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光輪の町、ラベンダーの少女【10】

 

・・・。


朝か・・・。

俺は休日にもかかわらず、いつもより早く起きた。

服を着替え、学園に向かう準備をした。

休みの日に学園に行くのにはそれなりのわけがある。

明後日に行なわれる交流試合のために、俺があいつらにしてやれること・・・。

眠い目をこすり、俺は家を出た。




 

 

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道場に入る。

独特の臭いが鼻をくすぐる。

天井には蜘蛛の巣があり、床には埃が積もっていた。

・・・随分使って無かったんだろうな。

俺はバケツにモップをつけ、よく絞る。

自分の部屋ですら、ちゃんと掃除したことのない俺が道場の掃除か・・・。

逆に言えば、出来ることはこのくらいしかないと思ったのだ。

あいつらが、練習する場所だ。

使いやすくしてやりたい。

道場の端から端までモップを走らせる。

何度も何度も往復した。

・・・ふぅ。

床は光を取り戻し、埃は無くなった。

次は脚立に乗り、天井にぶら下がっている蜘蛛の巣を取り除く。

ここが綺麗になればレイカも少しはやる気がでるだろ。

はるかやリコも喜ぶだろ。

沢村だって。

感謝されたいために、やってるわけではない。

自分が剣術をやれない以上、このくらいのことはしてやりたいと心から思った。

蜘蛛の巣を取りながら、あるものに気づいた。

 

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これ・・・神棚か。

桜木と一緒にはじめてここに忍び込んだ日のことを思い出した。

道場には神棚があるらしい。

俺は脚立から降りて、神棚に向かい手を合わせた。

目をつぶり、願い事をする。

どうか、剣術部がうまくできますように・・・。

それから、交流試合・・・まぐれでもいいから、勝たせて下さい。

それから、あいつらが少しでも強くなれるようにしてください。

それから、桜木が・・・。

てか、お願いしすぎだな。

あまりやりすぎると、神様が困ってなにも叶えてくれないかもしれない。

桜木のことは・・・自力で何とかするんだ。

神様、最後の願いは俺がやるんで、その他のは頼みますね。

俺は手を叩き、深々と頭を下げた。


──「宗介!?」


「え?」


声に振り向くと剣術着をつけた四人が立っていた。

 

 

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「お前ら、その格好・・・」

「今日は休みなんですけど、みんなで話し合った結果、練習することにしたんです」

「今、ランニングしてきたところよ。 椿宗介はなにしてるの?」

「いや、ちょっと様子を見に来ただけだよ」


モップとバケツを後ろに隠す。


「あれ? 蜘蛛さんの巣がないです」

「ほんとだわ。 変な臭いもしないわね。 もしかして、あなた掃除をしていたの?」

「・・・ああ」

「床も綺麗になってますね。 先輩、ありがとうございます」

「たいしたことはしてないよ。 俺、掃除好きだからさ」

「宗介、掃除嫌いじゃない。 なのに・・・ありがとう」

「おまえらだって朝から走るなんて、なかなか気合入ってるな」

「昨日は、ごめんね。 私たち、宗介の気持ちも考えないで。 ごめんなさい」

「もういいよ。 こうやってやる気になってくれただけで」


こんな早朝から練習をしてるなんて想像もしていなかった。

まだまだの連中だが、やっと部活動らしくなってきたと感慨深い想いになる。


「実は今日、練習試合をすることになったんです」

「練習試合!? どういうことだ?」


俺はビックリして聞き返した。


「西園学園と午後から試合があるのです」

「西園学園? もしかして、学園側の嫌がらせか?」

「違うよ。 私たちが考えたことなの」

「おまえらが? でも試合なんて出来るのかよ」

「基礎練習をするのも大切だけど、交流試合の実践を経験しておかないといけないわ。 ピアノと一緒よ。 まずは弾いてみないと始まらないわ」

「だけど、早すぎるだろ」

「そう思ったんだけど、時間があんまりないから、試合っていっても相手の学園の胸を借りるつもりだよ」

「そっか」


確かに、交流試合の前にシミュレーションをするのは悪いことじゃない。


「西園学園の生徒会長と知り合いなんです。 それで話をしたら、試合を引き受けてくれることになったんです」

「西園学園って強いのか?」

「その辺は調べていないのでわかりません。 すぐに試合をしてくれる学園がそこしかなかったから」


西園学園か。

まあ、星雲より強い学園はいないわけだし、いいかもしれないな。


「試合は昼からだからそれまで、練習をしようと思ってるの。 宗介はこの後、予定あるの?」

「いや、なんもないけど」

「だったら、私たちの雄姿を見ていきなさい」

「わかったよ」

「あたしたちを応援してくださいです」


練習試合か・・・。

少し不安だな。

ふと、俺はある考えが浮かんだ。

こいつらの試合を見せたいやつがいる・・・。


「試合は昼からだよな? その前にちょっと行きたいところがあるから、後でまた来るよ」

「分かった。 待ってるね。 初めての試合だし、すっごく怖いけど、頑張るから」

「じゃあ、練習頑張れよ」


俺は道場を出た。




 

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俺は桜木の家の前にいた。

どうしても試合を観てもらいたかった。

あいつらの頑張りを。

そうすれば、きっと桜木もやる気になってくれるはず・・・。    

安直な考えだと笑われるかもしれない。

それでも良かった。

桜木の過去を掘り返し、傷つけることは避けたい。

でも、それでも俺は桜木の家をノックしていた。


「おーい桜木? いるか? 椿だ」


・・・・・・。


返事が返ってこない。


「桜木? 寝てるのか?」


少し大きな声で叫ぶ。

・・・・・・いないのかな。

俺はドアに耳を当てた。

中からトントンと音がした。

包丁がまな板を叩く音。

換気扇からみそ汁のいい匂いがする。


「おーい? いるんだろ?」

「・・・何の用だ。 今、手が離せない」


返事が返ってきてホッとする。


「あのさ、開けてくれないか?」

「手が離せないと言ってるだろ。 そのまま用件を言え」


仕方なく、ドア越しに話すことにした。


「今日の午後から暇か?」
「特に用事はないが、なんだ?」
「その・・・なんていうか・・・」


俺は言葉に詰まった。


「どうした? 言いにくい話なのか?」

「あのさ、午後から学園で試合があるんだ。 一緒に観に行かないか?」

「試合? なんの試合だ?」

「・・・はるかたちが星雲との試合の前に西園学園と練習試合をすることになったんだ」

「鈴木さんたちが? ・・・練習試合・・・そうか」

「怒らないで聞いて欲しい。 俺と一緒に応援しに行かないか?」

「・・・試合になるのか? 剣術のいろはもしらない鈴木さんたちに試合が出来るとは思えんな」
「実践が必要だと思ったみたいだ」
「・・・甘いな。 基礎のない人間が試合をすることは危険だ」
「だったら、桜木が教えてやってくれよ」


・・・・・・。


急に返事が返ってこなくなった。

包丁の音もしない。


「桜木? 聞いてるか?」
「・・・私に出来ることなどない。 それから、試合を応援する気にはなれないな」
「・・・だめか?」
「帰ってくれ」


ゆっくりとした口調だったが、その中にはこれ以上、私に関わるなとう拒絶が含まれていることが痛いくらいに分かった。


「やっぱ、剣術の試合なんて見たくないよな」


・・・・・・。


また返事が返ってこない。


「なぁ? 気が向いたら来てくれよ。 待ってるから」


部屋からはなんの音も聞こえなくなった。

桜木は無言で俺との会話を遮断している。

俺は後ろ髪を引かれる想いで、桜木の部屋を後にした。




 

もうすぐ試合が始まる時間だな。

ん?

