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光輪の町、ラベンダーの少女【11】

 



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・・・。

とびきり目覚めの悪い朝だった。

いつの間にか眠っていた。

夢を見ていた。

覚えているのはラベンダーの花の中で桜木が泣いている光景。

花畑に顔をうずめ、静かに泣いていた。

それを俺はどうすることも出来ずに、ただ見ていた。

風が吹く。

ラベンダーが揺れ、鼻を清涼感のある香りが包んだ。

そこで目が覚めた。

・・・とにかく目覚めが悪かった。

俺は変な感傷にひたっている自分がどうしようもなく恥ずかしかった。

俺はベッドから重い体を起こし、行動することにした。

明日は星雲学園との試合だ。

それで全てが決まる。

どうしても勝ちたかった。

退学云々はどうでもいい。

はるかたちが一生懸命に頑張っている剣術を部にしたい。

ただそれだけが、俺を動かしていた。

いま、俺にできること。

桜木にもう一度、竹刀を握って欲しい。

どんな理由があろうが関係ない。

・・・俺にだって譲れないものがある。

だから、桜木ともっと話したい。

何度でも話かけることが大事だと思った。

剣術部に入って欲しいからというだけではない。

桜木をひとりにしてはいけない。

ひとりにしないためにも・・・。

俺は桜木の家に向かった。


・・・。

 

 



 

俺が桜木の家の前につくと、ちょうど桜木が階段から降りてきた。

俺は反射的に、建物の陰に隠れようとしてしまった。

それに気づいたのか、桜木は不審そうな目で俺を見ている。

俺は偶然を装った。


「よ、よう! たまたま通りかかったんだ。 どこかに行くのか?」


誤魔化したが、桜木はお見通しだと言わんばかりの顔をした。

 

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「これから、買い出しに行こうと思ってな」


どこか、よそよそしい物言いだった。

俺を避けているかのように・・・。

昨日のことを気にしているようだ。

夜、ドア越しに自分の胸の内を明かしたことを不快に思っているような顔つきだった。

俺だって自分のことを話したのを後悔している。


「何か用か? 私は忙しいんだ」
「まぁそう言わずにさ・・・」


俺が調子よく言うと、桜木は冷たい顔をした。


「そんな怖い顔するなよ・・・」


無言のまま呆れたような眼差しを俺に向けてくる。


「私のことはほっといてくれ。 もう、誰とも関わる気はない」


きっぱりと割り切った言葉だった。

俺だって人と関わる事は好きじゃない。

でも、今は違う。

桜木を一人にしたくないと思った。

・・・俺は引かない。

桜木が、変わるまで俺はずっと付きまとう。

ウザがられても、嫌われても。

それが俺の出した答えだからだ。

桜木は動かない俺を無視して、横を通り過ぎようとした。


「ちょっと待ってくれ」


・・・ムッとした表情で足を止めた。


「お前の剣は誰かを守るためにあるんだろ?」


俺は唐突に聞いた。

桜木の表情がさらに不快そうなものに変わる。

おまえは何を言ってるんだ? とでも言いたげな顔だ。


「前に言ってたじゃないか。 この剣は誰かを守るためにあるはずなのにって」
「・・・それがどうした? 私はもう二度と剣はもたない。 何度も    言わせるな」
「なぁ? ちょっと俺についてきてくれないか?」


桜木は俺の言葉を無視する。


「道場に来てくれ。 おまえに見せたいものがあるんだ」


俺は半ば強引に切りだした。

言葉では伝わらないこともある。


「道場でみんな練習してるんだ。 それを見てほしい。 みんな今のお前よりずっと前向きだぞ」


そう言うと桜木は全身で拒絶をあらわした。

俺は引き下がらずに、何度も桜木に訴えた。

桜木は激しく抵抗する。


「来てくれよ。 そうすれば何かが変わるかもしれねーし・・・」


俺の言葉を遮るように、桜木は言い放った。


「私が剣術部に入ったら、また誰かを殺してしまうかもしれないぞ」


冗談とも本気ともとれる口ぶりで俺を挑発した。

俺は、その卑屈な態度に腹が立った。


「なら、今ここで俺を殺してみろよ!」


俺は一歩も引かない。

桜木の目から、視線を外さない。

俺の目を桜木もじっと見ている。

二人の間にまたもや沈黙が流れる。

絶対に、諦めない・・・。

桜木の目の奥をじっと見つめた。


・・・。


・・・・・・。


視線を先に外したのは桜木の方だった。

 

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「行けばいいんだろ!? さっさと終わらせてくれないか」


桜木はついに折れ、俺より先に道場に向かって歩き始めた。

俺はその後をついていく。

道場に向かう途中、桜木は一言もしゃべらなかった。

怒っているのだろう。

まるで石にでもなったように口を閉ざしてしまった。


・・・。




 

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桜木は道場の前に立ち、中に入ることを躊躇しているようだ。

中から大きな掛け声や、竹刀と竹刀が交りあう音が鳴っている。

4人の声が響き渡り、外へ抜け弾けた。

ぶすくれた表情で道場をみている。

蔑むような目で・・・。

俺は桜木の肩をぽんと叩いた。


「朝早くから練習してるんだ。 中に入ってやってくれ」


桜木は面倒臭そうに道場の中に入る。


・・・。

 

中ではリコとレイカ、沢村とはるかが組になり稽古をしていた。

千鳥足になりながらも懸命に竹刀を振っているリコが見えた。


「な? 本気だろ?」


桜木は無言のまま、はるかたちの稽古の様子を伺っている。

沢村が道場の端にいる俺たちに気付き、声をあげた。

 

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「桜木先輩! みなさん! ちょっと練習と止めてください。 桜木先輩です!」


その声にフラフラになりながら3人は竹刀を止めた。

4人は顔を見合わせ、桜木のもとへあつまってくる。

 

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「ヒカルさん! もしかして、ここに来たということは入部するということですか?」

「やっと入る気になったようね。 さっさと着替えて私たちに剣術を教えてくれない?」

「みなさん、そんなに慌てたら桜木先輩も困りますよ。 ねぇ?」


桜木は3人の話を無視した。

 

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「ヒカルちゃん? ・・・私たち、独学でやってて、なかなか上手くいかないの。 良かったら教えてもらえないかな・・・」


はるかの言葉を不機嫌そうに突っぱねる。


「私のことは、気にするな。 稽古に戻ったらどうだ? 明日は試合なんだろ?」


4人は桜木のただならぬ雰囲気を察し、稽古に戻っていった。


「みんなおまえに期待してるんだよ。 悪く思わないでくれ」


桜木はぶすっとしている。

みんなは稽古を再開する。

はるかは段々とさまになってきているようだが、相手の沢村に気を遣いゆるい面を当てている。

その沢村は体がうまく動かせず、ぶつかってははるかに謝っているようだ。

リコは精一杯の声を腹からだしているが、それだけで疲れ、動けずにいる。

イカは袴のすそを足で踏んでしまい、危うく転倒といった感じで、その度に文句を言っている。

どうしようもない4人だが、真剣であることは紛れもない事実だ。

不器用なりに、必死で声を出し、汗を流している。


「・・・あいつら、馬鹿だよな」
「私には関係ない」


冷たい言葉しか出てこない口、そんな桜木の目は悲しみに満ちていた。


「クラスメイトが頑張ってるんだ。 少しは応援してやってくれ」
「クラスメイト? ・・・だからなんだ。 私は、彼女たちの仲間じゃない。 みんなのことを好きでも嫌いでもない。 正直どうでもいい」
「つれないこというなよ。 剣術の経験者として、せめてアドバイスくらいくれよ」


はるかたちは、剣術という特殊なスポーツに挑戦している。

どんなに素人が頑張ったところで、届かない領域がある。

圧倒的に経験が足りないのだ。

沢村は必死に本で勉強しているようだが、所詮は机上の空論に過ぎない。

経験者のアドバイスが何より必要なのだ。


「・・・アドバイス? いいだろう。 教えてやる。 練習をみて、分かった。 間違いなく負ける。 4人そろって全敗だ。 一分ともたないだろうな」
「・・・一分」


桜木は、はるかたちの練習をあざ笑うかのように見ている。


「じゃあ、一分が三分になるように、なにかアドバイスはないのか?」


桜木は練習している、はるかに近づいていく。

桜木は、はるかを呼び止めた。

 

