このブログはゲームのテキストを文字起こし・画像を投稿していますので、ネタバレを多く含みます。
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道場に着くと、みんな必死で練習していた。
この光景が普通なものになっていた。
ちょっと前までは考えられなかった光景。
はるかは、初心者とは思えない動きをしている。
リコは、ちょこちょこと竹刀を振る。
もう、面の重さに倒れることもない。
レイカはただひたすらに、一つの技を極めようとしている。
沢村は一つ一つの技を確認するように、丁寧に練習している。
・・・みんな変ったな。
この古めかしい道場が、活気づいているように思えた。
桜木と目があった。
まじまじと俺を見ている。
ボロボロの身体を見て、何かを悟ったような目だった。
次第にみな、俺に気付き寄ってきた。
「どうしたのよ、その傷! 何があったの?」
「いや・・・その」
「あなた、顔が歪んでるわよ! 保健室に行ったほうがいいんじゃない?」
「先輩・・・私、一緒に行きましょうか?」
「大丈夫だから・・・気にすんな」
「口が切れてます。 痛そうですぅ・・・」
「痛くない痛くない!」
「そんな顔で痛くないと言っても説得力がないぞ。 説明しろ。 みんな気になって稽古に身が入らないぞ」
「・・・その、それがさ・・・」
「あなた・・・また問題でも起こしたんじゃないでしょうね?」
「違うって! その・・・空からタライがさ・・・」
俺は適当に誤魔化した。
「タライ?」
「そうそう。 タライが頭に降ってきてさ・・・それで、その・・・」
俺はわけのわからないことを口走る。
「お笑いとかであんじゃん! コントとかでタライが降ってくること。 それで、こんなにボロボロになっちゃって。 ボケすぎちゃったかな俺。 ははは・・・」
みな、不審な顔で俺を見ている。
「マジだって! 俺のことは心配しなくていいから」
──「やぁ、剣術部の諸君、頑張っているみたいだね」
「学園長・・・」
大九郎が道場に入ってきた。
「・・・・・・」
「随分と努力してるみたいだね。 噂は聞いてるよ」
ニタニタと笑う。
「何しに来た。 出ていけ」
桜木がそう言うと、
「まぁ、そう怒らないでくれよ。 君達には期待してるんだから。 地区大会は明後日だからね。 優勝できるといいね」
嫌味のようにまた笑う。
ふと大九郎と目があった。
俺の顔に気付いたようだ。
「ん? 椿くん、その顔、どうしたんだ?」
「・・・なんでもないっす」
・・・白々しいやつめ。
怒りがこみ上げてきた。
「まさか、ケンカしたんじゃないだろうね?」
「違います。 自宅の階段から落ちただけです」
栗林が話に割って入る。
「ふーん。 ならいいんだが。 もし、誰かと揉めたなんてことになったら大会どころではないからね」
・・・こいつ。
まるで何もかも知っているような口ぶりだ。
あんな連中を寄こしやがって、今すぐにでも詰め寄りたい気分だった。
・・・が、我慢した。
いま、俺がこの汚い大人に噛みついてなんになる。
剣術部にとってプラスになどなりはしない。
逆にいちゃもんをつけられて、剣術部を潰す新たな口実にされるだろう。
俺さえ我慢すれば、ことは終わる。
俺さえ我慢すれば・・・。
大九郎はつまらないといった顔をした。
「しっかりと頑張ってくれたまえ。 ・・・落ちこぼれども」
吐き捨てるようにいった。
「・・・稽古、再開しよう」
はるか達は大九郎を無視し、稽古に戻った。
「あんたがどんな手を使おうが、俺たちは屈したりしない」
大九郎は眉をひそめ、そのまま出ていった。
・・・屈したりしない。
それがどれだけ汚く、どれだけ理不尽なことだとしても。
・・・。
練習は進む。
大九郎の言葉に怯むものはここにはもう誰もいない。
おもむろに、栗林が面をつけ始めた。
「へぇ~。 珍しいこともあるもんだな。 監督直々に指導か?」
「そうね。 たまには骨のある練習がしたいんじゃないかと思ってね。 桜木さん?」
栗林は桜木を呼びつけた。
「面をつけなさい。 稽古しましょう」
「あんたとか・・・。 やれやれ、大事な大会のまえに私を潰す気か?」
「そんなことで潰れるあなたじゃないでしょ?」
ヒカルは面をつけ、栗林と対峙した。
「え? ヒカルと栗林先生が試合するの? 凄い!」
「化け物同士の戦いね。 死人が出るわよ!」
「どっちが強いんですか?」
「分かりません! 私のノートにはのってないデータです」
「お前ら、楽しんでない?」
「当たり前でしょ! こんな凄いこと滅多にないんだから」
桜木と栗林が竹刀を交える。
確かに凄いことだ・・・。
「審判は誰がやるんだ?」
「審判はいらないわ。 どちらか一本とった時点で終わり。 いいわね桜木さん」
「好きにしろ」
「手加減するのはやめてちょうだいね・・・」
「ふっ・・・。 あんたに手加減なんかしたら10秒ともたない」
桜木は笑った。
はるかは道場の太鼓を叩いた。
「やぁぁぁあああ!!」
「せぇぃやぁぁああ!!」
気合の入った声が道場にこだまする。
──ッ!!
