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ドキドキ文芸部プラス!-DOKI DOKI Literature Club Plus!+-【理解パート】

 

 

突然ドアが開いた音で部活の会話が遮られた。

モニカとサヨリは音の方へ振り返る。

ドアは途中まで開いたところで止まり、それから顔がのぞいた。

それはどこかで見覚えのある顔だ。

 

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「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」


サヨリは目を見開き、その少女をじっと見る。

そして、大声でモニカに向かって言った。


「あの子だよ! あの子!」


そう──出入り口に立っている少女は、サヨリが見つけた、教室で一人で本を読んでいたあの少女だったのだ。

彼女の席にモニカが置いたチラシのおかげで、この部活のことを知ったらしい。


「・・・ひょっとして、文芸部のためにここへ?」

「えっと・・・場所が違いますか?」

「ううん、合ってるわ! ここが文芸部よ! どうぞ中に入って!」


その少女は室内に入るが、壁に向かって立ち、誰とも目を合わせようとしない。

サヨリは興奮を抑えきれずにいる。


(ついに新入部員が! どうしよどうしよ)



「来てくれてありがとう! あまり人がいなくてごめんなさい・・・。 えっと・・・私はモニカ、この子はサヨリ。 私たちが文芸部を運営してるの。 って、今のところは私たちだけしかいないけど・・・。 ところで、あなたの名前は?」

「・・・入部させてください!」

「もう!?」

「えっ・・・本当に? いいの?」

「その・・・私で良ければ・・・ですが・・・」

「あはは! 良ければも何も、ここは誰でも歓迎よ!」

「あっ・・・」

「えっと、座ってちょうだい。 自己紹介しましょう!」


その少女はうなずき、近くの席にそっと座る。


「それじゃ、あなたの名前は?」

「ユリです」

「わたしはサヨリ、こっちはモニカちゃん!」

サヨリ、私はもう・・・」

「はじめまして。 えっと・・・ファンタジーはお好きですか?」

「・・・。 えっと、本の?」

「・・・」


ユリはモニカを見つめる。


「ファンタジーって素敵よね!」

「は! アナベル・デュポンはご存知ですか?」

「えっと、聞いたことはないかな・・・」

「ああ、その、私の大好きな作家なんです。 今は彼女の5冊目の本を読んでいるところで、それが──」


ユリは歯を見せて笑い、子どものように無邪気に喜んだ。


「よかったら、本をお貸ししましょうか? 素晴らしい体験ができますよ!」

「ええと──」


不意に会話の主導権をユリに握られてしまったモニカは、言葉を詰まらせる。

モニカはサヨリを横目で見ながら、無言の助けを求めた。


「じゃあ、喜んで! ユリちゃんが本当に夢中になっている本なんだから、それなら絶対に面白いよ!」

「ああ・・・この部を見つけられて、本当にうれしいです・・・。 あら、私としたことがうっかり・・・他の本を全部ロッカーに置き忘れてきてしまいました。 取りに行かないと」


ユリは素早く立ち上がる。


「本を取りに行ってきますね。 すぐに戻ります」

「えっと・・・とりあえず一冊あれば十分、だよ・・・」


ユリが机に置いた本のとてつもない重さに気づき、サヨリはびくびくしながら言った。


「それはそうですね・・・それでは一巻だけ持ってきます」


ユリは瞬く間に部室を出ていった。

残されたモニカとサヨリは、黙って視線を交わす。


「まったく・・・想定外って言うか・・・。 あんなに熱心な人、どう扱ったらいいのかしら? 私、ファンタジーは読んだことがないの・・・子どもの頃は読んでたかもしれないけど、そんなの彼女のハマっているものと比べたら幼稚なものでしょうし」
「大丈夫だよ! だってさ・・・いろんな種類の文学が好きな人が集まってるって、とっても良いことじゃない? みんなで好きなものを教え合うのって面白そう!」
「ええ、反対はしないけど・・・。 もし彼女がファンタジーに"しか"興味がなかったら? そんな風に見えない?」
「モニカちゃん・・・もっと前向きに考えよ? 新入部員が来たんだよ! 喜ぼうよ。 わたしはあの子と仲良くなるのがとっても楽しみ。 モニカちゃんは?」
「ええ・・・そうよね。 気が急いてたわ、ごめんなさい。 急に心配になっちゃったの」
「話の主導権を取られて、心配になったんでしょ?」
「あはは。 ちょっと止めてよ。 サヨリのそういう鋭い指摘、時々何か怖いわ」
「わたしは、みんながどうして喜んだり悲しんだりするのかを考えるのが好きなだけ!」
「そうね・・・」
「あっ・・・そうだ! サヨリなら、この部でユリが楽しく過ごすのを手伝うことができるんじゃないかしら。 部の運営のお手伝いは一休みして、彼女と一緒に過ごすのはどう?」
「やった! わたし、そういうことがしたかったんだ! それに・・・」


サヨリは声を落とす。


「たぶん、ありったけの時間を費やさないと、とてもじゃないけど・・・」


サヨリは、ユリが置いていった圧倒されるほど分厚い本を指さす。

その時、ユリがドアを開けて戻ってきた。


「ただいま戻りました・・・」


彼女の息はかすかに荒い。

廊下を走って、急いで戻ってきたのだろう。

ユリはサヨリの方へやって来て、机の上に本を置く。

サヨリが恐れていた通り、ユリが持ってきた本は、さっきのと同じくらいのサイズだ。


「えっと、読み始める前に、いくつか知っておいた方がいいことがあります・・・。 同じ世界観を共有している別の本に、もっと詳しい描写があります。 混乱しないように、まずはそちらに目を通しておいた方が良いでしょう」

