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光輪の町、ラベンダーの少女【13】

 


5日目の朝が訪れた。

俺が合宿所の道場に着くと練習は開始されていた。

はるか・レイカ・リコ・沢村・・・。

今日も道場に桜木の姿はない。

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「なぁリコ? 桜木どこにいったか知らないか?」
「桜木さんなら、朝早くに荷物を持って出かけて行きましたよ。 どこに行ったかは分かりませんが・・・」
「そうか・・・」


桜木は今日も森の奥の滝へ向かったのだろうか。

道場では栗林が腕組みをして、じっと練習を監視している。

たまに厳しく指導しているようだ。


「監督? このままでいいのかよ」

 

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俺が栗林に話しかけると、なにが? といった視線を向けてきた。


「いや、部員の一人が練習に参加しないで、どこかに行ってることだよ。 放っておいていいのか?」
「桜木さんのことかしら? いいんじゃない? 好きにさせておけば。 だって私に教えられることは何もないわ」


たしかに桜木の剣術は完璧だ。

今更、誰かが桜木に指導する必要もないのかもしれない。

でも、桜木は何かに悩んでいる。

俺は質問を変えた。


「あんたから見て、桜木と暁セツナ・・・どっちが強いと思う?」


少しの間のあとに、栗林は答えた。


「・・・技術的には互角といったところかしら。 どっちが勝つとは一概に言い切れないわね」
「でも、この前の試合じゃ桜木、すぐに負けただろ。 どうしてなんだ?」
「あの試合で桜木さんが負けたのは・・・きっと彼女の中に精神的もろさがあったから」
「精神的もろさ?」
「桜木さんは、あんなに簡単に負けるような剣士ではないわ」


そうか・・・。

桜木のその「もろさ」が敗因か・・・。

俺はたまらずに、桜木がうたれている滝へ向かった。




 

滝は相変わらず、轟音をとどろかせている。

勢いよく流れおちる水が、桜木の体にぶち当たり弾ける。

黙ったまま、目をつぶり、体を自然に委ねている。

その様は神聖で近寄り難いものがあった。

今にも、滝から竜が出てくるのではないか・・・。

そんな錯覚に陥るほど、桜木は静かに瞑想し、波と波長を合わせているようだった。

俺はそんな桜木の姿をただ、ただ、見守っていた。


・・・・・・。


・・・。

 

 

あれから、どのくらいの時間が経っただろうか。

あたりは綺麗なオレンジ色に染められている。

桜木はゆっくりと目を開けた。

滝壺からあがり、濡れた体をタオルでぬぐった。

白装束を脱ぎ、元の服に着替えていく。

夏とはいえ、滝の水は冷たいだろう・・・。

少しだけ震えながら、長い黒髪をタオルでゴシゴシと拭いている。

ふと、顔をあげた桜木と目があってしまった。

桜木はツカツカとこっちに歩いてくる。

 

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「覗いていたのか? この変態・・・」
「ち、ちげーよ! その、着替える時はこうやって目を隠してたから!」


俺は自分の目を手で覆った。



「どうだかな。 滝に打たれながら感じた、いやらしい邪念は椿だったのか」
「だから、違うって!」


必死で誤魔化したが、どうやら怪しまれているらしい。

俺は慌てて話題を変えた。


「滝に打たれながら、なに考えてたんだ?」


桜木は何も答えない。


「セツナのことか?」
「・・・セツナは、私に復讐するために剣をふるっている。 復讐というか、私に勝つことだけを生きがいにしている。 そんな人間に勝てるのだろうか」
「復讐か・・・。 今日な、栗林が、桜木とセツナの実力は互角だっていってたぞ」
「あの教師がそう言ったのか? ・・・互角か。 だが、私は一瞬で負けてしまった」
「でも、あれはその・・・不意打ちみたいなもんだろ」
「そうだな。 セツナの剣が見えなかったわけじゃない。 太刀筋だってしっかりと捕らえていた」


見えていた・・・。

その言葉を聞いて俺は感心した。

と同時に安心した。

桜木は実力で負けたわけじゃない。


「ただ、体が動かなかったんだ。 よけようとしても、反応しなかった。 まるで体が何か、太い鎖に縛られたようにな・・・」
「ブランクじゃないか? 久しぶりに剣術をやったから、体の調子が戻ってなかったとか・・・」


桜木は反応しない。

彼女にブランクなんてものは存在しないのかもしれない。

じゃあ、なんで・・・。


「正直、逃げ出したい・・・」


桜木は体を小刻みに震わせている。

寒さのせいじゃない。

その震えは、きっとセツナに対する怯えに他ならない。


「逃げ出したいか・・・。 そんな時は誰かに話せば、スッキリするもんだぞ」

 

桜木はボソボソと弱音を吐いた。

少しずつではあったが、つらい心情を吐露していく。

ポツリ、ポツリと。

滝の音に流されるように、言葉を吐いていく。

俺はその話に返答せずに、ただただ頷いた。

助言することなんてなかった。

聞いてあげたかった。

普段、弱さを見せない桜木が漏らす、貴重な愚痴をすくってやりたかった。


・・・。


「やはり、私は剣術をするべきではないのかもしれない。 セツナとぶつかり合うことを、私の体は拒んでいる・・・」


桜木は更に自分の内へ逃げ込んでいこうとしている。


「だったらさ、セツナをやっつけちゃえよ! 復讐とかそんなの考えられないくらいに負かせばいい。 そしたら、きっとセツナだって解放されるさ」
「簡単に言うな・・・。 この糸はもっと複雑に絡み合っているんだ・・・」


分かっていた。

何を言ったって無駄だってことを。

これは桜木の問題なんだ。

俺には関係のない話だ。

知らねぇーよ、復讐なんて・・・。

ただ、一つだけ聞きたいことがあった。


「セツナは復讐のために剣術をやってる。 じゃあ、お前は、いったいなんのために剣をふるうんだ?」
「・・・」


桜木は質問に答えられずにいた。

ただ黙って考え込んでいる。

滝の音がいっそうに響いた。


「そろそろメシの時間じゃないか? みんな待ってるぞ! 今日は特製カレーだ! ってまたカレーとかいうなよ。 今日のカレーは昨日とは別物だ!」


俺は気分を変えたくて、とっておきのスマイルを見せた。

俺はそれなりにイケメンだと自分で思っている、少し痛い男だ。

そんなイケメンの笑顔はきっと人の心を和ませるはず!

ニコッ!