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「・・・鈴木さん、その竹刀の振り方はなんだ? 帰って、野菜を売っていたほうがいいんじゃないか?」


桜木の言葉にはるかは動揺した。


「・・・うん、竹刀、うまく振れなくて。 どうやったらちゃんと出来るのか教えてもらえたら助かるんだけど」


はるかの質問を無視して今度は、リコの元へいく。

 

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「リコ? 踊りでも踊っているつもりか? はっきり言おう。 リコに剣術は無理だ」
「え? でも、リコは無理でも頑張ると決めたです」
「竹刀にウソがあるな。 臆病なウソつきの剣だ。 そんな剣では誰も斬ることはできない」


桜木に言われ、リコはしゅんとしている。

桜木のやつ、なんのつもりだよ・・・。

 

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「レイカ? 足と手が一緒に動いてるぞ? それは剣術じゃない。 ただの金持ちの道楽だ。 我儘なお嬢様が剣術に手を出すな」
「・・・何よ、その言い方。 私たち、初めてなんだから出来なくて当然じゃない?」
「そんなことは関係ない。 剣術にあるのは、生か死のどちらかだ。 やめてしまえ」


・・・桜木の言葉が荒くなっていく。

誰かを罵倒せずにはいられない。

そうすることで自分を保っているかのように。

 

「沢村? 何もかもが弱々しい剣だな。 少しは頭を使ったらどうだ? 勉強が出来ても剣術は向いていないようだな」
「頭では分かってるんですが、体が・・・」
「やめてしまえ」


桜木の目的はなんだ。

まるでそれは、他人を傷つけることで、自分自身を傷つけているかのようにさえ思えた。

4人は動きをとめ、桜木を見ている。

桜木は俺の中で特別だった。

媚びることない、凛とした女だった。

はっきりとして、潔い女だった。

なのに目の前にいる桜木は、頑張っている仲間を罵倒するような、そんなちっぽけな存在になりさがってしまった・・・。

道場内の空気が重いものになっていく。

前向きだったはるかたちの表情が曇っている。

桜木は大きくため息をつき、はき捨てるように言った。


「こんなお友達ごっこの輪に加わるなんて、ごめんだな」


その瞬間、俺は桜木の肩を掴んでいた。


「おい、許さないぞ。 取り消せ・・・。 今、言ったことを取り消せ」


桜木の肩を強く揺さぶる。

はるかや沢村は俺を止めた。

・・・止めるな。


「宗介・・・やめて」


・・・。


俺は桜木から手を離した。

桜木は肩をはらっている。

腕が未熟なのをいうのはいい。

それは本当のことだ。

こんな実力で青雲学園に勝てるなんて俺だって思ってない。

でも、お友達ごっこだなんて言うなよ。

ごっこで、こんなに努力をするか?

ごっこで、出来もしない剣術に手をだすのか?

ごっこで、誰かを本気で守ろうなんて思うのか?

まるで桜木が栗林や大九郎と同じことを言ってるようで残念だった。

残念で、残念すぎて、俺は怒りが込み上げてきた。

 

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「・・・お前からみれば、ダメな奴らに見えるかもしれないけど。 いいチームワークなんだ・・・」


お互いがお互いを集めたんだ。

それぞれが、それぞれを惹きつけあったんだ。

はるかの優しさが、リコの寂しさを温かく癒してやった。

リコの誠意が、レイカの心を強くした。

イカの自由な気持ちが、沢村を閉ざされた因縁から解放した。

そうやって、それぞれが、それぞれを繋ぎ合わせていったんだ。

まるで、小さな輪でも作るように。


「取り消せ! ごっことか言ったことを取り消せ!」
「・・・」


桜木は、ただじっと床を見つめ、唇を噛んでいる。


「桜木、いまの俺たちには守りたいものがあるんだ」
「・・・なんだそれは?」
「絆・・・だ」


俺は開けてはいけない禁断の箱を開けた気がした。


「おまえたちの絆とはなんだ?」
「助け合い、許し合い、励ましあうこと・・・そして、強くなることだ」


桜木は苦悶の顔で、道場を後にした。


「桜木・・・ヒカル」


イカはポツリと桜木の名前を呟いた。

その声がどこか寂しく、道場に響いた。

道場に栗林が入ってきた。

憮然たる面持ちで成り行きを見ていたようだ。

 

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「まだ練習を続けるつもり?」

「はい、お願いします。 もう少しだけ練習させてください」


はるかの意見に沢村も賛同しているようだ。

栗林は沈んだ表情を浮かべた。


「そう・・・。 明日の試合は12時からここで行います」


そう言って、静かに道場を後にした。


「それでは続きをやりましょう! 何事も諦めたらそこで終わりです」


リコの掛け声とともに4人は竹刀を取り、何も言わずに練習に戻っていった。

俺は数時間、ただボーっと練習を眺めていた。

勝たせたい・・・。

どうにかして、剣術部を作ってやりたい。

そう強く思った。


・・・・・・。


・・・。

 

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日はすっかり落ちている。

辺りは真っ暗だ。

俺は近くのスーパーでメシを買った。

腹を空かせているに違いない。

両手に弁当をかかえ、道場に戻った。


・・・。


練習を終えて、くたくたになった四人が床にへたばっている。


「おまえたち、腹へっただろ? メシ、買ってきたぞ」


フラフラしながら四人がメシに近づいてくる。


「もう、ダメです。 お腹がすいて、死にそうです。 ・・・! これはリコの大好きなハンバーグ!」


リコは袋からハンバーグ弁当を取りだし、食べはじめた。

 

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「ちょっと! あなたから食べるなんて礼儀知らずね」

「ほら、レイカにはパスタだ」

「あら? 私がパスタを好むことをよく知ってたわね」


満足そうに弁当を受け取る。

 

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「私は、なんでも平気です。 今なら、なんでも食べれる気がします。 あ、お金・・・」

「いいよ。 俺のおごりだ」

「そんなこといっていいの? お小遣いあんまりないんでしょ?」

「そんくらい、おごらせろよ。 俺には何も出来ないんだからさ」

「宗介くんも一緒に食べましょうよ。 ・・・あら? 弁当が足りません」

「俺はいいよ。 帰って食うからさ」

「私の分を半分あげますよ。 どうぞ、食べてください」

「大丈夫だから・・・」


一緒にメシを食うわけにはいかない・・・。

俺は道場を出ようとした。


「待って」


帰りかけた、俺の背中越しに、はるかの声が響いた。


・・・・・・。


・・・。

 

 

 



 

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部屋はいつも以上に暗かった。

まるで、宇宙に放り出されたような錯覚さえ覚えた。

扉を開けた瞬間、そのまま膝の力が抜けた。

ふっと、無重力になったみたいだ・・・。

そのまま、玄関に滑り落ちるように、腰を落とした。

後悔が、津波のように脳裏を襲ってきた。

・・・私は、傷つけてしまった。

・・・酷いことを言ってしまった。
ー^
自分が自分ではないような錯覚がした。

こんな気持ちは初めてだった。

私は、一体、なにをしているのか。

なにがしたかったんだ・・・。

自分に苛立ちを覚えた。

もう、誰にも会いたくない。

このまま、一人で消えてしまいたかった。

ここが宇宙なら、そのまま永遠に漂っていたい。

もう、戻りたくない。

どこにも・・・。

頭にフラッシュバックする顔・・・。

 

