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-ノベルゲーム・タイピング-

ドキドキ文芸部プラス!-DOKI DOKI Literature Club Plus!+-【内省パート】

このブログはゲームのテキストを文字起こし・画像を投稿していますので、ネタバレを多く含みます。

読んで面白いと思ったら購入し、ぜひご自身でプレイしてください。

ご意見・ご要望がありましたら
─メール─ zippydle.scarlet@gmail.com
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Twitter─ @Zippydle_s
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作品著作表記
© 2021 Team Salvato & Serenity Forge. All rights reserved. Licensed to and published by Serenity Forge LLC and Active Gaming Media Inc.

デベロッパー公式サイト
https://ddlc.plus/

当社公式サイトおよびゲームストアリンク
https://playism.com/game/doki-doki-literature-club-plus/

 

 

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「今、大丈夫?」
「ええ、大丈夫ですよ」
「よかった。 読書してるときのユリって、すごい集中力だから、邪魔したら悪いなと思って」
「部活では、声をかけられると思って本を読んでいますから。 一人きりのときは、声をかけられると嫌ですが」
「あら、そうだったんだ。 じゃあ、先にユリが部室にいる時には、話しかけても大丈夫ってことね」
「相手にすべてを委ねてしまえば、会話もそこまで大変なことではありません。 たまには社交的な場にいることも、メンタルヘルスにとって必要なことですし。 大変なのは、知らない人ばかりだったり、人が多すぎたり、あとは周りがふざけすぎていて、ついていけないときですね・・・」


ユリは部屋にいるサヨリとナツキをちらりと見る。

サヨリは口を開けて頭をゆらゆらさせながら、ナツキが投げるクッキーのかけらを待っている。

しかし、クッキーは顔にあたって、床にポトリと落ちた。


「私から一言いっておくわね・・・」
「その必要はありません、二人でクッキーを粗末にしただけですから。 もったいない」
「あの二人、仲良くなったと思わない? 私はうれしいわ」
サヨリちゃんは人と打ち解けるのがとても上手みたいですね・・・。 ですが、二人ともとても元気な人たちですから、うまくいってるのだと思います」
「そうね・・・考えてみれば、私とあなただけで話をしたことはほとんどなかったわね? とはいえ、それは私の責任ね。 私は部員と関わるべき立場なんだから」
「決してモニカちゃんの責任では・・・。 私は目立たないようにする癖がついてしまっているんだと思います。 会話がなかったのは、私にも原因があります・・・もう少し話しかけやすい空気を出すべきでしたよね」
「ところで、お昼ごはんとかはどうしてるの? 友達と一緒に食べるの?」
「ほ・・・本を読んでます・・・」
「あら・・・」
「・・・でも、本が好きなんです! 午前の授業が終わってから、読書にふけると気分が良くって・・・」
「ふうん、いつもファンタジー小説を読んでいるの?」
「いえ、いつもではないです。 最近読んでいるものはすべてファンタジーですが、シリーズものだからです。 今読んでいるものを終えても、まだあと2巻もあります」
「ずっと本を読んできたから、分厚い本があなたには似合うのね」
「ファンタジーが特に好きではありますが、ジャンルは選り好みせず読んでいます。 次は、内容が深くて、大人向けのものを読もうかなって」
「へえ、そうなの? たとえばさ・・・官能的なやつとかも?」
「いやあのその──! ストーリーの中に・・・官能的な要素がある本は・・・たくさんあってですね・・・」
「ちょっとユリ。 変な意味で言ったわけじゃないって、わかるでしょ」


モニカが声のトーンを抑える。


「私もみんなに隠している趣味なの。 あなたがしゃべらないなら、私も秘密にするから」
「・・・。 その中学生の時によく読んでいて・・・。 その・・・本当に一人ぼっちでしたし、みんなが私に優しくしてくれなくて・・・。 だから私・・・何て言うか・・・。 うう、昔のことは思い出させないでください・・・」
「えへへ、ごめん。 すごく興味があったから。 それじゃあ・・・一緒に読むロマンス小説を探しましょうか。 とっても面白いと思うわ」
「それはお断りします」
「ダメなの? 私たち二人だけでも?」
「羞恥心のない方に聞いてください。 ナツキちゃんとか」
「ええっと・・・」
「あ──ご、ごめんなさい・・・そんなつもりで言ったんじゃないんです・・・」
「無理に聞いた私が悪かったわ。 前はそういうのが好きだったんだけど・・・ほら、また読もうって思っても、何かもう恥ずかしくって」
「大きくなって止めてしまったことがあっても、悪いことではありません。 誰しも経験することですから。 例えば、マンガが好きなナツキちゃんを見ていると、私も昔、マンガが好きだったなと思い出します。 そう思うと、ナツキちゃんもいずれマンガを読まなくなるんだろうなって」

 

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──「ねえ、何か言った?」

「えっと──いいえ、その──」

「ああ、大きくなったら好きなものって変わるよねって話をしていたの。 ナツキ、マンガにハマったのはいつ?」

「2年前くらいかしら。 その前からも読んでいたけど、そこまでハマってたわけじゃなくてね」

「そうなんだ。 ハマるきっかけって何だったの?」

「きっかけ? そうね・・・何だったかしら・・・。 あっ、とっても好きなシリーズ作品を見つけてからだわ。 そう、あの頃は何か・・・いろんなことにうんざりしてたんだけど、その時そのシリーズにメチャクチャハマったのよ。 アタシと共通点があってね。 周りの人間が大嫌いで、一人きりでいたいって、尖ってた時期があったの。 アハハ!」

「それって、ユリみたいね!」

「モ、モニカちゃん!」

「あはは、ごめん・・・」

「ナツキちゃんと私のケースは・・・まったく違いますからね・・・」

「でも、どちらも自分にとって大切なものを見つけられたというのは素晴らしいことよ。 好きなものはほぼ正反対だけど、つらい時期を支えてくれたのは同じみたいだから」

「そうよ」

「ええ・・・」

「ところでさ、何それ? この前読んでた本より分厚くない?」

「あっ・・・えっと・・・。 こっちの方は・・・少しだけ物語が長いんですが、でもそこまで長くはないですよ」

「全巻積んだら、どんだけ高くなるのかしらね?」


ナツキは頭上に手を伸ばして、本を積み上げたときの高さを想像する。


「読んだ量で負けないように、50巻くらいマンガを買わなきゃね。 アハハ!」

「まあ、そんなお金ないけどさ」

「あの、ページに含まれる文字数が少ない本を読んだところで、読んだ本の高さ比べをしても」

「わかってるって。 冗談に決まってるでしょ。 アンタが好きそうな本なんて読んだことないわ。 アタシには退屈すぎる」


ユリからナツキに鋭い目線が飛ぶ。


「"退屈じゃありません"から」

「落ち着いてよ。 アンタじゃなくて、アタシには、って話よ! 自分の意見くらい言ったっていいでしょ。 ああいうのって内容が複雑過ぎるのよ」

「・・・」

サヨリ・・・それって床に落ちたクッキー??」

 