竹と竹のぶつかる音が響いた。
ガシガシ、ギシギシと。
光のスピードで桜木の面が飛んでいく。
栗林は頭を預けそれをかわし、攻撃に転じる。
大きく、空を飛ぶように、栗林は桜木の面や胴目掛け、次々と攻撃を仕掛ける。
──ッ!!
ガシガシ、ギシギシと・・・。
竹刀が砕けるような音が続く。
全く怯むこともなく、とにかく打ち合いが続く。
相手の呼吸など、まったく無視した凄まじい打ち合い。
息つく暇もない攻防戦。
間合いなど関係ない。
二人にとって、目の前、その周り、全てが攻撃可能な範囲なのだ。
相手の動きを読むために、引くことはない。
心理の読み合いなど、そこには存在していなかった。
ただ、目の前にある獲物をとらえる猛獣のように・・・。
桜木と栗林は・・・本能だけで戦っているように思えた。
「すげぇ・・・」
つい声が漏れた。
みな、その壮絶な試合に息をのんで見入っている。
「これ・・・剣術だよね?」
「ああ。 ・・・これが剣術なんだな」
ふと、二人の動きがピタリと止まった。
「さすがだな・・・。 何年も剣術から離れていた人間とは到底思えない」
「光栄ね。 あなたみたいな天才に褒められるなんて」
お互いの竹刀の先が、交差する。
・・・次の一撃で決めるつもりか?
「やぁぁぁあああ!!」
「せぇぃやぁぁああ!!」
──ッ!!
竹刀と竹刀が交差し、二人の体も交差する。
・・・どっちだ。
交差した二人はお互い向き合い、構えた。
道場に沈黙が走る。
・・・。
・・・・・・。
先に竹刀をおさめたのは・・・。
栗林だった。
・・・。
・・・・・・。
栗林は面を取り、ヒカルに近づいた。
「・・・お疲れさま。 久しぶりにいい運動になったわ」
フッ・・・と桜木は笑った。
「・・・どうやら心配はいらなかったようね」
そういうと、栗林は道場から出ていった。
ヒカルは面を取り、大きく息を吐いた。
「ヒカル、凄い!! やっぱりヒカルは凄いよ!! 私、ヒカルみたいになりたい!」
「なれるよ・・・はるかなら」
「何が起こったか、ちっとも分からなかったわ・・・」
「桜木先輩の面が、少しだけ速かったんだと思います。 予想ですけど」
「リコは何も見えませんでした・・・寝てたわけじゃないのに」
「栗林先生は・・・強いな。 偉そうなこと言うだけはあるよ」
「ほら! おまえらも桜木みたいに強くならないとな!」
「負けてられないわっ! 佐田さん、私の技の実験台になって」
「・・・はい」
リコを立たせ、ずっと練習していた抜き胴を試すようだ。
「行くわよ! 佐田さん、絶対に動かないでね!」
リコは頷く。
「桜木さん、見てなさい! 私の技を!」
みな、レイカに注目する。
レイカは竹刀を構えた。
「・・・これでトドメよ!! レイカ・エレガンス・デンジャー・アターーーーーーーーーック!!」
「は!?」
──ッ!!