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鈴木さん、沢村、レイカ、リコ・・・。

お世辞にも剣術の才能があるとはいえない。

もともと、剣術がやりたかったわけでもない。

百戦錬磨の星雲学園に勝てるわけがない。

なのにどうして・・・。

どうしてそこまで懸命になれるんだ・・・。

分からない。

理解が出来なかった。

・・・一つだけ分かること。

ただ必死に練習していたということ。

その様子がとても美しくて、かっこうがよくて、どうしようもないくらいに、腹が立った。

まぶしくて、壊してやりたくなった。

自分のところまで落ちてきてほしかった。

私の苦しみを分かってほしかった。

そして、一緒に崩れてしまえばいいと思った。

私は・・・最低だ。

ぼんやりと、自分の胸の鼓動を感じていた。

体は生きているが、それはただ「生かされている」というだけにすぎなかった。

私の心はすでに死んでいる・・・。

父を殺したあのときから、ずっと死んでいた。

今でもずっと、私はあの日以来、生きてはいないのだ。

悲しみに打ちひしがれている中、ドアの向こうで微かな足音が聞こえた。

耳を澄ました。

息を殺して、耳を澄ました。

足音は一つではなかった。

複数の足音。

音が・・・止まる。

ドアの向こうから、声がした。


「桜木先輩・・・いますか?」


その声は優しい声だった。

丁寧で、礼儀正しい、優しい声だった。


「もし、いなかったらごめんなさい。 でも、聞いてほしいんです。 ・・・桜木先輩に聞いてほしいんです」


その声はゆっくりと続けた。


「私にはどうしても越えられない壁がありました。 それを超えたくて私は勉強もしたし、生徒会長になりたかったんです。 でも、その壁は大きくて、私は生徒会長になれなくて、越えることが出来なかったんです。 ・・・でも、私は負けたなんて思ってません。 神山先輩が言ってくれたんです。 誰かと比べることに意味はない。 私は私でいいって。 一人にしないって。 だから、私は剣術に賭けてみることにしました。 運動は苦手だけど、お姉ちゃんと違う私になるために・・・」


私は私でいい・・・。

私は私を消し去りたいんだ・・・。


「桜木ヒカル・聞いてるのかしら? そんな所にこもってウジウジしてるなんて、あなたらしくないわね。 もっと強い人だと思ってたけど違うのかしら?」


ぶっきら棒で、強い声が聞こえてきた。

自信過剰で、強い声。

でもどこか優しい、性根のまっすぐな声。


「私は何不自由なく暮らしてきたわ。 欲しいものは全て手に入れてきた。 だけど、そんな私にも手に入らないものが一つだけあったわ・・・・・・それは、友達よ。 今でも必要かどうかは分からない。 でも一人でピアノをやってた時よりも今はいくらかマシよ。 私がどんなに我がままを言っても、佐田さんは私に期待してくれたわ。 私のピアノを本当に聞きたいって言ってくれた。 利害関係なしに、ただ純粋に。 だから、私は佐田さんにお礼がしたかったわ。 チャンバラなんてくだらないけど、今は、右近さんにも負けたくないわ・・・。 桜木ヒカル? あなたは私たちに期待されているわ。 誰かに期待されるだけで幸せなことよ」


こんな私に期待している・・・。

酷いことをいった私でも・・・受け入れてくれるというのか・・・。


「リコですよ・・・。 こんばんは。 ヒカルさん、元気出してください」


純粋な声がした。

無垢で真っ白で、優しい声。


「恥ずかしながら、リコはウソつきです。 今でも、その、たまにウソをつきます。 ダメだと思うから、ウソはなるべくつかないようにしています」


照れたように話す。


「そんなウソつきなリコに、はるかさんは優しく、頭を撫でてくれました。 リコは迷惑ばかりかけたのに、一緒にいてくれました。 剣術部に入らなくても、友達だよって言ってくれました。 嬉しかったんです。 だから、今度はリコが友達を助けたいと思いました。 リコは弱いから役には立たないかもしれないけど、出来るだけ、頑張りたいと思いました。 ヒカルさんはリコの大切な友達です。 だから、落ち込まないで、リコたちと一緒にいてください」


・・・私が、友達?


私には仲間や友達なんていない。

あの日から私は一人で生きていくことに決めたんだ。


「ヒカルちゃん? 聞いてほしいの。 私の気持ち・・・」


温かい声だった。

冷え切った私の心を溶かすような、特別に優しい声だった。


「今、私たちは剣術部を作りたいの。 はっきりいって私たちじゃ何も出来ないことは分かってるし、ヒカルやんに頼りたいだけなのかもしれない。 でも、はっきりと言えることは、私は剣術がやりたいってこと。 誰かのためじゃない。 自分の為に、私は剣術がやりたいの」


剣術が・・・やりたい。


「私ね、全然優しくなんてなかったんだぁ。 自分が傷つきたくないために、優しい振りをしてたの。 宗介に言われて初めて気づいた。 私は弱い人間だった。 もっと強くなりたいの。 私ね、守りたい人がいるの。 だから、私は強くなりたいの」


守りたい人・・・。


「ヒカルちゃんは一人じゃないよ。 私たちだって、最初は一人だったけど、今は違う。 みんながいるから、強くなれると思うんだ」


みんながいる・・・。


「私はヒカルちゃんと一緒に剣術がしたい。 ・・・ヒカルちゃんって、なんだかいつまでたってもよそよそしいよね。 ヒカル・・・私はヒカルに剣術を教えてほしいの。 ヒカルの剣術をいま、私たちは必要としてるの。 力を・・・貸して」

 

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・・・私を必要としている。

こんな私を?

人を殺めた、私を必要としている人なんて・・・。


「これが、俺たちの気持ちのすべてだ・・・。 桜木・・・」


なぜだ・・・。

なぜ私なんかを・・・。

目から涙があふれていた。

どうして・・・私なんか。

ボロボロと涙がこぼれてくる。

涙はとうに捨てたはずだった。

父を殺したあの日、私は泣くことを捨てたはずだった。

・・・普通になりたい。

そう誓ったんじゃないのか・・・。

なのに、なのに、涙が、涙が止まらない・・・。

私は声を押し殺して・・・泣いている。

心を押し殺して・・・泣いている。


「ヒカルは私たちの大切な仲間だから、哀しい時は分け合おうよ」


仲間・・・。


どんなに止めようとしても、こぼれる涙をわたしは止められないでいた。

部屋から一歩も動けずに、私はただ暗い部屋で、枯れるまで・・・泣いた。

・・・。


・・・・・・。


「おやすみ、桜木・・・」


椿・・・おやすみ。

私は心で返事をした。

 

・・・。

 



 

俺は道場へ向かう準備をした。

ついに星雲との交流試合の朝だ。

服を着替え、俺は家を出た。




 

道場の前についた。

中からは、はるかたちの練習している声が聞こえてくる。

気合の入った大きな声。

始めたころと比べ、随分とマシになったもんだな・・・。

俺は道場に入った。





イカもリコも沢村も、必死で竹刀を振っている。

道場の傍らで、腕組みをしている栗林がいた。

仏頂面で練習の様子を伺っているようだ。

 

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「つまらないですか? 素人の練習は」
「そうね。 こんな練習、くだらないわ。 でも、それも今日までのこと。 せいぜい剣術ごっこを楽しめばいいんじゃない」


相変わらず、しゃくに障る教師だな・・・。

栗林は四人を集め、今日の交流試合の説明をはじめる。


「12時から予定通り、星雲学園との交流試合を行います。 練習はここまでにして、用意をしてください」

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「分かりました。 みんな、準備しよう!」

「あの、今日の試合は一勝すればいいんですよね?」

「そうよ。 星雲の生徒を一人倒せばいいわ」

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「とにかく、四人でひとりを倒せばいいのね。 いけるわ!」

「4対1ですもんね。 可能性はきっとあります」

「栗林先生、今日はよろしくお願いします!」


栗林は戸惑った表情を浮かべている。

私は、あなたたちの敵よ・・・。

どうして、鈴木はるかは、その敵の私にそんな顔ができるのか・・・。

理解が出来ないという顔だ。

 

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「おまえらなら、きっと勝てる。 頑張れよ!」


四人は大きく頷いた。


「・・・一足一刀の間合い」


栗林は憮然としたまま、ぼそりと呟いた。

そのまま、俺たちの傍から離れていく。


「いま、栗林、なんて言ったんだ?」

「いっそくいっとうのまあい・・・っていいました」

「一足一刀の間合い? なんだそれ」

「どうせまた、私たちに対する文句でしょ。 あの人、私より性格悪いわね」

 

一足一刀の間合い・・・。

どう言う意味だろう?