桜木は冷めた目で俺を見たが・・・なにか、ドギマギした顔をしている。

その顔を見て、照れた表情の桜木が可愛いと、俺は思った。

 

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「俺の笑顔、最高だろ?」
「ば、馬鹿じゃないのか? 自分で自分を最高だなんて、どうかしてるよ」
「そうか? お前も笑えよ。 ポスターの時の笑顔、あれ、可愛かったぞ」


桜木は更に、照れた顔をする。

その顔は、どこにでもいる、普通の少女の顔だった。


「俺って、やっぱ馬鹿だよな。 あ~腹減った! 行こうぜ!」


俺が合宿所に戻ろうとすると、距離をおいて桜木もついてきた。


・・・。

 




合宿所に戻ると、邪悪な空気が感じ取れた。

栗林が、はるかを呼び出して対峙している。

 

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「なぜ、しっかりと一本決めようとしないのよ! 鈴木さん、あなた何度言えば分かるのよ!」


栗林がもの凄い剣幕ではるかをまくし立てている。

どうやら、はるかとリコが練習試合をしていたようだ。


「黙ってないで、なんとか言ったらどうなのよ! どうしてあなたは、いま、佐田さんから面を奪わなかったの? 私が納得できるように説明して!」


イカや沢村も稽古を止め、その様子を息を飲んで見ている。


「その、足がちゃんと動かなくて、手とのバランスがとれなかったんです。 だから、うまく面が当たらなくて、それで竹刀を止めてしまいました」

「いいえ違います。 あなたの動きは完璧だった。 なのに、佐田さんの面を打たなかった。 どうして?」


はるかは、答えられずにいた。


「だったら、かわりに私が答えてあげます。 非情になれなかったからよ。 どこかで佐田さんを気遣ったのよ。 だからあなたは竹刀を止めた」


何も言わず、じっと床を見ている。


「剣術は死ぬか生きるかの戦いよ。 人の気持ちなんて考えていたら、強くなんて一生なれないわ」


状況はすぐに理解できた。

はるかのことだ。

試合中にリコに悪いと思って、竹刀を止めたのだろう。

人の気持ちを思いやりすぎて臆病になっているに違いない。

栗林は苛立ちながら、休憩を指示した。

はるかは道場の隅の方へいって落ち込んでいるようだ。


「なぁ? はるか、どうしたんだ? 気合が足りんぞ!」


俺はあえて空気を読まず、はるかの肩をポンと叩いた。

相変わらず、暗い顔をしている。

 

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「ねぇ、宗介? ちょっと海が見たくなっちゃった。 付き合ってくれるよね?」

「もちろん」


俺ははるかと、海へ向かった。




 

夕日が海に落ち込もうとしていた。

砂浜から眺める海は、遠くまで無限に広がっているように見えた。

水面がキラキラと光っている。

透き通った水がゆっくりと寄せては返すを繰り返していた。

 

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「波の音って、気持ちを落ち着かせてくれるよね。 私、この音、好きだな」


俺は海が苦手だ。

この色も、波の音も・・・俺の心の何かを刺激する。


「私って、優しいのかな?」


はるかは俯きながら聞いてきた。


「そうだな。 優しいよ。 優しすぎるくらいだ」


波の音が会話に挟まる。


「宗介って、運動神経いいのに、泳げないのはどうして?」


その質問に俺はドキッとした。

俺が泳げない理由・・・。

罪を受けたあの出来事を、俺は、はるかに話していなかったことに気付いた。

いや、意識的に避けていたのかも知れない。

ずっと黙っていた。

誰にも触れられなくなかった。

それを知ってか、いままで一度も踏み込まれたことはなかった。

優しいはるかのことだ。

この先も踏み込んで来ないだろうと思っていた。

・・・ごめんね、言いたくないことだよね?

臆病になり、そう言ってくれるのを待った。

・・・・・・。


「私、聞きたいの。 どうして、宗介が泳げないのか。 話して」


まっすぐな目だった。

逃げ腰になる俺に、迫ってくるような強い意志を持った目だった。

俺は意を決して話すことに決めた。

 

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「船に乗っていて事故にあったんだ・・・」


体が震えた。

忘れたい出来事だった。

それでも話さなければいけない気がした。

はるかには・・・。


「俺は海に投げ出されたんだ。 救命具にしがみついて、救助してくれる人間を持ちながら、暗い海をただ・・・さまよった」


はるかはビックリした顔をしたが、優しい目で俺を見た。


「怖かった・・・。 死ぬんじゃないかって思ったよ。 このまま海の中に沈んで、息が出来なくなって、俺は死ぬんだって・・・」


口ごもりながら、俺は続けた。


「怖かったんだ。 ・・・死ぬのが。 いや・・・違うな。 本当に怖かったのは、俺が裏切った、あいつが死ぬことが・・・怖かったんだ」


・・・本心だった。

はるかの顔色を常に伺っていた、軽蔑されやしないか・・・。

今も怖かった。


「俺はあいつを殺そうとしたんだ。 ・・・救命具は一つしかなかった。 それを俺はあいつから奪い取ったんだ。 自分だけが大事だったんだ・・・。 親友とか思ってたくせにさ」


はるかの瞳が潤んでいるように見えた。


「俺は・・・それ以来、海が・・・怖いんだよ。怖くて怖くて・・・たまらない。 俺・・・最低だよな」


胸が張り裂ける思いだった。

とてつもなく、不安だった。

と同時に、こんな大事なことを、幼馴染である大切な人間に黙っていて申し訳ない気分だった。


「話してくれてありがとう。 つらかったね、つらかったね・・・。 ごめんね。 今まで、ずっと聞けなかった私を許して」


・・・はるか。


「触れるのが怖かった・・・私も怖かったの。 ごめんね。 もっと早く、宗介の気持ち、聞いてあげれば良かった」


優しい声だった。

温かく、包まれるような言葉だった。


「俺のほうこそ、ごめん」


はるかは笑顔を俺に向けた。

最高の笑顔を俺に・・・。

 

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「これで、もっと宗介とつながれたような気がするの。 今まで以上に・・・」


つながる・・・。

どうして俺なんかと・・・。


「幼馴染っていっても、どこかで私たちの間には距離があったと思うの。 薄い関係だったんだって。 でも、もう違う。 今、はっきり分かった」


何かが弾ける音がした。


「今までありがとう。 そして、これからもよろしく」


屈託のない笑顔を俺に向けた。

はるか・・・。

夕日に染まる、はるかの笑顔がまぶしかった。

俺ははるかが・・・。

俺にとって、はるかはどういう存在なんだろう。

いつも一番近くにいてくれた。

どんな時も、俺ははるかに頼っていた。

一人だった。

いつも、一人だと思っていた。

そんな俺の孤独な心を、陰ながら支えてくれたのは・・・。

はるかだったんだ。

強がっているけど、俺は弱い人間だ。

どうして、はるかはこんな俺を見捨てないんだ。

俺は、はるかが・・・。

 