レイカは竹刀を振りかぶり、綺麗にリコの胴を捕え、そのまま抜けていく。
「どうよ!! この華麗な必殺技!!」
「う、うん。 いいと思う」
「これで右近さんを打ち破るわ!」
レイカはガッツポーズをした。
「あのぅ・・・エレガンスなんとかアタックってなんですか?」
「この技の名前よ。 素敵でしょ?」
「そういうこと叫ぶと無効ですよ」
「そうなの?」
レイカはポカンとしている。
「・・・普通に胴!! って叫べよ」
「確かに、掛け声は余計だが・・・今の胴、使えるかもしれないな」
「え?」
「ヒカル? 疲れたでしょ? みんな、ひとまず休憩にしよう」
栗林との稽古を終えた桜木を気遣ってか、はるかが休憩指示を出す。
皆が休憩に入るのを見て、俺は道場を出た。
・・・。
みんな強くなっている・・・。
俺はそれが嬉しかった。
なんだかんだで、やれば出来るもんだ。
明後日は試合か・・・。
大きく伸びをした。
痛てっ・・・。
傷が痛む。
ふと振り返ると、見慣れた顔があった。
「ボロ雑巾みたいだな・・・その顔」
桜木が立っていた。
「言ってくれるな」
「イケメンが台無しだな・・・」
「思ってもないくせによく言うよ」
「そうでもないぞ。 椿の顔、嫌いじゃない」
「そりゃどーも」
「みんな、強くなったと思うんだ。 最初はどうなることかと思ったが、あいつらは良くやっている」
「そうだな。 俺もそう思うよ」
「・・・椿のおかげかもしれないな」
「え?」
「セツナと戦う覚悟が出来た。 なんだか分からないが、勇気が出たよ。 ありがとう」
「俺は別に・・・」
「感謝している・・・」
「感謝してるんだったら、たまには可愛い顔しろよ」
「・・・その、椿から見て、私は可愛くないか?」
「そ、そんなことないけど」
「もう少し、可愛くなる努力をするよ・・・。 宗介・・・」
「・・・下の名前で呼ぶなよ」
「ごめん・・・。 ちょっと言ってみただけだ。 忘れてくれ」
そう言って、桜木は道場に戻った。
宗介・・・か。
俺も桜木も・・・素直じゃねーよな。
俺も道場に戻るか・・・。
腰をあげると、誰かが近づいてきた。
あの二人は・・・確かレイカ会の生徒だ。
「椿さん、お久しぶりです。 生徒Aです」
「探しましたよ。 あ、生徒Bです」
「お前らって、名字あったよな」
「気にしないでください。 私たちなんて記号で充分です。 その程度ですから」
「自虐的だな・・・レイカなら、中だぞ」
「レイカ様ではなく、椿さんに話があるんです」
「俺? デートの誘いなら間に合ってるぞ」
「違います! もっと大変なことです」
「なんだ?」
生徒A・Bは周りを気にしながら、俺の耳元で話し始めた。
「実は・・・校門のところに怖い人が来てて・・・」
「怖い人?」
「いかにもヤバそうな方々が、椿宗介を呼んで来いと言ってるんです」
俺はすぐにピンときた。
・・・昨日のやつらか。
「先生たちに言ったほうがいいですよね?」
「いや、言わなくていい」
言ったところで意味がない。
黒幕は分かってる。
「おまえら、このことは誰にも話すな。 レイカにもだ。 絶対だぞ」
二人は頷いた。
「報告、サンクスな。 あーあ、とんでもねぇデート相手だぜ」
俺は校門へ向かった。
・
・
・
校門に、数人の男たちがたむろしている。
・・・やっぱり昨日のやつらだ。
俺に気づいて、ニヤニヤしながら近づいてきた。
「昨日は、ずいぶんと舐めたことしてくれたじゃねーか」
「それはこっちのセリフだよ。 俺さ、男とデートする趣味ないんだよね」
男は俺を睨み、顔を殴る。
──ッ!!