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「むぐむぐ・・・」

「私の本を触る前にちゃんと手を洗ってきてよね!」

「全然キレイだし!」

「あのね、見えなくても油はついてるんだから、洗ってきなさいよね」

「はーい・・・」


サヨリが部室からトコトコと出ると、ナツキもそれについて行く。


「・・・」
「ユリ・・・もしかして、ちょっと怒ってる・・・?」
「私の好きなものを退屈だなんて、ナツキちゃんはいったいどういう神経をしているんでしょうね?」
「ま、まあ、ナツキも言葉を改めてくれたし・・・」
「どうですかね。 ナツキちゃんはすごく横柄でした! 私の読む本がナツキちゃんに合わなくても、私は気にしません。 みなさんが楽しめる本ではないことは承知の上です。 でも私には大切なものなんです。 ナツキちゃんもわかっているんですから、触れないでほしかった。 それをわざわざ嫌いだなんて」
「そうね、ユリ・・・。 その通りかもしれない。 でもね、だからといって、触れなければ人が好き嫌いの感情を持たなくなるわけじゃない。 とりわけ、この文芸部ではね。 だから、二人が前向きに意見を交わせるように、話し合いの場を私が取り持たなきゃ。 ちなみにね。 あなたの読む本はいつも創造性が溢れているし、本の内容を難なく噛み砕けるあなたの賢さには感心するわ」
「ありがとうございます」
「どう二人を仲直りさせるか考えるのが私の課題ね。 ナツキとの共通点見つけてみるわ、私に委せておいて」
「共通点なんていりません。 私はただ、思いやりを持って接してほしいんです」
「えーっと・・・ともかくがんばってみるわ」
「ナツキちゃんのこととなると、どうにも心を許せません・・・。 お願いしますね、モニカちゃん。 でも、やっぱり不安です」


・・・・・・。


・・・。

 

 

 

 

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「よし、みんな! 今日は特別ミーティングを開くことにしたの。 みんなも知っている通り、この文芸部は自分が好きなものをみんなとシェアする場所よ。 だから、お互いを尊重し合ったり、傷つけないよう心がけないといけない。 これって、お互いの違いを前向きなエネルギーに変えるチャンスでもあると私は思うの」

 

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「何かちょっと大げさすぎない?」

「私には大事なことだからね!」

「そ、そう。 何だかアタシの裁判でも始まりそうな勢いだったから」

「いえ・・・そう思わせてしまったなら謝るわ。 問い詰めるようなつもりはないのる でも、昨日の会話で言葉の影響力を思い知らされたわ。 だから、この文芸部の課題としてピッタリだと思うんだけど、どうかしら? これからもたくさんの違った意見が出るだろうから、前向きな気持ちで話し合いができるよう、準備が必要だと思うの」

「アンタがそう言うんなら、参加してあげる」

「わかったわる 言葉の良いところは、同じ発想や感情でも、いろんな言葉で言い表せることにある。 だから、それを受け止める相手にどう感じてほしいかも、伝え方を工夫すれば、自分でそれをコントロールすることができるの。 それは詩や物語、日常会話・・・それこそ、多岐に渡って応用できるわ。 例えば・・・。 サヨリ、あなたの好きな食べ物は?」

 

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「ええと・・・。 いろんなジャンルがあるよ。 お菓子から始めよっか? それとも、しっかりとしたごはんのこと? 朝ごはんも入れた方がいい?」

「そうね、ええっと・・・。 なら、好きな果物にしましょうか」

「それなら簡単! さくらんぼ!」

「そうなの? さくらんぼなんて、おいしくないと思ってたわ」

「ええっ?? さくらんぼは、すっごくおいしいよっ!!」

「わわっ、すごいリアクション!」

「うーん・・・さくらんぼがおいしくないって言う人がいるなんて、考えられないなぁ・・・」

サヨリはそれについてどう感じた?」

「何だろ・・・悲しい?」

「言い返したくならない?」

「うん。 言い返したくなる」

「さて。 あなたがさっきみたいに反論したくなったのは、私がさくらんぼが嫌いだったからじゃなく・・・。 あなたの意見が攻撃されていると感じたからなの。 だけど、おかしいわよね。 味覚をはじめとする、自分が感じる五感って、極めて主観的なものでしょう。 でも私はね、『さくらんぼなんて、おいしくないと思ってた』って、自分は体験していないけどっていう含みを持たせた表現で言ったの。 さくらんぼがおいしいっていうサヨリの主観的な感情に、客観的においしくなさそうっていう私の意見を投げつけたわけね」

 

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「ちょっと待ってよ! 自分の意見を言っただけなのに、それがどうして客観的ってことになるのよ?」

「それは、その言葉を解釈する方法に関係があるわね。 サヨリはさっき、さくらんぼの印象や想像じゃなくって、さくらんぼを食べたり触れたりした、あなたの体験を話してくれたわ。 そうよね、サヨリ・・・。 ちょっと話を戻すわね。 さくらんぼはおいしくない、なんて私は言わなかったことにして・・・」

「うん!」

「その代わりに、こう言ったらどうかしら・・・『食べてみたけれど、味が合わなかった。 私が楽しめるような味じゃなかった』」

「うん、それならいいね。 おいしくないって言われるよりもいい! おいしくない、は良くない言葉だね」

「よかった! さくらんぼは変な例えだったかもしれないけれど、理解しやすいと思うわ。 今回は、勝手な想像じゃなくて、自分の気持ちを話しただけ。 そうしたら、サヨリは反発を感じなかった。 だから、お互いに衝突するのではなく、お互いの違いについて話すように促された、という感じになったでしょう。 ・・・ユリ、テストなんかしないから、ノートを取る必要はないわよ」

 

