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ef - the first tale.【1】

 

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・・・。

 

誰もが、一度は神様に祈ったことがあると思う。

たとえ何も信じていなくても・・・。

真っ直ぐな心で祈りを捧げる日が、

いつか必ずやってくる。

誰もが探しているもの・・・。

誰もが求めているもの・・・。

手を伸ばし、

掴み取ろうとする"それ"は・・・。

巡る想いと、人々の絆が創り出す・・・。

その先にある"それ"は・・・。

"それ"は、きっと・・・。

 

・・・。

 

扉が軋みながら、ゆっくりと開いていく。

足を踏み入れると、そこはあまりにも寒くて、凍りついてしまいそうだ。

 

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真っ白な息を吐きながら、正面の祭壇に目を向ける。

見慣れたはずのこの場所。

だけど、これはあり得ない光景だ。

いつの間に俺は・・・。

こんな夢を見てしまうほど弱くなったのか。


──「あら?」


祭壇の前に立っていた少女が振り返る。


「こんばんはっ」

 

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少女は透き通った笑み浮かべ、小さく頭を下げた。

頭の動きに合わせて、長い髪が揺れる。


「・・・っ!」


胸が痛いほど締めつけられてしまう。

かつて、この耳で何度も聞いた彼女の声──

ひとつひとつの音が柔らかく響いてくる。


「・・・よう」


絞り出すようにして声を出す。

彼女に言葉をかけているという状況が信じられない。


「あはっ、違いますね。 今日は・・・」



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「メリークリスマス、でした」


この場に彼女がいて──あの頃と変わらぬ姿で笑っている。

なにもかもが夢のようで、どうしようもなくせつない。


「・・・メリークリスマス」


のんきに挨拶なんかしてる場合じゃない。

もっと言わなければならないことがあるのに。


「クリスマスなのに、おひとりなんですか?」
「ああ・・・。 ここ何年も、ずっと独り身のクリスマスを過ごしてきたよ」
「あら、お寂しいですね。 とか言ってるわたしも、ひとりだったりするんですけどね」
「だったら・・・。 よかったら、少しでいいから、話し相手になってもらえるかな?」
「ええ、喜んで。 ・・・喜んで」


少女の笑みが、不意に親しげなものへと変化した。


「・・・お久しぶりですね」
「ずっと、ずいぶん・・・。 長いこと、待たせちまったな」
「ええ・・・。 そうですね。 すこし、すこしだけ・・・待ちました」
「そうか・・・」


彼女がここにいてくれるのならなんでも──


「すまなかったな・・・優子」


俺はあまりにも彼女を待たせすぎてしまった。


「優子、本当に・・・」
「あなたは・・・。 ひむら・・・火村 夕くん、ですよね」


こちらを伺うような目だ。

もしかして・・・。


「おれのこと、忘れてたのか?」
「ええ、実は。 あはは」


彼女はくすくすと笑う。

本当に忘れていたのか、それとも、とぼけているだけなのか。


「たったいま・・・。 たったいま、思い出しました。 これじゃあ、なんだかあの時と逆ですね」


不意に記憶が逆流する。

いくつもの季節をさかのぼり──いつかの夕暮れを思い出す。

 

 

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「ああ、そうだな・・・。 おれたちが再会した、あの夏の日と・・・」


そう、季節は夏。

俺が優子のことを忘れてしまっていた頃。

彼女のことをなにも知らなかった頃。

二度と戻らない、俺と彼女の夏だった・・・。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 



 

 

 

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図書室での勉強を終え、廊下に出た。

そこは静寂に満ちていて、人影もまるで見あたらない。

部活や委員会で残っている生徒も多いはずなのに、今日に限ってどうしてこんなに静かなんだろう。

自分の足音が、驚くほど大きく聞こえる。

夏の日差しを吸い込んだ廊下は、夕暮れになっても暑気が引かない。

歩いているだけで、背中にかすかに汗がにじんでくる。

 

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靴に履き替えて、外に出た。

風がないせいかひどく蒸し暑く、うだるような熱気が満ちている。

今は夏なのだ、と改めて感じる。

夏は嫌いではない。

陰鬱な冬と比べれば、音と光に満ちたこの季節を嫌う理由は遥かに少ないと言える。

嫌いではない、か。

俺にはそんなものばかりのような気がする。

世界は嫌いではないものと、嫌いなものの二つにしか分かれていない。

とうてい健全な生き方とは言えないな──と、一人で苦笑する。

生き方、か。

 