「う──うん──」


サヨリは恐る恐る口を挟む。


「その・・・今日は、もうちょっとお互いの話をするのはどうかなって思ってたんだ。 ほら、一緒に本を読むなら、お互いのことをもっと知りたいなって・・・」


ユリの見えないところで、部屋の向こう側からモニカがサヨリへ微笑みかけてうなずく。


「あっ・・・。 わかりました」


ユリは席に着き、本に目をやり、それから部屋を見渡す。

言葉を発する気配はない。


「それじゃあ・・・入部しようと思った理由は?」

「えっと、私は読書が好きなので、すぐ文芸部に興味を持ちました。 文芸部を始めた人がいたなんて、知りませんでした。 ですがそれは、今までクラブ勧誘の張り紙に気づかなかった私の落ち度ですね。 私が文芸部を見つけられたのは、ひとえに・・・」


ユリはモニカへ視線を向ける。


「モニカちゃんのおかげだね」

「・・・モニカちゃんが私の教室に入ってきて、チラシを置いてくれたからです」


突然、ユリの表情が暗くなり、自分を否定するように首を振る。


「あの時はとても失礼なことをしました・・・緊張しすぎて、顔も上げられなかったんです。 だからモニカちゃんはそのまま出て行ってしまって・・・。 モニカちゃんがその私の行動をみんなに話してないか考えたら怖くなってしまって。 それでも来たなんて非常識な──」

 

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「待って、あれは──あれは私が悪かったの! あなたの邪魔をするのが本当に申し訳なくて、黙って出て行ったの・・・。 本当は、あなたが来てれたらいいのにって思っていたわ!」


ユリはホッと安堵の息を吐く。


「私はいつも、最悪のシナリオを考えてしまうんです・・・。 それで──ここへ来るにはとても緊張したんですが、他にも理由があって・・・。 たくさんの人がいたらどうしようって。 本当に嫌というわけではありませんが、初対面の人と一度にたくさん出会うのは本当に苦手で。 だから・・・あなたたち二人だけで、本当に良かったです。 いいタイミングで文芸部へ来れました」

「ああよかった、うれしいよ! 勇気を出してここに来てくれて、すごいよ!」


ユリは一人、ホッとしたような笑みを浮かべた。


「これまで、自分の趣味を他の人と分かち合う機会に恵まれたことは一度もありませんでした・・・。 オンラインならまだしも、同じことに興味のある人を見つけるのは、本当に難しいですから。 だから文芸部には共通する興味を持つ人を見つけられるチャンスだと思ったんです」

「他には何が好きなの?」

「ジャンルで・・・ですか?」

「わかんないけど、何でも! 本じゃなくてもいいよ」

「えっ、えーと・・・。 くだらないと思われるだけです・・・」


サヨリは口をつぐみ、心配そうな表情を浮かべる。


「じゃあ・・・わたしの趣味を教えたら、ユリちゃんも教えてくれる?」

「それならいいですよ・・・」

「オッケー! えっとね・・・わたしは手芸が大好きなの。 かわいい小さなコラージュをつくったり、物を飾りつけたり。 カードとか宝石箱とか・・・。 友達に何かつくってあげようっていろいろ買いこんじゃうから、いっつも部屋が散らかっちゃってて。 捨てればいいのに捨てられないんだよね。 えへへ。 だから、そう! わたしはちょっと変わったことが趣味なんだ!」

「あなたは創造性に長けているんですね」

「大したことないよ。 はさみとのりとかがあれば、ビックリするくらい何でもできちゃうんだよ」

「では、私の番ですね」


サヨリはうなずく。


「ええと・・・。 その、私は自然が好きで・・・」

「わたしも自然大好き! モニカちゃん、わたし自然部を始めようかな」

「ダメよ。 あなたはもうこの部で私と運命を共にするんだから」

「ええ、自然部やりたい!」

「あら、そう? それでは、あなたを文芸部の副部長として、ここに任命します。 どう? これであなたはこの部と運命を共にするの」

「ちょっとぉ、責任持ちたくないよ! ああ、ごめんね、ユリちゃん、邪魔しちゃった! 続きをどうぞ」

「いえ・・・いいんです」


話を遮られ、気まずそうに黙っているユリ。


「森や、公園に・・・歩いたり座ったりできて、周りに人がいない場所に行くのが好きですね。 自然の中にいると安らぐんです。 あらゆる問題から自分を切り離して、気持ちをしばらく自由にさせるのが、とても心地よくて」

「どういう時にするの?」

「気分によりますね。 放課後や週末・・・行きたいと思う時にはいつでも出かけます」

「わぁ・・・なかなかそんな時間取れないわね」

「きちんとスケジュールを管理すれば、時間はいくらでもつくれますよ」


サヨリが会話を先導し、三人はおしゃべりを続ける。

モニカが時々相槌を打つ。

モニカはサヨリにその場を任せて自分の仕事に集中するつもりだったが、ついつい会話に引っ張られてしまう。

いつの間にか、一日の終わりが近付いていた。


「あら、今日はもうお開きにした方が良さそうね。 それじゃ、あなたたち二人は次の部活から、あの本を読み始めるのかしら?」

「そのつもりだよ!」

「とても楽しみですね」


目を輝かせるサヨリと、荷物をまとめるユリ。

支度が終わると、ユリは穏やかな笑顔を浮かべ、言葉なくサヨリとモニカに手を振る。


「ばいばーい!」


ユリが教室から出ると、サヨリは元気よく別れの挨拶を返す。

再び、部室にはサヨリとモニカが残った。

 