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「海に向かって、何か叫ばない? どんなに大きな声出しても平気だよ。 ここなら、誰も聞いてないよ。 誰も宗介を見ていないから。 ほら、叫ぼう!」


はるかに背中を押され、俺は叫んだ。


「はるかー!! ありがとうー!!」


俺は力いっぱい叫んだ。


「もう! 人の名前を大声で叫ばないでよ! 恥ずかしいでしょっ!」
「誰も聞いてないんじゃないのか?」


はるかは照れながら笑った。


「ほら? 笑いなよ! 笑った顔、好きだよ。 その笑顔に私、弱いんだからね!」


俺は、苦笑いをした。

はるかは嬉しそうに、合宿所に戻っていった。


・・・。

 




 

夕食が終わり、俺たちは部屋に集められた。

 

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「合宿は明日で最終日です。 悔いの残らないように、しっかりと最後まで練習すること。 いい?」

 

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「明日で終わりですか? この地獄も・・・。 ほっ」

「あなたは居残り練習が必要かもしれないわね・・・」

「そ、そんなぁ。 もうお腹いっぱいです・・・」

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「先生、今まで色々とありがとうございました。 私たち、少しはマシになった気がします」

「まだ、あと一日あるわ。 それにお礼を言われるようなことは何一つしてないわ。 顧問としての仕事をしているだけ」

 

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「あなたって、素直じゃないのね。 私みたいに、素直じゃないと人に好かれないわよ?」


・・・レイカには言われたくないだろ。


「地区大会で優勝できなければ、剣術部は即解散ということをお忘れなく」


栗林は部屋を出ていった。


桜木がぼんやりしているのに気がついた。

一点を見つめ、心ここにあらずといった感じだ。

あいつ・・・。

 

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「どうしたんですかね、桜木先輩。 大好きなキュウリもあんまり食べなかったみたいだし」


沢村が俺に聞いてくる。

キュウリ食べなかったのか・・・。

思い悩んでるみたいだな・・・。

俺は沢村に桜木が練習を抜けだし、何をしているかを打ち明けることにした。


「実はさ・・・」


・・・。

 

 



 


6日目の朝。

俺は朝もやの中、山道に立っていた。

待っていても変わらないのなら、自分から行動するべきだと考えたのだ。

桜木がこの道を通ることは分かっていた。

今日だって、きっと練習には参加せず一人であの滝に向かうのだろう。

だったら、ここにいてそれを止めようと思った。

でないと、きっと桜木はまた一人で悩み続けるに違いない。

悩むことが悪いとは思わない。

だが、悩みすぎることはきっと、マイナスになる。

だから、俺はもっと桜木と対話したいと思ったのだ。

嫌がられるに決まってる。

でも、嫌われてもよかった。

俺には失うものはもう何もない。

嫌われることや、避けられることには慣れっこだ。

じっと待っていると、足音が近づいてきた・・・。

荷物を持った桜木が目の前に現れた。


「朝からご苦労さん!」

 

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桜木は目で、どけ! という合図を俺に送る。


「それがさぁ、この先、通行止めなんだよね~」


そういうと、桜木は面倒臭そうにため息をついた。


「滝に打たれて、何かつかめるのか?」


桜木は首を横に振った。


「わからない・・・。 ただ、昔はああやってセツナと二人で滝に打たれたんだ。 二人で同じ苦しみを味わったんだ」
「同じ苦しみなんて味わってどうなるんだ?」


桜木は苦笑いをした。


「もう一度聞くけど、滝に打たれて何かつかめるのか? もう何日目だよ。 みんなと一緒に練習するんじゃダメなのか? 合宿は今日で終わりなんだぞ」
「それは分かっている。 だが、もう少し一人で考えさせてくれ。 これは私の問題であって、椿や、他の連中には関係のないことだ」


そう言い放ったとき、後ろの方から声が聞こえた。

 

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──「そんなこと言わないでください! 関係ないなんて、言わないでください!」


「沢村・・・」


沢村が桜木の前に立ちはだかった。

その後ろに、他のみんなもいる。

 

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「ヒカル、どこに行くの? 練習するところは滝じゃないでしょ? 道場は、あっちだよ」


桜木は俺を見た。

 

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「昨日、椿宗介から聞いたわ。 あなた、毎日、滝に打たれてるんですってね。 変わった趣味をもってるのね」

 

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「星雲学園の暁セツナさんのことも聞きました。 全部、知っています。 大変な事は分かってます。 でも、一緒に練習しましょうよ」


桜木は俺のことを責めるような目で見た。

セツナとのことを話したからだろう。

だが、その強い視線に俺は屈しない。

話したことを、後悔なんてしていないからだ。


「悩みがあるなら、相談してください。 私たち、同じ部の仲間じゃないですか。 それなのに話してくれないなんて、先輩、酷いです」

「ヒカル、私たちってそんなに頼りない? つらいことはみんなで分け合おうよ。 ちょっとずつ持ち合えば、きっと軽くなるはずだから」

「そうですよ。 リコはあまり持てないけど、ヒカルさんの役に立ちたいです。 だから、滝には行かせません!」


リコは桜木の前に立ち、両手を広げた。


「・・・どいてくれ」

「いいえ、どかないわ。 復讐? くだらないわ。 桜木さんにとってどんなに辛いことか知らないけど、悩みなんていずれは無くなるものよ」

「そうだよ。 そのために仲間がいるんじゃない。 一人一人は、もろくて弱いけど、みんなでいればきっと強くなれる」

「みんなでいれば・・・」


桜木はわからない・・・といった表情だ。


「一緒に練習してください。 お願いします。 私、前にも言いましたよね? 桜木先輩を頼りにしてるって」

「あたしもです。 リコはヒカルさんが大好きなんです。 だから、一緒にいてください」


アキナとリコは頭を下げる。


「私、あなたが負けるところを見たくないわ。 ウジウジ悩んでるところもよ。 だって、あなたってカッコイイ女じゃない。 私には劣るけど、凛とした女なんじゃないの?」

「もっと、私たちを頼ってよ。 じゃないと、私たちもヒカルを頼れないよ。 お願い」


イカとはるかも頭を下げた。


「お前ら・・・」


桜木は茫然と立ち尽くしている。

じっとその光景を見ていた栗林が口を開いた。

 