道場の前で沢村が中年の男と話していた。

 

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「すみません。 急なお願いを引き受けていただいて」
「まさか新山学園に剣術部があるとはビックリしましたよ。 随分前に無くなったとばかり思っていたんですがね」
「もうすぐ出来る予定なんです。 今日はよろしくお願いします」


どうやら、その男は練習試合をする西園学園剣術部の監督のようだ。


「夏にある玉勇旗前で、練習に熱が入ってるところでしてね。 丁度いい肩慣らしですよ」
「え? 玉勇旗に出場されるんですか? 凄いですね」
「今年のうちは、去年とはひと味も二味も違いますからね」


玉勇旗とは、女子剣術部の頂点を決める大会だ。

星雲学園はそこで優勝している。

だが、そこに出場するとなると、西園もそれなりなのかな・・・。


「あの~、大変、申し上げにくいんですが、出来るだけ、手を抜いていただけると、ありがたいんですが~」
「はい?」
「私たち、まだ初めて日が浅いんです。 適当に2軍あたりの選手でよろしくお願いします!」
「出来たばかりですか? 安心してください。 加減はしますから」
「良かった~。 ぜひ、お手柔らかに。 それでは、準備は出来ていますので、中へどうぞ」


俺も二人について剣術場に入った。





中に入ると、西園学園の生徒が準備運動をしている。

 

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「宗介! もうすぐ試合が始まるから、そっちで見てて」

「了解」


俺は端の方に座って観ることにした。

ふと西園学園の剣術部を見た。

170センチはゆうに超える女子ばかりだ。

そればかりか、大木のように、がっしりとした体格だ。

 

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「女子とは思えない風貌ね」

「巨大な方々です」

「まるで丸太だわ」

「神山さん、聞こえるって!」

「重戦車軍団っていうんですよね」


四人は西園学園の迫力に押されている。


「・・・ちょっと、あんなのと私たちは試合をするのよね?」

「あれって、本当に剣術部だよね?」

「多分な・・・」

「プロレスラーじゃないよね?」

「そうだわ! あれはレスラーよ。 ああいう女子が竹刀を振り回しているのをテレビで観たことがあるわ!」

「沢村さん? 女子プロの人じゃないよね?」

「間違いなく、剣術部ですよ」

「いえ、あれは相撲取りです!」

「え!? 相撲取り?」

女相撲の選手です」

「す、相撲!? そんなこと、私、できないわ!」

「おい、聞こえるって! ほら、こっち睨んでるぞ」


どうやら聞こえたらしく、凄い気迫でこっちを見ている。


「・・・すっごい見てるね」

「ねぇ? これ石になったりしないわよね」

「ガクガクブルブル」

「しっかりしろよ。 剣術は体格じゃないだろ」


桜木は華奢だが強い。


「オファーする相手、間違えましたかね? とても、怖いです」

「力が強いことは、さほど問題じゃないはずだ。 とにかく、気持ちで負けるな」

「う、うん。 練習試合だしね。 負けてもいいから楽しもう。 ね?」

「・・・あんなの相手にどうやって楽しむんだか」


「いいか、おまえ達。 相手は剣術を始めたばかりの素人集団だ。 適当に遊んでやれ」

「オス!」

「お前達は全国で優勝するレベルだ。 早く終わらせて練習に戻るぞ」

「オス!」

「よし、主将。 掛け声」

「にしぞの~」

「ファイ、オス!!」


道場に気合の入った声がこだまする。


「こ、こわいです。 声だけで吹き飛ばされるかと思いました」

「オスって、あの人たち男じゃないわよね?」

「私達もあれ、やる?」

「あれってなんだ?」

「掛け声みたいなの」

「いいわよ。 はずかしい」

「交流するです」

「じゃあ、私が、新山~って言ったら、お~! って感じでどう?」

「分かりました。 じゃあ、皆さん手を前で合わせましょう」


四人は手を合わせて円陣を組む。


「じゃあ、いくよ。 ・・しんざ~ん!」

「「お、お~~~」」


・・・蚊の泣くような声。

・・・不安だ。


「じゃあ、そろそろ始めましょうか? こっちはいつでも大丈夫ですよ」

「おまえら、頑張ってこいよ!」


はるかの肩に手をやる。

手に心臓の鼓動が伝わった。

はるかのやつ、相当、緊張してるな。

四人は西園学園と対峙するように並ぶ。


「目が、合わせられません・・・」

「出来るだけ見ないほうがいいですよ」

「は、はい」

「やっぱりレスラーだわ」

「落ち着いて、みんな」


四人の足はガクガクと震えている。


「ところで、審判はどうしますか? 私がやってもいいんですが」


・・・審判?

そうか。

判定する人間がいるもんな・・・。


「おまかせします・・・」


──「審判は私がやります」

 

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道場の入口に栗林が腕組みをして立っている。


「栗林先生! どうしてここに・・・」

「審判は私にやらせてもらえますか?」

「構いませんが、あなたは新山学園の監督ですか?」

「いいえ。 新山学園教師の栗林夏美です。 剣術の経験はありますので、ご心配なく

「・・・栗林夏美」


栗林は道場の中央に立った。

なぜ栗林がここに・・・。

何を企んでやがる・・・。

嫌な予感がしたが、従うことにした。


「試合開始前にルールを説明します。 新山はまだ4人しか部員がいません。 ですので、4対4の勝ち抜き戦でよろしいですか?」


西園の監督は頷く。


「1試合の制限時間は4分。 2本先に取ったほうが勝者です」


剣術は先に2本とった方が勝ちというルールだ。

面・小手(コテ)・胴のいずれかに、しっかりと竹刀がヒットしないと一本にはならない。

俺はネットで調べた知識を思い出した。


「ルールはよろしいですか?」

「オス!!」

「では、これより、新山学園と西園学園の練習試合を始めます。 両学園、礼!!」


礼を終わらせ、それぞれ端に一列に正座した。


「順番は決めてるんでしょうね?」

「順番?」

「そうよ。 剣術では先鋒、次鋒、中堅、副将、大将の順に戦っていくわ。 誰から行くのかしら?」

「どうしよう・・・。 私から行こうか?」

「そうだなぁ、最初は沢村だな」

「わ、私ですか?」

「ああ。 沢村は頭がいいから、先鋒だ!」

「意味が分かりません」

「んで、次はレイカ!」

「なぜ私が2番手なのよ!」

「じゃあ、1番目にいくか?」

「・・・2番でいいわ」

「3番目は・・・リコかなぁ」

「はいです! もし、リコが途中でいなくなっていたらごめんなさい」

「・・・いなくなるなよ」

「じゃあ、私が最後だね」

「頼んだぞ、はるか。 運動神経はいいんだからさ」

「椿くん、まるで監督気分ね」

「そんなんじゃないっすよ」


はるかは、沢村の面の紐を結んであげている。


「あのぉ・・・、基本的なことなんですが、どうやったらいいか全くわかりません」

「まず、礼をする。 そのあとに蹲踞(そんきょ)をしなければいけないわ」

「蹲踞(そんきょ)? ですか?」

「相手に向かって進み、そのあと竹刀を構えながらしゃがむ。 ちょっと私がやってみるから見てなさい」


栗林はリコから竹刀を奪い、蹲踞をしてみせる。


「なるほど。 そうやるのか」

「このまま、ゆっくり立ち上がり審判の合図で試合が始まる。 そんなことも知らないで剣術をやるなんて、お笑い草ね」


栗林は呆れ顔で道場の中央に戻っていく。


「それでは試合を始めます。 先鋒、前へ!」

「沢村、勉強だと思え」

 

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「勉強ですか?」
「勉強だったら誰にも負けないだろ?」
「椿先輩、私、出来るだけ頑張ります」
「そうだ! その意気だ!」


「いいか? 相手は蹲踞も知らないド素人だ。 適当にもんでやれ」


西園剣術部の先鋒が前に出る。


「両者、礼!」


沢村は極度の緊張から礼がおぼつかない。


(蹲踞・・・だよね)


栗林に言われたとおり蹲踞をし、立ち上がる。


(近くで見ると・・・大きいなぁ、この人・・・)


「・・・はじめ!」

「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


けたたましい声が剣術場にこだまする。


(凄い声・・・怖すぎる・・・)


沢村は呆然と立っている。

西園剣術部員はジリジリと間合いを詰めてくる。


「やぁぁぁぁぁぁ~!!」


掛け声とともに、竹刀を振り上げる。


「沢村、避けろ!」

「避けろって、言われても!」

「めぇぇぇぇぇぇん~!!」

「きゃぁぁぁぁ~!」


沢村は必死で後ずさりする。


「沢村さん、危ない!」


──ッ!!