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サヨリ、あなたのおかげで助かったわ」
「えへへ、わたしは何もしてないよ。 お話しただけ」
「それでも・・・」
「それに・・・わたしの気分も上がったし。 ああやって、自分のエネルギーを誰かに渡すって、すっごくいい気分になる。 ユリちゃんはすっごく楽しそうに話してた。 それがとてもうれしかったの」
「あなたが彼女に話を振ってくれて楽しかったって、彼女もきっと思ってくれてるわ。 次からは、一緒に読書をするのよね?」
「ちょっと怖いけど、わたしががんばって追いつこうとすれば、ユリちゃんも喜んでくれると思う」
サヨリなら、きっとうまくやれるわ」


新入部員というサプライズを経て、全員が新しい期待に胸を膨らませた。


・・・・・・。


・・・。

 

 

 

 

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授業が終わり、その日の放課後。

ユリは不安を抱えたまま部屋へ向かっていた。

きっと自分が最後だろうと思いながら。

彼女がドアを開くと、驚いたことに部室にいたのはサヨリだけだった。


「ユリちゃんが来てくれた! モニカちゃんはコンピュータ室に行ったから、今日はわたしたちだけ。 それでもいい?」


ユリは目を合わせることができずに、静かにうなずく。



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「ええと・・・昨日はごめんなさい!」
「え?」


ユリが何を言っているのかまったくわからず、サヨリは首を傾げる。


「あの・・・。 その・・・自分の本を紹介しようと舞い上がり過ぎて、前のめりに話そうとする私を止めてくださって・・・。 考えが足りませんでした。 必死過ぎて、他の部員の方のことを考えられず・・・」
「あははっ。 ユリちゃんは何も悪くないよ。 テンションが上がってるユリちゃん、かわいかったよ」
「・・・。 えっと、それでも・・・。 私、考えてて・・・読書のことで気持ちが変わったんです。 一緒に読むのは止めましょう」
「えっ? なんで?」
「だって・・・。 私に合わせていただけなんでしょう? 考えてみれば、どなたも興味あるようには思えませんでした」
「で、でも──ユリちゃんが好きな本なら、一緒に読みたいって思うよ!」
「入部することは決めましたので、そんなに一生懸命、私の気を引こうとしなくてもいいんです」
「そんなこと・・・してないよ・・・」


しばし、二人の間に気まずい沈黙が広がる。


「えっと──そんお、実はね、まだ部活動らしいことをしてないんだ! わたしとモニカちゃんで、ずっと勧誘に取り組んでたから・・・。 だから、ユリちゃんの本を読むって、わたしたちが一緒にできる楽しいことだと思うんだ。 ほら・・・部活動の一環でね。 それならいいでしょ?」
「・・・・・・どうして私はこんなに抵抗してるんでしょう? そもそも、私がしたかったことで・・・あなたもすごく親切なのに。 何が嫌なのか、自分でも本当によくわからないんです・・・ごめんなさい」
「謝ることないよ! どうしたらユリちゃんが文芸部でもっと楽しく過ごせるようになるか、ただ教えてほしいの」
「そうですね・・・」


サヨリはユリの方へ机を動かし、隣に座る。

例の本は、すでにユリの机の上に置かれていた。

のぞき込み、サヨリは本の表紙を読む。


「・・・『ダスクベル-エヴァーラストサーガの第一章-』・・・ああ! アナベルの『ダスクベル』だね!」
「・・・」
「ごめんね。 私はいつでもオッケーだよ」
「それでは、用紙を用意しないと・・・」


ユリはリングノートを手にし、ページを数枚破り取る。


「えっ・・・どうして紙がいるの?」
「地図や年表、家系図とかを書き出すのに便利なんです・・・。 メモを取るためですね」
「メモ?? あ──えーっと・・・。 そうだよね! 読書には戦略が必要だもんね!」
「その通りです。 このジャンルが初めての人には、特に役立つと思います」
「・・・」


サヨリの冗談は、完全に流された。

しかし考えてみると、メモを取るのは確かに良いことかもしれないと思えた。


「一緒に読書することには慣れていませんが、できるだけわかりやすく解説できるようがんばってみますね」
「うん、信じてる。 ユリちゃん、頭が超良さそうだし」
「いえ、そんな・・・」


ユリは褒め言葉をかわそうとするが、笑顔や顔の赤さを隠すことができない。


「知識は人によって千差万別です。 私が詳しいのは、私が経験してきたことだけです。 かたや、私が現実の人々と関われば、ひどいものですし・・・。 ここで過ごした二日間だけで、よくおわかりかと思いますが。 だから私の目から見れば、他のみなさんの方が頭が良いです・・・。 特にあなたは・・・」
「そんなことないよおおおお!」