俺は顔を抑え、よろけた。
「ふざけたこといってんじゃねぇぞ!!!! てめぇ自分のおかれてる状況が理解できてんのかよ!!」
一目に付かないように、更に男は俺をいたぶる。
他の男たちも次々に俺に襲いかかってくる。
腹・顔・背中・足・・・。
俺はされるがままに殴られた。
片足を地面につけ、男たちを見た。
「で? だからなによ?」
俺の言葉に、男たちは一瞬ひるんだ。
痛みは麻痺するほどだった。
何も感じない。
いくら殴られても、俺の心は折れなかった。
・・・こういうときに一人は楽だと思った。
黙って耐えていれば、誰にも迷惑がかからない。
「痛くねぇな・・・。 なんも痛くねぇーーよっ!!!」
俺は叫び、不敵に笑った。
それを見て、連中は気味悪そうに俺を見た。
何度も何度も殴らられ、また蹴られた・・・。
きかねぇよ・・・。
俺はやられてもやられても、立ち上がった。
「けっ・・・。 見上げたもんだな。 男としては褒めてやりてぇよ・・・」
「そりゃどうも・・・」
フラフラになりながら答えた。
「だけどな、俺たちもシゴトだからよ。 引くわけにはいかねぇんだ」
・・・シゴトか。
男たちはボロボロの俺を残し、去っていった。
いくらでも来いよ。
・・・何度来たって俺は折れたりはしない。
諦めたりはしないんだ・・・。
俺は校門につかまりながら、必死で立ち上がった。
ふぅ・・・。
あいつらの練習が終わるまで、俺はここで休憩だな。
また座り込み、目を閉じた。
・・・・・・。
・・・。
目を閉じていた俺を起こしてくれたのは、はるかだった。
俺はそのまま、はるかと帰宅した。
「もう、どんなドジしたらそんなケガするかな~」
「やんちゃだからさ、俺」
「明日、最後の練習だね。 なんだか寂しいな」
「ばーか。 次の試合が全てじゃないだろ。 まだ全国もあるしな」
「全国かぁ・・・。 行ってみたいな、みんなと。 その時は宗介も来てくれるよね!」
「・・・うん」
「明日もよろしくね。 宗介がいてくれると、みんな元気になれるからさ」
「ありがと」
「それじゃあ、おやすみ。 さっさと寝るんだぞ! バイバイ」
はるかは店内に入っていった。
体があまり言うことを聞いてくれない。
・・・ゆっくりと玄関の前に立った。
今日は、はやく寝るか。
・・・ん?
何か嫌な予感がした。
直感というべきか。
とにかく、空気が違うのを感じた。
玄関はやけに静まりかえっている。
「母さん?」
返事がない。
「いるんだろ?」
俺は居間に入った。
俺は居間に入り、愕然とした。
目の前に飛び込んできたのは、恐ろしい光景だった。
どういうことだよ・・・。
俺はガクガクと震えた。
倒れた机に、食器棚。
割れた窓ガラスと照明。
ガラスが至るところに飛び散っている。
薄暗い部屋の中に、母が佇んでいる。
「・・・母さん」
母は俺に気づき、力なく笑った。
「これ、どういうことだよ・・・」
「あら? 宗介帰ってたのね」
何事も無かったかのように、俺を見た。
呆然と突っ立っている俺をしり目に、母はガラスの破片や、落ちた電球を拾っている。
「何があったんだよ・・・」
「なんでもないわよ。 それより、明後日、試合なんだってね。 近所でも評判になってるわよ」
「今、そんなことどーでもいよ! なにがあったか言えよ!!」
「はるかちゃん、勝てるといいわね。 宗介、ちゃんとついていてあげるんだよ」
「母さん・・・」
母の手を見た。
その手に、傷があるのが分かった。
赤い血が流れている。
母の手から・・・血が。
薄暗い部屋の中で母の顔を見た。
よく見れば、頬に青いあざ・・・。
母の頬は腫れていた。
「誰がやったんだ・・・」
母は何も答えない。
ただただ、ガラスを拾っているだけだった。
「ゆるせねぇ・・・。 ゆるせねぇよ!!!!!!!!」
俺は頭に血が上った。
血管が切れた音がした。
そのまま、家を飛び出した。
・
・
・
あいつら・・・。
あいつらが母さんを!
俺に何をしたって構わない。
どんな仕打ちだって耐える覚悟はある。
でも・・・。
母さんだけは・・・。
俺は携帯を取り出し、栗林に電話した。
『もしもし・・・』
「大九郎の連絡先を教えろ!」
『どうしたの?』
「いいから教えろ!!」
俺に圧倒された栗林から、有無も言わさず、大九郎の番号を聞き出した。
「椿くん!? なにがあったの!?」
話半ばで電話を切り、すぐさま大九郎の電話をプッシュする。
何度か呼び出し音がなり、忌々しい声がした。
『誰だ?』
「新山大九郎」
「いかにも。 おまえは誰だ? いきなり呼び捨てとは無礼なやつだ」
ドスの利いた腹黒い声だった。
怒りがあふれ出た。
「どこにいる。 いますぐいって、ぶっ飛ばしてやる」
「・・・その声は椿宗介か」
「てめぇ、俺の母親になにした! 答えろ!」
俺は受話器に怒鳴り散らした。
「・・・何を言ってるんだ?」
「いいから答えろ!」
「知らんな。 くだらん・・・」
しらを切るつもりだろう。
どこまで腐ってやがるんだ!