「一本っ!!!」


栗林が白い旗を上げる。


「よしっ!」


西園側は小さくガッツポーズをしている。


「・・・」


ショックで震えが止まらないようだ。


「・・・一本取られたか」

「沢村さん、中央へ戻りなさい」

「・・・どうなってるのよ。 あんなに激しく叩かれたら、頭が割れてしまうわ」

「沢村! 落ち着いていけ!」

「・・・は、はい」

「二本目・・・はじめ!!」

「やぁぁぁぁぁぁぁ~」


(がんばらなきゃ・・・がんばらなきゃ・・・)


「コテぇぇぇぇぇ~!!!!」

「下がれ!!!!」

「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ~」


沢村は悲鳴を上げながら下がる。


「まだ来るぞ!!!!」


西園剣術部員は、後ずさりしたアキナを追う。


「・・・サイン、コサイン、タンジェント、サイン、コサイン、タンジェント・・・」


沢村はブツブツと何かを呟いている。


「沢村さんが、呪文を唱え始めました!」

三平方の定理だ・・・」

「沢村が壊れた・・・」


「な・に・ぬ・ぬる・ぬれ・ね・な・に・ぬ・ぬる・ぬれ・・・」

「めぇぇぇぇぇぇん~!!」


──ッ!!


「きゃっ!!」


沢村はよろけた後に転倒する。


「一本っ!! それまで!!」

 

沢村は倒れてピクリとも動かない。


「・・・・・・」


俺は沢村の元に駆け寄った。


「おい!! 沢村!! しっかりしろ!!」


沢村を抱き起こす。


「・・・あ、椿先輩」
「大丈夫か?
「す、すいません・・・あれ? ここはどこですか?」
「道場だ」
「あ、そうか・・・試合、私、負けちゃったんですね」
「気にするな。 よく頑張ったな」
「私、全然ダメでした。 なにもすることが出来ませんでした・・・」
「むこうで休んでろ。 審判、大丈夫っす。 試合、続けてください」


俺は沢村を連れて戻る。


「沢村さん、頑張ったよ!! ねぇみんな」

「ゆっくり休んでいろ」

「ごめんなさい。 役に立てなくて」

「無様ね・・・。 勉強だけやってればいいんじゃないかしら」

「よし、一勝だ。 相手は素人だ、次も優しく揉んでやれ」

「オス!!」

「新山学園、次鋒前へ!」

「・・・・・・」

「新山学園、次鋒前へ!」

「・・・・・・」

 

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「神山さん、出番だよ!」

「・・・嫌よ」


「おい、レイカ?」

「・・・あんな無様な負け方したくないわ。 たかが練習試合とはいえ、どうして私が負けないといけないのよ」

「初心者なんだから負けてもいいんだよ」

「私は負けたくないの!」

「だったら勝ってこいよ」

「・・・あんなレスラーに勝てるわけないじゃない」

「試合がはじまります。 さっさと出てきなさい」

「・・・もう、こんなことになるなら、剣術なんてやらなければ良かったわ」


イカは中央へ向かう。


(・・・こうなったら、奥の手しかないわね)

 

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イカは竹刀を構えた。


「一本目・・・始めっ!!」

「やぁぁぁぁぁぁぁぁ~」

「大声を出さないで!!」

「え?」


イカの声に西園の動きが止まる。


「そんな大きな声を出して、鼓膜が痛いわ!」

「やぁぁぁぁぁぁぁ~」

「やめて!!」

「・・・」

「いいこと? あなた私が誰だか知ってるの?」

「さ、さぁ?」

「私は神山グループ令嬢、神山レイカよ!!」

「・・・そうですか」

「あなた、私を倒したらどうなるか分かってるわね?」

「・・・」

「レイカ会が黙ってないわ。 そして、明日からあなたの周りで些細な嫌な出来事が起こるわよ」


「・・・レイカのやつ、何言ってんだよ」

「神山さん、試合中に私語は慎みなさい・・・」

「黙っててもらえるかしら? これは、私とこの方との戦いです」

「・・・」

「そうねぇ・・・あなたがもし、ここで私に負けてくれたら、ご褒美をあげるわ」

「ご褒美・・・」

「車を買ってあげるわ。 悪い話じゃないと思うけど」


「神山さん・・・敵を・・・買収してる」

「まるでミルティーchanです!」


「さあ、どうするの?」


西園剣術部員は動揺している。


「なんだか良く分からないけど、神山先輩が押してます」

「押してるというより、これは剣術じゃない」


「何をやってるんだ! さっさと片付けろ!」

「オ、オス!!」


監督の声で、竹刀を構えなおす。


「やぁぁぁぁぁぁぁぁ~!!」


「どうやら、作戦失敗みたいだな・・・」


「まだそんな大声を出すのね。 分かったわ。 それがあなたの答えということかしら」

「やぁぁぁぁぁぁぁぁ~!」

「審判!」

「え?」

「タイム!」

「・・・」

「タイムよ! ちょっと中断して!」

「・・・待て」


イカは面を外し始めた。


「神山さん、何する気!?」

「ふぅ・・・悪いけど、私、辞退します」

「え? どういうことだよ?」

「この試合、棄権させてもらうわ!」

「なんでだよ」

「だって、この人、話が通じないんだもの。 やってられないわ」

「・・・」

「どうぞどうぞ、次の試合に行ってください」

「・・・勝者、西園学園!」

「やるだけのことはやったわ」

「おい!!」    

「なかなか手強かったわね」

「そ、そうだね・・・」

「まぁ、試合には負けたけど、勝負には勝ったってところかしら?」

「勝ってねぇ!!!!」

「あのレスラーは佐田さんに譲るわ」

「きょえぇぇぇ!!」

「やる気が無いなら練習試合なんてする必要ないわね」

「いや、まだやらせてくれ。 リコ、次はおまえだ」

「ドキドキ・・・バクバク・・・」

「大丈夫。 リコは、リコが思っている以上に強い子だ」

「リコは強い子?」

「そうだ。 強い子だ」

「・・・はいです!」


リコはトコトコと道場の中央に向かう。


「えらく可愛い子が出てきたな。 あれで戦えるのか?」


「リコちゃーん!! 頑張って!!」

「私の仇を取りなさい!」

 

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「はーいです!」


リコはこっちに手を振っている。


「手を振ってないで構えなさい!」

「すいませんです」

「一本目、はじめっ!」

「やぁぁぁぁぁぁぁぁ~!!」

「ニャーーーー!!」

「猫!?」

「やぁぁぁぁぁぁぁぁ~!!」

「ニャーーーーー!!! ニャーーーー!!」

「やぁぁぁぁぁぁぁぁ~!!」

「ガオーーーー!!」

「やぁぁぁぁぁぁぁぁ~!!」

「チュンチュン!!」

「やぁぁぁぁぁぁぁぁ~!!」

「こっこっこっこっこっこ!!!」


「何をやってるんだ! 早く一本取れ!」

「やぁぁぁぁぁぁぁぁ~!! メーーーン!!」

「よけろ!!」」


西園の面が飛んでくる。


──ッ!!


「一本!!」

「・・・うぎゃ」

「取られちゃったね・・・」

「佐田さん、変な声出すのはやめて! 次にニャーニャー言ったら、失格ですからね。 ・・・二本目、はじめっ!!」

「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~!! コテ~!!」

「まずい!」


──ッ!!