サヨリは、ユリの肩にスリスリする。


「恥ずかしがってない時のユリちゃんは、本当に最高だよ」
「・・・。 とにかく・・・始めましょうか?」
「えへへ、いいよ!」


ちょっとした寄り道の後、二人は予定していた部活動に戻る。

ユリは、本の舞台となるファンタジー世界の基本設定をサヨリに説明し始める。

ユリが種族、派閥、歴史、魔法の要素を詳しく説明するにつれ、サヨリが抱える疑問は増えていく。

しかし、サヨリの予想に反し、ユリが熱を帯びながら話す説明は、わかりやすくかつ興味深いものだった。

ユリの話を聞いてると、彼女は物語自体というよりも、その物語の世界観を構成するものに最も情熱を注いでいることが伝わってくる。


「どうやってこんなことを思いつくんだろうね? わたしが書いているものとはまるで真逆だよ・・・」
「何を書かれるんですか?」
「えっとね、詩とかそういうの。 わたしのは、頭に思い浮かんだ気持ちを、ただ書きとめるだけなんだけど。 でもこの本は・・・たくさん計画やアイデアを練って、がんばって書かないといけないんだろうね」
「ああ、あなたは詩がお好きなんですか? 確か、付録に王国の詩や民謡などが含まれていますよ」
「うそおおぉ!!」
「あはは」

 

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ユリはクスクス笑う。

ユリが初めて笑ってくれたと気づき、サヨリの心は幸せな気持ちでいっぱいになった。

きっとユリは、楽しんでくれているに違いない。


「それはさておき、読む準備ができましたら始めましょうか」
「うん、でも、わたしそんなに速く読めないよ・・・」
「ああ、いいんです。 私はいくらでも待てますから。 気の長さは、私の長所です」
「うーん、そうなんだね・・・」


サヨリはメモに、『ユリちゃんは気が長い』と書き加える。


「あの、そのメモは本の内容を書くためのものなのですが」
「あはは! 冗談だよ~。 だけどユリちゃんが気が長くてよかった。 わたしは時々我慢できない時があって・・・。 時々じゃないな、たくさん」


サヨリは本の最初の数ページをめくり、目次を飛ばす。


「よーし・・・チャプター1だね」


二人が読み始めると、部屋の中は静かになる。

しかし、サヨリがまた口を開いてしまったせいで、沈黙はすぐに途切れてしまう。


「『立証』ってどういう意味・・・?」
「えっと・・・この文脈では、彼の無実が証明されたということですね」
「わからないことは聞いてもいい?」
「もちろんです」


サヨリはページをめくる。


「これって・・・脚注?」
「ええ。 会話の多くが文化的背景を含んでいるので、補助となるような説明が必要なんです」
「ふーん・・・」


読書を続ける二人。

ユリの落ち着いた表情は変わらない。

その一方で、サヨリの表情は、難解な文章を読み進めようとするうちに、どんどん強張っていく。

読書を始める前までは、サヨリの方が饒舌で、ユリは押し黙っていたのだが、今や二人の表情が入れ替わってしまった。

二人の立場が、今は逆転している。


「あれっ・・・この人たち、過去の話をしてるの? それとも今?」
「どこですか?」
「ここ」
「彼らが話しているのは過去のことですね。 この段落では、バーナスが過去の出来事を思い出す回想シーンが描写されているんです」
「でも、そんなこと言ってなかったよ・・・」
「文脈でほのめかされていたんです」


サヨリはこめかみを擦る。

二人は読書を続けるが、サヨリの質問は次第に少なくなっていった。

自らメモを読み返したり、書き足したりするようになって、サヨリはメモの重要性を理解し始める。

だがユリへの質問が減ったのは、読むのに疲れたからではなく・・・バカだと思われたくなかったからだ。


・・・・・・。


・・・。


ようやく、サヨリはチャプターの終わりにたどり着いた。


「ひとまず、ここまでにしておきましょうか」
「そうだね」


サヨリは深呼吸し、読み進めてきた本の僅かな部分を閉じる。


「ここまでの感想はいかがですか?」
「ええと──」


サヨリは言葉を探す。


「わたし、大丈夫かな?」
「えっ? どういうことでしょうか・・・」
「えっと──わかんないけど・・・。 読むのや理解するのにすごく時間がかかってるから、本当に自分がバカなんじゃないかって思っちゃうんだよね。 あはは。 でも、本に夢中になってるユリちゃんがとっても好きだよ。 私も読み進めたいって思うし、精一杯がんばろうって思える。 そしたらいつか、ユリちゃんみたいに読めるかな」
「・・・」


ユリの表情から、くつろいだ雰囲気が消える。


「そうですか」


ユリは静かに荷物をまとめる。


「明日は続きからだよね?」


ユリは動きを止め、首を横に振った。


「明日は他のことをしましょう」
「でも・・・」
「ごめんなさい」
「待って! どうして謝るの? どうしたの・・・」
「・・・ごめんなさい。 これ以上は続けたくありません。 それだけです。 無理強いしてごめんなさい」
「・・・」


ユリは教室から出ていった。

 

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「無理強いされてなんかないよ・・・」


サヨリは一人残され、つぶやく。


「どうしてこうなっちゃったの? ついさっきまで楽しく読んでいたのに・・・。 ・・・わたしのせいだ。 何かおかしなことを言って、ユリちゃんを傷つけたんだ。 一緒に読んでて楽しいって言えばよかったのに。 わたしを信じて任せてくれたモニカちゃんに申し訳ないよ・・・。 人を楽しませることしか取り柄がないのに、台無しだよ。 もう文芸部に戻りたくないってユリちゃんが思っちゃってたら・・・?」


罪悪感にさいなまれながら、サヨリはメモだらけの机をぼんやりと眺める。

メモのそばには、さっきまで読んでいた本がある。


「そうだよね・・・。 もしユリちゃんが戻るつもりがなければ、本はここに置いていかないよね? 本を忘れていっただけじゃないといいけど・・・。 うう、最悪だよ・・・。 わたしが一緒に本を読む時間を楽しんでないって思われちゃったのかな? それか・・・わたしがダメダメだったから、ユリちゃんが楽しめてなかったのかも? わたしが内容になかなかついていけてないから、がっかりしたのかも・・・。 そうだよね・・・私がもっと頭良かったら、ユリちゃんも楽しめたはず。 ユリちゃんのためにもっと勉強しなきゃ・・・」


・・・・・・。

 

・・・。

 


その日、サヨリは初めて一番乗りで部室にやってきた。

今日、ユリは現れるだろうか?