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「わ、わかってます! 私はただ・・・えっと・・・」

「ごめんごめん・・・注意するつもりはなかったから、自由にノートをとってね。 ここまで、何か意見や質問はある?」

「そうね。 他人の気持ちをかばおうとして、自分の言葉をフィルターに通す必要はないんだって思ったわ」

「そうね、その必要はないかも。 つまり、相手にどう感じてほしいかというのは、自分が選べるということよ。 私が紹介したのは、人と違う箇所で意見を戦わせるのではなく、前向きな経験に変えられるような一つのテクニックね。 そうでしょ、サヨリ?」

「そうだねー、さくらんぼ嫌いさん」

「ちょっと、もう・・・。 サヨリ、私は本当はさくらんぼが好きよ。 一例を挙げるために、ああ言っただけ」

「え! そうなの?? 騙されちゃったよー!」

「あはは。 ごめんね、サヨリ。 あとでお詫びをするわ。 チェリーサンデーで許してくれる?」

「必要な時はいつでも騙してね。 わたしの愛しい部長殿」

「部員の信頼をお金で買う・・・目も当てられませんね」

「あれ、じゃあアンタはサンデー奢ってもらわないのね、ユリ。 この前アタシが持ってきたカップケーキ、あんなにおいしそうに食べてたくせに」

「あれは──その──あのときは本に夢中で、カップケーキのことは覚えていません!」

「話がそれちゃったから、お菓子の話はそこまでね。 それじゃあ、本題に入るわね。 この文芸部に近しいテーマを巡って、議論をしましょうか。 マンガのこととか、ね? お互いの意見の違いについて、建設的に議論を進めましょう。 ユリ、話を始めてくれる?」

「う──えっと──私は──いえ、議論をしたくありません」

「ええ、どうして?」

「その、それは・・・。 私には、その議論を通じて得られるものがあるとは思えなくて・・・。 言い争いになるだけです」

「大丈夫! 言い争いにならないよう、私がいるんだから。 冷静かつ論理に基づいた話し合いの場にしましょうね」

「そうよ。 ちょっとくらいアタシを信用しなさいよね・・・。 アタシは子どもじゃないの。 アタシの気持ちに、必要以上に遠慮する必要なんてないわ。 言いたいことがあるならちゃんと言って。 それならアタシは尊重するわよ」

「尊重・・・?」


その言葉にユリの表情が変わる。

モニカは思い出す。

ユリの抱える大きな悩みは、自分のことを尊重して接してほしいということだった。


「ええと、今日の議論の目的っていうのは、その・・・」

「いいんです。 私は誰に対しても思うところはありません。 お好きなものをお好きなように楽しんでいただいて結構です。 私は、本を通じて、言葉の深みやニュアンスを感じ取ることが好きなんです。 上辺ではなく、想像力に富み、洗練された物語を求めていますから」

「へえ、とんだ思い違いだったみだいね! てっきり、マンガなんて子どもが読むものです、とか言うと思ってたわ。 そんなこと言う人は少ないけどね。 でも、深いマンガなんてたっくさんあるわよ!」

「マンガに詳しくないわけではありません。 小さい頃、それなりにたくさん読んでいましたから」

「何それ? ホントに? 何で今まで言わなかったのよ?」

「マンガを読む時期はとっくに過ぎたからです。 それに、もう読み返したいとは思いません。 今はもっと高尚なものを読みたいんです」

「何ですって?」

 

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「はいはい──ちょっといいかしら? 相手を非難するような発言は止めましょうね。 マンガが高尚なものではないと暗に言っているなら、マンガにハマっている人は子どもっぽいと言っていることにならない?」

「私は・・・」

「・・・」

「・・・」

「まあ、好きなものが違う人を見て、あーだこーだって決めつけるのはお子様なんじゃないの」

「ナツキ──」

 

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「みんなお子様なんかじゃないよ! ナツキちゃんのマンガも読んだし、ユリちゃんのファンタジーも読んだよ。 わたし、どっちも大好き!」

「わかた、わかったわよ。 アンタが好きなら結構なことね。 それでも、アタシはつまんないと思うわ」

「あなたの体験に基づいて、つまんないと思ったのかしら・・・?」

「わかったわよ。 読んでみたけどアタシはあの小説がつまらなかった。 これでいいでしょ」

「えっとね・・・私はね、その・・・」

「こんな話し合い、意味がありません。 私が参加したくないと言った理由がこれでわかりましたよね? こんなの、人を怒らせるだけだというのに」

「怒ってなんかないわよ! 言ったでしょ。 人がどう思おうとアタシは構わないの。 でもアンタはいーっつも、心の中でアタシを見下してる。 その予想が当たってたみたいでスッキリしたわ」

「それはまったく違います! あなたがそう思い込んでるだけです。 私が好きな本を尊重しない人がこれっぽっちもいないからって、むきになって私を責めていいと思っているんですか。 ・・・私は自分らしくしていますし、人にお節介も焼きません。 それなのにからかってくる人を、私は軽蔑します」

「はあ? アンタがそれを言う? アタシのマンガを子どもっぽいって言っといて、それでも尊重なんて言葉をアタシに言える?」

「あなたは──」


「もうやめてよ。 お願いだから。 心にもないこと言わないで・・・。 仲良くしようよ・・・」

「・・・」

「・・・」

 

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「話し合いを言い争いの場にするつもりは・・・なかったの」

「・・・でも、なってしまったでしょう。 次からは、他の人の悩みを解決しようと首を突っ込まないでください。 いいですか?」

「・・・」


ユリが荷物をまとめている間に発した刺すような言葉が、周りを押し黙らせる。

そしてユリが部室から出て行く。


・・・。

 

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「うわあ・・・。 アイツ、あんなこと言うんだ。 初めて聞いたわ。 絶対頭にきてるよ」

「その、あなたたち二人とも、あまり褒められたものじゃなかったわね・・・」

「アタシはただ、意見を言っただけよ」

「どうしてこうなっちゃったの・・・?」

「私の責任だわ。 ユリは悪くない。 私が変に間に取り持とうとするべきじゃなかったのよ。 言い争いをとりなすのが苦手だって自覚してたのに。 それなのに話し合いをしようだなんて、浅はかだったわ」

「誰も悪くないよ。 浅はかなんかじゃない。 文芸部にはいい子しかいないのに・・・。 ここまで険悪になっちゃうなんて、誰も思わなかったよ。 でも、自分が大好きなことに関しては、みんな繊細なんだと思う・・・」