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空を見上げる。

俺が望む生き方は──


「なんだ・・・?」


真っ赤な空を、ひらひらとなにか白いモノが舞っている。

 

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それは──紙飛行機だった。


「どこのバカが飛ばしたんだ」


ふわりと地面に降りた紙飛行機を広い上げる。

いい歳して、こんなものを飛ばすようなバカがこの学園にいたとは。

軽い驚きをおぼえつつ、校舎の窓を一つ一つ確認していく。

もう犯人はいなくなってるかもしれないが・・・。


「あ・・・」

 

 

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不意に視界にとらえたのは、一人の女の子の姿だった。

それもどういうわけか、彼女は屋上の縁に腰掛け、ぶらぶらと所在なさそうに足を動かしている。

なにをしてるんだ、あんなところで。

いや、それよりも──

ふと、疑問が湧き上がったそのとき。

遠目にだが、俺には確かに見えた。

彼女が足の動きを止め、俺を見下ろして──にっこりと笑うのを。

扉を開いた先は、空が近かった。

赤い、赤い空が今にも落ちてきて、この地上を焼き尽くしてしまうのではないかと思うくらいに。

目が痛くなるような緋色の景色の中で──

少女が笑っていた。

 

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「・・・なんで冬服なんだ?」


用意してきた台詞とは違っていたが、とりあえずそう尋ねてみた。

どういうわけか、上手く言葉が出てきてくれない。

目の前の光景がひどく現実感が失せているように思えてしまう。

屋上に来たのは初めてだが、当然あると思っていた柵が見あたらないのにも驚く。


「冬服?」


強烈な違和感を伴う景色の中で、少女は首を傾げた。


「冬服じゃないか。 それとも衣替えがあったことを知らないのか?」
「ああ、この服のことですか。 これは夏服ですよ」
「はあ?」


彼女の服はどこからどう見ても音羽学園の冬服以外のなにものでもない。

ご丁寧に手袋までしているのがさらに異質だ。


「冬に着る服を冬服って言うんですよ。 これは夏に着てるから夏服なんです。 違いますか?」
「まったく違うと思うが・・・」


まるっきり理屈が通ってない。


「気にしないでくださいよ。 たまに見てるだけで暑苦しいって言われますけど・・・」


そう言われるのも無理ないだろう。

暑さのピークの昼間中にこんな格好をされたら、いやがらせとしか思えない。


「あまり半袖って着たくないんですよ。 昔、ちょっとね」


そう言って、彼女は袖の上から自分の腕をさする。


「当時はあまり気にならなかったんですけど、なんせ今は微妙なお年頃で・・・」
「別に事情を追求するつもりはない」

 

彼女が言いよどんでいるのを察して、俺は話を打ち切った。

おそらく、子供の頃にケガをしてその跡が残っているとかだろう。

この年頃の女の子なら、肌に傷があるのを見られたいはずがない。

それくらいは俺にだってわかるし、よく見てみれば・・・。

彼女には不思議なくらい、冬服がよく似合っていると思う。

もちろんそんなことは口には出さない。


「ところで、わざわざ長袖は暑苦しいって言いにいらしたんですか?」
「まさか」


俺は首を振り、本来の用件を思い出した。

 

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「あのな、屋上は立ち入り禁止だぞ」


普段から施錠されているはずなのに、どうやって鍵を開けたのかも謎だ。


「あなたも立ち入ってるじゃないですか」


少女が少しすねたような顔をした。


「俺は注意しに来たんだよ。 話を逸らさないでほしいな」
「人に見つかったの初めてですよ。 残念、残念」


なにが残念なのかを説明する気はないらしい。


「教師じゃなくてよかったな。 どうやって入ったんだ?」


音羽学園の屋上は立入禁止──というより、入学してその事実を聞いた後はもう、屋上の存在すら忘れてしまうのが普通だろう。

それくらい、生徒にとっては馴染みがない場所のはずだ。


「ああ、そのことですか。 わたし、天文部なんですよ。 特別に屋上への立ち入りが許されてるんです」
「つくなら、もっとマシな嘘をつくんだな。 こんな時間に星なんて見えないだろう。 だいたい、うちの学園に天文部なんてあったか?」


