっちゅーねん。 そやなかったら、こんな喋り方にならんやろ?」
「・・・そっか。 で? どうした?」
「あんたに、大事な話があるから明日の朝一で、うちと会ってくれへんか?」
「え? 沢村と?」
「そうや。 ちゅーても、裏の方や」
「大事な話ってなに? 電話じゃダメなのか?」
「ダメや。 誰かに盗聴されとるかもしれんしな」
「盗聴って」
「詳しくは明日、会って話すわ」
「いいけど。 なんで俺の電話番号分かったんだ?」
「うちをなめてもらったら困るわ~。 表アキナも賢い子やけど、うちも相当な切れ者やで」


・・・自分で言うなよ。


「連絡簿からつきとめたんや。 職員室で、あんたんとこの担任の机からちょろって拝借しただけやけどな」
「担任って・・・栗林の机から? おまえ、命知らずだな」
「あの教師、曲者やからなぁ。 でも、無事に情報を得ることができたで」


裏アキナ・・・すげーな。


「話って何系? 難しいこと言われても俺わかんねーぞ」
「アキナにとって、重要な話や」


重要な話?

なんだろ・・・


「朝7時、中庭で落ち合うで。 くれぐれも遅刻はなしやで」
「・・・うん」
「椿はん、たしか遅刻の王様なんやろ? 時間、守ってや。 頼んだで」
「分かったよ」
「しかし、アキナはこんな男のどこがええんやろ。 理解に苦しむわ~」
「は!?」
「なんでもないわ。 ほな、明日」
「ああ」


電話は一方的に切られた。

なんなんだよ・・・話って。

沢村にとって重要なこと?

やっかいなことじゃなければいいんだけど・・・。

遅刻したらうるさそうだな。

俺はずっと使っていなかった目覚まし溶けいを押入れから取り出しセットした。

仕方ない・・・。

早めに寝るか。

俺は部屋の電気を消した。


・・・。