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「ここまで言われて、まだ桜木さんはひとりで練習するつもりかしら?」


栗林の言葉に桜木は更にうつむき、答えた。


「あの時と同じだな・・・。 私が剣術部に入ると決めたあの日と・・・」

 

顔が歪んでいた。

苦しそうにしている。

しろく綺麗な頬を、涙が一粒落ちた。

また、一粒。

泣いていた。

気丈な桜木が、人前で泣いている。

 

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「・・・すまない」


悩みが解決できなくても、ただそばに人がいる。

自分のことを気遣ってくれる仲間がいる。

それを痛いほど噛みしめているようだった。


「誰かがいてくれる・・・。 それだけで、嬉しいものなんだな・・・それなのに・・・」


その小さな体を、みんなは優しく見つめていた。


「なのに私はまだ、おまえたちに心を許せずにいた・・・ほんとうに・・・すまない」


肩を震わせて泣いている。

重くのしかかった荷物をゆっくりとおろすように涙が頬をつたった。


「セツナと戦うってことに、捕らわれすぎてるんじゃないか?」


・・・。


目をこすり、俺を見る。


「そうだよ。 もしも、暁さんが、ヒカルのことを許さないって言っても、わたしたちがヒカルを許すから」

「そうですよ。 許します。 だから、もう迷わないでください。 誰にだって欠点はあります。 恨む人だっています」


桜木はハッとした表情をした。


「あたしなんか、大ウソつきなんですよ! でも、信じてくれる人もいますし、気にすることなんてないです!」

「そうよ。 私だって、我がままで、誰かに恨まれることもあるけど、いちいち気にしないわ。 それに欠点があるくらいの方が可愛気があるじゃない」

 

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「ありがとう・・・」


桜木は泣きながら笑った。

いい笑顔だった。

ウソのない、正直な笑顔だった。

誰にも見せたことのない表情かもしれない。

桜木にとって、はじめての、恥ずかしい表情だったのかもしれない。

俺は嬉しかった。

桜木がこんな顔をするなんて・・・。


「合宿所に戻るわよ。 あなたたちには練習が必要よ」


栗林は合宿所に戻っていった。

桜木は俺を見た。


「椿・・・いま、ようやくわかったよ。 ・・・なんのために剣をふるうべきか」

「そうか・・・」


俺たちは、全員で合宿所に戻った。


・・・。

 



 


最後の練習が開始された。    

はるかは、すり足をマスターし、次の練習に入っている。

イカは抜き胴の練習だけをしているようだ。

リコもフラフラせずに、なんとか頑張っている。

沢村も参考書をおき、体を使って実践しているようだ。

 

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「レイカ、ちょっといいか?」


桜木は抜き胴の練習をしているレイカを呼び出した。


「抜き胴は相手が面を打ってきた時、右前に踏み込んで胴を打つ。 相手の右足が接地すると同時に胴を打たなきゃいけない」


イカは素直に頷いている。


「そのために、竹刀は後に戻さず前へ出すだけでいいんだ。 終始、相手の眼を見ていないと、身体が前屈みになってしまうぞ」
「分かったわ。 相手の眼を見続けていればいいのね。 絶対に眼を離さないわ」


イカは桜木の眼をじっと見ている。


「・・・見すぎだ。 不良がメンチをきってるわけじゃない」


「鈴木先輩、ちょっと面を打ってみてもいいですか?」

「うん! いいよ」


沢村は構え、はるかに面を打つ。

竹刀がそれ、全く当たらない。


「先輩、いま避けましたよね? じっとしててもらってもいいですか?」

「避けたつもりないんだけどなぁ・・・」

「めんっ!!」


何度やっても当たらない・・・。


「おかしいな・・・はっ! 見えない」

「もしかして、コンタクトしてないんじゃないか?」

「・・・みたいです。 どおりで見えないわけだ・・・」

「おいおい」


「椿宗介! 喰らえ~。 コテっ!!」


リコが突然、攻撃してきた。


「おいっ!」


ギリギリでかわす。


「防具もつけてない俺を攻撃するなっ!」


「椿宗介、破れたりっ!!」

「やめろって!」


イカの竹刀を必死でかわす。

イカは舌打ちをしている。


「ふざけすぎだろ・・・」

 

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「ちょっと、椿くん真面目に練習できないなら出て行ってもらえる?」


俺かよ・・・。


しぶしぶ道場の隅へ逃げた。

それぞれ、練習を重ねたせいか上手くなっているように見えた。

桜木が中心になり、指導している。

あれこれと、相談しながら剣術の基礎を学んでいってる光景を見て、俺はほっとした。

一時はどうなることかと思ったが、それなりに様になっているようだ・・・。

栗林が近づいてくる。


「あなたの目から見て、このチームはどうかしら? ここに来た時と比べて少しはマシになったんじゃないかしら?」
「そうっすね」


俺は練習を見守っていた。

一生懸命練習する彼女たちに釘付けになっていた。

特に気になったのは・・・あいつだ

 

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あいつの剣術は天才的だった。

公園ではじめ会ったあの日から、俺は桜木に惹かれていたのかもしれない。

練習を見ていても目が離せないでいた。

ずっと見ていたい。

強い桜木を、俺は・・・。


栗林が休憩の合図を送った。

俺はひとり、海へ向かった。


・・・。




 

 

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海の香りがした。

あいつらの練習を見て、思ったことがあった。

もう、自分が助言できることなんて何もないと。

俺は静かな海を見て、柄にもなく黄昏た。

心が穏やかになっていくのを感じた。

荒れていたあの日々が、ゆっくりと幕を閉じているような気がしたのだ。

自分はつまらない人間だと決めつけていた。

あの日以来、俺は卑屈になっていた。

でも、今は違う。

あいつらがいる。

俺も、はっきりと変わらなければいけないのではないだろうか。



海に足をつけてみた。

ゆっくりと、おそるおそる・・・。

水が冷たい。

体が震えた。

冷たさだけではない。

船が沈んでいくイメージが俺を襲うのだ。

怖い。

やっぱり・・・怖いよ。

・・・。


目を閉じ、上着を脱いだ。

ダメだ・・・。
泳ぐなんて絶対に無理だ・・・。

ふとマコトの顔が顔に浮かんだ。

そういや、しばらくマコトと連絡をとってないな。

携帯を開く。

あいにく圏外でなんのメールも届いていない。

俺はほっとした。

大丈夫だ。

ここにはメールは届かない・・・。

 