容赦なく不安が押し寄せてくる。

サヨリは、気持ちを落ち着かせようと椅子に座ったまま足踏みをする。

 

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「何でこんなに不安なんだろ? ユリちゃんが楽しんでくれるようにって、できることは全部やってるし・・・。 けど、がんばりが足りなかったんだ。 でも、わたしだって十分やったよ! けど、そうやってみんなをがっかりさせちゃう。 わたしって、がっかりさせてばっかり・・・」


サヨリは、自分を責めようとする心と悪戦苦闘し続けながら、小さな物音がするたびにユリが来たのではと顔を上げる。


・・・・・・。


しばらく経っても、部室には誰もやって来ない。

ユリどころか、モニカも来ない。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

 

 

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「ああ、もうこんな時間・・・。 どうしてクラブ以外のお手伝いを引き受けたのかしら? 私って、たまにお人好しなところがあるのよね。 私が最初に部室にいないと、ユリのような新入部員に悪い印象を与えちゃうわ」


モニカは、廊下の角を曲がり、部室へと向かう。

するとそこには・・・。


「ユリ・・・?」

「あっ・・・」


ユリは、モニカの声にハッとする。

ユリは、部室の外で壁にもたれかかって座っていた。

彼女は気まずそうに、読んでいた本をさっと閉じ、立ち上がる。

 

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「本当にごめんね、遅れちゃった。 部室の鍵は開いているんだし、何も外で待たなくても」
「そうじゃないんです──」


説明しようとするも、ユリは言葉を詰まらせる。

窓越しに部室を見ると、何かを避けるように視線をそらす。


「実は・・・その・・・今日は、モニカちゃんのお手伝いが何かできないかと思って!」
「えっ、私の? 部活のチラシ配りとか?」
「はい!」


モニカはただただ困惑していた。

サヨリと一緒に本を読みたがっていた彼女が、突然そんなことを言うなんて。

二人はうまくいかなかったのだろうか・・・?

モニカが部室をのぞき込むと、サヨリが一人で座っていたのが見えた。


「・・・そうね。 ちょっとした仕事だけど、一緒に来てくれるとうれしいな」
「よかったです」


モニカは二人を心配するものの、間に入ってトラブルを解決させたくてもなかなかできない。

ディベート部だったのに、友達同士の喧嘩さえ解決できないなんて皮肉なものね、とモニカは思った。


「それじゃあ、行きましょうか。 新しいチラシを印刷をしなくちゃいけないの。 それが終わったら校内の掲示板を回って、古いものを貼り直しに行くわ」


ユリはうなずき、二人は歩き始めた。


・・・。


二人は黙ったまま、まだ廊下を歩く。

サヨリがいないと、モニカも会話を切り出しづらい。


「えっと・・・部活で困ってることはない?」
「大丈夫です」
「よかった!」


しかし、会話はそれ以上には弾まない。

モニカはとぎれとぎれの会話に、ぎこちなくなっていく。

サヨリはいったい、どうやって会話をしてるんだろう・・・?


「その・・・チラシづくりにコンピュータ室へ行ってたから、昨日は部活に出られなかったの。 ごめんなさい」
「えっと、サヨリちゃんから聞きました」
「昨日は二人でどんなことしたの?」
「読書です」
「よかった! 文芸部らしさが出てきた感じね。 そうね・・・あなたに好きな本のジャンルを聞かれた時、最初、ちょっと怖かったの。 変な話でしょ? そんなの、自分が詳しくないものを怖がってるだけ。 バカみたいよね。 私と同じような趣味の人ばっかり部活に来てくれるなんて考える方がおかしいわよね。 でも、あなたのおかげでサヨリが本を読むようになってよかったわ。 部活って感じがしてきたし、とってもうれしいわ」
サヨリちゃんは・・・特に興味なんて持っていません」
「えっ?」
「好きで読んでなんかない。 それを押しつけた私がバカでした」


ユリはまた黙ってしまった。

話したいことはあるのだが、どう言葉を続けたらいいのかわからない様子だ。


「何かあったの・・・?」


ユリはため息をつく。


「いいえ。 私のせいなんです。 私はただ──」


彼女は立ち止まる。


「うん?」
「少し考えさせてください」


しばしの間黙りこくり、ユリは首を振った。


「あなたに突然こんなことを言うべきではありませんでしたね」
「そんなことないわ。 こんなことなんて言わないで。 私はただ、ここにちゃんと居場所があるってあなたにわかってほしかったの。 大事な話なら、何でも話してね」
「その──歓迎してくださってることは、十分伝わってます! ・・・十分すぎるんです。文芸部の問題ではありません。 これは、私の問題ですから。 だから、そのことで、あなたを煩わせるのは間違っていると思います」
「ああ・・・」