見たところ、望遠鏡などを持ち込んでいる様子もない。


「ありますよ。 ただし、昨日で廃部になりましたけどね」
「廃部?」
「ええ、3年の先輩方が一足早く引退してしまったんですよ。 2年生はいないので、残されたのは1年生のわたしだけ」
「1年だけ、か」


わかっていたことだが、どうやらこの少女は後輩らしい。

下手すると俺より3つか4つくらい下に見えるが。


「ギリギリまで誰か入部してくれないかな~って期待してたんですけどね。 世の中は甘くないですね」
「一人きりじゃどうにもならないからな。 気の毒だと思うが仕方ない」


と、心にもないことを言う。

最近は、退屈でくだらない話にも、ごく普通に相づちくらいは打てるようになった──それの是非はともかく。


「そうなんですよ、どうにもならないんです。 でも・・・」
「なんだ?」
「どうもわたしが関わったところは、たいていろくでもない末路を迎えるんですよね・・・」
「なんだそれは」
「不運を呼び込むタチらしいんですよ、しかも周りを巻き込んで。 自覚はあまり無いんですけど」


さらりと恐ろしいことを言っている。

というか、初対面の人間に告白することではないと思う。


「まあ、そんなことはいい。 ただ俺は注意しに来ただけだ。 そんな危なっかしいところに座るな」
「あら、お優しいんですね」


少女はからかうようにして笑う。

その笑い方はなぜかひどく癇にさわった。


「・・・君がこっそり屋上に立ち入ろうがなにしようが勝手だ。 だけど、落っこちて死なれでもしたら困るんだよ」
「なぜ、あなたが困るんです?」


本当にわからない、といった様子で彼女は首を傾げた。


「人が死ぬのは嫌いだ。 当たり前のことだろう?」
「それはあなたの個人的な価値観ですね」


彼女はちょっと怒ったようにそう言った。

特になにも考えずに喋っている──この少女からはそんな印象を受ける。

実際にその通りな気もするけれど。


「ですけど、もちろん、あなたの価値観にケチをつけるつもりなんてありませんよ」


赤い夕陽に照らされた少女の顔が、優しい微笑みに変わる。

 

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「火村夕先輩」


そして、彼女は柔らかい声で俺の名を呼んだ──

 

「・・・誰だおまえは?」


同じ学園の生徒なのだから、俺の名を知ってること自体は不思議なことでもなんでもない。

だが。

俺はこの声を知っている。

この話し方は、この笑みは、古い記憶のどこかに今も確かに存在している。


「やっぱり忘れてるんですね。 ちょっぴりショックだなー」
「訊かれたことに答えろよ」
「そんな怖い顔しちゃダメですよ。 特に女の子の前ではね」


軽く叱るような口調で言って、彼女は小さく首を振った。

こんなにも苛つくのはなぜだろう。

なにかが心のどこかで引っかかっていて、息が詰まりそうな感覚がこみあげてくる。

少女は再びにっこりと笑った。


「・・・ゆうこですよ」
「ゆうこ?」
「ええ、お願いですから・・・忘れたなんて言わないでくださいね」


ゆうこ・・・?


「わたしは一目でわかったのに、あなたはすっかり忘れてたら・・・もう悲しくて立ち直れないですよ。 もしも」


──もし忘れているのなら、思い出すまで何も言わないで──

 

・・・。

 

 

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虚空を見つめ、優子は微笑する。

彼女の笑みは昔と変わっていないと思う。


「あの夏も、屋上での再会も・・・。 なにもかもが・・・遠くなってしまいましたけど・・・」
「遠いなぁ・・・遠い・・・。 あれはもう、何年前になるんだろう・・・」
「何だか、お年寄りみたいな発言ですね」
「お互いにな」


そろって苦笑いする。

昔と比べて確実に変わったこと。

それは懐かしむべき過去が増えたということだ。


「あなたは、少し変わりましたね」
「変わるさ。  それなりに、時間は流れたんだよ」
「そうですね・・・。 わたしたちが過ごしたあの時間には、もう手が届かない・・・」
「思い出も記憶も、何もかも過ぎ去っていく。 それが当たり前のことだ」
「当たり前のこと、だけど・・・。 それが悲しい・・・」
「悲しいことはたくさんあったな。 でも・・・」