「一本!!」

「・・・ありゃ」


リコは竹刀をその場に落とす。


「それまで!! 勝者、西園学園!」


「負けてしまったわね」


・・・リコが戻ってくる。


「ごめんです。 リコは役に立ちませんでした」

「ううん。 ニャーって凄い気迫だったよ!」

「ありがとうございます。 後は、はるかさん、宜しくお願いします」


「なんだ、この試合は・・・。 わざわざ引き受けたというのに時間の無駄だったな」


「宗介、何かアドバイスある?」

「アドバイス?」


いくら練習試合とはいえ、こんな簡単に負けるのはいやだ。


「そうだな・・・。 はるかは面しか狙うな」
「面?」
「そうだ。 ちょっと振ってみろ」


はるかは竹刀を振る。


「それじゃダメだ。 竹刀は左手でしっかり支え、右手は添える感じで」


ネットで調べた知識を使う。


「こうかな?」

「そうだ。 えっと、剣先は相手の喉の下辺りに合わせる」

「相手の中心から竹刀をそらさないようにして、真っ直ぐ振りかぶる感じですね、ストンと落とすイメージみたいです」


沢村は本を片手にアドバイスする。


「・・・面!!」


はるかの竹刀は綺麗に空を斬る。


「その感じを忘れるなよ」

「ありがとう。 相手の人、強いし勝てないと思うけど、精一杯やってみる!」
「もしも、はるかが勝ったら、何か奢ってやるよ」
「ラーメンがいい! あとチャーシューも付けて!!」
「もちろんだ!」


「新山学園、副将前へ!」

 

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「はい!」

「お互い、礼!」


はるかは礼をする。


(面だけ狙ってみよう・・・)


蹲踞をし、ゆっくりと立ち上がる。


「一本目、はじめっ!!」

「やぁぁぁぁぁぁぁぁ~!!」


「鈴木先輩! ファイトです!」


「やぁぁぁぁぁぁぁぁ~!!」

(私も声ださなきゃ)

「やぁぁぁ~!!」

「いいぞ! 気合だ!」

「やぁぁぁぁぁ~!!」

「やぁぁぁ~、面!!」


西園の竹刀がはるかの面を狙う。


「わぁ!!」


はるかは竹刀で辛うじて防御する。


「防ぎましたわ!」


はるかと西園剣術部員はつばぜり合いになる。


「やぁ!」


西損の先鋒は竹刀のつばではるかをけん制する。


(この人、力強いなぁ・・・)


「やぁ! やぁ! やぁ!」

(どうしたらいいいんだろ・・・)


西園の先鋒はつばぜり合いから竹刀を高く上げた。


(面がくる! 防がなきゃ!)


はるかも竹刀を頭の辺りに振り上げ、防御の姿勢をとる。


「・・・胴ぉ~~~~!!!」

「え!?」


竹刀を振り上げた、はるかの胴はがら空きだ。


──ッ!!


「一本!!」


綺麗な引き胴が決まる。


「げ! フェイクかよ・・・」


(・・・取られちゃった)


「鈴木さん、落ち着きなさい。 冷静になれば、さほど強い相手ではないわ」

「え?」


「な! さほど強い相手ではないだとぉ! 新山の先生は随分大口を叩くんですね。 おい! 西園の剣術の恐ろしさを思い知らせてやれ!」

「オス!!」


「二本目、はじめっ!!」

「やぁぁぁぁぁぁぁぁ~!!」

(なんとかしなきゃ。 冷静に、冷静に)


「面~!!」

(かわさなきゃ!)


はるかは、相手の竹刀を払う。


(さっきと同じパターンだ!)


「また、つばぜり合いに持ち込む気かよ。 まずいな」

(くっついちゃったら、また取られちゃう。 離れなきゃ)


はるかは相手から素早く離れる。


「逃がすか! め~~~~んっ!!!!」

(竹刀は左手でしっかり支え、右手は添える感じで・・・)


西園先鋒の面が飛んでくる。


(剣先は相手ののどの下あたり・・・)


──ッ!!


「くっ!!」


西園の面が、はるかの面を狙う。

栗林は旗を上げていない。


「助かった! はるか! 試合はまだ続いているぞ!」


(相手の中心から竹刀をそらさないように)


「やぁぁ~、面~!」


間髪入れずに面を打ってくる。


(真っ直ぐ振りかぶって、ストンと落とすイメージ)


「はるか! 打て!」

 

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「め~~んっ!!!!」


お互いの面が交差する。


──ッ!!


「判定は!?」


栗林はゆっくりと赤い旗を上げる。


「面あり!!」


旗ははるかの方にあがっている。


「え?」

「・・・マジかよ。 すげーぞはるか!」


「・・・はるかさん、とったですか?」

「ああ。 はるかの一本だ」

「さすが鈴木はるか、良くやりましたわ!」

「鈴木先輩、凄い! 尊敬します!」


「・・・私、取ったの?」

「あなたの一本よ」

「・・・信じられない」


「な、なにをやってるんだぁぁ! 相手は素人だぞ!」

「オス!」

「うちは天下の西園だぞ! 気合を入れなおせ!」

「オ、オス!!」


「勝負っ!!」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁ~!!!」


「相手の選手、さっきより凶暴になってないですか?」

「目が、野獣のようです!」

「体も野獣よ!」

「こ、殺されたりしないですよね!?」

「はるかに一本取られたのが、相当悔しかったみたいだな」


「やぁぁぁ~!!!」

「面っ!!! 面っ!!! 面っ!!!」

「くっ・・・」

「面っ!!! 面っ!!! 面っ!!!」


錯乱したように物凄い連打をかましてくる。


(この人、凄い気迫・・・なんとかしなきゃ・・・)


はるかは、相手との間合いをとる。


「面っ!!」


はるかの竹刀は空を斬る。


「冷静にいくんだ!」

「コテっ~~~!」

「浅いっ!」

「め~~~ん!!」

「いったか!?」


西園先鋒も必死でガードする。


(もうちょっとなのに・・・なかなか当たらない)


俺は手に汗を握っている。

 

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「ねぇ? なんだか、これ剣術って感じするわね」

「は、はい。 はるかさん、まともに戦えてます」

「まるで、昔からやってたみたい・・・」

「私たちとは、なにか違うわね・・・」


「はぁ、はぁ、はぁ、やぁぁぁ!!」

(ふぅ~。 ・・・もしかしたら、勝てるかもしれない・・・)


「相手、疲れてるな」

「待て!」


栗林が試合を止めた。    


「どうした?」


試合中の二人は動きも止まる。


「時間切れ。 それまで! ・・・両者、引き分け!」


引き分け?

時計は4分経過したようだ。

まさか、はるかが引き分けるなんて。

戻ってきた、はるかを囲んでみんな喜んでいる。

 

 

「ごめんね、私、途中で、勝てると思ったんだけどなぁ」

「何いってんだよ! 引き分けだぞ! 十分すげーよ」

「良くやったわ! 一矢報いたとはこのことよ!」

「みんな、ありがとう。 宗介、ラーメン奢ってね」

当たりめーだろ。 チャーシューも付けてやるよ」

「約束だからね!」


はるかの額から汗が流れ落ちる。


「練習試合は終了よ。 3敗1引き分け。 あなた達の負けよ」


そうだ・・・。

副将のはるかが負けた時点で試合は終わりだ。

負けたには負けたが変な充実感があった。


「バカもんっ!」
「すいませんっ!」
「まぐれとはいえ、あんな素人の面を喰らいやがって!」
「すいません!」
「引き分けなどになりおって! 戻って練習のやり直しだ。 帰るぞ!」


西園学園はこちらに一礼して、さっさと道場を出ていってしまった。

栗林も無言で道場を出ていく。


・・・。

 

俺たちは、少し休憩を挟んで、反省会を開くことにした。

反省会を開くことは俺が提案した。

今後に控える星雲学園との交流試合に備えるためにも・・・。

 

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「鈴木さんの試合、凄かったわね。 この調子でいけば星雲学園にも勝てるかもしれないわね」


イカはあっけらかんとしている。


「そんなに簡単にいくかよ。 相手は西園の何倍も強いんだよ」
「でも、鈴木さんならいけそうよ」
「レイカ・・・。 なんで試合を棄権したんだよ」
「それは・・・私、あんな人たちと試合なんてしたくないわ」
「これは剣術なんだぞ。 あんなことし、やる気あんのかよ」
「あ、あるわよ。 ・・・ただ、怖かったのよ。 あの場に立ったら、足がすくんでしまって」
「はるかだって沢村だって、みんな怖いんだ。 なのにちゃんと戦ったんだぞ」
「・・・ごめんなさい。 次は逃げないわ・・・」


イカは反省しているようだ。

 

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「それからリコ。 剣術の試合にニャーはないだろ」
「は、は。 つい、猫さんが頭に浮かんでしまいまして」
「ふざけるなら辞めてくれ」
「すいません・・・。 沢村さんにルールは聞いていたんですが、忘れてしまって」


リコは申し訳なさそうな顔をしている。

星雲に負けてしまっては剣術部は成立しない。

ふざけるわけにはいかないのだ。

俺はあえて、二人に厳しくあたった。

自分が退学になるから?