「ぶっちゃけ、アイツの自業自得じゃない。 言ったでしょ。 マンガに興味がなくてもアタシは構わない。 だけどさ、それが理由で他人を馬鹿にするのってどうなの?」

「私がそもそも取り上げたかったのは、その点なの。 一筋縄ではいかないし、きれいな話じゃないけれど、お互いの違いを認めて理解したかったの」

「そうね。 けど話し合いの結果、こうなったじゃない。 あいつが選ぶ言葉とか、そういうことじゃない。 ユリは"明らかに"アタシのことを見下してるの! アンタがやろうとしたことはわかったけどさ、この問題はユリにあるでしょ。 話し合うようなことでもないじゃない」

「私は・・・」

「ユリちゃんはそんな子じゃないよ! ユリちゃんはナツキちゃんが思っているより、ずっと優しいの。 今日のことを反省してるはずだよ。 それに、わたしたちもみんな、そうした方がいいと思う」

「大丈夫よ。 私が何とかするわ。 うう・・・考えもせずしゃべっている感じはするけれど。 これじゃ余計に話をこじらせてしまっているだけよね」

「別にアンタのせいじゃないわよ、モニカ。 そんなに自分を責めることないでしょ。 アタシに言わせれば、本当のことがわかってよかったわよ。 これでもう・・・気持ちが切り替えられるから」

「でも・・・その・・・」

「アタシのことなら大丈夫だから。 今日のミーティングのことは、忘れちゃいましょうよ。 ユリの優越感に怯えずに、マンガを読めるいい機会じゃない」

「そんなイジワルなこと言わないで・・・。 おしゃべりもするし、マンガも読む。 ナツキちゃんのためなら何でもするけど、わたしの友達を傷つけないで。 ねっ?」

「・・・ゴメン。 アタシだって・・・苦しいわよ」

「きっと、何もかも解決するわ。 その・・・今は解決策はないけれど、でも・・・・・・少なくとも私は、みんないい子で、お互いに悪口を言いたがってるわけじゃないって知ってる。 このことは、きっといい経験になるわ」


安心させるような口調でモニカがそう話すも、その声には不安の色が浮かんでいた。

いつこうなってもおかしくなかったのだ──ナツキとユリは、関わり合いにならないように互いを避けてきた。

だから、こうなってしまったのだ。

サヨリとナツキがマンガを読んで気を紛らわせる中、モニカは不安を振り払えず、ため息をつく。

相容れない部員もいるという事実を、受け入れなければならないのだろうか。

モニカははそれをどうしても認めたくはなかった──そして、サヨリもきっと同じことを思っているはずだ。

しかし今回は・・・解決策が見えなかった。


・・・・・・。


・・・。

 


翌日。

サヨリは普段より早く部室へやってきた。

と言っても、久し振りに遅刻をしなかっただけのことだが。

部室にはまだ誰もいないようだった。

椅子に座り、心に浮かんだことを書いておこうと一枚の紙を取り出す。

サヨリは、時間があれば考えや感情を紙に書き留める習慣がついていて、そのメモ書きが詩を書くときの発想の大きな支えとなっていた。

 

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「・・・。 船が遠くへ行き、わたしの心は空っぽ・・・」


──「よっ」

 

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「ひゃあっ! ナツキちゃん──??」


物置の扉の後ろから、ナツキがサヨリの頭をつつく。


「あはは、ごめんごめん。 びっくりさせるつもりはなかったの。 でも、アタシが何にも言わなかったら、その方が気まずいでしょ。 アタシに詩を聞かせたがってるとは思えないしね」
「ま、まあね。 気付いてくれて、ありがとう」
「じゃあ、書き終わるまでどこか行って待っとこうか?」
「だ、大丈夫だよ・・・時間があったからちょっとメモしてただけ。 お邪魔だったわけじゃないよ」
「そういえば、モニカはどこにいるの?」
「モニカちゃんなら・・・廊下だよ」
「ふーん、何で?」
「えっと・・・。 モニカちゃんはユリちゃんが来るのを待ってるんだよ。 ユリちゃんはとってもシャイだから、一人で部室に入れない時があるんだよ。 それで・・・」
「へえ・・・。 それってつまり・・・ユリはずっとモニカを煩わせてるってわけ?」
「ユリちゃんは感情をうまくコントロールできないときがあって・・・。 ふと頭を悪い考えがよぎったら、気持ちを整理できなくなる人もいるからね。 ちょっとの間は気を紛らわせることができても・・・。 一人だとまた、悪い考えが出てきちゃうんだよ」
「ううーん・・・」
「どうしたの?」
「アタシは、普通のミーティングをしてほしいの。 昨日のことなんてなかったことにして前に進む方が、全然簡単じゃない。 アタシは、こんなことに振り回されたくないの! ホント、バカバカしいわ。 アイツがアタシをどう思ってるかなんてどうだっていいの。 おまけに、何かアタシが悪いことしたみたいじゃない。 何なのよ」
「いろんな感情を持ってていいと思うんだ・・・。 持ってたとしても、それは自分が弱いってことじゃない」
「・・・」
「一緒に考えてみよう?」
「・・・わかった。 アンタはこういうのが得意だもんね」
「楽しかったときのことを思い出してみて。 そしたら、ナツキちゃんが嫌な気持ちを感じる原因がわかるかもしれないから」
「そうね、昨日の話し合いをするまでは、楽しかったわ」
「話していて、どういうときに嫌な気持ちになった? ユリちゃんがマンガをけなしたとき?」
「かもね。 けど、どうかしら。 だって、友達も周りも、ずっとずっとマンガのことをバカにしてくるんだもの。 けど、アタシはそういうのとは距離をとって、無視してきた。 でも、昨日は本当に頭にきたわ。 黙ってられなかった」
「それは、ユリちゃんだったから?」
「違うわよ・・・そんなの関係ある? そうね・・・えっと・・・あのさ・・・たぶん、なんだけど。 ユリは自分のことをアタシよりずっと上だと思ってるのよ。 それが嫌。 自分が教養あるようにみせたいからってさ。 そうよ。 アタシもマンガも別に嫌いでいいけど、普通だったらさ、まず"自分で判断する"でしょ? お高く止まったユリはそうじゃない。 自分は優れているから、そんなの判断するまでもないわって感じ」
「そうだね・・・。 何だって試してみるべきだよね」
「ええ、そうよ!」
「ユリちゃんが読んでる小説を読んでみる?」

 