モニカは立ち止まり、考えた。


「それじゃあ・・・これならどうかな? 部長である私の仕事は、部員の要望を聞くこと。 でしょ? これからいろんな人が文芸部に入ってきてくれる・・・といいんだけどね。 部員みんなの気持ちや興味を聞くことは、みんなが楽しめるクラブづくりの参考になるわ」
「みんなが楽しめる? 一部の人たち・・・だけではなく?」
「もちろん! みんなのことを考えなくちゃね。 じゃないと、ひどい部活になっちゃうわ」
「そうですね・・・」


ユリは少し落ち着いたようだ。

同情ではなく、具体的なアプローチに切り替えたモニカの手法が功を奏したらしい。

人それぞれ、ニーズは異なるものなのだ。


「・・・わかりました」


ユリは大きく深呼吸をした。


「私・・・すごく変わっていて、不器用な人間なんです。 でも、それが私なんだって自分では受け入れてはいるんですが。 人との接し方・・・その、まったくわからなくて。 どうしてみんな簡単に人と会話できるんですか? 何気なく思いついた話題を、どうやって人にうまく話せばいいのか私にはわかりません・・・。 興味のある話題であれば何時間でも話せます。 止め時がわからないくらいに。 ですが、それ以外の話題となると・・・何を話せばいいのか。 自分の性格はわかっています。 私は人と接するのが苦手なんです。 直しようがないんです。 新しい人に会えば、無視されるか、からかわれるか、あるいは気の毒に思われるか・・・。 そしてサヨリちゃんは・・・きっと私のことを気の毒に思ってます」
サヨリが・・・? ちょっと待って。 サヨリはあなたのことを気の毒に思ってるの?」


ユリはうなずく。


「私は普通の人として接してもらいたいんです! モニカちゃん。 私のことが気に入らなかったり、私の興味と合わなかったら言ってください。 受け止めて文芸部のことは考え直します。 サヨリちゃんは・・・私にはいい人すぎるんです。 私は、サヨリちゃんが私が勧めることなら何でも受け入れてくれてるってことに、気づいてもいなかった。 友達のつくり方も知らないおかしな人を気の毒だからって・・・そんな嫌な思いをする必要なんて誰にもないじゃないですか。 そういうのが・・・一番嫌なんです。 大嫌い」


ユリの言葉が、張り詰めた空気に突き刺さる。

二人の話をするうちにチラシのことなど忘れ、廊下でしばらく立ちすくんでいた。

モニカはユリに目を向けた。

ユリはうつむき、手のひらを握り込んでいた。


「その・・・サヨリにそれを伝えた方がいいと思うの」
「こんなこと、言えない! 哀れなだけ・・・」
サヨリはそんな子じゃない! サヨリは、人に喜んでもらうことを何より大切にしてるの。 ただ、あなたに喜んでほしいだけ。 だから・・・あなたが何がうれしいかを言ってあげたら、きっと何でもしてくれる」
「それが嫌なの! どうして片方だけが一方的に相手の変な要求に合わせなきゃいけないの? それって、友情って言えるの?」
「・・・」
「ごめんなさい。 今のはひどかった──」
「いいの・・・少しわかってきたわ」


モニカには、声を張り上げて彼女の主張を遮ることはためらわれた。

サヨリなら、もっとこの場にふさわしい言葉を言えただろう。

サヨリは人を笑顔にするためなら、何でも与えられる。

しかし、その好意を受け止めきれないユリとの間で、問題は複雑化してしまっている。

どちらが悪いというわけではないが、互いが理解し合わなければ、この問題は解決しない。


サヨリはあなたの友達になりたいのよ。 それは、約束する。 それぞれ求めるものが違っているのは当たり前よ。 だから、サヨリも・・・彼女もきっと求めてることがある。 手を取り合って、互いが求めている人になろうとするのが友達じゃない? だから、しっかり話をして、あなたの気持ちを伝えなきゃ」
「しっかり話をするなんて──」


ユリは途中で言葉を止め、首を横に振る。


「ごめんなさい。 あんなことを言うつもりはなかったんです。 私の頭が──受け入れてくれなくて。 それで・・・あんなに優しくしてくれる人を・・・」


ユリは一瞬、止まって考えた。


「・・・私、この自分の悪循環に、本当にうんざりしてるんです。 人に避けられるのを怖がって、私から避けてるだけなんです。 どれだけ浅はかで、未熟なんだろう・・・」


ユリは大きく息を吸い、吸った息を吐き出す。


「こんな言い争いをするつもりではありませんでした。 サヨリちゃんと話をしてみます」
「あはは、もう大丈夫そうね。 これは文芸部のためなんだからね? あなたには、文芸部がみんなにとってもっといい場所になるよう、お手伝いをお願いしてるだけ」
「・・・はい」


ユリがまた黙りこくる。

何か言いたげな様子だ。


「あの・・・私、こういうことを考えるのが、とても苦手で・・・。 その・・・人との接し方について考えることが・・・だから・・・ありがとうございました」
「困ったことがあったら、いつでも言ってね」

 

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モニカはユリに微笑んだ。

その時ユリは、モニカの眼差しに自分がはにかんだ笑顔を返していることに気づいたのだった。


・・・。

 