それとも・・・。

 

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「初めての試合、私、震えてしまいました。 今までで一番、怖かった」

「私もだよ。 スポーツには自信があったんだけど、全然出来なくて」

「でも、はるかはよく引き分けにもっていったな。 大したもんだよ」

「ううん。 やっぱりダメ。 まぐれみたいなものだし。 もっと練習しなきゃ」

「俺、ちょっと嬉しかったぞ」


──「嬉しかった? あんな試合をして、嬉しかったの?」


「栗林・・・」


栗林がやってきた。

 

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「あんなものは試合でもなんでもないわ。 ただの茶番。 見ていられなかったわ」

「・・・邪魔するなら帰ってくれよ。 今、反省会してるからさ」

「本当に椿くんは監督みたいね。 剣術もしたことがない人間が偉そうになにを語るの?」


・・・そうだ。

俺は剣術をやったことがない。

だが、こいつらを放っておくことなんてできない。

 

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「これでは、明後日の交流試合で新山学園が恥をかくことになるわね」

「先生。 さっきはありがとうございました。 審判をしてもらって」

「あなたたち、学園で勝手に練習試合をするなんてどういうつもり? 私がもしも審判をしていなければ処罰されていたわよ」

「すいません。 それから、アドバイスありがとうございました。 落ち着いていけって。 そのおかげで引き分けにできました」

「アドバイス? そんなものはしてないわ。 たいしたことのない相手に手こずっているのを見ていられなかっただけよ」


栗林は厳しい表情をした。


「・・・私が今から稽古をつけてあげるわ」

「え?」


栗林の口から意外な言葉が発せられ、俺たちは驚いた。


「新山学園に恥をかかせるわけにはいかないわ」

「先生! ありがとうございます!」

「馬鹿なの?」

「え?」


栗林は道場にある竹刀を手に取った。


「あなたたちが二度と剣術をしたくなるように、叩きのめしてあげるのよ」


声には憎しみすら混じっていた。


・・・。

 

栗林がそっと竹刀を構えた。

夕日に照らされて、栗林の影が長くのびる。

オレンジに染められたその立ち姿は、まるで一人の女剣士そのものだ。

どこかで見たことがある、凛と伸びた背筋と、鋭く冷たい表情。

月明かりに照らされた桜木ヒカルとダブって見えた。

これが、栗林夏美の本来の姿なのだろうか?

稽古をつけてやる。

その言葉の気迫に押され、はるかたちは面をつけていた。


「覚悟は出来たかしら? 剣術というものがなんなのか、私が指導してあげるわ」

「あの・・・先生は防具はつけないんですか?」


栗林は防具どころか、袴すら身につけていない。


「防具? あなたたちのような素人に稽古をつけるのにそんなものは必要ないわ」

「でも、そのままじゃ、危険です」

「危険なことなんてなにもないわ。 むしろ危険なのは、あなたたちのほうよ。 馴れ合いのお友達ごっこで剣術の世界に足を踏み入れたことを後悔するのね」

「いちいち癇に障る人ね。 さっさと始めてもらえるかしら?」

「一人ずつ、かかって来なさい。 私を殺すつもりでね」


栗林はリコを指差す。


「佐田さん、あなたからよ」

 

リコは恐る恐る竹刀を構えた。


「そんな構えで何ができるっていうの?」

 

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リコは栗林に近づき、竹刀を振りかぶる。

それよりも一足早く、栗林はリコの面を打つ。


──ッ!!


「わぁっ」


面を打たれ、よろける。

素早く近づき、追いうちをかける。


──ッ!!


リコはその場に倒れ込む。


「立ちなさい。 稽古はまだ始まったばかりよ」


竹刀を倒れたリコの頭に突きつけた。


「おい! リコはもう倒れてるだろ!」

「剣術は死ぬか生きるかの世界よ」


栗林は倒れているリコの体を竹刀で叩く。


「うっ・・・うっ・・・」

「止めてください! 次は私です」

「いいわ。 沢村さん、かかってきなさい」

 

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アキナは栗林に向って竹刀を構えるが足が震えて動かない。

まるで蛇に睨まれた蛙のようだ。

栗林は容赦なく、アキナを襲う。


──ッ!!


竹刀のアキナのコテに当たり、そのあまりの衝撃で竹刀を落としてしまった。


「きゃっ!」


アキナは必死で落とした竹刀を拾おうとするが、栗林はその竹刀を自分の竹刀で払う。

払った竹刀は、道場の隅に転がっていく。

竹刀を無くしたアキナを栗林はニヤニヤしながら滅多打ちにする。


──ッ!!


面、コテ、胴と順番に打ちすえていく。

無防備な沢村はどんどんと、弱っていった。


「はぁ・・・、はぁ・・・、はぁ・・・」


その姿は、まるで、やんちゃな子供に遊びつくされボロボロになったぬいぐるみのようだ。


「もう、もうやめろよ!」


その様をはるかは絶句して見ている。

沢村は立っているのもやっとの状態だ。


──ッ!!


栗林はそれを楽しんでいるかのように、沢村をなぶっている。

ついには立てなくなり、ゆっくりと沢村の体は崩れ落ちた。


「沢村!」


栗林は竹刀を俺に向ける。


「邪魔をしないで。 それともあなたが私と戦うというの?」


これ以上、犠牲を出すわけにはいかない。

こんなものは稽古でもなんでもない。

ただのリンチだ。


「次は、次は私よ!」


イカが俺の前に立つ。


「やめろって」

「これは稽古よ。 ・・・栗林先生? そうよね」

「お嬢様としてヌクヌクと生活してきたあなたに耐えられるのかしらね?」

「右近さんだって出来たのよ。 ・・・だったら私にだってできるわ」

 

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イカは竹刀を構え、栗林に向かっていく。


「やぁ!」


イカの竹刀が栗林を狙う。

だが、それを栗林は軽くかわす。

何度も何度もレイカは栗林を必死で叩こうとするが、いっこうに当たらない。


「そんなスピードで私をとらえられると思っているの?」


必死で追いかけるが栗林はさらりとかわす。

次第に、レイカの体力が無くなっていき、フラフラと千鳥足になる。


「私の頭を打てるまで、続けるわよ」


栗林はレイカの体力をゼロにするつもりのようだ。


「・・・もう、だめ・・・」


倒れそうなレイカを栗林は受け止める。


「眠るにはまだ早いわ。 続けなさい」

「・・・・・・」


イカの意識はどんどんと遠ざかり、無意識で、ただ立っているだけのように見えた。

くそっ・・・。


栗林は情けないと言わんばかりの顔をした。

次の瞬間、もの凄いスピードでレイカの頭を狙う。


──ッ!!


聞いたこともないような音が道場にこだまする。


「レイカ!」


体力が無くなったレイカは頭を垂れていたため、栗林の竹刀が頭の後ろの方にヒットした。

そのまま膝をつき、床にへたりこんだ。

イカの息は荒く、汗でびっしょりだ。


「もう終わりなの? これで剣術部を作ろうと思ってるなんて、とんだお笑い草ね」


はるかが竹刀を構えた。

 

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「栗林先生、よろしくお願いします」


こんな状況にもかかわらず、はるかは丁寧に栗林にお願いしている。


「鈴木さん? あなたで最後のようね」

「やぁ!!!」


竹刀は孤を描き、栗林を襲う。

が、その竹刀を容易く振り払う。


「あなた、偶然に引き分けになっただけなのに、何か奢っているんじゃない?」


はるかは無言で竹刀を握りしめる。

再度、面で攻撃するも簡単に弾かれてしまった。

栗林はすっと、竹刀を構え、はるかのコテを狙う。


──ッ!!