「俺をどこまでいたぶれば気がすむんだよっ!! 俺は絶対に、お前を許さない!!」
半狂乱になりながら、叫んだ。
「いたぶる? ふっ。 笑わせるな。 ゴミなどをいたぶる趣味はない」
鼻で笑うような態度だった。
「下衆め・・・」
「偉そうに・・・私は忙しいんだよ。 おまえのような罪人に構ってる暇はない。 切るぞ」
通話は途絶えた。
くそったれ!!
俺は携帯を投げた。
あたりにあるモノ全てを壊したくなった。
くそっ、
くそっ、
くそっ、
俺は怒りにまかせて、自販機を蹴りまくった。
足が馬鹿になるほど、蹴り倒した。
くそっ、
くそっ、
くそっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
俺は大声で叫んだ。
叫び散らした。
まるで昔の不良に戻ったみたいに、俺は全てにキレていた。
荒れまくっていたあの頃のように・・・。
涙も出なかった。
何も感じなくなっていた。
・・・ふざけんな。
ふざけんな。
ふざけんな・・・よ。
地面に膝をついた。
そのまま、倒れた。
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・。
次第に自責の念に駆られていった。
傲慢だった。
黙って耐えていれば、誰にも迷惑がかからない・・・?
とんでもない自己満足だ。
初めて思い知った。
もう、どうすればいいかわからなかった。
人は一人では生きていけない・・・。
一人で生きてるヤツなんていない。
それは分かってる・・・。
こんなことって・・・。
もう全てがどうでもよくなっていた。
・・・・・・。
・・・。
いつの間にか寝ていた。
溢れたゴミの中で、寝ていた。
家を、居場所を失くした、憐れな人間のように・・・。
世界を捨てた人間のように、俺はぐったりとしていた。
今の俺の目は死んでいるだろう。
生きることの意味を忘れていた。
ただ呆然と死んだようにそこにいた。
夜は更けていく。
家出少年のように、俺は町の闇に身を任せた。
・・・。
・・・・・・。
「うっ・・・」
気が付けば、辺りは明るくなっていた。
ポケットにある、携帯電話がブルブルと震えている。
震えては止まり、また震えた。
生臭い異臭が鼻を突いた。
飲食店が出した生ゴミだ・・・。
思った以上に、朝のこの町は汚い。
「・・・・・・」
頭が重い・・・。
携帯が俺を呼んだ。
「・・・うるせぇ」
・・・。
・・・・・・。
動けずに、その場所でまた目を閉じる。
町を行き交う人々は俺をチラチラ見ている。
見るな・・・。
・・・。
俺はおもむろに携帯を見た。
着信が無数に入っていた。
桜木、はるか、リコ、レイカ、沢村・・・。
留守電が残っているようだった。
・・・ちっ。
俺はその伝言さえ聞く気になれなかった。
もうどうでもよかった・・・。
もう・・・。
もう誰とも関わりたくない。
やっぱり・・・一人でいい・・・。
亡霊のように立ち上がった。
ふらふらと墓場でも徘徊するかのように町を彷徨った。
意味もなく店に入り、また店を出た。
不良きどりだった頃、溜まり場にしていたゲーセンに入る。
苛立ちながらゲーム台の前に立ち、コインを入れた。
ゲーム台が壊れるほどに、俺はボタンを押す。
・・・くそっ。
格闘ゲームのようだった。
俺は負けてはまた、コインを入れ、再開する。
その度にゲーム台を叩いた。
・・・くそっ。
時間を無駄に浪費していた。
目は釣り上がり、画面を睨んだ。
ガキが向こうの台に座り、乱入してくる。
・・・ちっ。
俺は適当にゲームをこなした。
不審な俺に気付き、ガキは仲間を集め俺の周りを囲んだ。
まるでカモを見つけたかのように。
見んな・・・。
ガキどもはキャップを斜めに被ったり、ダボついたズボンを履いている。
いきがりやがって・・・。
数年前の自分を見ているようだった。
ガキどもは、ジリジリと俺に近づく。
俺はガキをキッと睨んだ。
自分を抑える自信がない。
俺に構うな・・・。
暴走しそうな気持ちをガキに送った。
鋭い視線に恐れたのか、ガキたちは散っていく。
俺はまた無心でゲーム台を叩いた。
時間は無情に過ぎていった。
・・・・・・。
・・・。
ゲーセンを出た頃には、夕方になっていた。
これからどうするか・・・。
なにも考えずにいた。
・・・携帯を見た。
着信の量だけは増えていく・・・。
ふと、母の顔が顔に浮かんだ。
怒りと悲しみが溢れた。
誰かに怒りをぶつけないことには収まりそうもなかった。
誰でもいい。
サラリーマンでも、学生でも・・・。
俺の頭は狂っているかもしれない。
絡む相手を見つけようとしていた。
・・・・・・。
あいつにするか・・・。