沢村は何かを思い出すように言った。


「一足一刀の間合い・・・確か、本に載っていました」

「本? 剣術の参考書か?」

「剣術の基本的な間合いで、一歩踏み込めば相手を打突出来る距離であり、一歩さがれば相手の攻撃をかわすことの出来る距離・・・だった気がします」

「それをなんで俺たちに言ったんだ?」

「アドバイスじゃない? ・・・栗林先生が私たちに足りないことを教えてくれたんだよ」


あの栗林が、俺たちにアドバイス

どういう風の吹きまわしだ・・・。


「じゃあ、その一足一刀の間合いで戦えってことか・・・」


栗林の方を見るが、ブスっとした表情で腕時計を見ている。

けなしたり、アドバイスしたり、よくわからない教師だな・・・。

道場に、誰かが入ってくる。

・・・星雲学園の生徒か?

 

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「諸君、もう集まっているようだね」

「学園長、おはようございます。 間もなく星雲学園の生徒が参りますので、そちらのイスでご覧ください」


学園長用の豪華なイスが用意されていた。

高みの見物ってか。

いいご身分だな・・・。

大九郎はこっちに近づいてきた。


「待ちに待った交流試合だね。 私は今日という日をもう楽しみにしていたんだよ。 楽しみすぎて、昨日は眠れなかった。 まるでピクニックに行く前の晩のようだ」


嫌らしい笑みを浮かべている。


「相手はかの有名な星雲学園剣術部だ。 きっと素晴らしい試合が見れるんだろうね」


俺たちは何も答えない。


「どうしたんだい? あ、そうか。 緊張しているんだね。 楽にしたまえ。 なぁ? 栗林君」


栗林は何も言わない。


「まぁ、一勝すればいいだけだからね。 もしかしたら勝てるかもしれないよ。 ははは」


大九郎は余裕の笑いを浮かべた。

・・・イラつくやつだな。

俺たちは完全に大九郎を無視した。

それに、少しだけイラっとしているようだ。


「くだらん・・・。 さっさと終わらせるぞ」


栗林は小さく頷いただけだった。


「わぁ! 外観古いけど、中はまぁまぁ広いよ~!」


バタバタと星雲の生徒が入ってくる。

 

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樹を筆頭に、小梅、右近、そしてセツナが入ってきた。

俺を見つけるやいなや、樹が走り寄ってくる。

 

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「あ、宗ちゃん! 観に来てたんだね! 樹の応援かな~?」

「いや・・・」

「何いってるんですか! 椿さんは新山学園の生徒なんですよ」

「そっかぁ・・・。 それは残念! でも、これ交流試合だし、どっち応援したっていいよね~」


相変わらず元気なやつだな・・・。

 

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「新山学園長、本日はお招きいただきましてありがとうございます」
「いやいや、わざわざこんな試合に呼んですまなかったね。 右近コンツェルンのお嬢様を迎えるような施設じゃないんだが、我慢してくれ」
「そうですわね。 貧乏くさい施設ですわ。 お父様にお願いして新しくしたらどうかしら?」
「そんな心配はいらないよ。 ここはもうすぐ無くなるんだから・・・」


新山学園は、いまや右近コンツェルンの息がかかっている。


「セツナ、久しぶりだな」


俺は陰でひっそりと佇んでいるセツナに話しかけた。

 

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「・・・そうね」


相変わらず不思議なオーラに満ちていた。

 

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「樹ちゃん、今日はよろしくね。 私たち、初心者だけど星雲学園の胸を借りるつもりでがんばるね」
「はるちゃん! こっちこそ、よろしくね~! あたし、はるちゃんと試合するの超楽しみだったんだよね~」


樹は満面の笑みで、はるかと握手をしている。


「あら? そこにいるのはもしかして、右近さん!? そうなの!?」


イカは白々しい態度をとった。

 

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「あら? あなた、神山レイカさんじゃない。 こんな所で会うなんて奇遇ね」


道場に嫌な空気が流れる。


「私、あなたがいることに気がつかなかったわ。 存在感がないからかしら?」
「私だって、あなたの気配に気づかなかったわ。 オーラがなさすぎて」
「オーラがないんじゃなくて、私のオーラを感じ取れないだけじゃない?」
「あなただって、私の存在感に気づかないなんて鈍感な人ね!」


金持ち同士のケンカが始まろうとしていた。

 

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「右近先輩! 揉め事はおこさないでくださいよ! すいません」

「レイカさんもケンカはダメです。 ウンコさん、ごめんなさい」

「ウコンよ!!!」


「落ち着けって・・・」

 

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「あの、沢村さん、この前はすいませんでした。 頭の方は大丈夫ですか?」

「大丈夫です。 こっちこそ、ごめんなさい。 なんだか迷惑かけたみたいで」

「いえいえ。 あれ? 今日はメガネじゃないんですね」

「そうなんです。 メガネは苦手だからかけるのはやめてるんです」


小梅は少し、残念そうな顔をしている。


「都築・・・いや、桜木ヒカルはいないのね」
「桜木は剣術部じゃないから」



それを聞くとセツナはまるで興味を失ったような表情をした。


「星雲学園の生徒はこれで全員かしら?」

「そうでーす! レギュラーは4人! でも本当はもう一人いるんだけど、ちょっと手を怪我しちゃって来れなかったんです」


なんでも、練習中に怪我をしたらしい。

剣術の団体戦は5対5で行うのが普通だ。

こっちも4人しかいない。

ちょうど良かったな・・・。


「早く治ってもらわないと、夏の大会、心配なんだよね~」


星雲剣術部も色々と大変そうだ。


「今日の交流試合は4対4の団体戦よ。 お互い、正々堂々ルールを守って、いい試合にしましょう」


いい試合・・・。

学園長は俺たちの部の設立にかかわる大事な試合だということを、星雲側には言っていないようだ。

それは正解かもしれないな。

もしも、そんな重要な試合だと分かれば星雲の生徒は俺たちに気を遣って手を抜くかもしれない。

なにからなにまで仕組まれた試合だな・・・。

だからこそ、勝ちたいと強く思った。


「あなたが新山学園の顧問?」


セツナは栗林をじっと見ている。


「・・・違うわ。 私は新山学園の一教師よ。 剣術とはなんの関係もないわ」


セツナは栗林から目を離さない。

セツナはどこかで栗林の強さを感じとっているというのだろうか?

栗林はセツナの視線を振り払い、審判をする準備を始めた。


「おいおい、栗林くん。 どこへ行くんだい? 君は私の横で試合を見てもらうんだが」
「え? 私が審判をやるんじゃないのでしょうか?」
「何を言ってるんだ。 審判は君じゃない。 星雲学園の監督にやってもらうよ」


星雲学園の監督?

相手チームの監督に審判をやらせるというのか。

何かきな臭さを拭いきれないな・・・。

大九郎は星雲の監督を道場へ招き入れた。


「失礼いたします・・・」


ゆっくりと星雲の監督と名乗る男が道場に入ってきた。


・・・。

 

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入ってきた男の顔を見て、俺は自分の目を疑った。


「三田さん・・・」


見覚えのある顔、声。

それは紛れもなく、三田さんだった。


「星雲学園剣術部監督、三田です。 よろしく」


俺は何が何だか分からなかった。

どうして三田さんが、星雲の監督に?

三田さんは実家の牧場を継ぐといって神山グループを辞めたはず・・・。

こんな形で再会するとは夢にも思っていなかった。

イカも動揺を隠せないようだ。


「三田さん、星雲の監督ってどういうことですか?」

「三田、あなたこんなところで何をしてるのよ」

「田舎に帰ったんじゃないんですか?」


俺とレイカが矢継ぎ早に質問したため、少し戸惑ってから笑顔を浮かべた。


「これはこれは、三田先生じゃないですか。 あなたが監督とは、今年の星雲剣術部は更に強くなりますね」

「いえ、彼女たちは元々素晴らしい剣術家たちばかりだ。 私はそれに少しだけ力が貸せればいい。 そう思ってるんです」

「またまたご謙遜を。 三田先生はあらゆる格闘技をマスターしていると聞いていますよ。 今日はお手柔らかに。 なんせ素人集団ですから」


三田さんはニッコリと微笑んだ。


「なにをビックリしているんだい? 三田くんは、つい数日前に星雲の監督に就任したんだ。 今日は審判をやってもらう」


三田さんが星雲の監督になったなんて・・・。

裏でどんな取引を交わしたのか分からないが、レイカにとってこれはあまりにもでかい出来事だろう。

ついこの間まで、自分の身の回りの世話をしていた、最も信頼できる人間が・・・ライバルチームの監督になるなんて。


「三田、元気そうね」


俺の考えとは裏腹にレイカは毅然(きぜん)とした態度をとった。

 

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「またレイカ様と関わらせていただいて光栄です」


三田さんは小さく頭を下げた。


「学園長、これはどういうことでしょうか? ・・・三田三四郎、あなたが星雲の監督になるなんて」

「どうしたんだい? そんな顔をして」


栗林は三田さんが星雲の監督になったことを知らされていなかったようだ。


「三田三四郎・・・、伝説の剣術家、都築又八をもしのぐと言われる若き天才剣術士・・・」


都築又八をしのぐ?