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「この海の向こうには何があるんだろうな」


桜木が立っていた。


「さあな。 自慢じゃないがこの国から出たことがない」
「私もだ。 他の国はもっと生きやすいかもしれないな」
「そんなことねぇよ。 どこだって少なからず生きにくいもんさ」


桜木は頷き、微笑んだ。


「他の国にも行ってみたいが、遊園地にも行ってみたいな」
「遊園地?」


意外な言葉に驚いた。


「小さい頃から剣術ばかりで、行ったことがないんだ。 何かの雑誌で見たが、楽しそうな場所だな」
「俺もそんなに行ったことないけど、楽しいと思うぞ」
「コーヒーの器の中に入って、くるくると回るものに、乗ってみたいんだ」
「コーヒーカップのことか?」
「それだ。 それに乗りたい。 もしも、機会があったら、一緒に乗ってくれないか?」
「俺と? 本気で言ってるのか?」

 

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「もしもの話だ。 椿とだったら、その、楽しい気がするんだ。 普通の女の子みたいに、はしゃげる気がするんだ」


・・・もしも、か。

俺はそんな日が来ればいい・・・そう思った。


「もしもの話だけど、俺も桜木と乗りたいよ」
「ソフトクリームも食べてみたい。 あれも美味しいと雑誌に書いてあった」
「なにも知らないんだな。 俺でよければ全部付き合ってやるよ」


桜木は照れたように微笑んだ。


「セツナには負けない。 私は勝つ。 だから、見守っていてほしい」
「分かったよ。 いいか、絶対に勝てよ。 俺はお前が勝つところが見たいんだ」
「うん・・・」


俺と桜木は、ただ海を眺めていた。

少しだけ、海を好きになれるような気がした。


・・・。

 




 

合宿最後の練習が幕を閉じた。

俺たちは集められ、栗林は話し始めた。

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「まずは、お疲れ様。 みんな目覚ましい成長を遂げたようね。 あとは自分と仲間を信じて精一杯戦いなさい」


俺たちはその言葉を聞いて安心した。


「万に一つではなく、百に一つくらいの可能性で、星雲に勝てるくらいにはなったかもしれないわね」


優しい物言いだった。

いつも怒ってばかりの栗林だったが、どこか柔らかい雰囲気があった。


「話はそれだけよ。 明日は早くにここを出発するわ。 今日はよく眠ることね」


栗林が部屋を出ようとした。


「・・・地区大会で負けたらあんたもクビなんだろ?」


そう俺が言うと、一同は驚いた顔をした。

 

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「先生、それは本当ですか?」


栗林は何も喋ろうとしない。

その表情から、それが真実であると感じとれた。

 

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「どうして言ってくれなかったんですか?」

「それを知っていたら何か違ったの? もっと必死になったとでもいうのかしら?」

 

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「負けるわけにはいかないようだな」

「よく言うわね。 私がいなくなった方が、あなた達だって嬉しいんじゃない?」

 

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「逆よ。 あなたがいなくなったら張り合いがなくなるわ」

「リコは栗林先生のこと、あまり好きじゃないですけど、嫌いでもないです。 それに感謝はしています」


栗林は複雑な表情をしている。


「栗林先生のためにも、私たち、地区大会、頑張ります」

「そうだな。 これで戦うことにまたひとつ目的ができた」

「私のことなんてどうだっていいわ。 あなた達はあなた達のために剣術をやりなさい」

「鈴木先輩、あれやりましょうよ。 みんなで手を合わせるやつ!」


みんな、円陣を組んだ。


「逃げないで、戦います。 もう、怖がったりしませんです」

「後悔しないように、ここで学んだことを全部出し切りましょう!」

「気高く、美しく、華麗に勝利を掴むわよ!」

「私たちは最強だ。 最強のチームだ。 負けるはずがない」

「みんな! 地区大会、頑張ろうね! それじゃあ行くよ~。 新山~」

 

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「ファイ、オー!」


こうして合宿は幕を閉じた。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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合宿が終わり、俺は久しぶりに実家に帰宅した。

畳に布団の生活が続いたせいか、肩甲骨の上のあたりが痛い。

・・・やっぱりベッド派だな俺は。

俺は服を着替えた。

戻ってきたばかりだというのに、あいつらは早速、学園の道場で練習を開始しているらしい。

地区大会はもうすぐだ。

あいつらは素人でまだ未熟な分、多くの伸びしろがある。

なにが手伝えるか分からないが、放っておくことも出来ず道場に向かうことにした。

・・・いや。

そうじゃない。

あいつらの成長を近くで見ていたい。

それだけだ。


「宗介? いるの?」


ドア越しに母さんの声がした。


「ああ、いるよ」
「戻ってるんなら戻ってるっていいなさいよ! 心配するじゃない・・・」


合宿に参加するということを母さんには言わなかった。

黙って家を出たのだ。

それは、変な気を使わせたくなかったからだ。


「ちょっと海に行ってみたくなってさ。 ・・・一人旅だよ、自分探しの旅ってやつ」


母さんの返事がない。


「海ってさ・・・久しぶりだったんだけど、広いんだな」


俺は部屋を出た。


「今日もどこかに行くの? どこにいくか言いたくないなら言わなくてもいい。 あんたのやることに、口出すほど、あたしは野暮な親じゃないからね」
「分かってるよ。 夜には戻るからさ」


母さんの心配そうな顔をよそに、道場に向かった。

 



 

俺が道場につくと、すでに練習は始まっていた。

 

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「あ! 来てくれたんだね。 みんな、すっごく頑張ってるよ。 もう、宗介よりも強くなったかも」
「おまえと殴り合う気はねーよ」

 

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「宗介くん、ちょっと見てください! メンッ! コテッ! ドウッ! ・・・どうですか?」
「なかなかいい感じじゃん!」
「はい! ニャーって言わなくても攻撃できるようになりました!」
「そこ!?」

 

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「地区大会まで、あと3日しかありませんからね。 これ、地区大会に出場する全学園の基本データです」


沢村はノートを取り出した。

びっしりとノートに文字が書き込まれている。


「得意技から苦手な攻撃まで調べました。 ただ、青雲学園のデータは凄いんです。 弱点がほとんどありませんから」
「だよな・・・。 でもさすが沢村だな。 そのノート、きっと役に立つよ」


桜木はレイカの練習を見ているようだ。

イカはひたすらに胴を練習している。

 