がらの悪そうな男が時計を見ていた。
・・・俺がその男に近づこうとしたそのとき・・・。
背後から声がした。
「ち~す!」
振り返ると、そこにいたのは水嶋だった。
水嶋は俺の顔を見るなり、普通じゃないことを悟ったようだ。
「どうしたの? こんなところでフラフラしちゃって」
「別に・・・」
「ふ~ん。 なんか雰囲気違うから何かあったのかと思ってさ。 何もないなら別にいいけど」
「ああ・・・」
「俺、たったいま試験から帰ってきました! つらかったよ~! でも偉いでしょ? 褒めて~!」
屈託のない笑顔を浮かべた。
試験・・・。
勉強してたもんな・・・。
「あれ? なんかノリ悪くない? 目も怖いし~! 俺、なんか宗介の気に障ること言っちゃったかな?」
・・・。
「心配するなって! 俺が天才になって、出世しても宗介から離れたりしないからね~」
水嶋は俺の肩を叩いた。
「・・・」
「てかさ、最近全然遊んでないよね~。 久々に遊びたいな~。 ダーツでも行く?」
「・・・やめとく」
俺は下を向いた。
「・・・悩みあるなら、聞くよ。 ま~大したアドバイス出来ないかもしれないけどさ~」
「え?」
何もかも見透かされている気がした。
「どうしたの? 何があったのか話してよ」
「・・・実は」
俺は溢れ出そうな気持ちを吐露した。
剣術部のこと、母親のこと、家が荒らされたこと、そして明日が地区大会であること。
全てを吐き出した。
目の前にいる水嶋に・・・。
「俺、どうしたらいいか分からないんだ。 部を辞めなきゃ、家族がめちゃくちゃにされる・・・。 でも、剣術部のみんなを見守っていたい。 なぁ? 俺どうしたらいいんだ? なぁ、教えてくれよ」
水嶋は真剣な顔で俺の話を聞いている。
「・・・難しいことだけど、親には代えられないんじゃないか?」
「・・・でも」
頬にアザを作った母の痛々しい顔が脳裏に浮かんだ。
「だって、親だぞ。 友達の縁よりももっと深い絆があるだろ・・・」
友達よりも・・・深い絆。
「友達なんて、何度でも作れるよ。 無くなったとしても何度でも。 ・・・でも親の縁は切れないからね~」
「・・・でも」
「剣術部を心配する気持ちは分かるよ。 そばで試合を見ていたいんだよね?」
「・・・うん」
「そうだよね。 今まで一緒にいたんだもんね。 でも、やっぱり親は大事にしなきゃ。 たったひとりの息子なんだろ?」
「うん・・・」
「まぁこれは、俺の考えだから、そうしろって言ってるわけじゃないよ。 ごめんね、俺チャラいからシリアスとかマジ無理でさ~。 大したアドバイスできてないよね」
「そんなことねーよ」
「最終的には宗介が決めることだから」
「アイツラ・・・桜木たちは・・・俺がいなくても、大丈夫かな?」
「大丈夫だよ・・・仲間を信じなよ」
信じる・・・。
その言葉が心強かった。
水嶋はなんだかんだで、俺のことを心配している。
それが嬉しかった。
「ありがとう。 助かったよ」
「たいしたことしてないよ。 俺、宗介のこと大好きだからさ!」
・・・。
「いや~、俺って便利くんだよね~。 おまえのピンチには都合よく助けにくる、みたいな?」
俺はフッと笑った。
「んじゃ、元気出せよ~! つらい時はいつでも相談に乗るからさ~」
そう言って、水嶋は去っていった。
・・・。
そうだ。
俺がいなくても・・・あいつらは大丈夫だ。
・・・。
・
・
・
辺りはとっくに暗くなっていた。
・・・俺はまだ気持ちが揺らいでいた。
水嶋はああ言ってくれたが、どこかで悩んでいる自分がいた。
何をしていたかもわからないのに、時間はどんどんとすぎていく。
何をするでもなく、無駄な時間だけが過ぎた。
帰り道もずっと電話は鳴り続いていた。
・・・こんな時間まで。
大事な地区大会前だっていうのに。
携帯を手にとり、恐る恐る留守電を聞いた。
『椿・・・どうしたんだ? 電話も繋がらない・・・。 具合でも悪いのか? キュウリでも持っていこうか?』
『宗介、とにかく連絡ちょうだい。 何時でもいいから・・・お願い』
『椿宗介、命令よ。 道場に顔をみせなさい。 まったく・・・どこにいるのよ! このまま現れないなら神山グループの捜索隊に頼むことになるわよ』
『リコですぅ・・・明日は試合です。 朝7時に集合です。 遅れないように来てください』
『先輩! 私、なにか閃きました! 明日は多分、善戦できると思います。 だから、来てくださいね!』
『あなたマネージャーでしょ? なにがあったか知らないけど、みんな心配してるわよ』
どうしてだよ・・・。
体が震えた。
別に、俺は試合に出る選手じゃない・・・。
なのにどうして・・・。
みんな俺を必要とするんだ・・・?