ユリとモニカは、新しいチラシへの貼り替え作業を終えた。

正確には、モニカがそのほとんどを作業し、ユリはそれについて行くだけだったが。

部室に近づくにつれ、ユリの気は重くなる。


「私には無理です・・・」
「大丈夫! あなたならできるわ」


ユリはため息をつき、頭を振る。


「自身を持てたことはありませんが・・・やらなきゃいけないですよね。 今やらなきゃ、きっとずっとできないから」


ユリはドアに向かって歩き出したが、モニカの方を振り向いた。


「モニカちゃんは・・・ずっとここで待たないですよね?」
「あはは、ちょっとお散歩してくるわ。 コーヒーとか何か飲みたいもの、ある?」
「私、お茶の方が好きなんです・・・。 自分でお茶を淹れるの方が好きなので、飲み物についてはどうぞお構いなく。 あっ、でも、ここでは本を読みながらお茶が飲めないんですよね。 家ならまだしも、部室ではお茶を淹れられませんから。 ごめんなさい、関係のない話ですね・・・」
「ふーん・・・。 お茶が好きなら、部室にお茶を淹れるティーセットを置いてもいいか許可をもらってみましょうか。 お茶を沸かせる電気ケトルとかがあればいいんでしょう?」
「それって・・・許可をもらえるんですか?」
「かけあってみるわ! ティーセットがあれば素敵じゃない」

 

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ユリは笑顔を浮かべ、うなずいた。


「じゃ・・・すぐ戻ってくるわ。 応援してるからね」


モニカはユリに手を振って、くるりと振り返り、廊下を歩いていく。

彼女の姿が見えなくなると、ユリの顔から笑顔が消えた。

部室でお茶を楽しむ空想をしたところで、目前の大仕事への不安が拭えるわけではない。

それでも、伝えなければ。

もう一度深呼吸をして、ユリは部室のドアをおずおずと開ける。




 

「ユリちゃん?! ま、待って! ちょっと待って! まだ終わってないの!」


サヨリは数枚のメモ用紙を慌ただしくかき集める。

 

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「えっ、えっと──」


ユリは口ごもり、突然言葉が喉につっかえてしまう。

サヨリはすぐさま、サヨリが今まで何をしていたかに気がついた。


「まさかユリちゃんんが今日来るとは思わなくって・・・。 先に次の章を読み進めておきたいなって思ってたんだけど。 でも、あとちょっとで読み終えそうだったの! ほら見て!」


サヨリは一枚の紙を取り、ユリに見せる。

そのメモ書きは、丁寧にカテゴリー分け、色分けされていた。

それを見たユリの表情は、不安から絶望へと変わる。


「ユリちゃんがわたしにがっかりしたんじゃないかって、不安に思っちゃって。 それですっごいがんばって──」
「やめてください」


ユリは握った手を自分の頬に押しつける。


「お願いだから、やめて。 受け止められない」
「ユリちゃん・・・?」


想像と真逆の反応をしたユリを見て、サヨリの声はショックで震えていた。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


サヨリは罪悪感を覚え、目をそらす。


「わたし、何か悪いことした・・・? わからないよ。 わたしが変なことをしたのなら、教えてくれる?」


ユリは首を横に振った。


「いいえ・・・悪いのは私なんです。 私が変わってるから・・・本当はみんなに普通に接してほしいと思ってるのに、そうさせようとしない自分がダメなんです。 こういうジャンルの本が嫌いなら、それでいいんです。 そう言ってください。 私を特別扱いしないで・・・私が変わってるからって」
「けど、私はユリちゃんのことを特別扱いなんてしてないよ・・・。 わたしは友達に楽しく過ごしてほしいだけだよ。 だから、ユリちゃんが好きなことを一緒にできたらなって──」

「気の毒だなんて思われたくないんです! ・・・。 何で、私、こんなことを・・・?」


ユリは膝から崩れ落ち、声が上擦る。


「ごめんなさい・・・」


罪悪感と自己嫌悪の混じった涙が、彼女の頬を伝う。

こんなつもりじゃなかったのに。

自分の気持ちを言葉にするだけのことが、どうしてこんなに難しいのだろう?

どうしていつも、最後には人を遠ざけようとしてしまうのだろう?

ユリは目を閉じ、自分を責め立てる。

サヨリにも、いやその他すべてのことにも直面することができない。

ここから出ていこう。

ここから逃げよう。

こんな自分をモニカに見られる前に。

サヨリがこのことをモニカに伝える前に。

だが、ユリが立ち上がろうとする前に、あたたかな両手が後ろから優しく彼女を包みこんだ。

 

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「大丈夫」


サヨリはなだめるような声でそっとささやく。


「大丈夫だよ。 大丈夫だからね」


絶望感に打ちのめされたユリは、サヨリの優しさをどうすることもできなかった。

ユリは泣きじゃくり、つかえる胸で懸命に呼吸をしながら、精一杯自分を保とうとした。



 

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「わかったんだ。 ユリちゃんが言いたいこと、心で感じていることは違うんだってわかったの。 ユリちゃんは今、きっとそう感じてるんだよね。 ホントだよ。 わたし、わかったから。 だから、急がなくっていいよ。 落ち着くまで待ってる。 そしたら、いっしょに話そう?」


ユリはまた泣きじゃくり、うなずいた。

ゆっくりと自分の気持ちを確かめてから、ユリは落ち着いた声で話し始めた。


「その・・・私のことを変だと思われることには、もう慣れてしまっていて・・・だから、私に親切にしてくれる人は、ただ同情してるからだって思えてしまうんです。 私は人付き合いがとても苦手です。 だから、私のことを好きになってくれる人がいるなんて、信じられないんです」