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「はあ? あんなことになったあとで? 絶対イヤ」
「昨日の話し合いの前だったら?」
「うう──まあ飽きるまでは読んでみただろうけど、どうせ長くもたないわ。 でも正直さ、別に複雑なものじゃなくたって、深みのある物語なんていくらでもあるわよ」
「そっか・・・でも、ほら・・・わたし、ユリちゃんの読んでる本、好きだよ」
「そうね。 でも、マンガの方がもっと好きでしょ?」


サヨリは首を横に振った。


「どっちも好き。 好きの方向性は違うけど、どっちも好きだよ。 えっとね、マンガは・・・わかりやすいし、楽しいし、あっという間に夢中になれちゃう。 ファンタジー小説は謎がたくさんあって読み応えがすごくあるし、それを一緒に読んでる時の静かな時間って、すごく充実してる。 でも、一番大事なのはね、マンガもファンタジー小説も、嘘のない、確かな物語があることなんだ。 だから・・・マンガも小説も好きなの。 マンガも小説も、この文芸部にあってもいいと思うの。 それに・・・ナツキちゃんが考えている以上に、マンガと小説って似てるところがたくさんあると思う」
「・・・アンタって、どうして誰とでもうまく付き合えるの? わたしはいつも人とぶつかってばっかり。 最初はモニカ。 文芸部に入りたての頃よ。 次にアンタ・・・今度はユリ。 相手に腹が立つと、そいつが『自分が最悪だ』って認識してないせいだって考えてイライラしちゃうの。 でもそんなこと考えて悩んでるのって、アタシだけでしょ! アタシが意地悪されてるのは、どうせアタシが嫌われてるから。 その事実から逃げたくて、相手のせいにすることばっかり考えてる・・・。 でも、どうして嫌われてるかわからないし、どうしたらいいのかもわからない。 アタシってなんでこんな最悪なヤツになっちゃったんだろう。 もうイヤ」
「ナツキちゃん・・・」


サヨリは優しくナツキの肩に手を置いた。


「ナツキちゃんはとてもいい子だよ。 みんなのように、愛されていいんだよ。 気持ちの伝え方はみんなそれぞれ違うんだ。 だから、わかり合うことが難しいときもある。 きっとさ・・・伝え方が似てる友達に巡り合うって、めったにないラッキーなことなんだよ。 そしてそんな人たちとは、まるで魔法のように繋がれた気になる。 でもね、またある時には・・・お互いが本当にいい人でも・・・簡単に誤解をしてしまったり、すれ違いが起こっちゃうの。 ユリちゃんも、すごく悩んでると思う。 伝えることって、とっても大変なんだ! たくさん反省して、自分のことを知って・・・自分の心のもろさを知るの」
「アタシ・・・そういうの苦手だし・・・。 心のもろさ・・・。 アタシは、強くなきゃいけない」
「どうして? 教えて・・・くれる?」
「その・・・おかしな風に聞こえるかもしれないけど、人からひどい扱いをされるのは慣れてるのよ。 友達とか・・・パパとか。 成績が悪かったり、部屋を掃除しなかったり、みたいなくだらないことでね。 で、アタシはどうしたらいいっていうの? 泣けばいいの!? そこでアタシが困った顔を見せたら、負けじゃない? アタシはそんなに弱いやつなんかじゃない! アタシに悪いところなんて、ない。 だから・・・いっつも周りのせいにしてる。 うまくいかないことがあって、少しでもアタシのせいかもってなりそうだったら・・・。 メチャクチャ、キレる。 それから、必死に人のせいにするための理由を探したりしちゃう」
「ナツキちゃんは自分がユリちゃんよりマシだって思う?」
「・・・。 そんなこと言ったら、すごく偉そうに聞こえるじゃない」
「ううん・・・。 頭の中で考えてることと、心で感じることは別なんだ。 たまに、感じたくないような気持ちが湧いてきても、自分を本当にちゃんと理解したいなら、それも真剣に受け止めなきゃいけない。 心のもろさはそこにあるんだよ。 感じたくもない気持ちを素直に受け入れて、その嫌な気持ちから逃げずに真剣に向き合うことが大事だと思う」
「アタシは・・・・・・アタシの気持ちが嫌い。 そのせいで、イヤなヤツになってる。 アタシはユリよりずっとマシだって、心がそう言ってるのよ。 クールに気取って、独善的で知ったかぶりしているアイツよりは、アタシの方が全然マシだって。 でも、そう考えちゃうアタシはひどい人間よね」
「ひどい人間なんかじゃない。 感情が、その人のすべてじゃないんだよ」
「でもさ・・・」
「ナツキちゃんの感情だけが、ナツキちゃんじゃないんだよ。 自分の心に伝えてあげて。 おっきい声で」
「・・・いいわ。 アタシの感情だけが、アタシじゃない」
「感情って・・・わたしはルームメイトみたいなものなんだって思ってる。 同じ家に暮らしてるから、毎日顔を合わせるの。 お互いに無視して生活しようって思っても、ずっと無視なんてできないし、気持ちが疲れちゃう。 だから・・・もう一つの選択肢は、みんなのことを理解してあげることなんだ。 一緒に話し合って、お互いのことを知れば、協力し合っていい方向に進められるかも。 そう考えたら、わかりやすくなるよね?」
「・・・アンタ、どこでそんなこと学んだのよ」
「・・・わたし、一緒に暮らすのがとっても大変なルームメイトがいるんだ。 鬱病って言うの」
鬱病・・・? でも・・・アンタ以上に楽しく過ごしてる人なんていないじゃない」
「わたしの感情だけが、わたしじゃないよ」

 

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「・・・。 アンタみたいに、なりたいわ」
「ああ、もうナツキちゃん! わたしたちはみんないい人でしょ。 ナツキちゃんも、ユリちゃんも、モニカちゃんも。 ・・・ユリちゃんも、ゆっくりあなたのことを理解してくれると思うよ」


ナツキは黙ったまま、少しだけ打ちのめされた気分になった。

サヨリの優しい言葉をよそに、痛みと悲しみがないまぜになった複雑な感情が心の傷から溢れ出し、ナツキの内側に満ちていく。

それは、傷つきやすくなっていたからだろうか?