俺になにを求めてるんだ・・・?
わからない・・・。
わからなかった。
あいつらの・・・気持ちが。
ただ、やりきれない気持ちでいっぱいで、身が引き裂かれる思いだった。
「こんなに苦しいなら、最初から、ずっと一人でいればよかった・・・。 誰とも、関わりなんて持つんじゃなかった・・・」
俺は呟いていた。
留守電に残ったメッセージを・・・。
・・・全て消去した。
もう、やめよう。
俺はあいつらとの緑を切ろうと心に決めた。
家は静まり返っていた。
母さん・・・。
俺は恐る恐る家に入った。
部屋に入ると、母さんがぽつんとそこにいた。
・・・母さん。
俺に気づいたようだ。
「・・・おかえり」
俺を待っていたのか・・・。
こんな時間まで。
母さんの顔はやつれているように見えた。
もしかして・・・ずっと。
寝ずに俺の帰りを待っていたのか?
・・・そう思うと、それすらもつらかった。
「どこに行ってたのよ」
「・・・別に」
「どこに行ってたのかって聞いてるのよ!」
母さんは大きな声をあげた。
「・・・どこでもいいだろ」
「あんた、なにやってんのよ!」
母さんは怒っていた。
「・・・フラフラしてた」
「馬鹿なことばっかりやってんじゃないよ! はるかちゃんから何度も電話きてたわよ!」
「・・・」
「顧問の先生も心配して、家までいらしてたわよ」
「栗林が?」
「剣術部の人たちも、みんなあんたのこと心配してたのよ。 それなのにあんたは!」
「・・・」
「明日、地区大会なんでしょ? そんな大事な時に・・・馬鹿だよ。 ほんとに・・・」
・・・明日、日付は変わっているから正確には今日が大会だ・・・でも・・・。
※
「そのことなんだけど・・・俺、剣術部・・・辞めることにしたよ」
※
・・・力なく俺は切りだした。
もう、あいつらに俺は必要ないと思う。
仕方がなかった。
考えたくもなかった。
生きている限り、必ず誰かと関係を持っている。
誰を一番大事にするか、決めなきゃいけないんだ・・・。
母さんはじっと俺の目を見ている。
・・・。
・・・・・・。
・・・それで、いいのか。
後悔は、ないのか。
俺は自分の気持ちを・・・もう一度だけ思い返した。
「やっぱり母さんのことを一番に考えたいんだ・・・。 だから剣術部は辞めるよ」
苦渋の選択だった。
でも、家族はなんにも代えられない。
俺は母さんを見捨てたり出来ない。
血はどこまでも繋がっているんだ。
母さんは悲しそうな目で、俺を見ている。
水嶋の言葉を思い出した。
友達は何度でも作れる。
・・・おまえの言う通りだよ。
マ・・・。
家の電話が鳴った。
母さんが出ようとしたが、それを止め、俺は電話に出た。
「・・・もしもし、椿です」
『なんだ・・・いたのか』
その声は、あいつらだった。
この家を滅茶苦茶にした・・・張本人。
母さんを傷つけた、憎らしい男たち。
『気持ちは変わったかい? あ? どうなんだ?』
「・・・」
『さっさと答えろよ。 じゃないと、毎日、電話することになるぞ。 どうなってもしらねーからな』
「・・・剣術部は・・・辞める。 だから、もう俺たち家族に関わらないでくれ」
俺は力なく言った。
『最初からそう言えばいいんだよ』
そう言って男は電話を切った。
母さんは何も言わず、ただ俺を見ていた。
そんな目で見ないでくれ・・・。
俺は悪いことなんて・・・していない。
これが俺に出来る最善の策だ。
そう思いたかった。
俺は黙って居間を出て、そのまま自分の部屋へ上がった。
・・・。
俺はベッドに横になった。
何もかもが終わった気がした。