ユリの言葉が止む。

だが、サヨリは口を挟まず、その話の続きを待とうと耳を傾けていた。


「文芸部に入部した時、とってもうれしかったんです。 自分に興味のあることで友達をつくれるチャンスが、ようやく来たんだって。 だって私・・・興味があることしか、話し方がわからないから。 それしか、話せないから。 でも・・・夢中でしゃべってたら、それをバカにされてるんじゃないかって考えてしまって。 そういう自分が嫌いなんです。 ただ普通の人として接してもらいたいだけなのに、私は普通の人として振る舞えないならどうしたらいいんですか。 私は・・・人と仲良くなれるようになりたいんです。 それなのに、それをめちゃくちゃにしてしまう自分を・・・。 ・・・もうやめたい」


すべての思いを吐き出したことで、ユリは落ち着きを取り戻し始めたようだ。

胸の中でユリの息遣いを感じ取っていたサヨリにも、それがわかった。


「ありがとう。 ユリちゃんのことが、少しわかったよ。 一緒に本を読んでいた時、ユリちゃんがいてくれてとても助かったんだよ。 だから、ユリちゃんが困っているなら、わたしも助けてあげる」
「でも・・・それはサヨリちゃんにとって・・・迷惑ではないでしょうか。 我慢させてるようにも思えて」
「えへへ。 何だか似てるのかもね。 本を読んでる時、私も心配だらけだった。 わたしと一緒に本を読んでいて、迷惑をかけているんじゃないかなって」
「そんなこと・・・なかったです。 そんなことないってわかってほしくて、私は気が長いですと伝えました」
「うん・・・ちゃんと言ってくれたもんね。 でもね、よくわかんないけどすごく不安だったの。 きっと、ユリちゃんも同じだったんだよね?」
「はい・・・。 ・・・説明のつかない、不安なんです」
「えっと、そのね・・・。 わたしはもうユリちゃんが好きなんだから、迷惑に思うなんて絶対にないよ。 信じられないって言ってたけど、嘘じゃないって約束する」
「・・・」
「人に好かれようとして、無理して振る舞わなくたっていいんだよ。 ユリちゃんは・・・すごく思いやりのある人だよ。 人の気持ちを心配しすぎちゃうんだね。 わたし達、みんな変わってるに決まってるよ。 だって、ここ、文芸部だもん。 あはは。 でもね、みんな違ってて、みんな別々のものが好きで・・・それが一番この部の良いところだと思う。 あの本だってね・・・わたしが読みたいから読んでるの。 ホントだよ。 ホントに読みたいんだ。 確かに読むのはちょっと大変だけど、楽しめてないってわけじゃない。 初めてのことに挑戦しなくちゃ、発見なんてない、でしょ? わたしは、ユリちゃんが何でその本がそんなに好きなのかを知りたいの。 それに、合わなかったら・・・合わなかったって伝える。 それでも、がんばって読んだこととか、ユリちゃんを深く知れたこととか、きっとうれしいって感じると思う。 それに、ユリちゃんって超頭良いでしょ。 わたしにもそれが移んないかな、って。 あはは」


その言葉に、ユリは笑顔をこらえる。

優しく抱きしめてくれるサヨリのおかげで、ユリを覆っていた重苦しい雰囲気はいつの間にか消えていた。

 

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「ユリちゃんの髪、すごくキレイだよね。 わたし、ずっとロングにあこがれてたんだけど、手入れができそうもないから、短くしちゃった」
「ふふ・・・」


ユリの緊張がほどけていく。

初めて、正しい言葉を探そうとなんかせずに、ただ話を聞いているだけでいいんだと思えた。

ユリの安らぎを感じ、サヨリはそのままユリを見守った。

彼女にとって、誰かといる時に安らぎを感じられることは早々ないのだろう。

だがもしも、ユリがこの文芸部にいて安らぎを感じるのならば、この文芸部にいてくれればいい。


・・・。



 

「それでは・・・。 あなたの気持ちはわかりました。 また一緒に本を読むことにしましょう」
「えへへ。 その言葉を、ずっと待ってたの」
「でも・・・いつでもやめていいですからね。 本が合わないなって思ったら、ちゃんと言ってくださいね。 うるさく言いませんから」
「もちろんだよ。 でも、まだ読み始めたばかりだし、合う合わないは決めないよ。 どうなるか楽しみだね」
「えっと、それと・・・。 あの・・・人に触れるときは、先に一言言ったほうがいいかと・・・」
「あっ! ごめんね! 困らせようと思ってやったわけじゃないの!」
「ええ──わかっています。 その・・・少し、良いなと思いましたし・・・言ってみただけです」



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──「ただいま!」


「モニカちゃんが帰ってきた! 最近全然来てなかったじゃない~!」


サヨリがモニカへ駆け寄って行く。


「えーっと──」

 

サヨリが少し大きめにささやく。


「ハグしていい?」

「あはは。 どうぞ、サヨリさん」


サヨリはモニカを抱きしめる。


「あっ、そうそう、ユリ。 知っておいた方がいいわ・・・。 サヨリはハグモンスターになるときがあるのよ」

「あら・・・」

「ちょっとぉ、モンスターなんて言わないで! モンスターはアルテミスだよ。 彼が王国を受け継いたら、呪文で災いをもたしちゃうんだから」

「あはは」


ユリが笑う。

モニカは戸惑いながらも、二人の様子を見て、笑った。


「そうね、あなたたちが読書を楽しんでくれてよかったわ。 文芸部として初めての活動ね!」

「あの、それなんですが・・・その・・・サヨリちゃんは、私の好きなことを知りたいと、辛抱強くがんばってくれました。 ですから・・・あなたの好きなことを教えてもらわなければ失礼なのではないかと」

「いいよ! ユリちゃんは、詩は好き?」


ユリは微笑んだ。


・・・。