時計の針を戻すことはできない。

寂しさも悲しさも積み重なっていって──いつか少しずつ消えていく。

流れる時の中で俺はそのことを知った。

たぶん、彼女も。


「悲しい顔をするのはやめようか」
「そうですね。 私達の、2度目の再会ですものね・・・。 今は・・・あなたに笑っていてほしい。 私も、笑っていたい。 ・・・私を笑えるようにしてくれた、あなたの前ですから」
「いや・・・。 お前は最初から、いい笑顔を持ってたのさ。 ちょっとそのことを、忘れてただけだ」
「ふふふ」


彼女は嬉しそうに声を出して笑う。

再会の夏が過ぎ、瞬く間に秋が終わり、そして訪れた冬。

あの寒すぎた冬。

まだ古い傷跡がかすかにうずいたけれど。

優子も俺も心から笑えるようになっていた。

 

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「楽しかったな、あの頃は」
「なにもなかったですけどね。 なにもなかったですけど・・・一緒にいれば、笑っていられました」
「ああ・・・」


彼女の笑顔を見ているだけで俺は満たされていた。

他になにもいらないと思えるくらい。

なによりも大切な笑顔。

いつまでも微笑む彼女がそばにいてくれると、かつて俺はそう信じていたのに。

 

・・・・・・。


・・・。

 

 

 

 

 

 

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「もうそろそろ休んだらどうですか?」


ぺたんと隣に座って、優子は言った。


「あれ、おまえまだ起きてたのか」


俺はノートから目を上げて答える。

時計を見ると、もう日付が変わっていた。


「本当に集中力ありますね・・・。 ここまで周りが見えなくなっちゃうなんて」
「この集中力がデッサンのときにも発揮できればな・・・」
「そっちはまだ始めたばかりじゃないですか。 これから、これから」
「そういうことにしとくか」


優子ののんきさに苦笑いして、ノートを閉じる。

今日はバイトがきつかったし、ほどほどでやめるのもいいだろう。

 

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「お茶でも淹れましょうか?」
「ああ、そうだな。 ・・・いや、もう寝るか。 俺が起きてるとおまえ、寝そうにないし」
「あら、バレました?」
「わかるに決まってんだろ。 余計なとこで無理をするなよ」
「いやー、夕くんの真剣なお顔につい見とれちゃってまして」
「おまえな・・・なんでそういうリアクションに困るようなことを言うんだ?」
「うーんと。 困らせようとしてるからでしょうね♪」
「あー、そうかよ」


まったく、いい性格してるよな。


「さ、それではお布団敷いちゃいましょうか」


優子が自分の布団に入るのを確認してから、俺も横になった。

布団の中は少し冷たいけれど心地よく、一気に力が抜けていく。

自分で思っていたよりも疲れていたらしい。


「・・・・・・」


目を閉じるだけでこのまま眠りに落ちていけそうだ・・・。


「夕くん」
「・・・・・・ん?」
「あのー・・・」
「なんだよ」
「実はお願いがありまして・・・」
「ああ、どうした?」
「えーと・・・。 そっちへ行ってもいいですか?」
「・・・・・・は?」


思わず耳を疑ってしまう。

だが、聞き間違いとは思えない。


「いやあ・・・別にいいけどさ」


俺はちょっと焦りながら答える。


「俺もよく知らねえけど、特に今のうちはそういうことは避けたほうがいいんじゃないのか? それに俺も疲れてるし・・・」
「夕くん、なにか勘違いしてません?」


闇の向こうから呆れたような声がした。


「わたし、ただ夕くんのお布団に入りたいって言ってるだけなんですけど?」
「・・・・・・まぎらわしいことを言うな」
「勝手に勘違いして怒らないでくださいよー」
「怒ってねえよ」


自分が赤面してるのを感じながら、俺は優子に背中を向ける。


「夕くんってばエッチなんですよねー」
「いいから黙って寝ろよ」
「えっ、わたしのお願いは?」
「勝手にしろよ」


背中を向けたままで言い放つ。

くそ、我ながらとんでもないミスだった。


「じゃ、失礼しまーす」


ごそごそと音がして、布団がめくりあげられた。

そして、優子が潜り込んでくる。



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「ふふふふふ・・・」
「なんだ、その変な笑い声は」


優子は俺の背にぴったりと身体を寄せてきた。

柔らかい胸の感触が伝わってくる・・・。


「・・・・・・」
「ごめんなさい」
「どうして謝ってるんだよ」
「そういうのは・・・もうちょっと我慢してください。 今は控えたほうがいいみたいなんで」
「・・・わかったよ」