都築又八って桜木の親父か・・・。

どういうことだ?


「・・・私に監督なんて必要ない。 私の先生はひとりだけ」

「そんなこと言わないの! いいじゃん、三田監督、イケメンだし!」

「そうですよね。 いままではちゃんとした顧問がいなかったわけですし。 いるだけでも助かります」


顧問がいなかった?

星雲剣術部には指導者がいなかったのか・・・。

なのにこれだけ、あらゆる大会で優勝してきたということは、それだけ個々の実力が高いという証明だった。


「神山の臭いがする人間が、星雲の監督なんて気に入らないわ」

「まぁ、雑談はそのくらいにして、そろそろ試合を開始しましょうか」


大九郎は道場の隅のイスに向かった。

その後を栗林がついていく。

道場には奇妙な空気が流れていた。


・・・。


「それでは只今より、新山学園と星雲学園の交流試合を開始する。 対戦方式は勝ち抜き戦。 ルールは公式ルールに則り行う」


公式ルール。

制限時間は4分だ。

大将戦のみ、引き分けの場合2分の延長線がある。

先に2本先取したほうが勝者となる。

先鋒はリコだ。

次鋒は沢村、中堅はレイカ

そして、最後の副将は、はるかが務めることにした。


「四人でひとりを倒せばいいのよ! 頑張りましょう!」

「なんとか疲れさせましょう。 1分でも2分でも、少しでも長く粘ります!」


一生懸命にやったんだ。

なんとか一勝くらいできるんじゃないか。

だから頑張ろう。

そんなムードが流れていた。

俺たちは円陣になり、声を出した。

新山、ファイ、オー!!

やれば、できる。

そんな気合を俺は感じていた。


「それでは、両学園、先鋒前へ」

「リコちゃん、がんばって。 リコちゃんなら出来る」

「は、はいです! 少しでも疲れさせます」


緊張しすぎているせいか、リコは手と足を一緒に出しながら試合場へ向かう。

リコ・・・頑張れ。

星雲は誰がいくかを決めてないようだ。

「実際の先鋒は私だから、行ってきますね」


小梅が立ち上がると、右近が止める。

 

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「ここは私に任せてもらえないかしら? 神山さんに剣術の恐ろしさを思い知らせてあげるわ」
「でも、私が先鋒ですから」


小梅も譲らず、もめ始める。

 

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「はいはい二人とも、ここは私が行きまーす!」


面をつけ、樹が向かおうとする。


「ちょっと、何、勝手に決めてるのよ。 さがりなさい」

「いいじゃん、もう面つけちゃったし! ねぇ、セツナ! あたしでいいよね?」


セツナは特に反応しない。

心ここにあらず、どうでもいいといった感じだ。

樹はリコの前に立った。


「それでは先鋒先を開始する。 両者礼!」


リコはぺこりとお辞儀をして、竹刀を構える。

その剣先は震えている。

 

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対照的に樹はどこかリラックスしているように見えた。


「始めっ!」

 

気合の入った三田さんの声が場内にこだまする。

 

 

リコはその声にびくっとしている。


「リコ! 落ち着いていけ!」


──ッ!!


道場に乾いた音が響く。

え?

何が起こったか分からなかった。

ただ、わかったのは、三田さんが樹の方に旗をあげていることだ。

一本・・・。

一秒とたったか分からない。

そんな・・・。

戦慄が走る。

俺だけじゃない。

はるかや、沢村や、レイカも唖然としている。

一本とった樹はピョンピョンとジャンプをして調子を整えている。

三田さんが二本目の合図をする。

またもや、場内に乾いた音が響いた。


「面ありっ! 勝者、星雲学園」


場内に沈黙が流れる。

そんな・・・これほどまでに実力が違うなんて。

リコがスゴスゴと戻ってきた。


「すいません。 何も出来ませんでした」


リコ自身も茫然として何が起こったか把握出来なかったようだ。

あまりにも速い剣さばき。

一勝くらいなら・・・。

そんな甘い考えを一瞬でも持った自分が恥ずかしくなった。

この前の練習試合とはまるで違う・・・。

これが・・・星雲剣術部の実力なのか。

栗林は腕組みをして、表情一つ変えず試合を見ている。


「新山学園、次鋒前へ」

「は、はいっ!! 行ってきます・・・」


リコの試合を見て、沢村は怖気づいてしまったようだ。


「・・・がんばれ、沢村」


「今のはどうなったんだい? 全くよく分からなかったが」

「星雲の生徒の面が綺麗に佐田さんに決まりました。 あの速さを素人がかわすことは不可能です」


三田さんの始めの合図と共に次鋒戦が開始された。



沢村は気合の入った声をあげた。


──ッ!!


・・・が、すぐに一本を取られてしまった。


「速い・・・」


樹の動きが速すぎて、何が起こっているのかすら分からない。

その試合をはるかは真剣な眼差しで見ている。

くそっ・・・。

沢村、少しでも粘ってくれ。


──ッ!!


二本目が始まったと同時に、またもや一本を取られる。

勝者、星雲学園。

残酷にも、またもや瞬殺されてしまった。

・・・まずい。

一勝どころか、一本もとれない・・・。


「すいません。 私、怖くて、何も出来ませんでした・・・」


沢村は半ベソをかいている。


「あとは私に任せなさい! ほら、もう相手の先鋒は疲れ切っているわ。 いまなら倒せる!」


樹はピョンピョンと飛び跳ねている。


「疲れているどころか、ピンピンしてますよぉ・・・」


樹は息一つ切らしてないようだ。


「あと二人か。 あっけないねぇ。 少しは楽しませてくれるかと思ったんだが」

「楽しませる? そのつもりなどないくせに・・・」


「あら? 次は神山さんじゃない。 樹! わざと負けて、私にその獲物をよこしなさい!」

「ごめ~ん! あたし、手抜きできない性格なんだよね~」

「私を馬鹿にして! 目に物見せてあげるわ!」


イカが面をつけた。



「神山さん、練習でやったことを思い出して。 可能性はゼロじゃないよ。 きっと・・・」


イカは頷き、意を決して試合に向かう。

三田さんの合図で中堅戦が始まる。


「やぁ!!」


イカは果敢に攻め込んだ。

リコも沢村も手を出せずに終わった。

それを見ていたレイカは、自分から攻撃することを選んだのだ。

イカの竹刀が樹に伸びる。

が、樹はそれを簡単にかわし、反撃に転じる。


──ッ!!


樹の面は完全にレイカを捕え、一本をもぎ取る。


「・・・なんなのよ」


・・・・・・。


二本目が始まる。

開始早々、レイカは相手から離れ、様子を伺うが樹は簡単に間合いを詰めた。

速い・・・。

樹の身体能力は想像を遥かに超えていた。

足のバネをつかい、大きくジャンプする。

次の瞬間にはレイカの面をしっかりと叩いているのだ。


──ッ!!


「一本! それまで!」


俺たちは落胆した。

レベルが違いすぎる。

まぐれなんて・・・ありえない。

絶望感が漂う。


「なによ今の試合。 神山さん、ちゃんと練習したのかしら? 試合にすらなってないわ」


星雲側からヤジが飛ぶ。


「これは、樹先輩しか出番がなさそうですね・・・」


小梅は用意した面を片づけ始める。

道場に白けた空気が流れた。

セツナも興味なしといった感じで本を読んでいる。


・・・・・・。


・・・。

 

 

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「おいおい。 あと一人になってしまったなぁ。 これは一本もとれないで終わってしまいそうだ。 部にしなくて正解だった。 こんなものが世間に出たら恥をかくところだったよ」


栗林は無言で、大九郎の話を聞き流した。

返事をしない栗林にムッとした顔をする。

どうするつもり?