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「レイカ、気合入ってるな」
「お嬢様とは思えないな。 朝からずっと、あの調子だ。 監督の言う通り、抜き胴だけを練習している」


イカは何度も何度も繰り返し練習している。

 

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「胴っ~! 胴っ~! 胴っ~~!!」

「レイカ! 身体が前屈みになってるぞ。 相手の眼をしっかりと見るんだ」

「わ、分かってるわよ! 気が散るから横から口出ししないで!」

「相変わらずだな~」

 

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「そうでもないんじゃないかしら? こんなに必死な神山さん、ちょっと前だと想像できなかったわね」
「・・・たしかに」


「試してみたい技があるから、ヒカル、相手してもらってもいい?」


桜木は頷き、練習に戻って行った。


「沢村さん、勝負です!」
「は、はい・・・。 お手柔らかに・・・」


・・・。


こいつら、すげーな。


「あなたも暇人ね。 どう? 素振りでもしてみる?」
「・・・遠慮します」


・・・・・・。


・・・。

 


練習も終わり、俺たちは帰ることにした。

 

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「おなか、すきました~。 ヒカルさん、リコにお好み焼きをおごってください」

「なぜ私が・・・」

「おごるのがだめなら、せめて作ってください」

「だから、なぜ私が・・・」

 

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「え? 今日はヒカルのおごりなの? ゴチになります!」

「言っとくが、私は貧乏だ。 人におごる余裕など、ない!」

「桜木先輩・・・かわいい後輩に、お好み焼きを御馳走してくれるんですね。 私、嬉しいです」

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「貴様ら・・・私の財布をみるか? 札は一枚もない。 あるのは小銭ばかりだ!」


「そうムキになるなって・・・」

 

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「ケチくさい人ね。 いいわ。 今日は私のお屋敷でパーティーよ。 シェフに作らせるわ」

「ほんと!?やった~! あ、宗介はどうする?」

「俺は帰るよ。 しっかりメシ食って、明日も頑張れよ」

「では、みなさん行くわよ・・・あら?」「

 

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──「あら? 神山さん。 ごきげんよう

 

「右近シズル?」


ぞろぞろと星雲の剣術部が現れた。

 

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「あ、宗ちゃんだ~! 超偶然じゃん! こんなところで何してるの?」

「何してるの? ってここは俺らの学園だよ。 おまえらこそどうしたんだ?」

 

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「偶然と言いましたが、実は樹先輩がど~しても新山の練習を見たいというので来てみたんです」

「ちょっとなんでそれを言っちゃうのよ! 偶然を装うって作戦でしょ! 小梅マジKY」


「偶然を装う必要なんてないわ。 これは偵察よ。 どんな雑魚でも全力で倒す。 それが星雲のやり方よ」

「星雲のやり方ではなくて、右近先輩のやり方でしょ? 私たちまでヒールにするのはやめてください」

「ヒール? 右近さんにぴったりね。 全身から悪者のオーラが出まくってるわよ」

「ふん! 神山さん? 地区大会で大恥かかないようにすることね」

「残念だけど、今の私は前の私ではないわ! 凄い技を身につけたのよ! おっと・・・これ以上は言えないわ」


・・・凄い技?

てか一つしか技しらねーじゃん・・・。


「はるちゃん! 調子はどう? なんだか顔つきが、すっごく変わった気がする」

「うん。 合宿に行ってたの。 少しはマシになったかも。 樹ちゃんとまた試合できるといいなぁ~」

「げっ! あたしはあんまり、はるちゃんと試合したくないかな~。 だって本気だしちゃいそうだもん!」

「素人だと思ってなめてると痛い目をみるぞ」

「あ、都築・・・じゃなかった。 桜木さん、こんにちは! 相変わらず、顔、怖いんですけど・・・」

「セツナはいないんだな」

「そうなんです! 誘ったんですけど、偵察? くだらないわ・・・だって。 予想は出来てましたけど」

「えっと、桐生小梅さんの得意技はコテからの面への連続攻撃ですよね?」

「え? ・・・なんですか? 突然・・・」


沢村はノートを見ている。


「なんですか? そのノート・・・」


沢村は慌ててノートを隠す。


「沢村さんって、この地区で一番成績がいいみたいですね・・・」

「そうだよ。 沢村は天才だからな」

「なるほど・・・。 どうやら頭脳戦になりそうです・・・」


小梅はぽつりと呟いた。


「もう、練習は終わったんだ。 残念だったな」

「そっかぁ~。 でも、偵察だけじゃないんだよね。 実は星雲剣術部に新しい部員が入部したんだよね~!」

「新しい部員? あ、そういえばこの前の試合、4人だったよな? 手を怪我してた部員はどうしたんだ?」

「実は、その部員、怪我は治ったんですけど、レギュラー選抜試験で負けてしまって・・・」

「負けた? ってことはその新しい部員がレギュラーか?」

「前代未聞よ。 入部して早々に星雲のレギュラーになるなんて。 三田監督、なに考えてるのかしら」

「三田さんが認めたのか・・・」

「で、その新入部員、今日、連れて来たんだ~! 人見知りが激しい子なんだけど・・・。 ほら、挨拶して」


連れて来た?

樹はそう言うが、どこにも新入部員らしきやつはいない。


「ほら~! のぞみ! ちゃんと挨拶しなさいよ~!」


樹の後ろから、少女がひょこっと顔を出した。

どうやら、ぴったりと張り付いていて、気づかなかったらしい。

 

 