いや──ナツキがそれは新たに負った傷ではない。

手当てもできず、もはや放っておくことのできなかった古傷に、ナツキは再び気付いたのだ。


・・・。

 



 

 

 

 

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「ユリ? ここで何をしてるの? 探していたのよ」
「お・・・怒らないでください!」
「違うわ、叱るつもりなんかないわよ。 昨日の議論のことで、あなたに謝りたかっただけ。 あんな風にみんなにしゃべらせようとするなんて、私が間違えていたわ。 私の悪い癖ね。 次からは、みんなの問題を解決しようって余計なお節介をしないようにするから」
「怒って──いないんですか?」
「怒っているって思ったのは私の方よ!」
「昨日は本当に、あんなひどいことを・・・」


ユリは縮こまり、昨日の発言を頭の中で思い出していた。


「私、いつも口を開くと変なことを言うし、みんなを怒らせてしまうんです」
「いえ、そんなことなかったわ! 話をしましょう。 いい?」
「・・・」


ユリは少し押し黙り、それから何とかうなずいた。

モニカはユリの隣の階段に腰掛けた。


「今でもネガティブな考え方がずっとぐるぐる回ってて・・・そこから抜け出せないんです」
「ネガティブってどんなこと?」
「みんなが私のことを嫌ってるとか。 特に、ナツキちゃんが」
「ああ、辛い思いをしてるのね。 ナツキがあなたのことを嫌っているとは思わないわ」
「どうしてそう思うんですか?」
「それはね・・・」


モニカは、ナツキと口論になってしまったときのことを思い返す。

そして、モニカがきちんと彼女に向き合うようにしたら、ナツキ自身も自分の感情を見つめ直したことを。


「ナツキは・・・傷つくことを恐れて身構える癖がついていると思うの。 自分を守らないとって、攻撃的になるのよ。 でも、ナツキが本当は悪い子じゃないのは、あなたもわかっているでしょ。 実際、すごく思いやりがあって、人を気遣うことができると思う。 あの子はただ・・・そうね、先にある程度優しくしてもらえたら、安心感を覚えて、相手に応えられるよう振る舞えるはず」
「ええ・・・。 ですが・・・優しく接するといっても、私には荷が重いです! それに、私のことを好きになってもらえるような言い方なんてわかりません! 口を開けば私はいつも──」


ユリは首を振り、髪の毛をギュッと握った。


「大丈夫よ、ユリ。 自分を責めなくていいの。 あなたのことをちゃんと知る機会があれば、みんなあなたのことを好きになってくれると思うわ!」
「・・・残念ながら、その逆です。 そもそも、私があまり口数が多くないのは、そのためです・・・。 みんなが私のことをおかしな人って思って、裏では私の噂話・・・。 私のことを知ってもらおうと気を引くと、いつもそうなってしまうんです・・・。 ナツキさんは言いたいことがあればそれを尊重すると言うから、私は話したんです。 それで、ナツキさんの気分を害してしまいました。 それでもう、怖くなってしまって」
「でも・・・サヨリも私もあなたのことが好きだし、私たちはあなたのことをたくさん知ることができた。 でしょ?」
「えっと・・・」


ユリは言葉を返しては来ない。


「ねえ、ナツキのことをどう思ってるの?」
「わ──私はナツキちゃんのことなんか考えてません!」
「そうじゃないの、私はね・・・」
「あ──その──えっと・・・」
「ナツキに何か感じたことがるのかなって思ったの」
「・・・あり・・・ます・・・」
「どう感じたの?」
「ナツキちゃんは・・・私のあら探しを、それも一番悪いところを見つけようとしているように思えるんです。 私はそれがとても嫌で。 私は、自分のことをそれなりに教養のある人間であると思っています。 だから・・・私の趣味やセンスを無視して、さも劣っているかのように扱われるのは・・・。 特にナツキちゃんのような人にそういうことをされるのは・・・最低の侮辱でしかありません。 それで、私は彼女に悪い印象を持っています。 でも、他のみんなは彼女のことを好いているようで・・・きっと私の方が間違えているに違いありません。 彼女に対する私の気持ちが、間違っているんです。 すごく幼稚で瑣末(さまつ)なことに怒る私が悪いんです」
「違うわ、ユリ・・・。 間違っている感情なんてない」
「では、正しくない感情なんでしょう」
「そこが問題なの。 感情に"正しいも間違いもない"の。 感情っていうのは・・・そのときの天気みたいなもので、自由にコントロールできるものじゃない。 だからといって、感情の"言いなり"になる必要もない。 この文芸部を立ち上げたときに、学んだことがあるの。 誰でも、自分が抱く感情で、自分が嫌になるときがあるわよね。 でも、そういう感情があるっていうことを認めて、その感情をもっとよく理解することもできるのよ。 何かを感じるからって、私があなたを怒ることなんてないわ! 大事なのは、あなたが感情とどう向き合うかなの。 感情と仲良くできれば、部のみんなとも仲良くできる大きなきっかけになると思う」
「・・・・・・」


ユリの表情に陰りが浮かぶ。


「あなたが言うと、すごく簡単そうに聞こえます。 大人、なんですね。 それに、人付き合いも上手ですし。 それに比べて私なんか。 子どもみたい」
「ユリ・・・。 私は・・・完璧な人間なんかじゃないわ。 でも、こういうスキルは経験を通して身につくの。 私だって自然と身についてたわけじゃない。 自分のことを反省して・・・考えたことと感情を切り離して考える・・・とっても大変なことよ」
「・・・私・・・成長したいです」
「うん・・・気持ちとうまく付き合うためには、成長しないとね」
「成長だけではなく・・・私、ナツキちゃんと話せるようになりたいです」
「何を話したいの?」
「・・・私がどう感じるかについてです。 ナツキちゃんがとても否定的で意見を受け入れない態度を取ったときに、私がどれだけ失望感や動揺を感じているか。 そしてナツキちゃんのそんな態度を見ていると──何だか・・・鏡を見ているような気持ちになります。 誤解され、周りの人を疎ましく思う感情を、私は知っていますから。 自分が誰よりも優れていると言うのは、自分を守りたいからなんだと知っています。 私たちは、ただの人間です。 誰だってか弱いんです。 誰だって動揺します。 でも・・・感情に飲まれるなんて、もううんざりです。 こんな風に静かな時間を邪魔されるのは、我慢なりません」
「そうね・・・静かな時間を邪魔されたら、読書に集中できないものね」
「私が我慢ならないのは・・・我慢ならないのは・・・・・・文芸部は、みんなに幸せを運んでくれる場所であるべきです」
「・・・」


愛おしさを込めてモニカはユリを見つめる。

 

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サヨリに影響されたのかも。 私、今あなたをハグしたくなってるわ」
「えっと・・・」
「あはは、ごめんね・・・気まずくさせるつもりはなかったの」
「いえ、あの──ええと・・・その・・・あなたがそうしたいのであれば、私は構いませんから・・・」