乾いた音が響く。

必死で手の痺れをこらえ、竹刀を離さないように耐えている。

そこに容赦なく、栗林は攻撃を続けた。

はるかの竹刀などかすりもしない。


──ッ!!


今度は面がはるかを直撃する。

こらえきれず、はるかは膝をついた。


「もういい。 もう無理だ」

「まだだよ。 ・・・まだ倒れるわけにはいかないから・・・」


はるかは、ゆっくりと立ち上がった。


「栗林先生、お願いします!」

「いい心がけだわ。 続けましょう」


そう言うと、すぐに面を打つ。


──ッ!!


あまりのスピードについていけず、またも面はクリーンヒットする。


──ッ!!


倒れそうになる体を必死でこらえる。

左右から、竹刀を振りおろし、何度も何度もはるかの面を狙う。

竹刀を立て、はるかは頭を必死で守る。

道場には竹が割れるような音がする。

竹刀が削れ、床に舞う。

栗林は連打をやめ、冷めた笑いを浮かべ再び叩きはじめた。


「はぁ・・・、はぁ・・・」


栗林は竹刀を大きく上に掲げた。

はるかも慌てて竹刀を掲げる。

ガラ空きになった胴を栗林は斜めに叩く。


──ッ!!


あまりの衝撃に、はるかは再びそ場に倒れ込んだ。


「もう終わりのようね」


倒れたはるかに、はき捨てるように栗林は言う。


「・・・はるか」


だが、はるかは、ゆっくりと立ち上がる。


「はぁ・・・はぁ・・・先生・・・もう一度お願いします」


丁寧にお辞儀をする。


「・・・」

「やぁ!!」


はるかの竹刀は栗林目掛け、スピードをあげる。

はるかのやつ・・・さっきよりも速くなっている。

それに気づいたのか栗林も、もう一段速くなる。

はるかの竹刀をかわし、攻撃に転じるが、はるかはそれをかわす。


「鈴木さん、やるじゃない・・・でも、これはどうかしら?」


栗林は重心を落とし、面で飛び込んでくる。


──ッ!!


またもやヒットし、はるかは倒れた。


・・・もうだめだ。

これ以上は・・・。

それでもはるかは立ち上がる。


「もう一度・・・お願いします」


気力だけで持ちこたえているのか、はるかは諦めない。

倒れては起きあがり、倒れては起きあがりを繰り返す。

最初は薄笑いを浮かべていた栗林の表情に変化が起こる。


「もう一度・・・お願いします!!」


立ち上がる度にはるうかは強さを増していくように思えた。

足の動き、重心、剣筋のどれもがキレを増していく。

剣術というものに、慣れ始めているかのように・・・。

はるかの頑張りと比例するかのように、いつの間にか倒れていた沢村も立ち上がっている。


「私も・・・私もお願いします!」


アキナは栗林に立ち向かっていく。


──ッ!!

 

栗林は走り込んでくるアキナの胴を真っ二つにするように叩く。

また、倒れ込むが必死で喰らいつく。

リコもレイカも立ち上がる。


「・・・まだまだよ。 よろしくお願いしますわ!」

「・・・先生、私にも、稽古をつけてください!」


今にも倒れそうでフラフラになりながらも立ち上がっていく。

倒されても倒されても、四人は何かに取りつかれたように立ち上がり、剣先を栗林に向ける。

夕日に照らされた道場に時間が過ぎる。

壮絶な光景が目の前に広がる。

倒しても倒しても諦めない四人に、栗林の息もあがる。


「・・・あなたたち、まるでゴキブリね」

「私たち、剣術部が・・・剣術部が作りたいんです」

「黙りなさい! あなたたちに剣術をやる資格なんてないわ!」

「・・・あるわ。 私は剣術がやってみたいの・・・。 それで充分でしょ・・・」

「やぁ!!」

「やぁっ!!」


二人は同時に栗林を狙う。

栗林はそれをかわし、素早く二人を打ちすえる。


「たぁっ!!」


イカも追いかけるように狙うが弾き返される。

 

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「・・・なんなのよ」


栗林の顔から焦りが見えた。

その一瞬をはるかは見逃さない。

天性の運動神経がそうさせたのか、それともただの偶然なのか・・・。

はるかは完璧な間合いをとり、右足をあげた。

筋力をフルに使い、上空に飛びあがる。

竹刀は一直線に栗林の顔面に向って伸びていく。

 

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「たぁぁぁっ!!!!!!!」

「はるか! いけっ!!!」


イカとリコに気を取られた栗林の頭はガラ空きだ。

確実に栗林の頭を捕らえた。

まっすぐに正しく、竹刀は空気を斬りながら栗林に伸びていく。

・・・が、はるかの竹刀は一瞬のためらいをみせた。

はるか・・・。

そのためらいを感じ取った栗林は、反射的に反撃に転じる。

今までに見たこともないような、殺人鬼のような目に変わった。


──ッ!!


まるで光のよなスピードで、はるかの面を刺す。

僅かしか見えない・・・。

何が起こったかも分からない。

ただ、光がはるかへと伸びた。


「きゃっ!」

「鈴木さん!」


そのまま、はるかは目を閉じ、床に倒れ込んだ。


栗林はハッとした表情をした。

・・・本気だ。

今までのどの剣さばきとも違う、今の一撃は・・・。

あれが栗林の本気だというのか・・・。

俺ははるかにかけよった。


「はるか? 大丈夫か? おい!」


はるかは目を開けようとしない。

気を失っているようだ。


・・・・・・。


道場が静寂に包まれる。

時間が止まったように、何もない時間が訪れる。

栗林は、はるかを見下ろしている。

何も発することなく、ただ、見つめている。


「はぁ・・・、はぁ・・・、はぁ・・・」


荒い呼吸と、殺気だった表情・・・。

栗林は立ち尽くしたまま動けないでいた。

時間がただ、過ぎていく・・・。

複雑な顔のまま、栗林は無言で道場をあとにした。


・・・。


他の三人もその場にへたりこんで、声を出そうとしない。

いや、声を出す体力など残っていないのかもしれない。

なぜはるかは、栗林を打つことをためらったのか・・・。

その答えは容易に想像がついた。

ボロボロになって意識の戻らないはるかを見て思った。

防具をつけていない栗林を叩くことなど・・・はるかに出来るわけがない。

優しいはるかには・・・。

額ににじむ汗を拭ってやった。

ピクリとはるかが動く。


「はるか?」


目を閉じたまま、はるかが呟いた。


「負けたら、宗介が・・・」


馬鹿・・・。

俺のことなんて、いいんだよ・・・。

おまえは本当に、優しくて、どうしようもない馬鹿だよ・・・。

俺は倒れている、はるかを抱きかかえ、強く抱きしめた。


・・・。

 



 

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俺は傷だらけで、ボロボロになったはるかたちを家まで見送り、桜木の家の前にいた。

ひっそりと静まりかえった、その家の前に俺は立っていた。

どうしても、話したかった。

今日のこと、剣術のこと。

それから、あいつらの試合のこと。

栗林の練習のこと。

桜木に伝えたかった。

俺は重く閉ざされた部屋のドアをノックする。


「桜木? いるか? 椿だ」


俺は耳を立てた。

小さくではあるが、生活の音が聞こえる。


「いるんだろ?」


だが、いつものように言葉は返ってこない。

壁一枚が、恐ろしいくらいに遠い。

剣術の話なんて聞きたくないのだろう。

それは分かる。

だけど、俺は伝えたかった。

だから、俺はドア越しに話した。

そこにいるであろう、桜木に・・・。


聞いていなくてもいい。

ただ、伝えたかった。


「今日な、はるかたち、練習試合だったんだぜ」


・・・。


部屋は沈黙を崩さない。

そのまま続けた。


「結果は惨敗。 そりゃそうだよな。 初めての試合だしな。 勝てっこないよな」


・・・。


「でも、その試合見所があったんだよ。 沢村とリコとレイカは負けちまったんだけど、はるかは負けなかったんだ」


・・・。


「負けなかったっていっても勝ったわけじゃないんだけどさ。 引き分けだ」


・・・。


「引き分けでも凄いと思わないか? 相手はそれなりの経験者だったんだ。 なのに、はるかは負けなかった」


・・・。


「もしかしたら、才能があるのかもしれねーな。 桜木はどう思う?」


・・・。


案の定、返事は返ってこない。


「試合が終わった後、あの栗林が稽古をつけてやるって言いだしたんだよ」


・・・。


「その稽古っていうのが、無茶苦茶な稽古でさ。 素人相手に本気で叩いてくるんだ」


・・・。


「あいつら、栗林にボコボコにされちゃってさ・・・。 でも・・・」


道場での光景を思い出し、胸が熱くなった。


「あいつら、倒されても倒されても・・・、何度も立ち上がったんだ。 体力なんてどこにも残ってないのにさ、気力だけで立ち上がった。 どんなに倒されても、諦めずに立ち上がるんだぜ・・・。 馬鹿だよな。 そのまま寝てれば栗林だって、あんなに本気になったりしねーのにさ」