少し高ぶっていた心が落ち着いていく。

彼女のためなら、欲望だって抑えこんでみせる。


「優子」


俺は寝返りを打って、優子と向き合い、彼女の身体を抱きしめる。


「あ・・・」
「あたたかくしたほうがいいんだろ?」
「はいっ」


優子の嬉しそうな声。


「体勢、苦しくないか?」
「ええ、平気です。 やっぱり、無理して布団もう一組買わなくてもよかったかもしれませんね」


彼女がさらに身体を寄せてくる。


「ほら、ふたりで一つの布団のほうがいいじゃないですか」
「毎晩はキツいだろ。 狭いし」


というのが、布団を買うときの建前だった。

実のところ、一緒に暮らすとはいえ、布団が一つだけ──というのは、どうも落ち着かない気がしたのだ。

同じ布団で寝ていれば、欲望も抑えられなくなる。

毎晩そんな状態では、俺も優子も参ってしまう。


「たまにはいいけどな」
「わたしはいつもこうしていたいです。 夕くんと──ずっと一緒がいいです。 こうしていれば──夢の中でも一緒にいられそう」
「おまえはまたそういう恥ずかしいことを・・・」
「・・・わたしだって恥ずかしいんですよ」
「じゃ、言うなよ」
「だって」


優子は軽く唇を合わせてきた。


「だって、本当のことですから」
「・・・バカだな」


今度は俺のほうから口づけて、しっかり優子を抱きしめる。

そうだ、これからは毎晩一緒に眠ろう。

身体を寄せ合い、しっかりと手を握って。

 

──朝が来るまで、決して離れることなく──

 

・・・。


「本当に楽しかったな・・・」

 

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「ええ・・・とても」


たまにはケンカもしたけれど、そばにいるのが当たり前だった。

なによりも互いのことが大切で──

ずっとふたりで進んでいこうと決めた。

そのはずだった・・・。


「なのに俺たちは・・・」
「・・・」
「俺たちの手は離れ、違う道を歩いて、ここに来た」
「ええ・・・」


決して短いとは言えない時間だった。

本当にお互いのことを忘れてしまってもおかしくないくらい。

少なくとも俺の記憶も薄れ、たくさんの大事ななにかが損なわれてしまっただろう。


「どうして・・・。 どうして、あなたはここに来たの?」
「約束があっただろう? ここで会おうって、約束したじゃないか」


数年前のクリスマスの朝。

俺は確かにそう約束して、彼女も頷いてくれた。

息を弾ませ、道を駆けて優子が待つ教会へ。

あの日のことは今でも鮮やかに覚えている。

約束を果たせなかった胸の痛みが、忘れさせてくれない・・・。


「長くは待たせないって、言ったのにな・・・」
「いいえ・・・。 いいえ、そんなことは・・・」


優子は何度も首を振る。

わかっていた。

彼女が許してくれるだろうということは。

だけど、胸の痛みはそれだけでは消えてくれなかったから。


「俺は、今度こそ約束を守るためにここに来た。 それに・・・。 たぶん・・・俺を呼んだのはお前だよ。 違うか?」


優子は今でもこの場所で待っている。

俺がそのことを知ったのはきっと偶然じゃない。


「そう・・・そうかもしれませんね」
「教えてくれ。 ・・・お前になにがあったのか」
「・・・なにが、ですか?」


教会の扉に目を向け、優子は言葉を探している。

もちろんわかっている。

一言や二言で語れるようなことじゃない。

 

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「はじまりは・・・。 やっぱり、クリスマスだったのかもしれません。 ちょうど一年前のクリスマスの夜。 あの人・・・そう、あの人はあなたに似ていた気がする」
「俺に・・・?」


そんなろくでなしがこの街にもう一人いるのか。


「扉を開けて、あの人は入ってきました。 入ってきたのは、一人の男の子。 どこかあなたに似ていて・・・。 えぇ、懐かしい匂いがしたんです。 ・・・だから、わたしは思ったのかもしれません」
「なにをだ?」
「ほんの少しだけ、その男の子の物語に関わってみよう、って」
「聞かせてくれないか? そいつの物語を」
「・・・長くなりますけど、良いんですか?」
「いいさ。 夜が更けるまでには、まだ時間がある」
「では・・・語りましょうか。 彼がこの教会を訪れたことから始まった・・・。 冬の物語を」

 

 

 