あと一人よ。

このまま、終わってしまうのか?

栗林は複雑な気持ちを抱いていた。

こんなものは交流試合でもなんでもない。

ただの「いたぶり」だ。

樹の強さを栗林は痛いほど感じていた。

それは、栗林自身が一流の剣士だったからこそ感じられる、ある種の能力でもあった。


「鈴木さん、ごめんなさい。 私・・・なんの役にも立たなかった」
「ううん。 良く頑張ったよ。 攻撃を仕掛けられただけでも凄いよ」


攻撃を仕掛けられた?

違う。

闇雲に竹刀を振り回しただけだ。

剣術はそんなに甘いものじゃない。

剣術は・・・。

栗林は唇をかんだ。


「樹ちゃん、もの凄く強いけど、私、諦めないよ。 だって、せっかく剣術始めたのに、もう辞めるなんて嫌だもん」


剣術を始めた?

まだ、あなたたちは剣術を始めてすらいない。

誰からも習わずに、独学で出来るほど剣術は簡単なものじゃない。

はるかの軽々しい言葉に栗林は怒りをおぼえた。

こんな試合、今すぐに終わればいい。

そう思いさえしていた。

はるかが、ゆっくりと樹の前に立つ。


「最後は、はるちゃんかぁ~! お互い楽しもうね!」

「樹ちゃん、ごめん。 私、楽しめないと思うんだ。 みんなのためにも」


楽しめない?

みんなのためにも?

 

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まだ勝つ気でいるのか?

そんな剣術で、全国に行くような選手を相手に?

笑わせないで。

栗林は苛立ちを隠せずにいた。


「そうだね。 友達だけど、試合だもんね。 あたし、全力で行くよ!」


樹の表情がいままで以上に鋭くなったのを感じた。

油断は禁物。

素人とはいえ、侮ってはいけない。

全力で潰せ・・・。

栗林は自分に言い聞かせているようだった。


「一本目、始めっ!」


気合の入った開始の合図が流れる。

はるかと対峙した樹は何かを感じ取ったのか、少し、慎重になり、下がった。

明らかに何かを警戒している。

攻めよりも、様子をうかがうような姿勢。

両者の息使いが聞こえてくるようだ。

この緊張感。

栗林は8年前の夏を思い出していた。

試合に明け暮れたあの日々。
血の出るような稽古にいそしんだ、あの青春の日々。

お互い、目と目がぶつかっている。

先に動いたのは、はるかだった。

はるかの面が、力強く、樹に伸びていく。

・・・浅い。

栗林は呟いた。

樹は一瞬の隙をついて、はるかのコテを襲う。

はるかの竹刀は樹の面へ。

樹の竹刀は、はるかのコテへ。


──ッ!!


同時に音が響き渡った。


「一本っ!」


三田は樹の方の旗をあげている。

・・・間合いが甘い。

あと少しだった。

あと少し速ければ・・・。

栗林は驚きを隠せずにいた。

はるかの放った面は、樹の出ゴテにより粉砕された。

しかし、芯の通った綺麗な面だった。

相手が樹でなければ、決まっていたかもしれない。

惜しい・・・。

そういった感情をはるかに抱いている自分に矛盾を感じていた。


「今のは危なかったんじゃないのかい? 私には同時に見えたが」
「いいえ。 鈴木さんの面は完全に的をはずしています。 あんなものは面とは言えません」


栗林は練習中に、はるかが放った面を思い出していた。

偶然とはいえ、あの面は恐ろしいものだった。

はるかが、面をつけていない栗林に躊躇しなければ取られていたかもしれない・・・。

私を本気にさせた、あの面・・・。

もしも、今出していたら、もしかしたら・・・。

栗林は鈴木はるかという存在が、どこか不気味にさえ感じていた。


「二本目! 始めっ!」


これが最後の勝負。

ここで取られれば完全に新山の敗北が決定する。


「まぐれでも、取られたら困るんだがね~。 鈴木はるか・・・あの生徒は危険だ」
「いいえ。 もう偶然は起きないでしょう。 彼女は負けます。 勘はいいのに。 いまのが最初で最後のチャンス」


栗林の言葉通り、試合が長引けば長引くほど、はるかは押されていく。


「はぁ、はぁ、はぁ・・・」


体力が消耗しているせいか、動きも鈍くなる。


「はるか! もう少しだ。 がんばれ! 負けてもいい! おまえはよくやった」


負けてもいい?

負けたら退学なのよ・・・。

栗林には理解できないことだった。

樹は果敢に攻撃を繰り出す。

速く、そして正確に、はるかを攻め立てる。

必死でそれを防ぐ。

だめ。

そんな竹刀の捌き方では・・・防ぎきれないわ!

剣線を下げなさい!

もっと相手の動きを読みなさい!

栗林はなぜか、心で叫んでいた。


・・・・・・。


・・・。


──ッ!!


樹の放った剣は、はるかの脳天にヒットした。

はるかは体勢を崩し、後ろに大きく尻もちをついた。

 

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「一本! それまでっ! 勝者、星雲学園」


高らかに星雲の勝利の旗をあげた。

終わった。

・・・試合は終わった。


「はるちゃん、いい試合だったね」


リコも、レイカも、沢村も、はるかに駆け寄る。

俺ははるかを褒めてやりたかった。

ここまで出来るなんて正直思ってなかった。

いい試合だった。

惜しかった。

負けたけど・・・、負けてない。

そう思えた。

俺は倒れたはるかに、手を差し伸べた。


「よく頑張ったな。 さすが俺の幼馴染だ。 帰って、ゆっくり休もうぜ」


はるかは悔しそうな表情を浮かべた。


「ダメだよ。 私、負けたくないから」

「え?」


はるかは、学園長に向けて顔を上げた。


「何の真似だね?」

 

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「もう一度、もう一度だけチャンスをください! お願いします!」


はるかは床に頭を擦り付けるように、懇願する。

何かにすがるように、藁をも摑む思いで。

見栄もプライドも捨て、大嫌いなはずの大九郎に頭を下げているのだ。

大九郎は呆れた顔ではるかを見降ろす。

はるかは、何度も何度もお願いしますと繰り返した。

次第に、沢村もレイカもリコもはるかに駆け寄り、一緒になって土下座をした。

 

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「学園長、もう一回試合をさせてください! お願いします!」

「私たち、剣術部を作りたいの! 三田、お願い」


全てを捨てたレイカも床に頭をつける。

あのレイカが・・・今は相手チームの監督である三田さんにまですがるなんて・・・。


「これで、終わりにするのは止めてください。 まだ、続けたいんです」


リコも必死ですがっている。


「約束は約束だ。 君たちは負けたんだよ。 さぁ、これで剣術部もこの道場もおしまい。 終わりなんだよ。 諦めなさい」

「・・・・・・」


何を言っても無駄だった。

大九郎は、はるかたちの土下座なんてなんとも思っていない。

さっさと切りあげて、道場から去ろうとしていた。

ここまで、やってきたことが一瞬にして泡になろうとしていた。

完全に・・・駄目だと思っていた。

剣術部は負け、俺の将来も仲間たちの絆もここで消えるのだと。

はるかは、それでも嘆願をやめない。

もう一度だけ、やらせてください──。

もう一度だけ。

かすれた声で、言葉をつむぐ。

負ければ、終わり。

だから、必死になっていた。


「もう一度・・・」


言いかけて、ぎょっとしていた。

道場の入口のほうに注目が集まる。

人影。

やがてそれは、一人の少女を形作った。

外からの光が少女を照らして、弾けた。

 