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ハジメマシテダ。 ユミサシ、ノゾミダ。 ヨロシクシロ」

「・・・おまえっ!!!」


俺は自分の目を疑った。

そこに現れたのは紛れもなく、サシミだった。

神出鬼没の少女・・・。


「え? 椿さん、弓刺さんと知り合いなんですか?」

「知り合いもなにも・・・サシミ、星雲学園の生徒だったのかよ!?」

「ソウスケ・・・ソウスケ! ゾンジナイ」

「ゾンジナイって・・・」

「なんだ知り合いだったんだ。 てか、よく分からないんだけど、この子、超ナゾなの」

「確かに謎だ・・・」

「ナゾガナゾヲヨブ・・・」

「お前が言うな・・・」

「サシミさん、こんにちは」

「リコ・・・キライ」

「・・・」

「リコ、マケナイ、サシミ、ツオイ」

「ペロンチョ! ペロンチョ!」

「ムニュー! ムニュー!」


リコとサシミは対峙する。


「なにこれ? ・・・まあいいや。 とにかく、そういうことだから、地区大会、お互いがんばろ~ね。 決勝で待ってるよ~。 行くよ、のぞみ」


樹はサシミを抱え、帰ろうとした。


「なぁ? 三田さん、元気でやってるか?」

「うん。 しっかり監督やってると思う。 三田っち凄いんだよ。 私たち、三田っちのおかげで、超パワーアップしたって感じ」

「とても素晴らしい監督です。 私たちの潜在能力をフルに活かしてくれています。 今年の玉勇旗は簡単かもしれませんね」

「そうか・・・」


・・・さすが三田さんだ。

ただでさえ強い、星雲剣術部がこれ以上、強くなったら・・・。

考えただけでも恐ろしい。

イカは複雑な表情をしている。


「それでは、地区大会で会いましょう。 せいぜい、私たちと当たらないことを、お星さまにお願いすることね」


星雲剣術部は、去っていった。


「・・・そうだよね。 私たちが勝ち進めば、いつか星雲学園と対戦することになるんだよね」

「・・・パーティーは中止よ。 練習に戻りましょう」

「その方が良さそうだな。 行くぞ」


はるかたちは、道場に戻っていった。

星雲学園に会い、どうやら、危機感が増大したらしい。

俺も付き合うか・・・。

そう思った時だった。

俺の携帯が声をあげた。

ディスプレイには「おふくろ」の文字が浮かんでいる。

珍しいな・・・。

母さんから電話がなることなんて滅多にない。

俺に遠慮しているのか、電話はほとんどしてこないのだ。


「もしもし?」


・・・。


・・・・・・。


受話器の向こうから返事がない。

嫌な予感がした。


「もしもし? 母さん?」


・・・。


・・・・・・。


君の悪い静けさだ。


・・・。


「宗介? ・・・すぐに戻ってきて。 ・・・家に、今すぐ戻ってきて!」
「母さん!? どうしたんだ? 何かあったのか!?」


・・・。


・・・・・・。


電話はそのまま切れた。

・・・どういうことだよ。

俺は全身の血の気がひいた。

何があったんだ・・・。

俺は家に走った。




 

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母さんの様子がおかしい。

俺は不安にかられた。

家の前に辿りつく。

変な静けさがあった。

俺が、家の玄関まで行った時だった。


──「あんたが椿宗介くんか?」


いかにもヤバそうな男たち数人が、玄関から出てくる。

これが、ただ事ではないことを瞬時に察した。


「そうだ・・・」


がらの悪い男たちはニヤニヤしている。


「おまえら・・・うちで何してた?」


男たちは答えない。


「うちで何してたか聞いてんだよっ!」


どなり声が商店街に響く。

俺は男たちをかき分け、玄関に飛び込もうとした。


「おっと、家に帰るには、早すぎやしないか?」


男は俺の腕を掴んだ。


「離せっ!」


振り払おうとするが、数名の男たちが俺の自由を奪う。


「やめろっ!! 母さんっ!? 大丈夫かっ!? ぐっ・・・」


俺は口を手でふさがれる。


「静かにしろ。 ・・・ちょっと俺たちに付き合ってもらうぞ」


そう言い放ち、俺は男たちに無理やり連行された。




 

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俺はそのまま、夜の街に引きずり出された。


「素人さん殴るのは筋じゃないんだけどねぇ・・・。 悪く思うなよ」


──ッ!!


重い一発が俺の腹をえぐる。


「グハッ・・・」


俺はその場に倒れ込んだ。

男の合図で、次々に殴られた。

わけもわからず、ボコボコにされる。

男たちは容赦なく、俺を蹴り上げる。


クソッ・・・。

抵抗しようと試みたが、この数に太刀打ちすることが出来ず、されるがままだ。

必死で立ち上がろうとするが、力が入らない。

町を通りかかる人間は俺を見て、目をそらす。

ボロボロになった俺に、哀れな目を向け、見て見ぬふりをしている。

俺の胸を見て・・・。

・・・なめやがって。

ケンカ慣れしている俺だが、この状況を打破するすべがなかった。

うっぷんを晴らすように、俺は殴られ続けた。

アスファルトに顔をこすりつけられる。

足でぐいぐいと顔を・・・。

・・・グッ。


「・・・剣術部をやめろ」


男は俺の耳元で呟いた。


「なんだって・・・?」


襟首をつかまれ、無理やり立たされる。

顎を掴まれ、ぐっと締められる。


「聞こえなかった? 剣術部をやめろ。 二度と関わるな」
「・・・どういう意味だよ」


声を振り絞った。


──ッ!!


グアッ・・・。


男のボディが俺の腹にきまる。

・・・グアッ。

口から、よだれが垂れる・・・。


「はいって言えばいいんだよクソガキがっ! それとも死にてぇーのか?」
「・・・意味がわかんねぇーよ」


男は俺の顔面を殴りつける。


・・・グッ。


「おまえみたいなクズが死んでも誰も悲しまないだろーけどなっ」


男は俺の顔に唾を吐きかけた。

クソッ・・・。

俺は男を睨みかえす。


「なんだその目は? なんだその目はああっ!!」


蹴りをかまされ、俺は地面に沈む。


・・・ハァ、ハァ、ハァ。


「いいか? 二度と剣術部に関わるなよ。 試合にも行くなよ。 これ以上関わると・・・殺すぞ」


男は鉄パイプを持ち出し、俺の顔に近づけた。

・・・殺される。

俺は薄れていく意識の中で、そう思った。


──「夜の繁華街にしては賑やかすぎないか?」


もうろうとした意識の中で声がした。


「んだ、おまえ? 邪魔すっとぶっ殺すぞ!」

 

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「子供ひとりを、だいの大人が寄ってたかってリンチか・・・。 穏やかではないな」

「・・・三田さん?」


ぼんやりとした視野の中に三田さんが立っている。

男は「やれ」という合図を送った。

男たちが三田さんに殴りかかる。


「やれやれ・・・。 夜中に暴れる趣味はないんだがね・・・」


殴りかかった男の手を掴み、ぐっと後ろに回した。

町に男の苦しむ声が響く。

男の腕は変な方向を向き、もがき倒れた。


「貴様・・・なめてんのかよっ」


鉄パイプで殴りかかる。

三田さんはそれを軽くかわし、男から鉄パイプをもぎ取り構えた。



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「このガキをやるっていうんだったら、俺は容赦なくお前らを・・・殺す」


凄みのある声だった。

普段の三田さんからは想像もつかない鋭い表情だった。

これが・・・本来の三田さんなのか・・・?