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・・・。


凍えるような夜を歩く。

靴の中にまで入り込んでくる冷気に身体を震わせ、張りつめたような静寂に少し耳が痛くなる。

光に彩られた街から仰ぎ見る空で、月がぼんやりとした光を放っている。


「寒ぃーっ・・・」


吐息の白さが闇に溶けていく。

俺は背筋を丸めて、ゆっくりと歩を進める。

冬だから寒いのは当たり前なんだけどさ──

雪が降ったりしなけりゃいいけど。

ホワイト・クリスマスになんか興味はない。

クリスマスだろうがなんだろうが、雪はただの自然現象だろ。

どうでもいいことだ。


・・・。

 

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重々しい扉の向こうに、ひとりの少女が立っていた。


「あら」


祭壇の前に立つ少女は振り返り、にっこりと微笑む。

ずいぶんと小柄だけど、年齢は俺より1つ2つ下くらいか?


「残念ですけど、クリスマスのミサはもうお開きになりましたよ。 参加したいなら、また来年お越しになってくださいね」
「あー、別に俺は信者じゃないから」
「では、どうして? ここの教会では炊き出しはやってませんよ」
「アホか」


ホームレスじゃあるまいし。


「ただ、ちょっと・・・クリスマスの教会っていうのはどんなもんなのかなーと思って、のぞいてみたんだけど。 勝手に入ったらまずい?」
「まずくはないですけど、変なことに興味を持つんですね。 クリスマスなんですから、教会より街に行ったほうが楽しいでしょう?」
「ま、変なことに興味があるのは職業柄というか」

 

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「職業、ですか・・・?」


少女は小首を傾げる。

間違っても俺は社会人には見えないだろうから、疑問に思うのは当然だな。


「それは気にしないでいいや。 にしても閑散としてんな、ここ」
「ミサが終われば、クリスマスと言っても普段の教会と変わりありませんよ。 だいたい、ミサだって特に楽しいものじゃありませんしね」
「ふーん・・・。 ところで、あんたは?」
「私ですか? あなたと同じですよ」
「は? なんだ、それ?」
「クリスマスだっていうのに、一緒に過ごす恋人もいない寂しい人ですよ」


少女は口元を自嘲的に歪める。


「・・・俺が訊いてるのはそういうことじゃないんだけど」
「冗談です。 そんな顔をされると怖いですよ」


そういう少女の態度は余裕たっぷりで、とてもじゃないけど怖がってるようには見えない。


「私は雨宮優子。 雨に、お宮参りの宮。 それに優しい子って書きます。 ちなみに、ただの通りすがりさんです」
「シスターみたいな格好してるじゃん。 ここの人じゃないのか?」
「こういうファッションなだけですよ。 教会の関係者でもなんでもありません」
「丁寧な説明をどうもありがとう」
「いえいえ、どういたしまして」
「・・・ん? アマミヤユウコ・・・?」


なんだ、なにかが引っかかる。

雨宮優子──

かすかに聞き覚えがあるような、ないような。


「? どうかしました?」
「・・・なんでもない」


俺は首を振る。

顔に見覚えはないし、たぶんただの錯覚だろう。

 

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「もしかして、一目惚れですか? それもやむをえないとは思いますが、私はできればお友達からがいいんですけど・・・」
「喧嘩売ってんのか?」


ぎらり、と睨みつけてやると雨宮優子はわざとらしく首をすくめて逃げる振りをした。

完全になめられてる・・・。


「いまひとつジョークの通じにくい人ですね」
「悪いけど、生真面目なもんでね」
「なるほど。 それで、生真面目なあなたのお名前は?」
「別に名乗る必要なんてねえだろ」


なんだって俺が通りすがりの人間に名乗らなきゃいけないんだ。


「それはずるいですよ。 私はちゃんと名前言ったのに」


彼女はわずかに口をとがらせる。


「勝手にそっちが名乗ったんだよ」
「いいじゃないですか、名前くらい。 減るもんじゃないでしょうに」


そう言われると、ますます言いたくなくなる。


「・・・・・・」
「うわ、ついにだんまりモードですか」
「・・・・・・」
「もーいいです。 私だって特に知りたいわけじゃありませんもん。 あなたの名前を知ったところで一文の得にもなりませんしね」
「広野だよ。 広野紘」
「・・・・・・。 ひねくれ者」
「ほっといてくれ」
「ふふふっ」