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「まだ、間に合うか・・・?」


静かに言った。

竹刀をぶら下げ、袴姿の桜木が真っ直ぐに栗林を見据えている。


「桜木・・・お前・・・」

「なにも聞くな」


桜木は相手を見据えている。


「今度は私が相手をしよう」


力強い声だった。

はるかは茫然とした表情だ。

イカは優しい顔をした。

沢村は安堵の笑顔を浮かべる。

リコはニッコリと微笑んだ。

俺は・・・。

俺は桜木が幻のように見えた。


「ヒカル・・・ちゃん」

「まだ、私が残っているぞ・・・。 さぁ、続けよう」


桜木は竹刀を振ってみせた。


「なに言ってるのかね、もう勝負はついたんだよ。 新山学園は負けたんだ」


突然の来訪者に、大九郎は噛みついた。


「しかし、学園長、もともと、新山側は人数も一人足りなかったわけですし・・・」


意外な言葉だった。

栗林の言葉に、大九郎は慌てた表情を浮かべた。


「栗林くん・・・裏切る気かね?」


探るように、見透かすように、大九郎は栗林に詰め寄った。


「そもそも、ずっとキミはおかしかったねえ」

「何がでしょう?」

「鈴木はるかのテストに細工をしたときからだよ。 なぜ、あのとき素直に椿宗介の答案に細工をしなかったんだ? 回りくどい回りくどいと思っていたが・・・こういうことか」

「意味が分かりません。 私はただ、剣術は5人でやるもの。 そう思ったまでのこと」


大九郎は苦虫をかみつぶしたような顔をして栗林をみた。


「学園長、試合続行ということでいいですね」


三田さんが軽やかに場を変えた。

大九郎も場の空気に従わざるをえない状況を感じているようだ。


「都築が現れるなんて聞いてないわ・・・」


セツナは読んでいた本をしまった。


「いまは桜木さんですよ。 いやぁ~、こんなところで桜木さんの試合を見れるなんてラッキーですよ」

「桜木?誰それ~? よく分かんないけど、あたしは誰に対しても本気で行くから」


樹は準備を始めた。


「おい、君! 負けてもらっては困るぞ! 必ず勝つんだ! いいな!」

「はぁ? そんなこと、オジサンに言われる筋合いないし~。 私は私の好きなようにやるから~」

「・・・オジサンっ」


面をつける桜木の周りに皆集まった。


「ヒカルちゃん、来てくれたんだね」

「・・・たまたま通りかかっただけだ」

「あなた、強いんでしょ。 だったら私たちの仇をとって!」

「久しぶりだからな・・・、分からんよ」

「私、信じてました。 桜木先輩が来てくれるって」

「リコは別に驚きませんよ。 だってヒカルさんはリコたちの仲間ですから」

「二人とも、しっかり見てろ。 今からやるのが、剣術だ」


桜木は面の紐をきつく縛った。


竹刀を持ち、屈伸をし、軽くジャンプする。


「椿・・・負けたら許せ」

「ば~か。 おまえが負けるわけないだろ。 なんせ不良を20人もやっつけたんだもんな」

「言ってくれるな」


「それでは試合を続ける。 星雲学園先鋒、七星樹、新山学園大将、桜木ヒカル・・・前へ!」


桜木はゆっくりと礼をし、丁寧に蹲踞した。

道場の窓から、光が差し込む。

その光がまたもや、桜木を照らした。

救世主・・・。

いや、それは分からない。

ただ、嬉しかった。

桜木が、竹刀を持ち、その場所にいることが。

ただ、嬉しかった。

・・・・・・。

桜木の竹刀と、樹の竹刀が交り合う。


「一本目、始めっ!!」

 

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行け桜木!

おまえの強さを、俺に、俺たちに見せてくれ・・・。


「やぁ!!」


桜木の声が道場を包む。


「たぁ!!!」


桜木は竹刀を微かにあげる。


「来るわ!」


セツナは思わず声をあげる。


「面っ!!!」


桜木は空を舞い、一直線に樹の面に向かって攻撃を仕掛ける。


「速い!!」


栗林が驚きの声をあげる。


──ッ!!


桜木の竹刀が樹の面を打つ。


「判定は!?」

「面あり!!」


三田さんは桜木の一本を告げる。


道場内がどよめく。


「すごい・・・。 ヒカルちゃん、すごいよ・・・」

「・・・瞬きをしていたので、見えませんでした」


何が起こったか理解できなかった。

一瞬、桜木が動いたと思ったら一本を取っていた。

これが・・・。

これが・・・桜木ヒカル。

桜木ヒカルの剣術ってやつか・・・。


「・・・ありえないわ。 くそっ・・・」

「そ、想像を超えています。 これはいいデータになりますね。 帰ってから、研究しないと」


星雲側も慌てている。


「おい! どうなってるんだ。 しっかりしろ!」

「学園長、あんな速い面を見たことがありません」

 

大九郎も絶句している。


「くわぁ~! 速すぎるんですけどっ! もう、油断しないよ」


樹は自分の面を叩いている。


「二本目、始め!!」


樹は桜木との間合いを一気に詰める。

が、桜木は広く間合いを取る。

樹はなかなか自分の間合いを取らせてもらえない。


「鈴木さん、よく見ておきなさい。 あれが、あなたに出来なかった『一足一刀の間合い』よ」

「え? ・・・はい」


「コテ!」

「くっ」


樹は必死でガードする。

つばぜり合いになった途端、間髪いれずに桜木は下がりながら面を打つ。


──やぁ!!


桜木の気合が道場に響く。

樹は面をかわし、下がる桜木を追い詰め、攻撃に転じる。

それを迎え撃つように、桜木はコテと面を連続でつなげる。


「スゲー気迫だ」


両者一歩も引かず、つばぜり合いの状態になる。


「あたし、思い出しちゃった。 ・・・ヒカルちゃん、やっぱり強いね~」

「樹、お前もな」


次の瞬間、お互い、下がりながら攻撃を繰り出す。

両者の技がぶつかる。

樹はコテを、ヒカルは面を・・・。

お互いがお互いの僅かな隙をみつけて技を仕掛ける。


──ッ!!


竹刀の当った音が道場に響いた。


「どっち!?」


「面あり!!」


桜木の方に旗が揚がる。

はるか達の歓声が上がった。


「勝者、新山学園、桜木ヒカル」


さらに喜びの声が舞いあがった。


「・・・ふぅ」


小さく桜木はため息をついた。


「こんなところでやる試合じゃないわ」


桜木の元に、新山メンバーは駆け寄った。

勝った・・・。

桜木が勝ったんだ・・・。

はるかたちは口々に剣術部設立だと声をあげて喜んでいる。

勝った・・・。

これで、剣術部が出来る。


「桜木・・・ありがとう」


俺は桜木を見た。

桜木は呆然としていた。

勝ったという喜びを噛みしめているような顔ではなかった。

なにか掟を破った者のような顔をしている。

俺には桜木の気持ちが分かるような気がした。

桜木は剣術を、捨てたんだ。

最愛の人間を殺してしまったことで。

なのに今、竹刀を握っている。

もう、やらないと誓ったはずなのに・・・。

これで良かったのか。

桜木は、自分がいまやったことの意味を自分で確認するような、そんな顔をしている。

・・・ありがとう。

俺に言えることはそれだけだった。

おまえのおかげで俺は・・・。

俺たちは剣術部を作ることが出来る。

桜木のそばで俺はそんな事を考えていた。


「学園長! 桜木先輩は勝ちました。 ・・・だから、約束通り、剣術部設立の話、進めてもいいんですよね?」


大九郎は今にも憤慨しそうな顔をした。


「約束は約束だが、剣術部は部活動であるため、顧問が必要なんだよ。 いるのかい? 顧問は?」


顧問・・・。

大九郎は最後の悪あがきのように、無理なことを突き付けてきた。

顧問がいなければ、部にすることは出来ない。

いまから探して、顧問が見つかるだろうか。

学園では剣術部に対して冷たい風が吹いている。

俺たちに加担したらどうなるか、教師たちはちゃんと分かっている。

だれも力を貸してはくれないだろう。

それを知っていて、大九郎は言っているのだろう。

剣術部の話を消し去りたい。

その為に、手段を選んでいられない。

そんな思いが、大九郎からひしひしと伝わってきた。


「どうした? 顧問がいないなら部にはできないなぁ。 残念だが」


はるかは悲しそうな顔をしている。

 

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「顧問は私が勤めます」


はっきりした声だった。

迷いのない、しっかりと凛とした声だった。

 

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「なんだって!?」


・・・栗林が顧問。

俺は信じることが出来なかった。

あんなに俺たちの邪魔をしてきた栗林が顧問だって?