モニカがユリの体を引き寄せて、すっと抱きしめる。


「あなたはとても優しい人。 自分の心に問いかけるあなたが好き。 あなたの一面が見れて、幸せな気分なの。 ナツキもきっと、そう感じると思うわ」
「・・・私、ナツキちゃんに手紙を書きます」
「あら、手紙? いいわね!」
「私は話すのが・・・苦手ですから。 緊張していると、特に。 いつも感情が勝ってしまうんです。 大事なことを置いてけぼりにして、考えてもいない言葉が出てしまって」
「うん。 だったら手紙の方がいいわね。 すごく素敵な方法だわ」


気持ちが固まってく様子が、ユリの表情に浮かぶ。


「あなたやサヨリちゃんに引き寄せられるような人たちは、私の方へ寄ってくることはありません。 私の性格は、そういった人たちとは合わないんです。 それに、仲良くするために性格を合わせようとは思いません。 でも私が学んだことは、友達のつながりとは、どこからともなく魔法のように出てくるものではない・・・ということです。 今まで生きてきて、サヨリちゃんのような方と友達になることはありませんでした。 私とサヨリちゃんは、まるで正反対です。 でも友だちになれたのは、サヨリちゃんが私のことを一生懸命わかろうとしてくれたから。 だから、仲良くなれました。 モニカちゃんもそうでした。 お二人は、長い間、辛抱強く待ってくれました。 彼女も・・・同じことを思っているのでしょうか」
「ナツキのこと?」


ユリはうなずく。


「友達をもっとつくりたいなら、今の自分と違う自分にならなきゃって、ずっと思っていました。 誰かに好かれるには、目指すべき性格だったり・・・魔法のような公式があったりするのだと。 まさに私らしい考え方です。 ずっと自分のことばかり考えていて、周りの人のことを理解できないんです」


ユリは首を横に振る。


「友達というつながりは、相手のことを考えたときに生まれるもの。 時間を割いて相手を理解する努力をして、思いやりを持って・・・それで、お互いより良い人間になろうとしてるんだと信じるときに生まれるもの。 文芸部を見ていて、そう学んだんです」
「文芸部を見ていて学んだ・・・?」


モニカは驚く。

ずっと自分の殻に閉じこもっていたユリの口から突然、こんな風に文芸部について聞くことになるとは。

ユリは優しく微笑む。


「人との関わり方の悩みや考え方を、モニカちゃんはいつも私に話してくれましたよね。 サヨリさんもです。 それが、私はうれしいんです。 たくさんの学びがありますから」
「そう・・・だったのね。 あなたがそんな風に受け止めてくれているなんて、思いもしなかったわ」


モニカは気付いていなかったが、この数週間、他の部員とのすれ違いや問題が起こると、ユリは欠かさずその様子を注意深く観察していた。

常に耳を傾け、部活の友達についてたくさん知ろうとしていたのだ。

もともと、サヨリとモニカは人付き合いがうまく、ぶつかっても比較的うまく対処ができる方である。

しかし、その能力が人の優劣を決めるわけではない。

人はそれぞれに長所があって短所がある。

そして、改善や成長できる余地がある。

人を成長させる第一歩は、自分を見つめ直すこと、そして自分に気付くこと。

ユリ自身は思ってもいなかったことであったが、モニカはそれこそがユリの優れた長所だと気づいたのだ。

こうしてユリは、部内での自信を取り戻すことができたのだった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

長く美しい髪をした、とても内気な少女が、胸元を手で押さえながら騒がしい昼休みの廊下を行ったり来たりしている。

文芸部の部長がいるクラスまでやってきて、ドアの前に立つ。

教室をのぞき込む前に。部長の周りの様子を確かめた。

モニカは座って友達としゃべっている。

モニカ以外は誰も知らない生徒だ。

・・・思った通りだ。

やはり止めた方が良かったか。

不意にモニカがドアの方を向いた。

ドアのそばにいた少女は驚き、さっと物陰に隠れる。

落ち着きを取り戻し、立ち去ろうとしたその時──教室のドアがそっと開いた。


「ユリ? どうしたのよ、あなたがお昼休みに来るなんて!」


声を振り絞ってユリは答える。

 

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「お願いがあるんです・・・」
「どうしたの? 何かあった?」


ユリは首を横に振った。


「どうやって手紙を書いたらいいのか・・・わからなくって!」
「あはは! なーんだ。 大変なことでもあったのかと思ったわ」


モニカは振り返り、後ろにいる友人を見る。


「手紙の書き方で困っているのよね? 使ってない教室に行きましょうか」
「・・・いいんですか? お友達がいるのに、今相談をするのは悪い気がして・・・」
「気にしないで。 大事な話をしているわけでもなかったから。 待ってて」


モニカは教室へ戻り、ちょっと行ってくるね、と友達に伝えてから机のペンを取り、ユリのところへまた戻ってくる。


「それじゃあ、どこか静かな場所を探しましょうか」


ユリはうなずいて、モニカの後ろについて行き、二人は手紙を書ける場所を探しに行く。




 

 

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「・・・きょ、今日の、調子はいかがですか?」
「えっ、私の?」
「・・・えっと、はい・・・」
「あはは、えっと、ごめんごめん。 突然聞かれちゃったからね。 調子は良いわよ。 ただ、今週はあまり眠れなかったみたいで、疲れてるわ・・・」
「何かあったんですか?」
「うーん、わからないわ・・・私ってあんまり集中できないの。 いろんなことについ気がいってしまって、無駄な時間を過ごしちゃうのよね」
「私もです! 私もそうなんです!」
「あははっ。 あっ、この部屋が空いているから、ここを使いましょうか」


中をのぞいてからモニカは教室のドアを開き、二人は中へと入る。




 

リラックスした雰囲気がユリから消えていく。

モニカは、一つの机に椅子を二つ起き、腰掛けるように手招きをした。

そしてユリが椅子に座る。

ユリは何も置かれていない机を見つめた。

 

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「緊張してる?」
「私の感情が、書きたくないと言っています」
「・・・無理する必要はないわ。 別のことでもいいし」


ユリは首を横に振る。


「でも、これは、良いチャンスだと思うんです。 やるしかないんです」
「大きな決断をしたのね。 居心地のいい場所から踏み出すことは大変なことだもの。 大丈夫よ、応援するわ」


ユリは不安の中、罫線(けいせん)が引かれた用紙を数枚取り出す。

そして、ペンを取る。

 