突然、彼女はくすくすと笑い出した。


「・・・なにがおかしいんだよ」
「いえ、なんでもないです」


雨宮優子は笑いを収めながら首を振った。


「広野、絃さんですか・・・。 うん、いいお名前ですね」
「名前なんか褒められても嬉しくねえよ。 俺の知らないところで勝手に付けられたもんだからな」
「あらら、どこまでもひねくれてますね・・・。 でも、そういうのって嫌いじゃないですよ、私」
「はっ、嫌ってくれても全然かまわねえよ」


なにをくだらない話してるんだろうな、俺は。
しかも、夜の教会なんぞで見知らぬ女の子と。


「なんだか、本当に変わってますね、あなたは」
「一人でこんなところにいるあんたも相当な変人だと思うけどね。 本当、なにしてんの?」
「そうですね・・・」


しばし、教会内に沈黙が落ちた。

壁面に並んだキャンドルの灯が、少女の面影をぼんやりと闇に浮かび上がらせている。

雨宮優子は目を虚空に泳がせて、真剣な様子で何事か悩んでいたかと思うと、ふっと笑顔を浮かべた。


「・・・会わなくちゃいけない人がいるんです」


さっきまでの人を小馬鹿にしたような笑みとはどこかが違っている。


「会わなくちゃいけない人・・・? 誰?」
「誰なんでしょうね」
「なんだそりゃ」


やっぱ、からかわれてるのか。


「私、冗談を言ってるんじゃないですよ」
「ホントかよ」


物凄く疑わしいような。


「わからないんですよ、私にも」


俺で遊んでるんじゃないか、こいつ・・・。


「どこの誰だかわからないけど、とにかく会いたい人がいると」
「ええ」
「待ち合わせ場所はこの教会なの?」
「たぶん」
「たぶんって・・・。 時間は?」

 

雨宮優子は小さく首を振る。

時間も決めていないんじゃ、どうしようもないと思うが。


「仕方ないですよ。 もう記憶も霞んでしまった遠い過去に交わした約束ですから・・・」
「遠い過去ね・・・」


子供の頃の約束だろうか。

そんなもの、信じるだけ無駄なような。


「なんにしたって、めっちゃあやふやな話だな。 本気で会えると思ってるのかよ?」
「もちろんです」


雨宮優子は力強く頷いた。


「誰なのかわからないけれど・・・。 ここにいれば会える気がするんです。 それに、今夜はクリスマスですから。 夢を見たっていいですよね、今夜くらいは」


もしかしなくても、俺に同意を求めてんのか。


「今夜じゃなくても、夢なんていつだって見られるだろ」
「いいえ、クリスマスは特別ですよ。 叶わない願いかもしれないけれど、今日だけは夢見ることだって、きっと許されると思うんです」
「許されるって、誰にだよ?」


雨宮優子は問いには答えず、嬉しそうに笑った。

まったくもって理解不能

わけのわからん子だ、本当に。

理解する必要もないだろうから、あきらめることにしよう。


「ま、会えるといいな。 がんばってくれ・・・」
「あなたは?」
「俺がなにか?」
「あなたは、クリスマスを一緒に過ごしたい人はいないんですか?」
「いない」


きっぱりと答える。


「すっごい即答でしたね」
「もったいつけたって答えは変わんねえもん。 いねえよ、一緒にいたい奴なんて。 いないから、ひとりでこんなとこにいるんだよ」
「それでいいんですか?」
「困ることはなにもないな」


ひとりのほうがいいとまでは言わないけれど。

それでも、積極的に誰かと一緒にいたいとは思わない。

寂しいとか退屈とかそういうのじゃなくて──

でも、なんとなくじっとしてられない。

俺がここにいる理由はただそれだけで、特になにかを望んでるわけじゃない。


「あんたとは違うよ」


俺はおもむろに踵を返した。


「あれ、どこに行くんです?」
「帰るんだよ。 ここにいてもしょうがないし、寒いし」
「もうちょっと付き合ってくれてもいいじゃないですか」
「俺もあんまり暇じゃないんで。 じゃあな」


たぶんもう会うこともないだろうけど。


「あ、ちょっとお待ちを」

 

歩き出してすぐに、背後から声がかかる。


「ん?」
「ひとつ言い忘れてました」
「・・・なんすか」


雨宮優子はいたずらっぽく笑い──

 

 

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「ふふっ、メリークリスマス」


・・・。