呆然と、布団の中にうずくまっていた。
・・・これでよかったのか。
・・・わからない。
俺は色々なことを思い出した。
剣術部をつくることになったあの日のこと・・・。
星雲学園との交流試合のこと・・・。
合宿で見た、海のこと・・・。
今となってはどうでもいい思い出だ。
・・・。
でも、あいつの顔が頭から離れない。
それは・・・。
頭の中に浮かんだ顔。
凛とした少女の顔。
公園で見た、あの少女。
桜木ヒカル・・・。
桜木の顔が、頭に浮かんだ。
俺はおもむろに、電話をした。
今の気持ちを、あいつにだけは伝えたい。
受話器を握る手が汗ばんでいた。
・・・だが電話には出ない。
何度コールしても・・・。
俺は部屋を出て、道場に向った。
もしかしたら、まだ練習しているかもしれない。
・
・
・
フラフラと辿り着いた道場に、その姿があった。
一人、竹刀を構えている桜木の姿が・・・。
桜木・・・。
・・・桜木は俺に気づき、近づいてくる。
「・・・。 椿・・・どこに行ってたんだ? みんな心配していたぞ」
「・・・それが」
俺の顔を見て、察したように言った。
「酷い顔だな。 まるで精気がない・・・何があったんだ?」
「それが・・・」
俺は話を切り出せないでいた。
・・・言えない。
そんな俺を見かねたのか、桜木は黙って俺に抱きついてきた。
「え!?」
「・・・何も言うな。 もう、何も・・・」
優しい匂いがした。
ラベンダーの澄んだ匂い。
俺は桜木の胸に顔をうずめた。
「何があったかは知らない。 ・・・私でよければ・・・」
桜木の目を見つめた。
「俺・・・俺・・・」
桜木はそっと俺の頬にキスをした。
「・・・ヒカル」
俺は名前で呼んでいた。
無意識に・・・。
「宗介・・・」
俺たちは見つめ合っていた。
誰もいない道場で・・・。
俺は理性を失っていた。
ヒカルを・・・自分のものにしたい。
二人は道場という神聖な場所で、淫らな行為へと身を沈めていった。
・・・。
俺はヒカルの胴着の胸元をはだけさせ、袴をたくし上げた。
「宗介・・・」
恥ずかしそうに、甘えるように、ヒカルが俺の名を呼ぶ。
・・・。
俺たちは、お互いを求め合った・・・。
・・・・・・。
・・・。
俺とヒカルは、しばらくの間そのままのかっこうで、息を切らしていた。
俺たちは黙って寄り添っていた。
・・・。
「なぁ・・・俺な・・・」
俺はボソボソと切りだした。
「俺、剣術部を・・・辞めるよ」
・・・・・・。
・・・。
あれから、数ヶ月が過ぎた。
俺は誰とも関わらず、息を止めたように・・・。
ひっそりと、沈没したように・・・生活していた。
剣術部の人間とは意識的に距離をとった。
大好きだったあいつとも・・・もう会うことは許されない。
地区大会の一回戦で敗退したという知らせを、風の便りで聞いた。
むなしかったが、今となってはどうでもいいことだった。
剣術なんて・・・くだらねぇ・・・。
俺は母と二人・・・静かに生きていこうと心に決めていた。
携帯を取り出した。
メールがきていた。
マコトか・・・。
『おはよう!! 元気かな~!? やっぱり宗介は私だけのもの・・・だね! ところで今日は何があったかな? 返信待ってま~す!! ラブリーマコトより!』
俺はメールを返した。
『何もない、一日だったよ・・・。 ほんとうに・・・何もない・・・日々だ・・・』
空が、落ちてくるような気分だった。
・・・これで。
・・・これで良かったのか?
考えるのはやめよう。
これでいいんだ。
光のないこの町で・・・。
俺は死んだように生きていくんだ・・・。
BAD END