・・・。


「結局、誰もへこたれたりしなかった。 栗林のやつ、顔が引きつっちゃってさ。 あの顔、桜木が見たら、笑ってたと思うぞ」


・・・。


「聞いてるか?」


・・・。


「・・・桜木にも・・・見てほしかったんだ。 あいつらの試合、見てほしかったんだ」


・・・。


長い沈黙が続いた。

ドアの向こうには桜木がいる。

俺の言葉は独り言になっていないだろうか。

不安だが、俺は桜木は必ず聞いてくれていると確信していた。

いや、そう思いたかった。

閉ざされたドアは、まるで桜木の心、そのもののようだった。

人を殺したんだ・・・。

あの日の言葉が頭の中にリフレインされた。

忘れたくても忘れられない言葉の衝撃。

人を・・・殺した。

短いそのフレーズは、それだけで全てをはらんでいる。

でも・・・俺も・・・。

俺は静かに語ろうと思った。

自分のことを誰かに語ったことなど、一度もないかもしれない。

はるかにさえ・・・。

でも、向こう側にいる彼女に、話そうと思った。

目が見えないからかもしれない。

誰かの目を見て話すことは怖かった。

・・・それだけじゃない。

桜木と俺はどこかで似ているのかもしれない。

同じ匂いを感じた。

それは俺が抱いた、小さな甘えだったのかもしれない。


「・・・俺、実はさ・・・」


・・・。


空気が重かった。

重力が一気に増したような錯覚さえ覚えた。


「・・・俺は罪人だ」


・・・。


「・・・罪を犯したんだ」


・・・。


「ずっと前なんだけど、親友を裏切ったことがあるんだ」


ドアの向こうが揺れているような気がした。


「俺は親友を見捨てて、自分だけ助かったんだ・・・」


・・・。


「父親の船が難波したんだ。 もう凄い嵐で俺は死を覚悟したんだ。 でも、目の前の、たった一つの救命具にしがみついた。 親友を裏ぎて、俺だけ助かろうとしたんだ」


・・・自分だけ。


「親父も親友も海に消えた。 俺はその救命具のおかげで救急隊の船が来るまで持ちこたえることが出来たんだ」


不思議な空気が流れた。

・・・話したくないことなのに。

今は、自然と自分から語っている。


「どうしようもない状況だったって弁護してくれた人もいたけど、俺は自分の意思ではっきりと、友達を見捨てたんだ・・・」


自分の意思で・・・。

そうだ。

俺は自分だけが助かればそれでいいと、あの時、思っていた。

だから、弁護してくれる人には悪かったが、それをはねのけたんだ・・・。


「それ以来、不良みたいなことやってきたよ。 誰ひとり友達だと思わなかったし、そんなものは必要なかったから」


桜木なら・・・俺の気持ち分かってくれるよな?

桜木にどこかで自分を重ねた。


「はるかはずっと俺にかまってきたけど、それもただあいつが寂しいからだと思っていた。 実際、そうだったしな。 ・・・でも、いまは、それだけじゃないみたいなんだ。 あいつが栗林に立ち向かっているときにそう感じたよ」


・・・。


「それは椿が変わったからだろう」


重く閉ざされたドア越しに声がした。

はっきりと。


「自分が変われば、いろんなものが変わって見える」


・・・。


自分が変わる?


「友達も、信じられるようになる・・・私にこんなことを言う資格はないが」


淡々としていたが、桜木は俺の話に誠実に答えている。


「・・・お前は変わらないのか?」
「私も変わった」
「昔の話か?」
「そうだ、私は人を殺した。 ・・・それも、師である父を」


・・・師である父?

桜木が殺した相手って・・・。

桜木自身の親なのか?

桜木はゆっくりと語りはじめた。

 

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私が住んでいたその町は、町とは呼べるようなものではなかった。