男たちは硬直し、動けない。


「・・・くそっ。 ・・・行くぞ」


男たちは俺から離れ、引き上げようとした。


「・・・椿宗介。 おまえが剣術部から手を引くまで、毎日くるからな・・・」


捨て台詞を吐き、男たちは去っていった。

三田さんは鉄パイプを捨て、俺を抱えた。


「大丈夫かい? 随分と派手に遊ばれたな」
「・・・すいません。 ありがとうございます」
「レンタルDVDを延滞して良かったよ」
「え?」
「ちょうど返し忘れていてね。 ずぼらな性格が役に立ったよ」


三田さんは笑いながらDVDを見せてきた。

それは、魔法少女ミルティーchanのDVDだった。


「三田さん・・・アニメ見るんだ?」
「星雲の監督になってから、若い子と接する機会が多くなってね。 話を合わせるための努力だよ」
「ははは・・・」


あまりのギャップに笑ってしまった。

・・・笑うと傷がいたむ。


「あいつらは誰だい? 知り合いか?」
「知りません。 いきなり連れて来られて、ボコられました。 ・・・でも大体、察しはついています」


俺はなんとなく、ヤツらが誰の差し金か見当がついていた。

剣術部を潰したいやつだ。


「・・・新山学園長だと思います」
「たしかに、あの人はそういう人脈を持っているからねえ。 ・・・手段を選ばない、恐ろしい人だよ」
「くそっ!」


俺は地面を殴った。


「で、怖くなって部を辞めるのかい?」


・・・俺は首を横に振った。


「それなら、良かった。 ・・・君は部の中心になっているもんな」
「え?」
「君がいなければ、新山学園の剣術部はおしまいだ」
「どういうことですか?」
「彼女たちが頑張れるのは、君の力が大きい。 輪を繋いでいるのは椿くんだと思うがね」


俺にそんな自覚はない・・・。

ただ一緒に剣術部の行く末を最後まで見届けたいだけだ。


「三田さんはどうして、星雲の監督を引き受けたんですか?」
「難しい質問だね。 ・・・あの後、新山学園長に雇われたんだよ」
「新山大九郎が?」
「星雲に負けてもらっては困るからだろ」
「・・・やっぱり三田さんも権力には逆らえないんですね」
「たしかにね。 ・・・でも引き受けたのは、それだけじゃないよ。 桜木くんのことも気になってね」
「桜木?」
「私がまだ若かったころ、彼女のお父さんに色々と世話になったんだ」
「桜木の親父さんに?」
「都築又八先生だ。 色々と剣術のことを教えてもらったよ。 桜木ヒカルくんと暁セツナくんのことも知っている」
「そうだったんですか・・・」
「まぁ彼女たちは幼かったから、私のことは覚えてないだろうけどね」
「・・・ああ」
「だから、彼女たちのことが心配でね」


三田さんは苦笑いをした。


「レイカは・・・結構ショックだと思いますよ」
「レイカ様は強い子だ。 いや、君のおかげで強くなってた」
「手を抜いてくださいよ・・・俺たちのために。 なんちゃって」
「はっきり言おう。 手を抜くつもりはないよ。 それがレイカ様に対する礼儀だからね」
「ですね」
「学園長からお金も貰えて、かつ、桜木くんやレイカ様のことも見守れる。 いいポジションだと思うんだがね」


三田さんは微笑んだ。


「たとえ星雲と地区大会で当たっても、俺たち、負けませんから!」
「合宿に行ってたらしいじゃないか。 だけど、星雲は強いよ。 しかも私が監督だ。 鬼に金棒ってところかな」
「言ってくれますね」
「ただ、君さえいなければ楽勝なんだけどなぁ」


三田さんはまた微笑んだ。


「どういうことっすか?」
「なんでもない。 それより立てるのか? 家まで送ってあげようか?」
「いいっすよ。 大丈夫です。 それに俺とはあんまり・・・」


殴られた傷がまた痛む。


「この国は正しいのだろうか・・・」


そう言うと、三田さんは俺を抱きかかえて起こしてくれた。


「あ、ありがとうございます」
「がんばれよ、椿くん」


手を振り、町に消えて行った。

俺は三田さんの背中を見ながら、その背中に頭を下げた。


・・・。




 

 

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傷だらけの体を引きずり、家の前にやっとのことで辿り着いた。

母さん・・・。

心配になったのか、家の前に立っている。


「ただいま・・・良かった無事だったんだ」


母さんは俺に駆け寄ってきた。


「宗介・・・その傷・・・」
「ちょっとね。 それより大丈夫だったのかよ」
「変な男たちが家にあがりこんで・・・家はめちゃくちゃよ・・・でもお母さんは平気」
「・・・あいつら」
「・・・みっともない顔。 ・・・ご飯にしましょ」
「聞かないのかよ。 俺、ボロボロなんだぞ・・・」


母さんは何も言わなかった。


「今日はあんたの好きな、カレーよ」


心配しているのを必死で隠すように言った。


「・・・」
「あんた、変わったわね」
「え?」
「毎日、遅くまで学園で剣術の練習に付き合ってるんだってね。 はるかちゃんに聞いたわよ」
「あいつ余計なこと言いやがって・・・」
「あいつらが誰だか知らないけど、あんたがただの憂さ晴らしでケンカしたんじゃないってことは、お母さんが一番分かってるから」
「母さん・・・」
「はるかちゃん、あんたのこと頼りにしてるみたいよ。 久しぶりね・・・そんなあんたを見るの」
「・・・そっか」
「カレー、作りすぎたから、たくさん食べてね。 二人しかいないのに、バカよね」


母さんは笑って、家に入っていった。

母さん・・・。


・・・。

 

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カレーを持って部屋に戻った。

唇がひりひりするが、我慢してカレーを口に運ぶ。


「・・・うまい」


いつも以上にうまかった。

やっぱ家のカレーが一番うまい。

そう感じた。

それと同時に俺は思った。

自分は一人では生きていけない・・・。

そんな当たり前のことに、ようやく気付いた気がした。

早くに父さんは死んだけど、

母さんがいたからこそ、俺はこれまで生きてこれたんだ。

そして自分を恥じた。

むしろ・・・、

むしろ、一人で寂しかったのは父さんに先立たれた母さんなんじゃないか・・・。

スプーンでカレーをすくった。

うまい・・・。

ご飯が・・・。

誰かが作ってくれたカレーは、格別に美味しかった。


ありがとう・・・。

母さん・・・。

噛みしめながら、ゆっくりと、ゆっくりと遅い夕食をとった。


・・・。