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「へえ、ユリって左利きなのね! 素敵だわ!」
「あっ──はい・・・。 左利きなら、腕がぶつかる心配はしなくていいわね」


モニカは楽しげにユリの肩をこすり合わせる。


「あははっ、ごめんね。 ちょっとふざけちゃった。 そうね・・・ナツキに伝えたいお互いの違い。 それを一つずつ書いてみたら、どう?」
「えっと・・・」


ユリは考え込む。


「急に何だか、恥ずかしくなって・・・」
「あら、大丈夫よ。 あなたが昨日話してくれた内容はどうかしら?」
「でも──いえ、やってみます・・・」


考えているユリから、隠しきれないほどの緊張感が伝わってくる。

すると、ユリは『見つめ直すこと』という単語を書いた。


「自分たちの行動について、私なりに見つめ直してみたんです。 どうして私たちは互いにはそのように振る舞うのに、どちらもサヨリちゃんとモニカちゃんとは仲良くできているのでしょうか?」
「あら、私が登場したわ!」
「ああ、そうですね・・・で・・・」


ユリは考えた。


「私が二人と友人になれたのは、時間をかけて私の気持ちを理解してくれて、私が興味を持つものを大切にしてくれたからです」
「うんっ。 同じことがナツキにも言えるわね。 私とナツキも、最初はすごく仲が悪かった。 私は彼女を自分の思い通りにすることを考えていたけれど、あの子が求めていたのは思いやりだった。 私が何でも思い通りにしようってするのをやめたら、彼女も自然と同じようにそれを止めたんだと思う」
「私もそうしたい・・・」
「じゃあ、ナツキにどんなことをしてあげたい?」

 

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「私は・・・。 私がされてうれしいことを、ナツキちゃんにしてあげたいです。 私が話すことについて、拒絶されるのではなく、好意的な返事が返ってくると、私はうれしいです。 私の感情を相手が切に受け止めてくれると、私はうれしいです。 それと、私が例えうまくできていなくても、モニカちゃんとサヨリちゃんが私の成長を信じてくれると、うれしいんです」
「じゃあ、それを書いてみましょうか!」
「はい・・・」


ユリはいくつか文章にして書き残す。

 

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「ナツキが傷ついていることも忘れちゃいけないわ。 だから、ナツキに会ったらまずはこの手紙を渡さなきゃね。 あなたも傷ついたんだから大変よね。 でも、相手の悪いところばかりを言ったところで、何の解決にもならないわ。 まずはあなたに彼女を思いやる気持ちがあって、耳を傾ける準備があると伝えること。 そして、自分がもっとうまくやれたはずだと感じていることを認めるの。 相手に何かを求めるのは、その後ね。 文章の構成はこうしましょうか。 三段落にわけて、一段落ごとにうれしいことを一つずつ書いていくの」
「いいと思います。 頭の中がごちゃごちゃだったので、文の構成なんて全然考えていませんでした。 モニカちゃんは本当にすごいです」
「いえ、違うわ。 私以上に、あなたがたくさんがんばってきたからじゃない。 たくさんの時間をかけて、自分を見つめ直し、あなたは心を開いた。 それは、とても大変なことなの。 私がしているのは、あなたが手紙を書けるよう、そばで手伝っているだけ。 だから、すごいのはあなたの方だと思うわ」
「えっと・・・」


モニカは気持ちを込めて、ぎゅっとユリの手を握る。

モニカが手を離すと、今度はユリが指を絡めるようにモニカの手をつなぐ。

モニカにとって思いもしないことだった。

しばらく手をつないだままの二人は静かに座っていた。

ユリがペンを走らせる音だけが教室に響いている。


「昨日あなたから言われたことを、ずっと考えていたんです」
「どんなこと?」
「感情に正しいも間違いもない。 それは受け入れなきゃいけない、天気のようなものだって。 それで思ったんです・・・人の行動は、常に自分の意思で決めているわけではないと。 話す言葉や振る舞いは、これまでの経験や不安に端を発しているときもあるんですね。 そう思えたおかげで・・・他の人のことを、私を言いくるめようとする取るに足らない脇役ではなく、等身大の人として見ることができました」
「それは、ナツキについて感じたこと?」


ユリはうなずく。


「ですが実際には・・・誰もが、懸命にがんばっています。 それに、幸せにもなりたがっています」


モニカはユリが書いた内容を見ようとしたが、ユリはそれを脇で隠した。


「あはは。 読まなきゃアドバイスできないわ」
「いいんです。 それをあなたと話せたから、頭の中がすっかり整理できました。 こうして紙に書いてある今、他の人には読まれない方がいいと思えたんです」


ユリにしては珍しく──柔らかく笑う。


「それが聞けてよかったわ。 どうも干渉しようとしちゃうのよね。 もう十分引っかき回しちゃったのに。 あははっ。 でも、話せてとても良かったわ。 あなたのことは常々、とても賢い人と思っていたけれど・・・」


ユリが微笑む。


「私はきっと、人の接し方にこの先ずっと苦労すると思うんです。 私には人が・・・ただただ理解できないんです。 これからも人の中身をつかめることはないでしょう」
「あはは」
「でも・・・あなたの話をたくさん聞いたおかげで、相手のことを理解するヒントが得られました。 だから・・・引っかき回しただなんて、言わないでください」


モニカはユリに優しく微笑む。


ファンタジー小説が好きな人を探してこの文芸部に入ったのに、得られたものは私を大切に思ってくれる本物の友達だったなんて」
「それは・・・冗談?」
「もちろんそうですよ」
「あはは、冗談には聞こえなかったわよ!」
「ごめんなさい・・・」
「いいの・・・私はそういうの好きだから、そのままでいてね」
「・・・あなたがそう言ってくださるのなら」


ユリが時計に目をやる。


「もう時間が迫ってますね・・・」
「手紙は書き終わりそう?」
「今日中には、たぶん。 でも、ナツキちゃんが手紙を読んだ日は、部活に行きたくないんです。 私・・・とても恥ずかしくて」
「嫌じゃなかったら、私が手紙を渡すわ」


ユリはうなずく。


「読まないと、約束してくれますか」
「うん。 約束するわ」
「ありがとうございます」


ユリが息を吐き、二人は立ち上がった。

 

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「準備ができたら連絡しますね」


モニカがうなずく。


「がんばってね。 いつでも私がいるから」


ユリもうなずき、二人は教室を後にした。


・・・。