「栗林くん・・・それは本気なんだろうね」


栗林は黙って頷いた。


「忘れたとは言えないよ。 八年前のあの日、あの事故が、新山学園にどれだけの損害を与えたか」


栗林は何も言わなかった。

黙ったまま、静かに聞いていた。


「君はまた、同じ過ちを犯すつもりか?」


「未来は変わります。 きっと」


──はるか・・・。


・・・。


・・・未来は・・・変わる・・・。


「剣術を憎んでいる君が、剣術部の顧問だと? 笑わせるな。 私は許さないからな・・・」


大九郎はそのまま道場を出ていってしまった。

残された道場内で俺は、ほっとしたせいか座り込んでしまった。


「栗林先生・・・顧問になるというのは本当ですか?」

「顧問がいなければ・・・部には出来ないでしょ。 だったら・・・私しかいないから」

「でも、どうして? 先生は剣術を憎んでいたんじゃないんですか?」

「憎んでいるわ・・・今でも・・・これからも・・・」


栗林は桜木の目を見た。


「じゃあ、どうしてだよ」

「見なおしたわ。 あなた達が生半可な気持ちじゃないことが、今の試合で分かったわ。 ただ・・・それだけよ」


栗林がそう言い終わったあと、俺たちは肩を抱き合って喜んだ。

・・・ついに部になる。

ここまで長い道のりだったな・・・。

色々あったけど、良かった・・・。


「え? どういうこと? 部になるの?」

「そうなの! 私たち、今日から新山学園の剣術部になれたんです!」


星雲の連中はよく分からないという顔をしていたが、何か良い事があったということは察したようだ。

道場は和やかなムードにつつまれていた。

陽の光が俺たちを祝福しているようだった。

その声が聞こえるまでは・・・。


「まだ、終わってない」


感情のない声が聞こえた。

セツナだ・・・。

俺たちは一斉にセツナの方を振り向いた。

 

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「試合は勝ち抜き戦。 いま新山が一勝しただけ。 まだ終わってない」


セツナは、桜木にむき出しの敵意を送っていた。

憎しみの目。

あの雨の日に見た、あの目をセツナは桜木に向けている。


「審判、試合の続行を希望します」


セツナの提案に、はるかたちは首をかしげている。


「たしかにまだ試合の途中ではあるな・・・」


三田さんはセツナの意見に同調した。


「次鋒は私・・・」


セツナは面をつけ、前に出た。

新山側も、星雲側も黙って、セツナの様子を伺っているようだ。

俺は桜木をみた。

呆然としている・・・というより、ずっとセツナとの闘いを予感していたかのようだ。

桜木にとって、もっとも触れてはいけない過去。

俺はそれを知っている。

セツナと闘うこと。

それは、桜木にとって何を意味するのか・・・。

父のこと、都築道場のこと・・・。

桜木は黙って、面をつけなおす。

桜木は決意していた。

戦うことを・・・。


「では、試合を続けよう。 ただし、ルールを変えさせてもらう。 試合はこれで最後だ。 先に一本とった方が勝ちだ。 それでいいかな?」


三田さんも桜木とセツナの間のただならぬ空気を感じとったのだろう。

セツナは三田さんの要求を受け入れた。

桜木も同様に。

・・・試合が始まる。

俺は固唾を飲んで見守った。


「一本勝負、始めっ!」


その声があった、瞬間だった。

目の前が白黒になった。

まるでコマ送りのように視界が揺れた。

コマが一つ一つ進んでいく。

セツナの体が地面から宙に浮く。

セツナの目から生気が消え、桜木の隣を過ぎていく。

何度も何度も音が繰り返される。

セツナは人とは思えないような顔をしている。

何かに取り憑かれたような顔・・・。

白黒の画面が、色を取り戻す。

コマ送りは速度を取り戻す。

まるで光がその場を通り過ぎたかのように、セツナの竹刀はヒカルを打ち抜いていた。

神速で・・・。

 

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「い、一本!! それまでっ」


あまりのことに、誰も動けなかった。

桜木すらも、動けなかった。

誰も動けず、まるで時間が止まったようになっていた。

セツナは振り返り、言った。

 

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「弱すぎる・・・」


冷たい表情のまま、笑った。


・・・・・・。

 

・・・。

 

もう、日が暮れていた。

綺麗なオレンジの空を見上げた。

空気が澄んでいるように感じた。

試合は終わり、着替えをすませた5人が道場から出てくる。

それに続いて、星雲の生徒も出てきた。

 

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「宗介! お待たせ! 待った~?」


まるで待ち合わせに遅れてきた彼女のように、俺に寄ってくる。


「待った待った」


俺は適当にあしらった。

 

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「あ、はるちゃん、宗ちゃん、またね~! 次の試合、超楽しみだよ」

「うん。 もっと強くなる。 だから、また樹ちゃんと戦いたい」


樹はニコニコしている。

 

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「神山さん? あなた、少しは練習した方がいいわね。 このままじゃ、私が弱い者いじめしてるみたいになるから」

「なたこそ、大恥をかかないように頑張れが?」


二人は相変わらず、険悪のようだ。

 

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「沢村さん、私、あなたのIQには非常に興味があります。 頭脳派同士頑張りましょう」

「そやな。 次はウチが相手や。 そう簡単にはまけへんで・・・あれ? 私、何いってるんだろ」


「沢村、大丈夫か?」


沢村は頭をポリポリかいている。

 

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「都築ヒカル・・・。 あなたはもう、二度と竹刀なんて取らない方がいいわね」


セツナはそう言い残して去っていった。

 

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「・・・都築ではない。 私は・・・桜木だ。 桜木ヒカルだ」


桜木は小さく呟いた。


「あたしは、あんたが剣術やること、賛成だよ。 次は、負けないからね~。 じゃあ~」


そう言うと、星雲の生徒は帰って行った。

星雲が帰るのを見届け、桜木は道場に入っていった。

久々に剣術をしたんだ、何か思うところがあるんだろう。

 

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「あの・・・あれはなんでしょうか?」


リコは草むらを指差している。


「どうした?」

「あたしたちが剣術の試合をしてるときから、ずっと、あそこで見てる人がいます」


見てる人?

どーせ動物だろ・・・。

俺は草むらっを探ったが、誰もいない。


「おかしいなぁ・・・見てたのに。 ムニューって・・・」


ムニュー?

どっかで聞いたことあるな。

まぁいいや。


・・・。

 

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ふと道場内の桜木をみると、制服姿のまま竹刀を掴んでいた。

この光景、この景色。

桜木ヒカルと初めて会ったときを思い出した。

俺の頭の上に、竹刀を持った少女がいた。

めちゃくちゃ強くて、俺はその少女に惹かれていった。

いま、目の前に、またあの少女がいる。

あの時とはまるで違う、桜木ヒカルが・・・。

夕日に照らされ、竹刀を持ち、毅然とそこに立っている。

風が吹き、桜木の長い髪が揺れた。

香りが流され、俺の鼻をつく。

ラベンダーの匂い・・・。

俺はこの匂いが好きだ。

いや、好きになっていた。

俺たちは自然に桜木の周りを囲んでいた。

まるで、輪のように。

それぞれが小さく輝いて見えた。

それぞれは小さいが、それが集まり、大きな輝いてる輪を作っていた。

光の輪・・・。

誰も何も喋らなかった。

喋らずに、桜木を見ている。

みんな、桜木の一言を待っているんだ。

たった一言を。

それだけで良かった。

桜木はしゃべりだす。

 

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「私を・・・仲間に入れてくれないか」


それは、夏の日だった。

この先、どんな運命が俺に降りかかろうと。

俺は今日の日を、忘れることはないだろう・・・。


・・・。

 




 

 

 

突然の音で目を覚ました。

俺の部屋・・・いつの間にか、眠ってしまっていたのだろう。

携帯をとった。


「剣術部のこと、どうなりましたかー?」


いつものあいつからの・・・。

いつものメール・・・。


「マコトは来週から試験で遠くに行ってきまーす。 浮気しないでねー」


俺は静かに携帯を閉じた。

そのまま、深い眠りに戻った。

もう、見たくなかった。

マコトからのメールを・・・。


・・・。