数十の家が立ち並ぶ、小さな集落だった。

この国の北の方に位置する名もない村。

村のいたるところに、紫色の綺麗でいい香りの花が咲き乱れる美しい村だ。

父の名は都築又八・・・。

剣術の道場を開いていた。

たくさんの人々が剣術の腕を磨いていた。

活気があり、都築道場は栄えていたんだ。

父は全国でも屈指の剣術家だった。

父に勝てるものなどいない。

私は今でもそう思う。

私はそこで剣術を仕込まれた。

厳格な父だった。

笑顔など見せない、特に私には・・・。

その反面、介護施設に寄付をしたり、戦争孤児を道場で養ったりと、村の人望も厚かった。

父は小さな村の誇りそのものだった。

ある日、道場に一人の少女が入門してきた。

戦争孤児の少女・・・。

少女は暁セツナと名乗った・・・。

服もボロボロで、食べるものもなく、命からがら辿りついたのが都築道場だったのだろう。

セツナは喋らない子だった。

私も喋る方じゃない。

でもセツナはそれにも増して喋らない少女だった。

父はセツナを優しく受け入れた。

・・・もしかしたら、父はすでにセツナの「才能」を感じとっていたのかもしれない。

戦争でつらい思いをしたセツナが唯一心を許す存在・・・。

それが私の父だった。

笑わない少女が、父の前では見たこともない顔で微笑む。

セツナは父になついていた。

まるで、本物の親子であるように父はセツナに優しく微笑んだ。

みなしごのセツナは父を親のように慕っていった。

物静かなセツナが父の前では笑顔を見せる。

厳格でカタブツの父がセツナには笑顔を見せる。


「又八様、夕飯を作っておきました。 私なりに頑張ったと思います」


あのセツナが、父の前では可愛らしい女の子のようだった。

父もそれを受け入れていた。

そのやり取りを見ながら、私はどこか気に食わない思いがした。

実の娘には厳しいが父が、他人の・・・それも戦争孤児の少女には優しい。

それがどうしても納得できなかった。

だから、幼い私は、セツナに嫉妬していた。

それはセツナも同じだった。

都築又八は自分の父ではない。

どんなに深い絆を持ったとしても、本当の娘である私のようにはなれない。

セツナは私を妬んでいたに違いない。

私とセツナは年が同じだったこともあり、一緒に稽古をしていた。

いつも組まされ、掛り稽古を繰り返した。

私は自分の剣術を過信していた。

誰にも負けないと。

幼い頃から父に仕込まれた剣の腕は、少女ながら相当のものになっていた。

だから、セツナは私に剣の腕では及ばなかった。

私に敗れたセツナを父は鍛えた。

優しく、手取り足取り自分の剣術をセツナに注ぎ込んでいく。

幼心に、私ははっきりと感じていた。

父の愛情は私ではなく、セツナに向けられていると・・・。

同じ釜の飯を食いながら、私たちはいつも疎遠だった。

父は私が大切ではない・・・。

セツナが来て以来、父の関心はセツナに移行した。

技の一つも教えてくれなかった。

セツナはどんどんと強くなっていった。

圧倒的な力の差があった私たちの距離は、どんどんと近づいていった。

セツナとの稽古でも、一本とられてしまうような日があった。

負けることこそなかったが、セツナが自分の剣術に追い付いてくる危機感を感じた。

稽古が終わり、私は村の裏にある人気のない井戸の前で朝まで泣いた。

一本取られたことが悔しかったのだと思っていた。

でもそうじゃない。

セツナにばかり、力を入れ、実の娘である私をないがしろにしている父親に、悔しさと怒りを感じて涙があふれたんだ。

どうしてセツナなんだ・・・。

その怒りと悲しみは当然のごとくセツナに向けられた。

セツナが悪いわけじゃないことは分かっていたが、私はどうしても許せなかった。

あの日、道場の前にあの戦争孤児さえ来なければ・・・。

父は私だけを見てくれた。

私のセツナへの妬みは雪だるまのように膨れ上がっていった。

だから、私は剣術でセツナに負けることだけはあってはならなかった。
私のアイデンティティーはこの竹刀と己の強さだけだった。

そんな悶々とした稽古の日々の中、国からある連絡が来たんだ・・・。

大統領の前で行うという展覧試合の通知が都築道場に入ったのだ。

大統領から来た吉報に道場は湧き上がった。

道場は実力こそあったが、経営的にはそんなにうまくはいってなかった。

ボランティアと村の資金だけではまかないきれないほどの状態になっていた。

展覧試合で大統領に認められること。

それは国から資金がでることを意味していた。

都築道場にとって、これほどいい話はない。

父も道場の人々も展覧試合に向けて稽古に熱が入った。

私もその話には喜んだ。

が、それと同時にもの凄い不安が私を襲った。

展覧試合は大統領の前で一試合だけ行われるという話だった。

誰と誰が戦うのか・・・。

大統領の前で、私は自分の剣術の実力を見せつけたかった。

それだけじゃない。

この道場を私の腕で守りたかった。

父に・・・私の実力を認めてほしかった。

セツナなんかではなく、私を見て欲しかった。

だから私は展覧試合に出なければいけない・・・。

やがて私たちは道場に呼ばれ、父は展覧試合の対戦カードを発表した。

父は自ら、展覧試合に出ることを決めた。

都築又八の剣術を見たい。

それは、大統領からの指示だった。

父の剣術はこの国の宝。

父は対戦相手を発表した。

私は一瞬セツナを見た。

セツナは何かに祈るような表情をしている。

・・・セツナは父と戦いたいのか?

私は怒りに震えた。

この・・・みなしごが・・・!

父は小さく呟いた。

・・・都築ヒカル。

私の名前が告げられた。

嬉しかった・・・。

大統領の前で戦える。

この私の剣術で、都築道場を守る事が出来る。

優越感に浸り、私はセツナを蔑むような目で見た。

あの時のセツナの顔を・・・私は忘れられないでいる。

父と娘の試合。

私は父と来る展覧試合に備え、必死で稽古をした。

父は私だけを見ている。

私だけに指導している。

それが嬉しくてたまらなかった。
ずっと忘れかけていた父親の温もりを感じた。

陰から私たちの稽古をセツナがじっと伺っている。

いい様だ・・・。

父は私を選んだ。

セツナではなく、私を・・・。

だが、そんな私の心を打ち砕く事件が起こる。

展覧試合の前日だった。

父と私は猛練習をしていた。

いつも以上に父の稽古は厳しかった。

血を吐くほどに・・・。

それでも私は父に向っていった。

倒れても倒れても、私は向っていった。

ついには、生も根も尽き果てて、その場に倒れ込んでしまった。

父は「立て」と、私にいった。

だが、立つことさえ出来ないほどに私の体は憔悴しきっていた。

倒れた私は父に無言で訴えかけていたのかもしれない。

・・・どこかで、優しくされたかったのかもしれない。

私の唯一の甘え。

道場の師範としてではなく、父としての愛情を娘として求めたのかもしれない。

私は知っていた。

セツナが稽古中に倒れた日、父はセツナを背負い、村の外れのお医者様まで連れていったことを。

脇目も振らず、あの厳格な父がセツナを心配して病院に連れていった。

私はそれがたまらなく嫌だった。

・・・今、私は倒れている。

父はきっと私に優しくしてくれる。

展覧試合が明日に控えた日に、私はそんな馬鹿げたことをやってしまったのだ。

剣術だけじゃない・・・父にとっても私は一番でありたい。

セツナには・・・負けたくない。

剣術をやる者として、失格だった。

そんなことは分かっている。

・・・娘として・・・父に愛情を求めて何が悪い。

私は道場の床に這いつくばり、父の優しい言葉を待った。

・・・父に抱きかかえられることを待ったのだ。

だが、父の口から出た言葉は私の期待とは裏腹の、鋭く冷たい言葉だった・・・。


「不甲斐ないやつだ。 こんなことならセツナを跡取りにするぞ」


父はそう、私に叱咤した。

それはもちろん、ただの叱咤だった。

師範としてのまっとうな態度だったのかもしれない。

なのに、私は私の何かが爆発する音を聞いたのだ。

頭の中にセツナの笑顔が浮かんだ。

・・・どうしてセツナにはあんなに優しいのに、私には。

実の娘である私には・・・。

そうか、父にとって大切なのは私ではない。

父が本当に大切なのは、どこの馬の骨とも分からない、あの暁セツナ。

あの少女だ。

嫉妬と憎しみと怒りと無念が一度に私を襲った。

私は立ち上がり、嘆きとも叫びともとれる、大きな声をあげた。

私の声が道場にこだまする。


・・・。


そこからの記憶は定かではない。

ただ、私の竹刀が父の喉垂れの横をかすめていた。

私の竹刀は父の喉を貫いていた。

まっすぐに光のスピードで、父の喉をついた。

グッ・・・。

父はゆっくりと私の視界から消え、その場に崩れ落ちた。

道場は騒然とした。

私はガクガクと震えた。

手に、父の喉の骨の感触が残っていた。

私はその場に竹刀を投げ捨て、父の元に駆け寄った。

私より、少し早くセツナも父に駆け寄っていた。

私は何も言えずにいた。

セツナは私をキッと睨んだ。

まるで、自分の父親を突かれた娘のように・・・。

定かではない記憶にあるのは、セツナの今にも泣きそうな目で睨む顔と、父の優しい笑顔だった。

父は、私に優しい笑顔を浮かべている。

・・・なぜだ。

どうして・・・そんな笑顔を私に向けるんだ。

・・・どうして。

・・・・・・。


数日後、父は道場のみんなに看取られ、この世を去った。

・・・当然のように、展覧試合は中止となった。

私が起こした事件は、事故として処理された。

道場の人たちが事故だと証言してくれたからだ。

私が罪に問われることはなかった。

・・・私はすぐに、道場から消えた。

ここではないどこかに・・・。

行こうと決めたんだ。

全てを捨てて・・・。


・・・。

 

 

桜木はそう言い終わると、また黙ってしまった。

・・・そうか。

そんなことが・・・。

俺は何も言えずにいた。


「私の剣が、みんな不幸にしてしまった。 ・・・セツナも、父も、
私自身も・・・」


それは、お前の剣のせいじゃない。

俺は思ったが、口には出来なかった。


「初めて、こんなことを人に話した。 なぜか震えが止まらない・・・。 怖い・・・誰かと、またつながるのが」


つながるのは、俺だって怖いよ・・・。


「誰かとつながって温もりをもち、また誰かを傷つけるのが、怖いんだ」
「・・・・・・」
「父の最後の笑顔が・・・頭から離れない。 あの笑顔の意味が、私には分からない」


桜木の親父の最後の笑顔。

俺にも分からない。


──幼い私にはそれがわからなかった。


俺の親父は優しかったから・・・。

桜木はそれっきりしゃべらなくなった。


「また、来るよ」


俺は桜木の家を後にした。


・・・。

 



 


熱は、いずれ冷める・・・。

冷めない熱はない。

でも、冷めないように、常に温め合うのが人間の営みなんじゃないか・・・。

俺は桜木を見てそう思った。

誰かとつながる事は怖い。

それは面倒で、たまらなく厄介だ。

それは俺が一番分かっている。

だけど、人は誰かを求めてしまう。

人は一人では生きていけないはずだから・・・。

空を見上げると、月がいつも以上に大きく感じた。


「マコト、ごめん・・・」


俺は月を見上げ、小さく呟いた。


・・・。